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私を生み育ててくれた、「故郷・田子」の恒例の文化祭に、いつものとおり案内をいただき出席をした。 90戸ほどの小さな集落だが、運動会・球技など何をやっても優等生。 今日も、案内をいただき、喜んではせ参じた。 育成会の出し物から、カラオケクラブ、踊り、ハーモニカ、大正琴など日ごろの練習の腕試し。 さらには、友情出演でオカリナのアンサンブルも登場した。 演奏者の説明があった。「オカリナは仲がよくないといい音が出ない。みんな仲良くやっているかどうか聞いてください。」素人にしては出来ばい最高。 来賓で私が挨拶を指名された。 そこで「生まれ故郷、田子の皆さんのお力で5期18年間議員をしてこれた。うれしく思っていいる。田子はオカリナではないが、地域が深い結びつきで交流がある。地産地消の輪を大きく広げよう、と地区の大勢の協力で産直販売をやり多いな成果を挙げた。厳しい農業への励ましとなっている。これからも地域づくりの立場でがんばってほしい」と挨拶した。 懇親会で実にすごいことを聞いたので紹介したい。 さる1月25日の日本農業新聞に田子の地産地消の活動が詳しく掲載されていることを知った。 新聞のスクラップを見せてもらい驚いた。 見出しに、・・・農が生む活気に手応え・・・ 田子地域づくりの会(長野市) 遊休地で収穫祭・世代間にきずなこれが見出し・・・新聞のコピーを見せられて感嘆するのみ。 長野市田子地区の「田子地域づくりの会」は、地産地消で農業と地域の活性化に取り組んだ。 遊休の農地有を使って、収穫祭を開いた。 みんなで近くの団地などにチラシを配り、参加者を呼びかけた。 会員が作った、ダイコン、白菜、かぼちゃ、米、りんごなどみんなで作ったものを持ち寄り並べた。 仲間がトン汁を400食分を無料で用意。 用意した物は全部売りつくした。 すごいことをやりぬいた。 会員27人、協力者戸数の約半分。 小さな集落での大きな仕事を見事に、団結の力で成し遂げた。 地域の交流、親睦、地域の街づくりは着々と進んでいることを実感した。 生まれ故郷で25年間暮らした。 長男であるにもかかわらず、結婚のため、弟に家を継いでもらい家を出た。 その後議員になって、たびたび、地元ということでさまざまな行事に来賓として呼んでもらう。 うれしい限りである。 その故郷で、このような立派な活動がやられていることはすばらしい。 誇りに思う。 応援したい。 続きは後で。
2005年01月31日
増員の市議選挙は、大健闘はしたものの、惜しくも2049票で涙を呑む。 「保守と革新の争い」との選挙構図が描かれ、相手陣営からは、「佐藤はいいが共産党でなければはだめ」などという、口コミ宣伝と自民党国会議員も来るなど保守総がかりの、異常な選挙戦であった。 それに抗しての闘いで2000票を超える支持を得たのは立派。 勝てなかったのは残念だが大健闘であった。 佐藤さんご苦労さんでした。
2005年01月30日
快晴が続いたが、まだまだ雪の残る豊野へ応援に行く。 最終日だが、期待は大きい。 好い結果の出ることを祈る。
2005年01月29日
今日も佐藤久美子さん押上で、応援に出かける。 定数1で二人が争う大激戦となっている。 町民の声を代弁して46名の議会の大舞台で、論陣を張ることのできるのは佐藤さんしかないのでは、という声が日増しに強くなってきた。 そこで他派は、「共産党だから。」「この町から共産党を出すな。」などという古びた戦略をはじめてきた。 激しくなると、飛び出す手、常套手段のようだ。 しかし、町民は「そういう人もぃるが、私らの見方になってくれる人は佐藤さん」とはっきり言う。 なんといっても、苦労人だから庶民の気持ちがわかってくれる。 新潟県の農家の6人兄弟の末っ子として生まれ、小学校3年生から高校を卒業するまで、自分の背丈よりも積もったような雪の中も、毎日、新聞配達や牛乳配達をして家の暮らしを助けてきた人。 そんな苦労をしてきた佐藤さんだからこそ、町会議員になっても、暮らしの相談600件、抜群の相談に乗り解決のために町中をかけ回って頑張ってきた。 本当に人の痛みのわかる人である。 どうしても、市議会に押し上げて市民お暮らしの先頭に立ってもらいたい。
2005年01月28日
見出しも含めて全文を紹介する。・・・築くべきは連帯社会・・・「勝ち組・負け組」政治を問う(リードは割愛)・・・ 戦後の原点は何か・・・ 9条が新時代にふさわしい 今年は「戦後」60年の節目の年です。 「『戦後』の原点とはなんだったんでしょうか。こう問いかけた市田さん。 数千万人の尊い命を奪った日本とドイツ、イタリアによる侵略戦争、「子0んなことは二度と起こしてはならない」-戦後の世界はこの決意から出発し、この立場が国連憲章の土台もなったと指摘しました。 日本が新しい憲法をつくり「二度と戦争はしない」と世界に約束して国際社会に復帰したのも、この原点にもとづくものでした。 「この認識をあなたはお持ちですか」。イラクへの自衛隊派兵や海外派兵を中心任務にすえる自衛隊法の改悪など、世界とアジアの平和の流れに逆らい続ける小泉首相。 市田さんの質問は、戦後の原点に立ち返り、憲法九条こそ新しい時代にふさわしいのではないかと問いかけるものでした。 社会のゆがみただすために 「額に汗して働く勤労者、働こうにも職の無い若者、戦後の大変な時代から日本社会に貢献してきたお年寄りなど、圧倒的国民が『負け組』にされ、今の暮らしだけでなく、将来将来も脅かされているのです」。 