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今年最後の日、大晦日。寒さの厳しい日であった。 朝10時、中野早苗さんが我が家にきた。主婦の役割を当然受け持っているにもかかわらず、世直しの先頭で頑張っている。早苗さんには頭が下がる。 午前中約2時間、訪問活動を行った。 どこの家でも、「家計が厳しい」「仕事がなくなった」「売上が落ちた」などなど、小泉内閣の悪政で苦しめられている実態が語られる。田中知事の県政運営には、「賛成です」「よくやっていると思います」など、共感の声が熱く寄せられる。 この県政に一貫して支え、頑張ってきた共産党とその要として、尽力してきた日本共産党の長野県会議員団と団長の石坂ちほさんの勝利は、県政の一層の前進のためには欠くことができない。 訪問中、「この地域は浅川ダム推進のところ。田中知事には異議ありだ」という人もいた。「ダムなしで、治水対策をするために、雨量や流量など調査をしている。多少の時間はかかる。浚渫など必要な河川改修は予算をつけてやるようにする。」「是非そうしてほしい」と訴えられた。 それにしても、暮らしは本当に深刻だ。多くの家族が、特に家計を預かっている主婦は財布の紐をしっかりと引き締めている。 「働けど 働けどなお 我が暮らし 楽にならざリ じっと手を見る」は啄木の気持ちだ。 仕事はあるが、暮らしに相応しい収入にならない。 ところが、今はまったく違う。リストラで解雇。働きたくても職場がない。仕事がない。子供達がこれからという、40歳、50歳代の働き盛りの人たちがこの状態である。我慢がならない。 小泉首相はこの暮らしの実態を、知っているのだろうか。 知っていても、知らんふりか。そうなら、冷酷非情な内閣、中核をなす自民、公明の責任は重大。厚生労働大臣を送っている公明党の責任はさらに重大。弁明できない。「与世直し」の公明党のポスターがあちこちに張り出されている。嘘、偽りのないよう公明であって欲しい。 後、60分で2003年となる。NHKの紅白歌合戦が熱戦を演じている。我が家でも、長女の夫を含めて家族5人が酒を酌み交わして、くる年を待ち楽しく過ごしている。 歴史的な闘い、一斉地方選挙は後100日少しだ。 全国に発信した、地方政治の流れをさらに大きく前進させるために、県議選で勝利したい。石坂ちほさん再選のため頑張りたい。 若槻の田中応援団は石坂さんのために「今日も頑張っているよ」と、連帯と励ましのエールがあった。 感謝・感謝である。 現在、11時10分。 県議選の勝利「石坂さんの勝利」のため、地元上野の粟野神社へ2年参りに行く準備中だ。 一応、唯物論者なので神仏にお願いして価値があるかどうかは別問題。 新しい年へ向かって、頑張ることを誓う。
2002年12月31日
年内最後の「赤旗しんぶん」の集金で各家を訪問する。 田中応援団のKさんは、今家に男性がきている。この人に石坂さんをお願いしている。あの人、この人と支持を広げていることを話してくれた。うちはお父さん以外、みんな田中知事の応援団。でも、お父さんにも力になって欲しいと娘と一緒に厳しい説得。 ついに「俺も田中に入れてきた」と、娘にそっと話したという。 来年4月の県議選でも、まじめな人に投票するように、話をしたいと熱意あることばだった。 この地域を地元として活動している、S県議はゲートボール大会を100人ほど集めて開いたという。県議の優勝杯も出されて盛大であったようだ。闘いは、生易しい話しではない。 しかし、参加者の中には、田中知事応援で一生懸命の人もいっぱいいたようだ。 それぞれ、やり方は違っても、必死で動いていることが手にとるように見える。田中知事不信任で執拗に動いた地元のS県議にたいする批判も聞こえてくる。 定数減で立候補者も多数になりそうだ。どんなに、スジ通して県民の立場で頑張ってきても、そのまま、支持につながらないことは当然。「石坂さんは大丈夫」「あれだけ知事の応援で頑張ってきた人だから」と、人気と注目度は抜群。これで勝てれば何の心配もない。しかし、選挙は人気や注目度では勝てれものではない。 一人一人の有権者に、変わり始めた県政の流れをよく知ってもらい、しっかり支持を固めないと、勝てない。 今日は、中野早苗さんとも一緒で、石坂さんのお願いをして歩いた。赤旗新聞読者に5人も協力してくれた。足腰強く、裾野を広げてどんな風が吹こうと確実に日本共産党が勝利できるように頑張る決意。
2002年12月30日
日毎に、寒さが厳しくなってきた。しかし、めげるわけにはいかない。寒風つき、今日も石坂県議と約2時間上野地域を訪ねる。 元国家公務員、「徳さん」の熱い協力を頂き、「徳さん」の向こう三軒両隣をあいさつ回り。 Kさん宅を訪問。娘さんと共に玄関に出て、大変な励ましを頂く。「家の娘は千穂さんの大のフアン。」「いつも、テレビを見ていて、感激している。よく来てくれました。」と大歓迎。 「しんぶん赤旗」も購読してくれた。 ある先生は「テレビ見ていて、不信任反対の討論に大感激。本当に納得した。頑張ってください」と、うれしい励まし。 行く先々で、大歓迎である。 45軒訪問・対話で赤旗新聞を購読してくれる人3人。元気の出る一時だ。 他派も必死で支持を固めている。どんどん運動を進めている。 他派を上回る精力的な、粘り強い闘いが求められている。地元の保守で田中知事不信任で一貫していた、S議員も若槻地域で活発な動きをしている。 午後の3時過ぎは、寒さが一段と厳しくなってきた。 それでも、必死で頑張った。
2002年12月29日
久しぶりに、石坂県議を迎えて、私の地元、上野での訪問活動を行う。ご近所30戸ほどを訪ねた。 「ご苦労さん、頑張ってね」「田中知事不信任のときは、傍聴に行き反対討論を聞きました。明朗で感激しました。石坂さんのおかげです。頑張ってください」と、強い支持と激励を頂く。 隣の家でも、「前の知事はだめでした。私も県職員として看護婦をしていました。前県政には期待していませんでした。頑張って」「石坂さんに頑張ってもらわないと。共産党の活躍びりは知っています。不信任反対で頑張りましたね」と、共産党が県議会で奮闘してきたことがよく知られていた。税金の使い方を替えてきたことへの共感。ただし、今度の選挙は、定数が1減で9人で、しかも、候補者も多く出ると予想されていることから、厳しい選挙となる。 スジと押して田中知事を支えてきた、共産党の議席をなんとしても増やさなければ、と決意もあらたにしている。今日は、30戸ほど訪問して話をしてきた。期待は大きい。この期待にきちんと応えなければと、今日も決意をあらたにした。
2002年12月28日
