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31日の朝6時半です。おはようごじゃい。 これからコミケに参加しまして(今回はサークルスペースがなく、友達の店番と委託です)実家の長野に帰省しますので年内は最後かと。 昨年が地震で激動の一年だとしたら、今年は公私共に比較的おだやかな一年でした。世間さまはどうか知りませんが。 来年は今作っている同人ソフトの新作がいよいよ本格運転になりますので、一生懸命やりたいと。あとは・・・今年同様、年末に振り返って穏やかな一年だったら良いな。震災とか人生の転換期はもうこりごりですわ。 というわけでこんな偏屈なBlogにお付き合いくださいましてありがとうございました。年明けは田舎のネットで書けるようであれば正月から、無理なら4日以降になると思われます。 では、今年最後のイベントに行ってまいります!皆様、良いお年を!
2012.12.31
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相手をタダで働かす、ということはサービスでもなんでもない。窃盗犯と同じだ。 初期費用無料や2年間契約で本体無料、あるいは、無課金でも遊べます、を歌っているサービスだって、契約を取り付けることによって今後需要が見込められる金額があるからこそ、最初のお金が掛からない、あるいは、特別なメリットを与えている。 それをなぜか「携帯電話の解約に金が掛かりすぎ」とか「課金アイテムがないと勝てない」という不満はいったい何を持って不満としているのか?そういう縛りがあるから、会社が運営できるしお金を払う人がサービスを受けられる。 物事を他人に頼むには必ずお金が掛かる。自分に無償の愛を授けてくれ、そうじゃないものは守銭奴と赤の他人にケチをつけるのは、じゃあ、あなたの会社で仕事を無給でやってくれ、それが消費者サービスだ、と言われて納得するんだろうか? 物事はタダのようで薄く、広くか、あるいは厚く狭く何らかのお金が掛かっている。そして何より、自分が特別扱いを受けたければその分のお金を出すか、自分の力で何とかするしかない。 と、長々と書いたのは、最近「無料サービスを受け続けるのは利用者にとって当然の権利だ」と主張する、ある事案を見たので。 悪い意味じゃなく、世の中は規定の手順と金さえ出せば大概のサービスは誰でも受けられるものだよ。それを金を出さずに済ませようとするからおかしくなるわけで・・・
2012.12.30
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「いじめ防止に武道家の先生を」 谷川文科副大臣が持論 なんだか・・・マッチョ脳というか、じゃあ、戦前の子供を平気で竹刀で叩いたり、ぶん殴っていた頃に学校でいじめがなかったとでも?そんなのはまんが道や映画「少年時代」を見ればあの頃にもいじめがあった。 しかし、つくづく思うのは日本のシステムはいじめが起きた事を被害者も「恥」として隠そうとする、それがいじめをより陰湿に、そして被害をエスカレートさせる要因だと思います。 なぜかいじめた側が堂々としていて、いじめられた側が人にそのことを知られると恥ずかしいという・・・しかし、これは絶対に間違いです! 以前にさだまさしさんがコンサートトークで語ったこと「いじめられている君へ。辛かったら逃げろ!回りに助けを求めろ!理不尽な暴力や命を絶つほど辛い状況から逃げるのは、まったく恥ずかしい事じゃない」 重要なのは、そういう理由で学校を辞めざるをえなくなった子供が社会的に貶められない事じゃないか? 武術を習った人間が立派な人間とは限らない。そんなこともわからない人間が考えるから、上のようなトンチンカンないじめ防止策を語るのだろうな・・・
2012.12.28
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週刊少年サンデーで「うしおととら」の特別編が掲載されまして。連載当時とまったく変わらないキャラクターの活躍にワクワクしっぱなしです! ゆうきまさみ先生の「究極超人あ~る」の時もそうでしたが、ああいう強烈なキャラクターを持ったマンガというのは、10年以上経っても一瞬で「連載していた当時に読者をタイムスリップさせる」ものですね。例えるなら、行く前までは不安だった同窓会が旧友とあった途端、あの頃の関係に一瞬で戻るような。それこそタイムスリップです。 「うしおととら」という作品、あの当時も一種独特な「怨念、情念」を持った不思議なマンガで。ただ元気な主人公、というのではなく、どこかダークヒーローのにおいもする、でも、読後感の爽快さ、妖怪と人間の奇妙な信頼関係を描いて、今読んでもまったく古さを感じない熱血作品です。 まだ読んだ事のない方は名作ですのでぜひ・・・
2012.12.28
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はだしのゲンの批判の中に「作者の思想が偏りすぎ、左翼的すぎ」というのがあってちょっと首をひねったのですが。 たとえば、少年時代あの火と死の地獄でのた打ち回り、家族も家も全てを失った経験のある中沢先生にとって、その戦争を引き起こした当時の政治や、原爆を落としたアメリカ、そして、戦争が終わった途端「これまでのやり方は間違ってました」と180度方向を変えて戦争反対、平和を訴えるこの国に不信感、というか反発したくなるのは当然で。 それは後の思想家や歴史学者が「客観的」と称する、実際、血も涙も入っていない、単なる他人事の歴史とは違う、本当の「一人の少年としての歴史」であって。 で、実際、私達のような一般人は、もし戦争が起きたらきっと9割の人間ははだしのゲンの側になる。軍人となってお国のために戦う、などという映画的なことすらない、ろくでもないことになるでしょう。 だから、私は「はだしのゲン」をリアルに感じるし、歴史、軍記モノの英雄小説とはちがう、一般人の見た戦争の真実、それを強烈に伝えてくれる作品だと思います。
