全29件 (29件中 1-29件目)
1
斜めからインドネシアを眺めよう 226ちょっと以前、ビーチゾウリを履いて、ショートパンツにブリトゥン島のTシャツを着た、変な日本人が、会社の入口にいきなり近づいていって、セキュリティに会社の電話番号とパーチャシング担当のインドネシア人スタッフの名前を聞く。彼らはみんなびっくりするが、笑いながら、親切に教えてくれる。後で、アポイントメントを取ってまた、後日来るからよろしくと云って出てくる。何社かから聞き出した。今日は其のうちの二社を訪問した。セキュリティにどこの会社の誰で、誰に会いたいと、いって、車の番号や目的などを記帳し、来客のカードを受け取って、事務所の方に向かう。彼らは100%私を覚えてくれていた。反応はまちまちで、会った相手は日本人でもインドネシア人でも私のことを、当然ながら、まったく知らないわけで、インドネシア人の会社を、立ち上げさせ、私がマーケティングと技術の両方指導をしている、と云ったって、まだ、全然、本生産が始まっていないわけだし、どこに、製品を納めているか聞かれても、まだ、納めていないわけだし、御社がお客様の一番目なるかもしれません。どうぞ、押出製品を他から調達していて、品質や価格で問題があるなら、図面をメールで送ってくださいと、お願いするしかない。B社のインドネシア人スタッフに会社の設立状況を話したら、興味を持って頂いたようでした。折りをみて念を押したいと思う。ぶっつけで営業に回るのは面白い。
2009.04.30
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 225友、再びインドネシアで仕事を始めた。日本へ帰ったが、定年を間近にし、退職し、インドネシアの前にいた会社に、現地採用として戻ってきた。また、旅行などでお付き合いが再開されることでしょう。話は変わって、人が交代する時にはトラブルが起きやすい。社内の場合は上の人が交代すればその人の言うことに不満があっても無くても従うしかないので、問題として表面に出にくいが、取引の場合は双方が、誤解を生みやすい。すべてを書類で拘束されているといことはあり得ない。担当者同士の了解で問題が起きていない場合はついつい、書類での確認が遅れたり、忘れてしまうことがある。場合によっては、約束事を日本の本社の承認を得なければならないことがあって、それが、面倒で、現地の客先の日本人が了解のうえ、そのままになることもある。後任者がそのことを指摘に、大きく前任者の落ち度を指摘する場合が多い。問題が全然発生していないのだから、気がついたら、黙って、書類を整いえる仕事をすればいいのだが、そういう人はほとんどいない。逆に、書類に書いてある通りの以前の不合理で、製品として問題が起きやすい状態に戻してしまう。それによって値段が合わなくなったり、品質が落ちたり、収率がおちる状態になってしまえば前任者の責任にし、自分が改善しようとはしない。新しい書類の交換をしておいても、後任者が認めない場合がある。その例として、リサイクルの混入比率であえる。混入しないことにしてしまう。勿論、客先はその方が望ましいが、特にありがたいとも思わない。ただ、ご本人が満足するだけで、もったいないことをするその人を評価する人は誰もいない。ロスが増え、最後には捨ててしまう。それを、前任者の責任だとする。価格が合わなくなっても、それを、合うように交渉しようとはしない。
2009.04.29
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 224 そうなってくれば、親会社も次第に送る人の質を下げてくる。緊張感が少ない、特別能力がない、仕事に関して特徴のない人を送ってくるようになる。立ち上げや、上昇させた以前の社長さん達の苦労が分からない。大体、会社の根本的改革などに頭を巡らす必要はないし、もしあったとしても気がつかないし、やる能力がない人達です。本社も期待はしていません。大過なく任期を過ぎればいいのです。 ですから、壁の塗り替えが、第一の大仕事と認識するのです。取っていた新聞を変えたり、書類保管用の仕切りとか、インドネシア人に対して日本語教室を始めたりするのです。効果がないというか、やってもやらなくてもいいことに神経とお金を注ぐのです。本社の方もあまり意味がないことをいままでの社長から聞いているが、新任者にはその程度なら任せるのです。 こういう社長さんもいたということです。ISOを初代の社長のころ収得したが、持っても持たなくてもあまり影響がないことが分かって、ISOを超えたシステムを持っているか実行されているかいないかが重要だということが分かって、途中で本社の承認を得て更新をしなかった会社があった。其処へ何代目かの新社長が来て、ISOを収得していなことをいままでの社長の大きな落ち度として強調し、早速張り切って従業員の尻を叩いてエイジェントに教育をしてもらい収得した、というより、買った、といった方がいい。其の会社は皆さんが勉強済みで、すべてのシステム、書類が整っていた。新社長さんはお金をはらっただけである。三か月もかからないで、9001と14000を買った。インドネシア人スタッフで主にエイジェントと交渉した人間を、単なる担当者に過ぎないのに、みんなの前で表彰をした。 その新社長いわく、これで、商売がしやすくなると、しかし、全然売り上げが伸びないどころか、どんどん、売上も利益も収縮している。本社は見放した。
2009.04.28
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 223 日系企業は日本本社の指示通りにする。絶対といっていいほど言う通りにする。そして、自分に責任が降りかかる可能性があると思うことは絶対と云って手を出さない。その用心深さが大きい人ほどなにもしないし、できない。 ある会社の新任社長は、壊れた自動ドアの回復に全力を尽くす。それまで、何年も壊れたままで、自動開閉でなく手動で普通のドアだった。何人かのそれまでの社長は本社に見積もりを出し、修理の承認をしてもらおうとしたが、OKが出なかった。それほど重要とは、双方とも思わなかった。優先順位は低かったのでしょう。しかし、その新社長は、大変気になったのでしょう。優先順位を一番にして、本社と交渉し、OKを獲得した。本社にしては新任祝いのようなものだった。その社長、会う人毎にその何年も直さなかった自動ドアを直したと、強調していた。ついでに今までの社長が直さなかったことを批判していた。そのほかのことは、まったく動かない。本社から指示があった書類の提出で時間を潰していたそうです。 別の話で、やはり、新社長、その会社、工場開設から十数年過ぎている。大体、どの工場も一年過ぎて、雨季を経験すればあちこちから雨漏りがしたり、壁の亀裂ができて、雨水がしみ込んでいろいろな模様が現れるものです。それが数年も過ぎれば、そのままにしておけなくなり修理やペンキ塗りをするのが普通です。その社長さん、修理を繰り返した事情を知らない。着任するなり、前任者に対し文句を言ったそうです。なぜ、私が着任する前に修理をしておかなかったのか、と。始めの方の人は、工場の開設から、従業員の教育、さまざまなスタンダードの作成、何より、営業をして注文を取らなければならない。次第に落ち着いてきて、会社が安定期に入れば、忙しくなくなってくる。
