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津軽半島の先端龍飛崎にバスツアーで観光に行ってきた祖父母が、娘たちにくれた菓子。最初は青函トンネルの掘削した石かと思った。ゴツゴツして重量感もある。だが、どうもお菓子らしい。一応銘菓と記してある。孫2人に同じモノを2個買ってきた。それにしてもスゴイ。ペーパーウェイトにちょうど良い。龍飛崎や三厩というと、私には、階段国道と義経のイメージ。いつか必ず行ってみたい。○三厩の地図(三厩観光協会)○三厩の観光スポット(外ヶ浜町公式HPから) 写真集が美しい○青函トンネル記念館
2008.05.31
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東北の上場企業は、東北財務局のサイトに一覧が出ている。24日の日経新聞記事によると、上場39社(銀行除く)の08年3月期決算では、経常利益ベースで半数の19社が減益か赤字。原材料高や円高が利益を圧迫したという。赤字の最大はNECトーキン(18億円)。減益率の大きいのは、山大(97%)、鐘崎(92%)など。東北電力は販売電力量は4%増えたが、燃料価格上昇などで大幅減益。流通・サービス関連も低迷。一方で経常増益は18社。増加率最高は、常磐興産で206%、つまり3倍増ということか。スパリゾートハワイアンズの入場が過去最高を記録。ついで、センコン物流(176%)は有価証券の売却などによる。次いで、日東ベスト、大和電設工業、フクシマフーズ、幸楽苑、と続く。
2008.05.30
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昨日の朝のNHKラジオで聞いた。東北のサルは北三県と南三県で全く様相が違う。北は、下北、白神、五葉山など生息地が限られている。南は奥羽山系を中心に各県とも県内一円に分布している。これは、北三県は人間が捕獲した経緯があるからだ、という。脇野沢の動物写真家の方(有名な方なのでしょう)が解説していた。なるほど、そうなのか。それにしても、捕獲の目的に食用もあげていたのにはちょっと驚いた。七ヶ宿の国道沿いなどで斜面を走るサルを見かける。仙台でも山あいにはよく出没して、農作物被害もたびたび。宮城県では確かにどこにでもいる、という感じだが。北東北3県の場合は、もっと深くサルと関わる歴史があったのだろうか。関心を持った。調べようと思ったが時間がなく果たせず。
2008.05.29
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東北の地銀(第二地銀含む)15行の08年3月期決算が出揃った。先週土曜日(24日)の河北新報がまとめて報じていた。サブプライム問題で有価証券の減損処理に追われる銀行が相次ぎ、10行が減益、3行は赤字決算。まず、減損処理は最多が青森(37億円)で、岩手、秋田、仙台も30億円を越える。コア業務純益(一般貸し倒れ引当金繰り入れ前業務純益から国債等再建損益を差し引いた利益)は全行で減益。減少が大きいのは、北都(60%減)、みちのく(36%減)、北銀(20%減)など。一割以上の減益も多い。小さいのは東北(0.4%減)、七七、岩手など。昨年9月の金融商品取引法の施行で販売方法が厳格化された影響や、株価低迷で、投資信託販売が減少し、手数料収入が落ち込んだ。コア業務純益の最大は七七(292億円)、次いで、岩手、東邦、秋田、山形、青森、北銀。最小は北都(20億円)。純損益では、10行が減益。北都、仙台、きらやかの3行が赤字。逆に増益は、七七(20%)、東北(24%)の二行のみ。純損益額では、最大は七七の123億円。以下、岩手(48億円)、山形、東邦、秋田までが30億円超。最小は(赤字3行を除いて)福島。自己資本比率は12行で悪化。株価下落による保有証券の評価差損。不良債権処理額は12行全体で19%減。大きいのは七七(84億円、32%減)、増が大きいのは東邦(226%増)、岩手(128%増)、減が大きいのはきらやか(73%減)。きらやかは合併に伴う経費増加、と報じられている。預金残高合計は0.3%増、貸出残高は1.5%増加。中小企業向け融資は減少傾向だが、住宅や個人年金など個人向け商品が堅調。■関連する過去の記事 東北一の新・八戸信用金庫(08年5月16日) 東北の地銀再編か 強気の山形銀、七七銀(続)(08年5月16日) 荘内銀行と北都銀行の経営統合(続)(08年5月14日) 荘内銀行と北都銀行の経営統合(08年5月13日) きらやか銀行の誕生を考える(07年5月3日) 荘内銀行の戦略?(06年4月25日) 地方金融市場と山形県の産業集積を考える(06年4月11日)
2008.05.28
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昨日の試合は終盤ハラハラ。でも川岸の気迫の三振はスゴイ。私は風呂を洗いながら防水ラジオで聴いていたが、こちらも気合いが入ってしまった。そして最後の小山。わざわざ劇場を演出しなくていいのだけど、2年前までなら崩れたパターンでも何とか締めた。自信がついてきたのでしょう。相手ヤクルトの残塁14が示すように、後半はイーグルス救援陣が抑えました。もうちょっと安心して見られればもっと良いのですが、こんな勝ち方も教訓になるでしょう。
2008.05.27
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泰衡と言えば平泉を滅ぼした暗愚の君主とされてきた。義経を討ち、弟の忠衡を殺し、頼朝に命乞いをした、との評が定着していた。しかし戦後の藤原三代のミイラの学術調査で、事態は変わった。秀衡の棺に納められた首は、泰衡のものと判明したからだ。長い間、その棺に納められたのは忠衡の首だと言い伝えられてきた。英邁な忠衡を慕っていた者達が鎌倉の目をはばかり秘かに秀衡の棺を開いて納めた、と。しかるにこの首には頼朝に晒されたときの太い釘の後が残っていて、泰衡のものと判明したもののだから、従来の泰衡評は大きく転換を迫られた。秀衡の奥州王国は、豊かな金を背景に平氏の大和帝国に対抗する強大な力を持っていた。平家が壇ノ浦に滅び去り政権を手にしつつある頼朝も、この北の王国を恐れて鎌倉を離れることができなかった。秀衡は頼朝に疎んじられた義経を温かく迎え、鎌倉の引渡要求にも拒否してみせる器量があった。そして死に際して秀衡は、大胆な遺言を息子達に行った。いずれ鎌倉との対決は避けられない。精強の鎌倉軍に対して奥州軍は後三年の役の後百年も戦の経験がない。秀衡の苦悩はそこだった。義経を大将に戦う、それしか奥州の独立を守る方法はない。だが、切り札は最後まで取っておくものだ。