2012.12.27
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名作漫画「はだしのゲン」の作者である中沢啓治先生の訃報を聞き、一つの時代の証人がまた逝ってしまわれたかと。 あまりに有名な作品であり、同時に小学校の図書館にブラックジャックと並んで必ず置かれている漫画ですが、その叩き付けるようなパワーと、地獄を本当に体験した作者の情念、そして何より、すべての戦争賛美論を一蹴してしまうような生々しい現実を描く事で「トラウマ漫画」の筆頭に上げる人も多いと思います。事実、わたしも小学校で読んでその日の夜眠れなくて、しばらく図書館のそのコーナーに立ち寄らなかったほど。 しかし、ある程度年齢をたって読むと、こんなにすごい作品は他にはない、そう思いました。 今、改めて読み返してみると、原爆の悲惨さ以上に、戦争によって人が狂うさま、そして、戦争が終わった途端、それまで人々を戦争協力に追い立てていた人間(教師や地元の有力者、軍人、近所の人まで)が平和を訴えるようになる矛盾、軍事産業で大もうけしていた武器商人が、溺愛する一人娘を原爆病で失い、本当の悲しみに気がつく描写、そして何より、主人公もあらゆる困難に立ち向かい、力強く成長する様子。 いろんな意味で「戦争で人は変わる」と強く考えさせられる作品であり、未来永劫、子供達にトラウマを与えてほしい、そうじゃなければあの戦争で亡くなった人々が報われない。 中沢啓治先生、どうか天国でやすらかに・・・
2012.12.25
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2chまとめなので情報の真偽はともかくとして素人たちが同人ゲーム製作を試みた話 なんだか・・・最初に選んだ状況が良くないなと。最初にシナリオを読んで「こりゃダメだ」と思った時点で断るのがスジじゃないかと。「同人ソフトを作ろう、というサークルの9割が空中分解」 批評とか、出来の云々言う前に完成させるのが一番大変なんだよね・・・
2012.12.25
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マヤ歴の云々で地球滅亡の話が出ていましたが。 この手の話だと、私が小学生の頃、当時「ノストラダムスの大予言」がものすごく流行した頃でして。子供だった自分にとってあと20年ぐらいで世界が終わる、というその時間の距離感が絶妙なだけに、ものすごく怖かったのを覚えています。 で、それを解消してくれたのが当時の担任の先生。ノストラダムスの予言を怖がる自分も含めた子供達に笑いながら「いいか?昔から世界が終わる、って予言がいくつあったと思う?各地、各国に有名なものだけで500以上。で、今のところどれも当たっていない。きっとノストラダムスもその一つだから安心しなさい」と。 結局、そのとおり1999年に世界が終わるはずが、もう10年以上経過してしまったのですが。 それに本当に世界が終わるのなら、今更どうにもならない。人間にはこの地球以外に住む場所が無い。だから、自分の死=世界の終わり だと思えば、そんなに怖い話じゃない。誰でも最後は死ぬ。自分にとっての世界の終わりは必ず訪れるものですから。
2012.12.24
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シャープ、手書きでスラスラ書ける電子ノート『WG-N10』を発表 うわあ・・・え~と・・・ なんだかシャープの技術的迷走の果ての商品を見たような。 これってたった一言「普通のノートでよくね?」で済みそうですが、きっと作っている本人達は「いかに手書きの書きやすさを再現するか」に腐心しているんだろうなあ・・・だいたい、値段が15000円以上するハンパな端末、しかも、電池が切れたらおしまいな筆記用具ってなんだよ?まだネットが使えるタブレットPCのお絵かき機能の方が使えるよ。 パナソニックのスマホ家電もそうですが、景気がいいときならいざ知らず、こういう商品の開発にGOサインが出てしまうところに、技術を無理やり需要に結び付けようとするあっぷあっぷ感が出ていますが。 例えば一時期シャープの亀山工場ブランドというのは品質の高さを売りにしていました。が、結局お客さんの多くの需要は「安くて大画面のテレビが見たい」というのがほとんどで。同等価格であった時にブランド力というのはステータスになる、が、価格が半額以下であれば無価値になると・・・ なにしろ40インチの大型テレビが5万円で買える、しかもちゃんとそれなりに見られる画質であった場合、本来の需要はどちらか_という話で。 上の話に戻りますが、15000円分のノートとシャープペン以上の価値が無ければ、どんなに技術を誇っても意味がないよ・・・
2012.12.23
