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老人ホームにいる母は89歳。日増しに・・・と言っても、毎日ホームに通っているわけではないが・・・行く度に、衰えてきている。寝ていることも多くなり、このままいくと「老衰」という死因になるのが分かる感じだ。で、寝ている時間が多くなったということは、決められた食事の時間に食事ができない、ということでもある。若い人なら、起こして食べさせることもできるのだろうが、老衰期の年寄りは、起こしても直ぐに寝てしまうので、それができない。なので、食事が冷えてしまうので、介護用のレトルト食品の出番となっている。機嫌良く目覚めている時に食べさせようという配慮で、老人ホームのこのような配慮には頭が下がる思いである。だが、このレトルト食品の代金の請求が月を増すごとに増えてきた。レトルト食が月に数食なら理解できるが、毎日のようになると、本来の給食費でまかなうべきものではないかと思えてくる。老人ホームにこのことを言うべきか否か、いつものことながら悩んでいる。母という人質がいるので、多少のことは言わない方がいいのではないか、言えばお互いが気まずくなる、と思うからだ。とはいえ、老人ホームの基本姿勢は再確認する必要がある、とも思うのである。
2011.08.31
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菜園に、こんな蜂がいた。青虫でなく、蜂だ。青虫の方が大きいが、蜂の方だ。青虫を跨ぐようにして、運んでいた。青虫は動かない。蜂に刺されて、麻痺しているのだろうか?獲物をしとめたはいいが、重くて飛べず、こうして、地上を運んでいた。どこまで運んでいくつもりなのか?一定の方向に向かってはいるようだが、その方向は、40メートルは畑だ。畑の向こうに巣があるのだろうか?一人で運べる大きさでないことが分からないのだろうか?仲間はいないのか? 連絡はしないのか?自分ひとりの手柄にするつもりなのか?見ているこちらの方が疲れる。最期まで見届けたかったのだが、熱中症で倒れる心配があった。この蜂、どうしただろう・・・
2011.08.30
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1969年7月20日、アポロ11号は月面着陸値成功。アームストロング船長とオルドリン飛行士は人類で初めて月に降り立った。全世界が固唾を呑んで見守ったこの歴史的偉業の陰でNASAと米国政府がひた隠しにした事実があった。月の裏側に隠されていたのは遙か宇宙の彼方からやってきたトランスフォーマーたちの地球侵略の足がかりとなる宇宙船が不時着していたのだった。そして、そこには・・・。(トランスフォーマー 公式ホームページから)暇ん爺なので、いつでも暇なのだが、暇の中に、更に暇な時ができた。降って湧いた暇の暇をどうしようかと考えたのだが、結論は映画だった。そうだ、暇なんだから映画を観に行こう、と考えた。で、見たい映画があるのか、その上映時間はどうなのかを、ホームページでチェックした。夏休みで、子供向けの映画が多い中、「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」があった。トランスフォーマーは、変化をさせる人や物のこと。ダークサイド・ムーンは、いわゆる月の裏側で見えない部分のこと。そして、公式ホームページには、上の画像のストーリーがあった。(字が小さくなったので、下欄に再表記した)アポロ11号が月面に着陸するシーンもある。アポロ11号のことか・・・それなら面白そうだ、と早合点。劇場に入ったら、ポップコーンの匂い。小学生連れの親子が目立つ。あれ・・・そんな映画なのか・・・スクリーン番号を間違ったか・・・と、確認したが間違いはなかった。この映画は、早い話が、ガンダム系の機械人間や機械ロボットの戦い。そこに無理矢理人間を加えたので、ストーリーはあって無いようなもの。夏休みの、子供向けの娯楽映画だった。
2011.08.29
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かぼちゃが大きくなった。これは、いわゆる、西洋かぼちゃ。アメリカで種を買ったもの(植物検疫済)。何年か前からこのかぼちゃの種を蒔いてきたが、このように大きくなるのは初めてだ。 蒔き時が良くなかったためか 長雨のためなのか 夏の旱のためなのかこれまでは失敗の連続だった。種にも「賞味期限」と同じようなものがある。一定時期を過ぎると、発芽率が悪くなるのだ。今年だめだったら、残りの種を捨てよう、と思っていたら、このように大きくなった。思いが通じたのか・・・最後の力を絞って実を付けたのか・・・来年、もう一度、挑戦してみようという気になっている。これは、ハロウインの装飾用のようであるが、たべても美味しいと、種の袋に書いてある。が・・・ちと、食べる勇気は・・・今のところない。
2011.08.28
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隣の駅近くに「百歩ラーメン」というのがある。小さな店で、多くの場合行列ができていて、入ったことがなかった。ま、行列をしてまで食べようと思うラーメン好きではない。そのような中、何の予定もなく店の前を通ったら、行列がなかった。定休日かと思ったのだが、明かりが付いているし、客もいる。空いているなら入ってみよう、という気になった。このような店で困るのは、独自のメニューだ。「百歩ラーメン」って何? 「赤百歩ラーメン」って何? 状態だ。「百歩ラーメン」が普通のラーメン、「赤百歩ラーメン」が激辛ラーメンだろう、と、見当は付くが、何味なのかも、どの程度辛いのかも分からない。結局は、「とんこつ醤油ラーメン」にした。中身と味が分かって安心だからだ。で、「とんこつ醤油ラーメン」がこれ。行列ができる美味さは感じなかったが、高菜と刻みネギが取り放題なのが良かった。・・・という感想!