それまで外交手段で鎌倉と渡り合いたい。秀衡が死んだと知っても頼朝はすぐに攻めては来るまい。それを見越して、秀衡はある「秘策」を息子達に授けた。鎌倉対策で困難に直面した場合の「秘策」として。果たして秀衡の死の半年後、冬が過ぎ若葉の繁る季節になると義経は秘かに北へ向かった。後白河法皇に反頼朝の結託を働きかけて鎌倉を挟撃する動きをしたと考えられる。鎌倉の探索の目をくらますため、一旦北に向かって京都潜入を試みたのではないか。或いは大陸の騎馬軍団を調達する大作戦があったか。奥州の繁栄を支えた津軽の十三湊は秀衡の弟栄衡の支配にある。安東水軍は遠くインド洋やペルシャにまで活動を広げており、半島や大陸にも多くの拠点を持っていただろう。平泉を抜け出した義経は津軽にたどり着いた。そこから義経が向かったのは、京都か、それとも大陸か。いずれにしても、秀衡の描いた極秘のシナリオに従った行動だったのだ。吾妻鏡は、秀衡の心配をよそに兄弟は結束せず、忠衡は遺命に従い義経を盛り立てようとしたが、泰衡は義経さえ除けば頼朝も手を引くと考え、ついに泰衡が高館に義経を襲ったとされる。しかし、むろんこれは頼朝を欺く茶番であり、死期に際しても頼朝に負けじと強い意志を示した北の王者秀衡の授けた奇策だったのでないか。義経の死の報を受けても頼朝は平泉を攻め、奥州に手にした。泰衡は敗走の際に命乞いの手紙を頼朝に届けたとされている。しかし、そんな泰衡だったならば、頼みの秀衡が死んでから1年半もの間義経が、風雲急の平泉に漫然と構えて暮らしたはずがない。義経と泰衡たち兄弟は、ともに心を合わせて対頼朝の一大戦略を敢行したのでないか。頼朝軍を引き入れてゲリラ戦で戦うなら、兵数に劣っても勝機はある。が、それにしても百年の平和は最大の弱点だ。名将義経の手足となって縦横無尽に駆け回る部隊が必要だ。しかし急場の訓練では間に合わない。とすれば大陸の騎馬軍団を調達するしかない。当時の遊牧民族集団は世襲や序列にこだわらず、場合によっては民族を越えても有能な者をリーダーに選ぶ。ジンギスカンがモンゴル族の出身でないこともその証左だ。そして泰衡の任務は自ずと明白になる。大きな戦略をもって北行する義経が戻ってくるまでの、時間稼ぎなのだ。泰衡たちは、ひたすら待った。義経が海を越えて数万の騎馬軍団を率いて戻るのを。それまで頼朝には足を踏み入れさせてはいけない。義経を差し出せとの単純な要求に、わざわざ大襲撃を演じて最後は義経が火を放って自害した、とまで創作した。鎌倉には焼けただれたニセの義経の首を送った。1か月かけて送ったのも時間稼ぎだ。弟の忠衡を合戦の末に討ったとされるのも、忠衡の不在を察知されないための、頼朝向けの演出だろう。忠衡は極秘の重大任務で平泉を抜け出したのだ。忠衡は、実は平泉王国が湯水のように使い、その繁栄の元となっていた金鉱の在りかを握っていたのでないか。当時の平泉の金の使い方は桁外れだ。清衡は7千余巻の一切経を中国から輸入するのに約4トンもの黄金を支払ったという。原石1トンから数グラムしか採れないと言われる金鉱石から、精錬機械などのない清衡の時代に、どうやってこれだけの金が取り出せたのか。学者の世界でも藤原氏の金の入手法は謎とされているが、精錬でも砂金でもなく、極めて大規模な金の堆積層(柴金鉱)を握っていたのではないか。そしてそれは、祖先の安倍氏から秘かに伝えられたものではないか。前九年で安倍氏が厨川に滅びる際に、貞任は清衡の母である自分の妹に伝えた。これを妻とした清原氏のもとで成長した清衡は、やがて京に金を贈り奥州での権益を認めさせることに成功する。そして、この柴金鉱はトップシークレットとしてごく内密に嫡男から嫡男へ相伝されてきた。秀衡はみずからの死後、息子達の内紛を憂慮し、跡目は四男の泰衡に譲ると当時に、長男国衡には自分の正妻を嫁がせたとされるが、実は更に、柴金鉱の在りかを三男忠衡に相伝したと考えられないか。だからこそ忠衡は頼朝進攻間近とみて、泰衡と通謀の上で身を隠したのだ。名のある武将なら仮に味方同士の戦で死んでも、その首の所在ははっきりしているはずだが、それが明確でないこともこれを裏付けると言えよう。そして、忠衡の逃亡は、義経追討を名目にした頼朝の真の狙いが、源氏の父祖代々の夢である奥州黄金王国を制覇することにあったからこそなのだ。最後の最後まで平泉は一致団結して、奥州の独立を守ろうとした。だからこそ泰衡も屈辱的な命乞いの手紙まで書いた。もし単純にこんな手紙を書く男なら、なぜ秀衡が後継者に選ぶものか。そして、平泉の人々はひそかに、誇り高く、泰衡の首を丁重に納棺したのではなかったか。----------中津文彦さんの文章を参考にして記した。中津さんは一関のご出身だ。岩手県平泉町のサイト内(私の平泉紀行)に、中津さんの文章がある。■参考 中津文彦『義経はどこへ消えた? 北行説の謎に迫る』1996年、PHP研究所 4-569-55407-5■関連する過去の記事(奥州藤原氏・平泉 関連) 聡明なる藤原第四代泰衡(08年5月19日) 生きよ義経 泰衡と月山神社(08年5月11日) 奥州藤原氏17万騎消滅の謎(08年4月29日) 平泉の優位性を考える(07年11月5日) 発進!平泉を世界へ!(07年9月30日) 骨寺村荘園遺跡(07年2月26日) 都市平泉の予想図(07年1月28日) 平泉への道(06年1月11日) 義経伝説と東北の歴史ロマン(05年12月8日)
2008.05.26
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昨日は小学校の運動会。1時過ぎに帰宅後は、ダウンして泥のように眠っていた。その上夜は普通に9時に寝て、さらに得意の早起きもできずにこの時間という有様で、全くガオッています。さて、今朝の新聞には川岸投手が大きく写真で出ています。昨日も眠りながらも必死に見ていた画像では、終盤のベンチで並ぶドミンゴ、川岸、有銘の笑顔が印象的でした。そう、中継ぎと抑えが安定してきて、頼もしいです。昨日は藤井も良かった。夜の「すぽるたん」には岩隈と藤井が笑顔で登場。そういうわけで、この楽天好調のキーマン達は、背番号が、21(岩隈)、藤井(31)、川岸(51)と皆さん1の位が1であります。さらに、巧走のヒーロー塩川はズバリ背番号1。10N+1(Nは整数)の背番号が、今の楽天を支えている、という仮説です。すると、41(青山)にもこれから調子を上げてもらいましょう。また、61(憲史)。遠慮せずにガンガン長打をかましてくれ。そしてそして... やっぱり11番ですね。
2008.05.25
