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広島市を襲ったどしゃ降りの雨で土石流が発生、死者も多数となりお悔やみ申し上げるとともに、被災された皆さんに心からお見舞い申し上げます。災害はすさまじいもので、多くのボランテヤ救援に行っている。日本共産とも現地の党組織を中心に全国から行っている。また、救援募金も行っている。ご協力をお願いします。雨模様の天気を押して、県議選に向けた訪問活動を行う。 石坂県議からバトンタッチする、山口さん押し上げは並大抵ではない。 市議会議員としての責任は重い。 県議の2議席の勝利なくして、市議6議席はないとの思いでやらなければ。 今日も、午前・午後と仲間と訪問。 安倍暴走政治ストップを地方選挙の大きな躍進で。 そのためにも、山口さんをと訴え、赤旗しんぶんもとってくれた。
2014年08月24日
駒団班の「お茶懇」は、95回目で8年間という、歴史を築いてきた。 今日は、長野生健会といっしょに、団地内を訪問。生健会について知らせ、消費税増税反対の署名を行い、要望なども聞きながらの訪問だ。 一人暮らしの高齢者の多い団地で、かつては、孤独死や孤立死も後を絶たなかった。 団地自治会や民生児童委員さんたちが、お茶のみサロンなどを開いて見守りをしてきた。 それでもなお、孤独死は続いた。 生健会は、この隙間を埋めようと「明るく楽しい団地づくり」目指して、お茶飲み懇談会、「お茶懇」を毎月一回開いてきた。それが今日で95回目を迎えたわけだ。訪問する中で、「生健会」知ってますか?と聞くと、ほとんどの人は知っていた。 しかも、会員Aさんが、隣近所の幾人ものおばちゃんたちの面倒を見てくれていて評判となっていた。「守る新聞」も一人とってくれた。暑気払いは、17人が集い、ビールとスイカ、すしと漬物などで盛大に行われた。団地に根付き、地域の人たちと一緒に力を合わせて、団地の民さんの暮らしを守るために、『ひとりはみんなのために、みんなは一人のために』生活と健康を守る会の精神大切に、引き続き頑張ろう。
2014年08月23日
2年ぶりの人間ドックを南長池診療所で行った。 朝食抜きの半日はたとえ一食でも、腹が減り、身に堪える。 とりわけ、超苦手な胃カメラには閉口した。 小さなカメラのついたゴムひものようなコードを注入するが、ドクターは「ごめんね、ちょっと大変だね。一番細いところが通過したからね」と。心配ないことを暗示するが、げーげーの連発である。体力がかなり消耗していると思う。 視力や聴力の検査は、超悪いと自覚しているので一番気になる。 案の定、聴力については、「これまでの仕事や、この年齢だからしょうがないね。気にしないでいいよ」と言いながら「ひどくなったら補聴器という手もあるからね」は検査技師さん。専門医に行って治療すれば治る可能性はどうですかと聞くと、「難しいかもね」年のせいにするしかない。 視力は、視神経虚脱症で右眼の中心部分に難があり、入院し専門医で治療してきたが、相変わらず治らない。 視力・聴力は人としての賞味期限到来か。 しかし体成分分析では、体の筋肉などは適正か発達という数値がでた。体脂肪は少し多いがバランス上はOK。 毎日、ふろ上がりに、腕立て伏せや屈伸、腹筋体操などわずかだが20分ほど欠かさずやってきて2年以上。 継続は力なりか? この体力生かして、集団的自衛権行使容認、安倍防錆原発再稼働、消費税増税など、安倍政権の暴走政治ストップ!また、来年春の県議選やさらに半年後の市議選で6議席必勝で全力尽くすためにも、健康第一で取り組む決意だ。6月議会に続き、9月議会も質問することになっている。「躍進月間」でつくられた党勢拡大の前進の教訓生かしここでも全力尽くしたい。
