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農業委員会の改選期で、選挙は2月4日から始まる今日は、今期最後の農業委員会の総会日。
2008年01月31日
この21日より受け付けを始めた福祉灯油の申請は順次進んでいる。 各支所ごとでは、多少の差異はあると思うが20~30世帯程度の受付という。 試算では約1万1千世帯と言われるので申請漏れが心配である。 ある支所へ行くと、知人の区の役員さんが「申請書ないかい」と言って持って行った。「本人にはできないので」と言う。 前にも書いたが、「知らない」「申請手続きがわからない」「市役所や支所に行けない」など申請出来そうもない世帯が大勢いると思われ何らかの手を打ちもれのないようにしなければと心配はつのる。申請書をもって、対象と思われる方を訪問し手続きの援助をしてやりたい思いである。寒さはきつくなるばかりで、困窮者にとっては灯油代は深刻である。申請から振込みまで3週間もかかる。早く申請し、灯油代を使って、寒さをしのげるようにしてあげたいものだ。夕方になり、雪が降ってきた。底冷えがきつい。
2008年01月30日
山口のりひささんと石坂県議、私と3人。 ここ数日は厳しい寒さが続いてるが今日も同じ。 私が司会役で最初のあいさつをし、北陸信越の比例の予定候補者『山口のりひさ』さんがあいさつと訴えを行った。
2008年01月29日
共産党員や民主団体の家や施設を狙った、公安警察官の「岩下」の泥棒事件は記憶に新しい。 わが家も狙われた。 近所の公衆電話から我が家に電話をし、留守を確かめ侵入した。 手口は極めて巧妙でわが家の裏手の勝手口から侵入しようと、勝手口のドアーをバールでこじ開けようとしたが、アルミの頑丈なドアーのため諦めた。 今でも、バールでこじ開けた深い傷跡がドアーにくっきりだ。 諦めて、表の玄関口のかぎのかけてある引き戸をこじ開け、ロックを壊して侵入したのである。 あれから何年も経過した。 気になっていたが、壊れた勝手口のドアーはそのままにして置いた。 変形していたので、冬は北風がビュービューと吹き込み、石油ストーブでは間に合わなかった。 でも、我慢してきたが、ついに異常な寒さで取り換えることにした。 今日は弟が大工さんなので、新しいドアーの取り換えに来てくれた。 密閉のすぐれたドアーは、北からの寒風を遮りこれまでとは全く違う。 小さな石油ストーブひとつだが、暑いくらいの違いだ。 これまでは、ふるえながら寒さを我慢しながら食事していた。 隙間風のない部屋の暖かさを実感している。 もっと早く取り換えていれば、熱効率が良く、真冬の厳しい寒さでも心配なかったのに。 でも、もう大丈夫である。 それにしても、長野市は非課税で75歳以上のお年寄りや、生活保護世帯に福祉灯油の支援 制度を作ったが、知らない人が多い。 広報長野で知らせているが、あまりにも小さな文字で、高齢者にはよくわからない。 早速、「知らない人が多い」と厚生課長に連絡した。 さらに、「申請書が欲しい。みんなに知らせたい」と。 「自分で申請してほしい」は厚生課長の言い分。 放っておけば、申請しない人できない人たちが続出する。 1世帯5、000円で約1万1千世帯、5千5百万円は全部使えるように頑張りたい。
2008年01月28日
長野市の北部には、豊野9条の会、稲田・徳間9条の会、浅川9条の会、若槻北部9条の会、若槻団地9条の会がある。この会が共同して、大沢豊監督作品である『日本の青空』を上映した。檀田地区センターに100数十人が参加で会場はいっぱい。見慣れない顔ぶれが多く、9条について関心のあることがうかがえる。主催者は、「この映画を通して、憲法9条を知り、改悪の動きを食い止める力にしたい。」とあいさつ。・・・アメリカに押し付けられた憲法・・・という宣伝のある中、日本国憲法の成り立ちの真相が60年を経た今、明らかになる。この憲法があったからこそ、日本は戦争をしなくてここまで来た。しかし、この憲法を戦争のできるものに作り替えようとの動きが際立っている。あらためて、憲法の成り立ちをこの映画で読み取り、国民の力がなければ憲法9条はなかった事がわかり、大きな確信となった。2回目だが、いつ見ても感動だ。
2008年01月27日