2011.08.27
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家の近くを散歩していて、こんな門構えの家を見た。門構えというか、門の植木というか、今風に言えは、エクステリアだろうか。いやいや、最近はこれをトピアリーと呼ぶようだ。これは誰?アンパンマン? クレヨンしんちゃん?何かに似ているようだが、よく分からない。以前に、我が家の植木で動物を作ろうとしたことがある。だが、これが難しい。短時間に作ろうとしたのが失敗の元かもしれないが、思うような形にはならないものである。なので、素人さんがこのようなトピアリーを作っていると感心する。何日にいっぺんハサミを入れるのだろうか?モデルとする何かがあるのだろうか?デジカメさせてもらって、ちょっと、楽しませていただいた。
2011.08.26
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ここは駐輪場所ではありません。停めている方は強制撤去致します。言わんとすることは分かる。分かるのだが、どうしても、言いたくなってしまう。撤去と強制撤去はどう違うのか?強制撤去というと、法律に従った撤去という感じが強い。法律に従った手続きを取っている時間はないだろう。そして、「停めている方」ってなんだろう?停めている方を撤去するはずはない。停めている方の自転車などを撤去するに違いない。分かりきっていることをグズグズ言っても仕方ない。が、毎度迷うのが「停める」だ。停める、の他に、止める、留める、駐める、があるが、駐輪に続く文字としては、駐める、が合うような気がする。
2011.08.25
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これらは、私のデジカメの充電器。受電機が4つ有るということは、デジカメも4つあるということ。乾電池式のデジカメであれば、ニッカドの充電器一つで済むのだが、カメラごとにバッテリーが違うので、充電器も異なってしまう。ということで、畑用とか、カバン用などと、充電器に書いた。どれがどの充電器なのかを書いておかないと、旅行などに出る時に間違う恐れがあるからだ。バッテリー切れを起こしたらそれまで。乾電池では動かない。で、なぜ、畑用、カバン用、なのかというと、農作業用の荷物の中にひとつ、お出かけ用のカバンにひとつ、手元にひとつ、と置いていれば、忘れることがない、という発想。ま、古いカメラを捨てられないでいる、という事情もあるが・・・
2011.08.24
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これは先週末の朝日新聞の見出し。円が、戦後最高値になったという一面の見出しだ。これまで、戦後初、とか、 戦後最悪、とか、色々な出来事があったが、円も戦後最高値を付けたのだという。だが、何で「戦後」なのだろう?「戦後」にどんな意味があるのだろう?「戦後離れができていない」と言うマスコミが、なぜ、「戦後」を使うのだろう?ならば、他の新聞はどうなのか、図書館に行ってみた。円高の記事で、見出しに「戦後」を使っていたのは、朝日の他、毎日と産経。記事本文に「戦後」を使っていたのは、朝日、読売、毎日、産経、東京。つまりは、日経が「戦後」を使っていなかった。(日経は、「過去最高値」)私が生まれた戦後の1947年当時は、データーによると1ドルが50円だったようだから、「戦後最高値」は間違いだし、60年以上前の固定相場と比べても意味がない。せめて、「1973年の変動相場制移行以来」として欲しいものだ。ついでに、英字新聞はどう書いているのかを見てみた。Daily Yomiuri と Japantims とも、「postwar record」(戦後の記録)を記事の中で使っていた。配信元(kyodo)が同じなので、同じ内容になったと思われるが、英字新聞までもが「戦後」を使うのかと・・・がっかりした。
2011.08.23
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間違った、一週間芽でなくて、一週間目だ。何が一週間目かというと、このマンゴーの芽が、一週間目なのだ。すでに「芽」というより「葉」となっているが、針のような芽が出てきて、丁度一週間(足かけ8日)でこんなに大きくなった。実は、これより1ヶ月程前に、別のマンゴーを植えていたのだが、その方は何の変化もない。後から植えた方が元気に芽を出した。おっと、マンゴーの種を植える、という表現でよかったのだろうか?種だから「蒔く」が正しいのかもしれないが、大きな種なので「植えた」感じだった。で、先に芽を出しているアボガドとライチは、こんな感じに育っている。深入りは禁物と分かっているのだが・・・・
