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古里地域の支部は南北に分かれている。私は北で有権者2600人。南は永井市議地域で9000人。今度は佐藤久美子さんと交代となる。その佐藤さんが司会を担当した。ともかく、今日は両方の支部が共同で県政・市政報告会を開催した。会場でのいいこと。駒沢団地の「お茶のみ懇談会」の仲間4人が自転車で来てくれた。早速、「懇談会」を取材をした赤旗しんぶんの記事を見せた。よくよく読んで、俺もいるではないか。これはいい、100枚ほど刷ってもってきてくれ、団地中にまくからと言う。仲の良い、元気のいい仲間だ。
2007年01月31日
異常気象ではないか、雪がなく昨年とは打って変わっての1月。 町場のものには、雪のないのは大いに結構だが。 お客さん相手のスキー場にとっては、死活問題。 営業がままならない。 農家にとっても、雪のないのは困るのでは。 りんごをはじめ果樹など春の芽吹きが早まり、霜に当たれば霜害が心配。 自然には逆らえないが、運を天に任せるほかないか。 県議選もいろいろな方が立候補し、戦況は複雑かつ激しくなってきた。 6人の日本共産党県議団は、ダムなど公共事業を押さえ、全国2番目に借金県となり、財政状況は悪化の事態を、借金返済で財政を立て直す提案をし、努力をしてきた。 さらに、30人学級や乳幼児医療費の就学前までの無料化の提案もし実現した。 不公正、不公平な同和問題も、議会で取り上げついに、部落解放同盟などの妨害を乗り越え廃止した。 前田中知事が「脱ダム宣言」をして、県下の9箇所のダムは全部中止された。 日本共産党は10年も前から、浅川ダムの膨大な調査資料を情報公開にもとづきコピーし、国土問題研究会に依頼し、分析してもらった。 ダム計画予定地の地質は活断層や地すべり地で、建設にはふさわしくないこと。 ダムを作っても、下流の内水被害は解消できないこと。 ダムを作れば被害はなお増大すること。 などが明らかとなり、県議会で問題点を指摘してきた。 前知事の「脱ダム」宣言の前から、日本共産党県議団や長野市議団は運動団体を作り、県民に呼びかけ、勢力的にダム建設反対の大きな世論を作るために、努力をしてきた。 日本共産党の果たして来た役割はきわめて大きい。 長野選挙区における、この党の2議席はかけがいのないもの。 県民の福祉、くらしの願い第一で全力を尽くす強力な党県議団の実現のため、奮闘したい。
2007年01月30日
昨年4月からはじめた、団地の「お茶のみ懇談会」は、1月21日の会で10回目を向かえた。 団地の人たちのよりどころとなっている。 それは、この1年間で孤独死が5人にもなり、明日はわが身かと心配でならないからだ。 隣近所に誰が住んでいるかもわからない。 老人会も役員のやり手がなく、解散となった。 そこではじめた「お茶のみ懇談会」は、まさに、恰好の交流の場。 生活と健康を守る会の会員さんを中心に毎月1回のペースで続いている。 定着してきた。 この様子を取材したいと2日間にわたって、赤旗しんぶんの記者が来た。 このことが、今朝の赤旗新聞に大きく掲載されたのである。 これからも、お年寄りはじめ弱者のよりどころとなるようがんばりたい。若槻団地で県政・市政報告会。27人が集まった。この団地では最近にない集まりとなった。田中応援団も多数来てくれた。「共産党がんばれ」と、力強い励ましの言葉を頂く。
2007年01月28日
北国街道沿いに立ち並ぶ80戸の小さな集落。 41年前、つまり25歳までこの地で育てられた。 湧き水豊富な田子神社や水泳で遊んだ田子池(水田用のため池)は懐かしい。 議員になるときには、親戚はじめ地元の応援は半端じゃなかった。 県議選に向け、この地区で2月3日に石坂県議を招いて県政・市政報告会を開く。 今日は全戸に案内チラシをまいた。 2時間かけて20軒を訪問と対話をした。 80に近いおばちゃん。 ポスターを張らしてもらっている。 「このポスターに言っているんだよ。頼むよいい政治にして」と。 この後、 堰を切ったように話し出した。 『住民税が上がり、介護保険料があがり占めて昨年より正味10万円も上がった。収入は増えていないのにびっくり。市役所へ電話したよ。なんと、国が言っているのでしょうがない』と。市の職員言い分。 『年寄りは死ねと言うことか。今の政治は姨捨やまだよ。それならいっそのこと死なせてくれればいいのに』 再び、『共産党のポスターに向かって言うんだよ。頼むよと』 2月3日にはこの地区で、県政・市政報告会を開く。 1人でも多くの人に、共産党の話を聞いてもらうためにしっかり呼びかけたい。
