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ここに何度か書き留めてますが、今、ジャズピアノを習ってます。 いい歳こいた大人が何か新しいことを始めるのには勇気がいるし、時間のやりくりもタイヘン。周りも自分も、どうせすぐに挫折するだろうと推測しつつも、とりあえずは続いてます。 ちょっと雑感。独学ならともかく、修行にあたってはさまざまな人たちが絡んできます。稽古に伴う人間関係ネタを。 ■師匠 子どもが何か習いごとをする場合だったら、そのお師匠さんが結果的に「人生の師」みたいな位置づけになることは多いと思います。恩師として一生尊敬しつづけたり。 でも、大人になってからの習いごとだと、別にそんなに濃い師弟関係などない。っていうか、先生が実は年下だったりもします。実際、僕のピアノの師匠も、もしかしたら自分より若いのかもと思い始めてきました。見かけは老けてるのですが(失礼)、いろいろ計算してみるとそんなにオヤジでもないみたい。 「友だち感覚」で無礼になってはいけないけれど、少なくとも人生の先輩とまで言ってむやみに敬う予定も全然ありません(笑)。■同門の生徒 同じ師匠から習っている門下生同士、いい意味での連帯感と競争心が芽生えることは普通かもしれません。発表会とか合奏練習などの場があるとなおさら。 しかし、僕が今ついている師匠のもとに通う弟子たちは、若者や少年少女が多いようなので、彼らに対し、僕は連帯だの競争だとのいう感情は一切ありません。むしろ、「若人よ、わしをそっとしておいておくれ」という心境。 毎回、遅刻しないようにと早めに師のとこに伺うのですが、たいてい前の生徒さんの稽古が進行中。まだ10歳ぐらいのお子ちゃま、しかも超お上手。ピアノをおもちゃのように楽々と操る。すごいなーと思ってると、自分の番がすぐにまわってきます。 問題なのはそのあと、この少年、さっさと帰ればいいものの、「ママが迎えに来るのを待ってるの」とか言いながら僕の演奏を聞いてる。それってかなり恥ずかしい。心のなかで「さっさと帰れ、このガキぃー」と思いながら、たどたどしく音階を弾く自分なわけで。 やっとヤツが帰ったかと思うと、今度は僕の次のコマの生徒がやってくる……。しかも親が同伴。■同門生の親 僕が一番苦手なのは、同門の弟子らの親御さん。だいたい僕と同じぐらいの年齢だったりします。「そのお歳で習っていらっしゃるとは素敵ですこと。おほほ」みたいなマダムもいれば、「ジャズはアメリカ文化の誇りだよなー」とか言って、ほかの音楽(クラシックとか)よりジャズは優れていると断言する愛国心まるだしの熱血パパさん。こちらは引きつった笑いを浮かべるしかありません。***** ちょっと煩わしいとこもあるけれど、「恥ずかしい」なんて言ってたら何にも学べません。ま、僕なんて、今までに地球のいたるところで恥をかきまくってきたわけだし、もう見栄だとかプライドなんて枯れ切ってます。 単なる趣味のひとつとして気楽に習っていく予定ではあるので、上記のような人間関係も楽しみながら、ピアノの腕も上達すればいいと思ってます。
Nov 29, 2008
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ジャズピアノの稽古日。全然さらってないなー、やばいなー、と思いながらお師匠さんのもとへ。 今日の稽古、前半はドリア旋法の音階練習。12調全てで練習してこいとは言われてたものの、最初の5調ぐらい弾いたら、「もう結構」と言われてしまう……。 Dマイナードリアンだったら全て白鍵。レミファソラシドレ。第5音と6音(ラとシ)は全音、6音と7音(シとド)は半音。 音階練習のコツは、鍵盤を見て確認し(視覚)、音を耳で認識し(聴覚)、そして鍵盤上の半音全音の指の幅を覚えながら(触覚)学ぶようにする。三つの感覚全てを総動員しつつも、自分が最も頼りにできるどれか一つの感覚をわずかに優先させて覚えていくのがいいだろうとのこと。 後半はチャーリー・パーカーの「ヤードバード」を教材に、コード進行の分析と即興演奏の練習。 II(2)→V(5)→I(1)というコード進行、さらにはマイナーのあとのドミナントというコード進行について学ぶ。 即興にはいろんな弾きかたがあり、人によって理論はさまざま。一例としては、「必ず弾かなきゃいけない音、弾いたほうがいい音、絶対に弾いてはいけない音」というのを理解しておくというもの。この曲ヤードバードの場合(幸いCメジャー)、B♭7が出てくるときの右手は、黒鍵三つ(♭シ、♭ミ、♭ラ)をできるだけ使う、A7のときは♯ドを必ず弾く、という具合。 ジャズだからといって音を濁らせればいいというわけでもない。