全44件 (44件中 1-44件目)
1
開催国が優勝という、いい終わり方でした。しかも、一度同点に追いつかれて、延長で勝ち越すという盛り上げ方でした。3位決定戦もみましたが、やっぱり先日の日記に書いたとおり、レベルの低い試合でした。今日の決勝戦も開催国の優勝がかかり、相手も久しぶりの優勝に燃えるというモチベーションがあったから楽しめましたが、客観的に見れば、ミスが多くて技術の低さも感じました。とてもじゃないけど、世界のトップレベルにかなうものではありませんでした。ただ、連戦の疲れと決勝というプレッシャーを考えると、これはこれでベストを出し合ったものだといえます。そして、一流選手は、こういうなかでも最高のプレーができるから一流なんでしょうね。それにしても、日本が負けたとたんに話題にならなくなるという風潮は何とかしないといけないと思いますね。今回日本はベスト8で消えました。その大会で優勝を争うチームはどういうレベルなのかを見ておかないと、日本チームの実力をはかれないので高望みしてしまうんだと思います。さて、本日は貸しスタジオですが、僕は明日も予定があるのであとを任せて休みます。
2015.01.31

今の若者が来ると何だかわからないようですが、カセットケースです。以前、お手軽なレコーダーを購入したときにカセットやLPのデータ化をしました。そのときにはどうしてもデータ化しておきたいのを選んでやりました。もう聴かないだろうというのは省いていました。ところが、ituneの整理をしていて懐かしい曲を聴いているうちに連想ゲームのように、その当時聴いていた曲が蘇ってきます。その曲をどうしても聴きたくなり、またデータ化を始めました。ituneの整理は一時中断です。昨日の日記でダウンタウンブギウギバンドの曲を取り上げました。すると、聴いたことがあるのにデータ化していない曲を思い出しました。カセットを探したらありました。久しぶりに聴くと、どうして省いたのかと思えるくらいいい曲でした。好みが変わるということもあるでしょうけど。それと同時にショックな事実も見つかりました。僕がカセットを愛用していたのは中学生から大学生の頃でお金のない時期でした。ですから、カセットは使い回しをしていたんですね。書いてあるタイトルの音源が消えていて、代わりに今となっては聴きそうもないアーティストが入っていたりするとガッカリです。逆にうれしいこともあります。あの頃は音楽の好みが多様で、ジャンルごとに録音するということをしていませんでした。ですから、カセットのA面がハードロックで、B面がクラシックといったカセットが山ほどあります。ところが整理するときには一応引き出しにタイトルをつけます。前記のようなカセットは、自分の中でどちらかがメインかを決めてハードロックかクラシックの引き出しに分類しました。今日、ある曲を探したくてハードロックの引き出しを調べたら、富田勲さんがラジオ番組に小松左京さんと出演したものが見つかりました。ちなみに、そのハードロックも消されていて(これは惜しくありません)、裏面もラジオ番組の続編でした。さっそくデータ化しました。こうしてみると、まだまだデータ化していない音源がたくさんあることがわかりました。そして、その当時好きだったものは、今でもほとんどが好きで聞き返してもいいものです。これからデータ化を頑張ろうと思います。
2015.01.31
温故知新シリーズとして、久しぶりに、僕が選ぶ過去の名曲を書こうと思います。第1弾として、この曲を選びました。ネットで発売日を調べてみたら、まだ僕はエレキを手にしていませんでした。でも、この曲はシングル盤を購入しているので、当時、気に入っていたのは確かです。ちなみに、スモーキン・ブギは不良?の唄なので、あの当時優等生だった僕には好きになれませんでした。谷山さんがエッセイの中で排泄物(直接的な言葉は避けておきます)や生殖器官(これも同様)を口にできなかったと書いていますが、僕も「クソして一服」が口にできない中学生でした(笑)。まず、歌詞について。衝撃的な歌詞でした。語りというのも斬新でした。宇崎さんの声があっていますね。いかにも、横浜や横須賀にいそうなバーテンの声です(知りませんが、そういうイメージを持ちました)。まだろくに海も港町も知らない信州の中学生が想像をめぐらせるのに十分な歌詞でした。ヨーコの所在を尋ねる主人公に対する返事が歌詞になっていて、その内容が、まだ大人の世界を知らない中学生の思春期の心を揺さぶりました。この歌詞を書いたのが女性というのも衝撃でしたね。聞けば、彼女も深窓の令嬢的な育ちだったそうなので、想像で書いた歌詞だったのでしょう。だから、想像しやすかったのかもしれません。現場を知っている人だと、リアルすぎるかもしれません。歌詞の内容もちゃんと盛り上がるようになっています。だんだんヨーコに近づいているんですよね。1番では「ちょっと前なら覚えちゃいるが、1年前だと」。2番で「半年前にやめたはずさ」、3番で「三ヶ月前までいたはずさ」、5番で「たった今まで座っていたよ」。そして、3番で「ハマから流れてきた子だね」といって、横須賀にたどり着いていることがわかります。よくできていますよね。そして、当時流行語になった「あんた、あの子の何なのさ」。バーテンにヨーコの所在を尋ねる主人公の表情をみて、海千山千のバーテンが問いただす。とってもかっこいい台詞だと思います。そして、5番では、「あんた、あの子にほれてるね」にかわります。このときのバーテンの答えは「客がどこかを触ったって、店を飛び出して行っちまった。うぶなネンネじゃあるまいし。どうにかしてるぜ、あの子」。きっと主人公は、この言葉にカッとなってバーテンを殴るか何かしたんでしょう。それで喧嘩にならずに、こう問い返す、昔気質のバーテンって感じがたまりませんね。そして、当時中学生だった僕は、「どこかを触った」という言葉にときめいたものです(笑)。さて、演奏は今聞いても最高のグルーブだと思います。ベースのリフとフィル、シンプルなドラム、サイドギターのカッティングもノリがいいです。そして、リードギターのかっこよさ。前奏はシンプルに始まります。普通のリフ・ロックだと、サイドギターのバッキングはなしですね。スモーク・オン・ザ・ウォーターで、ギターをジャカスカ弾くようなものです。でも、たとえば、同じリフ・ロックでもビートルズのデイ・トリッパーでは、ジョンがバッキングを弾いています。どちらかというと、この感じでしょうか。ベースは有名なリフの繰り返しに思えますが、間奏と歌中ではオクターブ変えています。芸が細かいですね。間奏のブレイクでのフィルは秀逸です。5番のサビの繰り返しのところでもさりげなく小技を聞かせています。ダウンタウンブギウギバンドって演奏はあまり評価されていませんでしたが、実は凄腕の持ち主だったんだと思います。語りの合いの手のようにピアノがオブリをいれています。演奏全体はいかにもリアルタイムで録音している感じです。この曲ってよくよく聴いてもダビング臭さがないんですよね。リードギターもそんな感じ。リードの時にはリフはベースだけになりますし。いまどきならば、きっとギターのシンクロしたリフが入っていると思います。この曲のリードギターは曲に合わせて一発で弾いた感じです。確か、和田静男さんはレスポールをマーシャルに直接つなぐだけというセッティングだったはずです。リードもバッキングもボリュームコントロールで作っている感じ。いまどきのギタリストにぜひ聞いてもらいたいですね。リードだけではなくて、歌のつなぎの部分のギターも素晴らしいですし、そこから、リフに戻ったときのリズム感がたまりません。和田静男さんは、もっと評価されていいギタリストだと僕は思います。3番を終わったところで間奏。いきなり全音転調します。これがかっこいい。主人公の気持ちの高ぶりが伝わってきます。そして効果抜群のブレイクをたくみに利用して元のキーに戻ります。この間のコード進行のかっこよさ。誰が考えたのかなあ。このギターソロは世界に誇れるソロだと思います。僕はいまだにコピーできません。まあ、ソロだけじゃなくて、この曲全体のギターは、日本ロックの夜明けといってもいいと思いますけどね。そして4番からピアノのオブリが増えてきて、さらに切迫感を増していきます。ヨーコに近づいている感じが増していきます。歌詞とリンクした素晴らしいアレンジだと思います。そして、5番。ついに「たった今まで」いた場所にたどり着きました。もうすぐです。バーテンに殴られたけどそこで諍いを起こすことなく店を飛び出して探し始めたでしょう。そして、曲はエンディングに。ここでは4小節ごとに転調していきます。探し回る主人公の息遣いまで聞こえてきそうな効果抜群の転調です。そういえば、ラヴェルのボレロもだんだん盛り上げていき、最終的に全部の楽器が最大音量で演奏を始め、これ以上盛り上げられないというところで転調が入り、さらに盛り上げています。ある作曲家が「よくここで転調しましたね。絶妙です」といっていましたが、この曲の転調もまさにその感じ。そして、そのギターソロが最高!。子供のころ、このエンディングを聞くと、みたこともない港町の景色が目に浮かびました。その後、大学時代、横浜や横須賀をドライブしたとき、その想像が間違っていなかったことを知りびっくりしました。果たして主人公はヨーコにめぐり合えたのか、僕はギターソロの最後のユニゾンチョーキングは「いた!」と言っているように聞こえますが、どうでしょう。逢えたとしても、この二人がどういう関係か、この曲だけではわかりません。こういう奥行きの深さがまたいいんですよね。ヨーコがなぜ逃げているのかもわかりませんしね。今時だと主人公がストーカーかもしれないし(笑)。この曲は発売されたときに語りや台詞が話題になったりして、いわゆるゲテモノ扱いされました。でも、楽曲として非常に優れていることは誰も評価していなかったような気がします。僕は、この曲は日本のロックにおける金字塔のひとつだと思っています。ぜひ、再評価してほしいです。
2015.01.30
ituneの整理を始めてから、この言葉がぴったりの心境です。青春時代に聞いた音楽というのは、きっと誰もが心に残るものだと思います。でも、それが全て時代を超えて愛される音楽とは限りません。その場限りのブームで終わり、時代を超えることのできない音楽も確かに存在します。幸せなのは、青春時代に聞いた音楽が時代を超える力をもっていることであり、気の毒なのは、時代を超えられないようなレベルの音楽に青春を塗りつぶされることでしょう。僕が好きだったジャンルも時代を超えられなかったものがあります。いまどきの若者に聞かせても?という反応をされるだけ。なかには笑われるようなものもあります。僕の青春時代に書いたラブソングには片思いの歌詞が結構あります。これは僕自身の体験ではなくて(僕はその点無関係でした 笑)、周りの友人がモデルになっています。もう亡くなった友人もいます。でも、その当時は、そういう歌詞がいわゆるニューミュージックには多かったような気がします。青春時代、僕とガールフレンド(古い言葉だね 笑)で企画して、それぞれの友達を誘って車2台で海に行ったりお祭りにいったりしました。ガールフレンドのいない友人と、僕のガールフレンドが連れてきた友達をくっつけようと画策したものです(う~ん、青春)。でも、たいていうまく行きませんでした。あの当時は携帯もないし、パソコンもなし。連絡先は家の電話ですからね。結構ハードルが高かったものです。お互い電話する時刻を決めておいて、その時刻になったら電話の前で待機とかね。家族に気づかれないよう、チリリンのチぐらいで受話器をとったものでした(懐かしい~)。そのころの歌詞を今歌ったところで共感してくれるのは同世代の人だけで、若者には理解できないでしょう。かといって、自分が作ったオリジナルにはそれなりの思い入れもあります。今の時代に受け入れられないとわかっても、やっぱりちゃんとした形にしてネットに載せておきたいと思うようになりました。ちなみに海に行ったときに作ったのが「シーサード・サンセット」、お祭りに行ったときに作ったのは「冬の夜」という曲です。いずれ、youtubeにアップしようと思います。今の若者に谷山浩子さんの名前を出してもほとんど知りません。ちょっと音楽に興味のある人だと、ゲド戦記の曲を作った人というくらいです。今、僕は谷山浩子さんの昔の曲を聞いて悦に入っていますが、これを今の若者に聞かせてもピンとこないでしょうね。でも、時代を超えていないものであっても、いいものであれば、主流でなくても時代を超えていくと思います。今はネットの時代です。それを発掘できるようにしておけば、いずれ、誰かが気づいてくれると信じようと思います。僕はサイモン&ガーファンクルを聞いてギターを始め、ディープ・パープルを聞いてエレキも始めました。そして、サイモンに影響されて詞を書くようになり曲も作り始めました。どちらも時代を超えた存在です。いい音楽が青春時代にあってよかったなあと思います。エレキを弾き始めたころに影響を受けたのは当然リッチー・ブラックモアですが、日本ではダウンタウンブギウギバンドの和田静男さんでした。一生懸命コピーしたのを覚えています。先日、アコギデュオの相方に聞かせたら、やっぱり僕には彼のにおいが残っているのがわかるそうですし、多くのスーパーギタリストを知っている彼が、和田さんのギターの素晴らしさに驚いていました。いい音楽を聴いてきたんだということが確認できました。ituneを整理したおかげで、自分の音楽のルーツを確認でき、また、新たな音楽を作りたいという気持ちがわいてきました。まさに、温故知新でした。
2015.01.30

