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手間のかからないラッキョウ栽培みかん園のすき間につくった、1平米たらずのラッキョウ畑です。休日農夫の本題は、みかん栽培ですから、まともな手入れは出来ません。ほとんどの作物は、種をまくだけで、その後はたいがい雑草に埋もれておわりです。しかし、ラッキョウとサトイモに関しては、それでもなんとかなってくれるんですよ。去年の8月14日にミニ菜園にラッキョウの種球根を植え付けしました。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201308150000/それが、その後に発芽して、今や冬の寒い時期をこしました。次の写真は、この2月22日のものです。雑草に交じって、どれがラッキョウの茎か分からないきらいもありますが、10株くらいのラッキョウが、順調に生育しつつあります。その中には、2株だけですが、ニンニクの茎も交じっています。みかんを栽培するだけでは、収穫の楽しみは限られています。12月に収穫したあとは閑散として、そのあとがわびしくなります。そうした状況もありますから、ミニ菜園を作ってラッキョウを植えてあります。ラッキョウの生育の様子を見ていると、何んとなく気持ちに張りが出てきます。ラッキョウは砂地にも栽培できるくらいですから、失敗知らずのたくましい成育力をもっています。8,9月に植えつけしておけば、その冬を越して、翌年の6月には収穫の時を迎えます。ほとんど、手入れらしい手入れもしないのに。これから春の暖かな日差しの下で、雑草の中でもラッキョウは生育していきます。なまくらな休日農夫ですが、このラッキョウの成育する様子をみていると、何んとなくいっぱしの農夫になったかのような、そんな気分にさせてくれます。
2014年02月28日
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寒い時期の、ミツバチの様子を見させてもらいましたこの寒い時期を、ミツバチたちはどうしているか。2月22日、神奈川県真鶴町で養蜂をしている方をたずねました。真鶴半島の中央部で、ニホンミツバチを飼っているSさんのところです。午前10時くらいに、巣箱の置いてある場所に着いたのですが。巣箱はシ~ン・・・としていて、ミツバチたちの動きの気配はありませんでした。まだ朝の寒さもあり、静かに寝ているかのようでした。巣箱はやさい畑の隅に置かれています。真鶴半島の自然の豊かな、理想的な場所にあります。やさい畑の園主・Tさんが、畑の土づくりの仕事をされていました。Tさんによると、「暖かい時には、ミツバチはすでに活発に活動しているよ」「椿の花でも、たくさん活動していたよ」、とのことでした。今回のSさんは、巣箱の底を、ハケをつかって掃除しました。おとなしいニホンミツバチですが、コンコンと巣箱をノックをすると、さすがに、巣箱の中で「ブンブン」と羽音をたてだしました。巣箱の底を掃除するために、巣箱を斜めに傾けたところ、警備がかりをしている雄の蜂でしょうか、「何をするんだ」とばかり、何匹かのミツバチが飛び回りだしました。刺されないように、念のためSさんは蜂よけの帽子をかぶって作業していました。ものの数分で、巣箱の底の掃除は終了しました。巣箱は、元の静けさにもどりました。春の暖かい日差しを受けて、巣箱の周りには、赤い椿の花が咲き、黄色の菜の花がたくさん咲いています。すでにあちこちでは梅の花も咲きはじめています。ミツバチたちは、朝の寒い時は、巣箱の中でじっとしているようですが、春の日ざしの下では、日中の暖かい日差しの下では、いよいよその活動も、活発に動きだしているようです。
2014年02月27日
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みかん園に、来客がありました神奈川県南部、真鶴にあるみかん園ですが、2月26日、遠路はるばる、神奈川の県北からみかん園に来客がありました。まずは、百聞は一見にしかずで、みかん園を見てもらいました。この時期のみかん園は、年末の温州みかんの仕事が終わった後で、静かな常緑樹の木々にもどっています。今の時期の柑橘は、キンカン、清見、甘夏が、少量ですが、なっています。当園としては、大仕事が終わったあとの農閑期の時期です。手の空いたこの時期に、縁ある人たちを招くようにしています。そしてこの時期は、みかんもさることながら、梅の花の季節です。みかん園でも、ところどころに梅が咲いていますが、それは今、たいへん心地よい香りをただよわせてくれています。みかん園の様子を見た後は、真鶴の地魚の賞味です。食事どころは「まるなか」、そこに移動しました。ところが、肝心の地魚の刺身ですが、せっかくの写真が、あとで見たらみなピンボケだったんですね、残念。ピンボケですが、これぞ相模湾の地魚です。左はじはイシダイです。そして時計回りに、ハナダイ、ムツ、ホウボウ、ウマヅラ、マアジ、キンメ、この7種類でした。これで、三人前です。ほかにアンコウとメイタカレイの唐揚のサービスがありました。味は、もちろんとびきり新鮮で、ぷりぷり。満足の満腹になりました。「まるなか」のホームページです。http://www.ryokan-marunaka.co.jp/遠路、真鶴まで来てくれた人たちですから、この地魚を味わってもらわなければ、はるばるやって来た意味がないというものです。今回、食事をしていたら、あとから予約の団体のお客さんがやってきました。聞くところによると、となりの湯河原の「梅の宴」でお花見を楽しんでから、それからこちらに来たとのことでした。いずこも大体同じようなことを、楽しんでいるということですね。
2014年02月26日
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エラスムス著『痴愚神礼讃』を読みましたすこし前にスラスムスの『平和の訴え』(岩波文庫)を紹介しましたが、今回は代表作の『痴愚神礼讃』です。そもそもエラスムスの著作ですが、私などが読めるのは多くありません。全部で4冊くらいしかありません。(1)岩波文庫から1、『平和の訴え』(1517年 箕輪三郎訳 1961年刊)、 2、『痴愚神礼讃』(1511年 渡辺一夫訳 1954年刊)が、(2)『世界の名著』〔中央公論社〕には、3、『痴愚神礼讃』と、 4-11、『対話集』(1526年)から8編が、(3)『人類の知的遺産』〔講談社〕には、12、「学習計画」(1514年) 13、「パラクレイシス」(1516年)、 14、『格言集』から「戦争は体験しないの者にこそ快し」(1515年) 日本語に訳されているエラスムスは、この14編くらいがすべてです。さて、本題の『痴愚神礼讃』ですが、1511年、45歳の時にパリで刊行したとのこと。序文として1508年6月9日付けでトーマス・モアへの献辞があり、68節からなっています。この本は、エラスムスの特徴が良く出ています。一つは、この著作は、ギリシャ・ローマの文芸への案内書的な性格を持っています。