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長雨や午後の紅茶の秋のいろ 青穹 幾つ落ちいくつ腐りし柿の種 秋うれい曇天に擬す軍用機
Sep 30, 2010
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我家の洗面台の冷水栓が古くなって壊れてしまったので、それを買いに行った。補修など、自分でできそうなことは自分でやる主義なのだ。内装工事やタイル貼り、門から玄関へのアプローチの敷石工事も、私がやった。専門の職人に感心されるできばえで、もちろん、感心されるほどにできることしかやらない。自分の手技の能力がどの程度であるか、どこまで突っ込んでやれるエネルギーがあるか、うぬぼれない程に承知しているつもり。・・・そんなわけだから、蛇口やジョイントの修理などは仕事のうちに入らない。 ところが近所の小さなホームセンターには、型式が一致するものがなかった。それじゃあ、というわけで、老母の看護は家人に託してきたので、そのまま自転車を駆って遠出することにした。もっと大きなホームセンターをめざして。・・・小一時間走って、到着。おめあての型式をゲット。ついでにどんな部品があるか見学。フムフム、フムフム・・・ ついでにデパートの高級文具店に立ち寄り、モンブランのボトル入りのブラック・インクを買う。昔、教え子兄弟からプレゼントされた万年筆用。兄弟、ふんぱつして随分高級な品を贈ってくれた。以来、愛用している。インクボトルもなかなかの値段。一本、1890円也(税込み)。 彼等、私に何かプレゼントしたいと考えて、初め電話で「椅子を贈りたいのですが」と言ってきた。しかし、それは魅力的な椅子だったが、置き場所がないからと断った。そうしたら、3日ぐらい後に、モンブランの高級万年筆がとどいた。私が万年筆で原稿を書いているところを見ていたのかもしれない。万年筆なら邪魔にはならないだろう、と考えたのかもしれない。「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」と私は電話した。 この万年筆のことで、いまは亡いある年輩の編集者のことを思い出す。仕事の打ち合わせが終って、どこかでコーヒーを飲もうと、喫茶店に入った。彼はおもむろにスーツの内ポケットから万年筆を取出して、「息子がプレゼントしてくれたんですよ」と言った。 普段から、あまり打解けあうことがない父子だと聞かされていた。だが、私には父子の心の関係が手に取るようにわかった。 「この万年筆を私に贈ろうと、ずっと探していたらしいんですよ」 「すばらしいですね。いい万年筆です」と、私は言った。 帰宅したら、長いことほとんど家の中にとじこもるふうだったので、いささか脚の筋肉がジーンとして、疲れてしまった。汗だくのまま大急ぎで、母の昼の薬を投与した。
Sep 29, 2010
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水澄むや筆洗壷をば渭水とす 青穹 鬼灯のあかり借りよか帰り道 秋雨や行く水はまた九十九折
Sep 28, 2010
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秋雨や朝刊取りて五歩を四歩 青穹 バイク駆り療法士来る秋の雨 猫五匹おとなしく寝る秋の雨 一葉や窓つたう雨塞き止めて
Sep 27, 2010
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窓から気持の良い日が射し込み、横になって本を読んでいるうちに、眠りこんでしまった。腹の上に猫がのっているのも知らずに。 このところ週末になると、日頃の睡眠不足をおぎなうかのように、1,2時間こんこんと眠る。月曜からの一週間を頭に思い描きながら。 ・・・題名だけ耳にあって内容はまったく知らない人気映画(or TVドラマ?、漫画?)をもじって、「寝だめカンタービレ」と称している次第。 秋櫻や何事も無き苦楽かな 青穹 古竹にいよいよ碧し竹の春 白雨(ゆうだち)や帰り鴉の一羽二羽 愛猫が膝にのりくる新涼かな
Sep 26, 2010