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ニュースによると、23日午後2時半ころ、須賀川市立第三小学校の前の路上で、翌日校庭で行われる運動会を見る場所を取るため並んでいた児童の保護者や家族などおよそ20人の列に乗用車が突っ込み、ひかれた1人が死亡、他に4人が重軽傷を負って病院で手当て。乗用車を運転していた容疑者(79歳)はその場で逮捕。「孫といっしょに運動会の場所取りに来て、ブレーキとアクセルをまちがえて踏んだ」とのこと。午後3時半から運動会を見る場所にシートを敷くことを許可する予定で、保護者などが校門の前の路上に並んでいた。ということです。学校では24日は運動会を行わないことに。以上が内容ですが、楽しみな運動会を前の、何とも痛ましい事故です。実は今日、我が家も娘2人の小学校の運動会。さきほどシートを貼ってもどりました。6時前に行ったのですが、みなさん校門わきに並んでいる。6時の花火まで入場を自粛しているのです。去年まではそんなことなかったのですが、前夜や早朝からシートを貼るのを避けるということでしょうか。花火の第一声とともにみんな走って校庭に乱入。思わずつられて走りました。家に戻ってからこのニュースを読んだので、相当、印象深いです。
2008.05.24
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NHK山形のニュースを見たら、多賀城二中の生徒147人が、庄内町の農家40軒に宿泊して農業体験するのだそうだ。受け入れる農家の側も大変だと思うが、県境を越えたこのような取り組みは大変おもしろいと思う。生徒さん達も良い体験になると思う。ちょうど今頃は朝ご飯、いや朝の農作業でもしているだろうか。
2008.05.23
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朝出かける時に、あれこんな所に「たなばた」という店があったのか。気づかなかったな、と思いながら通り過ぎようとして、アレ、よく見ると何だ、「はなたば」じゃないか。前からあるお店。仕事で疲れがたまってくると、こういう現象が出てくる。ちなみに、「たなばた」のような並び替えはアナグラムと呼ばれるものだ。もっとも「たなばた」「はなたば」は正確な並び替えではないけれど。松田聖子 → セコい妻だこれは懐かしい。高校時代にはやったな。学生時代のヒマな自分に、友人の名前を並び替えてあげたことがある。当然感謝もされなかったが。ここで披露したいが、個人を特定してしまうので、涙を飲んで控えます。でも、結構面白いのができた。私の往年の名作が披露できないので、それでは、楽天イーグルスの選手の名前で考えましょう。例えばありめかねひさ → アメリカひさね(意味不明)やっぱりダメだ。今から寝るので夢の中で考えます。良いのができれば明日の日記に。
2008.05.22
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今朝のNHKラジオニュースで、秋田の「魚きん」の消費期限切れ刺身の使い回しを報道していた。ラジオなので、ウオキンのキンはどう書くのかなと思っていたが、平仮名だったようだ。 というのは、たまたま見た福島のTVサイトのニュース(HP)で出ていたから。発覚したのは秋田の店だが、福島県内にも「魚きん」は福島市と郡山市に、2店を持つそうで、こちらはいずれも使いまわしの事実はないということです、との報道。この「魚きん」は、東京に本社のある鮮魚販売会社だそうだ。 その秋田のケースだが、秋田市内のデパートの地下食品売り場にある鮮魚販売店で、売れ残った刺身の一部を消費期限の切れた翌日に販売していたもの。当面の間、営業の自粛を決定、と。 消費期限の切れた刺身を販売していたのは、東京の築地市場そばに本社がある鮮魚販売会社「魚きん」の秋田店。去年10月ころから売れ残った刺身を冷蔵庫で保管し週に1、2回程度、翌日も販売していた。これらの行為は店長が独断でやっていた。本来、売れ残った商品は廃棄する決まりですが、秋田店では、店長みずから期限の切れた刺身を色やにおいに異常がないか確認した上で、タイやヒラメなど変色しにくい白身の魚を中心に「4点盛」という盛り合わせの一部として販売していたというもの。また、会社側によると、店長の上司にあたり秋田店など東北の店を統括する営業部長もことし1月に期限の切れた刺身を数回販売したと話している。この「魚きん」は全国に14の店を展開しているが、これまでのところ秋田店以外では期限切れの刺身の販売はなかったということ。 あとから「会社ぐるみ」なんてことにならなければいいが。本社の調査というのも、全国の店舗に電話で聞いた、ということらしいし。 それはともかく、全国に14の店、というから、東北には何店舗あるか気になるところだ。とりあえず、秋田と福島にあるのは、わかったが。首都圏中心に、と報じる局もあるから、東北はこれだけで、仙台や山形にはないのかも知れない。
2008.05.21
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19日に、八戸信用金庫と十和田信用金庫が合併した新しい「八戸信用金庫」が業務を開始した。預金量は東北最大だという。この新「八戸信用金庫」は本店八戸市、三八上北地域を中心に県内に36店舗を構える。合併により預金量は3425億円となり、東北地方に32ある信用金庫で1位の規模、融資量は1643億円で2位になる。地方銀行やゆうちょ銀行との顧客の綱引きなど厳しい環境の中「八戸信用金庫」は合併により体質強化をはかった。今後は県南地域の経済を支える金融機関として期待される。以上は青森放送のニュースからまとめたが、東北の地域金融を考えるとき、信用金庫は欠かせない。信用金庫にも当然ながら再編の波が押し寄せているが、地域における役割は大変重要なものがある。青森県東部では、伝統的に地銀よりも信用金庫が強いのかも知れない。この辺、地銀の根の張り方との関係と、それと今後の再編の展望にも関心がある。杜の都信用金庫はこれで東北第一の座を奪われたが、今後も再編の動きが加速するようだ。もともと東北は経済規模に対して金融機関数が多いのだそうだ。信用金庫というと、城南が思い浮かぶが、東北でも地銀に伍するような巨大信金が続々誕生するのだろうか。ちょっと勉強してみたいところだ。■関連する過去の記事 東北の地銀再編か 強気の山形銀、七七銀(続)(08年5月16日) 荘内銀行と北都銀行の経営統合(続)(08年5月14日) 荘内銀行と北都銀行の経営統合(08年5月13日) きらやか銀行の誕生を考える(07年5月3日) 荘内銀行の戦略?(06年4月25日) 地方金融市場と山形県の産業集積を考える(06年4月11日)
2008.05.20
