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ディーツゲン「論理学に関する手紙」を読んで(その4) ディーツゲンの「論理学に関する手紙」は、全体で8通からなっています。 岩波文庫『人間の頭脳活動の本質』(小松摂郎訳)を読んでいます。 今回は基礎作業として、最初にもどって、それぞれの手紙の論点の確認です。「第一の手紙」〈私のくわだて〉 一、論理学はすべての学科の基礎科学である。 大学教授などの公式的な知識の規則通りの束を知性に詰め込んでいる人より、私の方が導き、明らかにできる。 私は民主主義者であると同時に、弁証法論者だということ。権威の様なものは、時代の破壊的な流れに、歴史的な経過に従属する。 二、論理学は科学であり、悟性を正しくしようとするもの。 科学の領域で努力なしに提供されるものは、つまらないことを引き延ばして話すこと以上のものは提供されない。 三、副題の「民主主義的プロレタリア的論理学」ということについて 党派の思想ではなく、論理学の必然的帰結である。 プロレタリアの要求が主柱としている思想、すなわちおよそ人間の顔をもったすべてのものは平等であるとの思想は、論理学の最も新しい洞察によって十分基礎づけられる。 論理学の理解は、ブルジョアの世界をからめつけているすべての偏見の克服を要求するものだから、この理由でも「プロレタリア的」の副題に値する。 四、民族問題は、党派的なものではなく、すべての科学の一般的な目的である。 究極目的としての民族問題と、最も基礎的な、最も抽象的な、究極の科学としての論理学とは、事実上密接にからみあっている。 五、資本主義は、初めは民族を奴隷にするが、後に解放する。資本主義のこの二重の課題が、時の経過とともに、ますます明らかになってくる。 「第二の手紙」〈論理学の対象について、その概略を示す〉 一、論理学は人間精神に固有な活動を教え、我々の内面的な頭脳を正しくしようとするものである。論理学の研究対象は、思想、思想の本性、および思想の正しい秩序である。 論理学が我々の頭脳を正しく(意識的に)しようとするものだといっても、もともと頭脳はその本質上すでに(無意識的に本能的に)正しく行われてきた。 二、論理学は他の諸科学と同様に、なまの経験の神秘な源泉から知恵をくみだしてくる。 農科大学が農学でいかに田畑を耕すべきかを教える前から、田畑はすでに耕されていた。 同様に、人間も論理学というものを聞かなくても、考えるということを理解している。しかし、思考することによって、生まれつきの思惟能力を発達させ、自ら進歩し、時がたつにつれて益々よく思惟能力を利用出来るようになる。そして、農夫が農業科学に到達するように、思想家は論理学に到達し、彼の思惟能力の明確な意識に、そして思惟能力の技術的な使用に到達する。 我々は毎日の生活で、いつでも思想の力で仕事をしているから、概念活動の本性を洞察することは価値のあるものになるにちがいない。 三、論理学の歴史。 アリストテレス、近世-ベーコン『新機関』、デカルト『方法論』、カント『理性批判』、フィヒテ『知識学』、ヘーゲル『論理学』。 これらは、同一の対象である知性の研究、認識の問題をめぐって、いかにして悟性と理性とが科学に到達するかを研究してきた。 四、対象は、もっとも一般的な、もっとも偏在的なもので、一般に語られたり、書かれたどの命題の中にも具体的に現れている。 思惟は矛盾に満ちたものであり、弁証法的な秘密である。 五、方法。 未知なことを知る時には、いつでもまず問題について表面的に知り、その多くのページや節について知り、それから最後に端初に帰る。それを何度も繰り返すことによって完全な理解に達する。こうした方法を唯一の正しい方法として推薦する。 以上、第一の手紙と、第二の手紙から抜粋してみました。読みにくい訳が分かると思います。たしかにそれは対象の特質にもよると思います。しかし、重要な中身を感じていただけたら、なによりなのですが。
2014年10月31日
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10月29日、再びスムシの駆除に行ってきました 前回、10月25日のミツバチの巣箱は、スムシが異常発生してました。応急措置として、スムシの駆除をしてきたのですが。 しかし、完全には駆除しきれていないと思っていたので、 中3日をおいた10月29日に、再び出かけてきました。 案の定、巣箱のふたを開けたとたんに、大きなスムシが目につきました。 ちょうど蓋と桟とのすき間に巣をつくりだしていました。同じ場所を、3日前にも撮っていたのですが、その時は異常なしでした。 この3日間の間に、別の所から移動して来て、巣をつくり始めたということです。 やはり、今回、再び来なかったら、もっと大変な事態になっていたと思います。 結局、今回だけで全部で20匹くらいを駆除しました。 あらためて、巣枠の状況をしらべてみました。これは最もミツバチがいた一番の巣枠です。 ここにもスムシが巣をつくりだしていました。クモの巣の様なのが巣で、あちこちにみられました。 ミツバチにり、これが比較的自由な最後の一枚になってしまいました。 その隣、第二番目の巣枠はというと。 スムシの巣を除去したら、ご覧のとおりです。ここまでボロボロにされちゃうと子育てする場がありません。 さらに三番目の巣枠です。 これも同じく、子育て区域が無くなっていました。 この間、外から襲来してくるオオスズメバチの脅威に気を取られていたんですが、巣箱の中では、もっと大変な事態がすすんでいたということです。 短期間にミツバチの巣は、無残にも荒らされていました。 こうした事態だったから、ミツバチは花粉を集めるどころではなかったんですね。巣箱の中では、スムシから巣を守るために必死だったんですね。かなり劣勢で、ピンチなところまで来ていました。 今回のスムシ退治をしてから、少したった後の様子です。ようやくミツバチの姿が見えるようになりました。 やれやれです。今回スムシ対策に行ったのは正解でした。 もしも、行ってなかったら、ミツバチは逃去していたと思います。しかし、まだまだ安心は出来ません。 ミツバチの群れは、だいぶ小さくなってしまいました。 はたして、この危機をミツバチたちは乗り切れるかどうか、わかりません。引き続き、事態を監視していきます。
2014年10月30日
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どことなく郷愁を感じた小田原城の周辺です 当方は神奈川県真鶴町出身ですから、小田原は高校の3年間だけなんですが。10月25日に40数年前の高校同期会が小田原城の一角で開催され、行ってきました。 せっかくの機会なので、同期会の始まる前に小田原城を散策してみました。今は、小田原は電車で通過するだけで、散策などはまったく無しでしたが。 やはり小田原といえば小田原城です。そのシンボルの天守閣です。外国からの観光客もいましたが、わざわざ地方都市のここまで足を運ぶとは、すごい関心力ですね。 天守閣の手前では、なにやらさかんに作業が行われていました。天守閣の手前には、軒先づくりがおこなわれていました。「菊まつりですか?」「そうだよ、その準備だよ」「11月の文化の日あたりですか?」「11月16日までやってるよ」 せっかくなので天守閣に登ってみました。 内部は歴史資料館になっていて、江戸時代の小田原藩が中心ですが、戦国の北条五代の歴史、秀吉の小田原攻めなどが解説されてました。当時の生活用具や武具などの現物も展示されてました。内部は撮影は禁止でしたから、紹介できないのですが。 天守閣から見た周りの風景です。 城下では菊まつりの準備がすすめられてました。 西の方面は、一夜城の築かれた石垣山と、その背後には箱根山です。 山頂にある一夜城の城跡は、全体が残されていて、公園として整備されてます。全体がみかん山になってますから、開発が抑えられて、今に残ったということでしょうか。北側は、小田原城の一角ですが、母校のある場所です。高校は木々の裏側にありますから、見えません。さて、同期会の方は午後4時からだったんですが、なつかしいひと時は終わりました。秋の日暮れははやいもので、午後6時半をすぎると、あたりはすっかり暗くなっていました。小田原城公園の中は閉められていたので、帰路は迂回してお堀端通りを歩きましたが。人影も少なくて、ひっそりとしていました。お城の門の背後に、ライトアップされた天守閣がみえました。 お堀端通りは、内堀にそって小田原駅の近くまで続いています。昼間の通りは、人と車でにぎわっているんですが、夜になると、といってもまだ午後7時くらいですが、すっかり静かな通りにかわってました。この静かさは、むかしの面影を想像させてくれます。夜道を歩くことなんてなかったんですが、同期会もそうでしたが、夜の小田原城周辺も、なかなか趣のあるひと時でした。
2014年10月29日