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自分がある程度ゲーム作りをコントロールでさせてもらえる立場になった場合、最初に考えるのが予算(期間)と人員数とハード性能を見比べて、まず「ナニがこのゲームの売りか」を明確にした後に、それから妥協の優先順位を決める、という。 例えば、自分が作っている同人ノベルゲーム、このソフトの売りは「アニメで立ち絵が動く」「とく村長さまの絵の女の子のHなシーン」だと思っています。これがこのソフトを作る意義でもあり。 と、いうことでこの2つにもっとも注力するため、そういうシナリオを書きました。で、画面構成も立ち絵が斜め上から俯瞰、背景をウインド処理といった独特の構成で。 で、アニメは動画の着色に時間がかかる、線画を取り込んで、私一人でフォトショップで一枚一枚塗ってます。でも、これはこのソフトの売りだから作業は優先される。 次に背景は場面転換の目新しさをたくさんほしい、けど、そんなに新規で書けない、ですが、過去作品の使いまわしと、ウインド処理の利点である壁紙という概念を増やす事で組み合わせを多くして目新しさを出せるように配慮。 優先順位がぐっと下がって音楽は利用フリーの音源。 で、パッケージはギリギリまで作業するし、そんなに大量に作らないので自宅プリンター印刷したジャケットをDVDケースに手作業で入れる。 そうなると、どこで一番優先順位を下げたかというと、DVDディスクのラベル印刷なし、という(W.はい、白いディスクに手書きでシリアルNo が書かれているだけです。 というのは、ディスクって最初にPCに入れてデータをインストールしたら普通、もう2度見る機会はない。そんなもの印刷に時間をかける必要性は感じないので。 普通の仕事でゲーム作る時もそうですが、この妥協の優先順位を明確にしていない仕事はゲーム作りでだいたい破綻、あるいはクソゲーになります。銃をぶっ放して敵を撃ちまくる豪快TPSなのに、なぜか背景の床のテクスチャーの材質に時間をかけたり、ゲーム中はほとんど後姿しか見れないプレイヤーキャラの顔のポリゴンに体全体の半分以上の頂点を使って処理オチが発生したり。ほとんど一瞬しか見えない場所の造形に時間をかけすぎたり。 時間があまったらそういうところにこだわるのはいいです。が、まずナニを作り、ナニを切り捨てるかを最初に決めないと無駄に品質にこだわったクソゲーが出来ます。
2012.12.23
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今年のゲーム業界で個人的に衝撃を受けた事件の一つが、アメリカの大手パブリッシャーTHQ倒産、という情報で。 ちなみに日本ではこのTHQという会社、ほとんど知られていませんが、アメリカではそうですね・・・日本のコナミとか、バンダイナムコに当たるほど大きな会社です。 倒産した理由はいくつかありますが、一番大きな要因は自社で作ったタブレット(ハード)の失敗と、ソフトにかける開発費の高騰による慢性的な赤字という。 なにしろこの会社はそれこそ出せば200万本確実の人気シリーズソフトを何本も持っている、にもかかわらず赤字であったという、日本の開発規模と比べたら訳がわからない作り方をしていまして。 ちなみに、ここだけではなくアメリカで最大手のパブリッシャーと呼ばれるEAという会社も5年以上連続で赤字とか・・・これはある意味「恐竜の肥大化の果て」みたいな、進化論の歴史をなぞる形です。 アメリカの場合、日本と違ってパッケージソフト市場に1万、5万、10万という規模の作品が非常に少ない、というか、これもアメリカ型商法の弊害なのですが、大手パブリッシャーが小売店の棚を契約で買い取ってしまう、それによって話題作しか店頭に並ばせない、また、CMをばんばん打つ広告費もすさまじく、開発費以上に宣伝費がかかる、という状況。これによって小粒作品やアイデアが光る作品が出にくい、そういう状況だから開発スタンスも売れ線の、いわゆるミリタリーTPSとか、映画のタイアップ作品、人気スポーツのゲーム化作品といったものしか企画が通らない状況。しかも、その一本に莫大な開発費がかかるから、売れなかったら一発で倒産みたいな。 私はアメリカの大手の会社とも開発者として仕事をした事がありますが、聞いた話だけでも金のかけ方がちょっと異常でした。バスケットコート2面分もあるような広いキャプチャースタジオに役者の実寸に合わせたセットを作り、そこで役者を大勢使ってモーションキャプチャーの撮影とか。舞台の町をエリアごとに区切って、それぞれ別のCG会社に発注とか。 なんだか、ゲームを作る、というやり方は幾通りもあっていいと思うのですが、「そうじゃないと売れない」という脅迫概念に取り付かれた結果が、今回破綻したTHQに象徴されます・・・ 少なくとも私は、HDも携帯ゲーム機も、モバイルもそれなりに市場としてやっていけれている、そういうソフトが売れる土壌がある選択肢がある日本の方が生き残る気がします。 日本のゲーム市場を「ガラパゴスだ、閉鎖的だ、世界に通用しない」と言っていたアナリストの皆さん、日本がガラパゴスなら、アメリカは強いものしか生き残れない、その強いものもいつ倒れるかわからない「修羅の国」ですよ・・・
2012.12.22
