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今日のウォーキングは水無瀬の堤から大山崎IC橋の往復だ。SOTA(プリウスα)の1年の点検に出した。タイヤのローテーションをして貰い、空気圧を2.6kg/cm2に上げておいたとのこと。現状は2.2 kg/cm2と少なかったとのことだが、昨日までのドライブ旅行の前に、2.6kg/cm2に上げていたのに、2日間の走行中にそれほど減っていたのかと少し訝しく思った。出発前はガソリンスタンドでの空気圧調整だったので、案外それが狂っていたのかも知れない。小学校の学習会があり参加したが、子供達がいつもより打ち解けた感じだった。***インドネシアの高速鉄道が、一転して中国へ発注されたようだ。首都ジャカルタ―バンドン間(約140km)の高速鉄道計画の急展開である。この鉄道計画は、ジャワ島全長約730kmに鉄道敷設を計画する先行区間と言うことになる。中国が破格の条件を提示し、インドネシアのジョコ大統領が之を受け入れたと言う形だ。何ともはや、中国の横槍は凄まじいが、それに乗っかったインドネシアも、商道徳はおろか、礼儀をもわきまえない不埒なものだ。この計画は元々、日本の新幹線並みの高速鉄道を目論んでいたのが、急に時速200~250km程度の「中速鉄道」を目標とするように変更されたという、不透明な方針変更もあるようだ。この話は、2013年末に持ち上がり、今年3月に安倍首相とインドネシアのジョコ大統領との間の会談が行われ、インドネシアの投資・貿易促進の協力方針を盛り込んだ共同声明の中でインフラ整備について、日本は都市高速鉄道などの整備に約1400億円の円借款を供与すると言うことで合意したものである。そのインドネシアがこの期に中国の提案に寝返ったのは、何としても許し難い行為だ。インドネシアが、日本と中国の双方に打診するのはごく自然だろうが、もはや検討の時期を越え、円借款の発行まで決まりながらの背信行為は何とも許し難い。共同声明というものはそれほど軽いものなのか、南沙諸島や、西沙諸島での直接の利害関係上中国との軋轢が少ないのかも知れないが、国際商法上の道義が全く無視されているように思えてならない。インドネシアは、声明発表で、更なる日本の投資を求めるという意向を示しながらの背信行為はどう言った神経をしているのだろうかと考えてしまう。しかも日本はインドネシアにとって最大の政府開発援助(ODA)供与国であるとのことを無視したやり方だ。その様な経緯の本計画で、何故インドネシアが、今回一転して中国に決めたかというポイントは、中国側からインドネシア政府の財政負担や債務保証を伴わずに事業を実施できるという提案をしたからだ。インドネシア政府の要求にそっくり迎合した中国の考えられない新たな提案なのだ。この提案を、実現性の有無等お構いなしに飛びついたということだ。経済面で世界中に迷惑をまき散らしている中国が、資金力を梃子になりふり構わぬ攻勢で売り込みをかけているわけで、政府と民間が必ずしも協調できていない日本は如何ともしがたいと言うことだろう。日本の民主主義的な間口の広い対応が、1党支配の強引な中国共産主義に屈したという見方も出来る。鉄道の世界展開を目論む中国と、政府の金は出したくないというインドネシア間の微妙なバランス合意なのだが、技術面の保証にまでは言及されていないようだ。インドネシア政府は民間同士でやってくれという意向だが、果たして、世界制覇を目論む中国政府だけに、成り行きが懸念される。中国の技術は元々日本の最先端技術の模倣である。急ピッチで国内に鉄道敷設を行ってきた中国は、採算度外視で、インドネシアで実績を残そうとしている。安かろう悪かろうといった結果になるような予測がされるが、この展開どうなっていくのだろうか。中国政府は、金で横っ面をはたくといったやり方で、強引にその権利をもぎ取ったと言う結果だ。このやり方で本当に実現できるか否かは之からだが、2011年に起きた、新幹線脱線即日埋め込むあの事件が思い起こされ、インドネシア政府はあの時の中国のやり方を忘れてしまったのだろうかと思ってしまう。
2015.09.30
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今日は、旅行中で、ウォーキングは中止だ。昨夜、湯の峰荘の屋上から見たスーパームーンは透き通って綺麗だった。昨日は1回しか入らなかった温泉だが、白くもやもやした浮遊物が、湯ノ花であることを知って、再度温泉に浸かりに行った。何しろ源泉掛け流しで、24時間入れるようになっているところが有難い。5時前の浴場は、昨日と違って、男女の浴場が交代していた。スーパームーンはまだ空に残っていた。露天風呂から、月を見ながら、朝の静寂を味わっていると、客が1人、2人と入ってきた。私はあまり湯の濃さを感じなかったが、連れ合いによると、湯がねっとりとしているような感じなのだそうだ。朝食は、広間での食事だが、別の大広間では、国体のサッカー選手達が大勢で朝食中だった。一般の客は、我々を含めて10人くらいと言うところだろうか、夕食も美味しかったが、温泉粥や、温泉たまごなど朝食もまた素朴だが美味しかった。今日は、昨日知った熊野本宮大社が近くとのことで、詣でることにした。写真などでよく見かけるのだが、此所に詣でるのは、私も連れ合いも初めてのことである。9時17分支払いを済ませ、教えられたとおりに国道311号線には出ずに、元湯への道をそのまま突き抜けて走る。所々狭くはなっていたが、抵抗感無く、山道(熊野街道)を駆け抜けて、広い通りに出たら、そこが熊野本宮大社のすぐ近くの大通りだった。一寸遠回りの道になるが、国道311号線に出て、熊野川沿いの168号線を走った方が早かったかも知れない等と思いながら、旅館で聞いてきたように大社のあるところまでの脇道を車で通って上ることが出来たのは有難かった。旅館からは16km、20分程度の走行だ。本殿は、左から長い社(第一殿と第二殿)と短い2つの社(第三殿と第四殿)で成り立っていた。更に右には縁結びの満山社の祠があった。参り方など知らないので、左から順に参ったが、後で、参拝の順序というのがあることを知った。それによると、先ず、1番目には、第三殿の家津御子大神(素戔嗚尊のこと)から参り、次ぎに第二殿の速玉大神(伊邪那岐神)、3番目に夫須美大神(伊邪那美神)そして最後(4番目)に天照大神に参るとの順序だ。案内には、5番目に満山社をも参るとされている。現代風に言えば、先ず、末っ子に挨拶し、その後お父さん、お母さんと参って最後に長女に参り、その後結びの神に参るという方法だ。何れにせよ、お参りに変わりはないと参り直しはしなかった。最後におみくじと、孫達の交通安全を願うお守りなどを買って、大社を出た。小1時間の間、熊野大宮大社にいた。帰りは、高速道路を走るのを止めて、一般道を帰ることにし、国道168号線(五條―新宮線)を北上することにした。この線は、国道と言いながら所々道幅の狭いカ所があり、そんなところは新しい道を作るためのトンネル掘りなど改修工事が盛んに行われていた。熊野川がいつの間にか十津川に変わる頃から谷瀬の吊り橋の案内が目に付いた。十津川温泉を抜け、川幅が広くなった川沿いを暫く走るとその谷瀬の吊り橋への分岐点がありそこを曲がると程なく、吊り橋が現れた。近くに車を駐めて、この壮大な吊り橋を渡った。川の底から54mもあり、径間が297.7mもある吊り橋で歩道の吊り橋としては日本一だとのことだ。1954年にかけられたこの橋は、住民がお金を出し合って架橋したというのに、無料で渡れたのは一寸驚きであった。橋の中央付近では、上下揺れは勿論左右にも揺れるので、渡るのは結構怖かった。この辺りの十津川には橋が多く川幅が広いので、架けられた橋は吊り橋が多いようだ。他にも様々な吊り橋が有ることを知った。約1時間吊り橋の往復に掛け、再び車で移動した。大塔村辺りでは、回り道を解消するために橋を建設中だった。(この橋が出来ると1.5kmくらい短縮しそうだ)次ぎに休憩したのは、「星のくに」だ。ここにはプラネタリウムもあるようだが、時間が合わずに見ることは出来なかった。山間のドライブを終えて、五條市の中心街に入ったところで柿の葉寿司の昼食を採った。30分足らずの食事時間で、ここから最後の一走りだ。奈良市内の混雑を回避するために、京奈和道路が延長されていることを走行中に案内板で知って、そこを通ったが、現在は、未だ試用期間中と言うことか、ここも無料で走行できた。家の駐車スペースは、今日いっぱい向かいの家の改修工事のための業者に開放していたので、京都で時間を潰して帰宅した。帰宅時間は17時40分で、今回のドライブ走行距離は457kmとなった。通常行けないところに行けた気分で、有意義な旅行だった。
2015.09.29
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今日は、和歌山方面への1泊のドライブ旅行なので、早朝のウォーキングは中止してドライブのための休養とした。湯の峰温泉は、連れ合いが友人から聞いたという温泉地で、旅館は古いが、泉質は良く、くつろげると言うことで出掛けることにしていた。朝一番で、用事を済ませて、家を出たのは既に10時15分だった。阪和自動車道を通っていくのだが、入るまでには色々なアプローチがある。トリップメーターをゼロにし、カーナビで、目的地を入力すると、守口ICから入るコースを指示してくる。出発が遅くなったので、長々と一般道を走るのは嫌で、大山崎ICから入るコースを選んだ。大山崎からだと、やはり吹田を経由するようにと導かれるので、敢えて、京滋バイパスの方に進路を取ると、やっとこちらの意思を確認したかのように案内が入ってくる。京滋バイパスから久御山JCTを第二京阪道に採ると、広い3車線の道路になる。枚方国際CCに行くときなどは、このルートを使ったり、直下の一般道(1号線)を通ったりするので慣れたものだ。枚方東ICを通るとそこから先は初めて経験する道路だった。快適な走行になり、門真JCTからは守口方面(吹田方面)から来た線と合流し、近畿自動車道になる。ここからは前に梅林に行ったときに通った道で、兎に角、道に沿って走れば良いだけだ。スイスイと車は快調に走って、11時20分、岸和田SAで休憩を取った。80km余りを一気に走ってきた。再び走り出す1本道だが、和歌山に入り、ミカンの有田を通過する頃から意識することなく、一部湯浅御坊道路に名前が変わっている。そのまま走り続けると、阪和道路は、先月末に延長され、すさみICまで開通しているとのことだ。まだ、試用期間なのか、無料で通れるとなっていた。先を急ぐ旅ではないので、そのまますさみICまで走り続けた。そこから白浜まで戻ると、とれとれ市場の看板が見えたので、立ち寄ることにした。13時にはとれとれ市場に到着した。立ち寄り湯も見える広大な駐車場に車を駐めた。夜はご馳走だから、昼食は控えめにしようと思っていたが、新鮮な魚の握りをけっこう頂くことになった。40分ほどの後、湯の峰温泉に向けて出発した。ここからは間違いようがない1本道(国道311号線)だ。どれだけ走ったか、話しながらなので時間の感覚は分からないまま、途中で連れ合いと運転を交代した。長い間運転から遠ざかっていたので、スピード感覚が掴めないようだったが、無難に30kmばかり運転した。もう後、1kmと言うところで、道が急に狭くなっていたので、再び運転を交代して、14時46分に湯の峰荘に到着した。ここまでの走行距離は260kmほどだった。早く着いてもすることがないし、周りは山で囲まれ、見るところがない(と思っていた)ので部屋でしばし休憩し、早速温泉に浸かることにした。玄関には多くの運動靴が並べられていたので、何事かあるのかと聞いてみると、和歌山の国体参加のサッカーチームが何組(岡山や静岡のチームなど)か宿泊していると言うことだった。何やら、もう負けてしまったらしく、一寸話しかけるのを躊躇った。旅館内には湯の峰温泉は、日本で2番目の古湯との説明があったが温泉街では最古の湯となっている。そこで、一寸ネットを調べるとが、1つの意見として、湯の峰温泉が最古との考えもあるようだ。13代成務天皇の御代、大阿斗足尼が発見したとかである。こういった蘊蓄に出会うのも面白い。この様に、湯の峰温泉は、日本三古湯と呼ばれる「有馬」「白浜」「道後」よりも古いというから名称の意味を訝るほどだ。ついでに調べた湯の峰温泉の物語には、以下の伝説が語られていた。【600年ほどの昔、戦に敗れ常陸の国(茨城県)に逃れた小栗判官は、相模の大富豪、横山家の長女 照手姫と出会い恋におちるが、二人の関係に立腹した横山家は、小栗判官に毒を飲ませ殺してしまう。 地獄に落ちた小栗判官は閻魔大王の同情をかい、蘇生への道として餓鬼阿弥の姿に変えられ現世に送り返されるのだ。 哀れな姿で倒れていた小栗判官は通りかかった高僧に助けられ、木の車に乗せられて熊野の湯の峰を目指した。小栗の首には高僧により「一引き引いたは千僧供養、二引き引いたは万僧供養」と書かれた札が下げられたとのこと。 一方、照手姫は恋人を失った上、兄弟の策略により流浪の身となっておりました。ある時、首から札を下げた餓鬼阿弥を見て、亡き小栗判官の供養になればと湯の峰へ参詣の旅に旅立った。 長い旅路の果て、ついに湯の峰に辿りついた照手は餓鬼を四十九日の間つぼ湯に浸けて湯治させたところ、なんと元の小栗判官の姿に戻ったという】とのことだ。また、佐々木小次郎が、ツバメ返しを会得したところとの話もあったり、小次郎に恋した姫(名前は忘れた)は叶わぬ恋を嘆いて、川に身投げをしたりとか、と言ったことが書かれていた。お湯は加温、循環していない源泉掛け流しで、泉質は含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉とのこと。飲みはしなかったが、飲泉も可能とのことだ。湯船に浸かったときに白いものが浮いていたのを少し気持ち悪く思ったが、連れ合いに、「それは湯ノ花というの」だと教えられ、不明を恥じた。夕食後、元湯のある温泉街まで散歩したが、木陰の道はほの暗く、方向を勘違いするところだった。つぼ湯もあり、また温泉たまごも出来る90℃の湯もあるとかだが、ひっそりした町を歩くだけで帰ってきた。空には、地球との距離が最短になると言うスーパームーンが煌々と道路を照らしていた。
2015.09.28