暮らしに関する質問で、こう指摘した市田さん。 「『勝ち組』『負け組』という言葉が、あなたの政治の結果をもっとも端的にあらわすものです」。 小泉内閣による「構造改革」の結果、うるおったのは一握りの大企業と大金持ちだけ。 国民には橋本内閣の九兆円負担増に続いて、大増税と社会保険料の値上げなどで新たに七兆円、一人当たり5万円もの負担増が襲ってきます。今も未来も不安だらけです。 「その結果、社会の基盤が緩み、世相が殺伐としている。 こんな社会に未来はありません」。 市田さんの質問は、日本社会のゆがみをただすためにいま政治がやらなければならないことをはっきりと示しました。首相答弁 自衛隊の派兵は継続。 七兆円負担増は「制度改正による個々の負担増を取り上げての議論は適当ではない」 景気回復で家計部門への波及は強まり、消費は着実に増加する見込み」とした。(この項、しんぶん「赤旗」略)胸がすっとした。平和と暮らしなど、国民の目線で明快に質問した。このような姿勢と立場で報道をするしんぶん「赤旗」にも敬意を表したい。 多くの皆さんのご購読を・・・。 日刊紙は2900円 日曜版は800円です。 申し込みは党中央委員会HPか、のぶちゃん日記HP まで。
2005年01月27日
長野県は、3年生から4年生まで、35人規模学級を始めることにした。 そこで、昨年の12月議会でPTA役員OBから請願が提出された。 「35人規模学級を5年生まで拡大してほしい」というもの。 少人数学級は児童の学習や学校生活のためにもいいので続けてもらいたいとしている。 日本共産党市議団も大いに奮闘。 議論の末に、全会一致で可決し、市長や市教委へ意見書が送られた。 市教委も市長も1月の校長会の推移を見たい、としていた。 そこで、「すでに、学校によっては校長先生から、来年も5年生についても35人規模学級でいきます。ということが伝えられている。市教委も承知していると思うが最終的な方針はどうか」と学校教育課長に質した。 課長は、そのような学校もあるかもしれないが、まだ市教委として明確にはしていない。との返事である。 多分そうなるのかもしれないと、あいまいである。 早く、父母や現場の先生の思いや、議会での決議を尊重して35人規模学級を決定してほしいもの。
2005年01月26日
豊野町は大雪で一面真っ白な銀世界。 陽も照り暖かい陽気で家々を訪問するには最高の日和だ。 100軒ほど訪ね歩いたが、軒並み大きな農家である。 「チラシに市営バスを三才駅まで延長と書いてあったが、是非お願いしたい」との要望はお年寄りからかなり寄せられた。 また、学校給食について、「このまま残して欲しい。」との要望も強かった。 ある奥さんは、「私は小さな子どもはいないが、小・中学生の子どもを持っているお母さんとあったら、学校給食や学校図書館司書問題が話題になり、みんな心配している。無くして欲しくない。佐藤さんの言うとおりです。」 当然だと思う。 わが党市議団は一貫して、「合併してもサービスは高く負担は低い方にすべきで、後退させてはいけない。」と指摘してきた。 合併の本来の趣旨は、「サービスは高いほうに、負担は低い方に」が本旨である。 これに反するのは問題だと厳しく指摘してきた。 党市議団の合併に対する、このような取り組みの事実を多くの人に知ってもらいたい。
2005年01月25日
党市議団6人全員で、旧4町村の支所を訪ね、支所長と懇談し、合併後の状況について話し合った。 市役所から延々1時間、自家用車で走りに走った。 雪も在り道路事情も悪く、大岡支所は遠いと痛感。 ここも長野市である。 支所長との懇談は約1時間、様々な角度からの話し合いとなった。 小規模事業の入札問題。 除雪問題では、大岡村時代は職員が除雪車のオペレーターの資格を行政の援助で取得し、除雪で活躍していた。 長野市に合併しても、これが活かされることが重要と感じた。 一人13万円ほどで、2日半日で資格が取れるとのことである。 保育園は現在42人の園児が通園している。 15人からここまで園児が増えたのは、保育料が2万円少し。 また、畑付き住宅は一戸建てで18600円と格安。 保育料と住宅費が格安で、魅力がいっぱい。 住みたくなるわけである。 保育料を含むこの制度は残したい。 職員も期待をしている。 合併町村の優れた施策は残したい。 今後、運動を大きく広めたい。 懇談は意義あるものだった。
2005年01月24日
地元若槻の公民館主催の娯楽大会(囲碁・将棋・児童のボール合戦)が開かれ、来賓としてあいさつをさせてもらった。 引き続き、豊野までひとっ走りで、出陣式に間に合わせようと急いだ。 残念ながら、終わったばかりで間に合わず。 議員が皆きたのにどうしたのか、とおしかりを受けた。 申し分けなかったが、こちらも来賓として案内を受けていたので、出席はやむを得なかった。 告示最初のチラシ配りをした。 一軒一軒、ピンポンをして丁寧にビラを渡す仕事である。 除雪が大変、通学路だけは朝一番にやって欲しい。 生活道路もきちんと除雪して欲しい。 合併前よりは、除雪が遅れているんじゃないのか。 など厳しい指摘もあった。 80歳ほどのあるおばあちゃんは「佐藤さんは、苦労していることを良く知っている。 配布されているチラシを何時もよく読んでいるからわかる。父さんと話していた。久美子さんが来たら手振ろうな」嬉しい励ましの言葉である。 期待はかなりだが、一騎打ちの闘いであり、並大抵なものではない。 夕方は、事務所開き。 100人ほどが集まった。 熱く盛り上がった事務所開きだった。
2005年01月23日