2009.04.27
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 222インドネシアでなくても、外国に住んでいる人は為替のことが気になります。私も毎日チェックします。個人の性格にも大いに関係がありますが、商売ではもっと関係があります。何で見積もりを出すか、取引の通貨を何にするかが大変問題になります。インドネシア国内売りが多い企業はRp立てで商売をしたがるのが普通です。日本など外国売りが多い企業(免税企業、EPTE、カワサンブルイカット)は円かUS$で取引をする場合がおおいし、インドネシア企業は当然Rpで取引を望みます。日系商社は完全にUS$立てでしか取引をしません。ところで、国内売りが大部分の日系大企業は、Rp立てを望みます。しかし、日系の下請け会社はUS$を望みます。そこで、下請けはUS$で見積もりを出しますが、客先はそれをRpに変換して支払いをします。何の問題もないようですが、問題は下請け会社にとって大きい。というのは、レートを過去三か月の平均で(毎日の終わり値?中心値?それらがはっきりしない)次の三か月のレートを通告してくるのが普通です。しかし、これにクレームを付けることができないまま、勝手にRpに変換し支払われる。その時の事情に依って、値下げをさせられるのです。そういう関係でなくても、輸入品を扱っている会社から購入する原料はやはり大体、三か月毎にRpでの価格は換えられる。Rp立てて、見積もりを出している会社は、常に原料費が変動しているのです。その変動が読めないわけですから、当然、利益や損失も変動をします。自分の意志でどうにもならないことですから、運が大きく関係します。見積もりを出す時はお互いに、見積もりの内容を大きく分けて、原料、加工、固定費、事務手続き、利益の比率か金額を確認する。改定をしたい場合はどちらからでも、どの部分がどう変わっているからと、提案をする。 JABABEKA GOLFの10番 インドネシアゴルフ場の典型的な様子です。椰子の木と広々とした見渡しのいいフェアウエーが多い。
2009.04.26
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 221 いつも一緒にゴルフをする仲間が急にお客さんとジャカルタのホテルで昼食を取りながらミーティングということになってしまい。メンバーが三人だったので、一人欠けると、プレーができなくなる。(土日、休日は三人か四人でなければならない)そこで、いつもの07:00スタートを急遽06:00ティオフにした。05:20分に到着したが、まだ、真っ暗、近くになると、キャディを乗せたバイクが私の車の前後に集まり出し、一緒にゴルフ場に向かう。対向車線はもう送り届けて帰りのバイクがぶんぶん走ってすれ違う。初めて出会う光景である。 05:30には、いつも待ちあわせるレストランに入った。まだ、連れは到着していない。ところが、他のグループの日本人、すでに20人以上が朝食を取っていた。彼らは多分、05:00頃には到着しているのです。大部分の日本人はジャカルタから来るのだから、04:00頃にはアパートを出ているはず、起きたのは04:30前だと想像する。すごい。ゴルフとなると、こうも、皆さま、御熱心だと感心する。ちなみに私は05:00に出発、目覚ましは04:45でした。普通はその一時間遅れのスケジュールです。 皆さん06:00前にはレストランから出て行った。終わるのは11:00前である。昼食と雑談をして、12:00にはゴルフ場を跡にする。 何十もあるジャカルタから半径7~80km以内のゴルフ場では毎週末、見られる光景です。大きく分けて、午前中は日本人、午後は韓国人が多いが、日本人以外の外国人とインドネシア人というプレー時間帯ができている。週末は午前中は平均一万円位だが、11:00過ぎの予約は6千円くらいになるからである。コンペの会場を交渉する幹事はプレー費のディスカウント交渉の腕の見せ所である。安くできなければ、午後に開催することになる。最近、日本人のコンペも午後開催されることが多くなってきたように感じる。
2009.04.25
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 220 もうすぐ五月というのに、毎日夕方スコールが来る。涼しくはなるが、翌日の朝から午前中は異常に蒸し暑くなる。今のゴシップニュースは、フランス人の父とインドネシア人の母親から生まれた、インドネシア人女性で、マレーシアのある王家の息子と16歳で昨年八月に結婚した人のことである。音信不通になっているので、母親が、マレーシアを訪問し、娘に会えるように王家に出かけようとしたが、どういうわけか、マレーシアへの入国を拒否されたという話。母親もきれいだが、娘はもっときれい、モデルをしていた。現在、嫁いだ娘がどういう状態なのか知りたくても出来ない母親が泣きながらインタビューに答えている。どちらの大使館もノーコメントである。気の毒である。二週間前の選挙の開票が1450万票になった。国全体の投票総数がどのくらいなのか分からないので、なん%開票が進んだのか分からない。しかし、政党ごとの得票%は開票当日から全くと言っていいほど変わっていない。いつ、お仕舞いにするのでしょうか。そうこうするうちに、次は、大統領候補の宣言が始まっている。今日のところ現大統領、民主党のユドヨノさん、前大統領、民主闘争党のメガワティさん、そして、現副大統領のカラさん、ゴルカル党である。国会議員の選挙で、現在上位三党から代表が出るという様相です。それ以下の党との連携交渉かこれから賑やかになると思う。私の予想というか、大方の予想ではユドヨノさんが再選される確率が高い。だれを副大統領たてて選挙戦に臨むかが注目の種である。
2009.04.24
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 219ある会社に、乾燥機と押出機を注文し、半額を前金として支払った。押出機は一か月の納期で、中国から輸入したといって納品された。異常に速かったので、不審に思い、機械の中身を確認したら、どう考えても輸入の新品ではないことが明らかになった。インドネシアのどこかにあった中古品の塗装をして新品と偽ったとしか思えない。 乾燥機が三か月過ぎても入ってこない。何度問い合わせても、税関で止まっている。付属品の通過が難しいと言い訳を続ける。もう、我慢ができなくなり、最後通牒として、税関へ一緒に行こう、その段取りを取るように言った。しかし、約束の日になっても税関へ行く気配すら示さなかった。会社へ本人が言い訳に来た。今度は、本人と税関の間に、仲介者が入っているので、直接、税関へ行けないと言っていた。 それなら、その仲介者に電話して、その人も一緒に行ってもらうように、何故しないのか、と、聞いたら、黙ってしまった。それも、信じられない。との各、もう一度チャンスを与えると言って、終わったが、それから、音沙汰がなかった。文章でキャンセルを理由とともに通告した。半額の前金もいつまでに返却しなければ警察に通告するという文章にした。そして、結局、前金は返すということになったが、いつ返されるのか。 きっと、輸入するつもりはなかったのでしょう。インドネシア内の中古品が未だに見つかっていないだけだと思う。とんでもない、商社に頼んでしまったものである。 幸い、乾燥機を使う仕事はすぐにやる必要が無くなって他の樹脂でやることになったので、他をさがすこともしなくて済みそうである。 インドネシア、インドネシアこれがインドネシアと感じさせられた。信頼されれば次からの受注が続くのに、眼の前の儲けのことしか考えない人は、気の毒である。
