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「真鶴・早川(西湘)みかん」の収穫が始まりました11月30日(日)は、午前5時54分発で真鶴のみかん園行きです。前日は雨が強かったので、みかんの収穫は出来ませんでした。午前7時40分にみかん園に到着。途中、富士山は西からの雲に隠れて見えませんでしたが、天気は晴れ、雨上がりの青空がひろがって、収穫日和でした。これが今回、収穫しようとしている木です。しかし、みかんはびっしょりと濡れてました。昨夜は風が無かったと見えて、みかんも木もたくさんの雨滴をのせていました。みかんが乾くのを待っているわけにはいきません。木をゆすって、水滴を落としてから収穫に入りました。しかし、すぐに作業服も手袋もびしょ濡れになってしまいました。真鶴のみかん園での収穫は、今季11回目の収穫でしたが、ここにきて、みかんの成熟が急速に進みだしています。今回は、午前8時から正午まで、4時間で6コンテナ120キロの収穫でした。この収穫したみかんは、水キリと予措とで数日間、現地の小屋に置いおきます。12時15分、直ちに早川の「だんだん園」へ移動です。「だんだん園」のみかんは、無農薬の自然栽培をしています。大きさは中くらいですが、味が濃くて美味しいんですね。今回は、1本目の木をすべて収穫し終えて、2本目の木に入りました。これがその木です。1本目の木の完全収穫に時間がかかってしまいました。午後1時から3時までの2時間で、2コンテナ・40キロの収穫です。コンテナはいっぱいにすると20キロから23キロくらいはいるのですが、いっぱいにすると、車のところまで運び出すことが大変になりますから、半分くらいにしています。1本目は完全収穫でしたから、汚れたものも含めてなるべく全部を採るようにしました。みかんの色が赤っぽいのは、それだけ熟し始めているということで、早川のグルメな鳥たちが、この木も見逃してはくれず、ついばみ始めていました。きっとこの「真鶴・早川みかん」は、美味しいはずなんですが。さあ、これで昨日・29日(土)に搬送してきた5コンテナ分と、今回の、この早川の2コンテナとをあわせて、7コンテナ・140キロ、5キロ箱にして28箱分が搬送することが可能になりました。これを月・火曜日の夜に箱詰めして、12月4日(木)に出荷する予定です。明日は、この配分と、届け先の段取りを取らなければなりません。それがうまく進まないと、12月3日(水)には次回の収穫がひかえてますから、すべてがスムーズにいかないと、部屋の中、みかんがあふれだしてしまいます。いよいよ週二回サイクルの、収穫-搬送-箱詰め-出荷の回転作業の始まりです。どこかが一つでも狂るうと、「恐慌」状況になります。このパターンで、12月末まで、押していきます。
2014年11月30日
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11月29日はみかんの搬送ができただけでした11月29日午前6時、出発した頃はあたりは暗くて、天気のほどは分かりません。厚木あたりで雨が降り出しましたが、小田原でも雨、これではみかんの収穫は無理です。みかんの木が濡れてしまっては、肝心の収穫は出来ません。これは11月27日の状況ですが。今、みかんの成熟が始まりだし、収穫すべきものが「今だ!」と増えてます。しかし、すべては手作業ですから、そうそう思うようには任せません。したがつて、今回こそは収穫の一つの山場とみていたのですが。しかし、天気には勝てません。雨が降ってしまえば、みかんの木はびっしょり濡れていて、収穫は出来ませんから。濡れたみかん園は、人も鳥も、すべてを寄せ付けません。しかし、こうなると、前回の、一昨日の収穫が生きてきます。前回、11月27日には、雨上がりのすき間で、みかんを収穫してあるわけですから。今回、さらにより収穫時ですが、ずぶ濡れ状況では新たな収穫は出来ません。こうなれば前回収穫してあるみかんを搬送することです。午前8時半、天気は小雨です、天気が回復するのを待って、立ち寄ったみかん園をそこそこに、湯河原の「ままねの湯」に移動です。しばし温泉で、疲れをとるべく仮眠をして、天気を見つつ時間をつぶしました。しかし、雨はというと、弱くなったかと思うと、また強まってきて、ままなりません。午前11時半まで待ちましたが、雨はやはり小康状態が続いていました。しかし、こうなれば決断です。雨の如何にかかわらず、みかんの搬送作業です。合羽の用意もありますし、タオルをコンテナにかぶせれば、雨も防げます。せっかくのみかん収穫は延期ですが、それもやむを得ません。今日のところは、前回に収穫した5コンテナを、搬送することに徹しました。裏年で量は少ないけど、自然はその多くが収穫適時な状況にあります。しかし天気には勝てませんから、持ち越しも仕方なしです。11月29日午前、雨が降っていては、みかんの収穫は出来ないんですね。午後からは晴れてくるはずですから、風が吹いて雨滴を吹き飛ばしてくれるず、そうなれば明日こそは、みかんの収穫の焦点になります。本来は今日がそのはずでしたが、一つの山場のはさみをふるうつもりでしたが。みかん農業は、やはり自然の風向きが、大きな要素を成しているんですね。仕方なし、天候次第の日和見主義です。
2014年11月29日
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みかんの、今季初めてまとまった収穫がありました11月27日は朝方まで雨もよう、この数日関東は雨が降り続いていました。通常ならこんな日は休みです、みかんの木が濡れていては収穫できませんから。しかし今回は違いました。午後からなら、少しは木が乾いているかもしれないし、少しだけでも収穫が出来ていたら、進めておけば、次に来た時の圧縮された収穫時間が、かなり緩和されるはずですから。そして、今回出かけてきたのは、まさに正解でした。午後1時30分から陽が西に傾く午後4時まで、2時間半の収穫作業で、5コンテナの収穫をすることが出来ました。今季の収穫で、これだけまとまった量の収穫が出来たのは、今回が初めてです。このところの寒さのために、みかんの成熟がこの数日で急速に進みだしたわけです。今年は、極端な裏年基調のために、まとまった収穫がこれまで無かったんです。それは、みかん園の全景にも見てとれます。みかん園の中央部にはみかん色がありません。まだ、さしたる収穫もしてないのに、果実の色がありません。木々は葉の緑色が目立っています。これが裏年の情景なんですね。しかし、「裏年」といっても、すべての木が一律にならないというわけではありません。近づいてみると、数は少ないのですが、今年も頑張っている木があります。今、そうした木が、いつもより早く、急速に成熟しはじめました。前回、数日前に来た時には、まだ早すぎて熟すのは、先のことと見ていた箇所でしたが、この数日間で大きく変化して、今回は赤く柔らかくなりだしていました。「よし! これなら申し分なし」です。例年であれば、この木は、12月半ばの収穫の終わりの頃に色づいてくるんですが。まだ11月だというのに、収穫期に入りました。写真だと、陽の当たり具合で、天なり部分の色が分かりにくいのですが、ご覧のとおりです。多くは、今がまさに収穫すべき時、そうした状態に入っていました。その証拠に、あちこちのみかんをヒヨドリが突っつきだしていました。今回、収穫に来ていなければ、美味しいところはヒヨドリに取られてしまうところでした。既に饗宴は、木々のあちこちの内側で始まりだしていました。この熟した美味しいみかんを、「人か鳥かどちらが採るか」大事な時です。今回出かけてきたのは、大正解でした。今回の収穫は、もう一つ大事な成果がありました。当方は、5キロ箱で110箱(27コンテナ)の供給を約束しているんですが、平年の収穫状況なら、まったく問題は無い、控えめの数だったんですが。今年の裏年による大きな落ち込みは、底知れずで、供給の目途が見え無かったんですね。しかし、今回5コンテナの収穫があったということは、みかん園の感触としては、あとこの2倍は収穫可能じゃないかと見ました。なんとか、自園で17コンテナ・68箱分くらいは供給できそうだということです。この深刻な不足の事態が見えてきた9月ころは、お先真っ暗で憂鬱だったんです。ギャップが明白になった先日、早川の知人・「だんだん園」に援助をお願いしたのですが。ありがたいことに、3本の木をまわしてくれることになりました。おかげで、無農薬の成熟したみかんが加わって「真鶴・早川みかん」の誕生です。半々にして出荷すれば、それぞれ成熟したみかんで、味もグレードアップします。太陽と自然のめぐみで、味の濃いフレッシュな、太鼓判のみかんです。ヤレヤレ、なんとかこれで不渡り手形を出さずに済む、その可能性が出てきました。
2014年11月28日
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何故、今ディーツゲンの『論理学に関する手紙』なのか ディーツゲンの著作は、『人間の頭脳活動の本質』(岩波文庫)は、ずっと本棚でほこりをかぶったままでした。「フォイエルバッハ論」でディーツゲンの名は知ってましたが、以前に当たったことはありましたが、部分的に理解できるだけで、何を言っているやら分からなかった。気にはなっていたんですが。 一、今回、主著に添えられた「論理学に関する手紙」に気づいて、9月ころから挑戦してみることにしました。 この著作は、息子や一般読者を意識して、ディーツゲンが自らの主張を分かりやすく伝えようと配慮されて書かれていそうだったからです。これなら分かるかも、いやこれが分からなかったら、何をかいわんやでした。 9月26日 ディーツゲンの著作を読んでます10月10日 「論理学に関する手紙・第4の手紙」を読む10月16日 「論理学に関する手紙・第5の手紙」を読む10月25日 「論理学に関する手紙・第6の手紙」を読む10月31日 「論理学に関する手紙、第1・第2の手紙」を読む11月2日 「論理学に関する手紙・第3の手紙」を読む11月7日 「論理学に関する手紙・再び第4の手紙」を読む11月11日 「論理学に関する手紙、第1・第2・第3・第4」の要点11月18日 「論理学に関する手紙・第7の手紙」を読む 10、11月24日 「論理学に関する手紙・第8の手紙」を読む 途中からレポートを発信しはじめて、またはじめから要約したりで、結局10回になりましたが、この著作についてはなんとか基本的にクリアーしたと思っています。 二、ディーツゲンの著作は、これも例外ではなく、なかなか読み通すのが厄介でした。 しかしそれでもこの『手紙』は、やはり随所に初めて読む人への配慮がされていました。 そして読み込むうちに分かって来たのは、弁証法と唯物論について、特に弁証法について、彼独特の言い方で説いているんですね。「悟り」といっては正しくありません、新たな認識の形態を開拓しつつあったことが伝わってきました。その中には、諸科学に対する哲学の固有の意義。存在はそのすべてを汲みつくせないけど、それを構成する一片は知ることが出来るし、それは全体に関与している。絶対的真理はあろけれど人類全体の歴史的な歩みであり、個々人は相対的真理を獲得して、それを増やすことでそれに接近して行く。「古いジャケツ」にたとえた認識の階層性など、多くの事柄が含まれています。 この『手紙』が出されたのは1880年-1884年とのこと。ですからエンゲルスの『フォイエルバッハ論』(1886年)が書かれるよりも前のものです。エンゲルスが『フォイエルバッハ論』を書くのには、この『手紙』が一つの刺激になっていたのではないでしょうか。エンゲルスは、この分かりにくい表見の中にある価値ある事柄を、分かりやすくより積極的に解明しているものと読みました。ディーツゲンは弁証法的唯物論の哲学を学ぶ上で、今日でもユニークな生きた材料を持っていると感じました。マルクスとエンゲルスは往復書簡で『人間の頭脳活動の本質』については、書評と問題点をさまざまに交換してます。 ディーツゲンの著書については、私が知らなかっただけでしょうが、創造的な意義ある中身を含んでいると思います。哲学の古典にして、こと新しく、こんなフレッシュな感想を持てる著作は珍しいと感じました。 三、インターネットで「ディーツゲン」について検索して見ると、そこに掲載されているほとんどがマルクス・エンゲルスの評言の範囲内なんですね。いくつか例外もありますが。もはやディーツゲンとその著作については、歴史的な評価が決まったものとしての扱われ方になっていて、そのものを読んで、その中身に踏み込むような丁寧な書評はあまり見当たらなかったんですね。その限りで、評価が不十分だと感じたものですから、いまさらですが、基礎学習の域以上には出れてませんが、あえて挑戦してみる気になった次第です。もっと早くに読んでおくべきだったとも感じているんですが。 四、そのことは、ディーツゲンの主著『人間の頭脳活動の本質』、『哲学の実果』についても同様です。これまでのところ、当方としては、跳ね返されちゃって、まだ拾い読み程度で踏み込めてません。 この機会に、この二作についても、あらためて挑戦して、ディーツゲンの業績を確かめてみる必要を感じている次第です。