昨夜は、10センチほどの雪片づけをし、もういいかなと思いつつ朝を迎えた。 多少心配だったので、6時起床で表に出てびっくり。 30センチ超える重そうな雪がどーんと積もっていた。 何回かの雪で排雪場所は、だんだん遠くなっていく。 それでも、我が家は、本通りから家までの距離は約40メートル、 幅は4メートルで面積は160平方メートルとなり、片付けるのは容易ではない。 車がやっと通れる程度の幅でしか雪を排除できない。 自宅周辺の次は、ご近所のお年寄りの10メートルほどの歩道である。 次は、我が家の裏のバス停である。 バスに乗降した気配はあったが、まったく手が付けられていない。 5メートルほど片付け、次は党事務所である。 これまでの大雪で、うず高く積まれている。 これを見て、ご近所の人は「アルプスのようだ。」と冗談が飛び出すほどすごい。 陽がさしてきた。 玉の汗である。 ようやく終わってやれやれと思った帰り際に「おじさん、車が出ないんです。助けて下い。」 と女子学生二人が頼みに来た。 いってみると何と、車が軌(わだち)に入り、浮き上がっている。 エンジンをふかしても空回りとなり、びくともしない。 一人は、学校に遅れるからと、車の持ち主(運転手)をおいて帰ってしまった。 かわいそうなので、知人の豆腐屋さんをしている社長に電話をした。 「人助けしてほしい」と、わけを話し、大型のジープに乗ってきてもらい、一気に引き出した。 「ありがとう」と何回もいっていたが、どこの誰ともわからず、かえってきた。 ジープを出してくれた知人には、お礼をしないといけないが、まずは、電話でお礼。 すでに時間は、11時。 疲労困憊、雪とのたたかいはなんと5時間を経過していた。 午前中、合併町村の支所長と懇談をする計画となっていたが、大雪で中止。
2005年01月21日
高齢者と障害者の住人が多数の市営住宅は、除雪が大変。 車椅子が使えないような、圧雪の悪路となっている。 目に余る道路事情に驚き、市の住宅課へ連絡をした。 地元で協力して、除雪して欲しい。といたって冷たい返事である。 気持ちはわかる。 しかし、重度の障害者や車椅子使用の障害者には動きが取れない。 先ずは、現場を見て欲しいとお願いした。 市の関係者が、現場を調査してさすがにそのひどさが認識できたのか、対応してくれた。 区の役員から、おかげさまでよくなった、と近所の仲間をとおして連絡があった。 地元の福祉施設「憩いの湯」からも、シルバーから職員が来て除雪の協力をしてもらったと連絡があった。 出来るだけ地域で共同して作業が出来れば一番いいこと。 頑張ってやってはいるのだが、手がなく無理はいたしからぬこと。 福祉に関わる場合には、行政が工夫して地域住民が安心して生活できるように力を尽くすことはやむをえないこと。 それにしても、またまた、猛烈な大雪である。 午後10時、我が家では雪片づけをした。 明日の朝までにどのくらい積もるか計り知れない。 共産党の地元支部が会議を開いた。 平均年齢は70歳を越えている。 悪路の中を、来てくれた。 新年党旗開きの志位委員長あいさつのビデオを視聴した。 みんな、したたかな人生を送ってきた面々。 戦争はしないという憲法は絶対に守らなければ。 と、9条を守る署名をお願いしてきた人。 「国民の困難あるところ、日本共産党あり」除雪問題や、パチンコ店出店不適切となった話し。 交通の便が悪いので、ぐるりん号を走らせて欲しい。 住民の要望を聞くために、アンケート調査をし、市に要望をしていきたいなど、住民の要望を実現するために高齢者の力を発揮しようと元気のいい会議であった。・・・・・・・・・・・・・・もう二度と戦争は起こさない。起こさせない熱い決意を込めた日本酒です。平和憲法を世界へ洛中発『九条』吟醸あらばしり を買いました。NPO「ねっとわーく京都21」企画憲法を活かす日本酒「九条」の会より。Server Error (1kwhn_nu_866f) (PM 11:34)
2005年01月20日
23日告示、30日投票の豊野における増員選挙が行われる。 定数1で二人が立候補を予定している。 日本共産党は4期16年の実績抜群の佐藤久美子さんが頑張っている。 若槻上野の我が家から、豊野の佐藤事務所まではスムースに行けば10分少し。 合間を見て、事務所にすっ飛んだ。 井上前町会議員と商店街を一軒一軒訪ねた。 「佐藤さんが新潟から来て、ここで4期16年も議員の出来たのは、豊野の人たちのおかげだよ。忘れないでねー。ここに骨を埋めるんだから、精一杯頑張ってほしい。」 厳しい言葉だが、佐藤さんへの温かい、熱いエールでもある。 ある男性は、「この町の文化は素晴らしい、林檎を含む産業振興と街づくりを小布施と結んで一体で行えば、地に付いた地域づくりが出来る」と、地味ではあるが、この構想はいけそうだな」と感じた。 こんなことを実際に取り組む「馬鹿3人」いれば面白いことが出来るんだが。と熱っぽく語ってくれた。 どうしても、もう一度会いたい。話したい思いにかられた。 今日は、わずか2時間ほどの行動であったが、14軒~15軒ほどと話しが出来た。 商店街のカラー道路の舗装の改修、空き店舗のシャッターに心のこもった絵を子どもたちに書いてもらったらどうか。 の要望・提案もあった。 合併で除雪体制が後退したと思っていたが、やってくれて助かりました。 商店街や町のみなさんの創意工夫、提案で街づくりをとの気持ちが伝わってきた。 タクシーチケット制度の後退があり、改善して欲しいとの要望も出された。 佐藤さんに期待しているとの声の根強さを感じた。 生きたものにしなければ・・・。 Delivery Error (1kwhn_nt_4f21) (PM 10:06)Mail System (1kwhn_nt_4f21) (PM 06:50)