2011.08.22
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これは、我が家近くの小さな貸しビルの水道メーター。コンクリート面からかなり沈んでいる。いわゆる地盤沈下というやつだ。だが、地盤沈下とは、どういう状態をいうのだろう。建物の周囲が沈下するとこうなるのか?すると、この水道の配管はどうなっているのだろう。これだけ下がったら、配管が切れるのではないかと思うのだが、どうなのだろう。それとも、地盤沈下は織り込み済みで、下がってもいいような配管がされているのだろうか?まさか、このコンクリート面だけが隆起したということはないだろう。ここを通る度に周囲を観察するのだが、疑問解決の手掛かりは見つからない。
2011.08.21
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七夕や どこにでもいる 宣教者朝日新聞の「素粒子」に「子供のころ祭の露店の端で白い着物の傷痍軍人がアコーディオンを弾いていた」とあったが、その記憶は私にもある。それと同じとは言わないが、同じように、人の集まるところに出てくる人達がいる。物売りと、ティッシュ配りと、宣教者だ。静かにお経を唱え、時々、チーンとしている仏教系、この画像のように、拡声器で宣教するキリスト系、が目立つ。あなた方浮かれていてはダメだよ。仏や神を信じなさい、というわけだ。そして、拡声器で宣教する声は、どこで聞いても同じだ。渋谷でも、新宿でも、仙台でも、同じ人の声だ。まさか、声の主がキリスト様ということはないだろうが、この声を聞くと懐かしさのようなものを感じるから不思議だ。そしてまた、いつも思うのだが、こうして人混みに向かって宣教して、どれだけの効果があるのだろう?「そうか~ おそ過ぎないうちか~~」と立ち止まった人を見たことがない。
2011.08.20
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新聞の折り込み広告にこんなものがあった(画像上)。駅から10分、100坪、坪単価76.3万円。我が家の近くは建築無法状態。マンションがニョキニョキと建ち、80坪程の土地を3つに切って売り出すところだ(画像下)。100坪の土地がどこにあったんだ?だれの屋敷だったのだ?マンションの北隣で日が当たらないのか?この土地を買う人がいるのか?野次馬根性が出て、それとなく見に行ったこの折込広告を手にして行けば、買う気があると思われて、しつこく売り込まれるだろうから、地図を頭に入れて、暇ん爺の散歩モードで出かけた。マンションの北側でもない、取付道路が狭いのでもない、何かの事件の現場だったのかは分からない。落ち着いた住宅地の中にある。少しは買う気を見せて、聞いてみるべきだったと反省。
2011.08.19
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以前に、わからんtin1951さんのブログにあったのが、この、乾湿計。寒暖計と湿度計を合わせて、乾湿計・・・ではない。左は普通の寒暖計(今は、温度計と言った方がいいのかも)右は、温度感知の部分に水に浸したガーゼが巻いてある温度計。右の方は、ガーゼから水が気化するので、その際に気化熱を奪うので、周囲の気温より低い数値が示される。つまり、湿度が低いと気化しやすいので、右の温度計は下がり、湿度が高いと気化しにくくなるので、温度はあまり下がらない。ということで、左右の温度の違いから、湿度を測ろうというのが、この乾湿計。画像では、 左の乾温計の方は31度、 右の湿温計の方は29度、を示している。この数値を湿度換算表に合わせると、湿度は、86%となる。世の中なんでもデジタルだが、この乾湿計を見ていると、湿度という考え方が分かってくる。
2011.08.18