2014年11月27日
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11月21日の、衆議院の解散会見に思う 11月26日、近くに選挙の掲示板が設置されました。この総選挙で何が問われているか一、11月21日、衆議院解散後の安倍会見です。「本日、衆議院を解散した。この解散は『アベノミックス解散』だ。」「今回、景気判断を行い、消費増税を18か月延期した。2017年4月には今回のような景気判断による再延期は行わず、確実に消費税を10パーセントへ引き上げる。」「選挙戦を通じ、私たちの経済政策が間違っているのか正しいのか、他に選択肢はあるのか、国民に伺いたい。」 「原発は、地元の理解を得て再稼働していく。安全保障については、閣議決定に従って法整備を行っていたい。全体をまとめて実施する必要があり、来年の通常国会に提出したい。」 ペラペラとあれこれしゃべっていたけれど、政権の側からの要点はこうでした。 本音を素直に語るのではなく、あれこれの言葉にくるんで「この道しかない」と繰り返していた。各党討論会を聞くと、すべてはこれを口八丁に詭弁を使ってごまかすものでした。 二、だいたい、経過がずるさを示していました。11月11日、北京での会見に、安倍首相の建前と実体との使い分けがよくでていました。 安倍首相は記者の質問に「解散については、何ら決めていない。私自身、解散について言及したことは一度もない」(要旨)と答えていました。 しかし、これとは裏腹な実際が後から出てきます。「首相官邸は10月末に独自の世論調査を実施した。いま衆院選に踏みきれば自民党が単独過半数を維持し、公明党も9小選挙区すべてを守れると。10月29日首相は『早いうちに解散した方がいい』と谷垣幹事長に告げた。官房長官は近い議員に『選挙準備をした方がいい』とささやき、公明党の支持母体・創価学会幹部にも早期解散論を説いた。」(日経11月19日付) ようするに、外国訪問に出かける以前に、解散・選挙ことは密かに与党内では動き出していたとのことです。要は「今選挙をすれば勝てる」と踏んだことから始まった。後から「大義」をくっつけようとしたということです。 三、大義なんてない人たちに、いくら大義を問うても無駄なことです。詭弁の屁理屈が出てくるだけです。 国民が願う流れが表に出てくるには、ここのところと政治全体をみすえて、自転車操業の詭弁を突き崩すしかありません。 もう一つ、野党の中にも政権へのすり寄りがチラチラしています。 「消費税の増税は歳出削減をしてないから問題だ」とか、「アベノミックスの基本は正しく、修正が必要だ」とか。 大きな発行部数を持つ新聞各紙にも、政権を応援するものが目立ちます。 四、だいたい、この間、自民・公明の政権は行き詰まっていました。 そして、政治の争点は明らかになってきていました。1、消費税5パーセントから8パーセントに上げたことで国民経済の落ち込み。国民生活の暮らしや福祉は切り捨てられてきました。 増税してもそれは大企業減税や、無駄な公共事業に湯水のようにつかわれている。 2、憲法9条を骨抜きにして、海外派兵の集団的自衛権の閣議決定。 3、原発は再稼働させて、12万人の避難生活はじめ被災者の生活再建はおざなり。 4、沖縄県民の示された意志を踏みにじって、米軍の辺野古基地の新建設を進めようとする。すくなくとも、これらの問題が国政の焦点になっています。 五、総選挙の大義とは、国民の多数が願う方向に政治を切り替えることです。ごまかして多数の議席を取り、それと逆な道を突きすすもうとする勢力を打ち破ることです。おそらく、小選挙区制ですから、政権に有利な選挙の仕組みになってます。それでも、国民の声を生かした言論の力は大きいですよ。ウソとペテンを、事実と道理が打ち破っていく状態をつくりだしたいものです。
2014年11月26日
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ディーツゲン「論理学に関する手紙・第八の手紙」を読む ついに最後の「第八の手紙」まできました。 一、〈論理学と経済学は同様の問題にある〉資本主義の経済学者は利益をどう増やすかは論じても、その由来、どこから利益が生まれるか、搾取については沈黙している。同様に、形式論理学者たちは知性・思想を孤立した事柄として扱い、対象的な経験的世界との必然的連関を除外する。この連関が諸々の解明を与えてくれるのに。この連関を神秘的な方向に、形而上学(哲学)や宗教に押しやることで、おきまりの説を唱え続けている。 〈テーマの核心-形式論理学とプロタリア(弁証法)的論理学の区別の問題に〉形式主義者たちは知性を「独立の」事柄として扱う。それに反して私は知性をすべてのもの・全一と連関することを明らかにする。 思想活動は「全能の世界自動機械」(客観的世界の運動法則)に属していて、この自動機械は思想も含みつつ生きた真理であることを経験する。人間の頭脳(思考)が、八方世界的存在(客観的世界)と同じに連関している限りにおいて、論理学は哲学となる。 二、〈形式論理学批判と弁証法的論理学〉形式論理学は、区別することの意義を「度外れに」拡大させることで、明晰な世界観の獲得を損なう。事物は分離しているだけでなく、連関している(多様性は統一であり、恒久なものは変化する)弁証法的性質を見損なっている。 形式論理学は、1.矛盾は結合も橋渡しも共通性も持たない本質的区別があるとの先入観を持っている。2.矛盾するものは存在せず、結合できない矛盾が存在すると。3.自己に矛盾するのは考えられず、真ではないと教える。これらにより形式論理学は真の矛盾や普遍的真理に関して間違った方向に向かっている。 〈これに対し、我々の弁証法的論理学〉真理を、すべてのものを含む世界全体を扱う。そこには誤謬、仮象、虚偽、死なども、存在・真理・生命である一つの事物に対する関係として契機として含まれている。 三、〈矛盾の意義について〉生きている世界真理の認識を困難にしているのは、その中に生存する矛盾だ。例えば、始まりは終わり、宇宙を見た時に限界を見極めれない、生命と死の区別など。 広く分枝している学派は自然科学により多くの事を教えるし、「すべての知識の最後の問題」を明らかにする自然科学に望みをかけている。しかし各々は科学と生命に多く寄与するだろうが、人間の知性の一般的使用、又は人間の頭脳の普遍的解明に寄与することは少ない。これに反して、矛盾とはなんであるか、どんな意義があるかの解明は、空想の最も遠い角にまで、天上や永遠性にまで解明の光を当てて、全体の存在、すべての事物の統一と区別を明らかにする。 〈矛盾の正しい意義で、最も教えることの多い例は、真利と非真理との対立の中にある〉世界は真理であり、誤謬、仮象、虚偽は、その中に潜み、真の世界の部分である。 世界全体は無限にして無尽蔵の矛盾であり、この矛盾は無数の意味深い命題と反命題とを止揚して自己の中に含み、これらの命題は時間と理性の助けよって調和の中に解消する。 一つの宗教の宗派に他の宗派がかわって民衆をそそのかす。繰り返し仮面をはいだために真理への奉仕に鈍感になっている。大学の講壇からも研究の空虚と不足が説教されている。 四、〈カント哲学の成果と問題点〉論理的研究は歴史的発展において、知性は真理を捉えかつ証明するためには制限されているということに、カントは『純粋理性批判』でまったく誠実な成果として到達した。ずるい非開化主義者たちは、カントの権威よってそれ以上の解明は出来ないと主張した。 カントの業績は、真理を、研究する頭脳(精神)と同様に、一般的に経験的なものであることを明らかにした。眼と耳が精神及び世界真理全体と不可分に連関していることを疑いの余地なく指摘したこと。 しかし、カントは度外れの精神に対する伝統的な信仰により迷わされて、人間精神の外側にある世界真理(客観的存在)を、理解できない(知ることの出来ない)超える真理という神秘的な存在を置いた。カントの理性批判は真理の普遍性を認めず、統一のない二つの世界と二つの真理を設定した。この二つの精神の相剋を説く学説に含まれているのは異常な謙遜の不合理であることが見て取れる。 我々の理性は世代から世代へと文化によって高められる。しかし、いつかどこかに、世界連関の外に概念能力が存在するということは、まったく無意味な概念で不可解な事柄だ。各々の理知や思想は、必然的に普遍的性質を持ち、そして合理的に一つの・普通の・経験的な・世界の一部分・一定の部分でなければならない。 以上。
2014年11月25日
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「真鶴・早川みかん」の出荷が始まります ここ数年、みかんの時期が来ると走り回る先があります。収穫したみかんを届ける、お得意先です。今日は、サンプルのみかんを届けてきました。この一年を元気にお過ごしでしたでしょうか。みなさん、元気な人たちの顔が見れるのはなによりです。 今回は、11月12日から急きょ政界の雲行きが変わって、12月2日公示、14日投票の総選挙と重なることになりました。 政治社会の方は、人の都合により変わることがありますが、自然の方は、人は木々の状態に合わせるしか、しかたありません。 今年のみかんの特徴ですが、今年は大きな裏年なんですね。収穫が近づくに従って、予想した以上に収穫量が落ち込むことが分かってきました。去年の収穫量と比べて、今年はその半分以下しか採れないということです。 ここが剪定や摘果をしっかりしているプロの農家との技の違いなんですね。まぁ、そうした年もあるということです。このため、去年に続いて早川の知人にたのんで、少し分けていただくことになりました。 せっかく楽しみにしている人たちに、「足りません」では申し訳ありませんから。去年は積極的に広げるために頼みましたが、今年はSOSで、足りない分を補うためです。自園のみかんと半々に詰め合わせにしますから、「真鶴・早川みかん」です。そのおかげで、味の方も安心です。 早川の「だんだん園」は、ほぼ無農薬栽培です。当方もそうですが、そのため果皮が多少汚れたものも含まれます。小粒なのは、摘果する手間をかけれないためですが、 大玉なものは、裏年のため数が少なく大きなものが出来るためです。 まぁ、一般のみかんに比べて姿かたちは劣るかもしれませんが、 味の方は、自然のフレッシュな味で、まずまずと思っています。 これから東京と真鶴・早川間を、年末まで、週に二回転で、収穫-搬送-箱詰め-出荷の作業が始まります。このブログで、その作業の進行状況をお知らせします。12月、総選挙で国民にとって幸ある方向が切り開けること、それと、みかん仕事が無事にはたせて年末を迎えれること、これが休日農夫の目標です。これから一カ月余、いよいよ仕上げ作業です。