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ミツバチの巣が危ない ミツバチの巣箱にスムシが大発生して異常事態です。 10月25日は、オオスズメバチへの状況を確認した後、いつものようにミツバチの巣箱を掃除しようしたんですが。 巣箱の中はスムシの蜘蛛の巣が広がっていて、様子が一変していました。 今は巣枠が4枚しかないのですが、その巣枠の大方にスムシの巣が張りめぐらされていたんです。 クモの巣状になっているのがスムシの巣です。 ミツバチが必死になってスムシと対峙してましたが、ねばねばして動けません。 スムシは糸で壁をつくって、やりたい放題でした。 それにしても急な様変わりです。10月15日に、4枚目の巣枠でスムシが繁殖しているのに気がつき、 その時に、大方は除去したつもりでしたが。 その後、10月18日に掃除した時は異常はなかったんですが。 たったこの一週間の変化ですから。 ただちにスムシの巣をかきとりましたが、 クモの巣状の中からは、3センチくらいの大きさのスムシが次つぎに出てきました。 注意が不足していたということです。スムシの巣を取った後のミツバチの巣です。大きな穴だらけになってしまいました。これでは子育てスペースがありませんから、大ピンチです。 ミツバチが、これから厳しい冬を越してゆけるかどうか心配です。 それに、まだ中に小さなスムシが残っていることが十分予想されます。 この間は、外からくるオオスズメバチの襲来に気を取られていたんですが。 巣箱の中は、スムシの繁殖で大変なことになっていたわけです。この日、異変に気付く前にボトルの一つを開けてみたんですが、17匹ものオオスズメバチが出てきました。 外からはオオスズメバチ、内からはスムシの大繁殖で、ミツバチはてんやわんやの状態だったんですね。 作業を終えて巣箱に蓋をして、もとの状態に戻しておきましたが、 しばらくすると、ミツバチが巣門に顔を出すようになりました。 まだ、小さなスムシが残ってますから、 引き続き、しっかり注意していくつもりです。大きな試練のミツバチです。
2014年10月28日
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高校の同期会で小田原に行ってきました 10月25日は、小田原高校の第21期生の第4回同期会がありました。 同期生は450名位ですが、90余名が参加しました。 会場は、小田原城の内の報徳会館でした。 始まる前に小田原城周辺を歩いてみました。 小田原城の天守閣です。 天守閣の中は資料館になっていて、江戸時代の小田原藩の資料を中心に、戦国時代の北条5代史などが紹介されてました。 天守閣から、みかん園のある真鶴半島を撮りました。 やはり真鶴半島は箱根山のすそ野なんですね。 天守閣の脇には、空堀がほとんど昔のままに残っていました。 そこを渡ると二宮神社の本殿にでます。 二宮神社は、1894年(明治27年)に建てられたとのこと。尊徳は、小田原藩の経済立て直しに活躍したんですね。 境内には、二宮金次郎像がありました。 別に二宮尊徳像がありました。 二宮尊徳は、内村鑑三の『代表的日本人』でも紹介されてます。 同期会の方は、たちどころに時間が過ぎてしました。 40数年前の面々ですから、記憶のつながる人はごく限られているんですが、 それでも、新たに記憶のつながる人が、一人二人と突然に出てくるんですね。 64歳ともなると、それなりに新たな交歓も出来るようになるものです。 つどいも閉会して、駅への帰り道は、小田原城を迂回する道でした。 こんな夜分に小田原城の周りを歩くなんてことは、無かったんですが。 昼間の市街の喧騒とはうって変わって、静かな時代を錯覚するような雰囲気でした。じつに趣のあるお堀端通りでした。
2014年10月27日
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今年のみかんの初収穫です10月26日、ついに今年の最初の、みかんを収穫をしました。みかん園に行く途中、小田原から見た富士山です。午前7時35分でした。富士山の雪が下の方に広がるにつれて、下界の気温も寒くなってゆきます。朝晩の冷え込みを感じるようになると、みかんの色づき、成熟が進みだします。この日、朝の早生みかんの様子です。色づき出した部分があります。しかし、背後の木を見てわかりますが、今年の早生みかんは裏年です。みかんの木に実がほとんどついていません。去年頑張った分、今年は休養ということです。実がたわわについた枝をアップしてみました。これなら大丈夫です。ここから、色づきの進んだものを選んで、本日収穫しました。これが今年の初収穫です。全体の出来がどうかは、わかりませんが、とにかく、一年の苦労の結果です。ついに、みかんの収穫が始まりだしました。
2014年10月26日
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ディーツゲン「論理学に関する手紙 第六」(その3)今回は「論理学に関する手紙」の「第六の手紙」です。これらの手紙は論理学が内容ですから、哲学、認識論ですから、抽象的で一般的な、基本的な事柄です。なれない事柄で読むには苦労しますが、その中に素晴らしい思想が見えてきます。 ほとんど 引用が中心ですが、ディーツゲンの言葉を多少意訳しながら追跡してみました。 第一の論点ですが、P170「キリスト教の神は精神であり、神を精神と真理として崇拝せよとしている。それに対し〔ディーツゲンは対置しています〕、精神は存在全体の一片であるから、それを神として崇拝するのは偶像崇拝であり、存在の全体を見損なっている。真理とは存在全体であり、世界と同一で、すべての事物はその形態、現象、述語、移り変わる姿に過ぎない」と。 これは「第五の手紙」で指摘された一元論でもありますが、それは精神と存在のどちらが包括的で根源的かの根本問題です。エンゲルスの『フォイエルバッハ論』は1886年に書かれてますが、ディーツゲンの「論理学に関する手紙」は、1880-84年に書かれたものです。この点をそれより前の『人間の頭脳活動の本質』(1869年)ではどういっていたのかも注目です。 第二の論点は、P171「論理学は人間の頭脳の普遍的解明を志すものだから、すべての真理の総計が専門である。このためにはいろいろな知識の堆積よりも真理の普遍的な認識の方が役にたつ。真なる諸概念を集めることではなく、むしろ真理の普遍的概念を明らかにすることが必要だ。これは個々の知識をいくら集めても、宇宙は無尽蔵だから不明瞭は必ずついてくる。それより普遍的対象すなわち無限の存在全体に結合している一般的絶対的な真理概念を扱う」。 さらに言ってます。「個々の専門的知識は知性を明るくするが。すべての専門が真理そのものである一者は、もしくはすべての専門を統一において連関するとの認識は、ある普遍的な解明を与えてくれる。その普遍的な解明というのは、個々の専門研究に代わりえないもので、すべての研究の基礎となるものだ」と。 ここであらためて世界は無尽蔵だということを強調しています。言葉の概念が分かりにくいのですが、言っている内容はエンゲルスが『フォイエルバッハ論』で言っている「実証的諸科学の道より、そしてその成果を、弁証法的思考を用いて総括する道によって、到達可能な相対的真理を追究する」のと同じ事柄です。その弁証法的思考による総括の意義ということを強調しているものです。 第三の論点は、P173「思惟能力の分析に限られた論理学ではなく、思惟能力を生きた活動として叙述する論理学が必要だと。論理学で問題にすることは、知的主体の分析よりも、むしろ思惟能力の目的と客体、すなわち知性自体によってではなく、知性と真理の世界との結合によって、存在全体との連関によって得られるところの、思惟能力の養成である」と。 「思想を分析と総合に分類したり、その他十種類もの認識ついて語りながら、思想と認識はどのように真理に関係するか、神的なものは何者であり何処にいるか、我々はどのようにしてそこに到達するか、との問いをしりぞける論理学は何の役に立つか」と。 そして、この「しりぞける」きらいのある人たちを4者-懐疑論者、妄想的宗教者、自然科学者、形式論理学者を上げています。 これは世界を知る上で真理にどのように近づくのか、認識論の問題です。先のエンゲルスが述べている事柄です。 ここで、「自然科学は真なる諸概念を問題にするが、真理の概念を問題にしない」と、「自然科学と哲学」との関係を問題にしています。 P174「自然科学者は専門的知識によって真理に近づいていくが、普遍的真理を総括的に対象とする哲学的研究に対して反感を抱き、見下している。これは間違っている」と。そのことは「一つの機械や有機体の全体は、その部分の集合とは違ったものであることだ。それと同様に、世界全体は無機的な断片の堆積ではなく、生きている過程であり、この過程はその諸部分においてのみでなく、全体としても認識されなければならない」と。 これまた「世界は諸過程の複合体としてとらえる」(『フォイエルバッハ論』)にかさなっています。 第四の論点は、P175「論理学は、我々および我々の思想と分かちがたく結合している事実の世界のみを問題とすべきである」との点です。 以前に「第四の手紙」に出てきた「度外れ」という言葉ですが、その一つの意味がここにありました。 「我々の眼と耳がなければ、それを使う我々の知性が無ければ、全体は何者であろうか。世界『自体』が何であるかを、(それと切り離されて)思弁することは、まったく無意味な度外れの思弁であろう」と。 「度外れにも真理を『超越的に』、すなわち同じ穴の狢(むじな)である哲学的形而上学、または宗教的妄想の中に求めようとする」「世界の真理から空しい仮象と苦しい憂き世とを作り上げようとする人たちに対して、我々はなお、この生きている世界が真のそして唯一の世界であることを、論理的に証明しなければならないだろう」と。 我々の感性の知覚、思想は世界と結びついたものですが、それを切り離して、切り離された世界像を、妄想を求めようとする人たちがいる。 これをどのように批判するか、「桃は食べてみればよい」(P175)と。 これはエンゲルスの『プディングの味は食べてみればわかる』(『空想から科学へ』1892年英語序文)に重なりますね。してみると、エンゲルスが『フォイエルバッハ論』第四章でディーツゲンを紹介しているのも納得してきます。ディーツゲンは認識論に限って述べていたわけですが、かなり分かりにい表現でもありましたが、それをエンゲルスは分かりやすく、かつ正確なものにして説いていた。なにより社会観も説いているわけですから。それはともかく、ディーツゲンは『フォイエルバッハ論』を書く、大事な刺激になっていたんですね。 以上です。
