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今日のウォーキングは高浜堤から堤終点を折り返す簡便コースだ。2015年も最後の日になった。今年は銀世界で始まった。そして寝正月だった。年初の連れ合いは、リハビリの真っ只中。お正月にはエクシブ八瀬に泊まった。今年初めにおろした新しいウォーキングシューズが、今やもうくたびれてきた。年初に6,568,355m(歩いた距離)で始まった距離が今日で、11,091,169mとなり、1年で、4,522,814m歩いたことになる。休日ドライバーのサラリーマンが車で走るより遙かに多く歩いたことになる。シューズもくたびれるはずだ。映画も良く観た。道の駅にもちょくちょく行った。寒い2月に紀州の梅を観に行った。和歌山は遠い感覚だったが、高速道路が開通しているので、意外と時間が掛からない。ジンバブウェで知り合った友人が京都に来てくれたのも今年の初めだ。2月の終わりに連れ合いの脚のボルトを抜く手術が行われた。あんなに大きな鉄の添え木が入っていたなんて、驚きだったが、その後は幸い順調に回復した。リハビリに費やした日々は長かった。春には孫とキャッチボールをして躓き、顔面を怪我した。足腰の衰えを感じた瞬間でもあった。よく、人が思わぬ事で怪我をするなどと聞く時、自分にはあり得ないという気分だったが、他人から見れば、良くある話のようで、身の程を知ったと言うところだ。3月には孫達と福井の恐竜館にも行った。何度か行ったが、彼らが恐竜館に興味を持ち続けるのはいつまでだろうか。4月に入って、熱海に出かけた。姫とフィアンセ(現夫)と4人だった。海を渡る初島クラブで、短い距離の航行だが、波が結構高くて、酔う人が続出、連れ合いも気分が悪くなったようだ。ちょっと、造船時代の試運転の時のことを思い出した。孫(弟)の小学校入学式があった。パソコンの容量が満杯になり、動きが遅くなると共に、時々おかしくなったので修理に出した。之くらいのことが自分で出来ないのは残念至極だ。それにしてもパソコンの進歩の歴史を改めて感じた。当初は容量なんて事は考えもしなかったのだが・・・。5月にかけて、富山にドライブ旅行した。福井の砺波公園や富山の環水公園に遊んだことを思い出す。環水公園から日本海河口までの遊覧船は、天候も良く、楽しい想い出だ。ライオンキングを観たが、子供向けのミュージカルだろうか、あの程度だと分かりやすく、面白かった。6月には、オランダ・ベルギー旅行に出かけた。今から思えば、ISのテロ拠点がベルギーにあったとか、物々しい警備体制が敷かれているとかを聞いて、つくづく良い時期に行ってて良かったという話になった。旅行中は、勿論テロの気配の欠片もなかった。連れ合いは、ここまで回復出来たのかという感慨だが、一部付いて歩けない場所があった。生まれて初めてスリにあったのもこの時だ。殆どを保険でカバー出来たが、屈辱感だけは残った。大学同期会の会場である大阪弥生会館が、今年で閉館になった。7月には姉が近くに越してきた。連れ合いのお供で、長崎まで往復した。歌謡曲の思案橋や、浦上川などを見て、対岸の三菱長崎工場のゴライアスクレーンが懐かしかった。8月には、ギリシャやトルコなどの旅行案内を聞きに出かけたが結局は中東情勢を鑑みて、決行には至らなかった。替わりにマルタ島への旅行の話が持ち上がったが、之も難民通過などで、きな臭いと言うことになり、申込後日を置かずにキャンセルとなった。9月には、和歌山の湯の峰荘へ再びドライブ旅行をした。2度目の和歌山で、帰りは、一般道の大和路を通ったが、結構風情のある道路だった。所々改修中だったので、来年辺りはきっともっと快適に走れるだろう。10月には、町内の国際交流会で、サウジアラビア(ジェッダ)の事を話す機会があった。予想より沢山の人が熱心に聞いてくれた。今年は中東(特にシリア、イラク)が注目されている。ISのテロのお陰で、我々の行動(旅行)も大幅に規制(自主)された年だ。姫が正式に結婚した。姉と3人で、有馬温泉に泊まった。有馬の金泉は、いつもながら温泉らしい良い湯だと思う。姫の国際家電学会のお手伝いをした。4日間、大阪リーガロイヤルホテルに泊まり込んだ。大阪に住んでいて、大阪で泊まるのは初めてのことだ。11月には連れ合いのゴルフ復帰のラウンドを姉と瀬田西で回った。何とか回れるという感触に、一寸感動である。山代温泉へのバス旅行だ。車で行くより安い(?)設定で、うるさい大阪のオバチャン達とバスでの旅行は、良い経験だった。姫の連れ合いの祖母が亡くなった。100歳と言うから、見事な往生だ。同窓生との会食もあった。12月には、孫達とエキスポシティに出かけ、うわさのNIFRELに入った。この他にも私は、月1回以上のゴルフがベースにあったし、友人夫妻との定期的な会合、カラオケなどもあった。かくて、2015年は無事暮れた。来年は連れ合いが本格稼働出来そうで、良い年になることだろう。
2015.12.31
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今日のウォーキングは山崎駅下から円明教寺口に登り、そこからターンして帰宅した。連れ合いは最後のカーブスへ向かった。***今年もイスラム国(ISIS)の名を聞かない日はなかった。イスラム教スンニ派の過激集団はイラクに興り、シリアで活発化し、現在はリビアへもその勢力を伸ばそうとしている。ここに来て、イラク軍が力を回復したと言うべきか、5月にISISに占拠されたラマディを制圧(取り戻)したとのことだ。2014年に一方的に国家樹立を宣言してから、一頃は、新聞紙上でISISのテレトリーがアメーバーのようにイラク北部やシリア北部に広がっているのが報道されが、最近は少し逆転している感じだ。表向きは世界中が敵対しているのだから、もう少しスムーズに壊滅の道に追い込める感じがするのだが、実際にはなかなかそうはなっていない。ISISに立ち向かう各国の勢力が必ずしも一体となっていないところが見られる事が原因かも知れない。宗教が絡み、民族が絡み、政権が絡み、背後の国が絡みと、複雑さは一筋縄ではいかないようだ。その結果悲惨な目に遭うのは一般の国民であり、非戦闘員である。故郷に居場所を無くしたこれらの人々は、難民となって、国外に流出し、大勢は、ヨーロッパに向かった。最初は難民に寛容であったドイツでさえ、このところ、予想に反する膨大な難民の流入に、悲鳴を上げている状態だ。いったいこの状態がいつまで続くのだろうか、現段階ではようとして行方が知れない状態だ。ISISとイラク軍や、シリア政府軍が、一進一退を繰り広げる中、アメリカやヨーロッパ、そしてロシアなどは、空爆で対応しているだけだ。本気で壊滅を期するのだったら、地上兵力を送り込まないと、解決出来ないように思われるが、その線は越えないようだ。従って、一昨年から去年そして今年と続いた、戦闘は、来年へ持ち越されることが確実だ。更に悪いことに、ISISに共鳴する狂気のテロリストが、イラクやシリアに空爆を行ったり、敵対する国へ出向いて(と言うか自国のテロリストがISISに倣って)自爆テロを仕掛ける事態になってきている。当事国への渡航は考えられないが、今では、ヨーロッパ各国への渡航も逡巡せざるを得ないような雰囲気になってきている。何とかこの状態に終止符を打って欲しいものだ。ISISを巡る今年の主な動き1月:フランスの新聞社襲撃、リビア首都で武装勢力がホテル襲撃、エジプトでの武装勢力襲撃。2月:ヨルダンがISISに報復空爆、コプト教徒を殺害、 3月:イラクがティクルート奪還作戦開始、イエメンで自爆テロ4月:リビアの韓国大使館銃撃、アフガニスタンで爆発、リビア沖難民船700人死亡5月:パルミラで400人殺害、イラク軍がファルージャ奪還作戦、6月:チュニジア、クウェート、フランスでテロ、トルコ国境地帯でクルド人との戦闘7月:エジプトの検問所襲撃、シナイ半島でエジプト軍と交戦、シリアでパルミラ遺跡破壊、カイロのイタリア領事館前で爆発、トルコでの自爆テロやPKK拠点空爆さらにトルコ軍の車列で爆発8月:パルミラ遺跡の神殿爆破(2回目)9月:フランス、シリアで空爆開始、ロシアも空爆開始(IS以外も)10月:イラク軍、「イスラム国」指導者を空爆、11月:レバノンで自爆テロ、フランス、アメリカ、ロシアISを空爆、パリ郊外で銃撃戦、トルコ軍がロシア軍機を撃墜、チュニジア首都でテロ12月:トルコ地下鉄駅爆発、イギリスの地下鉄駅で3人刺される、ロシア、「イスラム国」に潜水艦から巡航ミサイル攻撃、イラク軍、要衝ラマディを制圧
2015.12.30
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今日のウォーキングは檜尾川橋から名神のDP9橋脚を折り返し、帰りは工事中の名神側道を通った。この辺りの工事は進捗しているのだろうかと思うくらいに遅々としている。JRと阪急それと新幹線を一気に跨ぐ道路敷設のための橋脚はほぼ出来上がっているようだが完成の状態はなかなか見えない。(一部に解説図はあるものの)ネットで掲載されている情報と、実際に歩いてみた感じとを繋ぎ合わせると、おぼろげながら分かるのだが、私が歩いている高槻辺りには高槻JCT(第2)が設置されるだけであり、ICは少し外れた北側に設けられるようだ。マクロな道路図では、高槻で従来の名神と新名神(第2名神)が交差するのだが、その辺りの詳細な姿がなかなか頭に入ってこない。具体的に言えば、島本町に住む私が、西に行く時には何処で高速道路に入れるのか、また、西から帰った時にどこから出ればいいのか、また、東から帰った場合はどうかという細かな点が知りたいと思うのだが、なかなか飲み込めないでいる。ここら辺りはかなり複雑なようで、高槻のJCTは2つ設けられるらしい。1つは新名神に造られる高槻第1JCTと従来の名神に造られる高槻第2JCTの2つである。両者は近接していて、その中間に高槻ICが造られるという案内になっている。日吉台から成合に掛かる山側の部分がICのゾーンとなるようだが、東へも西へも一旦そこから入って、従来の名神を通るには南に戻る形でバックし、新名神に入るためには、そのまま北に進むという複雑なアプローチを取ることになる。現在の大山崎II(JCT)と同じで、高速道路の入口を入ると、先ず京滋と名神に別れる分岐を通り、京滋に入るとそこから今度は、京都縦貫と京滋に分かれる分岐を経ると言った具合になるのだ。まぁ、案ずるより産むが安しで、出来てしまえば差ほど迷うことはないだろう。しかし問題は、ICの出入り口まで達するアプローチ道路がどうなるのかだ。部分的に拡幅されている道路はあるものの、一貫していなくてすぐに従来の狭い道路で終わっているケースが多い。しかも、従来の171号線に繋ぐとしたら、その辺りの混雑はますます厳しい状態になるのではないかと心配されるのだ。一部の完成予定図面では、現在の171号線の井尻辺りから、分岐線が取られ、新たに、高槻十三線という府道が設けられるように書いてあるものもある。しかしここらの現場はまだまだ手つかずの状態だ。もし、案内の通り、分岐した府道が設けられれば、高槻市内を回避出来るので、渋滞緩和には大きな力になるだろう。この場合、高速道路からの降り口が、直接新しい高槻十三道路に設けられれば、懸念される171号線の混雑には結びつかないだろう。(そう言った構想のようにも見える)何れにしても、ICの開通は再来年のことだから、もう少しすれば当該現場も、今より変化がみられるだろうからより分かりやすくなるだろう。部分的には、来年4月や7月を区切りに工事終了との看板も見られるので、楽しみなことである。新名神に関しては、取り敢えず、現在のJR線、阪急線、新幹線を跨ぐ部分の工事は先行して終了するようだが、淀川の堤防を歩く限りは、淀川のどの部分に架橋するのかという形跡すら未だ無い。対岸の枚方側は、枚方国際ゴルフ場に行く道すがら見る限り、新名神の道路建設は急ピッチで進んでいるようだ。城陽辺りを通っても、工事は進んでいるようで、高槻から淀川を越えて樟葉に至る箇所が、極端に遅れているのだ。道路工事は、数日間歩いて結果が変わると言ったものではなく、何やら、工事を進めているのかどうか分からないままにある日開通と言うことになるのかも知れない。
2015.12.29
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今日は朝早く(4時半)に姫等が湘南に向かうとのことで、今朝のウォーキングは連れ合いと2人で、帰りの車に同乗して大山崎ICの手前で降ろして貰い、河川敷を通って帰宅した。今日は専ら年賀状の作成と印刷とに費やした。私の年賀状は、最盛期に比べて、格段に少なくなったものの、未だに儀礼的なものを含めて、当面は77通となった。毎年、訃報などで3~5通は減り、最近では賀状の相手自身が亡くなると言ったこともあって、更に少なくなる見通しだ。その点連れ合いのそれは、194通を依頼されて印刷した。私の2倍半と言うことだ。***ビクトリアの滝の話がナショナル・ジオグラフィックの紹介記事に掲載されていた。(時々日経のネット版で掲載される)この滝は、ナイアガラの滝、イグアスの滝と並んで「世界三大瀑布」に数えられる。私にとっては、他の2つの滝は写真でしか見たことがないので、正にこの滝が世界1の滝なのだ。ザンビアとジンバブウェの国境に位置しているが、残念なるかな、ジンバブウェ側からしか見ていない。先住民のコロロ族はこの滝を「モシ・オ・トゥニャ(雷鳴とどろく水煙)」と呼んだとの事。乾期は温和しいこの滝も、雨期になると、立ち上る水煙は50km先きから見えるのだ。虹と一緒に遠望出来るのを見て、初めは何事か有ると驚いたものだ。幅1708m、高さ(落差)108mと言うこの滝のそばには遊歩道があるが、雨期には雨具がないと通れない。この滝はザンベジ川の中間にあるのだが、一体どちらが上流なのか、(勿論落ちる側が下流なのだが)その場では分からないくらい広大だ。之を堰き止めて出来たのがカリバ湖で、そこで船遊びをしたのが懐かしい。この辺りの夕陽はまた格別に大きく見える。世界の観光地だから、いろんな国の人が集まっている。リタイアした夫婦もいれば、一人世界中を歩いているという年配のバックパッカーにも出会った。正式なホテルを外れたところで泊まった時の法外な値段に驚いたこともあった。リビングストンがこの滝を発見した時、「アフリカで見たもっとも見事な光景だ」と日記に書いているそうだ。他を知らないからコメントのしようがないが、確かに地球が避けた大きな傷跡のような滝の凄さは、見たことがない偉容であった。この川には、ザンビアとジンバブウェの国境にチルンド橋が掛かっている。周りの風景とは似つかぬ壮大な吊り橋で、日本からのODAの賜だ。思えば、このジンバブウェで我々も貴重な6橋を寄贈してきた。おそらく今では、地方の人が頭に荷物を載せて、この橋を歩いて渡っていることだろう。雨期に雨が集中したら、今まで使っていた低いマンソンリーの橋(石造りの橋)は水没し、川を渡ることなど出来なかったのが、今では平気で渡れることだろう。観光で、この地を訪れる人は多いだろうが、橋を架けるために来たのは、そうはいないだろう。そんな国が、今では、ロバート・ムガベの稚拙な統治の為にハイパーインフレになり、国は態を成していないようだ。そんなところに中国は触手を伸ばし、おそらくは食い物にしようとしている。人類発祥の地とも言われる、グレート・ジンバブウェがある国なのだが、高い石組みの建物をモルタルや、セメント無しで築き上げたそんな技術力があったとはと目を見張ったものだ。時代は世に連れ、変わっていくとは言うものの、何とも不思議な縁を感じる。また、そこには、ジンバブウェカラスというのが居て、胸の辺りが白いカラスなのだ。それも驚きだとは、友人夫妻との会食時に話題になった。カラスは何時も全身が真っ黒とは限らないのだ。通常は見られぬ風景を見てきた、それは何の変哲もないものだが、妙に懐かしく思い出された。