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ひまわりがうなだれて、反省している。何をそんなに反省するのだろう、と心配になる程だ。が、子供を作りすぎて重いんだよ~~~というのが本当のところのようだ。なにもこんなに種を残さなくても、というほど種ができる。しかも、ぎっしりと、規律正しく並んで。ということで、ひまわりの種を日に干して、先ずは、軽くあぶって(煎って)、食べてみた。殻の水分が抜けるためか、煎ると種が一回り小さくなる。お尻の太い方を持って、頭の方を前歯で軽く噛むと、かりっと割れる。中身はほんの少しで、美味しいという表現はできないが、剥いて食べるのが止まらなくなる。ビールの時間には少し早かったので、ビールなしで食べたのだが、こうして、小さい種を剥きながら食べると、ビールがはかどるのか、否か、自分自身分からなかった。が、ビールの時間になっても、黙々とひまわりの種を剥いている自分がいた。
2011.08.17
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仙台の七夕で見かけたお嬢さん。慌てて写したので、可愛い顔が切れてしまったのではない、足元を写したのだ。浴衣を着たら下駄でしょう。浴衣を着たかったのだから、「何を履こうと自由でしょう」という考えはダメでしょう。浴衣と下駄はセットなのです。なんて、古いことを言っているのは爺さんだけ、と言われそうなので、彼女の足元の手前に話を移そう。歩道路面に四角い枠がある。これって、何なの? と思ったら、結論がその先にあった。七夕の竹を支えるための穴だった。さすが、仙台は七夕の町だけのことはある。年に一度、七夕飾りをするための設備を設けているのだ。だったら、「浴衣には下駄を」と、指導して欲しいものだ(くどかったかな?)。
2011.08.16
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夏休みの宿題で、風呂の大掃除をした。最近、カビっぽいし、湯垢が溜まりやすい状況だったからだ。目に見えるところは何とかなるが、湯船の下が気になっていた。年末の大掃除は定番だが、風呂の大掃除はこの時期がいい、水は冷たくないし、パンツひとつで思う存分水を使える。先ずは、湯船の前のカバーを外してみた。カビで真っ黒・・・・だったらどうしようか、と恐れていたが、カビはまったくなかった。この湯船にリフォームして、7年くらいだろうか?思いのほか内部の防水は保たれているものだ。カバーの下部の湯垢がひどいのが目立つが、これは雑巾で擦って簡単に落ちた。金属部分にサビ止めを塗って、カバーを戻して、この部分は終わり。後は、天上から床までを、歯ブラシで狭い部分のカビを落としながら丁寧に掃除。ついでに体も洗って、人間もきれいにして出来上がり。終わった後のビールが美味しかった!
2011.08.15
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先日読んだ アカペラ は、「アカペラ」「ソリチュード」「ネロリ」の3編からなる短編集。 アカペラは、伴奏なしの歌のこと、 ソリチュードは、孤独とか寂しいという意味、 ネロリは、アロマオイルの一種。何の関連もない3編だが、あえて関連を探せば、親に何らかの理由がありながらも、その子は元気に生きている、ということだろうか。で、アカペラの3編だが、3編目の「ネロリ」の結末がなんとなく見えてしまった。この著者は、結末を落語の落ちのように、突然にどすんと落とすのが好きなようで、どんな終わり方(まとめ)をするのか、読んでいて楽しいのだが、「ネロリ」の結末は、急いでいるのが分かった。それはなぜかというと、残りページだ。最初と2番目の小説は、どこで終わるのか見当が付かないが、3編目は、本の残りページで結末が近いことが分かるのだ。この流れで、残り数ページ・・・・すると、ここで結末にしていかないと、まとまらないだろうな・・・と、見当が付くのだ。ということは、短編集の面白さはここなのか・・・・新発見をしたような心地だ。
2011.08.14
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20数年振りで田沢湖金色大観音を参拝した。田沢湖金色大観音は1987年(昭和62年)に開眼したもので、建立者は、ミナミ電機グループ代表の南学正夫さん。いわゆるバブルの時に建立したものだから、税金逃れ、相続対策、などと言われたものだが、ご当人の思いは、純粋なものだったと思われる。建立から24年、宗教法人にはなれず、寂れていた。鋳造の観音様では日本一、ということだが、つなぎ目の腐食が激しく、金色もあちこち剥がれている。建立者の意志が伝えられなかったのか、後継者がいなかったのか、現在は、ホテルの東日本グループの傘下に入っている。20年前の姿 の美しいこと・・・何とかしたいものだが・・・お金がない・・・
