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岩山漆芸美術館が11月末で閉館する。NHKニュースで報じていた。館長で漆芸家のチョン・ヨンボク(全龍福)さんが記者会見して明らかにした。岩山漆芸美術館は平成16年5月にオープン。4年あまりで4万9000人あまりが来場した。浄法寺漆を使い、高級腕時計やエレキギターなど話題も呼んだ。しかし経営的に難しさがあったのだそうだ。今後は、2年以内に高級時計や漆を使った楽器を紹介する新しい美術館として、盛岡市の支援を求めて再生したいとのことだ。■関連する過去の記事 盛岡の漆芸美術館(08年9月7日)
2008.10.31
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去る日曜日(26日)の白石市長は接戦と伝えられ、あるいは現職が負けるのではないかと思っていたが、現職が二選を果たした。ところで、今回の投票では「白票」が全体の1.3%に相当する288票にも上ったという。毎日新聞(28日)によると、「電子投票機の操作を途中で終了した者」が288票。モニター画面には候補者氏名のほかに、「投票しないで終了する」の選択肢があり、これが白票に該当するのだそうだ。電子投票は全国で18回実施されているが、白石市もこれに取り組む先進自治体だが、04年11月の四日市市の市議補選では投票者総数の14%にも当たる13千票が途中終了を選択。今年2月の京都市長選挙でも突出した「途中終了」が議会で取り上げられた。白石では、前回04年も224票(1.2%)が生じた。市選管は、制度が浸透して誰も選びたくないときに「終了」を選択できることが周知されてきた可能性があると見ている。総務省選挙部では、「途中終了」は誰にも投票したくない意思を尊重して設けた選択肢だが、投票行動を左右する恐れがあるため積極的に広報はしないという。従来の選挙では、(1)候補者でない人物名、(2)読み取れない、(3)白票、はいずれも「無効票」と扱われたが、電子投票では(1)(2)は皆無となり、判読の時間も短縮される。しかし、このような新たな「白票」増加を招くような素地がある、とも言えそうだ。広島市のサイトに電子投票のQ&Aがあって、次のように書いてある。----------【問9】白票を投じることができるのですか。【答9】電磁記録投票法では、電子投票機に白紙投票の表示をすることは認められていませんが、候補者を選択しないまま操作を途中で終了させることは認められています。このため、結果として、投票用紙による投票と同様に、いずれの候補者にも投票しないという意思を表すことは可能です。【問10】電子投票で棄権をすることができるのですか。【答10】投票所に来られた方が「棄権」しようとする場合は、投票カードを受け取らないか、投票カードを受け取った後でも電子投票機を操作する前に、「棄権」する旨を投票所の係員に伝えて、投票カードを返却していただくことになります。なお、電子投票機の操作を開始した場合は、候補者を選択して操作を終了するか、あるいは、いずれの候補者も選択しないで操作を終了していただくことになります。この場合は、「棄権」の取扱いとはなりません。----------なるほど、法制上は白紙投票や棄権は認められない建前だが、それは従来のペーパー投票でもそうなのだろう。ただし、事実上白紙投票の存在は認知されており(時に白紙投票の自由や権利が言われたり、さらには白紙投票や棄権の運動もあったりする)、事実上白紙投票と同様の選択を可能にしてやっている、ということか。白票や棄権をどう考えるかは、憲法論的に言えば、選挙を公務と見るか権利とみるかの基本的姿勢にもよるのだろう。また、より実務的には、白票も投票率をあげる効果はあるのだろう。政治的な側面、あるいは社会学的な側面で考えれば、どうなのだろうか。
2008.10.30
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最近帰りが遅いが、深夜に車で走っていると、最近は随分パトカーが多いように思う。気のせいだとは思うが、今日も、帰りに3台は見た。うち1台は事故処理。コーンを多数並べて車線を独占し、明々と昼間のように照らしているほど、大がかりな事故処理だった。深夜の運転は疲れている割には、歩行者もなく走りやすい。こんな時間は、私は制限速度を越えずゆっくり走るのが常だが、たまにスピード出して追い抜く車がある。こんな夜中に急いでどうするのか。赤信号で停まって、大きな交差点なら2分くらいはジッとする。周りに車がないから、焦りもイライラもない。マイペース。たまにアイドリングを止めてみる。もう2時か。そろそろ寝ます。
2008.10.29
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さて、ここはどこでしょう。仙台市内の秋の情景。ヒントを申しますと、ズバリ大学です。正解は宮城大学の太白キャンパス。食産業学部です。やわらかい秋の陽を受けて柿の実が、真新しい建物を背にして、秋だよと言わんばかりに。
2008.10.28
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産経新聞の県内版(19日)によると、三陸のアワビ漁解禁(来月)を前に、暴力団が暗躍する密漁の横行に手を焼いているという。三陸のアワビは最高級品。宮城県漁協だけでも年間15億円以上の取扱高。稚貝を放流し、猟期や時間を制限して、資源を守っている。密猟者は夜間に潜水し、夜行性のアワビを取り尽くす。宮城県内だけでも年間20億円以上の被害。それだけ密猟者の利益も大きいわけで、いまや覚醒剤と並ぶ資金源だそうだ。宮城県警も、海上保安庁や漁協と連携して密漁摘発に力を入れており、石巻署は今年1月に暴力団員を含む密猟者8人を県漁業調整規則違反で逮捕。もっとも、これも氷山の一角なのだそうだ。組織的密漁は、実行役、販売役、監視役などを分担し、大型トラックにボートを積んで乗り込み、密漁後ボートを積んで逃げる手口もあるという。漁協の監視活動には威嚇や嫌がらせもする。以上、ずいぶんひどいものだと思う。ところで、密漁の報道では、県漁業調整規則違反とよく聞くのだが、刑法犯にはならないのか。また、条例ですらない県規則という法源で何故に罰則実体法規が規定されているのだろうか。漁業調整規則は、存在形式は地方自治法に基づき県知事の制定する規則である(同法15条1項)。当然ながら、規則は刑罰実体法規の役割を担えるものではないが(罪刑法定主義。憲法31条、地方自治法14条3項参照)、規則で刑罰ではない「過料」ならば科することはできる(地方自治法15条2項)。