各節の末に引用文書の紹介がありますが、渡辺訳には677もの注が載っています。著名な古典が、大変な博学的な世界を紹介するものとなっています。たとえば第30節には、テレンティウスの言葉がふくまれています。「余は人間である。人間に関することは一切余にとって無縁でない」が。これはモンテーニュが天井に書き、マルクスが好きだった言葉です。エラスムスは古代ギリシャ・ローマの文芸の格言集も出していたそうです。当時の中世末ころは古代文芸は忘れられていた世界ですから、私などは不勉強によるものですが、これによって、当時の人たちは、古典の世界を耳新しく刺激的に読んだのでしょう。もう一つには、「ユマニストの王様」といわれるだけあって、全体が痛烈な社会風刺になっていることです。第23節には「戦争」の問題が取り上げられています。「敵味方双方とも、得よりも損をすることになりますのに、何が何だか判らない動機から、戦争という争いごとをやり始める以上に阿呆なことがあるでしょうか?」「高貴この上もない戦争というものは、居候や女衒や盗人や強盗や不作法者や阿呆や借金で首が回らぬ人間、結局、世の中のカスみたいな連中がやらかすものでして...」、となかなか痛烈です。第48節以降では人間社会の様々な人たちがとりあげられていて、風刺されています。終わりの方では、聖書やキリスト教に対する考え方についても改革者としての見方が述べられています。当時の社会に対する、ユマニストとしての本領が発揮されています。エラスムスは1536年に70歳で死去していますが、それからほどなく、1542年1月27日にはパリのソルボンヌ大学神学部は『痴愚神礼讃』を禁断書と決定しています。さもありなん、今読んでもその社会風刺というのは、体制のもつ問題点を率直に描きだしています。実際には正面からは語ることのできない事柄です。それにより真実が伝わってきます。この時代にあっても、これだけのことが出来たんですね。その風刺の基にある、社会の真実を見る力、その批判的精神は、時代は違っても響いてきます。その精神は、今にこそ学び・生かされる必要さを感じさせられます。
2014年02月25日
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職場関係の学術運動交流集会が開かれました当方の本業は介護レンタル事業ですが、医療関係の三つグループ事業所の一つです。2月23日に、その三つの関連事業所の学術運動交流集会が開かれました。介護の職場に働く当方にとっては、医療の分野は門外漢なんですが、この交流会で、医療現場の、とくに病体検査の事業所の活動について、その最前線の現場の様子を見聞きすることが出来ます。よく準備された15の報告と特別講演からなっていました。医療の先端分野というのは、かなり専門化した特殊な事がらですから、全体をまるまる理解できるわけではないのですが、大体どの様な仕事をしていて、どんな課題があって、問題はなにか、それぞれパワーポイントをつかって、丁寧な報告がされていきます。報告のあとには、参加者からの質問にも答えてくれました。当方にとっては、医療の検査分野は、それぞれおおよその理解がやっとだったんですが。休日農夫に関連したテーマが一つありました。「ミツバチをつかって放射性セシウムの環境調査」(農民連のゲスト報告)です。今回の2月8日、14日の大雪で、農業被害がニュースで問題になっていますが、2011年3月の福島原発事故の問題です。まだ14万人の避難生活がつづいています。放出された放射性セシウムの環境と食品への影響ですが、追跡調査がおこなわれています。報告者は、農民連・食品分析センターの八田所長さんでした。ミツバチが集めてきた蜜を分析することで、汚染度が調べられるというのです。その様子と調査結果が、わかりやすく報告されました。聞いていて、感じたことですが。当方も、関東平野の南部、神奈川県真鶴のみかん園で、ミツバチを飼育しようとしています。去年、ミツバチを飼おうとしたのですが、逃げられて失敗してしまったのですが。今春こそと、再び挑戦するつもりです。もしも、みかん園でのミツバチ飼育に成功したら、調査ポイントの一つとして活用してもらい、影響調査が、関東平野までもの、広域なものになったら、と思っています。これも今回の「学術運動交流集会」の、一つの副産物です。
2014年02月24日
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みかんの木の植え替えをしましました2月22日、真鶴のみかん園で、みかんの成木1本を植え替えしました。新しい苗木は、青島温州みかんです。新たに植え替えしなければならなくなったのは、この木が大きくなりすぎたことと、病気と枯れこみがすすんでしまったことによります。前回に紹介しましたが、ノコギリを使って枝のすべてを切っておきました。今回は、それをさらに細かく切りました。切った主枝の一番太い部分の断面ですが、枯れているのが分かると思います。断面の半分以上が茶色く枯れていました。その下の根元の、つけ根元部分もやはり枯れているのがわかるでしょうか。これが問題なんですね。みかんの成木の株ですが、これを抜き取るというのはなかなかの大仕事です。穴を掘っては根を切り、また穴掘りしては根を切るようにして、3時間以上かかりました。木はどんな嵐にも耐えれるように、根がしっかりし張っていますから、当然ですが。実際に大仕事となりました。そして、問題の枯れた基幹部分から下の方の根をみてみると、やっぱりそうでした。その根はカミキリムシによって穴が開けられていました。右側が根の先の方になりますが、さらに先の先端部分はボロボロにされていました。木が枯れた原因は、基幹から根の先に入り込んだカミキリムシのしわざでした。これではどんな頑丈だった木でも、養分が上に送られてこなくなってしまい、枯れてしまうはずです。みかんの栽培にとっては、カミキリムシを駆除するのは死活の問題なんですね。株を抜き取ってから、善は急げで植え替えです。ただちにホームセンターに行って苗木を購入しました。青島温州の苗木は、1,380円でした。作業を終えて株と苗木をみると、瞬間複雑な気になります。本来、見識ある栽培者なら、順次計画的に植え替えをしていくはずですが、当方はそれがなかなかできません。何十年もかけて大きくなったみかんの木に、ノコギリを入れるというのはよほどのことです。カミキリムシにより枯らされてしまった場合にのみ、やむなく植え替えをしています。ここが、素人とベテランとの違いです。この苗木が右の成木くらいに大きくなったころには、当方は、確実にこの世にはいません。それでも、新たな木を植えて手入れを続けるということです。どこまでいけるか、みかん園を荒廃させずに、すすめれるところまでいくこと。それが明日までだったとしても、十数年先だったとしても、今を前にすすめるように、時々をがんばるということです。
2014年02月23日
