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時折すべてが好転する一日がある、、その逆もある。それにしても今日は驚く程、物事が好転しました。偶然みつけた店に壊れたパソコンを持ち込んでみると・・15分で治ってしまいました。開けてビックリ、中のハードディスクを固定するネジが4本不足していて、そのためチョッとした振動でハードディスクが抜けてしまっていたのです。店の方々もビックリ・・ハードディスクを再びさしこんで、足らないネジをつけ、無事復活させることができました。工場出荷の時点で既に不足していた中のネジ・・マリオのお陰で発見することができたミス。いまとなってはマリオに感謝、、 すいませんでした・・謝るしかない。準備完了、他もろもろの気になっていたことも解決。魔法な1日でした。速報 2014 はちどりツアー映画「はちどり」&「踊るチャランゴ」4/10-20 コスタリカ4/21-25 エルサルバドール 4/26-30 メキシコ5/8 以降 アルゼンチン各地詳細 http://www.facebook.com/danzacharango
2014.03.31
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すっかり落ち込んでしまったマリオを連れて久しぶりのお出かけ。素敵なアナウンサーの方のおたくでスパゲッティを御馳走になりました。マリオの映画を1番最初に紹介してくださった方なので、ご対面は感動的でした。精神的に充実された方、スピリチュアルな方に遭遇するとマリオは頭にのってくつろぎます。何かを感じてひたっているような・・そんな姿に毎回驚かされるのですが、今日もアナウンサーの方の頭の上でくつろいでいて、やっぱり・・とシミジミ。今日は昨日制作した旗を発表。日々更新、前進あるのみ、、そんな日々の更新に付き添って下さる方々に感謝。だからこそ頑張れました。すべての制作はそんな多くのエネルギーが集って作品は歴史のひとつになっていきます。出発まで後1周間となりました。佐野まりhttp://www.facebook.com/danzacharango
2014.03.29
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マリオがパソコンにのってしまい、その重みでバランスを崩し机から落下、、まさかの故障となりました。ハードディスクが傷ついたようです。これは非常にショック、、滞在先での手続きや連絡もろもろを行う手段を失ってしまった。どう仕事を進めればいいのだろう。とにかく明日修理にだし祈るしかない、、。大人げなく思い切りマリオに怒鳴ってしまいました。非常にションボリしているのを見て反省、悪気はなかったし、こちらの不注意でしかない。マリオはただ側に来たかっただけ。今日も昼間すこし横たわった際に、飛んできて背中にマリオがしがみついていて嬉しかった、、帰国して最近再び特に親しみが増していて、もうすぐ渡航でマタ離れなければならないことをキット彼は薄々感づいていて、だからパソコンにのってでも注意をひきたかった・・マリオに謝りつつ、明日から出来る限りなんとかできるように、そしてマリオに暖かく接していくことを誓います。今日は3年前丁度制作が始まった映画「はちどり」の出会い記念日して新しいビデオをアップしました。http://www.facebook.com/danzacharango
2014.03.28
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親しいアナウンサーの番組では常に記念日がテーマになっていて、追悼や誕生日などを記念しての選曲で1日の歴史を考えさせられる日々、、毎日深夜2時から4時までツイツイ夜更かして聞いてしまう。物凄く充実した内容です。命日の重みは誕生日を超える、、今日は父の誕生日。生きていたら74歳。おめでとうということが出来ないと誕生日は宙に浮いてしまう。ただ超有名人の場合、ジョンレノンの10月8日は永遠に輝いています。マイケルはどうだろう、、チャップリンは、、やっぱり追悼の日を思うのでしょう。よっぽどでないかぎり亡くなったら誕生日は薄れていく。昔3年日記というものをつけていました。1ページが3つに分かれていて翌年の日記をつけていると昨年の同じ日の出来事が同時に読めるので1日が深まっていくような、、今も日々をコチラで綴っていて以前の今日なにをしていたか、即わかるのがいい。父が生まれなかったら、この世に存在していないのでヤッパリ大事な1日です。おかげさまで娘は元気にやっています。お母さんも弟も元気です。きっといつも守ってくれているんですね。「おめでとう」はいえないけど、ありがとう!! 今日、仕事がトッテモはかどったのは父のお陰かな、、と思います。ハンチングが好きだった父でした。(同じような帽子を被っていることに昔の写真を見て気がついた)
