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今朝は、昨夜の計画としては近接するゴルフ場を歩こうかと考えていたが、少し起きるのが遅くなったので断念した。どうやらこのゴルフ場(能登ゴルフ俱楽部)は27ホールある広いゴルフ場のようだ。5時15分に朝風呂に入りに行った。既に10人程度の客は風呂に来ていた。通常なら、中国語が飛び交うのが常だが、ここは、余り中国人の姿は見かけなかった。彼らの爆買いの対象になる店がないと言うことが返って幸いしたのかも知れない。朝食はご多分に漏れず大講堂でのバイキングだ。早めに行ったのだが、10分足らずで、講堂は満員になるくらいの盛況だ。中国人を見かけないのは、ここでも同じだ。朝食を設えてあるが、見た目ほどに美味しそうなものは少なかった。昔はバイキングとなると、せっせと食べなければ損をするのではといった強迫観念があったような気がするが、最近は、自分の体調に合わせて、量も加減できるようになっている。歳を取ったと言うことなのだろう。食休みして、9時前にゆっくりとホテルをチェックアウトした。勿論昨夜の7台のバスは既に出発した後だ。玄関先のホールに今日の宿泊予定の表示が掛かっていたが、やはり7グループの能登巡りなどと言った2-3日の国内バスツアー客が来ることが予定されていた。まぁまぁホテルも回っているなと言う感じだ。さて今日は富山に向かう。連れ合いの第1番の目標だという、富山の公園の日本一綺麗な(案内にはそう書いてあるとのことだ)スターバックスコーヒーショップに入るというのが眼目だ。その前に、テレビのコマーシャルで、砺波のチューリップ公園が映し出されていた。今が最盛期と言うことらしく、一面に色とりどりのチューリップが咲いているのが見えた。ではそこを通っていこうと、先ず砺波へ向けて出発した。砺波のチューリップ公園までは、少し戻る感じだが、目的地への通り道で、抵抗感はない。金沢森本ICから北陸道に入って砺波ICで降りるとすぐに公園に行き着く。ホテルからは80kmほどで10時過ぎには到着した。それでも、既に駐車場は車で一杯で、増設した駐車場に案内された。公園にはいると、色とりどりで、形も種類も様々なチューリップが植えられていて、絶好の天候に恵まれて、華やかな感じだ。おそらく世界中の種類が此所にはあるのだろうといった具合で、百合や、ダリアに見まがうほどの種類もあった。幼稚園児や小学生などが先生に連れられて、場内を歩いたり、スケッチをしたりしていたが、公園には子ども達がよくフィットしている感じだ。スナップ写真を数枚撮り、10時半には公園を後にした。砺波から富山のホテルまでは、どれほどの距離もなく、ホテルに入るにはまだ早いので、先にスターバックスのある公園(環水公園という)に向かった。ホテルとは車でならごく近い距離だ。12時半前に到着、お目当てのスターバックス珈琲店に入った。この環水公園は、広々としていて気持ちが良く、且つ無料の駐車場が併設されているのがまた良い。スターバックスそのものは面積も狭く、なんと言うことはなかったが、立地が、公園の一角で、周りの人口運河などに囲まれた環境は抜群といったものだった。日本一環境の良い店と言うことだろう。私と連れ合いは、いつものようにカフェオレと紅茶を飲んで一時を寛いだ気分で過ごした。運河を通る船が有るとのことで、乗り場に向かったが、何と、今日は平日(役所的には)なので、2時には最終便が終了してしまったとのことだった。陽も高いし、もう少し遅くまで運航してはどうかと思ったが、昨年までは、平日は休んでいたのを今年からは2時まで運航しているのだとの説明で、流石、県が手配した施設なのだと妙に感心した。やむなくホテルに向かったが、ホテルは、富山駅から少し離れた場所だった。所在ないので、車を置いて、近くの富山城址公園を散策した。連れ合いの足も、何とか散策に耐えるくらいにはなっているので、富山の町の一角を観ることができた。そこから市電に乗って富山駅までは、数駅で着く、富山駅は新幹線が出来て未だ日が浅いせいもあって、駅前は完成途上と言った感じだ。特に珍しくはない駅だが、中二階の休憩スペースに上がるエレベーターが油圧式のものなのは珍しかった。土産を買って、市電でホテルまで帰って、最上階の立山連峰が見える露天風呂で疲れを癒した。昨日のホテルと違ってサウナの温度は80度と低く、何か物足りなかった。ホテルから、スペイン旅行以来懇意にしているお宅に電話をしたが、奥さんがインフルエンザから立ち直ったところだったようだった。
2015.04.30
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今日は能登へドライブに出かけるので、ウォーキングは中止した。カーナビを能登ロイヤルホテルにセットし、8:00に家を出た。名神高速から北陸自動車道へと言ういつものコースだ。大型連休の初めにはなっているようだが、まだ本格的な連休までには間があるようで、道路は差ほど混んではいない。しかし念のために最初は京滋バイパスを通ることにした。感覚的には京滋バイパスの方が遠いような気がするが、名神の方が渋滞の可能性が大なので、通常は京滋をとることが多い。東京方面なら、草津JCTで分岐するのだが、今日はそのまま名神を走ることになる。三上山(近江富士)を過ぎ、アウトレットで来ることがある竜王を過ぎ、一気に走って9:14分には米原JCTを通過する。連れ合いにとっては朝起きたのが早かったのか、ふと気がついたようで、もう米原かといつものように呟いている。若い頃にはスキーで良く通った道なので、1時間程度(約100km)で通過することは感覚的に分かっているようだ。急ぐ旅ではないので、休み休み行こうと計画していたが、北陸自動車道のSAは余り大きな所や魅力的な所はなく、またしても賤ヶ岳SAにて最初のストップをした。出発後1時間半経っていて、距離は140kmである。さしたる用もないので、15分ほどで出発した。以降は、快調に車が自然に走るという感じだ。やはり、東名高速のような交通量はないので、走りやすい。敦賀JCTの分岐点を過ぎ、武生、鯖江と通過して、恐竜博で良く来る福井を過ぎ、車は石川県に入り、加賀、片山津、小松と快調に進む。カーナビは、金沢東で降りるように促す。出発から276km、3時間20分経過している。予め詳細なコースを頭に入れていた昔と違い、現在は、カーナビ任せで楽ではあるが、一体自分はどの辺を走っているかは、余りよく把握していないと言うことになる。ともあれ、連れ合いが指摘する、羽咋方面との標識があるのでその道を選ぶといった状況だ。暫くは一般道路を走ることになる。道路に色は付いていないが、途中から緑の看板の「のと里山海道」という自動車専用道路が目に付く、昔は有料道路であったようだが、現在はフリーウェイだ。躊躇無くその道を選ぶ。専ら海岸縁を通るので、里山海道とは妙な名前だが、羽咋の先は山に入るようで、その両方が味わえるとの事らしい。石川県の西側の背骨を通るという感じだ。道の駅高松で2度目の休憩を取る。海岸に近い、海の香りがする広々としたSAだが、規模は小さく土産物も差ほど置いてはいない。ここでも15分程度の休憩で出発する。後はもう目と鼻の先で、能登ロイヤルホテルに到着する。あまりに早く、昼食もまだなので、辺りに何か食べるところはと暫く車を転がしたが、隣にゴルフ場があるだけで、全く何もない場所だ。そもそも、ロイヤルホテルの成り立ちは、ゴルフをする人を対象にゴルフ場の近傍に立てるということらしく、何処も、周りは何もないのは珍しくないとのことだと連れ合いの解説だ。それにしても何もないので、仕方なく、再度ホテルに帰着したのが13:00で、合計5時間のドライブとなったわけだ。距離は約290kmと遠いようでも案外近く、道中車の量も少なかったので、疲れも殆ど感じないほどだ。東京方面に行くよりずっと楽だ。足を伸ばして、輪島に行くことも考えたが、朝市はとうに終わっているだろうし、往復は疲れるだけだと断念した。若い頃バイクで珠洲市や録剛崎を回った元気は最早無い。そのまま、人影のまばらなホテルの食堂で、昼食を採った。こんなに空いているのでホテルはやっていけるのか流行といった感じたが、確かめると、今日はツアー客などバスが8台来る予定だとのことだった。他人事ながら一寸安心する。後でホテルの部屋から駐車場を見下ろすと、バスは7台、乗用車は見える範囲で、50台以上駐まっていた。人口温泉で汗を流し、特に夕食を予約していなくて、適当に併設のレストランで済ませたが、1箇所だけが細々と営業しているといった具合で、わびしい感じだ。かくして、ドライブだけの1日目であった。
2015.04.29
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今日のウォーキングは気分を変えて山に向かって歩き始めた。尺代地区への新しい道も供用に付されている。その分岐点から新しい道を歩いて、途中、諏訪神社に立ち寄り、新しく架橋されたながどり大橋を経由し、尺代のグランドまで上がってから帰宅した。新しい構造物が出来ると、周囲の風景が一変するが、旧態はどうであったかを思い出すのは難しくなる。***2030年の電源構成について、また言及があった。2030年の電源構成が具体的な数字で示されている。更に主な電源の発電コストの試算もされている。(新聞記事は29日付)同じ細胞(政府)が示すのだから、そんなに違った数字になるわけもないが、発電コストの計算がどのように行われているかを示す仮定や途中の計算は見えない。従って、我々一般国民は、試算された結果しか見えないので、その計算が妥当な仮定に基づくものかどうかを判断できない仕組みになっている。結果を転記すると、次のような按分になる。比較のために2013年度の実績を括弧内に転記する。再生エネルギーの導入比率は全発電量の22~24%(11%)を目論むとのことで、内訳は太陽光が7%程度、風力が1.7%程度、地熱が1%程度、水力が9%程度そしてバイオマスが4%程度とのことだ。個々の再生エネルギーの2013年度分の値は書いていない。さらに原子力は20~22%(1%)で残りの56%(88%)が火力と言うことになる。火力の内訳は石炭が26%(30%)、LNGが27%(43%)そして石油が3%(15%)との内訳だ。新聞では円グラフで2013年度実績と2030年度の想定が書かれているのだが、円グラフでは2013年度の原子力は1%と言うことになっている。東日本大震災で多くの原発が停止していたために分担比率が小さくなっていると思われるのだが、新聞記事の解説の中には2013年度の原発は28.6%の比率であると書かれていて、それを20~22%に減少させたというストーリーになっている。(辻褄が合わない)原発を6.6%減少させたやに見せ、その値を2030年時点で、やや戻すのだ(20%以上)としているわけだ。しかも、その値は、再生エネルギーの目論見値よりも約2%程少な目にしてあるという苦労の作品のようだ。しかし、考えてみれば、原発が稼働していないときでさえも、停電や、極端な不合理は起こっていないわけで、安全性を危惧する国民サイドの目線を払拭するに十分な説明とはなっていない。何故原発を再稼働して割合を戻すのかについては納得がいかない。その切り札的説明が地球温暖化に繋がるCO2を出さないということであり、発電コストが低いと言うことを挙げているわけだ。発電コスト[1kwhの発電にかかるコスト(円) ]の解説では、次のようになっている。今回の試算と共に、2011年に試算した結果を括弧内に示している。その結果、原子力は8.9 (10.1) 円/kwhで、見直し後若干高くなったものの、他のどんな電源よりも安いと言う誤魔化しのような値を掲げている。因みに、原子力に限って言えば、この発電コストは様々に揺れ動いていて、どの値が正しいのかなどと言うことは素人には分からない仕掛けだ。1例を挙げると2009年頃には4.8~6.2円/kwhと極端に低い値が試算されていた時期もあった。東日本大震災を経験して、事故後の対応や事故が起こってから掛かる(おそらく想定外)費用・廃炉の費用などを見積もっていなかったなどと言うこともあったのだろう、そのコストを一気に8.9円/kwhに引き上げたという節がある。(十分かどうかは分からない)しかしこの値の中に、放射性物質の廃棄に関する諸費用が含まれているかどうかは示されていないし、勿論最終処分地を何処にするのかさえも決まっていない。(決まっていないのだからどれ位コストが掛かるかは分からないわけで、試算に入っていないだろう)こんな目眩ましの結果を鵜呑みにして、決められた電源構成は、とても承伏できる(納得できる)ものではない。更に、今日の新聞の電源構成の記事のその裏面で欧州に於ける風力発電(洋上)や太陽光発電に言及している。風力発電は巨大化していて、毎年、12基の原発相当分が増加しているとの記事もある。日本での風力発電は2030年にたったの1.7%の発電比率しか考えていないと言うことだから、本気で脱原発の方向に進む気がないこと(先ず原発ありき)は明らかだ。再び凶となる結果が起こらないことを神頼みするしか現時点ではないようだ。
2015.04.28