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梅の花を、メジロがついばんでいます2月22日、みかん園の片隅にある梅の木は、今が花の盛りです。この間に降った雪が、まだ途中にはところどころ残っていますが、神奈川県西部、真鶴のみかん園は、大事なし。今年は梅が、1月18日に咲き始めてから、寒さもあってか、かなり長い期間にわたって咲き続けています。今日は、みかん園で切り枝の片づけをしていたんですが。なにやらにぎやかそうな気配が、梅の木のある方向からしてきました。作業の手を休めて、その方にまわってみたところ、その正体はメジロでした。ヒヨドリもいたとおもいます。南高梅の小木の枝で、メジロが二羽、チョコチョコとさかんに花を突っついていました。メジロは梅の花の蜜を好物にしているんですね。鳥が口ばしで小さな花の蜜を吸うなんて、不釣り合いの気もするんですが。この梅の木は南高ですが、梅にメジロはよくお似合いです。今、梅の花は、白加賀、南高の花が真っ盛りです。あたりには、花のよい香りがひそやかに漂っています。「花の香りにさそわれる」、ということが納得します。今が梅の花の盛りということは、今ごろは、小田原「梅まつり」も、湯河原の「梅の宴」も、梅林は見事な、見ごろの時を迎えていると思います。きっとたくさんの花見の人たちでぎわっていると思います。当園で見る限り、梅の花の種類では、豊後の種類が一番の奥手です。清見の木の背後にあるのが豊後の木ですが、まだ花は一輪、二輪といったところで、目立ちません。しかし、豊後の濃いピンク色のつぼみがふくらんでいます。アンズの系統が入っているそうで、この濃いピンク色が特徴で、遠くからでも、人の目を引きつける魅力をもっています。もう少しで、豊後の花が開花を始めます。去年の6月には、これらの梅の実で、梅酒と梅干しをつくっておきました。この数年、それが恒例になっているんですが。梅干しは、すでに賞味していますが、素人でも柔らかく美味しいものが出来ました。梅酒も最近、ボチボチと解禁しています。これもいけます。梅は、花が綺麗だけれど、当方は、「花とともに、団子」の口です。季節は、まだまだ雪が降ったり、寒さもあるけれど、梅の花と香りは、春の到来を感じさせてくれます。
2014年02月22日
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八王子税務署から国税還付の通知がとどきました本日・2月21日、八王子税務署から国税還付の通知が届きました。これが、その還付通知です。以前に紹介しましたが、1月28日に最寄りの役所の確定申告の自主申告無料相談会に参加して、まとめておいた申告書を、税理士さんに確認してもらって、郵送提出してきました。これがその時のブログです。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201401280000/当方は、63歳で継続雇用で働いている立場ですが、同時に、みかんの休日農夫をしています。この「二足のわらじ」をはいているわけです。それにより、確定申告はBの書式で、農業所得書類を添えてまとめるようにしています。簡単にいえば、〔収入(給与+年金+みかんの売上)〕-〔みかん経費〕=結局は大赤字ですが。問題は、源泉徴収分で納めてあった中から、赤字にともなう応分の金額を還付をしてもらう、ということです。もともと、源泉徴収された金額は大した金額ではないので、返ってくる金額もたいしたものではないのですが。それでも、この手続きをすることにより4万円弱が返ってくることは、この時期値千金ものです。当方はこうした経験から、確定申告について、まわりの人に自主申告することを勧めています。一つには、それによって自らの年々の台所事情(収支)が見えてくるからです。また、なによりもしっかりと手続きをすることで、貴重な還付金がもどってくる場合があるからです。以前は、会社勤めから、税金については源泉徴収で総務におまかせ、との時期もありました。もちろん税金は所得に応じて納めることが義務ですが、しかし、一年間の収支の帳票をとっておいて、税額を自主申告することは各人の権利でもあります。とかく税金の計算は、わけのわからない計算式などもありますが、全体としてみると、万民に税額の公平性をはかるような仕組みになっています。まだ、3月15日の確定申告の締め切り期日まで、何日か日時があります。もよりの税務署の無料相談なども利用して、自主申告してみることをお勧めします。やはり、本来なら自主的に計算して手続きをすれば還付金もあるはずの人が、それにもかかわらず、自分で計算もしないし、申告もあなた任せにしていて、過度な納税をしていて全く気付かないでいる、というのが最悪の状況です。
2014年02月21日
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みかんの成木を、また一本伐採を余儀なくされました2月19日のみかんの手入れですが、今季の温州みかんの最後の後始末-ジュース絞りとともに、みかんの成木を、またしても一本伐採せざるをえませんでした。太い株のまわりに、切った枝を集めました。30年以上の成木ですから、木を切るにはよほどの「やむをえない」場合なんですが。この木が異常をきたしているのは、昨年後半の果実のつき具合と、枝葉の症状で感じていました。「もはや待ったなし、やむをえない」と、今回植え替えすることを決断しました。木の異常は、基幹部分を見ているとわかります。この木ではないのですが、やはり異常をしめしている木です。主枝が切られています。問題は、その下の基幹部分の状態です。樹皮がひび割れして、ささくれ立っているのがわかるでしょうか。木が弱っているため、「さるのこしかけ」まで出来てしまっています。ささくれの原因はカミキリムシの幼虫の仕業です。このささくれを削るってみると、案の定、樹皮の下からカミキリムシの幼虫が出てきました。次の写真は、今回伐採して木の中から出てきたものです。これがカミキリムシの幼虫です。右下のひび割れした樹皮の下から出てきました。2センチくらいに成長した、2年生の幼虫です。この冬に卵からかえった長さ5ミリくらいの幼虫も出てきました。このカミキリムシが樹皮を禍害すると、みかんの木は根からの養分を枝先に送れなくなります。それは、幼虫がのっている木の断面が枯れていたことに示されています。それは以前に枯らされて、そのために何年か前に切られた枝の跡ですが。今回伐採したところ、やはり主枝の一つが、同じ被害の症状をしめしていました。断面を見ると、健全なのは三分の一くらいしかありません。このように基幹が加害されることで、上部の枝が枯れ出してくるんですね。枝が枯れ出したら、もう「後の祭り」です。木の枯れこみがすすむだけで、もはや樹勢を回復することは出来ません。遠からず、伐採して植え替えを余儀なくされてしまいます。30-40年の成木を伐採するのは、なんとも無残です。複雑です。積年の多産で樹勢に富んでいた木にノコギリを入れるわけですから。もう一つは、苗木を植えてから、ある程度実がなるまでには、順調に生育したとしても、だいたい8年から10年はかかるからです。