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公園内にある動物園の小動物を子供たちに触らせる(えさをやる)イベントだ。モルモット、ウサギ、そして少し大きいヤギ。野菜くずを小さく切って紙コップに入れて配り、糞の掃除をする。開始と同時に行列が出来る。ヤギは自分よりも大きいので子供たちは初めは怖がっている。おっかなびっくり、おそるおそるで触ってみる。餌はキャベツ、ニンジン、白菜。ところが、始末の悪いのはむしろ親だ。ヤギはほぼ見境なく食べる。ワラや干し草も好物だが、用意された餌はもっと好き。食欲も旺盛なのはいいが、紙コップまで食べさせる輩がいる。首を抱えて手で取り除けばいいのだが、間に合わない事もあった。また、モルモットの寝わらを持ってきて与える。どうして用意されている以外のものを与えるのか。「どうしてこちらで用意したものを与えないの?」「いろいろ食べさせるのが面白い」隣には「勝手にものを与えないで下さい」と書いた看板が檻に張ってあるのだが。そしてこれは大人の答なのだ。たまたまヤギだから草なら何でもいいのだが、「何でも食べさせる」事を子供に教えてもらっちゃ困るのだ。こう言う人に限って「ドッグフードは○○でないとダメ」なんて言ってるんじゃないかと勘ぐる。そこに子供がやってきた。幼稚園くらいだろうか。「おじさん、ここの草はヤギさんにやってもいいの?」うん、この子の方が大人だよ。何もないのにやるふりをする詐欺師的な客もいる。こう言う人が買い物袋をかっさらわれて苦情を言うのだ。「そんなもの、不用意に持ってくる方が悪い!」樹脂袋を食って苦しむのは動物なんだが。
2019年03月31日
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周りに正確な音がある中で歌うとこんなに気持ちの良いものかとうれしくなった。豊中混声合唱団の委嘱曲、「ゆずり葉の木の下で」のワンステージ公募にいってきた。この歌を歌うのは6年ぶり。8割くらい忘れていたんじゃないかと思うが、小さな事故もやりながらなんとか混じる事が出来た。うまくなろうと思ったら、やっぱりうまい人の多い合唱団で過ごさなきゃいけない。合唱と言うのは不思議なもので、全く初対面でも共通の楽譜があれば歌える。それだけで仲良くなれる。共に歌う事で連帯が出来る。理解と調和、世界平和の象徴みたいなもんだ。豊中市立文化芸術センターの構造には驚き。練習室がすべて2重扉の防音でほぼ完璧。ほとんど音は漏れてこない。そんな部屋が3つもあり、他にスタジオがある。うらやましい限りだ。しかし片道1500円の交通費と2時間の時間は何とかならんもんか。
2019年03月30日
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タマネギを作っているが、なぜか同じところにホトケノザが生えてくる。七草の頃にはまあかわいい部類の野草だが、この時期にはかわいいなんてものではなく、ちょっと油断するとタマネギの吸収すべき養分を総取りしているんじゃないかと言う勢いだ。写真では結構可憐にみえるのだが・・・そしてこの時期からタマネギは太りだす。同時にべと病が出てくる時期でもある。今年はビニールの穴あきマルチでなく、不織布のものも使ったのだが、これがすこぶる調子が良い。雨で適当に水分が入り、また蒸散するせいかも知れないが、来年からは全面的に切り替えようと思う。5月が収穫なのでどのくらい太るか楽しみ。
2019年03月29日
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久しぶりに神戸に歌いに行った。混声で少々不完全燃焼でたまっているストレスが吹き飛ぶと同時に未熟さに打ちのめされる。このグループとは5月にジョイントコンサートをやる予定なので合同曲にも熱がはいる。振りをつけるテンポの速い曲には「ついていけないから俺は降りる」と言う声も少なくなかったが、指揮者の「意外ときちんと歌えてるじゃないですか」と言う言葉に「これなら出来そうだ」と空気はがらりと変わった。「次の練習に出させてくれないか」「では日曜に女声と合わせをやりますからどうぞ」合唱はいきなり本番、は難しい。事前に演奏して、ズレを修正していかなければならない。今まで反対、コロッと賛成。まあこれが多分合唱オタクなんだな。男声合唱団の演目は「おかあさんのばか」小学校六年生でお母さんを脳内出血でなくした女の子の書いた詩に磯部淑と中田喜直氏が曲をつけ、ダークダックスが初演した曲である。
2019年03月28日