2014年11月24日
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ミツバチの巣箱の向きを変えたのですが11月22日、ミツバチの巣箱の向きを変えました。日向に向くようにと、南向きに近くなるように変えました。入口にゴミが出ていたので、巣箱の中を掃除するつもりだったのですが、巣箱の床には、ほとんどゴミは無いようでした。巣枠には、ミツバチが100匹弱がかたまっていました。肉眼で巣穴を見たところ、写真ではいるように見えた幼虫が、巣穴の中にみあたりません。女王蜂を探してみると、ざっと見ただけですが、それらしきものはいませんでした。これはショックです。女王蜂の居ない群れは、若手の誕生が無いわけですから、この群れは自然消滅に向かっているということになります。秋以降、ミツバチが減って来たのには、その可能性があるということです。働き蜂の寿命は100日から150日だということです。まぁ、しばらく様子を見るしかないのですが。この際、スズメバチ捕獲用のボトルを解体してみました。二つのボトルに、オオスズメバチが、なんと36匹も入っていました。以前に1本のボトルを処分した時に17匹入っていましたから、計53匹です。捕獲されたスズメバチは実際のごく一部ですから、やはりたくさんのオオスズメバチが、巣箱をねらって来ていたということです。のどかなみかん園とおもってましたが、激しい攻防が行われていたということです。それと、ボトルにはツヅリガも入っていました。こうしたツヅリガが巣箱に入り込んで、スムシの卵を巣箱の中にあちこち産み付けていたんですね。あらためて秋の騒動の原因が、わかってきます。しかし、いくら原因が分かっても、ミツバチたちが消滅していくようであれば、後の祭りです。今回の秋のミツバチ飼育は、昨年に続き2度目の経験だったんですが。100匹弱に減らしてしまっては、うまくはいっていないということです。「復活したとすれば、奇跡的だ」とベテランは感想を語っていました。はたして、どうなるか、引き続き注目です。
2014年11月23日
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今年のみかんの提供をあきらめかけていましたが11月22日朝、小田原から見た富士山です。午前6時46分です。このところの雨は、富士山では雪だったようで、すそ野の下の方まで、雪は下りてきていました。これでは、下界の世界も寒くなるはずです。さて、今日、11月22日のみかん園行きですが。最初の仕事は、前回収穫した3コンテナについて、これを5キロ箱に箱詰めして、知人宛に発送することでした。それは順調に済んだのですが、問題はその後の収穫でした。発送の段取り済まして、次の本題のみかんの収穫にかかったのですが、みかんの木を見ると、収穫できそうなみかんが、なかなか無いんですね。絶対的にみかんが少ないことと、なっているものも、成熟が今一つ足りません。昨年は沢山みかんをつけていた木は、今年はほとんど実をつけていないんですね。これが裏年の厳しさなんですね。チョットみかんが成熟しだすと、鳥が突っつきにきます。結局、今日は、あちこちの木々から、なんとか0.5コンテナをかき集めましたが、やはり、今年の全体的な収穫量の落ち込みはあきらかです。この数年の間に、提供することを約束していた人たちがいますから、この分では、「みかんが無い」と、謝ることを覚悟したのですが。そうした、あきらめかけていた折、早川の「だんだん園」の園主が、救援の手を差し伸べてくれました。去年も、一部はそうだったんですが、今年も、普通温州のみかんを、一部提供してくれるとのことでした。今日、11月22日は、自分のみかん園で収穫した後に、早川の「だんだん園」に、予定していた木へと出かけました。そこで、自分の所の収穫量と同量の0.5コンテナを収穫させてもらいました。これが、「だんだん園」での、今年の最初の収穫です。大方は熟していて、色づきもよくたいへん綺麗です。小さいものや果皮の汚れたものも、中に少し混じっていますが、なるべく全体を収穫するようにしてますから、それを引いて、実質的には0.5コンテナです。ここで収穫していて感じたんですが、真鶴のみかん園より、みかんはもっと熟しているのに、鳥の加害が少ないんですね。どうやら早川のヒヨドリは、みかん園が広いため、美味しいみかんがあちこちにあるようで、当方のみかん園のように、ちょっと色づけば直ぐにあさりに来るなどということは無いようです。早川のヒヨドリはグルメだということです。これがその木のある位置です。手前の色づいたみかんがなっている木がそれです。これからは、当方の真鶴のみかん園の収穫と、だんだん園での収穫と、半分半分くらいに合わせるようにして、不足分を補うようにしていく。早川の「だんだん園」からのありがたい支援です。そして今回が、その第一弾で、0.5コンテナの収穫でした。これで、なんとか、「みかんが無いから」と提供を断らなくても済みそうです。せっかく、産直みかんを楽しみにしている人たちがいるわけで、それをそでにしては、産地の生産者としては、申し訳ありませんから。無農薬の自然栽培ですから、自然のみかんの味で、美味しいですよ。こうしたみかんの事情については、「断り書き」に添えて、同じ西湘地域の、産直で自然栽培の「真鶴・早川みかん」として、紹介し、提供するようにしていきたいと思っています。
2014年11月22日
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今がんばっている、みかんの木です11月19日、みかん園の一角でヒヨドリがキー、キー鳴き叫んでいました。周りを見てもみかんの実がなっているのはこの木だけです。当方のみかん園では、実がついている数少ない1本です。どうやら、ヒヨドリにとっては、周りにはこの木くらいしかないということの様です。たくさんのヒヨドリが、けたたましく鳴き騒ぎ、後ろの竹などに集まってきています。ヒヨドリだけではありません、メジロも来ています。まぁ、鳥が来てくれるのは、みかんが美味しく熟しだしたことを示しているわけで、鳥たちが、「今が、収穫の時だよ」と教えてくれているんですが。こちらの収穫作業が遅れると、熟したみかんを食い荒らされてしまうんですが。みかんの成熟を教えてくれるのはありがたいんですが、せっかく育てたみかんですし、今年は数が少ないから、横取りされてはたまりません。そこで、鳥たちとのみかんの取り合い、競争になります。次の木は、鳥たちが狙っていた木です。今季のこれまでの収穫の中心になっていた木です。すでに、大方の収穫は終わりました。ヒヨドリがけたたましく鳴き騒いでいたきですが、結局、1割くらいはついばまれましたが、そのくらいならまずまずで、良しとしています。この後ろの方が、12月に収穫を予定している普通温州みかんの木ですが、見てのとおり、みかんがほとんどついていません。なかなか今年の当園の裏年状況は厳しいものがあります。ミカン農家のプロだと、いくら裏年であっても、剪定や摘果などにより、山と谷を比較的均等になるようにしているか、表の木と裏の木をはっきりさせて、半々にするようにしています。当方のように、去年の収穫の半分以下になるようなヘマはしていません。今回、第8回目の収穫は、全部で3コンテナでした。これは、今季のこれまでの収穫では一番たくさんの収穫です。このみかんは、数日間をみかん園に置いて、追熟させてから、次の、11月22日に、箱詰めして発送する予定です。〈収穫-数日間の追熟-箱詰め-発送〉これから年末まで、このサイクルを、週に2回転する様にしていきます。したがって、年末まで、これから八王子-真鶴間を10往復する予定です。無事に年末のゴールにたどり着けるよう、頑張るということです。
2014年11月21日
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衆議院の解散・総選挙が現実になりました 首相が外国の時は、政治休戦かと思っていたんですが。その間に政局が動くのは、異例なことではないでしょうか。 しかも日程までも出てきたとは。 いつからこうなったのか、各紙を調べてみました。 11月11日「読売」朝刊が「来週中の解散浮上 衆議院選12月14日が軸」が最初です。 同日の夕刊には、各紙が続きました。「首相、解散を検討」(朝日)、「「月内解散」強まる」(日経)など。11月11日夜にはTVニュースが報道していました。 私などが現実的に感じたのは11月11日の夕方からだったんですね。 安倍首相はというと、 11月9日-11日北京でAPEC会議、12日-13日ASEAN会議、14日-16日豪州G20と、外遊中で留守でした。 メディアには、にこやかに首脳交歓する写真が流れており、「何も決めてない、解散に言及したことは一度もない」など発言していました。 「黒幕がいて、国民も首相もそっちのけに、クーデター的に動かした」-そう感じなくも無かった。 しかし、そうではなかった。 11月18日(火)夜、安倍首相は、予定した通り表明しました。 昨日11月19日(水)の各紙を見ると、このあたりの状況が見えてきます。 一つ、「安倍首相は外遊する前の11月7日に、官邸に谷垣幹事長を招き「消費増税を延期する場合、解散するかもしれない」と告げていた。 同7日、公明党山口代表にも解散の可能性を伝えた。」(読売11.19) 二つ、「『早いうちに解散した方がいい』首相は10月29日に官邸で谷垣幹事長に告げた。官邸では、10月下旬の週末に菅官房長官が主導して独自の世論調査を実施し、「いま衆院選に踏みきれば自民党が過半数を維持し、公明党が9小選挙区すべてを守れる」。 首相は外国訪問前の11月7日、公明党山口代表に「年内解散を検討している」と伝えると、公明党はアクセルを踏んだ。翌8日から選挙準備に着手、山口代表も11日定例幹部会で「年内解散への準備を」と指示した。」(日経11.19) これが政治の裏舞台でした。新聞だってやたらに書けません。うかつにすれば責任問題です。しかし、政府筋が意識的に情報を流し都合のよい流れをつくこともある。 やはり、待っていただけではだめ。 真実を知るには、物事を批判的にみて、勝手な都合に踊らされないようにです。 選挙が始まりました。ごまかしの飛び交いは解散経過に見えてます。 しかし主権者が自らの意志を示せることも、沖縄県知事選がしめしました。 さあ、希望が持てる政治をつくりたいものです。
2014年11月20日
