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2020年01月12日
映画「狼よさらば」−犯罪者への怒りと憎しみ バイオレンス映画の傑作
「狼よさらば」
(Death Wish)
1974年 アメリカ
監督マイケル・ウィナー
原作ブライアン・ガーフィールド
脚本ウェンデル・メイズ
撮影アーサー・J・オニッツ
音楽ハービー・ハンコック
〈キャスト〉
チャールズ・ブロンソン ホープ・ラング
ヴィンセント・ガーディニア
暴力はいつ、どんなかたちで私たちに襲いかかるものであるか分かりません。
もし、その暴力が愛する家族に向けられたものであったとしたら…。
「狼よさらば」はアクション映画というかたちを取りながら、一般市民であるひとりの男を通して、暴力や犯罪に対する法治国家の限界、銃社会アメリカの背景などを力強く、軽快なタッチで描き出していきます。
ニューヨークで暮らすポール・カージー(チャールズ・ブロンソン)は土地開発を業務とする会社で設計士として働いています。
愛する妻のジョアンナ(ホープ・ラング)と二人暮らしのポールですが、その日は、嫁いでいた娘のキャロル(キャスリーン・トーラン)が自宅に帰っていて、近くのスーパーまで買い物に出かけたキャロルとジョアンナは、三人組のチンピラに目をつけられます。
自宅に戻った二人でしたが、スーパーの配達業者を装った三人組に押し入られ、ジョアンナは凌辱され、キャロルは暴行を受けます。
娘婿ジャック(スティーブン・キーツ)からの知らせを受けたポールは病院へ駆けつけますが、妻のジョアンナは死亡、娘のキャロルは暴行によるショックで精神を病んでしまいます。
精神的な衝撃の大きかったポールですが、仕事に対する意欲は萎えることなく、土地開発業者ジェインチル(スチュアート・マーゴリン)の依頼でアリゾナのツーソンへ出張したポールは、西部劇ショーでの西部開拓時代の自警団の認識を深め、さらにジェインチルがガンマニアでもあったことから、人を殺傷することのできる銃の存在に惹きつけられることになります。
妻を殺され、娘を廃人同様にした犯罪者への激しい怒りを胸に秘め、ニューヨークへ戻ったポール・カージーは犯罪者を誘うべく夜の街をうろつき、ひとり、またひとりと犯罪者を処刑してゆくことになります。
もちろん警察はそんな処刑人を見過ごすはずがなく、捜査を担当したフランク・オチョア警部(ヴィンセント・ガーディニア)はポールを次第に追い詰めてゆきますが、凶悪な強盗が次々と殺されていくことでニューヨークの犯罪件数が劇的に減り、世論がポール支持に傾いていることを憂慮した警察は、ポールを街から追放することで事件の解決を図ろうとします。
ニューヨークを離れ、シカゴで人生の再出発を迎えようとしたポールでしたが、駅の構内で高齢の女性がチンピラにからまれている現場に遭遇。
処刑人ポール・カージーの闇の人間性が目覚めてゆくことになります。
監督は「チャトズ・ランド」(1972年)、「メカニック」(1972年)などでチャールズ・ブロンソンと組むことの多いマイケル・ウィナー。
アラン・ドロンを主演に迎えた「スコルピオ」(1973年)などでも軽快なアクション映画の持ち味を存分に発揮。
「狼よさらば」の続編「ロサンゼルス」(1982年)、「スーパー・マグナム」(1985年)などにも監督として手腕を発揮しましたが、アクション映画だけではなく、「妖精たちの森」(1971年)のような文学的な作品もモノにしている70年代を代表する監督といえます。
主役のポール・カージーにチャールズ・ブロンソン。
ブロンソンの出演作は数多くありますが、代表作は何と言ってもアラン・ドロンと共演した「さらば友よ」(1968年)でしょう。