アドリブとはいえ、C6(またはCドミナント7)の部分では黒鍵を一切加えないように意識したほうがいい。白鍵のみで潔く弾くからこそ直後のB♭7黒鍵三つが活きる、のだそう。 コードの色というのは前回の稽古でも強調された。でも、それは必ずしも赤青黄色ハイビジョンという話ではなく、白黒の世界で意識してる演奏家も多いらしい。つまり、純白の世界(白鍵ばかり)とか、黒い鍵盤が三つとか。←おぉ、このほうが現実的で自分には合ってるかも。 最後に、ビーバップとは何かということについて、ガーシュインの I Got Rhythm などをも例にいろいろとご教示いただいたものの、降参。もう自分の理解能力を大きく超えていて、頭痛がしてきた。 「覚えなきゃいけないことは山ほどあるから、毎日何時間も練習して、十年ぐらいかけて身につけていってほしい」と、師匠の弁。 とほほ……。
Nov 26, 2008
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チェロのリサイタルを聴いた。たまにニューヨークのリンカーンセンターでやる休憩なし1時間のシリーズ。 このヨハネス・モーザー氏、なんだかんだ言って毎年ニューヨークに来て公演してるみたい。チャイコフスキーコンクールで入賞したドイツ人。たぶん有名。 ピアノはパウル・リビニウス氏。 ベートーベン:魔笛の主題による変奏曲 ブリテン:チェロソナタOp65 ベートーベン:チェロソナタ5番Op102-2 柔らかい音色。お育ちがよろしいようで、超お上品な弾きかた。あまりにも洗練されすぎた演奏には多少抵抗があったけど、二曲めのブリテンでは一応ぶっ飛んでた。キれっぷりもやや優雅かも。 ブリテンのソナタはナマで聴くに限る。ピチカート大会になったりフラジオ大会になったり、チェロという楽器の無限なる表現力を存分に楽しめる。 最後のベートーベンのソナタ、奏者には失礼ながら、2楽章ではプチ熟睡してしまった。ベートーベンのこーゆう遅い楽章って苦手。 逆に言えば、人を眠りにいざなうほどに美しすぎる見事な演奏だったということになる。←反省してないし アンコールは「ヨハネスつながり」でブラームス。歌曲「サフォー頌歌 Sapphische Ode」作品94-4のチェロ版。いやぁー、名曲。 彼は今度、ブラームスの歌曲ばかりを録音してCDを出すのだとか。***** このチェリスト氏、いきなり子供用の小さめのチェロを持って舞台に登場したので驚いてたら、背が高くて脚が長いので、単に楽器が分数サイズに見えるだけの話だった(笑)。 おそらく上げ底の靴を履いていらっしゃるに違いなく。←ひがみ
Nov 23, 2008
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日本から来た旧友のニューヨーク観光につきあってたら、思わぬことを指摘されてしまった。「お前、アメリカ住むようになって、かなり性格悪くなったなぁ」。 げっ。 どうやら、赤の他人に厳しく、常に戦闘モードで突っぱって生きてるように映るらしい。 海外の治安の悪めな地域に住んでいる日本人はほとんどがそうだと思うけど、無意識のうちに警戒し、闘う姿勢を前面に出してしまう。少しでも気を緩めると騙されてしまうのは事実だし。 勝手にテンパってる僕の姿を見て、その友人は「イヤな奴」と思ったのだそう。確かに、人込みで鞄を触られただけで、その人をスリと一方的に疑い睨んじゃったりするのは度が過ぎる。ガラの悪い人間と思われても仕方ない。ちょっと反省。 ま、最低限の自己防衛はやっぱり必要。僕も今まで何度も騙されたり騙されかけたりしたし、騙されてからでは後の祭り、結局は自分の不注意ということになってしまうのがオチ。 自戒の意味も込め、自分が被ったプチ詐欺事件を以下に記録しておきたく。■おつりをわざと間違えて渡される 4ドル払いたいときに10ドル札で払うと、おつりの6ドルを全部1ドル紙幣で返そうとする店員はあやしい。そういうときは大抵1枚足りない。 で、店員の目の前でこれ見よがしに数え直して、(多少大きめの声で)「1ドル足りないんだけど!」と言えばすぐにもう1枚くれる。「あ、ごめん、数え間違えてた?」とか言って。しらじらしー。■余計にお金をとろうとする 4ドル払いたいときに1ドル紙幣4枚をまとめて渡してしまうと、受け取るやいなや、それをすぐに自分の手元の別の紙幣の上に乗っけて、「あれ、今3ドルしか貰ってないよ」と言う奴がいる。こ、こいつー……。 4ドル渡すときは、相手の目を見ながら、1、2、3、4と数えながら渡さないといけない。すごく面倒で疲れるけど、こちらではお常識。■食事の勘定が合わない 手書きの勘定書はあやしい。暗算の得意な我々日本人は、チャッチャッと暗算で確認しちゃうべき。電卓(や携帯電話)を使って確かめ算ってのもアリかも。