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公立高校の学区撤廃のことを記したが、宮城県内の高校の今春の進学実績はどうだったのだろうか。各学校のサイトを見ると、出している学校と出していない学校(1年前や2年前のママ)がある。本当は、教育委員会で一覧にしても良いと思うのだが、進学一辺倒イメージを避ける深慮なのだろうか。この辺から意識改革が必要かも知れない。念のため言うが、何も進学だけが全てだと思っているわけではない。就職の資格取得もスポーツも勿論大事だ。ただ、進学志望の若者の未来を切り開く手助けになっていない高校では困る、ということだ。進学校を標榜するならそれにふさわしい実績があるべきでしょう、ということである。本県の場合、ナンバースクールと呼ばれる学校でさえも、学校は勉強ばかりでない、浪人でも良いじゃないか、のような風潮が先生方自身にも一部にあるようだ。進学校の教育陣の責任転嫁にほかならないのだが、それではあまりに宮城の若者がかわいそうでないか。だから、進学校は進学校たるべし、というのが当ジャーナルの主張であり、宮城の公立高校の進学実績の低さを何度となく訴えてきた。当然ながらデータだけを嘆いても仕方がない。仙台偏重の教員人事にも何か問題があるかも知れないし、もっと根本的に県民意識にも内在するものがあるようにも思う。学区撤廃には、競争激化で振り分けになるなどの反対論や慎重論もあるが、それは他の方策で救うことができよう。学校の特性伸長と中学生の機会選択の拡大のため、やはり学区撤廃は進めた方が良い。もちろん、撤廃して全てがうまくいくものでもなく、各学校もこれを好機に、意識をもってそれぞれの学校づくりを進めていくべきなのだが、学区撤廃のインパクトなくして実現できるだろうか。改めて、東北各県と比較してみて、いわゆる進学校の実績の相対的低さを検証してみたい。教育委員会で各学校の進学実績を一覧表にしても良いと冒頭記したが、この点、秋田県では県教委が学校別の一覧表を提供している(19年春のデータ)。秋田市外と市内に分けて、進学率(全日制卒業者の進路)が7割以上の学校は以下の通り。なお私立はいずれも進学率が7割に満たない(明桜43.8%、精霊大付58.8%など)。------------大館鳳鳴 卒業者271 大学進学218(80.4%) その他(浪人等)29(10.7%)能代 277 215(77.6%) 24(8.7%)本荘 274 209(76.3%) 38(13.9%)大曲 254 201(79.1%) 18(7.1%)横手 276 245(88.8%) 28(10.1%)湯沢 237 190(80.2%) 16(6.8%)秋田 315 222(70.5%) 89(28.3%)秋田南 315 248(78.7%) 53(16.8%)秋田北 277 211(76.2%) 24(8.7%)秋田中央 278 210(75.5%) 25(9.0%)------------今度はこれらの学校の進学状況(全日制)である。過年度卒のデータも入っている。国公立大の現役・過卒別の進学状況を拾った。------------大館鳳鳴 現役117 過卒11能代 112 9本荘 96 11大曲 113 7横手 186 9湯沢 113 7秋田 149 44秋田南 138 14秋田北 88 3秋田中央 76 7------------進学率7割以上の学校で拾ったが、これらは概ね国公立進学100名以上となっている。宮城県内の学校はどうだろう。旧制中学など地方中心都市のいわゆる進学校の実績はどうだろう。秋田県の上記学校のように国公立現役100人以上は何校あるか。なお、学校によって最新(平成20年春)データは掲げていないし、また合格実績と進路実績などデータは統一されていない。------------石巻高校(普通科6クラス) 平成20年 国公立合格者 現役70 過卒16 計86 なお、卒業者進路実績データもあり、卒業者の国公立進学68、浪人30である。 過去数年で最高の実績。平成14年現役国公立合格24名からは随分伸長。石巻好文館高校(普通科5クラス) 平成20年 国公立合格者 現役18 過卒5 合計23古川高校(普通科6クラス) 平成20年 国公立合格者 現役72 過卒9 合計81 近年で最高。15年度の現役29(過卒17)から見れば相当の躍進。白石高校(普通科4クラス。なお今後統合により普通科6看護科1) 平成20年 国公立合格者 現役46 過卒14 合計60 過去5年は70人前後だが、H15は35人(うち過卒7)と極端に少ない。角田高校(普通科5クラス。平成17年に統合) 平成18年 国公立合格者 合計21気仙沼高校(普通科7クラス。平成17年統合) 平成20年 国公立合格者 65 上記は卒業生(現役)実績と思われる。統合前から毎年着実に伸びている。------------という訳で、やはり宮城県内の地方中心都市の進学校は、秋田に比べて見劣りする。それでも古川、石巻、気仙沼は近年顕著に伸びている。共学化の成果の点もあるだろうが、今後に期待したい。ちなみに今春初の卒業生を出した本県初の中高一貫校(併設型)古川黎明は、進路実績で国公立14という数字だ。参考までに近県の学校をいくつか拾う。------------酒田東高校(平成20年度から普通科5クラス。以前は6クラス) 平成20年 国公立合格者 現役120 なお、卒業者の進路実績もあり(19年)、国公立計126、浪人30とある。 国公立合格実績は、H17が98、H18が114、H19が140と、躍進を続ける。新庄北高校(普通科5クラス) 平成18年 国公立合格者 現役79 過卒10 合計89 今は中央学区(山形市など)と統合したが北学区の伝統校。大船渡高校(普通科6クラス) 平成18年 国公立合格者 現役113 過卒4 合計117------------これらと比較すると、何度も言うが、やっぱり本県の石巻や古川はまだまだというべきだろう。秋田の本荘や湯沢が例年確実に100人を出していることに比べて、12万都市(合併前)の石巻高校の実績は寂しい。これでも随分改善しているが。また、他県は浪人が少なく、本県は多いように思われる。石巻高校の30人も多めだが、仙台市内の高校だともっと多いはずだ。県民意識や経済事情もあるだろうが、現役で合格せずとも仕方ないという意識が学校側にもあるとすれば、大変残念だ。是非、この状況に安住しないでいただきたい。ここで仙台市内の高校を見てみる。------------仙台第二高校(普通科8クラス) 平成20年 進路実績 国公立252(東北大127) 平成19年 同 国公立229(東北大104) 平成18年 同 国公立221(東北大103) 平成20年 国公立合格者数 現役129 過卒124 合計253仙台第一高校(普通科8クラス) 平成20年 国公立合格者数 現役141 過卒97 合計238(東北大73) 平成19年 同 現役118 過卒101 合計219(東北大74) 平成18年 同 現役93 過卒81 合計174(東北大43)宮城第一高校(普通科5クラス、理数科2クラス。昨年まで宮城第一女子高校) 平成19年 国公立合格者数 現役126(東北大26)(過卒はデータ無し) 平成19年 進路決定数 国公立116(東北大25)泉館山高校(普通科7クラス) 平成19年 国公立合格者数115(現役だけと思われる)------------仙台一高は一時の落ち込みからは盛り返しているだろうか。それにしても仙台市内の進学校の浪人比率は相当高いというべきだろう。秋田のデータでは、秋田高校で卒業生の3割弱が浪人と思われる。自分の進路を見極めて追求することも大事だと思うが、それにしても半分程度が浪人というのは大変なことでないだろうか。浪人比率も共学化によって徐々に変わるかと思われるが、自発的な浪人選択はそれで良いとしても、現役で目指す進路実現を支援できるような学校であってほしい。進学校の名に恥じない責任を期待する。■関連する過去の記事 公立学校の学区撤廃を考える(08年7月30日) 中高一貫校と東北(08年1月15日) 宮城県立高校の共学化について(4)真に学校を思うなら(05年12月11日) 宮城県立高校の男女共学化を考える(3)妙案登場!?(05年12月7日) 仙台市梅原市長の「仙台一高・仙台二高別学維持」発言に思う(05年11月30日) 宮城県内の公立高校の男女共学化論議を考える(2)歴史(05年11月28日) 宮城県立高校の男女共学化を考える(1)序論(05年10月28日) 宮城の進学率と公立高校を考える(05年9月6日)
2008.07.31