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洗顔の水冷ややかに今朝の秋 青穹 長袖の襯衣(シャツ)に着替える新涼かな 秋茄子や掌(て)に重りたる色かたち 秋茄子に沈々として夜は更けり 「秋茄子に沈々として・・・」の句は、今年の800句目。茄子の深く美しい紺色に、秋の夜が沁み入るように静かに更けてゆくさまを詠んだ。残る3ヵ月余で200句つくり、全1000句で今年を締める予定。
Sep 25, 2010
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台風の予報聞きおる新涼かな 青穹
Sep 24, 2010
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激しい雷雨が東京西部を襲った。我家の近所に落雷したのか、地響きをたてて轟音につつまれた。こんな雷は経験がない。 5匹の猫たちは驚いてそれぞれ見つけた場所へ逃げ込んでしまった。リコは私のそばへ駆けてきて、落着かなげに足踏みをくりかえす。足踏みしながら、窓から、ベランダに叩き付ける雨を見ている。 昨日の猛暑はさすがに去った。このまま秋に深くすべりこんでゆくのか。昨日、看護士が老母を診ながら、「無事に夏を越すことができましたね」と言った。 ほんとうに、ほんとうに、たいした問題もなく、記録的な暑い夏をやり過ごすことができそうだ。 暑い夏切り捨てるよな雷雨かな 青穹
Sep 23, 2010
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躊躇へど十六夜の月あかあか哉 青穹 男さび今宵の月や明日の雨【註】十六夜の月(いざよいノつき): 十五夜のあとの陰暦十六日の月であるが、「いざよい」とは「ためらう」こと。つまり、十五夜満月に遅れてためらいながら出る月という意味で「いざよいのつき」。
Sep 22, 2010
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東京は70日目の猛暑。歴代記録としては平成16年並んだ。明日も33℃に達する予想なので、どうやら今年は過去最長の猛暑日記録になりそうだ。 山の上にある我家は涼しいでしょうと、たまに言われることがある。都心にくらべると少しは涼しいのかもしれないが、山の下が緑がひろがる田園ならばともかくも、コンクリートの地面なのだから猛暑日には反射熱が上昇気流をつくりだして、山のうえに這い昇ってくるような気がする。・・・たしかに、春先などは、植物の開花を見るかぎり、山の上のほうは気温が低いのだけれど。 ところで、今夜は満月。陰暦8月の十五夜のようだ。先日、十六夜月から更待月までについて書いたが、どうやら今年は太陽暦と陰暦とでは1ヵ月と7日ずれていた。 聲かれて猿の歯白し峰の月 宝井其角 星ひとつ今宵の供に望の月 青穹
Sep 21, 2010
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秋彼岸われは此岸に昼寝哉 青穹 秋彼岸三途の川で糸を垂れ 母子地球(ここ)に宇宙の塵や秋彼岸 敬老日鼻から糧を入れにけり 祝うとて眠る老母を撫でにけり
Sep 20, 2010
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昨日、このブログでソーントン・ワイルダー(Thornton Niven Wilder; 1897-1975)の戯曲『OUR TOWN(私たちの町)』から、牧師が差し出した手紙の宛名書きを紹介した。日本風の書き方だと、「神の御心 宇宙 太陽系 地球 西半球 北アメリカ大陸 アメリカ合衆国 ニューハンプシャー州 サットン郡 グロヴァーズ・コーナーズ クロフト農場」と、どんな郵便配達員もまちがえないような、正確このうえない住所が表記されている。気宇壮大というべきか、なんとも恐れ入ってしまう几帳面さだ。 『OUR TOWN』が発表されたのは1938年で、初演も同年である。しかし、描かれている時代は、第1幕が1901年、第2幕が1904年、第3幕が1913年である。日本にあてはめると明治35年から大正2年ということになる。 さて、件の牧師さんの宛名書きだが、その几帳面さは特異だとしても、「神の御心」から始る宇宙の考え方は、れっきとしてキリスト教神学に則っているのである。