2007年01月27日
県議選投票日の4月8日まで、後70日に迫る。 県都長野市は定数が1人増えて10人。 長野市は、二人必勝で奮闘中。 その1人、現職石坂ちほ選対もがんばっている。 今日は、国道18号線の目抜き通りに事務所を開設。 『石坂ちほ必勝事務所開き』を行う。 急な呼びかけであったが50人が参加。 事務所いっぱいで盛大な闘う拠点のお披露目となる。 おむすびとトン汁のささやかで、心温まる団結の腹ごしらえは最高。 長野市で2議席復活は悲願。 変わり始めた県政を後戻りさせない。 そんな思いで闘う拠点の事務所の開設式を終了した。
2007年01月26日
雪もなく暖冬の中、選挙の応援にいく。 定数4減で、2人オーバーで23人が立候補している。 しかも、現職11人が引退で、9人が新人というから激しい選挙である。 街頭宣伝をしながら、ご近所を訪問し、対話をする。 国保税滞納者576人。正規の保険証が交付されていないという。 安心してお医者さんにいけないことが心配。 誰もが保険料を納めたい。 安心してお医者さんに行き、自分はもちろん家族の命や健康を守りたい。 当然だが、実態は上記の通り。 保険料の減免など行い、保険料を収められるようにしなければ。 わが党議員は、貧困と格差をなくすため改善を求めて奮闘してきた。 ズバリ行政に要求し、市民の命や健康を守るためにがんばっている。 市民に街頭から訴えてきた。
2007年01月25日
雪こそないが結構寒い朝だ。 長野駅に突っ走り、7時40分ちょうどから、マイクを握る。 1人なので、しゃべる内容と、時間の配分をどうするか心配しながら声を出していた。 心配は無用。 中野さんと石坂さんは同時到着である。 元気に15分間話して、中野さんへバトンタッチ。
2007年01月23日
第10回目の『お茶のみ懇談会』は新年会である。 たまには、お酒でも飲んで楽しく懇談会を開きたいと企画された。 心配であったが17人が参加。 新顔の人も3人。 案内チラシを見たり、うわさを聞いて「参加してもいいのか」と、問い合わせも。 長野生健会のM事務局長を中心に、会員さんたちが前日から「おでん」などおつまみの準備で大忙し。 大きななべに「おでん」を山ほど作った。 心配もなく、17人で過去最高の集まりとなった。 班長は元気に、開会あいさつ。 M事務局長は、生健会について話された。 私も、一会員であると同時に、議員でもあるので一言あいさつをした。 見たことのない顔ぶれもあり、団地内ではだんだんと定着していることを実感。 参加者はみな、自己紹介と一言を述べた 生活保護を取れた人。 これからとりたい人。 楽しく交流したい人。 参加したそれぞれは、思いは違うが、楽しい交流の場ができてうれしそうだ。 老人会がなくなり、寂しい高齢者だが居場所ができてほっとしているのではないか。 昨年4月からはじまった、『お茶のみ懇談会』も10回を重ねてきたが、この間、孤独死が 昨年3月に3人、同じく12月に1人、新年に入って数日前に1人がなくなった。 中には、血を吐いて苦しんで一人さびしく亡くなった人。 亡くなったことが1週間もわからずにいた人。 ここは「姥捨て山だ」と言い切るお年より。 医療費は上がり年金は下がり、お上には見捨てられ、家族からも冷たくされてここに来た人もいる。 でもみな、したたかに生き抜いている。 とくに、この懇談会は多くの人たちの安心・安全の「居場所」となっておりよりどころ。 「続けて欲しい」は本心。 大事にして続けたいものだ。
2007年01月21日