2011.08.13
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茘枝、レイシ、ライチ、リーチー ・・・・何と書いたらいいのだろう。要は、ライチだ。楊貴妃が愛した熱帯のフルーツ、ライチだ。で、何がどうしたのかというと・・・・6月25日の大山ウォークで冷え冷えのライチをいただき、その種を持ち帰って、鉢に蒔いておいたものが発芽して、この大きさになったのだ。もちろん、大山街道にライチはない。おそらくは、香港方面あるいは中国南部産のライチと思われる。10名程で山のようなライチをいただいて、その中から太って元気そうな種を5粒持ち帰った。最初は2つが相次いで芽を出して、葉を開いたが、その後がなかなか出てこない。発芽率5分の2で4割か・・・と思っていたら、10日程前に3つめが芽を出した。さて、この後はどうしたらいいのだろう?もう少し大きくなったら、独立させて、一株一鉢にしなければならないだろうし、気温が下がってきたら、防寒対策が必要になるだろう。ライチが成ることを夢見て・・・・!!
2011.08.12
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仙台に行ったら、ここに寄らない手はない。鹽竈港だ。 鹽竈 と書いて、 しおがま(塩釜)である。市の公式表記がどうなっているのかは分からないが、町の中は「塩竈」の文字が目立つ。「鹽」の方はあまりなじみがないが、「竈」の方だけでも旧字で表記すると、色々な面で塩竈市が注目される、という算段なのかもしれない。で、塩竈と言えば、塩竈港。というわけで、塩竈港を尋ねた。塩釜港も地震と津波で大きな被害を受けたという。松島湾の島のいくつかは、津波が島を乗り越えて壊滅的な被害を受けたのだが、島がゆえに大型の重機が入れないので、なかなか復旧ができないでいるという。が、塩竈市内や港の復旧は早かったようで、大型の漁船や貨物船が入港し、ドックも賑わっていた。これは大型のサンマ漁船。照明でサンマを呼び寄せて、網に誘い入れる漁法だという。早く、元の元気を取り戻してほしいものである。
2011.08.11
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新しいデジカメを買えば、何かを写したくなるのは、当然のこと。という大義名分を付けて、仙台の七夕を写しに行った。我が家から仙台までは、およそ1時間半。缶ビールを飲んでいる間に着いてしまう距離だ。駅前に出て、さて、どっちに行けばいいんだ・・・と悩んだが・・・落ち着いて人の流れを見ると、それらしい方向が分かる。浴衣を着て団扇を持っているのは地元の人であろうから、そんな人の動きを追っていけば、七夕飾りの商店街に行けるはずである。ということで、迷わずに七夕通りに到着!強い日差しの所から屋根のある商店街に入るとホッとするが、それも一瞬で、今度は人混みでむんむんしてくる。画像は、金賞を受賞した七夕飾り。千羽鶴で作られている。金賞の七夕飾りを、ちょっといいデジカメで写しても、写す腕がダメなので、こんな程度にしか再現できないのが残念である。
2011.08.10
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コンパクト・デジカメを買い換えた。買い換えたと言うと、使えるカメラを下取りにして、新しいカメラを買ったように思われるだろうが、そうではない。愛用のカメラの電池収納部分が壊れて、使えなくなったので、仕方なく、買い換えたのだ。私のコンパクトデジカメの選択基準は、 薄いこと、単三の乾電池が使えること、SDカードが使えること・・・で、写せれば何でも良かったのだが、単三の乾電池を使えるタイプで薄いのはなかった。結局、SONYのデジカメにした。SONYは、記録媒体を自社のメモリースティックにこだわっていた時期があるが、今は、SDカード対応している。右は、これまでのデジカメ。左は、新しいデジカメ。かなり薄くなって持ち歩きやすくなったのだが、これまではカメラをポケットに入れたことがないので、その点で、かなり戸惑っている。そして・・・・反省事項!少し値のいいカメラを買ったので、解像度が高すぎるのが何点だ。そのまま保存するには、別の大きなメディアが必要だし、ブログ用に縮小するのも面倒だ。撮影画素数を落とせばいいのだが・・・・最低画質にすると画像が荒すぎるし、その上は2Mという大きなサイズしかない。ちょっと急いで買いすぎたなぁ~~~ と反省中!
