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黄色と白は、神聖なもののシンボルらしい。会社勤めをしていた時、突然退職した人がいて、そのことを話していた時、ある人が、「もう会社を辞めたのだから社長の言うことも聞くことはない、天下無敵ですよ」と言ったので驚いたことがあったが、あとでその意味が分かった。サラリーマンは、自分のしたいことをしているのではない。上からの命令に逆らえないのがサラリーマンの宿命でもある。そこで生きていくしかないと教えられてきたが、果たしてそうだろうか。 ・自由から逃走して、安泰の道を選んでいる。家族がいる、誰がいる、そして自分の生活もあると弁解する。飼い犬のように暮らしていくしかないが、頭を下げていれば悪いばかりではない。この冬,近くの海岸にホームレスのような人がいたが、春になっていなくなった。ある時,その人の顔を見たが、真っ黒に日焼けしていたが、あんな顔色になるのかとショックだった。 ・へ2・・・天下無敵などいるはずはないが、世を捨てるということが、どんな意味があるのか考えさせられた。果たして逃げ出したのだろうか。解放されたのだろうか。経営者は従業員を心身ともに支配していると思っているのではないだろうか。犬猫ではない。乞食をすることで仏道を説いた教えもある。
2018.09.30
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ティルタ・ウンプル寺院。便利な言葉に、事情変更の原則がある。何しろ何があるかわからない。決めている事を変更しないと、合理性に欠けることにもなる。契約しても、内容が変わってしまうと、そのままでは遣れないことだってある。台風が思ったより早く九州を通過したが、未だ台風9号の吹き返しがあり、夜のウオーキングをしようと外に出たら、雨である。少しの雨で濡れて歩けないこともないが、夕方1万歩ばかり歩いたこともあり、少し待ってみて、様子を見て決めようと思う。 ・それこそくるくると社会の意識の変動がある。昨日までのことがこれからも通用するとは限らない。自民党も、民主党も傀儡だろうか。政党も官僚もウ号の集団でしかないのではないか。どうも政府もそうだが、国民の意識のあり様も怪しい。どうにでもなるのではないだろうか。敗戦後の日本人のプライドもあったのかなかったのか。歴史を観ると、訳が解からない処もある。 ・へ2・・・あるようでないようで得体の知れない国民性なのではないだろうか。日本の鎖国も、あっという間に霧散したではないか。そういうことからいえば、民主主義もどこまであるのかないのか、解かったものではない。起訴されている男が首相になるかも知れない。それを黙過するのか。 強い奴にめっぽう弱い国民ではないだろうか。
2018.09.30
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ティルタ・エンブル 寺院 聖なる水で有名な寺。私が見たいのは有触れた風景であり、悲劇や、衝撃の写真ではない。目も翳んできたし、実はあまりよく見えないので、結構ピンボケだったりするが、子供で写せるカメラだから、時々。まあ、自己満足でしかないが、ブログとか、ウオーキングとか好きなことをしているのだから、文句はない。然れども、この社会に苦言はある。 ・まあ、何とかツアーも続けている。ハイリスクの病気を抱えており、いつそれまでも、覚悟だけはしているつもりだが、なれば慌てることだろう。最悪のケースを考えて、どんなときにもパニックにならないでいたいのが理想ではある。 ・へ2・・・それは、だれにでも何事かが何れは来るだろうし、そして「はいそれまでよ」になる。これでも、蔵書印まで作って、1万冊を目標のしていたが、人生のメルクマールを見失いがちだ。何しろ、訳の分からない時代だ。心の旅をしてきたい。まあ、自分では、百寺巡礼のようなものだ。
2018.09.30
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ティルタ・エンブル寺院市民を対象にした文学講座でテーマが「作家の全小説を読む」という自由企画を2005年から受講したが、講師は40年間日本文学を研究されてきた市民教育にも熱心な文学部教授だった。然も無料の講座だった。受講者は20数人だった。今年の4月からは30数人になったが、教授は定年退職になったので最終講座のあと講師と受講者でお別れ会をした。 ・これまで、何の脈絡もない乱雑な読み方をしてきた文学だった。作家がどんな考えで作品を書いたかなど考慮したこともなかった。そして一人の作家の全部の作品を読むという発想さえなかった。文学部の学生でもない一般の市民に、教養以上にどれだけの内容を話せばいいのか講師は迷われながら講義をされていたに違いないが、毎回、資料を準備され、講義の前には必ず読み直しをされていたようだ。いつも読み直して解ったことがあると言われていた。 ・へ2・・・点を線にするということはいつも思っているが難しい課題だ。ハイレベルでレベルの違いすぎる講座を受講したが、それでも、自分の頭で考えることだと毎回言われた。それがこの国に生まれ育った日本人の言葉を知っている国文の意味でもあると。定年になり、何をしようかと思っていた時に、実にタイムリーな時間を持てたことを感謝する。
2018.09.30
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「聖なる水」の Pura Tirta Empul「エッジワース・カイパーベルト」や「セドナ」などの小惑星が見つかり出してい る。「太陽系第10惑星」たちだ。これからも「すばる」は、あらたな発見をする だろう。 所謂、未解決の問題に対する課題は、いつかは解析される。寧ろ課題とさえされな いまま埋もれている課題こそ重要だろう。まるで赤ん坊が、周囲の環境を学んでい るように科学の進歩は進むのだろうか。せめて、科学の進化を阻害しないことくら いしか、私たちにはすることがない。そして、科学の子供たちをより多く育てるこ とだ。彼らをのびのびと育てることがひいては、未解決の課題をよりひろくテーブ ルに載せることになるだろう。 「メーザー」は、太陽の最期を証明するだろう。ひとに「ヘイフリックの限界」が あるように太陽も130億年を経過して、最期のときをむかえる。大規模なガスの 放出がされる時にメーザーが出る。やがてちりにおおわれる。 「有限の限界」と言う宿命を背負いながら、細胞もヒトも地球も太陽も、そして宇 宙さえ存在しているのではなかろうか。 腐りかけた私の脳でさえ、未だ知りたいことが、うれしいことに幾つもあるし、そ して、日々新たなテーマが生まれ続けるだろう。 マクロに対してよりもミクロの世界が更に深い。殊に脳が凄いと思う。 ヒトの知識などまだミミズの脳でしかないだろう。目のないミミズだ。 これから、どうなるのだろうか。はかないものの中にも何かがあるだろう。 価値は見出すものだ。その力を養うべきだ。
2018.09.30
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バリの風景自分らしい生き方探しとは、価値観とか、生甲斐とか、要するに個人的なことに過ぎない。自分の能力はどうとか、何のために生きているとか、生きる充実感とか、これから自分のために生きて行きたいとか、要するに国家にとってどうでもいい個人的な問題でしかない。 人生の終わりに、ああ、生きていて本当によかった、と思えたとして、それが何だろうか。そんなことを真面目に講義しているのだから、ひとを食った話。どうやら引導を渡したくて仕方がないらしい。参りました、といって欲しい人たちばかりなのだろう。そうは問屋が卸さない。重箱に収まるだけの世界ではない。 人間には内なるコンパスなどあるはずもなく、自分だけの平安が何だろうか。問題を矮小化したがるのは、自分の仕事を楽にしたいだけの役人たちの陰謀でしかない。苦労せずに自分ばかりは気楽に生きて行こうなど。 何かの始まりは、何かの終わりでしかなく、しかもその先に何があるかだろう。次々にあらたな問題が発生している。新しい手立てのないものは行き詰るだろう。ツアーはいつも楽しい。遊びだからだろう。帰る家があるから楽しいのだという。そうかもしれない。束の間の時間でしかないが、日常とは違う経験をすることができる。好い思い出ができればいいですが。
2018.09.30
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バリ レゴンダンス聴こえない声がある。読めない本もある。聴きなれた頭脳に直ぐ入る声や知識は役には立 たない知識ばかり。知らないことを知り、知らない道を探さねばならない。私たちの経験や、知 識はすぐに役に立たなくなる。怠惰に沈んでは、人生を溝中に棄てることになる。 欲望に溺れた小説家となるべきではない。彼等は天からの蜘蛛の糸を信じている。「沈 黙する羊」たちに明日はないが、殺されない生命もない。 ヘイフリックの限界を知ることは限られたひとの時間の意味を問う。 ただ与えられたスペースで学び、既成概念でどれだけ努力してもこの社会から脱出 などできはしない。 利己的な遺伝子に嵌められた仕組まれた人生だろうか。 誰もひとみな応えのない人生を行かねばならない。自分の限界を知らな い者は、人生を全うできない。