ところが、宮城県漁業調整規則をみると、第6章(罰則)として、例えば第60条に、(違法操業等は)「六月以下の懲役若しくは十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と堂々記されている。現に警察が動いているように、立派な刑罰を定めているものだ。何故か。これは、漁業法65条3項の存在が根拠だ。同条第1項は、知事が取締や調整の目的で特定の漁業を禁止したり許可制とすることを認めており、第2項で規則を制定できること、第3項で必要な罰則を設けることができることを定めている。そして、都道府県規則で規定できる罰則は、六月以下の懲役、十万円以下の罰金、拘留若しくは科料又はこれらの併科とされている。さらに、手続上は漁業調整委員会の意見を聞いて、農水大臣の認可を得る必要もある。ここまで調べると、次のような憲法演習問題を思いつく。「問題 A県が1年以下の懲役に処する条例を制定した場合の問題点を論ぜよ。(参照条文として漁業法65条3項)」。オーソドックスに法律の範囲内の条例制定という建前(憲法94条、地方自治法14条1項)を重視すると、この条例は法令に反して無効となるが、他方で地方自治の本旨を重んじ(京都学派)、徳島公安条例判決を思い切り拡張して解釈すれば、国法は6月を超える懲役刑の制定を禁じているとまでは言えない、そもそも地方自治を認める以上憲法は一定の統制権限も付与されているはずで、この程度の条例制定は違法でなく、むしろ憲法の精神になじむもの、とも言えよう。相当に苦しいが。憲法論からアワビの本論に戻るが、産経の記事では、たとえ漁協の識別タグがあっても、所有権が認められず窃盗罪は成立しない、のだそうだ。それが、刑法犯で処罰できずに、漁業法を委任根拠に各県の漁業調整規則を根拠にする所以なのだろう。つまり、財産犯ではなく違法な操業行為が処罰の対象ということなのだろう。窃盗罪なら法定刑は10年以下の懲役だが、これを適用できないとなれば、悪質化する密漁に対処するため、今後は漁業法の処罰根拠規定の内容を更に厳しくしたり、あるいは県規則ではなく直接漁業法或いは特別法で厳しい罰則を設けるなどの対応が求められるのかも知れない。ところで、農林水産省でも十分に検討してのことだとは思うが、どうしても窃盗罪が成立しないものなのだろうか。タグがあってもダメなのか。窃盗罪は「他人の財物を窃取」した場合であり(刑法235条)、アワビが財物であることは間違いないとしても、窃盗罪は「他人が占有している財物」を盗む罪である。とすると、占有が成立しているかどうかが問題となる。タグが付いていれば、占有は認めても良いように私は思うのだ。そもそも窃盗罪で保護される占有は、(a)客観的な支配の要素と(b)主観的な支配意思の要素の双方を総合判断するのだろうが、昔の記憶では、春日大社のシカについては占有を認める判例があったと思う。放任しても飼主の元に戻るからだ。同様に、ゴルフ場の池ポチャのロストボールでも窃盗罪が成立する。これらは、どちらかと言えば(a)の要素を重視したのだろう。アワビならば、海中に天然で生きているものもあるのかも知れないから、(a)の成立は難しい場合もあろうが、タグが付いていれば、(b)の要素を明らかに認めて良いのではないか。判例でも、列車やバスに置き忘れた荷物を盗んだ場合に、時間的な点を含めて総合的に持ち主の占有が継続していると見なされれば窃盗罪を認めると思う。タグが付いたアワビなら、十分だと思うのだが。しかし、議論のポイントはその点ではないのかも知れない。産経の記事も「所有権が認められず」窃盗罪が成立しない、という。産経がどこまで厳密か心配もあるが、この表現をスクエアに理解すれば、ポイントは占有の成否ではなく、より根本的に所有権の成否という点にある。所有権も成立しないとなると、占有離脱物横領罪(254条。法定刑は1年以下懲役や罰金で、未遂処罰規定もなく、軽罪の扱い)さえも成立しないことになってしまう。上述の列車やバスに置き忘れた荷物の場合は、相当時間が経って占有が認められない場合でも、「占有を離れた他人の物」として占有離脱物横領罪は成立する。アワビの場合は、これさえも成立しないという。ということは、アワビには漁協の所有権が成立していない、からなのだろう。しかし、それはおかしいように思う。識別タグは個体ごとに付いているのだと思うが、そうであれば無主物でないことは明らかだ、と言って良いと思うのだが。迷い込んできた伝書バトをつかまえたら占有離脱物横領罪で、殺したら器物損壊罪だろう。ハトの足に書簡があれば、そのハトが、どこの誰とまでは知らなくとも誰か人間の所有物であることは明白だからだ。釣り堀の業者の池のニジマスは当然業者の物だが、県や市町村の管理する川を泳いでいる魚にしても、タグがついていれば無主物とは言えないだろう。それでも産経の記事のとおりだとしたら、たぶん公海と漁業権制度から由来する制度上の特性があるのだろうか。海は誰のものでもない。そして漁業権制度も海水や海産資源の所有権を認める趣旨ではない。さらに、識別タグも所有権を主張する趣旨ではなく、種苗の放流者を明らかにするにとどまる。元来海産資源は漂流や移動があるから、個体の所有権という観念はなく、一定の海区について排他的に操業する漁業権の行使の結果として、漁業者は当該海区の海産物を初めて自分の所有にできる。例え識別タグをつけていても... ということなのだろうか。漁業権については実はよく知らない。漁業と法律は、海のように深いテーマのように思う。政策と法律がアクティブに交錯する、その意味で政策研究にとってエキサイティングな領域かも知れない。
2008.10.27
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NHKニュースによると、昨年の輸出額は約4千億円と過去最高を更新。岩手県とJETRO盛岡貿易情報センターが県内648企業を対象にアンケートの結果、県内企業の輸出額は3,994億円で前年比30.8%も増加。全体の7割以上を自動車・自動車部品が占め、2,880億円(42%増)。またアワビやフカヒレなど水産物が29億円で40%増。岩手県では、原油高の影響で、金ヶ崎町で生産の小型自動車が、北米を中心に需要が高まったのに加え、中国・大連に岩手県の事務所が開設された効果で農水産物の輸出が伸びた、という。------------東北の海外交易と言えば、確かに金ケ崎町の関東自動車などは大きな輸出元だろうなどというイメージはあるが、各県毎の輸出入の数値データのイメージは沸きにくい。そもそも、通関ポイントの統計以外に、把握するものがないのではないか。