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「自動販売機に変なものが詰まってた」女房が持ってきたのは千円札を短辺で三つ折りにした真ん中だけを切り取ったもの。透かし部分を含んだテープ風のものだった。先代からやっている酒屋がこの頃は開店休業状態で、自販機だけの営業になっている。周りにいくつかセロテープが張ってあるのを見ると、透明な台紙か何かに貼り付けて投入し、千円札を誤認識させて商品と釣り銭を盗もうとして失敗したのではないかと思われる。くしゃくしゃになった破片を持っていても仕方がないので荒らされた形跡はないが、ポリエチレンの袋に入れて警察に届ける事にした。取り出した時の状態は、と細かい事を聞かれたら返答が出来ない。女房に電話をしたら美容院でカット中だと言う。幸か不幸か警察からあまり離れていない美容院なので「後で警察に来てくれ」ということで私は自販機の鑑識に立ち会うため、警察車両で(パトカーではなくアリオン、5ナンバーだがパトライトは飛び出すようになっていた)帰宅した。ドラマに出てくる毛玉のでかい奴で粉末を振りかけて指紋を採るが、あまり取れなかったようである。「その粉はカーボンですか?」カーボンだったらもっと軽いのを知りながら、しらじらしく聞いたら、「鉄粉に表面加工をしてるんです」と言う返事。昔はアルミだったらしいが、今はこれらしい。「よくあんな袋に入れてきましたね」「科捜研の女の見過ぎですね。まあ分析の仕事をしてたので出来るだけコンタミの少ないようにとピンセットで入れました」しかししっかり指紋は採られた。「この件での鑑識作業後は捨てますから」ということだ。そりゃあ犯罪と関係のない試料をおいてたってしょうがない。邪魔になるだけだ。警察に戻ると女房も来ていて、既に報告書も出来ている。「この手口は比較的古いですね。相当高齢者かも知れません」「それじゃ自販機の古さに合わせてやったんでしょうかね」「もともとこの地域の自販機被害は少ないんですが、他の事案の参考にさせてもらいます」などと話しているうち、この試料(千円札)を返せと言わない誓約書みたいなのもかかされ、結局2時間あまりの浪費。次に同じような事があったら、再度届けるべきか、ちょっと迷う。
2019年03月26日
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メサイア出演の時の事、中学生とともにハレルヤコーラスを歌う。中学生はまだ体が完成しておらず、声楽に取り組む子の多くは高校生になってからだ。しかし何かの形で「生」にふれる事には大きな意味があると思う。私は音楽(合唱)愛好家の一人に過ぎないが、人の声の勢いとか、ホールの響きとか、ハーモニーは中にはいってみないと分からない。生徒の親も来ていて、「生の演奏は違う」と礼を言われたそうだ。ヘンデルはバロック音楽の幹みたいなところらしいが、門外漢の私にはまあどうでも良い事だ。ただ、トランペットの原形を初めて見た。今のトランペットのようなピストンがなく、すべての音階を唇だけで出すそうだ。どちらかと言えば長さの変わらないトロンボーンみたいで、息で凝結する水を口から逆さまにして出さなければいけないような代物である。「つば抜き」なんてもちろんない。更に完全な管ではなく、板を曲げてある程度の形にしてから別の板をそれに沿わせてひもで縛るだけで、溶接やろう付けと言うような事はしていないと言う。で、それの何がいいのかと言うと、音が柔らかく、合唱との相性が非常に良いんだそうだ。現代のトランペットは華やかなだけに他の音を殺してしまうと言う先生の話だ。東京藝大の関係者の話なのでそうなんだろうと思う。宮廷音楽のメインみたいなものだから、その当時はそういう音だったんだろう。ひょっとしたら楽器の完成度が上がるとともに声と楽器が離れていったのかなとも思う。もう一つ驚いたのは、ティンパニーにガーゼが貼り付けてあった事。これによって効率を落とし、パパーンという華やかな音を抑えたのだそうだ。いわば古楽のために楽器を退化させた格好だろう。そう言えばチェンバロがピアノの原型と言われるが、チェンバロの音もピアノに比べれば強弱がなくて地味に聞こえる。キーの白と黒がピアノと逆で、古くはピアノが反乱を起こしたのだろうか。バロックの時代の再現もなかなか大変だが、ちょっと古代に遊んでみるのも悪くない。
2019年03月25日