今日は、厳しい寒さと雪とすべる道路に悪戦苦闘の一日であった。私の地元、若槻の共産党の支部の皆さんと訪問活動を行う。 長野市は、北のはずれ、「吉」という140戸ほどの集落を訪ねる。私の中学時代の恩師の家に行く。かなりな高齢を迎えているが、奥さんどもども歓迎してくれる。 「いよいよ、来春は県議選ですが、よろしく」とお願いする。 奥さんはすでに承知をしていて、奥へ入り、封筒を持ってきた。 いつものお願いをすでにわかっていて、「あれですね」といって協力をしてくれる。 「頑張って欲しい」「寒いのにご苦労さん」とねぎらいの言葉をかけてくれた。 次の家は、私の同級生の豆腐屋さん。 「今は、共産党さんが頑張るどきだよ。あちこちで、倒産、廃業と世の中おかしい。お前さんたちの出番だなー」と、ここでも期待の声が寄せられた。県議選で「石坂必勝」と日本共産党のやくしんのため、大いに頑張らなければと痛感。 今日は、調子が悪いのか、道路事情がいけないのか、2時間ほどの間に、すれ違いで、自ら車をバックしてガードレールをこすり、さらに、暗い踏み切りの交差点で、踏切を渡り、右折しようとしたら、その目の前に、どーんとでかいマイクロバスが・・・、ブレーキをかけたが間に合わず、軽い衝突。ついていない日である。たまたま、被害者は朝陽駅で街頭宣伝をしているときに、従業員を迎えに来て、停車をする運転手でよく知っている人。「なんだい、原田さんかね」といわれた。 さいわい、衝突はしたものの、大きな事故とはならず、一安心。 翌日、被害者の会社へ電話をすると、「たいしたことはない、ナンバープレートが捻じ曲がった程度」といわれてまたまた安心。 それにしても、道路事情も良くないので、充分に注意をして運転をしなければと思う。
2002年12月27日
2003年度の市民の要望をまとめた予算要求書を市長に提出した。毎年、この時期に直接市長に面談して、市長に要望書を手渡している。 要旨は次のとおりである。 「・・予算編成にあたって堅持すべき基本姿勢・・ 2003年度予算は、市民本位の予算編成を求める。 小泉内閣は「構造改革」を掲げて一年が経過。。看板の「不良債権の早期最終処理」で公金を投資してきたが、景気回復どころか、約10兆円も不良債権が増えた。この結果、中小企業や信金・信組がつぶれ、景気は一層悪化した。しかも、長く不況のもとで国民所得は4兆円も減少。さらに追いうちかけるように、医療費や国保料、介護保険料の値上げ、年金給付の削減など3兆円の負担のい押しつけである。 これほど大変なのに、関西国際航空など見通しのない巨大開発に税金を投入している。どんなに公共事業に税金をつぎ込んでも景気回復には役立たないことは実証済みだ。 今必要なことは、1、社会保障の国民負担増を止めさせ、庶民増税繁多、中小企業政策の転換、雇用と失業の充実は深刻な経済危機から国民生活を守るぎりぎりの要求。 「構造改革」を転換して、国民生活応援の政治に切り替えることが急務。 古言うときこそ、痛み押し付けから、市民の暮らしを守る予算平成が求められる。 長野市は「有利な起債」で借金は3200億円。中核市や県下17市中トップクラス。コウサイヒ負担比率も19,3%で危険ラインを突破している。 市長は、この財政を考えて、自らの使命として、経営感覚を導入し「入りを量りて出るを為す」で市政運営を行っている。 市長は民間の発想を取り入れ、行政は最大のサービス産業。経済性や成果を重視した企業医経営の理念で、民間委託、民営化、民間資金を活用したPFI導入などを打ち出す。さらに、受益者負担を理由に負担を市民に求める。 今、求められているのは、無駄な大型公共事業あお見直して、借金を減らしながら、市民の暮らしに必要なところに、思い切って予算を振り向けること。 行政改革や行政評価、および、公共料金の見直しによる市民サービスの後退は許せない。 公共事業の見直しはきわめて需要である。 中心市街地銀座Aー1地区の再開発発事業は公共投資が課題にならないように慎重に対応することを求める。 長野東口駅周辺区画整理事業は、見直すたびに、グレードアップとなる。ぺデストリアンデッキなどグレードアップでの高コストの計画は検討を要求。国保料・介護保険料など問題山積。 豊野町との合併問題では、任意合併協議会が作られるようになった。今日の内容はすべて公開し、市民の意見を尊重して、納得と合意を重視し、進めることを強調する。 あたらしい、まちづくり市民アンケートでは福祉、健康、教育などが高い位置をしめており、市民の切実な要望である。 予算編成にあったっては、地方自治の精神である、「住民の安全と福祉、健康を保持する」立場を堅持して、行財政運営を進めることを求めた。 今日は、市長、助役など参加。かなり踏み込んで話し合いが行われた。 党市議団は引き続き、「市民の利益第一」で奮闘する決意である。
2002年12月26日
50歳少しの若さで、脳梗塞で倒れた職人が挫折から、立ち直り、今では元気に、障害を持ってはいるが、毎日の生活を人並みに送っている。 人一倍の仕事人。仕事では誰にも負けたくない、とことん頑張る人。朝から晩までひたすら仕事に明け暮れる。 病気などまったく知らない、健康そのものの人。この人が、突然体が動かなくなってしまった。病気知らずのYさんは、まさかの失墜のどん底。体がまったく動かない。なんでもこなしてきた、健康な体が、何をしても、うんとも、寸とも動かない。 しかし、自らの大変な努力で、最初はしゃべれなっかたが、だんだんと会話もできるようになり、今では、本を読むこともできるようになった。努力の賜物だ。小生も、心から学んだ。 しかも、共産党が発行する、全戸用のチラシ折は、片手がまったく不自由にもかかわらず、つまり、片手で、チラシを2500枚全部をていねいに、きれいに折ってくれる。ふつうでも、この枚数を折るのは至難な業。それを、一人でやりきってしまう。 6年程前はとてもできなかったこと。今、自らの努力でリハビリに励み、何でもできるまでに回復した。 拍手喝采である。 先日は、共産党の上野後援会の餅つき大会があった。 なんと、片手で重い杵を持ち、思い切り振り下ろした。近所に響き渡るほどの、気持ちのいい音でペッタン・ペッタンと力強くつき始める。ものすごい回復力だとみんな感心しきりだ。 誰でも、真に頑張ればできること、存分に知らされた。
2002年12月25日