2014年10月25日
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みかん園の遠景とラッキョウの花神奈川県真鶴町のみかん園の遠景です。10月18日に行った時のものですが。みかん園の周りは、住宅がせまってきています。みかん園は、125坪、450平米とみかん園としては、大変小さなものです。当方のみかん栽培は、2001年の2月からです。13年がたちました。ここには、成木で、早生みかんが5本、普通温州みかんが13本あります。したがって、狭いとはいっても、家庭菜園としては広すぎです。草刈りするだけでも、たいへんな大仕事です。これから、11月と、12月は、一年間の苦労が報われるときで、みかんの収穫と出荷で大忙しです。去年は、5キロ箱にして300箱以上が収穫されました。これは、東京方面に自主流通として出荷されています。今年は、隔年結果とカミキリムシの加害により、収穫は半減する予想ですが。早生みかんの近況です。今年は、早生みかんの木の5本中、それなりに実をつけているのは、たったこの1本だけなんですが。それでも、ご覧のとおり色づき出して、そろそろ収穫の時がちかづいてます。この黄色く熟したものは、糖度10-12くらいですから、もう食べごろのはずです。これは、11月初旬に味見用として、各方面に少しずつですが、提供される予定です。みかん園には、今年からの新住人として二ホンミツバチがいます。この4月末に、移住してきたものです。移住して半年がたちましたが、がんばっています。今、オオスズメバチとスムシの攻撃から、かかんに自己防衛をしています。その他、みかん園には、菜園があります。みかんの木のすき間に、ミニ菜園が、1平米くらいですが、あります。いま、ラッキョウの花が咲き出しています。ラッキョウは、8月中旬に種ラッキョウを植え付けしましたがこうして、今、きれいなユニークな花を咲かせ出しています。これから冬を越して、収穫は来年の6月です。栽培に手間がかからないので、当方にはうってつけの作物です。以上、みかん園の近況でした。
2014年10月24日
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ツヅリガとその幼虫・スムシみかん園に二ホンミツバチが来て6カ月がたちました。養蜂にとって秋は、オオスズメバチとスムシが問題でした。スズメバチの方は、これまで紹介してきましたから、今回はスムシについて、です。スムシはミツバチの巣が大好きです。ミツバチが花粉と一緒に卵を運んできてしまうのでしょうか。小さな幼虫は、なかなか見つけにくいのですが、いつの間にか1.5センチくらいの幼虫がいるのを見つけました。六角形の巣が切れているのは、スムシが食べたためです。スズメバチ捕獲用のボトルにツヅリガが入っていました。こうしたツヅリガの幼虫がスムシです。ツヅリガにもいろいろ種類があるので、これがそうかは分からないのですが。巣箱の床を掃除していると、スムシを見つけることがあります。ここには、大きな幼虫と、その左側に小さな幼虫が写っています。ミツバチが巣の中にいたスムシを、くわえ出したものとおもいます。スムシの方も、クモの巣状の糸を張って、自らをミツバチから守ろうとしています。クモの巣状のものはスムシが出した糸で、こうなるとミツバチもスムシをくわえ出すことが難しくなります。それでも、ミツバチは巣を守るために、スムシを巣の外にくわえ出しています。ミツバチは、巣門の外にスムシをくわえ出して、捨てています。だいぶ頑張っているあとがみてとれます。当方も、時々巣箱を掃除してやってるんですが、それは、ミツバチが古い巣を壊した時に出るゴミが、巣箱の床にたまっているんですね。これがスムシの繁殖の温床になる場合があるからなんですが。同時に、今は巣枠につくられたスムシの巣を、クモの巣状の巣を除去するためです。ある程度なら、ミツバチ自身が巣を掃除しているんですが、何しろこの時期は、外からはオオスズメバチが襲ってくるし、同時に内側からはスムシの繁殖してくるとなると、さすがのミツバチも、劣勢になる場合があります。くたびれちゃうんですね。当方としても、ミツバチに住み続けてもらうために、少し応援するわけです。去年の10月9日には、ミツバチが巣箱から逃げ去ってしまうことがありました。ミツバチが来て1か月半でした。それまで順調にように見えたんですが。しかしミツバチは内と外からの脅威にさらされていたんですね。この両面での苦戦に、当方はまったく気がつかなかったんですね。今回の経験は二度目です。前回の失敗を繰り返さないように、この秋から晩秋への時期に、二つの宿敵からミツバチが生活を守れるように、当方としても見立てをしっかりさせて、支援をはかっている次第です。
2014年10月23日
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雨の中のみかん園を見てきました10月22日、みかん園を見てきました。予報では「曇りのち雨」だったんすが、出かけました。出がけは、雨は降ってなかったんですが、途中の厚木あたりからは、本格的な雨模様になりました。今回は、雨の中、すっかり濡れてしまったみかん園です。みかんも枝葉も、たくさんの雨滴をかかえていました。チョット触るだけで、ドサッと雨滴が落ちてきますから、まったく仕事になりません。こんな日は、普通なら出かけないのですが。しかし、今回、ぜひ見ておきたいものがありました。つるしておいたスズメバチ用のボトルの結果でした。ほとんど入っていなかったんですが、1匹だけでしたが、中で動いていました。早朝、まだ雨の降りだす前に来たものでしょう。この雨では、蜂も野外での活動はありません。他のボトルは、新たなお客さんはありませんでした。どうやら、入り口が狭すぎたようです。この雨で気温も下がりますから、山場は過ぎたと思います。スズメバチとの攻防も、これまでとは様子がかわり、減っていくはずです。いよいよこれからは、みかんの作業の方に重点を移します。11月、12月は、みかんの収穫の時期ですから。とはいえ、色づき出したみかんは、ほんのチョットです。ここがみかん園で一番色づいた箇所なんですが。みかんの収穫は、10月下旬から11月が早生みかんの収穫なんです。こうした早生みかんの色づきが去年の今ごろは沢山見れたのですが、今年は、隔年結果が顕著に出て、完全な裏年なんですね。みかんの木には実がほとんどついていません。全体として、少ししか収穫が無いんですね。それでも、今日が晴れていれば、味見用ですが、少しは収穫が始まったはずですが、こう濡れてしまっては、完全にお手上げです。その楽しみは、次回に先送りです。午前7時45分、早々に帰途につきました。
2014年10月22日
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知人の墓前祭に参加してきました当方の知人・Mさんが9月20日に亡くなって一カ月になります。その「納骨墓前祭」が、10月20日に東京・町田市でありました。その知人は、特異な人柄で、現在の国や都、自治体の社会福祉制度をよく調べて、それを人々の暮らしに生かすこと、人々の生活向上に役立てようと、他の人には、だれも出来ない情熱と努力で、心血を注いできた人でした。この墓前祭自体が、その努力の結果なんですが。今回、彼の人をはじめとして、5名の方の納骨の集いでした。同じ実際ですが、あらためて知ることも多々ありました。生あるものは、誰しもやがては土に帰るわけですが、その時までに、どのような生きざまを残せるか。残っている者は、それなりに、もう一歩を進めることは出来えます。他人はそれぞれ、いろいろでしょうが、そんなことは問題じゃぁないんです。自身の生きざまが問題です。「君、これは、どうなってる?」83歳のMさんは、会った最後まで、最後になるとは思いもしませんでしたが、現在の社会制度と、その実際の状況を、私からも調べようとしていて、それらを人々のために役立てようとする、そうした生き様でした。ご苦労様でした。お疲れ様でした。
2014年10月21日