2018.09.30
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バリ レゴンダンス聴こえない声がある。読めない本もある。聴きなれた頭脳に直ぐ入る声や知識は役には立 たない知識ばかり。知らないことを知り、知らない道を探さねばならない。私たちの経験や、知 識はすぐに役に立たなくなる。怠惰に沈んでは、人生を溝中に棄てることになる。 欲望に溺れた小説家となるべきではない。彼等は天からの蜘蛛の糸を信じている。「沈 黙する羊」たちに明日はないが、殺されない生命もない。 ヘイフリックの限界を知ることは限られたひとの時間の意味を問う。 ただ与えられたスペースで学び、既成概念でどれだけ努力してもこの社会から脱出 などできはしない。 利己的な遺伝子に嵌められた仕組まれた人生だろうか。 誰もひとみな応えのない人生を行かねばならない。自分の限界を知らな い者は、人生を全うできない。
2018.09.30
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レゴンダンス種の絶滅の急激さとは、環境の急激さに必ずしも比例せず、緩慢な環境変化が進行し、ある臨界点 を超えた瞬間に一気に絶滅するのだという。たとえば、水生の生物は、じりじりと死んで行くのではなく、 ある許容範囲を超えると一気に絶滅するパターンをとるのだ。それまでは、元気に泳いでいるのだとい う。他の種は平気だったりする。たった1℃~2℃の境界線でしかないという。或いはその差はコンマ以 下もある。徐々に進む環境の変化に対して生物は、寧ろ鈍感でさえある。危険なものから逃れようと する余り、その時期を見失うのかも知れない。自分に口実を与えて何時までズルズルと日々を過ごして しまっている自分がいないだろうか。やがて、自分だけの「ヘイフリックの限界」がある。 身体を張ってひとは、生きているだろうが、上を向いたり、下を向いたりして前を見損なうらしい。 今の自分に気づかないまま時は流れる。
2018.09.30
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レゴンダンス何が起きるかわからないのであり、無事手術が済んでほっとしていたが、まだこれからのリスクもあると、DMの本を読みながら反省している。つい浮かれてしまうのは素人の浅墓さでもある。一つのことが済めばそれに伴うことが却って増えてしまう。しないほうがいいのだろうが、しないわけにはいかないことばかり。安倍晋三さんも60ヶ国外遊したと威張っていたが、果たしてその意味がどれだけあったといえるだろうか。 ・海外援助ばかりしていいのだろうか。カネを遣いすぎてはいないだろうか。赤字財政と言いながら、金をばらまいているが、無責任なことではないのか。無能政治家はカネを遣いたがる。ヒトはカネで動くと思っている。金権主義の権化のような人間ばかりいる。弱者が増加し続けてはいないだろうか。3.11 や福島第一原発事故にしてまだ未解決のままだ。難しい問題を片付けようとはせず、政権の延命だけを優先してはいないだろうか。それは決して賢明ではない。 ・へ2・・・イエスマンをどれだけ周囲においても国民のためにはならない。前の時は、お友達ばかり周囲におこうとしたではないか。そんな人がやることは信用ならない。国民の選択は得てして、愚かな選択をする。パフオーマンスに騙される。よくテレビでなんにでも顔を出そうとするのは、その戦略だろう。甘い見通しが破たんの原因になる。そして、計画性のない放漫経営だ。
2018.09.30
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バリでは「聖なる水」と呼ばれるコンセプトが最高の権威を持っているという。その「聖なる水」が湧いている世界遺産ティルタ・エンプル寺院に向かう。精神科医F・ビダルは「最も情熱的な恋人は、母親が子供を見るような目で愛 する人をみるのを決してやめない」と言う。幼児化とメス依存という感情的 には未熟な特徴を多く残しているオスは、「セイレーンの網」に一溜りもな くかかるようなものだろう。そして、支配的で成熟した外見の男性よりも、 慈しみの反応を誘発させる男性ほど女性は魅力を感じるのだ。攻撃的で支配 的な行為は、この社会では破綻を招きかねないリスクを持っており、テスト ステロンを多く持つ男性は離婚の確率が高いのだ。概して質の低い結婚生活 に陥る可能性が高いと言う。賢い女性は、どちらを選択するだろうか。 最近離婚率が急増しているところをみると、他に何かがあるだろうか。 一時の迷いの為に、人生を無駄にしているひとが多いのは、昔も今も、少し も変わらないように思えるのは、何故だろうか。それだけ、訳の分からない 男女が多いだけだろうか。 今何故「母性」を考えねばならないか、自分でも判らないがことは成行きだ ろうか。どうやら、「セイレーンの網」にかかり白骨にされる。
2018.09.30
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KINTAMANI10年間など、あっという間だ。いままでがそうだったから、きっとこれからもそう思うはずだ。過ぎてしまえば一瞬でもある。ひとの一生だって、蝉の一週間と思えないこともない。どんなに威張っても50歩100歩の違いでしかない。ただ死んでいくのが理想なのだそうだ。未練を残さないで、潔く此の世と別れることを宗教は教えている。これから生きていく人に迷惑をかけないために。 ・清盛の最期の死の教えはそうした背景がありそうだ。誰も同じだろうが、死ぬ時まで注文される。ああしろこうしろという教訓があり過ぎる。全部そのままいわれる十市の素直にしていたらどんな人間になるのだろうか。それこそ以前の文部省の「期待される人間像」だろうか。自我があるから苦しむのだという。リアルと思っている現実は、映画のスクリーンでしかない。脳が描いているイメージでしかない。 ・へ2・・・過去から現在そして未来へと確りと繋がっていると思っていたが、実はそうではない。幻想でしかないという。過去も未来も、この刹那は繋がっていないのだ。1億分の1秒は、現在という時間を持たない。60兆個の細胞でできている種としてのヒトなど自我というものはない。
2018.09.30
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溶岩流の痕跡と店や家の前に毎日清めのためにされるチャナン。Kapalilua 少し霧がかかって来ると Waimeo と呼ばれる。マイナス・イオンで人びと を癒す海風になる。「ハワイアン・ウィンド」だ。こころに風をもつひとは 風を敏感に感じるだろう。地上には様々の風が吹いているがそれを感じない 時があるかも知れない。それは、自分が移動を止めているのだろう。ひとは 移動して、死ぬように仕組まれている動物なのだ。移動しないのは、死に逝 くときだろう。移動しなければ腐敗もする。こころにいつも風をもたねばな らない。この世界の色んな風を私たちは知らなければならないだろう。 「乾いた風」になれなければならないだろう。虚栄と無知を剥ぎ取らねば ならない。死んでもっていくものはなにもない・・・。
2018.09.30
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<世界史> 1945年 ・ 1月 5日 トルコ、対日断交 ・ 1月17日 ソ連軍、ワルシャワ解放 ・ 1月27日 ソ連軍、アウシュビッツ収容所に到着。生存者約7000人を救出 ・ 2月 4日 ヤルタ会議。(~2.11)スターリン対日参戦を約束 ・ 4月12日 ローズベルト死亡(63)。トルーマン昇格。 ・ 4月23日 ソ連軍 ベルリンに突入 ・ 4月28日 ムッソリーニ銃殺(61) ・ 4月30日 ヒトラー、ベルリンの地下壕で自殺(56) ・ 5月 2日 ソ連軍、ベルリン占領 ・ 5月 7日 独軍、連合軍に無条件降伏 ・ 5月 8日 トルーマン日本に無条件降伏を勧告 ・ 6月 1日 米スティムソン委員会、日本への原爆投下をトルーマンに勧告 ・ 7月16日 米、初の原爆実験に成功 ・ 7月17日 ポツダム宣言発表 ・ 8月 8日 ソ連、対日宣戦布告 ・ 8月15日 日本無条件降伏。(1939~)第二次世界大戦の終結。 ・ 8月16日 スターリン、ソ連軍の北海道北部の占領を正式発表 ・ 9月 6日 朝鮮人民共和国樹立の宣言 ・ 9月 8日 米軍、朝鮮に進駐開始 ・10月24日 国連正式発足 ・11月20日 ニュルンベルク国際軍事裁判開廷(~46.10.1) ・12月 9日 イタリア、デ=ガスペリ連立内閣成立 ・12月16日 米英ソ三国モスクワ外相会議(~12.26) ・12月27日 重慶、国共正式会談開始 <日本史> 内閣は昭和7年(1932)犬養毅(政友会)が倒れて、 ・斉藤実(海軍) 1932年5月~ ・岡田啓介(海軍) 1934年7月~ ・広田弘毅(外交官) 1936年3月~ ・林銃十郎(陸軍) 1937年2月~ (7.7)盧溝橋事件 日中戦争始まる ・近衛文磨(華族) 1937年6月~ (12.13)南京占領。南京大虐殺 ・平沼騏一郎(枢密院)1939年1月~ (9.1)第二次世界大戦勃発 ・阿部信行(陸軍) 1939年8月~ ・米内光政(海軍) 1940年1月~ ・近衛文磨(華族) 1940年7月~ (9.27)日独伊三国同盟締結。大政翼賛会結成(総裁近衛文磨) ・東条英機(陸軍) 1941年10月~ (12.8)真珠湾攻撃。太平洋戦争始まる。(のち大東亜戦争改称) ・小磯国昭(陸軍) 1944年7月~ (10.24)レイテ沖海戦連合艦隊壊滅 ・鈴木貫太郎(海軍) 1945年4月~ 1945年 6. 8 御前会議で本土決戦方針採択 7.28 鈴木首相ポツダム宣言を黙殺し戦争継続表明 8・ 6 広島に原爆投下、死者推定14万人 8. 8 ソ連、日本に宣戦布告 8. 9 長崎に原爆投下、死者推定7万人 8.15 戦争終結の詔書を放送(玉音放送) ・東久邇稔彦(皇族) 1945年8月~ ・幣原喜重郎(外交官) 1945年10月~ 財閥解体、労働組合法公布 ・こうしてみると犬養内閣以来、敗戦まで民間の広田弘毅以外は軍人と皇族たちが 政権を支配していたことが分かる。
