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帰宅したらTVで終盤戦を観戦できた。9回裏に2点差としてなお走者2人を置いて銀次。高校野球なら何かが起きる場面だ。結局何かは起きなかった。試合それ自体がエラー続出でまずい内容だったようだ。牧田、ガルシア、フェルナンデスという中軸の陣容はあまり威圧感を感じないし、打線全体に機動力や嫌らしさが迫ってくる気がしない。っと悪い面だけ書いてしまったが、実はそれが本当だろう。それをわかって、どう戦うか。考えようによっては、悪い地の部分が出たけれども終盤に3点を取れる実力も示した。長いシーズンに「不思議の勝ち」は多いはずがない。背伸びするより、普段の力を最大限に出し切ることだ。やっぱり高校野球評のようになってしまった。今日のヒメネスには、実は期待している。イースタンで何度か観たが、日本向けの外国人ピッチャーではないか、と。根拠はないけれど日本球界でもっと活躍できるはずだろう。
2012.03.31
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ついに始まります。しかも初の仙台でのシーズン開幕。長い冬の終わりでもあります。仕事でとても行ける状態ではありませんが(というよりチケットないし)、ラジオを聴きながら応援いたします。帰宅時に、仙台駅で笑顔満面のイーグルスファンたちに会えることでしょう。がんばれイーグルス。がんばろう東北。
2012.03.30
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選抜では、福島の聖光学院が初戦突破。岡野が2安打完封で鳥羽(京都)を破る。福島民報も福島民友も電子号外を出している。岡野投手は石巻の出身だという。被災地という言葉を甲子園の野球に押しつけて観るのはどうかと思うこともあるのだけれども、球児達は被災した東北を真剣に背負ったとしても、いやそれだからこそ、精一杯プレーをしているのだと思う。周りがどうレッテルを貼ろうとしても、そのこともあるがままに受け止ようとしている。これほど純粋なスポーツマンシップはないとも言えるのでないか。次は横浜高校と対戦だ。東北の代表として、という言葉は外から騒がなくても、自分たちが十分弁えているだろう。だから、敢えて言いたい。かけがえのない舞台だから、自分たちのことを考えよ。最高の自分達らしさを発揮する場として、のびのびやってほしい。
2012.03.26
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秋田のニュースで、大阪で行われた第6回全国高校囲碁選抜大会で、24日、女子団体戦の東北代表の秋田北高校が5位に入賞。2年生の女子3人の写真つきだ。優勝は豊島岡女子学園(関東代表)。各ブロック代表16校によるスイス方式で行われたというが、スイス方式って何?ともかく、秋田北高は08年にも5位入賞とのことで、囲碁の強豪なのだ。(以上、報道は秋田さきがけonWEBから)読売新聞などによると、男子団体は、優勝が城北(東京、2位開成(東京)、そして3位に岩手高校。女子団体は豊島岡女子学園(東京)に次いで、2位平塚江南(神奈川)、3位東筑(福岡)だ。また、大阪商業大学のサイトで、男子団体の東北ブロック代表校は、仙台第二高校と岩手高校だったようだが、女子の代表校がわからない。とりあえず、秋田北高と岩手高校は、全国屈指の囲碁の強豪ということだろう。
2012.03.25
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学制頒布前に仙台に小学校が設立されていたことはあまり知られていない。東京では明治3年6月に小学校を6校設立、また京都では既に明治2年までに64校が設立されている。こうした小学校教育の機運の高まりを受けて、仙台に設立された、共立社小学校または共立小学校と呼ばれたものがそれである。明治5年2月、西郡貫一郎なる人物が建言し、仙台の5区にそれぞれ小学校を設け8歳か15歳までの小児に読、書、算を授けること、仙台5区の1万戸から戸毎に月銀6分ずつ拠出して小学校運営にあてることを説いた。宮城県は建言を受け入れ、横尾東作(英学)と太田有孚(漢学)に意見を求めるなど事業を推進することとなり、まずは治下(旧仙台城下)5区に5か所の学校を「会社ノ法」により開設する通達を出した。6月には仙台の地区割りが7区になったことに合わせ7校の予定となり、7月20日には開校日が公表された。6区(河原町から南鍛冶町、田町、北目町、南町まで街道沿いの町人町の細長い区域)の小学校は南鍛冶町泰心院、7区(大町、肴町、国分町、二日町など)は南町星久四郎宅で、来月2日開校と定められた。