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連投のオオスズメバチとの攻防です10月19日、昨日に続き、オオスズメバチ対策に行ってきました。今が、オオスズメバチとの攻防の大詰めです。行く途中で見えた富士山です。富士山は10月16日、今年の初冠雪が発表されました。その後に撮れた最初の写真です。雪は一路増えるのではなく、一進一退のなかで白雪が下りてきます。富士山の雪は温度計になっています。さて、オオスズメバチとの攻防、昨日のつづきです。朝晩の寒さを感じるようになると、攻防も最終段階です。涼しくなれば、ハチの活動も落ち着いてくるはずですから。前日はオオスズメバチの学習効果によって、補虫ボトルが用を足さないことが分かり、急きょ、入り口を「入るは易く、出るは出にくく」に改善しておきました。今回は、ボトルに追加するバナナとブドウジュースを用意しました。ボトルは3つが空でしたが、1つには2匹が捕獲されてました。窓口の改善が効果がありました。これは近づかず、見るだけです。危ないですから。空のボトルの横に、新たなブドウボトルをつるそうとしたら、さっそく一匹が来て、「そこはオレのところだ」と威嚇してきました。ボトルをつるしてすぐに離れました。ほどなく、結果が出ました。御用となりました。隣の空のボトルにバナナを追加したところ、すぐにまた一匹が飛んできました。すぐにその場を離れましたが、しばらくすると、やはり、御用です。朝晩は涼しくても、秋晴れの暖かい下では、まだまだスズメバチも活発です。涼しさとともに、活動も低下してきますから、あと少しです。捕獲ボトルの設置ですが、今回が初めてでした。10月1日からつるしました。ボトル中には、スズメバチの好きなバナナやブドウがいれてあります。それに、お酒と酢、砂糖が入っています。ボトルの設置は、スズメバチを呼び集めてしまいますから、むやみではなく、巣箱に来るようになってから、設置した方が良いとのことです。ボトルの窓口の形や大きさも、「入りやすく、出にくい」の工夫が必要です。置く場所も、日ごろよく現れる場所・位置を選んでおくことも大切でした。かなり効果的だということが分かりました。こんなものは無いに越したことはないのですが、オオスズメバチは巣箱の中の蜜を狙うのを防ぐには、やむない手立てです。初めての攻防戦、当方の手立てはこれまでです。今回の結果は、後日分かりますが、あとは、秋が深まり涼しくなって、活動が低下していくのを待つだけです。
2014年10月20日
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オオスズメバチが、複数で来ています 秋晴れが続くこの数日ですが、みかん園のミツバチの巣箱の近くには、オオスズメバチがかなり来ています。10月1日には初めて果汁を入れたペットボトルをつるしたんですが。 昨日、10月18日(土)に見てたところ、いました! 新たに2匹が中でもがいていました。このモンスターですから、小さなミツバチでは普通にはとてもかないません。してやったり、その下には多数がおぼれていましたが、相当な数です。これらがミツバチの巣箱を襲っていたら…、想像するとぞっとします。3つのボトルに、それぞれ10匹くらいは捕獲されてました。「真鶴あたりはオオスズメバチがたくさんいるよ。あらかじめボトルを置くと、呼び込むことになるから注意するように」以前に養蜂家の方がアドバイスしてくれましたが、その通りでした。 ところが、終わったと見た攻防は、まだ終わっていませんでした。今回、オオスズメバチに新たな対応が見て取れました。学習効果を持っているんですね。これまでは、一度ボトルに入ると、もう外には出れなくなっていたんですが。 今回は様子が違っていて、一度入っても、また外へ出てきてしまうんですね。 羽を閉じて、身をよじるようにして、出てきてしまう。ようするに自由に出入りするようになっていたんです。これまでは、この入り口でも、十分とらえることが出来ていたんですが。しかし、もはやダメです、入口が広すぎるんすね。 それで急遽、これまでの入り口をふさいで、小さな入口につくりかえてみました。すると、中から出られなくなったものもいましたが、中には入口から入ろうとせず、外側からガリガリ、ガリガリと、入口を広げようと噛み広げようとするものがでてきました。 おまけに、中でもがいている仲間に、「ここから出れるよ」と、脱出する道を教えている様子もみえました。実際に、中にいたはずのオオスズメバチが、しばらくするといなくなることもありました。オオスズメバチは、仲間同士で二匹が、時々口を合わせるようにして、お互いを確認して、経験を交流し合っているようでした。 ミツバチは巣箱の所でこうした情報交換はしてますが、オオスズメバチは、外の出先でも、お互いに連携しているんですね。キイロスズメバチの動きは単独行動で、一匹ずつ登場ですが、そこも違います。 オオスズメバチが来るようになって、キイロスズメバチは見かけなくなりました。オオスズメバチは、王者だし、連携もするんですね。 秋も深まり陽気が涼しくなれば、さしものスズメバチの活動も低下していくはずです。もう、あと少しです。冬を越すための食料集めなんですね、さかんにミツバチの巣箱をねらっています。これまでの経験では、これだけのオオスズメバチをここでは見たことがないんですが。去年の10月初めにミツバチが逃げ出したのは、このためだったんですね。内のスムシと、外のオオスズメバチ、二重の攻撃にあって、「もうこんなところでは、やってられない」と。今にして、去年の今ごろに直面していた真相がみえてきました。はたして、今度こそはオオスズメバチの襲撃からミツバチを守れるかどうか。ミツバチが移住してきて半年ですが、いよいよ今が関ヶ原であり、天王山です。
2014年10月19日
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「さんまは目黒にかぎる」ではないのですが長寿のお祝いがあり、それに新鮮な地魚を、お店の人が花として添えてくれました。「新鮮な魚は真鶴にかぎります」時には、こうしたお祝いもあってよいと思います。それにしても、素晴らしいでしょう。一番左端が1.カマスです。中心の大きなのは、2.ホウサンです。その下に3.コチ、4.シロダイ、5.ホウボウ、6.ムツ、その裏の陰になってますが、7.メアジ、8.イサキ、が盛られていました。角度を変えて見ました。じつに華やかでしょう。いずれも真鶴で水揚げされたものだそうで、相模湾の海の幸です。こうした魚種の豊かさは、さすがに相模湾です。その時に何が出てくるかがお楽しみです。お店の時々の心意気が伝わってきます。なかなかありがたいものです。「ホウサン」というのは、当方は初めてだったんですが。調べてみると、確かにいました。http://www.zukan-bouz.com/saba./saba/hagatuo.htmlスズキ目サバ亜目サバ科ハガツオ属 ハガツオ だそうで、関東では「ホウサン」とか「トウサン」と呼ばれているのだそうです。姿もきれいです。白地の脂ののったカツオです。秋から冬への、この時期ならでわの新鮮なお刺身です。食事処は「まるなか」で、そのホームページです。http://www.ryokan-marunaka.co.jp/
2014年10月18日
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あながちスムシも加害するだけではない10月⒖日(水)、ミツバチの巣枠にスムシの巣を見つけました。これは短期間に急速に広がったもので、びっくりしました。同じ巣枠の10月4日、つまり11日前の状況です。この時点ではスムシの存在は問題になっていませんでした。ただ桟の所で見つけたので、つまみ出した程度でした。それから11日後に巣枠を取り上げたら、様変わりしていたんですね。その4日前にも見ていたんですが、以上は感じませんでした。だから当方にしてみれば、たった4日間をおいたことによる変化です。スムシの巣を取り払って見たら、巣枠に大きな穴が出来ました。巣を取り除いていくと、穴はあれよ、あれよと広がってしまいました。これにはびっくりしたんですが。しかし、落ち着いてみると、あながち被害というだけではありません。当方は、9月22日「もしかして、大きな失敗をしたのでは」と思っていたことがありました。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201409220000/当方が処分した巣が、無駄な巣か、ミツバチの卵がいたのか、不安になっていたんですね。今回のスムシのおかげではっきりしました。それは無駄な、子育てとしては使われていなし、卵のない巣だったんです。ミツバチが、日常的に出しているゴミというのも、これを壊して作り変えているためです。ということは、ミツバチが古巣を壊す作業をスムシがやってくれてこと。当方の以前の処分もあながち間違ってはいなかったこと。このことがはっきりしました。スムシも、古い巣を壊す点で、ミツバチの仕事に貢献しているんですね。ただし、適度な範囲に抑えられていないと、とんでもないことになります。ミツバチの巣全体が、スムシの住みかにされてしまい、主人公のミツバチは、巣を放棄して逃げ出してしまうことになります。去年の失敗の経験がそれでした。はたしてスムシを適度の範囲に抑えれているかどうか、問われるところです。
2014年10月17日