それまでは「荒野の七人」(1960年)、「大脱走」(1963年)、「バルジ大作戦」(1965年)などで中堅の渋い脇役として存在感はありましたが、「さらば友よ」ではトレードマークの口ひげをたくわえ、軽快で優雅な身ごなしと、鍛え上げた肉体、数々の戦場を渡り歩いた傭兵という役どころの男性的魅力は主役のアラン・ドロンを圧倒。
男性だけでなく、女性ファンの心もつかみ、世界的大スターへと駆け上がることになります。
余談としては、
現在の「株式会社マンダム」の前身である「丹頂化粧品」が経営の危機に瀕し、起死回生の策として、新製品「マンダム」の売り込みに当時人気絶頂のチャールズ・ブロンソンをテレビCMに起用。
ブロンソンのイメージと化粧品という組み合わせは水と油を思わせましたが、ブロンソンの男くさい魅力を前面に押し出したCMは見事に功を奏し、「ウ〜ン、マンダム」のセリフは日本中を席捲。
さらに、中堅のカントリー歌手ジェリー・ウォレスが歌ったマンダムのCMソング「マンダム〜男の世界」は160万枚を売り上げる大ヒット。
経営の危機を脱した丹頂は社名を「マンダム」に変えたのはよく知られた話。
「狼よさらば」にはチャールズ・ブロンソンの他にはあまり知られた俳優は出てきませんが、のちに「ザ・フライ」(1986年)での主役をキッカケとして「ジュラシック・パーク」(1993年)で大きな存在感を見せたジェフ・ゴールドブラムが三人組のチンピラの一人として登場しているのも面白いところ。
また、独特の容貌と話し方の個性的なフランク・オチョア警部を演じたヴィンセント・ガーディニアは「月の輝く夜に」(1987年)では名演技を披露。
その年のアカデミー助演男優賞にノミネートされています。
それまでタフな男の役どころの多かったブロンソンが一転。
偶然出会った強盗にコインの詰まった靴下で応酬し、部屋へ逃げかえって、震える手でウイスキーをあおる場面など、暴力弱者の一市民が徐々に処刑人に変貌してゆく姿を好演。
ブロンソンには珍しいシリーズ物となりました。
家族を襲ったチンピラに対する復讐というより、犯罪者そのものを憎み、アメリカ社会に強く根付く“自警”を描いたと映画といえます。
1974年 アメリカ
監督マイケル・ウィナー
原作ブライアン・ガーフィールド
脚本ウェンデル・メイズ
撮影アーサー・J・オニッツ
音楽ハービー・ハンコック
〈キャスト〉
チャールズ・ブロンソン ホープ・ラング
ヴィンセント・ガーディニア
暴力はいつ、どんなかたちで私たちに襲いかかるものであるか分かりません。
もし、その暴力が愛する家族に向けられたものであったとしたら…。
「狼よさらば」はアクション映画というかたちを取りながら、一般市民であるひとりの男を通して、暴力や犯罪に対する法治国家の限界、銃社会アメリカの背景などを力強く、軽快なタッチで描き出していきます。
ニューヨークで暮らすポール・カージー(チャールズ・ブロンソン)は土地開発を業務とする会社で設計士として働いています。
愛する妻のジョアンナ(ホープ・ラング)と二人暮らしのポールですが、その日は、嫁いでいた娘のキャロル(キャスリーン・トーラン)が自宅に帰っていて、近くのスーパーまで買い物に出かけたキャロルとジョアンナは、三人組のチンピラに目をつけられます。
自宅に戻った二人でしたが、スーパーの配達業者を装った三人組に押し入られ、ジョアンナは凌辱され、キャロルは暴行を受けます。
娘婿ジャック(スティーブン・キーツ)からの知らせを受けたポールは病院へ駆けつけますが、妻のジョアンナは死亡、娘のキャロルは暴行によるショックで精神を病んでしまいます。
精神的な衝撃の大きかったポールですが、仕事に対する意欲は萎えることなく、土地開発業者ジェインチル(スチュアート・マーゴリン)の依頼でアリゾナのツーソンへ出張したポールは、西部劇ショーでの西部開拓時代の自警団の認識を深め、さらにジェインチルがガンマニアでもあったことから、人を殺傷することのできる銃の存在に惹きつけられることになります。