教育課程は日常生活の必要事項から文明開化の新知識導入まで意欲的なものだった。ところでこの小学校の教科課程は、東京の6小学校の教則と近似しむしろ高級でさえある。岡千仭らを通して岡徳助が東京の教則を手に入れたのか。8月2日を期して2つの小学校を発足。しかし、各戸からの集金が予定通りには進まず、教師の月給も払えない。9月には戸長らが連名で悲鳴を上げ、いったん学校を廃止するよう申し出るなど、早々に立ち往生の事態となった。折から8月に学制が頒布され、全国一斉の学校設立となり、この記念すべき共立社小学校は廃止の運命となった。10月5日の県文書では、学制改革ニ付キ小六、七区小学校廃止とあり、各校教師に免職令が出されている。■宇野量介『明治初年の宮城教育』1973年、宝文堂 から
2012.03.24
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海面より低い土地と言えば、オランダや東京下町などが有名。名古屋市西郊のJR弥富駅は標高マイナス1メートルで、「地上」で一番低い駅で知られるという。では、我が国の地表で最も低い土地はどこか。八郎潟干拓で生まれた大潟村は、面積172平方km2で、日本で最も広い海面下の低地。同役場も日本一低い役場。しかし、最も低い場所は八戸市郊外の石灰石鉱山。露天掘りで掘り下げているため、地表からだとマイナス252メートル(海抜マイナス150m)と、津軽海峡トンネルより深い。計画ではさらに穴の幅を広げて掘り下げ、2050年には海抜下210mに達する見込みという。近年は八戸キャニオンとして新しい観光スポットとして、自由に見学できる展望台も設けた。残念ながら降りてみることが出来ないが、穴の底は太陽を見ることが出来る日本一低い場所だ。■宇田川勝司『クイズで楽しもう ビックリ!意外 日本地理』2007年、草思社■関連する過去の記事 日本キャニオン(07年10月7日) 壮大なる八戸キャニオン(07年4月15日)以前に記した八戸キャニオンの記事の参考文献は2006年のもので、海抜下135mでした。今回の文献では150mと、年々掘り下げが進んでいるようです。
2012.03.20
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古代から現代に至るまで人々の関心を惹き付けてやまない伝説の島、謎の楽園など。その伝承の経緯も含めて詳細に解説する書物だ。私のこうした話には大いに興味があるので、さっそく読みました。■辻原康夫『世界の古地図に描かれた「幻の国」を追う』河出書房新社、2011年さて、最後の項目が日本最東端の島として一時は正式に地図にも載せられた「中ノ鳥島」だ。明治40年8月、東経154度16分(資料により異なる)に周囲6.7kmの小島を山田禎三郎が発見、翌年報告を受けた政府は閣議決定を行い、東京府告示をもって小笠原島庁に編入。しかしその後の度重なる探測作業で島が確認できず、この絶海の孤島は昭和18年に海軍関係地図から、また昭和21年には水路告示をもって正式に海図から消えることとなった。この山田禎三郎なる人物は、長野県出身の教育者で師範学校校長を経て、教科書会社を設立。短期ながら代議士も経験した人物という。総合的に推理すると、山田氏は発見報告書の提出者ではあったが、実際の発見者ではなく、小笠原諸島の何某が無人島に漂着した話を耳にした山田氏が脚色したと推論すればつじつまがあう、と上掲書辻原氏。そして結尾は次のようにまとめられている。ずいぶんずさんでいい加減な話だが、報告書一枚で関係者が長年煙に巻かれてきた経緯は、考古学の常識をつぎつぎに塗り替えたと世間やマスコミを手玉に取った、かの「ゴッドハンド」による遺跡捏造に似た大ボラ話ではなかろうか。最後の最後、だめ押しにゴッドハンドが登場してしまった。東北人の心の傷ともいえる馬鹿らしくも悲しいあの醜聞。最後に引き合いに出されて、何とも複雑な読後感でした。■関連する過去の記事(遺跡捏造事件関係。リストアップするのも気がひけますが...) 再び旧石器捏造を考える(2011年8月15日) 旧石器捏造 学界はどう見ていたのか(09年12月12日) 旧石器捏造事件を考える(09年12月11日) 壮大なニセ歴史ロマン(07年5月27日)(旧石器捏造事件関係)
2012.03.17