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今日のウォーキングは山崎駅から西山天王山を経て更に長岡京を越え西向日迄歩いて、帰りは阪急電車に乗って帰った。***連れ合いが、パリの風景が見られるとのことで、映画「王妃の館」を観に出かけた。イオン桂川では上映をしていないようで、高槻のアレックスシネマで観ることになった。映画の前宣伝で、パリのカット画面を集めた紹介のテレビ番組があった。パリで圧倒的な知名度を誇る「王妃の館」と呼ばれる超高級ホテル「シャトー・ドゥ・ラレーヌ」の話なのだが、恥ずかしながら、そんなに有名なホテルがあるなどと言うことは、この映画を観るまで知らなかった。それもその筈、200万円のツアーで泊まるようなホテルなのだそうで、そもそも関係ないとは言いながら、パリのどの辺に位置しているのかさえも知らない。そんなハイブローなホテルもご多分に漏れず、やりくりに困って、同じスイートルームを昼夜でダブルブッキングすると言った途方もない話の仕立てであった。原作は直木賞作家の浅田次郎で、登場人物は売れっ子作家と銘打った北白川右京(水谷豊)と言う具合だ。浅田次郎は、時あたかも2015年の紫綬褒章(この話が丁度話題になっていた)を受賞したと言うことがテレビで報じられていた。あまり小説を読まない私も「八甲田山死の彷徨」という同氏が書いた本を読んだことがあるが、本作品(王妃の館)はそんなシリアスな話ではなく、コメディータッチだった。セーヌ川や、ベルサイユ宮殿など、本番の映画には出てくるものの、紹介のテレビ番組のものよりあっさりとしていて、しかも短時間で期待はずれだった。宣伝のテレビ番組では出演者が、「楽しめる映画です」と言っていたが、なるほど本人達は、長期滞在ロケで随分と楽しかっただろうと想像するが、観る方は差ほどでもないというのが率直な感想だった。映画のストーリーを追う為には仕方のないことかも知れないが、宣伝フィルムに比べて、本番のパリは余りにもさらりと描かれているだけだったからだ。パリの風景や建物そのものを見せるだけの映画ではないのだから仕方ないことだろうけれど、宣伝は明らかにオーバーであった。10日間で200万円という豪華ツアー客と、同じく10日間で19万円という格安ツアーを同じホテルの同じ部屋を夜と昼をそれぞれ使ってダブルで儲けようとする旅行社とホテル側のどたばた喜劇タッチなのだが、荒唐無稽と言うにもあまりにお粗末な設定だと思った。太陽王と呼ばれたルイ14世とその息子の話も、ホームドラマのようで、何となく場違いな取って付けたような感覚であり、設定であった。しかし、小説や映画というものは、この様にして作られるものなのだと言うことを学んだ気分だ。どたばた劇というものは、この様にして作られるものかと言う感想だ。撮影は、1年前に行ったとかで、ルーヴル美術館、セーヌ川、ヴォージュ広場が垣間見られるし、ヴェルサイユ宮殿は鏡の間などがほんの少しだが窺い知れる。特に感心したのは、フランス人のエキストラだ。あたかもベルサイユに自然に見学に来ているという状態を巧く表現していた。ここ(ベルサイユ宮殿)で、ロケを敢行するには大変な手続きが要っただろうなと言う裏話の方に興味があった。なにしろ、世界の観光客が集まる場所だから、このシーンを撮るために相当の犠牲が要っただろうからだ。さぞかし特別な許可と、厳重な警戒の下に撮影されたものであろう。私は、願わくば、オルセー美術館の内部をじっくりと見たかったのだが、性質の違うこの映画に多くを望んでも仕方ない。一寸したパリを垣間見るだけの映画だった。
2015.04.27
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今日のウォーキングは檜尾川橋から愛仁会迄歩いて、折り返して帰宅した。連れ合いも単独で散歩に出る気になったようで、今日は孫に会いに行ったようだ。私も途中から合流した。***水素社会がやってくる。このところこんな記事が目に付いた。(田中東芝社長、安井東大名誉教授、佐々木九大主幹教授、塩沢国際環境経済研究所主席研究員らの論評参考)現在日本では一次エネルギー供給の90%強を化石燃料(火力発電)に頼っている。世界的に見ても、新興国の化石燃料消費は年ごとに増しており、2050年には現在の約1・7倍に増加すると見られている。このまま推移すれば、資源の確保や価格の高騰は元より、化石燃料枯渇の問題や、二酸化炭素排出による地球温暖化で環境破壊が目前となってくる。そこで、水素を利用したエネルギーが注目されている。二酸化炭素(CO2)を排出せず、環境に優しいクリーンなエネルギーとして、実用化が視野に入ってきたようだ。既に家庭で電気を作る(節電する)とのことで家庭用燃料電池(エネファーム)が実用に供され(累積販売台数10万台突破)、トヨタは水素で走る燃料電池車(FCV)「ミライ」を発売するなど、水素をエネルギー源として活用する動きが始まっている。(2030年には約40万台予測)これら水素インフラ市場は2030年には37兆円(40兆円とも)との予測が成されているが、FCVで7.1兆円、エネファームで5.1兆円と水素社会の基軸を成すとみなされている。さらに、2050年には120兆円になるという試算もあるそうだ。そして、将来の展望としては、大規模水素発電や水素還元製鉄、水素ジェット飛行機、燃料電池鉄道車両なども考えられている。実現に向けての課題は、水素の製造、貯蔵・輸送、発電の各段階でエネルギー効率アップとコスト削減を考えなければならない。しかし、エネルギーの大半が水素で置き換わるかと言えば現段階の見通しとしては、そこまではならないとの見方で、むしろ燃料の調達コストが高い離島などの地域分散型に利点があるという。現実に普遍的な広がりを見せるのは50年先のことだろうとの見方がある。地球温暖化問題が切羽詰まり、いよいよ水素の登場が切望される(CO2フリーには之しかない)といった段階が来ないと、なかなかエンジンが掛からないと言うことのようだ。現状の日本では、一般の国民レベルでは、そこまでの逼迫性が感じられていたい。この点の宣伝・啓蒙も必要だとのことだ。そろそろ動き出したFCVでも環境に優しいものの(エコロジカル)、現段階ではハイブリッド車の方が経済的(エコノミカル)だと言ったことで、一斉にFCVに流れるような情勢にはない。勿論、FCVを走らせるためには、多くの水素ステーションが要るわけで、車そのものとステーションがお互いにバランス良く増加するしかないと言うことだ。政府が真剣に且つ強力にエコロジーを考えて、水素ステーションを造るなど水素インフラの充実に対して音頭を取らなければ、なかなか進まないだろう。私見だが、環境に優しい(CO2排出が少ない)ことや高エネルギーを得るという目先に捕らわれ、その結論を安易に原子力に頼る状態が続けば、おいそれと理想的な水素社会はやってこないだろう。日本が世界に先駆けて、クリーンでしかも安全なエネルギー社会を作るためには不断の努力が求められる。大量の水素を得るためには化石燃料からの改質による方法と、太陽光や風力などの再生可能(自然)エネルギーから精製する方法があるが、日本では大規模に自然エネルギーを確保するには気候の変動が大であるとか、変動が激しい(日射強度や日射量)とか条件的に不利な面がある。こういった意味から、水素を海外から輸入するという選択肢もある。この点に注目すれば、海外からの輸送や貯蔵に関してさらに突っ込んだ研究と方策が採られなければならない。水素は水の電気分解の過程からも生成できるもので、こうしたエネルギーを蓄えておく燃料電池などの効率的な利用によって、より平滑化されたエネルギー利用を達成できる。現在、化石燃料を多用しているのは、発電(40%)や製造業(22%)だとのことだ。これら業種が消費するエネルギー源を化石燃料から水素エネルギーへ大幅なエネルギー転換をもたらすことが、理想的なエネルギー時代(水素社会)実現への大きなポイントになるであろう。
2015.04.26
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今日のウォーキングは一寸長目で、山崎駅から円明教寺口を過ぎ西山天王山駅まで歩いて、折り返して帰宅した。土曜日は、通勤するサラリーマンの姿もないので、のんびりとした気分になる。本日、一昨年から歩き始めて630日(ウォーキングと決めての実働は383日で稼働率は61%)となり、歩数は800万歩(ウォーキングした日もしなかった日も含めて)を越えた。距離にして約7686kmといったところだ。1日の平均歩数は1万2700歩、歩行距離にして11kmとのデーターになる。夕方には連れ合いと近所の小学校辺りまで散歩した。多少の違和感はあるようだが、共に散歩できるまでになったことは感慨深い。***ムーアの法則(Moore’s Law)というのがある。インテルの創始者の1人ゴードン・ムーア博士が1965年に経験則として提唱した、「半導体の集積密度は18~24ヶ月で倍増する」という法則である。難しいことは別にして、半導体は、電気機器や、パソコンなどのCPUやメモリーなどに使われている物であり、この性能如何で、パソコンや機器の能力が違ってくると言うことになる。(小型化、即ちアップルウオッチのようなウエアラブルにも及ぶ)その半導体だが、これまで進歩してきたのは微細加工技術のおかげで、加工サイズが細かくなるに従って性能が逆比例的に向上するという道を辿ってきた。半導体の集積密度を上げることで性能アップを図ってきたのだが、このまま微細化技術を進展させていくとしても2010年代には微細化が原子レベルにまで到達し、ムーアの法則は通用しなくなってきたと言うことだ。ここで命数法の助けを借りるのだが、1970年代は線幅が10μm(マイクロメートル)で対象は電卓やラジオであった。1980年代にはデスクトップパソコンに使用される線幅3μmとなり、1990年代前半は適用がノートパソコンに展開され線幅は800nm(ナノメートル)、更には350nmへと進んでいった。2000年代に入って、携帯電話やスマートフォンに適用するに至って、年を追う毎に線幅は180nmから95nm→45nm→20nmと5年毎ぐらいに微細化は進んでいった。この様に半導体の性能は、一重に線幅を如何に細くするかの加工技術(テクニック)の進展に終始してきた。この様にトランジスタを小さくする微細加工の技術がムーアの法則を支えて来たわけだ。ここに来て、加工サイズは微細化するあまり原子サイズに近づいてくるため物理的な限界も見え始めているようだ。理論的にはこの微細化でも7nm程度は可能かと見られているが、それ以上は、物理的制約で無理だとの細分化技術の限界が近づいているということだ。ここで、考えを元に戻して、半導体を平面処理からセルを積層することで立体的な3次元積層構造へと形を変えることで集積度の改良を図っているとのことへ技術志向が変わってきた。微細化の技術世代を一旦40nm前後まで戻し、層数の増加で容量を確保しつつ、この時点で余裕を以て微細化を再び進めることにしているという。半導体の設計思想が、線幅のみの微細化に捕らわれた時代は終わり、ムーアの法則が終焉を迎えているのだという。ただ、微細化にのみ頼っていた半導体の性能向上が、多様な方法で性能向上を図る時代になってきたということであり、ここに来て半導体の性能アップのためのブレークスルーが求められているとも云える。多様な考え方を導入しなければならないと言うことで、そんな隠れた技術革新が今後のIT界を支えていくことになるようだ。技術に終わりがないということだろう。
2015.04.25
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今日のウォーキングは高浜の堤に出て堤終点で折り返し、帰りは上牧の堤から降りて上牧駅を通って帰宅した。高浜の堤に出たとき丁度日の出を迎えた。***国内の携帯電話の端末メーカー各社は2017年(2年後)以降従来型携帯電話(ガラケー)の生産を中止すると発表したようだ。何時までも従来型の携帯電話を使っている人(未だにガラパゴス系の電話を使っているとの揶揄を込めマダガラといった)もあと2年の内に強制的に変更を余儀なくされることになる。詳しくは年寄りなどが使うために形式的には残すようだが、それでも新規の開発は止めるし、販売もしないのだから、徐々に廃れていくのを待つばかりとなる。2003年の携帯電話は全てガラケーだったわけだが、2011年この方スマートフォンと呼ばれるタッチパネル式がほぼ半分を占める形で両者は共に存続していた。旧型の携帯でも、インターネットにつなげるサービスがあったが、やはりスマートフォン(特にアップル社のiPhone)の方に人気が集中して、やがては消滅する運命にあったようだ。年配者(に限らないが、一般的に)は新しくスマートフォンを導入するか、ガラケーを新たなサービス無しで使い続けるかしかない。故障に対する受付部門は残すとはいうものの、何処か関連子会社に丸投げして、十分なケアは行われないことだろう。使ってみると存外スマートフォンの方がどれだけ便利だか知れないのだが、使ったことのない人、使う頻度が少ない人には面倒なことになる。以前に私がソニーのパームトップで発売停止を知らず、新規購入して、その後故障を直して貰うのに往生したことを思い出す。メーカーというのは存外冷淡なもので、新しく便利なものができると旧タイプは置いて行かれるのが常だ。勿論全体的に見ればそれは当然なのだが、それにしても極端である。月に何度かしか電話しない(元々電話などしたこともない)老人にメール機能だ、LINEだ、インターネットだ、スケジューラーだ等と言った付帯機能が必要なわけはないのだ。そんな中、ウェアラブルコンピューターの走りとして、今日アップルウオッチの販売が開始された。新旧交代と言うところだろうか。完全予約制だとかで華々しい行列は出来なかったようだが、それでも並んで購入する人も出たようだ。正直老齢になって眼が細くなる(小さな文字が見えづらくなる)と今使っているスマートフォンでも拡大機能がないと見えなくて、返ってストレスが溜まってしまうのだから、腕時計の文字盤に表れた多くの情報を読む際には実際上無理があると思う。情報の発信や受信を視覚に頼る形式の小型化では、現在のスマートフォンの大きさ位が最小ではないかと思う。私が考えた使用方法を越えた何かが存在するとしたら考慮の対象になるかも知れないが、現段階ではアップルウオッチに挑戦しようという気にはならない。情報化端末が、小型化していっても、現在のスマートフォンをアップルウオッチが凌駕することはないように思うのだが如何なものだろうか。アップルウオッチを使ったらどんなことが出来るのかなどと言う質問に一例で、「iPhoneを出さなくても、通知や通話、返信ができたり、心拍センサーなどで健康の管理ができたりする」などというのがあった。他にも魅力があり、書ききれないとか言う感想だが、最も有効なことを書き出せないわけはないので、畢竟「iPhoneを出さなくても・・・」程度の効用しかないということだろう。尤もこういった無理して使えば高機能を持った洒落たデザインのウオッチを持っていると言うこと自体に意義を感じる人ならそれはそれで良いと思う。しかし、値段が4万程度から上は218万円まであるというから高価な物は、最早装飾品としての価値の方に重きを置かれているようだ。その内、身体に付けておいたら、脳の外部機能(記憶容量)として使え、思考するだけでその内容が出し入れできるといった機器が開発されたら、様相は一変するかも知れないが、その時はもう人間は人間でなくなっているかも分からない。
2015.04.24