先日の市田書記局長を迎えての演説会に参加した人を中心に、お礼のあいさつ回りをしました。市田さんは、来るべき総選挙で日本共産党の前進のために、特に山口さんを一回で当選させてほしい。グラウンドでバットを振って欲しい。空振りしてもいいからと。今日は、45歳の若い方に仲間になってもらい、超元気をもらいました。「お茶懇」の常連の66歳の女性に訴え、仲間になってくれ2重の喜び。午後は、21回目の「お茶飲み懇談会」を開催。15人の参加。市政報告と懇談。長野市の「福祉灯油」について、報告。申請しないともらえないので、みんなでもれのないように、ご近所の人たちに知らせようと確認。
2008年01月26日
一般会計含む23会計、約2000億円の会計決算審査の、決算特別委員会がようやく終了した。新人佐藤議員も大奮闘。発言回数は、委員のメンバーでは最多。告訴された市長の交際費問題、豊野温泉・リンゴの湯の指定管理者を県外業者になったことについての厳しい指摘。私が委員長なので発言に限界があり、代わってがんばってくれた。さすが町議4期の経験大なり。新人とはとても思えない。
2008年01月25日
5年ほど前の12月の4時ごろ、「寒くて死んじゃう。」と議員控室に駆け込んできた初老の男がAだ。駅東口の地下駐車場で段ボールをい敷いて暮らしていたホームレス。雪の多い年で、駐車場では寒風で凍え死んでしまうと震えていた。午後4時ごろで、1時間ほどで役所は終業となる。急いで厚生課に飛び、生活保護の相談に行った。しかし、住居がなければだめというので、知人の不動産屋さんに頼んでようやく借家を見つけ、間一髪で生保が取れた。布団、机、茶碗など最低生活のできる一通りのものを用意して一件落着となった。それから、今日まで大家さんや民生委員さんなどに助けられて暖かい日々を送ってきた。ところが、大家さんから電話があり、Aのことですぐに来てほしいという。急いで飛んでいくと、事件を起こしたので今月を持って出ていってほしい。Aの保証人となっている、市議さんに頼みたいとのこと。追い出されてもすぐには、居場所は見つけられない。そこで、危険なことをする人ではない。いけないことはいけないときちんと伝え、教えてやってほしい。分かる人だと諭した。一緒に来てくれた、民生委員さんも面倒を見てきた立場から、同様のことを大家さんに伝えていた。それにしても、かなり厳しい調子の大家さんの言い方に、放っておけないことを察知。特養の入所など含めて、厚生課とも相談して対応したい旨伝えた。話し相手もいなく、さみしいのであちこち出歩くのでご近所では変に思うのか。周りの住民の温かい支援が欲しいものだが、なかなか。簡単にはそうはいかないようだ。
2008年01月23日
休憩をはさんで7時間の集中審議は今日も続く建設部、保健福祉部関係である浅川ダムに関連する期成同盟会の団体補助金9万6千円について、佐藤議員がきつく指摘。・・・浅川ダム建設に賛成の立場の予算には反対である。たとえ穴あきダムでも、流域住民は危険であり、中止を求めている・・・。と流域協議会の座長という重責を担い頑張ってきた議員で、重みのある発言。公明党の議員が「マスコミなど道路特定財源について批判的だが、長野市で必要な具体的な道路箇所を明確にし、市民に知らせるべきだ。」と、国会で同党議員が言ったことを繰り返して聞いていた。長野市は整備率が遅れている。財源がなくなれば39億円のうち19億円も減ってしまうと、部長は言っていた。そこで、私は、「道路特定財源は、50年前に制度が作られ当時の整備率は5%。現在は98%と進んでいる。この特定財源がある限り必要がなくても道路建設が続いていく。拠点的港湾や空港から高速道路のインターチェンジまで12~3踏んでいける。これを国際競争に勝つためと2分縮めるために巨額の道路予算が使われていいのか。安全施設整備や通学路、歩道を含めた生活道路など必要な予算は、国できちんと確保できるはずだ。800兆円も借金をして、国の財政は厳しいからと福祉の予算を削りながら、道路には平気で投資は問題、と指摘。保健福祉部でも佐藤議員は頑張った。部落解放同盟などが盛り込まれている「同和関連予算に反対です。」と明確に主張。超過密の児童館・センターの整備充実は必要です。改善を求め要望した。次は25日で最終日。頑張りたい。
2008年01月22日
区画整理事業反対で長らく綱引きをしてきたが、「みんなでよいまちづくりを」とまちづくりの委員会作られ、以来、平成5年から始まった事業は今日までに15年がかりでようやく、仮換地率が57%程の進捗となった。総事業は780億円、関連予算は230億円で1000億円を越える、長野市最大級の開発事業。区画整理事業の本体予算の残は200億円程度。関連事業の13階建ての複合交通センターなどもすごい額となる。財政が厳しいからと、福祉の後退、受益者負担の見直しなど、市民負担を押しつけている。公共事業も見直しすべきだ。区画整理事業はじめ、関連の複合交通センターの見直しをきちんとすべきと主張し要望をした。