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メサイアの初めてのステージ、正直ついていくのがやっとだったが、曲を通じて新しい仲間が出来るのは楽しいものだ。ハレルヤコーラスは若い時に2度歌ったが、全曲となると楽譜も広辞苑の1/5くらいの厚さになる。1kg弱あるのを左手で持って歌っていると、震顫が出てきて、ぐらぐら揺れ出す。これを落としたら悲劇だ。何よりステージを壊してしまう。指導の先生が気付いてくれて、譜面台を使う事になったが、これもこれで入退場の時には邪魔なもの。幸いひな壇がカーブしているのでそのカーブの空間を使う事にした。人の移動の時は同じ段で水平移動するのでイスと同じスペースに押し込んでしまえば良い。あちこち出だしのタイミングが「おっと!」だったが、ずるくごまかした。大曲と言う事では第九の合唱よりも長く、速度の変化も大きい。しかし第九よりもメサイアの方がハーモニーがきれいなので私はこっちが好きだ。テナーの最高音はAで同じなのだが、メサイアの方が良く歌える。ベートーベンよりもヘンデルの方が好きだな。次回はもう少しきちんと練習しよう。(反省)
2019年03月24日
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最近手に入れたiphone5S、メモリはわずかに16GBなのでアプリは最小限しか入れていないが、0simのおかげで実質無料のクラウドサービスがつかえる。Cloud Drivingはドライブレコーダだ。あるレベル以上の加速度を検知する(衝突、急停止、急ハンドルなど)とそこから前後15秒ほどをcloudに記録してくれるらしい。私の場合、あまりまじめに固定していないので事故でiphoneがぶっ飛んだらどうなんだ、と少し心配するが、どうも検知してから記録が始まるので、この間に壊れたら多分役に立たないのでは?と思う。このソフト、かなりクセも強い。GPSを使って速度の記録もしてくれるが、これが実際のメータとは少し違い、5-10km/hくらい遅い。また、トンネルにはいると電波をつかめなくなるので速度は0になるが、出たからと言って100数十キロの速度表示にもならない。また距離計もついている。これは出発点からの変異量を測るからまあまあ正確なのではないかと思うが、高速を使って練習場の高校まで15kmと表示されているが、所要時間が30分にもなる。一般道の渋滞や信号が原因だが、これでは実質30km/h程になり、いかに自動車と言うのが遅い乗り物か、思い知らされた。そう言えば並走するロードバイクに何度も抜かされ、また何度も追い越した。高速を走る時は便利だなあと思うが、ガソリンをたいて自転車並みとは、情けない。かえって自転車の方が最短コースを選べて速いかも?と思ったらちょっと悲しくなった。
2019年03月23日
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ただただ「努力の人」と言うしかないと思うが、日本でのメジャーリーグ開幕と言うだけで花道を作ってくれたのではないかと思う。45才、私が老眼鏡のお世話になり始めた頃だ。球がよく見えなくなっていたのではないか。引退インタビューは今日のニュースで文字で見た。イチローらしい会見だ。大記録を自慢せず、謙虚に。マスコミ泣かせではあるかも知れないが、鉄人であり、哲人であったと思う。野手として初めてメジャーにいき、昨年は大谷がまた新しいジャンルを開いた。イチローは細かったが、大谷は外人と比べても全く見劣りしない。まだ若いし、これからも楽しませてくれる事だろう。本人のインタビューにもあったが、若い力を育てる側に回って欲しいものだ。
2019年03月23日
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ただただ「努力の人」と言うしかないと思うが、日本でのメジャーリーグ開幕と言うだけで花道を作ってくれたのではないかと思う。45才、私が老眼鏡のお世話になり始めた頃だ。球がよく見えなくなっていたのではないか。引退インタビューは今日のニュースで文字で見た。イチローらしい会見だ。大記録を自慢せず、謙虚に。マスコミ泣かせではあるかも知れないが、鉄人であり、哲人であったと思う。野手として初めてメジャーにいき、昨年は大谷がまた新しいジャンルを開いた。イチローは細かったが、大谷は外人と比べても全く見劣りしない。まだ若いし、これからも楽しませてくれる事だろう。本人のインタビューにもあったが、若い力を育てる側に回って欲しいものだ。
2019年03月22日
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雨降りお月さん 雲の蔭お嫁にゆくときゃ 誰とゆくひとりで傘(からかさ) さしてゆく傘(からかさ)ないときゃ 誰とゆくシャラシャラ シャンシャン 鈴付けたお馬にゆられて 濡れてゆくいそがにゃお馬よ 夜が明けよ手綱(たづな)の下から ちょいと見たりゃお袖でお顔を 隠してるお袖は濡れても 干しゃ乾く雨降りお月さん 雲の蔭お馬にゆられて 濡れてゆく野口雨情作詞、中山晋平作曲のあまりにも有名な童謡だが、夕べの練習の帰りがまさにこれだった。雲に隠れた月から地上に光が届いて、雨も降っていると言う場面だが、この歳になるまでこんなシーンに出会った事がなかった。野口雨情は関東の人なので、関東では珍しくもない光景なのかも知れないが、瀬戸内ではあまり見かけないように思う。何か得したような気分になった。