その点はきっちり押さえておく必要がある。 そしてその神学的宇宙論は、いわば「明治」の人間の考えではなく、現在も、どうやら信仰の核心にあるらしい。 去る9月9日の朝日新聞は、イギリスの有名な理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士の新刊著書『The Grand Design』に対して、キリスト教指導者から批判があがっている、と報じていた。 博士は同書で、「宇宙誕生に神は必要ない」と主張してい、宗教者からの批判は、宇宙はあくまでも神の御わざによって生まれたと言うのである。 ホーキング博士のこの主張は、いまに始ったことではない。ビッグバン理論が発表された当初から博士は「宇宙誕生に神は必要ない」と主張していた。もう10年も15年も前からだ。たぶんそのときもキリスト教界は批判したのであろう。著書にはっきり書かれて、二度怒ったというわけか。 じつはホーキング博士の主張は、たしか、科学者として明言した最初の人だったのではなかったか。 心のなかでは当然のごとく思っていても、多くの科学者たちは口に出すことはしなかった。口にするまでもないことだ、と考えたからか、それとも口に出すことで宗教界から吊るし上げにされることを予期して、お利口になったのか。 コペルニクスの地動説支持を口にして宗教裁判にかけられたガリレオ・ガリレイ(1564-1642)を思い出したわけでもあるまいけれど、とにかく、ホーキング博士の勇気をだれひとりもちあわせていなかった。 私は信仰を云々するわけではない。信じるな、といったって、信じる者は信じる。 ただ、宗教が数千年の間おこなてきたことは、現在にいたるまで、血みどろの、死屍累々の世界をつくっていることである。その事実に弁解の余地などあるまい。 ということは、望むらくは人類共生のための新しい理論が必要なのだ。旧来の思想を断絶的に排除する思想といってもよいかもしれない。そのとき私の目の前にちらつくのが、ホーキング博士の宇宙理論だ。 我々人類は、何かに隷属的に支配されている存在ではなく、自主的に、自発的に、宇宙の視点から自らを捉えなくては、共生などありえないだろう。すでに人類は数千年、数万年かかって互いに排他的にバラバラにされてきた(してきた)。あらゆる宗教は排他的、差別的である。もはや宗教は、全人類共生の思想とは相容れないものであると分った。グローバル(地球的)な思想ではなく、ユニバーサル(宇宙的)な思想に転換する必要がある。その最初のとっかかりに、私はホーキング理論が有効なのではないかと考えるのである。
Sep 19, 2010
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太陽暦の9月は、おおよそのところ陰暦8月に当る。たとえば今日、9月18日が陰暦8月18日にあたるわけではない。しかし、まあ、だいたいということで言えば、16日から20日までは、日本文化においては月の名称が連日変ってゆく。 16日・・・十六夜月(いざよいづき) 17日・・・立待月(たちまちづき) 18日・・・居待月(いまちづき) 19日・・・臥待月(ふしまちづき) 20日・・・更待月(ふけまちづき) 20日以後は、月の出は夜10時過ぎになる。それまでの夜の闇を、宵闇(よいやみ)という。 こんなわけだから、それぞれの月に託した俳句は多い。 十六夜の月も待つなる母子かな 虚子 ところで、昔の『君恋し』という歌謡曲(時雨音羽作詞、佐々紅華作曲)は、オリジナルは二村定一が歌い、リバイバルしてフランク永井が歌った。その歌詞の一番・・・ 「宵闇せまれば悩みは涯なし みだれる心に うつるは誰が影 君恋し 唇あせねど 涙はあふれて今宵も更け行く」 冒頭の「宵闇」を上に述べた意味にとれば、この歌は9月の歌。つまり、秋になっていよいよ感傷的になっている男の歌、ということになる。最後の「更け行く」が、20日の夜中の月である「更待月」を連想させる。 作詞家時雨音羽は、これを9月に書いた、すくなくとも夏過ぎて秋になった頃につくった、というのが、昨夜ベランダに佇んで見上げた空に半月の立待月がかかっていて、ふと『君恋し』が口をついて出た。それで気がついた、という次第。 話は変って、ソーントン・ワイルダーの戯曲『OUR TOWN(私たちの町)』に、月を見上げるシーンがある。