2008年01月21日
解散・総選挙に追い込む緊張した情勢のもと、市田書記局長を迎えての大演説会に1500人余が市民会館に結集。市田さんはNHKと民放のテレビ出演した後かけつけ、「北陸信越ブロックは過去2回惜敗している。『議席奪還。山口のりひさ予定候補を1回の選挙で国会へ送ろう』と奮闘中です。ご支援をよろしくお願いしますと、心をこめて訴えました。山口さんは「国会に送って頂き思いっきり仕事をさせて下さい」と力強く決意を述べる。東部地域からも、マイクロバス4台はじめ200人近い人たちが参加しました。感想では、「最高でした」「共産党へのアレルギーが変りました」など初めての参加も含め、共産党への期待が寄せられた。全力で頑張る決意である。
2008年01月20日
正味7日間続く決算特別委員会。私が委員長で、新人佐藤久美子議員も委員の一人。町議4期で議員としては大ベテランだが、市議としては新人。しかし、さすが堂々の論陣を張っている。今日は都市整備部と教育委員会の2部局の審査をした。佐藤議員は、中心市街地のまちづくり問題のうち、長野銀座D-1駐車場とトイーゴの問題で当時の市街地再開発問題で問題点を指摘。この開発はSBCなど民間に任すべきであった。長野市が生涯学習センター買い取り含め、30億円に及ぶ投資をした事を厳しく指摘した。
2008年01月18日
県議団、市議団は浅川の穴あきダム問題で土木部長に申し入れを行なった。申し入れの内容は以下の通り。 申し入れ書 県民福祉向上へのご尽力に感謝申し上げます。 昨年くれ、浅川の治水対策にも関連して、長沼地区北陸新幹線対策委員会(徳永純和委員長)は長野県、長野市、鉄道・運輸機構それぞれに合意条件を盛った「同意書」を提出し、1月中旬には「確認書」を取り交わすという報道がされました。 この報道によれば、合意条件の中には県委員会が浅川に計画している治水専用「穴あきダム」を10年以内に完成させるという内容が含まれているとのことです。 ご承知の通り、浅川流域住民はいまだ危険な地すべり地帯、活断層の存在など浅川穴あきダムの安全性に大きな器具を持っており、ダム建設を中心とした浅川の治水対策については同意しておりません。 ひとたび事故がおきれば多大な犠牲がもたされることは火を見るよりも明らかであり、慎重な対応を多くの住民が心から願っています。 専門家かも、穴の詰まる可能性は否定できず、また、洪水後、通常のダムよりダム湖の水位は急激に下降するため、山腹崩壊などの危険が高いと指摘しています。 さらに穴あきダムはまだ国内で一例しか建設されておらず、検証も充分行なわれておりません。 よって、下記について申し入れます。 記 北陸新幹線の用地確保、開通と引き替えに浅川穴あきダム建設を強行することはあってはならず、充分な調査、検証、検討を行なうこと。 県は 原土木部長県議団 石坂・和田県議市議団 原田・野々村市議
2008年01月17日
書き込みは後で。
2008年01月16日
「うちの嫁さんに、法務省公認の団体から、『金を払え』とハガキがきたが、心配だ」という。 私が出た後なので、妻が「心配ないよ、あわてないで、県の消費生活センターに電話したら」とアドバイスしたようだ。その結果を知らせてきたわけである。14日に来たはがきには、「17日までに金を入れてほしい。対応してほしい」というもの。何もわからない、Mさん宅では大騒ぎ。「何したの」と嫁さんを疑い、家族で大騒ぎとなった。でも、妻の言うとおりに、消費生活センターに電話し、安心し、報告のため、夜遅く電話をかけてきたのである。たった1枚のハガキが、間違えば家族同士の不信につながってしまう。でも、一安心。妻の友人いわく、『原田さん、私たちは何も知らないので、本気にしていた。もし、大慌てで、相手の魂胆に乗ってしまったら・・・』と胸をなでおろしていた。これでは、お年寄りや気のいい人は騙されてしまうわけだ。それにしても、良かったね。妻は、かつての職場の仲間ご夫婦の孫で、オーストラリアから来た子どもたちと、野沢温泉の火祭り見物と洒落ている。結構なこと。吾輩もあやかりたいもの。今日は、朝から決算特別委員会であった。
2008年01月15日