2018.09.30
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中の写真は、溶岩流の痕跡。KINTAMANI 高原・日々新たなリで、然も日常は決して平坦ではない。あらゆるものが私たちの行こうとする先々に立塞がり、妨害するだろう。しかしそれは、おそらくは只、生きとし生けるものの生存ということの営みの中でもある。 「The 9.11」リースコットの作品は、そういう意味ではアメリカ人の世界観をよく表現しているレポートであろう。彼らが考えているものが決して緩やかな流れの中にいるとは思っていないということでもある。9.11が何を意味し、それはアメリカ人の安全に対する脅威であり、それを排除するために何ができるかではない。リスクを排除するためにすべてのことをするためだ。そして先ず、誰が9.11でミスをしたかでもある。CIA・FBIは何をしていたか、が検証される。彼らにとって自分たちに逆らうものは敵であり、忌むべき悪でしかない。テロとの戦いはキャンペーンになる。そして日本政府もマスコミも同じ言葉を繰り返してもいる。 ・人間が如何にグロテスクな存在であるかを描いてもいる。没交渉のモンスターたちが世界で蠢いてもいる。それは終わりのない悪夢のようだ。 それは虚偽であり作られた事実でもある。事実は演出されたものばかりだ。そうして敵がつくられる。利己的な遺伝子がそれをさせている。人間は遺伝子に操られた道具でしかない。道具が道具として蠢いている間いつでも、モンスターになり得るのだろう。それでも私たちは、美しい自然の中でまだすがすがしい朝を迎えてもいる。それは明日につながってもいるだろう。 ステップ・バイ・ステップで自分たちの世界にしていくべきだろう。
2018.09.30
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毎日のようにお祭りのあるバリ・ヒンドゥーを見てきたが、今ネットで、熊本の藤崎宮の例祭の飾り馬への鞭で叩いている画面を見たが、おそらく暴れ馬にしたいのだろう。そのほうが盛り上がると考えたのだろう。久しぶりに昔はボシタ祭りと言っていたが、語源は、ロシアとの戦いで、相手を滅ぼしたの「ボシタ」だった。「ボシタ、ボシタ」と囃子ていたが、露骨すぎるということから、やめたらしい。 ・地域おこしというので、様々な行事がされているが、どうも飾り馬を見たが、1万人もぞろぞろ馬の後ろをついていくだけの「ドウカイ、ドゥカイ」の掛け声もうつろに聞こえる。それほど盛大にする意味があるのだろうか。今、農耕馬もいない。無理に祭りを煽ることはない。馬を暴れさせるために気合を入れる必要もない。 ・へ2・・・熊本も、経済的には、目立った産業もなく、苦しんでいることはわかるが、ほかにすることがないのではあるまい。地域振興は、容易ではないが活路は必ずあるはずだ。神事が、利用されるのはいいが、動物を痛めつけるのでは本末転倒だ。無理に参加させられている人たちもいるのではないだろうか。福岡でも、山笠があるが、寒さの中で震えていた老人がいるのを見て、嫌になった。
2018.09.30
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KINTAMANI 高原で昼食だが、食欲なし。貴族的趣味の狭い視野ではなく、これからの国際社会に対応できるだけの日本人がどれだけ育っているといえるのだろうか。数なくとも権威主義的なこれまでの大学では、乗り越えられないハードルがいくらも指摘されているが、有効な手立てがない。それは、官僚主義で教育制度が進められてきたからであり、エリート主義の安易な教育がある。 ・企業戦士を育てるようなことでは、軍国主義の焼き直しでしかなかったのだ。記憶力だけでは人工頭脳に負ける。スペシャリストでは乗り越えられない文明の衝突が迫っている。全方位的人間が必要なのだ。偏った利益の追求では隣国や世界と付き合ってはいけない。次元の低い議論花利している間に、措いて行かれてしまうだろう。 ・へ2・・・国の借金が、1千兆円突破のニュースが流れている。無能政府が、国民を不幸にするだろう。自業自得と言えなくもなり。ツケを後回しにすることしか考えられない人たちに政治を任せるべきではない。国家が破たんするときは民族の未来もなくなる時だ。
2018.09.30
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KINTAMANI Mount Batur 「全体は部分の総和ではない」という基本的なステージだ。視覚研究に発している。そのまま聴覚に適 用することはできないが、周波数や音の高さがキーになるとともに、時間の重要性が増すという。 例えば、匂いにしても脳との関わりはこれからだろう。人間の脳は、あらゆる情報で判断しているのだろ う。好き嫌いにしても視覚だけではない。音楽が果たしている役割もまだ総体が見えていないのではな いか。日本人は、和歌や短歌という凝縮したもので、自分の感情や思いを伝えようとしたが、それは、 多分、誤解をされただろう。もし有効だとしても、それは人間のほんの一部のこころでしかない。音をこと ばに置き換えようとしても、収まらない。また、そこに価値があるのだろう。目や耳や鼻でさえ、そうだし味 覚や、触覚でさえ感受性は磨かれる余地がある。これらの感覚様相の、相互の関連を知ることがいよ いよ重要になってきている。 古いゲシュタルト心理学から現代の認知心理学での見直しがされようとしている。進化と学習との 関係について Bragman が注目されている。
2018.09.30
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バリで、妻が買ってきた。ぽつんとテーブルの上に置いてあったので、引き取り手がないものと判断して持ってきた。なかなか愛嬌があって可愛いが、我が家には5匹の猫もいるが、数々の猫の置物もある。ここ十数年間のことだが、猫と暮らしているようなものだが、猫の生態も少しは理解できる。昔は、猫の化け物映画があって、怖い動物だというイメージが強かったこともある。 ・得体のしれない生き物という気がしていた。誰にでもなれるようで気持ちが悪いとも思ったりした。女と猫のイメージが重なって、化けるという妄想があったのだろう。確かに女は化けるが猫は化けないことを知ったのかもしれない。そして、世界中で猫は可愛がられてもいる。ところがバリではあまり見かけなかった。何故だろうか。 ・へ2・・・一日中家にいると、猫の糞尿の世話をさせられる。先ず同じ場所にいるので早くしないとこちらがまいる。どちらが上かわからないが、どうやら家のボスが私だということは猫たちにもわかるらしい。猫たちもバカではない。犬より脳細胞は少ないだけだ。私の脳も委縮してきたが、それだけ気楽で生きている。
2018.09.30
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昨日は、土曜講座を受講してきたが、九州の農業の流通について学んできた。九州8県で、人口と面積は、全国の約1割で、農業産出額は、2割であることから、農業が盛んであること。総生産では、全国で、514.2兆円に対して、47.9兆円。全国では、第一次産業は、1.0%に対して、2.1%にになっている。九州では、米作が減少しており、畜産は増えている。講師は、九大で研究していた人だ。 ・生産段階では、1兆円規模だが、最終消費段階では、7.4兆円になる。それだけ流通構造が複雑であるということだ。実態がつかみにくい構造である。訳が分からないまま、農林水産物は、生産から飲食料の最終消費に至る流れになっている。もちろんこればかりではない。日本社会は、複雑怪奇なシステムが介在している。いまだにドンが君臨したりする。 ・へ2・・・私たちばかりの責任ではないのだろうか、なかなか手を付けられないでいる。この73年間で何が変化しただろうか。自分の体や心が老いただけではないだろうか。みんなまじめに働いているようにしか見えない。誰が悪人だろうか。権力者たちは、国民のためだというが、果たしてそうだろうか。能力もない人たちが安穏と楽な暮らしをしているだけではないか。私にはよくわからない。明日から10月になるが、27日に柳川に現地学習の申し込みをしたが、抽選になるらしい。土曜講座には参加するつもりでいる。来月は、出雲大社へ行くらしい。そして来年のことを言うと鬼が笑うが、ロンドンとチンタオに行きたい。勿論生きていればだが。