ようやく愛車が帰ってきました。写真は以前同じ色に塗った3台のギターとのものです。そして、右が僕の雪かき用の愛器です。先端のアルミバーは僕が耐久性を増すために取り付けたものですが、ついにボルトが削れてお役ごめんになりそうです。ということで、帰ってきた愛車の慣らし運転方々ホームセンターめぐりをしましたが、同じ製品が売っていませんでした。ガッカリです。これは4代目。同じ製品をこよなく愛してきたものにとって、これが手に入らないというのは本当にショックです。明日はまた雪が降るというので、今日は新しい雪かきを買ってきました。明日試してみていいようならば、今度は買い溜めしておこうと思います。最近、吉田都さんの2005年の特集の再放送をみました。彼女は世界的なバレリーナですが、お気に入りの健康サンダルが市場から消えるのが怖くて買い占めたそうです。僕もお金があれば、雪かきは買い占めておきたかったなあ。そうそう、僕の愛車も現在は生産中止になっています。すごく気に入っているので大事に乗りますが、お金があれば、もう1台買っておきたいくらいでした。どんなに自分が慎重に運転しても、もらい事故は防げないですからね。今回もかなり重症だったようです。ドライバーのみなさん、車間距離は充分とりましょう。特にスタッドレスタイヤは制動距離が伸びます。車は急に止まれません。くれぐれも気をつけてください。
2015.01.29
別に追悼文を書くわけじゃないですよ。まだ健在です。僕は今までも音楽の好みがコロコロと変わってきました。そのため、あるアーティストをずっと聞き続けるということがありません。もちろん、好きであることに変わりはないのですが、そのときに好みのジャンルができると、聞く(買う)のをやめてしまうんですよね。で、その後、聞き返しても懐かしいと思えるだけで、その人の新譜を聞きたいとはなかなか思えません。ちなみに、今でも好きなアーティストでいうと、吉田拓郎が「明日に向かって走れ」まで、井上陽水が「9.5カラット」まで、大貫妙子が「DRAWING」、谷山浩子さんが「ボクハ・キミガ・スキ」、佐野元春は「ナポレオン・フィッシュと泳ぐ日」、サザンは「人気者で行こう」で止まっています。それまでの曲は聞きこんでいたせいか今でも聞きたくなりますが、たまにテレビやラジオで聞いても、アルバムを買ってまで聞こうとは思えないんですよね。ひねくれた性格です(笑)。ところが、先日、谷山浩子さんのLPやMDをデータ化したら、いいんですよね~。ネットで調べたら、その後もアルバムを何枚か出しているようです。久しぶりに購買意欲がわきました。僕が谷山浩子さんを知ったのはオールナイトニッポンのDJをしていた頃。確か、1部がビートたけしかタモリで、第2部でした。大学時代だったかなあ。その当時は昼夜逆転の生活をしていたので深夜放送はほとんど欠かさず聴いていました。そこで、彼女の曲を聴いて好きになったんですよね。その頃僕はプログレとかフュージョンにハマッていました。単純な音楽はすぐに飽きてしまうのですが、これらのジャンルは色々な音楽が融合しているので聞いていて飽きないんですよね。あるネットの記事を読んだら、谷山浩子さんはプログレというジャンルに近いと書いてあって納得しました。だから好きだったんですね。プログレがマイブームでなくなったころから聞かなくなりましたから。その記事によると、僕が聞いていた頃以後の谷山さんはさらにプログレ色が強くなったそうです。プログレというのは、高度な演奏技術が求められるし、そこで表現する世界も複雑で難しく、それを音だけで表現していたのだから、今にして思うと、よくあのテクノロジーでやっていたものです。今のテクノロジーを使えば、もっとすごい表現ができるだろうと思えます。もしかしたら、谷山さんの1990年代から現代までの作品には、そういう音が聞けるかもしれません。僕の音楽の好みもかなり変遷しました。今は聞くのはクラシックが中心。それと自己満足できる自分のオリジナル(笑)。そして、フュージョンやプログレです。ハードロックやフォークはほとんど聴かなくなりました。嫌いなわけじゃないけど、ハードロックは映像で楽しんだほうがいいし、フォークは自分でやったほうが楽しいということだと思います。そうそう、自分の昔の録音を発掘したら、自分の中でプログレとかフュージョンの影響の大きさを再確認できました。ということで、また、プログレがかなりマイブームになっているんですよね。とはいえ、今回のデータ化で、僕のituneには谷山さんのアルバムが10枚近く入りました。これだけでも充分に楽しめそうなので、まずは、これを楽しんでからにしようと思います(といって、またブームが去るかもしれませんが 笑)。それにしても、谷山浩子さんって、ご本人も売れない歌手といっていますし、実際売れていません。ヒット曲もないのに、ネットを調べるとかなりコアなファンがいます。もしかしたら、この方は昔のクラシックの作曲家のように、あと50年もしたら再評価される方なのかもしれません。作り出している音楽はかなり独創的で普遍的なものだと思うのはファン心理でしょうか。ネットによると、最近はテレビアニメの主題歌を作ったりしているようです。谷山さんはドロドロした女性心理や哲学的な世界、それと、子供向けのわかりやすい曲を違和感なく作れる、ある種の天才だと思います。もし、彼女のそれぞれの代表曲を並べたら、本当に同じ人が作ったのと驚かれるでしょう。ちなみに続いてデータ化しているのは大貫妙子さん。この方もさしたるヒット曲はないのにポップス界の重鎮的な存在です。そして、この方はポップスの王道を行くがごとく、その時代の流行を自分の音楽に取り込みつつ自分の個性を発揮している方です。そして、谷山さんと同じく哲学的な世界と、子供向けの歌の両方を手がけています。昨今の音楽界においては決して主流じゃないけど、こういうアーティストが生き残っていることは救いです。できれば、こういう音楽が再評価される日が近いことを祈りたいですね。
2015.01.28

谷山浩子さんの作品はほとんど持っています。LPレコードで持っていたのはMDにダビングし、CDで持っているのはパソコンに取り入れてありました。そのため、パソコンにMD時代の作品が入っていませんでした。今回、発売順とかが気になって谷山浩子さんで調べたら、ご結婚されたんですね(といっても1996年の話だそうです)。で、ご主人のHPを見たら、風呂用のガス湯沸かし器が故障して、修理にくるのに時間がかかるというので自分で治したという話が書いてありました。僕は小学校の頃から修理が得意でした。母親のミシンや掃除機などの故障も分解して悪い箇所を見つけて何とか使えるようにして驚かれたものです。そういえば、カセットマルチレコーダーもボタン部分が壊れたときに分解して、あまり使わないボタンのパーツを壊れたボタンと交換して使えるようにしたっけ。壊れたパーツを取り寄せるよりも、何とか工夫するのが好きで、その後の本業でも修理は結構得意でした。それを思い出して、どうせ壊れているデッキならば、これ以上どうなるものでもないと思って修理することにしました。貸しスタジオの間に分解して、ローディングシステムの不具合を確認して、ちょっと部品を削ったり油を注したりしたら、何と、両方とも治りました!となれば、使えるようにしたくなるのが人情です。今、配線して使えるようにしました。どちらも機嫌よく動いています。最近、スタジオのラウンジではお手軽に音楽を聴くことができなくなっていました。CDプレーヤーはなくて今はHDDレコーダーを利用していますので、聞くにはテレビをつけなければなりません。パソコンに入っているといっても、それを聴くにはパソコンを立ち上げないといけないしね。これで、昔のように1枚のCDやMDを繰り返し聞けるようになりました。昔の自分に戻れるかもしれません。とはいえ、いつ壊れても不思議じゃありません。何しろ、どちらも10年以上前の製品ですからね。使えるうちに使っておこうと思います。いつ壊れても不思議じゃないので、利用者の持ち込んだMDやCDをこれで再生することはしませんので、あしからず、ご了承ください。
2015.01.27
母屋の2階寝室で使っているMDコンポが壊れました・・・といっても、MDが入らなくなっただけです。これで僕のMD再生機器はポータブルの2台になりました。今まで壊れたMDデッキはいずれも入れられなくなるという症状でした。メカニカルエラーというメッセージがでて終わりというパターンです。どうもローディングシステムは信用できません。DVDデッキも壊れたのはそこです。しかも、どれも無理したわけではなく、ある日突然壊れるんですよね。今回もこのコンポでMDを何年振りかに使おうと思ったら使えませんでした。ショックです。ただ、母屋で使っているMDコンポはCDが3枚入れられて、外部入力もアナログとデジタルがついているから、MD部分が壊れてもCDは聴けるし外部入力にはテレビの音声(デジタル)とパソコン(アナログ)をつないであるので、まだまだ使えます。そういえば、中古屋のジャンク品で僕と同じコンポをみかけると、たいてい、MDが使えないという但書がついていたっけ。外部入力だけ使えればいいし、今のコンポは寝室にとっても似合うので、今度見つけたら予備を買っておこうかな。今もMDのデータ化をしていますが、懐かしい音源がたくさん出てきます。特にライブ録音とかね。いまさら聴く気もないですが、将来聞きたくなるかもしれないので、一応、データ化しておこうと思います。何しろMDデッキが壊れたら単なる磁気媒体に過ぎなくなりますからね。今も続いているバンドのライブなども見つかりましたが、10年以上前なので声が若くて演奏も溌剌としていてビックリ。年には勝てないということでしょう。でも、年をとって、味が出ていればそれもありかな。現在の代車ではラジオを聴いていましたが、ラジオがつまらないときのためにCDを持ち込みました。昔はCDを買うと入れ替えることなく1ヶ月くらいは聞いていました。レコードもそうです。一度ターンテーブルに乗せたら、毎日それを聞いていました。入れ替えるのが面倒ということもありましたが、そのおかげで音楽を深く聴けました。ポップスでも、聞き込んだ曲は全部のパートを覚えていますしね。それは後のオリジナル作りやアレンジにおいてすごく役立ちました。ところが、今はipodに何千曲も入れてあり、飽きるとすぐにかえてしまいます。音楽の聴き方が雑になってきたのは否めないですね。今のほうが格段に便利な時代ですが、僕は不便な時代に生まれてよかったと思います。さて、今日はこれから区の役員の仕事をして、貸しスタジオに備えます。
2015.01.27
現在、着々とMDのデータ化を進めています。今のところ、MDデッキ(ポータブル)も問題なく動いています。昔、ワープロのフロッピーをパソコン用のフォーマットに変換したときのことを思い出しました。僕の使っていたワープロはMS-DOSへの変換ができるタイプだったので、ワープロで打ち込んだ300枚以上のフロッピーのデータをパソコン用に変換しました。フロッピーをワープロに読み込んで機種依存文字や自分で作った文字をパソコン用の文字に打ち直してからパソコン用のフロッピーに保存という作業を300回以上したことになります。そして、その変換が終わったところでワープロのフロッピードライブが壊れました。間に合ってよかったです。ネットで調べたら、もう新品のMDデッキを買うことはできないようです。何とか、データ化が終わるまで壊れないでほしいです。ということで、優先順位をつけてデータ化しています。MDは多分200枚くらいあります。録音したアルバムをみるとその時代がわかります。自分だけのスタジオのつもりで今のスタジオを作ったのが1997年です。その頃はカセットの8チャンネルマルチを使って録音し、それをMDやDATにミックスダウンしていました。そういえば、DATも消えましたね。その後パソコンが進化してミックスダウンもパソコン内にして、それをCDに焼いて渡すことが一般になり、MDを使うことがなくなりました。据え置き型のデッキは2台とも故障しましたが修理することはなく、現在、1台は飾りになっています。そして、今やCDに焼くこともなくなりました。データ化してネットで送る時代です。こうしてみると、時代の流れの速さに驚きます。今日、スタジオ関係のMDを再生していたら、懐かしいバンドの曲がたくさんでてきました。あの頃はまだオートミックスもできずに、フェーダーを手動で動かしながらミックスしていたので、同じ曲を何度もミックスしなおしたりしています。きっと、いくつかミックスしてみて、そのうち、一番よかったものを渡していたんでしょうね。よくやっていたと思います。ネットで調べたらMDが普及しなかったのは音質が悪かったからだそうです。でも、今回聞きなおしてみてもそれほど悪い音質だとは思いません。というか、音質の悪さを補うだけの熱意が演奏やミックスに溢れています。今のように簡単に演奏や録音ができるようになると、これが足りなくなるんだということを、今日も再確認しました。そして、過去の自分の録音にも再会できました。ビートルズのアウトテイクを聴いたときのような新鮮さがあります。ビートルズのアウトテイクを聴いたとき、ビートルズも万能ではなかったんだということを知りました。天才だから、すぐに曲ができて、一発で録音したみたいなイメージがありましたが、アンソロジーを聞くと苦労の痕がみえたりしてね。それと同じことを今日は感じました。僕も天才じゃなかったんですね(当たり前か 笑)。今、完成品としてデータ化されている曲のアウトテイクがたくさん見つかりました。僕もビートルズの真似をしてアンソロジーでも作ろうかな(笑)。昔のライブや練習の音源も見つかりました。こちらも聞き返すことはないでしょうけど、MDデッキが壊れたら完全に幻になってしまいます。優先順位は低いので、もし、MDデッキがそれまでに壊れなければ、こちらもデータ化しようと思います。ネットによると、MDデッキは現在生産されていないそうです。MDデッキが出た頃は、カセットと違って音の劣化が少ないし、曲順を並べ替えたり、不要な部分を消去できたり、何と便利なメディアだと思ったものです。それが今や絶滅寸前。時代の流れの速さを感じますね。いやあ、自分の作った曲を忘れたおかげで、すごくいい発見ができました。これでMD時代の音源をまとめれば、全てのデータ化が終わったことになります。ようやく途切れていた歴史がつながりました。ミッシングリングの発見というのはおおげさかもしれませんが、僕にとってはまさにミッシングリングでした。これからも時間を見つけてはMDのデータ化を急ごうと思います。
2015.01.27