いま植え替えした木が、本格的に果実をつけだしたころには、当方は、はたして10年先に、今の様に栽培管理の手当てが出来るかということです。そのころには、天国か、地獄か、あの世から見ていること、その可能性が大きくなるということです。こうなった以上、植え替えすること自体はやむを得ないのですが、その木が、いまほどに成育した時、そのころの管理の状況はいったいどうなっているか。今のみかん園の基本は父がつくったものですが。2000年に父は死去したのですが。当方は、そのころはみかんのことなど、まったく知らなかったんですね。たまに真鶴に帰ることはありましたが、みかん園のことはまったく知りませんでした。今にして思えば、大体父も同じような思いをしていたのだろうと感じます。みかん園の先行きを心配しつつ、手入れをしていたんだろうと思います。まぁ、先のことを心配するよりも、今やれることをやってゆこう。こんな心境も、だいたい同じだったろうと思います。因果はめぐるんですね。ところで今のみかん園ですが、みかんの成木は大きくなり、密集し過ぎて手入れが大変になってきています。ベテランは間伐と植え替えが望ましいとアドバイスしてくれてます。しかし、なかなか太い木を切るには勇気と決断がいるものなんですね。見識が必要です。当方がこの間チュウチョしてためらってきたことを、カミキリムシは待ったなし、と後ろから押すところとなってきています。もっとも、植え替え問題と、カミキリムシに枯らされることとは、別問題です。植え替えは、やはり計画的に必要なことなんですね。それに対してカミキリムシに成木が枯らされる事態は、管理能力が問われる問題です。管理能力が無いということです。したがって、これ以上木を枯らされることは、絶対に防ぎたいと思っています。そこは、生きるか死ぬか、カミキリムシとの妥協なき戦いです。それを前提にして、計画的に植え替えをすすめるということです。今年は、この1本を植え替えします。
2014年02月20日
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今回で、やっと温州みかんが終わりました2月19日、温州みかんの最後の片付けに行ってきました。温州みかんは、12月30日に木からすべての果実を下ろしてありました。その後、選果するようにして、出荷できるものは、年明け早そうに出荷するようにしました。そうした選果の後には、商品価値のないB級みかんが11コンテナ残りました。1月は、B級品をジュース・ジャム用として希望する人たちに提供するとともに、当方としても、ジュース絞りと、ジャム作りで頑張りました。14升のジュースと、60個の200ccジャムをつくりました。こうして、今回の雪降る前の2月上旬には、0.5コンテナの残りというところまで来ました。0.5個コンテナのみかんは、重ねずに1層にして並べてあります。果皮の水分を飛ばして、果皮を乾燥させるようにするためです。また、なかにはどうしても痛み出すものが出てきますが、それらは早めに見つけ出し捨てる様にして、痛んだものを広げない用にしました。こうしておけば、2月の半ばくらいまで、ジュースやジャムに使えるわけです。今回、2月19日の目的は、最後のみかんしぼりでした。この間に大雪もあり、作業の中断がありました。今朝の大山の様子です。この中津川の橋げたの温度計は、午前6時56分でマイナス1度でした。この寒さでは、表仕事はできません。今日の主題は唯一つ、残りのみかんのジュース絞りです。結局、このみかんから、今回全部で2.5升のジュースをしぼりました。今季は、全部で16.5升もしぼりに絞ったというわけです。そしてこれが、今季の温州みかんの最後の後片付けになりました。やれやれでした。今年の温州みかん作業は、大仕事になりました。なんたって、去年の2倍の量を、収穫と出荷を頑張ったわけですから。これは、当みかん園でのこれまで12年間での最高記録となりました。木は高齢化して、ピークから落ちていますが、表年だったんですね。早川の「だんだん園」が、支援してくれたこともありましたから。また、年明け後の状況をみると、温州みかんは、貯蔵しておけば、ほとんど無駄がないこともわかりました。未熟だったものも、おいておけば追熟してきますから、ジャム・ジュース用に使えます。実際今回は、傷んだもの以外は、捨てることはほとんど無くて、すべてのみかんを活用しきったということです。これは重要な成果です。ところで、この2月中旬の時期、それ以外のみかんはというと、今はハッサクとキンカンが食べごろです。そして、まもなく清見の収穫時期となります。現在の清見の状況です。清見は、小木が2本あるだけですが。この時期は餌が少なくなっているので、ヒヨドリ、ムクドリ、メジロが、この清見を狙っています。つっつかれないように防鳥ネットをかけてあります。雪の影響が心配されましたが、今回確かめたところ、雪の重さで、ネットが木に密着するようになっちゃいましたが、雪自体は完全に解けてますし、ネットのすき間もそれほどなく、多少の補強をしさえすれば、ほとんど問題がないことがわかりました。これも、やれやれでした。
2014年02月19日
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渡辺一夫氏によるユマニズムの紹介今回、東京でも2回(2月8日・14日)の大雪がありました。八王子でも、北側の日影には、まだかなりの雪山が積まれています。週末に足止めされたこともあって、いくつかの本を読みました。ちくま日本文学全集「渡辺一夫」(1993年刊)も、その一冊です。先般、エラスムスの『平和の訴え』を紹介しましたが、じつはそのきっかけになっていたのは渡辺一夫氏(1901-1975年)によるユマニズムの紹介があったからなんですが。以前に『私のヒューマニズム』(渡辺一夫著 講談社現代新書 1964年刊)を読んでいたんですが、あらためて読み返してみました。この本は、フランスのエラスムス、ラブレー、モンテーニュなどを、ユマニズムと宗教改革の時代と精神を、コンパクトな形で紹介してくれていたんですね。これらユマニストを日本に紹介してくれていたことが、渡辺一夫氏のライフワークだったんですね。少し前にエラスムスの『平和の訴え』でも紹介しましたが、その本が書かれた1517年といったら、ルターが「95カ条の提題」をはりだした年です。日本では足利幕府の戦国時代のことです。それほどの昔に刊行された著作が、今日でも新鮮に人の心を打つ力を持っているんですから、なんとも驚かされます。渡辺氏は指摘しています。「ユマニズムは、思想ではないようです。人間が人間のつくったいっさいのもののために、ゆがめられていることを指摘し批判し通す心にほかなりません。・・・ユマニズムは、人間をゆがめるいっさいのものをたずね続け批判し通す人間の貴重な心根でしょう。」(「ある教祖の話a」P203)と、まとめています。これは渡辺氏によるユマニズムについてのまとめですが。ただ、私などがそのまとめを聞いただけでは、その内容はわかりません。