2018.09.30
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イフレン~エルフード。実は、ブログもこのあたりまで来て、中断している。これからまだ私の中では終わっていない。モロッコの旅は、去年の11月である。そのあと今年の3月に、スリランカに行っている。まあ、そこそこ写真は載せているが、心の旅は続いている。何が言いたいのだろうか。まだまだ、完結してはいない。思えば、世界遺産は、それだけの歴史がある。想定に終える相手でもない。才色兼備もそういるわけではない。科学と哲学も双方を極める人は一流の人なのだろう。そういるものではない。中途半端で終わるのが常だ。こちらから観察されているばかりではないことを判っていても、いつも忘れる。自分の目の手術を,されながら見ている自分の視神経が動いていた。黙ってみている庭師のことを思い出す。それは只のヒトではない。 ・信仰のあるものならすぐにわかることだ。自分が見ているものは見られていることでもある。神への愛は、自分が愛されることでもある。アガぺという。入我我入もそうだろう。自分が風景を見ているが、風景が自分を見ていると思う堀辰雄にもそれがあるようだ。相手がぼんやりとみていると思うのは自分の間違いでしかない。観察されているのは自分である。そのことを常に意識しなければならない。他人を侮るなだ。 ・へ2・・・臨床糖尿病網膜症という専門書を読んでいた。勿論一読して全部理解できるだけの能力はないが、少しわかったことはある。病気と闘うには相手を知らなければならない。知ることが最大の武器でもある。これからどうなるか勿論全部予見はできないが、ベクトルは理解できる。さて、ひととして生きるべき一日がある。
2018.09.30
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ウブド王宮内でのレゴンダンス。人の人生は、その人の世界観で決められる。自由を抑圧されていた時代もあり、狭い世界に押し込められていた人たちも多い。現在の私たちでさえ、パーフェクトとはいえないが、強い意志を以って、自由でありたいと闘うことはできる。成果を得ることのできる人は未だ僅かな人でしかないだけだ。欲望の社会にあって真摯で生きることは容易ではない。困難なのではなく、難しい。 ・知識の偏狭が齎している社会は今に始まった現象ではない。社会的地位のあるものが、地位を得ると、その地位に埋没して没落する。その成功ゆえに没落するから。安楽が人間を怠惰にする。貧しいから、ただ豊かになろうとするのではない。物質と精神は同じではない。見せかけの社会に、踊るものは精神も荒廃してしまう。 ・へ2・・・今、自分に何ができるだろうか?そのことを普遍的な論理で理解することのできる必要があるだろう。それが自分にできている訳ではない。何を学ぶか。何ができるか。自分に問うことができるか。自分の脳をどこへ連れて行くか?
2018.09.30
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落ち目になると不思議と暗い話ばかりが増えていくようだ。たいしたことでもないのに大袈裟に云いたがることもある。これまでやってきたことが、できそうもない気持にもなってくる。耐えられない人生はないのであり、それができないときは終わりなのだろう。腹をくくっていかなければならないのは、これからばかりではなく、これまでも何度もあったのだ。それが、豪く大仰にも見えてしまう。高齢化社会を迎えて、これまでのようにはいかなくなる。そういう時代に、不適応な人物が国のリーダーでいいのだろうか。少なくとタフな精神を持った人物であり、苦難を抱えて平然として立ち向かう情熱ぐらい持った人であって欲しい。 ・何ができるのか、何ができないかではなく、できることを一つ一つ積み上げるような忍耐力のあるリーダーはいないだろうか。自分の権力奪取に凝り固まったようなことでは困る。大局を把握できるだけの見識も必要だ。党利党略で、この複雑怪奇な国際社会を乗り越えることはできない。確り国政のかじ取りをしなければ百年の計を誤るだろう。また「空白の10年」のような轍を踏むことがあれば、日本は後進国の仲間入りをすることになる。 ・へ2・・・いよいよ時代は、減数分裂だろう。日本の未来を担う若者の教育こそ何よりも大切であり、それを優先すべきだ。それこそ、「教育、教育、そして教育」。記憶力ではなく、創造力が問われる。クリエイティブ・インパルスだ!!
2018.09.29
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KINTAMANI 高原 A panoramic view of the area of KIntamani dominated by the massive volcano,Mount Batur and the lake spread out at its feet. 大学では、常に「問題の所在」を、明らかにすることが求められる。与えられたテーマに添ってどこまで解析できるかでもある。ぼんやりしていたら、何も分からない。解らない人に何を言っても解らない。大学は解らない人を解るようにするところではない。解る人だけに解れば好い。謂わばkoyashi を蒔いているだけだ。大学とはそんなところでもある。ヒントくらいは教えてくれる。研究者が、良い教師とは限らない。久しぶりにその味を思い出した。先生と学生は二本の線路でしかない。どこまでもそれは続くのだろう。 ・自分が今何を考えているか、表現することは難しい。本音と建前のある社会だ。正体を簡単に知られたのでは、厄介だという世間の常識がある。それはその通りかもしれない。良い先生が、生徒に分かり易く話したりするのは、高校生までだろう。大学は違っているし、社会も違う。問題の所在は、自分で探さねばならない。講義は、肥しでしかない。 ・へ2・・・どうもつっけんどんなはなしになりつつある。考えてみれば、寺子屋ではなかった。それは、元々大学でしかなかったのだろう。先生もそれ以外のものではない。講師と市民との壁は簡単には超えられそうにない。然し、市民に知る権利がないわけではない。学ぶ権利もある。社会のシステムが歪んでいるだけだ。社会で生きてきた人間には、この社会で起きているあらゆることの「問題の所在」が見えない筈はないのだ。
2018.09.29
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KINTAMANI カルデラ湖が世界遺産。喜怒哀楽があり人生もある。この世で起きていることに対する怒りのない人生はない。公平な社会ではない。日本人もあちこちで残虐な事件を起こしている。アメリカ軍が、燃えやすい木材で住んでいる住宅へ焼夷弾を落としたことや、必要もない原子爆弾を投下したのも事実だ。見せしめのために殺すのか。殺す相手が違う。それは世界中で起きている戦争でも言える。。 ・国際連合というが、果たしてそうだろうか。なぜ安全保障理事国があるのか。白人社会の現実もある。なにが公正なのだろうか。矛盾で満ちている。なぜ中国の同盟国が北朝鮮なのだろうか。社会主義国は、理論と実践を実行できていない。戦争で死んだ者は、戦争を起こした人たちではない。犠牲者でしかないという事実だろう。 ・へ2・・・軍備を増強している国家があるが、国際社会はそれを望んではいない。戦力で相手国を脅して意見を通そうとするのは前時代の発想でしかない。見せかけの正義をいっているだけでは物事は前進しない。巨大津波も、大地震そして大雨や、台風にさえ無力な社会だ。21世紀は、期待していた世紀にはなっていない。
2018.09.29
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KINTAMANIハートとソウル 父娘の犬その名ハートとソウルは、 荒れ野に捨てられ、何マイルも歩き、一夜の宿 と食物を探す途中、飢えたコヨーテの群れに出くわしてしまった。ハートは 娘の為に、死ぬまで闘う決意をしたのだ。ハートは泥にまみれ、スポンジ のようにずぶ濡れのまま、水溜りに傷を冷やそうとして丸まった姿で発見さ れた。どれだけの死闘があったのかは誰も見ていないが、腹部と後脚がズタ ズタで、胸部と首にも牙に噛まれた穴があった。激痛と大量出血のため、息 も絶え絶えの、ショック状態であった。ソウルからコヨーテの目を離 させて、ハートは死にもの狂いで闘った。挫けるこころを奮い立たせて、 コヨーテの執拗な欲望と闘った。ハートの必死の執念なしには、娘の生命は救え なかったに違いない。レスキュー隊に病院に運ばれたハートの側からソウルは 一時も離れようとはしなかった。子犬のソウルは、ひとりで圧倒的な敵と闘 う父親ハートをどんな思いで見ていただろうか。そして学んだはずだ。「自 分たちは、いのちがけで助け合うのだ」と。 動物の利他的行動なしには、「種」は生き残れないだろう。