店の人は嫌がるだろうけど。 実際、僕は桁がひとつ多い(=ゼロがもう一個ついてる)のを発見して絶句したことがある。 あと、観光地ではチップが予め勘定に含まれていることもあって気が抜けない。もともと上乗せされてるなら改めてチップを払う必要はないはず。かと言って、それに気づかずうっかりチップを渡そうとしても、わざわざ親切に「既に含まれておりますので結構」などとは教えてはくれない。二重に支払わないように注意が必要。■にせのワインを注がれる レストランでワインを注文するとき、ボトルで頼むならまだしも、グラスで頼むと、注文したのと全く違う安めのワインを持ってこられることがある。 こればかりは即座に立証が難しいけど、店の雰囲気を察して、あやしそうなときは目の前で注いでくれるよう頼むことも必要。***** まだまだあるのだけど、単なる愚痴、あるいは自分のおバカ度の暴露になってしまうのでやめとく。このブログの趣旨から外れちゃうし。←趣旨って一体……? 一時帰国してニッポンの「豊かさ」を存分に満喫し、そしてその後また戻ってくるとき、僕はいつもニューヨークの空港の入国ゲートのとこで自分をリセットするように努めている。闘いはこの空港から既に始まっている。おおげさだけど、自分を護るためには仕方ない。 ま、このあたり、敵との心理戦を楽しめるようになったら一人前なのだろう。 少なくとも、一緒にいる人までをも不快にさせることのないよう、心の余裕は必要か。 そこまでしないと生き抜いていけない土地に住んでることって、ちょっと哀しい。
Nov 22, 2008
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今年はイスラエル建国60周年でなにかと盛り上がってたようだけど、ついにイスラエルフィルもアメリカに上陸。 温暖なテルアビブからやってきた楽団員さんには気の毒なことに、今日この地は小雪が舞い、昼も氷点下という寒さ。しかし、なんとも熱い演奏を聴かせてもらった。なにしろ指揮はグスタボ・ドゥダメル。 最初にアメリカ国歌の演奏。楽団も聴衆も立ち上がって(チェロを除く)、みんなで胸に手を当てての大合唱。←僕は歌えないし、歌わない(笑)。 つづいてイスラエル国歌。会場の多くの人がちゃんと歌ってたのには驚いた。今日の演奏会、もしかして在米イスラエル人が大集合? そう言われてみると、髭のたくわえ具合とか、身につけてる服飾品(宝石や毛皮)の感じがユダヤ人っぽい人が多い。いつものクラシックの会場の雰囲気と違う。ヘブライ語(らしき言語)も飛び交ってるし。 前半はバーンスタイン二曲(首席エヤル・エイン=ハバルによるフルート協奏曲「ハリル」、及び管弦楽のための協奏曲「ジュビリー・ゲームス」)。フルート協奏曲にはアンコールつき。 オケコンにいたっては、お約束「マンボッ!」同様に奏者の掛け声が入ったり、あらかじめ録音された音声を重ねて演奏したり。さらには、即興と称して、指揮者に指さされたパートが適当に弾く、というのがあって大いに盛り上がった。みんなほんとに適当に弾いててグチャグチャの不協和音で笑えた。 団員さんによる曲紹介もわかりやすかった。「レニーとイスラエルフィルとの信頼は深く、今回のアメリカ公演で彼の曲を演奏することは意義深いことである」とか熱く語っていらっしゃった。 後半はブラームスの4番。指揮者の意図かオケの特徴か、内声よりも外声の輪郭をやや強調しすぎた音づくりをしているように感じた。 アンコールはプッチーニ「マノンレスコー」間奏曲とハンガリー舞曲(お約束)。1番?***** サイモン・ラトルやバーンスタインと比較されがちなドゥダメル氏、最近はなんかの記事でオバマ次期大統領との類似も指摘されていた。つまり、その分野に興味を持ってない人びとを振り向かせるカリスマ性を持つということらしい。業界では、世界各地に増殖するドゥダメル信者をドゥダマニア Dudamania と呼んでるみたい。 実際に楽団員がどう思ってるかは知らないけど、客として見る限りは非常にわかりやすい振りかたをする。有酸素運動的な振りっぷり。 ちょこまかと動くさまはコミカルでもあり、失礼ながら何度か吹き出してしまった。
Nov 19, 2008