全戸にチラシで案内し、区の役員にはがきを出し、さらに、訪問・対話と宣伝カーでの呼び込みもし準備してきた。 支部長さん夫婦は、連日宣伝カーや電話でお誘いもした。 寒い中、若い主婦や区の役員さん含めて4人の新しい人が参加してくれた。 中野さん、原田市議、石坂県議の話を真剣に聞いてくれた。 質問もあった。・浅川ダムの流域面積はどのくらいか。・千曲川の浚渫こそ必要ではないのですか。・国土交通省へ千曲川の浚渫などで頻繁に要望したほうがいいのではないか。など。 主に、石坂さんが丁寧に答えた。 党支部が主催して行い、この地域における共産党の存在感をしっかりアッピールした。 苦労のしがいのあった「支部主催」の報告会であった。
2007年01月19日
県政・市政報告会を明日に控え、今日も石坂県議とともに、宣伝カーと対話で呼びかけた。 「増税政治は困ります」「皆さんの暮らし守ってがんばります」と訴える。 「そうですね。是非がんばってください」と激励。 こんなところまで、県議さんが来てくれてありがとう。 Oさんは今日も、痛い足を引きずりながら運転をし、家々を案内してくれた。 「県政の後戻り許さず」でがんばりたい。
2007年01月18日
前々回事務所にした目抜き通りの国道18号線。 石坂県議の地元に立派な事務所を借り受けた。 いよいよ、4月8日に向けて、本格的なたたかいが始まる。
2007年01月17日
足腰が悪く、歩行は1時間が精一杯の仲間が約2時間「選挙に勝たなくては」と石坂県議とともに訪問活動をしてくれた。 19日の「県政・市政報告会」の成功めざし、宣伝カーで呼び込みをしながら訪問。 支部長は痛い足を引きずっている。 それでも、宣伝カーを運転、その奥さんが呼び込みのアナウンスで隣近所を細かく回る。 区の役員や知人のお宅付近に行くと、止まって訪ね、対話とお願いをする。 頭の下がる思いだ。 敬服してしまう。 このような涙ぐましい活動の支えがあるから、石坂県議も私も議員活動をしていられる。 応えなければと決意を新たにしている。
2007年01月15日
長野市は都市内分権の一環で、市内全域で住民自治協議会の組織化を進めている。 そのさきがけとして、私の地元の「若槻地区」が立ち上げた。 すでに、トレッキングコースの整備や太鼓クラブなど文化活動がはじまった。 今日は福祉・健康部会が、雪片付け隊・・・スノーバスターズ隊を発足させた。 自助と互助の地域の支えあいの活動である。 無報酬のボランティアである。 ご苦労だが、30人がこの隊に参加してくれた。 この地域は、長野市の北部。 雪の多いところ。 昨年は暮れから年の初めの大雪で、地域が麻痺寸前のところもあった。 福祉工場、特養、憩いの家、保育園など福祉施設が多い。 住宅でも高齢化が進み、高齢化率30%のところもある。 この地区の平均高齢化率は20%を超えている。 独居世帯や障害者も多い。 どうしても、地域の支えが必要となってくる。 住民自治協議会を立ち上げ、地域でボランティアと共同で安心して住み続けられる地域づくりをはじめた 予算も必要となってくる。 小型の除雪機や「隊」を象徴する濃い橙色のジャンバーなど。 議員はこれらの必要な予算獲得で努力が求められている。 今日のスノーバスターズ隊発足は、地域を支えていく活動として重要なもの。 よって、いくつものマスコミが一定の時間を割いて報道した。 私も来賓として案内を受け、励ましのあいさつをさせてもらった。
2007年01月11日
60を過ぎ、大台に乗ろうとしている妻の熱中相手はパソコン。 かつては、小生もそうであった。 「あんたは、パソコンがいい相手か」とよく言われた。 話しかけられても、ただひたすらパソコンに向かっていた。 このごろは、逆転してしまった。 時には夕食は二の次。 「ひたすら」は、妻のほうになってしまった。 覚えても役に立つかどうかは別だが、新しいことに挑戦することはいいこと。 それにしても、直近に連れ合いのいることを、忘れて欲しくないものだ。
2007年01月10日