2014年08月22日
長野医療生協若槻北部支部は、『若槻老人憩の家』の存続を求め社会福祉審議会 老人福祉専門部会会長さん・副会長さんに1077筆の署名を添えて提出し要請した。 私(原田市議)も同行した。
2014年08月21日
あと9か月と迫ってきた県議選。 「山口のりひさ」さんのポスターが場所によっては、色が消えてきた。 さわやか・元気なご本人のイメージを損ねてしまう。 選挙は総合力だから、どこかに落ち度があれば、マイナスを生じる。 安倍政権の暴走政治ストップ。「憲法を県政に生かす山口」どんどん売りこもう。
2014年08月20日
A君から家事との携帯が入った。 大事な新聞のポストおろしをしているAさん宅が家事だという。 すぐに電話を入れたが、まったく通じない。心配していたが、自宅がどこかがわからず、見舞いにけない。1時間後、ようやく火事現場に到着だ。商簿局、警察、消防団が現場検証をしていた。区長さんはもちろん、ご近所の人も、大家さんも心配顔で来ていた。知っている、農協の関係者もいる。Mさんも家族も、消防の聞き取りなどで話ができず、やきもきしたが会うことができた。それぞれ、頭が真っ白か、話も上の空の感じだ。無理もない。区長さんの配慮で、数日間は借家を借りることができ、仮りの居場所はできた。ほっとしたが、できるだけ早く、住まいを確保することが求められる。何とか、早く住まいをと、農協関係者にお願いしたが。とりあえず、昼食や今晩の食事が心配で、必要な対応はしてきたが、今後が心配である。何かあったら遠慮なく、連絡をしてほしいと携帯電話を教えてきたが・・・さてどうなるか心配である。
2014年08月19日
初めて、浄土真宗の寺で「非戦の鐘」を突き、反戦平和の誓いをしながら、お盆休みが終わった。 今朝は、月曜日恒例のあさ宣伝開始だ。 共産党県委員会書記長で石坂県議の後バトンタッチする、山口のりひさ県議予定候補とともに仲間4人で宣伝。 桃太郎旗4本、プラスター8枚で華々しい駅頭での訴えが始まった。 チラシの受け取りはいい。 東長野病院労働者も列車から降りて職場に向かっている。 全国で起きている水害へのお見舞いをしながら、69回目の終戦記念日について訴えた。 旧国立長野療養所が1945年8月13日に、十数機のB29が飛来し機銃掃射を受け爆撃、炊事場で働いていたおばさんが死亡、病院全体では100人に及ぶ職員や患者さんたちが傷を負ったことを報告。戦争のない国に作ろうと訴えた。 そのためにも、安倍首相が強行した「集団的自衛権行使容認」は断固反対でともに頑張りましょうと訴えた。
2014年08月18日
著者は赤旗日曜版編集部在職で日本民主主義文学会全国幹事の肩書の人。 ・・・貧困とのたたかいという観点で近現代文学を読み直してみようと思ったのは、『蟹工船』ブームがきっかけでした。ブームに押されて『セメント樽の中の手紙』や『太陽のない街』など、かつてのプロレタリア文学の代表作が次々復刊するのを見て、ほかにも現代に通用する作品があるのではないかかと思いました。・・・としてプロレタリア文学でうずもれた傑作がたくさんあることを紹介してくれる。元日本共産党中央委員で戦前プロレタリア作家同盟の初代委員長、小林多喜二の葬儀委員長の江口(かん)は、夏目漱石が師で、その夏目漱石は労働体験を題材の『坑夫』という作品が、『蟹工船』ブームに乗って、「百年前、すでに漱石が残していた 働けば働くほど苦しい 生々しいワーキングプアの惨劇!とコピーをつけて2008年にキャンペーンされたとか。この一冊で、漱石の『坑夫』、江口かん『労働者誘拐』、葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』4千字もない短編で全文読ませてもらったがすごい。