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宮城県教委は高校合同相談会を初めて開催し、二千人が来場した(河北新報の28日の記事)。10年度に公立高校の学区撤廃を控え、進路選択に役立ててもらう趣旨で、7月27日(会場:仙台市体育館)を皮切りに、気仙沼、大崎、白石、石巻と県内5会場で順次開催する(県教委の資料)。また、これとは別に夏休みなどに学校説明会(オープンキャンパス)を実施する高校も多い(県教委の資料)。しばらく前は宮城県では男女共学化の是非が喧しく論じられた。学区撤廃論議(宮城県では全県一学区制の語が用いられる)についても賛否両論があった。本県の場合、学区撤廃の理由について、表向きはより多くの学校から希望に応じて選択できるようにするため、と説明されている。そして今回のオープンキャンパスも、選択対象の広がった各高校を知るための機会を提供する、という位置づけだ。このことを説明している県教委の広報用リーフレットには、さらに各学校の取り組みとして、進学、資格取得、就職、スポーツなど、それぞれに特色のある学校づくりをめざす、とされている。こちらの方が、むしろ学区撤廃の理由にふさわしいだろう。上記の選択機会拡張論は、生徒側の視点を押し出したものだろう。ところで、学区撤廃は全国的な流れで、私立高校に危機感が生じているとの報道があった(読売新聞の28日の記事)。03年以降20都県が撤廃、9道府県が統合(学区減)。09年には北海道と京都が2度目の統合、10年には宮城が撤廃、熊本が統合。少子化と私立人気の中、公立高校が生き残りをかけて、住み分けから競い合いに舵を切った、という説明だ。以下、この記事から要点を拾ってみる。うまく整理されているからだ。------------○ 学区制は高校進学率アップの仕組みとして長年機能してきた。60~70年代の受験競争加熱時代には、15の春を泣かせない抑止策として使われた。特に首都圏では学区内でさらに学校群制を設けて合格者の希望とは無関係に振り分けた。○ しかし高校全入時代を迎え、今や生徒の多様なニーズにどう対応するかが求められているところ、学区制が選択の幅を狭め、優秀な生徒は私立や国立に流れてきた。都は82年に学校群制を廃止したが、都立離れに歯止めはかからなかった。○ 01年度地方教育行政法が改正され、都道府県の判断で学区撤廃が可能となり、03年の東京(14学区)と和歌山(9学区)が初の撤廃。○ この流れは広がる。東京同様私立との争奪が激しく交通網も整備された神奈川や埼玉は早期に撤廃。北海道、岩手、長野など面積の広い自治体では学区統合で対応。○ 私立を含む学校間の競争が激化。東京では都立の定員割れが、撤廃前の19校(02年)から32校(08年)に。高校の序列化や激しい受験競争が再燃する恐れも。○ ところで学区撤廃をめぐる動きも都会と地方では様相が違う。○ 都会の場合は、私立優位の勢力図が変わりつつあり私立も神経をとがらせる。▽ 60年代までトップクラスの日比谷高校は、都の学校群制度(67年)以降私立に押され気味だったが、03年学区撤廃により1.5前後の競争率は2倍を超え、東大合格者数も1桁から28人(07年)に増加。旧学区外の受験生が8割に上る。旧制中学の伝統校は同様の傾向にあるため、学区撤廃の効果とされる。 伝統校以外にも秋留台高校(基礎学力や生活面に課題ある生徒を受入れ)なども倍率が高い。他方で、特色を出せずに苦戦の都立高校も。▽ 一方で私学も打撃を受けている。大阪府では私立1校だけを受ける専願受験生の割合が低下し、定員割れの私学も。08年大きく定員割れした摂陵高(茨木市)は関西で初めて早稲田大の系列に。北陽高(大阪市)も関西大の併設校に。○ 地方都市の場合は、交通網の関係で事情が異なる。▽ 秋田県(05年撤廃)は、秋田高(秋田市)を旧学区外から受験する生徒は3~5%に過ぎない。香川県は2つの学区の存廃論議で揺れ、県議会は猛反発。第2学区の伝統校丸亀高が、第1学区の高松高に飲み込まれると心配する。------------東北の各県はどうだろうか。青森 05年撤廃(6学区)岩手 04年統合(19学区→8学区)宮城 10年撤廃(5学区)秋田 05年撤廃(3学区)山形 -福島 -山形県は現在3学区制。南学区(米沢市ほか)、西学区(酒田市、鶴岡市ほか)、東・北学区(山形市、村山市ほか)。北学区は地域の要望で統合したものだそうだ。隣接学区への枠はナシ。福島県は現在8学区制。ただし、隣接学区に越境入学枠が3%認められている。つい5年前までは、他県から仙台に来ると、おそらく多数の人の抱くのは、こんな感想だった。「男女別学高校に思い入れが異常に強くて、それを誇りに思って疑わない。そのくせ、進学率も悪くて浪人も平気。かといって私学もちょっとだし。仙台以外では伝統校でも大学進学は難しい。生活するには絶好の環境なのに高校の教育体制だけは変によどんでおり、子どもの教育環境は大いに不安。」まずは、宮城の教育界も、良い意味で「普通の状態」になってくれれば良い。共学化は実現する。その上で、特色ある学校づくりのために学区撤廃だ。もちろん何事もバラ色ばかりではない。欠点もある。反対論は、特定学校への志願集中や学校の格差助長の点に集約されるだろう。しかし、少子化を踏まえて、また宮城県の高校の実力(進学や就職の実態)を素直に直視して、これで良いと思う人はいないだろう。学区撤廃は、歴史の必然だから、という受け身の理由ではなく、沈滞を破り高校の実力を引き出すため必要なのだと思う。そして当然ながら、学区撤廃だけで終わってはいけない。教員の人事政策、中学校の進路指導、各学校での特色の認識と努力、など関係者の配慮が根付いていくことが必要だ。
2008.07.30
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毎日新聞の記事だが(28日)、福島県中島村で、恒例のトマト大喰い大会が27日行われた。3分以内に何個食べるかを競う、何でも名物イベントだそうだ。一般の部では、18個を食べた大学生が昨年に続いて優勝し、賞金2万円を獲得。しかし、トマト18個は辛いだろう。この人、昨年は21個だというから、驚く。さて、この村の特産がトマトなのだという。桃太郎というブランドは、全国的にも有名なのだそうだ。「童里夢(どりむ)公園なかじま」にトマト館があるそうだ。実はこの中島村という所、不勉強な私にはピンと来なかった。地図で見ると、最寄りICは矢吹。JR東北線だと泉崎か矢吹。矢吹から棚倉に通じる県道の中間地点あたりで、阿武隈川左岸。地図で見ると整然と道路が区割りされているから、美田地帯なのだろう。村の紹介に、音楽プロデューサー小室哲哉氏来村(平成9年)と誇らしげ?に記載されている。村長さんも小室さんとおっしゃるそうだが、作曲家の小室さんも、祖父が村の出身とのこと。トマトの話に戻るが、私は早食いや大食いの類は若い頃から弱いのだが、ひょっとして野菜系の大食いは、カレーやハンバーガーと違って、苦にはならないのだろうか。なんて考えてみるが、そんなことはなかろう。私はトマトはあまり好きではない。でも子供の頃は、あまりお菓子もなかったから、畑のトマトを取って食ったりしていた。今でも好きではないのだが、スーパーで並んでいる赤くてきれいな均質のトマトよりは、あの青筋の入ったような皮の固いトマト(畑で取って食ったヤツ)の方が、美味かったのではないだろうか、と思う時が実はある。それでも、早食いはできないが。
2008.07.28
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今日も大変な一日だった。午前中は下の子の工作の手伝い。昼前には、実家に移動してコンセントと水道の蛇口の修理。コンセントは、老朽化したものを取り外して、DIYで買った新品の部品を取り付けるのだが、ちょっとだけ配線をいじくることになるためか、厳密には電気工事士でないとやってはいけないそうだ。法を犯していることになるのだろうが(反省)、古ぼけて黄ばんで見栄えの悪いのを取り替えたいと、義母に懇請されているのでここは勝負。というほどではないが、難しくはない。一応もう少し長生きしたいので、ブレーカは落として作業する。今日は2箇所作業。それと洗面所の蛇口。混合栓がイカれているので、新品を9千円で買って取り付けた。こちらは違法の問題はないだろう。栓を管につなぐだけの、原理は簡単なことなのだが、洗面台の下に潜って、手元の狭い中で取り付けるのが結構大変。4時までに作業を終えて、イーグルスの勝利をラジオで確認して、ほっと一息。ところが今度は6時頃に帰宅した上の娘が、今から実家に徒歩で行きたいと騒ぐ。6年生とは言え、やっぱり心配。反対する妻をよそに、エイ分かった、行け行け、と。喜び勇んで飛び出した娘を、5分後に自転車でつけていく怪しいオジサン(私)。約4kmの道のりを歩いたり走ったりする我が子を遠巻きに見ながら、進む。途中2度ほど見つかってしまい、来るなと叫ばれる。一旦帰ったフリをして、別なルートで出没する、端から見れば何とも奇怪なトワイライトおやじだったろう。7時頃、何とか実家に着いたのを確認して、任務終了。疲れた足取りで自転車を漕いで帰宅。疲れた日曜日だった。