ちょっと冷え込んだ、朝だ。6時おきで長野駅での定例の街頭宣伝で出かける。毎週火曜日がその日である。地区の宣伝カーを引っ張り出し、エンジンをかける。窓が凍り付いているので暖気運転をする。長野駅前は7時40分が声を出す時間。私と中野早苗さんが二人で訴えることになった。 私が司会で、中野さんを紹介し、私が最初にあいさつをした。 「自民、公明、保守の連立の小泉内閣のもと、長く続く厳しい不況のなか、どこを向いても、暮らしや営業が大変。早く何とかして欲しい。そんな声が沢山寄せられています。長野市でも、失業者は増える一方である。特に、障害者は昨年に比べて、3倍も増えました。500人近い人が職を求めていますが、職につけたのは、わずかに50人ほど。厳しい事態です。 また、国民健康保険料の滞納者も急増しています。昨年に比べて、1000人増えました。毎年1000人以上の世帯が滞納を余儀なくしている。誰でも、家族や自分の健康を守りたいは、人の思いです。納めたくても納められない、深刻な事態がおきているのである。長く続く、不況のもと倒産、廃業、リストラ、売上激減など深刻です。納めたくても納められない事態が起きているのです。 誰もが安心して保険料を納めて、自分や家族の健康を守りたいは、当然です。これからも、市民の暮らしが第一で大いに頑張る決意である。そんなことを、駅頭で訴えた。中野さんも最後に、世直しでがんばっている、日本共産党の県議候補、石坂ちほさんと堀内あきらさんの勝利のためご支援をお願いしたい。と、心をこめて訴えた。寒さなどどこ吹く風だ。これからもしっかり頑張りたい。
2002年12月24日
今日は、私の地元の地域を皮切りに、よる8時まで寒風つき頑張る。地元の仲間と訪問する。2軒のお宅で「新聞を読みましょう」といってくれた。共産党の出番。元気いっぱい、ドンドン対話。それにしても生活の苦しさはひしひしとわかる。「夫が病気、入院費で大変・・・」「新聞読みたいが、家を建てたばかりで家計が苦しくて、でも、石坂さんが頑張っていることは、よく知っています。・・」とニュース会員に。若槻団地のKさんと、あたり一面、白い薄化粧の三登山からの吹き降ろす寒風ついての行動である。 「頑張れ、寒いのにご苦労さんです。」玄関先の相手に申し訳ないほどの寒さだ。それでも、石坂さんの活躍ぶりは皆よく知っていて歓迎してくれる。「年金暮らしで、生活を切り詰めてやっている。とても取れないが、ニュースくらいは入れて・・・」と言ってくれる人が多くうれしい。少々の寒さも我慢できる。 最後の一軒で、「奥さんが体の調子が悪く、病院通いで出費が大変だが、せっかく来てくれたし、選挙でも勝たないとね」と選挙も「赤旗しんぶん」も協力してくれる。 最後は、石坂事務所でうどんとカレーの夕食をして、中の早苗さんの応援もあり、7時から石坂県議と石坂事務所の付近を訪問。 2組に分かれた。13軒訪問。会員が13人。すごい協力ぶりだ。これからは、さらに寒さが厳しくなる。雪解かすほど 熱く燃えて・・・
2002年12月23日
後援会事務所前で、釜で湯を沸かし、米を蒸かして木臼と杵で本格的な餅つきである。中野先生・さなえさんご夫妻、。栗岩恵一さんとその母、私ももちろん参加した。 つき手は男性も女性も飛入り大いに結構。中には、腕まくりで女性が重い杵をぺったんぺったんとつき始める。子供達(むかしは親子参加型で100人くらいで多かったが、最近は子連れは少なく、多少孫が顔を出す程度)も興味津々。中には大人でも杵で持ちつきは初めてという人もいた。 2臼・5升ほどをつき、あんこ、黄な粉、ごま、大根おろし、胡桃など多種多彩な出来栄え。 事務所の外も、中もわいわいとにぎやかなイベントである。 はじめる前に、宣伝カーでご近所を何回も呼び込み出回る。「日本共産党上野後援会恒例の持ちつき大会です。ご参加をどうぞと。石坂千穂県議も原田のぶゆき市議も参加します。」と中野早苗さんの声が響く。 宣伝カーには「石坂ちほ」の桃太郎旗を立て、事務所の前で石坂県議が県政報告をする。 ご近所の人たちは、「今年もやっているね。頑張っているねー」と食べに来てくれ、激励もしてくれる。すでに、この行事は地域では評判であり、お餅ちもご近所へおすそ分けもする。 今日は、久しぶりの石坂県議の登場であり、貴重な時間を餅つきだけではではもったいないと、私の生まれ故里「田子」へあいさつ回りをする。軒並み訪問で4人の家で「赤旗しんぶん」の購読を約束してくれる。ニュース会員も10人ほど。 しかし、地元のS候補者も集会や訪問など必死の動きをしている。田中知事おろし、不信任決議に賛成した県議達の動きも激しい。石坂県議が一番よく感じているはず。テレビによく出る注目の人。不信任反対で党県議団を代表して討論に立ち、ヤジ、怒号の中議長が静止しないので、自ら「静かにして下さい。・・・」を4回も発し、理路整然と行った討論。全国へ放映された。その、反響ははすさまじく、全国から共感の声が寄せられた。 今でも、訪問していくと、そのことが話しに出てくる。 田中知事を正面から支えて、大型公共事業を抑え、福祉、教育など県民の暮らし応援に税金の使い方を替えてきた、この県政をもっと前進させるために、日本共産党の躍進のために、全力を尽くしたい。
2002年12月22日
今日は、私のとなりの行政区にある、共産党の古里北支部の学習会。「日本共産党の第5回中央委員会総会での志位和夫委員長の報告」を、ビデオを見ながら「赤旗しんぶん」に目を通して参加者全員が読み終えた。思わず、手を叩いて喜び合った。 この日は、「石坂ちほさんを励ます集い」に参加した、YさんがKさんのお宅で、「集い」の感激覚めやらぬ午後の6時ごろ、日本共産党に喜んで入党してくれた。 20年程前にそのつもりであったが、事情で断念。20年ぶりに仲間になってくれたというわけ。この人を含めて、みんなで勉強会を開いた。 Yさんいわく「障害持ちだが、少しでもいい世の中つくるために、頑張りたい」と発言。実にうれしかった。 うそでも何でも平気で、日本共産党を攻撃するた、公明党・創価学会は、それが党存在の使命のごとく情けないところに落ち込んでいる。今日は、新しい仲間の皆さんとともに、こんな勢力には負けられないと、心の底から固い団結をした。 支部長さんが、散らし寿司をつくってくれた。みんなで美味しい昼食をいただく。26日は行動をする。これまでとは打って変わったみんなの笑顔。いい感じだ。今日は元気をもらった。
2002年12月21日
若槻区長会と環美連主催の反省会(忘年会)があり、乾杯のあいさつを指名された。私は12月議会のことに触れてあいさつした。「・・・不況の影響は深刻で、障害者はリストラの対照にしてはいけないことになっているが、前年度よりも3倍も、障害者が解雇されている。就職できない。国保料の滞納者も前年比較で1000人増えた。介護保険料の滞納者も急増している。困窮で納められない人が増えているのが一つの理由。国保料は滞納すると資格証明書か短期保険証となる。資格証明書は実費を支払わないと診てくれない。 国は滞納者には資格証明書の発行をきちんとせよと行政に指導している。長野市は現在特別な人3件以外、短期保険証の発行となっている。 資格証明書や短期保険証をもって、なかなか、医者にはいけない。誰もが安心して医者に行き、命や健康を守れるように、保険料の減免などで、保険料を納められるようにせよと主張してきた。 大要このようなあいさつをした。 お酌に回ると、それぞれ、「世の中おかしい。」「言っているとおりだが何とかしないと。」と気持ちを共有。 地元の県議への批判も厳しいものがあった。 田中知事に対する不信任を突きつけた一人で、ダム問題で「補助金を返還しなければ」などのびらを配布したが、あれでがっくり。 これまでは、「S県議を応援していたのに、もう止めました。表立っては、いい顔しているが、」と付け加えて。今度は「千穂さんね。うちのお父さんも同じだよ・・・」とそっといってくれた。 期待に応えなければと、「期待」の重さを痛感する。