だからこそ、このニュースのように、「県内」企業にアンケート調査するしかないのだろう。横浜税関のをみると、東北地域の貿易概況(平成20年4月)をみると、財務省貿易統計(通関統計)は、関税法に基づき税関に申告された輸出入の数値を集計したもの。そして、東北地域の概況は、6県に所在する税関官署の集計だ。すなわち、 宮城県・・・ (横浜税関) 仙台塩釜税関支署、石巻出張所、気仙沼出張所、仙台空港税関支署 福島県・・・ (横浜税関) 小名浜税関支署、相馬出張所、福島空港出張所 青森県・・・ (函館税関) 青森税関支署、青森空港出張所、八戸税関支署 岩手県・・・ (函館税関) 宮古税関支署、大船渡税関支署、釜石出張所 秋田県・・・ (函館税関) 秋田船川税関支署、秋田空港出張所 山形県・・・ (東京税関) 酒田税関支署、山形出張所である。山形県が東京税関の管轄で、宮城県が横浜税関の管轄というのは面白い。これによると、平成19年の東北地方の貿易額は、輸出8,284億円、輸入15,548億円。輸出は16.2%の増で18 年連続の増加。全国シェアは1.0%で昨年より0.1 ポイント増加したが、輸入(10.2%増、全国シェア2.1%)で見ても、まだまだ少ないという感じだ。輸出の主要品目としては、事務用機器、鉄鋼、半導体等電子部品が挙げられている。輸入では、金属鉱・くず、原油・粗油。県別では、 宮城 輸出 4828億円 輸入 6421億円 福島 544 4188 青森 1381 2380 岩手 264 184などとされ、岩手県の通関は多くないことがわかる。冒頭のNHKニュースの輸出4千億円とは、通関統計では仙台港で計上されるということか。しかし、輸出商品別をみると、「自動車」は東北全体で19,381台、9,209百万円、「自動車部分品」は、17,672トン、15,431百万円で、合わせて250億円足らず。とすると、ニュースの岩手県の2,880億円は、東北以外からも送出しているということなのだろうか。一般には関東自動車の完成品は仙台港から輸出しており、これを釜石港がねらっている、と聞くのだが。おそらくは、把握する数値の概念の違い、か。何とも消化不良。もう少し調べてみたい。JETRO盛岡センターのサイトに、2006年の岩手県の貿易という資料がある。今回ニュースで報じられたものの1年前のバージョンだろう。輸出中の「自動車」は1965億円。そして、品目全体で使用港湾別の統計を見ると、名古屋港は1965億円でシェアは64.3%である。仙台港は60億円しかない。港湾別輸出の項の説明には、「輸出額の6割を占める自動車が名古屋港から出荷されている」、とある。ちょっと不可解な表現だが、よく見ると、品目の中での自動車の額と、港湾の中での名古屋港の数値が一致している。偶然なのか本当なのか。消化不良のまま、とりあえず筆を置く。
2008.10.26
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午後4時台に仕事の後ひとりで車を運転していた。4車線道路の交差点。右折レーンの一番前で停車していると、ふいに左背後に女性の声がしたような気がした。ヒヤッとして助手席側の窓越しに目をやると、白バイに宮城県警の文字。青い制服の女性警官が、左側車線の最前列停車の女性ドライバーに窓越しに話しかけている。信号の先を指さして。ドライバーは、何とも表現できないような薄い笑いを浮かべている。白バイは、そのまま当該車両の前に移動して、信号の変わるのを待つ。青信号の後、スーッと進んで、もう1つ先の信号を越えたところで、停車。後続の車もこれに従って、停まったようだった。おそらく、運転中の携帯電話でも見つけられて、私についてきて停車しなさい、とでも言われたのだろう。感じたこと。白バイ警官の手際の良さ。指示した直後にひらりと車の前に白バイを移動させる。決して後ろの車を振り返ることはないが、しなやかながら毅然とした誘導の姿勢が背後に感じてとれる。交差点を避けて、比較的交通の妨げにならない場所まで、おそらくバックミラーで後続の該当車両をウォッチしながら誘導。おそらくは、携帯使用が危険であることを教えさとし、事務処理をしたのだろう。警察業務上の普通の対応といえばそれまでだが、人に物事を教え諭すことは案外と難しい。相手も様々だ。指導する方がしどろもどろしても、しゃべりすぎてもいけない。手際よく見えて、実は相当に訓練しているのかも知れない。反則金を賦課するのは一種の権力行使だが、権力だというだけで相手が納得するものでもない。運が悪いと思うだけのドライバーも多かろう。折角キップを切るなら、何とか交通違反が減るように、と思って仕事をしているのだろう。ドライバーの言い訳にも慣れているだろうが、この女性警官ならではの説諭ぶりがあるのだろうか。色々なことを考えながら、私は右折してその場を離れた。
2008.10.25
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毎日新聞(24日)県内版によると、仙台銀行は09年3月期(08年4月~09年3月)の連結業績予想を下方修正し、今年度第2四半期(4~9月)の中間配当は0円にすると発表した。無配は、創業3年目の54年3月期以来で55年ぶり。世界的な金融危機の影響で、保有する債券・株式の時価が9月以降急落したのが原因。業績予想では、債券・株式の評価損を7億29百万円計上し、09年3月期の経常利益を前回予想より7億50百万円少ない11億円に修正。同行は、米国サブプライムローン問題を受けて今年5月に08年3月期決算に評価損30億39百万円を計上したが、9月の米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻でさらに時価が下落した。中間配当の前回予想は1株当たり25円だった。これまで赤字決算の時も配当を維持してきた同行だが、今は様子を見るとのこと。------------他のニュースを見ていると、青森銀行の中間決算は、初の赤字となって、25億円の赤字。先月の予想から28億円下方修正した。来年3月期の本決算も43億円の赤字見込みだという。みちのく銀行も、9月期中間決算は8億円の赤字(来年3月期は4億円黒字見込み)。
2008.10.24