2019年03月21日
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12年の刑期を終えて再審請求が認められ、再審が始まればおそらく無罪と言う事件、容疑者にされたのは軽度の知的障害のある女性だと言う。「こうだろう」と強く迫られると「はい」と言ってしまうのだそうだ。なぜか小学校においては「名前を呼ばれたら『はい』と答えなさい』と教わる。出来たら褒めてもらえる。ところが知恵遅れの子供は「はい」が、単なる返事であるのか、肯定の意味を持つ言葉なのかは区別が出来ない。だから『はい』と言えばいい、みたいに考えるのか、とんでもないところで「はい」ということがある。『右?左?』右と左と言う概念的な言葉を理解するだけでもたいしたものだが、こんなところで「はい」と言ったりするのである。うちの自閉君のように知的障害が重度である場合は会話にならないので『責任能力なし』に分類されてしまうだろうが、軽度の場合はかえって始末が悪い。相手に良いように会話が組み立てられてしまう。「取り調べでみとめたじゃないの」で詰まってしまったのだろうと思う。それにしても12年、若い時のそれはとてつもなく長い時間である。国家賠償が請求されるだろうが、時間ばかりはどうにもならない。
2019年03月20日
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確か成人式で紺のスーツを作ったのだが、やっぱりというか着る機会はなかった。現在母が要介護3で94才、私の祖母が亡くなった年になっている。まだ死相は出ておらず、元気にしているが何せ高齢、いつ何時葬式になっても不思議ではない。自閉の障害で、ともかくじっとしている事が苦手である。葬式で焼香だけ済ませたら開放してやる事が本人も家族も楽である。しかし衣装だけはふさわしいものにしないとまずかろう、と言う事で黒のネクタイだけは用意しておこうと言う事になった。当然ワンタッチのものしか無理である。しかし田舎の事、どこへ買いに行く?Amazonで済ませる事にし、注文したらすぐに届いた。ところが、ファスナーを使って首のサイズを合わせるらしいのだがこれがびくとも動かない。返品して他を捜したら、ストッパーを使ったものが見つかった。これならはずすくらいは自分で出来るかも知れない。自閉とはまことに面倒くさい障害だ。多分葬式当日も誰かの保護を受ける事になるだろう。施設の職員に来てもらって焼香が終わったら引き渡すように手配を今からシミュレートしておかなきゃいけない。葬儀の場面になったらそれどころじゃないはずだから。
2019年03月19日
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暴言問題で辞職した明石市長が辞職後立候補を要請され、立候補して当選した。明石市民ではないが、私の周りでも「することしてるやんか、失言だろ」と言う擁護論が多かったと思う。中には「火をつけろ」くらい日常会話に出てくるよ、と言う人さえいた。もちろん冗談でだろうが。むしろあのタイミングで古い録音を出してくる方に闇がつながってるんじゃないか、と思う人も少なくなかった。子供を育てやすい環境作りをして転入者を増やした実績が評価されたと言う事だろう。実際、新快速ならJR明石駅から神戸駅まで15分ばかりのところだから、六甲の山陰よりも便利だと思う。昔から選挙の度に「なりたい人よりなって欲しい人を」と言われるが、今回はその後者であったのだろう。開票から30分ほどで当確がでた。再選により、残りの任期は4月半ばまでで、また選挙があるそうだ。対抗馬が出るのかどうか。今回の結果で「新人の当選は無理」という雰囲気になり、無投票になるなら少しは経費節約になるのだろうが。選挙に使うよりも市民生活に使って欲しいと思うのが市民の感覚ではあるまいか。
2019年03月18日