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藤原三代を嗣ぐ泰衡は、義経を裏切り栄華を破滅に導いた暗愚の当主とされてきた。間違いなく四代なのに、藤原四代と呼ぶ人はない。しかし果たして泰衡は卑怯で弱虫で侮蔑されるべき人物だったのか。義経は本当に平泉で討たれたのか。三好京三さんの『生きよ義経』は、誇り高き奥州独立王国の御曹司として立派に自分を貫いた泰衡の姿、そしてその庇護を受けて生き延びた義経を、生き生きと描いた。平家を壇ノ浦に滅ぼした後、鎌倉から追われる義経は平泉を頼った。当主秀衡はじめ藤原一族はこれをこぞって歓迎した。年も近く青年期をともに過ごした嫡子泰衡も同じはずだった。文治3年(1187年)のこととされている。そして義経は、藤原基成の住む衣河館にかくまわれる。この基成の館は政庁平泉館の北方1kmの高館にあったとされてきたが、今ではさらに離れた現奥州市(衣川区)にあったと考えられている。秀衡は鎌倉からの催促を跳ね返してきたが、この実力者がこの年10月に没すると、頼朝も本腰をあげた。宣旨を下させ、基成と泰衡を脅す。しかし泰衡は、秀衡と同様に、これを無視するのだった。一般には泰衡は弱虫で頼朝の脅しに震え上がったと考えられている。しかし宣旨を無視したのは秀衡同様に豪胆で冷静だったからとも言えないか。頼朝の脅しは強まり、ついに文治4年12月には義経追討の宣旨が下る。平泉側は宣旨と院宣が届くたび協議をしたはずだが、ここで平泉の弱点は秀衡の子達が兄弟仲が悪いことだった。無視するか受け入れるか、議論の末に四代の御館泰衡がまさに冷静に断を下した。しかし、親義経派と反義経派に兄弟間が分かれていく。落魄の義経を迎えて2年が過ぎ、泰衡の腹は固まった。わが命より領民と平泉の文化が大事。もとより義経公の命はさらに大事。泰衡とて武芸にひけをとらないが、彼我多くの死者を出す戦争は避けたい。最早世の動きは見えた。頼朝が来るなら無血入城させ、平泉の領民と文物を守りたい。これが危急を前に色めく兄弟たちには通じなかった。ならば成り行きにまかせるのみ。私が死ねばよいこと。こんな泰衡に業を煮やした兄弟達が暴走を始める。年が明けた文治5年閏4月、泰衡(?)は衣河の館に義経を襲ったとされるが、反義経派の国衡あたりか。となると泰衡は愚鈍な兄の所業と我が身の至らなさを恥じる。さらに泰衡(?)は義経の首を鎌倉におくり、新義経派の忠衡、頼衡までも殺したとされる。全ては頼朝の思うつぼだ。泰衡が、このようにむざむざ平泉の力を弱めることをするものか。ついには7月、宣旨を待たずに頼朝は平泉追討を決め出発する。阿津賀志山の大将は国衡で泰衡は後方にいる。敗戦の報をうけると泰衡は逃げ出し、さらに頼朝に命乞いをした、と吾妻鏡は記す。そんなはずはない。泰衡は自分が死ねば戦いを避けられるという考えだ。泰衡に反抗して鎌倉のご機嫌を伺い、それでも攻められて戦ったのは国衡だ。戦わずに逃げたとすれば高衡か通衡か。いずれにしても愚かしい手紙を書くはずがない。これは勝者の創作としか言いようがない。戦わぬ泰衡は、平泉館が炎上する様を、月山の中腹から見ていた。平泉で自刃しなかったのは、思いがけず義経生存の報を伝える者があり、幼い嫡子万寿を生き延びさせたい女達の懇願を不憫と思ったからだ。泰衡は月山に妻と万寿を残し、義経主従がたどった報に従って北上する。比内で泰衡は義経が生きて津軽を目ざしたことを知る。9月3日、苦渋が晴れた泰衡は河田邸で従容として自刃する。この首がとどけば戦が止む、と。河田次郎は恩賞を欲したか、自分が討ったと申し出たが、頼朝は逆に主人殺しの不忠を責めて次郎を斬罪に処す。月山神社の奥の院が、泰衡の妻が聡明だった夫を秘かにまつった社だ、と地元は伝える。■参考『改訂新版 日本史の謎 闇に隠された歴史の真実を暴く』世界文化社、2005年(4-418-04172-9)■関連する過去の記事(奥州藤原氏・平泉 関連) 生きよ義経 泰衡と月山神社(08年5月11日) 奥州藤原氏17万騎消滅の謎(08年4月29日) 平泉の優位性を考える(07年11月5日) 発進!平泉を世界へ!(07年9月30日) 骨寺村荘園遺跡(07年2月26日) 都市平泉の予想図(07年1月28日) 平泉への道(06年1月11日) 義経伝説と東北の歴史ロマン(05年12月8日)
2008.05.19
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お陰で編集長の休日の仕事も増えました。田植えを終えた田園地帯を、さわやかにわたる朝の風。気温が高くなるのでしょうか、もやが立ちこめる中を、今日もわが宮城を盛り上げようと県北部を疾走してまいりました。前回に引き続き、自分の見聞も広めようと鹿島台(大崎市)で1カ所立ち寄りました。道路地図に記してある「竹谷の町並み」。書かれている場所がちょっと違うのですが、鳴瀬川の西岸一帯に、堀を中央に配する直線道路を中心に南北に延びた集落。鹿島台から美里町(南郷)、石巻市方面を結ぶ木間塚橋に近い。橋に至る県道が堤防の高さに達するよう高架されているので、その直交オーバーパスする県道を見上げるように、佇んでいるのが竹谷の集落なのです。仙台藩の大身侍、茂庭氏の家中が集住した町並み。現在、住宅の多くはすでに改築・新築されているが、中には茅葺民家の姿も見られ、道路の中央には用水路(堀割)が敷かれ、旧集落・旧町並みが依然としてそのかたちを残している、ということです。前回も思ったが、旧佐沼街道とはどういうルートだったのだろう。現在の鹿島台駅の東口から国道346を斜めに横切るように伸びる道路がそれだっただろうか。東北本線と、それをオーバーパスしてカギ型に進む国道346号によって、昔の街道筋が分断されているのだと思われます。とすると、この竹谷の武家屋敷はそれからは外れていると思うのですが。わざわざ川土手沿いに、堀を引き込んで町を作ったということでしょうか。写真は集落の北端と南端から、それぞれ撮影しました。中央の掘り割りをあえて暗渠にしないで残しています。風情があります。■関連する過去の日記 エリアスタディ鹿島台駅東口(08年5月5日)
2008.05.18
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左右対称の名前は運勢が非常に良いと昔聞いたことがあります。例えば、田中美里さん。本当は漢字は筆で書くから対称ではないのでしょうが、ゴシック体で考えればいいでしょう。とすると、わがイーグルスでは...谷中真二、益田大介。現在の選手だとズバリは居ないのですが、近いのが山本大明。苗字だけなら、田中、林、青山、川井、木谷、小山、中谷、吉岡、森谷。ついでに名前だけなら、文一(高波)、真人(中村)。そうです。今日ライオンズに連勝するには、青山と小山が活躍して、先発ドミンゴとの完封リレー、と行きましょう!