そしてその直後に、16才の兄の部屋に妹がやってくる。兄の部屋の窓から月を見たかったのだ。そして、「いままで話したことがなかったけど」と前置きして、友達のジェイン・クロフトにとどいた教会牧師の手紙の封筒の宛名書きについて読み上げる。 「ジェイン・クロフト クロフト農場 グロヴァーズ・コーナーズ、サットン郡、ニューハンプシャー州 アメリカ合衆国」 そこで兄が言う。「それの何がおもしろいんだよ」「ちょっと聞いてて、まだつづくんだから」 「・・・アメリカ合衆国、北アメリカ大陸 西半球、地球 太陽系、宇宙 神の御心」 こういう宛名書きの手紙、私ももらいたいものだ・・・宵闇せまれば悩みは涯なし みだれる心に うつるは誰が影。
Sep 18, 2010
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駿河竹千筋細工の虫籠 千筋の竹に鈴掛く虫の聲 青穹 白雨(ゆうだち)や虫籠りたる駿河竹
Sep 17, 2010
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終日の雨。訪問者もなく、なんとなくのんびりした気分の一日だった。こんな気分はじつに久しぶり。老母の看護の決まったスケジュールをこなしているだけだった。 秋雨の絶えざる音や書物措く 青穹 降りだして音を競いけり螽斯(きりぎりす)
Sep 16, 2010
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夜雨来り暑さ鎮めて今朝の秋 青穹 降りやんで落ち柿一つ朝の庭 傷ついて彷徨い飛べり秋の蝶 花あるや蜜は吸えたか秋の蝶
Sep 15, 2010
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夜9時半、東京西部地方に激しい雨が降りはじめた。連日の暑さ鎮めにはおあつらえむきだが、どこかに出水の被害がでないともかぎらない。それがないことを願う。 ここ数日、睡眠が分断されている。昼間、ちょっとの時間、ベッドに横たわって本を読みながら身体を休めていると、枕元に置いてちょこちょこ読んでいるのはソーントン・ワイルダーの戯曲集の英語の原書なのだが、1ページも読まないうちに本を顔の上に落して、そのまま眠っている。 しかし、老母の薬の時間等々が来ると、おのずと目がさめる。私は、どんなスケジュールでも目覚まし時計を使うことはほとんどない。たとえば、明日は朝5時起きのスケジュールだが、これから午前0時半に就寝して、ほぼぴたりと5時には目がさめるだろう。4時のときは4時に、7時のときは7時に目がさめる。 若いときからそうだ。立て込んだスケジュールで、睡眠不足がつづいていても、念のために目覚まし時計をセットすることはあっても、それが鳴る直前に目がさめる。 ごく普通にそうしてきたから、あまり深く考えたことはないが、自分の体内時計を毎日リセットしているのだと思う。だから、老母が夜中に危急の介護が必要になり、予定外の時間に起きると、再び三たび就寝する際には必ず今の時間を確認する。「今、午前3時か、それではあと3時間眠れるな」という具合だ。この確認をしないと、眠れなくなってしまう。ということは、やはり、確認をした時点で体内時計をリセットしているのだろう。 ・・・ただいま、夜の11時、もう一仕事だ。
Sep 14, 2010
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コスモスの吾にさびしき香かな 青穹 コスモスや戸板破れし畠の小屋 コスモスや斜めに昇る飛行機雲
Sep 13, 2010
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今朝、ちょっと遅めの朝食の最中に、会津若松のEさんから葡萄が送られてきた。毎年、この時期になると葡萄園から収穫したばかりのものが直接とどく。みごとな、美しい葡萄である。 さっそくデザートにいただいた。あまい、あまい。この充実した糖度の高さは、ことしの暑さと関係があるのだろうか。 Eさん、いつもいつも、ありがとうございます。
Sep 12, 2010