2015.12.28
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今日は休養で、ウォーキングを中止した。姉の買物に付き合った。***中国と世界のコラムの続きだ。習近平は、現段階では、「戦争を起こしてはならない」と述べている。仮想の相手は勿論アメリカであり、未だ勝てないと踏んでいる。毛沢東が抗日戦争の最中に執筆した「持久戦論」によれば、抗日戦争勝利への道を3段階に分けて考えていた。第1段階は日本の戦略的進攻に対して中国は戦略的守勢(防禦)に徹する,第2段階は日本の戦略的守勢と中国の反攻準備(日本の弱みを見つけ次ぎに備える),そして第3段階では中国の戦略的反攻と日本の戦略的退却と言ったシナリオだ。この日本をそのままアメリカに置き換えたのが今の中国の世界戦略だという。そのための1つが一帯一路の訳だが、この他にも中国が構想中のシーレーンが挙げられている。日本同様、中国にとってもマラッカ海峡は、石油確保の生命線(中国の原油輸入の約8割を占める)である。此所をアメリカに封鎖されたらひとたまりもないというわけだ。そんな中、マレーシアとの合同演習もこのマラッカ海峡で行われた。マラッカ海峡封鎖のケースも想定して、ミャンマー経由のパイプラインの敷設も行った。ミャンマー西部のベンガル湾(チャウピュー)から中国(重慶)に通じる石油パイプラインがそれだ。さらに、中国はタイとマレー半島のクラ地峡に大運河建設を建設することで合意している。このクラ運河構想は、以前から出ては消える(今でも詳細状況は不明)プロジェクトだが、102kmの運河が完成すれば、現在のマラッカ海峡を通過する場合より所要時間を2~5日短縮可能だという。之に要する巨額の工事費用をこのほど立ち上げたAIIBで賄おうとしているというわけだ。また、中国は北極海の航行も視野に入れている。従来から言われているロシア側を通る北極海航路(北東航路)に加えて、「中央航路」と呼ばれる第3のルートの開発(航行)を試みるというものだ。地球温暖化を逆手に取る中央突破(氷山減少)を狙ってのものだ。そして今1つはパナマ運河の向こうを張って、ニカラグアでの運河着工である。太平洋とカリブ海を結ぶ新たな運河で、総工費は500億ドル(約6兆円)とのことだ。現在のパナマ運河では拡張工事計画されているようだが、何しろ今のパナマ運河は運営権をパナマに返却したとは言え、アメリカの影響が強い。パナマ運河の利用が2番目に多い中国は、之を良しとせず、反アメリカのニカラグアに取り入ったというわけだ。中南米の最貧国の1つであるニカラグアに取っては渡りに船と言うことも出来る。しかしながら、ここも、資金調達の方策は不透明であり、ニカラグア湖を通過し、その浚渫なども必要としているための環境汚染への反発も根強いとされ、計画の先行きには曲折も予想されているところだ。しかし、そんなことでへこたれる中国でないことは、本国北京の異常なスモッグを見ても推察出来る。ニカラグアのGDPの4倍を超す巨額の建設資金をどう捻出するのか、中国自身の経済が、減衰していく中、将来の見通しはそれほど甘くない。しかし、そこをぐいぐい押してくるのが、中国と言うところだろう。大多数の国民が飢えようが、貧困に喘ごうが、共産党が栄華を保つためなら、手段を選ばないと言うことだ。その事に多数の中国人自身が目覚めなければ、こういった構想は果てしなく続くだろう。土台何千万人を殺しても何とも感じない毛沢東の路線を金科玉条に掲げる中国だからどんな結果になるかは計り知れない。
2015.12.27
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今日は午後孫達2人とエキスポシティに行く約束になっているので、朝のウォーキングは最小限とし、山崎駅から山崎聖天下までで、折り返した。案の定合計歩数は2万歩を遙かに越え疲れた。血管の状態を、頸動脈部にUTを当てて検査を行った。結果は後日とのことだ。検査後直ちにエキスポシティに向かったが、水無瀬駅で阪急電車のホームに上がると、特急電車が止まっていた。孫は改札で気付いたらしいが、どうやら人身事故があったらしく、復旧の見通しが付かないという。では車で行こうと改札を出たところ、太郎君が待っていて、事故を知って、車で南茨木駅まで送ってくれることになった。そこからのモノレールは正常に動いていて、難なくエキスポシティに着いた。モノレールを降りるとそこは扇形をしたエキスポシティの要部になっていて、すぐにNIFREL(ニフレル)につく。混雑を予想して、お母さんが4時から5時に入場するチケットを手配してくれていたので、すぐ隣のポケモンジムに入った。孫達はちゃんと臭いでかぎ分けるようだ。館の中は雑踏だがすぐに入れそうだ、連れ合いがトイレに行く間も待ちきれない様子で、入っていった。私は、外で待つことにする。後で聞くと、中はバーチャルリアリティーの世界で、Wiiのボーリングの大型版など、電子ゲームなどで身体を動かす遊技があったとのことだ。そこを出て、今度の時間待ちは、ららぽーと館内に入り、遊戯施設へ直行した。そこも満員の盛況で、1つ2つゲームをして、フードコートで簡単に食事をした。ここも満員だが、辛うじて席を取ることは出来、前評判では食べられないかもということはなかった。4時になり、再びNIFRELに向かった。改札は、電子メールで送られたバーコードを見せてリーダーで読むだけの簡単なものだ。NIFRELの名前の由来は「~に触れる」から来ているという。生き物に接する(感性に触れる)とのコンセプトで、熱帯魚や形状の変わった魚などの水槽が多かった。ペンギンやカピバラなどが身近に見えたが、やはり圧巻はホワイトタイガーだろうか。折しも上部の歩路迄上がって周りを睥睨する姿は流石に風格があった。コビトカバの愛らしい泳ぎ姿も印象的だ。動物たちは、狭い檻の中にいるわけで(とりわけどう猛な虎やワニなど)、結構息苦しいことだろうと、同情を禁じ得ない。NIFRELを出ると、今度は、動物のフィギャーを売っている店があるはずだと言うわけだ。お父さんに電話を掛けて確かめていた。そこはOrbiと呼ばれるところで、来年初めに全部がオープンするのだが、それまでは、店先で動物のフィギャーを販売している。ここでも、お兄ちゃんは一寸高めだがリアルなワニを、弟は、フラミンゴなど2点を買っていた。之で全行程を終え、漸く帰路に就く頃になって、流石にお腹が減ったのか、お兄ちゃんはフライドチキンが食べたいという。何時も弟の好きな「551」の話はするけれど、「実は僕も好きな物があるんだ」というのがフライドチキンらしかった。ららぽーとに帰って買い求め、帰路に就くが、そこで最後の仕上げとばかり、「アニポ」と呼ばれる遊技ゾーンに立ち寄った。周りながら中心の漫画キャラクター像等に向かって水鉄砲を撃つというゴーラウンドを楽しんでいた。まだまだ子供だ。帰りのモノレールも、事故があった阪急電車もほぼ正常に服していて、難なく帰ることが出来た。2人の会話の中に「今日は、楽しかったな」というのを3回ぐらい繰り返していたのを連れ合いは聞いていたようだ。これだけスムーズに、ほぼ意のままに遊べたのだから正直なところだろう。出掛ける前に、「動けないくらいに混雑していたら、諦めて帰るのよ」とお父さんやお母さんから釘を刺されていただけに、差ほどの混雑も感じない位に回れたのが良かったようだ。勿論未だ通っていないところや、建設中の所もあるようだが、どでかい施設が出来たものである。
2015.12.26
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今日のウォーキングは路面が濡れていることや曇天なので、近場を回ることにし、桜井名神から島本第2小学校を経て東大寺公園を回って帰宅した。何とか1万歩をクリアして、通算の歩行は11万kmを越えた。西行きだとヨーロッパを越えて、最早大西洋に達する距離だ。但しこの辺りから、大圏コースの取り方が難しく、直線距離でイメージすることは出来ないところに差し掛かった。連れ合いは、年内に済ませる用事で、走り回り、お昼は友人と昼食を共にし、夕方はカーブスへと出かける多忙さだ。私は、スマートフォンへのExcelとWordの再インストールに挑戦し、何とか復旧することが出来た。未だに何故使えなくなったのか、また、再インストールがなかなか出来なかったのかは謎の侭である。***MRJに何事か有りや? MRJは主翼部分の強度不足でANAホールディングス(HD)への納入を1年程度延期するとのことだ。なんということだろうか。国産のジェット旅客機が、正に量産体制に入ろうとした時の発表だから驚かずにはいられない。2012年頃から、生産を本格的に開始するところまで煮詰まっていて、遅れていた初飛行も、ついこの間テレビでリアルタイムの実況を行ったばかりではないか。そして今年辺りから実機の納入の話に移ったばかりのことだ。過去にも2度顧客への納入計画を延期したところだが、その時は生産工程の不備が原因で、それは「ほぼ解消した」とされ、生産への環境が整ったことを強調していたのだ。今度は、機体の本質的な技術上の問題だ。主翼の強度が不足するなどと言うことは、正に技術者不在の出来事ではないかとさえ思う2012年にはアメリカから100機、去年はミャンマーから10機(オプション4機)と、順調に受注活動が進展している矢先だ。その時点で、受注は335機(うちオプション164機)ということだった。何かしら営業先行で、よからぬ輩の意見が通って、技術者が軽んじられているのではないだろうか。現在は407機を受注しているとのことだ。ちょうどテレビドラマ、「下町ロケット」が放映されて、技術がしっかりしていた佃製作所を中小企業と言うだけで退けた帝国重工(三菱重工がモデル)の訳も分からない営業畑の連中や、どっぷりと揉み手グループになった事業部長などが、こういった馬脚を露呈したのではと言う感じだ。佃製作所の社長のような、技術を重んじる真の技術者や、帝国重工の財前部長などと言ったところが軽んじられた結果のように見える。この事態になっても、三菱航空機の社長は、強気の姿勢を崩さないという。私が関係した船舶の設計は、十分な安全率の元に行われているが、航空機は、事故則大量の死者に繋がるので、基準が厳格に決められていて、おそらく船舶の比ではないだろう。(型式証明取得のためには、通常飛行時の150%の荷重を想定しなければならない)来年半ばに日米で行う2500時間の飛行試験も来年10~12月に先送りせねばならない状況のようだ。我々利用者にとっては、安全が確保されて初めて、安心出来るわけで、之までの三菱航空機のやり方を見ると、どうにも安心が出来ない思いだ。今回の設計上の安易な見通しによる納期延期が、すぐには受注活動に影響しないと強気の発言のようだが、同社が言う、「機体の優位性はMRJの方が高い」と言うコメントは、一体何を根拠に言っているのだろうか、大企業(三菱重工が後ろ盾)の不遜さが、改めて強調されているようだ。新聞には、技術面ばかりではなく、航空機では先輩格の部品(主たるエンジン)の供給会社との関係構築にも問題がありそうだし、さらには、三菱航空機と親会社三菱重工との関係も取り沙汰されているようで、何とも危なっかしい感じを受けた。
2015.12.25
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今日は友人夫妻とゴルフを楽しんだのでウォーキングは之に替えた。今年は30回くらいゴルフをしている。年間最多ではないが、少ない方でもない。友人の中には週1回以上、即ち52回以上ラウンドしているのもいるようだから驚くほどでもないが、しかし決して少ない方でもないだろう。しかるに腕前はと言うと全く上達しないから、嫌になる。とはいえ、私のゴルフに対する執着心が差ほどでないと言うことだから、当たり前と言えば当たり前の結果なのだ。ゴルフ命とばかりやっている友人や、先輩などは、それはもう取り組み方が違っている。皆それぞれレッスンプロに指導を仰いだりしているようだ。私はと言えば、全くの我流で、兎に角、まともな姿はどうなのかと言うことを知らないままだ。しかし他人の姿を見ると、良さや悪さはある程度分かる。テレビなどで、プロのフォームを見ているからだろう。今日の友人は、特にプロに倣ったりはしていないと言うが、アドレスや、ショットのフォームは、私の見る限り、洗練されていて、無理のない形だ。聞くと、書物(ゴルフの指南書)は良く読んだとのことだ。しかし、本だけで、理解してもなかなか身体がその通り動かないのが普通だが、友人の場合は、理想的なように見える。若い頃は一生懸命場数を踏んだと言うから、その時の心構えが良くて、その良い姿が身についているのだろう。バスケットボールの場合もそうだが、一般に運動では、きつい練習である程度のレベルまでは達するものの、それから先はやはり素質と言うことになろう。私の場合、素質がないと言えばそれまでだが、取り組む姿勢も大いに影響すると言える。この1年の最高は高々94くらいで、90を切るというのは夢の又夢である。ボギーペースで行けば90なのだという勘定だし、飛ばない私も、ショートホールではパーも取り得るのだから、1回くらい90を切っても良さそうだが、そうならないのは、ずっとボギーで回ることすら如何に難しいかと言うことだ。飛ばなくても、コツコツとこなしていればいいのだが、なかなかそう言うわけには行かない。周りに触発されてつい身の程を忘れて力んでしまうといった精神面の弱さが原因することもあるし、練習場で、如何に回数をこなしても、実際のゴルフ場では、1つとして同じシチュエーションがないのだから、どうしようもないものだ。ドライバーが飛ばないのに出来るだけ前にと云うことばかり考えていて、コースの何処に落としたらいいかなどと言ったことを真剣に考えていない。例えばグリーンに乗るかも知れないがバンカーかも知れない時には、決まってバンカーに入ったり、ダフったり、チョロしたりとまともに飛ばないことが多い。ミドルで、パーを取るなら2つで乗せて2つのパットで納めるのが常道だが、3つで乗せて1つのパットで納めるのもありだ。大概は2打で乗らないのだから、3打目に得意な距離を残してアプローチ勝負とした方が良いのを無理に振って有らぬ所(OBなど)に運んでしまうこともある。(コースマネージメントなどと言うことはかつて考えたこともなかった)この年になると、エージシュート云々という言葉が聞こえる人や、それを目標にする人もいるようだが、そんな人とは別世界の毎日だ。来年こそはミスの少ない(いや、大きなミスをゼロにする)ゴルフをしたいと考えている。年と共に力が衰え、今でも飛ばない飛距離は更に急速に落ちていくのだから、つまらないミスが出ないように、コツコツやれるゴルフを目指してみたい。因みに、今日のゴルフを振り返ると、ミスの数は、以下の通りだ。(小さなミスは除いても)No.1はダフとチョロ2回、No.2はゴロになったの1回、No.3はアプローチのミス1回。No.4もNo.3に同じで、No.5は決定的OB1回、No.6はトップ気味と届かぬアプローチの併せて1回。No.7のOB1回とチョロ1回、No.8のバンカー1回、No.9のチョロ1回、で、巧くいったホールはない。No.10はゴロ1回、No.11は珍しくノーミス、No.12は之もノーミス、No.13も大きなミス無しで、No.14はゴロ1回、No.15は大きなミスはなかった。No.16はゴロ1回と、明らかに方向間違いで池に入れた1回、No.17はノーミス、そして、No.18は2打を軽率に木に当てたのと、アプローチで届かなかった併せて1回というところだ。来年は、何とか明らかなミスが出さない(まずまずの結果で済ませられる)事を目標に、ミスの数を減らすことを目指そう。