2005年01月19日
地元の老人憩いの家が会場である。 県道の幹線から施設までは幅3メートル、延長50メートルの道路がある。 なんと、雪の塊である。 高齢者が大勢利用する施設の道路が、こんな悪路ではひどすぎる。 急いで、市役所の担当課へ電話をした。 承知はしているが、そちらの関係者でお願いしたいと、冷たい態度だ。 大変なことはわかっているが、怪我でもしたら大問題となる。 業者を入れたほうがいいよ。検討したほうがいいよ。と要請した。 役員さんが「今聞いていたが、すぐ役所に連絡してくれたんですね。さすが・・。」・・・と。 喜んでくれた。 問題は早く除雪してくれればいいのだが。 新春の祝賀会では挨拶を含めて、乾杯の発声を指名された。 災い転じて福を引き寄せよう、今年こそ平和で希望ある年にしたい。また、この地域は断層がいくつも走っている、その上で生活している。災害は忘れた頃のやってくると言うが、日頃の防災への関心は重要だ。自主防災訓練や特にお年寄りや障害者など災害時要援護者の対策は大切。 議会などでも頑張ると挨拶。乾杯。 またまた、除雪問題が大きな話題に。 利用者のお年寄りが転んで怪我のしないうちに圧雪塊の除去をしないと社会的な問題になる。 幸いにも、高齢者福祉課などで対応してくれるようでほっとしているが。 Mail System (1kwhn_ns_c82d) (PM 06:11)Server Error (1kwhn_ns_c82d) (AM 08:04)
2005年01月18日
10年前のこの日は火曜日。会議の休憩時間12時ごろ。 テレビを見たら地震のニュースが放映された。 報道からは詳しいことはまったく分らなかった。 それが、阪神・淡路大震災のことだったことがあとで知ることとなった。 それが、10年前の早朝の5時46分。 兵庫県神戸市、思いもよらない大地震だったのである。 死者6433人、高速道路は倒れ建物は倒壊、火の手は長田区をはじめ付近を総なめにした。 そして、歳月は3千6百数十日を過ぎた。 目に見える復興は、目を見張るように出来た。 しかし、ひとり一人の被災者の心の復興はとても追いついていない。 大震災の教訓は、今後にさらに生かさないといけないことが、テレビのすべての特集番組で強調していた。 特に、新潟中越大震災やスマトラ沖の大震災と津波の災害に活かさないといけない。 重い重い大雪、どか雪が長野市内を襲った。 私のところにも区の役員のところにも、これまでの積雪も含めてご近所から「何とかしろ」との苦情が殺到・・・。 障害者やお年よりの多い、上野が丘市営住宅内の道路は動きが取れないほどひどい状態。 私の住んでいる上野区の住宅街もひどい。 区の役員さんに苦情が相次ぎ、たまらなくなって、私を探して議会事務局まで電話をした。 事務局から携帯電話が入った。 もうすでに、市建設部の除雪の担当である、維持課へ頼んでおいたのであらためて頼んだ。現場を見てくれたようだ。 すでに、除雪の準備をするために業者にお願いしてあるといってくれた。 地元では、重たい雪や、踏み固められた雪を汗して片付けている。 とても、出来かねるとして、私のところを探して議会事務局まで連絡したのだ。 堪忍袋の緒が切れた感じだ。 急いで、現場に駆けつけてみると、ご近所の皆さんが総出で雪片付けをしていた。 大変な作業である。 行政も大変だが、片付けても片付けても片付かない雪を見て、行政に頼りたくなるのはよく分る。 公的支援。少しでも、力を貸して欲しい。
2005年01月17日
大雪の中、若槻北9条を守る会が署名行動を行った。 男女10人が4組で一軒一軒訪ね歩いた。 訪問軒数は70軒、話しの出来たのは50軒ほど。 新興住宅街で若い世帯が多かったが、憲法改悪には強い関心があり、快く署名に協力してくれた。 中には、戦争は反対だが、ときと場合によっては武器を持って活動することもあるではないか。 9条替えておかないと正当防衛が出来ないと思う、といった。 武器を持って闘うことが当たり前になれば、際限ない戦いとなる。 過去の大きな二つの戦争は、多くの犠牲者を出した。 アジアの人たち2000万人、日本の国民310万人も死んだ。 この教訓を生かして、もう二度と戦争はしないという決意をこめて、憲法には、戦争はしないという9条が明記された。 この憲法のおかげで、約60年間日本は戦争で他国人を死なせていない。 これをしっかり守りたい。 国連も同じだ。 国連憲章でも、戦争でことは解決しないと決めた、国連憲章が燦然と輝いている。 アメリカのイラク戦争は、何の理由も、根拠もなかった。 極普通のイラク国民がこの間、10万人も死んだといわれている。 ファルージャではアメリカの無差別爆撃でわずかな期間に6000人も犠牲となった。 戦争はいけない。 話し合いで解決が一番賢いやりかただ。 日本の憲法は、今、一番輝いている。 日本と世界の宝だ。 守りたい。と訴えた。 多少の意見の違いはあるが、戦争はいやだという貴方の思いは私たちと同じ、この一点共通できるので、署名をして欲しいといった。 「いいですよ」と快く署名に協力してくれた。 今日は署名が69筆。 しんぶん「赤旗」の購読者も生まれた。 午後は木島日出夫前国会議員と「赤旗」新聞の購読のお願いで訪問した。 全部で5人の方が購読してくれた。 来るべきいろいろな選挙で、日本共産党が着実に勝つことの出来るように足腰強くしたい、実力をつけたい。 あなた方が頑張らないと世の中良くならない。 私に指を指し、あんた方が悪い。もっと頑張れといわれた。 文句の言えない、手厳しい指摘だ。 ありがたいご指摘だ。 Failure (1kwhn_nq_b211) (PM 05:47)Delivery Error (1kwhn_nq_b211) (AM 08:37)