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ディーツゲン「論理学に関する手紙・第七の手紙」を読む ディーツゲン(1828-1888)の「論理学に関する手紙」(小松摂郎訳 岩波文庫)は、全部で8通ありますが、今回は「第7の手紙」です。 この「第7の手紙」は、最後の部分で要点をかさねて強調しています。それは以前の手紙にも係わっていると思います。 一、〔言語学の位置づけ〕言語学と諸々の国語との関係を述べていますが、これは哲学と他の諸科学の関係でもあります。 言語学のなかには論理学がなければ解決しない困難な問題がある。言語のはじめと終わりに関する問題は、すぐれて論理学的な問題で、人間の頭脳にも一般的な光をもたらす、と。 「言語の起源の問題」は、固定した完成されたものではなく、流れだと。 また「言語は関連」するもので、悟性や知性の流動し、生成し発展に関連している。言語の連関は世界の思想的連関を示すし、頭脳の働きを明確にする事例を示してくれる。 二、〔テーマ〕言語は精神と同様に天のように高く上がる。(評判や社会的影響を与える) 先に精神で(第4,5の手紙)確かめたように、「言語は存在し、一般的な無限な存在に関与していること」を確かめる必要がある。 1、全一には一つの名前を与えるのが必然だ。それは、すべてのものは無限に多様であるとともに、無限に一者であるから。 2、事物の名前は、水面の様に環をつくる。すべて事物は、最終的に存在又は全一の環に包括する。 3、世界の全体が一つの質料からなるとの統一から、空想家は言葉のはじめも終わりもない同一にしてしまう。それは事柄の説明も、理解も、表現もできない『言葉の粥』の様なものにしてしまう。 三、(ここからが積極的見解です。訳されたものを勝手に意訳してみました) 言葉は、一つの事物に対する「古いジャケツ」(第5の手紙)のようなもの。対象とする事物を拡大すれば、彼の洞察(精神・知識のジャケツも)も拡大する。ところが人が「度外れ」に限りなく(適正な範囲を越えて)事物を踏み越えると、事物の限界(環の始まりと終わり)が一層明確になる。(ジャケツは体に合わなくなり、着れなくなる) 例えば、言語は全一に対して一つの名前を必要とするが、しかし全一を特殊化するためには(細かく広げるには)無限に多くの名前を必要とする。言語がその存在の一部分であろうとする限り、この部分は制限されなければならない。その際、人間の自由というものをこの部分について注意を払うならば、自由に限界を定めなければならない。単語は単に空虚な言葉ではなく、世界に対する部分の、宇宙の波の環に対する名前である。言語、というより言語に連関する精神が、無限なものを言語によって制限しようとする。言語を使うのは、多少ともそれを意識せずに本能的にそうしているが、科学は言葉の妥当な範囲を意識的に精密にしている。 たとえば、一般的に馬がもつ力と、物理学で力の単位とされる馬力の関係。 歴史の教訓は、世界の事物は、はじめも終わりもない流れであり、精神も言語も事物に関連している。そしてお互いに流れ去る波(環)である。 四、最後に、これまで述べてきてきた点を、かさねて再確認しています。 1、私の論理学とその対象である思想は、世界の、すなわち無限の世界の諸部分である。各部分は無限者の一片であり、無限者の断片でもある。各断片は全体の無限の性質に関与している。 2、存在の多様性全体は矛盾なしに一つの性質のものである。そしてこの一つの性質が分かれて多様な形態になる。世界は連関しており、この連関は分割されている。 言語について、精神について、世界のすべての部分について、認識されるべきことは人間の頭脳(思考)による普遍的(一般的で、共通な)な解明である。 4、人は農業科学の知識が無くても農産物を栽培しているように、論理学の講義を聞かなくても、論理的に考えている。人は温度の高温や低温を研究し明らかにすることが出来ていなくても寒暖計を発明できたように、数多くの事物をある範囲では精密に区別することが出来た。 しかし、はじめと終わりや、体と精神、真理と誤謬などの、もっとも抽象的な区別をするためには、その解明をするためには、知性の連関に関する論理的解明を必要としている。 以上です。
2014年11月19日
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冬に向かうミツバチについて調べてますミツバチに関する本が何冊かありますが、それらをめくって、冬の時期に向かうに当たっての飼育の心得を調べています。なにしろ、この時期の飼育は、当方にとっては初めてのことですから。11月15日に見たところ、ミツバチたちは巣枠の一か所にかたまっていました。何故、ミツバチたちは固まっているのか、これは寒さから幼虫を守るため、巣を暖房しているための様です。幼虫を育てている時、幼虫のいる巣の中央にかたまるそうです。それは、ミツバチがかたまりあって、あたりの室温を34度くらいにしているのだそうです。だから、寒い時に巣枠を持ち上げたりするのは、暖房を損ない好ましくないとのことです。また、働き蜂の寿命ですが、100日から150日とのことです。見てのとおり、今は全体で100匹くらいに減少しちゃってます。この中には、若いものもいれば、高齢のものもいるはずです。たったそれだけで、後継を育てる子育てや巣づくり係が必要でしょうし、花蜜や花粉などの食料を集める外回り係りも必要のはずです。限られた数での分担になっていると思います。以前のように巣門に守衛を置くのは、非常時の時以外はないのも当然です。なにしろこの間は、スムシやスズメバチから巣を守ることにテンヤワンヤでしたから。無茶苦茶の総力戦だったと思います。とても落ち着いて子育てが出来るような状況ではなかったはずです。いま、ようやく少し落ち着いてきたところでしょう。しかし、これからの冬の自然は、さらになお大変です。ますます寒くなっていきますから、室内温度を維持することも大変ですし、外での食料集めの活動も大変限られてしまいます。冬場の働き蜂は、厳しいですね。冬を越すためは、少数でもがんばるしか仕方ないんですね。はたして、来年の春まで群れの命はつながることが出来るかどうか、今は、一匹一匹の存在がたいへん貴重になっています。
2014年11月18日
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辺野古への新基地建設はNO 沖縄県知事選挙で、沖縄県民の意志が示されました この沖縄県知事選挙で問われた最大の争点は、天下周知の、米軍の辺野古新基地建設の是非でした。 11月16日投票の結果は、 新基地建設反対の新人オナガ氏 360,820票 新基地建設推進の現職ナカイマ氏 261,076票「これ以上は基地はつくらせない、辺野古には新基地をつくらせない」そうした政策のオナガ氏が圧勝しました。 もちろん、沖縄県民の「基地はいらない・平和な沖縄を」の要求は、戦後史の時々に示されてきていました。しかし、今回は「辺野古への新基地建設反対」で、これまで以上の大きな強い意志が示されたと思います。 この沖縄県民がしめした意志に対して、この意向を尊重し答えるのが民主主義国家のあり方だと思います。そして国民全体として、その一員としてもとるべき態度だと思います。 ところが、選挙結果についての報道を見ていたら、日本経済新聞の11.17社説に「名護市での基地建設に必要な埋め立て工事は、仲井真氏が承認済みであり、新知事に覆す権限はない」などと言ってます。 大手の新聞の集団的「見識」が、民意を尊重せず、勝手なことを言ってます。 そうではないと思います。 選挙の結果、そこに示された多数の声にどう答えていくかが問われていますし、 それが民主主義だと思います。 問題はこれまで新基地建設をすすめてきている日本政府の問題です。政府が進めめてきた基地建設に対し、当の現場の県民が大きくNOの意志が表明したんですから。それは今に始まったことではないんですね。 かりに、他の県で原発の新たな建設計画があったとして、それに対して現地の住民がNOの意志表示があったとする。その時政府はそれでもあえて強引に建設を強行できるかということだとおもいます。 米軍の辺野古基地建設をやめさせる、それは簡単なことではないと思いますが、それでもそこに思いを寄せて、あくまで民意にそった打開を探っていく。 その活動は新たな段階に入ったと思います。
2014年11月17日
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試練をくぐりつつあるミツバチたちミツバチの復活はなるか、昨日その様子を紹介しました。今回も、その続きです。昨日、Sさんの協力を得て、ミツバチの様子を観察しました。落ち着いてみてみると、さらにいろいろ見えてきます。この春は1万匹近くいたミツバチでしたが、当方の不十分さから、たったこれだけに、100匹くらいに減ってしまいました。11月3日に、これ以上のスムシを避けるために巣箱を替えました。遅まきながらのこの手当から、ミツバチたちの新たな生活が始まりだしました。巣枠も新たなものに変えましたから、新たな産卵・子育ては、そこから始まったはずです。この日の、朝一番の巣門ですが。まだ、室内温度で11度でしたから、巣門にミツバチの動きはなく、いたって静かでした。この日、最初に見つけたのは、巣門の一段下に、働き蜂が一匹死んでいたことでした。働き蜂の寿命はどのくらいでしょうか。これはおそらく寿命がつきての自然死です。今いるミツバチの群れも、少しずつ減っています。生あるものは寿命がありますから、死んで行くのは避けられません。その蜂をアップした写真を、後でよく見てみると、その周りには巣づくりしている痕をしめすゴミが捨てられています。今現在、ミツバチたちは巣づくりを始めているんですね。巣づくりとは、新たな命をつなぐ子育て室づくりに間違いありません。その目で、今回のミツバチたちの様子をみてみると、第一義的には、女王蜂がいるかどうかに注目したのですが、現地で見た限り、それらしき蜂は見つかりませんでした。その時は、女王蜂がいるか、いないのか、その点に注目したんですが、不明でした。ところが、この写真をアップしてみると、肉眼の時には気がつかなかったんですが、ミツバチの塊がどいてくれた後に、巣穴の中に幼虫らしきものがいるように見えます。それは、あくまで希望的な観察ですが。もしも、それが事実だとすると、女王蜂の活動は確かに進行中だということです。実際がどうなのかは分かりません、今はそれに期待するしかないのですが。それ事実だとすると、寿命により自然死をむかえるミツバチの下りのエスカレーターと、新たな産卵から羽化し始めるまでには20日間かかること、このギャップが間に合うか、それが問題です。かりに羽化したとしても、すぐに働き蜂として働きだせるわけではないでしょう。ミツバチが巣枠で塊になっているのは、そうした事情かもしれません。おまけに気候は、さらに寒さが厳しくなり、外に出にくくなります。食料あつめの活動は、食糧の花の欠乏もあって、さらに条件は限られるはずです。さぁ、ミツバチたちは、これらの逆境を乗り切ることが出来るかどうか。現在の100匹が、現状を維持すること自体がたいへんなはずですから、もし公示日のころまで、その数がほぼ維持できていれば、わずかですが、あらたな希望が、可能性が出てくるということなのですが、はたしてどうなるか、引き続き静かにしてやって、その動向に注目です。
2014年11月16日