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9月11日・・・きょうは書きたいことが幾つかあるが、書いている時間が無い。しかし、できるだけ書きとめておこう。 ひとつは2001年アメリカでのいわゆる9.11アタックである。キリスト教のさる小さな教会牧師が愚劣な行動を呼びかけて国際的な物議をかもしている。さいわい行動そのものは取り止めにしたようだが、狂信的で偏狭な精神と愚かな思考とが、宗教的・文化的・人種的対立を一層根深く陰湿にしてゆくであろうことは十分予想できる。 しかし、この問題をこれ以上書く余裕がない。 次は、小説の原作者と、その映画化の脚本家とのあいだに起った、脚本の出版をめぐる訴訟における、東京地裁の判決について。 この訴訟が起った時点で、私は私の関心をこのブログに書いたように思う。 事件は、脚本家A氏とシナリオ作家協会が、小説家I氏を相手取り、I氏の小説を原作とした映画脚本を書籍への掲載などを求めたもの。映画は完成し、公開され、DVD化されている。脚本は、シナリオ作家協会発行のシナリオ集に収録する予定であったが、I氏は、「脚本は活字として残したくない」(朝日新聞より引用)として脚本の出版を拒否した。 これについて、東京地裁(岡本岳裁判長)は、映画化・DVD化は、原作の著作権管理会社と映画プロダクションとの間に結ばれた契約で、脚本家A氏はその当事者ではないため、同契約を根拠として出版請求はできないとし、さらに、脚本の著作権は脚本家だけではなく原作者にもあるので、出版を拒む権利も有する、とした。 すなわち、脚本家A氏は、自らが執筆した脚本をまったく出版できない、ということである。 なるほど、出版請求の根拠については、脚本家A氏とシナリオ作家協会に認識の誤りがあったと納得できる。 しかし、・・・なんだか嫌な感じがするのはなぜだろう。脚本家A氏は、もういちど訴訟の前提をかえてみれば良いのかしら? はっきり言ってしまおう。私は小説家I氏に傲慢さを感じる。「傲慢さ」は法律に抵触するものではないにしろ、だ。 映画脚本というものは、原作小説とはまったく違うものである。その認識がなくて、映画化を承諾し(つまり原作の売買・・・金銭の授受)をしておきながら、脚本を無いもののごとく抹殺しようというのは、どういう心根だろう。もし、原作の意図と映画化された作品とがひどくかけ離れていたのだとしたら、それは撮影前の脚本段階で指摘することができたであろうし、また公開以前に何等かの手を打つ機会をつくれたであろう。それらの機会を見過ごして、作品公開のみならずDVDを市販するまでして、さて「脚本は活字として残したくない」とは、脚本家の権利と人格をないがしろにするものでしかあるまい。 さきに言ったように、小説はどんなに優れていようと、それだけでは映画にはなりようがない。小説が言葉で乗り越えてしまうことを、映画は逐一映像化しなければならない。つまり、小説に書いてないことまで「絵」にしなければならない。そういうメディアなのだ。だから原作と違う、というなら、まったくそのとうり。もし原作者としてその点に不満があるなら、自分の小説を映画化しようなどとは思わないことだ。もっと言うなら、映画の映像において原作の力はむしろわずかなものだ。 物を書く人間が、他人の努力を葬ってどうする。A氏の脚本を葬ったからといって、I氏、あなたの小説が一層輝きを増すわけではあるまい。あなたの小説は、小説として多くの人に感銘をあたえているのだ。むしろ、A氏の脚本を活字として出版するほうが、どんなに原作が輝くことか。 かつて小説家森村誠一氏が言っていたことを思い出す。松本清張が広く読者を獲得できたことの一つに、その小説の数多くの映画化が寄与している。自分はそれに少し及ばなかった、それが残念、と。言葉は正確ではないが、そのような意味であった。そこには共に社会の底辺からの視線で小説を書いている者の尊敬と共感、そして森村氏の自負がうかがえて、私にはすがすがしかった。また、映画への信頼もうかがえるのである。 東京地裁は、創作の機微について、そして映画創造にたずさわる脚本家の地位ついて、もっと理解があるべきではなかったか。今回の判決は、原作者の権利を優先したが、返す刃でその原作者をも斬れるのではあるまいか。脚本家の権利はどうする? あまり上等の判決ではない、それが私の意見。
Sep 11, 2010