2018.09.29
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KINTAMANI老化を遅らせ、健康に過ごすことがこれからの知恵なのだろう。然し「飢餓からの脱却」がまだ世界の課題でもある。社会環境が未整備であり、個人の健康にしても一部だけの健康が問題にされるが、肉体的だけではなく、精神的、そして社会的にも良好な状態であってはじめて健全なのだ。健康というコンセプトを一面からだけから見ている。抽象的にとらえ過ぎてもいる。 ・利益を優先した社会が齎してきたものは複合汚染であり、環境汚染だ。ひとの健康はそれらの問題を払拭していかなければ得られない問題でもある。美食ではなく健康食でなければならない。肉体だけでなく、精神的、社会的にも良好な環境を目指すべきだろう。健康食品の講座がスポンサー付きではおかしい。 ・へ2・・・何を食べるか、どのように食べたらよいか、知らないことが多過ぎるようだ。それは、社会が健全な食生活について、正しい見識を持とうとしないからでもある。そのガイドラインの作成を、それを阻んでいる圧力団体がある。 健康のためにはメンタル面では、 適当な運動、 過度のストレスを避ける(気分転換を図る)、 生き甲斐のある楽しみを持つ、 社会とのかかわりを続けること。 愉しく食べることもある。健康長寿への道は、常識の世界でもある。
2018.09.29
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タナロット寺院 夕日・キリスト教は殉教という行為によって教勢を増した。神の子イエス・キリストに対する信仰こそ唯一の正しい宗教であり、他の宗教はすべて邪教だとする。だからイエスは十字架にかかる殉教の必然性があったという。このような殉教が人びとを感動させ、信者を増やし、キリスト教はたちまちのうちに世界帝国ローマの国教になり、やがてヨーロッパの普遍的な宗教になっていった。このような殉教の攻勢拡大は、イスラム教においても同じだ。 ・仏教は根本は多神教であり、キリスト教ほどの殉教の歴史はない。他宗への批判を抑制している。日蓮は日本を正法の国にしないと国家の安康はないとして執権北条氏に訴えた。その激烈な他宗派に対する批判によって罰せられ佐渡に流された。やがて日親が出る。時の将軍義教(よしのり)に熱した鍋を日親の頭に被せられたので、「なべかむり日親」といわれたという。不殺生を第一の戒とする仏教の僧への怖れから、日本では僧を殺すことをできるだけ避ける傾向があった。 ・話は誇張されて受難物語になったのだろう。日親は、このような受難を通じて、自分が日蓮の真の弟子であると思ったらしい。日蓮以上に苦難を経験することによって日蓮と一体化し、真の日蓮の弟子になったという強い自覚があったのだろう。これはキリスト教徒が磔にされることによって、真にキリストの弟子になったという法悦をあじわったことと甚だ似ているという。 ・主として武士の信仰である禅と、来世で救われる主に農民の信仰である浄土宗に満足しない「法華経:によって神々の加護を得て現世利益を被り、現実世界を力強く生きる指針とする日蓮宗にひかれたものたちがいたのだろう。 ・へ2・・・応仁の乱のとき、日親は61歳であった。以後21年間、彼は82歳まで生き延びた。これは彼の比類のない苦難の半生、迫害の日々を考えるとき、驚くほどの長寿であることがいえるのではないだろうか。彼の存在は長く世に埋もれていた。高山樗牛は、日親を秀吉や家康以上の英雄であると称えている。
2018.09.29
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KINTAMANI目の前で、これだけの事実があることを知っているが、何も見えていない。最近の天候は異常だ。然し、それに対して何をすべきかわからない。国家も人も、目先のことばかり言っている。過去の歴史に学ぼうとはしない。自分の利益になることしか言わないでは、他国とは仲良くできはしない。また戦争でもするつもりか。それが何を意味するのか? ・知らないわけではない。危ない選択ばかりしてはいないだろうか。そのうちそのつけがまわってくることになる。誰が何をして、いまがあるのか。真のリーダーさえ見つけられない。この時代で、一番信用できるのは誰だろうか。誰も信用するなとしか答えはないのか。どれだけ人が集まっても出ない結論ばかり議論している野では意味がない。 ・へ2・・・予見できないのは、時代の蒙昧でしかない。そしてこれまでそういう社会が崩壊してきた。
2018.09.29
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KINTAMANI 高原 A panoramic view of the area of KIntamani dominated by the massivevolcano,Mount Batur and the lake spread out at its feet.環境と機能性との対立は極限まで高まる。「人」としての 生きようを再発見させる人間らしさの空間の創造はあるのだろうか。この人間環境とい うスペースは奇妙な荒廃したエリアでしかない。恐らくどこでも、 生物は巨大な石と鉄に囲まれる。そういう貧しい発想しかないところにどこまでも 現代の私たちは、空漠とした未来しかない。自然環境と機能性とが軋轢をもたねば ならないところに、この社会の発想の限界がある。 三次元や重力を超越して、社会のあらゆる呪縛と闘うべきだ。 しかも「対立」からではなく、「融合」をも視野に入れるべきだろう。 少し、現実離れした話ができるのも、いまだからできることだろう。
2018.09.29
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KINTAMANIこうして呼吸して、物を見ているし、私は思惟しているが、それが自分の血液とどうかかわるのだろうか。脳内物質や、免疫や、血糖を上げているものが、自分の思考と行動とどうつながるのだろうか。怒りや悲しみが、沸き上がり、そしてどこかへ消えていく。時間とはなんと壮大な装置なのだろうか。音楽流れているが、それが心を動かしてもいる。破滅へだろうか。 ・生命を脅かされてそして恐怖の中で死んでいかなければならなかった人たちが、どれだけ多くいただろうか。20世紀には1億人の戦死者や犠牲者がいたという。敵と味方では愛国者と悪魔の意味が反対になる。原爆を落とした兵士は果たして英雄だろうか。違う。核兵器を造った科学者は科学者ではない。 ・へ2・・・宗教さえ戦争の道具になった。 ひとは同じ過ちを繰り返しているが、どんな終止符が待っているのだろうか。ネットの記事で、熊本の飾り馬に対する虐待があったとして非難が出ているが、私の子供のころ、その飾り馬を参加させていた農家を知っているが、馬に酒を一升瓶で飲ませているのを見たことがある。そして一時けが人が出た。其れで中止になっていたが、また復活しているようだ。農耕馬はおとなしいので、暴れさせるためにそんなことをしていた。今度は鞭でたたいて怒らせていたのだろう。酒を飲ませたりすると祭りの後で使い物にならないといっていたが、虐待すれば人間に敵意をもつようになるだろう。祭りのために無理しているのではないだろうか。最近祭りは好きになれない。スポーツも同じだ。
2018.09.29
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KINTAMANI 高原ヒトは生まれて、成長して,大人になり、生殖して,子供を産み、移動して死んでいく。それだけのことでしかないが、どんな出来事が待っているのか判らないものだ。今年は、色々ありすぎるくらいのことがあったような気がするが、これまでがなさ過ぎたからでもある。もっと激しい人生もあるに違いない。 ・平凡に暮らしてきたからでもあるが、これも突然死がないわけではないだろうし、メデイカル・ステージもある。目の中で起きているサイレントキラーたちの振る舞いがあったのだろう。そして術後のリスクもある。知らぬが仏でいる。確かにすべてを知ってしまえば絶望しないとは限らない。 ・へ2・・・できるだけ人生を楽しんで暮らしたいと思っている。そうできるかどうかわからないが、できれば言行一致でありたい。窮屈に生きても仕方がないが、もっと見たいものがこの世には一杯ある。そう思えるだけでも幸運なのだろう。土曜講座に行ってきた。九州8県の総面積と人口では、全国に対して、約11%であるが、農業産出額では、約21%であるからそれだけ農業地域だということだろう。第一次産業でも、全国平均1.0%に対して九州8県では、2.1%になる。米作が減少しており、畜産が増加している。農林水産物・食品の流通構造が複雑で、実態の解明が遅れているようだ。性格は把握ができていない。
2018.09.29