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デパートの藤崎のマークは、エの字を図案化したのだそうだ。遠く文政にまでそのルーツを遡ることができる呉服系の老舗。屋号を得可主屋(えびすや)といって、1819年(文政2)当時のメーンストリートであった大町に店を構えて今に至る。あのマークはアルファベットのHをもじったものかと勝手に思っていたら、そうではなくてエビスヤのエの字をマーク化したもので、とっくに江戸の昔から使われているという。(高橋英博『せんだい遊歩 街角から見る社会・学』北燈社、2009年)藤崎のサイトを読むと、歴史のページに、明治28年「マルエのマークを商標登録する」とある。マルエのマーク、と呼ぶもののようだ。
2012.03.16
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現在の鶴岡市に庄内藩士の娘に生まれた長南年恵(1863-1907)は史上有数の霊能者である。空の容器に水を湧き出させ、病の人を救った。また、自らはほとんど飲食はしなかったという。明治33年(1900)7月7日に大阪朝日新聞記者の前で霊水の湧出実験に成功し、さらに同年12月12日には神戸地裁で実演してみせ、詐欺容疑に無罪の判決を得る。後掲書の解説によれば、いずれもマジックとして考えれば十分に成功の可能性が高く、また、神通力に関する証言は信者や家族などによるもので、しかも霊力に目覚めたとされる29歳は彼女が家計を支えた始めた時期と一致することを指摘する。そして、極端な偏食が40代の早逝に作用したと推察する。霊力が客観的科学的に正しいかどうかはわからない。騙しだった可能性は高いだろう。しかし、怪しいからこそ人は何かを求め集まったのだろう。彼女の霊力の発揮の場は山形と大阪だったようだ。日清戦争に勝利しながら臥薪嘗胆、条約改正をめざして世界列強にのし上がろうと富国強兵策を進めた時期の当時の日本にあって、庄内は、まだ羽越線も通らず城下町や農村の風情が色濃く残っていただろう。そんな中で、黒山の人だかりをなすほどの話題だったことに、思いを馳せてみる。■ASIOS(アシオス)著『謎解き超常現象』(2009年、彩図社)などから
2012.03.15
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9日の岩手県の県立高校入試で、会場となった高校に携帯電話を持ち込んだ男子受験生1名が不合格とされた。岩手日報によると、1科目目の国語の試験中、職員が廊下のロッカーに置かれた生徒のバッグ内で携帯のバイブ音が鳴ったのを確認。国語の時間終了後に男子生徒を別室に呼び確認したところ、持ち込みを認めたため不合格を伝え、その後の科目を打ち切った、という。入試の実施要項で、会場校舎内に携帯を持ち込んだ場合は不合格と明記しており、また、試験前に、誤って校内に携帯電話を持ち込んだ場合は試験終了まで預かる旨を伝えていたが、この生徒は名乗り出ていなかったとのことだ。昨春の京大入試での携帯カンニング事件があり、携帯持ち込み禁止が徹底されている側面はあるだろうが、その半面で、大震災を受けて家族との非常時の連絡などの点から携帯の所持自体は禁止せず、申告させて袋に入れるなどの対応をする場合もあるようだ。岩手県の県立高校入試の場合は、会場に持ち込んだだけで不合格とハッキリ決められており、しかも試験直前に持ち込みの有無を確認する対応までしているというのだから、この受験生が不合格とされたことは仕方がないだろう。受験生の不注意に帰すのもやむを得ない。若干気になるのは、バイブ音に気付いたとして従来も学校(県教委)がここまで厳しく対処していたのか。他の会場或いは従来の取り扱いとの不公平はないのか。不合格は初の事例だと言うが、しかし、振動音だったり家族との通話の場面を目撃したりなど、「会場に持ち込んでいた」事実に係員の教職員が気付いた事例が、全く皆無だったとは言えないだろう、と思うのだが。重大なことだから、国語の試験時間後に県教委に協議した上での不合格通告だと思われるから、杓子定規の適用だとかの批判はあたらないだろう。だが、それにしても残念なことだった。NHKニュースでは、巡回していた教諭が国語の試験後に携帯の持ち主を探していたらこの受験生が自分から名乗り出たという。それならなぜ最初に申告しなかったのだろう。悔やまれる。
2012.03.10
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青森のニュースによると、昨日(5日)が県立高の前期選抜で、9日合格発表。後期選抜が14日実施で19日発表という。各県で制度や日程がそれぞれだが、青森の場合は、前期が募集人員が多く、後期は3教科の学力検査のほか実技や面接なども重視されるものだ。岩手県や宮城県の場合の推薦入試と一般入試の関係と比べると、実施の順序が逆のように思える。また2制度の実施日程は非常にテンポが近い。今さらながらだが、各県によって多様なのだ。