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長くつづいた酷暑・猛暑で、子供達はおそらく外遊びを控えさせられていたのであろう。シーンと静まりかえっていた家の周囲に、きょうは子供達のにぎやかな遊び声がきこえている。 秋来ぬと夏去りがたく古簾 青穹 黄金のひと葉落ちたる水の紋 日の斜め寂しさ問えばやや寂し
Sep 10, 2010
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色あわく紫苑咲きそめ西鶴忌 青穹 捨小舟(すておぶね)ひざの枕や西鶴忌 矢数立て老の腎虚か西鶴忌
Sep 9, 2010
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降りやんで露の葉陰に蟲時雨 青穹 降りやんで暑さ戻りぬ秋団扇
Sep 8, 2010
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東京西部地方は今朝から雨が降っている。ひさびさの雨。たしか先月12,13日以来だから26日ぶりか。台風9号の影響らしい。所によっては大雨が予想されているようだ。 雨のなか訪問入浴のスタッフとその研修生がやってきて、老母はただいま入浴中。 母は、昨年10月に大学病院から退院したときは、見る影もないほどガラガラに痩せこけていた。それが今では栄養もいきとどいて、腹部が肥満気味。カロリー制限をして、ダイエットをしている。血管が詰まったり、脆くなると、ステント(人工血管)の接続部位の耐久性に支障がでるおそれが多分にある。 一般の人の肥満ダイエットも難しいようだが(私は、無縁であるが)、寝たきり状態の病者のダイエットは一層むずかしい。つまり、栄養は完璧でなければならないが、カロリーは低減させなければならない。しかも、鼻からチューブで摂取しているわけだから、入れるものにおのずと厳しい制限がでてくる。基本は医療用の総合栄養液剤だが、血液検査をしながら、摂取物を工夫している。目に見えないような痩せかたで理想に近付ければいいのだが・・・ こう書いているうちにも、雨の降りがしだいに強くなってきた。
Sep 8, 2010
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葛の葉の崖這い降りる威勢かな 青穹 風立ちて葛の葉裏の返る暮
Sep 7, 2010
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山稜の揺れて見えけり風立ちぬ 青穹 バーナムの森に見立てる野分哉 気がつけば日の短さや秋は来ぬ 蟲の音や目をとじて距離尋ねけり
Sep 6, 2010
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風に揺る直ぐなる竿の御神燈 青穹 年ごとに崩るも侘びし里祭 様式を捨てて神無き祭かな 暑気あたり神も社で昼寝かな
Sep 6, 2010
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近所の神社2社の秋祭である。ひとつは八幡神社、もう一つは熊野神社。 夕方近くになって買い物に出ると、交通規制がしかれ、折しも熊野神社の神輿が渡るところだった。高張提灯を竹竿の先端にかかげ、白装束に金襴の羽織をまとった子供が扮する翁が踊りながら先導する。おそらく7,8歳だろうが、祭囃子にあわせてリズム感がなかなかよろしい。うしろのほうに大人が扮した翁もいるが、こちらはくだけすぎ。 翁と書いたが、由緒は私はわからない。熊野神社の本社は、島根県八雲村の元国幣大社。祭神は素戔鳴尊(すさのおのみこと:熊野大神櫛御気野命)である。その神を先導する笑い顔の翁とは何者か? しかも白装束は、稲荷の翁のように旅装束である。・・・もしかすると、現代のとってつけか。 八幡神社が我家の近隣の古くからの信仰をあつめているのは、うなづける。このあたり、平安から鎌倉時代にかけて、「大鏡」にも書かれている武将たちが領地を接して城館を構えていた。八幡神社は武士の信仰する弓矢の神である。 秋祭・・・残暑はきびしいが、ふうふう言っているのは人間だけ。野の草も昆虫も、きっちり秋を営んでいる。きんえのころ、えのころぐさ、あきめひしば、かぜくさ、ねずみがや・・・等々が、路傍の原に風にゆれていた。