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ディーツゲン著「論理学に関する手紙 第五」を読む(その2) ディーツゲンの「論理学に関する手紙」、今回は第五の手紙です。 ディーツゲンは、第六の手紙の冒頭でアドバイスをしています。 P170「第三の手紙が、論理学がいかにしてある種の宗教的微光を帯びるかを語った後、それに続く二通(第四、第五)の手紙は、論理的主体は世界の存在全体と連関していること、思惟能力は現実の真理の不可分の部分であることを述べようとした」と。 一、冒頭に、「一元論的考え方」に注意を喚起しています。 具体的には、P162「世界のすべの部分、質料、力や性質、材木の切れ端も例外なしに、無制限のもの、無限のもの、唯一の真理や現実の、制限された断片である」との見方です。 さらにダーウィンの業績について、次の様に評価しています。 これまで動物界について形造られた全体像は、論理的本能によって種々の動物類をつぎ合わされてできたもので、『古いジャケツ』のようなものだった。 それをダーウィンが『種の起源』で変えた。それまで固定していた分類に穴をあけて、動物学の泥沼に流動、生命、精神をもたらした、と評価しています。 P163『種の起源』により「動物界の分類は固定したものではなく、まったく変わるものだと指摘して、一つの種類から他の種類への移行を具体的に明らかにしたこと。同時にすべての種を一つの動物界へ総括することは、たんに論理的な機械的な仕事ではなく、生きている存在の事実であることを明らかにした。最小から最大に至る動物を一つの動物界へ総括することは、ダーウィン以前には、思想のみが作り上げる秩序として現れたが、今や自然の秩序であることが明示された」と。 さらに、この「動物学者が動物界に対しなしとげたことを、論理学者は存在一般に対して、無限の宇宙に対してしなければならない。論理学者は、世界全体が、すべての形態の存在が、精神をも含めて、論理的・同種的に結合しており、近親であることを指摘しなければならない」との課題を提起しています。 二、ここで「ある融通のきかない唯物論」を批判しています。 P164「或る唯物論」は、思惟と脳髄との連関を確かめれば、それで万事は終わりにしている、との批判をしています。確かに思想と脳髄は関連している。これから、それを示す多くのことがさらに発見されるだろう、しかし、そのことは論理的活動を余計なものにするものではない、と。 「理論的活動」の意義を強調しています。それはこの手紙全体を通してのテーマと思われます。 新しい種の発見を例にして、理論活動を説明しています。 新しい点を明らかにすることは当たり前ですが、そうした変則を語るとしたら、「そのような変則の下に、すべての存在の一般的法則を越えないところの漸次的な変更が考えられているに過ぎない」と、ここに理論的活動があると強調しているわけです。 三、また、P165では「青い空と緑の樹木との存在が、我々の知性の存在と共に同一事物の種々の断片にすぎないこと、これは多くの学者をも含めて大多数の人たちにはまったく知られていない」と。なかなか達観した一元論の思想だとおもいます。 四、ディーツゲンは、二千年来論理学で言われる「真の思想とは現実と一致すべきものである」、この規定を検討していきす。 P166 各々の思想は実在的な内容を持っていること。それだけでなく、真の思想・認識を真でない思想・認識から区別するためには、「思惟は、最も奇妙な妄想や誤謬も含めて、いつでもどこでも現実及び真理の一片であるということが見損なわれてはならない」と指摘しています。 さらに、真理をつかむけれど、そのすべてを汲みつくせるものではないと。 P167「真理そのもの」は、全一、無限者、無尽蔵なものであり、その部分の一つが人間精神である。存在全体・真理が人間精神の対象であり、無尽蔵な対象である。人間精神が論理学で自分自身を対象にするときは、主観も客観も他の事物と同じ事物であり、真理の一片、自然的存在の一部であること。「真理そのもの」は全部が人間の頭脳に入るものではなく、おそらく断片的に入るだけだろう。だから本来われわれが持っているのは永遠に生き生きとした真理への衝動だけである。それ故、概念・認識は決して現実と一致するものではなく、いつでもその一片であるにすぎないと。 ディーツゲンは古い論理学の規定では、どのようにして一致されるのか、一致する度合は どのようなのか、こうした問題が明らかにされてないと。すべての同一性、近似性、一致には、相対的な本質があり、完全なものではなくて接近・模写する度合の問題がある、と。 以上、引用です。これらのディーツゲンの見解には、重要な吟味に値する問題が含まれていることを感じています。
2014年10月16日
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やはりオオスズメバチとスムシが、今の大敵でした10月⒖日、みかん園とミツバチの様子を見に行ってきました。一昨日に通過した台風19号の影響を見ることが目的だったんですが。午前6時43分、平塚から見た富士山です。予報では、昼くらいから南関東は雨とのことでした。ですから、すべては午前中の早めに終わらせるということです。みかん園に着いて、まずミツバチの様子を見たのですが。「スズメバチとスムシに注意」との予想はあったのですが。やっぱり! でした。前回、移動したボトルでしたが。4日前に移動・設置したんですが、その中にオオスズメバチが、少なくとも5匹は入っていました。必死にあがいているものもいますから、じっくりと見るわけにはいかないんですね。その場所はミツバチの巣箱の近くでしたから、かなりの脅威です。今回の作業を終えて帰る時に、もう一度見たら、また一匹がペットボトルの底に来ていました。くわばら、くわばら、です。ボトルをおいたのは、ズバリ正解だったということです。それが無かったら、ミツバチの巣箱に攻撃が集中していたはずですから。次に、毎度のことですが、巣箱の床を掃除をしたのですが、あわせて、巣枠の状況を見てみたのですが。すると巣枠の中に、クモの巣の様なものがはられているところがありました。「これは、スムシだ!」と、ピーンと来ました。そのクモの巣状のものをピンセットで取り除いてみると、やはり、大きくなったスムシが、その中から出てきたんですね。長さは1.5センチくらい、太さ3ミリくらいの、かなり大きなものでした。クモの巣の様な白い糸は、ミツバチから身を守るための外套なんですね。外套が無くてもこの始末です。巣穴の底にいる大きなスムシが分かるでしょうか。スムシはミツバチの巣が大好きなんですね。短期間に急速に広がります。去年は、それへの警戒を知らなくて、失敗しました。短期間で、ミツバチの巣枠をボロボロにされちゃったんですね。ミツバチは、戦闘意欲をなくして、逃げていってしまいました。ですから、「こんどこそは」と注意しています。大体、ミツバチが元気でたくさんいれば、スムシなどの活動余地は限定されているんですが。これなら、スムシの活動余地はなくなります。もっとも、これはこの巣箱で最もミツバチのいる巣枠ですが。そうしたことで、今回、みかん園まで出かけてきたのは、ズバリ正解でした。スズメバチにしても、スムシにしても、今が喧嘩の最中でした。この時期の、この試練をミツバチたちが無事にくぐり抜けてくれるように、ここが生か死か、まさに運命の分かれ道ですから、当方としても、最大限に支援をさぐっていきます。
2014年10月15日
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台風18号は、ミツバチの待ち箱を倒してました今回の台風19号の影響は、まだわかりません。明日、10月⒖日には、その様子を見に行ってきますが。その前の台風18号のもたらした結果です。これは、早川のみかん園「だんだん園」に、置かせてもらった巣箱です。待ち箱なんですが、前回の台風18号の結果です。強風が吹き荒れて、土台から全部が倒されてしまいました。当方が、現地を回れたのは10月11日でした。台風18号は10月5日に通過していましたから、この間に一週間弱の間隔がありました。台風の影響で、小田原厚木道路が不通になっていたこともあります。ようやく約一週間が経過して、様子が分かったしだいです。さいわい、まだ待ち箱でしたから、ミツバチはいなかったので実害はなかったのですが、これが、もしもミツバチが実際に生活していたら、どうなっていたか。もう後の祭りです、きっとどこか大自然の中へ逃げ去っていたでしょう。今回、待ち箱を置いておいたのは、幸いなことで、よい教訓になりました。もっとしっかり巣箱を補強しておかないと、台風に耐えられないということです。とりあえずですが、もとにもどしておきました。これは、あくまでこれは元に戻しただけです。これでは不十分で、土台からひっくり返えってしまうということです。今回の台風19号の結果はどうか、それはまだわかりません。明日、結果を見に行ってきます。その際、この巣箱についても、補強するようにしたいと思っています。今度は地面からバンドで固定して、二重にしっかり固定するようにしたいと思っています。
2014年10月14日