ある自治区の新年会に来賓で案内が来て出席した 地元出身の自民党のS県議があいさつした。 地元の数本の道路について、建設を促進したい。 地元に関係する国会議員と陳情するとあいさつしていた。 この後は市議である私のあいさつ。 ワーキングプアと貧困と格差の広がりで、長野市の問題で話した。 生活保護世帯の急増、国保の滞納問題、就学援助を受けている児童・生徒の多いこと。 今こそ、人に優しい、暖かい政治が必要であること。国政でも、県政でも、市政でも大いにがんばりたい。 長野市は金がないと市長は言うが、税金の使い方が間違っている。 無駄を省いて、弱者への手厚い支援が求めれられている、とあいさつした。 その通り。ダムは絶対反対。力強い声援が寄せられた。
2007年01月09日
昨日の大雪は、すご雪。 妻は朝から夕方まで、 雪片付けに追われた。 近くに党の事務所があり、そこの片付けもあり大変だったと思う。 小生は、夜まで会議。 感謝、感謝である。 今朝は寒い中、配達当番。 午後は、地元の地区の新年会に来賓で呼ばれた。 長野市では最大規模の、この集落は2000戸、5500人の人口と言う。 自治会をまとめるに一苦労。 10人規模の隣組というから、200組。 地区の総会は200人。 場所がない。 最大の要望は公民館が欲しい。 とくに、300世帯に1箇所ぐらいの集会所が欲しいという。 早速、市へ要望するつもりだ。 長野市は、何をやるにも、金がないという。 住民自治の強化のためや小型の除雪機を買う予算くらいは、住民の切なる要求だ。 ないないと言っていられないはず。 厳しく対応したい。
2007年01月08日
成人式は毎回大雪にぶつかる。 今年も、三が日は穏やかな天気が続いていたのに。 ところが、7日の成人式は、打って変わっての、大雪となった。 あでやかな振袖と真っ白な襟巻きに、少々重いボタン雪が降りかかる。 10館共同の主催者である公民館長さんは、女性。 感動のあいさつであった。 ・・・自分はかつて教師。そのときの生徒との触れ合う感動について話した。 髪を真っ赤に染めたクラスでははみ出しものが、幼児と遊び抱っこする中で、壊れそうな幼児とその暖かい身体のぬくもりに痛く感動。人を大切にすることを知る。人にはそれぞれ、やさしいものを持っている。感動もある。・・・ 成人者は静に聞き入っている。 来賓もみな「じん」したのではないか。 市長のあいさつは、決まりきっていていまいち。 だんだんと騒がしくなってきた。 「夢を持って人間らしく生きたい」は共通の願い。 現実は違う。・長時間労働。・非正規雇用の増大。・労働法制の改悪。・いじめや自殺など競争教育、高学費、教育基本法改悪。・不法・不当で不正義なイラク戦争。まともな世の中作りたい。 今年はいっせい地方選挙と参議院選挙の年、「現実を変えたい。」絶好のチャンス。 若者が希望の持てる社会へ、日本共産党は全力を尽くす決意。力を合わせよう。
2007年01月07日
長野市の出初式のあと、地元の消防団の新年会に出席。 住民の命や財産を守るため、ボランテヤで尽力されている団員のご苦労をねぎらい、乾杯のあいさつをした。 独身者はもちろん、所帯を持っていても、全体として若い団員で覇気がある。 突然、「共産党が好きだ。応援してきた。」「共産党を知りたい、疑問に答えてほしい」と言う団員さんもいる。 機会を設けじっくりと、時間をとって話し合うことに。 職員の激励もうれしかった。 昨年大雪のことである。・・・大雪で福祉施設の雪片づけが大変で、職員だけではどうしようもなかったとき、本庁に電話し、直ぐに来てくれ片付けてくれた。お年寄りが安心して利用できるようになった。手際よくやってくれ感動した・・・と言う。1年前のことだが、あらためて言われ、新年早々に、幸運の福袋をあてた思いであった。
2007年01月06日
午前11時から志位委員長の報告をCS放送で聞く。 午後は、恒例で市役所内を議員と事務局員で新年の挨拶周りをした。 約2時間で本庁と消防局を回る。 民主党の新人T予定県議候補が、国会議員とともにまわっていた。 激しい闘いはすでに、年初から始まっている。
2007年01月04日