2015.12.24
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今日のウォーキングは昨夜が遅かったので、最低限の歩きとし、檜尾川橋の少し先で折り返した。予て依頼していた、2階のエアコンを取り付けて貰った。これで、何度エアコンを取り外したり、取り付けたりして貰ったことだろうか。もう之で終わりになるだろうが、今回は少し時間が掛かったようだ。友人から明日ゴルフはどうかとの誘いがあった。天候が心配だったが、今年最後の事と、同行する返事をして、それならと、連れ合いと2人で練習に出かけた。***中国と世界と題した特集記事があり、中国が手掛ける世界構想の一端が書かれている。「一路一帯」は最近よく聞く言葉だが、2013年に習近平が提唱した言葉だ。一帯とは陸路で、中国西部から中央アジアを経て欧州を結ぶ「シルクロード経済帯」を意味し、一路とは海路で、中国沿岸部から東南アジア、更にはインド及びアフリカを経て中東そして欧州と連なる「21世紀海上シルクロード」を意味している。正に希有壮大、中国らしい大風呂敷である。西側の超大国アメリカを意識した構想なのだ。中国は、東に向かっては、第1次列島線や、第2次列島線構想を持っているが、之はアメリカの存在などで、意のままには進まない。西方面は、こういった抵抗が少ないというか、経済的に浸透していくにしてもやや緩やかな面がある。尤もインドの周辺海に関してインドは、中国の「真珠の首飾り」と呼ばれる海路構想に対して、思うが侭にさせないとばかりに、「ダイヤのネックレス作戦」で之に応じようとしている。こういった構想を眺めると、中国の世界戦略がおぼろげながら判断できて、地球規模でどのように覇権を確立するかについて理解出来る。その手段として個々の国(地域)へ支援という名の経済的介入をしている意味が見えてくる。日本がグローバルにと言う言葉で、世界に関わろうとしている(安倍首相)実態は、経済面ではあって、その意図するところはピンポイント的にしかないように見えてくる。しかし、中国のそれは、かなり面的な要素が加わって、地球を(少なくとのその半球を)根こそぎ支配下に置こうとの意図が明白に分かる。一帯一路の構想図を見れば、その事が容易に理解出来る。一帯では、北京から旧のシルクロードで、中央アジアを通り、トルコを縦断して、東欧諸国を囲い込むようにロシアから、オランダに至るルートが示されており、一路では、同じく北京の外港(天津)から紛争を醸すパラセルやスプラトリーを経てマラッカ海峡から、インド洋を通り、ケニアのモンバサ当たりから紅海を通り、スエズを抜けて、地中海からアドリア海の終点ヴェネチアまでを取り囲んでいる。勿論ヴェネチアまでは、オランダからの一帯が延びていることは言うまでもない。この構想を地図上で眺めてみると、地球の半球は、中国のコントロール下に入れようとの魂胆で、残っているのはアメリカの東西に存在する大西洋と太平洋以外にない事が解る。日本人は海外旅行と言ったことでしか世界地図を見ないし、上述のような観点で、中国の動きを捉えることはないが、中国の対外援助(アフリカや中東、更には中央アジアなど)がこういった一帯一路上にポイントを打つことによって、時に金に任せて、時に武力の威嚇を以て、着々と行われていることが理解出来る。記事の中に、あの独裁圧政のジンバブウェに対しても自国の覇を確立するためなら平気で手を差し延べたり、ウルムチのイスラム教徒をあれだけ弾圧しておいて、一方では、「中国とイスラムは約1000年にわたって上手に付き合ってきた」と主張するなど、西欧の2枚舌的な要素も平気で使うなど、かつてのルールなどよりも、この一帯一路を完成させることこそが、中国が狙う世界戦略だと言うことだ。
2015.12.23
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今日のウォーキングは水無瀬堤から河川敷を大山崎IC橋迄歩いてターンした。連れ合いは今日も午前中はカーブスである。夕食を友人夫妻と採ることで、初めてエキスポシテイに出かけた。丁度この土曜日に孫達を連れて行く約束になっているので、視察を兼ねることが出来た。友人の家からは車で10分もかからない、丁度裏山と言った感じだ。樫切山への上り坂を上がり、今まではそのままエキスポランドの外周道路に出ていたのだが、その手前に駐車場への入口道路が新しく開かれていた。何とも手軽な場所にあるものだと感心するくらいだ。右手にはガンバ大阪 (吹田市民) のサッカー場が巨大にそびえている。試合がある時など一帯はとても混雑するとのことだ。サッカー人気の大きさが窺い知れる。此所が満杯になるのかと思うほど駐車場(青空駐車も駐車棟も)は広大なのだが、休日で、サッカー開催日などでは、埋まるというから凄い。駐車棟へは地面に書かれたガイドに沿えば自然に行き着くとは言うものの、結構複雑なルートだ。今度来る時は、方向が逆になるので、停める場所も違ってくるだろう。友人夫妻は、予め下見を兼ねて来たとのことで、エキスポシティ(ららぽーと)のガイドマップを貰ってきていた。そのマップを携えていったのだがマップの上下は南北と一致していないので、少し戸惑ったが中国自動車道路と、ららぽーとの扇形平面図を照らすと全体の配置が分かる。ららぽーと用の駐車棟は3棟あって、駐車したのは、その南端にあるC棟(グリーンサイド)のようだ。他に、中央のB棟(赤)と北側のA棟(オレンジ)がある。2階の駐車棟からショッピング棟に入ると、巨大なモールがパッと開けた。ガイドされるままに、付いていったが、中で、グリーンサイドからオレンジサイドまで歩いたようだ。最近のモールはどこも似たような造りで、専門店(ブース)が並び、ゲームセンターや、フードコートなどもある。オレンジサイドから丁度扇の要の方向に向かって外に出ると、そこに飲食街がある。ビュッフェスタイルの所もあったが、何やら一杯そうで、近くのBARBARAという店に入った。いきなり出されたメニューがピラピラでしかも破れている。之ではどうもと言いながら、注文した食事は、存外美味しかった。食事の内容に比して、あのメニューでは可愛そうだというのが食事の評価よりも印象に残ってしまった。そこで何と2時間近く喋っていたが、実に時の経つのを忘れてしまうほどだった。入る時に空いていた店内だが、出る頃のには、ほぼ満席となっており、しかも若者が殆どで、我々のような年配は余り見かけなかった。帰りにトイレに入ったが、此所がトイレかと言うくらいにお洒落に造ってあった。トイレの美しさは文化の度合いに比例するものなのかも知れない。青天井(ショッピングモール棟の外)の空には満月に近い月が照っていた。美味しい食事と、4人の会話に満足して再び館内を抜けた。テキスタイルを扱ってきた友人だが、今はもう、時代が変わったと云っていた。溢れるような商品展示と、空間の贅沢さ等を見て、友人と歩きながら、我々の子供の頃から比べると随分贅沢(ものが溢れている)と言ったことを共感しあった。印象では、桂川のイオンモールよりも通路幅は狭いと連れ合いは言っていたが、私はそうは感じなかった。ドバイのモールもアブダビのモールもほぼ同様の形態で、これが世界の兆候なのだろうという感じだ。エキスポシティは付帯設備なども充実していて、北には日本庭園があるなど、全国ベースで観光客を集客出来る場所になっているようだ。子供達を連れて歩くと結構疲れるだろうと予測出来た。友人の家に帰りついて、お酒を飲みながら再び談笑して、終電が近くなったので惜しみながら辞去した。
2015.12.22
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今日は、ウォーキングのスタイルで玄関を開けたら雨だったので、取りやめた。今日もまた、連れ合いのカーブス行きに付き合った。***日曜に考える(日経新聞)、を読んでいると、塩野七生さんが「ギリシャ人の物語1」を上梓したとある。之は3部作になるようだ。前回の「ローマ人の物語」は15巻あったので、読むのも大変だったが、今回は、一寸手軽そうだ。私もかねて、ギリシャやローマについては興味があって、8年前に連れ合いとイタリア旅行した時のローマはつい昨日のように思い出す。フォロ・ロマーノのカエサル像と並んで写真を撮ったのは、一寸したエポックであった。残念ながらギリシャを訪れたことはないが、「ギリシャ・ローマ神話」が好きで、絵画の世界や西洋の古代史などでは、神話に登場する神々の名を取ったものが多く、何やら読んでいて楽しい。歴史という重い扉を開いていくと感じることだが、ローマ(イタリア)やアテネ(ギリシャ)は現在も同じ名前で存在しているものの、古代と現代では似て非なるものなのだと感じる。古代ローマにはキリスト教はなかったが、現代社会ではキリスト教とイスラム教とが対峙してそれが大きな問題となっている。ギリシャだって、プラトンやアリストテレスの古代と、EUからはみ出しそうな体たらくの現在とでは、同じギリシャ人と言ってもそれが同一と言えるかどうか大いに疑問の残るところである。新聞の塩野さんは、イスラム教徒のことにも触れていて、「イスラム世界は、人々に高学歴を与えることは出来たが、それにふさわしい職場を作れなかった」と解説しているのを成るほどと思った。「アルジェブラ」「アルゴリズム」これら、「アル」で始まる言葉は、皆アラビア語から来ている。イスラム世界は、この様な言葉だけに留まらず、こういった言葉が必要な世界であったはずなのだが、悲しいかな、かの地の現代にそれが受け継がれているとは思えない。高学歴で、頭脳はおそらく明晰であった彼らには、適切な働く場所が無く軍隊とかバース党(アラブ主義政党)に集まるという事になっていった。そして、彼らはイラクの壊滅を機にシリアに終結して今のISの中核を成しているのだから、ISの実態は、そこいらのチンピラの如きはみ出し者とは違っているのだろう。現在のイスラム教でも、原理主義と呼ばれる極端なものは偏狭的であるが、中世のキリスト教もまた過酷で、残酷な面を持っていたことは我々の知るところだ。西洋から見た十字軍は、キリスト教徒の目線であり、聖地奪還という大義名分があったかも知れないが、イスラム教徒からすれば、単なる他文明の野卑なる襲撃と映ったであろう。持ち場や立場により、真実は如何様にも偏向して見えるものだ。そのキリスト教も、現代では、総本山バチカンも、他宗教を信じることを無碍に否定はしていないという。あっちの水よりもこっちの水の方が甘いぞと言うに留まっているようだ。そんな風に聞くと、キリスト教も門戸を開いてきたのかと思うが、一方の後発、イスラム教は、そこまで熟成されていないとも受け止められる。イスラム原理主義というのはそう言った位置づけなのかも知れず、それは中世で、魔女狩りをしたキリスト教徒にも通じるところがあるのだろう。現代のキリスト教(バチカン)のありようがどうなのかは分からないが、イスラム教に於ける聖地(メッカ)は、今でも他宗教者の立ち入りを禁じている。イスラム教にこういった不寛容さが、ある限り、他宗教社会との融合に期待が持てないのかも知れない。また、地政学的な観点から見ると、イスラム圏は、地中海から南部の、熱帯的な気候のベルト上に集結している。そこは丁度資源(石油や天然ガス)の宝庫になっていたためか、資源の切り売りだけで、生計が立っていたので、工業化や発展へのインセンティブに欠ける嫌いがあったためか、さしたる発展もなく、今日に至っていると言う見方も出来る。古代を学びつつ、之からの世界を考えると、何か見えてくるものがあるような気がする。
2015.12.21
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今日のウォーキングは檜尾川橋から名神のDP9橋脚迄出て、帰りは工事中である名神の側道を通って帰宅した。側道工事の1部は来年の4月28日で、全体の工事(JR線の上をフライオーバーする工事の完成か?)が完成するのは7月28日といった看板が立てられていた。寒空に、交通規制のために雇われた誘導員が紅いランプをかざして、注意して通るようにと忠告してくれた。夕刻から今年最後のカラオケ大会が有り友人と連れ合いの3人で参加した。今年の歌い納めになる。年の瀬も迫っているからか、また、年寄りが多いせいで、あちこち痛んでいる人がいるせいか、集まったのは、いつもより少ない14名だった。年末のカラオケは紅白対抗戦になっていて、男女別に分かれて、先ず、団体で優劣を決めることになっている。勿論団体で合計した予想得点と実績得点の差が少ない(オーバーせず)方の組の方が勝ちで、その上位がメダルを貰うことになっている。BB賞はなくメダルを貰えなかった組のトップには敢闘賞が与えられるという方法だ。女性全員の合計申告点は2380点で、男性のそれは、2343点であった。女性が少ないこともあって、男性の内の1人が女性陣として戦うことになった。女性の先攻で始まったが、例によって1曲目のパネル得点は伏せてある。男性は、後攻で、交互に歌い進む。友人は、6番目(男性の3番手)だ。先に歌った全員が80点を超え、男性トップは「傷だらけの人生」で90点を出していた。友人の「雪虫」は86点で、練習時よりもやや低い感じだ。続く連れ合いは、「雪椿」を正確に、情感を込めて歌い何と93点をたたき出した。そしてこの得点は、次の女性の「柳瀬ブルース」の93点と同点で、最高点だった。男の5番手が私だが、「倖せさがして」で90点が出た。この点は、男性では同点首位だった。しかし女性陣には、バラードの「自由」で91点を出した人もいた。1曲だけでは結果の予測は難しい。しかし、皆さん、予想はほぼ正確なようで、桁外れの得点の人は少ない。食事の後、2曲目が始まった。今度はパネルとテレビの両方がオープンされている。男性のトップは、「母きずな」で80点と94点を出した。この94点は、もう1人(「White Christmas」を歌った男性)と同点トップだった。しかし高い点が出ればいいと言うわけではない。予想申告点との差が問題なわけだ。男性2番手の人は控えめで、予想点が310点と低い割に「東京セレナーデ」のパネルは92点と最高点を出していた。友人の「夢酒場」は最初に歌った時にパネルの得点準備が出来ていなかったと言って、最後にもう一度歌ったのだが、91点とテレビは89点だった。続く連れ合いの「大阪ラプソディー」はパネルが悪く77点ながらテレビは90点であった。私の番で、「ゆうすげの恋」は82点と88点だった。テレビの方は練習では90点と92点が出ていただけに一寸低くなってしまった。友人や連れ合いは良かったと言ってくれるもののテレビの評価は低かったのだ。トリの男性は、2曲とも英語の歌であったが、英語の歌は往々にして得点が低いとのことで、今回も高得点には繋がらなかったようだ。全員が歌い終わって、1曲目のパネル得点が明かされ、紅白の勝ちは女性の方で合計得点2373点(申告点との差マイナス7点)であり、男性は合計得点2328点(申告点との差はマイナス15点)だった。これにより、女性の方が1位から3位を振り当てられる。グロスで最高点を出したのは、女性の349点だった。惜しくもこの女性の申告点は348点(プラス1点)だったので、選外だ。銅賞は348点を出し、差がマイナス5点だった。銀賞と金賞は同じ差のマイナス2点で、連れ合いと、最初に歌った女性だった。今までメダルを沢山取ってきていた連れ合いは、無条件に金を辞退した。私は、敗れた白組ながら、白組の中での差は最も少なく(マイナス4点)、敢闘賞を貰った。