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今日のウォーキングは東行きなのだが、iPhoneのアプリやOSのバージョンアップをソフトバンク店で行おうとした。店は開いていなくても、何とかWi-Fiの電波が拾えるので、店の外部でバージョンアップを試みるためだ。しかし、元来バージョンアップは時間が掛かるものだし、店外では、やはり電波が弱いこともあって、途中で、諦めて(しかし1時間は掛けた)引き返すことにした。といっても、やはり折角起きて出かけたのだからと、第2中学に近い名神高速の高架下を経て若山神社への登り口を通り帰宅し、何とか1万歩の最低線はキープした。今日は、このところ気がかりだった事を何とか片付けるのに奔走した。締め括りとして、連れ合いが、スクラッチで、一寸した賞金を当てたのはせめてもの慰みというか、一大事件であった。***生物の脳に近い半導体チップを作ろうとする研究があるようだ。あの複雑怪奇なシナプスのやり取りを、半導体で代用しようというのだから、先は未だしと言うことだ。しかし、米IBMや東京大学などでは、試作品が出来ているようだ。そして、出来映えはと言うと、人間にはほど遠いが、昆虫レベルの脳には達しているというのだ。この脳型チップは「トゥルーノース」という。4・3平方cmのチップに256個の神経細胞に相当する基本単位(コア)を4096個集積して、約100万個の脳細胞のように働くのだという。そのトゥルーノースを16個接続したシステムの作動も確認したとのことだ。読めば、半導体の微細加工技術に基づかない別の方法で、低消費電力を達成しているとのことで、「回路設計と駆動方式に新技術」を取り入れたのだ。何やら、脳型チップは、データ処理が信号を受け取ったときにだけ作動する点が通常のコンピューターのそれと違うとのことで、この技術が、消費電力を低く抑える要点だ。今は、蜂の脳に相当する程度だとのことだが、究極は100億個の脳細胞からなるサルの大脳と同程度のものを目指す。このアイデアは、1950年代頃からあったと言うから、歴史的にはそれほど新しいアイデアというわけではなさそうだ。しかし、構想に技術(微細化やソフト)が伴っていなくて、2回は頓挫したという。今回は3回目のブームのようだ。目標チップの集積度合いは、1平方cm神経細胞を100個配するとのことで、計算すると、現在試作している回路の1.7倍を目論んでいることになる。一方、スタンフォード大学では脳型チップ「ニューログリッド」を開発しており、105万個の神経細胞が数十億カ所で接続した脳回路と同等だという。ドイツやイギリスでも同様の開発を進めているようで実用機が見られるのは2030年位を想定している。別なグラフに依れば、人間の脳の神経細胞の数は、1000億個で、現在到達している蜂の神経細胞は100万個程度だ。次のステップはサル(10億個)と言うから、ステップバイステップに技術の進化を辿れば、人間の脳の働きに近づくことも可能のようだと書かれている。現在のコンピューターは与えられた入力を如何に短時間に計算して出力するかの域を出ないが、脳型チップが思惑通りに出来るとなると、直感や、ひらめきと言った、人間や一部動物でしか出来ない反応が、得られることになる。昆虫のごく小さな脳でも、敵を見つけたら直ぐさま逃げることが出来るとか、餌を見つけたら飛びついて食べるといった行動が取れる訳だが、人間の脳が備える新技術の発見や、絵画、音楽などの創造的なことは現段階では、非常に難しい。この脳型チップの開発で、人工的な脳が生物の脳に歩み寄る事が出来そうだというわけだ。
2015.09.27
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今日のウォーキングは高浜の堤からすぐに河川敷に降りてそのまま淀川看板の所までで折り返した。一寸したコースの変更も、気分を変えるものだ。小学校の運動会だ。連れ合いは一生懸命弁当を作り、孫の応援に行くことで張り切っている。と言うか、お嫁さんが、あれこれと、プログラムを送付してくれたり、孫が出演するプログラムで、どこから見たら一番良いかなど細かく情報を寄せてくれたりすることに応える意味もある。お嫁さんの実家の方からも、お母さんと、お姉さんが子供を連れて見に来るという事になっているのも、また、張り切る要因である。送られてきたプログラムによると、開会式に続く「ウルトララン」で4年のお兄ちゃんの方が出場することになっている。少し家を出るのが遅かったので遅れることが心配だったが、何とか間に合った。セパレートコースを走る勇姿を見ることができものの、1着というわけにはいかなかった。1つおいて、今度は弟の1年生の弟の方が、小学生として初めて、直線コース(50mか)を走ることになっている。同じ帽子を被り、同じ出で立ちで、しかも同じ様な背格好だから、本人を見極めるのにも苦労が要るが、そこは、予て何レースの何コースを走るかといった情報を貰っているので、見えにくい目で追うことも何とか可能だ。スタートラインに立った出で立ちは、やる気満々だったようだが、スタートして半分くらい走ったところで他の児童に追い越されてしまったようだ。後で聞くと、このところ疲れ気味で、休養していたが体重も少し落ちたとか、本調子ではなかったようだ。ともあれ、走ることが出来たのは上出来と言うところだろうか。お母さんが若い頃陸上の選手だったと言うことから考えると、もう少しなどと言う気になるが、まあ良しだ。また1つおいて、今度は4年生が5人ほどで棒を持って、コーンを周りながら往復するという競技だ。団体競技なので、安心してみていられたが、結構巧く走ったようだ。今度は2つおいて、1年生の団体遊技(実技)「OLA!!~きみにあえてよかった~」の披露だ。一生懸命練習したのだろう、少しはずれるものの、カラーテープで色分けしたペットボトルを振りながらの統制の取れた演技で微笑ましかった。少し間が開いて、今度は1年生の玉入れだ。紅白の玉ならぬ、赤と緑の玉をそれぞれ籠に放り込むのは昔から運動会の定番だ。孫は、お父さんに教わったとかで、散らばった球を真ん中に放り入れて、仲間が籠に入れるのを補助する傍ら、自分も籠に向かって投げていたが、入ったのかどうか、遠くからは確認できなかった。また少しの後、今度は3、4年生のソーラン踊りだ。このプログラムは期待していただけに、結構迫力がある内容だった。お兄ちゃんは、本部席の式台の正面近くで、AKB48で言えばセンターポジションという良い位置を与えられていた。踊りは3年の時に比べて良くなっていて、一生懸命の動作に打たれるものがあった。勢い余って、時によろける場面もあったが、何しろ気合いが充分に入っていて、見応えのある、ソーラン踊りであった。最近は、このソーラン踊りが、若い世代でも取り入れられているようで、エネルギーの発散としても充分で、且つチームで踊るという点も素晴らしいし、現代の運動会の定番と言っても良いプログラムのようだ。昼は、出場の当人達は教室で弁当を食べることになっているようで、残った家族が集まって、シートの上で、作っていった(お嫁さんも作ってきていた)お弁当を食べて歓談した。陽がきつく、そんな中にいるだけで結構疲れるので、午後は、さしたる種目もないことから、失礼した。夕方からは、高校のバスケットボール部の記念誌作成のための会議に出向いた。旧制の中学時代を除いても今期の現役3年生は68期生とのことだ。(私は15期生)長い伝統がある学校で、しかも長い伝統のあるバスケットボール部だが、各卒業年次を網羅することは、なかなか難しいものがある。手を尽くして原稿を収集している段階だが、何とか発刊にまでは持ち込めそうで、発行までは一寸時間を掛けねばならないだろう。会議終了後は、いつものように茨木駅前のミュンヘンで、のみ且つ食べながら、後輩達との会話を楽しんだ。
2015.09.26
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今日はゴルフそのものの疲れか、成績不振の為か、兎に角ウォーキングは中止して休養した。夕方、友人宅を訪問し、この間一緒にゴルフをした人のご夫婦と6人で、夕食に回転寿司の長次郎に出かけた。おばさんが言うから「親爺ギャク」ではないが、色々飛び交って、ウィットに富んだ会話はなかなか面白かった。友人とその人は、海外駐在が長く、共に、帰国後互いの存在を知ったと言うことで、親交が開始されたとかだが、私は、友人を通じて知り合った。***ドイツの自動車大手フォルクスワーゲン(Volkswagen、VW)のディーゼルエンジンに不正(排ガス規制破り)があった。発表されて久しく、その影響も多大なものだとのニュースが溢れる。その内容のあまりに恣意的なこの問題に唖然とする思いである。難しいことは分からないが、ディーゼル車の排ガスを規制値内に納めるために、検査の時だけ、規制値をクリアーにするようなソフトが組み込まれた車を販売していたとのことらしい。試験時は、実際の走行中と異なった回転を示すなどと言った技術的な事を熟知した上で、それを回避するため排ガス試験の時にだけ排ガス量を減らすように組まれたソフトが組み込まれていたというから、単なる確信犯と言うより、世間を欺く天をも恐れぬ行為だと言える。(実際の走行時には規制値の10~40倍になるという)こんな事が、世界に冠たる自動車メーカーで起こるのだと言うことが驚きの1つだが、我が国の東芝も、それに似た欺瞞を3世代の社長の間やり続けてきた(とは言っても之は技術の問題ではない)などと言った事を考えると、一体世界中で何が起こっているのだと言わざるを得ない。最早企業倫理などと言った言葉では言い尽くせない程の悪質さだ。この排ガス不正問題で影響を受ける車の数は世界中で1100万台に上るとのことで、対策費用(特別損失)は約8700億円だとのことだ。違反していました、見つかったので、無料で回収しますと言ったことでは済まされない。アメリカで発覚した、この問題で、アメリカは、VWに対して、約2兆1600億円の制裁金を科することも考えられている。更には、之を受けて、VWの信用度は失墜して、おそらくは、回復に長い時間が掛かることが予想される。株価も低下し、ひいては自動車関連株が巻き添えを食って、落ち込んでいる。何故この様な、発覚してしまえば「何と愚かなことを」と思うようなことが起こるのだろうか。マルティン・ヴィンターコーン社長は辞任を表明したと言うが、発覚すれば、辞任で事足りるのかという点で大いに疑問だ。まして、この社長技術畑の出身だと言うから、なおのこと許せない気がする。東芝の場合もそう言った傾向が見られるが、技術屋が、嘘をつくような世の中になってしまったら、もう末だと言うことだろう。別に、営業マンが嘘をついても良いと言っているわけではないが、営業マンの誇大(と思われる)売り込みなら、それが嘘だとわかっても、何となくまぁ、仕方ないかという気がするのだが、技術屋がそうであっては絶対にならない。この問題は1人VWだけの問題に留まることではない。ドイツ全体がこの問題で信用を失墜してしまう気がしてならない。ドイツと言えば、製造業では、如何にも緻密で、正確な製品を作ってきたとの印象があるが、それが全く崩れ去ってしまった。(ドイツの自動車業界は勿論のこと、ドイツ自体のブランド力が根底から揺らいでしまったという危惧だ)単純に考えて、この様な不正が、最後まで罷り通ると考えたのかという素朴な疑問だ。「天網恢々疎にして漏らさず」とは良く言ったことで、世の中の悪事が露見しないわけはない(とはいうものの、明らかに愚かしい誤魔化しが、罷り通らずに発覚した事実だけを知っている我々には、未だに潜行している不正を見抜けないだけかも知れないのだが)と言うことなのだが。日本でも三菱自工によるタイヤ脱落事故の偽装報告事件(2002年)、耐震強度の偽装事件(姉歯)(2004年)があり、免震機能の性能基準が充足していなかった東洋ゴム事件(2004年)、タカタ製の欠陥エアバッグ問題(2014年)と、一寸思い返すだけでもおぞましい技術絡みの問題が多い。一体世界はどうなってしまったのだろうか。あの中国人(ツイッターなどで)に「ドイツもやっていることは中国人と同じじゃないか」という書き込みがあったようだ。この1つを採ってみても、極めて恥じるべき事だと思うのだが・・・。
2015.09.25
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今日は第116回の摂津会ゴルフコンペのためウォーキングは之に替えた。***今日は朝から雨模様だ。なのにゴルフがある。幹事の端くれだから出かけないわけにはいかないと云った中途半端な気持だ。と言うのも、このところゴルフといえば、雨に見舞われ、友人夫妻とのラウンドで、100を越し、同期のコンペでは、最近では前代未聞の120を叩いてブービーとなり、と散々だった。従って、今日はもう雨のゴルフはしたくないという気分的に引けていた。そうは言うものの、出かけた。時間が少し遅かったせいで、狭い道は通勤の対向車が、続々来るので、いやが上にも時間が掛かり、ゴルフ場への追い越し禁止の道に入ると、前方を悠然と走る車がある。後で分かったのだが、友人の車だった。そんなこんなで、ゴルフ場に着いたのは、開始30分ほど前となり、大方の皆さんは既に来て、雨の様子見で、待機していた。当初の参加予定は34人だ。しかし、雨のため、止めるという人が、3人出た。(当初の辞退者は5人だったがハーフまでで、コンペ成績を出すとのことで取り敢えずはその内2人は参加に転じた)私の組は、3人だったが、1人が抜けたので、他にも1人が抜け2人になったその人達と一緒に回ることになった。1人は後輩で、もう1人はその友人と、2人とも前に同じ組でラウンドしたことはある。共に、とてつもなくロングヒッターであり、元々一緒だった1人も、この度70歳になったとは言え、元気で、レギュラーティーで回るという。最近私は、ゴールドティーで回っていたが、1人だけ迷惑を掛けるわけにはいかないという思いで、同じティーから打つことにした。(これがそもそもの間違いだった)雨で元々気が進まない上に、参加したロングヒッターの2人のずば抜けた飛距離に、何度も飲み込まれて、自分のゴルフを見失うありさまだ。そんなことで、今日は殆ど見るべきショットもなく、最悪のコンディションであった。力むせいで、球をチョロすることが多く、毎ホール、満足な結果にはほど遠かった。例えば、No.4(ショート)ではシャンクの出だしに2オンはしたものの4パットするなど、目も当てられない。パーで上がる者、せいぜいボギーで上がる2人の中で、何ともやるせない気分である。それを引きずって、No.5(ロング)では、いつもは快調で、3オンも狙えるかなというホールでさえも、チョロの連続で、やっと5つでグリーンにたどり着くといった具合だ。続くNo.6では、ティーショットを左にOB。そんな風に前半は、1部を除き、4人の中の最下位スコアを重ねる有様だ。前半2回のショートホールは何れもダブルを叩くなど、有ってはならない成績である。しかし、何とか、気分的にも皆さんの足を引っぱらないようにとやる気のない風情は隠さねばならない。ゴルフを楽しくない(未だこれだけ残っているのか)などと言った気分になったのは、余り記憶がない。ともかくも、前半は終了し、何と60を叩いていた。之は、殆どゴルフをやり始めた頃2~3回経験した、屈辱的な成績である。前半で終了すると考えていたところ、雨は小やみになってきて、後半を止める正当な理由が見つからないという雲行きになった。仕方のないことで、本来なら喜んで、起死回生をとの気分になるのだが、なかなかそうはならなかった。後半も、気分を取り直したと言うつもりだが、身体はそうはなっていないようだった。皆に遅れてダボの発進だ。辛うじて、クリークのあるNo.12ホールで、ボギーを取り戻した程度で、淡々と進む。ところが、No.14の打ち降ろしショートホールが後半の極めつけの落胆ホールとなった。左の木に掛かりOB。打ち直しは、当たり悪く池の手前だ。焦って、4打を池、また次の6打を池に入れる始末だ。考えられない経過に、ここで、ギブアップした。(初めての事だ)続く、No.15は久しぶりに皆と互して、ボギーで上がった。之から少しは良くなるかとの思いが裏腹に、No.16では、途中経過は、普段通りでも、アプローチで、バンカーに入れ、しかも1度で出ないと言う経過で、OBの人よりも悪い9打を叩いた。更に、No.17では皆さんがボギーで上がるのをよそ目に、3パットのトリプルで、如何ともしがたい事になってしまった。開き直ったわけではないが、最終のNo.18では結構順当に進んで、3打をプレースメント良く池の手前に置き、4打でオンした。ここで、7mばかりある右下がり(スライス)のパットを、何とか1回で、沈めたきわどくパーを拾ったのは、きっと、諦めずにまたゴルフをしに来いよと言うことだったのかも知れない。散々な結果に打ちひしがれ、久しぶりのBB賞を頂いて帰る結果になった。
2015.09.24