徳永直『太陽のない街』松田解子『おりん口伝』稲沢潤子『地熱』右遠俊郎『小説 朝日茂』要求を重んじ、組織を作り集団の力で命のある限り闘い、生き抜いた人に感銘。井上ひさし『組曲虐殺』多喜二を書いたもので20年も準備してきたもので、権力を痛烈に告発している。読んだ小説もあったが、この一冊で、一気に何冊も読んだような気分。また、小泉内閣から以降、心中主義がまかり通り、わからないように個人責任が押しつけられ、4割に及ぶ非正規労働者が余儀なくされている実態をこの本では告発している。58年前、中学を卒業してM鉄工所に訓練校として入社以来、鋳物工として、1500度の熔銑を扱う蒸し暑さと重激な作業で、塩をなめ、水を飲みのみ滴る汗に抗して、体の続く限り一日ギリギリ働いて過ごしてき労働体験は、百年前と似ている。真夏の鋳物作業は、労働者曰く「馬車馬だ」と。それでもなお会社はもっと数を上げろと容赦なかった。 若気の至りか、若さと正義感か、わりにおとなしい吾も怒った。「自分でやってみろ」と仲間の前で職制に向かってでかい口をきいた。あとで仲間はこそっと「よく言ってくれたなあ」それから一時は職制も、黙ってみていた。
2014年08月17日
8月の暑い夏・・・平和を考える 私たちの住むこの地は、戦場ではなかった。しかし、多くの人々は戦場の土と化し親も子も女たちも涙にくれた。この記録は、旧国立長野療養所に起こった悲劇であり、戦争体験である。国立療養所がねらわれた思わぬ爆撃 終戦を前にした8月13日午後4時頃、数十基の戦闘機はすさまじい爆音をとどろかせ真夏の空を暗く飛行してきた。 国鉄長野工場(当時長野駅東)からまっしぐら、若槻の国立療養所(東長野病院)を攻撃の的に稲田の上空から機銃掃射が始まる。 アメリカ軍は、ここが病院であるかどうか知ってか知らずか。その時、病院では、患者さんたちは長野方面からくる飛行機の爆撃は知ってはいたが、まさか、自分たちの病院に来ることはゆめゆめ思っても見ず、やじ馬心で眺めていた。 だが、不気味な事態に患者や本舎の職員は防空壕にまっしぐらに走った。戦争とはむごいもの 非戦闘員をも巻き込む 炊事場めがけて 炊事係は、仕事場の騒音で戦闘機の到来がわからず仕事が続けられていた。爆撃は煙突のある炊事場を直撃、その爆風はすさまじく、同時に鉄鋼弾の機銃掃射である。 当時炊事係の主任であった私は、机に向かっていた。その周り30センチ左右前後を鉄鋼弾が撃ち込まれ、かがみこんだ私の上に同僚の婦人らが重なり合って互いにかばい、恐ろしさに震えた。 同時に炊事場の事務所はつぶされた。 一瞬爆撃が静まったので山の防空壕へ向かう。 下半つぶされ この時、上野のYさんという炊事係のおばさんが、下半身ぐしゃぐしゃになって倒れていた。 急ぎ、Sさんと二人で裏山へ運んだが、おばさんは「Nさん、水ください」といったので、一口飲ませたが、そのまま息を引きとってしまった。 この時亡くなった人は二人(他の一人は、南信・富士見町の人で遺骨を苦労して汽車で家にお届けした)でけが人は病院だけで百人位はいた。 当時は、無我夢中で恐ろしさなどなかったが、あとで思うと、そら恐ろしいことであった。この文章は、30年前、1984年8月に東北部しんぶん第46号に掲載したものの再録です。当時健在であった、稲田のT・Nさんからの聞き取りをまとめたものです。 取材 文責 原田のぶゆき追記 山林に囲まれた病院で山菜は豊富だった。食べ物のなかった当時、周辺の山菜を採っては患者さんの食事に使用することもあったという。また、煮炊きする、燃料(まき)がなく、病院の周りを取り巻いている柵を壊して燃料に使ったこともあったといいます。(取材を通して知りえた当時の病院の様子です)