2012.03.06
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バスに乗っていたらチラシが目に入った。宮交観光サービス(株)さんの「復興応援企画 みやぎ歩け歩け大会 気仙沼」なるもの。2つのコースがある。(1)安波山ウオーク4月1日(日) 旅行代金は3,850円(ミヤコー)昼食は代金に含まないが、ウォーキングのゴールである「お魚市場」で自由昼食、とある。安波山の解説がある。------------港まち・気仙沼のシンボルの山で、航海の安全と大漁を祈願するという由来から名付けられました。東日本大震災では多くの住人が避難した場所としても知られ、犠牲者慰霊のために「鎮魂の森」として植樹が行われることが決定しております。------------なるほど、「安波山」の名の由来はそういうことだったのか。(2)ツツジの名所、真っ赤に染まる徳仙丈山5月29日(火) 旅行代金は6,000円昼食付きで、気仙沼プラザホテルにて。2つのコースとも、乗車ポイントとしては、仙台市内のほか、白石、角田、岩沼、塩竈、石巻、古川、登米など県内各地が設定されている。仙台市内では、泉署7:15-台原7:25-北仙台7:30-広瀬7:45南仙台7:05-長町7:20-西多賀7:30高砂6:10-多賀城6:20などの時刻設定がされている。4月1日なら日曜日だから、仕事はないかも知れない。下の子どもと一緒に出かけてみようかとも思うが実現できるかどうか。皆さんも、復興応援と健康のため、参加してみませんか。
2012.03.05
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平安期から明治までの合戦を完全紹介!と能書きのある『日本の大合戦』(有限会社オフィス五稜郭編、双葉社、2011年)を読んでみた。東北が舞台となったものはどれだけ所載されたか。1 前九年の役(源頼義vs安倍頼時 1051-1062)2 後三年の役(源義家vs清原家衡 1083-1087)3 人取橋合戦(伊達政宗vs佐竹義重 1585)4 摺上原合戦(伊達政宗vs蘆名義広 1589)5 会津戦争(会津藩vs旧幕府軍 1868)(おだずま注:対戦の表示は上掲書表示のママ)戦乱の地が東北として選ぶとこの5つだが、箱館戦争(旧幕府軍vs新政府軍1869)や、大坂の陣なども東北に関連が深い。その他、巻末の年表に紹介されている東北関係(合戦地域)は次の通りだ。巣伏の戦い(陸奥国、紀古佐美vsアテルイ、789)鬼切部合戦(陸奥国玉造郡、安倍頼時vs藤原登任、1051)黄海柵合戦(陸奥国磐井郡、安倍貞任vs源頼義、1057)小松柵合戦(陸奥国磐井郡、源頼義・清原武則vs安倍良照・安倍宗任、1062)衣川関合戦(陸奥国丹沢郡、源頼義・清原武則vs安倍貞任、1062)厨川柵・姥戸柵合戦(陸奥国安倍、源頼義・清原武則vs安倍貞任、1062)沼柵合戦(出羽国平鹿郡、源義家・清原清衡vs清原家衡・武衡、1086)金沢柵合戦(出羽国平鹿郡、源義家・清原清衡vs清原家衡・武衡、1087)阿津賀志山合戦(陸奥国伊達郡、源頼朝vs藤原国衡・泰衡、1189)コシャマインの乱(蝦夷国箱館、武田信広vsコシャマイン、1457)
2012.03.04
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夜にNHKテレビのデータで積雪情報を見ていた子が、北海道は意外と少ないよ、と言う。全国で一番を探してみたら、というと一生懸命探していた。青森の酸ヶ湯が441cmとず抜けていて、これが全国最深のようだった。アメダスの観測地点の関係もあろうが、漠然と新潟が深いと思っていたので、意外だった。午前9時のアメダス積雪深を見てみた。青森県酸ヶ湯は439cmで最高だ。北海道では上川朱鞠内237cm、新潟県は津南297がそれぞれ最深。山形県は肘折が357と深い。宮城県では、駒ノ湯105 新川31 川渡53 などと、大した積雪ではない。仙台では11cmということだ。気象台のある榴ヶ岡はそうかも知れないが、仙台全般では、昨夜は結構積もった方だと思う。我が家の周囲も、こんもりと湿った雪が積もっている。朝から溶けては屋根や木々から落ちてくる音がする。陽が射してきた。今日は3月3日。ところで記録を調べてみた。仙台では、最深積雪が41cmで、1936年2月9日。東北の各地をつまんでみると、青森県酸ヶ湯は501(2005年3月4日。ただし資料不足値との注釈有り)、山形県大井沢348(2000年3月1日)、岩手県湯田236(2005年2月28日)、岩手県雫石113(2006年2月10日)、秋田県横手192(2011年2月1日)、秋田県湯ノ岱200(同日)、福島県只見332(1991年2月24日)、檜枝岐311(1996年2月7日)、金山223(2011年2月1日)、などとなっている。やはり酸ヶ湯は東北で不動の王座をものにしているようだ。ちなみに東北以外の地点では、新潟県津南が416、湯沢358、十日町391、鳥取県大山302、岐阜県関ヶ原79など。