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今日のウォーキングは水無瀬の堤から上流へ三川合流地点から河川敷に降りて、大山崎ICの見える、河川敷の橋を折り返した。連れ合いは、事故後初めて、ゴルフレッスンに行く気になったようで、付き合った。1年3ヶ月ぶりに(それだけのつらい空白期間の後に)何とか、その気になったのだ。球に当たろうが当たるまいが、飛ぼうが飛ばなかろうが、そんなことは2の次で、取り敢えずクラブを振っている姿は感動的である。世の中から高齢者と呼ばれるようになっているものの、気概はまだまだという感じで、立派な立ち直りだと思う。そう言うところは「男前」だと思う。***このところ、使っているiPhoneのメール機能に何とも不可思議な現象が起こっている。メールを送信したら、通常は、送信済みのファイルに内容が残るのだが、何故かそれが残らないのだ。具体的には、8月7日以降の結果が残らない。もう少し詳しく言うと、一旦は送信済みにはいるようだが、時間が経過したとき、突然吸い込まれるように内容が消えてしまい、何処を探しても出てこないのだ。どうでもいい内容なら、うっちゃっておくのだが、返事をしたり、また問い合わせたり、相手からの返信を期待している内容なら、「一体届いたのだろうか?」などと訝しく思う。相手がすぐに返信してくれたら、届いたのだと分かるが、何かの拍子に返信が遅れると、気になる。そこで、再び送付する(確認)するのだが、相手にとっては迷惑な話だ。そんな事象が、何回も続くので、連れ合いの携帯相手に何度か試してみたところ、ほぼ確定的に不具合が再現できることが分かった。いよいよソフトバンクの販売店に持って行ったのだが、応対の係員の前で、再現を試みたところ、何やら消えないのだ。あれこれいじっているとやがて消えてしまった。この時は、自分が申告している内容が相手に確認して貰えたことに安心した(喜びを感じた)という変な感覚に襲われ、何とも、本来は、この不具合を呪う気分なのにと妙な気分になった。変事を理解した掛かりの人も、何故そうなるかが分からない。設定をいじってみてもどうも手に負えない内容のようだ。受話器を取って、アップル社に(之も担当子会社)問い合わせの電話をしていた。相手とやり取りをしている内、本人(私)とアップル社の担当者と直に話した方が良いとのことで、電話を替わったが、相手の女性もそう言った技術的なことを解決する人ではなく、スペシャリストと直接話をして下さいとのことだ。勿論だとも思ったが次がいけない。担当者(スペシャリスト)は忙しいので、知らせる番号に、そちら(私)から電話を掛けて下さいとのことだ。この種の電話応対の常で、オルゴールを聴かされ、長い間またされるのを知っている私は、逆にスペシャリストの手すきの時に私の所に電話を下さいと御願いしたところ、それは出来ないと頑な返事しか帰ってこなかった。何度か、手を変え、品を変え、説得を試みたが、慇懃無礼というのはこのことだと思わせるように「申し訳ありませんが」との枕詞で、何度も断ってくる。窓口担当の女性の器量はここまでと、電話を切って、ソフトバンクの担当者に何とかコンタクトを御願いして、店を引き上げることにした。長時間になるし、日も暮れてくるし、後続の客が溜まってくるし、で何となく早く切り上げたかったからだ。さっきから、電話のやり取りを傍で聞いていた掛かりの人も、コンタクトしてくれることを約束してくれた。取り敢えず、メールのやり取りは、それほど多くもないので、この現象を知っていれば、送信できたかどうかは何となく分かることもあり、当面は我慢しようと思ったのだ。しかし、そうは言うものの、家に帰り着いて、一度我慢をしてこちらから電話を掛けて、繋がらなければ致し方無しと、受話器を取って、教えられたスペシャリストの居るという番号に電話したところ、何と「この電話は地域外ですのでお繋ぎすることは出来ません」とのこと。何事や有ると、怒りに狂ったが、致し方ない。しかし、その後、ソフトバンクの掛かりの人も、私に何らかの結果報告をすると言いながら、梨の礫だった。いやはやである。
2015.09.23
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今日のウォーキングは檜尾川橋から名神のDP9橋脚を折り返すコースだ。夕方連れ合いと近所を散歩した。1日2回の歩きで、2万歩を越えた。***福島原発事故は、まだまだ尾を引いている(勿論)。放射性物質の恐ろしさなのだが、世間の目先は、既に次の災害(鬼怒川氾濫)などに移行している。遠隔の地にいれば、時折新聞などで振り返られる記事で、僅かに、そうなのだという位が、関の山になっている。東日本の地震が発生したのは2011年3月11日のことだ。あれから今日で、1657日を経過している。1週間毎に福島県内の汚染状況が新聞で報告されているが、結果の推移は1週間で、せいぜい1000分の1~2マイクロシーベルトの減少か、もしくは増加(殆ど変わらないと云うこと)といった遅々としたもので、未だに安心した放射線量のレベルにはなっていない。因みに、福島市(原発の現場ではない)の地上1mにおける線量は0.19マイクロシーベルト(μSv)と2ヶ月ほど前から殆ど変わっていない。地上1mの計測結果が報告され始めたのは事故後164日目でその時の値は、1.600(μSv)であった。(ここで不可解なのは2013年10月22日に発表された値がその前よりもドラスティックに低下していることだ。理由も、特別な除染の話も聞かなかったので謎なのだが、その後は遅々として、線量低下はない)9月10日に発表された死者は15,893人、未だに行方不明2,572人、そして震災関連死が3,331(3月31日現在)とのことで、驚くべきは、避難生活者が19,513人(8月13日現在)も居ると云うことだ。避難生活者が、旧状に復することが出来ない大きな問題点の1つは、なんと言っても、この地震による津波が、福島原発を破壊したことである。原発は、核燃料を常に冷却し続けなくてはならないし、それは稼働の有無に関わり合いのないことだ。冷却は、水で行うのだが、冷やした水には、放射性物質が含まれる事になり、その廃棄がまた大問題なのだ。容赦なく、地下水が、汚染された原発建屋内に侵入してきて、しかもその水が汚染され続けるのだ。対策は採られているというものの、実行の程は遅々として効果を現さない。贔屓目の見積でも汚染水問題の解決(何を以て解決とするかは議論があるが)するのは20年後だとのことだ。勿論福島原発の廃炉を全て終了するのは、公称30年~40年、実質はどのようになるのかさえ見当が付かない。原発は事故を起こせば閉鎖すれば良いではないかと簡単にいかないのが、この放射性物質の存在だ。廃炉が決まっているとは言え、そのまま放置することは出来ないわけだ。今日の記事では福島の現状と、廃炉に向けた取組が紹介されているが、机上の工程だけを見ても気の遠くなる感じだ。之までのところ、完全な廃炉が達成できるのが100里先だとすると、今は未だ3里(たった3%)しか進んでいないと言うことだそうだ。事故後4年半を経過した今、たった3%の進捗しか見られないという現状を見たとき、敢えてこの様な危険なものを再び容認することが出来るものだと、改めて思い至る。2度と事故は起こさないし、それなりの基準も高いレベルで、見直したというかも知れないが、高々人間が想定する(過去の事例の積み重ねによる経験工学的な線上で)見通しにどれ程の安心料を持てるのか、高々「人間の分際で」という言葉を思い起こす。羮に懲り膾を吹くという言葉があるが、懲りずに食べ続けることは勿論、世界中にその種をまき散らそうとしている現状をやはり異常な神経だと思わざるを得ない。効率は少し落ちるかも知れないが、もっと安全な方法が他にあるはずなのに、安易な手段を採るべきではないと改めて思う。
2015.09.22
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今日のウォーキングは西国街道で大山崎町役場迄行き、円明教寺口を経て帰宅した。今日も、連れ合いは、フラワー・アレンジメントに出かけた。連休の真っ只中の夕方、ジャスコに行ってみたら、結構駐車場は混雑していた。***難民問題が更に混乱し、複雑化してきた。昨日の日経新聞にシリアを発生源とした難民の図式が掲載されていたが、この図は、9月11日に掲載されていた、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表したものと同じであるが、数字は変わらないが、この10日の間に世界の情勢は、少なからず変わってきたようだ。その図式によると、シリアを発生源とする難民の数は、トルコに、約194万人レバノンに約111万人、ヨルダンに約63万人、イラクに約63万人そしてエジプトに約13万人とされている。このトルコへ脱出した約194万人が、ヨーロッパのドイツやスウェーデンなどに向かっている。欧州で難民を受け入れられている数は、現状では、14万人程度と言うから、抜本的な解決になっていないのは明らかだ。受け入れを容認し、積極的な国は、ドイツ、フランス、スペイン、ポーランド、リトアニアとされているが、他にも、イタリア、スイス、オランダ、そして最近では、イギリスやアメリカなどでもある程度の受け入れ表明をしているようだ。新聞屋、テレビで映し出される難民の写真を見ると、一気に彼らが押し寄せたときに一体どうなるのだろうかと心配になる。受け入れに反対する国のハンガリーや、チェコスロバキアなどは、ドイツに向かう道程上にあるため、多くの難民が通過していたが、之を嫌った政府が国境にバリケードを設けて、入国(通過)を阻止しようとしている。ギリシャからセルビアを通り、ハンガリーに入って、オーストリアを抜けドイツに至るというルートは、ハンガリーの国境閉鎖で、閉ざされ、更にはハンガリーからオーストリアへの列車の運行停止など移動が出来なくなってしまった。このため、現在の難民の流れは、ハンガリーを避け、西のクロアチアを経由する道を採り始めたという。更には、急増する難民にドイツでさえも、国境での入国審査所を設けるなどして、野放図な流入を規制しているようだ。難民が欧州を目指す要因の一つに中東での難民支援機関の財源不足があるようだ。食料援助を大幅に減じたり、医療援助を大幅に制限するなどしたりと、難民には厳しい環境にあるという。増加する難民に対して、支援が減少するという逆行現象は、ますます、難民を新天地に向かわせることに拍車を掛けているようだ。この問題は、人道的支援という高邁な理想だけでは処理できない、経済的な問題や治安の問題を含んでいる。欧州全体で、経済基盤に見合った難民受け入れ割り当てなどを決めようと目論むが、なかなか各国の利害交錯して、すんなりとはいかない。ドイツの理想に対して、冷ややかな対応しかできない国もある。最近では、シリア近辺のアラブ諸国が何故援助の手を述べないのかが問題になっている。サウジアラビアとかエジプトとかいった中東の盟主を以てする国々が救済の手を差し延べようとしていないのだ。中東各国は、これまで国民に対して、政治参加を求めてこなかった経緯があり、難民の流入で、これらの外気の注入が、国家の政治体制が揺るぎかねないという懸念をもっている。更には、中東諸国独特の若年層の人口急増という環境下で、全ての若者に職を与えられないという状態も原因している。シリアの難民の背景の根源問題は、現アサド政権横暴と、国民軽視が根源にあり、さらにIS国との絡みもあるため、シリアそのものが、不安定であることが最大の問題だ。アメリカは、イラクでの過去の失敗もあり、介入には及び腰であるために、シリアの難民は、今後も続くであろうとの見通しだ。ヨルダンやレバノンに逃れた難民もそこで根を下ろすには充分でないためやがて、ヨーロッパを目指すことになるであろう。抜本的解決はなかなか見いだせないままだ。
2015.09.21
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今日のウォーキングは檜尾川橋から東和会に周り、そこから淀川の堤に出て帰宅した。今日1日、久々に2万歩を越えた。今日はカラオケ大会の第21回グランドチャンピオン大会である。優勝者は、この1年分の優勝者名のリボンが付いたトロフィーを取り切りすることになる。グランドチャンピオン大会は3曲歌うことになっている。そのため、開始時間も早く4時にスタートだ。予め練習していたのだが、今回もしっくりした気分ではなかった。連れ合いと友人を含め、合計16名の参加であった。私の場合、グランドチャンピオン大会はおろか、通常の大会でも金は取ったことが無く、銀が2回と銅が2回と言ったところまでだ。何時も今回はと言われながら、獲得することが出来ないでいる。先ず、申告点の宣言から始まる。私は、練習時に最高点が出た場合の得点を加算して申告することにしている。(これが間違いのもとのようだ)従って、どうしても大きめの数字になるのは否めない。今回も、合計点を、503点と申告した。連れ合いは、低めで、498点とし、友人は、私と同じ、503点を申告した。皆さんの表が張り出されると、1人の女性が、修正を願い出た。あまりに低いだろうとの助言を容れたわけだ。その時、連れ合いも、修正を申し入れたが、何とその値は、1点アップの499点だ。何とまぁと思ったが、それが結果を大きく左右されるとはこの時は思っていなかった。3曲を順次歌うのだが、2曲目のパネル得点は伏せて進行するため、最後まで、優勝の行方は分からないのだ。私は6番目に歌うのだが、1曲目「赤いグラス」では練習時の166点に対して164点と2点のビハインドだった。11番目の連れ合いの1曲目は「池袋の夜」で、練習時の173点に対してピタリと合っていた。次ぎに歌った友人は練習時154点に対し、153点と1点少ないと言った展開だ。2曲目は(TVだけオープン)私が、「小樽の人よ」で練習時より既に5点も下回った。連れ合いの「潮騒」は、3点少なかった。友人の「私祈ってます」は3点少ないという具合だ。夕食を採りいよいよ3曲目が始まったが、私も、連れ合いも常より沢山飲んだようで、どんな展開になっているのかさえそっちのけになってしまった。3曲目は「喝采」で、一部、歌詞を間違えるなど、予想より、6点も低かった。もう隠されているパネルで90点以上が出ていないと覚束ないことが分かり、勝ち目はなくなったわけだ。連れ合いは、予想より、1点アップの出来で「おまえと二人」を歌い終えた。有望な位置にいるのだが、この時、気がついていない。友人はと言うと、「浮草情話」で、予想より、2点低めのようで、之も隠されているパネルの得点次第では、上位をと言う期待は未だあった。全員が歌い終わって、集計に入り、入賞者の発表となった。今回は、BB賞はなく5位まで賞品が出ることになっていた。先ず5位の発表は、「奥尻は今」などを歌った、先月優勝者の男性で、9点申告より低い点だった。次の4位は、練習時に一緒に来ていた男性で、「紬の女」などで、申告より8点少なかった。さて、メダリストの銅は、「ああ青春の胸の血は」等、舟木一夫でまとめた男性で、申告点を4点下回っていた。続いて銀賞の発表だ。「芸道一代」等を歌った、4位の男性の奥さんが入った。申告点との差は2点であった。いよいよ金賞の発表だが、その名前を聞いて驚いた。何と連れ合いの名前が呼ばれたのだ。それがこれまたびっくりの申告点通りというから再度の驚きである。開始前に一旦申告した点数を1点アップしたことが功を奏したわけで、もし、訂正していなかったら、申告点を1点オーバーしていて、オーバーは論外という規定から遙かに圏外となっていたわけだ。1点の申告修正が、こんなところで生きてきたのかと、一寸神懸かり的なものを感じてしまった。斯くして、わが家には、取りきりトロフィーは合計3個となったわけだ。因みに、友人は、申告点を6点オーバーで、パネルが、練習時に1回だけ高得点を出したその通りになってしまったわけだ、ほとほと、結果は水ものである気がした。
2015.09.20