実家の居間の蛍光灯の蛍光管がひとつ切れたということで、この際、LEDライトに付け替えました。昔の接続金具を現行のものに替えないとつけられないので、その工事をしてから両親を乗せて家電量販店に行きました。父は昔からあるメーカーが好きなので、そのメーカーの10畳用のLEDライトを購入しました。店員の対応が親切で値引きもしてもらいました。ちょっと遅めの昼食をとるために、あるレストランに午後1時半に行ったのですが、1組並ぶ状態でした。それでも5分ほどで座席に案内されました。それから注文する品を決めてブザーを押したら、しばらくお待ちくださいといわれて、待つこと10分。まだ、水も運んできません。で、ブザーを押すと、またしばらくお待ちくださいとのこと。時計をみたら午後2時を回っていました。店に入って30分、注文すらとってもらえないのならば、食べるのがいつになるかわからないということで、「また来ます」といって店を出ました。両親はカンカンでした。いくら混んでいても水くらいもってきてもいいのにね。もう、行きません。で、いつもの焼肉屋で食事をして、ライトを取り付けて、今、帰宅したところです。現在スタジオで、先日の日記で「いつやるか、今でしょ」といった作業をしています。MDのデータ化です。先日、MDのデジタル化と書きましたが、MDってデジタルですからね。先日の日記で僕はピアノが弾けないからと書きましたが、改めて聞いてみると、カシオのキーボードをがんばって弾いています(笑)。打ち込みという技術がなければ、必死に練習して、今頃はそれなりに弾けるようになっていたかもしれません。それとギターシンセでピアノパートを結構頑張って弾いています。ギターシンセというのは、エレキギターについているシンセ専用のピックアップによってさまざまな音色を出すことができるのですが、どうしても音が遅れて出てきます。また、タッチによって音が出なかったり弾いたとおりに出なかったりするので、エレキとは違う弾き方を要しました。少し早めに弾くのと、強弱の弱の部分をある程度強く弾くことなど、たいしたものです(自画自賛)。今はたぶんここまで弾けないでしょうね。何より、この時代の録音はクリックを使っていません。まず、自分でドラムをたたいて、そこに他のパートをダビングしています。それにしてはリズム感がいいですね(また自画自賛)。このリズム感もクリックを使えるようになってから衰えました。今はクリックがないと不安です。これもよくないことですね。それと前の日記に書いた熱意。これは今聞いても伝わってきます。これが一番の問題です。これをいかに甦らせるかが、今年のチャレンジですね。さて、貸しスタジオは午後9時過ぎからです。それまで、どれだけできるかな。頑張ります。
2015.01.26
年末に追突されて、年明け早々修理に出した車がまだ帰ってきません。当初1月18日の松本行きまでには治るといわれていたのですが、17日に問い合わせたら、まだ修理が終わらず23日になる予定といわれました。23日に連絡するといわれたのですが連絡なし。で、今日こちらから問い合わせたら、部品が間に合わず、28日になるとのこと。それからディーラーのほうで最終チェックをするので、引渡しは29日になるとこと。こうなると、狼少年じゃないですが信用できなくなります。しかも23日にも連絡をもらえなかったし。1月30日にはどうしても自分の車を使いたいので何とかしてほしいですけどどうなることやらです。今の代車は新車なので気を遣います。しかも、禁煙車なので同乗する喫煙者も気の毒です。なおかつ、大きな荷物が積めません。結果として買い控え中です。こうなると、加害者に慰謝料を請求したくなりますね。お金でこの不満が解決するわけではありませんが、現行法上は、お金で満足するしかありません。とはいえ、そこまでするのも加害者に気の毒だと思ってしまう僕はあまちゃんかなあ。ただし、車の修理が遅れていることでituneの整理に余裕がでました。まだ、整理が終わりません。曲を聴き始めると止まらなくなり時間がかかってしまいます。現在、ituneには14600曲くらい入っています。今まではipodに全部入れられたので精査しませんでしたが、現在は完全に容量をオーバーしています。ipodは車用なので、運転中には聞きそうもない曲やアルバムは入れないことにしました。「ぐっすり眠れるクラシック」とかね(笑)。しかも、昨日の日記に書いたとおり、MD時代の音源が大量に見つかりました。これは、まだ音楽を夢中で聴いていた頃のものなのでほとんどが覚えているし、また聞きたい曲ばかりです。きっと、ituneは15000曲を超えるでしょう。車が戻ってくるまであと5日くらいあります。その間に整理とデジタル化を終わらせられればいいなあ。今週のスタジオは母屋に戻ったりせずにスタジオでデジタル化に勤しむ事にします。
2015.01.25
今帰宅したところです。今日のライブは、ライブというより公開講座みたいなものでした(笑)。その原因のひとつが自分の譜面を忘れていったことにあります。歌詞がないと、自分の歌を歌えないというのはちょっと問題ありですね。それよりも大きな問題が昨日見つかりました。僕のオリジナルは曲については譜面なし。歌については歌詞とコードだけです。メロディーは覚えているから大丈夫だと思っていましたが、昨日、どんな曲を歌うか考えながら自分の歌本をパラパラとみていたら懐かしい曲がでてきました。歌詞を読んだらいい感じだったので、久しぶりに歌おうと思ったら何とメロディーの一部が思い出せませんでした。大ショックです。でも、この曲は録音した覚えがあるので探すことにしました。確かカセットのマルチレコーダーかHDDのマルチレコーダーの時代に録音したはずなので、ミックスした音源はMDに録音したはずです。ということで、超久しぶりにMDを引っ張り出しました。まだ、ポータブルのMDプレーヤーが2台健在なので、さっそくその曲を探し始めました。すると、デジタル化していない昔の音源がまだたくさんあることを発見。しかも、それがすごくいいんです(自画自賛)。音がいいとかバランスがいいというのではなくて、音に気持ちがこもっているんですよね。その曲は今住んでいるところに引っ越してスタジオを作った頃のものです。帰郷してからコンセプトアルバムを作ろうと思って曲を書き溜めていました。内容は夢を追うために都会に行き、都会の生活に飲み込まれて夢を失い、最終的には夢をあきらめて帰郷するというもので、全部で12曲くらいありました。さっそく自分だけの宅録スタジオを使って録音を始めました。最初はカセットの8チャンネルマルチレコーダー、その後、HDDの16チャンネルマルチレコーダーを購入し、その後はパソコンを使ったDTMへと技術が進歩していきました。技術が進歩すると、その技術を使いたくなります。特に僕はピアノが弾けないのでDTMで打ち込みができるようになったことがものすごく大きかったです。その前はギターシンセでピアノの音色で弾いたりしましたが限界がありました。でも、打ち込みならば弾けなくても打ち込みで思い通りの演奏を作ることができますからね。結果として、カセットマルチやHDDマルチレコーダーで録音した音源のほとんどがボツになりました。そして、DTMで録音しなおそうと思ったのに、新しい曲ができるとそちらが優先になり、録音してある曲をやりなおすほどの思い入れもなくなり、結局、録音しなおすことはあきらめ、昔のデモ状態の音源のうち自分の中で納得できるものだけをyoutubeにアップするようになると、他の曲は完全に忘れ去られることになりました。今回発見した忘れた曲の音源は完全なデモ音源でキーボードもギターソロも入っていません。なのにすごくオケが充実しています。まあ、全部自分が演奏しているので気があっているせいもあるでしょうが、この曲に対する思い入れ、宅録スタジオがあることの喜びが伝わってくる演奏なんですよね。音楽って気持ちが大事だということを改めて思い知りました。今は自分のスタジオがあって打ち込みもいつでもできるということが当たり前になってしまって、この恵まれた環境への感謝の気持ちが薄れていましたし、それを活かす気持ちもなくなっていました。猛反省しないといけません。今年こそ、自分のオリジナルを、今回発見した曲を含めてちゃんとした形にしようと決意しました。そうそう、MDが登場した頃はまだ自分でCDを作るのが大変な時代だったので、MDこそが最終のメディアだと思って、自分の作品をカセットからMDにダビングしたのが今回大量に見つかりました。それ以外にも好きなアーティストのレコードをMDに録音したものも見つかりました。大貫妙子さんとか谷山浩子さんとかです。ituneの整理をしながら、自分の好きだった曲が見つからず変だなあと思っていたのですが、これで疑問が解決しました。昔、カセット音源をデジタル化したのですが、MD時代のデジタル化がまだでした。また新しい作業が増えました。いつやるか、今でしょ!(もう古いか) おっと、今からは寝ますけど(笑)。
2015.01.24
今日の試合はじっくりみました。敗れはしましたが試合楽しめました。レベルは低いですが負けたら終わりという試合なので見ていてもドキドキしますしね。前の日記でFIFAランキングを100点満点方式にかえましたが、今回の試合は日本は実力どおりの力を発揮したものの、相手がかなり奮起して実力以上の力を発揮した感じだと思います。というよりも、相手は及第点をとるための作戦を徹底していました。引き分けならばいいという戦い方で、数少ないチャンス、つまり、間違えてはいけない問題をしっかり解きました。こういう相手に対しては、実力で圧倒するチーム力がないと引き分けを防げません。だから先制点を取られて、よく同点に追いつけたなあと思います。選手の怪我とかで延長戦は苦戦しましたが、それがなくても、引き分けを狙う相手のゴールをこじあける力はなかったですね。基本的なプレーの荒さは、ここまでくると、それが実力というしかありません。練習でできていることが試合でできないのはできないのと同じです。でも、今回は日本を応援してみていたので、イラつくこともなく見ていられました。ただ、残念ながら、今回の試合は日本を応援するという気持ちがなければ、かなりレベルは低い試合でした。僕はプロの卓越した技術が見られれば試合の勝敗は気にしません。だから、今でもなでしこの過去の試合を勝敗に限らず、充実した内容であればHDDレコーダーに残して見返しているわけです。今回の試合も見逃したときに備えて録画してありますが保存することなく消すでしょう。さて、明日はライブです。本当はアコギデュオで出演する予定だったのですが、相方が年末に体調を崩し、それが長引いたため練習ができませんでした。練習不足のままで出演するよりは、延期してもらって完全な形で出演しようということになりまして。実は今日の午後に練習したのですが、相方が病気でギターを弾けなかったときのブランクを取り戻せないことを嘆いていました。こういう状態で出演しても相方のためにならないので延期させてもらってよかったです。ところが、主催者から代わりに僕がソロででてもらいたいということになり、出演を延期してもらった手前断るわけにもいきません。現在、両スタジオで練習中です。僕も個人練習しようと思います。
2015.01.23
今朝は午前9時過ぎに起床。普通の社会人だと寝坊ですが、僕の現在の生活パターンだと通常です。外を見たら雪が積もっていました。気象情報によると昼過ぎから雨とのこと。ただし、山は雪ということです。僕の住んでいるところは山ではありませんが台地なので雪の可能性もあります。仮に雨だとしたら、ただでさえ湿っている雪が重くなり労力が増えます。ということで、食事して食休みしてから、雪かきを開始。今回は上雪で5センチまでないくらいだったので、前回同様1時間ほどで終了。それでも汗をかいたのでスイミングに行き、昨日同様結構歩いて外食に行き、家電量販店で買い物をして帰宅しました。雪かきを終えてスタジオに行き昨日の成果を確認してみたら、また違うアイディアが湧きました。明るい場所で見ると違うものですね。お店に行く前に確認してよかったです。また不要な材料を買うところでした。昨年の秋ごろから計画が雨や雪に妨害されることが多かったですが、結果的にはその間に再考することで、よりよいアイディアが浮かびました。今日も雪かきがなければさっさと家電量販店に行くところでした。気象情報どおり、昼頃から雨になりました。よくスタジオ利用者が電話で「山にいるから」といいますが、ここは山ではないということが証明できました。とはいえ、台地なので、市街地からみれば山なんでしょうね。僕の住んでいるところは標高720メートル。下界?の上田市街地は450メートル。約300メートル違うのだから、山といわれてもしょうがないです。お隣の小諸市は約680メートルですから、小諸市から来た人に山とはいわれたくないですね(笑)。と、ネットで標高を調べて驚きました。上田市と300メートルも違うんですね。長野市役所が約360メートル、松本市役所が約590メートルということでした。そして、東京は周辺部でも77メートルくらい。それじゃあ、長野はどこであっても山みたいなものですね。となると、地震の規模や場所によっては、東京の中心地はほとんどが水没するんですね。皇居も国会議事堂も最高裁判所も省庁も。新たな活断層が見つかったり大地震の可能性が高くなっているのだから遷都すべきじゃないのかなあ。おっと、話がめちゃくちゃそれました。再考の話でした。照明については、春が来るまで手をつけないことにしました。これも雪のおかげです。さて、現在貸しスタジオ中です。僕はバンド練習に行く予定でしたが雪かきをしなければならないのでキャンセルしました。まあ、近々ライブがあるわけじゃないので勘弁してもらいましょう。これからライトアップした庭で楽しく雪かきすることにします。利用者が帰る頃には綺麗にしておきたいですからね。
2015.01.22