2012.03.03
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ニュースによると秋田大は新学部設置を構想している。国際資源学部がそれで、現在の工学資源学部と教育文化学部の一部の学科や課程を移行して設置するという。鉱物資源の開発やリサイクルなどについて世界の各大学と連携して人材育成に取り組むという趣旨のようで、早ければ26年開設という。秋田大というと私が子供の頃は、鉱山学部があるのが印象的だった。因幡晃が在学していたのではなかったか。そして、この有名な鉱山学部も時代の流れを受けて、鉱山資源学部と名称を変えていたというのが私の記憶だ。なので、ニュースで、現在は工学資源学部と聞いて、さらにその後名称変更があってついにminingの名は消滅したのか、と受け止めた。現在の秋大の組織を調べると、教育文化学部、医学部、工学資源学部の3学部構成だ。しかし、工学資源学部は、平成10年に鉱山学部から改組したのであり、そのとき鉱山の名は既に消えていた。いったん鉱山資源学部としてminingの名を残したというのは、私の誤った記憶だ。それはともかく、この構想は工学資源学部の直線的な改組ではなく、同学部の資源系学科と教育文化学部の国際系課程を統合するもので、工学資源学部の工学系、理学系学部は、理工学部と改組され、大学は計4学部になるというものだ(秋田さきがけ報道による)。ますます鉱山のイメージが薄れるようにも思われるが、従来の採掘や冶金だけでなく、レアメタルや環境技術など、アジアを中心とした新たな国際化ニーズとマッチする側面も、たしかにあるような気もする。余計な話だが、国際教養大学やノースアジア大学とともに、秋田の高等教育の国際化時代が充実するとも。
2012.03.02
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昭和43年11月をもって本吉町教育委員会は町立津谷小学校の山田分校を廃止することとした。ところが分校学区内の住民(当初は6名)が分校存置対策委員会を結成し、44年9月に仙台地裁に行政訴訟を提起した。保護者の子女を小学校に就学させる権利を侵害するとして、(1)分校廃止処分の不存在確認、(2)同処分の無効確認、(3)同処分の取消を求めたものである。仙台地裁昭和45年4月8日判決。対策委員会は団体としての組織の主要な点を具備しているとみることはできないとして、原告適格を否定し訴えを却下した。仙台高裁昭和46年3月24日判決。控訴棄却。その骨子は以下。------------保護者はその保護する子女を就学させる義務とともに、特定の小学校に子女を就学させるため当該営造物(小学校)を利用する法的利益を有していると解される。従って分校廃止処分のために子女の通学が著しく困難若しくは危険であって、就学が事実上不可能となるような状態が招来される場合には、当該処分が特定の相手方のない処分であるとしても、保護者は法的利益の侵害を理由として、処分の効力を争うについて法的利益を有するものと解するのが相当。本件の委員会は住民から選出された4名によって構成されている団体であるが、学齢期間にある子女を有する住民ではなく、右法的利益享受の主体たり得ないことが明らか。しかも、構成員が法的利益を有するとしても、委員会が各個人の前記法的利益について法律上管理処分権を有するとか構成員個人のなすべき本件処分の効力を争う訴訟につき任意的訴訟担当が認められるとする法律上の根拠はみあたらない。してみると、委員会は(処分の不存在、無効もしくは取消を求めるにつき)団体固有の法律上の利益を有しないものであり、原告適格を欠く。------------最高裁昭和48年10月12日判決。上告棄却。結局この裁判は、原告である対策委員会(控訴審では4名、上告審1名)の原告適格が焦点であり、法人格のない社団(民事訴訟法)と言えるか、法律上の利益(行政事件訴訟法)の有無、が争点であったようだ。(参考 官邸ホームページ資料、石川繁『宮城県の教育裁判』(宝文堂、2003年))
2012.03.01
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