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早生みかんの現状です大きな台風19号が近づいています。九州に接近してます。関東には、今日から明日にかけて通過するとのこと。みかんの木は頑丈なので、それほど心配はしてないのですが。ミツバチとともに、みかんの木の見回りをしてきました。そうした中での、10月11日に見た真鶴のみかん園の、早生みかんの状況です。ここにきて日中と朝晩の温度差が大きくなってきたことで、いよいよ、みかんの色づきが始まりだしました。これが一番色づきのすすんだ早生みかんの枝です。今年は裏年のため、早生みかんでこうした枝ぶりは、この一か所だけです。残念ながら少ししか各方面に渡らないのですが。それでも中でも、こうした充実した枝があることは何よりです。その枝を持つ木です。正面をアップしたのが先ほどのみかんです。その右側の青い実のついているのは日向夏です。左側の後方が早生みかんですが、去年はたくさんなっていたのですが、今年はほとんど実をつけていません。だから、このひと枝が早生みかんの味試し用として、貴重になっています。普通温州みかんの方はというと、みかんはまだまったくの濃緑色です。こちらは早生みかんよりなっていますが、葉の色と同じですから、どのくらいなっているかは、よくわかりません。この普通温州みかんが、当方の出荷の中心になります。この方の収穫は遅くて、12月にはいってからなんですね。今回は、早生みかんの味試しをしてみました。糖度は11.2。これならまずまずなんですが、目標は12度以上です。同じ1個のみかんでも、果実の南向きの日当たりのよい部分がこれです。リンゴだと回転させて全体に陽を当てているとのことですが、みかんはそうはいきません。同じみかんでも、日陰になる側ですが。糖度は9でした。同じみかんでも、裏側はやや甘さが低いんですね。たいがい気づかずに食べちゃうし、それで甘さが引き立っているんですが。きっとみかんが好きな人は、今時点でも十分楽しんでいただけると思います。しかし、最近は甘い果物になれちゃっていますから、みかんでも、甘いみかんに慣れている人が多いですから、まだ少し成熟させる時間が必要です。みかんの甘さは、やはり太陽の恵みが大きいんですね。当園で見ても、みかんの木のある場所や、同じ木でも日当たり具合で違ってきます。さきほど同じ1個のみかんでも、日当たり具合で味が違いましたが、1本の木を見ても、全体として木のある位置よっても、かわってきます。日当たりのよい木は、みかんが早く熟して美味しい。陽の届きにくいところは、熟すまで時間をかけなければなりません。そうしたことで、みかん栽培には、日当たり、地形や気候が大事になります。みかんの産地を見ても、九州や四国などの早生みかんが、甘くて早めに出荷されます。八百屋さんの店頭に並んでいるのは、そうした地方のみかんです。神奈川県は、みかんの産地としては北限ですから、それと比べると遅いんですね。しかし、逆に長所もあります。ほどよい酸味と甘さ、こくが出て、他の産地に比べても味にひけはとりません。もっとも、完熟したものが、新鮮なうちに消費者の手に渡ればのことですが。そこが、当方の目標とするところですが。さて、休日農夫作のみかんも、いよいよ出荷の時が近づいてきました。11月、12月は、一年の苦労の総決算です。
2014年10月13日
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湯河原の湯治場-「ままねの湯」を紹介します当方がかの方面に出かけた時は、たびたび利用させてもらっています。汗を流した後には、疲れをとるためにも、なによりの湯治場なんです。湯河原温泉の温泉場中央にある「ままねの湯」です。ここは、浴槽温度が43-4度と、かなり高温の温泉浴場です。施設は温泉本位で、いたってシンプルですが、半日や一日入浴できる休憩所もありますし、宿泊もできます。湯河原は、古くから温泉で有名でした。『万葉集』巻第十四 3368にもこんな歌があります。 足柄の土肥の河内に出づる湯の 世にもたよらに子ろが言はなくに(足柄の土肥の川沿いに出る温泉のように、本当に動揺するとは乙女子は言わない)湯河原は土肥氏の拠点だったし、温泉は千歳川の川沿いに湧き出していますから、この古歌は、歴史と現在の状況にあっています。「ままねの湯」の「まま」は、がけ(崖)の意味だそうで、崖の根もとから温泉がわき出しているとの意味だそうです。旅館としては昭和8年からだそうですが、それ以前から共同浴場になっていたそうです。この温泉の効能は、切り傷、やけど、皮膚病などによく効くそうです。当方は、仕事のあとの湯治場として疲労回復に利用させてもらってますが、切り傷、水虫などにも効果のほどを実感しています。この角の石積みが源泉の引き込み口になっています。この裏側の奥に1立法メートルくらいの源泉プールがあります。源泉は建屋のすぐ裏手からくみ上げていて、ほぼ直結で引き込まれています。何しろ源泉温度は81度の高温ですから、それを一度このプールに溜めるようにして、その源泉をお風呂に入れる量の加減で温度調節をしているわけで、いっさい水は加えません。浴場温度も43-4度とかなり高く、普通の42度になれた人にはきついのですが。人はその熱さに慣れてくるんですね。熱い湯に慣れてくると、それが源泉の効果をたかめてくれるのを感じてきます。なにしろ、立ち寄りで200円ですから、今時にこんなありがたい温泉浴場はありません。ひと仕事終えた後には、この源泉で疲れをとって帰途につくようにしています。おかげて、眠気もなく、快適な安全運転で帰ってきます。是非、一度試してみてください。もっとも、熱い湯になれるために、はじめは我慢が必要ですが。
2014年10月12日
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採取した蜂蜜の色を比較してみました昨日、10月11日(土)に、採取した蜂蜜です。光の当たり方で、色の感じが大分違って見えますから、その実物の色合い伝えがたいのですが。これまでより茶色ぽくて濃い色をしています。みかん園に二ホンミツバチがやって来たのは、今年の4月26日でした。そこから、養蜂が始まりだしました。ちょうどみかんの花が咲き始める絶好のタイミングだったんですが、千葉の養蜂家・松丸農産さんが、そこを配慮してくれたおかげでした。養蜂の初挑戦は去年の8月21日からでしたが、この初めての試みは、1か月半の10月9日にはミツバチが逃去してしまいました。だから、この5か月半というのが、実質的には初めての養蜂体験です。もちろん蜂蜜を分けてもらうことが、目的の一つですが、いつころ、どのようにして採蜜をしたらよいか、ちっとも分かってなかったんです。それが適切な時期かはわかりませんが、6月8日を最初に5回採蜜しました。1-6月8日、2-7月2日、3-7月12日、4-8月16日、5-10月11日でした。それぞれの蜂蜜です。左側から順に並べてあります。おそらく6月8日のは、みかんの花からできたものです。少しずつ色合いが違っています。いずれも素晴らしい色です。一路濃くなっているわけではありませんから、この色の違いは、その時々の蜜源の花の種類の違いと見ます。さまざま技術能力を進歩させている人間ですが、混ぜ物を加えたりすることは出来るでしょうが、とてもこのミツバチの蜂蜜づくり作業は出来ません。これから秋から冬の試練をのりこえて、みかん園での養蜂を来春につなげていきたいと思っています。
2014年10月12日
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10月11日、一枚の巣枠から秋の採蜜をしました先週10月5日(日)の台風18号通過から一週間がたちましたが、またしても、台風19号が接近してきています。今度はもっと大きいとのことです。そこで、10月11日(土)は、秋の採蜜と巣箱の補強に行ってきました。朝、午前7時すぎに、小田原から見えた富士山です。天気は曇りですが、富士山が見えるくらいですから、これなら今日は雨の心配はありません。今日の作業ですが、まずはミツバチの巣箱の状況を、冬に備えての衣替えをしました。巣箱の土台にあった水槽を外して、別の箇所に移しました。それにかえて、台の上に置きました。あわせて、やってくる台風に備えてベルトを二重に補強しました。前回、10月8日は、オオスズメバチの襲撃が問題でした。オオスズメバチが巣門から中に侵入しようと、鉄線を噛み切ろうとしていました。その他にも、ボトルには6匹のオオスズメバチが捕獲されてました。今回は、そのいかつい顔は見かけることはありませんでした。前回の勢いでその後も襲われてはないか、心配していたのですが。さいわい、この間については大事はなかったようです。今回は、秋の採蜜が一つの目的です。巣箱の中の余分な貯蜜部から、採蜜しておくことです。巣枠の中の一枚ですが、貯蜜部だけの巣枠があります。巣が増築されることもなく、そのまま動きは止まったままだったんですね。ミツバチの生活圏から外れているようなので、ここを採蜜することにしました。これがその巣枠です。ミツバチの5月-6月の活動によりつくられたものです。その下部に空の巣があったので、当方が以前に切り取っておきました。まず、カッターで貯蜜部を切り取りました。そのままでは蜜の濃度が高くて流れにくいので湯煎をしました。そのうえで上からスプーンで押し出すようにしました。それを茶濾し器をつかって、不純物を濾過するようにしました。少量のことですから、有り合わせの器具を使うだけで十分間に合います。こうして蜂蜜を採ることが出来ました。採れた蜂蜜ですが、6月ころに採れた蜜に比べると、花の種類が違うからですが、色も濃度も濃くなっていました。今回の採蜜量はこれがすべてです。巣枠一枚の貯蜜部分から、これだけの蜜が採れました。巣箱の中には、まだ貯蜜部もありますが。ミツバチも、冬を越すためには食料用にある程度の蜜は必要ですから、今季の採蜜については、ここまでとします。まだまだ、スズメバチの攻撃とか、これから秋から冬へと厳しい試練が続きます。目下の一番の目標は、ミツバチが無事に年を越して来年につながることです。当方のこれからは、みかんの収穫作業に重点が移行していきます。