2014.03.26
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青空の下、久しぶりに大型カメラを持って五月広場に向かいました。治安の悪化もあって滅多に写真をとることないのですが、到着以来この日だけは常に追い続けています。アルゼンチンの歴史における皆さんの誓いの1日。2度と悲惨な事が起こらないように結束する1日。未来を皆で検討する1日。 12時からの予定されていた五月通りから五月広場に向かって進む行進は大幅に遅れ、13時頃からスタート、延々と続く多くの団体による大パレードが行われ、五月広場に設置されている舞台でソレゾレの団体がメッセージを発表、青空の広がるブエノスアイレスにて多くのエネルギーが結集していました。蒸発者の顔写真が掲載されている長い長いプレートを五月広場の母を中心に皆で運ぶのですが、毎回このプレートが設置されいる間、写真の側でご家族の方々が涙を浮かべているのを目の当たりにする度に身が引き締まります。30000人の蒸発者一人一人が100人の関係者がいるとして実に3000000人の悲しみが寄り添っている、、色々な場面が一気に交錯する中、シャッターを切り続けてきました。そして五月広場の青空にお約束。今年も想いを画像に記録。こちらに22枚アップしました。pagina colibri
2014.03.24
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1978年3月23日。この日に到着して以来、多くの物語が重なって現在に至るのですが、翌日がアルゼンチンの1番悲しい記憶と闘いの日(軍事政権発足1976年3月24日)だけに、毎年考えさせられる1日です。軍事政権による30000人の蒸発者は76年から80年代にかけて集中、犠牲者の生んだ子供達が子供のいない家族にひきとられていて、未だ蒸発者の両親は捜索を続けており、100人以上の御家族が孫との再会を果たすことができ、引き続き責任を追及、3月24日に始まった悲劇の歴史、、そんな様々な経緯etc あらためて移住してから日々情報を更新する毎日です。30000人という物凄い数の犠牲者なので、ごく普通に彼等の家族に遭遇する度、その癒されない心の痛みと憤りに触れ、だからこその不屈の精神を土台にした文化の逞しさに圧倒される。2001年のアルゼンチン初公演で舞台制作を共にした音響担当者のお父さんが蒸発者で、お宅に伺った時に初めて聞いて言葉を失いました。コメントできない衝撃、、親しい音楽家の叔父さん、友人のお兄さん、誰かしら関係者を失っている。 この日が近づくにつれ、人々の表情は帰らぬ亡き人々を思う懐古に包まれ、うっすらと曇っていくような、、震災の20000人にのぼる犠牲者の方々を想う3月11日。更に多い30000人の犠牲者は大自然の脅威ではなく、同じ人間の脅威によって消えてしまった。それは度々おこる戦争も然り、仕方がないとは決して言えない誰かの仕業による出来事。こういったことが再び起こらない世の中を今一度、皆で創っていけるように・・そのための行進が明日12時より行われます。今回は連休なのですが皆さん、この連休だけは静かに自粛して過ごされている。日々小さくともこのために出来ることは沢山ある。この事件に深く関わった教会でシミジミ思いました。(蒸発予定者をかくまっていたことが密告され神父さんと修道女、人権活動家含む8人が教会から連れ去られ蒸発。遺体が奇跡的に見つかって教会の庭に彼等のお墓があります)
2014.03.23
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航空券を手配のため銀行で手続きを行っていて 思わぬ再会に恵まれました。度々遭遇する機会はあったのですが、ユックリ話をするのは多分初めてだったと思う。尊敬するアーティストGABOと日頃から思っている音楽における「間」について話ができたのは嬉しかった。とっても個人的な感覚で共有することの難しい「間」の自由を大切にするため、ソロでの表現に徹している吟遊詩人。(ここ数年で躍進、大会場を一人で満員にできる唯一の存在) 今年の踊るチャランゴは振付の中で間を探してみたい、、。そんな手続きを終えてから10日間、2月から受講している講座と共に出発前にブエノスアイレスで煮詰める日々を送っていました。新しく始めた防具を使用した剣道講義も何とか方向性が見えてきて、始まった当初から教えている生徒が嬉しそうに、しかも非常に良い動作を防具をつけて行う姿を見ることができました。 