2005年01月16日
恒例で、地元の上野地区役員会の新年会に来賓で出席させてもらった。 なじみの人ばかりだ。 「カーブの道路におけるグレチングの横断側溝は危ない。雨の日にバイクで通過のさい滑って転倒。もう少しで後続の車に轢かれそうになった。改善して欲しい。」との地元要望があり改善された。 ちょっとしたことだが、市へ連絡し、すぐに対応してくれた。 新年会ではこのはなしでもちきり。 つまり、そんなに簡単に出来るとは思ってもいなかったことなので、感謝感謝であった。 ここに出席していた役員の奥さんが、転倒し危険に遭遇してので話題がさらに大きくなったのかも・・・。 パチンコ店の出店が出来なくなったことも話題に・・・。 そして、憲法の話しにも、ちょっぴり花が咲いた。 まだ、こういう場所では大きな話題とはならないが、じわりじわりと浸透している感がする。 稲田・徳間平和憲法を守る連絡会が署名行動 4人が参加。40人ほどの協力を頂く。 こつこつと草の根からの署名運動は、ついに過半数3000人の4分の1に届く1400人まできた。 頑張れ。 Mail Delivery System (1kwhn_np_43c7) (PM 10:06)
2005年01月15日
ビラ配布が「住居侵入罪」で不当逮捕事件が発生し、時代逆行もはなはだしいと思っていた矢先、今度は、NHKで国会議員が番組に圧力をかけた。『検閲まがい』か。 従軍慰安婦問題で「放送番組の内容を変更せよ」と迫った。 2001年1月に放送した「暴かれた戦後性暴力」の内容が放送直前に大幅な変更となった。 これは、番組をつくったチーフプロデューサーが、内部告発したことでわかった。 勇気ある告発がなければ、この問題は不問に付されていた。 NHK幹部も、圧力をかけた与党国会議員、その責任者である小泉首相の責任は重大である。 ところが、二人の国会議員の行動を肯定した。 「表現の自由を侵害した政治家の介入と、NHKの偽証を断じて許さない」とする市民団体の抗議声明に賛意を表明する。 Unknown Exception (1kwhn_no_9ce9) (AM 08:04)Delivery (1kwhn_no_9ce9) (PM 11:00)Server Error (1kwhn_no_9ce9) (AM 08:36)
2005年01月14日
東京・葛飾区のマンションで共用廊下を歩き、ビラを配布していたら「住居侵入罪」で逮捕・起訴をした。こんな警察、公権力があっていいのか。 戦時中の暗黒時代に逆戻りではないか。 政府や政権党への批判が気に食わないからといって逮捕は憲法蹂躙である。 私も、40年以上共産党員として、活動してきた。ビラを配布し、多くの有権者に悪政を伝え、自らの党の政策を訴えつづけてきた。 こんなひどいことはなかった。 憲法を守らなければいけない、警察・検察は信用できなくなる。 もの言えない社会を作ろうとしているのか。 「許すなビラ配布弾圧」そのとおりだ。 Status (1kwhn_nn_6978) (PM 10:05)
2005年01月13日
元豊野町議の佐藤久美子さんと共に、大雪に伴う除雪問題で、鷲沢市長に次のような内容で要望書を提出し、交渉した。 年末年始の大雪の除雪対策に敬意を表します。 今回の大雪は、例年にない豪雪であった上に、正月休みと重なり、除雪が間に合わなず、特に市街地を中心に大きな混乱となりました。 また、長引く不況で業界側には大型重機や人手が充分に配置できない状況になっていたやにお聞きしています。 前回の雪が溶けないままに再び大雪に見舞われましたが、幹線道路については除雪対策を充分講じられるよう、また、豊野など合併した町村については「合併で除雪対策が弱まった」などの誤解の生まれないよう特別に配慮いただくよう要望します。 あわせて、下記の要望事項についても積極的な対応をお願いします。 記1、通学路、歩道の除雪体制を強化すること。2、バス停の除雪については、バス会社にも協力を求め、、特別な体 制をとること。3、障害者や恒例世帯など雪かきが困難な世帯については、相談窓 口を設け、地区社協、民生委員、地区福祉委員などとも協力 し、対策を講じること。4、休日の大雪対策について、抜本的に対策を強化すること。 建設部の維持課長は、除雪は68社、102台の重機で体制を組んでやっているが、元日で休暇を取っている状況下、まれに見る大雪で除雪が充分でなかったことは認める。 苦情も300件ほど来ている。 市長名で、地区自主防災組織にお願いの通達を出した。 バス停などの除雪については、会社に対して要望していく。 地域の除雪については、要望があれば小型の除雪機を貸与も考えてもいい。また、福祉施設に関する除雪は、関係当局に言って欲しい体制はとる。 など、除雪には万難を期すと同時に、地域でも協力をお願いしたいなどとした。 この申し入れには、元豊野町議の佐藤久美子さん、野々村市議、と私(原田)3人。 地元若槻、農協と農家組合のみなさんの新年会に出席。 新年会であいさつをした。 「・・・2005年の新しい年を、平和で希望ある年に、農業振興でも元気の出る年にするよう皆さんと一緒に頑張りたいと思います。 