2009.04.23
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 218昨日の続きである。昨日の話が本当なら、製品を注文する側が、自分で原料を買って注文先に100円で売る。注文先が取りに来るので、運賃は注文先負担です。その原料を90%の収率で加工して90円で注文した側に売る。注文先は運賃、梱包費、比例費、固定費、原料ロスこれらすべてが無料にして、原料を製品に変えて渡しているのです。納得していただけますか。こんなバカな話はないでしょう。それが、何社でもあるのです。なぜ、このまま、双方とも満足し、あるいは注文側がちょっと不満なのでしょうか。まず、注文する側の落ち度は、製品の単位当たりに使う原料の量と価格を把握していないことです。原料の価格そのものが、製品価格として出てきたら、そんなわけはないのですから、それは、不自然です。価格の内容を知らなければなりません。もし、原料の価格が違っていれば、注文先が、他から、安い原料を購入して、混ぜて使っていると、疑わなければなりません。出なければ、原料価格で製品が戻ってくるわけがありません。原料の出荷量と戻ってくる製品の量が見合っていても、それで、100%その原料を使っているとは限りません。わかりますか、その原料を使って他の支給ではないお客さんに別の製品を作って売っているかもしれません。それも、確認したうえ、原料価格で製品が戻ってくるなら、購入側は黙っていればいいのです。それ以上に値下げをしようなどと考えることは、分かっていないということです。売る側の落ち度は、まず、大きな原因は欲張りということです。まともに正直に、原価の計算をして原案を作っていれば、一桁、違えば、とんでもなく安くなっていることに気がつくでしょうし、間違っていることが分かれば、理由を言って、改定交渉もしやすい。間違いに気がつかないで、十分、自分の出した値段に満足している場合がほとんどです。気がついても、今さら、どうしようもない。他の人に特にインドネシア人にばれないようにするしかない。疑ったり、それを漏らした従業員を会社に対する背信行為として、首にするしかない。インドネシアですから何でもありですが、日本人の話です。皆さん、くれぐれも、異常な欲張りはいけません。サテ パダン(パダンという町の串焼肉という意味ですが、肉は鶏ということになっています) ロントンと言って、普通のご飯をねって持ちにしたようなものと一緒に食べます。辛いピーナッツソース(ガドガドにかける)に似たものを使っている。
2009.04.22
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 217 興味深い,面白い話が聞けるものです。こういうことを書いてしまうことが、秘密を漏らしてしまうということでしょうか。なぜ、また似たようなこと起こるのでしょうか、人種がそっくりだからでしょうか、それとも、私が、その人たちの傍にいたことがあるからなのでしょうか。ある会社に、新しい会社を売りこんだ。早速、PVCの見積もり依頼が来た。その会社の購買担当者は、現在の購入先からの価格がまだ高いと思っている。だから、現行より安い見積もりを私から期待した。しかし、私は現行の価格の2.5倍を提示したことを、すぐ、客先から知らされ、この話はなかったことにしてほしいと言われてしまった。其のうえ、現行の会社から、もっと値下げを依頼しているとも言われた。変ですね。私は原料の価格の2.5倍を製品価格にした。現行の会社は原料価格そのもので見積もりを出したのです。現行の会社は10倍の見積もりを出したつもりが、小数点の場所を間違えたのです。そして、それに気がつかないまま、十分に利益が上がっていて、いい商売をしていると今でも思っているのです。そして、客先の購買も、ちゃんと購入価格の内容を把握していないのです。だから、まだ、感覚的に、高いと思っていて、値下げをしたいのです。もっと、付け加えると、客先は原料を購入して10%ほど乗せてチューブメーカーに売っている。その値段そのままで、チューブになって戻ってくるのです。メーカーは100%の歩留まりで作っているわけではないので、ロス分も負担している。客先にとってこんなうまい話はない。それでもメーカーの経営者はぼろもうけをしていると思って、満足している。多分、私からの返事で、客先は,もうけものに気がついたはずです。そして、もう、この価格について、仕入れ先には触れないでしょう。気がつかれたら、大変ですから。この文章を読んだ、製造会社(仕入れ先)の社長は、自分の失敗に気づくが、自分のせいにせずマーケティングの人のせいにし、怒鳴りつけるでしょう。この価格のまま、どちらかの会社がクローズしない限りは、行くしかないでしょう。これでは新会社としても手を出し様がありません。以前、同じような話を披露したことがある。其の会社の日本人責任者は、客先に原料費で未だに売っていて、固定費、比例費、加工賃 スラバヤへの運賃、シボ加工機償却(本社の監査が先日見えられたとき、隠せと指令して、インドネシア人が隠し、監査役に気つかれなかった)100万円位の費用、それを使った後加工費、すべてが持ち出しという代物です。 そういう、ことを、事務所にいるインドネシア人がすべて報告してくれます。裸の王様です。
2009.04.21