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やはり女王蜂はわかりませんでした11月⒖日(土)、真鶴半島でミツバチを飼っているSさんが来られました。Sさんのミツバチも、この秋は、スムシとスズメバチにより四苦八苦させられてます。今年の春は、1群だったミツバチは、一時は4群まで増えたそうですが、この秋のテンヤワンヤをへて、今はすべていなくなってしまったそうです。当方のミツバチも風前の灯火なんですが。養蜂の体験としてはSさんの方が、当方よりも体験があつく、詳しいんです。ほぼ同時期で、少しSさんのが早やく、真鶴半島の中ほど場所で、はるかに自然の豊かな中で、養蜂を探っておられます。そのSさんが来てくれたので、一緒に巣箱の中を見てみました。どうです、二人で観察すれば、より客観的にミツバチの様子が分かります。この写真は、一人が巣枠を持ち上げで、もう一人がその様子を撮影したものです。ミツバチの群れは、その塊が、前に見た時よりも小さくなっています。女王蜂を見極める目を持つSさんです。ハチの塊を散らしてみたのですが。ちらしてみましたが、やはり女王蜂の姿は見つけれませんでした。少数ながらも、群れが維持されているわけですから、このどこかに女王蜂がいると思っています。今回も、巣門の前に一匹が死んでいました。働き蜂だって寿命がありますから、それが尽きるものが出てきているはずです。群れが維持されるには、新たな若手が加わわることがかかせません。そうでないと、ミツバチは自然消滅していってしまいます。今回見たミツバチの数は、以前に見た時より少なくなっていました。その数はせいぜい100から150匹くらいしかいませんでした。これが、女王蜂の不在のためなのか、それとも、寿命が尽きる蜂に対して、若手の蜂の誕生が少なくて遅れているのか。どちらであるかは、今回の調査でも、実際の所はまだわかりませんでした。
2014年11月15日
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寒くなった朝のミツバチたちです11月12日朝、みかん園のミツバチを見てみました。巣箱の門前は、蜂影なしで、静かでした。前回、巣箱のふたを開けた時、ゴキブリが一匹いたんですが。その時は逃げられてしまったんです。今回はそれを追放することが目的でしたが、その追放に成功しました。これは、その時のミツバチたちの様子です。これが、目下のミツバチの最大の塊なんです。ほんの小さな群れになってしまいました。これで、はたして年越しが出来るかどうか心配ですが。この頃は、朝が寒いので、巣箱の中で蜂たちは固まっています。先日までは、スムシとの喧嘩で、あちこちにばらばらになっていたんですが。この塊は、だいぶ落ち着きを取り戻しているようにもみえます。二つの巣枠にまたがって、ブリッジの様になって蜂たちはつながっていました。11月3日に巣箱替えをしたばかりですから。子育て用の巣穴は、それからつくりだしているものと思われます。産み付けられた卵が羽化するまでに20日くらいかかるそうですから、順調だったとしても、まだ半分の10日目です。若手のミツバチが誕生するまで、未だあと10日はかかることになります。はたして、順調かどうかは、まだわからないのですが。周りの環境は、朝晩の冷え込みが厳しくなって、餌となる花々も少ないはずです。外敵のスズメバチやスムシの障害は無くなったと思いますが、はたして、この厳しい季節を、この小さな群れが生き残れるか。専門家によると「きしびしい」との指摘ですが。当方としては、この少数の蜂がたよりです。養蜂家の方の知恵や経験を集めるようにして、なんとか来春まで命をつないで、新生面をひらけるように応援していきます。
2014年11月14日
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みかんの発送と第6回収穫をしました11月12日は、前回収穫したみかんの発送をして、その後で収穫をしました。この日の中心は、東京多摩市の永山からやってきた21名のお客さんの案内でした。遠路はるばる出かけてきてくれました。みなさんには、真鶴周辺でのみかん狩りと、地魚、温泉を楽しんでいただきました。しかし、それで終わらないのが、休日農夫です。一行と別れた後には、この日の仕事が待っていました。朝、箱詰めしてあったみかん4箱ですが、これを農協から発送です。農協の倉庫の片隅に、宅配便の出荷箱の置き場があります。その倉庫の中では、みかんの選果が、まだ序の口ですが、始まっていました。農家から収穫されたみかんがたくさん届いていて、ここで選果作業が行われていました。当方の発送は、それにはのせてません。「自主流通」です。品質が低く、まばらで、少量ですから。4日前に収穫し、この日の朝方に箱詰めしたものです。今回は、かつての恩師、先生方への発送です。宅配便の出荷サービスを農協がやってくれています。送料が割安なので、ここを利用させてもらってます。その置き場に、みかん箱を積んだところです。どうです、たくさんあるでしょう。みかんの発送は、産地では20キロ箱などの大きな箱が一般的なんですね。「こんなにたくさんのみかんを受け取って、食べる前に傷んでしまわないか」5キロ箱というのは都会の小家族の人たち常識で、当地では、みかんと言えば20キロ箱が常識なんですね。事務所の人が言ってました。『さっき、集荷の車が出ていった。車いっぱいに積んでいったけど、車が小さすぎた。これはそれに積みきれなかった分だけど、(小さな箱だから)その上にでも置いといて』と。さて、その次は第6回目のみかんの収穫作業でした。時刻は午後3時近くになってましたが、そろそろ雨滴も消えたころです。今回の収穫は1コンテナでした。完熟したものだけを収穫しますから、数は少ない。しかし、少ないのはその為だけではありません。去年は今の時点で、少なくとも合計10コンテナは収穫していましたが、今年は、同時点でみて、わずかに合計で3コンテナです。成熟する時期が遅れているのではなく、裏年のために収穫量自体が少ないんですね。先行き提供を約束してある人たちに、不履行が出ることが心配になりますが。それは、まぁ先のこととして、とにかく今は、少しであっても今日の分を、今日のうちに収穫しておくことです。そうしないと、次に来た時には、完熟みかんは鳥たちがついばまれていることになる。とりあえず、完熟みかんを今収穫しておけば、しばらくは気が休まるんですね。2,3日たてば、少量ですが、また新たに熟してききますから。早もぎしては、せっかくのみかんの味が楽しめませんから、極力厳禁です。鳥と競争するくらいのものでないと、ダメなんですね。といったことで、陽が西に傾くまでの約1時間でしたが、収穫のひと働きをして、今日の仕事をすべて無事に終了して帰ってきました。
2014年11月13日
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東京・多摩市から、みかん狩りに来てくれました11月12日、東京・多摩市から21人の人たちがマイクロバスでやってきました。早朝まで雨が降ってましたが、到着した頃には曇り空にかわって、さいわいでした。もちろん今回の目的は、「みかん狩りと、地魚、それと温泉」です。まずは、みかん狩りです。町のはずれに広いみかん農園(松本みかん園)があります。そこでみかん狩りをさせてもらいました。海に面したみかん山には、4000本の木があるそうです。まさに今、みかんの木々には、いっぱい綺麗なみかんがなっていました。ついついみかんを採るのに夢中になってしまい、その写真を撮り忘れました。みかんは、今が、ちょうどシーズンにはいったところで、枝もたわわでした。「藤中」という種類だそうですが、540円で食べ放題でした。たいへん綺麗で美味しいみかんであることは、味見もしましたが間違いなしです。みなさん、美味しそうなのを自身で採って、みかん袋にいっぱいにつめていました。ついで、真鶴といえば相模湾の地魚ですみかん園の後は、食事処の「まるなか」に移動しました。そこで地魚のお刺身定食をごちそうになりました。(この方は、撮りましたよ、忘れずに)魚種は、ハガツオ、タイ、ホウボウ、ムツ、カマス、イサキ、カクアジ、マアジ、ムロアジなどなどが盛られていました。これで6人前です。はるばる来ていただいたからと、お店の方も大サービスでした。早朝、お店の方が真鶴の魚市場で仕入れてきたもので、とびきりの新鮮さです。何たってさばきたてで、お店の人のこころいきも加わって、きっと、それぞれ、満足していただけたかと思います。食事処「まるなか」のホームページです。http://www.ryokan-marunaka.co.jp/最後にもう一つ、温泉ですさて、ここまで来たからには、もう一つ温泉を利用しない手はありません。真鶴には温泉はありませんが、ちょっと走ると隣には湯河原温泉があります。今回は、湯河原温泉「こごめの湯」へ案内しました。湯河原温泉というのは、静かな落ち着いた温泉場です。『万葉集』にも歌われてるくらいの歴史があります。 足柄の土肥の河内に出づる湯の 世にもたよらに子ろが言わなくに 巻十四 3368当方は、「こごめの湯」へ案内したところで、みなさんと別れて、農協からみかんを4箱を発送して、自分の方のみかん園に戻りました。夕暮れが迫っていたので、1時間でしたが、ささやかに収穫しました。はるばる来てくれるというのは、ありがたいですね。たいへん楽しい一日でした。
2014年11月12日
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ディーツゲン「論理学に関する手紙」第一から第四の要点 この時点で、第一から第四の手紙の要点を整理しておきます。 第一の手紙(その4 10月31日)〈私のくわだて〉1.論理学はすべての学科の基礎科学です。事物の知識と洞察力をもつと権威は余計になる。権威は時代の破壊的流れに従属する。2.論理学は科学であり悟性を正しくしようとするもの。3.副題のプロレタリア的論理学は、党派的意味でなく進歩一般、論理学そのものの必然的帰結だ。4.民族問題と論理学(最も基本的で、抽象的な科学)は密接に絡み合う。同時に民主主義的利害とプロレタリア的利害も密接に重なる。第二の手紙(その4 10月31日)〈論理学の対象、その概略〉1.論理学は人間精神の固有な活動を教える。対象は思想の本性であり、正しい秩序だ。2.意志の力と精神の自由は、体の動きとそう違わない。農夫は農業科学が教える前から耕しているように、思想家は論理学により普段自然にしていることを思惟能力を鍛えることで、技術として意識的に駆使できるようになる。3.論理学の歴史、真理の方法を求めて、いかに理性が科学に到達するかを研究してきた。4.対象は一般的なもので、語られているとや書かれていることの中に偏在に現れている、5.未知なことを知る方法は、まず総論、ついで各論の詳細、さらに初めに帰って繰りかえし学ぶこと。 第三の手紙(その5 11月2日)〈論理学はある種の宗教微光をおびる〉1..心情には、音楽、芸術、科学など色々なものが影響する。それは個々のものではなく『全一のもの』のみが生命力のある真理である。2.天上領域と人間の精神との連関を否定するのは、宗教を敬う立場からと、宗教に反発する立場からとがあり、ともに形式論理学に奉仕している。3.論理的秩序を宗教的(天上のことがら)にまでも広げようとする形而上学的論理学と、制限された形而下的な範囲に限ろうとする形式論理学がある。4.それに対して、ディーツゲンは実行できない実践的限界はあっても、それは理論的な限界ではない。無限に努力していく理論的な自由は押さえつけれないと。 第四の手紙(その1と6 10月10日と11月7日)〈精神と存在全体の連関を確かめる〉1.社会観と生き方-民衆の重荷を下ろすことに、動物的労働などの困難から解放しようとする。思想はそれを達成する最も重要な道具だ。2.人間の精神は、それと異なる物質的世界と連関してのみ生きてはたらく。古い形而上学的論理学は、『度外れもの』だった。数千年知性のなかにその源泉を見出そうとしてきた。他方形式論理学はその空想的世界を全く棄ててしまう。「思想は具体的に存在し、実際に存在する。その存在は全存在の一部分として世界全体と同種類のものとして連関している-これが論理学の主要点だ」(P159)。思想は通常の自然の一片であり、度外れた本質ではないとデカルトが表明している。3.主要点を確かめるために、どうして『度外れ』の言葉を使ったか。昔から論理学には混乱があり、人間精神を天上のものにしたり、現実と考えたこととを極端に区別するやり方がある。それに対し、知性の真の存在は現実世界に関連することを証明することが問題だった。4、論理学は区別する能力に関して、一般にどの学科でも必要な真理と誤謬を識別する所以を教えるべきで、それには誤謬も空想も現実界に属していること。以上。