2008.07.27
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ヒヤヒヤしましたが、意義有る勝利。細切れにTBCラジオを聴きながら仕事。最後は川岸に全てを託して、これで勝っても負けてもこれしかない、という有田さんの落ち着いた?解説に安心していました。とは言え、勝利の瞬間をこの耳で確信するまでは、何も手に付かなかったデスね。ああ、良かった。岩隈で持ちこたえて、吉岡が打って、川岸が締めて。いいねえ。思えば昨年はちょうど今頃です。小山が彗星のごとく台頭してセーブを重ねて、みごとイーグルスは立て直した。今年は出だしが余りに良すぎて、最近の連敗は本当に嫌なムードでしたね。1年目に戻ったようだ、とか。でも違います。多少の波が出ているだけ。ここから盛り返しましょう。上位まで実は大差ないのですから。AS前の最終2戦。まずは明日の朝井です。
2008.07.27
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朝ごはんの時、子どもと話していて、あ列だけの名前あるかな、と言ったら、娘がはまや あやか(浜屋 彩香)たしかに居そうです。他にも、浜名 高菜高間 真菜香山形 わか菜こんな感じでしょうか。■関連する過去の記事 母音だけで文章が作れるか(06年1月30日)
2008.07.26
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山形新聞によると、23日、山形市と遊佐町のそれぞれ小学校プールで児童の事故があった。----------山形市の出羽小では、5年生の女子児童が競泳練習中に頭をプールの底に打ち、一時意識を失う事故があった。女子児童は教諭の人工呼吸で意識を取り戻し、市立病院済生館に搬送。頸椎骨折の大けがで、23日午後5時半から24日未明まで手術。同校はプール使用を当面中止を検討。他方、遊佐町豊岡の蕨岡小のプールで23日午前10時15分ごろ、1年生の女子児童が沈んでいるのを監視の教諭が引き揚げ、日本海総合病院に搬送。女子児童は一時、意識不明となったが、命に別条はない。酒田署の調べによると、同校の1、2年生計34人が同日午前9時半から水泳の授業を受け、授業終了時間の同10時15分になったので、教諭がプールサイドで人数を確認した際、1人足りないことに気付き、プール内を探したところ、水深約1メートルの中央付近で沈んでいる女子児童を発見。すぐに救助して人工呼吸したという。----------これらの報道を見ると、とにもかくにも児童の命が救われていることにホッとする。担当の先生がおそらくは迅速に対処したためなのだろう。思い出したのは、河北新報の22日の記事。福島県では、高校のプールで飛び込みが禁止されたままで水泳部員が練習できなくて困惑しているという内容。これは、県教委がプールでスタート台から飛び込む行為を全面禁止にした1日付けの通達なのだが、6月に県立高校のプールに飛び込んだレスリング部員が底に頭をぶつけて死亡した事故を受けたもの。しかし、国体予選の県総体が目前に迫る水泳部員は大会に向けたタイム測定さえままならない。やむを得ず禁を破る高校もあるという。河北の論調は、一律禁止はやりすぎだ、という感じ。プール事故というと、学校事故の1つのテーマだ。判例も少なくなく、法的責任問題の研究対象にもなっているが、何より大事なのは管理体制だ。難しいことではない。普通に「気づき」の感覚を生かすだけなのだ。山形の2件の事故。被害の児童には大変気の毒だが、迅速に対処した(と思われる)先生の存在に、何か安心感をおぼえる。■関連する過去の記事 ふじみ野市プール事故初公判を考える(07年11月21日) 地下鉄のエスカレーター点検(07年8月15日) 再びプール事故を考える(2006年8月11日) ふじみ野市プール死亡事故を考える(06年8月3日)
2008.07.25
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北京五輪に向け東北で最終の合宿を行う海外代表選手団が気になっていたが、今朝(23日)の河北新報に記事が出ていた。全部で5カ国5競技が東北を合宿地に選んだそうだ。選定した縁と、地元での交流内容などを整理してみた。以下のとおり。----------▼花巻市 ギリシャ ボートチーム(花巻市東和町の田瀬湖) 13日から 監督が日本代表コーチを兼任する縁で。日本チームも同所で合宿。 19日には地元の交流会もあった。▼花巻市 ドミニカ共和国 柔道チーム(富士大) 20日から 富士大と現地の大学の柔道部が姉妹部の縁。 地元国体選手との練習会など予定。▼天童市 キューバ 女子バレーチーム パイオニア・レッドウィングスの監督同士が旧知の縁。 21日に両チームの公開練習試合。▼上山市 バーレーン 陸上チーム 8月6日から 昨年夏の大阪世界陸上の際も受け入れ。 盆踊りに招待したい(市役所)。▼仙台市 オランダ ソフトボールチーム 24日から 地元中高生のソフトボール教室を計画。----------花巻の2国の合宿が際だつ。田瀬湖は、日本代表チームの合宿が過去4回行われ、また二千メートルコースが常設できるなど全国トップクラスの練習環境が評価され合宿地に決定したそうだ。市では、両国の合宿を歓迎するポスターを至る所に貼りだして、歓迎と応援ムードを盛り上げているという。花巻とボートの縁は深いのですね。■関連する過去の記事 北京五輪 東北で合宿する外国勢(08年7月20日) 北京五輪 東北の選手たち(08年7月20日) 五輪キューバ代表が天童に合宿(08年7月17日)
2008.07.24
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22日朝のラジオで聴いた。石巻の川開き花火大会が今年も8月1日に行われるが、水中スターマインは石巻が発祥の地なのだそうだ。石巻の花火と言えば、旧北上川沿いの壮麗な夏の風物詩。開北橋のナイアガラも川面に映って美しい。とは聞くが直接見たことないのですが。とりあえず画像で見て頂くと、素晴らしい雰囲気が味わえます。このサイトにもちゃんと記されている。石巻が発祥、と。川と海運の都市石巻ならではのイベントだが、ところで水中スターマイン、とは何だろう。そもそもスターマインとは良く聞くけれど何を指しているのか。スターマインとは要するに連発する花火を指すようだ。水中とは本当に川の中から打ち上げるはずはないから、水面レベルから上げるということだろうか。(以上、不勉強。)話は戻るが、石巻の花火は最大10号玉、1万5千発と県内最大級。(仙台が1万6千発で最大4号玉。数で石巻に次ぐのは、塩竈(最大8号玉)と松島(10号玉)の8千発。)人出は石巻19万人、仙台55万人、塩竈12万5千人、松島11万人(いずれも昨年で、るるぶ.comから)。ちなみに東北他県ごとに人出数の最大のものを拾うと(打ち上げ数、最大号数、昨年の人出)、----------福島県 いわき小名浜港花火大会 1万発、10号、40万人山形県 山形大花火大会(山形市) 2万発、10号、42万人(なお、鶴岡と酒田も30万人規模。)秋田県 全国花火競技大会(大仙市) 1万5千発、10号、76万人(やっぱり格が違いマスね。)岩手県 北上みちのく芸能まつり花火大会 1万発、10号、20万人(ちなみに一関市川崎の花火は最大2尺玉(20号)だそうだ。)青森県 青森ねぶた祭花火大会(青森市) 1万発、10号、非公開(記載されているのでは、八戸の14万人。)
2008.07.23