妻を殺され、娘を廃人同様にした犯罪者への激しい怒りを胸に秘め、ニューヨークへ戻ったポール・カージーは犯罪者を誘うべく夜の街をうろつき、ひとり、またひとりと犯罪者を処刑してゆくことになります。
もちろん警察はそんな処刑人を見過ごすはずがなく、捜査を担当したフランク・オチョア警部(ヴィンセント・ガーディニア)はポールを次第に追い詰めてゆきますが、凶悪な強盗が次々と殺されていくことでニューヨークの犯罪件数が劇的に減り、世論がポール支持に傾いていることを憂慮した警察は、ポールを街から追放することで事件の解決を図ろうとします。
ニューヨークを離れ、シカゴで人生の再出発を迎えようとしたポールでしたが、駅の構内で高齢の女性がチンピラにからまれている現場に遭遇。
処刑人ポール・カージーの闇の人間性が目覚めてゆくことになります。
監督は「チャトズ・ランド」(1972年)、「メカニック」(1972年)などでチャールズ・ブロンソンと組むことの多いマイケル・ウィナー。
アラン・ドロンを主演に迎えた「スコルピオ」(1973年)などでも軽快なアクション映画の持ち味を存分に発揮。
「狼よさらば」の続編「ロサンゼルス」(1982年)、「スーパー・マグナム」(1985年)などにも監督として手腕を発揮しましたが、アクション映画だけではなく、「妖精たちの森」(1971年)のような文学的な作品もモノにしている70年代を代表する監督といえます。
主役のポール・カージーにチャールズ・ブロンソン。
ブロンソンの出演作は数多くありますが、代表作は何と言ってもアラン・ドロンと共演した「さらば友よ」(1968年)でしょう。
それまでは「荒野の七人」(1960年)、「大脱走」(1963年)、「バルジ大作戦」(1965年)などで中堅の渋い脇役として存在感はありましたが、「さらば友よ」ではトレードマークの口ひげをたくわえ、軽快で優雅な身ごなしと、鍛え上げた肉体、数々の戦場を渡り歩いた傭兵という役どころの男性的魅力は主役のアラン・ドロンを圧倒。
男性だけでなく、女性ファンの心もつかみ、世界的大スターへと駆け上がることになります。
余談としては、
現在の「株式会社マンダム」の前身である「丹頂化粧品」が経営の危機に瀕し、起死回生の策として、新製品「マンダム」の売り込みに当時人気絶頂のチャールズ・ブロンソンをテレビCMに起用。
ブロンソンのイメージと化粧品という組み合わせは水と油を思わせましたが、ブロンソンの男くさい魅力を前面に押し出したCMは見事に功を奏し、「ウ〜ン、マンダム」のセリフは日本中を席捲。
さらに、中堅のカントリー歌手ジェリー・ウォレスが歌ったマンダムのCMソング「マンダム〜男の世界」は160万枚を売り上げる大ヒット。
経営の危機を脱した丹頂は社名を「マンダム」に変えたのはよく知られた話。
「狼よさらば」にはチャールズ・ブロンソンの他にはあまり知られた俳優は出てきませんが、のちに「ザ・フライ」(1986年)での主役をキッカケとして「ジュラシック・パーク」(1993年)で大きな存在感を見せたジェフ・ゴールドブラムが三人組のチンピラの一人として登場しているのも面白いところ。
また、独特の容貌と話し方の個性的なフランク・オチョア警部を演じたヴィンセント・ガーディニアは「月の輝く夜に」(1987年)では名演技を披露。
その年のアカデミー助演男優賞にノミネートされています。
それまでタフな男の役どころの多かったブロンソンが一転。
偶然出会った強盗にコインの詰まった靴下で応酬し、部屋へ逃げかえって、震える手でウイスキーをあおる場面など、暴力弱者の一市民が徐々に処刑人に変貌してゆく姿を好演。
ブロンソンには珍しいシリーズ物となりました。
家族を襲ったチンピラに対する復讐というより、犯罪者そのものを憎み、アメリカ社会に強く根付く“自警”を描いたと映画といえます。