2015.12.20
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今日のウォーキングは山崎駅から円明教寺口迄の往復だが、スマートフォンのアプリのアップデートをするために(WiFiに繋がっていないと出来ない)帰り道で、ソフトバンクに立ち寄ったが、建物の外では電波が弱いのか、アップデートすることは叶わなかった。こんなところが電子機器が煙たがられるところかも知れない。***アラブの春(2011年カダフィ政権崩壊)以降のリビアは今も混沌としている。独裁者を失った国は、何処も政情が安定しないのが通り相場になっている。強力なリーダーシップというのは、悪しき場合を含めて、時に恐怖を織り交ぜて、国民を統一しているのだろう。そんなたがが外れた、カダフィ亡き後のリビアもそんな状態だ。ここに来てやっと、リビアの世俗派勢力やイスラム系勢力の代表者らがモロッコのスキラットで話し合い17日にリビア統一政府樹立に合意したとのことだ。とは言っても、之で内戦が終結するという保証はない。抑えられていた群雄(武装勢力)が割拠する状態になっている状態が之で終結するというわけではないようだ。そんな状態の中、イラクやシリアで力を付けてきたIS(イスラム国)がリビアにもその拠点を設けようとしている。これまでは、イスラム系勢力は首都トリポリを占拠し、世俗派勢力は東部トブルクを拠点として、東西に2つの政府・議会がある状態が続いてきた。それだけではなく、当時、カダフィと戦うために民兵集団が組織されたが、カダフィ亡き後の内戦終結後もその多くが「治安維持」などを名目に武装を維持し、国軍や警察への編入を拒否し続けてきた。調印された合意書は、世俗派勢力とイスラム系勢力との間であり、その合意は、統一政府を首都トリポリに置いて、世俗派議会を正式な議会とし、イスラム系議会が補佐、そして武装組織などは武装を解除した後に国軍に統合する、といった内容だ。之に対して、民兵集団はこの合意に反対している。反対派の中には、既にISが入り込んでいるようだ。ISは既にカダフィの出身地シルトの制圧を宣言している。抵抗する地元武装組織の処刑やスパイ罪に問われた男女が処刑されていて、人々は、いつ理由もなく殺されるかもしれないとおびえている状態だ。さらに、ISは地元の若者を強制的に加入させているようだ。なんといっても、圧倒的な武力を保持し、最新鋭の武器と戦闘員が豊富なISに対抗することが出来ない。若者達の中には、閉塞感からか、ISに忠誠を誓う者も出ているという。これらの動きに対して、リビアの旧宗主国であり、地理的にも地中海を挟んで、すぐ対岸のイタリアは警戒を強めているとのことだ。リビアを足がかりに、イタリアへの密航を試みる難民・移民に紛れて過激派が侵入することが懸念されている。しかしながら、2011年には、カダフィ政権を崩壊させるために欧米諸国は軍事介入したが、その結果今日の内戦状態を誘発することになったために今回また軍事介入をすべきか否か慎重になっているという。ISが、極めて、戦略的にその支配地域を拡充しているのに対し、欧米各国は、当面のシリアへの空爆に気を取られて、一貫した対応が取れず、常に付け刃的な対処療法に回っているのが気になるところだ。米欧各国は経済制裁で、ISの資金源を絶とうとしているが、リビアの首都トリポリ近郊のシルトには油田があり、ここをいち早くISが占拠している。アメリカも、「ISがリビアへ移動していて、皆にとっての脅威だ」と認識している。捨て身と、一貫性を持ったISに比べて、国際関係の調和を意識しながらのためらいがちな対IS諸国の動きのさが問題解決を遅らせているような気がする。
2015.12.19
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今日のウォーキングは高浜堤から堤終点迄の往復だ。この冬1番の冷え込みとのことで、曇っていることもあって、手先が痺れる程だった。連れ合いのカーブス行きに付き合った。その後、西武百貨店を覗いたが、そろそろ年末の気ぜわしさが始まったようだ。それよりも先ず、世間はクリスマスと言うところだろうか。夜は、明後日のカラオケ大会に備えての練習だ。友人と連れ合いとの3人だ。日が落ちて、急に寒くなってきたので、最大級の防寒具に身を包んで出かけた。既に常連客の女性が来ていた。暫く歓談の後、練習に入ったが、今回の私は歌う曲を絞っていたのでそれを続けて歌った。交互に歌ったのだが、先ず、遠来の友人が皮切りに歌ったのは、増位山の「雪虫」だ。彼は3回歌って、パネルは78~79点、テレビが85点~90点と少々ばらついた。私の1曲目は五木ひろしの「お前と二人」だが五木の妙にねちっこい歌い方が嫌いで、さらっと歌ったら、パネルが80点で、テレビは89点だった。まずまずかと、今度は連れ合いだが、小林幸子の「雪椿」で2回歌い、パネルは74点と79点で、テレビは両方とも92点だった。声やテンポは、連れ合い向きだとは友人の評だ。さて2曲目、友人は、「夢酒場」を2回歌って、パネルは共に83点、テレビは88点と87点で安定している。私は、「奥飛騨慕情」を歌ったものの、パネル74点とテレビ86点で、連れ合いからは、音がずれているとか、延ばすところが延びていないとか酷評を受け、選曲を断念させられた。連れ合いの2曲目は、上沼恵美子の「大阪ラプソディー」で、2回歌い、パネルは77点と86点と、極めて不安定ながら、テレビは共に91点と高得点だった。2人は歌う曲を既にフィックスしたようだが、私は定まらない。結局歌うつもりの2曲は諦めて、友人が以前歌っていた五木ひろしの「幸せ探して」(2回のパネルは84点と83点、テレビは91点と89点)と、森進一の「ゆうすげの恋」(2回のパネルは79点と78点、テレビは92点と90点)とすることになった。準備していた2曲はまたキャリーオーバーになってしまった。他にも互いに、気分の向いた曲を何曲か歌ったが、友人の「あきこ慕情」はまだまだと言いながら良い得点だった。連れ合いは、初めて聞く「北のホテル」や私にクレームを付けた「奥飛騨慕情」をテレビで5点の差を付けて歌っていた。私は、「浪花節だよ人生は」や何時も歌えと言われる台詞混じりの「味噌汁の詩」を余興で歌った。途中から、若い人(時々来る女性客の旦那と息子とその友人等5人)が追加で入ってきて、いつになく賑やかな店内であった。若者達は、老人仲間では聴かれない、コブクロやエクザイルの曲を上手に歌っていた。きっと若者達のカラオケルームは、こんな歌が満載で、「とても七五調の演歌は聴かれないだろうな」とは、友人と交わした言葉だ。歌は世につれ、世は歌につれというが、彼らの時代以降は演歌は既に懐メロになってしまい、おそらく酔狂な若者が懐古趣味で演歌を歌うことはあっても、やがて廃れて、博物館入りするのではないだろうかと思った。
2015.12.18
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今日は今年最後(第119回)の摂津会ゴルフコンペだった。ウォーキングは之に替えたが、万歩計をポケットに入れ忘れ、何歩歩いたかが分からず、前の実績に倣うことにした。最近、こう云った忘れることが多くなって、何でもかんでも歳のせいかと言うことになるが、その一言で片付けるのはいささか抵抗がある。この年になると、なかなか若い人との交流が無く、話す相手も年寄りばかりだから、勢い、会話の内容も何だか干からびたものになり、如何ともしがたい。とは言え、極力、気分だけは若く保とうと心がける日々である。年齢が嵩んでくると、身体が乾いてくる(スーパーのレジ袋がなかなか開けない)のと同時に心も渇いてくるようで、どうしても、怒りっぽくなったり頑固になったりと、守備範囲が狭まってくるようだ。今年最後のゴルフコンペだが、特段に気負ったものはないものの、幹事役の端くれとしては、「今年最後の決算ゴルフですから、大いに楽しんで下さい」との前口上で、皆さんを鼓舞した。どこここが痛くなったとか、直前に風邪を引いたから一寸様子を見たいとか、そう言ったことが常にあって、特に冬場や、雨の得る日にはそう言ったことが多い。寒さに加え、そんなこんなで、今日の参加者は、29名と大幅に減ってしまった。それだけにアトラクション(ドラコンやニアピン等)の賞を除けば、賞品(参加賞以外)が当たる人数は13名で、当たらない人は16名という事になる。私の場合は、ショートホールでもなかなか載らないし、ドラーバーは中途半端な飛距離で、ドラコンも、ドラタンも取れないと言った具合で、しからば何とか、飛び賞をと、運頼りになってしまう。そんなアトラクションの賞を決める為の旗を先頭(私は先輩と同じインの先頭だ)の組が持って行くのだが、アウトの先頭組に渡してくれと依頼された袋をそっくり手渡してしまった。我々の旗は別途確保されていると思ったのだが、渡した先輩は、同じ袋に入れていて当然分けるものと理解していたようだ。(互いの思い違いがなせる誤解である)スタートして1ホールが済んで、2ホール目がショートホールなのでそこで、旗がないことに気付いた先輩は、私に咎める目を向けた。「え!」、何時もアトラクション(旗)には無縁の私はよそ事と余り関心がなかったのだが、慌てて、隣のアウトのホールでプレー中の女性の組を追いかけ、我々(イン)の分の旗を回収しに走ったのだ。運が良いことに、アウトの2ホール目(No.2)と、インの2ホール目(No.11)は近接していて助かった。そんな事があり、それから、1日は、何だかもやもやして、とてもゴルフを楽しむ気分にはなれなかった。そんなせいかどうかは知らないが、先輩の方も常と違って、プレーが尽く裏目に出ていたようで、のべつぶつぶつと不平や、愚痴をこぼしていた。加えて、途中で気付いたのだが(途中というのがまた滑稽なのだが)どうもドライバー(クラブ)が短いではないか。他の人のクラブと比べてみても、1インチ以上は短い感じである。どうやら連れ合い用に改造した(短くした)ドライバーを間違って持参したようだ。それにしてもこの前から、ドライバーを変えたつもりが無く、何処でどう入れ違えたのは、ハッキリしない。道理で、その前も、またその前も、ティーショットが普段よりトップ気味にチョロすることが多く、それなりに巧く飛んでも距離が極端に短いのだ。距離が出ないのは、今に始まったことではないので、いい加減、そんなものかと思っていたが、帰ってその事に本格的に気付いて「納得!」となったわけだ。近頃の成績が悪かったのはそのせいかなどと思うものの、ドライバーの良い時(最終ホールは良く飛んだ)もあるので、あながちクラブのせいではないのかも知れないが、やはり巧く行かなかったのはクラブの長さのせいだと思っている。そんなわけで、本日はホールバイホールでは書かなかったが、OB1回、ティーショットに始まって、3連続チョロや、最後に(ティーショットと第2打は巧く飛んだのに)3打目を誤球してしまい、2打罰を受けるなど、散々な打ち納めになってしまった。今年は、あと僅かになったが、このリベンジは何とかやりたいものだと思っている。
2015.12.17
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今日のウォーキングは路面が濡れていて、天気予報でも雨の確率が高そうだったので、近場を回ることで済ませた。桜井から名神側道を歩き、東大寺公園を経由して帰宅した。ギリギリ1万歩を確保だ。連れ合いをカーブスに送り、その足で、今年最後の小学校の学習会に出た。算数では面積a(アール)の単位が導入され、その問題があった。面積が35aで、横の長さが70mの土地の縦の長さを求める問題だ。ハッキリ分からないのか、一寸首をかしげる向きもあったが、ほぼ理解しているように思えた。概数(見積という言葉を使っていたが)62415÷219で、60000÷200=300と答えさせるものも登場していた。今年の4年生は、九九の復習がテーマだったが、2桁÷1桁の割り算で余りを出すという練習問題を多用し、十分に身についているような感じを受けた。***中国の政治抗争のことが書かれていた。日経新聞の中沢克二編集委員による解説だ。(氏は、中国総局長を務めている)汚職と権力闘争に明け暮れる中国のことを定期的に解説している記事を読むと、如何に中国という国が凄いところかがよく分かる。民主主義と、共産党1党独裁の政治の乖離がよく分かるし、こんな国に生まれなくて本当に良かったと思う。民主主義を標榜する日本でさえ、まともな反対勢力が育たないと、独裁者擬きの暴走を招きかねないが、中国のそれはそんな比ではなく、もっと生々しい感じだ。習近平(62)が総書記に付いてから、現在まで、汚職摘発の名の下に多数の政治家(役人や、大物経済人も含む)が粛清されている。勿論が汚職が良い訳ではないが、粛清されるのは、習近平に反対する勢力ばかりと言うところが味噌であろう。汚職を本気で取り締まったら、本人を含めて中国では残る政治家は居なくなるのではないかと云うことだ。習近平は、第五世代の最高指導者であるが、第三世代の最高指導者江沢民の息の掛かった者を次々と粛清しつつ今日に至っている。今回は上海閥の殲滅を計って、上海市副市長、艾宝俊(55)が摘発され、解任されたとのことだ。艾宝俊は勿論江沢民(89)に近い人物だ。艾宝俊はまた江沢民の息子の江綿恒(64)との縁が深くその江綿恒も前触れもなく職を解任されている。上海が狙われたのは、江沢民が絶大な力を振るったところだからである。この際残った江沢民の影響を完全に抹殺して、習近平の権力を揺るぎないものにしようとの動きだ。このことは、2006年に上海市トップだった陳良宇(69)が汚職などを理由に摘発、解任そして、党籍され懲役18年の刑が下った辺りまで遡る。兎に角、江沢民の息が掛かった連中を、汚職や重大規律違反(その気になれば誰でもこの罪に問える)で根こそぎ、壊滅させようとの魂胆だ。陳良宇事件は、最初は、当時国家主席だった胡錦濤(73)による上海閥つぶしだったが、それは自らの子飼い李克強(60)をトップに付けるための準備だったが、やがては習近平に取って代わられることになった。胡錦濤の実質敗北だ。他にも上海関係者で江沢民に近い、中国の巨大投資会社、復星集団の董事長、郭広昌(48)の急な連れ去りが挙げられる。江沢民の金づるを絶とうとの意味合いなのか、しかしこの郭広昌は14日のAFP報道では、同氏は中国本土当局の「ある捜査に協力している」とされ、公の場に姿を現したという。(どんな裏取引があったのだろうか)兎に角、権力闘争のための権謀術策で明け暮れる中国だが、今回の上海第2騒動は、2017年の共産党大会に向けた戦いがいよいよ上海を舞台に始まったと言うことで、象徴が副市長への調査であり、まだまだ、序盤に差し掛かっただけで、来年からがヤマ場になるとのことだ。