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昨夜は塩竈湊まつりの前夜祭の花火大会。本塩釜駅の海側のロイヤルホームセンター辺りで見物いたしました。色とりどりの光がパッと咲き乱れて、きれいですね。やっぱり夏は花火大会です。関係者の皆さんご苦労様でした。ベイエリアの雰囲気があって、塩竈は大変すばらしい町です。水産業や加工産業の不況、さらには市財政の窮乏で暗さもありますが、何といっても若い人は多く住んでいるし、交通基盤も大変恵まれている。花火大会の際も感じましたが、夜空と町灯りの間を水平に泳ぐような仙石線の高架の電車の光。仙台近郊にあり、文化面でも独自性があって由緒は随一、風情もあるし、こんな町は東北には他にないのですから。水産にとらわれずに、仙台を利用する気概で、新しい都市再生を。(そんな議論は後ほどに。)ところで、いつも迷うのですが、塩竈と書く時、「釜」「竃」「竈」のどれを選択しようか。市の表示は最後が本当なのですが、私はこれまで、その1つ前の略字のようなもの(縦の線が複線でなく単線で、亀みたいなヤツ)を選択していたような気がします。漢和辞典を見てみました。竈部首はウかんむりではなくて、「穴」のようで、21画。ちなみに市のホームページに、丁寧な説明があります。書き順もバッチリ習得できます。では、あの亀みたいな字は何かというと、竃これは17画で、竈の異体字なのだそうです。変換候補リストに出るので手っ取り早く使っていましたが、これからはちゃんと竈を使いましょう。そういえばあの有名なラーメン屋さん(本竈)もこれですね。塩竈神社近くの交差点には素晴らしい道路標識があります。画像を取り忘れたのですが、1枚の案内の中に、「塩釜駅」「塩竈市役所」「鹽竈神社」の3パターンの「しおがま」が収まっているのです。上の子に教えたら、興味を持ったようでした。「釜」と「竈」は字義が異なるため本来代用できないがJRや国県の表示では常用漢字を用いている、塩と鹽は字義が同じなので代用可能だが、神社は由緒を重んじている、とこんな説明で良いでしょう。鹽部首は鹵(しお)で、通常使う「塩」の異体字です。さすがに由緒ある土地柄です。最後に素晴らしい和歌を一つ。(詠み人オダズマ)しほかまの ひかりあつめし 千賀の浦 ドカンと一発 今日は頼むぜ(解釈)由緒ある塩竈の良さをあつめたような美しい花火が、歌枕の千賀の浦(塩釜湾)に咲き誇った。ああ、このように今日はホセと山崎に一発がでてくれることだろうなあ。
2008.07.21
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崖っぷちイーグルス連敗脱出。よかったよかった。塩竃の花火を見に行くというので、出発間際の5時半近くまでskyAを見ていた。お~っと山崎にホームラン。いいぞ今日はKスタと塩竃と両方で花火大会だっ! と思いきやファウルですか。嫌な予感で車に乗ってラジオを聴いたら、山崎執念の2ベースで続いて、シャーパーが見事2点タイムリー。藤井も続いて、一挙3点。渋滞の車の中、会場に向かう塩竃市内にて、子どもの手を引きながらラジオのイヤホンに頭半分を集中させる。でも、2回ウラの山崎の執念で、今日は何故か勝ちを確信できたように思っていた。ヤッタ~。見事勝利はちょうど8時直前。下の子の仮設トイレの順番待ちの時でした。そして、8時からは、花火大会。ドッカ~ン。という訳で、大変スッキリとした梅雨明けの夜でありました。
2008.07.20
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北京五輪に向けて日本を最終合宿の地に選ぶ外国勢が多いそうで、先日も天童に合宿する女子バレーのキューバ代表の記事があった。食の安全や大気汚染、また注文通りの食事がでるかどうかの体制整備などの点から、韓国や日本を選ぶ国が多いそうだ。そんな中でも、関係者の縁や努力などによって合宿の地が選ばれたわけだ。世界最高の選手が滞在してくれることは国際交流の何よりのトピックだ。場合によっては一流のプレーを目にする機会もあるし、ともかく我が町を世界が選んでくれた事実は誇りだ。もちろん選手たちには最終調整に専念してもらいたいが、東北の良さをぜひ記憶に留めて欲しいとも思う。ところで、日本国内では最大の受け入れ先となるのが福岡市だそうだ。スウェーデンとオランダの合計150人程度を受け入れる。韓国は国を挙げて誘致に乗り出したようだが、日本ではどうだったのだろうか。シティセールスの観点からも、地域のスポーツ活性化の観点からも、(失礼ながら中国との成熟度の質の差を示すためにも)もっと力を入れても良かったように感じる。特に宮城県などは、すばらしい施設と合宿所があって、多分空いているのだろうから!そう思って少し調べてみたら、知らなかったが、オランダのソフトボールチームが仙台市に来るのだそうだ(発表資料)。7月24日から8月4日まで滞在とのこと。あとは上述の天童(キューバ女子バレー)と、上山(バーレーン陸上)くらいしか見つからなかった。■関連する過去の記事 北京五輪 東北の選手たち(08年7月20日) 五輪キューバ代表が天童に合宿(08年7月17日)
2008.07.20
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来月いよいよ北京五輪(中国でも五輪と表記するの?)です。東北出身の選手達を調べてみた。(NHK、読売新聞サイト ほかから)----------▼陸上安孫子 充裕(あびこ みつひろ) 山形 筑波大 400m 筑波大1年の19歳。日本選手権1位堀籠 佳宏(ほりごめ よしひろ) 宮城 富士通 400m、1600mリレー。アジア選手権1600リレー4位丹野 麻美 福島 ナチュリル 1600リレーほか。05日本選手権で日本人女子初の51秒台。今年の静岡国際で日本記録更新松宮 隆行 秋田 コニカミノルタ 5000m。日本選手権5000と10000で3連覇。5000では日本記録保持者福士 加代子 青森 ワコール 5000m、10000m。5000日本記録保持者。日本選手権で5000と10000を5回制覇川崎 真裕美 福島 海老沢製作所 20km競歩。アテネ40位、昨年日本競歩で日本新記録池田 久美子 山形 スズキ 6.86の日本記録。06アジア大会金メダルは日本人36年ぶり佐藤 敦之(さとう あつし) 福島 中国電力 マラソン▼競泳森田 智己(もりた ともみ) 宮城 セントラルスポーツ 23歳 100m背泳、400mメドレーリレー。アテネ100m背泳ぎ銅、4×100mメドレーリレー銅▼サッカー石清水 梓(いわしみず あずさ) 岩手 日テレ DF▼ソフトボール(監督)斎藤春香 青森 選手としては、00シドニー銀、04アテネ銅▼ホッケー小沢 みさき 岩手 富士大大学院▼バレーボール宇佐美 大輔 秋田 パナソニック高橋 みゆき 山形 NEC▼卓球福原 愛 宮城 ANA 19歳▼柔道泉 浩 青森 旭化成 90kg級。04アテネ銀▼レスリング伊調 千春 青森 綜合警備保障 フリースタイル48kg級伊調 馨 青森 綜合警備保障 フリースタイル63kg級▼フェンシング千田 健太 宮城 宮城ク フルーレ個人菅原 智恵子 宮城 宮城ク フルーレ個人原田 めぐみ 山形 山形県体協 エペ個人▼新体操三沢 樹知(みさわ なち) 山形 東女体大 18歳▼自転車伏見 俊昭 福島 日本競輪選手会 トラック渡辺 一成(わたなべ かずなり) 福島 日本競輪選手会 トラック▼カヌー竹屋 美紀子(たけや みきこ) 山形 山形谷地高教 カヤックペア500m、カヤックフォア500m久野 綾香(くの あやか) 福島 久野製作所 カヤックフォア500m▼重量挙げ堰川 康信(せきかわ やすのぶ) 青森 自衛隊 男子56kg級----------さすがに全選手団の中では数こそ少ないものの、柔道の泉選手、レスリングの伊調姉妹、卓球の愛ちゃん、背泳の森田など、世界トップの選手がいます。陸上では代表選手の中に東北出身の選手が多く、池田、福士、佐藤など大いに期待されると思います。がんばろう東北!■関連する過去の記事 五輪キューバ代表が天童に合宿(08年7月17日)
2008.07.20
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女子バレー日本代表の栗原選手に被災地栗原市のJAが地域の農産物を贈った記事を読もうと、山形新聞のサイトを覗いていたら、ずいぶんとオリンピック関連の話題が多い。栗原選手と多治見選手の壮行会が天童であったほか、山形市では高橋みゆき選手の壮行会。上山では、地元出身の陸上男子短距離の安孫子充裕選手の壮行会。サッカー日本代表にはモンテの豊田選手が選出。そして、キューバの女子バレー五輪代表が最終合宿として天童に到着、の記事も。県総合公園合宿所に宿泊し、28日まで滞在するのだそうだ。優勝候補の滞在で、地元も大いに盛り上がっているのではないだろうか。キューバ代表の選手達には、東洋のアルカディア山形でじっくり英気を養って頑張って欲しい。山形を忘れずに。ザッとみてもこれだけの五輪関係の記事。世界最高水準のオリンピックに、いま山形は沸き上がっている感じがする。わが宮城県は施設は最高水準だが、どこかの国の代表が合宿、という話はあったのだろうか。
2008.07.17
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今日はいよいよ日本のエースのダルビッシュと対戦。こちらは悲運のエースのドミンゴだ。勝ち星に恵まれないが、今日は粘りのピッチングでハム打線を抑えてくれるような気がします。2点以内の勝負だと思われるので、ホセか山崎の一発がカギでしょう。予想は期待を込めて2-1で勝利。がんばろう東北の寄せ書きにあるドミちゃんの言葉のとおり、GANBARO精神でお願いします。
2008.07.17