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KINTAMANI これだけ情報が多様で複雑になると、その中で活きて行くための情報収集も徒なるものも多くなる。油断すると自分の本来の意図と違う方向を歩いていたりもする。全体を把握して措かないと、取り返しが利かないままになるかも知れない。自分のからだの中で起きているミクロの世界を全部わかっているわけではない。寧ろ何も知らない。 ・自分の生命を守るということが如何に難しいことかということが、サイエンスが教えてくれるが、それは翻訳された本を読む限り、自分の理解できる範囲でしかない。何故生物は、寿命があるのだろうか?この謎に、ヒトは取組み続けている。私たちはそれを、例えば、熊本の水前寺公園の湧水を飲むように大阿蘇の大地に降った雨水が、長い年月をかけて地下水となり濾過されながら届く湧水を俟たねばならない。 ・へ2・・・そしてそれを知ったからといってどうなるものでもないが、個人の世界だけで、死にたくはない。何故生命は死ななければならないのだろうか。宗教では解決できない問題がある。恐らくそれで来世や彼の世を想像したのだろう。年をとるとすべての人が必ず死んでしまうことが、必要な理由があるということでもある。それこそこの世界の激しい変化の中で活きていかねばならない生命の宿命であり戦略でもあるのだ。
2018.09.29
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バリ島アメリカ科学アカデミーの会員でもあった元スローン・ケタリング・ガン研 究所会長のルイス・トーマスは、患者の治療成功率についての講演で 「あらゆる病気の90%は医師の手助けなしで、自然に治癒できるという。 医者は残り10%のうち7%はレスキューすることができる。しかし残り 3%に関しては、何もできない。」と述べている。 医者の実力は、そんなものだ。何と患者たちは、博愛主義者なのだ ろうか。それこそ97%を医者のおかげだと思い込まされているのだ。 ことさら否定はしないが、治療費の高さで患者が受けるショックを和らげる 方法だとしたら、何ともお寒い。
2018.09.29
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バリの風景きいろ子猫というのは可愛い。赤ちゃんと同じだ。可愛く生まれてくるから、みんな可愛がる。その反面、年寄りは嫌われる。此の世は生きている者たちの世界でもある。悲劇も喜劇で終わる。生と死はそうして優先順位も決められる。切れた凧のように、舞い上がりどこかへ消えていかなければならない運命だ。 ・しつこい奴は嫌われる。それが自分でないことを願うしかないが、そう巧くもいかないだろう。義母や叔母たちが90歳を超えて亡くなったが、連れ合いを亡くした後、決して幸福とは言えなかったようだ。厳しい現実もある。健康寿命と平均寿命との間にはタイムラグがある。少子化の中で、介護してくれる者がいなくなっている。命終の時に臨んで、こころ顛倒せず、こころ錯乱せず、こころ失念せず、心身に諸々の苦痛なく・・・というフレーズがあるが、偽らない一つの願いでもある。 ・へ2・・・裸で生まれてきたが、死ぬ時も同じだ。他人の手助けがないと安楽死もできない。くだくだ書いているが、生きているのが怖いからだろう。恐らく死んでも怖いかもしれない。そうではないよと言われるが、それは死んでみないと分からない。物質世界は、宇宙では4%の構成比でしかないという。何をどう信じればいいのだろうか。判らないことがわかっても何の手助けにもならないのだ。度一切苦厄の旅は続いている。 バリ・ヒンドぅー教というコスモロジーは、カシャ(山側)とクロット(海側)、上と下、優と劣、清浄と不浄、などの象徴的価値観に根差しているという。人の頭に触ったり、頭の上に手をかざしたり、左手で金銭を扱ったり食事をすることがタブーだという。これは、物事を単純化して考えることではないだろうか。それこそ物事を複雑にしないということでもある。シンプルに生きることでもある。喧嘩を好まないともいう。神々の島と言われるゆえんだろう。「最後の楽園」と考えたに違いない。
2018.09.29
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道路沿いに祭り用の飾りがされている、日本であれば、提灯のようなものだろう。年中稲が実るらしい。バリ島も旧日本軍が侵略したが、食料は現地調達したらしい。それこそ反日感情があって当然だが、インドネシアの独立に協力した残留日本兵たちもいたらしく、その影響で反日感情は少ないという。一つの社会は、ある一つの全体として評価せねばならない。その弱点をぼかしたり、その暗い側面を触れることを拒んだりしてはならない。ある文明がいかにして一体性を保ち、進化し、存続しているかを理解するかだろう。 サタンが西洋文化圏で、決定的に重要な位置を占めるのは12世紀から13世紀頃のことに過ぎない。ましてや悪魔にまつわる強迫神経症的な恐るべきイマジネールが確立するのは、さらに遅い中世末期である。こうした現象は、神学的かつ宗教的な領域のみを出来事として把握すべきでない。これも一つの文化の表象だからだ。 ヨーロッパは、当時言語も文化がバラバラだったのは、自らの独自性を確立しようとしたバベルの塔でしかなかったか。教皇庁と強大な諸王国は悪魔と地獄とを発明したという事実を、大して重要ではない宗教上の現象とみなすわけには行かない。絢爛たるサタンのイメージを練り上げた思考システムの誕生こそ、西洋の活力が飛躍的に増大したことと密接につながるのだ。 すなわち「中世の秋」は、近代の幕開けを告げる「西洋の春」でもあったのだ。何の為にサタンがあるかは、よく考えれば解かることだろう。それほど、頭の良いひとが滅多にいない代わりにその逆もいないだろう。あとは、自分の想像力の問題だ。
2018.09.29
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バリ 伝統的な舞踏 レゴン ダンスの楽器。子供の頃の思い出は、怖いと思う大人たちではない。自分の孫や子供のように見守ってくれた人たちだった気がする。声をかけてくる大人に,気をつけろという最近のそれではない。子供誘拐して殺したりする人もいなかった。子供は宝であり、社会が守ってくれていた。泣いている子供いたら、親切なおばさんがいつもそばにいた。知らないおじさんから叱られたこともある。 ・たいていそうれは正しいことだった。自分が悪いことをしたからだ。天知る,地知る,吾知る。うそを言ったら、針を千本も飲まされる。卑怯なことをするな。言われることは皆正しいことばかりだった。ひねくれ者は自分だった。大人たちが大きく見えたものだ。あの人たちは今どこへ行ってしまったのだろう。 ・へ2・・・大人たちは萎んでしまったのだろうか。いつのまにか年を取ってしまったが、こら、なにをしているのか。大きな声が聞こえてくる気がする。いまもびくびくしているこころがある。何も心配することもなく生きていた頃が懐かしい。 昨夜から雨が降っていて、今朝も降り続いている。今日は、土曜講座が午前中にある予定で、北九州は、影響があるのは明日からになりそうだ。まだ調べていないが講座は予定通りあるのではないだろうか。それにしてもインドネシアで地震があり、津波も発生しているらしい。地震は日本ばかりではない。バリ島も、もし日本並みの地震があれば、どうするのだろうと思ってきたばかりでもある。人間は、これだけ災害にあっているのに、それに備えようとはしないように見えるが、精神がタフなのだろうか。なにがあっても修復するだけのエネルギーはどこから来るのだろうかと思わないでもない。
2018.09.29
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インドネシアのバリ島から25日に帰国したばかりだが、28日18時2分に中部スラウェン州ドウンガラ県の北東27キロの震源地でM7.4地震があった。7月、8月にもロンボク島で、M7.0. 計400人が死亡している。バリ島からもそれほど離れてはいないので、影響があったのではないのだろうか。個人は小さな存在だ。自分の掲げたテーマしか理解しようとしないし、その限度においてしか理解 しない。ひとつの所に止まれば、そこから一歩も先に進めない。やがて「蓑虫」のように孤立する だろう。 バシュラールは、「N.E.S」のなかで、 「認識が歴史をもつようになった、その瞬間から精神は変化する構造を持つ。実際、人間の歴史は、その情念、その偏見、直感的衝動にかかわりをもつ一切のことにおいて、永遠にくりかえされる出直しでもあるのかもしれない。しかし、出直しをしないものがある。 それは、修正され、拡張され、補完された思考である。・・・ N.E.S.とは、本質的に、知の修正であり認識枠の拡大である。この精神は、自分の過去を審判し、これに有罪の判決を与える。」 哲学的革命のスケールを見出すことができるかだろう。
2018.09.29