2002年12月20日
学校の机の引出しは、現在は入学蔬菜お祝いとして、プラスチックの引出しを支給している。これまでは、父母負担であった。 新婦人や父母の皆さんが長い間要望していたもので大きな前進であった。 党市議団は、環境上プラスチックでなく、木製のものをと要求してきた。 12月議会で再度要求して。質問時間がなく、要望のみで終わった。そこで、教育委員会へ出向いて、現状を聞いた。 教育委員会や校長会で検討した結果は、プラスチックのものとした、という。
2002年12月19日
最終日、平成13年年度決算報告で財政運営で問題点指摘する。 「相変わらず、長く続く厳しい経済不況から抜けきれず、特に日本経済の8割を支えている、中小企業の売り上げの減少は顕著であり、倒産・廃業は後を絶ちません。 その結果、国も地方も税収が落ち込み、行財政運営は深刻そのものです。国は、このように厳しい財政運営を余儀なくされていても、公共事業にあつく、社会保障予算は削減し続け、税金の使い方をあらためようとはしていません。 特に、借金は700兆円に手が届く事態にもかかわらず、小泉首相の一番の公約である、公債発行高30兆円枠を超えるよう予算編成で、さらに国の借金を増やそうとしています。 一方で、国の財政悪化を理由に、地方に対して交付税の削減など厳しい対応を強いています。 長野県は、一般会計が約1兆円で、償還時に交付税措置が有るとされている有利な起債を含めて、借金が1兆6千億円、このまま放置すれば3年後には赤字債権団体に落ち込むと、吉村県政時代の借金財政のつけの処理に苦心し、田中知事は4年間で公共事業の半減を提案しています。 長野市も有利な起債に期待をかけて、事業を進めてきた結果、財政事情は長野県と50歩・100歩の厳しい事態となっています。 長野市の起債残高は、平成13年度末で一般会計で1745億円、特別会計96億9千万円、企業会計で1380億円、3会計合計で3222億円、市民一人当たり約90万円で中核市でも、県下17市中でもトップクラスに位置しています。 公債費は上田と並んで県下でトップ、公債費負担比率も5番目となっており、国の示している、危険ライン15%を大きく超えて19,3%で有ります。財政事情の厳しさがよくわかります。 鷲澤市長はこの財政事情から自らの使命として、経営感覚を導入して「入りを量りて出るを為す」の立場から、行財政運営をしています。 特に、長野改革で民間の発想を取り入れた、行財政運営の転換として、行政は最大のサービス産業であることから、より効果的、かつ効率的なサービスの提供がおこなえるよう、費用対効果などの経済性や成果を重視した企業経営の理念や手法などの発想をいかしてと、民間委託や民間資金の活用でPFI導入、民営化を打ち出しました。 行政評価の推進で事業の見直しを進め、受益者負担の適正化で負担を市民(受益者)に負担を求めると言っています。 保育園や学校給食など福祉や教育分野など、弱い人たちへ行政の暖かい思いやりのある、施策がこれまで以上に必要なときです。 行革、行政評価、公共料金の見直しによる市民サービスの後退は許されません。。今こそ、地方自治の精神である「住民の安全と福祉・健康を保持すること」であり、このような立場からの行財政運営が強く求められています。このような観点から、1,高金利の借り換え、繰り上げ償還。また、政府関係の償還も国に強く要望すること。2,公共事業の見直し。・・駅東口開発は見直しの度に、グレードの高い事業が取り入れられ、予算が「うなぎのぼり」に増えることです。 ペデストりアンデッキや道路をはじめとするグレードアップを追求する、高コストの計画は十分に検討し、先へ延ばせるものはのばし、最大限税金の使い方を引き締めることが肝要であります。」と、平成13年度の決算報告の教訓から、次年度以降への予算の編成に対して、意見と要望、提案を行いました。
2002年12月18日
本年最後の議会で、議員の政務調査費について意見を述べる。 「政務調査費は、月に10万円、年間一人120万円が各会派に支給されています。全議員42人では、5千40万円で4年間では2億円を越します。貴重な税金であることから、市民は調査費の使い方に注目しています。 すでに、会派や各派代表者会議でも検討し、調査費の使い方のルールを決めて実行してきました。しかし、一番肝心な調査費がどのように使われているか、議会事務局に提出の際は、領収書の添付は義務付けられてはおりません。「ルールどおり、きちんと活用しているから」だけでは、市民的には通用はしません。これは、「信用の問題」ではなく、今では領収書添付は世間の常識であります。 一刻も早い改善が求まられています。」とこれまでも主張してきたことを改めて指摘をした。2月に入って、議会として政務調査費について学者を招いて講演会を開く。いい機会なので大いに議論したい。 この「HP」をごらんの皆さんはいかがですか。 わが党市議団は、いつでも市民の皆さんに政務調査費の使い方について、領収書を含めて公開はまったく問題のないことは、自明の理です。 今日は、わが党市議団は、医療保険の請願で阿部議員が、駅トイレの請願で宮崎利幸議員が討論、私が平成13年度の決算で討論に参加した。
2002年12月17日
明日は12月議会最終日である。H13年度の決算報告が行われる。私はこれに対して党市議団を代表して反対の討論を行う。 厳しい財政運営問題、公共事業や開発問題、同和問題、などなど問題点を指摘するつもりだ。 特に、議員の海外視察について問題にする予定だ。 党市議団は年功序列型の海外視察の見直しを求めてきた。 1期目中国、3期目ヨーロッパ、5期目はカナダ・アメリカ、6期目オーストラリア・ニュージーランドと、行き先が決まった視察である。わが党市議団は議会の所管にかかわるもので、各会派の合意に基ずき目的を明確にしたものに限り実施すべきと主張してきた。厳しい経済不況の元で、法人・個人市民税を納めて頑張っている市民の暮らしを思えば海外視察は自粛と抜本的な改善が必要である。市民の納得の得られない、海外視察は止めて、自費での海外視察に切り替えることを提案したい。と討論するつもりだ。