2011.08.09
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「アカペラ」(新潮社)の表紙(一部)先月末、アカペラについて ブログを書いた のだが、その翌日、電車の中で「アカペラ」を見た。そらは、伴奏のない歌、ではなく、本の「アカペラ」だ。ほとんどの場合、電車の中で本を読んでいる人は、書店のカバーをしている。本が汚れるのを気にしたり、読んでいる本を知られたくないからだ。だが、通路の向こうの長椅子に座っていた女性は、表紙なして読んでいた。また、普通、車内で本を読む場合には、本は膝の上方向に持つものだが、その女性は、教室で立って、国語の教科書を読むように、こちら側に表紙が見えるように本を持って読んでいた。なので、「アカペラ」が目に入った。著者、山本文緒さんの名も読み取れた。「アカペラ」って何だろう?どうしてこのタイトルにしたのだろう?ブログを書いた翌日だったので、電車を降りたその足で図書館に向かった。著者、山本文緒さんは直木賞作家。読み出して直ぐには「アカペラ」とした理由が分からなかったが、途中からそれが分かった。なるほど~~~それで「アカペラ」か~~~電車の中で見た「アカペラ」。そんな出会いで本を読んだのは初めてだったが、おかげで、面白い本を読ませてもらった。
2011.08.08
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今回の運転免許証では、暗証番号の設定が必要だった。案内書には、「本籍や顔写真等を確認するには、4桁の顔写真が必要です」とあった。そして「設定しないと、読み取り装置に近付けるだけで個人情報を読み取られる可能性があります」とある。また「暗証番号を忘れた場合や3回続けて間違えた場合は、ご本人が・・・・」とある。だが、どのような場面で暗証番号が必要になるのかは、どこにも書かれていない。警察官が「免許証拝見」と言った場合に必要なのか、駐車違反で捕まった場合に必要なのか、なにも、書かれていない。そんな、ばかな・・・ということで、窓口の女性(交通安全協会の人)に聞いてみた。「銀行とかの窓口で、将来、必要になるようです」「なぜ?」「偽造が多いので、本人確認のためです」これを聞いて、思わず吹きだしてしまった。本人確認のための書類が正確なものであるかを証するために「本人確認」するのだという。ま、この時代、そんなこともあろうが、警察が、預金口座名などの暗証番号を入手するための手段ではないかと、うがちたくなる。なぜなら、暗証番号は「2組必要」だと、要求しているからだ。
2011.08.07
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先日のひまわり だが、種がこぼれそうのなったので、切り倒した。まだ早いという感じはあったのだが、種がこぼれ出したら、大変なことになりそうだったので、思い切って切り倒した。切り倒した・・・は、オーバーではないかと思われそうだが、それ以外の言葉はない。ひまわりの茎は太く、花ばさみでも、植木ばさみでも、包丁でもダメで、斧で切り倒したからだ。で、この花を、この種をどうするのか・・・ネットで検索すると、ひまわり一つから、数滴のひまわり油しか摂れないようだ。それは、ひまわりの種ごと絞るので、殻が邪魔して、油が出てこないから、らしい。殻を剥けば、数CCの油が摂れるようだ。だが、種などを絞る機械はない。素人は、種を煎って、プチプチと食べるのいいようだが・・・さて??