2015.12.16
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今日のウォーキングは山崎駅から長岡京を過ぎ阪急の西向日を過ぎて向日町駅まで歩いて帰りはJRに乗った。午後からも、梅田に出て行ったので、流石に歩き過ぎたのか、帰ったらぐったりしてしまった。「過ぎたるは尚及ばざるが如し」か。午後には、年賀状を購入し、老人を活性化させるという年末ジャンボ宝くじを買った。しかし、分相応のミニジャンボにしておいた。(束の間のアドレナリンを楽しもうか)やりすぎの件だが、孔子が、弟子の子貢に応えていった論語の意味としては、「何事でもやりすぎることはやり足りないことと同じようによくない」という意味で、やりすぎるのはやり足らないと同じだとの意味合いだが、今日の私の場合は、英語で言えば(丁度それらしい表現があった)「The orange that is too hard squeezed yields a bitter juice.(オレンジを強く絞り過ぎると苦いジュースができる)」という意味で、絞り足らない方が明らかに美味しいジュースが飲める(量は少ないが)と言うことで、明らかに論語の元の意味からは離れた結果になったというわけだ。菜根譚の中にも似た様な意味合いの言葉があるようだ。199 倹約も譲も度をこさず倹は美徳なり。過ぐれば則ち慳吝(けんりん)と為り、鄙薔(ひしょく)と為りて、反りて雅道を傷(やぶ)る。譲(じょう)は懿行(いこう)なり。過ぐれば則ち足恭(すうきょう)と為り、曲謹(きょくきん)と為りて、多く機心(きしん)に出ず。〔訳文〕 倹約は美徳である。だがしかし、度を過ごすとけちになり、卑しくなって、その結果逆に正しい道をそこなうことになってしまう。 謙譲は善い行為である。だがしかし、度をすごすと馬鹿ていねいになり、堅苦しくなって、その結果多くの場合、何か魂胆があると見なされることになる。何でもやり過ぎると、良くないと言うことでは変わらない。極端は良くない、中庸であれと言うわけだ。一寸意味合いは違うが、中には、我が我がと、己の功名心の満足や、物事をあたかも一人でやったとの錯覚に陥り、名声を独り占めしようとする輩もいるようだ。実にさもしい根性で、勘違いも甚だしい。経緯を知らない世の中の人は、表面上のことで判断を下すかもしれないが、それで良しとするのは如何にも情けない。自らを省みることのないものは哀れである。しかし、そんな類の者が多いことも事実だ。実るほどに頭を垂れるのは稲穂ばかりでないことを願いたい。そう言えばテレビドラマではないが、手柄があれば全て、自分のものとし、もし不具合や失敗があれば、それを部下に皆おっかぶせて平気でいるようなそんな上司もいた。本人は至極ご満悦であるかも知れないが、端から見ていておぞましい。「神は見通し」という言葉や、「神は非礼を受けず」と言う言葉もある。また、「天知る、地知る、我知る、人知る」という言葉もある、概ね悪事について逃れられないと言った意味合いだが、どのようなことにも通じるものだ。また、悪事に関しては「天網恢恢疎にして漏らさず」ということばもある。「てんもうかいかいそにしてもらさず」と読むが、天が悪人を捕えるために張りめぐらせた網の目は粗いようにも見えるが、決して悪事を犯した人を一人も漏らさず取り逃さないと言った意味だ。こんな諺や、世の流れを意に介さない者が居るのもまた事実のようで、ただただ呆れるばかりと言うことにも成りかねない。事は悪事についてだけではない。手柄の独り占めや、部下に恩義を感じないで平気でいられる者(出世したのは我が能力だ等と勘違いする輩)は、いつかは大きなしっぺ返しを食らうであろう。「和を以て尊しと成す」日本古来の文化的風習の根付かないところには、往々にして、妙なことが起こるものだ。民度の低さ故のことかも知れない。やんぬる哉だ。
2015.12.15
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今日のウォーキングは檜尾川橋から名神DP9橋脚を折り返した。橋脚付近に差し掛かると救急車のサイレンがけたたましく聞こえてきた。名神高速道路内でも聞こえるし、歩いている道すがらも救急車が通る。後で夕刊を見たら、高速内の接触事故で停車中の乗用車の3人の女性(2人は子供で、9歳の女児は重体らしい)が巻き込まれたとのこと、助かってくれるのを祈るばかりだ。姉と連れ合いとで、八幡にゴルフの練習に出かけた。住民委員会で一緒だった人も練習に来ていたが、不思議と良くお見かけする。***最近は、健康ブームで、健康に関する記事が、あちこちに紹介されている。そのどれもが同じ方向を指し示していない場合や、過去にこうすべし等とされていたことが実は間違いだったなどと言うこともあって、素人には、混乱を招く場合がある。更には、昔の基準はこうだったが、それではいけないと基準自体が変わることもある。新聞に「血管力」と言う言葉が出ていた。東京医科大学循環器内科の池谷敏郎氏の造語という。血液ドロドロという言葉があり、ドロドロした血液のままでいると、血管中に血栓ができて、これが血管をふさぎ、脳卒中や心筋梗塞が起こると言われているが、実は、ドロドロの血液そのものが、血栓を作ると言うことはないのだそうだ。血液ドロドロというのは、血管中の水分が少なく、血小板の活性が高まって固まりやすくなっている状態であり、血液中のコレステロールや糖が多いことではないというのだ。何れにしても良い状態ではなさそうだが、血液がドロドロでもそう簡単に血管内の血は固まらないという。それよりも大事なのが「血管力」というわけだ。血管力(「血管力が高い」)とは、血管がしなやかさを保ち、内壁がなめらかで、血液をスムーズに流す力との意味のようだ。悪い生活習慣(暴飲暴食や喫煙、ストレスなど)、を続けていると、血管の内壁に脂肪の詰まったコブ(「プラーク」と呼ばれる:歯で言えば歯垢のようなものか)ができ、何かのはずみでプラークに傷がつくと、それをふさごうとして血小板が集まり、血栓ができてしまうと言うメカニズムなのだそうだ。血液がサラサラでも、プラークが出来やすい場合(加齢など)があるとのことで、その場合には、血管力が物をいうとのことだ。血管が柔らかく、プラークも少ない状態の事だという。では、どうすれば、血管力を高められるかについては、次の事が上げられていた。血管を拡張させ血行をよくすれば良いと言うわけで、そのためには一酸化窒素がその役割を担うというのだ。1. 食事に青魚、ブルーチーズ、ショウガを取り入れろというのだ。青魚、ブルーチーズ、ショウガ、トウガラシ、適度のアルコールなど、は一般に一酸化窒素の分泌を増やすとのことだ。(なるべくそうしよう)2. 深い睡眠を取れというのは、深い睡眠のときに出る成長ホルモンが血管内皮細胞の修復を行い、一酸化窒素を出す力を高めてくれるという。(私は、ノンレム睡眠をしているつもりだ)3. 禁煙は必須だそうだ。喫煙すると、大量に発生する活性酸素によって血管内皮細胞がダメージを受け、一酸化窒素の分泌が抑えられてしまうとのことだ。喫煙者は吸わない人に比べ、心筋梗塞や狭心症を起こすリスクは、約3倍も高くなる、とのことだ。(幸い私には喫煙の習慣がない)4. ふくらはぎを動かす運動を行いなさいという。有酸素運動は血管を拡張させる作用があり、一酸化窒素の分泌を増やすとのことだ。特にいいのはウォーキングだそうで、之はしてやったりと、私には至極良い感じで受け止められた。
2015.12.14
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今日のウォーキングは山崎駅下から西山天王山駅までで、そこから折り返し、円明教寺口を通り帰宅した。連れ合いと姉は京都南座の歌舞伎顔見せに出かけた。昔は、毎年の楽しみに出かけていたようだが、ここ2年ほどは、行けなかったので、楽しみだと喜んでいた。姉は、誘って貰って、これまた大喜びで出かけたようだ。私はと言うと、孫達が参加する、町内のミニマラソン大会で応援するという役回りだ。歌舞伎は、京都三条に銅像が建っている、出雲阿国がその先鞭だという。1603年頃に四条河原で踊った「念仏踊り」が始まりだそうで、今でこそ、代々の襲名披露とかで賑々しいことだが、私の中には、どうも河原者という印象が植え付けられているため、わざわざ観に行くなどと言う気にはならない。江戸時代には、遊女や若衆(少年)が流行の歌や風俗、奇抜なファッションなどを取り入れて、大衆に迎合し、時には淫らな行いで、風紀が乱れると禁止されたために、今は男だけで演じることになったという経緯があり、女性ばかりでショウをする宝塚の反対版と言うところだ。歌舞伎役者は、元々、かぶき者と呼ばれ「傾奇者」などと書かれていた。かぶき者と言えば、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての武将、前田慶次を思い起こすが、兎に角奇をてらうと言った印象がある。茶道や和歌などを好む者を数寄者と呼ぶが、数寄者よりさらに数寄に傾いた者と言う意味があるそうである。一頃のヒッピーだとか、コスプレ族とか、髪を茶色や紫色に染める現代の若者に似るところがあるが、それに一本根性を据えたと言うところかも知れないと思っている。庶民に迎合すると言った形で発展した歌舞伎も、明治に入ってからの「演劇改良運動」を経、「天覧劇」が挙行されるに及んで、現在の地位を確立したといった経緯のようだ。さて、町内のミニマラソン大会だが、既に6回を数えているという。ゲストに森脇健児を招いて、老若男女がクラス別に、それぞれ5km~3kmを走るのだが、孫達(小4と小1)は、別々だが、同じ距離の3kmを走ることになっている。スタートは、それぞれ12:20と13:00と聞いていたので、1時間前からぼつぼつ出かけてみたが、結構な人が集まっていた。お兄ちゃん(小4)の方は、人混みに紛れて出発時に姿を捉えることが出来なかったが、3kmを走り終えて、グランドに帰ってくる時には、勇姿をスマートフォンの動画に捉えることが出来た。冬だから長袖、長ズボンをはいての走りだったようだが、一寸重たい感じがして、お母さんは、来年は半パンにしようと言っていた。順位は中頃(小4~6年迄が1団) で、タイムは16分程度だったが参加の中では最年少だから、良い方ではないかと言う感じだ。弟(小1)の方は、去年は、幼稚園で、親の付き添いでのランニングだった(お父さんが出張で近所のお父さんが代走してくれた)が今年は堂々、1人で走った。スタート時も最前列で準備していたようだ。同じ3kmを小1~小3までが一団で走ったのだが、之もグランドに帰ってくると中頃の着順だった(タイムは19分くらい)のは立派なものだ。最後に姿が見えた時も全力で走って、1~2人抜いての走りは立派なものだった。思えば我が高校時代には、2年と3年の中距離1500m競争で、連続優勝をしたことが思い出され、すこし鍛えれば、まだまだいけるのではないかと言った妄想を抱いてしまった。走行後にお父さん(太郎君)とお母さんに会ったので、「君は走らないのか?」と聞くと「危ないですから」と応えていた。それを聞いて、もうそんな年代なのかと、振り返って我が身の衰えを感じた。70歳を超えて走っている人も居たかも知れないが、「昔はなぁ・・・」などと振り返るようになってしまった今日のマラソン大会であった。
2015.12.13
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今日のウォーキングは檜尾川橋から愛仁会を経、摂津富田駅まで歩いて、帰りはJRだ。***石油元売り国内首位のJXホールディングス(HD)と3位の東燃ゼネラルが経営統合することになった。これで、国内ガソリン販売の5割を占める「石油ガリバー」が誕生する。之に先立って、今年7月、国内2位の出光興産と5位の昭和シェルが、経営統合を発表していた。その結果国内石油元売りは「2強時代」(売上高で合計14兆円のJX・東燃ゼネラル連合と、同7兆円の出光・昭和シェル連合)に突入する事になる。JXがこれまでM&Aを重ねてきた経緯が図式化されていたが、その昔(1921年)は、石油元売り会社は10社ほどに別れていた。今回の合併で、両社あわせて売上高21兆円、石油製品の販売でシェア5割以上という巨大企業が誕生することになる。こんな巨大企業が一気に誕生するのに驚くが、之でも世界の同業企業と比べると、ちっぽけなものらしい。資源開発の (石油など)企業は、それこそ膨大な規模を誇るものが多い。世界のトップクラスの英蘭のロイヤルダッチ・シェルやアメリカのエクソンモービルは、売上高は50兆円を超えている。それに継ぐのがイギリスのBP、フランスのトタル、アメリカのシェブロンだが、5位のシェブロンでも、軽く25兆円は超えているというのが現状だ。(日本の2強を併せても、5位に届かない)アジアの中でも、中国の中国石油化工(シンノペック)や中国石油天然気(ペトロチャイナ)は40兆円~50兆円を超える規模を誇っている。世界の壮大さから見れば、日本は坪庭を触っているようなものらしい。利益率(使用総資本利益率)に於いても世界の常識的な数字である10%超(エクソンモービルは20%、インドのリライアンス・インダストリーは12%)に対して、日本は、合併前のJXHDで4%に留まると言うことだ。更に悪条件はこのところの原油の値下がり(2014年後半から、原油相場が急落)がある。欧米メジャーや中国は利益の源泉を油田やガス田の開発という上流事業に置いているようで、日本のねらい目は、製油所建設や、石化製品の製造といった下流事業に勝機が有りそうと言うか、そこしか入り込めないのではとのことだ。最近は車もハイブリッドカーや電気自動車などエコカーの普及や志向もあり、更には人口減等もあって、ガソリンの需要は縮小傾向にある。更には再生可能エネルギー採用や、エネルギー供給の多様化などもあって、石油業界にとっては厳しいものがある。海外では、こう云ったことを踏まえて、石油関連会社のエネルギーの多角化への志向に踏み切っている。例えば、フランス石油大手トタルの太陽電池への進出や、再生可能エネルギーへの事業拡大、そして、ドイツの電力大手エーオンの欧州のガス会社や電力会社の取り込みなどで、事業規模の拡大を計っている。日本も漸く石油だけに留まらず、電力やガスの取り込み(一体化)などで、規模の拡大を計る総合エネルギー企業へ舵を切っていく方針だが、日本は、合併後の2強でさえ、負債比率(資本に対する負債の比率:DEレシオ)が欧米メジャーの0.5倍以下に対して、3倍も多い体質(海外への資源開発投資費が、このところの資源価格の下落に伴って回収が難しくなっている。)になっている。国内の石油業界の合併は之で一応の終結状態だが、今後とも、合併による合理化の推進や、負債過多の体質を改善して行かなくてはならない。