2014年11月11日
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11月16日投票の沖縄県知事選挙 新基地は作らせない「オール沖縄」のオナガ雄志(たけし)候補と、 新基地建設を進める自民党推薦の仲井真弘多(ひろかず)候補との、 事実上の二人の候補者の競合いとのこと。 「しんぶん赤旗日曜版」に掲載された沖縄経済界の方のこの発言は、重要だと思いますので紹介します。 負担押し付ける政府 不条理だ 沖縄県元副知事・沖縄電力元社長 座喜味彪好 さん ざきみ たけよし 日本政府は不条理です。私は自衛隊を支持する立場ですが、先の大戦で大被害を受けた沖縄に今もこれだけの米軍基地を押し付けている。これはどう考えても不条理です。辺野古新基地はその一例です。私たちは日本人。でも日本政府はそう思っているだろうか。 仲井真知事は普天間基地の辺野古「移設」に反対して当選したのに、昨年末には「認める」と言いだした。考えが変わったなら、知事を辞めてから「賛成になった」と説明して選挙をすればいい。知事の権限だけは放さずに、「自分の見解が変わったから承認します」というのはいけません。知事を通産省から沖縄電力に連れてきたのは私です。だけど今回のことは認められない。 今回の県知事選でオナガ候補の後援会顧問になりました。ただ県知事選は非常に大事だが一つのエピソードでしかない。沖縄の不条理との対峙は続きます。米軍基地はなくさなければいけない。 米軍は沖縄を守るというが、やっていることは世界中で攻撃ばかりです。沖縄はその攻撃拠点にされている。第2次世界大戦で多くの被害を出し、戦争はいけないものとなった。世界はその方向に進んでいくし、沖縄も必ず変わると思います。 (「しんぶん赤旗日曜版」 11月9日付より)
2014年11月10日
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ミツバチの蜜蝋を使った作品です11月1日、養蜂家の松丸さんからいただきました。蜂蜜を絞った際に出てくる蜜蝋を使っての作品です。右下の文鎮は当方のつくったものです。大きな松ぼっくりを模ったロウソクは松丸さんの作品です。ロウソクは生活していく上での品物ですが、ミツバチの巣からは、こうしたものも出来るんですね。しかし、ここまで来ると芸術的で、ちょっと使うのがもったい。ミツバチの巣から蜂蜜を絞った際に、巣を圧縮して蜂蜜を絞り採ると、その後に絞りかすが残るんですが。それを湯煎すると、こうした蜜ろうが採れます。その蜜蝋を使って、こんな一つの芸術作品ができるんです。松ぼっくり形のロウソクを見て、文鎮をつくったのですが、何かの糞ではなくて、山の形をした文鎮です。文鎮の方も、なかなか味があると思っているんですが。
2014年11月10日
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ミツバチの巣箱に防寒シートをかぶせました11月8日(土)、朝晩の冷え込みを感じるようになったこの頃です。午前6時35分の厚木・中津川の橋げたの温度は12度でした。この日は、みかんの収穫に出かけましたが、その際、ミツバチの巣箱に防寒用にシートをかぶせました。朝一番の巣箱には、ミツバチの巣門での動きは、まったく気配はありませんでした。中にいることは分かっていたので、逃去の心配はしてないのですが。ミツバチたちは、気温が低い時には、外には出てこないようです。いま、巣箱の中には巣枠が3枚入っています。このうち、使われているのは手前の2枚だけでした。これが、一番手前の白木の巣枠です。これからミツバチたちは、この板の上に巣をつくらなければならないわけですが、どのように作っていくのか、注目して見守っているんですが。ミツバチたちのグループが、なにを相談しているのか、50匹くらいがかたまっています。一時はこの巣箱の中に1万匹位いたんですが、今は300匹くらいに減ってしまいました。夏から秋への環境の中で、スズメバチとスムシの攻撃にさらされたためです。最盛期には9枚の巣枠を入れた時もあったのですが、今では、実質的にこの1枚になってしまいました。風前の灯火、最後の一枚です。寒さのためでしょうか、やはりかたまっています。あまり寒い時には、冷たい外気にさらさない方が良さそうです。ミツバチたちは、寒さ厳しい冬の時期、外にはなかなか出かけられません。その外は餌となる花も少なく、花粉や花蜜を集めることは難しくなっいてます。はたして、この小集団が冬の時期を乗り越えれるかどうか、それはわかりません。ミツバチは、寒い時は外に出てこずに、巣の中にあつまっています。押しくらまんじゅうでもしているかのように、かたまっています。おそらく、気温が20度くらいにならないと外での活動は出来ないようです。まぁ、そのおかげでスズメバチもこなくなってくるんですが。午前10時くらいになると、少しですが、動きが出てきました。外は曇りですが、朝に比べると少し暖かくなってきました。巣門から顔を出すものが出てきて、すぐにまた中に入っちゃうんですが。そのうちに、外に飛び立つものも、ほんの数匹ですが出てきました。飛び立ったミツバチは、周りを飛び回割るようにして、「これは何だ」「なんだこれは」と。この日巣箱に被せておいた防寒用の防水シートを、その周りを飛び回って、新たな外の様子の変化を確認し始めていました。当方が見ていられたのは、そこまでだったんですが。この防寒策がミツバチたちの問題をきたさなれけばよいのですが、なんとか厳しい冬を越せれるようにと、ミツバチへの応援策です。
2014年11月09日
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みかんの第5回収穫、本日の農夫の仕事午前6時、八王子を出発しました。朝方は曇り、まだ外は薄暗くて天気のほどは分かりません。予報は「昼過ぎには雨が降り出す」とのこと、いそげや急げ、です。途中の、厚木の中津川の橋げたにある温度計は、12度でした。もちろん、富士山は今日は雲に隠れて見えません。午前7時40分に、真鶴のみかん園に到着しました。最初にするのは、まずミツバチの様子の拝見です。今回は、巣門に姿はなく、静かで音なしでした。ミツバチの様子については、別に紹介します。さて最初の仕事は、前回収穫してあったみかんの箱詰めです。3日前の11月5日に収穫したもので、0.5コンテナ=10キロです。5キロ箱にして2箱で、これにスダチを添えました。この後が、今回で第五回目の収穫です。3日前に収穫したばかりですから、それほど熟しているわけはないのですが。あちから少し、こちから少しと、熟したものだけを、少しですが収穫しました。結局、約1コンテナの20キロの収穫でした。収穫しながら、木々を見るんですが、今年は、全体が裏年の基調で、ひと前に出せるみかんが少ない。販売約束に対して、それだけのものが採れるかどうか、気になるのですが。まぁ、しばらくは様子を見ていくしか、仕方ありません。3日前に収穫したばかりですから、熟したものは少ないのは当然です。その少ししかないみかんを、ヒヨドリやメジロが目ざとく食べに来ています。これは、この3日間の間についばんだ痕です。周りには、もっと熟したみかん園が、たくさんあるのに見逃してくれません。おそらく、鳥たちにも縄張りがあるのでしょう。このため、人と鳥とのみかんの取り合いです。もとになるのは熟したみかんだけですから、数は少ない。当方が先か、鳥がつっくのが先か、どうも、一番美味しいところは、鳥の方に分があるようです。さて、その後の仕事が待ってます。今回収穫した1コンテナは、現地に置いておくようにして。午前10時45分、今日の収穫作業は終了です。この後は、直ちにJA湯河原事務所へ移動です。そこから宅配便で、全国各地へ出荷するようにしています。数は少ないのですが、やはり送料はバカにできませんから。JA湯河原営農センターに着いて、直ちに出荷手配です。たった2箱でしたが。この農協事務所の入り口は、農家で採れた作物の産直販売所になってます。採れたての、みかんやサトイモ、こんにゃくなど、野菜や果物が並んでました。いずれも安くて新鮮な農産物で、地域の農家の太鼓判のものです。ですから、お客さんも大勢来ていて、たくさん買い込んでいました。当方は、せっかく湯河原に来たわけですから、湯治場を利用させてもらいました。200円で、源泉100パーセントのかけ流しですから。「ままねの湯」、ここで、ひと汗流して、疲れを飛ばすようにしてから、午前11時45分に帰途につきました。大体このパターンで、これから年末までの2か月間の長期戦をすすめていきます。
2014年11月08日
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ディーツゲン「論理学に関する手紙」第4の手紙 (その6) 第6回の今回は、再び「第4の手紙」です。 この手紙は、第1回で1.アドバイス、2.道具、3.度外れの3点に注目しましたが、今回は全体をつかむようにしました。 第一の論点は、ディーツゲンの社会観と生き方、論理学の役割・意義が語られています。 「従来、大部分の民衆は上流の少数者の駄獣だった。」「その重荷をおろすこと、民衆を動物的労働から、苦痛と困難から解放することが人間の精神のもとめる最高のものであり、思想(論理学や思惟方法)が、この目標を達するためのもっとも重要な道具である」と。「思想上の業績は文化の成果に現れてくる」「現代のプロレタリアートは思想上の業績に関与している」と。 第二の論点は、「人間の精神は、それとは異なる物質的世界と連関してのみ生きてはたらく」(P158)との見解です。 水滴を例にして、「事物の形態はその連関によって変わるものであり、全存在の部分としてのみその現在の形をとるものだ」「それはすべての事物にも、人の思想にも言える」として、この見解が表明されてます。 このことに関連して「度外れ」が出てきます。「古い形而上学的論理学は度外れものだったので、その選び出された客体もまた度外れた世界と結合しなければならなかった。…知性は法外な性質を持つとの偏見にとらわれていたので、数千年もの間、度外れの原因を明らかにする源泉を知性の中に見出す望みを棄ててなかった」。「ところが形式論理学は、このような空想的世界の展望を全く棄ててしまう。…形式論理学は精神と世界との自然的関連を見損ない、思惟を孤立させる。」等々です。 この「度外れ」とはどういうことか? 形而上学的論理学の度外れとは? この文章をいくら読んでも意味が分かりませんでした。ヒントはこの前後の文章との関連にありました。 ディーツゲンの見解ですが、「思想・知性は具体的に存在し、実際に存在する。その存在は全存在の一部分として世界全体と同種類のものとして連関している。-これが思慮のある論理学の主要点である」(P159)と強調しています。 「思想は通常の自然の一片であり、度外れた本質ではないとの事実をデカルトが言いあらわしている(「われ考える、ゆえに我在り」)。彼は、精神を具体的存在の上に立て、精神をその度外れから解放した」と評価しています。 (ここの「度外れ」の意味は、存在との連関から切り離された精神が、存在とは係わりなく一人歩きしている意味です。「思想だけを分離して考えて」「空想とされる精神の部分」「奔放な部分」等の表現がそれを示してます) 第三の論点はディーツゲンの謎解きです。