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 216人は、よく書くことが次々とあるね、という。トゥルムヌング(物思いにふける)ムラムン(なにも考えないで、唯、ぼんやりしている)カラオケに行ったり、一杯のみに行って、そこら辺の人と雑談したり、憂さ晴らしをしたりすることは全くない。その必要を感じない。そして、他人がやらないことをしている、そんなにしなくても、と、言われるくらい、いろいろなことをしている。だから、書くことはいくらでもあるし、頭の中にどんどん浮かんでくる。小説を書くのとは別の場所だと思うが、脳のどこかに入っているものが出てくるのです。私たちの会社の紹介をウェブサイトなどやメールで紹介し始めています。間髪を入れず反応は早速出ています。特に強調できることは、日系企業からではなく、日系以外の企業からの引き合いが今日だけでも三社から来ています。K社のお客さんで、今、A社に注文を出している会社からは勿論とんでもなく高い価格で注文を出さざるを得なくなっている会社は、真っ先に、反応を示していただいていますが、思ったほどの反応ではないような気がします。日系企業は少し価格が高くても、仕入れ先を変えるということを面倒な作業と考え、急がないのだと感じます。もうひとつ大変重要なことは、私の全てを公開していることです。漏らされて、怒りを感じるような秘密事項は何もありません。公的にも私的にも何の後ろめたさはないし、批判されることはない。もし批判する人がいるなら、その何もないことが気に入らないのです。アの会社コの会社の人のように、社外の人と話す時と社内の様子が別人になる人や、自分で多くの人に個人的なことを話しておいて、巡って私に流れてきた話を、私が確認しようとすると秘密を漏らしたと私に怒りを向ける。そういう子供のような行動をする人が多いし、本来、会社の中に技術以外に秘密はあってはならないのです。秘密はないはずなのに秘密を漏らしたというのは矛盾しているのに、かわいそうな人はそれに気がつかない。
2009.04.20
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 216私のウェブサイトとブログの愛読者は多い。その中には、私が知っている人も多い。意見を言っていただく方もいるが、おおむね、面白いと言っていただけるし、参考になる、勉強になると言ってくれる人も多い。 私は、ウェブサイトにもブログにも、すべての人々に対し、参考になることだけを面白おかしく書いている。だれもが、それを参考にしたり真似たりしてくれれば、いままでになかった新しい世界が開けるであろうと思っている。出来るかできないかは、本人の資質による。他の人のせいではない。私は、その環境で、思うようにならない時、満足しないときには、別の方法や道を選びます。ただし、私が満足できない世界で満足している方は、能力が不足しているか、知識が不足しているか、自分本位でしか行動できない人です。この、今書いていることも、全ての人に参考になることです。私は、上に立つ人を評価しますが、批判や誹謗中傷はしません。私からの評価が悪い人に、同情するのです。立場や権力を間違って使う人は評価が低い。上に立つ人は、批判される立場なのです。立場が下の人を叱ったり、批判したりする人、特に、怒鳴ったりする人は、上に立つ資格がありません。上に立つ人ほど相手の立場を考え、相手の立場になって尊重してやらなければなりません。権力を持っている人は、自分のためや、上司のために使うのではなく、部下のためや、外部の人たちのために使わなければなりません。私利私欲や、自分の快楽のために、従業員を道具として使うことは許されません。利益は均等に分かち合うという精神がない経営者は別の立場になったとき、誰もが相手にしてくれなくなるでしょう。だからなお、その立場に固執する。
2009.04.19
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 215記録的な暑さだと思うが、今日にカラワンゴルフ場には、またっく、まいってしまった。アクラブ会コンペなので、カートは使えない。ポカリスウェット500mlを四本飲みほした。それでも、途中、何度も目が回りそうになった。よく最後まで出来たと思うが、スコアーはさいていだった。途中、つかえて、5分くらい待つことがあるが、その時、何故こんな大変なめをして、ゴルフをやっているのか、なぜインドネシアにいるのか考えてしまう。16:00頃から、M社の前に何となく多くの人が集まってくる。ここへ来れば、世間話をする仲間のようなものがいると思うのでしょうか。K社とA社の生え抜きの社員二人ずつ、K社からA社に移っていてまだ辞めてない人が一人、K社からA社に移ったが辞めてしまった人が三人、マクタの社長と私で、情報交換というか世間話に花が咲く。K社とA社の現況が、オープンにされる。K社はもうほとんど仕事がない上に日本人は何もすることがないのになぜ、早く、閉めてしまわないのか不思議だということで、意見が一致した。クローズが遅れれば遅れるほど損を増やしているのに、日本人は帰っても居場所がないから、ただ、知らん顔をして伸ばしているのでしょう、といのが、皆さんの意見でした。A社は、生産のロスが多く、納品した製品もロットアウトを食らって返品になることが多いとか、ここも、日本人が何の役割もはたしていない。生え抜きの人事のマネージャーが例の社長の逆鱗に触れて、減給の上、現場のQC担当に格下げされたとか。聞くところによると、社長の無知識が原因だと意見は一致した。生え抜きの製造マネージャーの友人が、PVCのチューブ、インドカルロ向けの生産をブカシティムールで始めた。その、マネージャーの技術指導で始めたという。本人は、私が、マクタから引き揚げたとき、私についていきたいと言っていた。全員が私についてくると言ってくれる。責任が重大である。K社の使える人、A社の使える人、MAKUTAの全員をなんとか活かせるように仕事を集めなければならない、そうすれば、自然に、N社の事業計画に則った仕事ができるはずである。 カラワン オーキッドの8番、ショートホール、池越えの打ちおろし、私はパニック障害になってから、一度も、ドライバーで一度も池を越したことがない。毎回、水へ入れて、三打目をグリーンの横から売っている。今日も、ダブルパーだった。
2009.04.18
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 214 あなたはこういうときどこを選びますか。三人で横に並んで歩いているとき、中央ですか、それとも、どちらかの脇ですか。私が気にしたのは高校生になってからでした。 インドネシアでも勿論ですが、私は、大勢で行動することが好きではない。ましてや、人に、着いていって行動することは全く不可能です。連れの人に気を使わないで、自分で好きなように行動をしたい。 子供のころから、列の先頭で、後ろの人の行動に気を使いながら歩くことが多かったし、集合時間にはいつも私が先にそこへ行って皆さんを待っていなければならなかった。高校でも、大学でもそういう役目を自然に押し付けられていた。他にやってくれる人がいないから、断れない私がそういう役目になってしまう。 だから、他人に気を使いながら行動することは、大変、自分が損をしていると考えるようになった。 サラリーマンができない私は、やむを得ず、会社の社長に自分でなったが、どうしても、従業員のことに気を使う。他の会社の人より、少しでも、満足が多くなるように気を使っていた。インドネシアでは、アドバイザーとしてやっていたが、私のアドバイスがどうも難しすぎるのでしょうか、アドバイスを受ける側が能力が著しく不足していると言うことに気がつかず、逆に、怒ってしまう、という状態で、やはり,自分でやらなければ、従業員や客先が気の毒だと思ってしまう。私に怒りを感じた人たちは、気が合うようで、能力が同程度なので、意見が一致するようです。 三人以上の時は、役目がない限り、皆さんから不自然でない程度に離れて一緒にあるく。真ん中になってしまったら、何気なくその状態を解消する。