2015.12.12
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今日は、路面が濡れていて、天気予報も雨だというので、ウォーキングは中止した。十分に休養が取れた。連れ合いはカーブスへ行く。***ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」の上下巻をやっと読み終えた。上巻に取り掛かったのは、9月のことだったので、延べ4ヶ月も掛かっての読了だ。最初の頃の話は既に忘れてしまっている。時あたかもCOP21がパリ近郊で開催されているので、地球環境という視点から、本書は、多大な警鐘を与えている本だと言える。本書では、崩壊を招く5つの要因を挙げている。1つは環境被害、2つ目は気候変動、3つ目は近隣の敵対集団、4つ目は友好的な取引相手、そして5つ目は環境問題への社会の対応ということだ。1つ目の環境被害は、人為的なもので、人が環境に与えている影響を軽視するか、考えが及ばないことで起こるものだ。2つ目は基本的には人知の及ばぬ自然がもたらすものだが、現在問題にされている地球温暖化(CO2排出)などは、この範疇で語られることが多い。3つ目は近隣社会との抗争に敗れる事によるもので、例として西ローマ帝国の滅亡が上げられる。4つ目は3つ目の裏返しで、善隣関係の国からの資源や支援が滞ることによって起こる。5つ目は、以上4件の崩壊原因があった時に対応する政治的、経済的対処のあり方である。本書に取り上げられた崩壊の事例は、次の通りだ。1.アメリカモンタナ州の話2.イースター島3.ピトケアン島とヘンダーソン島4.アメリカのアナサジ族5.マヤ文明6.ヴァイキング7.グリーンランド8.ルワンダ9.ドミニカ共和国とハイチ10.中国11.オーストラリア12.アンコールワットどれも単純な1つの原因に帰結するものではなく、すべからくこれら原因の複合的な結果として起こるものだ。モンタナの例は、自然を謳歌していたところに文明が入り込み、公害、水不足、森の伐採、牧草の不足などに付いて語られている。イースター島は、狭い島内の権力抗争で、巨大モアイの建造競争は、素材の石の運搬のための木材伐採による森林破壊をもたらせたというもの。ピトケアン島とヘンダーソン島の話は、島嶼という共に似て見える島も、近隣文明(食料)からの交通の便などの立地の決定的優劣が存続に大きく影響する例。アナサジ族は、人口増による森林伐採で、やがて水不足と言った経過をたどる。マヤも人口増、水不足、スペイン(大陸)からの病原菌、更には近隣国との闘争などが、崩壊の原因として挙げられる。ヴァイキングは、進出した土地の特性を理解しないままに、自分たちの流儀で通そうとした。グリーンランドでも、入植したノルウェー人が牛や豚を偏重したのに対し、彼の地はウシやブタの生息上は極めて困難だったことを理解しなかった。ルワンダは、人口爆発によるツチ族、フツ族の異常な闘争(之には宗主国ベルギーの思惑が絡む)の帰結。ドミニカとハイチは、成功例(ドミニカ)と失敗例(ハイチ)が共存する典型的な島だ。施政の方針が明暗を分けたと言うことだろう。中国については、我々にも深く関わる、環境問題に危機に直面している。この本に依らずとも動向が機になるところだ。オーストラリアは、鉱物資源が豊富な国という反面農作物にとっては荒廃した土地のようだ。両国とも現在環境問題ではこの先のやり方次第で、とんでもない結果を招請しかねない。要注意の国だ。最後にアンコールワットについて書かれていた。湿潤に見えるが、そうでもなく、降雨の偏在が、著しいという。そのため治水が、統治者の最大関心事だったようだ。何故滅んだか、その1つは、タイとベトナムに挟まれて、両方から締め上げられた故と言われる。先に挙げた5つの要素が単独で、文明や、国を滅ぼすわけではなく、それらが重畳して、やがて、どうにもならなくなって、アンコールワット(そこまで隆盛を極めていても)のように放置されることになると言うのが警告だ。
2015.12.11
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今日は、友人夫妻と知人夫妻等8人で回るゴルフ会だ。場所は、れいせんGC、インからのスタート。従って、ウォーキングはない。京都縦貫を通った。9:22 予定通りのスタートだ。No.10(超打ち降ろしの右ドッグ)はティーショットでチョロ、あり得ない。4打で、一旦乗ったが、傾斜で下り戻った。結局5打で乗り2パットだ。友人はパー。No.11(落下地点が狭い)は2打をダフリ、ボギー。他の3人とも揃ってチョロとは珍しい。No.12(短い打ち降ろし)は、1オンし、2パット目がだらしなく3パットで、ボギーだ。友人はパー。No.13(右手前に池)え!前回同様の左引っかけOB。プレ4からもチョロ届かず、3パットで、何やら怖い。他の3人はボギーとダボなのに。(特段の苦手意識はないのに)No.14(カート道にバンカー)は方向だけ○のFW。何と、3打アプローチが之も砲台GRから戻ってくる。ダボだ。友人はOB。No.15(距離の長いミドル)は1打、2打良く、3打でチョロし、3パットで、最悪。他の3人はボギーとダボ。未だにアプローチでヘッドが上がるのか。No.16(途中から左にクリーク)は1~3打までは好調で、皆と遜色ない。しかし4打で乗らずで、皆と差が付くダボ。No.17(広大な池越え)は1人だけ1オンだが、3人がボギーで、1人はダボだった。私も乗っていない組。ここは1度しか1オンの経験がない。No.18(2打から左ドッグの打上)はティーショットは良く、2打もまずまず、3オンしたが、痛恨の3パットで、ダボ。1人ボギーだったが、他の2人もダボ上がり。今日もどこか、しっくり来ない。前の女性の組で連れ合いは、結構頑張っているようだ。途中のコースでも良い当たりをするのが見えたし、No.13でもパーを取っていたようだ。(前半は私と4打しか差がなかった)No.1(最後打上)は、3打迄完璧だ。しかし、4打で届かず、此所が下手の所以だ。友人パーで、2打も差が付く。No.2(手前の脇に池)は3オンし、ボギーは、我が最良パターンだ。友人はOB、もうひとりもダボ止まりだ。No.3(なだらか下り)では、3打で痛恨のチョロし、1パットながらボギー。流石に友人はパーだ。他もボギーが1人。No.4(結構な高低の打上)は何と、またティーショットをチョロ。2打でやっと皆の1打に追いつく。4つで乗らず、2パットだった。友人はボギー。No.5(広い打ち降ろし)は一寸ダフリ気味で届かず。アプローチが超美技で、バックスピンのピン傍パー。皆を凌いだ。No.6(なだらか下り)はティーショットはただ置きに行くだけだ。詰まらぬ気分。2打は良かったものの、ライが左下がりで、3打目をOB。後は滅茶苦茶の11打。そこでも友人はパーだ。他はダボとトリプル。ここからが悪夢。No.7(右ドッグと谷)は友人のアイアン攻めをウッドに変えさせ、あわや左OBかと、一寸責任を感じ、逃げたのが右OBと言う結果。結局わりを食ったのは私の方だ。プレ4からもバンカーで、結果は悲惨なトリプル。友人は3パットで、ダボ。1人ボギーが居た。No.8(超ショート)は友人ともう1人が1オンのパーで、私はボギー、もう1人は3パットのダボだ。No.9(途中にクロスの池)は理想的に進み、3つでは届かなかったが4オンし、パーが何故入らなかったかと痛恨のボギー終了だった。最後まで一寸が付いていない。友人はパーで、他の1人もボギー、もう1人もダボという良い上がりであった。今日は正式コンペにはしないとのことであった。皆も悪かったようだ。それにしてもこの組合せでのプレイは、何故かしっくりとしたスコアにならない。連れ合いも後半は疲れた様子で、スコアには繋がらなかったようだが、楽しめたとのことだ。皆と回れるようになって良かった。帰りに雨が降り出したのも終わってからで良かったと、談笑の後、帰途に就き、高槻カントリー方面を通って帰宅した。
2015.12.10
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今日のウォーキングは休養のため中止した。連れ合いはカーブスへ。また、小学校の放課後学習会は不審男対策で集団下校を決めたため、中止だという。何という世の中だろうか。新聞紙上の忌まわしい事件が、こんな素朴な町にも迫ってきているのを感じる。***金星探査機「あかつき」の軌道投入が成功した。これで、日本で初めて独自の惑星探査が始まる。軌道投入とは、太陽を周回する金星(惑星)の軌道への投入と言うことで、従来の地球を回る軌道とは違う新しい、惑星軌道という意味だ。太陽の惑星は、水星、金星、地球、火星・・・と現在8つあるとされている。その地球近隣の金星の軌道への投入である。金星は、太陽から10,820万km、地球は14,960万kmの距離で、太陽を周回している。その差は、4,140万kmと言うことになる。中学か、高校の質点の物理学で習ったような、そして難しかったような記憶が蘇る。そんな大事業が成功したのだ。この成功も一筋縄ではなかった。2010年12月に一度金星周回軌道突入を試みたが、主力エンジンのトラブルで失敗した経験を持つ。衛星の軌道の運航のトレースは正確だったのだろうが、エンジンが不調では所要の推力が出せないわけで、やんぬるかなだ。しかしそれから5年あかつきは金星に近い軌道で太陽を周回していたわけだ。失敗から現在まで金星の上空、高度300kmから8万kmの楕円軌道を周期約30時間で周回し、大気の様子などを観測していた。そして今回、何と5年越しの執念が実った形だ。金星の質量は4.87E+24kgで地球の質量5.97E+24kgと大きさが似ている。地球を1.000とすると、金星は0.815と言う比率だ。大きさが似ているので「双子星」と呼ばれようだが、太陽に近いので、環境には大きな違いがある。金星の上空は風速100mの猛烈な風が吹いていて、硫酸の雲で覆われているというのだ。また、大気のほとんどが二酸化炭素(CO2)で、温室効果で地表付近の気温は約460℃にもなると言うとてつもない状態だ。このような地球と全く環境の違う、金星の気象を観測して、一体どうなるのだろうかと思うものの、その計測で、地球の誕生した手がかりが掴めるかも知れないというのだから、希有壮大だ。2010年のトラブルの原因は加圧用のヘリウムタンクから燃料タンクへの配管に設置された逆止弁(逆流防止用の弁)が閉塞したためと発表された。下町ロケットのバルブシステムだ。そしてその後、このバルブが遠隔で改善されたのか、今回の再突入に繋がった。2010年に失敗してのち、太陽の周りをあかつきが約11周する間に金星は約10周して「周回遅れ」になるため、その次にあかつきが金星と最接近するのは、2016年12月と2017年1月と算定されていた。しかし、そこまで待つには、あかつきの設計寿命は打ち上げ後4.5年とされているため決断が迫られたのであろう。2011年1月、JAXAはあかつきの軌道を公転周期がより長くなるように微修正して、金星が後ろから追いついてくるのを待つことで、再会合までの期間を1年短縮したようだ。それにしても、針穴にピンを刺すような仕事を4000万kmの彼方からやってしまうこの日本の技術力は凄いの一言だ。学生当時、航空を目指すものや、宇宙物理を志す者の頭脳に感心したが、今日の偉業は彼らによるものなのだと感動した。
2015.12.09
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今日は姉と連れ合いとの3人で、ゴルフラウンドした。場所はれいせんで、今日は京都縦貫を経由して逆回りで出かけた。高槻から行くには、山を2つくらい超えていく感じだが、高速道路からだと、最後の山が、つづら折れで、一気に上がっているのが分かるくらいにゴルフ場の標高が高いようだ。近くに霊仙岳という標高536mの山があるので、そう名付けられているのだろう。高槻カントリー倶楽部の標高は355mだというから、れいせんの方が、やや高めのコースと言うことになる。10:15アウトスタートで取っていた。一寸早めに言って身体をほぐして等と考えていたが、1時間以上前について、フロントで、9:15発でも出られますよと言われ、早めにスタートすることにした。身体がほぐれていないために、全体としては、湿っぽいことになってしまった。No.1(最後打上)は身体慣らしで、3打で、GR手前90YDだ。4打でオンは絶妙のピン傍でパー。結構行けるか。連れ合いは、後ろの組を気にして、焦りが見られた。姉は、ただただ、コツコツと進むだけだ。やはり年齢は如何ともしがたい。No.2(手前の脇に池)は最後のアプローチで、品のないゴロとなり、GRそばへ。PTでオンして、それからまた2パットだ。連れ合いのティーショットはまずまずだが、PTが雑である。No.3(なだらか下り)では、ティーショットは右ラフだが、2打をGR手前まで運びアプローチをピン近でパー。連れ合いは、3打をバンカーに入れたが、少しの差だ。9Iで良いと言うが、7Iが良かったと固執。方向に考慮が要ったのだが。No.4(結構な打上)は2打目を不発のゴロ、アプローチも決まらず、4オンで、1パットだった。連れ合いのティーショットは低いがまずまずだ。No.5(広い打ち降ろし)はもう少しで届くが、もう少し手前ならバンカーと言うギリギリだ。7Iで寄せ1パットのパーだ。連れ合いは、2オンしたが、それからパターで4つも叩いていた。PTがノー感だ。No.6(なだらか下り)はティーショットは良かったものの2打が駄目で、4オンし3パット。3人とも3パットだ。No.7(右ドッグと谷)は、ティーショットは理想的だが、2打以降で当たらず、GRでもまた3パット。連れ合いは疲れからか、チョロチョロを繰り返していた。No.8(超ショート)はやっとパー。2人は共に3パットのダボ。No.9(途中に池)は2打までは思惑通り。3打で右に痛恨のOB。打ち直して4打で乗って2パット。罰打2打。姉は最後ギブアップ状態だった。午後の状態は更に悪く最悪だった。No.10(超打ち降ろしの右ドッグ)は3打のあわやOBを免れ、ボギー。No.11(落下地点が狭い)は2打で届かず、ここもボギー。No.12(短い打ち降ろし)は、バンカーに入れ、3オンでダボ。連れ合いは、1オンしながらの3パットで、ボギーだ。姉もダボ。No.13(右手前に池)ここは鬼門か。左引っかけOB、打ち直しもOB。諦めて、プレ4からもチョロ、GR越え、などで、ここで力尽きた。最悪だ。No.14(カート道にバンカー)は頑張った飛距離が丁度バンカー辺り。入って苦労。アプローチもGR越えして、トリプル。No.15(距離の長いミドル)は右ラフに入れて、その後は惨め。青息吐息のトリプル。姉はここでは従来の良かったティーショットが出来た。No.16(途中から左にクリーク)はティーショットも、全く駄目で、途中にチョロが2回もあり、ここもトリプル。やってる気がしない。連れ合いと同スコアである。No.17(広大な池越え)はバンカーに入れたが2オンしてボギー。2人はどうせ池に入れるからと、池を避け、前から打っていた。No.18(2打から左ドッグの打上)はティーショットだけは超美技で、後は、最終パットの下りを決めて有終(?)の美か?連れ合いも1パットだった。