今日から渡航先の調査を行いつつ、明日から行う出発前の調整・スタジオリハーサルのため楽器を整えていてフト気がついたのですが、ケースの中に幼い頃のチャランゴの先生、Nora とチャランゴの巨匠 Jaime Torres 氏の一緒に映った写真があるのですが、この写真は98年に再びアルゼンチンに戻ってきて5日目、16年前の今日ハイメ氏の御宅に御挨拶に伺った時に撮影したもの。暫く会っていなかったという二人が、再会を喜んでいる様子を見ていて嬉しかった。その場で即、演奏を聴いて頂いて(人生で1番緊張した瞬間でした)ハイメ氏が「非常に個性的」と言って下さり、二人に初めの一歩としてボリビアに送り出して頂きました。忘れられない始まり・・。去年は同じ日に現在お世話になっている教会でハイメ氏とハイロ氏の共演によるミサ・クリオージャを見ることができました。大事な1日を心に刻みつつ、、今年の音色を探しています。佐野まりhttp://www.facebook.com/danzacharango
2014.03.20
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ここ数日、相棒マリオが苦しんでいました。毎年、秋は羽根の変わり目で大きな羽根が10本以上ぬけ、新しいものがドンドン生えてくるのですが、その生え際はマルデ「たけのこ」のよう。とんがったセロファンに包まれた物体が体中からムクムクと生えてきて痛そうです。鳩などが寄り添ってついばんでいるのは、実はタケノコのような新しい羽根をくるんでいるセロファンを割って整えているのだと思うのですが、お相手のいないマリオは一人格闘。代わりに爪でついばんで割っています。(結構これが楽しかったりする)感謝したマリオは胸元に乗ってきてくれて、寄り添って一緒に眠っています。そんな一時の暖かさ・・現在の政治的な事情、物価急騰も重なって不機嫌な方が多く、交流の複雑なブエノスアイレスで途方に暮れる今日この頃。悲劇の電車事故から2年、ようやく今日から裁判が始まります。家族を失った方、大怪我で不自由な毎日が始まってしまった方には2年がドレだけ長い道のりだったか・・想像を絶しますが、今日から始まる尚一層の激しい日々がより短く、納得するものに至ることを祈っています。祈るだけでなくなにができるか、、皆で考えたい。親しい写真家が2年間おいかけていて、現場でよく遭遇していたのですが、その訳を数日前に聞きました。彼女の友人が偶然その電車に乗ってしまい、亡くなったとのこと。乗らなかったはずなのに乗ってしまった経緯も含め、遭遇した劇場での立ち話で初めて聞いて絶句。お金で解決することを拒んだ責任追及への道程、、「誠は人の道なり」 同じことが繰り返されないための闘いを目の当たりにする度に、日常の余分な悩みや個人的な疲労は解消。同時に反省。日曜日の満月の輝きは何時になく豪快でした。日々精進、満月にお約束。 22年前の今日(1992年3月18日)初めての一人公演実施。江古田のマーキーというライブハウスで、あまりの緊張からコレは絶対無理だ・・と思いました。時は流れ今となっては緊張している場合ではない、数多くの目の前の対応に必死。緊張をすることが出来る恵まれた環境だったことに気がつく今日この頃。
2014.03.18
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3月に入ってブエノスアイレスは夏休み明け一気に催しが活発になってきました。毎年行われる野外ダンスフェスティバル幕開け。丁度4年前(ビデオ2010)の同じ日に舞台音楽と踊るチャランゴで参加、2週間で一気に作品を制作して発表する実験的な舞台制作の一貫でコレオグラファーAna Garatのグループで音楽と踊るチャランゴで煮詰めることができました。野外なので音の反響が微妙で生演奏の部分で苦戦しましたが、素敵なダンサーの皆さんとの特別な一時でした。個人的には何時か我が作品で応募を夢見ています。今日の会場はバチカン広場。コロン劇場の脇にあり、久しぶりに訪れたのですがダイナミックで都会的に整備されていて驚きました。公園の整備、自転車通路、バス通り、、暫く見ないうちにブエノスアイレスは日々進化。以前より大分整ってきているのが嬉しい今日この頃。今日もバッタリ旧友と再会できました。人形使いでマッサージ師、旅人な旧友Griselda。最近、彼女の話を別の友人としていたばかり・・以心伝心な今日この頃。 今日のフェスティバルに参加している名ダンサー、エルネスト・チャコンの息子さんの代理母となっていて、子供の面倒をみながら観戦していました。観戦というとスポーツ的ですが、この野外舞台は実にスポーツ的ダイナミックさが必要とされ、大きく派手な動きと華やかさ、衣装も明るめ、音楽も個性的な演目が多い。