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2019年06月05日

映画「さらば冬のかもめ」閉塞感への反抗

「さらば冬のかもめ」 (The Last Detail) 
 1973年アメリカ

監督ハル・アシュビー
脚本ロバート・タウン
原作ダリル・ポニクサン
撮影マイケル・チャップマン

〈キャスト〉
 ジャック・ニコルソン ランディ・クエイド
 オーティス・ヤング キャロル・ケイン

カンヌ国際映画祭主演男優賞受賞(ジャック・ニコルソン)

1969年の「イージー・ライダー」で頭角を現したジャック・ニコルソンが「ファイブ・イージー・ピーセス」(1970年)「愛の狩人」(1971年)などを経てカンヌ国際映画祭で主演男優賞を射止めたアメリカン・ニューシネマの秀作。

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アメリカ東部バージニア州、世界最大を誇るノーフォーク海軍基地。
海軍下士官バダスキー(ジャック・ニコルソン)とマルホール(オーティス・ヤング)の二人に、罪を犯した新兵をポーツマス海軍刑務所に護送する任務が下ります。

護送の任務などヤル気のなかったバダスキーでしたが、護送期間一週間分の日当が支給されるということで、サッサと護送をすませて残りの日当を遊びに使おうと企んだ二人は、意気揚々と護送任務にあたります。




護送される新兵は8年の刑期を言い渡された未成年のメドウズ(ランディ・クエイド)。
大柄な体格に似合わず気の弱そうなメドウズは、基地に設置されていた募金箱の中から40ドルを盗んだために8年の刑期をポーツマス海軍刑務所で送ることになっていました。

「でも本当は盗んじゃいないんだ」メドウズは言います。「盗もうとしただけなんだ」
「…それで8年か」バダスキーは唖然とします。

メドウズが手を付けようとした募金箱は、慈善家である司令官夫人が設置したもので、そのためにことさら犯罪としての重大性を帯びたともいえますが、わずか40ドルのために貴重な青年期を刑務所で送らなければならないことになったメドウズにバダスキーは同情を覚えます。

メドウズへの哀れみと、軍隊という組織への憤りがバダスキーの中で広がり、ポーツマスへ向かう前に途中下車をして、青年期の楽しみや人生をメドウズに教えようとします。

気の弱いメドウズに、自分の主張を通させる強さを教えようと、レストランでは注文とは違った食事を出されたメドウズに、注文を変えさせろ、と迫ったり、酒場では、未成年には酒は出せないと言うバーテンダーに危うく銃で反撃しようとしたり。

そんなバダスキーに振り回された形のマルホールは、
「大物ぶるな!」とバダスキーに一喝。
シュンとなったバダスキーでしたが、その後も三人で、女を知らないメドウズのために売春婦(キャロル・ケイン)を世話したり、ホテルで酔いつぶれたり、海兵隊員相手にケンカをしたり、真冬のニューヨークやボストンでいろいろな体験をしながらポーツマスへの旅を続けます。




残り少なくなった時間を雪の舞う公園でバーベキューを始める三人。
焚き木を拾って、ニューヨークの日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)の会場で覚えた「南無妙法蓮華経」(ナンミョウホーレンゲキョー)の題目を唱えながら焚き木を折り、その場を立ち去ろうとするメドウズ。

メドウズの逃走に気づいたバダスキーとマルホールは、やっとのことでメドウズを取り押さえ、ポーツマス海軍刑務所へメドウズを引き渡します。

護送の任務を終えたバダスキーとマルホールには、もうメドウズのことは頭になく、明日から始まる海軍の生活が待っているのです。

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★★★★★
60年代の後半から始まったアメリカン・ニューシネマの流れは、「俺たちに明日はない」(1967年)「卒業」(1967年)「イージー・ライダー」(1969年)「明日に向かって撃て!」(1969年)など名作や傑作を数多く残しました。

そういった中で、どちらかといえば地味なロードムービーの印象があったためか「さらば冬のかもめ」は並みいる傑作群に比して一歩後ろへ退いている感がありました。

なし崩し的に始まったベトナム戦争が泥沼化してアメリカ国内で反戦運動が高まったことを背景に、それまでは夢や正義、力強さを語ることの多かったアメリカ映画は、体制への反抗、身動きの取れない日常からの逃避、無気力な若者など、人間性や社会の負の側面を追求した映画が主流となっていきます。

「さらば冬のかもめ」にもそういった、もがいてもどうにもならない日常が描かれ、それは、メドウズの食事や、酒場でのやり取りに見られるバダスキーの反抗心?き出しの態度など、変えようとしても変えることのできない組織体制への不満が噴き出した反抗であり、弱さから強さへの変貌を遂げたかのように見えたメドウズも結局は刑務所送りとなってしまう無力感と閉塞感が映画のクライマックスを覆います。

しかし、「さらば冬のかもめ」には、やりきれない現実というよりは、むしろ爽やかな後味が残るのは、もがきながらも精一杯反抗しようとする若者の姿が、ある種の共感を呼ぶためだと思います。

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また、閉塞感の中で生きてゆくしかない現実を笑い飛ばしてしまおうとするかのようなラストシーンは、自虐的なほろ苦さと同時に国家防衛の任に当たるささやかな誇りのようなものも垣間見えた気がしました。

粗野ではあるが情に厚い一面を持ったバダスキー。現実的で常識家のマルホール。体だけは人一倍大きい割に気の小さいメドウズ。
三者三様の個性を持ったドタバタ珍道中的なロードムービーでありながら、名匠マイケル・チャップマンが撮影監督に当たったワシントン、ニューヨーク、ボストンそれぞれの真冬の風景は映画に物語の陰影と奥行きを与えています。

原題は「The Last Detail」。そのまま訳せば“最後の詳細”ですが、Detailには軍事用語で“分遣隊”の意味があるらしく、映画では“任務”と訳されていたようです。
「さらば冬のかもめ」という邦題はよく出来ていると思います。

どこからかもめのイメージが出たのか、バダスキーたち三人が水兵服を着ていることから「かもめの水兵さん」のイメージにつながったのか、当時はリチャード・バックの「かもめのジョナサン」が世界的ベストセラーになったことからの連想なのか、それはともかく、「さらば冬のかもめ」という邦題には香り高い文学的なイメージが広がります。

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