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昨日の日記で宮城労働局は公式サイトで公表もしない、と憤ったが、新聞発表はしているようだった。朝日や産経に出ている(21日)。宮城県の内定状況は36.6%と、前年を1.2ポイント上回る。自動車メーカーなど県外企業が内定者数を押し上げた。しかし、求人数は4938人で13.5%の減。取組が薄いとの批判はやり過ぎで、失礼したが、それでもやっぱり、せっかくの調査なのだから福島や山形のように公式サイトに掲げて欲しいとは、思う。さて、改めて東北の来春高卒者の就職内定状況を。青森 40.0% 県内(22.8%)ともに、ここ10年程度で最高の滑り出し。宮城 36.6%秋田 46.6%(+2.5)山形 47.3%(+4.0)福島 42.0%(+0.3)ちなみに、愛知県を見たら、72.9%だそうです。イヤハヤ。■関連する過去の記事 今年も好調 福島の高卒就職内定率(08年10月21日) 高卒就職内定率 福島が好調(08年1月19日) 青森の就職内定状況が好調(07年11月20日) 高卒者就職内定状況が改善(07年3月10日) 福島県の高卒内定率が全国一(06年5月17日)
2008.10.23
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福島の来春高卒者就職内定率は過去10年間で最高、だそうだ。福島労働局の20日の発表では、9月末現在の内定者数は2579人で前年同期より1人減少したが、就職内定率は42.0%で前年同期を0.3ポイント上回り、過去10年間で最高。団塊の世代の大量退職で、製造業大手を中心に次代を担う技術者の育成のため、早期の人材確保に力を入れていると分析。また県内各高校が今後の求人減を見越して、7月から8月までの早い段階で適切な就職指導を行ったのも要因に挙げている。(21日 福島民友ニュース)山形は9月末現在で47.3%となり、前年同期を4ポイント上回ったが、県内企業からの求人は前年同期比約1割減となり、8月末に比べてマイナス幅が拡大。(21日 山形新聞)秋田は46.6%で、2.5ポイント増(労働局発表)。ところで、わが宮城県。例によって報道もないし、労働局サイトにリリースもない。真剣味がない、と言われても仕方ないような。学校も労働行政も、もっとしっかりと。■関連する過去の記事 高卒就職内定率 福島が好調(08年1月19日) 青森の就職内定状況が好調(07年11月20日) 高卒者就職内定状況が改善(07年3月10日) 福島県の高卒内定率が全国一(06年5月17日)
2008.10.22
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読売新聞のサイトの地域トップを見ると、本支社が4つ並んでいる。関西発(大阪本社)九州発(西部本社)北陸発(北陸支社)北海道発(北海道支社)中部発(中部支社)ということで、本社の名は東京を含めて3つあり、東京、大阪、福岡の3拠点体制ということになろう。それは良いとして、なぜ東北本社がないのか。東京本社の管轄内には(組織図)、中部(名古屋市)、北海道(札幌市)、北陸(なぜか高岡市)の3支社がある。東北では、仙台のダイエーにあるのが「東北総局」で、支局よりは格が上だが(国内取材網)、やっぱり東北に支社があってもいいんじゃないのか。そんなことを主張すべき根拠も何もないが、と思いつつ、朝日を見た。朝日新聞は、東京、大阪、西部(北九州)、名古屋の3本社で、福岡に「本部」がある。北海道に支社(報道体制)。「総局」は各県単位のようで、読売のような格上げ扱いさえ、ない。取材や販売網はある程度全国一円だとしても、営業自体は経済力の地域格差をやはり反映するのだろうか。そうは思っても、東北人としては何か淋しいではないか。あるサイトによると、東北では、各県を中心とした地方紙が根強いが、読売や朝日もかなり浸透している。例えば、秋田では魁が63%、宮城では河北が55%、福島では地方2紙が60%以上、などと強いが、2全国紙も多く、例えば山形では両紙とも17%も読まれている。読売さんよ、東北に支社を置こう。地方を大事にする新聞ならば。土曜日の朝刊にわざわざ会計検査院による各県の国庫補助金の不正経理を載せているが、財務省や一部の財界意見による地方のムダキャンペーンに乗せられたのだろう、とおおよそ察しが付く。全県で可能性か、などの書きぶりでは、またぞろ地方交付税の削減ムードをあおるだけだ。不適正は質すべきだが、国のムダと国家財政の病巣を糾弾して欲しい。地方は大事にしなければなりませんよ。こんなことならば、来年はイーグルスが読売を日本シリーズで粉砕するぞ。見ておれ。(いや、冷静になりましょう。)
2008.10.21
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パウエル前国務長官が民主党のオバマを支持する考えを表明した、との記事が各紙に出た。自身にも黒人初の大統領に推す声が高かったパウエル氏だが、国務長官としての実績ある同氏が、国防や外交を強みとアピールするであろう共和党のマケインではなく、敢えてオバマ支持を鮮明にしたことは、ブラッドレー効果なども懸念されるオバマ候補に対してかなり有利な方向で、投票行動に大きく影響を与えそうだ。オバマについては、その資質からアメリカに変革をもたらしてくれると大きな期待を寄せる。共同の配信によると、ペイリン副大統領候補については、大統領が暗殺された時に昇格する副大統領候補には不適格だ、とバッサリ。安全保障のスペシャリストが語ると、ズバリ説得力がある。浮ついたムードで行われる共和党の選挙戦略に嫌気がさしたのだろうか。この発言に興味をもったのでワシントンポストを見た。コリン・パウエル氏は、ペイリン氏について、who was not ready to be president として、マケインの選択に疑問を呈する。そして、マケイン自身と言うよりも、氏及び党のキャンペーンに批判をしている。その他に、オバマがイスラム教徒とされることなどについてパウエル氏の考えが示されているが、共同が書いている「暗殺された時に...」は見えなかった。日本人向けに付け足した解説なのだろうか。
2008.10.20
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秋晴れが続くこの頃。行楽や観光の客で、秋保近辺も賑わっていた。共同浴場を訪れた。300円。熱くて風呂上がりにも熱気が体から沸いてきた。子ども達のアツーという声が女湯から聞こえてきた。入り口手前の縁台でしばらく涼んでいた。ところで、今日は10.19だ。あの稀代の名試合からもう20年。秋保の風呂に浸かっていた頃は第一試合の最中。家でブログ書いている今は、第二試合までの短い合間だろうか。急いでそばをすすった、という大石の話を思い出す。数十分前の時点だと思うが第一試合で起死回生のヒットで、選手生活最初で最後のガッツポーズを見せた梨田は、今日は監督としてプレーオフを快勝。時代ですね。20年前の私は、この時間はまだ仕事をしていて、たしか7時過ぎから飲みに行ったと思う。近鉄ファンの大先輩と飲んでいて、もうダメだろうな、と言いながらも、帰宅してTVつけたらまだやっていた。当時は真面目にも日記をつけていて(もちろん手書きで)、今20年前の今日を見ていたら、夜中の2時半に書き込んでいるが、ロッテとの素晴らしい試合、としか書いていない。興奮してただ眠れなかっただけだろうが。