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「リーダーシップ」とはいったい何なのだろう。(←お、重いっ……) 先週ピアノ三重奏の練習をしてるときに、ちょっとだけ口論になった。毎度のことながら三者の均衡感覚を揃えるのはほんとに難しい。音楽に限らず、三人という人数はただでさえ微妙だし。 どの程度まで個々人が勝手に弾き、どの程度まで協調し合い、どの程度まで「リーダー」が統率すべきなのか。互いの意識が少しずつ食い違ってて、いつのまにか緊張感の漂う練習になってしまった。 ピアノ弾きやセロ弾きに、「困るんだよねー、バイオリンの人がちゃんと率先して音楽づくりしてくれないと」とか言われると、思わずカチンと来てしまう。素直になれなくて。 っていうか、和を以って尊しとなすというニッポン(だか中国だか)の美徳もアメリカ人に少しは知ってもらいたいとも思う。 ま、やはり自分は「リーダー」には向いてないのかも、とちょっと凹んでみたり。 こんな自分でも、リーダーの経験がないわけじゃない。一応は過去にいろんなアマオケでコンマスとか首席を弾いたことがあるし、それに、ご幼少の頃は「生徒会長」もやってたのに……。←いつの話だ? 言い訳させてもらうと、僕だって、弦楽四重奏あるいはピアノ四重奏以上の編成で第1バイオリンを弾くときは、それなりに責任を感じながら弾いてるつもり。自分が弾けてないことをいちいち卑下して謙虚に振る舞っても始まらないので、それをちゃっかり棚に上げることも大切。上から目線、「あなたがたとは違うんです」的な態度でヒンシュクを買う一歩手前、指導ではなく主導するのが理想のストバイ像。 でも、これがピアノ三重奏となると全く違う。リーダーだの副リーダーだの言ってる場合じゃない。三人の間に明確な上下関係を設けることなど無意味。もしどうしても誰か一人が主導すべきなのであれば、それはバイオリンではなくピアノ弾きなのではないかというのが僕の意見。弾いてる音符は一番多いわけだし、ほかの二人の奏者にとって音も聞き取りやすい。***** リーダーと言えば、ここアメリカでは新大統領が決まった。オバマ氏を慕う国民は、選挙戦のときから彼のことを思い思いの呼びかたで敬意を表している。リーダーだけじゃなく、ヒーロー、あるいはメンター mentor(師、先輩、助言者)。黒人さんの間ではブラザーとも。 本屋に今並んでる雑誌の大半は表紙がオバマ。異様なまでの盛り上がりに、リーダーへの期待の大きさが窺える。 ついこないだまでもう一方の候補者を固く支持していた人も、あっさりちゃっかり鞍替え。アメリカ人のそんな変わり身の早さはあまりに潔く、感動的ですらある。そしてちょっと滑稽。追記: コンサートマスターのことをイギリス英語圏ではリーダーと呼ぶ。マイスターとかシェフとか、国によっていろんな表現があるらしい。そういえば以前、「マスターという言葉は、黒人奴隷が白人の主人をそう呼んでいた時代を思い起こさせて不快!」とか言い放ってた黒人の友だちがいた。
Nov 18, 2008
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久しぶりにNYフィルを聴いた。 整然とまとまった演奏という印象。細かぁーく音づくりをして築き上げたに違いないのに、それを感じさせない余裕ある奏法がこのオケの特長か。 しばらく見ないうちに団員さんがかなり替わったような。ますます国際化して、しかも若返った感じ。そういや昨シーズンは北朝鮮で公演したりして話題になってた皆さん。 曲によっては弦の1プル8人全員が女性。後ろにおじさんをずらりと従えて颯爽と弾くお姉さまがた、かっこよい。 今夜の演奏会、ひとことで言うなら、大陸っぽく東っぽかった。 棒はロシア人アンドレイ・ボレイコ(客演指揮)。ちなみに音楽監督のロリン・マーゼルは今季限りでフィルを去る。 演奏されたのは全て20世紀もので、半ばぶっ飛んじゃってる楽曲ばかり。 リャードフ:キキーモラ作品93(1909年) ハチャトゥリアン:バイオリン協奏曲(1940年)ギル・シャハム独奏 ギヤ・カンチェリ:Abii ne viderem(1992年) ストラビンスキー:火の鳥(1919年) 初めて聴くロシア人作曲家リャードフも興味深かったし、グルジア人作曲家 Giya Kancheli の曲(弦合奏、アルトフルート、ピアノ、ベースギターのための)の静寂も趣があった。 「火の鳥」は思ったより小編成(第1バイオリンは全6プル)だったものの、管につぶされることなく芯のある響きを作ってた。 でも、今夜の白眉はやっぱりハチャコンっ! シャハム氏が、舞台上で与えられた二畳ぐらいの立ち位置を存分に動き回りながら、適度にこぶしを効かせての熱演。お見事。 この協奏曲、自分にとって思い入れのある曲でもあり。 以前に所属してたオケで、プロのバイオリニストをお招きして演奏したことがある。譜読みには苦労したし、しかも自分はコンマスだったので、指揮者、独奏者、オケ団員のはざまで精神的に参ってしまった。以来、当然のように封印(笑)。CDは持ってるのに何年も聴いてなかった。 今夜久しぶりに聴いて、やっぱり名曲だと再認識。ナマで聴ける機会がもっとあればよいのにと思う。
Nov 15, 2008