2011.08.06
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先日、運転免許証を更新した。その結果、次の更新は5年後の平成28年となった。指を折って数えてみると、5年後は69歳。すると、ギリギリセーフで、70歳以上の高齢者講習を受けなくて済むということだ。5年後のことを言ったら鬼君がショック死するかもしれないが、このギリギリセーフはありがたい。また、70歳を超すと、優良運転者でも、免許期間は3年になるはず。(71歳は4年)すると、この点でも2年お得になる。私の人生、なかなか、こう上手くはいかないのだが、運転免許に限っては、ちょっと、いい感じだ。とはいえ、69歳になって、車をまともに運転できるのか、その保証はない。過日、銃の所持を止めたのだが、運転免許についても、正常に判断できるうちに判断しなければならないと思う。69歳で5年の免許ということは・・・指を折って数えてみると・・・74歳までの免許ということだ。今から考えても仕方ないことだが、呆けは自分で分はからないらしい。
2011.08.05
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畑の大敵はスベリヒュ。別名ごんべえ。抜いても、トラクターで耕しても、蘇生してくるので、畑をする人には嫌われている。色とりどりの花が咲けばポーチュラカとして観賞されるのだが、畑やプランターでは、抜いて、集めて、棄てるしかない。で、このスベリヒュ、食用になると聞いた。サラダでもいいし、茹でて酢の物などでもいいという。ならば試してみるかと、小さいものを数本、水洗いして食べてみた。味は・・・キュウリの苦みが6倍、ゴーヤの青臭さが4倍、モロヘイヤの変な食感が8倍、という感じで、オエッとなりそうだった。どうも、私には、生では無理だ。ならば茹でてみようか・・・・思案中である。
2011.08.04
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よかった、よかった・・・・って、何が良かったかというと、免除の条件が「眼鏡使用」にならなかったこと。ここ10数年、免許更新の際に、目の検査で引っ掛かったらどうしよう、と思ってきたのだが、今回の心配は大きかった。左右の視力の差が大きく、年相応と言われてた白内障が視力を邪魔しているからだ。が、視力検査は何の問題もなく通過した。案ずるより産むが易し、という感じだ。で、今回の運転免許証だが、条件等の欄に、 「中型車は中型車(8t)に限る」とある。講習でも中型車の説明はあったのだが、大型車の免許を持っている者に、この条件を付ける意味が分からない。「どうなっているの?」と窓口で聞くと、「気にしないで下さい」という。「気にするなと言われても、気になりますよ」「大型車の免許があるんだから、大丈夫ですよ」と、軽い返事。「大型を持っている人にこの条件を書くのは誤りだから、直してくださいね」「この免許は直せません」「これはこれでいいですから、今後のために提案していきますので」窓口は交通安全協会のオバチャンでなく、警察官。へっ・・・という感じで、反応なし。使えない公務員の典型だ。使えない警察官を窓口に立たせるからこうなるのだ。これでは世の中は良くならない。
2011.08.03
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吉村昭著、「三陸海岸大津波」を読んだ。著者は小説家であるが、これは、三陸海岸各地の大津波を受けての被害状況や人々の行動を克明に記録しているドキュメントである。その内容は、 明治29年の津波 (1896年) 昭和8年の津波 (1933年) チリ地震津波 (1960年)からなっていて、三陸海岸を何度も襲った津波を克明に取材している。涙無しでは読めない子どもたちの作文も載っている。お年寄りの貴重な体験談も載っている。これは文庫本で、2004年が文庫の初版なので、古い本だと思われる。なので、今回の大地震には触れていないし、大地震を機に文庫化されたものでもない。著者はこの本の中で、いわゆる「人災」については(深く)触れていないが、私はこれを読んで、64年という短い間に、3度も大きな津波に襲われていながら、「4度目」に対する対策が不十分だったことを感じずにはいられなかった。国も県も、市町村も、そして各個人も、津波に対する備えが甘かったと思う。著者の出版目的とは違う解釈かもしれないが、強く、そう感じた。
2011.08.02
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スーツケースを処分した。高さが70センチほどなので、ちょっとした旅行に便利だったのだが、キャスターのプラスチック部分が朽ちて、使えなくなってしまったからだ。小さいということは、そのまま、燃えないゴミに出せるということ。有料処分になるかと思ったが、一安心。何年くらい使ったのだろうか?40年は経っていないと思うが、30年は過ぎているだろう。貼ってあるシールが如何にも古いし、今どきこのようなシールを貼っている人はいない。これらのシールを見ていると、色々なことを思い出す。エアーズロックに行った・・・・なぁ~トロイの木馬を見た・・・・なぁ~スーツケースの両面をデジカメして、お別れした。
2011.08.01
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