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こんなツイッターを見てすごく納得がいったのですが 前に聞いたお話。ゲーム作りの現場で上司が新人にある作業をしてもらう。やり方は先輩の△△さんに教えてもらいなさいと。 で、その作業はそれほど難しいものじゃないし数時間で終わるものだから大丈夫だろうと。で、その日の夕方になっても終わりました、という報告が無い。その新人の席に行ってみると、ぶ厚いマニュアル片手に半泣きの顔で「すみません・・・まだ全然出来てません・・・」と。驚いて理由を聞くと、その先輩に聞いたところ「こういうのは自分で調べるものだ、俺は忙しいから」と、ぽんとマニュアルを投げ与えて放置されたとか。 その先輩を別室に呼んでどうしてそういうことをしたんだ?と聞くと「自分も苦労して覚えた、だから新人も自分で調べる事をさせなければ育たない」と・・・ アホかと・・・これは明らかに業務命令違反です。上司は彼に手順を聞くように言った、それを教えれば数時間で終わった仕事が彼の勝手な判断で1日ムダにした、という結果を招いたことに気がついていないというか・・・ 仕事を目で覚える、というのは、日本に昔からある徒弟制度があった時代で。しかし、技術とは関係のない苦労を「自分もそうだったから」と押し付けるのは、過去の反省を何も生かせないというのと同じ発想で。無意味な苦痛の連鎖を残すだけなのに・・・ 最近は昔ながらの職人の世界が後継者不足だと言われていますが、「本来、手順を教えれば誰にでもできる仕事をこういう変な厳しさで「プロの仕事」みたいな封建的にしているから」じゃないかと思う事もあり。 もう一つ。むかし、ある和食割烹の店に調理人として就職した人の話。最初はそれこそ殴られ、蹴られ、でもこれも職人の世界だと我慢して3年が過ぎた。3年後、そこに新人が入った。そしたら、自分の兄弟子達の暴力の対象がその新人に移った。 ・・・・結局、職人の厳しさではなく、単に立場を利用したいじめだったという・・・
2012.12.20
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アニメ「ガールズ&パンツァー」の舞台になった大洗市がいわゆる「聖地」として盛り上がっている,のに対して、行政が莫大な費用をかけた「まんが王国とっとり」が悪い意味で大変な事になっている、という話を聞きまして、「ああ、これがいわゆるマンガとかアニメとか本当の意味で理解している人、していない人の差なんだろうな」と思いました。 何しろ鳥取まんが王国は「有名漫画家の出身地=漫画王国」という、作品とはまったく関係のないこじつけで。そういうこと言ったら東京出身、大阪出身の有名漫画家がいかに多いか?という話。しかも、ファンは別に出身地に興味があるのではなくて「そのマンガやアニメのキャラクターが存在する舞台になった場所」だから、わざわざ足を運ぶ価値があるのだし。別に漫画家本人の生まれ故郷だから、というのではないし。 忘れてはいけないのは、アニメやマンガの聖地というのは「作品内での聖地」であり、その上で「作品に関係が無ければ聖地になりえない」という・・・私も含めオタクの人なら言われなくてもわかっている心理だと思いますが。 単にイベントを開いて地元出身のマンガ家のキャラクターを並べれば客が来る、なんて、舐めた事に金を使ったものだなあ・・・だいたい、代表的な3人の作家が「名探偵コナン」「ゲゲゲの鬼太郎」「孤独のグルメ」って時点でなにかおかしいだろ(W 最近は実在のアニメの舞台になることで聖地化を村おこしの一環として考えている地方行政も有りますが、そういう試みは面白い、けど、まず「作品が面白い事」「その場所に行きたくなる価値があること」が両輪で揃っていないと、いくら金をかけても意味を成しえないんじゃないでしょうかねえ?
2012.12.20
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TBSラジオの「Dig」というニュース情報番組で、昨今アメリカであった銃乱射による20人以上の子供の殺傷事件を取り上げていました。 で、私もはじめて知ったのですが、アメリカが何故、銃を個人で持てるのか?というのは、実はアメリカは建国の際、自らもイギリスから独立戦争で勝ち取った自由である以上、いつ、今の政府が国民にひどいことをした時、その政府を武力で持って打ち倒す、銃などで身を守る権利「武装権」というのが憲法にあるとか。これがなんと「表現の自由」より先に列挙されている国である、というのが根本にあるのだとか。 で、アメリカは第2次世界大戦以降、自らが戦勝国となり、制圧、統治した国に関しては武装放棄や銃の違法化などの法律を進めて治安の安定を図る、にもかかわらず、自国内ではすでにあまりに銃器が普及しすぎて規制が出来ない、規制したら大変な事になる、という、歪んだ安全でしか治安が維持できない国になってしまったという皮肉ですが。 しかし、自動小銃、引き金を引いて横になぎ払っただけで一瞬で多くの命を奪う銃器が買える、という状況が、本当に「銃に守られている社会」といえるのか、という・・・そんな大量に弾丸を連射できる「護身用武器」ってどんな状況で使うのかと。 日本で通り魔事件があったとしても、まず刃物程度の想定しかしなくてよい、というのが、どれだけ治安が良いか、という話なんですよね。あっちはそれこそ10人単位の死者が出てしまう国ですから。
2012.12.18
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偽善って最高だよね!与えた側は満足感と優越感、受け取った側は具体的な利益、ほほえましく見る人には「世の中捨てたものじゃない」という幸福感、そして、それを見てケチをつけるような心の狭い捻くれたヤツには苦々しい恥辱を与えるという、最高の結果じゃないか! スピードワゴン財団静岡支部を名乗り、施設の子供達にプレゼントを贈った紳士に敬意を!