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今日のウォーキングはゴルフコンペで代用だ。今日のコンペでは事前に様々なことがあった。参加者に送る組合せの添付資料をメールで送っていたのだが、一部の人から添付がないとか文字化けしているとかの返信があった。友人に確かめたところ、ちゃんと添付されているとのことだ。一括送付では、一部の人に届かないという奇妙な現象が起こったわけだ。更に今日はゴルフ場に向かう狭い道で、対向車に3度出くわして、その最後のケースは、第2名神工事中の側道で、片側交互通行になっている箇所での話だ。両側に交通整理の案内人が立っているので、その指示に従って細い道に侵入したが、途中で向こうからも車が来るではないか。指示を無視して突っ込んできたのかよぉ、と訝ったが、幸いスピードも出ていなくて、正面衝突は免れた。出くわした場所は丁度一部分脇に避けられる箇所で、向こうからの軽自動車はそこに避けた(女性の運転手だ)。しかし続いて来たトラックの運転手は、インテリジェンスの欠片もない顔を窓から出し、目を向いてこちらに罵声を浴びせてくる。てっきり私が交通整理員の指示を無視して突っ込んだ位に理解していたのであろう。バックミラーを見ると、車の後ろから、交通整理のおっさんが走ってくる。どうやら、連絡不手際で、私の方の案内人(そのおっさん)が誤って進入許可を指示したためだったようだが、件のトラックのノーインテリジェンス男は、起こった事の是非の経緯も分からず、むやみに当たり散らしている。愚か者めという顔でにらみ返したのは言うまでもない。何となく嫌な気分の朝である。コンペでは先輩と友人の奥さん更におそらく最長老であろう私より1周り高齢(申年)の人と同組だ。インからのスタートは、No.10、No11はボギー、ダボで、No12では右に出て、木越えのショットが残ったものの1パットでボギーとそれまでは常と変わらず、そこそこの出だしだった。しかし、No13で、あろう事か、先っぽに当たったのか右の崖下にOBした。(ボールも回収できない)それだけなら挽回もあろうが、プレ4からまたチョロが2つ続いてと、目も当てられぬくらいに9つ叩いた。之で今日のゴルフは終わった。次のNo14ショートではボギー、No15ではまたもや当たり損ないのティーショットで、2打も快音は出ずと続いた。何とか残り100のアプローチを載せたものの、1m程度のパットをものに出来ずボギーだった。しかし、この3打目は一寸気持ちよかった。No16でまたまたしでかした。またしても右にOBだ。ここで全く気落ちに拍車を掛けた。プレ4からのドライバーは池の手前で辛うじてセーフ。池越え5オン、2パットのダボだ。乗っていけない。No17では3打でチョロし、更に3パットのトリプルだ。最終No18は右の土手から結構巧くFWに戻したが、3打でまた右に跳び、ラフ深く、4打で戻してとちぐはぐで、此所もダボ終了だった。終わって、先輩はおろか、一回り上の申年の人にも及ばず、友人の奥さんと同スコアになってしまった。後半は気を取り直して、出だしのNo1とNo2ホールは1パットで辛うじてボギーで発進。No3は右のラフから2打が良く、乗りはしないがカラーで、パターで寄せて1パットのパーだ。(パーは此所の1ホールだけ)No4も当たらず、辛うじてボギー。続くNo5のロングは、やっとティーショットと2Ndは良い当たりながら3打の池越えはトップ気味でGRオーバー、ボギーになった。続くNo6もボギーで、No7では、ティーショットをセミチョロ、2打は快音、3打では載せようと力んでまたチョロ、4打で右にそれるなどちぐはぐで、1mのパットまで外して結果はトリプル。後半改善し大波賞をもと思ったが、ここで潰えた。それからは最後のショートでバンカーに入れ、あろう事か3つでやっと出してダブルだった。(完膚無きという言葉がぴったりだ)最後のティーショットは右に出たもののセーフで、2打で巧くリカバリーし、3打目は距離はぴったりながら右のガードバンカーに入れここでもパーは取れなかった。後半やっと50を切り、体面はやや保てたが、トータルでは100を切れず、惨めな結果となった。何とか友人の奥さんには勝ったものの1周り年配の申年の人に1ストローク後れを取ったことには、内心忸怩たる思いである。優勝は別組の友人で、グロスで、20も開いていて、HDCPの差どころではなかった。もう1人の友人とは5ストロークのビハインドだが、彼らはホワイトティーからであることを忘れるわけにはいかない。
2015.04.23
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今日のウォーキングは山崎駅から円明教寺口で折り返し帰宅した。過ぎたるは及ばざる如しと、周りから言われ、最近では心なし、距離は少な目にしている。更に陽が随分と早くあがるようになって、5時の歩き出し時からほの明るいので、気分は爽快である。ウォーキングの出発にもサマータイムを適用すべきなのかもしれない。連れ合いのリハビリの帰りに車(SOTAと呼んでいるプリウスα)の6ヶ月点検でディーラーに立ち寄った。最近は車の仕業点検などというものがあるのかどうか、昔と違ってボンネットを開けることすらしなくなってきている。車の信頼性が高くなったと言うことが背景にはあるのだが、最近の自動車はガソリン車でも、自動制御されている部分が多く、ボンネットを開けても中味が全く分からないということがあるからだ。最近では特にハイブリッドカーというのが市場を席巻する勢い(トヨタによれば2014年上半期ではハイブリッドの比率が50・3%と初めて5割を超えた由)なので、余計にエンジンルームが開けづらくなってきたようだ。(エンジンとモーターがぎっしりとルーム内を占めている)車の外観はモデルチェンジと称して何年かに1度変化し、特にCADがデザインに取り入れられてから、車に丸みを帯びるものが多くなってきたようだ。更に純然たる乗用車よりもハッチバックタイプやワンボックスカーなどが増加してきている。(車はエンジン性能よりも見た感じと、乗り心地に重点が置かれているようだ)最近新しく免許を取得する人はエンジンに関して学ぶ範囲が広くなっているので、大変だろうと思うが、実際の所どうなのだろうか。余り難しい話を聞いたことがないので案外機関に関してはさらりと学んでいるだけかも知れない。整備する人に聞いたことがあるが、電子機器そのものをいじって直すわけにはいかないので、モジュール毎交換になるとのことだ。運転技術についても、最近では、マニュアルタイプは特定のスポーツカーでなければ無いくらいに全てがノークラッチで、トルクコンバータ付きである。(最近トルコン車などとは敢えて言わないようだ)6ヶ月点検では基本的に何も触ることもなく単なる儀式的なもののようになった。10年以上は持たそうとするのが一般使用者だろうから、6ヶ月で不都合が起こってはたまらないわけだ。それでも車は6344km走行しているので、潤滑油(エンジンオイル)だけは変えた方が良いだろうとのことで勧められるままに交換に同意した。5000km走行を目処に変えることを推奨されたが、話していく内に5000km~7500km位を目処にした方が良いですとのことになった。車サイドから見れば、早く変えるにしくはないが、コストも合わせて考えないといけないわけで、推奨通りがベストとは限らない。若い入社2年目の整備員候補(多分)が説明してくれるのだが、ハイブリッド車には、さらっとした油が良いです、と言う話の腰を折って、では一般車とハイブリッド車に適用するオイルの粘土の数値(ポアズとかストークスとか・・・)の違いとどのように選ぶのか教えてくれと言うと、忽ち返事に困っていた。後で、ベテランさんが来て、やはり数値は持ってこなかったものの、実際のオイルを比較できる試験用サンプルを持ってきて、比較説明してくれたのでやや分かりやすかった。今でこそ、6ヶ月で6000km強走っている(1ヶ月1000km強)がこの先、年を取ればそんなには乗らなくなるだろうが、エンジンのためには良いと言われれば、そうですねと言うことになる。聞いていく内にエンジンオイルについては、前の車時代にリザーブしたオイルが残っているとのことで、それを充当し、さらにポイントが貯まっているからそれで支払うとすれば、実質的には1000円少々の追加で交換は可能だとのことだった。ついでにタイヤの空気圧について聞いてみたが前後とも2.3kg/cm2が標準とのことで、高速走行時には2.5kg/cm2くらい入れるのが、タイヤに熱を持ったときスタンディングウェーブ現象が起こりにくいとのことだった。今回は関係ないが、バッテリーの交換も3年を目処に交換が平均的だという。久しぶりに車談議をしたが、今や車のメカについてマニアックに考えている人は少ないようで、単なる空間移動設備と考えている人が多いようだ。
2015.04.22
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今日はタケノコ狩があるため体力温存でウォーキングは中止した。先輩が奈良に近い京都精華町に山を所有しているとのことで、その竹林はタケノコの収穫ができる。一昨年も誘われてタケノコ狩りに出かけたことがあるところだ。昨年は行かなかったようで、今年は再度声が掛かった。山は車を駐めておける道路から細い農道を2-300m入ったところから始まり、更に山中へは2-300m入るという具合で、山は多少の登りになっている。山の入口までは、台車を持ち込むことが出来るが、そこからは人力だけが勝負である。先輩は高校時代からもう50年以上も殆ど毎年通い続けているとのことだが、若いときはいざ知らず、年齢と共にタケノコを掘り、運ぶのも重労働に感じてくる。今回は、私と同期の友人に声を掛け、3人で出かける事になったというわけだ。1つにはタケノコのシーズンになると、我がもの顔でタケノコ山にはいり、持ち出す(盗む)輩が多いとのことで、そんな連中に出くわすと怖いので付き合えという意味もあるようだ。昨日は雨だったが、今日は気持ちが良い位に晴れ、タケノコ狩り(タケノコは通常掘るのだが今日は雨上がりと言うこともあってか、簡単に採れたので狩りという方が当たっている)にはもってこいの天気になった。友人は八幡に住んでいるので、そちらを周り、ピックアップしてから出かけた。一般道でも良かったが、京奈和道の田辺ICから自動車専用道に入り、精華学研都市ICで下りた。一寸勘違いで、反対方向に走ったがどうも方角が違うと気付いてUターンし、行き着いた。山は特に手入れをしているわけではないので、折れた竹などが行く手を塞いでいる場所もある。跨いだり潜ったりしながら山にはいると、心配していたほどの盗掘にはあっていないようで、そこそこの数のタケノコは残っていた。2人で掘って(狩って)友人が集めて土嚢袋に入れるという手筈だ。夢中で掘り続ける内にタケノコが目一杯入った土嚢袋は12袋にもなった。まだまだ掘り続けようとする私を先輩は制して、山を下りることになった。そんな段になると、何やら取り残して置いておくのは勿体ないと思ってしまうのは貧乏人根性だろうか。採れ立てのタケノコを路上で売ればきっと売れるだろうになどと言いながら、土嚢袋に満載のタケノコを1袋ずつ抱えるように何区間かに分けて山の入口まで3人で手分けして持って降りた。しかし、意外と汗を掻く量は少な目であった。そこからは2度に亘って、台車を往復させ、駐車中の車まで運んだ。乗用車のトランクルームはタケノコと掘る鍬などで満載になり、一部後部座席をも占領する有様だ。帰りは元来た京奈和道路を帰るのだが、一気に城陽IC(終点)まで走らせた。そこら辺りは新しく、第二名神道路が走ることになっていて、今を盛りと工事が進んでいる。この道路が何時完成するかは知らないが、出来れば一気に島本町辺りまで帰ることが出来るわけだ。今は高槻辺りも橋脚が新しく立ったり、ICとJCTが一帯となった高槻ICもほぼ全容が見える位までになっていて、後は擦りつけ道路がどのように繋がるのかを待つだけである。(途中の道路はまだ姿が見えない)久御山町辺りで、昼食のラーメンをご馳走になって、友人を家まで送り届け、帰宅した。取り敢えず、4袋を頂いて、小分けして、近所の友人や、吹田の友人にもお裾分けを配って回った。自宅用には、連れ合いが奮闘して全て茹で上げてくれたので助かった。それにしてもタケノコは皮を剥くと食べるところは極端に少なくなってしまうのには驚いた。その代わり、刺身でも食べられる位に柔らかな香りの良いタケノコを食べることが出来て、ハッピーな気分になった。因みに腰が痛くなるだろうなどと気遣われたものの、大した後遺症も残らなかったのは、まだ若いと云うことだろうか。
2015.04.21
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今日もウォーキングは雨のため中止した。***4月1日から連載されていた「アベノミクス再考」との経済コラムがあった。アベノミクス始動から2年を経過して中間的に分析評価するものだ。アベノミクスは3本の矢からなる。1本目の矢は、大胆な金融緩和で、2本目の矢は機動的な財政再建、そして3本目は民間投資を喚起する成長戦略と言うことだ。1本目の矢はデフレ基調をインフレ基調に変えるというもので、デフレのもとでは個人の消費も企業の設備投資も、意欲が無くなり、経済が萎縮すると言うことに対応するためだ。日本は、1990年代からこっち20年間ずっとデフレが続いている。之を変えるために日銀はお金を刷りまくり大幅な金融緩和をすればいい(貨幣数量説:通貨の供給量と物価上昇率との間には因果関係がある)とのことで、日銀を動かして来ている。一方では、いくら金融緩和をしても十分でないという説もある。その意味するところは、デフレの原因は、中国などから安価な品の流入、人口減少に伴う総需要の減少、企業の生産性向上で製品価格の低下、物価上昇に給料が追いつかない実質賃金下落などの理由を挙げている。今回の金融緩和を「異次元金融緩和」(量的にも質的にも従前のものと違う)と呼ぶらしい。従来から、ゼロ金利政策と量的緩和は行ってきて、市中に出回るお金の量を増やしてきたが、効果がなかったので、これ以上緩和しても埒はあかないという見方もある。インフレ基調になってもそれがどこで留まるかを懸念するため心理的に安心感が得られないと言うことだ。どんどんインフレになったら、早く物を買っておかないと、値上がりすると思う人もいれば、何時までもインフレが続けば、将来不安だから消費を切り詰めようと考える人もいるというわけだ。この評価は、2つに分かれている。時に円安が進み、株価も上昇している。之はアベノミクスの効果なのか、はたまた元々そう言った基調になっていたからか、曖昧なようだ。以前は、ユーロ危機でユーロが売られ円が買われていたが、一服してまたユーロ回帰になって円が売られたとする見方だ。株価の上昇も、外国人投資家の買いが原因であるとするものだ。やはりこの金融緩和が大きなウエイトを占めているのか、金融緩和の解説に半分近く裂いている。2本目の矢の機動的財政政策は、やはり「人からコンクリートへ」と回帰する公共事業投資である。しかし、之は無駄な投資に終わって期待したほどの効果がなかった昔を思い出すことにもなる。昔のように行け行けどんどんで好景気に沸いた頃とは環境が変わってきたということだ。一見景気が回復したかに見えても、そのうち消費増税が行われるし、給料も年金も上がらないのではと長年育まれた萎縮気分が抜けきらず消費が拡大する気分にはならないと言うことだ。最近では「供給力不足」というのが問題になっていて、公共投資を増やしても人手が足りないために返って効果が上がらないとする事も問題点としてあげられている。またデフレ脱却、インフレ基調になったとしても、何時までも日銀の大量国債購入に支えられた金融緩和・財政政策に頼り切ることは出来ない訳で、「ハイパーインフレ」にならないための政策の着地点(出口戦略と言うらしい)をしっかり考えないといけない。更に第3の矢の成長戦略だが、日本の企業が如何に成長していくかが問われる。今のところ目新しいことは聞こえてこない。成長とは付加価値の増加を図ることだが、国内の生産を増大するには、「設備資本」、「労働力」そして「生産性」の3つがキーワードとなる。どの項目にもそれぞれ問題点がある。成長戦略の具体化の1つに、従来通りのやり方成長分野を見極めて重点投資するとのトップダウンは、聞こえは良いが疑問があるとのことだ。もう1つに、規制改革が挙げられる。岩盤規制に切り込むとの言葉は良いが、内容が骨抜きにされてきたのは今までずっと見てきたところだ。洋の東西を問わず、一旦手に入れた権利(既得権)をそう容易く手放すことはないだろう。何時までも鰻屋の前から良い香りがしてくるものの、実際に鰻を食べられるのは何時のことだろうか。