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和白干潟形が似ている物と結合してしまうという性質を防ぐ仕組みがないというジレンマはいわば生命の仕組みの落とし穴だという。このことが、 外因性の内分泌かく乱化学物質(現時点で認められているもの) ・ノニルフェノール ・オクチルフェノール エストロゲンと構造が似ていることでエストロゲン受容体にくっつくことで、ホルモン(エストロゲン)と同様の作用をもたらされる。体内の内分泌系がかく乱されることで発育異常。疾患が起きる機序になる。エストロゲンとテストステロンが正常に働かなければ、生殖は困難になるというリスクをはらんでいるという。つまり内分泌かく乱物質の介在で動物への影響が発見されているということは、やがて人間への影響が考えられるということだ。 ・ヒトの精子が減少していることと係わりがあるのだろうか。地球上に増えすぎた人口爆発による影響なのだろうか。いずれにしても環境ホルモンの問題は深刻である。 ・へ2・・・科学の進化ばかりを盛んに宣伝してきた人類が、いま眼前にとらえ出したのは不気味な姿の暗闇であろう。それはどこから始まる悪夢なのであろうか。必ずしも外からばかりではない、その序曲は、人間の体内からスタートするかも知れない。しかしそれはそうではあるまい。もうそれは始まっており、人体に及ぶ時はその終わりではなかろうか。形が似ていれば結合してしまう受容体である生物の仕組みは変えられないという落穴をどう解決することができるのだろうか。それが問題だ。
2018.09.29
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バリ 竹が利用されているようだ。どこか日本に似ていると思った。梶井の「雪の日」のなかにコペルニクス的という言葉が出てきて、思うことがあった。昔この言葉を学生のころ使っていた。あるものを覆すとき、この言葉を頻りと多用していた。観念的なものでしかなかった。1mmも動かないものを相手にしていた。現実を見ようともしなかった。 ことばの魔力を信じただけだ。 ・まとも過ぎて健全な精神でしかないと評されるのは、彼には屈辱ではなかっただろうか。梶井は肺病患者の感情の高まりでしかない文章を書いただけだったか。梶井はどこをみていたのだろうか。何を持って「コペルニクス的の」と考えたのだろうか。なぜ、コペルニクスに迫らなかった。そこまで歩く情熱さえ感じなかったのか。 人間の認識は外部にある対象を受け入れるものだという従来の哲学の常識に対し、カントは人間は物自体を認識することはできず、人間の認識が現象を構成するのだと説いた。人間の認識自体を問う近代的な認識論が成立した。(Wikipedia) ・へ2・・・固定観念で縛られがちな日常から脱皮するためには、物事を180度転換させた見方が必要でもある。それは若さという柔軟性がなければできないのかも知れない。それが、いつできるかはその人次第だろう。時代に流されていてはできる筈もない。それこそ、重力に負けていて何もできないのだ。
2018.09.28
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バリのオートバイは、通学、通勤など幅広く利用されている。梶井基次郎の「ある心の風景」の中でその鈴の音は、「・・・美しい枯れた音がした。人びとのなかでは聞こえなくなり、夜更けの道で鳴り出すそれは、彼の心の象徴のように思へた。・・・病気に汚れた彼の血を、洗ひ清めてくれるのだ。」そして「俺はだんだん癒されてゆく」詩的なその表現の中にあるのは日本的な文学を想起させずにはおかない。 コロコロ、コロコロ、彼の小さな希望は深夜の空気を清らかに震はせた。 ・これは、性病と肺病という絶望を抱えた若者が抱く束の間の安らぎを詩的に表現したものだろう。鈴の音に彼の心象風景を描いている。これは<レモン>と心象風景としてはパラレルなものでもある。「檸檬」では、爆発させたが、ここでは調和を図っている。 ・へ2・・・この小説の「鈴の音」を読んだとき、私は、歩く時にポケットに入れている鈴のことを連想した。これは、日光に行った時に子供のお土産に買って帰ったものだが、子供が使わなかったらしく、そのまま家に置いてあったのだ。ウォーキングのため暗いうちに家を出るので家の鍵を持って歩いている。その鈴の音を聴きながらリズムを取って歩いてもいる。梶井の小説に出てくるものは鈴とは違うが、人気のないところでよく響く。
2018.09.28
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「幸 福」 ・「高瀬舟」。「足る」を知る男。条理が立ち過ぎる。鴎外のエリア。 ・中島敦と鴎外の関係、何がどう違うか。中島「狐憑き」と「高瀬舟」。 ・安楽死・幇助。 ・小説の中の一行が問題。重要な一行がある。それが何か注意して見る癖をつければ見える。 ・鴎外のタッチと中島の文章との違い。「鶏」・・・共通点はユーモア。 ・鴎外は、漱石から学んでいる「滑稽」を、「吾輩は猫である」。 ・「かめれおん日記」参照。 ・中島は、芥川にも学んでいる。 ・清張「ある小倉日記」に鴎外が出てくる。 ・鴎外の「鶏」は、中国への差別意識がある。漱石も同じ。 ・作家が他の作品から自分のものにする。自分なりに消化する技術がポイント。 ・スティーブンスン「南島の話」がある。・・・漱石の「坊ちゃん」の下敷きに繋がっている。坊 ちゃんには松山は、南の島。発想を盗んでいる。 ・夢と現実の逆転。 ・パスカル「パンセ」の「幸福論」。キーワードは、「気晴らし」。 ・徒然なるままに。兼好。宗教性。アンニュイが重要。 ・ぼんやり、倦怠感。アンニュイは何かを生む。人間は空白のままではいられない。 ・「石化」する。石のようになる。漱石。 ・のんびりと暮すこと。幸せに暮らしなさいの意味。 ・モンテニューとパスカル。 ・小説は真面目に教えるものではない。 ・徒然なる。徒然草。 ・享楽主義者・耽美派。井伏鱒二。 ・傲慢と怠惰。 ・李徴。 ・パスカルの文章。「パンセ」を読み直せ。 ・中島の幸福はこれとは違う。 ・昔男ありけり。旧い文体。 ・真面目というより、余裕を以って書いている。 ・中島は喘息の病気を抱えている。足るを知る男。 ・「幸福」は、暢気な小説のように視えて中島のキー・ワードがすべて出てくる。 ・足るを知る男(高瀬舟)。何か不安で仕方がない(李徴)。 ・中国の話に良くある。夢の中で。夢と現実。 ・宗教心。仏教。 ・「高瀬舟」のトーン。身分がひっくり返る。長老と下僕の立場がひっくり返る。「幸福」は、 鴎外の高瀬舟。 ・中島の鴎外の漢文の素質に共鳴している。 ・足るを知る。気付かせないように書く。 ・幸福・・・鴎外は言わない。諦念。 ・中島的なことばとして、「幸福」。見方でひっくり返る。 ・下僕は幸福な男。 ・「名人伝」幸福を張り合わせてみる。
2018.09.28
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バリ血縁係数を視野に入れて考えれば、近親に対する利他的行動は生物学的には意味がある。家族の誰かを助けることは、自分がその家族と共有する遺伝子、つまり自分の遺伝子を助けることにもなるからだ。 場合によったら、自分の子どもを育てるより、血縁者の適応度を高めることに労力を注いだ方が生物学的には有利になることもある。日本にも、昔貧しい時代には、その風習があった。 女性が、自分の孫の世話にエネルギーを費やせば、自分の遺伝子の25%が残る確率を高めることが出来る。母親なら、同じ行動によって50%の利益になる。 ハミルトンは、一見非利己的に見える行動もコスト上に適応度を高める可能性があるとしたら、遺伝子レベルで利己的な意味をもつことを明らかにした。 ハミルトンは、進化を推し進めるのは、生物が子孫を多く残そうとする働きではなく、遺伝子が自分のコピーを多く残そうとする働きだ、ということに初めて気付いたのだ。 利他的行動を取る個体は、自分にもっとも近しい親しいもの世話をすることで、自分の適応度を高めている。弟を守っているという行動は、実は、弟の遺伝子を守っている訳だ。 進化生物学は、これまでの私たちの常識を覆すかも知れないが、そこに科学の目があるのであって逃れることの出来ない科学的真理でもある。それが何であろうと、恐らく、デッドロックは続くのだろう。
2018.09.28
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オートバイが路上では溢れているが、ガソリンもお店で売られていた。朝の森の中を歩く、鳥の囀り、木洩れ日、草の馨り、心の中に qualia が溢れている。 生きるとは 素直に感じられる歓び。 少しの忍耐力を持ち、津呼吸をする。 こころは何で出来ているのだろうか。 私たちの意識を生み出すものは、脳のニューロン。 この未知の世界で、人間は何をしようとするか? 知る為に生きているとしたら、まだこれからの道程は測り知れない旅になる。 いつか、果てしない宇宙への回帰の船出があるに違いない。 私たちの 脳の qualia はその日を待っています。 限りなく忍耐強くありたい。
2018.09.28