今日は国立コンテンポラリー舞踊団が出演していました。本当に優れた舞踊技術と身体能力を持つ人々を劇場を離れ、野外で目と鼻の先で目の当たりにできるのは刺激的です。メンバーの中の二人が面識があったので、力をいれて久しぶりに写真撮影。とはいえ大型カメラでなく普通のデジカメしか持って行かなかったので、ブレが目立ちますが、彼等の演出にメンバーの何人かが観客に混じり笑い転げる場面で、丁度待機していた場所に一同そろってきてくれたので、お月様をバックに素敵な場面を接写。一緒に笑いたくなるような楽しいシチュエーションでした。終わってからメンバーの子供が踊っていて、その子は父母二人共ダンサーなので、リアクションもレベルが高く、クルクルと回転しはじめ驚かされました。将来ダンサー誕生に向かって濃い血が流れているようです。これから3日間フェスティバル楽しませてもらいます。CIUDANZA 2014
2014.03.13
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Twitterで震災から3年を検索すると、何万という書き込みが続々あがっていて、その中には被災者の方のメッセージも数多くありました。この日にこうして多くの生の声に触れられることで現在の状況、人々の思いをしることができる、、未だ260万人の方が不自由な生活をされていること、何かできることがあることを探しながら彼等を忘れずに過ごすこと。この日は2011年以来、約束の日として刻まれていく。アルゼンチンのラジオでピアソラの多くの名曲がかかっていて気がつきました。この日がピアソラの誕生日であることを2011年以来わすれていたことに、、9月11日同様、この日が誕生日の方々は複雑な気持ちで迎えられる、、それも被災の波紋に含まれることを忘れないでいたい。様々な情報の中で非常に具体的に現在の状況が記載されているページhttp://www.bloomberg.co.jp/news/123-N1YAB26S972C01.html
2014.03.11
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カーニバルの長期休暇明けから1週間、一気に手続きを行っていました。先週、某国家から招待状を頂き航空手配完了。大自然の豊かな国で常日頃から憧れている国。大使館でビザの手続きと事前の調査、予防接種の必要性など etc こじんまりした非常に家庭的な大使館で、暖かい対応にお国柄を感じて安心しました。昨年の長い旅の後、国の政治的な事情により日々複雑になっていくコミュニケーション。関わらないことで平安を保つことができますが、それでは全てが停滞してしまう。ブエノスアイレスは秋の涼しい風が心地よく、眩しい日差しと共に本当に爽やかな季節になりました。束の間の秋の風に吹かれながらヒタスラ空を見上げています。これから渡航手続きとリハーサル、現地に到着するまでの日々。新しい飛翔、始まる、始める,,佐野まりhttp://www.facebook.com/danzacharango
2014.03.09
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今日はスゴイものを見ました。こんなにスゴイものは久しく見ていない、、特別で歴史的な出来事。会場を後にした観客は歌いながら家路についていました。これぞ歌の力。刺激が強くて眠れません。アルゼンチンを代表する活動的な女性ボーカリスト、4人の集結 Cansionera。それぞれが非常に活発で独自の活動を築いていて、その多忙な4人が揃って織り成す歌声は、一人一人の魅力もさることながら、物凄く大きな力となってコチラに迫ってきます。しかも特別ゲストにハイロ、ペテコ・カラバハルが加わって、尚一層ひろがる世界は留まることを知らず、観客一同、総立ちでした。歴史的な瞬間を目撃、、興奮で眠れません・・詳細 Pagina 12http://www.pagina12.com.ar/diario/suplementos/espectaculos/3-31521-2014-03-07.html個人的には最も親しい友人フェルナンド君とマリーナさんと訪れることができたのも楽しかった。いつもマイペースに思いつきで一人で見に行くことが多いので(招待チケットの関係もあるのですが)後で感想を二人と語り合うことができました。二人共、カウンセラーを職業としているので意気投合、仕事の話で盛り上がっていて楽しそうでした。良い出会いになって良かった。二人が楽しそうな様子を見ていて嬉しかった。今日のコンサートに感謝。
2014.03.08