昨年は、災いの年だったが、今年は災いを転じ福を引き寄せるいい年にしたい。 相変わらず農業は厳しい。特に国は、食糧自給率を45%にすると言っていたのに、まったく見通しない事態となっている。 長野市は、少しでも遊休農地を減らそう、地産地消や奨励品目の応援で農業・農家の皆さんを励まそうと努力している。 日本の農業への税金の使い方が間違っている。 イギリスでは、農業につけば一人100万円以上、家族でもう一人農業に従事すれば、200万円以上もの助成をしてくれる。 農業をやりたくなる。自給率は向上する一方だ。 国の農政のやり方を替えることは緊急課題となっている。 農業を国の基幹産業として位置付ける必要がある。 全力を尽くします。次にたった、農業委員さんのあいさつ。 衰退していく農業を元気付けたい。 9月に、イタリヤとイギリスなど農業関係の視察してきた。 先ほどの議員さんが言っていた通り、イギリスには荒地はまったく見えない。 どんなところでも、作物が栽培されている。 国策としての、農業への力の入れ方が違う。 自給率は上がるわけだ。 子どもたちの農業への関心度も高い。などとあいさつ。日本の農業政策が貧弱であることを厳しく指摘していた。 同時に、具体的に地域で農業お輿をやる必要もある。 田子地域では、戸数の半分以上の人たちを実行委員にして、「地産地消の輪を広げよう」を合言葉に、主要幹線道路で産直販売を行った。地域の団地に3000枚ものチラシを配り、生産者と消費者一体の取り組みで、300人の人たちが買いにきた。 トン汁のサービスもあり大盛況で40万円の売上という。 地域づくり、まちづくりなど地域の交流は深まりいい企画だと感心した。 大いに奨励したい。
2005年01月12日
若槻、浅川、吉田、三輪など、10地区公民館合同の成人式が行われた。 毎年のことだが、成人式は雪降り。 今年もご多分に漏れず、大雪となった。 女性はほとんど振袖。 市民会館は若者でむんむんの感じだ。 見渡す限り会場内は、携帯電話を使用中。 式典が開会された。 会場は1500人位か、ほぼ満杯である。 式典の所要時間は30分。 来賓代表で市長があいさつ。 「・・・厳しいときこそチャンス。・・・努力を。・・・頑張ってください。」としめた。 成人者を代表して、若槻の青年があいさつをした。「・・・社会のかかわりや責任、感謝を自覚し流されず進んでいきたい。・・・」と決意を込めた一言。 二十歳の青年の大人への責任ある言葉。日本の将来を背負う人となって欲しい。 新潟中越大地震の被災者の救援など、ボランテヤで頑張った青年の真摯な活動の姿の紹介などあっても良かった。 会場いっぱいの若者の集まり、私語などやむをえないと思うが、主催者の若者への心に響く訴えがあれば・・・。それが欲しかった。 Error (1kwhn_nk_9264) (PM 05:47)Delivery (1kwhn_nk_9264) (AM 08:36)http-equiv=3DContent-Type>Mail Transaction Failed - This mail couldn’t be converted------------- failed message -------------x膕08DUs
2005年01月10日
2005年01月09日
2005年01月08日
長野市に入ったとたんに圧雪した雪で歩行困難。 歩道くらいはきちんと除雪して欲しい。 などなど、今日も苦情が寄せられた。 市への苦情のうち半分は国道と県道。しかし、半分は長野市の道路だから深刻だ。 長野市も除雪のマニュアルは持っており、業者に委託している。 今回充分な除雪体制が出来なかったのは、業者が年末年始の休みに入ったこと。不況のあおりでリストラなど、オペレーターや、除雪車が少ないこと。などにより大雪に対応できなかったという。 しかし、上田市や松本市はこまやかな除雪体制が出来ており、順調に対応できたという。 違いをよく調査し、お年寄りや障害者、子どもたちが安心して通行できる道路環境をつくるのが行政の責任である。 長野も、路線と除雪業者を決めているが市民の気持ちに応えていない。 市民の苦情を真摯に受け止め、 他市に学び、市民生活に支障のないような除雪体制を要望していきたい。 また、長野市の場合、除雪の基準は10センチから15センチ程度の降雪が条件としている。 松本は5センチから10センチ。 ここが先ず違うところ。マニュアルの見直しも必要ではないのか。改善の余地があるように思う。 Delivery (1kwhn_nh_bea3) (PM 06:50)ご連絡 (PM 06:34)ウィルス付メールが頻繁に送られてきています。何とかしてください。-------------------------------------------------Marus Japan Inc.shinichi mizushimatel:xxx-xxx-xxxxxE-mail:①??????@marus-jp.co.jpmobile phone:xxx-xxx-xxxxx-------------------------------------------------
2005年01月07日