2009.04.17
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 213 すごい会社がまだある。寸法には必ず公差というものがある。製品寸法ピッタリにはできない、必ず、バラツキというものがある。だから、使用に支障をきたさない範囲の公差というものがある。±いくつ、と,言うものです。それは、いろいろな道具を使って公差に入っているかいないかを検査する。ノギスを使ったりダイヤルゲージを使ったり、ジグやゲージを使って、入る、入らない、止まる、通るなどで、調べる。多くの会社はジグを使って確認する。ですから、試作をする前には公差に合ったジグを準備する。試作の時に間にあわなくても本生産の前に必ず準備しておかなければならない。なければ、確実な検査が製造でも出来ないし、QCの出荷検査も出来ない。だから、絶対準備します。ところが、ある会社の製造スタッフ、検査スタッフとも、使用方法を知らない、教えられていない。止まらなければならないジグで内径を検査すると製造中のものが全部通ってしまう。「これは,全部NGでしょ」というと、作業者は前のシフトからこの状態でOKだと言われている、という。「それでは、このジグは何のためにあるの?」「使い方の作業標準を読みましたか」「使い方をQCから指導されましたか?」と聞くと、知らない、無いという返事。今度は、出荷前の最終検査をするQCのところへ行って、ジグの意味を聞いたら、知らないという。「使わないの?」と聞くと、使うという返事。内径が大きすぎるままOKのスタンプを押している。面白いから、そのまま、知らん顔をしていたら、案の定、一週間後のNGで全部返品になってきた。今度か、帰ってきた品物を全数検査している。よっぽど暇ないです。全部大きくできていて、その中の数%がぎりぎりOKなだけだった。当たり前である。全部粉砕して、改めて生産した方がよっぽど早くOK品ができると思うのだが、そうしない。客先の担当者から、社長宛に対策書の要求があった。対策書にはNGの原因として、製品が柔らかくて、ノギス(キャリパー)だけの検査だったので、大きめのものをOKとしてしまった。対策として、ジグを作って検査する、と回答した。嘘、八百である。ジグを使って検査をしていて、NGを出荷したのです。また、ジグを作るので、金型費のほかにジグ代を請求した。客先は其れで納得して,ジグ代を出した。その後も、内径不良が頻発して、客先の客先でも受け入れ検査をするようになってしまい、相変わらず、納品の帰りに不良品を同じ数、持ち帰っているそうです。値段は高いし、NGが多い。おまけに、納品されてくる製品のナチュラル色が一定でないとか、原料を変えているのではないかと客先は疑っている。そういう情報は、裸の王様には伝わっていない。インドネシアにはこういう会社が現実にあるのです。そこで、開店したばかりの私の会社でできるだけ早く試作品を出すことになった。
2009.04.16
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 212 来客や客先を訪問が増えるでしょう。三台のラインが一杯になるまで、マーケティングをつづけるが、約二ヶ月後には一杯になる予感がする。それも、製造速度を他社の二倍にしてで、あるから、その他社の6台分の生産量にしてで、ある。 人の弱みにつけいるような商売をしてはならない。私が、元、手伝いした会社はそういう商売をしている。その会社しかできないことが分かっていて、法外な値段を押しつける商法は見逃すことはできない。必ず、そういう商売は破綻することを、分かっていただくようにしたい。価格というものは常識的に客先を説得できる価格にしなければならない。悪徳商売に手を貸した結果になってしまったことを非常に後悔している。なさけない。 その前に手伝っていた会社は、法外な価格を出そうとして、原料費の十倍で出そうとしたが、あまりに高いためにインドネシア人スタッフが間違えて、一桁小さくして見積書を作ってしまった。それを、確認せずサインをして提出した。結局原料価格に製品の重さを掛けた価格で何年も気がつかずに大儲けをしていると思い込んでいた。ジャカルタからスラバヤへの運賃も包装費も後加工もあるのだがそれも只。 まだある、原料費の五倍で計算し、0.15US$として見積もりを出そうとしたが、見積書を作った人が、0.05US$と書いてしまった。それも、確認せずサインをして客先を喜ばせ、自分達の損を知らずに高い価格が通って喜んだという、お粗末な話である。それを、何年も気がつかないでいるし、インドネシア人スタッフは気がついても日本人には余計なこととして知らん顔をしている。前に書いたが、私が見積もり依頼を受けて、出したところ、高すぎる、今はこの価格で買っている、といわれて分かったことでした。 知っているのはそれだけだが、他にも沢山あるのではんないでしょうか。
2009.04.15
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 211Niasの旅のことは隅において、現実に戻って、会社へ行ったのは久しぶりのような気がします。順調かどうかは判断に迷いますが、一応、試作を進めていますし、お客様の訪問も受け始めています。取引の前提とする、会社の定款というか、PTであることの証明などの書類を提出していきます。バンコクが今、荒れているようですが、インドネシアは選挙の開票や買収の摘発で、あちこちが賑やかです。例によって、大きな紙を一枚一枚広げて、確認しているので、なかなかはかどらない。テレビで開票速報をしているが、表数が増えない。まもなく一週間になるいが、50%くらいやっと進むでしょう。その後の速度はもっと遅くなるので、結果確定まで、一か月かかるのは納得できる。それも、政府がこれで終わりと宣言するのであって、必ず、その後もどこからか票が出てくるのが普通である。ニアスへ選挙監視のためだと思うが警察官が大勢来ていたようです。大体、12,13日のメダンへ帰って行ったようですが、彼ら、選挙当日は投票所にいたでしょうが、10日からの開票所(投票所と同じ)に、いなかった。どこにいたかというと、ちょっとしたNias旅行を楽しんでいた。ちゃんとツアーガイドがついて、あちこちに現れていた。私たちが行ったソレカというリゾートには大勢来ていて、昼間からビールを大量に飲み、ギターを抱えて大声で歌っているやつもいた。他の客の迷惑になっているのにお構いなしである。彼らもグヌンシトリでは同じホテルに泊まり、13日の14:00にニアスから離れた。その時も皆さん酔っぱらっていたので、大変威勢がよかった。私に、酒が入ったペットボトルを見せながら“sake”と云っていた。私はティダ ボレーと云ってやった。
2009.04.14