2008.10.19
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久しぶりに大年寺山に上がった。テレビ塔が新しくなっている。野草園の入り口のすぐ真向かい。KHBとNHKとTBCの共同のようだ。
2008.10.18
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4号バイパスの箱堤交差点は、私が仙台に来た80年代から、青信号の出ない交差点だった。赤色信号で緑矢印が光るパターンだった。そう思っていたら、最近何度か通ったら、普通の三色が点灯する信号になっていた。実は今夜も先ほど通過してきた。東北地方整備局のサイトに説明があった。交差点の改良工事があったようだ。小さいことかも知れないが、時代は変わるものだ。
2008.10.17
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大船渡市と陸前高田市の合併協議がテーマとなっている。両市とも合併協議会の設置を市議会で今月27日に採決するが、可決されるかどうかは不透明だという。特に、陸前高田市議会内は依然として賛否両論があり、可決されるかは微妙な情勢だ。(岩手日報記事から)陸前高田市では、合併の世論が盛り上がっていないことや、住田町を除く2市の先行合併への反発なども根強い。大船渡市議会では合併協設置には大半の議員が賛成とみられるものの、陸前高田市議会の動向を踏まえ、「大船渡だけが簡単に賛成とも言いにくい」との声も出始めている。今回のケースは、陸前高田市の市民有志の直接請求で始まった。----------本来ならば、両市の合併をめぐる論点を深く掘り下げたいが、ここではやや表面的なことだけ整理する。両市は岩手県沿岸の南部に位置し、仙台に住む宮城県人などからすると、随分近所のなかよし都市だなどと思いがちだが、そうだろうか。たしかに両市とも気仙郡内の町(盛、大船渡、高田)を中心に合併で形成された都市だ。そして、両市の間(市役所間の陸路距離)は地図で見るとR45沿いに約18km。岩手県内の都市間の距離としては、なるほど近い。もっとも旧江刺市と旧水沢市はもっと近接していたが。しかし、例えば宮城県の気仙沼市と陸前高田市の間は約19kmで、陸前高田市から見れば、大船渡市と気仙沼市はほぼ同距離のお隣さん、ということになる。また、宮城県の白石市と角田市の間は約18km。栗原市と大崎市が約21km。栗原市と登米市が約22km、などと、宮城県のスケールからみると、気仙沼と大船渡が格段と近接している、とも言えないことになる。ちなみに大船渡と釜石の間は45km。釜石も岩手県沿岸南部の都市だが、その距離感は、宮城県のスケール(仙台と石巻の間が50km)からすると、だいぶ離れている。やはり大いなる岩手、ということか。
2008.10.16
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いつの間にか、わが庭も色づいた。木々には、セキレイ、スズメ、ヒヨドリなどが随分訪れるようになった。人生の秋、では寂しすぎて、かえって詩的でないか。Le jardin de l'automne とでも。まずは差し障りなく。
2008.10.15
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連休最終日は庭の掃除。まずは、随分大きくなったシラカシ君の枝をばっさり剪定。2階の窓から手を伸ばして切ろうかと思ったが、届かず。ホームセンターで、マジックハンドみたいなヤツを買ってきて、チョキチョキ。あれは便利ですね。スッキリしました。今の時期に切っていいものかどうか、実は全く無知ですが。
2008.10.14
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土手内の町名に名残を残すが、かつて八木山には鹿がふもとに降りて畑を荒らすのを防ぐために長大な土手が設けられていたという。この「鹿除土手」とはどこに設けられたのか。仙台市のサイトに説明がある。全長6キロの杉土手の想定図と、現在残っている箇所も明示されている。■発掘で明らかになった鹿除土手■鹿除土手見学会面白いのは、鹿野小学校のHPで、学校の概要の中に鹿除土手のことが記され、さらに、クリックして表示される航空写真を見ると、木流堀に並行してやや山寄りに、所々に分断された緑の帯が見えて、これが鹿除土手の杉山なのではないか、と想像が膨らむこと。Googleの航空写真を眺めた感じでは、西多賀中学校の真南、旧秋保街道のやや北側の沼地周辺に、一番ハッキリと土手が残っているように見える。西多賀四丁目地内だ。----------藩有林だった越路山は明治初年に旧藩士の共有財産として払い下げられたが、すぐ政府に取り上げられて国有に。陳情の結果また元の所有者に返された。山林は次々に伐採され山は荒廃した。荒廃した山の活用を期した豪商五代目八木久兵衛が、大正15年に一括買い取った。八木家は旧大町四丁目で紅や小間物を扱う老舗で、四代久兵衛のとき、味噌醤油の醸造も行った。勤勉力行家で富を得て、七十七銀行頭取や商工会議所会頭、貴族院議員も務める。紅久株式会社の名から紅久翁と呼ばれる。五代目久兵衛は八木山開発のため、昭和4年に八木山球場を、5年には遊園地を造り宮城県に寄附。昭和6年には仙台城址裏から八木山に私財で吊橋を架け、市民の観光の便を図った。八木山公園の管理は一時県に移ったが、返還され昭和9年改めて仙台市に寄附。長徳寺から八木山公園までの急坂は八木山街道と呼ばれ、宮城県女子専門学校(現在の向山高校)や八木山神社が設けられた。竜ノ口渓谷の吊橋は昭和39年にコンクリート橋となり、昭和40年市立動物園が開園、紅久ランド(現ベニーランド)も造られた。昭和40年代からは越路、二ツ沢・西の平から急速に宅地化が進み、広大な住宅地に変貌した。この越路山は藩政時代はモミや松の生い茂った狩り場で、鹿(しし)その他の動物の生息地で、鹿落坂や鹿野の名が残る。「しし」とは、シカ、カモシカ、イノシシの総称。鹿の多い狩猟場であったが、麓の耕地が荒らされたので、これを防ぐために、二代忠宗の時代に、越路から佐保山まで幅約8メートルの土手を築いた。これが鹿除土手(ししよけどて)である。藩有林は御林、御留林と呼ばれ、植林の育成を図り、無許可の入林や枯枝下草の採取を厳禁した。大年寺が造営(四代綱村)されてからは、普段は殺生禁断の山林保護地域として庶民の立ち入りを禁止し、巡回して警戒したという。鹿除土手の一部に御判場を設け、その場所のみ通行できるようにして不法な侵入を見張った。土手には後年杉が植えられたので別名杉土手とも。近年宅地造成のため土手は切り崩され、現在は一部のみ散見される。土手内の地名に残る。(木村孝文『太白の散歩手帖 郡山から二口までの史跡を訪ねて』宝文堂、2001年 から)
