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長野県社保協が、医療費負担増で「医療費110番」の相談の受付を行う。12日から3日間で約50件も寄せられた。 ・・・一人暮らしの79才の女性は、年金1ヶ月で7万円。医療費改定で支払いが大変。市の福祉課に相談したら、「相談して頂いても困る。生活保護でも考えたら」といわれた。減額の手続きはしていない。低所得の対象になるといっても、8000円はらうのも困難。生活保護を受けるくらいなら、「死にたい」。介護保険料も90万円から260万円までは同じ額なんておかしい。・・・ ・・・大動脈瘤で入院中。差額ベット1日2500円支払っている。入院医療費は負担がどうなっているか知りたい。子供達の就職もきまらず、将来が不安。政府はもっと考えて欲しい。・・・ ・・・73歳の女性は、遺族年金200万円もらっているが非課税世帯。1割の医療証をもらっている。息子夫婦と一緒にいるが、世帯分離をしている。抗がん剤を使っているため、外来のみで、60530円払った。負担が大きいので相談したかった。・・・ ・・・72歳女性。非課税度居老人。年金は年額200万円以下。喘息があって入退院を繰り返している。今までは、3万円から5万円くらいの入院費だった。1割になって、今度入院したらどのくらいになるのか心配だ。減額認定の申請もしていない。・・・ などなど、患者さんとして、医療費をはじめとした要望がたくさん寄せられている。患者さんや家族の心配は普通ではない。 自公保連立小泉内閣の、悪政は国民の命や暮らしを日毎に深刻にさせている。 史上最悪の医療改悪をはね返し、人の命や健康を守ることが極めて重要になっている。 国政でも、県政でも、市政でも住民の暮らし第一で頑張っている筋通す、日本共産党の出番。大いに頑張るぞー。今日は東部地域の、若槻支部や若団支部といっしょに行動する。 街頭宣伝、ポスター張り、赤旗新聞の購読を訴える。 若団支部でも同様に訴える。 日本共産党の裾野を広げ、足腰強くして頑張る決意だ。
2002年11月30日
3日間の行政視察があり、報告が遅れてしまった。 25日に石坂事務所が開設された。そのお祝いに事務所開きが行われた。私も大変な大任を引き受けることになった。 事務所開設を機会に、決意を述べた。「・・・大任を引き受けることになったが、皆さんとご一緒に全力を尽くし、頑張りますのでご協力をよろしくお願いします。 知事選挙は、全県で82万、長野市で12万票で圧勝しました。 県民、市民の思いはダムをはじめとした公共事業を見直して、税金の使い方を県民の暮らし応援に切り替えて欲しいであります。 この流れを、来るべき来年4月の県議選で、さらに、大きな流れにし泣ければと思っています。 知事選直後に、若槻団地で田中応援団の皆さんと、団地の共産党の皆さんと共同で、石坂県議の県政報告会を行いました。 開会のあいさつで、応援団の方が共産党に励ましのエールを送ってくれました。『私は浅川ダムに反対だった。しかし、職場の関係や区長もやっていたので、反対といえる勇気がなかった。そんな時に、共産党に議員さんたちは、数も少なく、周りからいろいろな攻撃があったにもかかわらず、私心を捨て勇気をもって、ダム反対を貫いてくれ、本当に励まされた。ありがたいことであった。」といわれました。このあいさつを聞いていて、逆に、私のほうが胸を熱くなり大変励まされました。二人の応援団の方が、お祝いと激励に駆けつけてくれています。 日本共産党や石坂さんへの、このような期待にこたえて、浅川下流域の住民の一人であり、県民や流域住民の先頭に立って奮闘されてきた、石坂さんをどうしても勝たせ泣ければと、私自身も決意をしています。 石坂地域は、7行政区12万を越える有権者です。この地域を直接地盤にしている現職県議は、3人います。石坂さんの地元朝陽では、社民党の県議と攻防激しい戦いとなってきます。 いずれの県議も、浅川ダム推進、田中知事不信任で県民の厳しい批判を浴びた県議たちです。 定数減の中、多数に立候補者で争うことになります。どんなに形になろうと、この選挙で石坂さんを勝利させることは、この選対や後援会の使命であります。力を合わせ、支持の輪を広げ、石坂さんを押し上げるために、奮闘しようではありませんか。とりわけ、12月15にとの「石坂ちほを励ます会」の成功のため全力を尽くそう、と訴える。この事務所を拠点に、私も皆さんとご一緒に、石坂勝利のために奮闘する決意です。」と決意の表明をする。 残された来年の4月まで約4ヶ月間、今日からの思いで頑張りたい。今日は、中野早苗さんと、若槻団地の仲間と、団地を訪問する。 石坂さんへの期待の声はどこに行っても熱いものがある。 しかし、人気や評判で勝てるものではない。赤旗新聞や日本共産党を大きくし、足腰強くして、どんな厳しい風が吹いても、確実に前進できるような、裾野の広い大きな共産党をしっかり作っていきたい。そこで、日本共産党へ入って欲しいと、Tさんを訪問する。 すでに、申し込み書は渡されていたので、「一緒に世直しで頑張りましょう。」と訴える。 Tさんは、立ち上がって、すでに渡してあった申し込み書をもってきた。封筒を広げたら、なんとすでに、申し込み書にはサインがしてあり、決意していたのである。しっかり握手してうれしい気持ちを確かめ合う。奥さんもそばにいて、この光景をうれしそうに見ていてくれた。いっぱいの元気をもらった。元気百倍の良き日であった。