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 210 最終日にして、始めて、まともなドライバーと車に当たった。それが面白い、泊まったナショナルホテルの向かいにあるトカンギギ(入れ歯屋)が所有しているキジャンとドライバーだった。たまたま、ホテルの前で、そこにいる人に話しかけたら、私が案内してやるという。それでは、明日、空港へ行く前に、グヌンシトリの近所の伝統家屋を回ってもらいたいと頼んだら、OKした。その時はトカンギギとは知らなかったし、本人が運転手としてくると思っていた。翌朝、7:30に出発と約束したのに、その時間になっても本人が現れない。電話番号も聞いてなかったので、心配になった。すると目の前に突然彼が現れて、車のアイドリングをはじめた。年をとった、と云っても50歳位か、歯医者だと思った。しかし、違っていた。若い昨日話した男が歯医者で年をとった人が運転手だった。 その歯医者がNias島のことをよく知っていて、ちゃんと、案内するように運転手に注意していた。 朝、早くから出発して、山の中の伝統家屋を巡ってくれた。道が狭く、崩れ落ちている場所もあって、木で補強をしてある橋がいくつもあった。一度は、前輪を溝に落として、立ち往生したが、近所から若者が出てくるものです。大勢で持ち上げてもらって事なきを得たこともあった。 歴史博物館(民族博物館)にも案内してもらった。館内写真撮影禁止だった。三日目のトゥルックダラムへ行くときにこのトカンギギに会えていたら、今回の旅がもっと満足出来ただろうと思うと残念だった。Niasへ行く人はぜひナショナルホテルの向いにある歯医者の島の案内を頼むといいと思う。 詳細は私のWEBSITE で楽しんでください。普通の人がツアーで行くには難しいでしょうが、秘境すき、伝統文化や習慣に興味がある方はぜひ一度訪れることをお勧めします。 南の方と、北の方では家屋のスタイルがはっきり異なる。また、両方とも、どこの影響を受けていることもないし、独特の建築様式である。近代の建築設計士にも眼あたらしたとして参考になるのではないかと推測する。
2009.04.13
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 209 ソレカホテルのかわいい入社一か月のレセプショニストの手違いで、出発予定の時間になっても迎の車が来ない。実は全部断られて来ないという。どうするの?バイクで町まで頼みに行ってみてくれと頼んだら、行ってくれた。何とか一時間遅れで出発することができた。迎のバイクが行ったり来たり、橋が崩れていて、グヌンシトリまで行けないという情報がドライバーに入っていて、車を出せないという。しかし、昨日通ってきたのだから、なんとかなると言い聞かせて、やっと納得してくれた。実際に、交互通行だったが渡ることは出来た。昨日と同じ状態だった。 西海岸に道があるはずだが、聞くところによると、津波の後の修復が、はかどっていなくて、グヌンシトリにまではたどりつけないという、ホテルの地図を見て、山の集落へ行ってくれと頼んだら、車は入れない、車を置いて最短でも往復6時間はかかるでしょうと言われた。仕方がないので、途中の山の中の伝統集落BOTOHIRITANO, HILIAMAETANIHAなどに寄ってもらいながら、昨日と同じ東海岸道を引き返すことにした。もっと下調べをしておけば、もっとたくさんの場所に寄れたかもしれないが、そんなに欲張っても仕方がない。程ほどで、良かったのかもしれない。また、グヌンシトリのナショナルホテルにいる。Wifiが無料で使えるのでマリアさんは大喜び、観光などどうでもいいらしい。チャットをしっぱなしでした。明日、この辺りを巡って、空港へ向かう。 昨日のドライバーは時間どおりに出発できたが、見どころを知らなかった。
2009.04.12
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 207 ホテルはMIGA BEACHという海岸に面したコテジ風の清々しい場所でした。30万Rp。夜中から一日中の雨、日本の梅雨のような、しとしとと降り続いた。こういう振り方はインドネシアでは経験したことがなかった。 Hotel Nasionalへ移動した。Gunung Sitoriの中心だが海の近くだった。25万Rpでエアコン、テレビ付き、お湯もでた。フラッシュは、使えなかったがホテルのLANで接続ができた。 ニアスは2005年の地震と津波で500人以上に犠牲者が出た。その前の年2004年には例のアチェの大地震と津波の時も近かったニアスも大きな被害を受けた。二度の災害で、大きな打撃を受けたが、現在はほとんどその跡がない。道路の凸凹はないし、十分な広さだし、申し分ない。 津波の後からだと聞いたが、国連機関の施設が目についた。また、意識的だと思うが、津波の跡をそのままにし、修復していない建物もあった。ただし、雨降りでどこへも出られず、ホテルに缶詰めどうしようもなかった。せっかくニアスへ来ているのに、ニアスの感覚が全くなかった。残念。(―_―)!!それでも、ベチャに乗って街を一周した。物価は安く、ブカシの半値以下、レストラン、ベチャとも満足である。
2009.04.10
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 206日本から戻って、二日間家で寝て、四連休、気は焦るが、私にはこの期間、仕事関係は何も出来ない。家にいても会社にいてもすることがない。03:30夜逃げのようにして家から出発。当然ながら道は空いている。記録的に早く空港に着いてしまった。04:00でした。06:40離陸。同じ飛行機、同じ航空会社ではないので、ガルーダとムルパティ、鷲と鳩である。メダンからの乗継が心配で、朝早く、ジャカルタを出発し、メダンには8時過ぎに着いた。ニアス行きは12:40過ぎの発なので、メダン市内へベントール(バイクベチャと考えたらいい、オジェックより、二人乗りなので安い)。タクシーを使えば倍以上はする。メダンは三回目だったが、過去二回は目的地がトバ湖だったので、通過するだけだった。選挙当日で繁華街も全部シャッターは下りているし,閑散としていて、ニュピのバリのようでした。投票所の前に来ると人が集まっている。日本のような学校や公民館などの屋内ではなく、ちょっとした店の前の駐車場とか、公園に特設投票箱を並べて、町のあちこちでやっている。メダンの空港に到着し、出てすぐ右に出発入口があることを確認して、町へ出て戻ってきて、其の入口に入ろうとしたらここはインターナショナルだという。ドメスティックは向こうの端だと、教えられた。私は7~80m先にこのビルの端かとおもっていったら無い、おしえられた時は見えなかったが、まだ先に別の新しいビルがあった。そのビルまでは50mほどあった。そのビルについて出発口が見つからないので、聞いたら、このビルの向こうの端だという、100mはあった。その端へ着いておない。見回したら、其の端を左に回ってまた左にやっと見つけた。ビルの裏側というか中に入って戻る方向にまた、50mいって、荷物チェックの入口に着いた。ドメスティック用のビルが新しいので、案内板が不足している。到着は国際、国内便とも同じで出発ロビ-だけが、別なので、初めての人、特に外国人には悩ましい空港だと思う。そういえば、オジェックが近づいて来ては乗って行けといっていたのが不自然ではなかったのでした。グヌンシトリには13:50到着早速、帰りの航空チケットを予約した。これで、一つほっとした。タクシーを決めた。あまりにも、衝動的にニアスと決めてしまったので、どこを、どう歩いていいのか事前のリサーチをしていない、今日は空港からホテルまで移動しただけで、無いもしていない。海岸の風景を撮影したが生憎の海岸工事中で台無しだった。