正月の三日目は、恒例の地区「新春祝賀会」である。 参議院選挙区予定候補の中野さなえさんも出席した。 来賓として乾杯の発声を指名された。 光栄である。 一言「・・・格差と貧困は際立っていること。長野県の世論調査会の調査では『くらしが大変になった』は、91%。 これでも、日本は世界で2番目の経済大国。 何かが変だ。 こういうときにこそ、国政でも、県政でも、市政でも弱者の立場でやさしい、暖かい政治が求められている。 全力をつくしたい」と述べ乾杯した。 共感の声が寄せられ、中には、「共産党に入ってもいい。そのかわり共産党のことをここで説明して欲しい。」と、いくつか注文を受けた。・福祉福祉というがお金がないどうするのか。・公共事業はやらないというわけには行かないが、どのように減らすのか。など。 自分が納得すれば、仲間になってもいい。 続は、時間をとって話し合うことに。 二次会に呼んでくれる団体が多数でどうすまいか迷いつつ、消防団の仲間入りをした。 中野さんと一緒で、若い団員と懇談。
2007年01月03日
午後2時まで事務所の当番。 「赤旗」しんぶん1日付けの志位委員長の対談記事を学習。 日本の政治を世界の視野から分析。 日米関係でも、暮らしの問題でも、外交問題でも世界の流れと大きく違うことを実感。 特に、アメリカのイラク戦争への各国の対応と、軍事同盟のあり方の変化には驚く。 アメリカの隣のカナダとの軍事同盟、ドイツ・フランスなどヨーロッパにかかわる米との軍事同盟、南米にかかわる軍事同盟、アジアでも韓国とアメリカとの軍事同盟も米軍撤退でアメリカとの絆がほころびつつあること。どこでもアメリカとの軍事同盟が破綻しつつあるとき、日本だけがだ多一国、一生懸命、アメリカに尽くしている。 アメリカの喜ぶ、ミサイル防衛システムに膨大な国費を投入。 世界は、180カ国余が集まり、国連顕彰に基づき、仮想的国作らず、平和の共同が大きく前進している。 しかし、日米軍事同盟は、仮想敵国をつくり、軍事の強化に躍起となっていること。 こっけいだが、こんなアメリカ一辺倒の政治はもうごめん。 今年こそ、選挙で日本共産党が大きく前進できるようがんばりたい。
2007年01月02日
新年明けましておめでとうございます。 昨年は大変お世話になりました。 本年もよろしくお願いします。 平和で穏やかな元旦。 日々がそうでありたい。 体調は多少良くなったか、今年最初の「赤旗」しんぶんの配達に出かける。 雪はないが、寒さは異様に厳しい朝だ。 車のフロントは真っ白。 いまいちの体を押して、読者に届けに行く。 仲間の家のポストにこんな書き込みが張ってあった。『新年の早朝配達ご苦労様です。今年もがんばりましょう』と。 励まされた。 昨日の夜は、手巻き寿司と日本そば。 好物でもまったく手をつけずじまい。 今朝は腹ペコで、動きも鈍い。 それでも配達は完了。 家に帰るなり、再びごろり。 とても、善光寺さんでの街頭宣伝に行く気になれず。 お断りの電話をし、昼までただただ寝入った。 まさに、寝正月。 午後1時。 地元の自治会主催の「新年祝賀会」は、乾杯の音頭を前もって言われているので、正装して出かけた。 区長さんは、イラク戦争のこと、いじめや自殺の話、格差と貧困の広がり、小泉政権と安倍政権の体たらくを批判。さらに、高齢者の雪片付けが大変、長野市が金がないと小型の除雪機を買ってくれないが、何台かあれば応援できるのにと、市政への要望と意見を言った。 私も乾杯の音頭で一言「今日のような平和で、穏やかな日が毎日続くことを祈りたい。長野市も格差と貧困は際立っていると、生活保護や就学援助の急増、国保の滞納者が加入者の4分の一、12800世帯もいて、深刻な事態である。今こそ、市民に優しい、暖かい市政が求められていること」を心から訴え乾杯した。 酌に回ると、「知らなかった、長野市もひどいんですね。」「こういうことをもっと市民に知らせて欲しい。」「県政の後戻りが心配です」など、寄せられた。 今年は、選挙の年。 体調など崩して入られない。 日本共産党の出番のとき。
2007年01月01日
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