2014年08月16日
朝食をしながら、ラジオのニュースを聞いていたら、靖国神社に安倍首相は玉串料奉納、他の3人の閣僚は参拝したと報道していた。妻はいきなり「何言ってんだよ。反省もしないで。またまた、戦争の準備しているくせに」と剣幕な口調だ。「赤旗しんぶん」では、一面で山下談話を、主張では「『戦争する国』繰り返さぬ決意」として、掲載。310万人以上の日本国民と、2000万人を超すアジアの人々の命を奪い、国土を荒廃させた戦争の傷痕は、消えてなくなるものではない。と告発し、この教訓から、戦後日本国民は「政府の行為によってふたたび戦争の惨禍が起こることのないようにする」と誓い、戦争放棄を憲法に明記した。よって、戦後日本が起こした戦争で一人の戦死者も出していないこと。他国民も殺していないこと。これは憲法のおかげである。ところが安倍政権の進める「戦争する国」の策動は、、戦後日本のあり方を根本から転換するものであることを指摘。憲法9条は、世界の宝。「9条を守り抜く、凛とした日本人でなければいけない」安倍政権と決別し「戦争する国」許さないため、力を尽くそう。赤旗しんぶんは決意を表明している。浄專寺にて『非戦の鐘』をつく長野市内の浄土真宗の7つの寺では、15日、終戦記念日の今日、一斉に『非戦の鐘』をつき、非戦と反戦の呼びかけをする。ご縁があって、ご近所の三才地区の浄專寺という寺で毎年行っていることを知り、仲間とともに参加させてもらった。初めてなので様子がわからず、境内で待っていると、本堂から声がかかった。「読経が始まっているので中へお入りください」と、立派な本堂に通され、方丈様の経を聴き手を合わせた。午前11時境内の中に建てられている、鐘つき堂で順番に鐘を突いた。新婦人、原水協、共産党など地域で活動している、Oさん、Dさん、Mさんなどみな地元の仲間たちである。住職さんは、「小さな力でも、ここから平和の声を広めていくことは大切なこと」だと話された。その場からいそいで、長野駅に直行。日本共産党長野県委員会・長水地区委員会共催の『終戦日を記念』した街頭からの訴えだ。12時を期して、戦争犠牲者に哀悼の意を表し、黙とうをささげる。私は司会。和田明子県議、山口典久県書記長で来年4月の県議選の予定候補者、石坂ちほ県議がうったえた。
2014年08月15日
高齢をものともせず、猛暑にも負けず県民の会の「野口しゅんぽう」さんは、長野県知事選で大奮闘。善戦健闘をした。どこまで批判票を伸ばせるか、安倍政権に痛打を与えられるか。 有権者からは、「10万行ったね、よくとったね」と幾人もから励ましの声が寄せられた。 少々、気落ちしていたが、元気をもらい、生気を取り戻している。 「新盆」お盆までの一年間に亡くなられた方の家を訪ね、線香をあげてきた。 お盆の休みで、家族が勢揃い。恒例で、実家の墓参りと仏壇に手を合わせた。 いよいよ、来年春の県議選が闘いの本番。 石坂千穂県議からバトンタッチの山口典久さん、今、日焼けした顔で頑張っている。 長野市区から和田明子さんとともに二人をと全力尽くしたい。 『どうしたの、最近書いていないね』と、心配の声が、たびたびだ。 議会の質問原稿書きなどで、パソコンには向かっていたが、ブログからは遠ざかっていた。 年齢がそうさせているのか、根を詰めるのが苦手になってきた。 しかし、いつまでも、甘えてばかりはいられない。 自らに鞭を打ち、初心に戻らなければと思っている。 来年4月の県議選から半年後、9月は市議選である。 新人含め、6議席めざし準備万端、急がないといけない。
2014年08月14日
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