2008.05.17
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今夜は気持ちの良い勝利。エース岩隈のハーラートップに打線好調。苦手ライオンズを見事攻略。有銘と小山の好調も、岩隈の働きが引き出した。これがチーム力。ライオンズを3連破して、貯金生活に戻りたい。明日は、え~と相手が帆足だから、山下が出るかも。そうあの「秘策」... それは名付けてドミちゃんウメさん作戦です。ドミンゴの安定感あふれる完封劇と、ウメさんの見事な決勝打で、連勝をもぎとるという作戦。Kスタで、また聞きましょう、あの伝説の(?)ヒーローインタビュー。ワタシ、ドミちゃん、ヨロシクね。ワタシ、ウメさん、よろしくネ。この2人がセットでヒーローに選ばれたら、絶対これをやって欲しい。その確率は...ドミンゴの完封確率30% × ウメさんの決勝打確率20% = 6%いや、絶対間違いない。頼むぞドミちゃん。そして、本当に絵になる良い男ウメさん。明日で人生3度目のお立ち台を!
2008.05.16
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荘内銀の北都銀との経営統合が正式に発表されたところだが、15日には山形銀行の今年3月期決算が発表され、県内の地銀3行で唯一増収増益。山形銀行は経常収益が前年同期と比べて12・8%増、経常利益が2・4%増となり、連続の増収増益。一方、荘内銀行は前年同期比で減収減益となったほか、来週、決算を発表する予定のきらやかホールディングスは経常利益と当期純利益の赤字を予想。山形銀行では資金運用収益の増加や、株式関係損益が減少したことなどが、増収増益の要因としている。また、荘内銀行と北都銀行の資本提携に関連し、山形銀行の長谷川頭取は、「今年秋に、仙台市内に新たに中核店舗を配置するなど、今後も単独・自力で攻めの経営を行いたい」と強調した。(以上テレビユー山形ニュース、山形新聞記事などから)東北の各地銀も生き残りをかけて、今回の広域提携を1つのモデルとして注目している。東北は経済規模に対して金融機関が多いオーバーバンキング状態だ、などとする河北の解説記事もあった。ところで、岩手県にも3つの銀行が本店を置くが、3月期の決算が出揃い、岩手銀行と北日本銀行が増収減益、東北銀行が増収増益と分かれた。(NHKニュースから。以下も)岩手銀は、経常収益が536億2500万円で、株式売却益で前年より65億8200万円増えた。経常利益は、100億1700万円で、アメリカのサブプライムローンに関連する資産が目減りした影響などで、前の年より2億1100万円減った。北日本銀は、住宅ローンの貸し出しが好調だったことなどから経常収益は272億9300万円と、前の年に比べて1億2800万円増えた。一方、経常利益は新しいコンピューターシステムの導入費用などから、21億3500万円と、前年に比べ28億8800万円減った。東北銀行は中小企業を中心に貸出金がのび、利息収入が増えたことなどから「経常収益」が157億2400万円と前の年に比べて3億2900万円増加。また、「経常利益」も不良債権処理の減少や経費節減が進んだことなどから、前の年より1億2700万円増えて16億2300万円となり、増収増益。そのほか、七十七銀行の3月期決算は3年連続の増収増益。荘内と北都の統合については、鎌田頭取が、「東北地方の金融システムの安定化につながることで評価したい。ただ七十七銀行は、ほかの銀行との統合などは考えていない」と余裕のコメント。福島、大東は減益。東邦銀行は減収減益。たしかに金融機関の数は多いのかも。東北の銀行の再編は進むのか。バンカーから知事に華麗な転身の齋藤知事のコメントをみてみた(同氏のサイトの14日日記)。----------私自身、かねてより提唱してきた「広域経済圏の形成」の象徴的出来事だ。すなわち、行財政区分たる「県境」という概念が、いよいよ、意味を持たなくなってきた。北都銀行が発行する優先株を荘内銀行が80億円を限度に引受ける。こうしたことを通じて、経営基盤の強化や接経費の節減などが期待される。しかし、デューデリは今後だが、その作業を通じて両行はどう判断するか?システム統合はうまくいくだろうか?従業員(組合員)からは理解が得られるさろうか?心配事は尽きない。が、そこは、脱・悲観論で ── ----------なんだか専門用語も混じって、さすがは齋藤知事。この意味は... ハイ、編集長今から勉強します。 ■関連する過去の記事 荘内銀行と北都銀行の経営統合(続)(08年5月14日) 荘内銀行と北都銀行の経営統合(08年5月13日) きらやか銀行の誕生を考える(07年5月3日) 荘内銀行の戦略?(06年4月25日) 地方金融市場と山形県の産業集積を考える(06年4月11日)
2008.05.16
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昨日はNHKのニュースが早かったのだろうか。山形新聞のサイトには昼過ぎの時刻で出ていた。NHKよりは詳しく解説されています。----------両行は、みちのく銀、東北銀を含めた4行で、06年から債権流動化業務や協調融資などに取り組んできた実績がある。企業の資金需要が低迷する中、荘内銀行は投資信託販売など個人向け市場にいち早く切り込むとともに、仙台市場にも攻勢を掛け、独自のビジネスモデルを構築、実績を挙げてきた。一方、県内では昨年5月、殖産、山形しあわせ両銀行が合併し、きらやか銀行が誕生。資金量の面では県内地銀で「4行中の2番目」から「3行中の3番目」となっていた。ゆうちょ銀行の誕生などもあり、規模拡大による経営基盤の強化が課題になっていた。荘内銀は99年末に旧殖産銀との合併を発表したが、翌年に破談になった経緯も。今回の経営統合に向けた協議について「現時点では正式に決定していない」とのこと。----------さきがけ新聞のサイトでも昼過ぎの時刻で出ており、14日の取締役会で方針を固めるとのこと。銀行名は残す方針なども報じられています。荘内日報のサイトでも14日の紙面として報じています。預金量の合計は約1兆8000億円に達し、東北の地銀では6番目の規模になる、と。ところで荘内銀行さんのHPにコメントが出ていて(13日)、報道の件は正式に決定されておりません、とだけ。否定も肯定もしないが、コメントだけはちゃんとしている。なるほど、これが一流企業の広報というものか、と妙に感心しております。北都銀行のHPでは、「決定された事実はございません」と。■関連する過去の記事 荘内銀行と北都銀行の経営統合(08年5月13日) きらやか銀行の誕生を考える(07年5月3日) 荘内銀行の戦略?(06年4月25日) 地方金融市場と山形県の産業集積を考える(06年4月11日)