2008.10.13
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市街地のど真ん中、河原町駅から歩いても10分ちょっと程度なのに、あの赤い塀を目にしたのは学生の頃を含めて2度くらいしか、ない。平地の住宅地の中、しかも幹線道路からスッポリと外れているから、塀の見える外周の道路を通ることがめったにないのだ。今日は、あえて刑務所北側のやや広い道路から正門の方へ回ってみた。子どもは、濠を隔てて樹々の合間に覗く赤い塀に、オバケ屋敷なの?と言っていた。----------往古、伊達氏以前は結城七郎が住み、のち国分氏が居住。仙台藩祖政宗は寛永4年(1627年)隠栖の目的で幕府の許可を得て、城東の若林に居館を建設、翌年11月落成。城は平城で高い土手を巡らし、死角を滅するために四方に屈折部と尖角を設け、外濠を二重とし、西大手、北大手、東大手と称する桝形門があった。政宗死去により廃され、屋形は普請中の仙台城二の丸に移された。瑞鳳殿にあった御供所は若林城の書院を移したと伝えられる。若林城の廃城後は、堀一重は残されて立ち入り禁止とされ、後に藩の御薬園や焔硝蔵に使用された。宮城刑務所は明治12年9月創設。始め宮城集治監と称され、監獄建築としては特長のあるものであった。西南戦争の後には、陸奥宗光、河野広中、藤沢幾之輔など国事犯第一号の独房もあったという。獄舎は中央に見張りの六角五層の塔が聳え、欅造りの六棟の建物が放射状に配置された。フランス式の監獄で、東京巣鴨と岡山と仙台に、同じ形式のものが造られた。人々は、雪形六出の構えと形容し、俗には六角大学と呼んだ。大正11年に宮城刑務所と改称。----------(木村孝文『若林の散歩手帖 新寺から藤塚までの史跡を訪ねて』宝文堂、2000年 から)連休中日の日曜日は、抜けるような秋空。北東角のコンビニに立ち寄ってから正門まで回ったが、静かで良い住宅地だ。人々はバスを待ったり、散歩したり。正門には宅配業者が乗り付けて、荷物を持って扉を開けて建物に走っていった。■シリーズ仙台百景 以前の記事です。こんな企画で100枚まで続けるのが目標です。 ○松森焔硝蔵跡(シリーズ仙台百景 28)(08年8月31日) ○十一面観音堂(シリーズ仙台百景 27)(07年10月23日) ○陸奥国分寺薬師堂(シリーズ仙台百景 26)(07年10月17日) ○県民の森 鶴ケ丘口(シリーズ仙台百景 25)(07年8月26日) ○一時停止だ!三時はお茶だ!(シリーズ仙台百景 24)(07年8月20日) ○風の環(シリーズ仙台百景 23)(07年7月7日) ○冷やし中華の龍亭(シリーズ仙台百景 22)(07年6月29日) ○県民の森(シリーズ仙台百景 21)(07年4月8日) ○数字の練習ボード?(シリーズ仙台百景 20)(07年3月25日) ○半田屋一番町に進出!(シリーズ仙台百景 19)(07年3月1日) ○仙台百景画像散歩(その18 撮影成功!霊気のトンネル)(07年2月6日) ○仙台百景画像散歩(その17 変な漢字の看板)(07年1月28日) ○仙台百景画像散歩(その16 駅前東宝ビル)(07年1月13日) ○仙台百景画像散歩(その15 空から見た仙台)(06年12月29日) ○仙台百景画像散歩(その14 光のページェント)(06年12月13日) ○仙台百景画像散歩(その13 東京スター銀行)(06年11月30日) ○仙台百景画像散歩(その12 建設ラッシュ再来?)(06年11月10日) ○仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) ○仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) ○仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) ○仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) ○仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) ○仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) ○仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) ○仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) ○仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) ○仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) ○仙台ミステリー?風景(06年3月4日)
2008.10.12
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どういうわけか喜多方ラーメンの宅配商品の宣伝DMが来た。そのまま捨てるのが通例だが、会津に修学旅行に行ってきた娘との話のタネになるかもと思って、開けて読んでみた。喜多方は日本一ラーメン好きの町。120軒あまりのラーメン店。朝7時から営業している店もいくつもある、と。娘に言うと、知っているよ、「朝ラー」だよ。会津の人はみんな会社に行く前に朝ラーメン食べるんだ、と。勉強してきたようだ。てっきり観光客向けと思ったら、そうでもないようだ。地元の人たちが、さすがに毎日じゃないだろうが、出勤前や朝の農作業や散歩の後に一杯食べることが多いのだそうだ。店の朝の営業も古くからの伝統で、地元に支えられてのこと。浮ついた観光目当てだけではないのだ。もともと喜多方のラーメンは、大正末期か昭和初期からの新しい「食」だが、農作業の合間に食べられたりなど、地域の人たちに支えられてきたのだそうだ。まさしく食文化。蔵や水にも恵まれて、地元に根ざした味だけに、ラーメンだけの単発の観光ではなくて、地域そのもの。だから客にも人気があるし、いつまでも続くのだろう。宅配も悪くはないが、やはり食は地域にあり。また喜多方を訪れて味わいたい。修学旅行も、いい勉強だったろう。