今日のしんぶん「赤旗」で党若槻稲田支部の神戸直江さんの活動が紹介された。 ・・・ドキュメント・人間のうた・・・ 『長野市稲田、田畑の後に家が立ち並んでできた住宅街を神戸直江さん(七三)がスタスタと歩いていきます。 手には憲法九条を守る署名用紙。 原田誠之長野市議が一緒です。・・・』と書き出しではじまる。 憲法九条守ろうと訴え歩く姿を紹介している。 『・・・昨年7月の参院選挙で日本共産党が九議席に後退。 改憲を競う勢力が国会の多数を占めます。直江さんは、悔し涙がとまりませんでした。そのとき党支部の仲間で看護士の須藤清美さん(四七)が、小学六年生になる娘、愛美さんの肩に手を置きいいました。「この子らのために憲法九条を守る運動をしようよ」と。「あの一言に心動かされました。愛美さんの顔を見ていると戦争中の私と重なり、落ち込んで入られないと力がわいてきました。」直江さんらは八月を期して署名行動に踏み出したのです。・・・』 自らの人生遍路を追いながら『・・・直江さんは、昨年12月、『酷暑』をかきあげます。参院選挙で党支部が若い新入党員を迎え、一緒に成長したたかう姿をえがきました。「かつて選挙で党はいつも最下位だった時代があった。負けたとはいえ格段の進歩を遂げています。『次の時代はあなたがたが切り開くのよ』と伝えたくて」。初めて民主文学新人賞に応募します。・・・』 長野県では著名人が呼びかけた憲法九条を守る県民過半数署名運動がすすめられています。 稲田・徳間(有権者6千人)でも医師、保育園長、そば屋の店主ラ42人がが呼びかけて「平和憲法を守る連絡会」が発足。 直江さんも呼びかけ人の一人。 会は千二百人の署名を集めています。 「自民党や民主党を支持していても賛成してくれる。九条を大切にしたいとの人々の願いは強い。逆戻りはさせません。」 子らをいくさにやらない。直江さんにつらなる人々のりんとした気迫は、草の根から広がろうとしています。』 一部紹介。 たまたま、私(原田のぶゆき市議)も同行させてもらった。 今朝早く、神戸直江さんの旦那さんから「記事が載ったぜ」と電話があった。 Error (1kwhn_ng_8331) (PM 06:50)Mail Delivery System (1kwhn_ng_8331) (PM 05:47)Server Error (1kwhn_ng_8331) (AM 08:36)
2005年01月06日
2005年、日本共産党旗開き盛大に開かれる。 党県委員会と長水地区委員会共催の新春の旗開きは100人を超える参加者で開かれた。 60年間、「戦争はしない」という憲法9条は大きな役割を果たしてきた。 それを今、替えようという動きが強まっていることはきわめて危険なこと。 世界中の平和愛好勢力が大きくなっているとき、また、国連憲章に反した、理由なき不当なイラク戦争は泥沼にはまりこみ、アメリカは孤立する一方となっている。 小泉内閣はこのアメリカに尻尾を振って何時までもついていく。 それどころか、憲法9条まで変えて、武器を持って一緒に戦う準備までしようとしている。 しかし、これに抗する草の根の運動は燎原の火の如く広がりつつある。 憲法9条を守る運動である。 今年は、憲法9条を守る有権者過半数署名実現の年にしたい。 また、小泉内閣の国民への負担増押し付けは7兆円、さらに、2007年度から消費税増税となれば10兆円に及ぶ負担増となる。 税金の使い方を替え、国民の暮らし優先の政治に切り替える力をつくる年にしなければと決意している。 今日の旗開きは、主催者の今井誠県委員長、来賓の木曽福島町長、県革新懇の山口光昭さん、忙しい中駆けつけあいさつされた木島日出夫さんなどがこもごも語られた。 合併に伴う長野市の増員選挙に立候補を予定している、佐藤久美子さんも「豊野の優れた施策を継続し、さらに、全長野市に広めたい。」と決意を表明。 長野市議団も、押し上げのため全力投球する決意である。 来るべき、国政選挙、地方選などで前進できる、足腰強い実力ある共産党へ・・・。2005年の旗開きでの固い決意を肝に銘じた。 メッセージ ・メッセージ本文は全角で800文字までです。・書き込みに際しては楽天広場規約の禁止事項や免責事項をご確認ください・ページの設定によっては、プルダウンで「顔選択」を行っても、アイコンが表示されません。ご了承ください。 Unknown Exception (1kwhn_nf_ae10) (PM 05:46)Delivery (1kwhn_nf_ae10) (PM 11:33)
2005年01月05日
恒例の新年のあいさつで庁内を回る。 合併の新支所や支所など出先機関以外、すべて課ごとにあいさつをしてまわる。 暮れから新年にかけての大雪で道路はひどい状態となっている。 最寄の党員や地区委員会に苦情が殺到。 今朝の地元紙にも県や市の対応に問題は無いかとの記事が載った。 圧雪下雪の塊で、運転も困難だが、特に高齢者などは歩行ができないほど道路状態が悪化している。 行政に苦情が殺到するのも当然である。 しかも、長野市に入ったとたんに悪いとの苦情も寄せられた。 早速、口頭ではあるが市当局に、除雪の体制など実情を聞くと同時に、市民の苦情にこたえた対応を速やかに行うことを要望した。【俳優で演出家の米倉斉加年さんと日本共産党書記局長の市田忠義さんがざっくばらんに新春対談】 1月3日付けしんぶん赤旗より・・・われ感じるところあり抜書きする。 ・・・小林多喜二・イラク戦争・平和・憲法を守る・・・などで○多喜二の生きた時代は「普通に」生きにくい時代でした。戦争しているさなかに、国に対して戦争しないほうがいいという、本当の主張をする「普通」の人が、異端とされ「非国民」といわれた。○命がけでないと「普通に」は生きられない時代だった。「普通」には「並」という意味もあるけれど、「まとも」という意味もある。「多喜二の言葉は生きるための言葉であり、愛の言葉である」○多喜二は本当の愛国心を持った人・・・。