2002年11月29日
豊野町との合併問題が急浮上し、特別委員会が作られ、早速、大津市、つくば市、埼玉市の3市を視察してきた。 大津市は、29万人、隣の志賀町は2万2千人で合併で協議中。 任意協議会「大津・志賀地域街づくり協議会」を設置し9ヶ月間研究、シンポジュームや双方2千人づつのアンケート調査などを行ってきた。協議会もできるだけ多くの意見をくみ上げるために、市長、町長、行政、議会、住民、大学の教授などを含めて、総勢43人のメンバーで議論をしてきた。 住民代表には、4人の公募の委員も加わった。10数人の応募があったので、論文を書いてもらい、見識あるものを採用した。 シンポジュームには約400人が参加、様々な意見があったが、特に、反対というものは強くはなかったという。ただし、インターネット上では、10%ほどの反対者があった。 議員はすべてに会派に参加してもらい、できるだけ様々な声、意見が反映できるように努力してきた。 また、合併にかかわる会議は、協議会、小委員会などすべて公開で行ってきた。土、日、夜にやってとの希望もあるが、現状では昼間のみ。傍聴者からの意見もあり、メモで関係者に報告している。 福祉施策や使用料、利用料などの違いのすり合わせをしてきたが、大津市のほうが、大方いいので、ここに合わせる形になる。 合併のメリット、デメリットについてはいろいろある。特に、メリットについては、特に目の前のメリットはない。将来的には開発など、発展していく可能性がある、と説明。 つくば市では、議長のあいさつで・合併は首長の決断一つ。・離脱しているところもあり、合併には複雑な思いもある。・住民の声を議会へ反映させ、議論して進めていくことが必要。 担当課での説明で、・合併は地域格差が広がる。・大きくなるが住民サービスが行き届くかどうか。・地域の連帯感が薄れる心配。などと説明してくれる。
2002年11月28日
来年4月の県議選目指して、衆院小選挙区候補の中野さんと若槻支部の仲間と地元上野地域を訪問する。 選挙戦勝利の大きな力、赤旗新聞のお勧めである。 行く先々で、共産党や石坂さんへの期待と評判はすごいものがある。しかし、評判倒れ名ならないように、人気があっても、支持してくれないと勝てない。筋を通して頑張っている、赤旗新聞を読んで力強い応援をと訴える。 ある中小企業の社長さんの奥さんは、「今の政治はひどすぎる。儲かっていようが、利益を出していようが、なんでもかんでも、企業が外国へ進出している。それを許しているのが問題」「農業も、外国に頼りすぎる。ますます、日本での農業が廃れる。輸入野菜は汚染が心配で買う気になれない。日本の農業が心配ですね」と怒っている。そのとおりである。 「年金削られ、医療費上がり、挙句の果てにリストラ失業だ。今は節約第一」と新聞を取るのを気兼ねしている。 ・・・来年選挙です。共産党は皆さんと同じ思いで頑張っています。新聞を読んで力になって欲しい。・・・と心をこめて、粘り強く訴える。気持ちが通じて、二人の人が赤旗日曜版を読んでくれた。応援してくれる人がいてくれることは、うれしいこと。 寒かったが、この励ましで、元気の出る訪問となった。
2002年11月25日
長野・須坂3500人のほとんどをリストラした。全国では、21000名超える社員を同様の仕打ちで、リストラする。 関連会社へ行くのか、職場は丸ごと分社化だ。富士通に残る選択はないのか。母子家庭、乳幼児を抱える人でも山形だ、県外だと平気で飛ばされる。 従業員は心配で心配でびくびくしている。 日本共産党は、門前でビラを配布して労働者を励ました。ビラはよく読まれ、職場中に回され、共産党への期待は高まる。 それとは逆に、何もしない労働組合への怒りは募るばかり。 そして共産党への期待の声は高まった。 厳しい従業員への攻撃は強いが、私はただ一人富士通に残っている。少なくても、障害者などは会社に残せ。富士通の職場を残せ。とひどい職場への抗議をする。 私は今までどおり、富士通の職場で仕事をしている。 そんな私に、みんなは励ましてくれる。 先日、退職者が集まって、送別会をやったが、職の見つかった人は2人だけ。 こんな状況なのに、平気で派遣社員を募集している。企業は平気でリストラするが、これではいい製品は作れない。技術もないのに、困りに困って人を採用しても、いいものをつくれるはずがない。企業の死活問題であると、厳しい指摘。 日本中の大企業はそろって、日本の経済はどうでもいいかのようだ。こんなときだからこそ、職場にまともな立場で経済を立て直す、筋通す力が必要とされている。 女性労働者の発言を聞いて怒り心頭となった。 国道の長野大橋付近を車で走行中、西に見え隠れする、北アルプスは眺望素晴らしい景色であった。東からの陽光が、北アルプスの山々を、くっきりと映し出していた。槍をはじめとする3000メートル級の山々がこんなにきれいに、しかも、神々しく見えたのは、久しぶりである。同乗していた仲間も感激していた。
2002年11月24日