2008.05.14
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東北に新たな広域的金融グループの登場。荘内銀行(鶴岡市)と北都銀行(秋田市)は、およそ2年後をめどに持ち株会社を設立して経営を統合するため詰めの協議に入り、近く正式決定するという。(NHKニュースから)地方金融事情と銀行再編の動きについては以前にも記したが、きらやか銀の登場で県内第3位となった荘内の広域戦略だろうか。■関連する過去の記事 きらやか銀行の誕生を考える(07年5月3日) 地方金融市場と山形県の産業集積を考える(06年4月11日)
2008.05.13
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福島民友の記事にあった。福島県は庁内の連絡会議を設けて、制度が施行されたふるさと納税の促進をするそうだ。市町村との連携も含めて。この制度、個人の住民税の控除となるのだが、寄附先の市町村は潤い住所地の市町村は控除される(税収減)となる一方で、都道府県レベルでみると、住所地の都道府県も控除(税収減)となる。かりに同一県内でふるさと納税が行われると、県は減収となる。もっとも、寄附先は市町村のみならず都道府県でも良いから、県としては寄附先を県としてもらえれば確実に収入増(寄附金)にはなる。というわけで、県内県外の市町村と都道府県を交えたゼロサムのゲーム理論状況だ。各プレーヤーがどのように宣伝するか、出方が難しい。ところで、この記事で興味をもったのは、福島県に本籍がある県外在住者は約60万人と、東北六県の中で最も多い、ということ。プレーヤーたる県としては、県外在住者をターゲットにしているという意味だろうか。それにしてもよく調べたものだと思う。福島は60万人なら、宮城や山形はどうなのだろう。そして、県外の内訳はどうなのだろう。そもそも、「本籍置県の県外在住者」の数は何に依存するだろうか。その県の人口が基礎となるだろうが、首都圏への距離を加味した、重回帰モデルか。47都道府県のデータがあれば解析してみたい。■関連する過去の記事 ふるさと納税を批判する(07年5月17日)
2008.05.12
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最近どうしても行きたい神社があった。先日岩手に出かけた際に、やっと立ち寄ってきた。奥州市の月山神社だ。藤原泰衡は、月山近くの隠れ家に妻と幼い嫡子の万寿を残し、平泉で義経生存の報を受けて、義経の北上した道を追い、秋田の河田次郎邸で自決した。三好京三さんの『生きよ義経』が描く義経と泰衡だ。義経の首は身代わりだ。束稲山の中腹にある月山神社は、泰衡の妻が聡明だった夫をまつった社だ、という。月山からは平野を蛇行する北上川が見える。その先が平泉だ。三好さんの義経については、改めて書きたい。(▼月山神社から望む北上川)
2008.05.11
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小牛田駅は何度も通過し、また乗り換えもしているが、駅前の風景は今まで全く知らなかった。電車で通ってはいても、町としての小牛田駅前は知らないのだ。昨夜は小牛田(美里町)を通る帰り道に、駅前で車を停めて歩いてみた。交通の要衝の町と言われるだけあって、駅前は道路が整備され、常夜灯も明るく、店構えも古くない。少し脇にはいると、飲食店も集中している。知人にも何人かいる。特に小牛田や遠田にゆかりはないが家を小牛田に建てた。便利だから。なるほどそうだ。仙台に通勤も軽快。宮城県北部のスコープなら、海に行くにも山に行くにもすぐ行ける。人通りもほとんどない。車も渋滞するでもない。静かだ。ただ、淋しさは感じない。いまの瞬間は静かでも、確実に人の往来があるまちだ、とわかる。駅前には家族を待つのだろう、自家用車が多数待っていた。金曜の夜とあってかタクシーも多数待機している。まもなく電車が入ります。駅のホームのアナウンスが聞こえてきた。田植えを終えた初夏の田園地帯は、蛙の声も聞こえる夜に包まれている。その中にストローで吸い込まれるように、明るく光る電車がすべり込んでくるのだ。
2008.05.10
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かりそめにも人に振る舞うとあらば、料理第一と心得よ。『命期集』河合敦『完全制覇戦国時代』(1998年、立風書房 4-651-75203-9)の中に「戦国武将の名言に学ぶ処世術」なる章があり20人ほどの武将の名言と解説がある。伊達政宗の名言としてこれが紹介されていた。解説として、客をもてなすのに料理に最大限の気配りをせよ。意識していないとしても人間は美味いものを食べたいという生理的欲求があり、これが満たされれば非常なる満足を得る。高級料亭や銀座のクラブで取引が成立するのも生理的欲求が最高に充足される場だからだ、とある。なるほどとは思うが、ケチケチ精神の小さき人間である私にはマブシイ言葉。コンビニの前でベンチに座って缶酎ハイ飲んでいる私ですから。
2008.05.09
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未明に何度も微動を感じては目を覚ました。スワ宮城県沖地震か。大揺れが来るか、子ども達とこの家は大丈夫か、などとソワソワしながら。最近茨城沖あたりを震源に続発しているようだ。原因はわかっています。連休中に考えたことがある。私の人生後半のテーマ(?)をShake It ! 打ち破れ既存体制!揺さぶれわが人生!と設定しようか、と考えていたところです。(何のコッチャ)そのため、近海プレートも揺れだしたのでしょう... そんなハズないか。くだらないことを考えていて、微動に右往左往。単に私が揺さぶられているダケなのでした。
2008.05.08