2019年07月02日
映画「殺人者たち」愛と裏切りのハードボイルド
「殺人者たち」
(The Killers) 1964年アメリカ
監督ドナルド・シーゲル(ドン・シーゲル)
原案アーネスト・ヘミングウェイ
脚本ジーン・L・クーン
撮影リチャード・L・ローリングス
音楽ジョニー・ウィリアムズ(ジョン・ウィリアムズ)
〈キャスト〉
リー・マーヴィン アンジー・ディキンソン
ジョン・カサヴェテス クルー・ギャラガー
ピッタリしたスーツに黒いサングラスの男が二人。
一人は長身で中年のいかつい風貌の男。もう一人は中肉中背の若い伊達男。
二人は無言のまま盲学校のドアを開け、受付にいた盲人の女性に訊ねます。
「ジョニーはどこだ?」
返答に窮する女性を殴り倒し、ジョニーの居場所を突き止めると、二人は真っ直ぐ教室へと向かい、盲学校の教師ジョニー・ノース(ジョン・カサヴェテス)を射殺します。
大混乱の盲学校から抜け出し、ひと仕事を終えた殺し屋の二人、チャーリー・ストロム(リー・マーヴィン)とリー(クルー・ギャラガー)でしたが、チャーリーは殺した相手であるジョニーの態度に不審を抱きます。
「どうしてヤツは逃げなかったんだ?」
チャーリーは続けます。「普通は逃げるはずだ。オレたちが来たことは受付が連絡してるはずだからな」
ジョニーに対するチャーリーの疑問は、ジョニーの友人で元レースメカニックだったアール・シルヴェスター(クロード・エイキンズ)の口を強引に割らせたことにより、次第に判明してゆくことになります。
元レーサーのジョニー・ノースは、運命の女シーラ・ファー(アンジー・ディキンソン)と出会い、恋に落ちたジョニーはシーラの虜となってしまいます。
やがて、シーラにそそのかされるまま現金強盗グループの一団に加わったジョニーは、仲間を裏切り、強奪した100万ドルとともにシーラとの逃避行を図ります。
ジョニーの謎とともに100万ドルの行方を追い始めたチャーリーとリーはシーラの居場所を突き止め、やがて謎の真相をつかむことになります。
原案となったのはアーネスト・ヘミングウェイの短編「殺し屋」。
レストランに現れた殺し屋二人組が、ボクサーであるオーリー・アンダースンの命を狙っていることを知った店の主人が、命の危険をアンダースンに知らせてやろうとするものの、アンダースンはベッドに横になったまま部屋から出ようとしなかった、というストーリー。
面白そうなワリには、あまりパッとしない話を膨らませて1946年にロバート・シオドマク監督、バート・ランカスター主演で「殺人者」として映画化。
さらにそれを変形させ、ふくらませてリメイクしたのが本作「殺人者たち」です。
監督はドン・シーゲル。
後の1971年に「ダーティハリー」が大ヒットして世界的名声を獲得しますが、50年代、60年代の初期にはまだB級映画の監督でしかなかったドン・シーゲル。
しかし、「汚れた顔の天使」(1938年)、「カサブランカ」(1942年)などで知られるマイケル・カーティスや「暗黒街の顔役」(1932年)、「リオ・ブラボー」(1959年)などの硬派の巨匠ハワード・ホークスの下で積み重ねた経験は、当時ロック界のスーパースター、エルヴィス・プレスリーを起用して演技派として注目させた「燃える平原児」(1960年)を始め、大スターの片鱗を見せ始めていたスティーブ・マックイーンと組んだ「突撃隊」(1962年)などのアクションを中心とした無駄のない演出は「殺人者たち」で炸裂することになります。
キャストも個性豊かで、「リバティ・バランスを撃った男」のリー・マーヴィンを始め、「オーシャンと十一人の仲間」のアンジー・ディキンソン。後に「グロリア」(1980年)のヒットで監督として名高いジョン・カサヴェテス。「続・荒野の七人」などの名脇役クロード・エイキンズ。