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世界は衰えつつあり、無目的に崩壊へと向かっているという熱力学第二の法則という重要な概念がある。身のまわりで起きている変化はすべてこの崩壊の表章でしかない。宇宙の原動力は、エネルギや物質が無秩序へと拡散し、とどめることなき崩壊をつづけている。 ・果てしない進歩が誇りと意欲の源泉であった白人の帝国は高尚な文明を押し付けていた論理を正当化できなくなった。支配する側もされる側も、容赦ない崩壊へと進むのだろうか。人間の活動をどう説明するか。われわれはカオスが局所的に減少する存在に過ぎない。 ・へ2・・・混乱の中にあって、科学を手に入れることは容易ではない。人間の存在はエントロピーの法則に逆らっているが、やがては熱力学的法則に呑み込まれるだろう。それまでも限られた世界でしかない。すべてのものは無限ではなく有限であり、すべての存在には限界がある。
2018.09.28
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高校生のグループついいつまでも続く日々があるのだろうと思ってしまうぼんやりとした眼が自分の中にある。それは決して確信ではないのだが、できれば安心して生きていたいという願望がないわけではない。悟りたいという気持ちと悟りたくはないという矛盾がある。カネや女に狂うのもある。溺れるというのは刹那の歓喜もあるかもしれない。然し、それも迷いだろう。 ・正気なのかぼんやりなのか、決めるのは自分しかわからない。自覚するということは、自分に帰結することでもある。50年間を長いとみるか、短いとみるか。過ぎてしまえば100年だって一瞬でしかない。衰えていく肉体や記憶を悔やんでも始まらない。新しい知識を得る旅をしなければならないのだ。何のために今日という一日があっただろうか。懺悔しなければならない。部屋の中で芋虫のように寝ていた。 ・へ2・・・結局は自分の体で、あらゆる環境と戦い生き残ることでしかない。どんな環境にもなるだろう。すべての時間は、私にとっては、これからの日常は、死へのベクトルであり、それを忘れたら後悔することになる。鳥渡した油断が終わりの始まりでもある。シグナルが何を意味しているのか知らなければならない。
2018.09.28
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バリの独特の宗教儀礼がある。店や家の前には、チャナンがお供えされる。人々は、デサ・アダっトの大地を清浄に保ち、穢れを避ける義務がある。それは、いいことがあればこれからはラッキーだということでしかない。いつまでもラッキーはつづかないということだ。ゲームに勝って浮かれていても、それは偶々のタマでしかなく,長くは続かない。何も騒いで喜んではいられない。喜怒哀楽が、付き纏っている。 時間はひとの遺伝子に組み込まれている。ひとと他の動物との違いは太古か らのリズムの止揚にある。然し、打ち勝つことはできない。このタイムキー パーの絶対的支配を受けるのは身体活動だけではなく、気分や感情も毎日 一定のパターンで変動する。原始的な活動も生物時計に支配されており、 セックスの GT は、夜の10時だ。 人は、自然界とのつながりを断ち切りながら進歩してきたというプロセスか ら逃れられない動物でもあろう。時間は自然界のリズムと、生物時計という 自分の体内のリズムを融和させながら、バランスを取っているが、老化とと もに崩れて来るのだ。 ヒトの個体は、自分以外は環境であるに過ぎない。このヒトという多細胞 は、独立した存在であり、自分の体内に自分だけの時間をもって生きている し、「ヘイフリックの限界」がある。然も、環境に順応しなければならな いという自己矛盾を内蔵している。 自然界とつながりながら、自然界のリズムを断ち切るという離れ業はどこま で通用するのであろうか。ヒトのもつ時間の意味は、誰もがもつ避け難い難 問なのだろう。 「内的な一日」は、教養と言う素因をどれだけ積み上げることができるだろうか。 薔薇はいつも無条件に薔薇だとは限らない。つまり薔薇は、昼と夜とでまっ たく異なる生化学システムなのだ。 (by コリン・ピッテンドリ)
2018.09.28
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バリには、バリ・ヒンドゥーと呼ばれる独特の文化があるそうだ。東南部を中心に土地が肥沃で昔から人々は余裕のある暮らしができたからだという。農業の朝夕2,3時間労働して、あとは絵画や彫刻、音楽、ダンスなどに充てることができたのだという。小さいころから隣人との助け合いのこころをみにつけており、喧嘩を好まない、性格は非常に温厚な人が多いという。親しい人がいれば人生は愉しく充実する。友がなく人生が悲しければ、どれ ほど才能があり、財宝があろうとすべてが空虚になる。財産や、社会的地位や、権力がなくても、 親しい人がいればいい。自分の気持ちが通じる相手がいれば、生きる意欲も湧いてくるだろう。 しかし、人と親しくなるのには、そう簡単ではない障害がいくつもある。 本当に、親しくなるためには、そのひとが心理的に自立していなければならない。甘えや依存性は 親しさの障害にもなる。自分が好きになることも必要な要件だ。自分を嫌いな人は他人も嫌いにな るからだ。いつもイライラしていたら、親しい関係は築けない。そして、アイデンティティが なければならない。「自分は自分、他人は他人」という安定した心理状態もいるだろう。自己蔑視 しているひとは、他人を愛することが出来ない。しかも、人は誰でも親しくなることを望ん でいるわけではないことだ。ヒステリー性格や、功利的人や、ナルシストや、ギャンブル依存症も いるだろう。これらを分析するのは、精神分析学者に任せるとして、意外と難しいことは、誰でも
2018.09.28
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バリの風景ヒトの本性とは、ダーウィンのいう普遍性特性とゴールトンのいう遺伝と、ジェームズのいう本能と ド・フリースのいう 遺伝子と、パブロフのいう条件反射と、ワトソンの連合と、クレぺリンのいう経過と、フロイトのいう形成期の経験と ボアズのいう文化と、デュルケームのいう分業とピァジュのいう発達と、ロレンツの刷込と・・・ひとつでも欠けると、 本性は語れないと MATT RIDLEY のことばだ。 遺伝子こそが、人間の行為の因果律を具有し、明日に向かう私たちのランドマークかも知れない。
2018.09.28
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・性染色体がXXなら女、XYなら男。 ・何が違う。どこが違う。 ・狩猟時代の命をつなぐ力を養った違いが、男女にある。それが現代にも性差として容を変えて存在している。 ・46本 染色体。 ・Y染色体は消滅する運命。精子の減少。 ・人類滅亡の怖れ。Y染色体は、来週でも消えるかも知れない。性の未来。 ・X198;Y78 Y染色体・・・初めは同じだったが減少してきた。 ・あと500万年~600万年後。或いは突然変異などで早まる恐れがある。 ・Y染色体の遺伝。そのままの形で子孫に遺伝する。崩壊の一途をたどっている。Yは、1本で修復ができない。 ・男なしなら絶滅か? 爬虫類でオスなしで子を産む。雌のトカゲ・・・フローラの子。 ・哺乳類は?受精卵・・胎盤・・なければ子供ができない。雌だけでは子供ができない。絶滅する。卵か胎盤かによる。 ・15000億年前。恐竜時代。哺乳類が胎盤を持った。卵・・・胎盤の獲得。Yのオスがいないと子を作れない。 ・SRY遺伝子・・・Y染色体。 滅びの道を選んだ。得たものを最大限に生かすしかない。 ・女と男 50%;50% ・胎盤・・・あらゆる環境に適応することができる。Y染色体を手に入れることを引き換えにした。 ・とげネズミ・・・Y染色体がない。絶滅していない。謎・・・突然変異。偶然でしかない。人がたどるとは限らない。 ・男の危機。精子が弱ってきている。人間の精子の質が低下している。85%に異常がある。 ・デンマーク・・・濃度が悪い。不妊20% 不妊予備軍も多い。日本も。 ・人間独自の進化がある。 ・チンパンジー・・・精子・・乱婚がある。人間には、精子に他人との競争がない。 ・質や濃度が低い。 ・予想以上に結果が悪い。更にここ数年の間に、濃度・質の低下がみられている。 ・今目の前にある危機、環境の悪化?原因が分からない。 ・対策はあるか? ・体外受精。試験管ベビー。顕微授精。活動的でない精子を受精させる。質の低下が加速させる恐れがある。精子の競争力の低下。 ・生殖医療の行きすぎが懸念されるようになっている。 ・バチカンの反対。 ・精子バンク・・シングルマザー。ビジネスとして利用される。精子の相手を選べる。 ・テクノロジーで子供を得られる。同性愛。 ・男と女・・・家族の<かたち>が変化している。 ・テクノを使うか、使わないという選択をするのか? ・性の進化・・・タブーか?乗り越えることができるか。 ・未知なる環境を生きてきた。恋愛のシステムをつくり。役割分担をし。肉体の違い・・個性を活かす。自ら未来を予期し、選択した道を歩いている。
2018.09.28
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