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「我が姉の教え給えし歌」 さすがはおフランス、重くて苦しい題材をいとも淡々と語ってくれる。その背後にある見事な脚本や演出もさることながら、それぞれの役者の演技には唸らされる。 名作と言ってよいと思う。映画館(ニューヨーク市内)は超満員だった。 ←予告編(英語字幕) 15年間服役していた女が出所。妹の献身的な支えにも関わらず、本人はなかなか心を開こうとしない。 あらすじは基本的に以上。味付けが実に上手いし、最後には衝撃の真実も明かされる。 ちなみに、題名 Il y a longtemps que je t'aime は、姉妹が幼い頃によくピアノで連弾しながら歌った童謡だか民謡? 「家族」を描いた映画なんだと思う。血のつながりとは何なのかとか。そもそも、主人公が投獄された理由は自分の息子を殺害したというもの。 いろんな脇役が光っていたけれど、やはり家族が個性的、象徴的に描かれており。 姉妹の父は何年か前に死亡。母は認知症。 妹夫婦には子どもがふたりいるが、血はつながっていない(養子)。 妹の義父(同居している)は口が利けない。 翳りのある主人公をクリスティン・スコット・トーマスが怪演。妹役はエルザ・ジルベルスタイン。←かわいい スコットトーマス氏は、この夏やたらとニューヨークで話題に上ってて、実際、新聞や雑誌がこぞって彼女の特集を組んでた。チェーホフの芝居「かもめ」でオフブロードウェイだかの舞台に立ってたし、出演映画が二本立て続けに公開された(この映画と「唇を閉ざせ Tell No One」)。 英語とフランス語の両方を母国語とし各国の映画や舞台でご活躍。魅力的な役者さんだと思う。思わず惚れ直してしまったわけで。***** 終映直後の観客の反応が面白かった。拍手してる人、鼻水すすって泣いてる人、さっそく感想を周りの人(赤の他人)に大声で語り始めてる人。 それほど人の心を打つ作品だったと言える。 日本での公開はたぶん未定。
Nov 15, 2008
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「Et tu, Brahms? ブラームス、お前もか」 久しぶりにブラームスのトリオ1番に(再)挑戦。案の定、三人で仲良く喧嘩しながらの練習となってしまった……。(vn 自分、vc チャールズ、pf セス) きわめて個人的な好みの問題。名曲だとは思うものの、やはり天下のメントリにはわずかに及ばない。 作曲家自身が後年に書き直したものらしいけど、なんか必要以上に複雑になってる? 以前に弾いたとき(二年前)は、僕もこの曲が大好きだったのは事実。弾いてて楽しくてしょうがなかったし、ブラームスの音楽に近づけたと勝手に喜んでた。 でも、やっぱりそんなに単純な曲じゃない。そもそも、ロ長調(シャープ五つ)という調性にイライラさせられっぱなし(笑)。 冒頭しかり、随所に出没するフレーズが「字余り、字足らず」に思えて、気になってしょうがない。律儀に8小節とか16小節単位でまとまってくれるものと思って歌ってると、見事に裏切られる。ちゃんと綿密に計算して弾かないと、妙に歪んだ音楽に響く。 4拍子じゃなく2拍子ってのにも留意しなきゃいけない。 意外なとこでリタルダンドがかかったり、強引な五連符が登場したり。ここぞというときにユニゾンになってバイオリンとチェロとの純血が試されたり。 あちこちに罠が仕掛けられている。「期待と裏切り」そのものの錯綜する不思議な音楽。 今さらながら思うのは、ブラームスを弾くためにはあらゆることを理由づけしながら譜読みする必要があって、決して気を許してはいけない。いったん自分の下した決断をも見直すことも大事。 具体的には、自分の奏法に関し、第三者の客観的な意見を求めるということ。どこに強拍を置くかとか、語尾の長さとか。 偉大な作曲家の偉大な音楽を、一方的に馴れ馴れしく感じながら適当に弾いても逆効果。もっと掘り下げて練習していかないと。 この曲の3楽章アダージョなんて、まさにいい例。あんな短い楽章なのに濃厚。 そういったことを他の二人と言い争いながら練習してたら、結局はただの「こどもの喧嘩」みたいになってしまった。ブラームスをやるとかなりの確率で陥ってしまう哀しい現象……。
Nov 14, 2008