2015.04.20
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今日のウォーキングは雨のため中止した。***今日はカラオケ大会だ。先日練習したことがどう出るかだが、毎回余り良い結果は出ていない。今日参加したのは、16名で、参加し始めた頃に比べると少し人数が増えたようである。5時から始まるのだが、集合は4時半となっている。しかし4時過ぎには既に殆どの人が参集してスタンバイしているという具合だ。今日は最長老と事故で負傷した人は来ていなかったが、前回不参加だった何時も賑やかで元気のいい同い年の人は来ていた。参加者リストをチェックすると、今日は近隣でカラオケの先生をしているという人も参加している。まぁ、セミプロと言うところだろうか。慣れた人達ばかりなので開始前の要領は手際よい。参加登録と今日歌う歌の届けを済ませ、歌う順のクジを引いて、自分の歌の自己採点申告点などを渡されたリストに記入して提出する。この自己申告点に一番近い人が優勝となるわけだ。さて私は9番目に歌うことになり、連れ合いは、11番目、友人は12番目と中盤に回ってくることになった。兼ねての練習時の得点から推定して、私は341点(約85点平均)を自己申告し、連れ合いは、345点、友人は336点とした。歌う歌は、私の1曲目は「逢えるじゃないかまた明日」、2曲目は「冬のリビエラ」で、連れ合いは、「昭和流れ歌」と「夫婦舟」、更に友人は「博多アラモード」と「おしどり」である。1曲目の番が回ってきたときには、TVの得点の最高点は、「流れの侭に」を歌った89点であった。私は84点で、丁度中間処の成績だ。しかし、良い点が出るだけが良いのではないのが、この大会の特徴で、如何にオネストであるかというのがポイントだ。私の場合は、平均点で1点下回っているから有利だという見方が出来る。連れ合いは、1曲目は89点で最高点に並んだようだ。友人は83点で、之もまずまずの出足だ。皆が歌い終わって、最高点はセミプロの「海猫」で90点であった。夕食の弁当を食べながら、話は弾む。しかし出てくる話題は、病気のことや薬のこと、最近身体の調子が思わしくないとか言った内容なのは、致し方ない。さて2曲目の段になった。私の番までには、元気で賑やかな人が「さざんかの宿」を歌ってパネルで89点、TVでは何と92点を記録して、2曲目合計181点とすこぶる好成績だった。私の場合は、パネル84点、TVで85点と練習時の得点をどちらも下回っていた。まぁ気持ちよく歌った割には、出遅れたり、音程がずれたりしていたのだろう。でも、そんなことは知ったことではない。連れ合いは、パネル82点ながらTVで92点を出し、気を吐いている。続く友人はパネル85点、TV90点と上達の跡著しい。そんな具合で、2曲目も歌い終わり。パネルの最高点は91点をたたき出したのは「汽笛」を歌った81歳になる人で、またTVの得点では、94点を出した「赤いグラス」を歌った78歳の人であった。さて、1曲目は隠されていたパネルの得点を足して、その結果の入賞者発表になったのだが、BB賞は361点という最高点を叩きだした元気のいい同い年の人であった。自己申告が336点に対して、25点のオーバーしていたのだ。因みにメーカーは35点のオーバーだった。銅賞は、申告点に2点足りなかった2名だが、ジャンケンで、決まった。続く銀賞と金賞は共に申告点に1点足りなかった2名で、その内の1人が連れ合いであった。之もジャンケンで、連れ合いが勝ち、通常大会での4度目の優勝を果たした。私の場合は、惜しくも6点届かず、埒外だったが、友人の隠しパネルは法外に低い61点(後1人も78点でそれ以外は皆80点を超えていた)と全く以て不可解な結果となってしまった。斯くして206回目のカラオケ大会もお開きとなった。
2015.04.19
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今日のウォーキングは高浜の堤に出て堤の終点迄の往復である。連れ合いは、手術後、執刀医の2度目の検診を受けた。良くなっていることは認められるが、今一歩のリハビリは必要とされている。検診受診後思い立って、ついでに足を伸ばし、彩都の道の駅「みまさか」に行った。たいそうな人で、産直の野菜など買い物籠を一杯にする客でごった返していた。夕方、太郎君一家の来訪に備えるなど1週間分の買物をした。***生物学者福岡伸一氏による「芸術と科学のあいだ」というコラムが掲載されている。その中で、「パワーズ・オブ・テン」という話があった。ユーチューブのショートフィルムのタイトルにもなっている10の何乗という英語の意味だが、世界は10の累乗で成り立っているという。ショートフィルムはピクニックで公園に休むカップルが1:1の縮尺(1m×1mで10^0)で映し出される。そのカメラが上昇して、10m□(10^1)、100m□(10^2)、1000m□(10^3)と範囲を拡大(ズームアウト)していく。その度に、映像はカップル→都市→国→大陸→地球と広がっていく。更に太陽系→他の恒星系→銀河系となり最後は大宇宙の闇となって、その時の映像の1辺は10^24(10の24乗)となる。今度は反転して、元の道をズームインしていき元のカップルに戻るが、カメラは更にズームインしていく即ち、男性の手→手の組織→細胞→DNA(この時10^(-8))→分子→原子→電子となって、最終的には10^(-16)に至るというものだ。このフィルムでは世界は最大(10^24)から最小(10^(-16))の間で納まっているという話だ。そこで数について調べてみると、命数法というのがあり、10の何乗について解説されている。之はかなり複雑で、国や文化によって様々で、一概に語れないが塵却記(江戸時代の数学書)によれば、一(10^0)、十(10^1)、百(10^2)、千(10^3)、万(10^4)とべき数(指数)は1つずつ増加するが、万の上の呼称(億(10^8)、兆(10^12)、京(10^16))からはべき数は4つずつ増加する。(万進法)そして最大の数は無量大数(10^68)ということになる。小数以下の数も一(10^0)から分(10^(-1))、厘(10^(-2))、毛(10^(-3))とべき数はマイナスが1つずつ減少していく。更に小さい数になっても1つずつ減少していく事に名称が付けられ、糸(10(-4))、忽(10^(-5))・・・といった具合に最小数は涅槃寂静(10^(-24))という具合だ。従って、「パワーズ・オブ・テン」で見た世界は塵却記で言えば、𥝱(じょ:10^24)~瞬息(しゅんそく10^(-16))の世界と言うことになる。架空(?)に付した命数法の数で言えば、世界は無量大数(10^68)~涅槃静寂(10^(-24))まであるとされているわけで、大きい方では大宇宙の闇の先から更に大なるものを想定し、微少の世界では電子より更に小なるものを想定していることになる。まだまだ世界は広い(狭い)と言うことか。では無量大数より大きなものや涅槃静寂より小さなものはないかという疑問が湧く。しかし驚く無かれ、仏教界(華厳経)では最大の数として「不仮説不仮説転」という数があるようで、10^(7×(2^122))という数があって、悟りの功徳の大きいさを示す数という。また関連して、中学校の学習会で話題になった数の話で、大きな数を3桁ごとにカンマ(,)を入れるのは分かりにくいと言う話があった。(日本では万進法で4つごとの区切りになっているから)之は西洋式(ロングスケールとショートスケールで違うが)、千(10^3)から上の単位を3桁増加事に名称を与えることに依るためで、Kilo(10^3)、Mega(10^6)、Giga(10^9)、Tera(10^12)・・・とした所以である。西洋では10^24をYottaといい、10^(-24))をYoctoと呼んでいるようだ。いやいや、数の世界はややこしい。
2015.04.18
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今日のウォーキングは山崎駅から円明教寺口を往復した。住民委員会の案内が来ていたようだが、もはやお役に立てる要素がなさそうなので、身を引くことにしている。***原発のもう1つのゴミという記事があった。廃炉で、1基当たり4000トンものゴミが発生するというのだ。原発のゴミには直接ゴミと呼ばれる高濃度の放射線を有する廃棄物があることは知られているのだが、もう1つのゴミというのは、施設の解体によって生ずる比較的低濃度と考えられている(時には高濃度のものもあるだろう)ゴミのことだ。建造した原発はいつまでも使い続けるわけにはいかないわけで、廃炉の基準を40年と定めている(最近のことか?)更に使い続けようとする向きもあるが、相応の補強工事など新しい安全基準に適合するためにはコストが掛かるわけだ。当初から、この核燃料ゴミ問題は俎上に上がっていたとは言え、未だ先のことだと、先送りをされ続けてきた。ここに来て廃炉(現在5基がその対象)の問題が俄にクローズアップされてきたのだが、いよいよ臭い物に蓋をし続ける事は出来なくなったと言うことだ。喫緊の5基で4000トン×5=2万トンのもゴミである。安倍首相は、海外向けに福島はアンダーコントロールだと言い放ったが、一帯「どこがじゃ」と言う感じで、ゴミのコントロールについては一切語っていない。松江市長などは、島根原発廃炉に関して今後の作業に注文を付け「何時までもここにとどまっていると不安感が出てくる。出来るだけ早く対応して欲しい」といっているとかだが、誘致の時は交付金が出るとのことでホイホイと受けておきながら、一旦邪魔(役に立たなくなると)手のひらを返したような言動にはあきれかえる。電力と交付金は欲しいが、ゴミは他方に持っていってくれとは如何にも厚かましい。皆誘致を受けるところはこんな根性なのだろうか。とんでもないことだ。日本を守るために沖縄の基地は必要だが、自分ちの庭には嫌だというのと似ている。直接ゴミは、地下300m以下に埋め込まないといけないという事になっている(間接ゴミでも50m以下)が、当然ながらどこもその捨て場を引き受けるところはない。当たり前のことだが、こう云ったことを真剣に考えないままに通り過ぎているのは無責任きわまりないが、それが実態なのであり、あまつさえ、新しい原発建造を目論んでいると言うから呆れて物が言えない。将来に禍根を残す海外への原発販売こそ止めるべきだと同時に思う。フィンランドのオンカロや、フランス辺りに処分地を確保し受け付けて貰える約束ならそれも良しだが・・・。受け入れられるはずもない。トイレ無きマンションが造り続けられ、共同便所さえないというのでは、何をか況やである。関電社長は経営のことばかりしか頭にないのか、原発を使い続けたいという。流石に美浜1号2号機は廃炉するようだが、当たり前のことである。思い出す人は多いと思うが、2004年8月9日この美浜原発3号機はタービン建屋内で、配管が破裂し、原子炉は自動停止、そして社員が熱水を浴び、5人が死亡、7人が負傷したというものだ。配管の減圧摩耗が原因とのことだったが、規定の点検をしなかった故だ。JR西日本の社長が強制起訴されている如く、関電の社長も起訴され必要なら刑に服する位の覚悟が必要である。その覚悟無くして軽々に原発再稼働など口にすべきではない。いくら新しい基準を作ったからといって、所詮は諸事人間がオペレートするわけで、ヒューマンエラーの起こらないことはないのである。高浜原発については、福井地裁が再稼働認めずとの仮処分をしている。関電は、決定を不服として福井地裁に異議申し立てと執行停止の申し立てをするとの事らしいが、甚だしく世の動き(住民など)に反していることを肝に銘ずるべきだ。
2015.04.17