昨年12月1日、無謀なパトカーの追跡で逃走した酔っ払い運転の車に衝突され、巻き添えに遭ってなくなった、18歳の柴田良太君と長谷川由樹さんの1周年を前にして、今日、「由樹と良太の集い」があった。 仲のいい二人は、ほぼ同じ時期の平成13年の夏に運転免許を取った。二人とも、免許を取得した日に、自動車学校に対して、安全運転の誓いをしている。「これから先もずっと、安全運転に心がけていきます。」・・長谷川由樹・・ 「安全運転をする」・・柴田良太・・彼女の車で出かけ、安全を確かめて、市道から国道へ出たとたんに、パトカーに追跡されていた、酒酔いの車にはねられ、28Mも飛ばされて田んぼに落ちた。車は炎上し、良太君は焼死。由樹さんは外に飛び出し、病院に運ばれたが4時間半後に死亡した。何の罪もない仲のいい二人が、どうしてこんな事件に巻き込まれなければならなかったのか。本人たちはもちろん、二人の両親は悔やんでも悔やみきれなかった。 パトカーの無謀な追跡に問題はなかったのか。今、無謀運転の同乗者二人とパトカーの運転手に対して裁判が行われている。 パトカーの追跡について、警察にマニュアルがあるはず。提出せよと追及している。長野県警は、パトカーの追跡に問題はなかったとしている。それなら、「追跡のマニュアルを出せ」といいたい。 この裁判に向けて、わずかな時間で11000人を超える署名が集まった。多くの市民の力で、この事件の真実に迫っていかなければならない。両親は「・・・二人のためにも、巻き添え事故の事実を解明して、警察の初期の対応、暴走してからの取り締まり『この事故は防げた』命の大切さ、尊さ知るべきだ・・・と。「・・・良太、由樹ちゃんの無念さを晴らす親としての仕事、人間として絶対許せないこと、それは過ちを起こした大人達の責任、大人たちの謝罪、お父さん達は怖いものはなくなった。本当の事を知りたい。なぜ事故に巻き込まれたのか。そして、常識のとおる社会にしたい。・・・」この裁判に勝つために私も全力をと強く思った。祭壇には、ストック、バラ、雛菊、カーネーション、胡蝶蘭、グラジオラスの白、赤、ピンクなど色とりどりの花が飾られていた。遺品も置かれていた。安らかに・・・合掌今日は、若槻の後援会と支部とで街頭宣伝とポスター張りを行った。若槻の吉、田子、田中などである。県議選まで後5ヶ月、厳しい選挙だが「石坂ちほ必勝」で全力をと決意をしている。
2002年11月23日
去る10月に宮沢しのぶさんを偲んで、赤穂へのバス旅行が行われた。富の森啓児さんをはじめ、30人を超えるメンバーである。 今日は、その参加者の多くの皆さんが参加しての反省の会である。私も案内を頂き出席させていただいた。 いい機会なので、生前宮沢忍夫さんが、酒宴のとき、気分が乗ると、酒の肴に披露してくれる、短歌を紹介した。「信濃なる 北の境の 湖に 妻と連れ来て わらびたおらむ」 すでにこの書き込み日記で紹介したと思うが、旅行参加者には、今日が初めての紹介。 私も好きな一首であるが、めったに人には明かさなかった。 大地に根を張り、住民に慕われた、懐の大きな人。 少しでも、学び取りたい。 議員の一人として、穏やかな先輩の議員活動に寄り添い、「市民が主人公」の姿勢を目指して頑張りたい。 特に、鷲沢市長になってから、民間委託だ、民営化だと平気で、地方自治の精神を投げ出す人。あったか市政目指して大いに頑張るぞ-。 スジまげぬ 主(あるじ)慕いて 突き進む 民の声あり 赤穂の士たち
2002年11月22日
目覚しい時計は、けたたましくなってくれる。5時30分。ガバっと起きたいところだが、外はまだ暗く布団をかぶる。 しかし、いつものとおり、静かにエンジン吹かし出かける。 ひと回り20数分、約30分のコースである。夫婦仲良くジョギングしている人とあり、犬の散歩で頑張っている人あり。朝から人々の生活を垣間見ることができる。 小生も、侵略戦争反対、国民の命や暮らし守って80年間も筋を通して奮闘してきた伝統ある、しんぶん「赤旗」を、読者へ届けるために意気揚揚と配っている。 真心とどける、世直し新聞多くの人に読んで欲しいと願う。 今日の「赤旗しんぶん」ニュ-ス、一面の記事に「・・・合併しない自治体支援・・・ 日本共産党要請 橋本知事が表明」とある。この記事には「・・・一万人以下の自治体がいけないということはない。合併しない自治体があっていいと思う。・・・」と。 党県議団は「国の市町村合併の押し付けに反対し、市町村と住民の自主性に任せること」「市町村合併をしない自治体にも支援策を講じ、自立した市町村・自治体作りを進めること」を求めた。橋本知事は合併しない市町村への支援に付いて、「支援したい」と答えた。長野県の田中知事も合併でのデメリットがある、それを知らせていくといった。いま、長野市と豊野町が合併へ向けて、議会に特別委員会が作られ、さらに、任意の合併協議会を作る準備をしている。 市長はじめ理事者は、いろいろ言うが合併を進める方向で議論している。しかし、合併しなくても、自分達の山あり、川ありの故里、お年寄りや子供達、安全で美味しい農作物を提供してくれるお百姓さん、みんなが安心して仲良く、住んで暮らせる地域が欲しい。長野市も過去に、芋井、小田切、七ニ会など中山間地は、良かれと合併したが、メリットがあったのか。過疎へまっしぐらではなかったか。私は昨日の特別委員会でそのことを指摘する。合併で人が減り、若者がいなくなってしまった。豊野も同じ農村地域。長野市に合併してどれほどの予算が投入され、活性化するのか。 ある学者がいったそうだが「合併はある意味で保険をかけるようなもの。良しとなるのか、悪しきとなるのか。やってみないとわからない面もある」。まさか、これほんと。私は、「それはないでしょう。取り消したほうがいい。前へ話が進まないんじゃないですか。」と優しく指摘。理事者いわく「ある学者の話として言ったまでのこと」といった。 橋本知事の話をもっと早く知っておけば、こういう知事もいるよといえたが。 しかし、まだまだこれからが本番。住民声をしっかり受け止めてしっかりがんばりたい。