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今日は仕事の後Kスタに寄ろうかとも思っていたが、序盤に一場が失点を許して早々に朝井にマウンドを譲ったようだから、普通に仕事していた。帰り道ラジオを聞いていたら、ぬぁんとチャンスを作って、同点に追いついた。素晴らしい。もう8時過ぎだが、Kスタに行こうかどうしようか。いっそのこと大量点を取ってくれれば吹っ切れて帰宅するが、同点のママだと行きたくなる、ああ迷わせないでくれ... などと思って仙台駅前でラジオ聴いていたら(構内に入ると電波入らないので)、怒濤の連打で大逆テ~ン。これだね。イーグルスの粘りが復活。でもこんな大逆転野球はそうそう続かない。本当は先発がきっちり試合作ってチャンスに得点できる安心の王道野球が続いて欲しいのだが、先発が崩れ続けた最近のイーグルスには、価値と意義のある大逆転野球だ。打線の勝利だが、朝井にも大きな1勝。これで4勝目は素晴らしい。前回は嫌な降板だったが、本人にとっても復活のしるしになりそう。そして、一場、だ。朝井も昨年まではこんな場面が少なくなかった。でも、朝井は昨季で何かをつかんだ。私はプロ野球の技量や戦術をあれこれ論評する力はないのだけれど、朝井は先発投手としてやっていける自信というものを昨季身につけたように思う。一場の今日の先発は、ああ今日もオレはダメなのかと思って登板して、案の定独り相撲したのではないだろうか。我々イーグルスファンは、一場の予告先発に期待と心配を抱いた。今度こそ立ち直るキッカケになれば、という期待。また負けグセつけなければいいが、との心配。二軍でみっちり自信をつけさせるべき、との声も多い。二軍では長い回をキッチリ抑えている。一軍の相手バッターだからといって2回と持たないのは、一軍と二軍のバッターの打率と技術の差に理由があるのではない。やっぱり一場投手自身の問題だ。オレはこれだけのものだ、これだけの自分を、その限りで最大限発揮するだけだ、と自分を信じて欲しい。そしてその信じている「自分」は、客観的には既に4勝した朝井投手より低いレベルではないはずなのだ。イーグルス初年度には、大学の中途退部もあって練習できないでいたのに、チーム事情から先発を強いて連敗させるなど、苦労をかけた。2年度目には岩隈の不調もあり柱を期待した。不運な面があった。今日の先発も、有る意味では首脳陣の温情かも知れない。ああ宝の一場投手をなんとか自信をもたせてやれるキッカケはないか。まずは二軍、でしょうか。初年度の先発連敗時、オレは勝ちに見放されたと思いこんでいた時には、小野コーチの勧めでたくさんのファンにサインをして心の支えにした、と聞きます。05年9月のフルスタの感動の初勝利。その場に居合わせた私としても、一場には頑張って欲しい。ダメだと思うとダメなものです。実は自分にも重ね合わせてしまうのですが、自信をもって自分を信じよう。自分以上の力はしょせん出ないのです。結果は自分で左右できないこと。やれることを精一杯やって、結果や評価はやるべき人がどうぞ。人事を尽くして天命を待つ。自分がダメなら、そんな自分を使った側の責任サ、というくらいの剛気で。私は最近そういう気持ちで仕事に臨んでいます。一場投手がのびのびと自分を発揮できる時、そんな時を待っているのです。■関連する過去の記事 頑張れ一場!(08年4月20日) 野球応援子供達も大喜び 楽天快勝 一場おめでとう(05年9月3日)
2008.05.07
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連休中の食卓に出ました。話題性のある食材に弱い祖母が買ってきたようで。結構うまかった。みやざきブランドの地頭鶏とまでは書いてないから違うのでしょうが、知事のイラストがあるから、県公認の地場産品は間違いないでしょう。そう言えば東国原知事も、仙台の大型店で宮崎と宮城を「みや」繋がりで盛り立てよう、とか言ったそうですが、結構PRは上手いと思います。全国の都道府県で一番場所を知られていないなどと言う報道もありましたが、あれは回答者が地域的に偏っていたからでしょう。西日本の人にとっては宮城、仙台、盛岡などが混在するそうです。(東北の人が島根と鳥取の位置関係を迷ったり、高松と松江を取り違えたりするようなものでしょうか。)宮崎は良い所です。一度だけ行きました。宮崎や九州の人にももっと仙台・東北を知り、訪れてもらえるよう、東国原知事の提案を受けて?何かPRを考えられないものか。
2008.05.07
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先日のこと。仙台空港アクセス線美田園駅そばに堂々オープンした「だてもん市場」を訪れました(3日昼ころ)。報道通りのたくさんの人たち。中には飛行機で帰国する前に訪れたのでしょうかアジアの人たちも結構多くいました。一回りして試食するだけでも楽しいもの。空の玄関から仙台に入る人にとって魅力ある食の拠点となれば良いと思いますし、鉄道駅至近なので何か面白い仕掛けができないか、と思いを巡らしながら、せっかく国際色豊かなので、家族で韓国料理をいただきました。ところで関係ないのですが、「一場」さんの方も、自信を持って頑張って欲しいです。
2008.05.06
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暖かく穏やかなこどもの日の朝。霧雨がしっとりと初夏の青葉を包み込む。県北部某町の仕事の帰り道、ふと思い立って朝の鹿島台駅(大崎市)の裏側に立ち寄ってみた。普段通る国道筋は、失礼ながら典型的なシャッター通りだ。現在の国道346号は、東北本線の西側を通り、南方から来るとすると、町中心部で駅のやや北側で直角に折れて東北本線を跨ぎ、再び北に向かって涌谷町・登米市方向へ抜ける。バイパスの計画もあるから、この駅西側は一層さびれるのだろう。しかし、駅東は、普段は立ち寄ることもない。どんなところなのだろう。歩行者専用の踏切ぐらいはあるのだろうか。思い切って立ち寄ってみた。駅東には新し目のアパートや歯科医院、コンビニなどがあって、ちょっとした都市近郊の駅前、という雰囲気。人の背丈ギリギリくらいの歩行者用通路が線路の下をくぐって線路西に通じている。私も車を降りて通ってみた。線路が駅構内で複々線になっている為だろう、結構長いトンネルで20メートルくらいはあるだろうか。何台かの車が来てこのトンネルの前で誰かを降ろして、引き返していった。また、近くの家やアパートからなのだろう、歩いてトンネルに吸い込まれる人たちも結構いた。まもなく仙台行きの電車か。ここに住んだらどんなだろう、と想像してみた。近くには新規分譲の看板もあった。朝8時05分の電車に乗ると、仙台駅に8時43分に到着。片道570円、定期は1か月17,000円。もっと早く仕事したいなら、始発は5時20分で5時56分に仙台駅。朝は7時台8時台いずれも3本づつある。終電は仙台駅発23時20分(小牛田行き)で、鹿島台駅には24時03分。これだけあれば十分だろう。この「東口」の月極駐車場は月額3,500円と看板に書いてあった。ちなみに、このあと「西口」の鹿島台駅周辺に回ってみたら、月額4千円から5千円くらいだった。美里町や石巻市あたりから、鹿島台駅を利用して仙台に通勤する人も多いと聞く。画像はその「東口」の歩行者通路(トンネル)。右手に入り口。画像左手が駅のホームです。