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録画しておいた番組(みのもんたの日本ミステリー)を、ヒマを見つけては細切れに子ども達と見ているが、邪馬台国が四国の阿波にあったとする「新説」があった。一部に強固に主張されているのは知っていたが、昨年の古墳発見で俄然注目を浴びたという説明。天皇家に代々仕える阿波忌部氏の話は大変興味深かった。ところで全然関係ないことだが、この徳島の話で登場した先生の肩書きが、市立鳴門工業高校教諭、とあってビックリした。何に驚いたかというと、あの甲子園で有名な鳴門工業は県立だろうなと、根拠もなく思っていたからだ。一般に市立は商業系が多いが、鳴門市は工業が盛んなのだろうか、大きな工場でもあっただろうか、国立の鳴門教育大学は知っているがそもそも都市規模も大きくないと思うが、などと疑問が消えない。そこで、調べてみた。人口6万2千人は東北の地方都市と変わらないが、大塚製薬グループの大塚製薬工場が立地する、グループ発祥の地。不勉強で恥ずかしいが徳島ヴォルティスの本拠地でもある。市立鳴門工業高校は1962年に設立されている。鳴門市の一般会計規模は200億円、市税収入は80億円のようだ。各市サイトに掲載された広報から平成20年度当初予算を拾うと、石巻市(人口17万人) 一般会計歳出591億円、これに対し市税収入183億円気仙沼市(6万5千人) 214億円、63億円北上市(9万4千人) 294億円、134億円米沢市(9万3千人) 304億円、112億円名取市(7万人) 216億円、103億円大館市(8万2千人) 278億円、82億円白河市(6万5千人) 236億円、82億円能代市(6万2千人) 230億円、67億円五所川原市(6万2千人) 260億円、54億円という感じで、やはり東北の6万人都市と比較すると、ちょっと市税収入は多めかな、という気はするが飛び抜けて工業都市という感じもしない。それでいて市立高校を持ちつづけているのは、やっぱり産業人材育成にかける市民の意気込みか。先月記事に書いたが、能代商業高校は市立だ。市立高校は、秋田には3市4校。東北全体を見渡しても、県庁所在市以外で高校を持つのは、我が宮城の石巻市のほか、酒田市(酒田中央高校)だけ。なお、青森市と福島市には市立高校がない。つまり、高校を持っている市は、仙台市、石巻市、山形市、酒田市、盛岡市、そして秋田の3市、これだけだ(ちょっと意外)。かつては地方中心都市の需要を反映して、商業科や女子実業系学科が結構あったのだろうが、県立に統合するなどして姿を消したものも多いと思われる。仙台市は高校6校と特別支援学校1校を持ち、さすがに東北ではダントツの数だが、全国の政令指定都市と比較してみると、札幌市(高校8、特別4)、広島市(高校8、特別1)、千葉市(高校2、特別2)などとなっており、伝統ある先発指定都市ほど市立学校も多いようだ。一概には言えないが、仙台市の場合は宮城県における同心円的な文化構造から来る伝統なのだろうか、市独自で教育基盤整備をすることが少なかったように思う。特に特別支援学校や大学は顕著に他の指定都市と差があるように感じる。京都市、川崎市、北九州市、広島市などが市立大学を設置しているのに対し、仙台市は、宮城県が本間知事の強い思い入れで大学を開校したこともあったためか、経済界からも要望の強かった市立の産業系大学構想を結局見送っている。札幌市や神戸市は高専も持っている。今となっては財政的に懸命な判断だったとも言えようが、私はこの点随分前から気になっていた。仙台市は自ら大学を設置することを断念する代わりに私立大学の充実を図る施策を設けたが、ちょっとまずい結果となったのは周知の通り。高等教育機関を設置すべきだ、と言うわけではないが、高校の学力低迷や進学率低下が久しく、また市内に県立特別支援学校が5校もある上に市外の県立養護学校にも依存しているという。仙台商業や市工など卒業生の活躍は大きいとは思うが、高校教育の底上げや独自性発揮、また養護教育の充実のために、仙台市はもう少し目を向けても良いのではないだろうか、と率直に感じるときがある。■関連する過去の記事 東北の組合立学校(08年6月19日) 檜山茶と能代商業高校(08年6月11日) がんばれ東北の商業高校の生徒達(08年6月10日)
2008.07.15
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来る17日に仙台で内閣と経済界が主催する道州制シンポジウムが開催される(案内)。道州制に関しては論者がさまざまな意見があるだろう。かつての国会移転論議のように単なるムードだろうと見る人も相当多いと思うし、ある程度趣旨は共鳴するとしても霞ヶ関が許すはずがないと現実面で諦めている人もいよう。国会議員の本気度も相当怪しい。私は、国のかたちの論議だと大上段に構えることは、議論の歴史的意義を指摘し改革を進める動機付けとしては良いと思うが、それだけで進めることはできないし、すべきでもないと思う。今回の道州制議論は、あくまで基本は国と地方を通じた行政改革であり、財政やサービス水準といった国民住民に切実な問題の改革というのが本義だと思うからである。かくあらねばならない方式で理想を説くだけでは各論反対の嵐を抑えきることができない。現在の苦況を脱するにはこれしかない、こう進むべきなのだ、という必要論こそが肝心なのだ。あったらいいな的なオリンピック誘致論とは全く異なるのだ。必要に迫られているのだ。いま私は「今回の道州制論議」と限定修飾した。つまり、道州制とは何か史的唯物論的に到達すべき理想目標として推進するものではない。道州制の姿かたちも、それを必要とする事情も、古今東西様々なはずである。だから、道州制とは何か式の決めつけ的定義から出発するのではなく、むしろ現在の日本は地域も産業も外交も財政もおかしくなっている、これをただすための方策として、極論すれば道具として道州制を必要とする、という議論の方式があるべきだ。道州制の内容も様々であり得る。必要な改革を推し進めると、その姿に a kind of 道州制 が浮かび上がるのだ。前置きが長くなった。私が考える道州制の本来の意義を整理するために、ある都道府県知事の道州制に冷淡な主張を引用しながら、議論を展開したい。----------西川一誠氏(福井県知事)の見解1 小泉構造改革路線から生まれた今回の道州制論議は、我が国の個別的現実から離れた、一種の政治イデオロギー的な議論である。必要性や効果を個別に吟味するとどれも不明確である。日本経済が活性化し官僚制の弊害が無くなり行政改革が実行できる、というのは楽観的な期待論に過ぎない。具体的には...(1-1) 道州の競争で経済が活性化する → 前提を無視した抽象論(2-2) 官僚制の弊害の除去 → 権限を道州に移譲できる単純な期待論(3-3) 行政改革 → 規模の経済が働くという算術的効率論(4-4) 地方分権 → 導入を機に道州の条例制定権や課税樹主権が抜本的に見直される「べき」論 事態が複雑な時ほど万能薬が期待されて登場するが、これは日本人の根本病というべきで、近年では首都移転論、リゾート構想、選挙制度改革などに共通する。 このイデオロギー的道州制論の背景には、冷戦終結と社会主義思想衰退に伴い、我が国ではラジカリズムの行き場として、二大政党制や中央と地方などの擬似的対立や普遍的観念論が選ばれ、根本癖を伴う抽象論に向かうのだ。2 道州制の唯一の根拠らしき現状認識として、生活圏が拡大し都道府県域が狭くなったとされるが、東京圏の実相に基づく大都市バイアスに過ぎない。この大都市中心の見方は、都市問題について圏域を拡張すれば解決するといつも誤解している。政治的無関心、犯罪発生、災害対策などの都市問題が区域拡張主義で克服できるはずがない。九州の福岡集中が緩やかなのに対して北海道は札幌に集中していることからわかるが、道州制はブロック内に新たなミニ東京集中を招く。今の道州制は大都市中心のミニ東京集中と周辺過疎を招くだけだ。めざすところは州都狙いの国盗り物語というのが本質だ。3 国政や地方自治に最も大切な民主主義の視点が見落とされている。広大な道州になれば結局は縦割りの部局と地域ごとの出先機関を置くから、国の縦割の弊害が再生産され、また住民にとって身近でなく国と同様の政体だ。さらに、地域の政治代表の喪失につながるとともに、地域の住民自治の力を弱め、中央主権につながる。4 イデオロギーとして見ても、依拠する歴史観や国家観は曖昧だ。経済界は連邦型道州制を主張するが、経済発展や地域活性化のために連邦制を導入した例は世界にない。むしろ国内分裂を回避するために連邦制を導入したのだ。また、EU各国になぞらえて道州制を積極評価する考えもあるが、欧州統合は世界に対抗するための国家間の統合運動であり、統一国家を分ける道州制とは異なるものであり、民族的文化的同一性の高い我が国で、経済発展のためと称して方向違いの目標と手段で中途半端に国家を分割するのは愚考である。 