そして、「殺人者たち」を最後に映画界を去って政界へと軸足を移し、カリフォルニア州知事を経て1981年に第40代アメリカ合衆国大統領となるロナルド・レーガン。
強奪した現ナマを追って二転三転する愛と裏切りのハードボイルド。
「死の接吻」(1947年)の冷酷非情な殺し屋トミー・ユードー(リチャード・ウィドマーク)を思わせる情け容赦のない二人の殺し屋たち。
乾いた空気感と軽快なテンポで貫かれてはいるのですが、難点は、ところどころに挿入されるジョニー・ノースの過去の回想で、ジョニーと恋人のシーラとのロマンスは冗長になってしまっていて、ドン・シーゲルらしくない中だるみなのですが、それも計算に入っていたのか、中だるみの不満が逆にメリハリとなって、後半からのたたみ込むようなテンポと一気呵成のラストに結びつく展開は、映画全体からみれば交響曲的な構成といえるかもしれません。
ロナルド・レーガンさんは大統領としての印象が強すぎて、俳優としてはイマイチの評価のようですが、「殺人者たち」では強盗団の黒幕として貫禄タップリの演技で、特にリー・マーヴィンを相手にしてのラストの銃撃戦はなかなかのものです。
特筆すべきはやっぱりリー・マーヴィンでしょうか。
「乱暴者」(1953年)で、マーロン・ブランドに対抗する暴走族のリーダーで注目され、「リバティ・バランスを撃った男」ではジョン・ウェインを向こうに回す悪役ぶり。
「殺人者たち」の翌年の「キャット・バルー」(1965年)でキャサリン(ジェーン・フォンダ)を救う酔いどれガンマンと殺し屋の二役を演じて第38回アカデミー賞主演男優賞を受賞。
「殺人者たち」では、よくしゃべる無鉄砲なクルー・ギャラガーとは対照的に、寡黙で冷静な殺し屋ながら、どことなくダンディな雰囲気を漂わせた、中年の落ち着きを持った男の魅力にあふれていました。
レストランで相棒のリーと食事をするシーンで、オレは要らないからとリーにステーキを押しやり、後になって、やっぱり食べようと、いったん押しやったステーキを食べるシーンはなんだか妙に好きで印象に残っています。
監督ドナルド・シーゲル(ドン・シーゲル)
原案アーネスト・ヘミングウェイ
脚本ジーン・L・クーン
撮影リチャード・L・ローリングス
音楽ジョニー・ウィリアムズ(ジョン・ウィリアムズ)
〈キャスト〉
リー・マーヴィン アンジー・ディキンソン
ジョン・カサヴェテス クルー・ギャラガー
ピッタリしたスーツに黒いサングラスの男が二人。
一人は長身で中年のいかつい風貌の男。もう一人は中肉中背の若い伊達男。
二人は無言のまま盲学校のドアを開け、受付にいた盲人の女性に訊ねます。
「ジョニーはどこだ?」
返答に窮する女性を殴り倒し、ジョニーの居場所を突き止めると、二人は真っ直ぐ教室へと向かい、盲学校の教師ジョニー・ノース(ジョン・カサヴェテス)を射殺します。
大混乱の盲学校から抜け出し、ひと仕事を終えた殺し屋の二人、チャーリー・ストロム(リー・マーヴィン)とリー(クルー・ギャラガー)でしたが、チャーリーは殺した相手であるジョニーの態度に不審を抱きます。
「どうしてヤツは逃げなかったんだ?」
チャーリーは続けます。「普通は逃げるはずだ。オレたちが来たことは受付が連絡してるはずだからな」
ジョニーに対するチャーリーの疑問は、ジョニーの友人で元レースメカニックだったアール・シルヴェスター(クロード・エイキンズ)の口を強引に割らせたことにより、次第に判明してゆくことになります。
元レーサーのジョニー・ノースは、運命の女シーラ・ファー(アンジー・ディキンソン)と出会い、恋に落ちたジョニーはシーラの虜となってしまいます。
やがて、シーラにそそのかされるまま現金強盗グループの一団に加わったジョニーは、仲間を裏切り、強奪した100万ドルとともにシーラとの逃避行を図ります。
ジョニーの謎とともに100万ドルの行方を追い始めたチャーリーとリーはシーラの居場所を突き止め、やがて謎の真相をつかむことになります。
