「ナインスゲート」
(The Ninth Gate )
1999年 フランス/スペイン
監督ロマン・ポランスキー
脚本エンリケ・ウルビス
ジョン・ブラウンジョン
ロマン・ポランスキー
撮影ダリウス・コンジ
音楽ヴォイチェフ・キラール
〈キャスト〉
ジョニー・デップ エマニュエル・セニエ
レナ・オリン フランク・ランジェラ
円熟期に入った鬼才ロマン・ポランスキーが取り組んだオカルト・ミステリー。
演技に磨きのかかった主演のジョニー・デップは、古書の売買や調査の依頼を受け持つ、人付き合いの悪い独善家ながら、悪魔の古書に翻弄(ほんろう)される魅力ある主人公を好演。
見応えのある映画です。
稀覯本(きこうぼん)(希少価値のある本、珍しい本)の鑑定家でもあり、本の探偵とも呼ばれるディーン・コルソ(ジョニー・デップ)は、一方では、高額な取り引きのできる希少本のドン・キホーテを「いいものですが、あまり値打ちはありませんよ。高く売れませんから僕が買い取りましょう」と、相手の無知に付けこんで自分が安く買い取ってしまう悪賢さも持っている男。
ある日コルソは、バルカン出版のオーナーであり、膨大な蔵書のコレクターでもあるボリス・バルカン(フランク・ランジェラ)から、自分が所有する悪魔の祈祷書について、世界に同じものが3冊存在しているが、どれが本物なのか調査をしてほしいと依頼されます。
バルカンの所有する一冊を携(たずさ)え、調査を開始しようとしますが、自分が尾行されていることを感じたコルソは、不穏な気配に気づき、知人の古書店の店主に本を預かってもらうものの、店主は殺され、身の危険を感じたコルソは依頼を断ろうとバルカンに連絡。
しかし、報酬ははずむから、ぜひ続けてくれと諭され、しぶしぶながら調査を続行。
そしてコルソの背後には常に緑の瞳を持った謎の女(エマニュエル・セニエ)が付きまとい始めます。
スペイン、ポルトガル、パリと飛び、古書の持ち主を探し出して悪魔の祈祷書を調べますが、どれも本物にしか見えず、入念に調べた結果、本に挿入されている版画の違いに気づきます。
謎を追いかける中、ポルトガルのコレクター、ファルガス(ジャック・テイラー)は自宅の泉水の池で殺され、パリのケスラー男爵夫人(バーバラ・ジェフォード)も何者かに絞殺されてオフィスに火が放たれます。
金髪の黒人に何度か命を狙われながらも、その都度、緑の瞳を持った謎の女に助けられ、元々、古書の一冊の持ち主であった富豪のリアナ・テルファー(レナ・オリン)と、そのボディガードである金髪の黒人を追ううち、コルソたちは広壮な屋敷へとたどり着きます。
そこでは大勢の男女が黒衣を着け、悪魔の降臨の儀式を行っていましたが、そこへバルカンが現れ、リアナを殺害、全員が逃げ惑う中、悪魔の祈祷書の中の9枚の版画をもとに、自らが所有する古城で悪魔の儀式を執り行おうとしますが、一枚だけが偽物であったため、バルカンは焼死。
コルソは残る本物を探し出そうと謎の女の指示に従ってスペインへ向かいます。
そして手に入れた最後の一枚によって、コルソは古城へ向かい、9つの扉(ナインスゲート)と向き合うことになります。
映画の冒頭から目を引きます。
書斎の高価そうな本がズラリと並んだ書棚を背にして男が書き物をしている。やがてカメラはシャンデリアの下に置かれた椅子と、その上に垂れ下がった丸いロープへと移動。この男は自殺をしようとしていて、遺書を書いていることが判ります。
淡い茶色の色調で始まるこの場面は、不吉な物語の予感を漂わせているのと同時に、ゴシックのムードも漂わせ、美術感覚と娯楽的要素を盛り込んだオカルト・ミステリーだということを知らせてくれます。
話は一転。
とあるビルの一室で本のコレクターの蔵書を売買する話が行われている。
蔵書の鑑定をしているのは、業界のプロを自任するディーン・コルソ。
「これはすごい。とても高値で売れるから、他の鑑定士にも相談して売買を急いだほうがいいですよ」と勧める。
そして、さり気なく希少価値のあるドン・キホーテを手にして、「これはあまり高くは売れませんから、僕がこの場で買い取りましょう」と安く買い取ってしまう。