2014年10月11日
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ディーツゲン著「論理学に関する手紙」を読む(その1)ディーツゲン(1828-1888)の著作が、手元に3作あります。1、「人間の頭脳活動の本質」(1869年)2、「論理学に関する手紙」(1880-84年)3、「哲学の実果」(1887年)、です。それぞれ読もうとはしてますが、なかなか苦労させられてます。まず今回、「論理学に関する手紙」に挑戦しています。これは、息子のオイゲン・デューリングにあてた8通の手紙からなっています。訳者・小松摂郎氏は、これを「人間の頭脳活動の本質」の補説の意味で加えたと「はしがき」で書いていますが、「他一篇」がこれです。文庫で52ページ分です。何故この著作から始めるかというと。ディーツゲンの著作はいずれも読みにくいんです。そうしたディーツゲンの著作の中で、これは趣旨を明確にして、中身を分かりやすく伝えたい、と著者が読み手にたいして配慮がなされていると思ったからでして、ここを入り口として通過できなければ、もうその先や他はありえないと思ったからです。一、その著者の配慮(アドバイス)ですが、本論のところどころで、それまでの要点を確認するように中心点が指摘されてます。たとえば「第四の手紙」の冒頭です。P155「私は第一の手紙で私の企てを知らせ、第二の手紙で対象をいわば指先でつまみ上げ、その概略を示し、第三の手紙で対象の色合いを指摘し、それが不可避的に宗教的なものに代わっていくことを示した。」著者自身が、要点を紹介しているわけです。こうした解説が、ところどころにそえられているので、私などには読みにくい論述ですが、それを参考にしてそこで著者は何を言おうとしているのか、注意するようになるわけです。これが無ければ、霧の彼方ですね。二、この「第四の手紙」ですが、ここで著者は重要な点を指摘していると思います。1、論理学や思惟方法は道具だといってます。P155「大部分の民衆は従来どこでも上流のわずかな少数者の駄獣であった。」…それと論理学や思惟方法とどんな関係があるか。P156「重荷を卸すということ、民衆を動物的労働から、苦痛と困難から解放するこが、人間の精神が求める最高のものであること。思想がこの高い目的に達するための最も重要な道具であること。思想上の業績は文化の成果において明瞭に現れてくる。」「知性が民衆の発展に関連すると指摘し」ています。2、ここではさらにすすめて、人と事物の連関をさぐっていきます。それぞれを分離させてしまう偏見の見方が往々にしてあるのに対して、一者は他者(世界全体と連関している見方をディーツゲンは提起しています。P158一つの水滴を例を述べてから言っています。「事物の形態はその関連によって変わるものであって、全存在の部分としてのみ現に在る形をとるものである」と。そして「古い形而上学的論理学」から「形式論理学」への歴史を、さらにそれらと対置して独自に論理学を述べています。ここで「古い形而上学的論理学は度外れものであった」と指摘されてますが、当方はこの「度外れもの」意味がよくわからず、何か特別なものとの理解することにしました。ディーツゲンはそこで言ってます。P159「思想・知性は具体的に存在し、実際に存在する。そしてその存在は全存在の一部として世界全体と同種類のものとして連関している。ーこれが思慮ある論理学の主要点である」と。「精神と存在全体との連関をたしかめることになった」と。引用ばかりで恐縮ですが、よくよく読んでみると、そこから少しですが、ディーツゲンが言おうとしていることが、独特の分かりにくい言い方ではありますが、見えてきます。彼がなかなか偉大な知性の持ち主だったことが見えてきます。今回は、「第四の手紙」からでした。
2014年10月10日
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早生みかんに、ついつい手を出してしまいました 10月8日、みかん園のミツバチを見に行ってきたんですが。帰り道の真鶴駅で、観光案内所にみかんが並んでいました。 「いよいよ早生みかんのシーズンの始まりか」一度はその前を通過したんですが、 またもどって、とうとう買ってしまいました。 なかなかよい色をしています。一袋が9個入り、900グラムで、200円。 自分の所にもみかんはいっぱいありますから、 他人のみかんを買うのは、癪なんですが。 まぁ、味を試してみるのも必要ですから。 糖度は9.5でした。酸味が抜けてますから、この時期の初物としては、まずまずの味でした。 当方の早生みかんは、未だここまで色づいてはいません。これは9月27日時点のものですが。今はもっと黄色く色づいていますが。当方は、もう少し甘さが出てきた方がおすすめなんですね。糖度12くらいが。 しかし、ちょっとでも早くみかんを味わいたいという気持ちも分からなくはないのですが。そこは、生産者のポリシーの分かれるところです。早めの出荷をとるか、おいしさを待ってとるか、収穫の考え方が分かれるところです。 当方としては、せっかく育ててきたんだから、もうちょっと我慢して、酸味の中にみかんの甘さが引き立つようになったみかんを、そうした美味しくなったものを届けること、これが大事だと思っています。いずれにしても、あとすこしで収穫の始まりです。
2014年10月09日
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ついに真打のオオスズメバチが登場しました台風18号により、10月8日の小田原厚木道路は、まだ上り線が不通でしたが。ミツバチの様子が気になったので、電車で出かけました。巣箱に近づいたところ、カチカチッ、カチカチッという音が聞こえてきました。オオスズメバチが巣門の前にいて、入り口にはってある鉄棒を、しきりに噛み切ろうとしていました。巣箱にかぶせてあるネットをくぐり抜けていました。やはり、ネットを張ってあるからといって、万全ではないんですね。まわりにつるしておいた3本のジュースボトルですが、その内の1本がにぎやかになっていました。バナナを発酵させたジュースボトルですが、その中に、オオスズメバチが5匹溺れていて、6匹目があがいていました。オオスズメバチは、たまに、悠々と飛んでいる姿を見かける程度だったんですが、話には聞いていましたが、当方がいない間に、かなりの数が出没しているということです。わずに1,2分いただけですが、まだこの他にも周囲にいるようです。脅威自体は続きますが、目前の危機は取り除きました。去年のいまごろですが。去年の10月9日に、ミツバチは逃去してしまいました。スムシとスズメバチが、その原因として考えられたのでしたが。しかし、オオスズメバチの脅威については、去年はあまり感じてなかったのです。たまに、優雅に飛んでいるのを見かけたくらいでしたから。しかし、今回は違います。巣門を食い破ろうとしていました。同じ時期に、同じ場所ですから、やはり去年も実際はこうした状況だったはずです。今にして思えば、去年は状況にたいする認識が甘かったんですね。さて、ミツバチの方ですが。ほどなく門前のオオスズメバチの脅威がなくなったのを感じたらしく、巣箱の中でじっとして、息をひそめていた状況から、巣門の外へ出てきて動き回り始めました。巣箱の周りの様子が安全かどうか、さかんに確かめているようでした。ミツバチにとっては、「やれやれ」といったところでしょう。当方にとっても、わざわざ遠路はるばる、出かけてきた甲斐があったというものです。今回の台風18号については、当方のみかん園は大事ありませんでした。しかし、まだ小田原厚木道路の登りが不通なので、車での移動ができません。貯水バケツもあふれてましたし、神奈川県南部はかなりの影響だったはずなんですが。まだ見回れないのが実情です。この週末には周辺を回って確かめようと思ってます。もっとも、その週末ころは、今度は次の台風19号が、またしても同じように迫ってくるとの予報になっています。台風の時期を過ぎれば、早生みかんのシーズンが始まりだすはずです。
2014年10月08日