我が国が目指すべきは東アジアの経済統合から国益を引き出すことだ。道州のような分立国家体制を導入すれば交渉力はさらに弱まり、産業通商政策を果たすべき国家の役割を見過ごした空想だ。5 道州制を導入すれば政府の効率が上がり経済が活性化し地方分権も進む、とは論者が生み出した幻想に過ぎない。地方分権の正しい方向のためにも冷静たるべきだ。 イデオロギー的道州制論は、全面的に国家をあげて実現すべきものと主張するだろう。しかし歴史を遡ると、道州制論は地方分権や自治とは全く無関係なものだ。田中義一内閣で州庁設置案(6州に官選長官)、戦後も効率的行政運営から官選知事による道州制が主張された。道州制論は、小さな政府と個人の自助自立の新自由主義に関連するから、府県の区域拡大と行革以外には関心が及ばず、だからこそ連邦制でも地域主導でも自在に提案しこだわりがない。 これは道州制議論が国民生活や社会の実態を離れた観念的な枠組みの議論だからである。論者によって、地方分権の到達する先とされたり、逆に地方分権実現の前提とされることからもわかる。世論調査では国民の道州制支持も後退した。福井県が三大都市圏で行った独自調査(07年)でも賛成は2割に過ぎない。自分の生活に分別のある国民は、その空虚さを見抜いているのではないか。道路特定財源の混乱は政治的な観念論と官庁的な実利論に振り回され、国民生活の現実を離れたが、道州制論も同じ欠陥を持っており、これに多くの国民は気づいている。経済合理性一辺倒の観念論をもてあそぶより、政治の本質に戻り国民とともに大都市問題や地方の生活の実態に正面から取り組み、目前のなすべき課題に道筋をつける努力をすべきだ。(「幻想としての道州制」中央公論08年7月号(1491号)からおだずまジャーナル要約)----------地方自治体のトップだから道州制を推進しろ、などとそれこそイデオロギー的な発想は私もとらないが、しかし現在の地方の疲弊や国家財政の問題をどう認識しているのか、と率直に感じてしまう。民主主義の論点をことさら持ち出すことに虚しささえ覚える。氏の議論の本質は、効率性の経済論理で地方の独自性や少数代表を喪失させてはならない、という思想に立脚する。相当に国家観の理念論や原理論にアフェクションをお持ちの方のようだ。私は、観念論で道州制を語るべきでないとの主張には全く同感だ。しかし、現下の地方財政の苦しみと国の統治機構のムダを直視し改善に導くため、国家統治機構の解体と地域主導の統治力の向上の見地から、新たな拡大地方政府を構想することは自然と思うのに、何故に氏は道州制が中央集権と断定するのか。かえって道州制論を新自由主義的な効率主義的中央主権志向論議、と決めつけた硬直な議論だ。現在の道州制論議の弱点や曖昧さの指摘は重要だが、もっと重要なのは統治体制と財政の改革をいかに具体的に進めるか、の視点だ。国の出先機関や外郭団体に象徴されるムダをなくして地域固有の視点で自己決定をベースに統治するという、現在の道州制論議の差し迫った必要性について、少しは配慮と関心を持って欲しい。民主主義を脅かすものでもなく、同質的な日本社会をあえて分断しようとするものでもない。そのような議論に引きずり込んで、本当の本質を意識的にか無意識的にか回避せんとするものだ。氏の論議は、少々失礼な言い方だが、道州制になったら国体や甲子園に出る代表数が減って淋しい、ぐらいのレベルの低い議論なのだ。(少数代表を低レベルと軽視する意図ではない。道州と政治代表制度のデザインは一応別であるし、道州制実現後も国体は47代表でやるべきとするならそうデザインすればいい。そのような議論をあえて回避して道州制を観念論と決めつける姿勢を、私は疑問に思う。政治代表法という極めて重要な事項を持ち出す場ではないのに、ことさら持ち出す姿勢を、私は甲子園論議に引き寄せて敢えて低レベルと称したい。)州都狙いの国盗り合戦と喝破しておられるが、そんな近視眼ではなくて、むしろ政治リーダーに必要なのは今の窮状をどう救うのかプランと意気込みを示すことだ。さて、私の主張だが、西川氏の主張と私の上記批判を踏まえ、記事を改めて整理することとする。
2008.07.12
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ジャイアンツのキムタクが木村拓と称しているのは、二軍にもう一人の木村がいるからだろう。高卒で入団4年目の木村正太だ。岩手の一関第一高校を50年ぶりにセンバツ甲子園の舞台に導き、速球を披露してスカウトの目を引いた。同期に、東北高校のダルビッシュ(現日本ハム)、秋田商業の佐藤剛士(現広島)がおり、本格派トリオと称された。かくいう私も岩手出身の数少ないプロ野球選手として勿論注目していた。速球とカーブが武器だ。初年度こそイースタンで先発勝利もあったようだが、2年目、3年目、となんだか芳しくなく、登板機会も減ったようだ。さては大学進学した方が本人のためだったのでは、などと勝手に心配していたのは、私だけではないだろう。今年もジャイアンツのホームページでファーム情報を毎日のように覗いていた。4月には、無失点を続け、ショートリリーフが非常に安定していていたようだが、5月頃からプッツリ出てこない。一体どうしたのか。ケガでもしたのだろうか。今週のある日、夜中にふと思い出してジャイアンツのファーム情報を見たら、久々に登場していた。木村(正)の文字が。しかも2イニングを三者凡退の好投。力投の背番号92を写真で紹介もしている。ああ、良かった。ついでに検索していたら、ジャイアンツの星孝典捕手のブログに、入院中の木村投手を見舞った記事もあった。そうか、入院していたのか。でも見事に復帰した。今年は本当に楽しみだ。そういえば、星も宮城県の出身。同じく04年のドラフト仲間。仙台空港の近くで、がんばれ巨人の星、とかいう看板が出ていた。星は既に一軍デビューを果たしているが、今度は木村と星のバッテリーが一軍で実現したら、東北人みんな涙を流して喜ぶことだろう。セ・リーグはあまり知らないのだが、今年のジャイアンツ投手陣の台所事情はどうなのか。生きの良い中継ぎとして木村正を一軍で使ってはどうだろう。HPの木村の談では、常に腕を強く振ることだけを考えているのが良い結果に繋がった、不利なカウントでも置きに行かずに投げること考えている、持ち味のカーブで一軍で通用していきたい、とある。何とも頼もしい。わがイーグルスでいうと、木村の一年後のドラフトで入った高卒秘蔵っ子の片山が好投している。早くから逸材と言われたが、じっくり体を作って今活躍している。木村も焦りはあるはずだが、大切なのは自分を見失わないことだ。野球選手を集めた強豪ではない高校からプロを目指し、この3年間いろんな思いをしただろう。それは他人には知る由もないけれど、とにかく東北出身の1人の若者。それは私も同じ(元若者)だ。だから大いに関係あるぞ、応援するぞ。がんばれ木村正。何ものも恐れず、思い切り、はじけてほしい。
2008.07.11
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平泉世界遺産ならず。ユネスコ世界遺産委員会の登録延期決定を伝える、7日早朝のニュースだった。残念がる地元の声が報じられるとともに、浄土思想でまとめあげた戦略の弱さなどが指摘された。また、2年後を見据えて動き出そうという論調や、世界遺産の指定があってもなくても平泉の価値は変わらないとする納得論なども見えた。各紙はどう解説したか、その内容と「論調」を改めて整理してみよう。(要約はおだずまジャーナル整理)------------◎河北新報関係者の声として、基準が厳しくなったこと、普遍的価値の証明ができなかったこと、を紹介。(7日夕刊)第一報の報道ぶりとしては、平泉の価値は強調しながら、富士山など後続に影響が出るとするなど、ユネスコのハードル設定などが難点とするトーンである。登録されなかったのは国内の推進遺産15件目で初。新規登録を抑制するユネスコの方針は国内の後続に影響必至。平泉の落選の要因は、イコモスが証明不足を指摘した浄土思想の意義や景観との関連性。例えば中世の交通要衝である白鳥舘遺跡は説明が難しく、文化庁の戦略ミスが最後まで尾を引いた。今後、遺産範囲の大幅な見直しとなると、はずれる地域の反発も予想され、関係者の協議を待ちたい。地域活性化や観光振興のため世界遺産登録を期待する自治体は多いが、国宝第一号の金色堂を擁する平泉でさえ待ったを食らった。文化庁は公募方式を見直し、自らの責任で登録可能性が高い遺産候補を厳選すべきだ。(8日 署名記事)文化庁の戦略ミスを指摘し、国として責任を持って候補の厳選すべしとする。暗に平泉は当然登録されるべきとの論調で、これを落とした文化庁の対応を責めている。岩手県は、新たな推薦書を09年度に再提出、10年度にイコモス調査を受けて11年度のユネスコ委員会で登録、との青写真を描く。