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「ルビーの指環」 三ヶ月ぶりにトリオを練習した。いつものチェリスト氏が都合がつかず、今回はチャールズにご登板いただく。ピアノはセス。 練習前半は例によってモーツァルト。このK542はなんとホ長調の作品。ちゃんと調べたわけじゃないけど、おそらく彼はホ長調作品をこれの他に書いていないのではないか。←勝手な仮説 前回(二年前!)この曲を練習したときと同様、三者の意見がばらつく。名曲と大絶賛する人、つまらないと一蹴する人、そんな二人のあいだに挟まってオロオロする人(自分)。 さて、この曲を弾いてるとイヤでも印象に残るリズムがあって、それは装飾音符つきの16分音符、要するに三連符にしてタララタンと弾くとこ。1楽章↓終楽章(3楽章)↓ ずっと前から気になってたのだけど、この音型ってモーツァルト後期の専売特許? 同様の音型が出てくる曲がほかにもいくつかあったような。ピアノ三重奏曲4番変ホ長調K502↓ピアノ四重奏曲1番ト短調K478↓ピアノ協奏曲22番変ホ長調番K482↓ ほかの作曲家の楽曲でこの音型を効果的に用いてる曲って、なかなか思い浮かばない。 強いて挙げれば、「ルビーの指環」のイントロ。
Nov 14, 2008
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先月、仲間とともにラヴェルの弦楽四重奏に取り組む機会があった。 練習は難航を極め、なかなか先が見えず、結局は適当に切り上げざるを得なかった。次回の練習日程も決めぬままに散会。果たして再度ラヴェルに挑戦する日は来るのだろか。そもそも、それに見合うだけの気力、体力、実力が自分にあるかどうかが疑わしい。 喰わず嫌いはよくないとは思いつつ、やっぱりフランスものは苦手。フランス語で書かれた譜面を見るだけで尻込みしてしまうし、あの独特の浮遊感には居心地の悪ささえ感じてしまう。まだまだ修行が足りないのは自覚してるけど、敢えて挑戦しようとする意欲がなかなか湧かないのはマズい。 さて、今年2008年はフランスの作曲家オリビエ・メシアン Olivier Messiaen の生誕100年記念の年だったそうで。 クラリネットを吹く友人シャーマン氏は、なんとメシアンおたく。彼から「メシアンやろう」というメールが来てた。 僕はすぐに快諾。なぜって、てっきり単なる綴りの間違いで、ヘンデルのメサイア Messiah のことだと思ったから(笑)。←メサイアおたく メシアンの「世の終わりのための四重奏曲 Quatuor pour la Fin du Temps」(pf, cl, vn, vc) 。絶対弾けるわけないって、そんなの。 シャーマン氏ってば、高額な譜面を自腹でご購入、ピアニストとチェリストまで既に見つけて気合い充分。ちゃんとCDまで用意してくださった。 三度の飯よりメシアンが好きな人がいることはかなり意外。僕にとっては、「なんとなく名前は知ってる作曲家」でしかなかった。 結局、練習の件は丁重にお断りした。全然自信ないし。***** でもやっぱり、フランスものだからと言って、(かつ現代ものだからと言って)毛嫌いするのはよろしくない。弾けなくたっていい。聴くだけで充分だから、少しずつフランス音楽に慣れ親しんでいきたい、そう決意を新たにしている昨今なわけで。 当面の目標は、フランソワ・クープランとフランシス・プーランク。両作曲家の違いを正しく認識できるようになって、いつの日かその知識を思いっきり自慢してみたい。←どこで?(↓ラヴェルのボレロを三通りの演奏で) 二台ピアノ編 大道芸編 チェロ独奏?編
Nov 13, 2008
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先日に続いて飛行機ネタ。 以前ほどの頻度ではありませんが、飛行機を利用することがそれなりにあります。短時間の飛行ならともかく、国際線ともなると長いこと密室に閉じ込められるわけで、できるだけ快適に過ごしたいもの。 特に独りで飛行機に乗るときは、話し相手もいないし、かと言って時差調整の関係であんまり寝たくないときもあって、時間の使いかたを工夫する必要があります。映画を観たり本を読むという手もありますが、そんなの地上でもできるし、なんか芸がない。←芸って? 隣の席の人が「いい人」だと手っ取りばやい。意気投合して話し込んじゃって時を忘れたり。 でも、逆に、隣人によっては苦痛のフライトにもなりえます。しゃべりだしたら止まらない人とか、あるいは無言のまま肘かけ(アームレスト)の争奪戦を仕掛けてくる人とか。 ビジネスクラスに乗れば快適かと言えばそうでもなくて、僕がたまに遭遇するのは、中年オヤジが泥酔しながら偉そうな態度で乗務員を困らせてる場面。日本人に多いかも。なんか片腹痛い。***** 実は、僕はいまだかつて日本の航空会社(の国際線)に乗ったことがありません。 今ではもう欧米系(というか米系の)会社の大雑把なサービスにも慣れてしまったので、機上でのサービスには過度には期待してないし、当たり外れがあることも受け入れてます。 