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今日のウォーキングは西国街道を東に歩き山崎駅から長岡京を経て向日町迄歩いた。帰りは、JRで帰宅した。久しぶりの復路列車であった。連れ合いは、水無瀬駅前で、フラワー・アレンジメントを楽しんだようだ。バスケットに盛られた花はとても豪華に見える。***今日の未明、ついに安保関連法案が参議院で可決された。国会内外での凄まじい反対の声にも拘わらず、委員会での、強硬な採決を経て、本会議でも与党(自民と公明)と一部野党(日本を元気にする会、次世代の党、新党改革)の多数で、押し切ってしまった。「国民の安全を守るためであり、戦争を未然に防ぐための法制」だというが、何だか空々しく聞こえる。戦いに参加したくて溜まらないといった感じを受けるし、今のままで何の不都合があるのかとさえ思う。安倍首相は国会の外に見るデモにも動じなかったと言うことで、国民の声を無視しながら、自らの政権の支持率を気にしているとのことだ。野党はあらゆる手段を駆使して、法案成立阻止に動いたが、所詮は多勢に無勢、安倍首相の思うが侭に通ってしまったと言うところだ。安倍首相は流石に疲れ切った様子だったが、そんな中にもナチスのヒトラー的な側面を見るような気がした。独裁者に対し、多少の異論があろう筈の自民党の面々は、「ハイル、安倍!」となってしまったようだ。民主党はこれからが戦いだと言うが、この法案が、覆せるのかどうか、難しいところだろう。憲法の第二章 戦争の放棄で、第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。と言う条文に違反すると言う意見は大方の憲法学者の間で言われているが、解釈で、良しとすると言うのには、無理を通り越して、無茶である。一体どんな風に変わるのかを、知っておく必要がある。国の交戦権は認めないという点を、覆す根拠は次の3点だという。1.日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福の追求の権利が根底から覆される明白な危険がある。2.日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない。3.必要最小限度の実力行使。の場合だ。この条件を素直に見れば、成るほどと思うかも知れないが、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という条文の何処を捜せば、武力行使を行えると言うことになるのだろうかと、素朴な疑問である。この条文があって、なお、武力行使が出来るのだという論理とは、1対1で対応しないことは明白だ。時の為政者の腹三寸で、ここまで拡大解釈が出来るというのであれば、憲法があって無きが如し、になってしまう。どう考えても強引に過ぎる。同盟国(アメリカだけでなくオーストラリアも入る)の要請があれば、南シナ海の中国の脅威に今後はどんな風に対応するのか、同様のことが中東で起きている対テロ戦争の場合は、どのように関わっていくのか、北朝鮮との間の問題はどうなるのか、日本を取り巻く、国際情勢は、どれ1つを取っても緊迫した状態に直ぐさま移行するのではないかと懸念される。先ずは自衛隊が矢面に立つのであろうが、同盟国から、要請があった場合、「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福の追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」と条件付けられてはいるものの、憲法の条文をここまで拡大解釈した現状を見ると、いとも容易く、自衛隊員は武器を持って、自国防衛と称して、武力行使をするであろう事は、容易に推察が付く。そして、やがては、自衛隊だけでは覚束ず、「一般国民も自国を守るのだ、さあ、立ち上がれ(国民皆兵)」という風になっていくのは、歴史を学んだ者なら容易に想像できることだろう。一歩一歩戦争への道を(なし崩し的に)歩んでいるようで、そら恐ろしい限りである。
2015.09.19
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今日のウォーキングは高浜の堤から淀川の看板迄の往復だ。***一週間ほど前の9月10日、「ホモ・ナレディ」と呼ばれる初期人類の新種が見つかったと発表された。(実際の発見は2013年10月だが、その後分析され発表された)それを知ったのは、9月14日のウェブサイトであった。そこには、南アフリカの最大都市ヨハネスブルクの北西、約50kmにあるライジング・スター洞窟で現生人類を含むホモ属の新種とみられる15体分の化石が見つかったと書かれていた。(但し「種としては、これまで見つかった化石の範囲のもので、新種である可能性は低い」という見解もある)人類の祖先については、予てから興味を持っていただけに、時折小さな囲み記事程度のニュースでも、何かほんのりする気分である。日経は専門誌(発表されたのは科学誌「イーライフ」)ではないので、これが掲載されていたのは14日のことで、しかも扱いは小さなものだった。早速ウェブ上で紹介されている関連記事を捜すと、南ア・ウィットウォーターズランド大などの研究グループが発見した化石は頭骨、顎、肋骨、多数の歯、それにほぼ完全な状態の足の骨さらに、年老いた成人や未成年者の骨と、幼児のものとみられる小さな脊椎などで、その数は1550片(アフリカでは最大規模の出土)だとのことで、早速復元模型などが掲載されていた。記事によると、初期のホモ属とみられるこの化石は、より原始的な猿人の特徴も併せ持っていて、アウストラロピテクス属よりもさらに類人猿に近い原始的な特徴も見られたという。脳の容量は513ccと小さくアウストラロピテクスと同じぐらいで、肩は猿人に近いが、手足の骨格などは人類に似ているという。男性の身長約145cm、体重40~56kgで、女性はやや小さめとのことだ。細部の特徴としては、手の骨のつながり方は現代的だが、指だけは樹上で生活する動物のように曲がっているとか、脚の骨では、大腿骨のつけ根はアウストラロピテクス属と似ているが、下方に行くにつれて現代的になり、足の形態にいたっては、現代人の足とほとんど区別がつかないほどだという。この様に、骨の形状的には、新旧が入り交じった特徴を持ち、腰から上は原始的で、下は現代的と分けられるようだとのこと。この新種のホモ属に現地語の「星」を意味する字を宛て「ホモ・ナレディ(Homo naledi):星のヒト」と命名された。ネアンデルタール人や、デニソワ人といった種とどう言った関係にあるのかは分からないが、人類と二足歩行の霊長類との懸け橋になり得る存在だとのことだ。ネアンデルタール人同様に、発見された洞窟には、多くの骨が集中していたといい、遺体を埋葬する習慣があったと推測されている。人類が、サルから進化してきたと、一般的には信じられている。約950万年前の類人猿サンブルピテクス(約1400万年前の類人猿ケニアピテクスという記述もある)から、約700万年前にいたとされるチャドで見つかったサヘラントロプス・チャデンシス(トゥーマイ猿人)を経て、約600万年前のオロリン・ツゲネンシスやアルディピテクス・カディバなどの化石が見つかっており、その後、約500万年前にサルとヒトとの分化が始まったとされている。その後も、約450万年前のアルディピテクス・ラミダス(アルディ)、約420万年前のアウストラロピテクス・アナメンシスと次々に進化した形態の化石が発見されている。更に約320万年前のアウストラロピテクス・アファレンシス(ルーシー)、約200万年前のアウストラピテクス・セディバとアウストラピテクス属の発見は続く。今回命名されたホモ・ナレディはこれら、アウストラピテクス属にも近いが、それよりは進化したホモ属に近い中間的存在のようで、170万年前のホモ・エルガステル(トゥルカナ・ボーイ)に繋がる位置にはいるのだろうか。
2015.09.18
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今日は高校同期の165回九人会ゴルフコンペが茨木高原カントリークラブであった。始めていくゴルフ場だ。茨木高原というから茨木市にあるのだが、行ったことがないので、カーナビまかせで走った。朝は十分時間があるのだが、早起きの癖で、一寸早めにスタートした。丁度出勤時間に重なったのか、狭い道路で、反対向きの車とよく出会った。実のところ、高槻を抜ける頃までは何処を走っているか見当がついたが、その後は、激しい山道をクネクネと回って、何処を走っているか、半信半疑状態だった。府道からゴルフ場の道に入ってからも結構長かった。漸くゴルフ場に着いた(一番乗りだった)が、駐車場は霧でハッキリ見えない状態だった。スタートも一寸遅れて、先行組は、霧で見えないコースを前にしてティーグランドで、霧の晴れるのを待っていた。それでも暫時手探り状態で、スタートしていき、我々も、だいぶ遅れて、インからスタートした。今日は書くのもおぞましいくらいのスコアになった。霧で見えないときや、雨が本格的に降り出し、止むことがなかったので、手袋は濡れ、グリップも滑りで、兎に角ゴルフをしている雰囲気ではなく、ただただ回るだけだった。前半も3ホールを残して、我々の先行の組は霧の為もあり、茶店で待っていて、午後はハーフ終了時に出るかでないかを決めようと言い残して、霧の中に消えていったくらいだ。取り敢えず思い出すホールについて書いてみると、次のようだ。No.10は、ミドル、出だしの池は気にならず、何とか3オンしたが、何と3パットで、他の2人の4オン1パットに遅れてしまった。もう1人は、今日1日中、比較にならないくらいの大叩きで(特に今日は酷いようだ)あった。No11のショートは谷越えだ。ここでは、同組の3人が、谷底に打ち込む中、1人谷を越えたが載らず、しかもまた3パットであった。OB組にもダボはいた。雨が気になりここでレインコートを着た。(私のは、単なるウインドブレーカーで雨は通ってしまったのだが)No.12はミドルで、ティーショットは最高だったが、2打をバンカーに入れ、3オンしてから何と5パットしてしまった。何がどうなったのか分からないが、雨が気になっていることは確かだ。No.13もミドル。1打、2打は思うように当たらず、4オンだ。ここでも4パットと、やっている気がしない。ここら辺りで、戦意は全く喪失していた。(決してパットをいい加減にしているわけではないのに)完全カップインがこれほど恐ろしいとは・・・。No.14はロング。まぁまぁの出来か、4つで辛うじてカラー、ダボで上がった。人の様子を伺う暇はない。No.15はミドルで、ここでも何が何だかコースの状態も忘れてしまった。3パットで、トリプルだ。No.16はロング。ここでも3パットの9打だったと記録している。No.17のショートは、打ち降ろしで、グリーン手前は池だ。池は越えたが、届かず2オンし、ボギーだ。No.18も同じく3パットと何と前半は60を叩いていたが、途中から、ウインドブレーカーの下のズボンは勿論パンツまでびしょびしょになってしまっていて、とてもゴルフどころではなかったが、上がる頃には雨はやや小振りになっていた。しかしいくら何でもハーフのパット数が、28とはいやはやだ。午前中は持参の御茶を一滴も飲まなかったし、必要も感じなかった。身体が冷え、熱燗を注文した。休み中は何とか小雨程度だった。従って、後半を止めようとする雰囲気は薄れ、午後のスタートとなった。持参した着替えは、充分でなく、取り敢えずカバンにあった半ズボンと、半袖シャツに着替えた。No.1はミドル。此所もやはり覚えてはいない。トリプルだ。No.2はショートで、途中はやや凹んだボール状だ。辛うじて1オンしたが、ピンに遠く3パットのボギーだった。No.3はロングだが、ここも5オンまで覚えていない。ダボだ。No.4はミドルは、比較的巧く行った感じで、3オンし、ボギーとした。No.5はミドル。ここは、ティーショット、2打ともまともな当たりだったが、記憶はそこで途切れ(多分GR前でもたもたした)、結果は3パットも手伝って、トリプルだった。No.6はロング。2打を天ぷら気味に上げてしまい。その後もなかなかグリーンに行き着かない。霧も手伝って、手探り状態でグリーンを狙う始末。また3パットで、トリプルである。No.7はショートで、霧でグリーンは見えないが、ガイドのコースを見て見当を付けて打つ。谷は越えたかどうか行ってみないと分からないがセーフ。2オンで、また3パットのダボ。No.8は全く霧の中で、左に飛んで結果OBにしたが、何故かその後も、そのまま続けて、上がれば、10打を数えた。もう、何が何だか分からない。No.9はミドルで、1打、2打はまずまずだったが、ここでも知らず、知らずで、5オンだったようだ。トリプルである。何処でどう打ったか、どんなホールだったかなど、殆どのホールを断片的にしか思い出すことも出来ないくらいな大変なゴルフだった。最後まで、ボールは無くならなかったが、悲惨な結果だ。皮肉にも最終ホールでは、陽面も出ていた。ブービー賞と、余った(ショートホール1つ該当無しがあった)賞を、一番乗り賞として貰って今日のお開きとなった。晴れた日にもう一度リベンジしたいコースではあった。
2015.09.17
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今日のウォーキングは昨日の帰りが遅かった(実は今日になっていた)ので睡眠時間が短すぎ、歩いている間中、眠気と戦うという案配になった。それでも、桜井名神から若山神社迄登り、第2小学校を経て帰るコースだった。小学校の放課後学習会に参加した。以前中学校で学習アドバイザーをしていたときは、ボランティア同士の意見の交換の場などが自然にあったので、何となくしっくりいっている風に感じたが、小学校では、ただ学校に集まって、45分間同席するだけで、殆ど会話もしないことから、やや機械的になることは否めない。考えると、私も年を取ったもので、どうやら、最年長(?) になっているのか、余りしゃしゃり出るのも迷惑かと思い、ただただ、子供相手に奮闘しているだけになってしまった。***中東のテロ、それがもたらした難民、中国による日本国領土内のガス田の勝手な開発推進、北朝鮮の核実験の強行、など海外での諸問題が聞こえる中、国内では台風に関連した豪雨による鬼怒川の決壊や東北の水害、と余り良いニュースがない中、今度は阿蘇山が噴火するなど、世の中の動きは目まぐるしく、どれも之も憂鬱な話が多い。また、只今の日本は、安全保障関連法案の採決で揺れている。今日は島本町でも、安保法案(集団的自衛権を行使できる根拠法案)の強行採決反対集会が水無瀬駅前開かれ、連れ合いは、之に参加しに出かけた。昔のデモとは違って、組織化されたデモでなく、誰言うと無く、いたたまれず発生した本来のデモの流れが出来たことに、感激しているようだ。日本には未だこの様なパワーが残っているのかという気持だ。之もアラブの春が起こった要因の1つである、SNSなどのリアルタイムの通信に原因するところが多いと思われる。昔は、組織化された集団の上意下達でデモに参加させられた経験はある。今回は、おそらく、そう言った性質のものとは違った、インターネットツールを使って、互いに情報を交換し合った個人が矢も盾も居られないとの危機感から自然に盛り上がったデモだからだ。イギリスのシンクタンクが2015年版の「戦略概観」を発表した。なんと言っても、IS(イスラム国)が最大の問題と捉えている。こちらも、インターネットを巧みに使って、宣伝をして、諸外国から戦闘員を集めているとのことだ。IS国はインターネットでの宣伝を巧く使っている。しかし、テロを目指して何故に人が集まるのか、それも、民主主義の国の代表である、イギリス、フランス、ドイツなどから2500人もの人が集結しているというから驚きだ。みんなテロに反対しているのではなかったのか。イスラム原理主義に傾倒しているのか、現政権に見切りを付け、参加しているのかなど分からないが、日本では考えられないことだ。之に対し、アメリカが先頭に立ち、欧州や、アラブ諸国と協調して、ISを武力で制圧しようとしているが、各国の思惑の違いもあり、あまり効果が出ていない。之を踏まえて、これからは外交によりいっそうの力を入れることが求められているとしている。日本には、忽ち、尖閣列島に於ける領有権問題があるが、手を拱いているだけで、なかなか解決するようには見えない。そんな中、中国は、勝手な(中国独自の)解釈でどんどんと当該地域に新たな掘削リグを配して何処吹く風で、開発を進めている。今回、政府が通そうとする安保法制の理念の中には、「わが国の安全およびアジア太平洋地域の平和と安定のために」という項目の下、アメリカとの相互協力を強化することを謳っているが、今回のように、もし、この法案が通ったとして、アメリカは、中国の出過ぎた野望に対して、何らかのアクションを起こすなり、日本を守る行動に出てくれるのだろうか。そうならないまでも、中国の海洋進出に対する抑止力になりうるのだろうか。おそらくそこまでは望み得ない。では、どう言ったことに使われるのか、それは当面、アメリカが紛争地域に介入し、それが危うくなった時点で、日本が駆り出されると言った一方通行の利用され方になるのだろう。IS国への空爆に際しても、国際貢献の名の下に、戦闘に巻き込まれることが期待されるのかも知れない。ああ、そこまでして、アメリカの機嫌を取る必要があると言うことか。