その当時、ローマ教皇を中心とするキリスト教が、その既存の体制や思想の問題が、エラスムスやルターによってよって、新たな人間的な考え方から批判されていった。プロテスタント、宗教改革の問題があります。そして、私としてはかなり飛んだ憶測となりますが、ここで渡辺氏が一般化して言いたいことは、ここにみられる保守と改革との対立というのは、けっして1500年当時のヨーロッパだけのことではない。少し形を変えて、現代にも似たような問題をかかえているんだよ、ということかと思います。この点に、ものの見方・考え方として基本的にみずみずしさを感じさせるわけがあるのかと思います。しかし、当方として今問題になるのは、前提となる基礎的な知識です。ここで問題となっている著作を知ること、その時代状況に通じることが、ようするに基本的な事がらをよく知ることが問題なんですね。そうしたことで、目下は、『痴愚神礼讃』(エラスムス著 1511年 岩波文庫 渡辺一夫訳)を、これも埃をかぶって本棚にあったものですが、はたして読みこなせる力があるかどうかはわかりませんが、読んでみたいと思っているところです。
2014年02月18日
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大雪の翌々日、道路は通れるようになったけど東京・八王子、2月8日朝までに降り積もった雪ですが。ようやく解けたかと思ったら、今回・2月15日の大雪です。さいわいにして天気は15日・16日と晴れたので、雪かきと太陽のおかけで、雪は解けつつあります。2月16日(日)、さすがにバス道路や団地の外周道路は、車も通れるようになったのですが。団地の駐車場から道路に出ようとしても、雪かきをしてなかった車は、道路にでれません。車を使うには、ひと頑張り汗をかかなければなりません。団地の外周道路は使えるようになったのですが、そこから中へは、建屋の入口までは、まだ車は出入りはできません。大分雪は溶けてきてはいるのですが、まだ通れません。とても車が入ってこれる状況ではありませんし、この道の手前側にも駐車場がありますが、とても車は出せる状況にありません。もしも、外周道路まで歩けない要介護の人たちがいたら、外界とは遮断されてしまって、孤立している状態にあるということです。足だけが交通手段ですから。当方は、雪降る前にベッド移動を頼まれていたので、2月16日午後2時ころ、道路を心配しながら、隣の稲城市まで出かけたのですが。その途中の、多摩市の連光寺坂上の様子です。この道路は川崎街道で幹線道路です。多摩市と稲城市との境は峠の坂道になっています。さすがに道路は雪かきされて通行できるようになっていましたが、道のわき積まれた雪の山で、かなりの雪がつもったことがわかります。峠の坂道を越えるのは、かなりの難所になったとみえます。道端にはコンテナを積んだトラックが、まだ置き捨てられたままになっていました。今まさに、坂の途中ではシャベルカーが雪かきをしている最中でした。今日、2月16日は日曜日で、とりあえずは幹線の通行は出来るようになっていますが、ただし、片側2車線の道路は、所どころが雪を脇に寄せての1車線通行です。明日の平日ともなると車両数が増えますから、余裕をもって走るようにしないと、通るには通れても、このあたりでもそれなりの渋滞が予想されます。
2014年02月16日
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東京・八王子市の団地での雪かき作業昨日・2月14日は、夜中まで、八王子でも雪が降り続きました。本日・15日の朝は、いちめん雪国の世界となりました。おかげで今日の午前は、団地の周囲を雪かきしました。雪は植え込みの上に、30センチ近くも積もったでしょうか。枝はその重さで折れてしまったところもあります。ながめている分には、たいへん綺麗ですが・・・。先週・2月8日に続き二度目ともなると、少し慣れてきます。はやめの雪かきしておくことが肝心だと感じてきます。しかし、建屋から一歩でも出ようとすると、御覧のとおりです。近くの管理組合事務所にスコップをかりに行くのもひと苦労です。さすがに組合事務所の周辺は、役員さんにより雪かきされてました。『ここの雪かきだけでも、ひと苦労だった』、役員さんが言ってました。先週の2月8日より雪はたくさん降ったのではないでしょうか。これは、午前10時くらいの歩道と植え込みの様子です。まだ、人の手が入っていません。これがある程度踏み固められたままで、夜の冷え込みで凍りついたら危険です。滑って転ばないように、まずは歩ける道を確保します。雪かきしていると管理組合の役員さんがきました。『駐輪場の屋根が壊れたそうだけど、どこのことか?』確認しようとしていました。そぅ言われてみると・・・、ありました、ありました。駐輪場の一角で、屋根の傘が傾いて倒れかかっていました。柱は、鉄製の円柱でしたが、雪の重みに耐えかねて、根元でポッきり折れていました。とにかく、まずは団地の号棟をつなぐ人の通路を確保しました。『こんなことは、ここに住んで初めてです』、向かい側から同じく雪かきしてきた婦人の方が言ってました。正午ごろの、雪かきの共同作業の結果です。なんとか団地内の歩道部分は確保しました。しかし団地内の車用道路は、ほとんど雪が積もったままです。まだ車は動ける状況ではありません。これも今日中に雪おろしと、雪かきしておく必要がありますが、今は人の足だけが、交通手段といったところです。はたして当方の団地の外側は、周辺の状況はどうなっているか。それは、わかりません。ひと休みしてから、確かめてみましょう。今日が土曜日だったことは、さいわいでした。おちついて除雪作業にあたれますから。土・日の雪解けを、少し期待できますから。とにかく今日の主題は、雪国の人たちの苦労のミニ体験です。
2014年02月15日
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東京・八王子市、夕刻の雪景色です2月14日(金)の東京は、朝から雪がチラついていたのですが。午後3時ころには、都心でも歩道や樹木に白く残るようになってきました。そして、午後6時ころの八王子市、職場の帰りにバスを降りたところ。バス停の前は、雪が積もりだしていました。途中の坂道では、道路がすべ台状況になってしまっていて、乗用車が坂道の途中で停まると、タイヤが空転して前に進めなくなっていました。順番にパックするようにして、坂道を後ろ方向に下っていきました。団地の中の歩道は、というと。ながめている分には綺麗なんですが。そんなのんきなことは言ってられません。これは、当方の団地の中の歩道です。2月8日の雪が解けきらないうちに、今回の雪です。前回の雪の上に、さらに雪が降り積もりだしています。山の中の雪道のような、そんな状態になりだしています。
2014年02月14日