文化庁も平泉の登録を最優先に取り組む方針。他方で登録延期は観光振興にもダメージ。いわて平泉年に関連するイベントは中止。JRなどと連携して7月から9月にかけて行う観光キャンペーンに大きな変更はないが、弾みとして期待した登録ができず関係者は落胆。地域は前向きだ。平泉の歴史が変わるわけではない、県民一丸で活動は収穫、誇りを持って再挑戦、など。相原奥州市長は、登録延期から本登録になったケースは20例ある、と強調。登録へのハードルが高まる中、次を目指す他地域も作戦の練り直しを迫られる。松島(宮城県)、「最上川の文化的景観」(山形県)、「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道・青森・岩手・秋田)は、驚きと厳しさを感じながら、平泉の再起に期待。登録に精魂を傾けた地元の無念は大きい。しかし気持ちを切り替えてチャンスにしたい。平泉の文化的価値は永遠であり、現在混沌たる世界へのメッセージとして輝いている。欧州中心の世界遺産の文化的流れが浄土思想という東洋的価値をどれだけ理解したか疑問であるし、精神風土が異なる文化を理解させるのは大変な作業なのだ。さらに、ユネスコが管理や保存上の観点から既に851件ある世界遺産の採択を絞っていることも難点。地元住民を中心に意識が変化し自主的な動きが芽生えていることが注目される。平泉の国内や世界への認知度を高める努力が肝心である。(8日 社説)地元紙として大変丁寧に今後の流れを促している。登録を目指す論調は変わらないが、平泉の不変の輝きを歌い上げ、地元の自主的な動きが出たことを評価することで、登録がかりに実現しなくても、遺産の価値と地元の取組のすばらしさを認識して行こう、とする配慮の深い論調だ。◎産経新聞平泉の落選は国内の他候補にも影響は必至。文化庁は11年度の再審査を目指す方針で、文部科学省は国内候補の公募打ち切りも検討。今回の委員会では、世界遺産にふさわしい顕著な普遍的価値の証明が不十分だったとみられる。文化庁や岩手県は、イコモスの指摘に対し、金の産地東北が黄金の島ジパングとして大航海時代の遠因になったことなどを挙げて反論したが、海外まで影響する重要性は否定されたようだ。むしろ、イコモスは世界の文化との交流の価値を評価しており、これを強調しなかった作戦ミスも指摘される。浄土思想というコンセプトに沿った範囲の再検討が必要との指摘も。今後は再挑戦が課題だが、一段階上の「情報照会」となっても登録に漕ぎつけるのは容易ではない。国内暫定リスト記載の9件のうち、鎌倉は当初目標の10年度登録は見送り。(8日)地元紙河北を読んだ後だと、何だかつれなく感じる。◎朝日新聞平泉町の高橋町長は、浄土思想を基調とする文化的景観が外国の委員には理解が難しいのではないかと言われてきた、と敗因を推測。拓増知事は、平泉の価値が否定されたわけではない、今後とも登録を目指すと野下駄。近藤大使から知事には、各国からは登録に向け前向きな発言が出た、技術的な問題で延期になった、との連絡があったという。(8日)◎日経新聞拓増知事は、平泉の価値が否定されたわけではないと力を込め、3年度の審議を受けることを想定していると表明。また、県民が平泉の価値を理解し発信に努めていることを評価し、地域の結束が進んでいるとの見方を示した。岩手県商工会議所連合会会長は、地元ののスクラムを組みたいとしながらも、登録に向けて再度企業に寄附金を募ることについては言葉を濁した。(8日)やはり読者である企業がどんな情報を欲するかを察して報道するのだろう。当然とはいえ、改めて気づかされる。----------さて、最後に地元岩手日報だ。◎岩手日報世界遺産委員会による決議は登録延期だから、ユネスコに推薦書を再提出し、再度イコモスの審査を受けて登録の可能性がある。最も早いケースは2年後だが、文化庁は、国内では「平泉」の再審査を最優先としながらも、登録を確実にするため11年の登録を目指す考えで、妥当な判断だ。なぜなら、浄土思想、思想と景観の関連性、資産の範囲などの主要な点で「顕著な普遍的価値」の証明が不十分と指摘したイコモスの見解に対し、各国の十分な理解を得るには時間が足りなかったからだ。世界遺産委員会でも同じ判断が下されたからには、補足的ではなく、根本的な内容の練り直しが求められる。 国内の世界遺産は14を数え、管理保存体制には定評があり、これまで日本が推薦して登録されなかったケースはない。だが、昨年7月現在で世界遺産は851件に達し、ユネスコとしては管理可能な規模とするため、近年は審査が厳しさを増している。昨年の石見銀山がイコモス勧告で登録延期と判断されたのも象徴的だった。昨年の場合は日本が委員国でもあり、懸命の外交努力などで逆転登録に結びつけた。今後は推薦するからには、政府の責任で厳密な判断が求められる。地元の思いを3年後につなげたい。(論説 平泉「登録延期」 教訓を3年後に生かせ 8日 署名入り)平泉の平和理念は、生きとし生けるものすべてが平和に暮らす点にある。人種、民族差別に伴う紛争や自然を征服する歴史を重ねた欧米人には難解だったか。牛や馬にも差別感情を持たない岩手の風土は「平泉」の平和希求、万物共生を今に伝える証明だ忍耐強く世界に訴え続けたい。逆転登録を目指す運動も佳境の6月中旬、岩手・宮城内陸地震が起きたが、県民の熱意はなえることはなかった。岩手人ならではの底力、粘り強さ。意志ある限りいつの日か必ず道は開ける。(風土計 8日)3市町の住民の思いは、イコモス勧告を機に逆に深みを増した。平泉商工会青年部などが企画した金色堂参拝には町民約600人が参加し、登録への心意気を示した。逆転登録していれば地震被災地には何よりの励みになっただろう。県民が心を一つにして震災からの復興を果たし、3年後に晴れて世界遺産への登録がかなう日を待ちたい。(風土計 9日)いかにも岩手県らしい直情、純真、真面目な論調だ。河北と比較すると、興味深い。----------私自身は、せっかく目標に定めて運動したのだから是非登録して欲しい。しかし、どこまでも登録実現だけを狙うこともないと率直に思う。平泉の世界に類を見ない価値は誰しも認めよう。登録延期勧告を受けた遺産だゼ、あるいは欧米にはわかりにくい東洋の崇高な思想価値なのサ、などとちゃっかり逆手に取るしたたかさがあっても良いじゃないか。歴史や宗教の崇高な価値だけではないだろう。義経や弁慶や、あるいは前九年の役など、もっと「俗な」歴史講釈やロマンも捨てたものじゃない。英雄アテルイを見直し、縄文文化に誇りをもつのが最近の我々自身の東北に対する思いではないだろうか。その根太い歴史の流れの中で燦然と輝く結晶のような平泉を、これからも盛り上げていこう。世界遺産登録も所詮現代のある瞬間の人知の業に過ぎない。悠久の歴史的価値を神様のように公平かつ絶対に評価するものではないのだから。クヨクヨすることなど、ありませんよ。もちろん3年後と決めた再度のチャンスに向けて周到に事を運ぶことは、関係者には是非お願いしたいが、あとは地元を含めた東北全体で、「世界遺産」騒動を楽しむ、なんてくらいの度量で大いに関わり、大いに期待し、或いは大いに残念がれば、それでいいじゃないか。何とか委員会に振り回されるここ数年の歴史より、もっと大事な歴史を、我々は持っているのだから。
2008.07.10
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最近睡眠不足のわが編集長。体もだるく、不調です。イーグルスの打線も梅雨のせいか、どうもつながらない。山崎さん頑張れ。なかなかKスタに行けないのですが、今日はうまくいけば、おばんでガす作戦で8時頃に潜り込めるか。予想は、その時点で6回表で得点3-1。ウラに山崎の今月2度目のヒットが3ランとなって6-1。ドミンゴ完投で見事勝利。こんな感じで、スカッと勝ちたいね。
2008.07.10
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朝のNHKラジオを聴いてびっくりした。日本学術会議の話題なのだが、行天良雄さんの解説の冒頭に、日本には「研究者」が82万人いますが... との話。何、研究者ってそんなにいるの。オレも入っているのか。オーバーな比喩でいえば、仙台市の人口くらいいるということか。信じられない。我が国には医者は28万人、弁護士は2万数千人だろう。大学・大学院の教員数は全国で16万5千人程度(平成18年度学校基本調査)。「研究者」とはそもそもどういう定義か。総務省統計局の統計(研究関係従事者数)によると、平成19年3月31日現在の研究者数は82万6600人、とあるので、行天さんはこれを紹介したのだろう。この統計では「研究者」とは、「大学(短大除く)の課程を修了した者(又は同等以上の知識)で、特定のテーマをもって研究を行っている者をいいます。大学院博士課程の在学者も含んでいます。」とある。少し内容を見てみると、企業等48万3300人、非営利団体・公的機関4万2000人、大学等30万1200人、となっているようだ。これは指定統計で毎年調査票を送って調べるのだそうだ(説明)。わが編集室には照会がないから、編集長は82万人にはカウントされていないようでした。