実際には、このドン・キホーテは高額な古書で、平気で他人をだまして自分のものにしてしまう小狡さを持ったディーン・コルソは、完全な悪人かというと、そうでもない。もちろん善人ともいえない。金髪の黒人に命を狙われ、カフェに身を隠しながら、なかなか外へ出られない弱さも持った男。
コトの終わったリアナとのいさかいから、彼女に掴(つか)みかかられながら、ズボンをずり下げたまま後ずさりで逃げるカッコ悪さ。
後年の「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのジャック・スパロウのような、口達者で軽快なヒーローでもなく、どちらかといえば物静かで控えめ。
そんなユニークなキャラクターであるディーン・コルソが、緑の瞳の謎の女に助けられながら悪魔の古書にまつわる謎に翻弄されていくのですが、そのディーン・コルソをジョニー・デップが実に魅力的に演じている。
例えば、この映画にはお酒を飲む場面がいくつか出てきます。
ポルトガルのコレクター、ファルガスに会ったときにはブランデーを勧められる。
「いいグラスですね」と言いながら、ブランデーのボトルを持ち、膝をついて蔵書を見渡す。
なんでもないシーンですが、ひとつひとつの動作が魅力に富んでいる。
公衆電話で電話をかけるシーン。
黒人との格闘から眼鏡を落として誤って踏んでしまう。その壊れた眼鏡を拾って無造作にかけるシーン。
持っている古書を盗まれないように、ホテルの部屋の、小さな冷蔵庫の奥をゴトゴト動かしてそこへ本を隠し、ついでに冷蔵庫の中のドリンクを飲むシーン。
さり気ないシーンですが、とても印象に残ります。
おそらくそれらはロマン・ポランスキーの演出の冴えでもあるのでしょうが、演じたのがジョニー・デップだからこそ魅力的に見えるのかもしれません。
監督のロマン・ポランスキーは、1968年の「ローズマリーの赤ちゃん」以来、ほぼ30年ぶりのオカルト・ミステリーで、その流れを受け継ぐかのような、悪魔崇拝者を軸とした「ナインスゲート」は「ローズマリーの赤ちゃん」よりもさらに美術感覚を強め、映像センスの浮き出た映画になっています。
また、この映画は本の魅力というか、本の値打ちといったものも教えてくれます。
すなわち、本は美術品でもあり、絵画や骨董品のような資産価値があるということと、ごく当たり前のことですが、時代を経てきた本の中には何世紀にもわたる優れた知識が収められているということ(そういった本の上で、平気で煙草を吸いながらページをめくるディーン・コルソの性格は不思議な気がします)。
巨大な影となってディーン・コルソを操るボリス・バルカンと、コルソの守護天使であるかのような緑の瞳の謎の女。しかし彼女は天使とは裏腹の怪しげな雰囲気に包まれた、得体の知れない何者かの使いであることが、コルソを悪魔の書へと導くことで、その正体が次第に明らかになってゆきます。
それによって、古城へたどり着いたコルソの運命を握る者の実態も明らかにされてゆくことになります。
物語の背後で、全体を見通すかのように登場するボリス・バルカンの存在がドラマに深い陰影と深みを与えます。
演じたのは、数々の賞に輝く演技派フランク・ランジェラ。
緑の瞳を持つ謎の女にエマニュエル・セニエ。
「フランティック」(1988年)、「赤い航路」(1992年)でロマン・ポランスキー作品に度々登場するポランスキー監督の奥さん。
悪魔の崇拝者を率いる富豪のリアナ・テルファー夫人に、「存在の耐えられない軽さ」(1988年)でゴールデングローブ賞助演女優賞などにノミネートされ、「蜘蛛女」(19993年)では冷酷で強烈な印象を残したレナ・オリン。
ストーリー性、美術感覚、主役を演じたジョニー・デップの魅力等、一瞬も目を離せない見応えのある映画です。
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2021年06月16日
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