原案となったのはアーネスト・ヘミングウェイの短編「殺し屋」。
レストランに現れた殺し屋二人組が、ボクサーであるオーリー・アンダースンの命を狙っていることを知った店の主人が、命の危険をアンダースンに知らせてやろうとするものの、アンダースンはベッドに横になったまま部屋から出ようとしなかった、というストーリー。
面白そうなワリには、あまりパッとしない話を膨らませて1946年にロバート・シオドマク監督、バート・ランカスター主演で「殺人者」として映画化。
さらにそれを変形させ、ふくらませてリメイクしたのが本作「殺人者たち」です。
監督はドン・シーゲル。
後の1971年に「ダーティハリー」が大ヒットして世界的名声を獲得しますが、50年代、60年代の初期にはまだB級映画の監督でしかなかったドン・シーゲル。
しかし、「汚れた顔の天使」(1938年)、「カサブランカ」(1942年)などで知られるマイケル・カーティスや「暗黒街の顔役」(1932年)、「リオ・ブラボー」(1959年)などの硬派の巨匠ハワード・ホークスの下で積み重ねた経験は、当時ロック界のスーパースター、エルヴィス・プレスリーを起用して演技派として注目させた「燃える平原児」(1960年)を始め、大スターの片鱗を見せ始めていたスティーブ・マックイーンと組んだ「突撃隊」(1962年)などのアクションを中心とした無駄のない演出は「殺人者たち」で炸裂することになります。
キャストも個性豊かで、「リバティ・バランスを撃った男」のリー・マーヴィンを始め、「オーシャンと十一人の仲間」のアンジー・ディキンソン。後に「グロリア」(1980年)のヒットで監督として名高いジョン・カサヴェテス。「続・荒野の七人」などの名脇役クロード・エイキンズ。
そして、「殺人者たち」を最後に映画界を去って政界へと軸足を移し、カリフォルニア州知事を経て1981年に第40代アメリカ合衆国大統領となるロナルド・レーガン。
強奪した現ナマを追って二転三転する愛と裏切りのハードボイルド。
「死の接吻」(1947年)の冷酷非情な殺し屋トミー・ユードー(リチャード・ウィドマーク)を思わせる情け容赦のない二人の殺し屋たち。
乾いた空気感と軽快なテンポで貫かれてはいるのですが、難点は、ところどころに挿入されるジョニー・ノースの過去の回想で、ジョニーと恋人のシーラとのロマンスは冗長になってしまっていて、ドン・シーゲルらしくない中だるみなのですが、それも計算に入っていたのか、中だるみの不満が逆にメリハリとなって、後半からのたたみ込むようなテンポと一気呵成のラストに結びつく展開は、映画全体からみれば交響曲的な構成といえるかもしれません。
ロナルド・レーガンさんは大統領としての印象が強すぎて、俳優としてはイマイチの評価のようですが、「殺人者たち」では強盗団の黒幕として貫禄タップリの演技で、特にリー・マーヴィンを相手にしてのラストの銃撃戦はなかなかのものです。
特筆すべきはやっぱりリー・マーヴィンでしょうか。
「乱暴者」(1953年)で、マーロン・ブランドに対抗する暴走族のリーダーで注目され、「リバティ・バランスを撃った男」ではジョン・ウェインを向こうに回す悪役ぶり。
「殺人者たち」の翌年の「キャット・バルー」(1965年)でキャサリン(ジェーン・フォンダ)を救う酔いどれガンマンと殺し屋の二役を演じて第38回アカデミー賞主演男優賞を受賞。
「殺人者たち」では、よくしゃべる無鉄砲なクルー・ギャラガーとは対照的に、寡黙で冷静な殺し屋ながら、どことなくダンディな雰囲気を漂わせた、中年の落ち着きを持った男の魅力にあふれていました。
レストランで相棒のリーと食事をするシーンで、オレは要らないからとリーにステーキを押しやり、後になって、やっぱり食べようと、いったん押しやったステーキを食べるシーンはなんだか妙に好きで印象に残っています。