戦争の足音が聞こえてくるとき、必ず、「愛国心が無い」といわれます。戦争のためには愛はないはずです。国を愛するというのは抽象的なんですよ。○戦争の準備のための「愛国心」、敵対するために「愛」は使うべきじゃない。戦争というのは人を殺すことで、それで平和がもたされるというのは、どうしてもわからん。○不正だとか、間違ったことに命がけでたたかう不屈の心情を持っている。そういう勇敢さがあるがゆえに国民にも近親者にも燃えるような愛情を持つ。若い頃に多喜二を読んで一番感動したのは、時代は違うけれど、位階しかない人生をどう生きるかという点で、たとえ自分の命は失っても平和や社会の発展、開放のために尽くすことことこそ真に生きがいのある人生だという確信出会う。○敵に対してあくまでも正義を貫き、国民の生活を守ってたたかうという不屈の精神は、今日の私どもの活動に受け継がれている。多喜二はその強さと同時に優しい。本当に強い人は、本当にやさしいんでしょうね。「党生活者」などの原稿料を、自分はナスの漬物で三日も過ごしながら、暑い夏、母を一日涼しいところで過ごさせてやってくれと送ったんですね。続きは後で。この対談から多喜二の人への深い思いを感じとる。Mail Delivery failure (1kwhn_ne_db13) (PM 06:49)Deliver Mail (1kwhn_ne_db13) (AM 08:36)
2005年01月04日
厳寒の早朝5時起き、今年最初のしんぶん「赤旗」を配達する。 さすが、赤旗しんぶん一面トップ記事の見出しは、・・・集めた8808署名 介護保険改悪反対・・・・・・食費・居住費大負担増許せへん・・・・・・政府はまるで暴走機関車・・・ 恒例の新年祝賀会が開かれた。 私は地元の議員として来賓で招かれ、中野さんは地域の住民として参加。 祝賀会の前に、地元で作り、掘り起こした若槻音頭、新町甚句保存会有志による太鼓の打ち初めが行われた。 これも地域の有志と太鼓の名士長野市若槻支所の支所長の作曲したもの。 『若槻出陣太鼓』と『三登山勇み太鼓』の2曲。 まったくの素人が、9月から3ヶ月の練習にもかかわらず、勇壮で素晴らしい演奏であった。 バックには桃太郎旗4本掲げられていた。○天下泰平、五穀豊穣○樂者、天下大輪○農者、天下大元○転禍招福息災延命解説があった。 世の中、平和でなければことは進まない。 音楽は文化、社会にはなくてはならないもの。 農業は生きていく大本、なくてはならないもの。 実感がこもっていた。 地域に又新しい民俗の芸術が生まれた。後世に伝えるため継続を期待したい。 祝賀会の乾杯の音頭を指名された。 ひとこと「・・・連続の台風や地震被害、また、幹線道路における交通事故死やパチンコ店出店問題などいろいろあった。 力あわせて解決をしてきた。敬意を表したい。 今年こそ、災い転じて福を引き寄せ、平和で希望ある年にしたいと思う。地区2万人のみなさんのご健康と、お出でのみなさんのご多幸、ご活躍を記念して『乾杯』」をした。 懇親の中で、パチンコ店の出店問題を議会で取り上げ、市理事者の答弁で「建設出来ない」ことが明らかとなり、大変喜ばれた。 「・・・今年は酉年。鶏は黎明を告げ、暗闇を追い払って太陽をよぶ鳥・・・」しんぶん「赤旗」1月3日付け 新春対談 ざっくばらんに 市田忠義党書記局長と俳優 米倉斉加年さんの対談から
2005年01月03日
30センチははるかに越える大雪が降った。 自家用車が閉じ込められ、乗ることが出来ず、半日がかり出雪片づけを行った。 我が家は、本通りから約30mほどあり、片付けるのに一苦労する。 汗だくで、何とかきれいに片付けたが、もうたくさんである。 体力の消耗は限界。 Delivery (1kwhn_nc_99da) (AM 08:35)http-equiv=3DContent-Type>Delivery Failure - Invalid mail specification ------------- failed message -------------Z(Gb9f0U.゚*y(el|
2005年01月02日
2005年、1月1日を期して4町村が長野市に合併した。 午後11時から、長野駅前で合併イベントが行われた。 合併の協議委員や議会の特別委員を担当していたので参加した。 数百人の参加者が遅くまで合併を祝った。 しかし、4町村が合併してよかった。 そういえる合併にしなければと痛感している。 約2年間、合併に議論をしてきたが、福祉や教育で後退が心配である。 本来は、サービスも負担も水準は後退しないとされていた。 実際は後退しているものが多々ある。 これからが大切である。 善光寺で本年最初の日本共産党の年頭のあいさつを行う。 恒例の新年のご挨拶を行った。 石坂県議・中野早苗・今井県委員長・永井市議・私・原田がそれぞれが話した。 地元、上野区の新年会が開かれ出席した。 乾杯の発声の指名を頂いたのでやらせてもらった。 年賀状が届く。 長野駅頭で暴漢に襲われたことについて心配し「元気ですか、頑張ってください」との励ましの言葉が添えられているものもあった。 今年も元気で大いに頑張りたい。 あらためて、新年明けましておめでとうございます。 国際法に反する、イラク戦争はやめさせ、戦争はしないという憲法9条をしっかり守るために全力を尽くす決意である。Delivery Error (1kwhn_nb_fd00) (PM 11:32)
2005年01月01日
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