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昨夜飲んだので少し寝坊をし、今日はウォーキングをしなかった。夕方、高槻のアイランドに孫達の水泳教室見学に出かけた。水着も同じ、キャップも同じなので、どの子が孫なのか分からない始末だ。それにしても皆一生懸命水泳の練習をして、2人ともレベルを段々に上げているようだ。因みに私が紛いなりにも泳げるようになったのは、確か中学校時代に臨海学校で、鳥取県の浜坂というところで身につけた平泳ぎが始めてであった。高校時代は川の水を引き込んだ澱んだプールで50mを泳ぎ切るのに苦労をしたことを覚えている。それに比べれば、2人とも立派なものである。***パソコンを修理に出した。Cドライブの容量が極端に少なくなり、動作が緩慢になったり、時に受け付けなくなってきていたからだ。以前に対策としてCCleanerというソフトの存在を知って、導入していたが、削除される余分なデーターが少なく、間に合わなくなってきた。といって、削除できるプログラムがあるかと探してみても、安易に消去できるソフトは見あたらない。せめて空き容量を全体の10%位は欲しいものと考えてみても、素人の出来る範囲では見つからなかった。やむなく近くのパソコンドックに持っていって、空き容量の増加を依頼することにした。ドックは歩いても行けるところだが、技術料がやけに高いので逡巡していたが背に腹は換えられない。持ち込んで見て貰うのに先ず500円かかり、後は90分単位で、5000円が必要とのことだった。1万円位は覚悟しなければ駄目かと思っていたが、都合(之を書いているのは22日だ)16740円(税込み)掛かってしまった。掛かった時間を向こうの申し出通りに受け取るしか無く、えらい高いものについてしまった。とは言え、最初持ち込んだとき(時に空き容量が数MBしかないときもあった)には、空き容量確保はせいぜい2GBあるかどうかだと悲観的なことを言われていたのが、最終的には当初の目論見を超え、7.8GBの空き容量を得られたことは大成功だった。最初は安全側の受け答えに終始していたが、どうやら隠し球があったようだ。\UserディレクトリーをそっくりDドライブに移したと言うことだ。現在使っているところだが、特段の支障はなさそうである。私のパソコンは、もうかなり旧くなっているようで、Cドライブの容量は46.5GB有るというものの、システム(\windows)が占める割合が29GBもあって、元々Cドライブの空き容量は少なかったようだ。何のことはない、関係ないものまでインストールしていたことが悔やまれるが、一旦インストールすると他のブログラムに影響を及ぼしかねないとか言われ、安易にアンインストールは出来ないとのことだった。通信プログラムのOutlookも起動が1回で出来なかったことも解消して貰えたし、ブリーフケースをそっくりDドライブに移行できたのも空きを得るのに貢献していた。更には、デスクトップのガジェット(悪さをする場合があるという)も最近では使わなくなったので消去して貰った。やはり、ドックに出した甲斐があったというものだが、それにしても270分(4時間半)も本当に掛かった(実働)のかどうかは一寸疑問に思っている。ユーザーとしてパソコンアプリを使い続けてきたが、こう云ったときに応用が利かないのは残念なことである。余分なブラウザー(Google crome)やSafariなども一旦消去してすっきりしてくれたようだ。ともかくも、パソコンがない生活を丸5日(土日を挟んだので、2日余分に待たなければいけなかった)過ごしたのだが、その間にゴルフの組合せの知らせや、大学の同期会の案内、更にはメールの処理そしてブログのブランクが生じてしまった。パソコンばかりやっていると何時もやり玉に挙がっていたが、今回ばかりは手持ちぶさたになるかと思いきや、溜まっていた新聞の整理や纏め読みなどに時間を取られた。かくして、1週間のブログの遅れを生じてしまったことになる。ともあれ、パソコンが何とか復旧得出来たのはストレスが溜まらなくなって良かった。
2015.04.16
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今日は雨がぱらつきそうなので、近場をミニウォーキングした。名神の側道を宵待ち碑辺りで案の定雨になったので、断念して帰宅した。***次の日曜日にカラオケ大会がある。既に206回を数えているのだが、時に特別大会などがあるので、実際はもっと多いだろう。連れ合いと私は、2012年の174回から参加している。友人は、2014年の197回から初参加している。ここに集まる仲間は、我々が年少クラスと言うから推して知るべし的に高年齢であり、ここに集まることを楽しみにしている人達である。ざっと計算しても平均年齢は76歳位であろうか。(判明している人だけ)高齢と雖もマイクを持つと朗々とした歌声は、若者に引けを取らないと言ったところだ。そんな大会なので、余程のことがない限りは参加することにしているし、そのために事前に練習に行くことにしている。友人も、演歌といえば目がない位に好きなようで、毎回付き合って練習にも参加してくれる。カラオケ大会が迫ると何時も次に何を歌うかについて悩むことになる。単純に計算しても174回から206回と歌い続けると、32曲は歌ったことになる。勿論2回歌った曲もあるが、ある時から友人と暗黙の了解で、毎回同じ歌は歌わないようにしようと決めているので、選曲に窮することがある。勿論、何でもありだから何を歌っても良いのだが、そこは、一般受けする曲を選ぶことになってくる。さらに、聴く曲と歌う曲はどうも同じではないということだ。聴くのは耳障りが良くても、歌うとなると結構難しい曲というのがある。元々音楽などに接することが少なかった私の場合は、音程を採るにしても耳から聴いたままで、五線譜を読めるわけでも絶対音感とやらがどうこう言うハイレベルな資質はないから尚更大変だ。カラオケなのだからそうハイレベルな人は居ないものの、練習で教室に通うなど、なかなか巧い人はいるものだ。連れ合いはコーラスをやっていただけあって、常に私より高得点を出す。音感もさることながら、声の質も良いのだろうし、声が良く通ると言ったことも関係していると思える。友人の場合は、ニューヨークで良く投資したのであろう、演歌といえば、ジュークボックスの如く次から次へと歌える曲が出てくるから恐れ入る。しかも得点は安定しているし、最近はその声にも磨きが掛かって、かなりな好スコアを出すようになってきた。さて今日は、貸し切り状態なので、世間話をした後、順に新しい(今まで歌ったことがないという意味で)曲に挑戦してみた。次回何を歌うかという想定曲は、決めているので、その歌から始めた。練習する意味合いは、TV等で採点する採点方式が違うと得点の出方が違うと言うこともあって、目安を得るためなのだが、TVは歌唱の状態をほぼ正しく評価しているというものの、パネル(店独特の採点表示板)の得点は、ランダムであり、同じように歌っても出てくる点数が極端に変わることがある。歌う度にパネルの点数に大きな変化が出る曲とそうでない曲とがあるようで、変化の少ない局の方が有利と言うことになるが、選曲はそれだけで決まるわけではない。どうしても歌いやすい歌を選んでしまうからだ。私は、1曲目に裕次郎の「逢えるじゃないかまた明日」、2曲目に森進一の「冬のリビエラ」を選んだ。共に何度もiPODで聞くものの、なかなか音程を採るのに苦労する曲である。連れ合いは、1曲目に森進一の「昭和流れ歌」と決めていたものの、2曲目は悩んで「夫婦舟」に行き着いた。友人は既に決めていたようで、共に五木ひろしの「博多アラモード」と「おしどり」を練習していた。他に私が練習したのは、「東京物語」「口笛が聞こえる港町」「雪国の町」であり、連れ合いは、「空港」、「奥飛騨慕情」(この曲は好きなようで、過去にも歌っている)、「北空港」、更には「おゆき」そして「京都慕情」といったところだ。友人は、「であい橋」、「女の横顔」さらに「やらずの雨」といったところを追加で練習していた。さて19日の当日はどんな結果になるのやらである。
2015.04.15
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今日は起きるのも遅かったが天気予報も雨なので、ウォーキングは中止した。やがて本格的な雨の1日となった。夕方遅く映画「龍三と七人の子分たち」を観に行った。前回桂川イオンシネマで映画を観たとき、抽選で試写会にご招待というのに応募して、当選したようで、その送られてきた葉書を携えていった。無料招待というわけだ。そのせいか、雨にも拘わらず、173席ある上映ブースは、いつもになく前席にやや空きがあるようだが、ほぼ満員の様相だ。日頃観る映画で、ここまで観客数が多かったことを知らない。映画の内容に惹かれたわけでないと思われ、一重に無料券のお陰であろうと思った。映画は、北野武監督の社会問題を盛り込んだ喜劇仕立てだ。引退して行き場もない、年老いた元ヤクザのジジイ7人が組を再結成して元暴走族でオレオレ詐欺を始め、現代悪の総元締め的な若者の詐欺集団と対決するという展開だ。元ヤクザの組長で“鬼の龍三”と呼ばれ、おそらく世に恐れられたであろう男も、現代では、もはや振り返る者もなく、気質になって働く息子にまで、厄介者扱いされる始末だ。そんな男も、年齢には勝てないのか、簡単にオレオレ詐欺にひっかかる。そこで、昔の仲間を糾合し、詐欺集団と対決してやがてやっつけるが、落ちは双方とも刑務所行きだというわけだ。やくざも詐欺集団も社会の鼻つまみ者であり、所詮は同じ末路だと言うことだが、そんなジジイやくざの最後の台詞に「次ぎに出てきた(出所)ときは」というのがあるが、「それまでには死んでるよ」という辺りが切ない。このやくざを演じている俳優の平均年齢が72歳と言うから、正に我が年代である。映画の宣伝の中に、「金なし、先なし、怖いものなし」とあるが、身につまされる。出てくるジジイやくざの頭の構造はと推察すれば、どうも出来の良さそうなのはいない。「義理も人情もありゃしねぇ」と世知辛い世の中を嘆く割には、世知辛く一般人を恫喝して過ごす習性は変わらない。対面すれば怖いだろうが、こんなコミカルタッチで物事が過ぎればと逆に思ってしまう。何となく、一定の規律の下に行動しているのではないかと考えさせられるくらいだ。考えてみれば、現実社会はもっと恐ろしい。この程度のやくざならまだましだという風に感じるのは、歪んだ現代世相の中にいるからだろうか。昨今起こる事件や事故の数々を見ると、ドラマでもこうはならないだろうというのが多い。無軌道、無節操、無慈悲、無頓着な事件が如何に多いことか。全く以て予測し得ないような事柄や、猟奇的内容が多すぎる。このジジイやくざ達も、若い頃はさぞかし、強面で、殺しなど何とも思っていないようにさらりと述懐しているが、現代社会ににあっては、まだまだ緩やかではないかと錯覚してしまうほどだ。その昔は、悪い人というのは人品骨柄全て決まっていて、いかにも悪そうであったが、現代社会では、そんな如何にも悪人というのは居ないようで、皆普段は、平々凡々としているか、礼儀正しいと言った風なのが多いようだ。現代社会は、そんな普通の一般人が、突如凶悪なことを平気で行ってしまうと言うことが多い。それこそ身構える時間的な余裕とか、誰を対象に注意すればいいのかさえ分からなくなってしまうくらいだ。こんな映画を笑って観ていられるのは、現代社会があまりに殺伐としているからではないだろうか。それともどんな人間も、ジジイになってしまえば、皆同じと言うことか。この映画は安上がりに出来ているようだ。最後にメルセデスとバスをぶつけて壊したほか、屋台のセットを壊した他は、殆ど人件費ということだろう。
2015.04.14
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今朝は雨のためウォーキングは中止した。最近よく雨が降る。所謂菜種梅雨というやつだ。歳時記などには、「菜の花の盛りのころに降る春の長雨」とあり、菜種梅雨は俳句の春の季語でもある。日本人は乙な人種で、何とも鬱陶しい長雨にも、いとおしく感じるような言葉を贈っている。6月に振る本格的な梅雨は、ジトジトして湿度も高く鬱陶しいの2乗だが、3月中ごろから4月にかけての長雨は一寸ニュアンスを変えてある。昨日歩いた淀川堤の黄色一面の菜の花を思い浮かべれば、その心も分かる気がする。この菜の花、「催花雨(さいかう)」という言い方もあるのだそうだ。「催花雨」というのは、桜やその他色々な花を催す(咲かせる)雨という意味なのだそうで菜種梅雨もこんなところに語源があるようだ。(「催花」が「菜花」に通ずるという事を言う人もいる)「月様、雨が・・・」、「春雨じゃ。濡れてまいろう」などという月形半平太の名台詞も、今日のようにどばっと降るときにはあたらないだろう。丁度ゴルフの打ちっ放しをしていたときには、屋根を叩く雨音に暫し打つのを止めたくらいに可愛げ無く降った。半平太もそんな時にはきっと雨宿りをしただろう。やがて、4月20日には穀物を育てる雨が降り、芽を出させるという意味の穀雨(こくう)となる。(「百穀春雨に潤う」)いよいよ恵みの雨らしい表現になり、万人が待ち望んでいた雨との感を植え付けるが、それでも長雨は鬱陶しいものだ。昔から傘をさすのが下手な私などは、傘をさしていても、どこといわず濡れてしまうのでなおさらだ。そして5月に入ると一寸した長雨は筍梅雨(たけのこづゆ)と呼ばれる。この言葉は、伊勢や伊豆地方の漁師の言葉から来ているのだという。なんで、漁師がタケノコなんだと訝しむが、兎に角そうなっているのだそうだ。更に5月中旬になるとこの一寸した長雨は「卯の花くたし」と名前を変えるのだそうだ。「くたし」というのは「腐し」と書いて、文字通り腐るという意味で、この時期の長雨は卯の花を腐らせる(散らせてしまう)というからなのだそうだ。そしてそれが、本格的な「梅雨」に繋がるというわけだ。しかし冷ややかに物理現象を考えると、菜種梅雨と、筍梅雨、さらには「卯の花くたし」そして本格的「梅雨」の間の区別など有ろう筈がないわけで、気象現象は連続的に継続しているわけだ。冬の間、日本を覆うようにシベリア気団(高気圧)が南下している。こいつは乾燥していて、とても冷たく、時折寒波をもたらすというが、全く最近まで、春というのに冬装束が放せないのはこのせいだ。そう言えば季節外れの大雪もあった。冬が終わり春が近づくにつれて、シベリア気団は勢力が弱くなって、中国大陸にある暖かく乾燥した揚子江気団が出来、これが成長して次第に北上していって、シベリア気団は押されて撤退するというわけだ。この辺りからは気象学上の話を引用して、この暖かく乾燥した揚子江気団が東の日本列島や朝鮮半島辺りに移動性高気圧というのを放出し、この高気圧は偏西風で東に移動、高気圧間に生じた低気圧と交錯するように春の移り変わりやすい天候を作り出しているということになる。気団同士がせめぎ合うところを、気象では前線というが、気団の勢力が均衡していると、この前線は停滞することになり、之が、一連の梅雨を演出して、その時々で、日本人の細やかな情と観察眼で、名前を変えるというわけだ。落語の「てれすこ」と同じだ。イカもスルメも物は同じなのだが、一寸状態(環境)が変われば名前を変えるわけだ。日本語は面白く、情緒的だが、やっぱり長雨は嫌なものだ。
2015.04.13