2002年12月16日
「石坂ちほさんを励ます集い」は約400人の参加で盛大に開催された。 開会あいさつは、中央病院の前院長で、後援会会長の望月先生「厳しい寒さに向かうが、雪をも解かす勢いで燃えて頑張ろう・・・」決意を述べる。 長野県保険医協会会長の 今井良夫先生も石坂さんへの力強い励ましのあいさつを頂く。若槻団地の塚田さん「石坂さんの活躍には励まされている。是非県議会へ」と励ましの言葉。 「藤村」の研究では権威の文学者東栄蔵さんは「県短大同窓会の六鈴会の総会で講演会があった。藤村の「破戒」について講演したが、終わった後、石坂さんが駆け寄ってきて、私に、『私は「破戒」を読んで社会に目覚めました。』といってきた。民衆の立場にたって、志を培われた、今日の政治家の源流があったと思っている。 石坂さんの先輩が残した、知性、勇気を受け継いでいるのが石坂さん。 丸岡秀子さんと握手したが、手が大きく握力もあったが、石坂さんは丸岡さんに負けない握力があった。握力、体力、勇気、熱意で大いに握手して、気持ちを伝えて欲しい。」と熱い励ましのあいさつ。一同大変な感動であった。 地元の開業医の石黒先生のメッセージは「石坂ちほさんとは、かなり前から知り合いです。以前から、赤旗日曜版を購読していたのですが、彼女自ら集金に見える姿に心打たれて、「しんぶん赤旗」も取るようになりました。学生時代から日本共産党は、心情的には、”つかず離れず”といった存在でしたが、歴史と時代の流れとともに、角が取れて”親しみ易い政党となったな”と、その変遷を知るものとして感慨もひとしおです。田中知事の不信任反対討論での石坂議員の発言は圧巻でした。理路整然として正鵠を得て、深い感銘を覚えました。石坂さんも”党議員団長としての風格が備わってきたな”と思いました。浅川ダム建設についての分科会の座長としてのご活躍も特筆すべきことでした。定数一減の今回の県議選は買ってない激戦と伝えられております。優れた知性と感性を備えた良識の人、石坂ちほさんには引き続き県議として是非、ご活躍頂きたい方です。御健闘をお祈りいたします。ご健康に気をつけて、上位での当選を心より期待しています。」と心温まる励ましの言葉に感激。 栄村の高橋村長からもメッセージを頂いた。 元気のもらった、集いである。
2002年12月15日
「浅川ダム建設中止勝利集会」開かれる。まさか、こんな形で集会が開かれるなど、闘いの当初は考えもしなかった。 しかし、情報公開に基づき、浅川ダム建設事務所に何回も資料を調べに行き、コピーしてきた。素人で内容はよくわからなかったが、一生懸命資料室で山とある資料をひっくり返し、膨大な資料をコピーした。これを国土問題研究会や信州大学の専門家に分析してもらい報告書を作り、これを力に、つまり、科学的根拠に基づいた闘いを組み、長野県のダム行政と論戦してきた。現地にも何回も足を運んだ。住民と協力して、浅川ダム建設反対連絡会から、さらに大きな闘いにと、この会を発展的に解消して、「浅川ダム建設阻止協議会」と名前を改め、運動を発展させてきた。 この集会には、国土研や信州大学の専門家なども参加しての歴史的集会となった。 私も、今は亡き宮沢忍夫さんの後を受けて、議員になって以来、一貫して、議会で取り上げてきた。また、地元議員の充て職としてこの会の委員に任命され、浅川改修期成同盟会の総会でも、欠かさず、浅川ダムの危険性や問題点を指摘し、発言をしてきた。 時には、地元の区長さんたちと対立する場面もあった。 しかし、今日、ここに「浅川ダム建設中止勝利集会」が開かれ、この闘いに終止符が打たれた。まさに、歴史的快挙だ。 住民運動で4回もダムの建設を延期させてきた。もしこの粘り強い運動がなければ、ダムは建設されていた。 住民運動の粘り強い闘いがあったことと、何よりも2年前、田中知事が誕生して「脱ダム宣言」の立場で、1年もかけた検討委員会での議論・検討を通して、ついに、田中知事の英断で、前田建設など協同企業体とのダム建設の契約解除をし、今日にいたったのである。うれしい限りだ。 しかし、この間、脱ダムの理念に反対する、県議達は執拗に田中知事いじめを行い、不信任を提出し可決した。ところが、選挙では82万票という圧倒的支持で田中知事が勝利・再選された。 公共事業を見直して県民の暮らし応援で頑張る、「この県議会を変える、たしかな力」日本共産党の県議団6名の絶対確保と、その要として奮闘中の石坂千穂さんの再選のために全力を尽くしたい。
2002年12月14日
思わぬ、たくさんの雪が降り、毎日厳しい寒さが続いている。 めったに風邪など引いたことのない妻が、下痢と吐き気の伴う風邪を引いてしまった。 かなり重い風邪で、食事はのどを通さず、胃腸が弱り、ぐったりの状態。 体重計を量ったら、なんと、50キロを割ってしまった。 かかりつけの中央病院で検査と診察をしてもらっている。糖尿病を患い食事療法で直そうと努力をしている最中である。 身体が資本。健康には充分に留意して毎日を過ごしたいもの。 さて、妻が風邪を引いて、小生(夫)は、毎日、少しでも早起きして、ご飯の仕度をと頑張ってきた。 毎日となるといささか大変だ。 ゴミはステーションまで持参。雪片付け、もちろん朝の食事は何と小生がまかなっている。 それからお勝手に入れば、おかずつくりから、様々な料理を作り、妻に、自分も出きるよ、しっかりとアピール。 早く風邪が治って欲しい。 小生がたまらない。これからも妻とともに、何でもできる家庭生活の送れるように努力する決意である。
2002年12月13日
今日は12月議会の、総務常任委員会が開かれる。 党議員団は私と野々村議委員が担当委員会として奮闘する。
2002年12月12日