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エラスムスの『平和の訴え』を読みました エラスムス著『平和の訴え』(箕輪三郎訳、二宮敬解説 岩波文庫 1961年刊)を読みました。この間、『聖書』の通読に挑戦しつつあるんですが、最初に「新約聖書」を読んだことで、一方で旧約聖書をめざすとともに、他方で近世の宗教改革の理解が求められていました。「宗教改革」については、ルターの『キリスト者の自由』(1520年)でその中心精神を知ろうとしていますが、関連してエラスムスの『平和の訴え』(1517年)が問題になりました。そうした流れでの副産物です。ここに宗教改革の精神による平和論が提起されていました。岩波文庫で当たったんですが、その後ろに添えられた二宮敬氏の解説にも注目した。エラスムスの『平和の訴え』は1517年12月に刊行されています。当時は、同じキリスト者の国家間で戦争が起きていたようですが、エラスムスは争いの原因、その社会を分析しています。はじめのところで「病状の重さを知ることが、健康回復への第一歩となる」と指摘して、社会の様々なところの争いがあることを見ていきます。問題は、戦争こそ一番の悲惨な結果をもたらすはずなのに、実際にはキリスト者同士の戦争が発生しだしている。その戦争の原因を社会から個人まで調べていきますが、その追跡がすごい所です。エラスムスは、そもそもキリストは、キリスト教徒は、平和を一番大事にしようとのはずなのに、現実をみるとキリスト教の君主や司教は、その悲惨さをもたらす戦争の指導の先頭にたっている、と。このギャップを見るところに宗教改革の精神がありますし、そこを追跡することで平和論を提起していきます。エラスムスは、あくまでキリストの教えや『聖書』の教えを大事にしています。それと裏腹な現実を批判しています。キリスト者の君主や司教でありながら、戦争に駆り立てあおっている人たち対しては、「それではまるで、口では平和を説き、行いでは戦争をしかけることではないか」と。「戦争をあおり、悪をそそのかし、戦争に駆りたてる坊主の舌は、なんと汚らわしきかな!」と、その批判は痛烈です。 そして同時にエラスムスは、「どうすれば平和がたもてるか」、自らの見解を述べていきます。「真に心から平和を望むものは、あらゆる機会をつかまえて、平和の障害を取り除き、耐えがたい数々を耐え忍ぶこと」と提起して、るる見解を述べています。ここには、当時の戦争含みの社会情勢の中にあって、エラスムスの国際的な視野と、古典の学識をもって、キリストの考え方である平和論を新ためて解明しています。当時の社会にあって、君主のあり方、司祭などの宗教者のあり方、キリスト者のあり方を新たに提起していきます。そこは同じ宗教改革をすすめながらも、闘争の旗手となるルターとの違っているところです。今回読んでみて、エラスムスという人は、1500年ころのかなり昔の人ですが、その考え方には、今日の時代に新鮮な響きを感じさせられると思います。平和に逆こうする現実があるのは、当時も今も共通しています。現在の日本の状況からして、新鮮で積極的な感覚をって読むことが出来ました。また、一つには、エラスムスには国を越える国際的な観点があります。インターナショナルな平和の精神を呼び起こしてくれる力があると思います。きっと社会主義の先人たちも、エラスムスの『平和の訴え』からも学んでいるように感じます。今日的にも重要な、古典の一冊だと思います。
2014年02月13日
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大雪になった2月8日の東京・八王子の団地東京・八王子市にある当団地ですが、2月8日(土)は当地でも記録的な大雪になりました。土曜日の午後3時頃の様子です。横殴りの風で吹雪いているのがかるでしょうか。もうこうなったら、車は使えません。外は音なしで、ひっそりとしていました。この頃はまだ午後3時くらいですから、雪はまだ途中の状態です。この後も夜になってまで、雪は降り続いていました。次は、昨日、2月11日(火)の午後の様子です。まだ、雪がかなり残っています。風は冷たく感じます。こうした状況だったので、みかん園が気になったわけです。団地の植え込みのように、雪がみかんの小木におおい被って、そのままの状態が想像されました。ただちに2月11日に真鶴のみかん園を見に行ったところ、昨日紹介したように、幸いにして、大事なしでした。清見のかけられたネットには、雪はまったくなし。一時は積もりもしたのでしょうが、ほとんど消えていました。防鳥ネットはつぶされもせず、しっかり張られていました。この時期、やはり防鳥ネットは大事になってきています。ネットの周りですが、みかんがあちこち落ちていたんですが、鳥たちも、だいぶ食べ物が少なくなって来たようです。ついばんだ痕のあるみかんが、あちこちにころがっていました。
2014年02月12日
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みかん園の清見は無事でした2月8日(土)-9日(日)は、関東地方も記録的な大雪になりました。東京都知事選挙の低かった投票率には、この大雪も影響したでしょう。2011.4.10 57.80%2012.12.16 62.60%2014.2.9 46.14%ご苦労様でした。さて、当方は、この雪によるみかん園の状況が気になっていたのですが。清見の木には、1月に鳥よけのためにネットを被せてあるんですが。去年の大雪では、このネットの上に積もった雪の重さで、ネットが押しつぶされて、木が雪に埋もれたままになっていました。昨日、電話で知人に聞いたところ、「ネットの雪を中から押して払い落した」と言っていました。さっそく本日(2月11日)は、その様子を見に行ってきました。小田原方面に近づくにしたがって、雪は消えていて、どうやら心配したほどのことは無かったようです。みかん園のある真鶴方面というのは、やはり東京(八王子市)に比べるとかなり暖かいようです。午後に帰京しましたが、八王子の団地にはまだ雪が残っています。道路は問題ありませんが、人手の入らないようなところには、まだかなり残っています。行き道の富士山です。午前7時13分、小田原から見た富士山は雲の中、わずかにすそ野が見えていました。まだ、全体は雪雲に隠れています。今でも近くの箱根は雪が降っているはずです。お昼まえ、帰り道に見た大山です。雪景色をしています、かなり降ったということです。ふきつける風もかなり冷たいということです。手前には小田原城が見えてます。平地の方は、雪は降るには降っても、早々にとけてくれたようです。みかんが、内陸部よりも、海岸沿いの方が栽培に適しているということです。みかんは無事で、「やれやれ」と言ったところでした。
2014年02月11日