2015.12.08
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今日のウォーキングは山崎駅下から円明教寺口に上がり帰宅した。今日は、行きつけ医院で3ヶ月に1回の定期検査の日だ。70数回通っている良い顧客だ。相変わらず血圧は高めであるが、医者は一向に動じない、高い値が続いている割には、低めだからだろう。基本どうなろうと医者には関係のないことだ。連れ合いのカーブス行きに付き合った後、八幡での打ちっ放しに出かけた。1階打席は何時も満員で、2階の端の方で打ったが、ボールの供給機械が時々不調になると言った案配だ。***シリア起源のテロについてのまとめがあった。この紛争はもう4年も続いているというのだ。例によって、シリアを取り巻く各国の首脳と国の立場、相関図が掲げられていた。新聞の下部広告を除く、ほぼ3分の1がこの模式相関図で、文章ではなかなか難しいこれらの国などの関係を明確に語ってくれる。中核に、諸悪の根源であるアサド・シリア大統領、その横に、エルドアン・トルコ大統領、そして取り囲む形で、四隅にオバマ・アメリカ大統領、プーチン・ロシア大統領、サルマン・サウジアラビア国王そして、ハメネイ・イラン最高指導者となる。互いの関係を言葉で説明するのは、長くなる。根底は、宗教問題と、更には民族問題の混交したものだ。さらに、もう1つは、アメリカと、ロシアの中東に於ける覇権の問題だ。新旧、様々な問題の凝縮が此所にある。宗教的意味(勿論中東に於ける覇権確立だが)では、イランとサウジの代理戦争という形を取る。シーア派のイランは、アサド(シーア派の一派のアラウィ派)を推し、スンニ派のサウジは、反アサド(反政府勢力)を推す。そのためイランは、シリア(アサド)に革命防衛隊を送る。一方のサウジは、反アサドに資金や武器弾薬を送る。これが1つの根幹だ。弱くなったアメリカとロシアの確執の中、イスラム国台頭という、あたかも共通の敵への対処で、アメリカとロシアが、妙に結託して、トルコが脅かされるのを良しとしない。トルコが出てくるもう1つは、シリアに掛けて存在するクルド族への対応だ。アメリカが中東に固執していた1つの理由である原油に関しては、自前のシェールガス確保で、以前よりは薄まったことがある。アメリカは、ベトナム戦争のトラウマと、イラク戦争に於ける、結果的には道理の通らない戦争への反省がにじみ出ている。アメリカが、この地域の安定を望む必然性の低下が根底にあるのではないか。そうなればロシアの思う壺だ。ロシアは、クリミアや、ウクライナから耳目を逸らせると共に中東での橋頭堡確保が見えてくる。トルコは、オスマン帝国以来のロシアとの対立(敵は欧米でもあった)からロシアに思うようにさせるわけにはいかない。もう1つトルコには、問題とするクルド族の力を削ぐためにIS(イスラム国)と戦わせようとの腹もある。ISは無慈悲で残虐な集団だ。しかし、現在の国境を無理矢理引いた、西欧の無頓着な分轄(サイクス・ピコ条約)のよりもどしを意図している点で、多くの参入者を招き入れている。根底に西欧憎しとの発想がある。この様な根底を流れる各国の思惑を統一して、ISを殲滅することが出来るのか、それとも巨大なテロ国家が出来るのか、互いの小異を捨て、大同につかなければ、早期の決着はおろか、不安定な世界を更に混迷に至らしめることにも成りかねない。
2015.12.07
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今日は前夜夜更かしとなったので、ウォーキングは中止した。今朝は1番で、町内大掃除があり家の前の道路の溝掃除をした。私は最初から最後まで1ブロック間を徹底的に掃除した。後で、町内会から御茶と、軍手が配られた。夕方にはチャリティー・カラオケ大会の決勝がある。本来なら予選落ちの所、決勝進出者の都合が付かないとの辞退があって、繰り上げ当選と言ったところだ。連れ合いは、既に決勝進出が決まっていたので、一緒に参加出来ることを喜んでいたが、私としては少々迷惑な感じだ。テレビの採点だけで行くという、完全に実力ベースの採点だから、気まぐれなパネル採点の高得点(巧くなくても時々高得点が出る)が期待出来ないからだ。畢竟下位は免れることがないので、気合いが乗らないのも当然のことだ。チャリティーなのだからと言う言葉に乗せられてはみたものの、集まって面々を見ると、何れ劣らぬ猛者ばかりと戦意はますます失せる。参加者20人、2曲を歌ってその合計得点を競うのだが、テレビ採点法は1曲目にシンプル採点で、2,3段階に得点がアップする仕掛け。2曲目は音程が画面に出るなど、歌唱力、正確性、ビブラート、ロングトーンなどをきめ細かく機械が算定するわけだ。発声が良く、声が通り、音程が正確で、息長く続けて歌うなどといったことが求められるが、そのどれにも該当しない我流アカペラ屋にとっては、如何ともしがたいわけだ。1曲目の最初の2人はそこそこ低い点だった。しかし3番手は、我々のカラオケ仲間ではない女性で、「母に捧げるレクイエム」を歌い95点(総合結果4位)、続く我が仲間の「港やど」を歌う男性が、93点(総合結果5位)、そして、6番目の結果優勝者となった女性が「Everything」で、94点をマークした。歌い継がれて8番目「蒼い糸」の女性が95点と、1曲目の最高点を出した。わたしは14番目、「月の法善寺横町」で90点、続く連れ合いの「カスバの女」も90点だった。日頃高得点を出せない私が90点を出した満座のリアクションは、「ほぉー!」であった。でもそれまでだ。食事の後、2曲目が始まり、小数点3桁までの精密得点採点が始まった。1曲目と違って90点以上はなかなか出なかったが、4番目の我が仲間の男性の「夕陽燦々」で90.895点がでた。続く、前回優勝者の女性が歌う「夫婦仁義」が92.564点を出した。しかし上には上が居るもので、6番目の結果優勝者は「ごめんね」を歌って、2曲目の最高点の95.339点を叩きだした。1曲目も2曲目も、とても長い曲で、聞いていて、それでどうしたと言うんだ、と言った気分にさせられた。酒を飲みながら聴くカラオケではない感じだ。3位になった女性は「晩秋の恋」で91.915点だった。以降の人はなかなか90点以上が出ない。私は恥ずかしながら、「女の道」をしゃがれ声で熱唱したが、聴衆は拝聴してくれたものの、機械は評価せず、2曲目ブービーの80.259点だった。続く連れ合いの「波止場しぐれ」も88.766点といつもは90点を超えていたものの、今回は90点には届かなかった。ラスト前に歌った男性の「北へ」が95.236点と2曲目2位の得点で、総合結果も2位となった。この人の歌うのは、声が大きく、兎に角マイク要らずと言うくらいに通る発声だけで、情緒の欠片も感じない割には高得点が出る、そんな機械の仕掛けのようだ。総合で、連れ合いが10位、私は、ブービーの1つ上で、勿論5位までしか出ない商品には共にありつけなかったわけだ。波田陽区ではないが、残念!
2015.12.06
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中途半端になったが、今日から冬タイムに切り替え、5時に起床し、歩くことにした。今日のウォーキングは檜尾川橋から淀川に向かい堤終点を経由して帰宅した。冬は6時半頃にやっと白むので、それまでは、音楽を聴くだけで、本を読める時間が少ない。夏と冬の差がこんなにあるとは、何時も思うことだ。連れ合いがカーブスにエクササイズをしに行くので、同行し、その時間にイオンに設けられた椅子に腰掛けて、本を読むことにしている。丁度眠い時間になる関係で、歩いている時よりも寝ていることの方が多いかもしれない。また、之からはブログの内容は、特別の場合を除き、出来るだけA4で1枚程度に絞り込みたいと思っている。冗長にならないと言うこともあるが、ノルマ軽減的な意味合いもある。***「日本の車前へ」という記事で、車社会が大きく変化する見通しが述べられていた。100年前にT型フォードが登場して、20年間で、アメリカにいた馬1500万頭がほぼ全て車に置き換わったという。そんな話が100年の昔に方向付けられていたのかと一寸驚きだが、たった100年で、かくも車が輻輳する社会となり、その車もやがて、姿を変えていくことになるようだ。日本に車が走ったのは何時か知らないが、私が免許を取って車に乗り出したのは約50年前のことだ。アメリカで車が出来て、そんな夢のような移動道具(高嶺の花)があるのだと、夢のように感じていたのが50年経って、まさかこれほど多くの人が車に乗ることになろうとは思いもしなかった。当時も、裕福でないわが家が車を手にした時は、何と、学生の間で車に乗っているのは私だけだったというのも奇妙に感じたものだ。免許を受けるための、学科試験(構造)では4サイクルエンジン(勿論ガソリンエンジン)の「吸入―圧縮―爆発―排気」という流れを教えられたものだ。当時機械工学概論を学んでいた者は、構造の試験は免除するとか言った話もあった。今は、そんなレシプロエンジンの話は遠い過去の話になってしまいそうだ。私は今、ハイブリットカーに乗っているが、その昔教えられた、毎朝の仕業点検など、今では殆どしたことがない。車の信頼性が格段に向上したこともあるが、ボンネットを開いてもそこに何が納まっているのか掴み所が無くなったせいだ。仕業点検の意味が薄れたというか、殆ど必要なく車を転がすことが出来るようになったわけだ。そして之からは、ガソリン車からハイブリット(HV)、そして燃料電池車(FCV)や、電気自動車(EV)とその姿を変えていこうとしている。トヨタは2050年までには、エンジンだけで走る車の販売をゼロにするとの目論見らしい。他の自動車会社も概ね同じ方向に向いている。更には、車会社ばかりが車を作る会社ではなくなりそうな気配も感じる。自動運転や、ITによる、車であって車でない移動機関が誕生すると言った話だ。ハンドルのない車、話しかけたら、会話出来、様々な情報を与えてくれる装置。勿論自動運転は、車同士が衝突事故などと無縁にスイスイ走れる。過去100年でこれほど思いがけない激変をもたらしたことを思えば、この後の100年で、どんな姿になっているかを想像することは出来ない気もする。排気ガスなどの公害をまき散らさない(水だけを製造している)移動物体が、ハンドル無しに、スイスイと互いの車同士が、接触や衝突の事故すら起こさない世界が出現している。一寸考えられない社会が出現しているだろうか。それにしても、地球の陸地(例えば、日本という国の道路は限られている)陸地一杯に車が氾濫しているようになっているかも知れないわけだ。一体どうなっていくのだろうか。少なくとも全容が知れるまで長生きは出来ないが、何となく今の車社会が激変していくことが予感出来る。
2015.12.05
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今日のウォーキングは少し気張って(調子も良かったので)山崎駅下から長岡京を抜け向日町迄歩いた。帰りはJRで帰宅した。連れ合いは新聞で見たのか、今日と明日は、東寺境内のライトアップと金堂・講堂の仏像の20年ぶりかの特別公開があるという。しかし今日は殊の外寒いと言うことで、連れ合いも出かけるのを逡巡しているようだ。20年ぶりの開帳と言うことを聞き、更には、東寺は、前は何度か通り、五重塔を横目では見ているが、そう言えば、庭に入った記憶は随分遠ざかっている。思い立ったが吉日とのこともあり、下手をすると、20年ぶりのご開帳を見過ごすことにも成りかねないと、是非にも行きたくなった。どうせ外出するなら昼に映画でも観ようかと之は私の提案だ。007シリーズの「スペクター」だが、期待したほどの作品ではなかった。物語に必然性がないのは元々だけれど、カーチェースにしろ、ヘリコプターや航空機の活劇にしろ、全く陳腐に感じたのは我が成長故なのだろうか。イアン・フレミングの限界を感じてしまった。映画が跳ねて、そのままJRで京都駅に向かう。車で東寺を通り、京都駅に向かったことは数知れないが、京都駅から歩くとなると、やはり遠く感じた。今日は気張って、朝、向日町まで歩いていたので、ここで歩いて、優に2万歩を越えた。ウォーカーとしてはどんなもんじゃと言う感じだ。連れ合いは、東寺の北側の門(北大門)からはいるのはそう遠くもないと踏んでいたようだが、洛南高校を抜けたという記憶が既に30年近く前のことで、東寺の位置は変わらないにしても、環境は相当変わっていたようだ。北大門を捜しきれず、ともかくも東の慶賀門近くまで行くと、長蛇の列が出来ていた。流石に20年ぶりかと妙に感心しながら、こんな事なら東寺も、もう少し頻繁に開帳したら、実入りが上がるものをと、変に感じた。列に並んで徐々に進むこと20分くらいだっただろうか、やっと入園出来た。もう少し受付人数を増やせばいいものをと、20年に1回故の不手際かなと考えつつ、門を潜ると、ライトアップされた庭園が浮かび出た。どんどん奥に入っていくと、庭に移る紅葉はライトアップに栄えて、真ん中の池の水面に美しく映っていた。絵に描くなら、この池に映し出された、紅葉毎描くべしとモネになったような気分だった。東寺とは五重塔(国宝)しかないのか(勿論象徴的にそう思ったのだが)と思っていたが、当たり前のことだが、国宝の金堂や重文の講堂があるのだと妙に感心した。パンフレットで知ったが、建てられたのは室町時代と同じだが、今日ある姿は焼失で、それぞれ時代を異にしている。五重塔と講堂は江戸時代、金堂は桃山時代とそれぞれ再興の時は異なる。重文の講堂は室町時代とあるが、之も土台だけのようだ。金堂は一山の本堂で、十二神将が担ぐ薬師如来が、日光、月光の菩薩を従えるという典型的な配置だった。どれも重要文化財だとのことだ。入れ物が国宝で、中味は重文というわけだ。講堂は重文だが、中は様々な仏像の寄り集まりの様相で、真ん中に座しているのは大日如来であった。この他にも如来部と呼ばれる、中央には、五智如来とされる阿閃如来、阿弥陀如来、宝生如来、不空成就如来が鎮座していた。右脇には、菩薩部として、金剛波羅密多菩薩など五体が居ました。左脇には、明王部として不動明王他、四体が、睨みを利かす配置になっていた。更には周囲を天部と称される四天王の持国天、増長天、広目天、多聞天の他帝釈天、梵天が如来部を守る形で居ました。中央のひとかた偉く見える大日如来が重文で、脇にいる金剛波羅密多菩薩や不動明王、帝釈天、梵天が国宝なのは、どうしてだろうかなどと、思いつつ眺めた。彫る人の手、時代の古さなどが判断基準かと思うが、仏陀の世界でも、肩書きだけではないのかなぁと感じた次第。それにしても、仏陀の世界の複雑さを更に難解にした仏像の集合であった。これが、弘法大師の言う、立体曼荼羅の密教なのかと、仏教が、ある程度の(もしくは知を極めた)人々の間の存在だったのかと感じたわけだ。親鸞が庶民に仏教を広めなければ、仏教は遠い世界であったのかも知れない。仏陀に関しては、何度勉強しても未だに分からないことだらけだが、諸仏・仏の種類には如来,菩薩,明王,天部,羅漢,祖師等があり、如来は悟りをひらき、真実を悟った者で、菩薩は修行が十分になされ将来、如来となることを約束された者、明王は密教において憤怒の形相をした仏、天部は外国や異宗教の神様が仏教に取り入れられたものと言うことだ。久しぶりに仏の尊顔を拝した意義のある夜だった。