2002年11月21日
第2回の豊野町との合併問題の特別委員会を開催する。 鷲沢市長は平成17年3月をめどに、豊野町との合併で議会の特別委員会が開かれた。今日はかなり具体的な、方向性が担当の企画政策部から報告された。中心は合併はメリットがあるのか、デメリットなのか。一応説明はあった。私は、先ず、国は合併を推進するためにアメとムチ。合併しないと交付税の削減をする。合併すると特例債などで5%の手持ち金があれば事業を認める。資金がなくても事業ができる。しかも、このうち70%は交付税でめんどうをみりというもの。何でもかんでも合併してもらうと誘導策をとっていることを指摘。また、全国の首長さんの中には、合併は住民の得にはならない。合併しないという宣言をしているところが次々と生まれている。歓迎されていない。なぜか。と質問。 さらに、合併で地域は良くなるとの説明だが、そうは思わない。 合併すれば豊野では、役場も、学校も公共施設などではたらいている職員は減少する。若槻の支所は人口2万人で職員は5人程度。 豊野は1万人なので、せいぜい4~5人ではないか。どこもかしこも人は減る。地域の商店は購買力激減だ。地域の発展につながらない。福祉もそうだ。豊野の立派な福祉や教育施策は合併すれば後退しないのか。と厳しく指摘。理事者は「合併協議会で審議する問題である。」という。 公明党の議員は「デメリットについて説明があったが心配ないのか」と質問。理事者は「問題点はその都度、話し合って解決していく」と説明。「それではデメリットは問題ないか」とあっさり認める。私は「任意合併協議会は合併の推進で行くのか。そうではないはず。全国ではこの種の協議会で議論し、合併を止めたところもある。豊野と長野がすり合わせて一致しなければ、合併はないということもあるのか。」と聴く。「ありうると」答弁。ここはしっかりと確認する。 共産党は反対か。賛成か。よくわからないという議員もいたが、情報公開をし、あくまでも住民の声をよく聴いて、双方の納得と合意を重視することが重要であることを確認される。 この会議の前に、合併問題などで各派代表会議が開かれた。任意合併協議会の委員の人選をどうするかという問題であった。私は、「様々な意見が反映されることが重要なので、すべての会派が参加できることが条件。」と主張。結果的に参加している全会派が一致。共産党も任意合併協議会のメンバーになることができた。合併先にありきでなく、十分な議論を通して方向を出していきたい。
2002年11月20日
我輩はパソコン。名前はまだない。我が主は同僚のパソコン熱や世の流れに影響され、数ヶ月前に我が輩を購入した。はじめは、ワードが中心でぽつぽつとキーをたたいて文章をつくっていた。 ところが、最近ホームページなどというものに触発され、自ら夜も寝ずで液晶画面と格闘していた。何とか、ヤフーの楽天広場を活用してホームページが開けることを知って挑戦していた。我が主はなんと不器用か。メカに弱いのか、なかなかものにならない。それでもようやく、電気屋さんのアドバイスをもらい、立ち上げることができた。「原田のぶゆきのホームページへよーこそ」と開設にこぎつけた。9月17日であった。それから、熱に浮かされたように毎日キーをたたいて、日記を書き込んでいた。我輩もいささか驚くほどの集中振りである。失敗すれば、きちんと書き込むことのできるように、徹夜などいとわなかった。我輩をかわいがってくれるなら、いくらこき使われても平気平気。ところが53回ほど書き込んでから以降、11月13日からおかしくなってきた。主が一生懸命頭を働かせて書き込んだ日記を「日記を書き込む」でクリックすると全然日記のページに行ってくれない。先ず、これが数日続く。 今度は、日記を書き込んでいる最中に「パット」消えてしまう。 書き込み不能となってしまう。主よしっかりせんかい。 パソコンの原理原則の知らない、我が主はただただ打つのみ。 大変な主に我輩は買われ(飼われ)たものだ。いじらしいが、かわいそうだ。せっかく、HPを立ち上げてから53回まで欠かさず日記を書き込んできたのに。 我が主は、ついに、我輩を生み育てた電気屋さんへと足を運ぶ。 これで何回(難解)になるか、頼りになるのは生み親の電気屋さんだ。入院したのは今日である。約1時間の治療を受けて、退院できた。我輩も知識のない我が主のパソコン操作にはあきれるが、熱心に、まじめに続けようとしている姿勢を買って、これからも叩かれたいと思っている。 あえて、とりとめもない、こんなばかげたことを書いてのは、あまりにも日記の書き込みの苦労してしまったからだ。 失敗の回数は7~8回。文章を書いては失敗はいやになる。 しかし、体調は良好となった。これからは順調にHPに登場できるかも。 「我輩の名前はまだない」・・・とりあえず、「のぶちゃんさん」・・・○来月3日から、12月定例議会開かれる。 12月議会は、代表質問45分間は質問のみ。かなり多くの市民要望が取り上げることができる。鷲沢市長は、民間感覚で行政運営を行うと公約して2年目になる。 自ら公約実効の年として、民営化や民間委託など具体的な、行政評価の方向性を打ち出された。