「心の旅路」
(Random Harvest) 1942年アメリカ
監督マーヴィン・ルロイ
原作ジェームズ・ヒルトン
脚本クローディン・ウェスト
ジョージ・フローシェル
アーサー・ウィンペリス
撮影ジョセフ・ルッテンバーグ
〈キャスト〉
ロナルド・コールマン グリア・ガースン
スーザン・ピータース ヘンリー・トラヴァース
「失われた地平線」「チップス先生さようなら」などのベストセラー作家ジェームズ・ヒルトンの同名小説を映画化。
記憶喪失になった陸軍大尉がたどる心の変遷を、情感あふれるドラマ構成で描いた名作。
1918年、4年間続いた第一次世界大戦も終わりを迎えようとする秋のころ。
戦場で負傷し、記憶を失ったイギリス陸軍大尉ジョン・スミス(ロナルド・コールマン)は、軍人障害者施設に入院しています。
自分が何者なのかを知ることのできないもどかしさを感じている彼は、ある日、病院を抜け出し、街に出かけます。
折しも街では終戦を祝う祝賀ムードの喧騒にあふれ、雑踏を避けようと入った煙草屋で、ジョン・スミスは旅芸人の踊子ポーラ・リッジウェイ(グリア・ガースン)に出会います。
記憶喪失のスミスに同情し、深いやさしさと美貌を持ったポーラにジョン・スミスは惹かれ、やがて二人は恋に落ちます。
ポーラは踊子を辞め、記憶は戻らず体調も思わしくないジョン・スミスと二人で喧騒の街を離れ、小川が流れ、庭に桜の木が枝を伸ばしている、ある静かな田舎の小さな家で暮らし始めます。
ポーラは、ジョン・スミスを愛称の「スミシー」と呼び、二人だけの穏やかな生活の中でポーラは妊娠、子どもが生まれます。
文才のあったジョン・スミスは執筆を始め、原稿を見た新聞社から採用通知を受け取ったスミシーはリバプールへ出かけますが、路上で車にはねられてしまいます。
怪我は大したことはなく、意識を回復したスミシーは、なぜ自分がここに居るのか理解できません。事故のショックで、記憶喪失になる以前の自分がよみがえり、逆に記憶を失ってからのポーラとの生活のすべての記憶が消失してしまっていました。
以前の記憶が戻り、ジョン・スミス(スミシー)ではなく、チャールズ・レニアとしての過去を取り戻して自宅へ帰ったチャールズは、父の葬儀と、遺言によって莫大な遺産を相続し、富豪としての生活を送ることになるのですが、ただ、ひとつの気がかりとして、事故の時に身につけていた玄関の鍵と思われる鍵と、なぜ自分は事故のときにリバプールにいたのか、という疑問がつきまといます。
一方、自宅へ戻ったチャールズに恋心を持つ少女がいました。
チャールズには姪にあたるキティ(スーザン・ピータース)です。姉の娘ではあるが、実の娘ではなく、夫の連れ子であるキティとは血のつながりがないため、キティはチャールズへの愛を燃やします。
実業家として成功したチャールズのオフィスには、子どもを失った失意のポーラが、マーガレット・ハンソンと名前を変えて、秘書として雇われていました。チャールズの現在を知り、自分とのつながりを失ってしまったと悟ったポーラは、なんとか彼の記憶を取り戻そうと考えるのですが、チャールズはポーラに気づくこともなく、月日は過ぎてゆきます。
キティとの交際は続き、彼女の愛を受け入れようと、やがてチャールズはキティとの婚約に踏み切りますが、チャールズには空白の記憶が障害となって心にわだかまり、そんなチャールズの気持ちを察したキティは自ら身を引いてゆきます。
時は流れ、国政選挙に打って出たチャールズは当選を果たし、政治家として活動を始めます。そして、それまで秘書として自分を支えてくれたマーガレットを妻として迎えようと考えます。
しかし、自分の愛を受け入れてくれたマーガレットには、誰か自分以外の男性の影がつきまとっていることを知ります。
どこかちぐはぐな関係を続けていたチャールズ(スミシー)とマーガレット(ポーラ)でしたが、どうしても彼の記憶が戻らないことに悲観したマーガレットはチャールズから離れ、南米へと旅経つ決心をします。
マーガレットの心が理解できないまま、チャールズは駅までマーガレットを見送り、所要で向かったメルブリッジの街でストライキに遭遇。やがて事なきを得たストライキの歓喜と喧騒の中、記憶の断片が現れ、知るはずのない煙草屋に立ち寄ったことから、おぼろげな記憶がよみがえりはじめます。
数年前の事故のとき、自分はなぜリバプールにいたのか、チャールズは記憶を追い求め、小川の流れる一軒の小さな家にたどり着きます。
一方、チャールズが記憶を取り戻しはじめたことを知ったマーガレットは、かつて彼をスミシーと呼び、仲睦まじく暮らしていた自分たちの家へと急ぎます。
軋んだ庭の扉を開け、桜の枝に頭をひっかけたチャールズは、鮮明になろうとする過去の思い出の中で、手にしていた鍵で家のドアを開けると、背後から彼の名前を呼ぶ声が響きます。
「スミシー!」
記憶喪失を題材にした作品にはアンリ・コルピ監督、アリダ・ヴァリ主演の「かくも長き不在」(1961年フランス )などの名作があり、戦争の暗い影が背景に重く揺らいでいます。ハリソン・フォードが主演した「心の旅」(1991年 マイク・ニコルズ監督)は、ややエンターテインメントに傾きましたが、自己を見つめ直す一人の男の姿が感動を呼びました。
また、手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」の一連の作品の中で「ネコと庄造と」では、ヒューマニズムにあふれる「ブラック・ジャック」の中でも特に胸に残る佳作でした。
「心の旅路」は、「哀愁」(1940年)、「ミニヴァー夫人」(1942年)、「ガス燈」(1944年)、「傷だらけの栄光」(1956年)などで手腕を発揮して、アカデミー撮影賞で数々の受賞をしたジョセフ・ルッテンバーグのすぐれた映像と、「心の旅路」と同年の「ミニヴァー夫人」でアカデミー主演女優賞を受賞したグリア・ガースンのスケールの大きな演技が生んだ名作です。
しかし、この映画はグリア・ガースンにとどまらず、チャールズを恋する一途な少女キティを演じたスーザン・ピータース(狩猟事故による後遺症で1952年に31歳の若さで死去)も助演女優賞候補になるなど脇役も素晴らしく、「ミニヴァー夫人」でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたヘンリー・トラヴァースも村の医者として顔をのぞかせています。
また、一度見たら忘れがたい風貌を持ったウナ・オコナー。ジョン・スミスとポーラの出会いの場所となる煙草屋の女店主で、この人は、ビリー・ワイルダー監督の傑作ミステリー「情婦」(1957年 タイロン・パワー主演)でのアクの強い家政婦役は、主演のマレーネ・ディートリッヒと共に強く印象に残りました。
ただ、チャールズが記憶を取り戻してゆく過程では、なんとなく都合が良すぎるような印象がありますが、そういった欠点も、ラストで二人が抱き合う感動的なシーンで吹き飛んでしまうくらいのもの。
「哀愁」(1940年)を手がけ、後に「キュリー夫人」(1943年)、「若草物語」(1949年)などの名作も手がけた名匠マーヴィン・ルロイのメロドラマの名作。
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2021年04月18日
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