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今日のウォーキングは水無瀬の堤から堤の終点までで、淀川堤防の菜の花が真っ盛りであった。帰りの足で、大阪府会議議員選挙に行った。大した感慨はない。***産業天気図(4月~6月)が発表された。石油と広告の2業種が改善するという。自動車と鉄鋼・非鉄の2業種が悪化だそうだ。改善の広告は、賃金が上昇傾向にあるからボーナス商戦向け広告がふえるからで、石油は、下落続きの原油価格が落ち着いてきた故と言う。悪化の方の自動車は軽自動車の税率引き上げで国内販売が落ち込む懸念ありといい、鉄鋼・非鉄は自動車向けや海外エネルギー産業向け需要が低迷しそうだとの見通しだ。産業天気図は、日経新聞が主要30業種を対象にまとめたもので、段階は、5つあって、最下位が、「雨」その上が「小雨」、中間が「曇り」上から2つ目が「薄日」最高が「晴れ」となっている。「晴れ」→「晴れ」と予測されているのが人材派遣と通信の2業種だ。人手が足りないと言うことか、しかし、非正規社員が正規社員に変わると云うことはそれほど簡単ではなさそうだ。通信は相変わらずで、もう一寸利用者還元を計れよ(通信費が異常に高すぎる)と言いたいが、光回線と携帯電話のセット販売が活性化に一役買いそうだとのこと(こんな事もっと早くからやって欲しいものだ)。SIMロック解除はあまりインパクトがないという。何しろ、それってどういう事?というくらい使用者は何も分からず使っているだけだからだ。「薄日」→「薄日」とまぁまぁの横ばいは、ネットサービス、旅行・ホテル、アミューズメント、電子部品・半導体、食品・飲料、繊維・アパレル、産業・工作機械、情報、建設・セメントの9業種だ。比較的良い経過の予報の要因として、ネットサービスはスマートフォンの浸透でネット通販が盛んになる見通しだが、私には関係なさそうだ。旅行は、北陸新幹線効果で国内ツアーは好調の反面、イスラム国の影響で海外、特に欧州方面は敬遠され東南アジアやハワイが好調という。わが家の思惑もそんなところだ。アミューズメントのゲーム機は孫の家庭が影響を与えている1要因だろう。電子部品は一重にスマートフォンの関連だが、新型設備投資への反動が気になる感じだ。食品は原材料値上げが個別商品に転嫁されると言うことで好調だというわけで、有難くない。繊維は所謂アパレルではなく自動車や航空機向けの炭素繊維が好調だという、頼もしいことだ。アパレルは良くないとのこと。工作機械の帰趨は産業界の指標だが、老朽設備更新とか、スマートフォン関連で、アジア向けは良いらしいか欧米向けには懸念があるという。情報は、いよいよ始まるマイナンバー制度が刺激剤だ。この恩恵に浴する関連事業は良いがパソコン関連は良くないらしい。建設は、首都圏の大規模再開発によるものが大きいという。オリンピック効果だろう、しかし、東京ばかり力を入れて、巨大地震が来たらどうするのだろうか。都市機能分散を考えないとえらいことになるだろう。鳴かず飛ばずの「曇り」→「曇り」13業種はさてとして、その中のプラント・造船については、ブラジルのペトロブラス汚職疑惑(というか飛び交う賄賂と言うことだ)が大きな影を落としているとか。造船は、海運市況低迷で、良くないという。しかし、造船に関しては、この類の話は、以前から全く変わらない。最悪の「雨」→「雨」業種には、電力で、「小雨」→「小雨」には紙・パルプ業種が挙げられている。電力は、原発再稼働ベースで、なかなか再審査が下りない上、代替の火力発電燃料費が負担だという。しかし、総括原価方式で、ちゃんと適正利益を見込んだ原価計算で、苦しいなどと言われてもなぁ、と言う感じだ。販売ルートなどもっと門戸を開けよ、そして原発に依存する体質を変えろよと云いたい。しかし、之も30業種の大手企業に対する天気予報だし、当たらないのも天気予報だからこのまま鵜呑みして良いというわけではない。
2015.04.12
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今日は、玄関を出てみると雨が降りそうな空模様だったので、ウォーキングは中止した。連れ合いのリハビリも回を重ね75回になった。膝は135度まで曲がるようになったとのことだ。喜ばしい。***「認知症対策の課題」という新聞記事(時事解析)があった。認知症というのは、よそ事かと思っていたが、自らがそう言った対象年齢になってきていることと、日々の生活で、何やら衰えを感じて来ている現実から、俄に真実みを帯びる問題となってきた。認知症は、何も日本に限ったことではなく、世界的な課題になっているとのことだ。言われてみればその通りなのだが、どうにもぴんと来ない。認知症に関する世界的会合も持たれているようで、それによると、世界の4700万人以上が、直接的な認知症患者だとかで、2030年にはその数が7500万人にまで増加すると見られている。そして、認知症ケアのために要する費用は2030年までに、1兆2千億ドルなのだそうだ。因みにこの金額は、2012年におけるイギリスの国家予算(歳入=9959億ドル、歳出=1兆1830億ドル)に匹敵すると言うから法外な額だ。世界経済の成長を減速させる可能性があるというのも無理からぬ事だ。振り返って日本では、2012年で、約462万人が認知症とされており、之に軽度の認知障害の人を合わせると65歳以上の人の約4人に1人が認知症かその予備軍だと言うことだ。私って入っているのだろうかなぁ、予備軍に入っているのかも知れない。之に対して、認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)が出されているという。身の程知らずながら初めて知った。之には7つの柱というのがある。(調べて下記する)1.認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進2.認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供3.若年性認知症施策の強化4.認知症の人の介護者への支援5.認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進6.認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデル等の研究開発及びその成果の普及の推進7.認知症の人やその家族の視点の重視ということらしい。そこで、認知症とはだが、「脳の病変によって起こる認知機能の低下を来した状態」とある。もう一寸詳しく見ていると、「いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりしたためにさまざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態のこと」とある。(ここまでならまだセーフだ)さらに、「認知症」の狭義の意味としては「知能が後天的に低下した状態」の事を指すが、医学的には「知能」の他に「記憶」「見当識」を含む認知の障害や「人格変化」などを伴った症候群として定義されるとの説明があるから、こうなると、同世代の仲間は皆当てはまるかも知れない。やっぱり4分の1に入っているのか。かつては痴呆症といわれていたようだが、人聞きが悪いからか言い換えられ、「認知症」に置き換えられたようで、その言葉の方が幾分気分が楽になるというものだ。これだけの人間が陥る認知症だが、対応する専門の病院も医師や介護職員(知識を持った)も少ないのだという。更に言えば、認知症は病気だといわれていても之に効く根本的な治療薬はないと来るから始末に悪い。今のところそう言った国などの対策に待つしかないのだろう。簡単に考える嫌いがあったようで、更に調べて、認知症による諸症状を見つけたので、書いておくが、之を見る限り、まだ、本格的な認知症までは少し間があるかと一寸安心するものの、重症になったらと心配になる項目ばかりだ。【認知症の問題行動】1.食べたことを忘れ何度も食べる2.いろんなものを口に入れてしまう3.着替えを嫌がる・拒否する4.お風呂を嫌がる・入浴拒否5.夜寝れない・寝つきが悪い6.夜中に騒ぐ・夜間せん妄7.家族の名前が出ない・誰かわからない8.介護の拒否・反発9.嫉妬・妄想10.物盗られ妄想11.大声で叫ぶ12.暴力行為13.目を離すといなくなる・徘徊14.物を盗ってしまう・万引き・窃盗15.排泄の失敗・粗相をする16.便をなすりつける・不潔行為・弄便17.ゴミを拾ってくる
2015.04.11
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今朝は降り出しそうな天候だったので近場を歩いた。この辺りは、名神高速道路で東京から500km地点に当たる。道路脇に「待宵の小侍従の碑」というのが建っている。待宵の小侍従は、岩清水八幡別当光清の女で、平安末期の女流歌人だ。碑には「待つ宵にふけゆく鐘の声きけばあかぬわかれのとり(鳥)はものかは」と詠んでいる。「(愛しい人を) 待っている時、宵が更けていくことを知らせる鐘の音を聞くのは、逢えた後、まだ一緒にいたいのに、別れる時を告げる朝の鳥の声などとは比較にならないほど、はるかに辛いことだ」といった意味だ。碑を詠んでいると高速道路(近代文明)に押しやられた、平安朝ののんびりムードと長い時間経過を垣間見るようだ。雨がポツリと落ちだしたので急ぎ帰宅した。夕刻には、大学の同窓会があり、梅田へ出かけた。連れ合いと高槻で用事を済ませて別れ、久しぶりの都会である。少し早めに出て来たものの、ふと考えると何もすることがない。紀伊国屋によって立ち見をしていても、気を惹く本もなさそうだし、どだい長時間立っていることには段々と耐えられなくなっている。それではと、ヨドバシカメラに向かう。梅田で何かを、と考えたら、それ以上の事が頭に浮かばないのだ。昔はうきうきしながら店内を見回ったものだが、最近は置いてあるものの内容が少しずつ分からなくなってきている。少しでもパソコンなどのIT機器に触れてきたからまだしも、そうでもなければ、ここは疲れる場所以外の何ものでもないだろう。やたら中国語が聞こえる。目を惹いたのは、アップルウォッチだ。もうすぐ発売されるのか、ショーケースに沢山ディスプレイされていた。ウェアラブルコンピューターの時代が来るのだなぁと感じた。その内に電車の中で、やたらと腕時計(のようなコンピューター)をいじくる若者が増えるだろう。その分パソコン売り場が縮小されているようだ。勿論携帯電話の各コーナーは、今を盛りと威勢がよい。何時も不便を託つスマートフォンの電源なのだが、携帯充電器のCapacityは、私の持つ6600mAhから4回充電が可能と銘打つ12000mAhのものまで出ている。本体のバッテリーの長寿命化はならないものだろうか。私は今、パソコンのHDD容量(150GB)の不足に悩まされ、それが故に変調を来すこと度々なのだが、それが今は1TB(Desk topでは4TB)のものが出ている。中にはSSD型のものまであるのだから、時代の進歩は著しい。それも之も半導体の進歩のお陰というところだろうか。半導体の微細化が進み、線幅10nm(ナノメートル)というのが量産体制にあるという話もあり、それ以上は3次元で対応とか、とかくこの辺りの進化はめざましい。殆どボーッとなりながらヨドバシカメラを後にし、同窓会場の弥生会館に向かった。ここはもうすぐ(今年中か?) 閉館になるとかで、何処か、JR以外のものとなる話だそうだ。いつものレストランは予約で満杯となっていたので急遽近くの飲み屋(かっぽうぎ)に場所替えして、何とか、今日珍しく参加するという遠来の(広島から)友人等に連絡を取って、集まったのは、7人だった。常連の1人は白内障の手術だと言うし、1人は別件があるとのことだ。今まだ仕事を続けているのは、3人ほどで、後は完全にリタイアして趣味の世界に生きているようだ。7人の内、スマートフォンを使っているのは私だけで、後は皆ガラ系かもしくは携帯電話は持たない主義とかだった。彼らにはヨドバシカメラは無関係の場所なのだろう。ともあれ皆元気そうであったのは何よりだ。ともかくがやがやと3時間余り喋って、お開きだ。
2015.04.10
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今日のウォーキングは久しぶりに良く歩いた。山崎駅から円明教寺口に出て、新山崎橋に周り、淀川の土手を通って帰宅した。注文していた姉のメガネの受け取りに付き合った。***3月23日に取り上げた、子どもが起こした事故に対して「親に責任」がどこまで問われるかについて、最高裁判決が出た。判決の結果は、それまで一審、二審で下された親に責任があるという内容を全面的に覆す判決になっていて、私はむしろ当然で、正しい判決だと感じた。しかし、前にも述べたように、施設を管理する側の学校に対しては何ら言及がなかったことに多少の物足りなさを感じた。サッカー練習をしていた状態のイメージ図が示されていたが、その図によると、小学校の校庭の周りのフェンスの高さは、1.2mでサッカーゴールの真後ろの門扉の高さも1.3mと低い。如何に小学生とは言え、ゴールに向かってシュートをしたボールが、このフェンスを越えることは十分に考えられることだ。フェンスを越えないように気を使いながらキックの練習をしていたら、弱々しいものになってしまうだろう。そんな環境を放置していた方の管理責任を問われて然るべきだが、この裁判の被告はボールを蹴っていた小学生(当時)の両親の管理責任に限定している。原告側(被害者)の考えは、その方が面倒ではなく、容易に賠償金を受けることが出来ると踏んだから訴状の対象を親の責任に絞ったようにも伝えられている。裁判のことはよく分からないが、この様な場合には、学校側の管理責任(ボールなどが校庭外に出るという恐れがある)については言及されないものなのだろうか。私の住む近くの小学校も、中学校も、同様に一般生活道と隣接した校庭なのだが、道路との境のフェンスは十分に高く、且つネットで囲んで、ボールなどが校庭外に出ないように気遣いがなされている。そちらの方が、当たり前だと思っていたのだが、当該学校の場合は、どうもそうではないようだ。校庭に接した道路には、学童が通る道であり、注意して走行すべし等といった看板などはなかったのだろうか。過去に同種の事故やトラブルがなかった方が不思議な位だ。最高裁で覆る前は、短絡的に親の責任を糾弾されていたわけで、最高裁に至るまでの、その間10年以上経過している事を考えると、その間の加害者側も被害者側も大変な心痛の中、生活してきただろうと思うが、もっと早く然るべき判断が出なかったものかと、司法のあり方にも疑問を感じる。判決の解説に、「子どもがけんかでけがをさせたり、危険なスピードで自転車を運転して衝突したりするケースと、校庭でのサッカーを同列に考えてよいものか」というところにポイントがあるように思われる今回の事故だ。ボール遊びをしてはいけないという環境(「ここではボール遊びを止めましょう」といった看板など設置)なら、まだしも、そこでは積極的にボール遊びをして良い、そんな場所での不測の出来事を、両親の過失(しつけ責任)に課する様な判決が良くも出せたものだと、一審、二審の裁判官に疑問を感じる。加害者側の弁護士は、画期的判決だと言い、被害者側はノーコメントだとのことだ。事故で転倒した人(やがて死に至ったとあるが、因果関係は見えないところがある)には気の毒だが、訴えるなら、環境を提供している学校側にすべきではなかったかと考えた次第だ。勿論、この判決が拡大解釈されることがないようにと思うが、今回の最高裁の判決(親の責任を限定)は良き判例となるだろう。
2015.04.09