行政がやるべき福祉や教育など民間サイドで動くとすれば大変だ。 11日に行政評価の結果の概要について説明があった。すでにマスコミにも報道された。行政評価は説明責任を果たし、効率的で質の高い姿勢の実現と職員の政策・企画能力の向上を目的としたものだという。1494事業を評価した。 そのうち、廃止10、休止1、終了45、縮小26、拡充28、手段改善578、継続791。このうち、介護相談事業、敬老祝い金など福祉にかかわる事業の縮小などもある。市が方向性を示した一覧表はホームページでしか検討できない仕組みで、市民にとっては情報公開上問題ありである。すべての評価内容を点検して、市民の暮らしに影響あるものは、厳しくチェックしないといけない。また、行政改革大綱素案も発表された。長野改革3つの基本姿勢と3つの視点などである。気になる問題点は山ほどあるが、その一つ、長野改革3つの視点の「視点2」では、民間の発想を取り入れた行財政経営への転換。・・・民間の発想を生かして替えていこう・・・で、「行政は最大のサービス産業」だといっている。 競争原理を働かし、コスト意識を持つことを強調。民間委託の推進、PFIの導入、民営化の検討、市民公益活動団体との共同の推進。となっている。具体的でないので、どこが、何を、とはいえないが、保育園などの民間委託は大変心配だ。12月議会では、これらの問題点をよく分析して、市長の姿勢を正していくことになる。 「市民が主人公」の姿勢を目指して「新しい政治の流れを長野市でも」でがんばりたい。
2002年11月19日
事務所開設のため、地元の区長さんや大家さんをはじめ、ご近所を訪問し、あいさつをする。石坂県議「4月まで事務所として、お借りしました。何かとご迷惑をおかけしますが、よろしく。何かありましたら、いってください」 ほとんどの人は、石坂さんを知っている。「テレビで出る人ですね。」「活躍していますね。」「世の仲良くするなら少々のことは結構です。頑張ってください。」などなどである。 田中知事不信任から、圧倒的支持で再選までの一部始終をよく知っていれ。また、この一連の経過の中で、日本共産党の石坂県議の果たしてきた役割も承知しており、多くの人は温かく迎えてくれた。しかし、人気で選挙はけてない。勝ったためしはない。 いかに有権者に、誠実にお願いするかである。 公共事業を見直し、福祉暮らしなど県民応援の県政となってきたが、さらに、着実な県政を進めていく上でも、県民に寄り添い、つねに一貫して「県民が主人公」の立場貫いて頑張ってきた、日本共産党の議席の前進が決めではないか。 ポスター、ちらし、対話などやることいっぱい。仲間と力あわせて奮闘だ。
2002年11月12日
鷲沢市長になってはじめての、街づくり市民会議。かつての、緑のテーブル(行政懇談会)である。 まづ、地区社会福祉協議会会長から、児童館の全面的改築の提案があった。現在の児童館は小学校から離れており、学校の近くに建設してほしい。また、できたばかりの小学校の空き教室利用の自動クラブは定員が20名でとても不足している。35人定員にしてほしい、という要望だ。 女性の社会進出などもあり、子供たちの児童クラブへの希望が大変に多いが理由。 長野市の基本的な方針は、小学校区に一児童館ないしはセンターとなっている。順次建設をしていく計画である。 また、財政的に厳しいので、これまでの古いところでも危険性がなければ、続けていくようにしてほしい。定員の不足については、教育委員会とも協議をし、空き教室などを活用できるようにしていきたいと福祉部長の回答である。 老人憩いの家の新・改築についての要望も強かった。 特に、トイレが様式でないので、足腰の弱い人などはトイレが使えず、苦労している。一刻も速やかな改修を望むとの切実な声があった。 私は懇親会の乾杯の挨拶で、「若槻区民約2万人の皆さんの要望のごくわずかなもの。山ほどあるうちのごく一部の切実なものばかり。特に、憩いの家のトイレの改修は、待ったなしのもの。即改修をお願いしたい」と再度強調しておいた。 市長は、財政的に厳しい事態となっているので大きな事業はできない。古いものでも危険性がなければできるだけ活用してほしい。今後、市庁舎も耐震強化対策を急いでしなければならないが、学校の耐震強化策こそ、改修が迫られているが、15年もかかる予定で、これにも相当な予算が必要となっている。少々心配で、危ないと思われても、庁舎の改修は15年も先となる。財政の厳しさを強調する。 しかし、旧そごう後をSBCが取得するのにあわせて、これまでの約3倍の銀座A1 の再開発を急ぎたいとし、かなりな投資を覚悟している。経済が落ち込んでいるとき、このような開発に多大な税金の投入は、よほど慎重にやらないと、無駄な税金の投入ということになる。市民の声を聞いて、市民の納得と合意が求められている。 国保、介護、医療そして、教育もきわめて重要なときに来ている。長野県のような、無駄なダムなど大型名公共事業をやめて、福祉・教育など市民の暮らし応援の姿勢を貫くよう、わが党市議団もがんばらないといけない。改めて痛感した。
2002年11月11日