Sep 5, 2010
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9月に入って最初の週末、東京はあいかわらずの猛暑である。 午後、訪問医があたふたとやって来て、開口一番、「いかがですか?」と老母の体調を聞いた。他の在宅看護の患者さんが、熱中症やその前症状でバタバタと倒れて点滴をしているそうだ。 老母は幸い安定していて、医師の検診結果も良好。 じつは昨日も、看護士に「山田家は観察がいきとどいて対応が早いので、安心してまかせておける」と誉められたばかり。 一例が、この時期、口中の唾液が粘つき、痰のように喉にからみつくので、気管に入らないうちにと、7月半ばに、医療用吸引機をレンタルし、技術的な指導受けながら実施練習をした。 たしかに家族で早手回しに看護をしているのである。危急時に医師や看護士の到着をまっていては手後れになる。 この2年ばかりの間に2度、救急車の出動をお願いした。それは受け入れの病院との連携もうまくゆき、いわゆるたらい回しのような目にあわずにすんだ。しかし、このところの連日の猛暑と熱帯夜で、さぞかし救急車の出動は休むいとまもないだろう、と考えて、家族でやれることは労をいとわないことにしている。 いつまでつづく、この暑さ。気が抜けない毎日である。 残月にサファイヤ色の桔梗哉 青穹 星ひとつ天心にあり秋扇
Sep 4, 2010
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昨日、小説家の花輪莞爾氏から電話があった。なんだか話を切り出し難そうに、「その後、いかがですか、御元気ですか」と言う。「はい、元気にしております」と応えると、やっと気兼無く話せると思ったか、「いやね、7月のことなんだけどさ」と、次のように話しはじめた。 別荘に飾っている私の油彩画『ポーの肖像のある静物』を眺めていると、突然その絵が壁から落ちた。額縁を吊るための丈夫な紐が切れたのらしい。「はっ!」として、花輪氏は咄嗟に思った。私の身に、もしくは私の母の身に、何事か良くないことが起ったのではないか、と。 心配ではあるが、しかし電話で問うのも何となく憚られる。・・・それで、今日まで気持をおさえていたのだ、というのである。 「それは御心配くださりありがとうございます。元気です、元気です、ハハハハハ」 「だってさ、あんな太い紐が・・・、まあ、何事もなく結構でした」 このブログのトップの作品を交換したばかりだが、まったくの偶然ながら、花輪氏が所蔵している作品を掲載した。花輪氏は私の作品を4点所蔵し、夏冬の別荘暮らしにはそれらを現地に持ってゆき、飾っておられるようだ。作者にとっては、まことにありがたいことである。 ただ、『ポーの肖像のある静物』は、花輪宅でときどき悪戯をするようだ。もう随分以前になるが、氏の夢のなかで何やら騒動をまきおこしたことがある。この「事件」は、そのころ国学院大学の教授だった花輪氏は、「国学院雑誌」に連載していた『夢日記』に書いておられる。 また、某出版者の編集者が、別の件を話していたが、残念ながら私は忘れてしまった。悪戯してはいけないよ、と念は送っておいたのだが。 花輪氏は代表作に「悪夢」にまつわる短篇小説群があるように、幻想的ともまたカフカ的ともいえる小説世界をつくっているだけに、なかなかの神秘家である。うっかりしていると巻込まれてしまうので、私は論理の鎧をまとって、せいぜい陽のエネルギーを発してバリアーにしている。 今回の『ポーの肖像のある静物』落下事件は、あるいは別のストーリーが存在するのかもしれない。ちがいますかな、花輪さん。
Sep 3, 2010
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暑さにも秋の忍びや庭掃きぬ 青穹 秋来ると甍の色になんとなく 背戸山の森の戦ぎや風立ちぬ 吾を呼ぶ声は何処か秋や来ぬ 物皆の消えて秋野に立ち尽す
Sep 2, 2010
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夏枯れて葉月となりぬからの鉢 青穹 我が庭は秋草ひとつ無くて侘ぶ
Sep 1, 2010
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