2012.12.17
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マンガとか小説、ゲームなどモノ作りをしている人間として常に心がけるべき事として、ある漫画家の言葉「世の中、99%の人間が小説でも、マンガでもゲームでもアニメでも、映画でも、そういうものを作れない、作る能力が無い、作る立場にいない人間。で、わずか1%の人間がそれが出来る立場にあって、そういう出来る人間の作ったものを出来ない人間が消費者として買い支え、批評し、評論している。その事実について理解した上で「どうしたらもっと見る人に楽しんでもらえるだろう」と考えるもよし、「わからないやつは買わなくても結構、好きな人だけ付いてきてくれ」になるもよし。 ただ、作り手がやってはいけないのは、読者やファンに対して「どうやったら面白くなるでしょうか?」と聞くことだと。それはプロ野球選手が客席のヤジを飛ばずオヤジにバッティングのコツを聞くようなもので、得るものがないどころか自分を迷わせ、作り手としての軸をぶらすだけ。彼らはそれが出来ないから客席にいるのだから、出来ない人間にアドバイスをもらってどうする。作り手は常に彼らの考える事の上を行かなくてはいけない」 これを作り手の傲慢と受け取るか、あるいはプロとしての覚悟として聞くかは人それぞれですが。 以前に京極夏彦さんがネットでアイデアを素人から大々的に募集し、一冊書いた小説がありましたが、正直・・・うーん・・・あの京極夏彦さんの独特な世界とはかけ離れた、なんとも安っぽい、よくありがち、それこそ自分でも思いつくようなアイデアな内容にガッカリした経験があります。集合知というものは結局こういうものかもしれないと。 「読者の意見を聞く」というのは、感想や反応を作り手自ら解析、反映させる事であって、決してファンを製作現場に入れることじゃない、という事じゃないかと。
2012.12.17
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「CGワールド」という雑誌があります。これは映画やTVCM,ゲームのようなCGの現場を取材し、最新の技術を紹介するという月刊誌ですが。 うちの会社で自分の作ったゲームが評判が良かったのでCG開発に関する取材をさせてくれという、ありがたいお話。 で・・・困ったのが「あうあ・・・何も特別な事をやっていない」と(W その雑誌を定期購読している人にはわかると思いますが、各社、自社のオリジナルツールとか、特別仕様のプラグインの紹介だったり、最新のソフトを使った情報だったり。 しかし、自分の作ったゲームって普通にツールを買ったときについていたソフトの機能を使っただけなんですよね。特別な処理も、技術的な特化したものもない。 で、どちらかというとコンセプトが「いかにゲームに関係のない目立たないところに手を抜くか」という、あまりその雑誌(最新CG情報)を買う人にとっては役に立たないようなものばかりで困惑するばかり。 もっとも、自分にとってゲームって「あくまでおもちゃ」という思想が昔からあるので、むしろCGの華麗さよりさわり心地、遊び心地に時間をかけた、その方法は結局地道なトライ&エラーの繰り返しでしかなくて。そういうのは上手く伝えにくいんだよなあ・・・ 結局、既存の技術をいかに効率的に、コンパクトに使うかという話に終始してしまった気がしますが、こういう考えでも面白いゲーム、ユーザーが楽しんでくれるゲームは作れるということなんですよね。
2012.12.15
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自分が作った言葉ですが「ボリューム中毒」という人。 例えばゲーム作りの現場で、前作のゲームがそれなりに売れた、で、続編を作るに当たって「今回は登場キャラを前作の2倍、コスチュームも2倍、サブストーリーもたくさん入れましょう!」と、嬉々として持ってくるプロデューサーがいかに多い事か・・・ あのお・・・前作すら膨大な選択肢があったのに、それをさらに増やして、ユーザーが食べきれるの?というか、喰い残しが大量に出るそんなボリューム作ってどうするんだと? たとえば、前にも書きましたが最近のRPGのボリュームというのはクリアまで35~40時間はほしい、ということらしいです。そんなNHK大河ドラマ一年分の時間をテレビの前に拘束しないとエンディングが見られないゲームって何なの?とか、カーレースゲームで500台以上の車種とか。それってほとんど乗らない車もたくさん出るでしょうが・・・格闘ゲームもキャラが30人とか40人とか・・・ ボリューム過剰って結局、作る側も中身を薄くするしかないんです。一つ一つを作りこめない。だから本来、取捨選択が必要なんですし、一口だけ食べて大量に食い残される料理を延々と作るのは、何かおかしいと気がつかないのか・・・ ボリューム中毒の恐ろしさとは、作り手も、遊び手も「量が多い事だけに満足」してしまいがちなんですよね・・・
2012.12.13
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たとえばマンガ原作のアニメが放送されると、必ずといっていいほど出るのが「○○のキャラの声がイメージに合わない、スタッフは何もわかっていない」と・・・ これは「ボクの考えた最強超人をゆでたまご先生が使ってくれないのは、先生がキン肉マンのことを何もわかっていないからだ!」 という小学生と同じぐらい、恥ずかしい事を言っていると思わないのかなあ・・・ 演技力ならともかく、ファン一人一人の脳内で勝手に作られたイメージなど再現できない。
2012.12.12