朝のまだ寒い時間帯だが、若槻恒例の文化芸術祭が盛大に行われる。お年寄りをはじめ、出演者も含めて会場はいっぱいである。 私も来賓として案内を頂き、代表であいさつをさせてもらった。 「・・・第26回の文化芸術祭のご盛会を,心からお祝い申し上げます。日頃、忙しい中積み重ね練習をしてきたことを存分に発揮し、発表して欲しい。文化芸術はふつうの暮らしにとってなくてわならないもの。明日への英気を養う上でも、空気と同じく必要で大事なものです。私も先日、映画「阿弥陀堂だより」を観賞してきました。素晴らしい夫婦愛と、飯山の美しい風景は心が和みました。 明日も頑張ろうという、元気をもらうことができました。今日も、皆さんの出し物を見たり聴いたり、また、盆栽や習字など展示物も拝見し心を洗っていきたいと思います。頑張ってさい」・・・ とあいさつした。 大正琴や舞踊、コーラスなど。若槻小学校児童による金管楽器の演奏は練習の成果か、なかなかなものだ。「大きなフル時計」「となりのトトロ」に拍手喝采。 我が妻も仲間の一人として、20年以上も続いているアカシア コーラスも例年同様出演した。 「野ばら」など。みんな、心地よく歌い上げている。歌の好きな地域の女性が、懲りずに毎週集まってよく練習をやっている。 「好きこそものの上手なれ」仲間が増え、交流できてストレスの解消にも役に立っているのか。近ぢか地域の他のグループと共同して発表会をやるんだと、いきまいている。元気がいい。 かつて、信濃のうたごえで推薦され、日本のうたごえに参加。母親コーラスの部門で、第2位という栄誉を受けてきた凄腕(凄のど)の面々。新しい仲間が少しづつ加わり、意気盛んで頑張っている。「夕食作るの忘れちゃった」と急いでコーラスに飛んでいく。そんなことも、たまにはありの我が家だ。 石坂ちほ事務所が確保され、事務所開きが迫ってきた。 ご近所回りをすることになり、明日、県議と一緒に行動する。 いよいよ、県民の暮らしを守るよりどころができた。全力を尽くしたい。筋通す日本共産党が県民に寄り添い、期待に応えることのできる奮闘を決意。
2002年11月10日
田中康夫知事が、流域住民や県民多数の願いに応えて、浅川ダム建設の契約解除した。ところが、前田建設工業など協同企業体は、長野県に賠償額を示せと迫っている問題で、自由法曹団長野県支部は、前田建設などが請求できる損害賠償は、契約解除前に使った労賃・材料費など実際の損失分だけだと見解を明らかにした。 見解では、前田建設などが準備した労賃・材料費は他の工事の転用で新たな利益を受けている。 浅川ダムは、本体はまだ未着工で企業側が言うダム建設で得られたかもしれない利益、「得べからし利益」そのものが生じないとしている。そこで、県に対して企業からの不当な請求に対して、毅然とした態度で対応することを求めた。・・・新聞赤旗の報道を引用・・・ 入札当時、当初から前田建設など企業体に落札するのではとの、うわさが飛び交い、浅川ダム建設阻止協議会は入札会場へ出向き、抗議をしたことがある。 今、県は入札や談合問題の検討する組織を立ち上げて調査研究をしている。 談合の疑いが生れれば賠償などとはいっていられない。 赤旗新聞はすでに、浅川ダムにかかわって談合の疑いのある資料を公表している。引き続き、詳細な調査を期待したい。 11月の初旬だというのに、1日中雪降りとなった。イチョウやさくら、ケヤキなどの紅葉は、まだまだ目を楽しませてくれる。 そこえ、この雪ときた。結構いいコントラストである。 しかし、景色を見ながら、「観賞」や「感傷」にいい気分になってばかり入られない。農家ではりんごの収穫に猫の手も借りたい大忙しさだ。早く天気になって欲しいもの。
2002年11月09日
今日、議員控室にいると、同僚の小林義和議員が「『阿弥陀堂だより』を見てきた。『よかったなア』」と感激をしていた。 それぞれの俳優も登場人物とぴったり。背景の景色も最高で、心の洗われる思いだ。抜群にいい映画だと評価する。 私も見てきたが、言われるとおりで、飯山にあんなに素晴らしい、山や川、水と緑の自然豊かなところがあるんだと改めて認識した。 主人公は大学病院で最先端の医療に携わる女医。精神的な病で医師を辞め、信州は北端の山奥で生活をはじめる。 主人公の「いつの間にか、遠くを見ることを忘れていました」は私自身が自戒すべきこと、と痛く感じる。 ・・・美しい自然と心優しい人たち・・・ 素晴らしい四季の移ろいと、「おうめ婆さん」をはじめ周りの人々との暖かなふれあいの中、心が癒されていく。 感動した「おうめ婆さん」の言葉 阿弥陀堂だより 畑にはなんでも植えてあります。 ナス、キュウリ、トマト、カボチャ、スイカ。 そのとき体の欲しがるものを好きなように食べてきました。 質素なものばかり食べていたのが長寿につながったのだとしたら それはお金がなかったからできたのです。 貧乏はありがたいことです。 お盆になるとなくなった人たちが阿弥陀堂にたくさんやって来ます。 迎え火を焚いてお迎えし、暗くなるまで話をします。 話しているうちに、自分がこの世の者なのかあの世の者なのか 分からなくなります。 もう少し若かった頃はこんなことはなかったのです。 怖くはありません。夢のようで、このまま醒めなければいいと思ったりします。・・・(パンフレット「阿弥陀堂だより」より) 毎年、飯山の菜の花祭りに行っている。来年4月は県議選真っ最中。菜の花を見ることができるかどうか。選挙で頑張り晴れ晴れとした気持ちでいけるよう、今から心してかからないといけない。長野市の下水道整備計画5年間短縮・・使用料の値上げが心配 2001年から20年計画の下水道整備計画が、5年短縮の15年計画で整備したいと諮問した。 