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6年前に「緑内障の疑い」といわれ、町の眼科で診察を受けたが、あまりはっきり分からないとの事で娘の勤めている総合病院で再度検査を受けた。緑内障が専門、との事だったが、視野検査で右のごく一部にその兆候が見られる、との事で経過観察で半年に一度受診しているが今回も「ほとんど進んでいない」との判定だった。この検査、検査者の腕がもろに結果に響く。町医者では看護士がそれをやり、半球のドームみたいな板のどこかに輝点を出すのだが、板の上をなぞっていくようなやり方をするものだからどこが光るかはそれを追えばいい。止まったところで合図をすればいい。ところが総合病院の方ではこれをコンピュータがやり、輝点の移動は分からないようにできている。移動中は消しているのではないかと思うが、輝度も異なるし目を動かしたら注意されるから何かでモニターしているのだろう。この方がよほど目的に合っている。緑内障と言うと、昔は「あおそこひ」と言って眼球内に膿がたまると言われていたのだが、今は視神経がいたんでいく病気と言う定義だそうだ。眼圧が上がるとも言われるが、上がらない緑内障もあると言う。経過観察が続くが、点眼薬を使い始めるとやめられなくなるので特に視野欠損など深刻な状態にならない限り使わないようにしましょうと言う医師の提案に従い6年になる。結婚して丸くなりましたね、と娘の事を言われた。相方の操縦がうまいか尻に敷いてしまったかはわからないが、小さい時から負けず嫌いで気が強い。まあ人の気持ちを慮るようになったなら親としてはうれしい事だ。「ではまた半年後に」いつまでも続けばよいが。
2019年03月17日
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孫が正月に遊びに来た時に録画したものがたまたま残っていて、自閉君がこれを何度も見ている。どこでも言われている事だが、自閉症と言うのは変化に対応するのが苦手と言うか、やりたがらない。映像が好きで、同じところを何度も見る。普通の子の「何度でも見る」はまあ20回も見れば飽きてくるが、自閉のそれは桁が違う。だから映像機器が不調になったり壊れたりした時の対応は大変だ。バックアップマシンが欲しくなる。それはさておき、この「怪傑ゾロリ」の歌を山寺宏一、百田夏菜子がデュエットしているが、山寺氏の声と百ちゃんの声を聞き比べてその本質的な差がよく分かる。山寺氏はいろんな声色を使い分ける事でも有名だが、生で使える声だ。百ちゃんは残念ながらマイクがないと使えない声。育ちも経験も訓練も違うから、当然だとは思うが、もう一皮むけて欲しい。少し前に地元で童謡のコンクールがあったが、団体の部でもマイク採点で大いにやる気を無くした。コーラスのコンクールはマイクなしが原則。会場の事情もあったが、「マイクの使い方がうまい童謡」ってなんだ?と思った。マイクを通した声と反響版による声はハーモニーが違う。重唱と合唱は似ているようで違う。重唱はパフェ、合唱はミックスジュースって感じかな?もっといい表現もあると思うが今は思いつかない。
2019年03月16日
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このところ寒気が降りてきたせいか、朝の冷え込みが霜になっている。太陽が少し顔を出せばみるみる暖かくなるが、今度は冬のような風。首筋を吹き抜けて冷たい。そんな中でも杏のつぼみが膨らんできた。桜よりも10日ばかり早いだろうか。家の庭ではまず杏が開き、次に大きなアーモンド、それから山に桜が開く。来週からは暖かいそうだが、まだストーブのお世話になっている。本来は写真を載せるべきなのだが、娘にカメラをとられて(新婚旅行)19日以降にお預け。もうしばらくは春のじゃがいも植え付けと整枝に専念かな。
2019年03月15日
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コーラスと言うのは誰でも気軽に、みたいな印象があって実際いろいろなグループがある。しかし、「持続」とか「発展」とかになると若干話は変わってくる。合唱オタクが構成員の中にいる事が絶対条件だ。指揮者とのケンカも恐れず、「その指揮じゃ分からん」と平気で(でもないが)言う。そのかわり「響きが低い!」などと言う指摘には素直に従う。「音がとれてない」は最大の恥である。「聞きあう」事が最大の目的。ボロクソに言われても折れない。ひたすらハーモニーを追求する。遠路練習に通う事をいとわない。そんなのが合唱オタクである。オタクが多ければ多いほど、運営はスムーズになる。多くが学生時代から鍛えられ、それこそ甘いも酸いも味わい尽くしているから、勘所もつかむのが早い。実務や雑務にも強い。演奏会の流れや演出もほとんど瞬時に組み立てる。ひょっとしたら関東では「オタク」と呼び、関西では「アホ」と言うかも知れない。
2019年03月13日