2009.04.09
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 205 また、軍の輸送機が落ちた。24人全員が犠牲になった。こともあろうか、格納庫に突っ込んだ。バンドンのオランダ時代から使っている軍の空港だそうです。ヘリコプターや戦闘機が落ちる。老朽化が原因というが、それにしても、頼りない。以前、戦車が狭い一般道路にひっくり返っていたのに出会ったことがある。 今まで、内戦アチェやチムールティモールやパプアで軍が必要でしたが、今はもうそれらが落ち着いて、軍の存在感がなくいなっている。雇用確保の意味もあるが、頼りない軍は縮小して精鋭化し予算も減らしたらいいと思うのだが、今の選挙運動でそれをマニフェストに入れる政党はない。選挙といえば明日である。木曜日で休日になる。夕方のニュースで投票用紙や投票箱の準備状況をやっていたが、まだ、到着していない所もある。インドネシアですから、間に合わなくても大丈夫でしょう。選挙結果がまとまるのは一週間か十日後でしょうが、十数年前は一か月以上かかっていたので、相当な進歩です。10日はグッドゥ フライデーで休み、四連休になるのです。世の中生産調整の時代ですから、丁度良いと思っている経営者は、多いでしょう。私はニアスへ行ってくることにした。二アスまでのチケットは手に入れたが、帰りのチケットはニアスのグヌンシトリで手配するしかないようだ。いつものことながら、ぶっつけ本番になる。
2009.04.08
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 204 いよいよ活動が始まった。しかし、今週は明日で終りのようなもの、三ラインの準備はできているので、来週、早々から、客先の日本人に見に来ていただく。工場はバラックでほとんどお金を使っていない。装置関係も日本で手に入る三分の一以下で整えた。しかし、品質は日本規格以上でできるし、何より、安価で製品を提供できることに自信がある。見かけで判断する人には不安かもしれないが、今までの経過で私の技術とインドネシア人教え子の技術を信じていただきたいと思っている。ところで、別の話だが、ある会社の日本人がインドネシア人と結婚してしまったことは、良くあることです。そのうちの一人のインドネシアの奥さん、名前はYさん、から、私に突然電話がかかってきた。内容は、相手の日本人が、近い時期に日本へ帰ってしまうのではないか、ということでした。本人が否定しているなら、信じた方がいいですよ、しかし、死ぬまでインドネシアに住んでいるわけではないから、いつかは別れなければならないでしょう、と云っておいたが、少しは、悩みがやわらいだでしょうか。奥さんや子供が日本にいるのに、こちらで結婚(二重結婚)しまい、結局、どちらかを泣かせる日本人が絶えない。そういう人は、日本人との会話で、相手によって違うことをいうので、周りの人を悩ませる、場合によっては、誤解が誤解を呼び、人間関係をギクシャクさせる。すべての人に本当のことを言えないのです。一度、嘘の話をした人に、実はこういうことで、前に話したことは嘘でした、とは、決して言わない。嘘を続けなければならないので、嘘が広がってしまう。他のことでも本当のことを言わなくなる。困った人がいるものです。今回の話はどちらを泣かせることになるでしょうか。
2009.04.07
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 203 何処から、投稿しているでしょうか。バリのデンパサール、ウングラライ空港の出発ロビーからです。ジャカルタまでのトランジットで立ち寄っています。成田からの乗客のほとんどはバリで出ていってしまいました。ハンドホーン、テレコムセルのフラッシュを使って、インターネットにコネクトしています。日本へ向かう時は夜中ですから寝ていますが、インドネシアへ向かう時は、転寝ぐらいはしますが、ほとんどは起きていて、映画を見たり何かの文章をワードで書いているかですが、今回は、インドネシアのプラスチック押出成型の統合についてのプランを立てていました。2012年末を最短期限とする、設備の内容や人間の構成、生産品目の予定を立てていた。この事業計画書はさきほど、ブログの投稿と共にN社の海外戦略責任者に送った。 バリの空港の待合所のレストラン、バリインターナショナルロッジでスンブルリストゥリックはあるかと聞いたら、冷蔵庫の電源をはずして使わせてくれた。飛行機内でバッテリーを使い果してしまったのです。
2009.04.06
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 202 日本最終日が過ぎる。孫たちからの解放である。二人とも、近くにいて着せ替え人形の切り取りに夢中になっている。普通にしていれば可愛くて可愛くて、これが私の孫だと言って回りたいくらいだが、いったん、暴れ出したら手に負えない、こちらは逃げ出したくなる。DVDでも見せておけば、静かでいいが、そういうわけにもいかない、やはり、外へ連れて行って公園などで遊んでややなければならない。これが、ずっと続くようなら、たまったものではないが、幸い、逃げることができるので大変うれしい。 静岡の繁華街へ連れて行って、小さいおもちゃを買ってあげようと、デパートめぐりをした。折しも、静岡祭りの真っ最中、大御所花見行列と云って、市街地を歩き回るイベントがあるし、お練りと云って各町内会が持ち回りで練り歩く、子供のころが懐かしい。この催しを見物したのは50年ぶりくらいです。孫がいるからのことでした。 撮った写真やムービーをDVDに移している。彼女たちの記憶に残っていない部分を後で掘り起こす材料になるでしょう。 ところで、お練りの雰囲気が子供のころと全く違っていた。昔は、子供たちが主体で、学区というより、一町内会で、持ち回りでやっていたが、今は学区のようだし、その行列への参加者が、お年寄りが多い。一目、私より年をとった人達が多い。特に女性の年寄りが多い印象だった。だから、行列がただ、ぞろぞろ歩いているだけで寂しい。綱を引くのも屋台に乗って太鼓をたたいたりひょっとこ踊りをするのも子供だったが、今はそれもない。時代の変化だなと、孫と一緒にいながら感じた。
2009.04.05