水洗化の希望が強いことと、他市町村と比べて水洗化率がかなり低いことが理由。当然市民要望の高いものなので、できるだけ早い水洗化へ努力することはいいこと。しかし、問題は借金が増えることと、財源を捻出するために、使用料の値上げが心配である。 長野市は利用料や使用料など公共料金を3年に1度見直しをして、受益者から応分の負担をしてもらう方針を持っている。 今、その時期に来ているが、同時に下水道の整備計画の5年間の短縮で、さらに負担が重くなるのでは考えてしまう。 「農村地域の下水道」農業集落排水事業の処理施設使用料は11,3%引き上げの予定が、審議会で8,97%に抑えられた。 それでも約9%の値上げとなる。医療費をはじめ公共にかかわる負担は、何から何まで、増える一方である。 命の縮まる思いだ。お年寄りや年金生活者には暮らしずらい世の中。安心して暮らせるようにと、ここでも頑張らないといけない。
2002年11月08日
石坂県議の地元、朝陽地域に隣接する、運動公園の目抜き通りの一角に、事務所が開設される。 大家さんは、私のかっての職場の仲間で、元県政会大物県議の後援会の役員を長くやっていたという人。 田中知事登場で浅川ダムを始め、大型公共事業を見直して、30人学級やC型肝炎の医療費助成の継続など、福祉、教育、医療など県民の暮らし応援の県政に流れを変えてきた。 取り分け、浅川ダムなど県下9カ所のダムについて、専門家、地元の関係者など賛成、反対の人を含めて一年間も検討してきた。 特に、浅川ダムでは石坂県議は部会の部会長を務め、公平、公正な立場で審議をしてきた。 その結果、全体の議論のいきつく先が、ダムなしの総合治水対策となった。知事もこれを受けて、浅川ダムは中止。 住民の願いは十数年にして実現する。画期的出来事。これが、ダム推進の知事不信任となった。しかし、日本共産党の石坂県議は七月五日の県議会最終日。唯一、不信任許さずでその不当性を、根拠を示して理路整然と反対討論。これがNHKの全国放送で流され、一気に、県政会などダム推進は窮地に。石坂ちほホームページは一日四千、五千となり、ついにアクセス数は37万件を超えた。全国の赤旗祭りでも日本共産党の女性議員8人の一人として登場。「新しい政治の流れを長野県から」と訴え熱い声援を受けた。 もちろん、高村京子さんも同様である。 実はこのようなことを、大家さんがよく知っていて、県政会など田中知事追い落としのために、他の女性知事候補を担ぎ出したことに怒り心頭であった。そのため、喜んで事務所を貸してくれた。 この大家さんや、多くの県民の期待に応えて、厳しい寒さにも、めげず、あつく燃えねばと決意をしている。 昨日、昔懐かしい、「紅玉」というリンゴを貰った。ここまで木にならしておくと、色付きもいい。黒びかりの赤で、中の実は密がしっかりとのっており、きいろくなっている。酸味もほどよく、甘くとろけるようだ。久しぶりの「紅玉」を食していい気分。 若槻のリンゴづくりの仲間が持ってきてくれた。さすが専業農家の作だけあって、芸術品の類だ。農業で頑張って欲しい。
2002年11月07日
先日、50歳代のいとこの連れ合いが、ガンに冒され、若くして亡くなったことを書いたが、昨日、私の一つ先輩で、同じ母校出身の旅館の女将さんがなくなった。62歳である。 今日、お焼香に行き、旦那さんと話してきた。 結婚以来、旅館の仕事で自分のしたいこともしないで、仕事一筋の忙しい日々。突然の入院検査、車で送っていったが、病院の入り口で「検査なのでそこで帰っていいから」と返された。 「まさか、本人もこんな形で逝ってしまうとはユメユメ思ってもいなかったはず」。と検査入院からわずか38日で不幸となってしまったことに、憔悴しきっていた。 厳しい、不況の中でも、旅館の営業と接待を一手に引き受けて、切り盛りし、女将の仕事をやりぬいてきた。 「何はともあれ、健康が第一。身体を大事にしてくれ」と旦那さんに温かい忠告を受けた。「幸いにして、商売を止めようと思っていたが、結婚をし、家の手伝いをしてきた、娘が旅館を引き継いでやってくれるというのでほっとしている」という。 これから、厳しい寒さがやってくる。負けないで頑張って欲しいと願う。 病気といえば、政府は医療費を上げ、国民が安心して自分の命や健康を守れない、こんな仕組みは一刻も早く改善させないといけない。 厚生労働省は雇用保険料を2年で2倍も引き上げようと審議会に提示した。 昨年4月に月額0,8%から1,2%に、今年は10月から1,4%に上げたばかり。3年連続で2倍の引き上げだ。 保険料の個人負担も厳しいが、企業負担では、中小企業への影響は大きい。保険料率の引き上げで、年間約3千億円の国民負担増となる。 求められるのは、無駄な大型公共事業に50兆円。世界でもアメリカに次ぎトップクラスの軍事費にメスを入れ、税金の使い方を国民の暮らし優先にすべきである。 来るべき総選挙と一斉地方選で、悪政推進の自公保政権党に痛烈な審判を突きつけたい。 国民と協同で、国民に寄り添って頑張っている、日本共産党の大きな躍進を期したい。
2002年11月06日