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公園管理の仕事の中にはトイレの掃除もある。いわゆる公衆トイレなのでユーザーの質と量と汚れが相関する。「あら〜えらいことになっとるわ」と仲間が叫ぶ。床も便器も汚物の山になって、なで回したのかと思うような跡さえある。普段なら舞い込んだ落ち葉を掃きとって、便器を洗い、モップで仕上げれば終わるのだが、そんなレベルではない。まあ、水は流し放題にできる構造なので水で緩めてから洗剤をまき、デッキブラシでこすると言う旧来の方法で処理したのだが、通常の5倍くらい時間がかかった。「いったい誰が・・・」当然話題はそう言う事になる。「認知症じゃないか?」量から察して、大人であろうし、そこに落ち着いた。「自分が将来そうなるかも知れんなあ」話がそういう方向に向くと、「余計な仕事」「不快な仕事」と言う発想は出なくなる。そう、我々は健常と言われているだけにいつでも障害者となり得る。交通事故、疾病、普段から気をつけていてもいつやって来るか分からない。知的障害がタブレットを使ったりして学習するのを見て、障害者は特別扱いされている、とささやかれる事があるが、特別扱いされてようやくスタートラインが同レベルになるのだと考えて欲しい。背の低い人が踏み台を使ってものをとったり、目の悪い人が眼鏡をかけて見たりするのと同じ事なのである。それにしてもトイレ掃除ほど目に見えてきれいになるものはない。
2019年03月12日
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あの日、関西でも揺れを感じた。仕事中で、しばらくしてから「東北がえらい事になっとるわ」職場にテレビはなかったから、誰かがワンセグのニュースを見たのではないかと思う。ちょうど東京に出張していた同僚から「新幹線が止まって帰れない」と言う連絡も入ってきた。阪神・淡路の震災の時には火災と家屋倒壊で5000人以上の命が失われたが、津波となるとスケールが大きくなる。水にさらわれたら生存確率は大きく下がる。何より呼吸が出来ないのだから。マグニチュードも大きかったが、犠牲者は4倍に達した。そして多分翌日だったと思うが、福島原発で爆発事故が起きた。この日はロビーコンサートに出演が決まっていたが、さすがに「こんなことしてていいのか?」と言う気にもなったけれど、結局そのまま演奏した。間もなく神戸で歌われた「幸せ運べるように」の歌詞を一部変えた「ふるさとバージョン」がうたわれ始め、「花は咲く」へと鎮魂歌・応援ソングがたくさん生まれていった。「歌なんかなんの役に立つ?」と思っていたが、人間は体と心で出来ていて、心のビタミンだと言われて腑に落ちた。その後のコンサートでは若干なりとも寄付を募り、送るようになったが、北摂の地震で「他人事ではない」と実感した。台風の被害で友人の家も壁に穴が空いたり、瓦が飛んだりと生々しい写真がSNSで送られてくる。まことに日本は災害列島だ。こんなところによく原発なんか作ったものである。私が小学校の頃に「第三の火」ともてはやされ、原子力船や空母、潜水艦などと紹介されたものだ。核分裂をゆっくり起こさせて安全にエネルギーを取り出す、とアピールされたが、もともと自然界では起きない事象だ。それを無理に起こしている。そしてエネルギーがコントロールできなくなって牙をむいたのが福島だった。それにも学ばず、政府と電力業界は「コスト安」「二酸化炭素を出さない」を旗印に再稼働に走る。ドイツでは原発廃止と言う方針大転換をやったが、こっちが正解だ。建設・廃炉時に出る二酸化炭素と事故時のコストを考えれば先の旗は一気に吹き飛ぶ。ゴミの捨て所もない。
2019年03月11日
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久しぶりに自閉君を連れて図書館へ。自閉症の子はとにかくものがたくさんあるところが好きである。スーパーとか、ホームセンターとか。で、わけの分からない事をぶつぶつつぶやく。だから叱られる事にもなるのだが、職員は慣れてくるのかにこにこと扱ってくれる。今日は新聞の束に目をつけた。パンチで穴を開け、紐を通してまとめてあるのだが、なんと日付を見てまとめ方が月ごとになっていないのに気付き、ほどき始めた。幸い、というべきか2月の束に3月の一部が綴じられ、それ以降のが別になっていたので数部の移動ですんだのだが、他人の管理下のものと自分のものとがまだ理解できていない。まあこれをして自閉症(症候群)と言う訳だが、「どうでもええやんか」で彼らは済まないのである。そして紐が結べないので親を呼びつける。綴じ直す分も、穴を合わせて一気に通さないと気に入らない。「1部ずつ通したらええやないか」と言っても聞かない。ところが何かの加減でそれを始めた。その方が当然早く作業が済む。自分で納得するまで方針が変えられないのは健常者でもよくあることだが、まことに扱いにくい。これで36才。こう言うミュータントも存在意義はあるのだが・・・
2019年03月10日