怖そうなガイジン乗務員さんに、「ほら、そこのあんた、何が飲みたいのっ? えっ、What?」と怒られてオロオロしながら、「お、おれんじしゅーす、ぷりーず」とか小声で言ってる始末。 それにしても、アメリカの航空会社の客室乗務員さんらの、個性の強さ、態度のデカさというのは、なかなか潔い。我々日本人は、乗務員に対して特殊な妄想を抱きすぎてるのかも。 サービスがいい加減なのはいただけないものの、それでもマニュアルが厳格すぎないぶん、裏を返せば柔軟性があったりもして、交渉次第では意外に快適な空の旅になりうるわけで。 僕の最近の成功例としては、エコノミーに座っていながらビジネスクラス用のワインを飲ませてもらったりとか(せこい?)、あと、きれいな乗務員さんからメールアドレスをゲットしたこと!(自慢) ↑その後すぐに連絡したのに音沙汰なし(笑)
Nov 11, 2008
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実はプチ高所恐怖症の自分であります……。 先日いきなり、「熱気球で上空を周遊してみないか」などというお誘いを受けてしまいました。 今みたいな紅葉の季節、大地を上から見渡すのはさぞかし気分がいいことでしょう。気球に乗ってどこまでも……、確かに体験してみたい気もする。 でも、丁重に断りました。値段も高度も性格も、「お高い」のってやっぱり苦手です。 思い起こせば、かつては高いところが大好きでした。超高層ビルの最上階とか、山のてっぺんとか、あるいは空の上とか。 海外の峡谷で、確か当時世界で一番高いというバンジージャンプに挑んだこともあったし、さらには味をしめてスカイダイビングまでやっちゃったこともありました。大きな空のド真ん中で自由落下していくのは快感でした。地球を制した気分で勝手に興奮し、その夜は眠れなかったのを覚えてます。それはそれは貴重な体験でした。 あの頃は若かった……。でも今ではなぜか高所恐怖症。あのスカイダイビングの日のことを思い出しただけで冷や汗が出てきます。高度2000だか3000メートルの上空までヘリコプターで旋回しながらゆっくり上がっていくあの20分間。ヘリの騒音。振動。 ま、高所が苦手だからといって、さすがに飛行機での移動までは避けるわけにもいきません。 地上でのこまごまとした雑事を一瞬でも忘れられる(ような気がする)あの空中独特の感覚は好きでもあります。 墜落したらもちろんイヤだし、精神的に落ち着かないこともありますが、気合いを入れ、念仏のように「僕は死にましぇん!」と自分に言い聞かせながら長時間の飛行を乗り切っております(笑)。***** 話はがらりと変わって、飛行機に乗るたびになんとなぁーく思い出す映画を、以下に書き出してみます。■生きてこそ(1993年アメリカ)Alive 厳寒のアンデス山脈に墜落した飛行機の乗客が、飢餓と寒さと戦いながら生還を果たす話。■フィアレス(1993年アメリカ)Fearless 飛行機事故から生還したものの、精神的な後遺症に悩む人々の話。■エアポート'98/遭難機771を救え(1993年アメリカ)Mercy Mission:The Rescue of Flight 771 機器の故障で空路を外れて遭難してしまったセスナ機を、近くを飛んでいた大型旅客機が救出しようとする話。■ハートブルー(1991年アメリカ)Point Break (内容は全く覚えてないものの、スカイダイビングの場面があったよーな……)■フライトプラン(2005年アメリカ)Flightplan 密室のはずの機内で娘が行方不明になり、必死で捜索する母親の話。(心理サスペンスなのに、ツッコミどころ満載の娯楽大作。主演ジョディ・フォスターもさることながら、機長役ショーン・ビーンの演技もハマりすぎてて笑える)<番外編> 現代作曲家シュトックハウゼンは、弦楽四重奏曲「ヘリコプター」とかいうのを作曲。ヘリ四機に奏者を一人ずつ乗りこませ、上空で演奏させる! 動画***** なんか、こうやって書き出してたら、熱気球、一度ぐらいは体験してみようかとも思い始めてきました。
Nov 9, 2008