2015.09.16
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今日のウォーキングは連れ合いも起きてきたので、前半は同行した。西から桜井を抜け、ふれあいセンターを回って家の近辺まで帰って、別れ、その後、は1人、水無瀬の堤に出てNHの看板で折り返した。夕方から友人と連れ合いの3人で、カラオケの練習に出かけた。次回は、9月恒例の、年に1度のグランドチャンピオン大会と称して過去1年間の優勝者のリボンを付した、1m余りのトロフィーの取りきりと、大型メダル獲得を目指すことになっている。そんなことで、グランドチャンピオン大会は毎年3曲を歌うことになっている。採点の方法は何時もと同じだが、自己申告の点数は、パネルとTVの合計点の3曲分と言うことになる。(満点だと600点)自分が歌う歌が何点くらいに評価されるかは、今日の練習で確かめると言うことになるが、試しに歌ってみると、大体同じ様な点が出るのだが、かといって、多少の振れもあるというので、なかなか難しい。いつものように店に着くと、ややあって、常連さんの顔が見える。この人も練習に来ているわけだ。その後もまた1人歌いにやって来る。やはりチャンピオン大会と名が付くと盛況なものだ。暫く世間話をして、練習が始まった。常連さんを立てて、最初に口を切ってもらう。交互に歌うのだが、選曲した曲名は、「紬の女」「夢追い酒」「さざんかの宿」だ。余程精通していると見えて、3曲を2回通り、計6回のパネル得点は全て81~85点に納まっている。一方、TV得点は82~90点とややばらつきがあるが、曲毎のばらつきはほとんど無いといった具合だ。友人、私、連れ合いと順に歌うのだが、友人の選曲は「港夜景」、「私祈ってます」そして、「浮草情話」で、3曲ずつ歌った結果は、「港夜景」で、パネルは76点と77点が2回、TVは84点2回と87点といった具合だ。「私祈ってます」はパネルで81点、82点と近い点数だが、2回目のパネルだけ、92点と、大きく高めが出た。テレビの点数は、82点が2回と85点だった。パネルは時々こんな得点を出すことがある。「浮草情話」のパネルは、82点と85点2回、TVに至っては3回とも90点という結果だった。このデータをベースに当日の申告点を決めることになる。同じように、私の選曲は、「赤いグラス」、「小樽の人よ」と「君は心の妻だから」としていたが3曲目は、何故か「ああ、・・・」の部分の歌い方がしっくりと来ないので、急遽「喝采」に変更した。「喝采」は何か暗いので、変えたらと云う声もあったが、何故かその歌が浮かんだのである。「赤いグラス」はパネル得点78点~76点だが、歌い込む毎に1点ずつ下がった。TVは88点~84点で、3回目が最低だった。「小樽の人よ」はパネル、72点、79点、78点とばらばらだ。TVも84点、79点、78点とどうも掴み所がない。変曲の後の「喝采」は2回しか歌わなかったが、パネルは84点で同じ得点で、TVは88点と90点という結果が出た。之からどう推定するかは、結構難しい。連れ合いも、選曲で揺れた。1曲目は定番である「池袋の夜」で、パネルは82点2回と84点、TVは90点~89点という具合だ。しかし2曲目は当初「愛の終着駅」を歌ったが、どうもしっくり来ないらしく、次いで、「新宿の女」に挑戦し、之もピッと来なく、最終的には「潮騒」を2回歌って、パネルは75点と77点、TVは85点と88点という結果が出た。3曲目は、「お前と二人」で2回ともパネルは76点で、TVは89点と88点が出て、今日の練習は終わりとなった。しかし、3曲を歌うとなると疲れるものだ。当日は何人が集まるのかは知らないが、前回の例だと15名の参加で、人の曲を聴くのは歌う以上に疲れるものだといった記憶がある。遅れてきた女性の常連さんは、我々の合間に、美空ひばりシリーズの「故郷はいつも」、「海に向かう母」そして「悲しき口笛」を歌っていたが、パネルでは60点台が多く出たものの、TVの得点は93点を2回出すなど、歌い慣れているところを披露していた。私にとっては、どうも焦点が絞りづらい練習となってしまった。
2015.09.15
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今日のウォーキングは檜尾川橋から名神の高槻IC(仮称)のDP9橋脚を周り、JRの脇道を通って帰宅した。連れ合いが姫から聞いたという、高槻駅前のティーハウス(エシェロンティーハウス)に連れて行ってくれた。ここはコーヒーのサービスはないが、各種フレーバーの紅茶が飲めるので、紅茶好きの人にはたまらないのかもしれない。***マックス・プランク進化人類学研究所の進化遺伝学者スバンテ・ペーボの手による表題の本が目について、これを読んだ。予てから、私には、こう云ったことがあったのではないかという疑問を持っていたからだ。勿論確固たる証拠など無く、ただただそう言った可能性を感じていたと言った方が良い。千葉在勤時代に、ネアンデルタール人として書物で紹介されていた顔にそっくりな人が居たからだ。ネアンデルタール人は、既に絶滅したとされているが、実はその血を受け継いだ人が(集団としてではなく)いるのではないかと思わせるに十分なのだ。勿論それに近い人は沢山いるが、正にその代表的な顔立ちを認めたからだ。そこでこの本を手に取ったが、本の内容の殆どは、DNA抽出の難しさ、抽出時に担当者(現代人)のDNAが混入することを防ぐ緻密な環境造りなど、素人にはややうんざりするような内容が殆どであった。読みながら、「スタップ細胞はあります」と言った小保方女史のことを思い出したほどだ。故意に持ち込んだとすれば論外だが、無菌室の状態はテレビで宣伝されているような大雑把なものでは済まないと云うことも理解できた。冒頭にネアンデルタール人の骨格復元と現代人(ホモ・サピエンス)の骨格の比較写真が掲載されていて、それによるとネアンデルタール人の方が、やや頑強そうで、目立つところは、骨盤から出ている大腿骨の付き方(ネアンデルタール人の方がやや外側に付いている)であった。かつて、ネアンデルタール人と現代人は先祖を同じくする、直系系統ではなく別系統の人類であるとする見方が有力であり、ネアンデルタール人と現代人とは混血できなかったとする考え方が有力であったが、著者らによって現代人のゲノムにネアンデルタール人の遺伝子が数%(1~4%)混入しているとされたのだ。(当然交配の結果だ)読み取れストーリーは下記のようだ。人類は、ミトコンドリアイブ(mtDNA)と呼ばれるアフリカの女性に源を発し、出アフリカ(10 ~5万年前)で、アフリカを出て中東に渡った人類と、そこに既に居住していたネアンデルタール人(このネアンデルタール人もその先祖を辿ればミトコンドリアイブに行き着くというアフリカ単一起源説が有力という)と接触し、混血したというものだ。そこに住んでいたとされるネアンデルタール人も、遡れば、一足先にアフリカを出ていたホモサピエンスに進化する前の人類の祖先と言うことになるのだろう。一方では遅れて、アフリカ大陸を離れた人類は、先にアフリカを出て、ネアンデルタール人と交配した人類との更なる交配をしたと言うことになって、その後ヨーロッパ各地やオセアニアや、アジアに展開したものと推測されるというものだ。したがって、約3万年前に絶滅してしまったとされるネアンデルタール人の血はわずかながらだが現生人類の中に受け継がれているというのだ。遡れば、ネアンデルタール人と現代人の共通の祖先が生きていたのは、83万年前(平均値的に)であり、それらは別々の集団の異なったバリエーションであったと言うことだ。現代人の祖先とアフリカ南部のサン人の祖先との共通の祖先は70万年前に生息していたのだという。このことから、その差の13万年間はネアンデルタール人は、独自の道を歩んでいたことになるわけだ。本書の終わりに、シベリアのアルタイ山脈の遺跡で発見されたデニソワ人のことにも言及している。デニソワ人も、現代人とは別のルートを歩んだ、ネアンデルタール人の兄弟種だということだ。このデニソワ人のmtDNAも現代のアジア民族(特にポリネシア人やメラネシア人)に混入していると述べている。こう云ったことからすると、古代人類間の交流・交雑は珍しくなかったのだと言うことになる。世界中の人から、自分はネアンデルタール人の血を引いているのではないかとの問い合わせがあるようだが、きっと千葉で接した彼もネアンデルタール人の血を引く人だったのだろうと思う。
2015.09.14
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今日のウォーキングは西国街道を通り山崎駅下から西山天王山迄歩き、引き返した。***昨日の日経夕刊に国連食糧農業機関(FAO)の食料価格指数について書かれていた。スーパーなどの買物に付いていくことがあるが、最近は、野菜の値段が高騰しているとは感じるものの、世界的な視野で、食料価格のことを考えることなど無かった。地球レベルで考えると、あるところに干ばつがあっても、違う地域では豪雨であるとか、様々な気象条件が混在しているので一概には言えない。アフリカにいたときに比べると、日本人は贅沢になってきたと常々思っているくらいで、食料は常に潤沢に供給されるのがほぼ当たり前といった気持で日々を過ごしている。そんな状態が続くと、日本を巡る気象条件などで、野菜が高騰するのは仕方のないことと、納得できるわけだが、世界レベルではどうなのかと言うことを余り考えたことはなかった。2002年~2004年の食料価格を100としたFAOの指数変化図を見るとその後の価格変化がよく分かる。FAOの食料価格指数は、穀物、食肉、砂糖、乳製品、油糧種子の国際取引価格から算出されていて、勿論世界的に見ても現在の価格は2002年頃の価格よりも高騰しているのだが、例えば、2010年頃の砂糖は何と400を越える突出した値段で取引されていたことが分かる。その他の食品カテゴリーも、2010年~2013年ころにピーク(250内外の指数)だったのが、ここに来て、ぐっと値下がり傾向にあるというわけだ。この要因は、中国などの新興国の消費が減少したり、原油価格が低下したりしたことが大きいが、日本では、食料を輸入に頼っている部分が多いため、このところの円安が、ドル建て取引価格の下落と相殺して、価格低下の恩恵は少ないのだという。人間の生活の根幹を成す食料だが、一般的には歴然とした需要と供給の関係が如実に反映されることになる。価格低下の要因を、カテゴリー別に記述してあるのを見ると、穀物は北米の小麦や、インドのコメの生産が好調であること、乳製品では、中国などの需要が減少していること、砂糖は、インドの豊作(供給量の増大)が価格下落予想に繋がっていること、油脂類も、中国やインドの需要減少が関係していていること、そして、肉類は、牛などの資料にされるサトウキビやトウモロコシが一頃燃料用に回せていたものが、燃料価格の低下で振り向けが難しくなり、飼料用としてだぶつき始めたことに依るのだとのことだ。経済状況の悪化による消費の減退などは、仕方ないとして、豊作などで獲れすぎに依る供給過剰が、価格低下に繋がるなどは、何とも切ない感じである。(廃棄などの価格調整の話も聞く)TPPで問題になる関税も一般に入手する物価に大きく影響を与えていることは周知だが、この関税自由化問題が顕著なのは乳製品だという。乳製品は、単純な需要-供給関係だけでは測れない関税が介在している。この頃日本では高騰している、バターなどは、国際価格が値下がりしている最も顕著なカテゴリーであるにも拘わらず、関税などの規制によって、輸入価格は3~4倍に跳ね上がっているとのことだ。更には世界の穀倉と言われるウクライナも今のところ大きな動きは無いので、価格が安定化の方向に推移している事も価格低下の方向の大きな要因であろう。この様に、価格形成上の要因は、一面的な方向で決定されていないのだが、日本の国内に目を向ければ、エネルギーコスト(電気代)の高騰が生産者に大きな負担となっていることは否めない。ここでも食料品の価格形成単に食料需給そのものだけでなく、燃料の動向も大きく影響していることが如実である。
2015.09.13