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 201 静岡 菊川のホロンという場所でゴルフ。桜が満開のコースでは、いつものことですが、スコアーと云うより、十分楽しんだ。 6:30に鞠子の家を出発、菊川インターで出て、10分くらいで着く。何年ぶりでしょうか、インもアウトもクラブハウスから、登りに登って9番と18番で一気に下りる。歩いたら大変なコースだと思う。桜が見ごろで、もし、一般に開放されていれば、大いににぎわうと思うのだが、プレーする人は少なく、まったく、詰まってしまうことなく、8時にスタートして12時まえに終わった。不景気だから節約なのでしょうか、それともどこかの桜の名所に行ってしまっているのでしょうか、空いていた。キャディによると、平日のお客さんも少なくなっているそうです。 インドネシアの押出成形の利益計画書を提出することになった。来週7,8日に提出しようと思う。株主総会に掛ける資料とするのです。早期に図って、決定をしたいという希望でした。N社はそのつもりでも、K社の現地の人がKYなので、どうにもならないと思うので、私は私で、勝手に動き回って、何でもかんでもかき集めようと思う。それが、KYの逆だからです。それと、もうひとつ重要なことは客先を安心させることだからです。 いろいろあって、来週は国会議員の選挙なので、時が止まったようになるでしょう、さ来週、13日から、各社からの訪問を受けようと思います。
2009.04.04
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 200 県立静岡病院へパニック障害の薬を処方してもらいに行ってきた。昨日でちょうど薬が切れてしまった。三ヶ月分もらってきた。今回は次回帰国が、多分、年末になってしまうと思うので、8月分からインドネシアの病院で処方してもらわなければならなくなる予定である。何とかなると思う。 しかし、頭が重い、常に眠い、たまに、頭がくら~~~っとするなどの症状は未だに引きずっている。すっきりしたというまでにはならないし、パニック障害のことを意識しなくなったということは全然なく、必ず、毎日薬を飲まないと安心できなくなっている。 発病以来、今の薬を飲み始めたら、すぐにパニックになる症状は無くなってしまったが、現在の症状はあい変わらずである。三年近く過ぎたが、すっきりしてしまう薬はないものかと思う。 不安から、解放されることはない、いつも意識をさせられている。 先日、帰国前にパナソニック アワードという、インドネシアでは、かなり有名な芸能界に表彰式があった。アカデミーとグラミー賞を+して十分の一にしたような番組です。二十回になります。番組を見たわけではないので、誰が何という賞をもらったのか知らない。しかし、男性歌手で表彰されたのが、アフガンという人と、ピ-ターパンというグループのアリルだったと聞いている。彼らはどちらも好青年の印象で、いわゆるインドネシア人ぽい顔ではなく、日本にいて、黙っていれば日本人以外には思われないでしょう。 女性の有名な歌手も日本好きが多く、日本の歌手のスタイルをよく真似をしているし、化粧品も日本メーカー品を使っているし、コマーシャルにも出ている。また、彼女たちももし日本のどこか街中で黙って立っていれば他の国の人とはみられないでしょう。日本人顔が男も女も持てるし、近づきやすいという感覚はインドネシア人にはある。コマーシャルに使われているスターたちも何となく、日本のタレントにそっくりの人が多い。瓜二つという人達がテレビに多く出ている。日本のタレントがそれを見たら、本当にびっくりすると思う。そっくりさんコンテストの担当者はインドネシアへ見に来て、参加者をスカウトしたらいいと思う。ぞろぞろいるので、あまり、捜しまわる必要はないと思う。ちなみに私が一番最初にファンになった女優、歌手はデシ ラトゥナサリです。15年前にはもうスターだったらしいが、"サンパイ ハティ"という題名の歌が気にいってテープを買った。インドネシアで指折りの有名タレントです。今は、主婦をしながら"アヒルニヤ ダタン ジュガ"という番組のコメンテーター 審査員をしたり、朝のニュースバラエティー番組で司会者をコミカルにやっているのが目につく。
2009.04.03
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 199 孫に突然乗っかられて肋骨を痛めてしまったらしく、ちょっと、そこを蹴っ飛ばされると、ギクッと痛む、彼女たちが近づく気配を感じると身構えるようになったし、花粉症が出てきたので、早くインドネシアへ戻りたいが、まだ予定が残っているので、そういうわけにもいかない。 日本の景気が一段と悪化している気配を感じる。優良企業でも売り上げが極端に落ちているという話は聞くし、従業員を自宅待機にして政府からの援助を受けてその60%を払おうとしている小企業が目立ってきた。専門商品商社の営業担当者は回る客先も休んでしまっているので、ご機嫌うかがいのような訪問も出来ないので自宅待機にせざるをえないという。 電材関係の商社をはじめ弱電関係、ハイテク関係は、かなりひどい落ち込みのようだ。三月決算の関係で在庫調整が行われたことで毎年落ち込むのだが、多分、四月に入っても底は見えないと思う。今回の需要に落ち込み状態は、あまりにも急激で、予想して手を打った会社は皆無で、その逆に、もっと上向きと予想し、建物や設備の増強をしてしまった企業が多い。だから、その反動で在庫と需要の差の比率が大きすぎたのです。在庫調整には半年以上かかるのではないでしょうか。かなりの期間、底を這うのでしょう。インドネシアでは、車とバイクが景気の牽引役ですが、それらも、急ブレーキがかかって、産業全体が、やはり、在庫調整に入っている。
2009.04.02
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺めよう 198 静清リハビリセンターという施設へ母親の見舞いに行ってきた。まだ新しい施設らしく内装は新しく、近代的である。至れりつくせりで、面倒をみてくれるし、本人いわく、食事もおいしいし、豪華だという。半月ごとの支払いだが安かったという。 もう、一月で、家に帰ると言っていたが、もう、リハビリは必要ないと思うくらい自立しているようだ、家に帰るより、ここにいられるだけいたほうが、気楽でいいのかもしれない。空きベッドもあり、急いで追い出される様子もないようだ。 私も、何年か後には、こういう施設にお世話になるかもしれないが、カルシウムだけは、しっかり、補給しておこうと思う。 是は日本の話だが、インドネシアでこういう施設は考えられない。あっても、ごく、大金持ちのお年寄りが対象で、一般の人は、金額的に絶対利用できない。病院でさえ前払いなのですから。前期の授業料のどの援助をし、保証人の役目を少し果たした。彼は、狭き門の米山奨学金を受け取ることができるようになった。前に手伝っていたユニーさんも受け取っていた。一ヵ月10万円なので、非常に大きい。アルバイトを少なくして、各種の交流会や勉強会の指導的役割を果たす余裕ができるので、なお一層、国際交流会のメインメンバーとして活躍できるでしょう。保証人として誇りに思う。 後、一年だが、静岡県立大学の修士課程へ進みたいと希望しているので、自分の思うようにしなさいと、言ってある。
2009.04.01
コメント(0)
全29件 (29件中 1-29件目)
1