2008.07.09
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大分県教育委員会による教員採用試験をめぐる汚職疑惑の一件は、本当に残念だ。有罪を推定して論じるようでやや気が引けるが、おそらく間違いないのだろう。いろんな角度から論じたいことがあるが、まずは要職にある人間の卑劣な行動を厳しく糾弾したい。ものごとを解きほぐす時に、素朴な感覚こそ本質を照らすことがある。今回の件もそうだろう。教員某の子女を採用試験で有利に取りはからう、それで金が流れる。ということは、これまでもそのような構造になっていたと考えて間違いない。案の定、今日になってからは、口利きは数十人に上るとか、管理職任用試験でも汚職があった、などの報道も出ている。こうなると例の元参事だけでなく、さらに以前からの構造だったとみるべきなのか。全く残念なことだ。私の小学生の娘はこのニュースを見て、もし自分の学校の校長先生だったら、学校全体が悪いことしたみたいで嫌だね、と語った。大多数の教員は生徒のため熱心に仕事をしている。元締めの教育委員会がこれでは全く示しがつかない。口利きで採用された当の若い教員も気の毒だ。その親は自らを恥じねばならない。親としてもだが、教育者としてふるさとにどう説明するのか。教員採用試験は狭き門だ。ボーダーラインで誰を拾うか、誰になってもみな若い情熱を教育に注ぐだろう。だから、という訳じゃあるまいが、裁量を悪用してしまう幹部が、いた。考えても見よ。カネや商品券や請託がなかったとしても、採用担当者がいたずらに主観で採用するようでは絶対に困るのだ。教員の採用は、公務員任用の大原則である人事専門機関(人事院、人事委員会)による競争試験ではなく、教育長の選考によることとされている。客観的な能力の検定だけではなく、人間味を十分吟味するために、教育委員会の専門家がきめ細かく審査する、という趣旨に違いないだろうが、これをはき違えられたら、身も蓋もない。感覚が麻痺したなどという言い訳では済まされない。こんな幹部を任用した教育長の責任は必至だし、場合によっては膠着的で不透明な人事システムも見直すべきかもしれない。どうもこの辺がおかしいのだが、物事は悪く疑うべきかも知れない。どこの県の教育の世界でも、教育委員会の幹部として採用や教育内容の指導に携わるのは、現場から選抜登用された少数の教員たちだろう。もちろん大多数は公平無私に、そして身を削って教育界に貢献しようとする。しかし登用されて育てられるというタテの人間関係の中で、ヨコシマな幹部がいるとどうなるのか。登用も採用も、情報公開が十分でないという事情もある。競争試験によらない採用という制度も、不透明な採用手続も、それもこれも、本当に立派な人物が心をこめて運用してこそのものだ。どうやら、時代は変わったのだ。まずは手始めに、各県ごとに新規採用教員のうち、親が教員のケースを数字で示すといい。
2008.07.06
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岩手日報の記事(7月5日)でハッと思い出した。その記事とは、盛岡のジャズスポット店主の方が、紫波町の野村胡堂・あらえびす記念館で秋吉敏子の企画展を開く、というもの。思い出したのは、岩手出身で在日について発言を続ける鄭大均さん(首都大学東京)の論考。秋吉敏子について触れていたからだ。鄭さんの論旨は、帰化論議をタブーとする環境がつくられた経緯を振り返りながら、正面から国籍についての議論をするべきというもの。日本社会として多文化とどう向き合うのか、どう真剣に意識するのか、を踏まえているところが、思索の深さと我が国社会に根ざした視点を感じさせられる。この論考の中で、日本社会が多文化に向き合っていくのかどうなのか、という問題意識を喚起する中で、ここ50年の我が国社会は「異例の」閉鎖的な同質性社会に浸ってしまっている、と説明されている。次のような説明がある(原文のママではない)。----------日本には外国に親戚も少なく、移民もイメージできない。これは世界的にも珍しいが、実は日本のこの100年の歴史でも珍しいことなのだ。戦前なら、親戚や友人が外地にいることも珍しくはなかった。敗戦直後は引き揚げ者や復員軍人が大量にいた。戦後でも南米移民があった。小澤征爾、秋吉敏子、なかにし礼、加藤登紀子、いずれも満州生まれの二世であり、複数の社会の間を対位法的に生きることを運命づけられたディアスポラ文化人と言えるのでないか。今の日本社会では稀少化した人たちだ。----------「なぜ帰化は在日のタブーとなったのか」中央公論2008年6月号(1490号)それで、岩手日報の秋吉敏子の記事で思い出した、と言うわけだ。鄭さんは決して同質社会を否定するのではなくそれは誇るべき日本の特長だと認めた上で、今後の日本社会を我々がどう考えていくべきか明確な姿勢を論議すべきだ、ということだと思う。鄭さんの文章は何度か読んだが、在日の観点を含めた社会の多様性のあり方について考えさせられる。最近は自治体でも多文化共生をキーワードにするようだが、単に皮相的な交流に付する言葉を時流に合わせて付け替えただけだというなら、止めた方が良い。共生や連帯という言葉は、皮相的に歓迎されるべき語として役所などでは使われるようだが、例えば民族がせめぎあう世界の各地域を考えれば、安易に共生あるべしと飾り文句で済む話ではなかろう。外国人労働者の受け入れなどが議論の萌芽になるかも知れないが、どうだろうか。例えばわが仙台・宮城で、どれだけ多文化(他文化)という意識があるのか。そもそも文化に複数形を付する見方の前提には固有の自文化の内容や限界についての自覚があるはずだが、どこまで意識があるのか。我々は、日本人の中に他文化を受容するのかしないのか。国籍問題は象徴的で根本的な問題だ。日本人は自文化と他との明確な分別ないまま、外国文化の歓迎や交流というレベルだけの彩りを盛り込みながら、これまでの日本社会や文化が成立し継続してきた。多文化との明確な衝突は、それこそ聖徳太子の時代やキリシタンの時代には有ったかも知れないが、戦中戦後にくらべて、今の方がむしろ同質性意識が強くなっているのかも知れない。確かに、鄭さんの言うように。鄭さんは北上のご出身だと以前に読んだ記憶がある。私の出生地にも遠くないが、全く正直なところ幼少の私は、それこそ均質性の発想以外に何も考えられなかった。生まれた町には、およそ農業地域の兼業農家と街道沿いの商業者しかいないと思っていた。みんな小学校にくれば平等に机をあてがわれるから、所得の差や生活環境の差や、ましてや出自の差など全く意識することもなかった。あえて言えば、みんな貧乏で、テレビに出てくる都会のコンクリート文化は別な世界だ、というぐらいの意識。しかし、我が家が貧乏は間違いないとして、実はさまざまだったはずだ。深く考えることがなかったが、例えば確かにオジさんがブラジルに移住したというヤツもいたし、親が満州生まれもいたように思う。何より、私の祖父は南洋戦線で軍艦に乗ってきた人間だ。愚かにも幼少の私は外国と言えば、浮き世と隔絶した欧米系の文化。読み物やTVの影響だけれど、そもそも同質の日本とは別個のものと思っていた。しかし、生活に追われ、生きるために満州やブラジルに関わった人、戦争でアジアに赴いた人、間違いなく多かったのだ。多文化(他文化)と我が国、多文化と東北。superficial な交流はそれとして、我が地域の歴史に根ざした他文化関係論を深く考えたい、と20代の私もちょっと考えたことがある。アジアからの留学生たちと勉強していたころだ。やっぱりそうした環境のせいか、考えさせられたのだろう。自分たちと他との関わり、あるいは自分たちに他を含めるのか、自分たちも他だったのか。要するに私たちとは何か。この地域とは何なのだろうか。考え続けたい。■関連する過去の記事(あらえびす記念館) 盛岡藩の教育者 芝田甚兵衛(08年06月30日)
2008.07.05
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どうも最近気になる。低周波の音に気になる。夜に地鳴りのような音がすると、スワ地震か。いや、音がしているのかどうかもわからない。そう感じるだけか。今週は毎朝、庭にスズメとヒヨドリがたくさん訪れる。季節の関係だろうが、何かの前触れか、と考えすぎてしまう。
2008.07.04
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