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今日のウォーキングは高浜の堤から堤終点で折り返すコースだ。バスケットOB会の95周年記念誌について、執筆を依頼中の先輩から電話が掛かってきた。何やら私の携帯電話から掛かってきたとのことだが、覚えはなかった。過去には時々、誤って電話が掛かる場合もあったが、その後は携帯は切っているのでそんな誤りはないのだがと思いつつ、もうそろそろ進捗具合を聞いてみたいと思っていたところだったので、我が意が携帯電話に伝わったのかと、一寸不思議な感じがした。現在作成中で、資料(写真)などもある程度出てきたと言うことだった。何よりである。太郎君一家がやってきて、昼食を共にした。夕方に用が出来たとのことで、昼に繰り上がったとのことだ。孫達も段々と大きくなり、しっかりしてきている。来週土曜日には運動会があるので、見に来て欲しいと言っていた。孫に運動会に来てくれと言われるのは、喜ばしいことだと連れ合いは満足の態である。孫が来ると分かったら、お兄ちゃんの方には、子供用に歴史人物を紹介した週刊誌を買いそろえたり、弟の方は豚まんが好きだと聞いているので、わざわざ高槻まで買いに行くという準備のしようである。その弟の方だが、豚まん2つを食べたが、一頃「豚まん君と呼んで欲しい」と言っていた程の盛り上がりが少し失せてきたのかという感じだった。***メッカでクレーンが倒壊したという記事が出ていた。107人が死亡したとのことだ。メッカと聞くと色々なことが思い出される。今度、ふれあいセンターで、サウジアラビア(ジェッダ)での生活の紹介話をすることになっているので、メッカと聞くと思いが馳せる。しかしながらメッカはムスリム(イスラム教徒)の聖地であり、他の宗教を信奉する者(と言うかムスリム以外)は入ることが出来ない場所である。冗談で、1日ムスリムに改宗するからどうだろうかと言ってみたが、当然駄目だった。メッカ近くのジェッダに滞在したのはもう10年も前になるが、そのとき、運転手をしてくれたハッサン君が言うには、メッカでは壮大なプロジェクトが進行しているとのことだった。その完成予想図を見せてくれたが、現在のカーバ(神殿)がある中心地に隣接して、高層ビル群が建てられているものだった。メッカの構成がどのようになっているかは見たことがないので分からないが、12月にはハッジ(大巡礼)があり、世界各地から聖地を詣でるムスリムは、多数にのぼる。2006年には200万人(公称で実はもっと多いのだという)の信者が訪れたのだが、その折には、最終日に重要行事である悪魔の石柱に石を投げる儀式を行おうとして殺到した多数の巡礼者が折り重なって倒れ、345人が圧死したと言う事件が起きている。この年ばかりでなく、例年、同様の事故が起きているとのことだ。(1990年にはメッカ郊外のトンネルで1400人、1994年は270人、2004年には約250人の圧死者)そのためにサウジは、各国に巡礼数を割り当て、参拝者を200万人程度になるように調整していると言うが、果たして守られているかどうかは定かではない。他にも投石儀式が行われる橋を拡幅するなどの対策を行っているとのことだ。これらの一貫として、今回の工事も行われたのであろうが、カーバ周辺の事故も結構あるようだ。2006年には、カーバ神殿近くの商店が集まる地区でホテル(巡礼者の宿泊施設として使われている5階建てビル)が崩壊し巡礼者23人が死亡するという事故も起こしている。これらの事故に巻き込まれるのは、大概外国人で、近くはエジプト人やチュニジア人、アジアからのインドネシア人やパキスタン人などが挙げられる。今回は、詳しくは書かれていないが、おそらく、こういった対策のために、建築中の宿泊施設で工事に使われたクレーンが、信者がお祈りをしているモスクの建物上に倒れたのであろう。当局者の話では、突然の砂嵐が原因だと説明しているが、真偽の程は、分からないということだろう。何れにしても、ムスリム最大の行事とはいえ、命がけの投石の儀式、何とかもっと方法はないものだろうかと思うのは私一人であろうか。インシャ・アッラー(神の思し召すままに)である。
2015.09.12
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今日のウォーキングは江川の堤から大山崎橋(仮名)までの往復で、途中連れ合いが合流して、歩いた。***今回の豪雨は、とんでもない結果を招いた。昨日来テレビで盛んに放映されているが、ついに鬼怒川が決壊するという事態になってしまった。台風の影響による集中豪雨と言うところまでは、ある程度予測は付いたが、どうやら、今回の集中豪雨は、降雨帯が南北に延びる鬼怒川に沿って、狙ったように停滞し(居座り)雨を降らした結果、堤防の1部(幅約140m)が決壊して、低地に濁流が流れ込み、民家などを根こそぎ持って行ったという形だ。決壊した堤防から流れ出た水が民家を襲う様は、東日本大震災の津波が押し寄せる様似にて恐怖だった。それも、5~10分内という短時間でみるみる水かさが増したようで、いくら特別警報を聞いたと行っても、備える間がなかったのではないかという感じだ。至る所に、置き去りにされた車が半没水の状態でみられた。命からがら、退去したことが如実に分かる。降り始めてからの総雨量は600mmを越えたと言うから、相当なものだが、これが鬼怒川の全域に亘って集中して降り注いだと言うから、結果はたまったものではない。この南北に延びた降雨帯は、台風17号と台風18号が接近して、互いの接線地帯に当たる地域なのだという。様々な要因が最悪の状態で表れたことが容易に見て取れる。堤防の設計条件(高さや強度)は、過去の降水量を基にして、水位を計算し、決定されていると言うが、それでも足りなかったと言うことで、今、正に10年に1度の大雨に対応できるように、堤防の強化(嵩上げなど)を計画されていたところだったという。しかし、昨今の地球温暖化に見られる異常気象を踏まえると、堤防設計の基準を見直すべき時が来ているという専門家もいるようだ。この言葉は何処かで聞いたことがある台詞で、丁度福島原発事故時、当時の原子力委員長(斑目)が発した言葉と同様である。正に自然を相手に人知の及び得ないことが今回も起こったというわけで、「人間の分際」を知る災害となってしまった。その後の調査で、この堤防の決壊は、河川側からの水の力で押し破られたのではなさそうだ。国交省に依れば、川の水が、堤防の高さを超える水位に達し、堤防を越した(オーバーフロー)事により、堤防の川と反対側の堤防下端を水が浸食し、足許を浸食されて、堤防が外側から決壊に至ったと言うことのようだ。堤防が決壊する仕組みには、上記の他に、川の内側から徐々に堤防を削られるタイプのものと、堤防に川の水が侵入して脆弱になるタイプとがあるようで、素人には、今回の原因は最も考えにくい形だ。私の経験では、ジンバブウェで、架橋する際に、橋台(アバット)の周りの護岸を特に注意したと言うことがあった。乾季と雨季がハッキリしているジンバブウェの川は、架橋時には、全く水がないことが多いので、アバット辺りの護岸に注意を払うことが忘れられることがある。そこらの川は、自然の侭の護岸で、川の流れ如何では容易にアバットの裏側に水が回り込んで、裏側から崩すと言うことがあり得るのだ。今回の鬼怒川堤防決壊も正にこのタイプであったようだ。土木工事の専門家が、この点を軽視したわけではないだろうし、この事故に拘わらず、現状の堤防高さ3~4mを5~6mに嵩上げを計画中だったという。日本では豪雨による水害は枚挙に暇がないほどで、2004年の新潟・福島豪雨による7・13水害だとか、2010年7月の九州南部水害など同じ様な光景の写真を見る機会が何度もある。島本町でも、2年前に、あわや淀川決壊かと言うくらいまで水が上昇したこともあった。広島の山崩れの災害も記憶に新しい。治山・治水は、国土保全の最も基本的なことだ。改めて水の恐ろしさを認識した。
2015.09.11
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今日のウォーキングは高浜の堤を経て堤の終点から河川敷に降り、淀川看板で引き返すという通常より一寸長目のコースだ。***今日の新聞にもIoT技術の活用について触れられていた。最早、IoTは普通に使われ始めている。しかし、概念的に理解できるとして、なかなかどれが、何が、IoTなのかと聞かれると明確には答えられない。IoTとは、身の回りのモノが、全てインターネットに繋がっている状態と言うことだが、ネット上のディジタルな世界と、人々の生活が一体化されると言うこととはどう言ったことなのだろうか。東京大学の坂村健教授に依れば、一時話題になったユビキタスと言うものの焼き直し的なもので、未来形なのだという。ここで、ハイプ・サイクルという紹介があった、ハイプ・サイクルとは、先進技術の発展過程は、1.黎明期、2.流行期、3.幻滅期、4.回復期、5.安定期のサイクルを経て、実生活に浸透して行くというものだ。IoTが今初めての新規性のある概念ならそれは華やかな黎明期に相当するとなり、それはやがて大きな期待故幻滅期を迎えることになるが、ユビキタスの発展的なものだと考えると、今や、幻滅期を過ぎた、回復期であり、安定期に入って、世の中に浸透していくものだというわけだ。一例として、トヨタのカンバン方式もIoTなのだと言うが、それは、自動車生産という閉じられた環境下のでIoT(閉じたIoT)であり今やそれが、全ての部門を通してのIoT(オープンなIoT)となるのだと考えれば良く、日本は要素的にこれらの技術は先行しているものの、如何にオープン化出来るかどうかが、世界に先んじるかどうかの分岐点なのだという。既にドイツでは、「インダストリー4・0」と言う形で、アメリカは「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム」と言う形で、IoT化を志向している。どちらもネーミングは刺激的だが、未だその実態は、閉じられたIoTの域を出ていないのだという。この程度なら、既に日本では、先行して実施しているとのことだ。(トヨタのカンバン方式の他に、コマツの重機世界ネットワークや、IHIの発電用ガスタービンの予防保全の例が先行してある)法政大学の西岡靖之教授によれば、ドイツは、モノに捕らわれずに、モノを作る生産システムを考慮しているという。坂村教授より一歩高い評価をしている。しかし、両教授とも、之からは、如何に閉じられたIoTからオープンなIoTにもっていくか、世界標準化していけるかが鍵だと述べている。此所に、インターネットという世界に開かれたツールの活躍の場があるのだと言うことだ。ビジネスモデルとしてのIoTは如何にして、膨大なデータを駆使し、解析して、フィードバックすると言った、サービスシステムを提供することが出来るかに掛かっている。こういったサービスを提供することで、持続的な利益を得ようとするわけだ。今日の新聞では、三菱重工の新興国向けの鉄道保守システムに関するIoT技術の活用ついて紹介されていた。日本は新興国向けに鉄道を輸出するケースが多いが、保守に関するシステムをIoT技術によって構築し併せて売り出そうとするものだ。新興国では、鉄道事業者に適切な保守ノウハウがないのが現状だ。それ故に、車両の速度や運航頻度を抑えて運航しているのが現状だという。この点に着目して、三菱重工は、車両にセンサーを取り付け、稼働状況をセンターのコンピュータに送って、その集積されたビッグデータを解析して、故障時期などの予測や部品の交換時期などを適切にフィードバックするというものだ。このアプローチは、ドイツやカナダの鉄道業者でも試みられていない、世界に先駆ける技術だ。こういった高度なIoT技術が、日本の20倍の規模をもつ中国の低価格戦略に対応できる道であろうと述べられている。大いに期待をして結果を待ちたいものだ。そして、鉄道システムに留まらない、IoTの広範囲な活用で世界をリードして貰いたいものだ。
2015.09.10
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今日は台風接近で雨が降っている。ウォーキングは中止だ。昼過ぎには、台風は逸れ、関東の方は大変ならしいが、関西では雨が上がって、ほぼ平常になった。しかし午後に予定されていた小学校の放課後学習会は中止とのことだ。***最近は、新聞に「企業統治」(コーポレートガバナンス)の文字が躍る日が多い。曰く、「企業統治でどう変わる」、とか「企業統治何が必要か」と言ったことだ。勿論バックには、東芝の会計不祥事問題があるのは歴然だ。7月にもブログで取り上げたが、本日また総決算的な記事が出ていたので改めて見直した。東芝の歴代社長の名前が挙げられていて、初代の土光敏夫から9代目の岡村正迄は静穏に推移したようだが、敢えて言えば、西田厚聡を第10代目に選んだことが失敗と言えば言えるのではないか。記事を読めば、従来東芝社長は重電出身者が多かったのだが、西田が東芝社長になったのは、例外的な形の就任だったようで、異例中の異例だったと記されていた。その西田が利益操作を開始したのだという。続く、佐々木則夫は之に拍車を掛けたと言われている。また、この西田と、佐々木の間には抜き差しならぬ確執があったとも書かれている。西田はパソコン部門の出身で、佐々木は、従来の重電出身者と言うことらしく、互いの部門擁護する方法が一寸狂っていたようだ。両者の確執が、業績悪化を自分の責に帰したくない故に、不正を助長したのかも知れない。そして、続く田中久雄はこういった先任2人の確執から生まれ出たような感じだ。西田は、海外の子会社から本社に帰り社長になったが、佐々木は、国内育ちそんな佐々木を西田がグローバルな経験がないとこき下ろしたと言うから、西田が、肝いりで田中を推したような形だ。田中は入社後フィリピンやイギリスで働いてきたという点が西田に買われたのかも知れない。西田の最終学歴は東大(修士)だが、元々は早稲田の出身(法科)で、佐々木も早稲田(理工)と言う同窓の間柄だ、どうもこの辺も何か匂う感じがする。従来の東芝社長は東大出身が殆どだったから西田で、早稲田に変わったというのも異例だったのだろう。西田、佐々木の確執は、広がって、最早、何でもかんでも互いをけなし合うといったことになったのではないだろうか。そこに格好のてなずけ易い(西田にとって)田中が居たと言った感じではないか。田中は、之も異例の神戸商科大学出身だ。大学に格差があると言えば語弊があるが、東大-東大・・・と続いて(一部慶応も入るが)早稲田に継がれ、その後神戸商大では如何にも少し格落ちの感じである。勿論田中にその才があったのだろうが、ここは、西田の肝いりで、(傀儡的に)社長の椅子居座ったのではないかと穿った見方も出来る。「チャレンジ」という言葉を導入したのは、土光敏夫だとのことだが、この時点では、正しい使い方だったようだ。之を東芝流に改ざんした(不適切会計をしてまでも売上や利益を誤魔化せ)としたのは、西田だとのことだ。「こんな数字恥ずかしくて出せない」と言ったと言うから実績を変えるわけにはいかない以上、数字を改ざんする以外に手はなかったと言うところだろう。部下が上司に逆らえないのは、何処の会社も同じではあるが、不正をしてまでそれを通した東芝は、特異だったと言える。(多少頑張れと叱咤するという例は聞く、目標100%達成は当たり前だ、それより幾ら上澄みするかだ、といった具合だ)佐々木がチャレンジさせた3日で120億円の利益改善はあり得るはずもなく、最早この狂いを諫める者は居なかったというわけだ。田中にして然り、西田への恩義と、何とかしなければ、認められないとの思いが改善に踏み切れなかったと言うが、元々そんな器量はなかったと言うことだろう。それにしても、不祥事発覚から約半年(騒がれ出して2ヶ月余)総決算の改革がスタートしたようだが、トップは東芝にして東芝に非ず、と言った社外取締役で満ちている。之から立て直しが出来るのだろうか。それにしても、東芝に留まらず、日本の企業イメージを壊した3人の罪人は、之で無罪放免になるのだろうか。まだ何とも払拭できない気分である。
2015.09.09