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今日は雨でウォーキングは中止した。***今から15年経った時、日本のエネルギー源(電源)の構成(エネルギーミックス)をどのようにするかについての審議が本格的に成されているようだ。焦点はやはり原発の割合をどうするかと言うことになるだろう。更には再生可能エネルギーをどの程度まで伸ばすかもある。また、従来通り石炭や石油、天然ガスによる火力発電をどの程度にするかということも同時に考えなければならない。さらに、電力供給システムにはコジェネレーション(熱電併給)というのもあるようだ。この様な電源資源の要素を如何に組み合わせるかと言うことになる。メタンハイドレードなど、革新的な開発は遡上に登っていないようだ。電源構成を考える上でのポイントは、経済活動や個人の生活に必要なエネルギーを確保することが第1だが、その為に要するコストがどのくらい掛かるかを見極めなければならない。それに、環境問題(温暖化問題)も忘れてはならない。そんな様々なファクターをどう組み合わせて最適解を得るかというパズルを解くようなものだが、それらを白紙から積み上げるというわけにもいかないのが現実だ。環境問題には温暖化の他に、原発による放射線の汚染問題、更には最近になってやっと注目度が高まった、使用済み核燃料の処分方法や、処分地の問題である。原発導入時には多くのことが目隠しされ、また多くのいい加減な判断基準で安全神話が造られ、建造がラッシュのように行われてきた。そしてそれが破綻した。過去に原発が果たしてきた意義を否定するものではないが、それと同時に危険をも醸成してきたことも忘れてはならない。福島原発の事故(それまでにも東海村や美浜などの事故)で、天災(地震・津波)が致命的な問題であることを身につまされて知ったわけで、それなら、原発に頼らずに(脱原発依存というようだ)電源が得られないかと考えるのが自然だが、どうもそう簡単にはいかないようだ。このまま突き進むのは駄目だろうというものの、全くゼロにすると火力発電所用燃料の輸入拡大で膨大な国富流出となるとのことだ。そこで、中間的に、原発に約15%程度依存するというのが順当ではないかと主張している。この根拠に、再生エネルギーの確保が、変動的で且つその稼働率の低さを挙げている。地球温暖化で言えば、原子力が勝り、火力は多くのCO2を出すことが明白である。こういった論点から、やはり原子力はエネルギー源のベースロードとして重要且つ不可欠と導く論理展開が趨勢のようだ。しかしそれでも、放射線物質の汚染で混乱する福島を見るまでもなく、やはり冷静に考えると原子力を選択する気にはなれない。コスト面でも、廃炉に掛かる膨大な費用等を別勘定で比較するなどと言ったことが平気で行われて、いかにも安価であるかの如き論理を敷衍し、世の判断力を誤魔化してきたわけだし、安全面でも神話がとうに崩れているにも拘わらず、新たな安全基準を設定したと言うことで、新基準に合格すれば、あたかも絶対に安全であるかの如き錯覚を植え付けている。自然の力を科学で御せると安易に考えているのは危険きわまりない。何故に日本で再生可能エネルギーの開発が出遅れているかは、こういったまやかしの論理が罷り通っているからだと言うことだ。そもそも原発を廃止しようなどと背水の陣で考えてはいないわけだ。原発50基を精力的に作り続けてきた日本は、福島原発事故で少しは行き脚が止まったかに見えるものの、やはりこれまで培ってきた既存勢力をそぎ落とすことに隠然とした抵抗があるのだろう。ドイツなどヨーロッパの心ある国々は、原発廃止の方向に進んでいる。何時も比較対象に外国の例を持ち出す日本だが、事原発に関しては、独自の道を歩んでいくという。誠にダブルスタンダード的な発想である。再生可能エネルギーの風力発電でも、世界の趨勢は、昨年で44%増だという中、日本はなかなか伸び悩んでいる。何が何でも原発が必要なのだという側面からではなく、再生エネルギーや他のエネルギー源に置き換えるといった側からの視点で考えないと、革新的な結果は得られないし、得られないことに満足してしまう結果になるのだろう。
2015.04.08
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今日は朝路面を見ると濡れていた。従ってウォーキングは中止だ。歩けば歩けたかも知れないが、最近こういう事が多い。軟弱になってきているからかも知れない。そんな風で、今日は、傘は要らないようだが、一寸さえない天候で桜も花びらが路面を覆っている。小学校の入学式なのだが少し可愛そうな天候だ。孫が晴れて1年生になった。さらに、今日は、その孫の誕生日でもあり、2重にめでたい。入学した小学校は、私もボランティアで学習会に参加しているのだが、現在2クラスの1年生(この期に2年に進級)も、今年は3クラスに増えているのだそうだ。世の少子化とは違って、この小学校に限っては、増えているのだと聞いて、何となく得したような気分になる。式には、殆どの子どもの両親が参列しているようで、式場は一杯だったとのことだ。華やかなことはよいことだ。さぁ、これから彼の新しいページが始まるわけだ。お兄ちゃんの方も、4年に進級し、明日の始業式から兄弟揃って同じ小学校に通うことになる。昔から仲が良いこの兄弟は、同じ小学校でどんな生活をするのだろうか。何時までも仲良くやってくれればいいと願う。半世紀以上前の私の子どもの頃のことを思い返しても殆ど記憶がない。多くの姉が居るのだが、そんな昔話を余り聞いたこともない。それに比べて、この兄弟は、様々な経験をし、その事ある毎に、写真やビデオを撮って貰っているようで、後に振り返って、思い出すことも多いだろう。時代の差だ。式を終えて、やってきて昼食を共にした。食が細る(尤も食べ過ぎないようにコントロール気味ではあるのだが)私と違って、食欲は旺盛で、大きめの肉まんを2つ近く平らげる様はすごい。お兄ちゃんの方は新4年生として、既に逞しい身体になっているので、一寸ひ弱そうに見えた弟の方も、之からどんどんと大きくなっていくだろう。一旦帰って、夕刻改めて、入学祝い(兄の方も4月生まれなので2人の誕生会も兼ねて)をと、高槻西武百貨店の桃谷楼で夕食会を持った。今日は入学式ということもあって、桃谷楼は、夕食会の人が多いらしく、予約の客が引きも切らなかったそうだ。夕食会までに一波乱あった。歴史本(漫画)が好きだという兄に歴史上の人物を取り上げた週刊本を買ってあげる連れ合いだが、弟の方にも入学祝いをと有名な児童雑誌を買ってあげたようだ。連れ合いとしては、兄弟共に平等に(この平等というのが、この兄弟に対する時のキーワードである)というつもりだったようだが、何故か兄の方が、不足を唱えている。一旦は納得したかに見えたが、お母さんの顔を見ると、涙が湧き出たようだ。彼の論理では、週刊の歴史雑誌は、2人に対して買って貰っているのであって、兄だけでなく、将来は弟も読むのだというわけだ。従って、弟の為に本を買うというのは、ある意味弟の方は2重になるというのだ。従って兄としては、共通の週刊誌以外に兄用としてもう1冊買って貰って然るべきだという論理である。連れ合いも何となく納得して、兄にもう(いや、もうではない)1冊買ってあげていた。選んだのは、「天草四郎」で、食事が終わったテーブルで、ひたすら読みふけっていた。単なる漫画本でないので良かろうかなどと思って眺めていたが、弟の方が開いた本は、挿絵はあるものの、字が一杯なので、本当に読みこなせるのかどうか(5歳からとなっていたが)、兄の漫画本と比べて、少し奇異な感じがした。兄弟揃って遊ぶのはハンディーなゲーム機やゲームセンターのゲーム機に使うカードの収集だ。許されれば、お父さんの持っているスマートフォンで、しきりにゲームをしている。隔世の感はこんなところにも如実に感じる。2人とも、きっとパソコン音痴にはならないだろう。之からの世の中を生き抜いていくツールを自然の内に身につけるためには、時代なりの遊び方をマスターしなければならないのだろう。明日は2人の始業式だ。早めに帰って備えると言いながら、今日1日の締めくくりに、カードを買っていた。
2015.04.07
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今朝は雨が降るかも分からない空模様だったので、ウォーキングは近場で、若山神社を往復することにした。湿度が高く、坂道と急な階段では汗が出るほどだった。夕刻先輩から取れたてのタケノコを頂いた。また、連れ合いは、夕刻、友人との会話を楽しんだようだ。***先月の私の履歴書は元内閣官房副長官の古川貞二郎氏のものだった。友人が言っていたように、正に典型的な履歴書という感じだ。官僚として如何に立派なことを成し遂げてきたかが縷々述べられているが、本人がどう自覚しているかは別として、自慢話に尽きている。私の履歴書はそう言うものだと言うことをかつて友人は話してくれ、その友人が勤めていた会社の会長などは、履歴書を書かないかといわれるのを心待ちにしていたといっていた。勿論平凡な人にこの話が舞い込むことはない。立志伝中の人や、苦学して成った人、スポーツなどでも、それ相当の活躍をした人にしか話は回ってこない。一寸調べると1956年から始まったそうで、既に1000人近い人が執筆しているようだ。最初は1人が1週間とのことだったが、今は1ヶ月と長く、年間12人となるので、選ばれること自体が光栄だとのことになるわけだ。納得である。分野の違う人が何をしようと、どんな苦労をしようと、さらりと書かれた文面からは本当の苦労は読み取れない。過ぎてしまえば、皆良い思い出になるのだろう。古川氏の場合も、最後には、奥さんと名誉ある勲章を胸に2ショットで納まっている写真を掲載しているということから、大成功しましたという話なのだ。掲載されている若い頃の写真を見ても、実直で、素直そうな表情と雰囲気は、氏の経歴と照らして、さもありなんと思わせるほどである。冒頭、80歳になる現在も、多くの肩書きを持ってお国のお役に立っているという辺りから、なるほど、友人が言っていたとおりだと思ったわけだ。更に、若い人への参考になればと我に続け的な文もあり、やはり勉強して、偉くなり、そして俺のようになりなさいと言っているわけだ。国家公務員上級試験に失敗した例を挙げ、それでもこうなれるのだぞという辺りは、読む若者を勇気づけるのかも知れない。浪人して九大を卒業、地方公務員を皮切りに、国家公務員になり、最後は、厚生事務次官から内閣官房副長官とあるから、必ずしもバリバリのエリートコースを邁進したというわけでもなさそうだ。そんな点が、ひょっとしたら若い人に、俺にも出来るのではないかと思わせるのかも知れない。自身のこともさることながら、登場してくる政治家などを褒めまくっている。表面的に良くできたことを羅列してあると言った感じだ。そんな文章を見て、やはり公務員の典型、鏡なのだと感じ、こうあらねば、公務員のみならず世間では出世は覚束ないだろうと思わせる。人それぞれ、職それぞれで、取り組んだ仕事や、達成した事共は、違っても、それなりに成果を上げて(挙げられなくて埋没した人もいるだろうが)齢を重ねるもので、そんなことを縷々聞かされてもあまり感動的ではない。むしろ不遇の時や、挫折の時にどう過ごしたかに興味があるといえばあるものだ。氏の場合、大学を選ぶ際に、文学部に挑んで、不合格、2次志望に飽きたらず、文学部から法学部に転向し再挑戦等という辺りが、転機といえば転機なのだろう。このことも、氏の努力も勿論だが、実家に余力がある故に出来たことで、幸運だったことも預かっているようだ。厚生省の面接試験で一旦不合格だった結果を、人事課長に掛け合って、一転採用になる件は、何とも不自然で、何があったのか興味深い。その他の部分は、余り興味が湧くところではなかった。
2015.04.06
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今朝は初島内を散策すべくウォーキング・シューズ持参で行ったのだが、昨日のドライブ疲れ(?)と夕食時の適度な酒に、朝起きることが出来ず、散策は中止した。今日は日曜日で、姫は大学の入学式に出るため12時までには湘南へ帰らなければならないという過密なスケジュールだ。常なら、ウォーキングの後、朝風呂に入ってから朝食との段取りになるはずなのだが、そんなことで今日は朝風呂も省略した。幸いなことに予報に反して朝方の空はどんよりしていたものの雨はまだ降っていなかった。ブッフェスタイルの朝食だが、連れ合いは、昨日の船酔い気分が抜けきらないのか、殆ど朝食が喉を通らないようだ。私も、ブッフェスタイルは食べ過ぎの傾向になるので、努めて控えめにした。それでも最近は、野放図に食べることもなく、年齢に応じた食事となっていると判断している。9:25発の連絡船で帰ることにしていた。ホテルから港まではほんの5分程度シャトルバスに揺られるだけだ。今朝は風もなく、海は凪いでいたが、昨日のこともあるので、早く並んで良い席を取るべく早めのバスで港まで出た。暫くして、昨日の船とは違う、一寸古めの船が入港してきた。平水路用客船で、定員は1.5時間以内で870名となっていた。それ以上の航路で6時間以内なら280名の定員となっていたので、時間(航路の長さ)によって定員が異なるのだと言うことを初めて知った。一番に船に乗り込んで、上甲板の中央部で揺れの少なそうな席を確保したが、何のことはない、早い時間なので、席はあちこち空いている。昨日と違って風もなく、凪いでいるので揺れが少ない(実際に揺れは無く、瀬戸内海と同じ様)だった。羮に懲りて膾を吹くと言うところか。ともあれ、熱海港に無事帰還した。時間がありそうなので、姫達を送って湘南まで車で向かうことになった。運転は姫だ。地図上では熱海海岸自動車道(熱海ビーチライン)という有料道路で海岸沿いに帰れそうなので、期待していたが、有料ながら、旧い道で、しかも渋滞し、遅々と進まないので、姫が間に合うかどうかやきもきした気分になった。途中根府川駅の近くを通る頃まで混雑が続いたものの、有料区間を過ぎて、無料の西湘バイパスに入った頃から皮肉にも車の流れは良くなった。道路改修して道幅が広くなったのであろう、この時期の西湘バイパスは、実に快適な走行が出来た。おそらく夏の海水浴シーズンではこうはいかないのだろう。お陰で、卒業式の時間には十分間に合った。姫達と別れ、近くのそば屋で、十割蕎麦を食べ、兄の所にメールを入れたら、花見も終わり、テニスもなく、明日のゴルフコンペのため在宅とのこと。表敬訪問して、暫し歓談、連れ合いの回復具合を報告すると共に、互いの健康を確認し合った。本格的に帰路に就いたのは、15:05だった。今回は、圏央道に繋がる自動車道が開通しているとのことで、海岸通りから茅ヶ崎ICに出て、新湘南バイパスに入った。新湘南バイパスには藤沢ICから入るも良しだが、海岸通りからの方が、スムーズに帰れるようだ。茅ヶ崎JCTから圏央道に入るのだが、車も少なく、まだ開通したばかりの快適な道路だった。この道路は、海老名JCTで東名高速道路に直結しているので、ストレスがない。今までのように海岸通りを二宮辺りまで走って、一般道から秦野中井ICに入るのと比べたら、格段に早い。良い道が出来たものだ。地図上の若干の遠回りも全く気にならない。そこからは足柄SAに休み、途中雨で、30分位の渋滞の区間をとろとろ走ったものの後は快調に飛ばして、最後の休憩を刈谷SAで採り、簡単な夕食を済ませて21:37分に帰宅した。今回の旅行はほぼ900kmのドライブと、40分の船旅、温泉、姫達との会食、兄貴の家を訪問という盛りだくさんの内容で満足する旅になった。