3年に一度の介護保険の事業計画や保険料の見直し作業が始まっている。見直しにあたって、利用者やヘルパーさん、ケアーマネージャーさんから様々な声が寄せられている。これらの声を生かした見直しが求められる。 5万か6万円の老齢福祉年金受給者では、保険料も利用料も支払いが大変。認定され権利があっても、お金が心配で特別養護老人ホームへ入所できない。重度の場合家庭介護が大変、入所させたいが、お金が大変、在宅で頑張るしかない。介護手当てはなくさないで。息子がリストラされ、なけなしの年金をけづって仕送りしているのに、減免するなら通帳が必要だといわれ困った。 などなど、介護保険への様々な声や要望が寄せられている。 これらの声をしっかり受け止めた、計画の見直しや改善が求められている。 長野市は今度の見直しにあたり、介護保険料を26,9%引き上げ3261円を打ち出した。全国平均の倍以上の値上げ率となる。 医療費や保険料が上がり、その上年金が削られ負担増ばかりの踏んだりけったり。底に追い打ちかけるような、保険料の値上げはお年寄りにはたまらない。 長野市の介護保険料の滞納状況を見ても一目瞭然である。 平成13年度は、滞納者928人、 滞納額1千100万円。 平成14年度10月現在で、滞納者1050人、 滞納額 一億二千700万円と急増である。 滞納理由は、納め忘れ、理解不足、生活困窮などである。 生活困窮で納められないという人がいるのは事実。このようなところにの温かい手を差しのべるのが、行政の本意だ。 介護保険基金は、平成13年度デ6億3千万円、平成14年度も予算上ではきっちり確保されている。 取り崩して、保険料や利用料の減額免除デ安心できる介護保険にとこの議会でも提案もし、要求してきた。 東京の狛江市では、老齢福祉年金受給者全員の保険料と利用料を免除している。長野市も大いに学び活かしてほしい。と要望した。 施設整備も絶対数が不足している。 特別養護老人ホームの入所町が785人。老人保健施設で111人。療養型で23人。国の機銃で整備してすでに前倒しで充実の努力をしているとしている。 しかし、最近になって、私の家に3日間ほど連続で「うちの婆さんが寝たきりで大変だが、申し込んでも入所の段取りにならない。役者へ行ってもだね、建設中の施設に行ってももう満杯です。とことわられ、やりようがない。高い金を出して施設に入っている。何時になったら入れるのか。まごまごしていれば、死んでしまう」 「いったい、どうなっているんだ」と切ない気持ちの電話である。もう、怒っている。 法律に基づいて審査し認定され、施設入所の権利が生じても利用できない。この介護保険の不備はなんとしても解消し泣ければと思う。 この問題で議会質問したが、国の整備基準に基づき整備していく程度でとどまっている。 寒さに向かい、お年寄りには厳しい季節だ。寒さ乗り越え安心して暮らせる政治の実現のため更なる奮闘をと決意している。
2002年12月11日
今日は私の一般質問の日。 介護保険の問題、福祉施設の支援策問題、障害者の雇用確保の問題、学校の机の引出しの木製化問題、廃プラスチック施設問題などで質問をした。 特に廃プラスチックの圧縮梱包施設について、かなり踏み込んで理事者を質した。 質問と答弁内容の大要 長野市は、平成15年度までに「全市から集めた「プラスチック容器包装」を圧縮梱包する施設を清掃センター内に建設する計画で進めている。しかし、住民に対して十分な説明もなく進行しており、東京都の杉並区のような化学物質が発生し、健康被害起きるのではと心配して、計画の見直しを求めて、3185人の請願署名をしに提出した。 杉並の場合、ゴミ周辺施設周辺の住民が、のどや目の痛みを訴え、国の「公害等調整委員会」は、「施設で有害化学物質が発生し、滝汚染と何らかの因果関係がある」した。このことから住民は多少の説明で不安は拭い去れないとして運動がはじまり請願となったのである。この住民の気持ちをどう受け止めているか、見解を聞いた。そして、関係地域で説明会を行っているが、建設が前提となったものだ。メリットだけでなく、デメリットも説明してもらいたい。また、不安が解消しなければ白紙ということも視野にいれてほしい。など十分な説明をという、住民の気持ちを伝え答弁を求めた。 この地域は、焼却場、不燃ゴミ、汚水処理場、産廃処理場などが集中しているところで、さらに、プラスチックの圧縮梱包施設など処理場を一地域に集中させないで欲しい、複合汚染が心配。安心して子育てできない、分散化も考えて、との市民の切実な思いを理事者に伝える。・・・ここでヤジが飛んできた・・・「自分のところ(上野)へ持っていけ」壇上に聞こえてきた、どこかの会派の議員だ。 建設の是非や化学物質の調査と複合汚染などについて、住民に開かれた、検討委員会を設置するとしているが、メンバーや日程を聞いた。 さらに、地域の説明会についても問題点を質す。 市長や理事者は説明会で安全性を表明していた。根拠は、全国で施行している500箇所の施設は、生活環境、健康被害の事例は確認されていないといっているが、どんな調査をしたのか。どこの施設なのか、お聞きしたい。また、「考える会」が取り寄せた、容器リサイクル協会の「廃プラスチックリサイクルの分別収集している市町村」という資料によると、長野市と同様と思われる施設は、5千トンのもので15箇所、大まけに、まけて3千トンを含めても38箇所しかない。500箇所と38箇所ではあまりにもかけ離れた数値だ。事実出なければ、撤回し、正確な数値で住民説明をするのが筋道と思うが見解を求める。 住民は生産者、行政、住民が協力し、発生抑制、リデュースへの転換で次世代のこどもたちに美しい環境を・・・と訴えている。 対象となっている関係住民の切実な思いを受け止めた、市長の見解聞く。答弁「学者、専門家などによる公開の検討委員会を年内にも立ち上げていくとし、さらに、検討委員会で出された意見等は、地元にも士もして安全対策には充分な対応していきたい。」とした。 残り時間が8分ほどあった。再々、再、再質問を粘っこく(自分でそう思っているだけかも)した。 ちょうど休憩になったので傍聴者へ御礼に傍聴席にかけ上げる。 傍聴の「会」の皆さん、それぞれに、何回もよく頑張ってくれました。検討委員会など明らかになったこともあり大変良かった。と御礼と激励をしてくれた。 質問が充分ではなく、会の皆さんには申し訳なかったが、さらに住民の運動を励ましともに頑張っていきたい。 ・・・傍聴ありがとうございました。・・・「考える会」の皆さんがおう勢膨張にきていた
2002年12月10日
本年初の10センチの雪が降る。早朝から、雪片付けとなった。 我が乗用車,宣伝カーはノーマルなので、車では出かけられない。10時からの議会に間に合うように、バスで行くことに。 ご近所の知り合いさんが幾人も乗りあう。「やあやあ、おはよう。大雪で大変だねー」などと、あいさつをする。 あるバス停で、お年寄りが足をふらつかせて乗り込んできた。 急いで、立ち上がり席を譲る。 久しぶりのバスでの、「小さな親切」、極あたりまえで、少しオーバーだが、気分はなかなかいいもの。 それにしても、バスは暖房が利いていて、眠くなってきた。 バスものってしまえば、なかなもの。いい体験となる。 今日は、一般質問の最初の日。共産党市議団は阿部議員。 得意分野の「入札問題」で談合のない公正、公平な入札制度で提案する。再質問も頑張った。同和問題で終了せよと厳しく追及する。長野県は2年後に終了させる。長野市も当然すぐに止めるべきと指摘した。市長は、長野市は過去の経過があり、順次終了していくとした。解放同盟に遠慮してか、もっと県並に厳しい対応をしてもいいのでは。解放同盟には30数年間で長野市部落解放同盟の補助金は6億円という。中止させて、福祉や教育にまわせばいいのに。改善で全力を尽くしたい。