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今日のウォーキングは霧雨のようなしっとりとした感じだったので、桜井に出て、駄目なら帰ろうかと思っていたところ、持ち直すようでもあったので、そのまま、山崎駅から円明教寺口迄を往復した。しかし、帰りには、小雨が降り、濡れてしまった。まだまだ寒いという感じではなく、その内帰宅する頃にはまた雨は上がっていた。***ドバイの巨大開発が復活したとの話だ。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国は私が滞在していた2007年頃から開発は進められていて、当時でも、世界のクレーンの2割は集結しているなどと言われていたようで、建設中のビルは数多あり、その最上部にはタワー型クレーンの載っていないところはないといった具合だった。その後ドバイショックの洗礼で、一時その開発ブームは下火になっていたようだ。ここに来て2020年の万国博覧会が予定されているのを念頭に、その巨大開発が再開されたようなので、当時を思い返して、懐かしい気分である。兎に角、開発のスケールがどでかく、日本人が想像もしないようなことをどんどんとやりのけるのだから豪快だ。記事の中からいくつかを拾ってみると、長さ1・2kmという長大屋内スキー場の計画がある。何でも世界1でないと気が済まない気質らしく、当然之も世界1の室内スキー場になる。現在でもドバイの外れのモールには、室内スキー場があるが、それを遙かに凌ぐ長さだ。日本にも船橋ららぽーとに直線の室内スキー場があった(今は撤去されている)があの灼熱の国で、スキー場を維持するのは大変なことだろうと思う。そう言ったところがドバイの挑戦心と言うところだろう。更には、世界1高い超高層住宅を含む複合施設が考えられているという。超高層住宅の具体的な高さは書いていないが、何しろ828mという世界1高い「ブルジュ・ハリファ」を建設した実績があるだけに、凄い光景が目に浮かんでくる。2007年頃に、海を埋め立てて、その土地を椰子の実の木に擬した人工島を作って、そこにパーム・ジュメイラという、巨大な住宅、商業施設を作りかけていた。その地に少し足を踏み入れたが、そのスケールはとてつもない広いものだった。現場事務所への途中の工事路は、日によって仕切りが変わり、運転手泣かせであったほどの変化だった。シェイク・サイードロード(ドバイからアブダビに向かい主要道路)から海岸の方を遠望すると、ドレッジャーから海に大量の土砂を流し込んでいるのが見えたものだ。そこも再び活気づいていることだろう。今回計画されている商業施設に7kmの長さの巨大モールがあるという。一寸想像を絶するが、長目のゴルフコース18ホールに相当し、これをただ歩くことを考えるとその長さが分かろうというものだ。(ボールを打ったり、カートに乗ったりするから回れるのであった、ただウインドウショッピングだけでは疲れて歩けないだろう)これらの施設の玄関口になる、ドバイ国際空港は今でも世界屈指の巨大空港だが、その空港を拡張しようとしているようだ。更に新聞では触れていない(新空港拡張中というのが之に当たるのか)がUAE内には、ドバイとアブダビの中間地点ジュベール・アリにはこのドバイ空港の5倍以上の国際空港(アール・マクトゥーム国際空港)がある。当時建設中のこの国際空港を現場事務所に通う道から遠望したがブルドーザーらしき姿が、蟻のように走り回っているのが見えたものだ。更に言及されていないが、地下ゴルフ場の話や(流石の眉唾かも知れない)世界地図をかたどった、海上埋め立て人工島ザ・ワールド(多目的用途:之は縮小されたのかも知れない)等がある。UAEと言えばオイルマネーを想起するが、このドバイは、GDPに占める石油の割合はほんの6%程度だと言うことだった。世界の金融の中心地であったり、観光であったり、また巨大経済特区を設けたりと先進性でも他に比類無き発展を遂げているようだ。
2015.09.08
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今日のウォーキングは檜尾川橋から建設中の名神DP9橋脚迄出て往復した。連れ合いは、リハビリ通院終了後、同じ件で、初めて通院した。なかなか完全に忘れ去ることは出来ないようだ。昼過ぎ、ケーキ作りに出かけたが、指定されたより随分甘みを抑えたとかで、なかなか美味しく出来上がっていた。***シリアなどの難民の1部がドイツに到着した。1部と言っても8000人(テレビなどでは1万2000人を超える)、今年の難民申請は200万人に迫るのだという。因みに、世界中の全難民は5950万人いて、このうち、1950万人が実質難民で、約3820万人は自国にとどまって避難生活を送っているとのことだ。難民は何故ドイツを目指すのかについては、ドイツが難民を保護する法的な裏付けがあると言うことだ。この制度の根源には、過去にナチの迫害で、多くの難民を出した経験があるからだという。ニュースなどでは、市民が難民到着を歓迎している様子がうかがえる。ドイツ以外では、例えば、ドイツへのEU入口に当たるハンガリー辺りでは、押し寄せる難民に苦慮し、拒否する姿勢になっていて、難民は、ハンガリーを避けて、オーストラリア等へ新たなルートを模索しているような状態だ。この他にも、リビア、モロッコを経由するルートがある。こうした難民からお金を巻き上げ、しかも十分な扱いをせず、死亡させてしまう輩もいる。先月末にはオーストリア東部の高速道路で停車していた保冷車から移民とみられる71人の遺体が見つかった。また、今年の初めにはリビア沖で難民船が転覆し、700人が死亡したとの報道もあった。同じリビア-イタリアルートでは、先月末に同じように船が転覆し、200人が死亡したとのニュースだ。そして、今月初めにはトルコのリゾート地ボドルムのビーチに打ち上げられ横たわる幼いシリア少年の写真が掲載され、世界に衝撃を与えた。この少年はあどけない3歳、トルコの町ボドルムからギリシャのコス島を目指すボートに乗っていたがボートが転覆して、その後海岸に打ち上げられた状態で発見されたという。動かなくなった少年を抱き上げるトルコ準憲兵隊員の姿と、その時の述懐に世界が揺れたというのだ。何故かベトナム戦争の時の写真の道路を泣き叫びながら走って逃げる女の子の姿とラップするようだった。何の罪のない、いたいけな少年少女が、これら難民の中に含まれていることを改めて知らしめる写真であり、EUの指導者の心を打ったようだ。元々ドイツのメルケル首相は難民受け入れに積極的であったので、この報を聞いて、ハンガリーで停滞していた難民を受け入れる方向に傾いたとのことだ。イギリスのキャメロン首相も、世論に押され、やや重い腰を上げたとのことだが、引き受け対象の数は1万6000人だという。EU全体でも受け入れ人数をそれまでの4倍の16万人に増加させるとしたようだが、何しろ押し寄せる難民に比して少なすぎる。フランスも難民を受け入れているのだろうが、今ひとつ釈然としない。ハンガリー、オーストリアからは中間にドイツがあり、モロッコからはスペインがあるという地理的な問題だろうか。難民問題は対処療法(受け入れるだけ)では解決しないだろう、シリアの内戦を終わらせることが先決だと思うが、フランスのオランド大統領なども同様の考えのようだ。血も涙もないアサド政権も手を焼くIS国はなかなか殲滅する迄には至らないようだ。ここに来て、アメリカの存在の希薄さが見えてならない。アメリカも最早限界と言うところかも知れない。エジプトの富豪辺りは、島を提供して、難民を住まわせるなどと言っているようだが、何処で稼いで、どんな生活をしろと言っているのか、一寸浮いた話だ。イタリアもEUの一員であり、難民・移民問題が地中海を越えて流入する窓口になるところだ。緊急にEUの首脳会合を開いて対応を協議すべく提案している。ロシアはシリアに介入しようとしているが、どうやら、難民を受け入れるというには遠すぎるようだし、またその気もなく、独特の国民性で、アサド政権が倒れた後のシリアでの自国の影響力を保持するための狡猾な動きがあるようだ。
2015.09.07
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今日のウォーキングは雨が降りそうなこともあって、近場を歩いた。桜井の名神側道から島本高を経て、若山神社に登って帰宅した。姫は友人に出産祝いを贈るとかで、京都の高島屋へ買物をするため付き合った。夕方、姫が湘南へ帰る際にフィアンセと帯同し、その彼が、正式に結婚したいと伝えたのには、少なからず驚いた。***先日「人工知能」の本に書かれていた言葉で、目新しい言葉について振り返ってみた。人工知能はますます我々の傍に近寄ってきたというか、クローズアップされてきた。日経新聞でも、取り上げることが多くなってきて、今日から「新産業創世記」なるシリーズが紙面を賑わすことになる。既に人工知能(AI)は我々の生活の中に入り込んでいる部分もあるが、その技術が段々と研ぎ澄まされていくというお話だ。そんな新聞記事にも出てくる言葉も含めて、先に読んだ、バラットの「人工知能」の中で出てくる言葉について、よりよく知っておこうと復習した。「ビジーチャイルド」:バラットが名付けたのだろうか、ウィキペディアにはなさそうだ。自身の知能を進化させようとしているそんなAIのことらしい。36・8ペタフロップス(人間の脳の約2倍のスピードで動作する)のスーパーコンピュータ上で自分自身が、プログラムを書き換えて学習、問題解決、意思決定の能力を高め、それと同時に、表れたエラーを発見・修正していくというAIのことだ。---ペタフロップ(petaflop):毎秒1000兆回の演算処理が可能の意味---「知能爆発」:ビジーチャイルドのようなAIがどんどんと自身で自身のプログラミングを書き換えていき、その知能は急傾斜のカーブの指数関数的に高まり爆発してしまう。(その爆発が何を意味するのかは、想像するしかない)人間の知能を越えてしまう(人工汎用知能、AGI:Artificial General Intelligenceになる)のである。でもそれで未だ止まるわけではない、AGIはすぐに、10倍、そして100倍賢くなり、わずか2日で人間の1000倍の知能を持つようになり、さらにまだまだ進化する(人工超知能、ASI:Artificial Super Intelligence)・・・。のだ。「シンギュラリティ」:特異点の意味で、ここでは技術的特異点:Technological Singularityの事を指し、ウィキペディアでは、「未来研究において、正確かつ信頼できる、人類の技術開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点を指す」と書かれている。このままでは一寸分かりづらい。もう少し砕いて言うと、「コンピューターが人の知性を上回るとき」と言うことだろうか。(日経新聞ではこう説明している)ともかくも、今までの人類の進歩の過程で、4回の産業革命を経験しているとの説明だ。第1次産業革命は、蒸気機関車の発明や印刷機の発明などで代表される18世紀後半の革命である。第2次産業革命は、内燃機関(自動車のエンジン)の発明に纏わる19世紀後半の革命である。第3次産業革命は、半導体技術に基づくIT(情報技術)革命と言ったところで20世紀後半の革命である。第4次産業革命は、人工知能やビッグデータ、自動制御、クラウドと言った革新的技術が登場した現在21世紀初頭の革命である。この辺りから、進化の速度は、指数関数的に速くなってくる。そしてこの「シンギュラリティ」が起こるというわけだ。カーツワイルが初めて提示したこの概念は2045年にはやって来るという、(このことを2005年に述べている) 曰く、「技術革新が加速されて重大なものとなり、人類の歴史に断裂を引き起こす」かつて、2000年問題というのがあったが、その時も一寸気を揉んだものの、過ぎてしまえば、大それた事は起こらなかったようだ。今度の2045年問題は、決してそのようなことでは済まないだろうとのことだ。思えば、私は、第3次産業革命時代にコンピューターに始めて接し、それをツールとして使ってきたが、既に第4次産業革命の現時点で、(既に半世紀を過ぎた)最早アップアップの状態だ。「シンギュラリティ」の名前は聞いても、その時代に生きていることもないのだが、少しだけ、どうなるだろうかと気になるところだ。そして、人類は何処まで行く(行ける)のだろうか。
2015.09.06
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今日のウォーキングは西国街道を山崎駅の下から大山崎役場を通り、新山崎橋に抜けて帰宅した。夕刻には姫が帰阪する予定だ。***政府はマイナンバーの導入にあたって、呼応するように消費税の軽減を図ることを考えているという。2年後(2017年)に消費税が10%にアップするのに合わせる目論見だ。対象は、酒類を除く食品に限定しているようだ。これには、個人の所得に応じて税額軽減の限度を設けることも検討対象だ。個人にマイナンバーが与えられると、その番号を申請すると税額が軽減されると言うことで、有難いような、また懐を見透かされているような複雑な気分である。その昔、軽減税率の適用が議論されたが、その時は、対象品目を選定するのが複雑で、とか、それに要するコストが掛かりすぎるとかといった理由で、なかなか議論が纏まらなかったことを覚えているが、酒類を除く食品全般が対象となると適用に際する混乱は少なくなる。(これが第1の柱だ)第2の柱として、所得によって軽減税の限度を規定することだ。日々の買物時には、10%の消費税は払っておいて、年末に(おそらく確定申告時に)、所得に応じて、過去1年間に購入した食品の合計から軽減税率分(別途決められるのだろう)だけ調整金として変換されるというシステムのようだ。そして、この軽減の総額は、所得によって天井が決められていて、野放図に軽減されるのではないと言うことだ。そして、最後の3つ目の柱は、この施行に当たってマイナンバー制度を適用するというわけだ。このマイナンバーは、今年の10月に各人に渡されることになっている。数字はいい加減だが、具体的シミュレーションとしては次のようなケースが考えられる。所得400万円の人が、年間に食品を110万円(税込みの額)購入したとする。(最近のエンゲル係数は、大凡24%なのだそうで、簡単のため110万円買ったとした) 具体的には、スーパーに買い物に行く毎に、マイナンバーが入ったカードをレジで「ピ!」とかざすわけだが、年間通した食糧費は、ちゃんとマイナンバーカードに把握され、積算されていくというわけだ。(おそらくこれらはバーコードの中に、組み込まれることになるのだろうから、レジのおばさんに負担は掛からないようにするのだろう)時々の買物では、例えば1万円の食料品を買うと、11,000円をスーパーには払うのは今までと同じだ。(その合計が、例えば1年で、110万円払ったと仮定する)年末調整時にマイナンバーカードを何らかの形で(Eタックスならそれで)申告すると、食品の軽減税率を8%としたときには、この人には、払いすぎた食料品の税額は2万円(10万円-8万円)を還付金とされるわけだ。じゃあ所得2000万円の人が同じように食料品を440万円買った(良い物を食っているのだろう)としたとき、払いすぎた金額8万円(40万円-32万円)が還付される計算になるが、ところが所得によって軽減額の上限が決められているから(例えば、所得が2000万円の人は上限が5万円とか)還付されるのは5万円になると言った具合だ。之って合っているのかどうか、例に曳いた数字も安直なら適用も安直だから実際にはこの様なケースはないかも知れないが、考え方は概ね正しいだろう。一律課税よりも、低所得者に優しい逆進性の解消の考え方に基づいているのだが、之を実際に実行しようとすると、IT情報を読み込める大型スーパーでないとなかなか対応出来ないだろう。末端の小売店まで端末機を揃えることはなかなか難しいようだ。(詳しくは知らないが売上1000万円以下ならこんな面倒はなく、消費税支払いの必要はないとされる。しかし、一般の小売店で、明らかに1000万円の売上がないような小さな店でも消費者は消費税を支払わされていると思うが、之って小売店の貰い得って事かなぁ)この様に、理屈では、この制度が運用されれば、何となく個人消費者には有難いように思えるが、何でもかんでもマイナンバーの名の下に確実に把握されていると言うことが、無言の制約のように思えてならない。マイナンバーで、資産もがっちり(預貯金を始め、株や不動残等々全て)把握されてしまえば、所得に変わって、総資産を判断基準にされるようになるのではないかと思ったりする。まぁ、私の場合心配はないのだが、ついついお金持ちのことを考えてしまうのは何故だろうか。
2015.09.05