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娘がミラーレスを貸してくれと言う。奴は奴で自分のニコンを持っているのだが、重さに辟易しているらしい。確かにミラーレス、特にマイクロフォーサーズは本当に軽い。片手にボディを2台持ちながらレンズを交換するのも出来ない話ではない。海外に持って行くにはちょうど良いだろうと思う。PENとEM-10Mk2のモニタを見て、「EM-10Mk2」の方が良いと言う。こっちの方が新しいのだからそりゃあエンジンもよくなっている事だろう。普段は望遠と広角を1本ずつ付けて、2台を持ち歩いているが、やはり手ブレ防止はEM10の方が優秀。まあいろいろと細工は出来るが、たぶんオート撮影ばかりの写真になる事だろう。ま、その方が安全確実で、どうでも暗ければ加工すれば良い時代だ。スマホはwifiで使うと言う。何でもワイヤレスルータを空港で受け取り、返すシステムらしいが、1週間で1万円ほどかかると言う。ヨーロッパの国共通のSIMならもっと安かっただろうに、と言う言葉は飲み込んだ。11日に出発との事。亭主は長期休みに供えて残業の毎日だと言う。大変だね。技術屋はその点ありがたかった。古女房と海外旅行は今後あるかなあ。
2019年03月10日
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「民意」の連発で、いささか食傷気味である。「大阪都構想」は本当に民意だったのだろうか?「あいつが知事になったらおもろそうやで」の意識をでていないんじゃないかと思うのである。かつてセクハラで知事の首を飛ばされた横山ノック氏が当選したあたりからどうもそういう空気を感じるのである。決して大阪府・市民が不真面目だというわけではない。大阪人の「ちゃかし」は一つの文化とも見える。ただ説得とか説明とかをする前に「ケツをまくる」ような行動が昨今は目立つ気がする。民意、と言う言葉は先の沖縄の辺野古の工事でも県民投票で「ノー」が示されたと政府が知事の報告を受けたが、事実上無視されている。投票率が低いから民意ではない、と言う意見もあるが、それならば投票率30%台が連発する選挙も民意とは言えないから無効だと言う事になってしまう。今の投票率なら地方自治体のほとんどは無効になってしまうだろう。民主主義と間接自治の問題だが、今の情報技術が無事に使えれば直接自治も可能になってくるのではないかと思う。議員がいなけりゃだいぶ税金も浮くだろうが、統計のごまかしがあれば判断基準が消えてしまう。民主主義のジレンマか。
2019年03月08日
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目覚ましにしか使っていないiphone4だが、満了充電から3日で5%位まで減るようになってしまった。今更の感もあるのだが、数年前に買っていたバッテリがあるので最後のお勤めみたいな感じで交換する事にした。どうせだから記録をとっておけばいいのに今回も忘れていた。しかし、この機械は、裏面もガラス加工がしてあって、金属むき出しのSEとはまた違った質感がある。トルクスねじをはずして裏ぶたを押し上げればすぐに外れて、あとはプラスねじ1本はずせば交換できる。5以降ではガラス面に吸盤をくっつけてケースからはがさなければならないが、どうも作業の美しさに欠けるので私は4の方が好きである。ただ、既に通信機としての性能はかなり劣る。ソフトバンクのロックもはずせないし、カメラとか録音とか(これも質的にはSEにかなうまいが)wifi環境で使うのがやっとだろう。作業の途中でうっかりプラスねじを床に落としてしまった。見つからないのでねじなしでどうかと使ってみたら、充電が出来なかった。ねじで完全に通電させないと、充電すると言うステータスが認識されないようだ。机の下にもぐり込んで探し、やっと見つけて取り付けたら、充電を開始した。完全に近い放電状態だったせいか、3時間充電でやっと90%になった。動作はするようだ。さて、いつまで使えるやら。博物館入りの方が真っ当かも知れない。5SとSEのバッテリもそろそろ用意しておいた方がいいかな。
2019年03月07日