2008.10.11
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脱衣所にある、木製ボードを組み立てる方式のタンス。何年かして引出しの前面の板が、継ぎ手がゆるんで、はずれだした。薄い底板もはずれてしまって、子ども達の肌着類が下にはみ出して引っ掛かって、引き出すのにガタガタする。安価なタンスだから、仕方ないとも思うが、なるべく長く使いたい。そこで、前面の板から、側面の板(引出した際に両側にある板)に向けて、木ネジでつないでみた。写真はその結果。見た目は悪いが、一応タンスの機能は回復しました。
2008.10.10
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まったく河北新報は余計な記事を書く。今日の朝刊に、20年前の1988年、10.19の阿波野の力投を記していた。近鉄ファンなら、言われなくても分かっている。10月になれば、みんな思い出しているのだ。お陰で、今日は朝からずっとあの日のことを思い出していた。いや、それだけではない。79年の近鉄の初優勝、平野の執念のバックホームのことまで、思い出していた。1988年、あの10.19は本当に素晴らしかった。あの頃は私も若かった。相手のロッテが、有藤監督の抗議による中断もあったからだけれど、疎ましかった。翌年に、ロッテが「リメンバー10.19」を標語とするのをプロ野球ニュースで見て、何だよ、と独り怒っていた。しかし、今冷静に考えれば、あの時、ロッテも本当に死力を尽くしていた。ロッテあっての10.19だったのは、間違いない。プロ野球選手が本気になった時の試合ほど、面白いものはない。そうか。あれから20年。私も大人になった。年を取った。けれども、あの日を思い出すと、今でも胸が騒ぐ。佐藤純一の本塁憤死。梨田の執念のヒットと鈴木貴久のホームイン。第二試合の吹石のホームラン。そして、もちろん、阿波野の力投。あれほどプロの執念と無念がつまった試合があっただろうか。今朝の河北の記事は、イーグルスの今季最終戦にあの日を重ねていた。そこまで言わなくても、と思うけれど、記者の思いなのだろう。次の年に勝負を決せよ、との期待をこめて。それならば、私だって実は賛同したい。がんばれイーグルス。近鉄の遺伝子を持つ新生球団だ。あの死力を尽くした試合が、もし見られるのなら、私もプロ野球ファンとして本当に冥利に尽きる。
2008.10.09
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8日(水)の日経新聞(東北面)記事に出ていた。自動車教習所地場大手のマツキ(長井市)が事業拡張のため、5億5千万円のシンジケート団を組んで融資を受ける。昨年秋にも6億円の資金調達をしているという。同社は、少子化で業界全体が伸び悩む中、同業他社とのM&Aで急成長、今後も買収を図るという。業界の台風の目で、福島、新潟を含み3県に12校の教習所を展開しているという。なるほど考えてみれば教習所はそれなりの市場規模をもった産業だろうし、少子化で再編の波を受けているという点もそうだろう。また、床屋さんや映画館や塾など、他のサービス業界同様に、地元の独立業者のみならず、系列化の傾向があるという点も、細かい事情はわからないけれど、とりあえず納得できる。そもそも自動車教習所の制度的位置づけと市場規模の動向とは、どうなのだろう。1 自動車教習所根拠法は道路交通法。一般的には届出制で公安委員会の指導助言に服する(98条)建前で、そのうち、技能検定員設置などの基準に適合して公安委員会の指定を受ければ(99条)、いわゆる「指定教習所」とか「実地免除」がこれなのだろう。さて、東北にはどれだけあるのだろうか。Wikipediaによると、指定教習所数は、次のようだ。 青森 19 岩手 29 宮城 40 秋田 27 山形 30 福島 412 経営状況と系列化の動向これらのうち、系列化されたものと地元系と混在していると言うことだろうが、実のところ、これ以上の分析は時間がなくて、今のところできなかった。宮城県内の自動車学校も再編の波に曝されているのだろうか。大変申し訳ないが、分析は次の機会に。
2008.10.08
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記載が遅れたが、7日(火)の日記です。イーグルスの最終戦。対するソフトバンクと5位を争うリーグ今季最終戦。王監督の最終試合でもあり、かつて日本の野球界を支えた野村監督との対戦。田中の10勝もなるか、など興味の多いカードだった。田中も杉内も好調でゼロが続く。私は午後7時から家で見ていたが、子どもたちも応援。上の子は去年あたりからあまり興味が無いようだったのだが、今年は行きたいとも言い出して(実際は球場に行っていないのだけど)、宿題しながら画面も眺めていた。杉内が三振を積み重ね、ついにダルビッシュを抜いてリーグトップになると、データにも関心を持ったようだ。互いに塁を進めるが決定打が出ない。延長の上に、涙雨も降り出す。私は昨年のフルスタ最終戦、吉田と関川のインタビューを思い出していた。今日は小倉が出ないだろうか、と期待も持ったが、やっぱり試合に勝って5位を確定することが優先だったろう。緊迫した試合で、我が家も子どもの就寝時間を延長して応援。両監督とも許された最後のイニングまで采配をふるい合ったことが、勝敗結果は別にしても感慨深かった。私も物心ついたときには既にトップ打者だった両監督が、終了後花束を渡すシーンは印象に残った。さて、今シーズンは、何を「越えた」だろうか。夏の失速は本当に悔やまれるが、力はついてきたと思う。シーズンのオープニングはソフトバンクに悪夢のサヨナラ3ランを喫したが、その相手に今日は粘りで押し切った。川岸など継投陣も良かった。山崎が最後の打席で仕事をした。やっぱり、何か「越えた」ように思う。来年こそ。
2008.10.07
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私はほぼ毎日、東北の各新聞のサイトを斜め読みしているが、それぞれの新聞社に特長や個性があって、面白いと感じる。例えば、仙北郷土タイムスさん。お知らせのコーナーがあって、交通事故や犯罪の被疑者情報などが出ている。警察署から情報を得ているのだろうが、地域のかわら版という感じで、とても良いと思う。もちろん、犯罪情報が出ていて良いですナ、というのは変なのだが、こんな事件があって地元の誰が逮捕された、なんていう情報を実名で報じていることが、逆に顔の見える生き生きした地域とい感じがして。失礼ながら、月刊とされる紙面の内容も掲載されず、ホットなイベントなどの話題もなくて、トップページにいきなり犯罪情報中心に「お知らせ」が並ぶのだが、私はこれも十分アリだと思っている。