2008.05.05
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GWまっただ中の4日の朝は、わずかな霧雨が降りるものの、風もなく暖かい穏やかな天気。青葉山の東北大学植物園に家族で出かけてきた。入場無料で、管楽器の演奏などもあるということで。私自身は実に20数年ぶりだ。いつの間にか新しい建物が本館で入口になっていた。残月亭跡からやや登ると、最上古街道跡だ。新しく設置されたらしい看板には次のように説明されていた。そのまま記す。----------享保8年(1723)の古地誌「仙台萩」には、当時仙台城の虎ノ門の辺りから植物園の正門付近を経て、愛子方面に通じる最上古街道があったと記されている。蒙古の碑はその沿道に建てられたもので、道しるべ石であったとも言われている。また、残月亭跡の付近に、後で北山に移された青葉山寂光寺があって、蒙古の碑はその門前にあったとも言われているが、その辺りの痕跡ははっきりしない。植物園では、この尾根道が最上古街道に相当するものと判断し、この道に最上街道と名づけ、当時の街道の名を残している。----------新緑が爽やかな季節。仙台は一番美しい季節ではないだろうか。南門の広場でお昼を食べ、園内を一周して戻った。行き帰りのバスも、子どもと一緒で楽しかった。■東北大学植物園サイトの説明 園内に残る史跡■関連する過去の日記(仙台城と裏道) ○仙台城と最上古街道(07年11月14日) ○城砦システムとしての仙台城(07年5月29日) ○大梅寺(07年5月21日) ○仙台城秘密の抜け道の話(07年5月20日) ○青葉城の概要と略史(06年7月1日) ○仙台城を考える(06年6月28日)■関連する過去の日記(高倉淳先生関連) ○加美・中羽前街道を思う(06年04月12日)
2008.05.04
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昨日(3日)は名取市閖上のサイクルスポーツセンターで、サイクリング。午前9時過ぎに訪れた時はまだ駐車場も10台くらいでしたが、お昼前にはかなりの人出でした。天気も良く、健康にも良いと言うことで、たまにはサイクリングも良いもの。おもしろ自転車コーナーで、下の子が気に入った2人乗り自転車に何度も乗らされて、脚に苦痛が走りました。
2008.05.04
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東北となじみの深いお隣さんの栃木県の話題。(こういうと栃木の人は嫌がる?)栃木県では、統計データを活用して埋もれた魅力や県民性をPRする「統計から見たとちぎ再発見」をHPで公開している。読んでいて結構おもしろい。まさにタイトルの通りで、風土や県民性を再発見、という感じで楽しく見た。いくつかピックアップすると、■気候○気温の年較差 全国6位○日照時間月別平年値(12月~2月) 3位○降水量月別平年値(12月~2月) 46位○雷日数の月別平年値(6月~8月) 1位内陸県のため気温の寒暖差が大きい。男体おろしのため、冬も快晴が多く、日照時間が多く降水量が少ない。また、栃木といえば雷が有名。年間では冬季の雷が多い日本海側に上位を譲るものの、夏に限っては全国1位。■自然○国立公園面積 4位○緑の少年団員数 2位○自然公園指導員数 4位■県民所得○全国15位とそれほど目立っていませんが、1人あたりにすると全国6位。しかも近年は連続して10位以内を維持しています。ウ~ン、宮城県にとっては何ともうらやましい記述!! 製造業の労働生産性が高いためと分析されています。■就業者○就業率60.0%は全国7位。特に製造業就業者比率が高い。○なお、就業率第1位は静岡県、次いで愛知県、長野県、福井県、富山県、石川県と続く。■製造業(医療の現場はとちぎブランド!)○医療用X線装置の出荷額は栃木県が第1位で、シェア58%をしめる。また、医療・衛生用ゴム製品、歯科機械も全国1位。医薬品製剤は第6位。■くらし○住宅あたり敷地面積 第2位○世帯あたり自家用車保有台数 第8位○世帯あたり平均消費支出 自動車整備費 1位 ガソリン代 4位 移動電話通信料 1位、携帯電話普及率 2位 ペットフード代(教養娯楽用品代のうち) 1位 遊園地入場・乗り物代 1位 ピアノ普及率 1位 ゴルフ用品普及率 1位○キリスト教式の挙式割合 3位この辺はとてもおもしろい。ピアノやゴルフが第1位とは。文武両道ですね!遊園地入場・乗り物代で連想するのは、我が家でも訪れた那須ハイランド。子ども達がまだ就学前で懐かしい思い出です。
2008.05.03
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登米市のクーポンマガジン「まちナビ」を見ると、登米市出身の俳優木村昇さんが載っていた。29歳で石原プロ所属だそうで、私は知らなかったが、旧中田町浅水の出身、佐沼高校、日大でボートをやったのだそうだ。小学校時代の先生の言葉で芸能界を決意したという。故郷を大事にする心を忘れずに、大きく飛躍を期待します。そして、地元出身の木村さんを特集した「まちナビ」には、やはり登米市出身の歌手(シンガーソングライター)の美菜さんも。07年メジャーデビュー。中学まで佐沼で暮らしたのだそうだ。これまた私は知らないのだが、美菜さんは2月に迫養護学校で生徒とライブを楽しんだり、地元大型店でホームタウンライブ。地元を大事にして、大きく羽ばたいて下さい。このフリーペーパーを私は過日行楽の道すがら立ち寄った店で手にした(その日の日記)。米谷のA店。実は行きも帰りも立ち寄った。缶コーヒー2本で115円とオトクだったので。発行部数2万部。07年夏の創刊のようだが、これからも、地元を盛り上げて行って欲しい。
2008.05.02
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