現在、午前1時50分。もう昨日のことになります。昨日最初の日記を書いてからスイミングに行きました。軽く歩いてから外食に行く予定でした。ところが、歩き始めたら何だか気持ちがよくて普段の倍以上歩いてしまいました。サウナもすいていたので2度入り、予定を30分以上オーバーしてしまいました。外食に行く気もなくなり帰宅して食事。それから、照明工事を始めました。先日の日記で書いたLEDライト2台をスタジオのラウンジに取り付けた結果、そこについていた蛍光灯2つが外されました。年末に綺麗にして蛍光管も替えたばかりなので捨てるのはもったいない。そこで、蛍光灯のついていなかった休憩室2部屋につけようと思って一昨日材料を買ってきました。ところが、いざ、つけようと思ったところで物置のライトが暗かったことに気づきました。もともと、ここの照明は母屋の屋根裏部屋についていた蛍光管むき出しの器具を流用したものです。頭がぶつかる場所にむき出しの蛍光管をつけた設計士のセンスのなさに失望しました。すぐにカバー付の蛍光灯に自分で交換して、その後に作ったスタジオに流用したものです。もう充分に元を取りました。おかげでこんなに明るくなりました。ついでに棚の整理までしてしまいました。ここは毎週利用する方々が機材を預けていく場所なので、いい改造になりました。次に休憩室のうち、僕がよく使う部屋を蛍光灯に替えました。8畳用の蛍光灯を3畳の部屋につけるのだから明るいです。もう、手元スタンドがなくても本が読めます。ついでに、現在ギター工房になっている机の改造。知人からいただいたワゴンを有効利用するために机の固定方法を替えました。大工事でした。見た目はあまり変わらないのですが、ワゴンが今までより20センチ以上左に寄ったので机を広く使えるようになりました。これが終わったのが午後10時過ぎ。夕食もとらずに頑張ったので、利用者に後を任せて母屋に戻ろうとしたら劇団の音響の方から連絡があって、またオケの修正を頼まれました。エンディングの長さを変えてほしいということでした。きっと、新しい振り付けができたんでしょう。ということで、それからオケの修正をしてデータを送って、利用者に後を任せて母屋に戻ったのが12時近かったというわけです。現在、水曜日は3つのバンドが来ていて熱気があふれています。おかげで僕のやる気にも拍車がかかります。今日はこれで寝ますが、午後からは照明工事の続きをしようと思います。また、アイディアが湧いたんですよね。では、おやすみなさい。
2015.01.22
前の日記を書いてから予定外の行動ばかりで(明日の日記に書きます)、今、スタジオを利用者にお任せして母屋に戻って遅い夕食を終えたところです。さて、表現の自由については、過去の日記で何度か書いているので簡単に書きます。まず、表現の自由が憲法で保障されており表現者に対して暴力や脅迫をすることが許されないとしても、たとえ、犯罪になったとしても、ある表現行為を許せずに暴力に訴えるという方法を止めることはできません。殺人や収賄が犯罪だとわかっていても犯す者があるのと同じです。ですから、表現の自由を行使する場合、正当な方法による批判以外に、不当な手段による報復をも覚悟すべきです。その上で表現すべきと判断し表現できるのは本当に勇気のいることだと思います。昔、徹底討論という番組が民放でありました(今もあるのかな)。そこでは、タブーに挑戦するということで、皇室、右翼、宗教、部落差別など、公の場で語ることが憚られる対象での討論がありました。オウム真理教の教祖も出演したし、右翼の大幹部なども出演しました。出演者は勇気があるなと感心しました。その番組をみながら思ったのは、やっぱりタブーは必要だということでした。日本が戦争に敗れてアメリカ風の国民主権、自由主義、民主主義が流入し、日本の伝統的価値観もほとんどが否定されました。その原因は自由な議論にあるのではと思っています。民主主義とは徹底的に議論して自分の主張を理論的、合理的に説明し相手を説き伏せることで自分の意見を政治に反映させるものです。では、理論的に正しければ人は従うのか。そうじゃないですよね。人間には感情や生理的嫌悪感というものがあり、これは理屈では説明できません。皇室や宗教、政治信条、差別意識というのは理論だけで説明できるものではありません。生まれたときから平等なはずの人間になぜ特別の地位を与えるのか、科学的に証明できないような思想を何故信じるのか、長い人類の歴史の中で200年足らずの人権思想が何故人類普遍の原理だと言えるのか、いわれのない差別を何故続けるのかなどなど。人の感情をコントロールするのは難しいし、また、すべきでない場合もあると思います。そして、タブーとはそういう問題に関わるべきではないということを長年の経験で人間が見極めたものだと思います。もちろん、そのままにしておいたら国家的に問題が生じるというのならば別です。でも、それに立ち向かうのはそれだけの力を持っている、例えば国家であり、一国民や一民間企業が立ち向かっても歯が立たないどころか、今回のような騒動がおきるだけだと思います。先ほど挙げた例は、表現者に対する物理的な報復の危険性があるものでもあります。報復が怖いから触れないというのも正直な気持ちです。でも、報復が怖いからいえないのは表現の自由がないのと同じだとは思いません。例えば、サザンの今回の騒動では、ネットを中心に批判が広がりました。そして、サザン側は謝罪をするに至りました。さて、今回サザンの行為を非難した人たちはサザンの表現の自由を妨げたことになるでしょうか。不買運動や株価下落させた人たちは表現の自由を妨げたことになるでしょうか。理論的に桑田さんの行為を非難していますか。僕が知る限りありませんね。これがタブーに触れる行為の典型的な例だと思います。だから、タブーには触れてはいけないんだと僕は思うのです。おっと、またまた長くなりました。明日、時間があったら今日のことを書こうと思います。まあ、たいしたことではありませんけど(笑)。
2015.01.21
何度もこの日記に書いていますが、僕はなでしこのファンです。これからもファンでいたいので、将来のなでしこの若い頃の活躍を残しておくため、高校選手権や大学選手権なども録画して保存することにしています。そういえば、イカ天という番組が始まったときにも第1回目から録画していました。メジャーデビューするバンドが出るかもしれないと思って。結局、そういう動画も今はネットで見られるようになりましたから、無駄だったかもしれませんが(笑)。おっと、話がそれました。少子化です。それは、名前に「子」のついていない選手が圧倒的ということです。高校選手権の準決勝の両チームには、ひとりも「子」のついた選手がいませんでした。まあ、現在のなでしこにもひとりもいないので今に始まったことではないのですが。僕の学生時代、女子の半分以上は最後に「子」がついていました。隔世の感がありますね。確か、「子」っていうのは皇室は伝統的に女子につけるらしいです。そういえば、皇室に嫁いだお二人も「子」がついていますね。そうそう、桑田さんが皇室に関するギャグをしたことが問題になっています。フランスでもタブーとされていた宗教に関する風刺画がテロの発端になったとか。日本でも皇室に関することはタブーとされています。僕はそれでいいと思っています。表現の自由というのはあくまで国民の表現の自由を国家権力が妨げてはならないという意味であり、それ以外の力(例えば教団や秘密結社、圧力団体)が自らを犠牲にして表現者を攻撃することは防げません。おっと、また話がそれました。少子化でしたね。僕なりに「子」について考えてみました。僕の母も姉も「子」がついています。祖母にはついていませんでした。ちょっと乱暴に考察すると、戦争に負けて「人間宣言」するまでは、日本人にとって「神」でした。だから、その象徴である「子」をわが子につけるのは畏れ多いという気持ちもあったでしょう。逆に尊敬の念をこめて「子」をつけたかもしれません。時代が進むと、子供の名づけ方も変わります。有名人にあやかって同じ名前をつけたり、自分の思いを子供の名にこめたりと。そして、「子」についても、今は皇室に関するかどうかということが薄れたのではないかと思うのです。じゃあ、「子」がほとんどなくなった今の時代、皇室は国民からどのように思われているのか。これについても僕なりの考えはありますが、皇室に関することはタブーなので書きません。表現の自由については、項を改めてまた書こうと思います。
2015.01.21
サッカー男子の日本代表がアジアカップの予選を突破しました。FIFAランキングだと日本は出場国でも上位。でも、対戦するヨルダンやイラクを難敵とアナウンスしているところをみると、ランキングほどの差はないのかもしれません。今日の試合を見ても圧倒するという感じではありませんでした。前回のアジアカップでは優勝しているんですね。知りませんでした。前回のワールドカップはランキングどおりの結果になりました。とすれば、今回のアジアカップもランキングだけでいえば優勝してもおかしくないはずですが、そう簡単にはいきそうもありません。本田のゴールは素晴らしかったですが香川の2点目は優秀なキーパーならとめているでしょう。真正面でしたからね。まだまだ日本は決定力不足という感じがします。パスミスも多かったですね。上位チームならば確実に決めているような場面が多々ありました。相手のレベルが低くて助かったという感じです。と、ここまで書いてから気になってFIFAのランキングを調べてみました。現在男子は1位が1725ポイントでドイツ。日本は563ポイントで54位。アジアカップではイランが25ポイント差で51位。今日対戦したヨルダンは346ポイントの93位。次に対戦するUAEが408ポイントで80位。さて、僕はサッカーのランキングは詳しくないのですが、これを試験の点数に置き換えましょう。1位を100点とすれば、100:1725=X:563という式ができます。答えは約33点。ヨルダンは同じ式によると約20点、そして、今回の大会で一番上位のイランが約34点です。単純に考えればヨルダンには勝って当たり前、イラン相手でも約1点差なのだから逆転は充分に可能です。では、ワールドカップ優勝はどうでしょう。100点満点で33点しか取れないんですよ。33点の生徒が100点取りますと言っても誰も信用しないですよね。半分自慢話になるかもしれませんが、僕は中学生の時に家業が倒産したこともあってほとんど勉強する時間がありませんでした。学校から帰ると父の仕事を手伝い、週末もほとんど手伝いでした。車の移動中に教科書を読むくらい。引っ越した借家には机もありませんでしたからね。それでも学校の授業をまじめに受けていれば学区トップの高校に行くだけの点数は取れました。僕の通っていた中学校は200人くらいいましたが25人くらい行ったのかな。だから、25番以内にいればいいので、それ以上は望みませんでした。だいたい16番くらいだったと記憶しています。ある事情からトップにチャレンジすることになって、ある試験の前は本当に勉強しました。ちょうど冬で父の仕事もそんなになかったので必死に勉強しました。結果は今でも覚えていますがクラスでは1位でしたが学年9位。点数は確か500点満点の470点くらいでした。自分はトップにはなれないということを思い知りました(笑)。さて、僕が受けていた国家試験の択一式試験は50点満点で合格ラインはたいてい42点くらい。でも、その周辺にほとんどの受験生の点数が入っているという恐ろしい世界でした。1点の重みを思い知らされました。では、日本のランキングはどうでしょう。きっと上位国からすると34点だろうが33点だろうが同じでしょう。でも、下位の者にとっては、この差が大きいんです。現にアナウンサーは20点しか取れないチームを難敵といっていましたからね。試験においていい点数を取るには、まず、簡単な問題は絶対に間違えない。そして、中くらいの難易度の問題を何とか解く。そして、解けない問題ではまぐれあたりを狙う。それも、あてずっぽうじゃなくて、5択の問題だったら、何とか2択まで絞り込んで、あとは、運任せにする。そうすれば確率は上がりますからね。試験に例えれば、アジアカップって100点満点なら落第点のチームが集まっている大会です。となれば、難しい問題を解く必要はありません。簡単な問題を絶対に間違えないようにすれば及第点を取れるでしょう。それはサッカーならば基本的なプレーでミスをしない(パスとかシュートとかトラップとかね)。プロならばできて当然のプレーです。今日の試合は、33点対20点らしい戦いでした。これでは上を目指せません。今は不景気でこれからも男子サッカーがプロとして存続できるかどうかは、日本人の性格からいって、勝つしかありません。いよいよトーナメントになります。負けが許されない世界です。華やかなプレーは望まないので(33点のチームですからね)、せめて、見ていてガッカリするようなミスだけはなくしてほしいです。
2015.01.20

先ほど無事に帰宅して、今、母屋でこの日記を書いています。昨日の日記をアップしてからすぐにあうんのリーダーから連絡が来て、ピアノがないとのこと。練習で使っているピアノの調子が悪いので僕のを借りたいということでしたが、僕は現在代車の状態でデジタルピアノが積めません。リーダーが取りに来るというのでスタジオでデジタルピアノの荷造りをしていたら、パソコンを積むのを忘れてしまって、結局、これから昨日のことを書こうと思います。昨日は午前10時前に会場入りして機材をセット。サウンドチェックをしてからメンバーと近所のレストランに行き食事して会場に戻りました。会場は満席。100人以上いたんじゃないかな。これが800人収容の大ホールだと閑散とした感じですが、ロビーだと満員感があっていいですね。演奏は楽しくできました。終わると同時に機材を片付けて、今度は松本に向かいました。ホテルにチェックインして会場へ。リハーサルはできませんでしたが、何とか開演には間に合いました。今回は4バンド出演して、僕らは3番目ということで酒宴が始まりました。演奏前に生ビールを2杯。ほろ酔い気分で楽しい演奏になりました。今回は前の出演者のエフェクターを借りたのでセッティングも楽でした。もちろん、エフェクターの調整はしませんし。今回はユーミンナイトということで、ユーミン好きな方々のバンドに混じりました。とはいえ、どのバンドもユーミンを専門にしているわけではなく、普段は色々なジャンルをやっている人たちが今日はユーミンの曲をやるという感じだったので、ビートルズ専門バンドばかりが集うイベントよりは居心地がよかったです。とはいえ、僕はユーミンのアルバムを追っていたのは30年前まで。それ以降の曲は知りません。今日も本番前に2003年のユーミンのライブが流れていましたが、知っている曲がほとんどありませんでした。今日演奏された曲も半分くらいは知りませんでした。演奏が終わってからは本格的な酒宴。バンドの次回の課題曲を決めたり楽しく飲みました。日曜日ということもあって11時過ぎにお開き。ホテルに戻ってテレビをつけたらジョン・ウィリアムス特集のライブが流れていて、思わず最後まで見てしまいました。特によかったのが、イツァーク・パールマン。天才少年だった彼も、いいおじいさんになりました。でも、感情豊かな音色は健在。それどころか、もう、語っているかのような説得力のある音色。ホテルの小型のテレビからもそれが伝わるんだから、生で聞いたらどんなだろうと想像してしまいました。ほろ酔いと心地よい音楽のおかげで夢見もよく、今朝は気持ちよく目覚めました。でも、気象情報をみたら雪が降るということで、今回も松本でのショッピングや食事はあきらめて帰宅。そして、決まり文句を。「我が家が一番」それにしても昨日は音楽漬けのいい一日でした。やっぱり僕は音楽が好きなんですね。今日は夜まで予定がありません。雪が積もっていて庭仕事も無理。室内でできることをやろうと思います。