2008.10.06
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今日は快勝する確信があって、是非行きたかったのだが、同様に行きたがっていた娘がカゼ気味で不調なのと、結局仕事があったのとで、断念。ホームランは出るわ、好守はあるわ、ついでに日曜の夜で早めに終わってくれて、さぞかしKスタに行けた人は羨ましい。仕事帰りの車中でラジオを聴いているうちに終了。帰宅して岩隈と藤井のヒーローインタビューを娘と一緒に見た。岩隈は防御率でダルビッシュを抜いて堂々1位。21勝というだけでも素晴らしいが、投手三冠だ。昨日はリックの首位打者も確定。投打で1位なのに、なんで5位なの、という我が子のコメントももっともだが、ここは来年に向けて着々と力をつけてきた、と思いたい。リーグ順位も勝ち数も去年を上回らなかったけれど、今日のエースの価値ある勝利で、越えた! と言いたい。無形の力を持つチームの力が。8回から登板のドミンゴ。思えば今日対戦のソフトバンク、そして岩隈先発の試合。そう、今季の開幕戦だった。だからこそ、これを抑えて来季につながる。本人も必死だったとは思うが、見事に零封。ドミンゴも、越えた!のではないか。
2008.10.05
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今朝の河北新報に出ていたが、酒井賀世さんが書いていた。酒井さんが毎週登場する朝のNHKラジオでも先日紹介していておられたが、鶴岡には今でも南洲翁(西郷)を顕彰する気風があって、神社まである。兄弟都市交流の一環で鹿児島を訪れた時も、皆普通に西郷先生と呼ぶので、鹿児島の人にも驚かれた、というエピソードも。河北の紙面から、酒井さんが記す西郷の遺訓、そして庄内と鹿児島の交流について、若干メモをしてみる。----------庄内の家々には西郷隆盛の写真が飾られ、鹿児島に次いで最後の真筆が存在する。また酒田市には南洲神社がある。経緯はこうだ。戊辰戦争で鶴ヶ岡城の開城引渡は新政府の参謀黒田清隆が行ったが、寛大な戦後処理の指示をしたのが司令官の西郷で、酒井家は明治以降も庄内に居を構えて庄内の復興を支援することとなる。明治3年には西郷の人徳に感銘を受けた酒井忠篤以下藩士70人が100日にわたり鹿児島に滞在し西郷の教えを受ける。後に南洲翁遺訓として出版され、今でも庄内では西郷先生など敬称を必ず付ける。旧藩家老の菅実秀は、西郷の賛同と奨励を得て松ヶ岡開墾事業を行う。旧藩士3千人が鍬を持って323haの開墾を成し遂げる。----------ところで、酒井さんは毎週ラジオで声を拝聴するが、さっきネットで見ていたら、いくつか写真で紹介されていた。パネリストとして経歴も紹介されていて、声では私と同年代くらいかと思っていたのが、失礼でした。学芸員の仕事だけでなく地元の文化関係に広く携わっておられるようで、庄内の文化を伝えようという前向きな活躍に敬服し、今後とも長くご期待したい。知人は致道博物館で、酒井さんに話を聞いたのだそうだ。私も秋の鶴岡を訪れてから3年。今度は博物館にも。そう言えば今日の新聞には、同じくNHKラジオの東北ローカルに出ておられた、大間のあおぞら組の代表の島さんが出ていた。今日の紙面では函館との間のフェリー存続を訴えて、元気な姿の写真がカラーで載っていた。地域の核となる方たち。がんばろう東北。
2008.10.04
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最近体調がすぐれない。涼しい朝晩のせいか。日中に体がだるくて、疲れが抜けない。歩く際も、北京原人のように前につんのめるように歩いている。たっぷり睡眠をとれば良いのだろうか。
2008.10.03
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芦東山記念館が開館1周年を迎えたが、知名度は今ひとつ、という記事が岩手日報に出ていた。開館1周年で全国から5193人(9月28日)現在。開館直後の1か月は2580人、その後は月平均250人。東山の業績に理解は広がったが、知名度はいまひとつ。学校の団体見学や子どもたちの来館が少ない、無刑録の内容が難しく、人間愛の思想が理解されているかなどが課題のようだ。 などという内容の記事。この記事で関心をもったのは、季節ごとの企画展として、4日からは東山が無刑録を著した江戸期の警察機構や司法に理解を深めてもらうため、企画展「江戸時代の罪と罰」が行われると言うこと。実は、藩政期の法制について調べようと思っていたが、なかなかできないでいる。武家の決まり、民事や家族制度、藩主家計と藩財政の関係、罪と罰、などなど、当時はどのような了解事項があったのか調べてみたい、と。子供の頃は、あの時代はルールなんてなくて殿様が好き勝手にやっていた、などとイメージしていたが、そんなハズはない。おそらく、相当に諸方面に決まり事は定着していたのだろう。近現代の法制は、明治期に西洋から取り入れたとか思っているけれど、農耕文化の日本社会にもともとあった秩序、我々のほんの数世代前までの世の中はどんなだったのか、法制の面から知ってみたい。一関(旧大東町)でじっくり学ぶのも良い。行ってみたくなった。■関連する過去の記事 岩手の生んだ大学者の芦東山(06年3月29日)
2008.10.02
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田中の応援に、今季2度目のKスタ。昼間から用意周到にオルグして会社関係の4人で参戦。最近にしてはやや穏やかな秋の日。昨日のセギのホームランが当たった樹などを眺めながら、さあ今日もドカンと一発。と思いきや、アレアレ、7時過ぎに入ったらもう田中はいない。一場が打たれる。かなり辛かった。攻めては満塁の好機も得点できず。こんなこともあるのだろうけれど。結局6回の攻撃の後、球場を後にした。大敗のためか、既にシャトルバスも出ていた。みんなで仙台駅まで、終電まで飲んだ。あの後ダルビッシュが登板したことは今ネットで見て知った。私のフルスタ・Kスタ応援戦績が、ついに5割ちょうどまで下がってしまった。今週末からの4連戦で、盛り返したい。
2008.10.01
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