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2月6日、東京都知事選の候補者討論会を見ましたいよいよ明日に東京都知事選挙の投票日がせまりました。なかなか無かったし、見れなかった候補者の討論会でしたが、ようやく2月6日夜、テレビ朝日の討論会見ることが出来ました。やはり重要ですね、候補者がじかに討論をするというのは。9日の投票日も明日に近づいてきて、録画してあった討論会を、あらためて見直してみたのですが。都民の要求に対し、各候補者がどう答えているか、それぞれの候補者の主張と、その違いがよく見えてきました。当方は半ば年金世代ですから、年金・医療など高齢者福祉が気になりますが、討論会での、若い世代の問題にも驚かされました。東京は現在、2万人を超える保育園への待機児童がおきているというんですね。たいへん保育園が不足して、深刻な状態にあるとのことです。元厚生労働大臣の舛添氏は、要旨次の様に言っていました。正規の保育園には、職員数など、いろいろの設置規準が国にあって、なかなかつくるのが難しく、出来きていない。かわりに、規制を払って保育園に準ずる「認証保育」施設をつくる、企業にも参加してもらう、言っていました。ところで、新聞を見たら、この保育について要望がかなり具体的に出ていました。杉並区で1歳6カ月の子どもさんのをもつお母さんの話-認証保育にやっと入れたんだけど、その保育料が月に8万円かかるというんです。土曜日をたのむとなると11万円にもなるというんです。(保育園だと平均で、1万7千円だそうです。)私の職場にもパートさんがいますが、もしもこの方が子育て世代だったら、収入のほとんどが、それだけで無くなっちゃうということです。食費や住居などの生活費はなし。これでは2人目どころか、子育て自体が、とても出来ないということです。しかし、この『認証保育』というのが、「実績」をほこる舛添氏がさかんに主張している「解決」策なんですね。聞いていて、「厚生労働大臣の経験を生かして」なんて言っているけれど、『いったい、これまで何をしてきたのか?!』。現在の全国の保育園不足の状態をつくってきた責任をその所管大臣だったものとしてどう反省しているのか。どうやってこんな高額な保育料を払えというのか、そこを問いただしたくなりました。『こら!』と。討論会では、その他に原発など、3点くらいのテーマで、たくさん問題点が議論されました。それぞれで問題が明確になったと思います。しかし、この保育の1点をみただけでも、おおよそ都民要求にまともに答えようとしたら、これまでのあり方、予算の使い方を転換させなければなりません。この点も「高齢者・福祉対策」の財源ということが議論されました。宇都宮氏は、石原・猪瀬都政の「アクションプログラム2013」(総額2兆6800憶円)だと、大規模開発には31%もつかわれる。他方、高齢者福祉には3%、少子化対策に2%、若者対策に0.7%でしかない。この予算を後者を優先するように組み替えることを主張していました。東京都にはお金はある。無駄な大開発費を削って、都民のくらし・福祉に切りかえることで、かなりの都民要求を実現する財源はつくり出せる、と。逆にこの無駄を正さないと、舛添氏が言ってましたが、消費税の増税分をあてにするしか財源が出てこないんですね。討論全体を通して、この都政の転換を明確にしていたのは、宇都宮氏だけでした。「1%の大企業や富裕層のための都政から、99%の都民の為の都政に転換する。そのためには都の予算の組み替えをしていく」と。やはり選挙というのは、候補者による生の討論というのは大事でした。全国から注目されるこの都知事選です。はっきりと政策と人柄の違いを確かめる上で、この討論会は貴重な場となりました。
2014年02月08日
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宇都宮候補の応援で、八王子駅にて、若き山下新書記局長(共産党)が訴えましたみかん便りはお休みです。今回も東京都知事選挙の便りです。この案内は後で目にしたのですが、先の共産党大会で、新たに書記局長になった山下よしき氏が、宇都宮都知事候補の応援で、八王子にやってきました。9日の投票日まで、あと三日間です。当方も、今日は午後から休みをとって、応援者の応援です。さすがは山下氏、やはりフレッシュに争点を訴えていました。当方の力では、それをうまく紹介出来ないのが残念ですが。その1つは、石原・猪瀬都政を、自民・公明のおす舛添候補で継続するのか、それとも都民の要求を実現する宇都宮候補で、それを変えるのか。2つ目は、・・・・、重要なことでしたが、残念ながら主題を思い出せません。この間の都政が、都民生活と無縁な大開発優先で、暮らし福祉を過酷に苦しめてきた告発だったと思いますが。そして、それを継承する舛添氏、「かわらない」という細川氏。それに対して、宇都宮候補の公約のすばらしさの紹介だったと思いますが。3つ目は、国の安倍内閣の暴走を、都政に持ち込むのか、それとも憲法のくらし・民主主義をまもる宇都宮候補でストップさせるのか。最後に、宇都宮さんの人柄を紹介していました。弁護士として43年間、弱者の要求によりそい、解決につくしてきた経歴を紹介。都民の要求にこたえる候補者は、宇都宮候補しかいない。最良の候補者だ、と。当方は、山下氏の演説を初めて聞きましたが、さすがに、説得力があります。若い情熱がつたわってきました。今回の宇都宮候補の応援演説会は、多彩な応援弁士の人たちによる訴えでしたが、それぞれ値千金でした。ここは聞いておく価値があるし、聞いておかなければ、と。こんなことはなかなか無いことなんですが、またしても出かけるはめとなりました。なにがこの選択でとわれているか、石原猪瀬都政の継続か、それとも転換か、ここが問題です。5千万円の収賄容疑で辞任した猪瀬知事、金で都政が動いていたということです。それでは庶民の要求など届くわけがありません。ところが、それを継続し加速化させるという舛添氏、誰がやっても同じという細川氏。これでは都政は変わりません、悪化するばかりです。それに対して、これまで切り捨てられてきた福祉・くらしを第一にする都政に変えようという宇都宮氏。ますます都知事選挙で問われている選択は、具体的で明確になってきています。都民がそこをみぬけば、都政を変えれるはずです。
2014年02月06日