早朝配達が気になり、目覚まし時計を5時セットしておいた。隣の部屋の時計が、ボーン、ボーンと6回鳴ったので「寝坊か?」とがバット起きた。急いで、車に乗り込み配達に出発。なんと、車の時計を見たら5時であった。寝ぼけていたのか。配達の終わり近く、Oさんのお宅へ配達にいく。門柱を利用して、雪を固め雪像ができていた。これがなんとも言えない格好なのだ。耳が長いのでウサギと思えば、そうでもない。干支のネズミと思えばそうでもない。ナントもいえない、動物。?Oさんのご夫妻の合作か。創造力豊かな新動物だ。ご近所の名物になるのではないか。溶けないうちに、観光してください。ご近所のあったかい交流の場になればなあ。でも、お天気次第。午後2時 地元上野区役員会の新年会「共産党さん頑張れ」演説会に行くよ午後4時稲田地区の新年会「応援するよ」演説会にご夫婦で行くことに。今の政治には厳しい批判が相次ぐ。期待は予想以上。
2008年01月14日
午前11時から、市内の公民館10館合同の成人式に来賓で出席した。式に直前の8時30分から、民主青年同盟や日本共産党の青年支部の皆さんと、新成人を祝う訴えを行った。比例予定候補の「山口のりひさ」さんと「中野さなえ」さんも訴える。女性はほとんどが、華やかな長袖にショール姿。男性の中には、紋付き袴というものもいる。新成人にアンケートを呼び掛けた。今の政治や社会に「不満」「どちらかというと不満」が6割。政治に臨むことでは、格差是正に「○」。税金の無駄遣いをやめるも7割。9条改定や消費税増税「反対」が多数。学びたい、行動したいという人も多数を占める。山口さんと中野さんがハンドマイクで訴えた。午後稲田支部の「山口のりひささんを囲む懇談会」に出席。22人が集まる。山口さんが政治を語り、私は市政報告。質問・・・○荒廃農地があるが、農業の発展についてどう思うか。 ○山口さんは大変に忙しい方だが、家庭サービスはどうですか。 ○公共事業優先でなく、福祉や教育優先の市政にしてほしい。 ○市長を変えて。などなど。
2008年01月13日
時計の鳴る音が6回を数えた。通常は5時起き配達が、なんと6時か?がバット起きて、車に乗りこみ時間を見たら5時だった。数え違いか、寝ぼけていたのか。いつものコースで配達中に、Oさんのお宅がある。門柱を利用して、雪を固めた雪像があった。ウサギのようで、そうでもなく、今年の干支のネズミのようでそうでもなく、新動物が誕生か。?ユニーク動物を創造したOさん。でも、耳が長いのでウサギかも。観光にどうぞ。溶けないうちに。
2008年01月12日
心のこもった連帯の、妻への年賀状が届いた。新年と選挙のお祝いと合わせ、赤旗日曜版に掲載の記事を見てくれた。『・・・新年は赤旗にて元気な議員さんのお顔を拝見し、あなたの多忙さを想像でき、あらためて、かつての職場の先輩の皆さまの姿に敬意を表します。・・・』と書いてあった。 紡績工場で汗とホコリにまみれてともに仕事をし、生活や権利を守って頑張ってきた仲間への連帯がよみがえり、妻も感動。
2008年01月10日
9時、来週15日から連続して行われ、決算特別委員会の打ち合わせ会議。 昼は、女性農業委員の選出問題で会派代表者会議。午後1時より議会運営委員会。委員長は私。委員には野々村議員もいる。議会改革・議会活性化のための会議である。おもには、一般質問についてで、一問一答や対面質問など。2時15分からは、政務調査費等検討委員会で会派の代表と会計責任者。この委員会も会派の代表で、私。会派の会計責任者として、副座長として野々村議員が出席している。議会事務局が調べた中核市や、県内及び長野県の政務調査費や行政視察費などの調査報告を受けて質疑。この報告に基づいて会派で検討し、次回から本格的、具体的な協議となる。市民の目線で、全国一の議会改革・活性化をしたい。
2008年01月09日
役所の仕事はじめから4日目の今日秘書課長から市長が控室に挨拶に来るという連絡があった。議員になって21年目の新年を迎えるが、初めてのこと。悪いとは思わないが、なぜ。?理由はともかく、副市長とともに控室にやってきた。せっかくなので、わずかな時間ではあったが椅子に座ってもらい懇談をした。なんでも結構というので、聞いた。「市長交際費のうち、市民から使い方が問題として、裁判になっている。そのうち、約6万円程は使い方に問題ありとして、裁判所からも返還を求められ控訴したが、税金での飲み食いは問題と思うがどのように考えているのか」市長「当初、全額返そうかと思ったが、周りから問題があるので控訴すべきという意見もありそうした」といった。もう一度、「税金での飲み食いは、問題となっている。長野市議会でも、議会改革でこれから議論していく。是正すべきではないか」厳しく質した。「問題ない」と市長はかたくなに言い切っている。交際費・・・つまり税金で飲むことも交流できていいことという。うそぶいている。市民は苦しい暮らしを強いられている時、公費での飲食はいいはずがない。機会あるごとに、市民の目線で質していきたい。