2015.01.19
おはようございます。今日は昨日の日記に書いたとおりライブです。午前10時に集合ということで早起きしました。普段より2時間ほど早いのですが寒いですね。何度もこの日記に書いていますが、寒冷地は冬時間を採用したほうがいいと思います。エコだし効率的だと思うんですけどね。それが駄目なら夏も含めて始業時間を遅らせたらどうでしょう。これから地球の気候も変わります。それにあわせて生活リズムを変えるのは大切なことだと思うんですけどね。今日は気持ちよく晴れています。お出かけ日和です。これからスタジオに行って機材を積み込んだらでかけます。今日は松本の定宿で泊まります。明日は平日なので遅くまで飲むことはないでしょうけど、僕は泊まりなので、存分に飲もうと思います。
2015.01.18
紅白での対応を謝罪したようですね。ネットでは賛否両論あるかと思ったら、批判的な記事が多いようです。ディベートだと、どちらでも論破できるようにすべきということで、擁護論でも書こうと思いましたが、先日の日記に書いたとおり、僕にとってはどうでもいい問題なのでやめときます(笑)。先日の日記ではジョンレノンの発言を例にひきましたが、ジョンは20代、桑田さんは50代後半。これを比較するのは不適当でした。音楽や芸術に時代への批判精神があることは大切なことでもあると思っています。問題はそれを受け取る側がどう反応するかだと思います。ヒトラーの独裁時代に、ヒトラーを強烈に皮肉った映画をマルクスブラザーズが作りました。ヒトラーは笑って観ていたそうです。時の権力者は批判されることを当然のことと思っているはずです。それに目くじらを立てるのは大人気ないとも思っているはずです。ショスタコーヴィチというロシアの作曲家は前衛的な作曲家として活動していましたが、スターリンからの弾圧を避けるために古典的な交響曲を書きました。ロシアの首脳は大喜びしたそうですが、実は、音楽の中に批判的なメッセージをこめてありました。でも、音楽的な知識がなければ気づけないようなやり方でした。大衆に伝わらないのだから自己満足といわれてもしょうがないですね。でも、この交響曲はそれを考慮にいれなくても名曲だと思います。今回の「ピースとハイライト」というのは、タイトルだけだとタバコの銘柄みたいですが、無理やりに和訳をすれば、「平和と超右翼」になります。歌の中にタバコに関する歌詞が出てくればいいのですが、歌詞からすれば、ほとんどの人がこう訳すのではないでしょうか。これでは隠していることになりません。それに歌詞の内容もかなり直接的です。前にこの日記に書いたボブ・ディランの「見張塔からずっと」に比べると拙いですよね。ちなみに明日のライブでは「ピースとハイライト」をあうんというバンドで演奏します。このバンドはあまり歌詞にこだわりはありません。この曲を昨年末のクリスマスパーティーでも演奏しましたしね。「ピースとハイライト」には直接的な政治批判の歌詞もありますが、深読みできるようなものはないし、出来栄えは過去の有名なプロテストソングに比べるべくもないと思います。単なる歌として楽しめばいいと思いますけどね。アレンジも過去のポップスのアレンジが随所に入っていて、いかにもサザンらしい曲だと思います。演奏していても楽しいです。音楽に時代を変える力などないという人もいます。でも、過去に音楽が時代を変えたり、そのきっかけを作った歴史的事実も存在します。要は、そういう曲を作れるかどうかということだと思います。そして、僕の見解として、「ピースとハイライト」はそういう曲ではないということです。そして、前にもこの日記に書いたとおり、僕は曲を作った人がどんな人だろうと曲に対する評価は変わりません。好きなものは好きです。それに名曲というのは、もし、神がいるとすれば、その神があるアーティストを通じて人類全体に与えてくれたものだという小澤征爾さんの考えに賛同します。小澤さんは「バッハやモーツァルトの音楽って、神が彼らの肉体を通じて人類全体に与えてくれたものだと思う。だから日本人である僕にも理解できるものだ」といっています。そういえば、キャロル・キングは、「君の友達」という曲についても、「神様からの贈り物で私はこの曲を世に出す道具に過ぎないわ。天から降ってきた曲で私へのプレゼントであるだけでなく、世界中の人々へのプレゼントだ」といっています。「ピースとハイライト」がこういう曲でないことは断言できます。将来、サザンが解散したり、桑田さんが逝かれたとき、代表曲として挙がるのは「いとしのエリー」であり「ツナミ」でしょう。おっとツナミは微妙かな。擁護どころか桑田批判になりそうなのでこのへんでやめときます。スタジオもそろそろ終了です。明日は早起きしなければなりません。それでは失礼いたします。
2015.01.17
明日は午後1時半から、東御市サンテラスホールのロビーにて、「東御市文化協会音楽部会発表会」が開催されます。僕はあうんというバンドでベースを弾きます。出演予定時刻は3時過ぎくらいとのことです。入場は無料です。で、夜は松本のミュージックコート・ハナで「ユーミン・ナイト」が開催されます。開演は午後6時頃からで入場は無料ですが飲食をお願いします。僕はミントブリーズというバンドでエレキを弾きます。明のイベントに向けた練習にはどちらも一度も参加できませんでした。今期は区の役員をしていることもありまして(今日も配り物をしました)、なかなか予定が組めません。今回の出演も辞退したかったのですが、僕が出なければ出演しないといわれると、何とかやりくりしなくてはという気持ちになります。結果として、練習には参加せず本番だけという、熱心にバンドをやっている人たちからすれば怪しからん形になりました。何とかバンドらしさを出せるように頑張ろうと思います。で、今日までに修理が終わるはずの車はまだ治りませんでした。修理が終わるのは23日になるとか。代車に乗りなれておいてよかったです。それにしても腹の立つもらい事故でした。今朝目が覚めたら雪景色でした。3センチほどでしたので日当たりと地熱にお任せしようと思いましたが来客が午後予定されていたので雪かきしました。1時間かからずにできました。明日はリハーサルがあるため会場に午前10時に行かなければなりません。スタジオは午後11時から予定が入っていますが、鍵の開け方を教えておいたので、何とか対応してもらおうと思います。今日はこれから貸しスタジオです。僕は明日に備えて練習しましょう。明日はベースとエレキなので楽器や譜面を取り違えないようにしないとね(笑)。
2015.01.17
昨日は午前中頭脳作業をして、早めにスイミングに行き300メートルほど歩きました。帰宅して食事して休憩してから3時間ほど雪かき。その後池波ごっこ。どうも、僕は酒の飲み方がうまくないのか、酔っ払っていい気分だと頭が冴えてくるんですよね。もともと、酒を本格的に覚えたのは大学時代。貧乏学生だったので、コンパなどで都心に出て行っても(僕が住んでいたのは府中市です)、終電には間に合うように帰っていました。終電は各駅停車なので新宿から府中駅まで1時間近くかかりました(特急だと25分くらいなのにね)。終電は貧乏な社会人や学生の酔っ払いだけ。しかも、一人暮らしを始めたばかりという緊張感もあり、結構飲んでも酔っ払うよりは覚醒していないといけないという気持ちが強くて、酒を飲むと覚醒するという癖がついてしまいました。これはどんなに飲んでも変わりません。一度、大学時代の友人とアパートで死ぬほど飲んだことがありますが、そのときも、泥酔した友人がゲロで死なないように注意したり、結構頭ははっきりしていました。そのせいか、周りは寝酒というのに、僕は酒を飲むと頭が冴えるという逆の状態になってしまいます。ゆえに酒の席での失敗もなければ過ちもありませんでした(もったいない 笑)。昨日は頭も使ったし体も使ったので、酒を飲んだらよく眠れるかと思ったのに全然眠れませんでした。昨年泊まりでライブにいったときには結構飲んでホテルで気持ちよく眠れたのですが、まだ、昔の癖が治っていないのかもしれません。かといって晩酌するほど金銭的な余裕があるわけではないので、寝酒を覚えたくはないんですよね。昨日だけで判断はできませんが、体や頭を使っても、それが気持ちいい睡眠につながるわけではないですね。今朝の目覚めはあまりよくありませんでした。以上、睡眠に関する研究その2でした。今日はスタジオの照明を替えたり(利用者からプレゼントしていただきました。ランセットさん、ありがとうございます!)、雪かきの続きをしたり(好きなのでかかなくてもいいところまでやりました)、スイミングにも行きました(今日も歩くだけ)。さすがに眠いです。今日は新旧スタジオで練習をしていますが、旧スタジオの電源の切り方をプリントして説明したので、どちらもお任せして寝ます。お疲れ様でした。
2015.01.16

今日の雪かきは午後5時から8時まで。途中、ホットレモンティーで休憩しました。今までだと3時間くらいならば休みなしでやったのですが、それだと、疲れすぎてしまいます。やっぱり休憩すると体力が回復するので作業を終えたあともグッタリということがありません。雪かき中に電話があって昨日のミックスで一部修正があったため、雪かきを終えてからスタジオでデータの修正をして送りなおしました。休憩しなければ、その元気はなかったかもしれません。積雪は約20センチ。上雪だったので重かったですね。でも、いい運動になりました。これで、道造りも当分お預けです。冬らしく過ごそうと思います。ちなみに、また池波ごっこをしてしまいました(笑)。酔っ払っていい気分です。冷酒は効きますね。いい気分です。おやすみなさい。
2015.01.15
気象情報どおり、9時過ぎから雪が降ってきました。昨日スイミングに行けなかったので、今日は早めに行ってきました。で、ノートも取りました。多少なりとも頭を使いました。次は雪かきという肉体労働です。確かに雪かきは大変だけど、僕は今住んでいる場所がすごく気に入っています。家というのは大きな買い物です。だから、みなさん慎重に選ぶでしょう。その基準は例えば通勤、子供の教育、利便性など様々だと思います。でも、僕にとっては、空気と水でした。子供の頃から街中に住んでいました。幼い頃は普通の民家で裏庭もありました。小学校のときに総2階のビルになり庭もなくなりました。大学時代は東京都府中市で、目の前に砂利の駐車場と原っぱのあるアパートでしたが、国家試験浪人中は池袋の雑踏の中。空気も水もまずくて、こんなところに大金をかけて住みたいとは全然思いませんでした。だから、今の場所に落ち着くことができて、本当によかったです。次に、地方に住むのならば、車をたくさん停められること。田舎の足は車です。4人友達が来れば駐車場は自分も含めて5台は必要です。家族が増えれば車は一人一台というのが田舎です。例えば、上田市という地方都市に住んだとしても、友達が遊びに来るときは、ほとんどが車です。でも、街中で5台も停められる駐車場をゲットしておくのは大変です。僕のところは現在、30台は停められるかな。少なくとも来る人たちに駐車場の心配をさせることはありません。そして、買い物、病院などには車で15分以内にいける場所。いくら空気や水がうまいといっても、街まで車で1時間以上となるとちょっと考えます。でも、街中に住めばいいかというとそうでもありません。郊外のショッピングモールのほうが、街中よりもほしい物がありますしね。それに一旦車に乗れば、5分も15分も変わりません。まあ、行きつけの飲み屋があって、歩いて帰れるとすれば、それはメリットでしょうけど、僕はお店で飲むのが苦手ですし、そもそも晩酌をしないので、選択基準になりません。恒久的な施設はともかく、お店や病院をあてにして家を買うのはやめたほうがいいというのは前から思っていました。実家のある町でもスーパーができて、その周りに家ができた場所があります。でも、程なくスーパーは撤退。代わりにできたのが葬儀会場。スーパーまで歩いていけると思って家を建てた人はガッカリでしょうね。最後に気候。僕は寒さには強いですが暑いのは苦手です。それと湿気が本当に苦手です。だから、軽井沢って、全然住みたいと思いません。先日、スタジオに来た人は上田市の市街地に住んでいて、台地にある僕のすむ場所は上田より寒いといいました。確かにそうでしょう。でも、例えば、上田から僕の家に来たら服を一枚余計に着なければならないというのなら別ですが、僕は今の服装で上田市に行って暑いから一枚脱ぐということはありません。防寒コートを着ていても寒いというなら別ですが、寒いときは僕のところでも上田市でも同じ服装ですし、暖房だって同じように使います。これって差とは思えません。逆に夏は涼しいです。上田市ではTシャツでも暑いのに、僕のところだともう一枚余計に着たくなったりします。この差は大きいです。例えば、僕の住む家は夏場の夜に冷房を使うことはまずありませんし、窓も閉めて寝ないと涼しすぎます。でも、街中だと夜まで冷房だったり、窓をあけても暑かったりします。雪かきは大変ですが、何度も書いているとおり、僕は雪かきを趣味にして好きになりました。それに、雪が降るのはこの地域一体でもさして変わりません。例えば、上田市では雪かきしなくてすむけど、僕のところでは雪かきしないといけないというようなことはまずありません。それに、雪かきが大変なのは敷地が広いからであって、狭い敷地の道路沿いであれば、雪かきなどは昨年2月の大雪のときだって1日もかからないでしょう。もちろん、何を自分の住みたい場所の基準にするかは十人十色です。だから、日本各地に家があるわけです。それぞれ、自分の住んでいるところがベストだと思うでしょう。だから、あくまで、僕にとって最高の場所というわけです。と、またまた長々と書いてしまいました。これから遅めの昼食。食休みしたら、一回目の雪かきをしようと思います。今日のスタジオとバンド練習はキャンセルかな。そうなったら、また池波ごっこでもしましょう。今日の雪は雨のようにまっすぐ降りてきます。上雪ですね。重くて大変そうです。