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選挙戦が終わり、オバマ政権誕生で盛り上がってる亜米利加でございます。合い言葉「Yes, We Can」とか言っちゃって、誰もが興奮気味。寝不足の人も多い。 特にこの一ヶ月はどこへ行っても誰と会っても選挙の話で持ちきりでした。当初こそ、オレってどうせ選挙権のないガイジンだしぃー、と他人ごとのように傍観しておりましたが、今となっては、歴史的な瞬間に居合わせてるような感覚もあります。 人種(race)ということを考えさせられた選挙戦でした。普段仲良くしてる、決して裕福ではない黒人の友だちが、オバマ候補者のために多額の献金をしては有権者宅をせっせと戸別訪問してたり、あるいは、白人の友だちが、こてこての民主党支持者のくせして、「黒人の大統領なんて絶対イヤ」という差別発言をぶっ飛ばしてたり。 人種差別の問題って、実は日常茶飯事。僕もそれなりに差別にあうけど、持ち前の鈍感力で何とか乗り切ってる状態。 かつての悪友ジェラルド君(白人)は黒人女性と結婚したのですが、ある日、彼の家を訪ねてきた白人セールスマンに、「そちらの黒人さんは誰? 掃除のおばさん?」とか言われて憤慨なさってました。***** さて、アメリカのクラシック音楽界における人種の分布について。←強引に音楽ネタ。 クラシックの演奏会を聴きに行くと、舞台と客席とで人種の分布がまるっきり異なってることに気づきます。 まず、観客席は圧倒的に白人が占めてます。しかも富裕層、お年を召した方が多い。だから、僕みたいに、白人でもない、富裕層でもない、お年もそれほど召していらっしゃらない人間が客席にいると、ちょっと目立ってしまいます(←自意識過剰?)。実際、先週聴きに行ったピアノリサイタルでは、アジア人は僕だけでした。 でも、舞台に目をやると人種はさまざま。アメリカのオーケストラの奏者は、(プログラム冊子の団員名簿から推し測るに)アジアや東欧ロシア系の奏者がかなり多いです。ヒスパニック系も少々。 そもそも、アメリカでも浸透してる日本生まれの教育法「Sズキメソード」のおかげで、アジア人とバイオリンを自然と結び付けてる人は多いようです。 でも、そういえば黒人さんのクラシック奏者はあまり見ない。 メリル・ストリープ主演の映画「ミュージック・オブ・ザ・ハート」(1999年アメリカ)を思い出しました。ニューヨークのハーレムで子どもたちにバイオリンを教える教師の話ですが、映画のなかで「黒人のバイオリニストが世の中にいないのはナゼ?」という台詞が印象に残ってます。 アフリカ系アメリカ人の演奏家、これからじわじわと台頭してきそうな予感です。 なんとなく目にし耳にする団体は、ヤングエイトとリッツチェンバープレイヤーズの皆さん。 なにはともあれ、この数日、僕の周りの黒人さんたちはすごく元気なのであります。 メンぱち(動画)
Nov 7, 2008
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夏の終りとともに始まったジャズピアノの修行。道はかなり険しく思われ。 今さらながら、ジャズ理論って想像以上に奥深い。 マイルス・デイビスの曲を教材に、ブルースのコード進行に乗って、いかにジャズっぽい旋律を弾くかが当面の課題。今日の稽古でも音階と和声について集中的に学ぶ。 「リディア音階」に使われる音符を使って旋律を作る、という作業をやってみる。調はどんどん変わっていくので、その調での Lydian dominant scale と言われても、即座には何がなんだかわからず。 考えかたは何通りかあって、例えば、B♭7(♭シ、レ、ファ、♭ラ)のコードだったら、根音の二度上の調(=C)の構成音(=ドミソ)を加えた計七つの音、と覚えるのが一番手っ取りばやいらしい。ってことは、B♭7とCの二つのコードが共存/混在してるみたいなもん? ほかにも、「ドリア音階」のこととか、和声における倍音 overtone についても学習。師匠のデイビッド先生、楽典だけじゃなく物理学にも長けてるらしい。 あと、耳をもっと鍛えなさい、と指摘された。鳴ってる音を一音でも逃すまいという執念というか。 基本は根音から数えて七番めの音=セブンスであることに変わりはないものの、四番めの音の半音の差を聞き分ける聴力も必要なのだそうで。 わざと音をぶつけて不協和音を作るのは四番めの音が効果的だし、半音変わるだけで「色」が全然違って見えるはず、とのこと。C調だったらファの音をシャープにする? うーむ。「色」と言われても……。僕は絶対音感もないし、コードの色というのが全然見えないのだけれど、師匠は、何度も聴いたり弾いたりすれば大人でも耳は鍛えられると力説なさる。 ピカルディの三度の音が聞き取れて嬉々としてるようじゃ、やっぱダメ?<次回までの宿題>一、ブルース形式で適当に一曲完成させる。左手でコード、右手で旋律。一、ドリア音階を十二調全てで弾けるようにしてくる。 さらには、次回からはビーバップに挑戦することになった。課題曲はチャーリー・パーカーのヤードバード組曲 Yardbird Suite。 先日は、色つきの自然を堪能してきました
Nov 5, 2008
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