「思想は存在を持ち、思想は存在全体の同種類の一部分であることを確かめるために、どういう訳でこの厄介な(「度外れ」)言葉を使ったのか」。あえて何故この言葉を使う必要があったのかの問題です。 「昔から論理学の問題には大きな混乱があって、一つは人間の精神を一気呵成に天上のものにしてしまうこと。もう一つは純粋な思想を無として、現実的でないもの、真ではないものとみなそうとすることがあることです。すなわち、普通人々は、現に存在するものと、考えられただけのこととを鋭く区別して、そして頭の中だけで考えられただけのものは、人らの存在や現実性を持たないかのように、この区別を極端に考えるということを」と指摘しています。 (「この区別を極端に考えること」をさして、「度外れた」との表現で注意を喚起していたんですね。限度を越したの意味もあるかと思います) 「この度外れたやり方に警告して、知性の真の存在は、全体又は現実世界と連関するということを証明することが問題だった」んですね。 ついで形式論理学の問題点も指摘しています。 植物学が分類を教えるだけでなく、さらに進んで自然界全体の中で植物界はどんな位置を占めるかを明らかにしようとしている。同様に形式論理学は分析をもっぱらにしているが「それでは精神全体は世界とどう関係するのか、精神は存在全体とどう連関するのか、精神は存在の一部分であるのか、精神は度外れから生ずるという由来をもっているのか、これらのことを形式論理学は説明しようとしない。ここが知性の教義とその他のすべての教義と事物に連関させる所なのに」、この問題を指摘しています。 論理学は事柄を区別することが問題なのではない。問題なのは「区別する能力に関して、一般にどの学科でも必要とするもの、真理と誤謬、空想と実在を識別する所以を教えるべきである」。そして「そのためには誤謬も空想も無限にあるいは絶対的に連関している現実界に属していることを見逃さないようにすることを論理学は教えている」と。 ディーツゲンは終りでこの手紙を概観してます。 以上です。
2014年11月07日
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沖縄県知事選 デマ攻撃はねのけオナガ必勝を 呉屋選対本部長が檄文 沖縄県知事選挙が11月16日投票で行われています。 名護市辺野古への新基地建設の推進を掲げる仲井真弘多(なかいま ひろかず)陣営による「共産党支配のオール沖縄」などとした反共・デマ攻撃に対して、新基地に断固反対するオナガ雄志(たけし)候補の呉屋守将(ごや もりまさ)選対本部長は、このほど次の檄文を出しました。 「11月1日のセルラースタジアムにおける「大集会」は、大同団結により大成功のうちに展開することが出来ました。皆さまのご尽力に対し、衷心より感謝いたします。 全県各地から集まったこの「大集会」は、沖縄の選挙史上最大の決起集会となりました。しかし、県民に着々と支持の輪を広げるわが陣営により追い詰められた相手陣営は何と、ウソとデマに満ちたビラ・ステッカー等で反撃に出てきたものであります。もはや正々堂々の政策論争ができない状態に陥ってしまいました。相手陣営の行動は、歴史的な意義を持つこのたびの選挙の争点をぼかし、「沖縄のアイデンティティー」を旗印に立ち上がった県民へ許しがたい冒涜であります。決して屈してはなりません! 決して! 決して! われわれは、今、保守だ革新だと争っている時ではありません。今こそ県民が心を一つにして、相手陣営に鉄槌を下し、豊かで誇りある県政を打ち立てようではないか。 卑怯なウソ・デマをはねのけオガタ・シロマ必勝に向け一致協力・一致団結総力戦に突入しよう。シンカヌチャー マキテー ナランドー(仲間たち 負けるなよ)」 「しんぶん赤旗」11月6日付 からの紹介です。
2014年11月06日
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生存をかけたミツバチたちの活動ですこの秋、外からオオスズメバチの攻撃と内からはスムシの発生で、ミツバチたちは、他の活動をおいて防戦の日々だったと思います。ようやく、11月3日に巣箱を替えたことで生活再建がはじまりました。11月5日は、早生みかんの3回目の収穫でしたが、同時に、住みかえして3日目のミツバチの様子を観察しました。巣門にミツバチの影なしでしたから、一瞬、ヒヤッとしたんですが・・・。巣枠と巣枠の間から、黒い目が1匹、2匹と顔を出してきました。ヤレヤレでした。ミツバチは新たな巣づくりを始め出していて、番兵を常駐させる余裕が無かったんですね。この巣枠は、以前につくりかけのまま放置されていたものをとっておいたものですが、二日前に再び巣箱に入れたものです。新たな巣づくりの兆しが始まっています。スムシが大繁殖したことですが、養蜂家の松丸さんによると、ツヅリガは巣箱の中に自由に出入りしていて、すでにかなりの卵を産み付けているはず、と。巣箱を取り換えて、現在の巣箱は消毒する必要がある、と。当方は、目に見えていもものだけに気が集中していたんですね。ツヅリガは見かけることがなかったので、注意するのを怠っていました。スムシをつまみ出す程度では、まったくの後手で、後の祭りだったんですね。遅まきながら、11月3日の住み替えが、大きな転機になりました。この間に、とうとうミツバチは、一枚の巣枠の、ほんの一握りの数に減ってしまいました。巣枠は3枚入ってますが、その内の2枠はこれから巣づくりする為のものです。手前の白木の巣枠は、まったくのサラだったものです。この2日間の変化は顕著です。これのでミツバチは、スムシの住む着いた巣を壊すことはあっても、新たな巣をつくる余裕は無かったんですね。それがこの2日間で、ようやく巣づくりに専念できるようになったようです。もっと早く気がつけば、もっと状況は有利に変わっていたでしょうが。まぁそれもこれも、初めての対応ですから、仕方なし。野球で言えば、すでに9回の裏、2アウトまで追い込められてからの手立てでした。11月3日の住みかえは、新たな巣箱に比較的にまともそうな巣枠を1枚入れて、それに、ミツバチに住居の移動をしてもらいました。その巣枠の前後にサラの巣枠を1枚づつ入れたので、今は全部で3枚が入っています。これがそのまともそうな巣枠で、スムシの侵害が比較的に出て来てなかった巣枠です。この巣枠だけが蜜を持っていて、今の生活再建の母体になっているわけです。この3枚の巣枠が、現在のミツバチのすべてですから、総数で200匹くらいです。最盛期の7月ころには、1万匹近くの群れでしたから、その後の3か月間で、かなり危機的な状況になっていたわけです。ミツバチにとっては、新たな巣箱への住みかえによって、これから、まず新たな卵を産める場所をつくらなければなりません。育児区域が出来たとして、それから羽化するまでには20日間くらいはかかります。その間の周囲の環境はといえば、晩秋ですから朝晩の冷え込みが始まっています。寒いとミツバチは活動できませんから、暖かな活動できる時間は限られています。おまけに、外は枯れススキ状態で、餌となる花粉や花蜜は乏しくなっています。みつばちは、衰弱して消滅してしまうか、それとも少ないながらも復活するか。これが、現在ミツバチが置かれている厳しい状況です。オオスズメバチの方も、このところの寒さで同じく活動が低下してますが、しかし、やはり厳しい自然変化の中で、生き残りをかけて動いています。今回もまだ、新たに飛び込んで来たものもいます。しかし、気温の低下とともに、さすがにかつての集団的な攻撃性は低下しています。といったことで、秋から冬への厳しい環境の中で、ミツバチたちの試練はつづいています。これまでは、暑さと内外の障害をどの様に乗り切るかが問題でしたが、これからは、冬の寒さから身を守って、群れを維持できるかどうかが問題になってます。みかんの収穫の合間に、生活再建ができるように見守っていきます。
2014年11月06日
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みかんの第三回目の収穫をしました11月5日は、第3回目のみかんの収穫でした。みかん園に行く途中に見た富士山です。午前6時27分、平塚から見たものです。富士山に西から雲がかかりつつあります。南側の伊豆七島方面は曇り、南海上を季節外れの台風が近づいています。さて今日は、第3回目のみかんの収穫をしました。収穫は、たったこれだけ、0.5コンテナでした。前回は11月3日でしたから、中一日でしたが、成熟はすすんできます。たった一日でも、鳥はめざとくて、新たな加害が見られました。熟したみかんしか収穫しないので、こうしたことになりますが、少ないみかんは、どうしても鳥との取り合いになります。これは前回の写真ですが、手前の木から、少し収穫出来ました。この後は、前回収穫したみかんの出荷作業をしました。箱詰めした4箱のみかんを、JA湯河原営農センターへ出荷するために持ち込みました。ここから出荷すると、特約店になっているために送料が少し安いんです。同時に、みかん箱を購入しました。職員の方との話です。「今年は、うちは裏年で収穫が少ないんですよ。全体的に今年の出来はどうですか?」『イヤー、この辺は今年は一般的にそのようですよ』とのことでした。しかし、途中のみかん園を見ると、木にはかなりみかんがついています。「裏年で少ない」といっても、農家の技は当方ほどには極端な落ち込みはしてません。それでも、当地では全体的に裏年傾向なんですね。今回の仕事が、この11月-12月のパターンです。1、前回に収穫してあった分を箱詰めする。2、それから、新たにみかんを収穫する。3、最後に、箱詰めしたみかんの出荷作業をする。初めはゆっくりですが、これを週に2回実施していきます。
2014年11月05日
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みかんの二回目の収穫に行ってきました11月3日は、昨日に続いてようやく秋晴れになりました。朝の早出をして片道で80キロ、八王子から真鶴のみかん園へ出かけました。今回の主題は、早生みかんの収穫とミツバチの巣箱替えです。(昨日、ミツバチの方は紹介しました)これが今回のみかんの収穫です。収穫は、1コンテナ=20キロを収穫しました。朝、真鶴へ行く途中で、午前6時25分に平塚から見た富士山です。今の日の出は午前6時3分くらいですが、南の洋上に雲がかかっていたのでしょう。富士山に日差しは当たっていません。それでも、上空は澄んだ秋晴れですから、間もなく陽ざしがさしてきました。みかんの収穫の方は、10月26日から早生みかんが始まりました。今回が2回目の収穫です。巣箱の周りの木々も、だいぶ色づいてきました。当方は、樹上で完熟させるようにして、熟したみかん厳しく選択的収穫をしています。だから、はさみを入れようとすると、もうちょっと早い。これらも、あと少しおいておきたいみかんが多いんですね。今年は、9月に台風の雨が多かったので、少し味が薄いように感じます。樹上で完熟させたいのですが、熟してきたみかんは、一足先に鳥たちの格好の突っつき対象になります。しかし、早もぎしては、せっかくのみかんの味が出ませんから、我慢です。ミツバチの巣箱の方は、みかん園の片隅に置いてあります。これらの巣箱の多くは待ち箱です。巣箱の隣にペットボトルがつるしてありますが、これがスズメバチの捕獲用のボトルで、3基が見えるとおもいます。今回、巣箱にかけたネットは外しましたが、まだ、日中暖かくなるとオオスズメバチがやってきますから、ボトルの方は、まだ外すわけにはいきません。ミツバチの脅威を除くように目を配りながら、みかんの収穫作業です。手前は興津早生の小木です。全体として、成熟するのを待っているため、収穫できるのはまだはわずかな量です。収穫したみかんは、3日間くらい現地においておきます。そうすれば酸味が抜けて、甘みが引き立つようになるんですね。そのつぎに来た時には、箱詰めして出荷するようにしています。今収穫している早生みかんは、近しい親類縁者用です。例年であれば、徐々に収穫も本格化して、収穫作業でかなり忙しくなるはずなんですが。今年は裏年で、去年より収穫量がだいぶ少ないんですね。はたして、どんな収穫と出荷が出来るか、とにかく始まりだしました。