2015.01.15
おはようございます。今日はいつもより1時間以上早く目覚めました。昨夜寝たのは1時過ぎ。枕元のデジタル時計が1:11となったのを覚えています。ということは睡眠時間は6時間から7時間の間。先日テレビでみた年代別睡眠時間では正常な睡眠時間でした。昨日は起きたのが10時過ぎでした。寝たのは同じような時間だったので9時間は寝たことになります。目覚めたのは8時過ぎだったのですが、二度寝してしまいました。最近は二度寝が多いです。勤め人時代には、したくてもできなかったので、ここぞとばかりです(笑)。ただ、二度寝は寝覚めが悪いですね。よく寝たという感じはあるのですが、まだ眠いという気分。それに比べて今日はスッキリです。ということで、僕なりに昨日と今日の睡眠について考えてみました。長く眠るには、おっと、永く眠ると変換したら大変ですね(笑)。一昨日は日記に書いたとおり体も頭もたっぷり使いました。重労働もしたしスイミングにも行きました。1時間以上ノートを取ったり、2時間以上、音楽データの整理をしました。そうそう、書き忘れましたが、この日、パソコンのトラブルが一挙に解決したと書きましたが、一番うれしかったことを書き忘れました。それは、バーチャルPCとしてセットしてあるXPモードが起動したことです。自動更新をチェックしなおしたら解決でした。何しろ、この日は充実していましたね。昨日はスタジオで8時間以上作業しました。これは頭脳労働といっていいと思います。でも、庭仕事はできずスイミングにも行けませんでした。でも、利用者の喜ぶ顔を見られて充実した気分は同じでした。一昨日は9時間、昨日は6時間の睡眠です。これをアバウトにまとめてみると、頭だけを使った睡眠は短い。頭と体を使った睡眠は長い。次は体だけを使った睡眠を試してみて、睡眠についての小論文でも書こうかな(笑)。気象情報によると、今日は一日雪。大雪になる可能性もあります。うん、体だけを使った一日の実験にはもってこいだな(笑)。
2015.01.15
今、かなり遅めの夕食を終えて、母屋のパソコンでこの日記を書いています。先日書いた理想的な生活のほとんどが今日はできませんでした。スイミングにもいけなかったし、ノートもとれなかったし、ituneの整理も庭仕事もできませんでした。今まではこれでイラついたりしましたが、今は全然平気です。まだ日課をもつには早いと思うようになったからです。僕もまだある程度社会と接触しています。バンドもやっているし今年から組の役員をやったり勉強会に参加したりとね。そして、貸しスタジオを本業としていますが、音楽的な依頼も今日のようにあったりします。明日の夜はバンド練習にでかけるし、18日はライブのはしご。午後はサンテラスホールでベースを弾いて、夜は松本のお店でエレキを弾きます。その日は松本のバンドの新年会も兼ねているので泊まります。こうなれば、理想的な生活パターンは崩壊です。日課を決めて、それができないとイラつくなんてことをしていたら病気になってしまいます。僕は無宗教ですが、仏教の教えに影響を受けています。特に「こだわるな」という考え方です。有名な例え話があります。ある高僧が弟子を連れて山を歩いていたら、川を渡れなくて困っている若い女性がいました。その高僧はその女性を抱き上げて川を渡りました。そして、帰宅すると思いつめたような顔をした弟子が「先ほど女性を抱き上げましたが、それは仏教の教えに反するのではないか」と聞きました。すると、その高僧は、「何だ、お前はまだ抱いているのか、俺はとっくに降ろしたぞ」。詭弁かもしれませんが、僕はこの高僧の考え方に共感しました。乱暴な言い方ですが、宗教は生きている以上当然直面する矛盾や理不尽、不合理、不条理から、いかに自分の心を守るかというものだと思います。キリスト教は自分が悪いことをしたらキリストに祈り、その罪を肩代わりしてもらうことで自分の心を守るものだし、イスラム教は悪いことが起きても、それは自分が悪いのではなく宿命だから受け入れるしかないと自分を慰めるものであり、仏教は悪いことが起きてもすぐに忘れて今を大事にしろというものだと思うのです。もちろん、理想的な生活は魅力です。でも、それができなかったとクヨクヨしていたら、その時間がもったいないです。さっさと切り替えて、今日は今日、明日は明日。何をやろうと、何もできなくても、決して無駄なことではないと思えばいいわけです。ということで、今日は今日。無理をすれば、これからノートも取れるしパソコンのデータ整理もできますが、しません。さっさとベッドに入って好きな本でも読んで寝ます。これはこれで、ある種、規則を破る快感ですよね(笑)。
2015.01.14
今日は天気もよくて昨日の続きをするには絶好でしたが、昼前から両親が来て午後1時からはスタジオ作業でした。作業は6時ごろ終わり、それからミックスしたりギターやベースをダビングしたり打ち込みをしたり。で、ようやく全ての作業を終えたところです。今日は先日、団員に任せたミックスの不満なところを直したり、公演で使うMCを録音したり、オケに効果音を加えたり足りない音を加えたりとてんこ盛りでした。前に団員の書いた歌詞に僕が曲をつけてオケを作った歌があったのですが、今日久しぶりにじっくり聞いてみたら気に入らないところがでてきました。この曲は数年前の公演のために作りました。普段は曲とオケを作るとネットで送り合わせてもらってから最終的なキーを決めてオケを仕上げます。ところが、この曲は本番まで間がないときに歌詞を渡されて、あわてて曲を作り、いくつかのキーでオケを送り、キーが決まったところでエレキを足しただけのものでした。今回、録音ということでじっくり聞くとドラムのパターンもベースもあっていませんでした。歌を打ち込みしたときのデータに入れたわけではないので、とりあえず、ベースだけを生音で足してみました。クリックが使えなくて大変でしたが、それでも、前よりは格段に雰囲気がよくなりました。この劇団は東京キッドブラザーズの後継として、キッド時代のオケをもっており、その歌も公演で使います。このオケは著名な作曲家の作品であり、本物のオーケストラやバンドが演奏しているのでクオリティは高いのですが、曲によっては今の時代にあわないところもあり、僕がエレキや打ち込みでのシンセ音を加えたりします。こちらも、クリックが使えないので大変です。僕も昔はクリックなしで宅録していましたが、クリックを使うとすごく楽なので、クリックに頼りがちになっていました。今日は久しぶりにリアルタイムの録音をして、いい刺激になりました。団員の方々は5時過ぎに帰ったので、その後に音を足したりして、ミックスを終えたのが10時前。夕食もまだです。現在、新旧スタジオで貸しスタジオ中ですが、どちらも慣れたメンバーなので、あとを任せて母屋に戻ります。今日は今日で、いい一日でした。お疲れ様でした。
2015.01.14
昨年から懸案だったパソコンの問題が一挙に解決しました。うれしい!!サーバー用のハードディスクの容量がいっぱいになってしまって、不要なデータを消去しても回復せず、パソコン間のやり取りができなくて困っていたのですが、trash boxというフォルダの中に仮保管されていたんですね。今日、そのフォルダの中身を確認して消去したら容量が空きました。やったあ!!なおかつ、ノートパソコンのバックアップHDは外付けにしていたはずが、一台、このサーバー用に設定されていたので、自動バックアップをするたびに容量があふれていたことも発見。こちらも解決しました。で、姉と同型のプリンターの設定がうまくいかなくて、一台のノートパソコンだけどうしても印刷ができなかったのですが、ポートの構成をしなおしたらできました。姉のは壊れてしまって予備に買っておいたインクをもらったので、このプリンターが使えるようになって、本当によかったです。いやあ、貸しスタジオの間にこれだけ解決できるとうれしいですね。最初は外付けのHDを買い足そうかとも思っていましたが、しなくてすみました。今日は手書きもできたし庭仕事もできたしスイミングにも行けたしスタジオもあったしパソコンも治ったし、本当にいい日でした。これから遅い夕食。それからituneの整理ができればパーフェクトです。気象情報によると、明日は今日よりも暖かいそうですが、残念?ながら午後イチでスタジオの予約が入っており僕が操作しなければならないため庭仕事はお預けになりそうです。今日は特別かな。
2015.01.13

下の畑の南西側の土手に道を造り始めました。昨年末に業者に重機できっかけを作ってもらいました。雪が降ったらできないと思っていましたが、さすが日当たりのいい南西側は乾いています。それにやりたい気持ちが強いし運動にもなるので、いよいよ今日から始めました。業者に均してもらったときに出た石のうち、大きなものは石庭用に残して、形の悪いものは下の畑の溝を埋めるのに使ったり、土手の道の土台として埋めたり、結構重労働ですが、餅を食べ過ぎた僕には絶好の運動でもあります(笑)。石をある程度整理して運んだ後は、スコップと根羽きり、草かきなどを使って道造り。重労働を覚悟していましたが、それよりも楽しさのほうが勝りました。何より、道なき場所に道を造るという行為の気持ちよさを感じます。冬は寒いので作業がはかどります。冬にマラソンとか駅伝をする意味がわかりました。今日も3時間ほど作業して、気持ちよく汗をかきましたし、さほど疲れも感じませんでした。この分だと、春までに道を造れそうです。とはいえ、雪が降ったらアウトですけどね。字を書くことも続けています。午前9時ごろ起きると、母屋の寝室はもう日が当たっていて暖房いらず。朝食を終えると、1時間ほどノートをとります。今はリーマン予想を終え、地球大進化に入りました。これも楽しくて仕方がありません。で、昼前から晴れていたら庭仕事。3時間ほどやったら遅めの昼食。そして、これからスイミングに行ってスタジオの準備をして、夜は貸しスタジオ。うん、前の日記に書いた冬の理想的な生活パターンです。スタジオが終わると母屋に戻って、パソコンの音楽データの整理。これは、もっと時間を忘れてしまいます。今週末に車の修理が終わります。それまでに車に搭載するipodの整理を終わらせたいので、こちらも頑張らないと。では、これからスイミングに行きます。
2015.01.13
今、返却された機材の片づけが終わりました。で、自分の日記を読み返してみて、車の両輪理論について書き足りないことがあったので書こうと思います。小澤さんがオペラの重要性を説明するとき、難しい話になるけどといいながら、クラシックの絶対音楽と標題音楽について説明していました。絶対音楽とは、純音楽ともいわれ、音だけで全てを表現するという意味。標題音楽とは、音以外の情報、たとえばタイトルなどを聞き手に示すことで音楽を表現するということです。そして、オペラは、音以外に歌、演技、舞台などが加わる総合芸術ということです。純音楽は曲に標題がありません。具体例がベートーベンの交響曲第5番。俗称は「運命」ですが、正式には「交響曲第5番 ハ短調 作品67」です。つまり、聞き手はこの曲を聴いて運命を感じなくてもよく、演奏者は音だけで、「運命」を表現するのもそれ以外を表現するのもいいものです。最終的には音だけで表現するわけですからね。つまり、演奏者には表現力がかなり求められるものでもありますし、逆に表現力を駆使せずに聞き手にゆだねてもいいわけです。逆に標題音楽とか総合芸術は音以外の情報がたくさんあります。具体例がベートーベンの交響曲第6番「田園」です。この曲はタイトルだけでなく、各楽章に何を表現したか書いてあります。たとえば、第1楽章には「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」といった具合に。この場合、聞き手はタイトルから先入観が生まれるので、曲を聞いてタイトルどおりの情景を感じやすくなります。逆に演奏家はタイトルどおりのイメージで演奏することを求められますし、タイトルどおりのイメージで演奏できなくても、タイトルに助けられて、聞き手がタイトルどおりに感じられたりします。上記のとおり、タイトルの有無は一長一短です。でも、一般的には標題のないほうが演奏者の表現力が重要になるといわれています。 音だけで表現しなければならないのでね。さて、これはポップスやバンドなどにも当てはまります。特にバンドは曲と風貌、ステージング、その他もてる手段を駆使して聞き手に伝えようとします。つまり、音以外の情報が結構重要だったりします。じゃあ、音については軽視していいのかというとそんなことはありません。音だけでも表現できるようにし、さらに、そこに歌詞、衣装、照明、アクションなどを加えることで、何かを伝えようとするわけです。それはメッセージであったり、自分の魅力であったり、ひと時の共有空間であったりします。昔見たクラシックの解説番組によると、絶対音楽と標題音楽について論争があったそうです。ベートーベンの死後、音楽の表現は如何にあるべきかということで、前者の代表はブラームス、後者の代表がリストだったとか。ブラームスは標題のない交響曲を書き、リストは交響詩といわれる総合芸術に向かったとか。でも、どちらもありですよね。だって、ベートーベンは両方作っているじゃないですか。僕は基本的にこういう論争は無意味だと思っています。両立し得ないものであればしょうがないですが、先の日記に書いたビートルズとストーンズだって両立できるでしょ。カレーとパスタのどっちが好きと聞かれて両方好きという答えは間違っていないはずです。もちろん、どちらかに決めなければならない場合はその日の気分などで決めるでしょうけど、それに生涯縛られるものではありません。有名なのは「空気と水とどちらが大事か」という問いです。もちろん、どちらも大事ですが、どちらかといわれれば、多少でも生存を長くできる空気と答えるみたいなものです。その問いに意味はないでしょう。つまり、僕の車の両輪理論というのは、どちらかに決める必要のない分野でのみ当てはまるものでして、もちろん、どちらかに決めなければならない場合は、ちゃんと決断できるということを補足しておきます。さて、あとは母屋でのんびり過ごします。本当にお疲れ様でした。