2015.12.04
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今日は雨のためウォーキングは中止した。連れ合いが女性だけのフィットネスクラブとかの「カーブス」へ出かけると言うので送っていった。詳細は分からないが、小1時間で、器具を使い、身体(筋肉)を鍛えるようだ。何で女性だけしかないのだろうか。デジタルカメラのリチャージャブルバッテリー(取り寄せ中)が入荷したとかで引き取に行ったが、品番の違う(・・・B・・・を・・・D・・・と間違ったらしい)のを取り寄せていたらしく、よもやと思って引き取る前にチェックして良かった。何とも最近の商品知識のない販売員には、困ったものだ。金額も約3500円と見積もられていたのが5500円と2000円も高いではないか。呆れた取り寄せだ。***洋画家、絹谷幸二さんの私の履歴書が掲載された。9月と10月は、キリンビールの社長(荒蒔氏)だったり、JR東海の名誉会長(葛西氏)だったりと企業人であるから、ほぼ類推出来る(とは言っても全く内容は違うのだが)範疇だと思うが、こと芸術家については、一体どんなことから芸術に惹かれ、どういった風に芸術に取り組んだのかとか、言う点に少々興味があったので読んでみた。私も芸術(特に絵画鑑賞)は好きな方だが、とは言うものの一生を芸術に掛けようなどとは一切思わなかった。勿論家庭が生活に余裕がなかったこともあったろうが、価値観を芸術に置けなかったと言うことだ。氏は私より年齢が1つ上なだけで、同年代である。少なくとも当時の世相では、芸術(文化系)というよりは理科系でないと言った風潮を感じていたし、親爺からして技術屋だったので、迷うことなく工学系の道に進んだ。だからといって、書を書いたり、絵を描いたりすることが嫌いだったわけではない。それは、趣味の世界のことなのだと割り切っていたように思う。まして、歴史や、地理などの方が好ましいと思っていた方だから、工学系はひょっとしたら、方向違いだったのではないかと時々思うことがあった。(今でもある)正直言って、絹谷氏が洋画家であることを知ったのは、この履歴書を見てのことだ。失礼だが、それ以前は名前も知らなかった。世間的に有名であるかどうかは私には関係がないのだが、ネット検索で、氏の名前を引けば、たちどころに出てくるので、極めて有名人なのだろう。ちょっと氏の作品を見たのだが、私にはぴんと来ないし、ハッキリ言って私は評価しない。子供に色彩の大切さを教え、奔放に色選びをさせたようなことが書かれていた通り、氏の作風は、赤を多用する、原色使いの作品が多いようだ。氏が洋画の道を歩んだ布石は、曾祖父からの家系を見る限り、何処にあったのかは、計り知れないが、生い経ちを読んでいると、微かに絵画を描くことで、何かを忘れようとしていた風にも思える。小学校時代の絵の先生が、強烈な印象だったのだろうか、その当時の担任の先生が、氏が最初に書いたのは富士山だったと言うことが書かれているが、現在の作品に富士山(赤が基調だが)が多いのはそのせいだろう。後に画家を目指そうとした時に「絵描きでは飯は食えない」と言われながら敢えて絵描きの道に進んだとあるので、基本的には貧乏で、食う物に困った経験がない故の、大らかな発想だったのではないかと推察した。そして、その道にはいると、類は人を呼ぶではないが、志が芸術・文学に向いた人達と交わることになっていくのが、おそらくは肥やしになっていったことだろう。勿論才能が有ってのことだろうから、その後はとんとん拍子と言うことになる。芸大進学、独自の道などと、芸術家にとっては、これ以上ない境遇で過ごしてきたようだ。サラリーマンに必要な、協調性や、体制への時とした迎合などを経験せずとも、自らの完成に任せて事を成せると言うのが芸術家なのだろう。この点では非常に羨ましい感じだ。イタリア留学なども、お誂え向きだ。芸術家ならずとも、日本に籠もっているより世界を見た方が幅が広がるのは言うまでもない。アフレスコに出会い、それを良しとしたのも感性からだろう。後は順風で、余り参考にはならないが、最後に紹介されていた作品「蒼穹夢譚」は一寸心惹かれるものがった。
2015.12.03
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今日は昨晩遅かったせいもあって、朝眠かった。ウォーキングは半分目をつむりながらで、高浜堤から堤終点迄を往復した。今日の小学校放課後学習会は時間が1時間繰上げだった。児童は2名欠席で、アドバイザーも1名は欠席していた。4人から音読を聞くことを頼まれた。算数の割り算では、自主練習をしたいとの子がいて、プリント以外の出題を頼まれた。4桁を2桁で割る辺りになると、少々時間が掛かった。算数では1m=100cmをベースに面積計算をm^2とcm^2で表すなど、単位の修得問題に挑戦していた。***昨日からCOP21がパリで開幕した。地球に住む全人類に関わる環境問題だが、「千言万語」を尽くすよりも「不言実行」を期待したいところだ。2週間前のパリは同時テロで阿鼻叫喚であった。テロリストは、自らの存在感をアピールするためにこの時期のパリを選んだようだが、COP21の本来の真摯な議論の時間を大幅にテロ対策に向けさせようとのことかも知れない。COPとはConference of the Partiesの略で、21は既に21回目の会合だと言うことだ。正式名称は、「気候変動に関する国際連合枠組条約」(United Nations Framework Convention on Climate Change)で略称はUNFCCC等と呼ぶ。要するに地球温暖化問題に対する国際的な枠組みを設定した条約ということだ。1995年に第1回が開かれ、地球の温暖化を何とかしないといけないという話し合いが持たれ、総花的には皆賛同したわけだ。温暖化の元凶CO2に代表される温暖化ガスの削減が肝だ。しかし、各国の事情もあり、全面的な合意とまでは至らなかった。そして、第3回目の京都で温室効果ガスの削減目標を定める「京都議定書」を採択した。しかし、この時、先進国は今まで温暖化ガスの出し放題で、之から追いつこうとする新興国(途上国)も同じ規制では不公平だ等と問題指摘があって、それではと、排出権を取引出来るなどと言ったことが導入されたわけだ。(元々温暖化ガスを出していない国はその権利を多く排出している国に売ろうとのことで、之は、一見地球全体から見ると、合理的にも見えるが、そもそも、方向としては間違っているのではと思う)しかも、この時、最大のCO2排出国のアメリカが、批准出来ず、やがて離脱するという不様な結果になったわけだ。それから後も、毎年会議は開かれているが、いつまで経っても、途上国と先進国との対立は平行線を辿って、揺れ動くだけで、更には、会議に出て耳に良い事言う割に京都議定書を批准しないのは言行不一致も甚だしい。そして回を重ねること21回だ。遅々として進展しないまま、今度はパリ同時多発テロだ。本気で地球温暖化防止対策を話し合えるのかどうか、注目したい。アメリカがやっと、削減目標(2025年迄に2005年比で26~28%削減)を掲げたようだが、中国は総花的に2030年頃をピークにCO2排出を減少させると言うだけだ。そして、両国(この2国で、世界のCO2排出の4割方を占めている)共、この数値達成を「義務」としてコミットすることには反対と言うから、骨抜きも良いところだ。途上国が主張する、之から発展していくための排出権は、認められるべきとする抵抗に対しては、途上国支援と言う形の拠出金(要するに金で解決)を謳っているわけだ。アメリカは、オバマ大統領が躍っても、国に帰って、共和党が天下を取れば、削減目標設定などすぐに反古になってしまう脆弱性を持っている。また、中国は、昨今の北京の空を見ても分かるようにPM2.5に代表される、環境汚染(石炭火力発電や自動車の氾濫)を見ても分かる通り、今は出したい放題で、これから先15年(30年目標と言うことは即ち)の間はCO2を出したい放題出すとの宣言でしかないわけだ。オリンピックや万国博では青い空が戻ったと言うことは、政府が規制すれば事が成るとの自信は持っているわけで、後15年もすれば、一応の発展には目処が付くし、その頃には、環境保全の切り札的技術が生まれるだろうくらいに思っているのではないだろうか。この夏、アメリカの推定によると、中国では大気汚染で毎日4000人が死亡し、6人に1人の早期死亡を招いていることが発表されたとかで、さらには、中国では微小粒子状物質(PM2・5)などで汚染された空気が心臓や肺、脳の疾患を誘起し、毎年160万人が死亡していると推計している。ともかくも、温暖化ガスの最大排出国のアメリカと中国、更には、次なる発展途上のインドなどの規制への取組や、ロシアの本気度が、いよいよ問われることになるだろう。
2015.12.02
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今日のウォーキングは山崎駅下から円明教寺口に抜け帰ってきた。思い立って、映画「黄金のアデーレ(名画の奪還)」を見に出かけた。クリムトの名画が、ナチスに奪われ、その後、ナチス(ドイツ)からは取り戻され、オーストリア美術館の所蔵とされていたが、やがて、苦難の裁判を経て、肖像に書かれたアデーレの実の姪に当たるマリア・アルトマンの手の戻るという、数奇の物語(実話)を映画化したものだ。この絵画は、現在「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像1」として、ニューヨークのノイエ・ガレリエに展示されているが、それまでの経緯を史実に基づいて克明に、感動的に再現している。映画を観て、作品の流浪の経緯を知ったのだが、クリムトによる絵画そのものの良さとは別に、ナチスが如何に横暴な所業を行っていたのかとか、オーストリア政府が、この作品の帰属の正当性を主張して、なかなか手放さなかったと言った、迫真のやり取りが、感動的に描かれていた。ナチスが、第二次世界大戦中にホロコーストでユダヤ人を大量虐殺したことは誰でもが知っている。そのナチスによるユダヤ人への迫害や支配の様子に絡め、当時のオーストリアのユダヤ人がどのような政情の下で暮らし、どのように扱われていたかの一面を知ることが出来る。1つの家族を通じて知る得も言われぬ恐怖と、むごたらしさは、直接的な殺戮の場面でこそないけれど、多くのユダヤ人が、狩られていった恐怖を充分に表していた。ナチスによる民間の家庭(裕福なユダヤ人家庭)からの美術品の強奪を、一旦は返されて、クリムトの母国であるオーストラリアの美術館が所有したところで、普通なら良しとして諦めるところだが、マリアに雇われた、若い弁護士は、オーストリア政府を相手取って、訴訟を起こすというとんでもない(と思える)行動に出るのだ。実の姪であるマリア自身も、もうこれ以上無理だとして諦めるなか、弁護士の意志は硬く、何か憑かれたように突き進むのである。世界的な名画(オーストリアの宝と言われる名画)も、マリアにとっては、身内の叔母のたった1つの肖像画である。法廷の場では、如何に政府が手放したくないというものの、しっかりとした法的根拠で、マリアに帰属することを諄々と説く弁護士の主張は、素晴らしい感動をもたらせた。ナチスが横暴にも、他人(ユダヤ人)の家に勝手にズカズカと入り込んで、強奪したと同じ事を、穏やかにではあるがオーストリア政府が、今、行おうとしているのだという辺りは、すがすがしさを覚えるが、またその訴えに正しく反応した、審査員(最後は最高裁の判事達)の決断もまた素晴らしい決断であった。何処か、隣国の身勝手な裁判所の判決(盗んだ仏像を返却しないでも良いという判決を下した)などとは大違いだと言うことを比較して、何かしら、複雑な気分にさせられた。名画の裏に織り込まれたこの様な物語は、この名画を、更に得難い貴重なものに思わせる。巨大な権力構造の中でも、理のあるところに勝利が有るのだとする、少々さわやかな気分に浸れた。こういった劇場で得た感動を、なかなか文字で表現出来ないが、今日は久しぶりにいい映画を観たと一寸満足した。クリムトの絵画としては、私は、中央旅行中にウィーンのベルヴェデーレで見た「接吻」の方が、好きだが、本映画の「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像1」は紛れもなく、クリムト自身の作品を代表するものであると言える。1907年に完成されたこの絵画は、2006年に当時としては史上最高値の156億円(135万ドル)で、エスティ・ローダー社社長(当時)のロナルド・ローダーに売却されたという。今でも、ピカソやゴーギャン、セザンヌと言った画家の作品が高値で取引されている。この間も、モジリアーニの「横たわる裸婦」が210億円で落札されたという報道もあった。一寸加熱しすぎているようにも思えるが、素晴らしい作品は、人々の心に感動をもたらすことも疑いない。名画に劣らぬ、感動のヒストリーを見ることが出来て、満足だった。帰りに、今週末のカラオケ大会の練習のために歌って帰ったことも付記しておく。
2015.12.01
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