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「24時間労働で8000円」の残酷職場に咲く一輪の花漫画家アシスタントが“未来の先生”を諦めない理由 漫画家というのはどんなマイナー雑誌であれ、自分の作品を自分の名前で掲載されているからこそ、漫画家のステータスというか、その人の表現が開花できるものでありますが。 こと、アシスタントになるとあくまで「技術者、裏方」であってその満足感はなかなか味わえない。としたら、自分を満足させられるのは報酬、という利益に集約されます。 漫画家というのはある種、スポーツ選手に似ていると思ってます。技術とか能力が運が最終的な「才能」として評価される。何年もアシスタントをしながら持込みしているのにいつまでも芽が出ない人がいるかと思うと、Gペンすら知らずボールペンで書いたマンガが入選し、そのまま週刊誌にデビューしてしまう人もいる。 上の「アシスタント残酷物語」ですが、もしかしたらアシスタント以上にそのお給料を出す漫画家のほうが大変、などということはよくあるケースで。例えばサンデーに長く掲載していた久米田先生は原稿料ではアシスタント代を維持できず赤字で、単行本の売り上げでなんとか・・・みたいな生活だったとか。 もっとも、漫画家になることを完全に諦め、プロアシスタントになる、という覚悟の人もいます。そういう人は絵も上手く、手も早く、だから自分の能力を「高値で売ることが出来る」から下手な漫画家本人よりよほど稼げますし。 長時間働いたのに給料が安いというのは、自分の立場と技術と売り込み方を知らず、ただ漫然とアシスタントの仕事をしている可能性が高いです。 私は、技術能力があって、その能力の需要が高い時は自分からその能力を高く売ることこそ、自らの価値を高める事だと思います。フリーランスなのにただ漫然と仕事をしていて「給料安い・・・」と匿名でグチっても環境は変わりません。そういうことは目の前で目を血走らせて原稿を書いている先生に言いましょう。 そんなに払えない!と先生が言ったら、きっとその先生のもらっている収入がそんなものなんだと理解し、諦めましょう。アシスタント以上にリスクを背負っているのは漫画家本人なので
2012.12.12
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■世の中本当に役に立つ情報というのは コレは同意で。私は新聞というのは基本「90%の人は暇つぶし、話の種に読むものであって、自分に直接役に立つ情報は無いものだ」と思っています。 これを聞いたら新聞社の人は怒るかもしれませんが、新聞に載っている情報を生かして~なんて、実社会でほぼありえない。皆さんも冷静に考えてみてください。広告以外で新聞情報が役に立ったケースがどれだけあったかを。せいぜいテレビ欄、天気予報、人によっては株価情報ぐらいでしょうか?それさえ最近ではもっとよいメディアが有りますから、最大一日遅れの情報の速報性は無いし。 つまり、普段新聞に載って一面をにぎわせている内容のほとんどは自分とは関係ない「世間話」でしかないんじゃなかと。あ、大規模災害とそれに関する情報は別ですが。 朝日新聞が入試の期間になると必ず「大学入試で問題にされた~」の広告を打ちますが、その取り上げられた記事が試験以外に役に立った経験は無い。 新聞が不要、というのではなく、きっとこれからも自分にとって新聞というのはそういう情報メディアなんだろうなと。 新聞を読まないと世間に取り残される、というのは間違いで、新聞に載っていることを知らなくても別の話題で生きていけると思うのですが。
2012.12.10
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昔から根源的な謎として、日本のHなビデオやエロマンガなどにおける性器の修正があります。 これって、何故見えてはいけないのでしょうか? いや、見たくない人がいるから、というのはわかります。ですが、例えばHなビデオコーナーとか、エロマンガのコーナーにおいてある場合、それを見たい人が基本買いますよね?で、その見たい人が何故、人体に備わっているものを一部かくした状態で見なければならないのか? この部分を納得のいく説明が出来る人って、いますかね?「昔からそういう決まりた」というのは、例えば江戸時代の浮世絵が無修正である事でも否定されますが。 だいたい、いつごろから隠すようになったのか?あるいはそれが犯罪になったのか?良い、悪いでなく、単純に気になるんですよね。
2012.12.10
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キャサリン妃入院先の看護師、偽電話応対で自殺か 数日前の事件ですが。これを聞いてため息が・・・ この自殺された看護師さんはすごく真面目で責任感があった、だからこそ、自らの命を投げてしまったという、やりきれない思いで一杯です。 ここからは想像ですが、きっと今回の件で責められたのでしょう。重要な皇室の情報を漏らしたとして。しかし、本来「オレオレ詐欺に引っかかって大金を奪われた老人を誰が責められるか」と同じで、一番悪い人間がのうのうといるのですが。 先日のコミケでの一部作品取り扱い中止騒動もそうですが、一部の馬鹿のやることで被害を蒙るのは結局、真面目で責任感がある人。その行為を予防するためにいろんな法律やら決まりが出来てしまい、世の中ますます住みにくくなる。 なんだか深く考えれば考えるほどいやーな事件です。
2012.12.10
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コミケが間もなくになりましたが、ものすごく残念なお知らせが入ってきました。「コミックマーケット83における『黒子のバスケ』サークル・頒布物対応に関する緊急のお知らせ」 うわあ・・・自分も同人やっているから、今回サークル参加している黒子のバスケファンの方の悔しさはわかります。と、同時に、コミケ準備会の苦渋の決断も・・・ 何よりこういう一部の人間の趣味嗜好を「脅迫」という形で押し付けられるひどさはこういうもので・・・ 私は、自分の好みというのは個人の自由だと思っています。上記作品を嫌おうと、好こうとそれは自由。しかし、その好みを他人に押し付ける、あるいは「好きなやつが許せない」ということでそれを阻害しようとする人間は、どんな趣味に関わらず理解できない。好きな人間は好きな人間同士で仲良くやっている。まわりに具体的な迷惑(タバコの煙のような)が出ていない限り、許容されるべきだと思うし、許されている限られた場所でやっているのであれば、嫌な人はそこに近づかなければいいだけの話。 それを嫌いな人間がわざわざ中に入ってきて邪魔する。本来「こういうのはやめろ!」と言えるのは、漫画家さんとか作品の権利を持っている側だけのはずですが。 また、コミケ準備会の態度を「弱腰だ、脅迫に屈してナニが表現の自由だ」と糾弾するつもりもまったくありません。それによって施設そのものが借りられなくなったら、それこそコミケを愛するもっと多くの人まで犠牲になる。以前に書きましたが、コミケって規模が大きい割に根無し草で、施設一つ借りるのにも大変な苦労が有った歴史なんです。 こういう歪んだ脅迫はコミケの長い歴史ではそれこそ数え切れないほどありました。その度に思うのは「ああ、自分は他人の趣味が理解できなくても、それを楽しんでいる人の邪魔はしない人間でありたい」ということです。 いずれにせよ、この脅迫犯がはやく捕まりますように。