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チリからやってきた日本の旅行者の方が置いていってくれた小さな雛祭りな置物、飾っていました。すっごく小さいのですが、細かい創りで気に入っています。人形から針金のようなしっぽが出ていて、ずっと何だろうと思っていたのですが、箱の中に紙に包まれた黒い板を発見。この板を屏風のように後ろに立て支えるためだということに気がつきました。(気がつくのに8年もかかってしまった・・)こちらでの生活を始めた当初2001年からの友人のお嬢様に最近、女の子が産まれて、旅が続いていて未だお子様に会うことができていません。ふとそんなことを考えながら10年前のスケジュール表を見ていると、丁度この日が誕生日で10年前に誕生会に参加していました。確か18歳の誕生日だったと思うのですが、、10年後に母となり、小学校の先生をしている彼女。 時の流れと懐かしさ、そして御無沙汰をお詫び、便利なフェイスブックで繋がっているのでお祝いメッセを残すと一気に連絡が進んで再会の運びとなりました。偶然この日、彼女も日本庭園を訪ね思い出してくれていたそうです。以心伝心、そして「発見」な雛祭り再会でした。佐野まりhttp://www.facebook.com/danzacharango
2014.03.03
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日差しの眩しい爽やかな1日でした。マリオを連れて最寄りの公園で日向ぼっこに繰り出しました。治安のこともあって最近は一緒に出かけることが少なく、カーニバルの長期休暇で人気の少ないブエノスアイレス、、きっと泥棒も人出で賑わう場所に出かけていることと思い、思い切って一緒に出かけました。公園には数人の方が大きな犬を連れて散歩にきていて、もしものことを考え籠から出ることは控えてもらいましたが、太陽を身体全体に浴びて外の景色を興味津々、楽しそうに眺めていました。帰宅してからマリオの様子が一変。すごく嬉しかったみたいです。一緒に寄り添って眠りました。帰国して1ヶ月以上かかりましたが、関係が回復しつつあります。猛暑を終えて束の間の心地よい秋・ブエノスアイレスに後1ヶ月、、佐野まりhttp://www.facebook.com/danzacharango
2014.03.02
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気がつくと既に今年も3ヶ月、、この3月という月は2011年を境に非常に考えさせられる日々の続く月になりました。今年で震災から3年・・皆様いかがおすごしですか? 被災地にゆかりふかいフィギアの羽生選手が金メダルを獲て「報奨金を被災地に寄付する」と話していて、長い復興の日々が続いていることをあらためて思いました。一時帰国した際に多くのドキュメンタリー映画、書物も含めて様々な情報を追いかけつつ、何かできることは・・とボランティアセンターへ向かうと、丁度その頃に起こったフィリピン台風の被災支援が始って、東北への道程を模索していたのですが、そのまま物資の区分け作業に参加しました。あの日以来、近くで何かあったらマズ1番に駆けつけることを心に刻み、アルゼンチンでラプラタ地区の洪水の復興作業に参加しています。 そのボランティアセンターで様々な方から話を聴いて、3年近くたった今、海外在住の一時帰国した日本人が出る幕ではなく、本気で現地に暮らして闘う程の覚悟がなければ、被災地様子見ツアーになってしまうことに気がつき、sしかも時期的にも年末年始、短い帰国の日々はあっという間で、既にブエノスアイレスに戻ってきて引き続き考えています。今度帰国した際は国際交流など何か、お役に立つことができることを模索しつつ、皆様の御健康と以前の穏やかな日々を、真裏ブエノスアイレスより相棒マリオと共に祈り続けます。佐野まりドキュメンタリー映画を見ていて「がんばって・・」という言葉は、実際に被災していないものから発する言葉として、不適切であることをシミジミ思いました。 軽く、明るく「がんばれー」なんて言えない.. いつも思います。 元々この言葉は昔からイマヒトツ好きになれませんが・・映画「生き抜く」http://www.youtube.com/watch?v=a3lxsEjiqv4映画「なみのおと」http://www.youtube.com/watch?v=X-VH9F_K-NA映画「明日への10日間」https://www.youtube.com/watch?v=nkjdyNAkhLY
2014.03.01
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