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今日のウォーキングは高浜の堤から堤の終点迄の往復だ。トラピクスの旅行説明会に出かけた。トルコ・ギリシャの説明会に続いて、エジプト・モロッコの説明があった。結構安いプランもあるが、そんなプランは既に申し込みを締め切ってしまった盛況ぶりであった。ともあれ、観光地の写真や簡単な説明を受け、束の間の旅行気分を味わった。帰りに、サムトフトの絵画を注文して帰った。***昨日、中国の天安門広場で、抗日戦争勝利記念日を祝う軍事パレードがあった。この記念日は日本がミズーリー号上で連合国との降伏文書にサインをした事を受けての記念式典とのことで、従来10年に1度開かれていたものを毎年開くようにしたという。戦勝国中国は、現在の共産党政権(中華人民共和国)ではなく、台湾政府(中華民国)というのが正解だが、そんなことは習近平にとっては問題なしということか。ともかくも、終戦間際に参戦し、北方領土を掠め取ったソ連(現ロシア)といい、どさくさ紛れに台湾を追いやった中共といい、どうにもしっくりしない国々だ。参加した海外要人(首脳)は、ロシア、北朝鮮はもとより、中国の影響が強いモンゴルや、ロシアの影響が強いカザフスタンまでは参加もなるほどとの気もするが、南アフリカの反共の旗を掲げながらの参加は首をかしげる(中国の資源外交に惑わされた結果か)し、自由主義陣営の中にいながらのコウモリのような韓国の出席に至っては、支離滅裂の感じだ。しかもその出身者である潘基文などは自分の職責(国連事務総長)をも顧みない参加で、何をか況やである。流石に西欧諸国は、出席を控えている。ここに、江沢民や、胡錦濤が、出席しているのを見ると、中国国内に於ける習近平のプロパガンダが見え見えである。1人習近平が、国威発揚の名を借りて、自らの地位保全を目論んだようにも見える。発展途上に於いては、国威即ち武力保持と短絡的に捉える傾向にあり、今までの中国国民なら狂気したであろうが、最近の中国国民は、市場経済に目覚め、視点は既に経済に移っているようで、このお祭り騒ぎに存外しらけているとの報道がある。小学生(やらせかも知れないが)のインタビューを見て、その冷ややかな感想に一寸唖然とした。必ずしも、日本が鬼畜だ(昔の日本が教育したように)と言う言葉ではなく冷静に評価している面があるのを見て、習近平の1人芝居を強く感じたわけだ。習近平は、このところの経済不安を、華やかな軍事パレードで糊塗しようとしているかのようだ。軍事パレードは、日本で言えば青森のねぶた祭か仙台の七夕祭り、あるいは博多どんたく港まつりと言った意味合いなのかも知れない。軍事パレードを華々しく執り行った一方では、人民解放軍を30万人削減すると演説している。非戦闘員が主体と言うことだが、経済が回らなくなった1つの証左と言うことも出来る。今までは大概のことが、共産党の筆頭である国家主席の、思うがままであったはずだが、ここに来て経済が足枷となる事態が来たわけだ。権威権力で保つ平静も、経済の破綻で、社会不安に陥ったら、元も子もないことは十分に理解している。輸出の減少対策に、掛け声だけでは回復しないので、慌てて元の切り下げを決めた。それは、多量の元売りに結びつく、どう転んでも好転しないように見える中国経済だ。元安で、輸出回復はセオリー通りに行かないようで、そもそもメイド・イン・チャイナは中国国民の法外な低賃金に裏打ちされたものだから、ここに来て人件費の高騰は避けられなく、従って、少々の元安では輸出回復までは行かないようだ。そんなこんな状態を一時的に忘れてスカットしようというような軍事パレードだった。果たして中国はどの道を歩み、また世界は中国をどのように扱うのだろうか。
2015.09.04
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今日は友人夫妻とゴルフラウンドの約束だ。場所は枚方国際GCである。枚方国際GCは1年以上前に来ていて、その時は、連れ合いも一緒だった。しかし、今回は、連れ合いはもう少し様子を見ると言うことだ。スタートが遅い(奇しくも前回と同じ10:41予定)ので、早朝軽くウォーキングをした。曇り空だし、昨夜までのゲリラ雨を心配していたが、昼過ぎまでは大丈夫だろうとの思惑で、時折の小雨くらいは覚悟と言ったつもりで出かけた。高速道路を使わずに走ったが、悠々と早めに着いた。友人夫妻も早めに到着していていた。雨を予想して、キャンセルした人も居たようで、スタートが早まった。案の定、スタート前に生憎の雨が降り始めた。小雨だろうと高を括っていたが、最後まで雨に見舞われる散々の結果となってしまった。前回は、右手首がしびれて、それが両肩の痛みにも繋がり、朝起きる時などは、手で身体を支えられないとか、手を肩から上に上げるのが苦痛なくらいとか記録しているが、今はそんなことは全くない。インから10:20のスタートだ。ショートホールのティーグランドでは、夫人も白ティーから打つことで始めた。だれもGRを捉えられなくて、夫人は木に当てるというアクシデントのスタートだ。私のボギー以外は3パットでダボのスタートだ。次(11番)の谷越えロングではティーショットを含め途中で、巧く当たらないのと3パットで、ダボにしたが、友人はきっちりパーで返す。白とレディースティーの差が600YDも違うと気づき夫人は、ここでレディースティーに切り替えることになった。トリプルだ。12番の打上では、2打を失敗、3打をニアオンしてボギー、友人は、3パットでボギー。夫人はダボ。13番は当たりは釈然とはしないが、何とか4つでオンして、ボギーだ。友人は1パットでパーを取った。夫人はトリプルだ。 14番は1打をラフに入れ、やっと3打でGR手前、しかもそこからパターで3つのダボ。友人も同じダボだ。夫人はトリプル。続く、15番超打ち降ろしショートでは、ダフリ気味で高く上がり届かない。しかしラッキーな2オンで、ボギー。友人は、崩れて、3パットもありダブルとは珍しい。夫人はボギーだ。オナーになった16番打ち下ろしミドルでは、気負って、左OB。プレ4からボギーだ。友人もダボだった。夫人はダブルだ。続く17番は、4打でやっとオンし、惜しい1パットが外れてダボ。友人と夫人は、ボギーだった。前半最終の18番は、超良い当たりのティーショットだったが、2打が余り良くなく、3打で載せようと失敗。更にシャンクと目も当てられぬトリプルだ。友人は、2打を素晴らしい当たりでGRを捉え、パーだ。之には流石と思わせた。夫人はダボだ。しとしと雨は続いているが、誰も止めようとは云わない。昼食中も雨は止まない。後半始めに掛かりの人に聞けば2組は止めて帰ったという。しかし我々は続けた。アウトの1番はロングで、3打目までは良い感じだったが、4打をチョロし、ダボとした。友人は気合いが入らないのだろうトリプルスタートだ。夫人は9打。2番は、60歳以下はウッド禁止ホール。3打をダフって、2パットのダボだ。友人は楽々の2オンで、惜しくもバーディーを逃す。夫人は、ボギーだ。3番打上ショートは、当たりが悪く2オンになり、ボギーだった。何と友人は、1オンしながら、長いGRを4パットのダボだ。夫人は2オンの3パットでダボとした。4番のロングでは、ティーショットはまずまずだが、その後濡れたライにダフリとまともが交互になり、やっと6つで載せる、トリプルで最悪だった。友人も載せるのに4つ掛かって、3パットのダボ、夫人は、何と11叩いたとの申告だ。次の5番、打ち下ろし左ドッグレッグでは、2打目でGRは見えず、ボギーである。友人は、2打を失敗、更に3パットでダボだ。夫人はトリプル。次(6番)は超打上だ。ティーショットは良かったが、ここで、黒雲が迫った。焦る気持ちがミスを連発、やっと5つで載せて3パットだ。友人も全く同じ。夫人は12叩いた。 7番(なだらか打ち降ろし)は良い当たりが続くも、3打で50もショート。ダボだ。友人は、あくびが出るほどにやる気が失せている。同じスコアだ。ここは夫人の同じだった。8番ショートはドライバーを握ってもショートで、バンカーだ。そこからカラーに出して、パットを3回ダボだった。友人はOB打ち直し3オンの2パットでダボ。夫人は、バンカーに泣き、ダブルだった。9番は打ち上げて、それからフラット、又砲台と長く感じるミドルで、何と、後半ここまで、友人と同スコア。此所が勝負だ。ここでは今日一のティーショットが出たが、友人はそれにも増して左ラフながら超弩級の当たりと飛びだった。流石だ。結局アプローチでGRをこぼした私がダボで、友人はボギーだった。夫人もボギーで締めくくった。天候は、8番Hくらいから良くなり陽面も出ていた皮肉なことだ。終日雨に祟られたが、終わりまで出来て良かった。終了後、暫し談笑して帰宅した。
2015.09.03
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今日は霧のような雨を感じたが、すぐ帰れるように近場のウォーキングとした。歩く内にどうやら持ちそうな天気なので、最低限の1万歩を確保した。(桜井名神→百台の角→島本高→帰宅)通常の検診のつもりで、通院したが、前回の検査後3ヶ月経過しているとのことで、検査日とされ、採血された。既に食事を済ませていたので、食後の血糖値計測(之も必要なのだとか)となった。今学期初めての小学校の放課後学習会に出席した。子供達は、心なしか成長している感じだ。***五輪のエンブレムがついに撤回された。来たるべきオリンピックは最初からけちのつきとおしだ。それにしても、このエンブレム、高々マークじゃないかというわけにはいかないようだ。このエンブレムが、実は盗作(パクリ)であった(客観的見地から)ことから白紙撤回され、一から見直されるという事態に陥った。経緯は選ばれたマークについて、ベルギーのデザイナーから、劇場ロゴと告知している旨の盗作疑惑のアッピールに端を発するが、本人(佐野研二郎)の疑惑否定然り、選んだ側(武藤敏郎)の闇雲のかばいだて(誰が結果的に責任を負うのか分からない体制の中)等が、事を徐々に大きくし、ついには破綻したというものだ。この佐野研二郎、調べれば調べるほど、パクリの常習者のように事例が数多出てくる。それでよくも「パクリはしていません」と記者会見での回答だ。図々しさもここまで来れば超一級と言うところだ。最終デザインの取り下げも、盗作を認めてではなく、事態が紛糾したからだというのだから、まずまず図太い。もし本当に盗作でないと胸を張るなら、「こんなにケチの付いたロゴなら、けったくそ悪いから止める」的な発言でも良かったのではないか。どうせならそこまで居直って欲しいものだ。どうも胡散臭い顔に見えるのは、こう云ったことがあったからだろうか。これらが明るみに出ると、更に高校時代からパクリが身についていたという告発まで出てきたのだから、行き着くところまで行かないと本件は治まらないのではないだろうか。他にパクリとされる事例は、山のようにあるようだ。他で使用したそのものを使っているという厚かましいものまである。「おい、おい、ここは中国ではないぞ」と言いたくなるような、体たらくである。そもそも、このマーク(エンブレム)を採用した責任者は一体誰なのだろうか。万博の岡本太郎の手に依る太陽の塔の面のような奇抜さ(私は当初何じゃ之はと思ったが)独自性はなく、誰が考えてもひねくり回せばこうなるかもというロゴだから、逆に盗作ではないと言い張れるのかも知れない。擁護した側の助け船的発言からその原案や経緯に辿ると、更にそもそもその原案からして盗作の疑いが満載と、二進も三進もいかなくなったというのが正直なところのようだ。全く、日本には、他に人材は居ないのか、パクリに頼らない独自の独創性を出せるデザイナーはないのかと言うことだ。お粗末で、心胆寒からしめる状態に相成ったわけだ。擁護した、オリンピック組織委員会の武藤敏郎事務総長もまた、滑稽であった。しきりに弁護すればするほどぼろが出るわけで、内心どんな気持で、発言していたのだろうかと訝しい。日銀総裁になれず、大和総研の理事長に納まったときには、私の好きな言葉「人間万事塞翁が馬」と言って自らのそれからの立場について語り、「リサーチ部門の充実と情報発信の積極化に取り組みたい」と言っていたのだが、情報発信どころか、内密(隠密)裏に行われたことでかく成ったことをどう評価しているのだろうか、「人間万事塞翁が馬」は一時不遇に思っていてもそれが、禍転じて福になるという意味だが、日銀総裁になれず、大和総研の理事長までは良かったが、オリンピックの事務総長でまた味噌を付けて、転々とした人生になったようだ。次なる福はやって来るのだろうか。
2015.09.02
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今日も、雨のためウォーキングは中止した。このところ秋雨前線とやらが、島本町辺りにゲリラ豪雨を見舞っているので、朝はいつも雨が降る。姫が湘南へ帰るので、京都まで送った。***昨日で、脚本家、倉本聰の私の履歴書が終わった。2浪して東大入学だから、何となく親しみが湧く。本人は勉強をしてないと言っているが、受験に際しては、それなりに頑張ったのだろう。3度目の滑り止め、慶大文学部も落ちたと言うから、東大入学はラッキーだったのかも知れない。在学中も殆ど勉強していない(教科について)と云うから、まぁ、贔屓目に見て、大学の学問などは、人生にそれほど大きな影響を及ぼすものではないこと(人や職種による)が言えるのではないか。2浪している余裕はないと言い乍ら3度挑戦しているのだから、やはり余裕があったのだろう。父親も兄も工学部を出ているのに、自身は文学に目覚め、演劇に目覚めたと言うから、一寸変わり種だ。私などは、そんなことを考えたこともなく、また情熱を燃やす文化系のものなど無かったようで、自然の成り行きで工学部に進んだのとは大違いだ。しかし、ある時から、私は、工学系のことよりもむしろ、文学とは言わないが、歴史や、人文地理関係の方が性に合っているのではないかと思ったことがあった。でもそんな性向を突き進むという力や情熱はなかったと言ったところだ。戦争は嫌うが、愛国、原発反対などは似た感覚をお持ちだ。履歴書の2回目を何故か紛失してしまった。父親も東京帝大と血筋は良い。父親に連れられて、野鳥の会での自然への親しみや、俳句作りなどの経験は基礎的な、心の形成に役立っているという。やはり父親の影響は大だから、子供の頃の親の愛情は、不可欠だ。店から乾パンを盗んだ(ついポケットに入れた)時の父親の対応(店の乾パンを在庫まで全て買い取った)というやり方で、暗に諫められたと言うところは、それぞれのやり方があるものだと感心した。戦時中は何でも食べた、カエル、ヘビ、バッタ、ハチ・・・。私の場合は、流石にカエルやヘビはない。変わりに、アメリカザニガニや、土筆などだ。10歳ほど年上のようで、疎開の経験があるとのことだが、之については私は経験がない。幼い頃とはいえ、戦争を体験している最後の世代だろう。私の頃は物理的には戦争の最後の段階で生まれたのだが、実感はない。10回を過ぎる頃からの体験については、余り興味を持って読むところはなかった。仕事上の悩みや、苦労は、全く想像だにできない環境差だからだ。冬が来て酷い鬱になったと書かれている。誰もが冬になると鬱になるわけではない。カルチャーショックからだろうとのことだが、人はそれぞれ様々なことでショックを受けることがあり、それが、自身では解決できないと思いこんで深みに入るようだ。私の場合もそんな時があった。そんな時は原因となることを取り除けば(取り除かれれば)回復するものだ。しかし、精神安定剤は効くかも知れないが、氏が書くように酒で抑えることは出来ないはずだ。最後に富良野の自然塾のことが書いてあった。ゴルフ場の一部を買い取って、森に戻し、地球の歴史46億年に思いを馳せる辺りも何となく共感が出来る。今回も、人それぞれ色々な生き方があるというのを垣間見られたが、思うところは共通項があるものだと感じ、面白いものだと感じた。私の場合、生まれ変わったら等と考えるが、じっくり考えると、不器用だから、また同じ道を歩んでいるだろうと思う。今よりもう少しスマートに生きられたらいいのにとは思うが・・・・。
2015.09.01
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