2015.01.12
いままで組の新年会でした。片づけを終えて帰宅したところです。怒涛の3連休が終わりました。といっても今日はまだ終わったわけではありませんが、酔っ払ってしまって、もう出かけることはできないし、3時過ぎに貸した機材を受け取れば、もう予定はありませんので終わったのと同じです。無事に終わってよかったです。ほろ酔い気分って気持ちいいですね~昔、イカ天というアマチュアバンドコンテストみたいなバラエティ番組がありまして、そこの審査員が、マルコシアスバンプというバンドの演奏を聴いて「部屋ん中、片付けなくてもいいやって気分にさせてくれて最高です」といいましたが、酔っ払うと、そういう気分ですね。機材の受け渡しが終わったら、さっさと母屋に引き上げて録画した番組でも見ながら今日を終えたいと思います。お疲れ様でした。
2015.01.12
先日の日記でチラッと書きましたが、意味のわからない人がいるかも知れないので、これについて書いておきます。もともと、これは小澤征爾さんがカラヤンから指導を受けているときに言われたことです。小澤征爾さんは、斉藤秀雄さんから室内楽や交響曲の指揮の方法について指導を受け、国際指揮者コンクールで優勝してプロの指揮者になるキッカケを掴みました。その後も色々なコンクールやオーディションに合格して世界的な指揮者の元で勉強する機会を得ました。そしてカラヤンから指導を受けたときに言われたのが、お前に足りないのはオペラだということでした。そして、カラヤン曰く「指揮者にとって交響曲とオペラは車の両輪みたいなもので、どちらかだけだと前に進めない。例えば、モーツァルトの作品の半分はオペラだ。オペラをやらなければモーツァルトを半分しか理解してないことになる」。そして、小澤さんはオペラを猛勉強して好きになり、サイトウキネンフェスティバルを開催することになったときにもメンバーにオペラを提案しますが皆乗り気ではなかったそうです。つまり、ソリストや室内楽奏者にとっては、自分の演奏が花形なわけです。ところが、オペラというのは舞台があり歌があり演技がある。それに引き換え、楽器隊はライトも当たらない舞台下で伴奏するだけですからね。ところが、小澤の説得でオペラをやったら、メンバーの意見ががらりと変わり、みんなオペラが大好きになったそうです。それは、音楽の幅が広がることを喜べるほど、皆が優秀な音楽家だったからだとか。曰く「オペラというのは、演技者の演技を見、歌を聴き、そこにあわせなければいけない。演奏中に考えなければいけないことがたくさんある。でも、それが合ったとき、お互いが素直に喜び合える。室内楽に戻ったときには、今までよりも、より深く相手の音を聴くようになり、それが、自らの成長につながった」と。その後、僕は何かにつけバランスを重視するようになりました。その際に「車の両輪」と思うわけです。例えば、「アコギとエレキ」「ロックとフォーク」「ライブと録音」「頭脳作業と肉体作業」「パソコンと手書き」「カバーとオリジナル」「自炊と外食」といった具合に、どちらかだけではなく、どちらもという考え方になるわけです。これはカラヤンの言葉を知ったからというよりも、生来、僕の性格がそうだったんだと思います。昔よくいわれた「ビートルズかストーンズ」「拓郎か陽水」「パープルかツェッペリン」「カシオペアかTスクエア」「聖子か明菜」などなど、どれも、僕はどちらにも良さがあるという考え方でしたからね。その頃は、自分のことをコウモリと称していました。その童話は最終的にコウモリはどちらからも見捨てられて仲間はずれになりました。それが怖くて「ビートルズ、拓郎、パープル、聖子」と自分を偽っていました(笑)。実際、どちらかを選べといわれたらこういう答えになります。それに、先ほどの例でも、どちらかを選べといわれれば「アコギ、ロック、録音、頭脳、パソコン、オリジナル」になると思いますけどね。でも、今はコウモリ的な考えが実は車の両輪だと思うようになりました。実際、幅広く音楽を聴いたり、色々なバンドで演奏したり、曲を作ったり庭を造ったり、パソコンで長文の日記を書いたり手書きでノートをとることが自分に向いていることがわかりました。そうなると、自分の行動を評価する理論として車の両輪というのはうってつけです。ということで、車の両輪理論の長い説明を終わります(笑)。
2015.01.11
今日は新スタジオは結婚式の余興練習、旧スタジオは打ち込みの方が機材を持ち込んで作業。打ち込み作業した方はかつてプロ、つまり、音楽で飯が食えたそうですが、時代が変わって今は副業としているそうです。家庭をもって大きな音でチェックできなくなったということで、僕のスタジオに来ました。時代の流れで消えていく職業は、今まで数知れないでしょう。でも、音楽がそれになるのも近いかもしれませんね。今のように好みが多様化すると国民的ヒット曲というのは生まれないだろうし、印税生活などもCDが売れなくなれば望めないし。ただ、音楽がこの世から消えることはないでしょう。ただ、それで飯を食うほど儲けることができないというだけでね。時代は巡るといいますから、また、お金持ちが音楽家を援助するような時代がくればいいと思います。公共機関だと融通がきかないので、逆に公共機関は音楽にかかわることをやめて、やる気のある団体に補助金を出すという形にしてほしいですね。そして、法律を改正して音楽に投資するお金については非課税にしてもらう。宗教が非課税のようにね。もちろん、利益を追求する会社(レコード会社やプロダクション)は別ですよ。そうじゃない大企業とかが余剰利益を利用してライブハウスを作って、その運営をする。そして、演奏者はそこから謝礼をもらう形で演奏をする。そうなれば理想ですけどね。法律さえ改正してもらえば、きっと、これは現実になると思います。与党のみなさま、ぜひご検討ください。結婚式の余興練習のために集まったメンバーは現在バンドなどの音楽活動をしていません。でも、昔取った杵柄で、それなりに聞ける演奏をしています。でも、本人たちは全盛期だった頃を覚えているので物足りないようです。それでも、いまどきの高校生などは足元にも及ばないようなクオリティですけどね。昨今の若者のバンド(高校生など)は、驚異的に下手です(笑)。これも時代なのかな。でも、そんな下手なバンドでも大きなホールで演奏できる機会が今はあります。それで間違った自信をつけたりしていますが、ぜひ、うまいバンドというのを聞いて欲しいですね。技術はもちろんですが、これぞバンドサウンドというものを聞けば、熱意のあるバンドは成長できると思うんですけどね。60点のバンドの中で65点とれたといって満足しているようだと、いつになっても80点はとれません。それを自覚して欲しいものです。そして、音楽を一生の趣味として、いつまでも楽しいで欲しいと思います。
2015.01.10
僕は紅白歌合戦で残り40分となった時点で残り4組となったので、時間がかなり余るけどなあと思っていたらサプライズでサザンのライブが入ったので、なるほどという感じ。別に騒がれるようなことは感じませんでした。気楽にみていたので深い意味まで考えなかったし、歌番組ってそんなものだと思いますけどね。まあ、ネットの情報だからどこまで信用できるかわからないし、騒ぐことで注目を浴びたいだけの書き込みもあるようです。ただ、政権批判イコール反日というのは、あまりにも怖ろしい考え方なので、これだけは言っておきたいですね。政権批判をするのは政権がよくなって欲しいからであって、決して反日ではありません。サザンの行為を公共の電波を使ってすることじゃないという人もいますが何もせずに終わったら、それはそれで批判されたかもしれません。ビートルズのジョンが王室主催のコンサートで問題発言をしたように、サザンにそれを期待した人もいるでしょうし。とにかく何をやっても賛成する人と反対する人は必ず出ます。そして、そのどちらかが正しいということはありません。自由主義社会ですからね。もちろん、法に触れる場合もあるでしょう。でも、法に触れて罰せられるとしても自らの主張を貫くという人を止める力は現行法にはありません。ネットによると、サザンのCDを捨てるという書き込みもあるようです。これも、昔ビートルズがフィリピンで王室関係の招待を断ったことや、キリストに関する発言をしたことで同じことが起きました。歴史は繰り返すですかね。でも、これだって映像が残っているところをみると、わざとテレビ局の取材にあわせてやっているんでしょ。それがやらせじゃないかどうかはわかりません。今回もCDをもっていない人が注目を浴びたくて書き込んだのかもしれないし、中古で買ったりパソコンに取り込んだので不要になったCDをわざと壊して動画にのせているのかもしれません。それをやるのは各人の自由です。もちろん、責任も伴いますけど。僕は音楽は純粋に音楽として楽しみます。素晴らしい作品であれば、それを作った人が麻薬中毒だろうが変態性欲の持ち主だろうが犯罪者だろうが気にしません。だから、今のサザンが何をしようが、それで好きな曲が嫌いになるということはありません。もちろん、嫌いになる人もいるでしょう。それはそれでその人の自由です。好きでいてくれと頼む気もないしね。サザンを批判するのも自由、嫌いになるのも自由、擁護するのも自由。それが自由主義です。そして、論理的な批判をして共感を得ようとするのも自由です。そして、その批判に反論するのも自由。僕のようにどうでもいいと思うのも自由です。ただし、批判の仕方によっては法に触れる可能性があります。名誉毀損とか侮辱罪です。言論の自由が認められているといっても無制限ではありません。言論の自由という法を盾に言いたいことを言うのなら、同じく名誉毀損罪とか侮辱罪という法にも従うべきです。自由主義を代表する言葉。「あなたのいうことに私はひとつも賛成できない。しかし、あなたにそれをいう自由があるということを、私は死んでも守ります」ネットで何を書こうが勝手です。でも、これだけは心に留めておいて欲しいですね。おっと、またまた長くなりました。今日は新旧スタジオで営業中でしてラウンジを離れることができません。暇つぶしといっては失礼ですが、時間があるため、長々と書いてしまいました。さて、HDDレコーダーのバックアップもようやく峠を越えました。現在使っているレコーダーを有効に活用して録画番組の振り分けをしようと思います。冬の間に室内での仕事はすませておかないと、どうせ、春になったら庭に出ずっぱりになるでしょうから(笑)。
2015.01.09

昨年の年末に夢中になっていた模様替え。その主たる目的のひとつが本の移動でした。1階洋間に据え付けた本棚です。並んでいるのはミステリ、SF、時代小説で僕が愛読してきた本ばかりです。本離れが進んでいるとテレビで報じましたが、それはホームセンターにいっても実感できます。今や昔のようなスチール製の本棚や、高級感漂う書棚などはほとんどみかけません。この本棚もポイント会員になっているホームセンターには売っていませんでした。きっと、あと数年もすると流行に敏感なホームセンターから本棚はなくなってしまうでしょう。僕はビデオ世代でビデオを1000本以上持っています。スチール製の本棚やロッカーなどに並べてありますが、母屋の2階寝室ではビデオ専用の引き出しを使っています。数年前、整理をするのにもっと引き出しがほしいと思ってホームセンターにいったら売っていませんでした。ネットを調べても同じタイプはもうありませんでした。時代はDVDにとって変わっていました。時代の流れで本がなくなるのも仕方ないかもしれません。特に資料的なものは本よりもネットで調べたほうが早いしね。でも、愛読書というのは手にとって読むからこそだと思います。僕の模様替えはお金をかけないことがこだわりだったのに1万円近くする本棚を買ったのは、今買わないといずれ本棚がなくなってしまうかもしれないという危機感からでした。それに、ビデオと違って本というのは僕が生きている限り愛し続けるものだと思っているからです。現在使っているHDDレコーダーというのはビデオよりも圧倒的に使い勝手がいいです。チャプターをつけることができるし、何度再生しても劣化することはありません。記録メディアの耐久性に不安は残りますが、収納スペースもとらないし。今更ビデオで何かを鑑賞したいということもありません。どうしても残したい番組はデジタル化しますしね。でも、本のない生活は僕には考えられません。時代がペーパーレスになったとしても、僕は本を読み続けるでしょう。今年から始めた手書きというのも、時代とは逆行しています。今にノートも世の中から消えるかもしれません。今や小学校でもタブレットを使った授業をしているようですし。でも、時代に逆行しているように見えるのは周回遅れみたいなもので、いずれ、トラックレースとしてみればトップにとって変わるかもしれません。その萌芽も現れているようです。CDの売り上げが減っているのにライブの動員数は右肩上がりだそうです。これも、時代遅れだったアナログな世界に回帰している証拠だと思います。ということで、今年は時代に逆行する行動をひとつの目標にしようと思います。とはいえ、時代の進化を享受することももちろんします。何度かこの日記で書いている車の両輪理論に従えば、パソコンで文字を打つのと手書きで文字を書くこと、録画した番組を見ることと本を読むことが僕の車の両輪になるんだと思います。
2015.01.08