2012.12.09
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昨今の不況と、それによって就職できない状況は本当に悲惨で。自分もバブル崩壊後に就職活動したので苦労したのですが。 で、これも学生の就職活動日誌・・・というか、グチスレッドで見たのですが「そこそこいい学校に入って、真面目に授業をうけ、きちんとやってきたつもりだ。特別な特技とか、スポーツがずば抜けている、というのはないけど成績はおそらく中の上ぐらい。企業にももう100通近い履歴書を送った。でも、それでも就職できない状況はこれ以上なにを努力するべきなんだろうか」という、悲痛な声。 しかし、自分が思ったのは「この手の人が就職できないのは平均的過ぎるから」じゃないかと思ったり。 わたしの高校の進路指導の先生の持論でもあるのですが「平均的な人間が一番競争率が高いよ」という。平均的ということは、景気のいいときなら量り売りの要領でまとめて就職できる、しかし、不景気になると企業も厳選する。そうなると、個性、特徴の無い人というのは「選ばれる要素が何も無い」という状況になるんだと。 自分が技術職で今、面接する側になるのでわかるのですが、人を選ぶ時に「すごく○○な人」を選びます。で、その人の足りない部分は他のその才能が有る人で補う、コレが技術職の人事なのですが。 だから「可も不可もなく、それなりにがんばった人」というのは今のご時世、一番辛い立場にあるのでしょうね。「わずか数ページの履歴書と数十分の面接で自分の何がわかる」と憤っている人、その通り。こんな短い時間、この程度の資料で人柄など正直わかりません。 だからこそ、特徴が無いあなたの個性は何百通も送られてくる履歴書の中に埋もれてしまうのです。
2012.12.08
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選挙が近くなり、駅前で街頭演説などを見ることが多くなったのですが。 その中である候補者の演説がちょっと気になりまして。その人、前述で「雇用安定のための企業の安易なリストラや派遣斬り阻止」をいいつつ、財政再建のため「公務員の2割削減」を歌っていたんです。 ・・・あれ? 確か日本の公務員って400万人。その2割って事は80万人が失業者になる、ってこと?なにその前代未聞の大リストラ・・・ トヨタやシャープなど大企業が数千単位のリストラや工場閉鎖で偉い騒ぎになるのに・・・ なんだか「民間労働者は大切だけど、公務員には何をしてもいい」みたいな論調がまかり通る世の中はイヤだなあ。どっちも同じ、社会を支えている人間なんだし、失業すれば路頭に迷い、再就職が難しくて、生活保護を受けることになる立場になるのは変わらないのに。
2012.12.07
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まず、自分のこととして考えてみればいい。 例えば世の中には無数の趣味がある。車、釣り、ゴルフ、テニス、ゲーム、マンガ、パチンコ、競馬、麻雀、料理、ダンス・・・ そのたくさんある中で、自分が面白いと思い、実際にやっている趣味がいくつあるか?当然、できることは限られている。だから大半の趣味は「存在は知っていてもよく知らない、興味がない」ものばかり。つまり、世の中は自分のためだけに作られてはいないという、至極簡単なことであるという。自分が興味のないものを楽しんでいる人はたくさんいる。 自分が「あんなアニメ(やゲーム)全然面白くないのに流行している理由がわからない」というのは、そういうことだ。ステマとか電通の陰謀論以前に。 マンガ「ワンピース」の新刊初版が何百万冊売れている、間違いなく大ヒット作品。けど、自分が興味がなければ「あんなマンガどうして売れてるのかわからない」ということもあって当然の話。 それはおかしな話ではない。世の中は自分を中心に出来ていない、というだけ
2012.12.06
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教え子の女子柔道部員への性的暴行罪に問われたアテネ、北京両五輪の柔道金メダリストの内柴正人被告ですが、思ったんですけどオタクが性犯罪をしたときにはオタク業界全体の問題、みたいな報道をされるのに、こういった性犯罪者のときにそのスポーツの問題とは報道されませんよね? そして、過去の性犯罪を調べてみればわかりますが、体育会系部員や、いわゆるヤンキーが犯した性犯罪のほうが圧倒的に多い。 しかも、レ○プ被害で一番多いのは、見ず知らずの女性が襲われるケースより、デートレ○プとよばれるある程度親しくなった間柄の女性が強引に男に・・・というケースだそうで。 そうやって考えるとオタクによる性犯罪って、割合で言ったらどのぐらいになるんだろう? この手の性犯罪はあくまで個人の問題。理解の無い文化に対する否定を根拠にした社会論に摩り替えるのはおかしな話です。
2012.12.05
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今年の流行語大賞の言葉から「ナマポ(生活保護)」という言葉が候補に上がりつつ、差別的意味合いが強い、という理由で取り下げられた、というニュースに首をかしげているのですが。 だとしたら2007年の「ネットカフェ難民」とか、2004年の結婚出来ない女性を「負け犬」としたのはどうだったのか?という疑問が。 言葉に優劣や品格はなく、使い方や使う人間に品格がある、と思っていますので。TV局が自主規制する放送自粛用語も、別に日常会話に使ってはいけない言葉じゃない。 また、今朝のTBSラジオでお天気キャスターの森田さんが「爆弾低気圧という言葉がノミネートに挙がったが、言葉自体は1970年代に作られ、気象の世界ではTVの天気予報も含めてよく使われていた。しかし湾岸戦争があった際「爆弾という言葉はいかがなものか」なるおかしな理由で放送で使われにくくなったのが今更・・・」と。 世間や社会情勢に配慮する流行語大賞っていったい・・・