2015.04.05
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今日は熱海の初島クラブへ1泊のドライブ旅行をするため朝のウォーキングは取り止めた。初島クラブはエクシブチェーンの1つで、連れ合いの友人の名義を借りて1泊することになっていた。姫も友人と湘南から来るというので、熱海駅で落ち合う手筈だ。初島クラブは熱海の沖に浮かぶ小さな島(初島)にある。熱海港から船で20分位とのことで、船の出発時間の14:10から逆算して、朝8時までに出発すれば十分だと計画していた。ほぼ時間通りに家を出て、京滋バイパスを走り、瀬田東で、名神を少し走っていると何やら新名神の先で、渋滞が発生しているとの情報をキャッチした。8km程度の渋滞としか分からない、名神をそのまま使うよりもやはり新名神経由の方が早かろう(35km短い)と判断したものの、一度詳細を確認すべく急遽草津PAに入った。大した情報は得られなかったが、草津PAは草津JCTに近く、注意していないと、出発時、名神と、新名神の分岐を見誤ることになる。素直に走れば新名神に入り、順調に進んだ。今日は、雨の合間で天候は大丈夫だと思っていたが、陽が射すほどに好天気で、良い感じで車を走らすことが出来た。しかし、新名神独特の橋脚の高い見晴らしの良い区間は、しっかりとハンドルを握っていなければならない位に風は強かった。新名神も終わりに差し掛かり、渋滞が始まった。この辺りは何時も渋滞気味だが、とろとろと走るとほぼ6kmほど走った鈴鹿IC辺りで、自然に流れが良くなった。いつも渋滞は突然始まって、突然解消するという感じだ。後は、渋滞もなく気持ちよく走れた。四日市から湾岸道路に採ればますます快調そのものだ。豊田JCTから三ヶ日JCTまでの間は、旧の東名高速道路だが、流石に路面が傷んでいるようだし、周りも何やら薄汚れた感じだ。三ヶ日JCTから新東名高速道路へ入る。いつもの都田川橋を通過、浜松SAに停まった。先ほどの渋滞でのロス時間が気になって、10分そこそこそこで、そそくさと出発した。後は一気に走るだけだが、速度オーバーが一寸気になるところ、何と覆面パトカーがトンネル内でスピード違反した車であろう、停めているのを見て、驚いた。今までの常識を破るもので、トンネル内もむやみにスピードを上げるのは考えものだ。長泉沼津ICで新東名を降り、一般道を暫く走ると、それは伊豆縦貫道に繋がり、途中から熱函街道で山越えをするのだが、之が結構なクネクネ道だ。登りは差ほども感じなかったが、下りは急な坂で、エンジンブレーキを使わなければならない。湘南から来る姫達との待ち合わせは熱海駅13:15だとのことだったが、はからずも丁度13時前に熱海駅に到着することが出来た。ほんの少し待っただけで、駐車料金が掛からない30分以内で熱海駅を後にした。熱海港近くのパーキングに駐め、小型の客船で初島に渡ったが、風がきつく海は相当なうねりがあった。客の中には、船酔いで青ざめた人もチラホラいて、中には泣き出す子もいるほどだった。連れ合いも若干気持ちが悪くなり、急遽揺れの少ない、後部に移り、最悪の事態は免れた。300ton足らずの船ならではの揺れで、大きくは駿河湾に囲まれているとは言え、荒れた海は瀬戸内海の比ではなかった。夕食までの時間はたっぷりあったが、多少の船酔い気分が抜けず、部屋で暫し休憩した。部屋はやけに広くて2つのベッドルームの広さはそれぞれ十分で、更に湾を見渡せるリビング形式の部屋も十分なスペースが取ってあった。休憩の後、温泉に浸かったが、ここは本来のエクシブではないそうで、泉質は良いようだが、設備はそれ程よくはなかった。夕食時には、今渡ってきた熱海港で花火大会をするというので、屋上庭園に出て、対岸を臨んだ。遠い花火ながら、空で弾けた大輪は、結構大きくて、見応えのあるものだった。夕食では、和食に舌鼓を打ち、久しぶりのアルコールに良い気分になった。場所を変えてのラウンジでは、久しぶりにフィリピンでよく飲んだジントニックを注文し、話す内に暫し寝てしまったようだ。食後また温泉に浸かって、本格的に就寝した。
2015.04.04
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今日のウォーキングはJRの脇道を檜尾川橋迄出て、そこから淀川の堤終点へ周り、水無瀬堤を経由し、帰ってきた。少し距離(歩数)を短めにしている。連れ合いと友人の助言を容れてのことだ。過ぎたるは尚及ばざるが如しというところか。連れ合いのリハビリ後、孫達2人を連れて、山崎にあるパン屋(Pave nature)に出かけた。ここは何時もウォーキングで、通るところだ。最近雑誌に紹介されていて、連れ合いがすぐそれに飛びついたと言うわけだ。店の前に物理的には2台駐車できるスペースがあるというものの、実際には1台駐車していると2台目は躊躇するぐらい駐車は難しい。ぞんざいに駐めていると中から店員が飛び出して、「ここは2台用ですから詰めて下さい」という。さはさりとて、一寸感じが悪かった。(案の定パンを食べている間に2台目は来なかった)孫達は共に4月(4日と7日)が誕生日だ。小学校4年になるお兄ちゃんの方は「ねぇ、ねぇ、ここって明智光秀と秀吉が戦ったところ?」と鋭い質問だ。もうそんな質問が出るのかという感じ。一方入学式を控えた弟の方は「ラッスンゴレライって、何ですの?・・・」とおどけている。人類の進化といっては大げさだが、人の成長の過程を見るようで面白い。やっぱり教育は然る可くあるべきだと思った。何も下らない事全てが不必要というわけではないが、砂漠の砂が水を無限に吸収できるように幼児の頭には驚くほどの吸収能力があるようだ。そんな時にしっかりした教育をすることが大切なのだと感じたわけだ。***トヨタが中国とメキシコの新しい工場を建てるようだ。その投資額1500億円。景気の良い打ち上げ花火だ。何か世の中の動きとちぐはぐなものを感じる。流石に世界に冠たるトヨタのことだ。売上が1500億円でも凄いのに、5年ぶりとはいえ、投資額が1500億円とはと言う感じだ。それもその筈、売上が25兆円、営業利益が2兆3000億円と言うからもはや天文学的な数字のように感じる。政治と経済は、別だと言うことだが、昨今、中国から何とか足抜けをしようとする日本企業もある中、またどでかい花火を打ち上げたものだと感心する。賄賂の国中国同様、メキシコもまた賄賂天国だという。一介の技術者の窺い知るところではないが、両国での事業展開は、国内に於ける事業展開とはまた一味も二味も違うことだろう。2012年には尖閣諸島国有化に抗議する反日デモで、デモ隊に襲撃された山東省青島市で日系スーパーの工場が襲撃され、コテンパンに破壊されたのはまだ記憶に新しい。この時は、日本人であると知られるだけで襲われる危険を感じたと言うほどだ。その後、中国側にすれば尖閣列島の帰趨の決着が付いたわけではないし、(中国側の資料でも日本の領土であるとの記述があるエビデンスが見つかったと言うが)この先どうなるのだろうか。中国人は、自らが働いている工場でも、それが日本企業であれば、襲撃してぶっ壊すというのは、どうも間尺に合わない気がする。(明日の糧が得られないはずだが)暗に政府から休業の保証が出ているからだと聞いたこともある。「ほんまかいな?」だが、そんな記憶と風評を聞く度に、流石のトヨタという感じが一層に深まる。中国の労働力は、農村部から都市部への出稼ぎ労働力が主だ。今までは賃金を低く抑えられてきたが最近は、そうも行かないようだ。日系企業でも労働争議が頻発している。習近平の汚職撲滅(構造改革)政策と、経済成長率目標を7%前後成長鈍化させるという「新常態」(安定成長)改革の中、トヨタの英断はどんな結果になるのだろうか。
2015.04.03
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今日のウォーキングは、先ず水無瀬の堤に出て、東に歩き、昔ながらのNH(日本ホイスト)の看板迄を往復した。日の出は5時43分となっているが、河川敷から山向こうに実際の太陽が昇るのは、10分程度遅れた5時51分だった。丁度阪急の大山崎駅辺りを歩いている頃だ。1日のオープニングセレモニーは、毎日行われる。気分は爽快だ。以前からこの道で良く遭う人とすれ違う。単なるウォーキングではなく、勤め人のようでもあるが、しゃくれた顔で、黙々と歩いていた。一体どう言った素性の人だろうか。***帰宅して、連れ合いが観たいといっていた映画「エイプリルフール」を観に行った。どうせなら綺麗な映画館でと、イオンシネマ桂川に行くことにし、気分を変えてJRで出かけた。リハビリも終盤に差し掛かり、長時間でなければ、歩くこともそれほど苦ではなくなったようで嬉しいことだ。今までの努力にエールを送りたい。映画の内容は他愛ないもので、7つのストーリーのオムニバスだ。どれ1つ取っても、日常に起こっている奇異な出来事よりももっと考えられないどたばたの連続だった。1.イタリアンレストランで、プレイボーイの天才外科医に妊娠を告げ、認めない外科医と周りを巻き込み大立ち回り。2.ガンを宣告された妻を喜ばすためにロイヤル夫妻と偽ってショッピングやクラブで人生最後を楽しむ夫婦。3.似非占い老婆の大金巻き上げ詐欺。4.少女の誘拐と、その誘拐少女の万引きおよび家族関係。5.行方不明の男が42年ぶりに帰還したと嘘の放映するTV番組。6.不登校、いじめにあった少年がふと自分は宇宙人だと思い、虐めた者に反撃する。7.大学生の男同士の友達のゲイの告白どれをとっても荒唐無稽。互いのストーリーが噛み合っているのもあり、単独のものもあり、それが交互にランダムに出てくるので、頭の体操になりそうだ。さて私はどれ位起きて観ていたのだろうか。往復のJRの車窓に見える桜の木々は、今を盛りと咲いていて、結構目を楽しませてくれた。ピンクが多い中、それも濃淡が少しずつ違っている。中には白い桜もある。桜の幹(枝も)黒い。古い程黒いのだそうだ。対比して咲く花のすずやかさは、この黒い幹故そう感じるのだろうか。1本だけでもふわっと大きく咲いているのは存在感がある。しかし川の畔に連なって咲く並木は殊の外ゴージャスな感じだ。ポトマック河畔にも移植されたと言うが、桜はやはり日本の花だ。見ているだけで華やいだ気分になる。しかし、何しろ桜(花)の寿命は極めて短い。見たくない、聞きたくないニュースが連日続く中、この桜を散らそうとする雨が近づいているようだ。何とも世の中思うようにはいかないものだ。
2015.04.02
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今日は雨でウォーキングは中止。新年度になったので、このブログも少し簡素化しようかなどと思っている。この頃起こっていることなどを書いておくのは後で見て意味があるとは思うものの、所詮、後になって振り返ることも少ないだろうと思うからだ。思ったことを手短に書くこと、思いが深い時などは詳細に言及するが通常は簡単なものとすることなどフレキシブルな方が負担が少ないだろう。***今日は姉の誕生日だ。私より10歳年上で、81歳。年度初めに生まれたので非常に覚えやすい。誕生祝いをと、連れ合いのアレンジで、向日市のスポンタネという創作フレンチレストランで3人の昼食会をした。昔、誕生祝いなどした記憶は余りないが、連れ合いのこういった気遣いが有難い。ここは、かつて、連れ合いと2人で偶然見つけたレストランで、その時は予約制で入れなかったが、後に友人夫妻と昼食をしたことがある。今日は2度目という事になる。聞けば、13年余京都の祇園宮川町で「ビストロ スポンタネ」として開業していたところを、自然豊かな大原野の郷(京都西山)にもオープンしたのだという。連れ合いはテレビか雑誌で祇園の店には有名人も来ると言うことで名前は知っていたようだ。スポンタネの意味は、フランス語で「即興」だと説明しているものもある。また、調べていると、スイス語では「ありのままに」という意味だと書いてあるのもあった。更に調べると、「自然」という意味からつけられたとも書いてある。更に更に、「素直や優しさ」といった意味もあるとかだ。前に友人と行った時には、フランス語とは知らず、英語にspontaneousの略で「自然な」という意味だろうとのことになっていた。オーナーシェフに聞いたわけではないから詳しいことは分からないものの、どうやら之が正しい感じだ。 売りは、シェフが自ら育てた野菜を提供すると言うことらしい。レストランは旧民家を買い取り改装(殆どそのまま使っている)したもので、全室和室だが、最近別棟の藏を改造した部屋も利用できるとあって、全部で6室だそうだ。和室の床に暖房が入れてあるので、この時期はエアコンの必要はなかった。和室だが、椅子に腰掛けテーブルに向かって食べるようになっているから楽だ。何故かサーブしてくれる人は、年齢のいった男性2人である。フォワグラや菜の花など日頃余り食べないものを出してくれるので、楽しいし、年寄りの胃には、好都合なくらいの量である。一応ナイフとフォークもコース料理に合うようにたっぷりと用意されている。前菜を大きな皿(概して皿は大きい)に盛りつけられていて、目先で食するという効果も狙っている。談笑しながら、食事を楽しんだ。しかし、出てくる話は、身体のこと、薬、医者等と言うことになる。それでも姉はジムに通ったり、ゴルフと言えるかどうかだが、ラウンドしたりしているという。何時までも元気でいて欲しい。親爺とおふくろをおくったのは随分前のことだが、ふと当時のことを思い出して目頭を熱くしていた。今度は自分たちの番が近づいていると一寸身につまされた。帰る段になってこのレストランを気に入ってくれたのは幸いだった。食事を終え、メガネが合わないというので、帰りに高槻のイオンで検眼して貰うべく立ち寄ったが、一寸見て貰うつもりが、高価なメガネをそこで購入することになったようだ。一人暮らしの姉をマンションに送りながら、之からは日々を楽しく、ストレス無く生きることが必要なのだと思った。
2015.04.01
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