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仕事仲間が喫茶店のギャラリーに写真を展示していると言うので見せてもらいに行ったら、彼の友人と言う事で年かさの男性に引き合わされた。写真の他にカラオケも好きだと言う。どこで話が混乱したか、私もカラオケが好きと言う事になってしまっていた。実は私はカラオケは嫌い。基本的に「なんで機械にコントロールされなきゃいけないんだ」と思っているし、出来れば譜面で歌いたい方である。コブシとかポルタメントは規格外の世界に生きている。それでも紹介者の立場もあろうと思い、話だけは聞こうと思った。ところが、このカラオケマン氏は話題がもっぱらお金である。どこのホールを借りて何万払ったとか、帽子にいくらかけたとかで到底噛みあうものではない。音が狂わないような工夫(といったって結局のところは呼吸法、発声法に基づく訳だが)をどうするかなんてのは端から視点にはない。カラオケは自分に酔えればそれでいいのであって、人に聞いてもらって評価をうんぬんと言うのとは世界が異なるようだ。幸い半日の終業後だったので空腹を理由に退散した。写真の方だが、カラオケマン氏はグループにジャンプをさせ、空中に浮いている写真が好きなんだそうで、数枚が並んでいた。でもこれは連写の能力がカメラにあれば誰でも出来る事。私の中ではあまり評価に値しない。「良いカメラをお持ちですね」が無難か。
2019年03月06日
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昨年の段飾りである。娘が生まれた時に妻のご両親が届けて下さったものだ。今年は結婚式が3月2日とあって、出す準備は全く気が回らなかった。もともと当地の桃の節句は4/3で月遅れなのである。左近の桜にふさわしい時期で、片づけるのが遅くなってもそれだけの言い訳が出来る。関西に生まれたのはまことにありがたい。さて、出し損なった今年はどうしようか。決して早くはなかったが、とにもかくにも嫁いで行った。あとは娘の小さい頃を思い出すセレモニーの材料とするか、女の子が生まれるように願うジジババの偶像とするか。まあ4月を目指して出してきて、飽きた頃にしまおうか。大事にして戻ってきても困るが。ついでながら七夕も7月7日となっているが、統計上はこの日では梅雨が明けず、織姫も彦星も見えないのが普通。「金銀砂子」は8月でなければ無理だと思う。当地の七夕も月遅れだ。
2019年03月04日
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ようやっと行ってくれた、と言うのが実感である。生まれて30年あまり、あれこれと思いを巡らすが、とにかくは引き取り手のK君に感謝したい。人間、生まれてきた限りいつかは死ぬ。結婚により阪神大震災以来聞くようになった「孤独死」だけは避けられそうである。まあ今後どんな厄災が降りかかってくるか分からないが、一人では困難でも二人なら乗り越えられるかも知れない。きっと乗り越えて行ってくれるだろうと思う。自閉症の兄を持って、被害は彼女が一番被ったに違いない。おもちゃを壊され、おやつを奪われた事は数知れない。兄の方に手がかかった分、彼女は「知らん間に大きなった」とも思う。思春期の反抗はこれに起因するかも知れない。中学高校時代、彼女と話した事はおそらく数回。年に1度口をきくかどうかだった。姓名判断の本が読めるようになったら、「最悪の名前」だったらしい。「なんでこんな名前付けたんや!」と怒る。「ほんならはやいとこ結婚せんかい。堂々と改名できるぞ。今が最悪ならそれより悪くはならんだろう」それから約20年、念願かない、「最悪」からは逃れられた。「お父さんのものと私のものを一緒に洗うな」とも言った。「ほんなら自分のものは自分で洗え。一番確実や」答える私も私だと思うが、さて、2-3日も続いただろうか。悩んだのはやはり進学だったようだ。「どうしたいか、それをはっきりしろ。学資金はとりあえず300万円用意してあるから、どうするかは自分で決めろ」「4年制でもええの?」「かまわん」結局私大に合格し、資金とにらみ合わせながらアルバイトもし、無事国家試験にも合格して近所の病院に就職した。心を開き始めたのはこの頃からだったと思う。金を稼ぐ事の大変さはやってみないと分からない。兄の障害にはさすがに閉口し、別居して独身生活を始めたが、このことで生活の大変さも親のありがたみも身にしみたようである。特に母親に対しては「帰ったら即ご飯が食べられると言う事がいかに幸せか」を感じ、感謝したようだ。今でも野菜はごっそりともって帰るが、調理済みのものも「ありがたく頂きます」娘の手紙というのは親を涙させるが、「あなた達の子供に生まれて良かった」が殺し文句である。そして、新しいカップルの子供をしてこう言わせられる親になって欲しいと願う。不覚にも、式の直前に風邪を引いてしまい、式や披露宴で大きな咳をしたり、声が出なくなってはと危惧したが、幸い賛美歌も歌え、挨拶も出来る程度に回復できた。聞けば新郎の父君も花粉症で鼻詰まりがひどかったそうだが、何とか乗り切った、と男親2人が喜びあった次第。娘よ、幸せに。
2019年03月03日
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