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東京都知事選挙は投票日まで、あと5日です今日は東京は小雨、午後から雪まじりになりました。東京都知事選挙は、9日の投票日まであと5日、最終盤です。今日は、あらためてこの都知事選挙を考えてみました。職場近くの掲示板です。東京の顔、この選挙には16人が立候補しているそうですが。実質的には、3人の争いとみてとれます。石原・猪瀬の流れを引き継ぎ、自民・公明が押している舛添氏と、革新の流れで、都民要求の方向に都政をかえようとの宇都宮氏。実際にはこの二つの競い合いです。細川氏は「原発以外は誰がやっても、(石原・猪瀬と)かわらない」と自認していますから。選挙公報を見てみました。選挙公報は、選び抜かれた綺麗な文句がならんでいますから、その字ずらから実像を見ようとしても、なかなか見えにくいところです。しかし、実際の姿との関連で広報を見ると、見えてくるものがあります。舛添候補は、これまでの都政に対する問題視する視点はありません。この選挙公報から、肝心の現在の都政をどうみているか、そのどこをどのように変えるか、抽象的な言葉はあっても具体的なことは語られていません。「決断」「実行」「やり遂げる」というのは、石原・猪瀬都政の方向を遂行するということです。また、「自民党厚生労働大臣時代の経験を生かす」といってますが、実際に国民にたいして何をしてきたかが問題のところです。当方は、介護の分野で仕事をしてますが、歴代の厚生労働大臣は逆行させる人ばかりでした。自民党政治によつて介護でも医療でも、弱者が泣かされてきているのがこの間の状況です。マイナスはあっても、プラスはなしが舛添大臣でした。こうした中で、候補者の声をじかに聞くことも大事です。当方は、今日・2月4日午後7時、八王子駅での宇都宮候補の街頭演説会を見てきました。宇都宮候補は、「東京から原発ゼロを発信する」、東電の大株主として原発をやめる様に提案する、と。東京はお金が無いんじゃなくて大分ため込んでいて予算はたくさんある。今はそれを保育や老人ホームなどの福祉に回さずに、大規模開発に大きく注いでいる。都知事が変われば、そこを変えれる。最後に、安倍内閣の危険な方向にストップをかけると、大局観をのべていました。憲法の平和と民主主義を守るのは私しかいない、と。元日弁連会長の力強い実感のある声でした。いくつかの問題を語ってましたが、これが当方の耳に残ったことでした。演説の前後には、聴衆の人たちと交歓されてました。八王子の夜は、雪も降った後で冷たいのですが、その寒さを感じさせないものをわきたたせてくれていました。前回の都知事選挙ですが、2012年(平成24年)12月16日。 猪瀬候補 4,338,936票(65.27%) 宇都宮候補 967,960票(14.58%) でした。今回は、その猪瀬都知事が5,000万円の収賄で辞任しました。お金がやり取りされる政治では、都民の要求などは捨てられています。石原・猪瀬都政の流れを、民主主義の力で変えるのが今回の主題です。猪瀬知事が失格した後に、再び第二の猪瀬的な都政を突っ走らせるなんてことは、都民の良識として許せないとおもいます。石原・猪瀬都政は、形は多数でも、実は都民泣かせの都政でした。今がこの都政の基本を変える機会です。都民要求に本当にこたえていく都政をつくる、都民を主人公にする新しい都政の流れをつくる。諸々の要求は具体的で切実です。かつては革新都政の経験もあるわけですから、この大転換はけっして不可能なことではないと思います。ここががんばりどこだとおもいます。
2014年02月04日
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みかん栽培、温州みかんの最後です今季の温州みかん、いよいよ最後の後片付けです。みかんジャムに、みかんジュース-これが最終責任です。あと少しです。もうちょっとで、完了するんですが・・・。
2014年02月03日
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梅の花、いよいよ春が近づいてきました2月1日、はやくも梅の花が枝いっぱいに咲いていました。神奈川県西部の真鶴のみかん園でのことです。1月23日は、梅の開花しはじめたのに、気が付いたのですが、http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201401230000/それから一週間がたちましたが、いまや近づくとあたりに花の香りが漂っています。いまや、梅の花が枝によっては、満開の季節です。見事なくらいに花が咲いていて、鈍い鼻にもしっかり香りを漂わせてくれています。いよいよ2月、これから3月にかけて梅まつりの時期になります。前回は、小田原の「曽我梅林の梅まつり」を紹介しましたが、今回は「湯河原の梅の宴」のチラシを紹介しましょう。JA事務所のカウンターには、スポンサーになっていると見えて、両方の梅まつりのチラシが置いてありました。なにしろ、小田原は昔から梅を特産にしている土地柄ですから。梅の「老舗」です。最近は、熱海、そして湯河原と、梅の名所が増えつつあります。ところで、当方の梅を見ていると、梅にも、その年により表年と裏年があるようです。去年は手前の梅の木に一番たくさん梅の花がたくさんついていました。ことしは逆で、奥にある古木の方が花が見事です。奥に見える古木と手前の木とでは、花のつき方が逆になりました。両者のコントラストが、今年は去年と逆になっています。はたして、今年の梅の実の出来具合は、どうなることでしょうか。 よく知られた菅原道真の一首です 東風(こち)吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな
2014年02月02日
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1月、みかんの後片付け2月1日(土)、みかんジュースをしぼりに行ってきました。今日は、一升瓶で4本をしぼりました。この一月に、みかんジュースを、今回のをふくめて6回、14本をしぼりました。一升瓶では使いにくいので、空き瓶をはじめ、とってあった空き容器の総出です。一度過熱させて、自然発酵を抑えます。それを小瓶に分けて、まわりの人たちにプレゼントです。また、みかんジャムの方も、1月に200cc瓶で60個をつくりました。ただ、この方は時間がかかりますから、又果皮の綺麗なものにかぎられますから、今は、打ち切っています。1月に入ってからも、、みかんそのものの希望があったので、「B級みかんしか残っていない」ことを前提にして、5キロ箱にして19箱が出ました。ここまで来ると、選果落ちしたみかんですから商品価値は無しです。それでも加工用に使ってくれるわけですから、こちらとしても助かります。これが、温州みかんの「後片付け」の段階の様子です。今回は、温州みかんは12月29日・30日で、木からすべての果実を下ろしました。正月あけに発送できるものを選果し別にして、それで、1月2日の段階で、選果落ちして残っていたのが、11コンテナでした。これを片づけて、初めて「終り」です。しかし、このB級みかんを片付けるというのは、大変なことだったんです。この間には、1月29日に、「食品衛生」講習会もうけてきました。なんとか、今日の作業で、残りは0.5コンテナ(ジュース用)のところまで来ました。「もぅ、そんなのは畑にまいちゃえ」と、くたびれた中でそんな声が感じてくるのですが、「せっかくの自然の恵みじゃないか」との引きもどしの声も聞えてきたりして・・・。今日中に、なんとか終らせたかったのですが・・・。まぁ、無理せず、ほどほどでストップするようにして、次回、もう一回だけがんばって、最後のジュースしぼりを実施することにしました。これが、みかんの手入れではなく、あと片付けの、1月の状況でした。
2014年02月01日
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