今日はプチ遠出の予定があってレンタカーで出かけました。先日の日記で軽トラック生活と書きましたが、燃費が悪いし、乗り心地は乗用車にはかないません。使い勝手や乗り心地はエアウェイブにはかないませんが、とりあえず、修理を終えるまではこれで我慢するしかないので、ならば、乗りなれたほうが得です。前にも書きましたが修理というのは、戻ってきても元の状態に戻るだけなので空しいですね。改良されてくるのならば楽しみもありますが。それに、借り物だとどうしても気を遣います。昔から借り物が嫌いでした。アパート暮らしも嫌でした。ただ、僕が借りたアパートはどれも古くて家主に断って自費で改良したりしましたが。今住んでいる家は半分僕のもので、半分は母の名義です。でも、いずれは僕一人のものになるし、母と僕は好みが一致するので、僕の施す改良は全て喜んでもらえます。庭の手入れも同様で、来るたびに改良に気づいて喜んでくれます。父も高齢で無気力になったのか、植木に対する愛着が薄れていて僕に任せてくれます。とにかく、愛車が治ってくるまではレンタカー生活です。慣れるしかないですね。
2015.01.07
神の数式(完全版)全4回のノート化が終了しました。レポート用紙15枚分です。手書きのノートなんて30年振りですね。大学を卒業した頃にワープロを購入して、試験勉強に使っていました。膨大な資料をわかりやすくまとめるのに便利でした。コピーペーストもできるしね。ただ、今にして思えば、それからは資料作りに夢中になるあまり、勉強にはなっていなかったかもしれません。それが合格できなかった理由とはいいませんが、初めて択一式試験に合格したときは、まだ、ワープロは手に入れていませんでしたからね。ワープロの前にタイプライターを使っていたこともあり、ローマ字入力を手が覚えてからは打つのが早くなりました。いつも、この日記が長くなるのも打つのが早いからついつい書きすぎてしまうんですよね。確かに、ワープロやパソコンを使うと入力は楽です。でも、頭には入りにくいかもしれません。まあ、物心ついたときからワープロがあれば、それに慣れることもあるんでしょうけど。今回の番組のノート化は1月1日から始めました。最初は簡単な漢字すら書けずに辞書を引くようなことをしていましたが、慣れてくると、全4回約4時間の番組を15枚ほどのレポートにまとめることができました。今にして思うと、僕の受験勉強って甘かったなあと思います。大学のレポートにしても20枚書くのに苦労していたことも、結局、やる気がなかったんだろうなあと思います。手書きって素晴らしいと思います。今はペーパーレスの時代といわれています。今や印刷すらせずに端末で文章を読むだけ。これって、将来的にどうなんだろうと思いますね。これについては、また、違うタイトルで書きたいと思います。さて、神の数式については終わりました。まだ、ノートにとりたい番組がたくさんあります。五木寛之の仏教シリーズ全10時間ポアンカレ予想リーマン予想地球大進化100分de名著コズミックフロント等々。 僕は勉強が好きなんでしょうね。ものを学んだり知識が増えることにすごい満足感があります。しかも、これは全て何の役にもたちません。知識をひけらかしても嫌われるし、これが金になるわけでもありません。でも、僕には満足感があります。なぜだろうと思っていました。神の数式の中である学者がいっていました。「自分が生きているうちに神の数式にたどり着くことはできないかもしれない。最終的な答えがわからないのは悲しいことです。でも、答えがわかってしまったら、それも悲しいでしょう。探求を続けることが何よりも素晴らしいことなんだ」。キッスのジーン・シモンズは、働き続けることが素晴らしいことだと言っていました。常に自分の最高傑作は次のアルバムだと思い、音楽を作り続ける者が勝者であり、過去にどんな名作を生んだ音楽家も、作ることをやめたら敗者だと。今はゲーム世代の若者が増えています。ゲームというのは必ずクリアできるものです。もし、結末のないゲームがあったらやる気になりません。ところが、現実には結末のわからないものがたくさんあります。そういう分野に興味をもてなくなったら人類の進歩も止まってしまいます。おっと、またまた話がそれたし長くなりました。多分、手書きならばここまでは書けないでしょうね。これもパソコンの弊害かな(笑)。
2015.01.06
正月は終わりましたが、平日の昼間に時間が空く事は変わりません。やりたいから立てた計画なのでやらなきゃ気分がスッキリしません。ということで、今日も昼間は順調に計画を消化しました。字を書くことはもう日課にしようと思います。相変わらず字を忘れていますが、それでも、思い出してきているような気もします。もう少し続ければ昔どおりになるのか、加齢により無理なのか試してみます。HDDレコーダーのバックアップやパソコンに入っている音源の整理も始めました。音源の整理は時間がかかりそうですが、字を書くことを始めてからコツコツやることも苦にならなくなりました。今日は軽トラックで出かけました。庭仕事用の深いタイプの一輪車を購入しました。さっそく使いましたが、土や石を運ぶのはこちらのほうが楽ですね。明日は天気が崩れるようですが、様子を見ながらこちらもやり続けようと思います。で、夜は貸しスタジオがあるのでスタジオに来て昨日ミックスしたデータの編集をしてネットで送りました。で、今は貸しスタジオの管理人をしているところです。これから春が来るまでは午前9時まで寝て、それから朝食と字を書きデータの整理などをして、天気がよければ庭仕事、悪ければ休養し、昼食を摂ってからスイミングに行き、夜は貸しスタジオの間に夕食を摂り、楽器に触れるようにするという生活パターンで春を待とうと思います。もちろん、高齢の両親にいつ何が起こってもおかしくないし、僕だっていつどうなるかわかりません。でも、まだ起こらないことを気にして今を無駄に過ごしたらもったいないです。人生には限りがありますからね。これは仏教の教えでもあります。字を書くようになってから、頭の中の塞がっていた回路が蘇ってきたような感じです。あとは昔愛読していた本を読むことですね。今のところ、寝る前にしか本を読まないので、どうしても読みなれた池波さんに手を出してしまいます。今夜は久しぶりに違う本を読んでみようかな。
2015.01.05
今夜は劇団の録音のミックスでした。団員に来てもらって機械の操作を覚えてもらって編集とミックスをしてもらいました。今回は12人の歌声を別チャンネルに録音して、リズムや音程などを修正しました。僕は団員の声を全て知っているわけじゃないので、誰が外れたかをさがすのが大変なんですよね。ところが、団員ならば誰の声かすぐにわかるので作業効率が上がります。とはいえ、全7曲だったので、午後7時過ぎに始めて12時過ぎまでかかりました。2月1日に真田公民館で公演が予定されていて、そこで、劇中歌のCDを売るそうです。公演をみた後で、そこで使われた音源を売っていればほしくなりますからね。さて、去年追突されて壊れた車を今日ディーラーに持っていきました。代車は新型フィット。う~ん、やっぱり好きになれないなあ。新車なので快適ですけど、やっぱり僕は今乗っている車が好きです。これがおんぼろ車であれば、新車の代車で大喜びするところですけどね。現在、僕は大変満ち足りた生活をしています。昔、下宿に暮らしていた頃は、たまにホテルに泊まるとうれしかったです。風呂があったり景色がよかったりで。でも、今は我が家が一番だと思えるので、たとえ、どんな高級ホテルに泊まってもうれしくありません。僕は安物であっても自分に合ったギターに出会っています。ですから、高級なギターに魅力も感じません。今回の代車も野ざらしで置いておいて、車が治ってくるまでは軽トラックに乗ろうと思います。自分の車のほうが気楽ですしね。ただ、軽トラックに乗ると大きな買い物をしたくなります(笑)。昨日歩いてみたら日当たりがいいせいか西側の土手はすっかり乾いていて工事しやすそうです。気象情報によると明日まで天気はよさそうです。正月太り解消のためにも、明日は庭仕事しようかと思います。材料も買ってこれるしね(笑)。今日はギターも弾いたしドラムも叩きました。音始めも無事に終了しました。明日の夜は貸しスタジオの予約が入っているし、いよいよ通常生活に戻ります。
2015.01.04
現在、ほろ酔い気分でこの日記を書いています。昨年立てた計画の半分もできませんでしたが、それでも、立てた計画をすることができたと前向きに捉えようと思います。箱根駅伝は見ることができませんでしたが、わが母校はまたもやシード落ち。今年の予選会で頑張ってもらいましょう。見なくてよかった(笑)。餅の食べすぎで体が重いです。かなり太ったような気がします。体を動かなさいといけないなあ。雪が降ってくれればいいのですが、よくないですよね(何のこっちゃ)。酔っ払っているので乱文失礼しました。このへんにしておきます。
2015.01.03
やりきれないくらいたくさん計画を立てておくと、何をやっても計画通りということになります(笑)。今日も朝から計画通りに行動できました。雪かきは運動の一環として今日もやりました。雪かきする必要のない裏庭とかね。録画した番組も見ましたし、読書もしました。今日は両親が年賀状の印刷に来たのでついでに母屋で昼食。それから勉強(笑)。今日も録画した番組をノートをとりました。何だかこれに嵌りそうです。字を書くのってボケ防止にもなるでしょうし、今から日課にしておこうかと思います。それにしても字を忘れていますね。何とか回復してくれればいいのですが。箱根駅伝は母校が奮闘していて楽しめました。去年の大河ドラマもようやく見終えました。感動しました。さて、好き勝手に過ごせるのも今日まで。明日は午後から区の総会や会議でつぶれます。明後日はスタジオでミックス作業、月曜日からは通常通りに貸しスタジオが始まります。
2015.01.02

元旦ともいうようですが、旦とは見てのとおり、日が地平線から出た、すなわち、朝を指すとのことですので、あえて、こうタイトルに書きました。なぜなら、今朝はすっかり朝寝坊(笑)。しかも、今年の計画は昨年のうちに立ててあるので、朝起きて改めて確認するまでもないですしね。外をみたら雪。やむまでは何もしないことにして食事して録画した番組をみて過ごしました。これは計画どおりです。で、昼前に雪が止んだので外に出てみたら2,3センチ積もっているだけ。これならば雪かきしなくてもすみそうですが、今年は頭や体を動かしたいと思っているので、とりあえず、儀式的に雪かきしました。この程度の積雪だと1時間もかからず汗もかかずにできましたが、まあいい気分でした。昼を食べてからは、これも計画通り読書。居心地のよくなった母屋を使ってしました。左は1階の食堂、右は和室の隣の洋間です。左の食堂のテーブルは新築当初は丸いテーブルをおいていましたが使い勝手が悪いため実家にもって行き、僕が下宿時代に勉強机として使っていたテーブルを置きました。大学時代、たくさんの資料を並べて勉強するには市販の勉強机だと狭くて不便なんですよね。このテーブルに向かうと今でも勉強したくなります。東向きなので、ブラインドをあけると浅間山が見えます。これからは、ここを僕の思索スペースにしようと思っています。今日は気持ちよく読書できました。で、ふと手に取った高校時代の国語の参考書をみると、?マークを発見。高校時代の僕と対話するみたいでしたが、今日読んでみたらすぐに理解できました。今まで、僕は高校から大学、試験浪人の初期が自分の頭脳のピークだと思っていましたが、こうしてみると、その当時もたいしたことはなかったんだとわかりました(笑)。それとも、僕の頭脳はまだまだ成長しているのかな。録画した音楽番組に刺激を受けたこともありますが、今年は自分の音楽を作ろうという目標もあったので、午後はスタジオに移動して弾き初めをしました。今年を計るということもあって、意識的にギターだけ触るようにしました。エレキを大音量で弾いたりコタツに当たってアコギを弾いたり。そのうちに、曲を思いついたので録音もしました。う~ん、充実(笑)。で、夕食を終えてからはまた録画した番組を見ようと思いつつ、今年の計で忘れていたことがありました。それは字を書くこと。ということで、録画してある「神の数式」をノートにとることにしました。コタツに当たりながら2時間ほどやりました。久しぶりに手書きでノートをとりましたが楽しくて仕方がありません。受験のためでも資格試験のためでもない、純粋な勉強ですからね。昔、ある大学教授が受験勉強は勉強ではない、労働だといっていました。本当の勉強は楽しいものだともいっていました。今日はそれを実感しました。時間を忘れました。勉強のつもりになると、大嫌いなアナウンサーも気になりません。それに、このノートが完成したら、もうこの番組は見なくても大丈夫です。何度も巻き戻してはノートに書き込んで理解を深める。これで昔のままの頭ならば、内容が頭に入るんですけどね。それも実験です。何とも欲張りなくらい色々やった1月1日でした。おやすみなさい。
2015.01.01
今年もよろしくお願いします。昨日は余裕をもって実家に行き、携帯でご挨拶メールをスタジオ利用者を中心に送りました。実家に着けばよほどのことがない限り無事で年を越せるので、いつも、実家に着いてからメールすることにしています。しかも、スタジオ利用者全てのプライベートを知っているわけではありません。もしかしたら喪中の方もいるかもしれませんので、新年のご挨拶はしないことにしています。「今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします」という内容ならば、喪中でも大丈夫ですからね。そして、午後5時前から飲食を始めました。両親と楽しく会話しながらテレビ東京の年忘れにっぽんの歌をみながら(今回はほとんど紅白をみませんでした)楽しい年末を過ごすことができました。雪が降り始めたので実家に泊まろうかと思いましたが、大雪の場合帰宅できなくなるかもしれないので、例年通り年越し蕎麦を食べて新年を両親と迎えてから帰路につきました。例年通り、帰路にある諏訪神社でお参りをして、今帰宅したところです。これで目が覚めたら銀世界になっているのかな。なっていたら楽しい雪かきです。3日までは天気が荒れるという予報ですが、幸い、何の予定も入っていません。現在、雪はやんでいます。雪かきになるか、のんびり過ごすことになるか。いずれにせよ、新年を無事に迎えることができました。今年もよろしくお願いします!。
2015.01.01
全44件 (44件中 1-44件目)
1


![]()