2002年12月09日
私の生まれ故里、田子は毎月しんぶん「赤旗」の集金に歩くところ。今日も、約1kmをひと回りする。 「共産党は長野改革の先頭で頑張っている。それが当然だ。」と励まされた。この人は、もともとは、仕事の関係などがあり、前県政会名誉顧問の応援者であった。今は、「どうして出たのか。理解ができない。狂っているのでは」と怒っていた。 それにしても、田中応援だという人物で「T」というものが出るそうだ。と教えてくれた。長野市スケート協会の幹部で、JCの経験者でもあるという。すでに、企業などへの働きかけも急速で、侮れないとか。 「地元のKさんはどうだい」と聞くと、「政信会あの人は、前県政会以上に急先鋒で、田中知事不信任で頑張った人。政信会では幾人も次期選挙の立候補を取りやめている。不信任が県民の支持を得られなっかた」が理由。吉村前県政が膨大な借金を溜め込み、県の財政を、赤字再建団体に没落させようとした人。ことごとく、これらの予算に賛成をして、平気で手を上げてきた人々である。 今は、この厳しい倒産寸前の財政を、立て直すために、公共事業を大幅に減らし、時には職員の賃金まで8%も削減した。絶対減らすことのできなかった、同和予算は、2004年までに全廃するとした。解放同盟の団体補助金は年間6000万円であった。知事は団体と話し合い、ついに、減額数年後には廃止となる。 一方で、福祉や、教育の予算はできるだけ増額しようと頑張っている。このような、暮らし応援の予算にと精力的に頑張ってきたのが、日本共産党の議員の皆さんたち。来春の県議選で現職6人は絶対確保することは絶対的課題。しかし、中間選挙の茨城の県議選挙は厳しい結果となりそうだ。現職3人確保できればいいが。 午後11時現在では3人の現職のうち、2人は当確となっていた。後一人が心配だ。公明党が節操もなく票を動かしているとか。 また、卑劣な反共宣伝をめちゃくちゃやったそうだ。 この党の存在価値は、もっぱら福祉や教育は言葉だけ、もっぱら、日本共産党の攻撃に集中すること。 政権党の自民党も、手を叩いて喝采しているだろう。公明党も地に落ちたもんだ。もはや、政党の価値がない。 いよいよ、共産党の出番である。
2002年12月08日
師走の月、なにかとせわしいこの月の、しんぶん「赤旗」の集金で読者を訪ねる。零細業者のGさん「家のとなりには、富士通をリストラされた夫婦がいる。まだ若く、家を建てたばかり。この先、ローン返済など、どうするのか心配でならない。 今は、職安に行っている. 当面は雇用保険で何とかつなげるが、後が困るんではないか。」 こちらの家も旦那さんが富士通でリストラされた、と反対側を指を指す。この付近には富士通でリストラされた人が大勢いる。 こんな事態が引き続き進行すれば、景気なんか良くなるはずがない。小泉さんの政治は納得できない。と本心で怒っている。 私は、「1兆円近い内部留保を溜め込んでいる。儲かっているのに、国際競争に勝つためにと、海外に工場移転し、さらに利益を上げようとしている。国内の空洞化は一層進むことになる。 フランスのように、理由のないリストラはできない法律を作らないと、労働者の生活権は守れない。国の正常な発展もありえない。」と訴える。「共産党に期待している」と激励される。 「ところで、いよいよ、県議選ですね、情勢はどうですか。」と聞いてみる。地元のK候補は、もっぱら、辞めたほうがいいのではといわれている。自分も好きでないからと付け加えた。 読者のMさんを訪ねる。いきなり、「よく来てくれた。相談がある」という。友人が、月々の収入が5万円。借家なので3万円を返済すれば、残りは2万円。旦那さんは病院通い。奥さんは心臓が悪く、まっとうな仕事ができない。生活費が作れず、隣近所や知人友人に米やお金の工面で東奔西走の毎日だという。 「議員さん、友だちの生活を何とかして欲しい。」と相談された。 どこもかしこも、不況の影響で、一人でもあっても、夫婦であっても、生身の人間が生きていけない。 相談にのり頑張って生きて欲しいと解決に力を尽くしたい。 サラ金に追われ、大家さんから退去せよと迫られ、ただひそかに、じっと我慢して、暮らしている老夫婦から「助けて欲しい」との電話があった。行ってみると、なんと、電球に紫の風呂敷を数枚覆い、光をさえぎり、戦争中の警戒警報そのもの。 「いったい、どうしたんだい」ときくと、サラ金業者が取立てに朝から晩まで、がんがん、戸を叩きガラス戸が壊れるほどで、本当に恐ろしい体験をした、と震えていた。 弁護士のご配慮で、サラ金については取立てを止めさせた。 それにしても、世の中荒れている。弱者は生きていけないのか。 誰でもが安心して暮らすことのできる世の中つくるために、頑張らなければと実感する。 慌てず、ゆっくり「読者」と会話。充実のときだ。 神風集金は、ちょっぴり心残り。 健康のこと、植木のこと、子供のこと、時には玄関にいっしょの子供と握手も結構。 もちろん、政治のこと、県政のことも当然。 読者と会った、そのときの瞬間のひらめきで何でも会話がいい感じ。とにかく、仲良くなること。何でも話せる「暮らしの友」になること。極ふつうの会話がどこかで生きて来るのでは。
2002年12月07日
今日から、市長の市政方針演説に対する各会派の代表質問始まる。トップは与党の新友会。2番手は日本共産党の野々村議員である。質問のみで45分間の持ち時間。弁舌さわやかに42分をとうとうとやり、再質問時間を3分少々残して答弁を待つ。 鷲沢市長の市政に対する手法を適格に指摘する。 銀座A-1地区の再開発ガ問題とした。信越放送が「そごう跡地」を購入し、この場所を暗礁に乗り上げていた再開発で復活をと日の目を見ることになった。 事業計画だけは先走り、どんどん進むが、いったい、どのくらい公的資金が投入されるのかまったく不透明の状況だ。市民には目隠しのまま、事は進んでいく。これが鷲沢市長の言う、パブリックコメント・・・市民の意見を聞いて事業を進める・・・手法なのか。 少し違うんじゃないんですか、といいたい。 計画と両輪の歯車が事業費。自分の体力にあわないような、つまり身の丈にあわないような、税金のかかる事業計画は考え物。 鷲沢市長は、市長を引き受けるときに、すでに、長野市の厳しい財政状況は百も承知のはず。だから「入りをはかりて、出るを為す」と、自ら財政に厳しいことは知っているはず。 自分が市長に名乗りをあげたときから、民間感覚を導入するといったのは、ここに起因している。 厳しい財政上のとき、やたらに、お金のかかる事業は辞めて、市民の暮らし応援の、それこそ「市民の暮らしが第一」「住民の安全と福祉・健康を保持する」との、地方自治の精神を堅持することが強く求められているのである。市長よ地方政治の流れは今大きく変化しているのです。普通の筋道を言って欲しい。 野々村議員はこの見地で明快な質問を行った。すっきりきっかり、素晴らしい質問に、ただただ頭が下がる。大いに学ぶべきこと。日本共産党の長野市議団を代表して立派に堂々と質問。 ご苦労さん。 この質問の中身はごく一部である。感想のみを記した。