遅ればせながら、赤旗祭りに参加してきましたので、書き込みます。同行した仲間が、7万人の人出の会場ではぐれてしまい、場内放送でもわからず、どうしようもなく帰途についたが、少々がっくり。思わぬハプニングで精神的に疲れてしまい、1日延ばしの報告とご挨拶となってしまった。 若槻上野後援会の初めて参加という、女性メンバーを中心に10名が参加。 長野県の石坂ちほ県議や高村京子新県議をはじめ、女性議員8人が登場の、・・・生き生きトーク 「地方政治のあたらしい流れ」は、のがさず聴こうと、広い会場の真中一等地にシートを引いて居場所を定める。 先ずは、高村京子さんが登場。「羽田一族の強力な組織の中で、羽田派候補を1万票の差をつけて圧勝。5人から6人となり交渉会派になった」と報告。いつもと違い、この日は特に、迫力があり高村さんとは思えない名調子。 次が、石坂さんだ。「大型公共事業でゼネコン優先の予算から、県民の暮らし応援の県政に流れが大きく変わってきた」と、田中県政を評価。長野県から新しい政治の流れがはじまっていることを報告する。大きな拍手である。 次々と女性議員の涙ぐましい発言に、こみ上げてくるものがある。男の議員として、自らの活動に反省。大いに学ばなければと痛感する。 前日の志位委員長の記念講演を読んだ。イラク問題で「戦争は避けられないとする立場は決してとらない」戦争回避と平和解決の声を多数派にするために、日本共産党が「理性ある人なら誰でも、賛同しうる道理」を示して、独自の外交努力を尽くしてきたとして、 党中東訪問団の上げた「二つの大きな成果」上げる。 ①国連憲章に元ずく平和的解決で固い一致点が確認 ②イラクに対する大量破壊兵器の査察問題で政治的解決に向けた一歩前進が勝ち取れたこと、を上げる。 戦争によらない解決のため、憲法を持つ国として、真剣な国際行動を行うべきと訴える。「イラク攻撃反対」「国連憲章を守れ」と世界に向けて発信しよう、呼びかけた。 政権党ではないが、実際の外交活動の実績から見れば、政権党並だ。元気の出る、勇気の出る赤旗祭り。
2002年11月05日
書き込みの日記の日付が狂ってしまった。 本当は今日が健康祭りなのに。しかも、昨日の「阿弥陀堂だより」の感想を書いたのに、本日の「健康祭り」を書き込んで「日記を書き込む」のクリックをしたらどこかへとんじゃったです。もう悔しい。バカな事をしているもんだ。ろくに知らずにパソコンをやっているからだ。 それにしても、どうしてこうなっちゃうの。
2002年11月03日
「夢と元気、笑顔いっぱいの街づくりへ協同の輪」と銘打っての、長野医療生協40周年を記念する1万人健康祭りが盛大に行われた。私は中央病院がかかりつけの病院で、足だ、腰だ、頭だ、胃だと具合が悪くなるとすぐに直行するのがこの病院。 誰もが安心して、医者にかかり、命と健康を守ることのできる病院。庶民の味方・・・中央病院のこれからの発展を願うもの。 少しオーバーだが、私の命と健康を預けてある、かかりつけの病院なので特にそう思う。 今日は、期待のアグネス・チャンのおしゃべりコンサートと山田洋二監督の「映画・笑い・人生」のトークをゆっくりと聞いた。 アグネス・チャンは「ひなげしの花」など知性と理性、清純な歌でうっとり。歌う合間の「おしゃべり」にも感激。自らの人生を大きく変えたという、アフリカへの旅。「『貧しい』という言い方は失礼かもしれないが、内戦で国は不安定、衣食住は極貧状態。目の前で、ばたばたと子供達が死んでいく。背負う子供は血だらけで死ぬ。とても凄惨なこと。わずかな期間に百万人もの人々が死んだという。何とかしなければと思っても、なにをしたらいいのか。思いもつかない。」・・・歌でこの気持ちを表したら・・・と自らの曲を歌ってくれた。戦争をなくし、誰もが安心して暮らせる平和な世の中つくりたい。まさに、今日のスローガンにもあるように、「夢・元気・笑顔」そして、希望ある歌を大切にしたい。 山田洋二監督のトークにも感銘した。 最初に、山田監督は「自分はこれまでに70作以上の映画を撮ったが、巨匠というのは、そう沢山の映画は撮らないもの。黒澤監督、小津安二郎監督など皆そうだ。これだけ取ると、馬鹿にされているような気がする」と、自らを謙遜し、撮りすぎた、などと話していた。しかし、「男はつらいよ」の渥美清の、身体からにじみ出る雰囲気のある、笑いの天才を詳細に語ってくれた。 「渥美さんは、もともとは、浅草の劇場でストリップの合間に、お笑いを担当して、喝采を浴びていた人」。 大変な苦労人で合った。このような人は、そうはいない。苦しい時代に生きて芸を磨いてきたからこそ、そのしぐさや、雰囲気が笑いに生きてくる。 「渥美さんは、家庭のことは人には一切知らせていなかった。」山田監督も、家も知らなければ奥さんにも合ったこともなかったという。亡くなって2日目に、奥さんから「夫がなくなりました」との連絡があり、人を介して家を教えてもらって、訪ねたといわれた。奥さんの話しでは「肝臓ガンで後数年という、死を宣告された。後、2本か3本も撮ればいいところ。しかし、自分は人に笑いを提供し、励まし、元気を与える仕事をしている。病気など元気のない姿を人には見せたくない。そのつもりで」と家族にはいっていた。だから、亡くなっても知らせなかった。 「死んだ後は、山田さんなどと相談をして、うまくやって欲しい。」が、渥美さんの遺言であった。 四角い顔、細い目、身体からにじみ出る雰囲気、しぐさ、どれをとっても笑いの天才。しかし、苦しい時代を生き抜いてきたからこそ、庶民の笑える、味のある芸ができるのではと勝手に評論してみる。山田監督に感謝・・・
2002年11月02日
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