2012.12.05
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常々思っている事。「政治で世の中悪くなる事はあっても、よくなると感じる事は無い」 理由は本当の善政って住んでいる国民が政治になど関心を示さないほど安定している事だからで。 次の選挙でどこの党が政権をとっても、絶対に不満が出る。何しろ今の政権だって長い自民党時代の不正や混乱に嫌気が差して有権者が選んだはず。で、今の政権のマヌケさにまたあの頃はよかったと。 特に差別的で過激な公約、財源無視の現実不可能な公約で目立っている人はあてにしない方がいい。政治は舞台劇じゃないんだから、面白くても何もいいことはないよ。
2012.12.04
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3日前のBlogを書いている時に思い出した話。 あるゲームのシナリオをそれなりに有名な外部の作家に委託し、多少締め切りは超過したものの無事納品。そこから声優の声撮りやデータ化、スクリプト作業などが終わり、ゲーム作りも佳境に。 で、その時期にその作家から「あのシナリオの後半部が気に入らないのでセリフなどを書き直したい」と・・・ ゲーム会社としてはここから変更はマスターアップの期間も考えて無理だ、と説明。しかし、作家側が「どうしてもやりたい、もし、出来ないのであれば自分の作品だと思いたくない。自分の名前を出すな!そのぐらいの覚悟でこっちはシナリオに命を賭けているんだ!」ぐらいの剣幕で。 で、その言葉に当時のプロデューサーが「わかりました、ただ、今からだと声の録音の取り直しのために声優をもう一度集めてスタジオも借りて再録音&データ化するからそれだけで50万以上、また、スクリプトの打ち直しとイベントの変更、それにかかる人件費(日割り計算)、さらにデバッグ追加やマスターアップ延期に関わる必要経費追加で恐らく150万近い負担を貴殿がしていただけますでしょうか」 その言葉で、作家はあっさり意見を取り下げたそうです(W。そりゃそうだ。下手したら彼の書いたシナリオ代金が丸々吹っ飛ぶような金額ですから。 その話を聞いたときに思ったのは、この作家の覚悟って口先だけで、身を切る覚悟はまったく出来ていなかったんだろうなと。 自分の納得できない作品が世に出るのはいやだ、しかし、その屈辱は身を切って、金銭というリアルな血を流してまで変えたいという覚悟じゃない。「偽りの命がけ」だったと思います。 私は「よりよいものを作るために身を削ってギリギリまで妥協を許さない」という人を否定しませんし、事実、そういう人は尊敬します。が、単に自分の保身を図りつつ他人には出血の覚悟を強要するような人間にはなりたくないです。 下手したらこの作家さん「俺は最後まで妥協なき作品を作ろうとしたのに、こいつら(依頼主)にジャマされた」と思っているかも・・・ 誰だって斬られれば痛いんだよ・・・
2012.12.02
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表現方法が似て非なるメディアなんだな、と思った事が。 「動くマンガ」というのがあります。PC上で既存マンガのコマ割りや吹きだしはそのままに、キャラの表情や効果背景などが動いたり、同時にセリフも声優さんの声があてられていたり。これによって止め絵のマンガから一歩進んだ表現になる、と。 で、この手の作品を何作か見たのですが、結局「一枚絵にも、アニメ(この場合、テレビアニメのような全編に渡って動くアニメを指す)にもなれない、中途半端な結果」になってしまっているなと。 確かに動いてました。しかし、それはあくまでフラッシュアニメ的な、部分的に手が動いたり、背景がスクロールしたり、殴られた時に画面がフラッシュしたりといった地味な動き方。むしろ中途半端に動かれる事で気持ちが悪い・・・ そして、それまで一枚絵である事で読者が好きなように想像できた動きを中途半端に再現されるので萎える。 何より、マンガのコマというのは読者の視線を構成まで考えて配置されているもので、それがコマ単位で切り取られ、紙芝居のように見せられてもイマイチ・・・ これは昔、アニメ映画の画面を切り張りして噴き出しでセリフを載せたマンガの単行本がありましたが、あの違和感というか。あれもまったくアニメともマンガとも違う、中途半端なものでした。(ちなみに私が見た作品は全て既存に普通のマンガとして単行本化されている作品で、そちらは普通に面白いマンガなので内容がつまらない、ということではない) 結局、表現手法として一部の演出に使うのには面白いかもしれませんが、手間の割に対して効果がないという、やはりもし、本当にマンガを動かしたいとしたら、部分的にやるのではなく、きちんとアニメとして作るべきなんだろうなと。
2012.12.02
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NTTデータ委託社員の不正事件、下請け依存に重いツケ ちょっと別件になりますが、昔、父に聞いた話「銀行員とか高級官僚、税務職員の給与が他に比べて総じて高い理由というのは、金銭に関わる不正を犯しやすい立場に近いから。だから、そういう人間が生活に困ってつい、目の前の金銭に手をつけようということがないようにセーフティーとして給料が高い」という話を聞いてなるほど、と納得したのですが。 例えば上の事件のような信用根幹となるシステムを作る場合、信用調査を行って外部に委託する。しかし、その会社がより利益を出すために下請け、孫受けにする度に金銭拘束の信用度は下がっている。原発の現場で作業に当たる人へのピンはね金額でも問題になっていましたが、間に業者や中間搾取が入れば入るほど、現場での手取りは悪くなり、そういった中にはシステム根源に触るような重要な仕事をしながら低い給与で使い捨てな場合もある。 私は「技術を持つ人を根幹に関わる重要な仕事なのに安く使うということは、相手の価値を見くびっている事に等しい」と思っています。 不況の現在、あらゆる業種で下請け、孫受け、ひ孫受けのような弱いものに重責だけ押し付け、給与は安いまま、というシステムが廻っていますが、それは脆弱な社会システムを作っているようなものなんですよね。
2012.12.01
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