2008年01月08日
支所長はじめ関係職員とともに、佐藤、小林、野々村、宮崎、原田の5人の党市議が、豊野地籍信越線川谷踏切の現地調査を行った。地元要望による合併建設計画に基ずく、道路と踏切の拡幅・改良工事である。その必要性はじめ投資効果について、詳細な現場での聞き取り調査。軽自動車やトラクターが脱輪するなど踏切が狭隘で拡幅が必要とのこと。確かに一見したところ幅が狭く、通行には危険の伴うことはよくわかった。問題は、事業費である。当初事業費は関連事業費含めて、概算で3億6千万円。さらに精査した変更案では、2億円。踏切だけで、約1億円という。踏切を渡った先は、山間部であり、この額でも投資効果に疑問があり、問いただした。同程度の踏切は他にはないのか。調査してみたのか。など聞いてみた。まだ十分な調査はしてないようだ。職員は、JRの設計などはしっかりチェックしている。会計検査もあるので、きちんとチェックしている。と答えていた。長野市も当初計画を見直し、3億6千万円を2億円に縮小した。まだ、チェックできるところはしていくという。踏切工事の設計や工事は、基本的にはJRにまかせる以外にない。職員も、財政が厳しい時、投資効果を考慮し、特殊な事業であってもしっかりとチェック機能が果たせるようにしてもらいたいもの。同時に、議員としても事業計画の一部始終をチェックし、税金の無駄使いは正せるように自らの権能を活かしたい。
2008年01月07日
20年以上続いている、「土京川の蛍を見る会」の活動について役員と懇談をした。「実践してきたことはすごいこと」と評価され、この実践を住民自治協議会の活動に生かしたい。地域に広め交流したいので、実践記録を書いてもらいたい、と要請された。台風被害で川が荒らされ、改修工事の際に、蛍の生息できるような工事をしてほしい。と建設事務所に要望し、県下で活動している専門家に来てもらい、幼虫を移動し工事をしてくれた。それ以来、毎年見る会を開いてきた。川の清掃もしてきた。このような活動について、記録に残せれば事前を守る活動の一端を担える。期待にこたえたい。
2008年01月06日
恒例で出初式の後、午後は地元の消防団分団の新年会。これまでは、県議と市議二人いたので挨拶は交替。ところが、この1年間で地元の自民県議が落選。市長与党の保守系の議員も引退で、私が地域ではただ一人の議員となってしまった。どこに行っても、挨拶がつきものとなった。日頃、地域住民が安心して生活できるのは、防災・消防活動に尽力されている消防団の皆さんのおかげ。と心より敬意を表した。
2008年01月05日
議員の立場があり、返礼しか年賀状が出せないことになっている。今日は日直を利用して、元旦に届けられた年賀状の返礼をしたためた。義理が欠けるようであるが、公選法に触れるのでやむなしである。「解散・総選挙に向け、憲法九条を守り、暮らしを守る『命綱』として全力を尽くしたい」とした。
2008年01月02日
『おめでとうございます。』久しぶり起きていました。本年もよろしくお願いします。大晦日は鮭を食べ、お酒を飲んでそのままひと眠りが常であった。今年は、いまだに起きているのは、娘が帰るから。妻の迎えで、長女が今しがたわが家についたばかり。再びビールで乾杯。年越し蕎麦を食べ新年を迎えた。今年も明るく元気に頑張りたい。みなさんよろしくお願いします。早朝 大雪にびっくり眠い目をこすりながら、我が家の玄関先から雪かたずけをする。我が家から事務所までに歩道が200メーターほどあるが、汗をかきかきやりこなす。汗びっしょりで、ひと風呂浴びた。午前11時善光寺山門前で、初詣の参拝者に新年の訴えを行う。比例予定候補の山口のりひささん、中野さなえさん、石坂県議、和田県議、野々村市議と私が訴えた。午後1時地元の区主催の新年祝賀会に出席し、あいさつと乾杯の音頭を取らせてもらった。中野さなえさんも出席、出席者と歓談して回る。日曜版読者で区の役員さん、「読んだよ、全国版に出るなんてたいしたもんだな」と声をかけられた。
2008年01月01日
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