2002年12月06日
信州の漬物といえば、野沢菜とたくわん漬け。我が家もご多分に漏れず、妻が漬けてくれる。よほど塩が効きすぎたか、材料の野沢菜にスジがありこわい(硬い)かで美味さに違いがあるが、大体はよくできている。 妻の友人が鬼無里にいて、霜や雪がちらつく頃持ってきてくれる。我が家は化学調味料は一切使わない。 漬け方は極簡単。 先ず、野沢菜を洗い、水滴の切れないうちに、ポリの桶に一段並べ塩を適当に振る。我が家の味付けは、酸味と糖度のある「ふじ」のりんごである。厚さは5ミリ、5センチ四方程度の大きさに切って、一段事にばらまく。我が家の場合は、直径30センチほどの束でりんごを5~6個使う。並べ終わったら、重石である。これに失敗すると、なかなか、水があがらづ、美味くつからない。(経験則でわかる)重石は遠慮なく乗せること。2~3日すると水が野沢菜の上に見えてくる。そしたら、重石を半分ぐらい取り除くこと。あまりほうっておくと、野沢菜がつぶれて美味さが半減する。 さて、我が家は4~5日前から食べているが、まあまあ、「よかでき」と思う。 沢庵も漬けたが、これもいたって簡単。大根を洗いやはりすくにつける。塩と調味料には柿である。甘いか渋柿かは関係なく何でもいい。とにかく大根の半分ぐらい入れても差し支えなし。 塩のつける人の感覚であり、食べることを専門にしている小生にはわからない。先日、ある知人から、漬け方を教えてという電話があり妻が、教えていた。よっかったら、我が家へ問い合わせを。 野沢菜さえあれば、まだまだ時期的には間に合うのでは。 ・・・漬物物語・・・一巻の終わり。また会う日まで、いや、また書く日まで。
2002年12月05日
大失業のなか、障害者の解雇も深刻な事態となっている。 働く意欲や能力があっても、仕事が奪われる大変な冷たい仕打ちだ。職安に届けだされた、障害者解雇は前年より6割増えて、4200人。今年は上半期だけで、1600人で同時期では8%増となっている。 長野管内の職安の調べでは、障害者の解雇はH12年度が8人、H13年度が24人、H14年度では4月~10月の半年間でなんと64人である。 就職希望者は6ヶ月間で407人中就職できた人はわずかに52人。健常者と比較してもかなり厳しいものとなっている。 障害者は差別なく採用され、働く権利を持っている。障害者雇用促進法は、事業主が障害者の「職業人としての自立」の努力に協力し、「雇用の安定を図る」こと責務としており、企業の社会的責任である。常用労働者の1,8%は企業への義務付け。実態は1,49%。 労働問題は国の監督権であり、長野市には指導も、監督権もないが労政課という担当課がちゃんとある。雇用率の実態調査や、障害者の就職の実態調査など行い、障害者が安心して働くことのできるよう、環境作りと雇用促進のため、行政努力が必要であり、具体的な取り組みをすべきである。 職安も企業に対しては、障害者は会社の整理から除外してとの指導をしているようだが、倒産、廃業の場合は指導の効果がない。 景気の回復と企業側のモラルを高めて、障害者の雇用を守るよう努力が大切。ここでも、小泉内閣の悪政とぶつかる。
2002年12月04日
今日12月定例議会が開会する。鷲沢市長は施政方針演説で、いろいろ言った。ダイエービル問題、昭和小学校過大規模校解消問題、そごうなど銀座A1再開発問題、浅川ダム問題、行政評価問題、行政改革問題など。また、民間感覚、経営感覚など理念の共有を職員に求めた。財政の厳しいこともいい「入りを量りて出るを為す」を再び強調する。一方で、再開発や駅東口開発問題、市民的合意の不十分な、スポーツレクリエーションパーク構想問題など投資額の大きい事業についても進めるとした。 不況の影響で税収は約25億円も減収する。大変な時代。民間委託、民営化がますます言われてくる。忘れて欲しくないのは地方自治の精神、「住民の安全と福祉・健康を保持する」である。 わが党市議団の真骨頂はここにある。初心忘るべからず。
2002年12月03日
支援費制度に変わる関係で、福祉施設の調査をと、コロニー若槻園を訪問。園長・常務さんと懇談する。支援費制度になると、コロニーは大変だ。国の示した仮単価で計算すると、措置費制度時と比べて、重度の授産施設では1000万円前後も減額となってしまう。 施設の運営も楽ではないという。不況時で業者間同士の競争も激しい。安定して確保していた、ある企業の大口の仕事が、東京大手の業者に破格の価格で取られてしまった。 大変な痛手である。企業サイドでは、「コロニーさんは企画力は抜群であった。」が、価格が高すぎた。福祉関係の皆さんと共同してやりたかったが、背に腹は替えられないというところか。 この施設は、障害者の自立支援のためになくてはならない施設。 このままだと、深刻な事態になってしまう。 それにしても、福祉施設や障害者に冷たい、小泉内閣の悪政には怒り心頭である。 弱者をいじめる政治はごめんだ。国政でも、県政でも、市政でも住民の目線で一層頑張らないといけない。決意新たに・・・。Delivered Message (1kwhn_26_64ab) (PM 09:41)Delivery (1kwhn_26_64ab) (AM 08:12)
2002年12月02日
先日、前県政会名誉団長が昼夜2回の有名女性歌手の歌謡ショーが行われた。ここでの当人のあいさつが振るっている。 「長野県財政は大変厳しい事態。チェック機能を果たさなければいけない」という話。しかし、1兆6千億円。これだけの借金を作ったのは吉村県政時代ではなかったか。この県予算に賛成してきたのは、ほかならぬ元オール与党、前県政会・名誉団長さんをはじめとした県議さんたち。あつかましいことこの上ない。ますます、共産党のスジ通してきた姿勢に確信が生まれる。 妻が汗して作った大根が、遅ればせながら収穫のときを迎えた。 雪が降り、霜も降りたのに葉はいまだに青あおだ。 辛味が利いていて、釜揚げうどんにはもってこいである。100本近くの収穫になりそうだ。安全な有機栽培の産。必要あれば、おすそ分けも可能。
2002年12月01日
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