2014年11月04日
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ミツバチに別の巣箱に移動してもらいました この間、ミツバチの巣箱に異常発生するスムシに対処してきましたが、 11月1日に養蜂家の松丸さんに、事態を相談したところ、 「予備の待ち箱に移動させた方が良い」とのアドバイスをいただきました。 「スムシの加害がすすんでいて、つまみ出すくらいでは防げない」とのことでした。 そこで、11月3日に、ミツバチには急きょ、別の巣箱へ移動してもらいました。 これが住み替えをした新たな巣箱です。 移動作業をしてみると、納得です。加害のひどさがあらためて明らかになりました。 一階と二階をつなぐすき間から、大きなスムシが何匹も出てきました。 また、クモの巣状の巣の中から1ミリサイズの黒い卵が沢山出てきました。 それだけではなく、巣箱の中にはゴキブリやアリも我が物顔に動き回っていました。 これらは巣箱を変えてみてわかった被害の深刻な状況でした。ミツバチが巣門に見当たらないのも当然でした。 住み替えの移動作業は初めてのことですら、うまくいくかどうか心配だったんですが、 作業をしていた時にはブンブン飛び回っていたミツバチでしたが、作業を終えて、しばらくするとおとなしくなりました。 そして、しばらくぶりに巣門の前に顔を出すようになりました。やれやれ、住み替えがうまくいったようです。ところで、今朝の富士山です。午前6時38分、小田原から見たものです。登山道が白いジグザグの線になって見えてます。肉眼では分らないんですが。富士山の雪は寒暖計でもあり、一進一退の中で定着し下りてきます。このところ朝晩の気温がだいぶ下がるようになりましたが、日中の方は、まだだいぶ暖かな状況があります。朝はいなかったオオスズメバチですが、暖かな日中には、まだやってきています。ミツバチの巣箱にかぶせておいたネットは、おもい切って外したんですが、巣箱の近くのボトルには、引き続きオオスズメバチが捕獲されていました。ミツバチの方はというと、新たな巣箱をつくりかえる作業に取り掛かりだしました。ミツバチの数は、この間のゴタゴタで、ほんの一握りの数に減ってしまいました。なにしろ、スズメバチにスムシ、ゴキブリにアリと、大変な窮地に立たされてましたから。これでは「年を越すのは、厳しい」とのことですが。それでも、たとえわずかな可能性であっても、新たな住み替えをして、少しでも障害を減らして、この窮地を脱せれたら・・・と。大きな期待をこめて、今回の応援を実施した次第です。子育てはゼロからのスタートですが、寒くなる前に間にあってくれればよいのですが。
2014年11月03日
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第41回「赤旗まつり」に行ってきました第41回赤旗まつり(11月1日-3日)が、東京・江東区の夢の島公園で開催されてます。初日は雨模様でしたが、11月2日(日)の二日目は雨も上がって、祭り日和りでした。当方も、八王子後援会のバスで参加してきました。かなりの人出で、会場へ向かう道は人人人で、大賑わいでした。東京の各後援会の広場です。 所定の場所に着くや否や、みなさんお目当ての所に繰り出していきました。当方は、こんな時しか会うことの出来ない人たちと再会でき交歓してきました。もっとも、混雑する中では、思うほど動けないし、会えませんでしたが。まぁ、それも仕方のないことでした。だいたい前日はおそくまで頑張り過ぎてますし、明日はあすで、みかんとミツバチの作業の予定がありますから。たくさんのお楽しみ企画は繰り広げられていましたし、これからが、祭りというところでしたが、早々に会場を後に、引き揚げてきたしだいです。
2014年11月02日
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ディーツゲン「論理学に関する手紙」第三 (その5) 「論理学に関する手紙」を初めから読み返しています。 岩波文庫『人間の頭脳活動の本質』(小松摂郎訳)で読んでいます。 ディーツゲンは弁証法を独学で身につけた哲学者です。この抜粋から中身が少しでも伝われば幸いなのです。当方も読むだけでも四苦八苦ですが、弁証法を意識的に説こうとしていることが分かってきました。なかなか傑作で貴重な作品だと感じています。 第5回目の今回は、「第三の手紙」です。 ディーツゲン自身が、読者が苦労するのに配慮して「第三の手紙では、対象の色合いを指摘し、それが不可避的に宗教的なものに代わっていくことを示した」(P155)と述べています。 第一の論点。真の神、真理、生命というのは、個々のものではなく全一(全体)のみにあると。 最初に、ドイツの作家プトリッツの小説から、オルガン弾きの言葉を引用しています。 「地上で与えられなかったものを、神様は天上で酬い給うだろう。私たち音楽の使徒は既に祝福の一部を味わっている。何故ならすべての諧音を溶かすハーモニーが永遠の生命であり、それは既に羽ばたきをもって地上の時間の中に入ってきているから。」 音楽家に対し音のハーモニーは素晴らしい感銘をあたえています。同様に、人の心情に与える対象は、芸術も科学も手工業や通俗的なものも同じです。それらは人を夢中させ、熱狂させ、崇拝させる。人の魂を支配する対象は、高さと貴さの点ですべての対象と共通していて、それは常に普通の対象です。その(熱狂的な)意識は弁証法的に浄化しなければ、すべての崇拝は物神崇拝になっている。 人はどんなものも物神に出来ることを経験すれば、個々のものではなく、全一のもの(das All)のみが、真の神、真理、生命であることを確信するだろう。 (ここで「全一」の言葉が初めて出てきました。この意味は何か。他にも第五の手紙に2か所、第七に5か所、第八に1か所で出来ます。その一つ「真理はすべてを包括する。真理、現実、世界、全一、無限者、絶対者は、同じ意義の表現である」(第五の手紙)。これらから推測しています) 第二の論点、天上の世界と人間の精神とは連関している-形式論理学の批判- 論理学の一部には、天上の領域と悟性的領域との連関を否定しようとする人たちがいる。一方は宗教的思いやりが多すぎて高貴なものを分析的批判から守ろうとするために。他方は宗教的悪用に反発を持つようになり、この為に宗教について何も聞こうとしない。この両者はともに関連を否定することで形式論理学に仕えている。 陶器職人で考えると、器の形が問題で素材は関係ないという。物体と形態を分けるのは言葉だけのことで、実際には物体に形態を与えるわけで、分けれない。同様に、有限な領域と無限な天上の領域とは、また形而下的なものと形而上的なものとも、分かちがたく連関している。 第三の論点、それは真理や科学の探究する立場にも、論理学者と宗教との連関にも出てくる。 論理学は真理の思想を研究する。論理学が真理を探るのは避けられない。真理を天上に求めるか地上にもとめるか、あるいはいたる所でもとめるか。このどこで探すかの問題は、不可避的に論理学者を牧師と接触させる。この接触(連関)を避けようとするのは、同情によるにしても反発によるにしても、どちらも科学を考慮に入れないことになる。 一方は、その探究を無限にまで広げ、論理的秩序を天上にいたるまで、「すべての知識の最後の問題」に至るまで確かめようとする形而上学的論理学(関連を探ぐる)の立場、他方は自ら制限された領域を設けて、形而下的世界における論理的秩序の研究で満足する(連関を切る)形式論理学の立場がある。 この二つの区別に注意すること。 最後に、ディーツゲンが主張している立場は。 自分に限界を設けて、天上に飛ぶことをせず、実行できないことは企てようとしないこと、それは実践的な事柄だ。しかし実践的な限界は、理論的な限界ではないし、絶対的な限界でもない。またそれは他の人にとっての限界でもない。 人が天上に飛ぶことが出来なくても(鳥ではないから)、実際的な理由から航空機を無視するにしても※、そうだからといって、人が空を飛ぼうということに無限の努力をすることの理論的自由を抑えつけはしないだろう。そして人類の形而上学的な、すなわち無限の発展能力をめざす思想を放棄するようなしみったれたことはしないだろう。 (※ この手紙は1880-84年。1890年ころにグライダーがはじまった段階で、1896年にはリリエンタールがグライダーの実験で失速により墜落死している。飛行機はまだ現実ではなかった) 以上、「第三の手紙」からの抜粋でした。
2014年11月02日
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みかん栽培とミツバチ、10月のまとめ 一、みかん園の10月は、いよいよ早生みかんの収穫の始まりです。 みかんの色づきが進みだしています。いよいよ一年の努力が形になる時です。 今年の最初の収穫は、10月26日に早生みかんの試し取りからでした。 今年の早生みかんですが、裏年のため木に着いている果実がたいへん少ない。 それと、味見をしたところ、味が薄く感じています。今年は、秋晴れが少なく、台風の大雨が続いたんですね。ようやく秋らしい日和になってきましたから、もっとおいしくなるまで、木につけておきたいのですが。その少ないみかんを、鳥たちが突っつき出しています。今年の早生みかんは、裏年のため収穫は期待できません。 問題は、12月からの普通温州みかんの方ですが、「今年のみかんの収穫量はどうなるのか」、 毎年のことながら不安になります。 しかし農業は、工業生産と違って残業で増やすわけにいきませんから。まぁ、美味しくなったみかんを収穫し、出来る限り消費者へ出荷する、ということです。はたしてどうなるか。 いよいよ、今年も、収穫-箱詰め-搬送作業がはじまりだしました。始めは、チョロチョロでスローですが、そのうちに猫の手も借りたくなります。これから11月、12月は、楽しくも大変な収穫作業にすすんでいきます。 二、もう一つの二ホンミツバチの方ですが。 4月26日に移住して半年が過ぎました。 9月の様子から、スズメバチとスムシが脅威になるだろうと感じてはいたんですが。 10月はまさにその試練にぶつかりました。 キイロスズメバチに代わって、オオスズメバチがやって来るようになりました。 40匹くらいは駆除していると思います。これが朝晩の冷え込みの始まる、10月末まで、執拗に襲来してきていました。 この外からの脅威もさることながら、そのころ巣箱の中は、スムシの発生で大変な事態になっていました。 10月15日に、スムシの巣が張られたのに気がついたんですが。 この時に大きくは除去したつもりだったんですが。 その次に見たのは、台風のために10日後になったんですが、10月25日に見た時は、更に輪をかけて大発生していました。 急速に、巣箱の中はスムシに占領されてました。まだ、スムシの加害は続いています。10月のミツバチは、外からのスズメバチと内からのスムシ、二重の攻撃に直面しました。この試練をミツバチは乗り切れるかどうか、年越しが出来る力を維持できるかどうか。今が試練の最中です。
2014年11月01日
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