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オオスズメバチ対策をとりました10月4日、ミツバチの巣箱の近くでしたが、ついにオオスズメバチを見かけました。この間、ミツバチの巣箱には、キイロスズメバチが執拗にやって来ています。10月1日には、発行ジュースのペットボトルをつるしたんですが。今回は、オオスズメバチも見かけました。ミツバチの巣箱の近くには、お茶の木に花が咲いているんですが、その花にやって来る昆虫を捕まえようと、オオスズメバチがやってきています。このため、3本のジュースボトルを分散させて、お茶の木の近くにもつるすようにしました。これは、バナナを発酵させたジュースです。これがスズメバチの好物だそうで、これで誘い込もうというわけです。お茶の木ですが、そこには、お茶の花とともに、ヤブカラシの花が咲いています。スズメバチがその花蜜を求めてやって来る分には、べつに文句はないのですが。花蜜と花粉を集めにやってきているミツバチを捕まえようとして巡回しているわけです。さらに、ミツバチの巣箱に近づいてきている状況があります。ミツバチの試練はとって、この時期は、スズメバチとスムシです。ミツバチと巣箱にある蜂蜜が狙われています。スズメバチが活動的なのは、陽気が寒くなって来る11月までだそうですから、それまで、あと一か月半です。この間に巣箱にはネットを張って近づけないようにしていますが、先日は、ネットの中にキイロスズメバチが入り込んでいました。オオスズメバチの方は、ビニール製のネットなどは、噛み切ちゃうそうですから、何もしないよりはましですが、それだけではまったく安心出来ない訳です。手網をもって始終張り付いているわけにもいきませんから、いろいろ工夫して、あとしばらくですが、攻防戦がつづいていくわけです。
2014年10月07日
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神奈川県真鶴に黒田長政の供養碑がありますみかん園のある神奈川県の真鶴に黒田長政の供養碑があります。以前にそれを紹介したんですが。どうして、九州の大名・黒田長政の供養碑が真鶴にあるのか、なぞだったんですがhttp://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201005260000/また、みかん園のすぐ近くには、「ご先祖さん」と呼ばれる石工の顕彰碑もあります。これも以前に紹介したんですが。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201005190000/昨日の10月5日、NHK「軍師官兵衛」-小田原落城で、つながってきました。長政の父・黒田官兵衛は、秀吉の小田原攻めに軍師として参加していたんですね。小田原城の包囲は、1590年(天正18年)4月3日から始まり、7月5日には降伏開城したそうです。秀吉の一夜城ですが、4月初めから6月下旬の80日間でそれをつくり上げたそうです。のべ4万人が投入されたと案内板にありました。黒田官兵衛は、北条氏の説得に小田原城に乗り込んだそうですが。この戦さで、無血開城に大きな功績があったとのことでした。同時に官兵衛は、総力を挙げた一夜城の突貫工事にも大きくかかわったのでは、それは推測ですが。これだけの短期間に本格的なお城をつくり上げるには、石材と大工をどこからどうあつめたのか、石垣づくりの石をどこから切り出したか。今に残る一夜城の石垣の跡。この大きな、沢山の石をみると、近隣から総がかりで切り出したものと思われます。そのひとつが、真鶴の石切り場だったのでは、という推測です。しかし、一夜城づくりと真鶴の石丁場をつなぐ歴史資料は聞いたことがないのですが。豊臣から徳川に時代が代わると、息子の黒田長政は、江戸城改築にあたり真鶴から石を切り出しています。長政は家康の許可を得て石工を派遣したと、これは「石工碑」の碑文にでてきます。長政に、どうしてそれが出来たのか。真鶴の石をどうして知っていたのか。それは、その前の小田原攻めの時に、父・官兵衛が、一夜城をつくる時に、真鶴をふくめた近隣の石材資源の状況を知っていた、とおもわれます。それにしても長政は、近隣にいくつも石切り場があるのに、どうして真鶴の石に注目したのか。九州の石工(技術者)を派遣する白羽の矢を、どうして真鶴の岩にさだめたのか。やはり謎ですね。おそらく、父・官兵衛でしょう。一夜城の石垣の調達のときに、「へんぴな真鶴によい石がとれるよ」との情報と、何らかの人的な縁があったんでしょう、あくまで当方の推測ですが。
2014年10月06日
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アゲハの幼虫による苗木への加害本日、10月5日は、台風18号のために関東も雨が降り出しています。明日の6日に、もっとも接近するとのことです。台風への備えもあり、昨日は早めに作業を終えてみかん園の見回りをしました。これが正解でした。この苗木は、今年の3月19日に植えたばかりなんですが、その大切な苗木の若葉を食い荒らしている幼虫を見つけました。黒っぽいのと緑色との二匹いるのが分かるでしょうか。ともに、さかんに若葉を食い荒らしていました。これは調べてみると、アゲハチョウの幼虫でした。黒い方が若齢の幼虫で3センチくらい、緑の方が終齢幼虫で、5センチくらいの大きさです。これがその苗木なんですが。カミキリムシによりここにあった木が枯らされて、その代わりとして、湯河原の大津さんという方が育種したのだそうですが、「大津」という種類の苗木を、1本だけですが植えたんです。この種類は、青島とともに、当地の温州ミカンの中心的な品種です。アゲハの幼虫は、苗木の若葉が好物とみえて、この小さな木に4匹もいました。たしかに、ひらひらと優雅にアゲハチョウが木々の周りを飛んでいました。これを放置しておくと、せっかくの苗木の生育が遅くなってしまいますから、見過ごすわけにはいきません。ただちに、スポイトを使ってピンポイントで殺虫剤をかけました。若葉は、もうすでに筋だけになってしまったものもありますし、ついている葉もボロボロにされていました。他の小木にもいないか見回ったのですが、他は大丈夫で、植えたばかりの、この苗木に集中していました。さっそく手元にあった殺虫剤をかけると、幼虫は危険を感じたとみえて、鼻からレンジ色の触角を2本出して威嚇していました。苗木は基本的には自然に育つものですが、この時期は生育を妨げる害虫もつきます。時には、こうして巡回することも、やはり大事だということです。
2014年10月05日
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ミツバチの様子を観察してきました10月4日、真鶴のみかん園のミツバチの様子を見てきました。台風17号が去ったばかりですが、次の18号が明後日の6日には接近するとのこと。風雨に耐えれるように、巣箱を固定してきました。転倒しないように、二重に補強しておきました。今回は、キイロスズメバチは来ていませんでしたが、オオスズメバチが、巣箱の周辺ですが、お茶の木の花あたりの二か所で見かけました。巣箱の底を掃除しましたが、やはりスムシを見つけました。スムシは、巣箱の底床と、巣枠の桟の隅で見つけました。ミツバチから身を守るべく、クモの巣状の巣をつくっていました。この間、巣箱には8枚の巣枠が入っていましたが。使われてない1枚は取り除きました。ミツバチが盛んに活動しているのは、給餌器の側から4枚くらいです。給餌器の隣の、第1号巣枠です。貯蜜も子育ても活発のようです。ついで、2番目の巣枠です。こちらのが子育て部分に沢山ミツバチがいます。ついで、第3巣枠です。こちらは、貯蜜部分が削られています。以前に採蜜した傷跡が残ってますが、引き続き子育て区域は活動的です。ついで第4巣枠です。この巣枠も、貯蜜と子育ての区域が活動的なようです。この巣枠がかかる桟の隅にスムシがクモの巣状の巣をつくっていました。スムシはミツバチが巣づくりする時に出すゴミが大好物なんですね。ゴミの塊の中からスムシが出てきました。これでは、ミツバチがいくら掃除しようとしても、つまみ出すことはできません。当方がへらを使ってかき出すことで、除去することが出来ました。台風18号が近づく前の、嵐の前の静けさです。風雨になれば、ミツバチは外での活動が出来なくなりますから、一番の問題ですが。それは大事なければ、あくまで一過性の問題です。それに対して、スズメバチとスムシの方は、この時期に執拗にすきをねらっています。やはりミツバチたちにとっては、これらがなんといっても大敵です。こうしてみると、去年の失敗してしまった事情というものが見えてきます。ミツバチたちは、再び花粉を抱えて帰ってくるようになってきていますが、その様子だけに見とれていて、楽観していてはならないということです。スズメバチが活動的なのは、寒くなるまでのあと一カ月くらいの期間でしょうか。スムシが繁殖しようとするのも、寒くなるまでの期間でしょうか。台風への備えとともに、この対策が肝心です。やはり、これからの一か月間を無事に乗り切れるかどうか、そこが大事な所です。
2014年10月04日
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小田原の石垣山・一夜城を見てきました この秋に多摩市の一行が小田原方面にやってきます。この時期は、みかんと地魚、温泉を楽しめます。 10月1日に、その下見もあって、小田原の一夜城跡をみてきました。実際に、ここまで回れるかどうかは分かりませんが。 ちょうどNHK「軍師官兵衛」では、次回は小田原攻めが主題の様です。 秀吉は天下統一の仕上げとして、1590年に北条氏の小田原城を攻めた。 その時に本陣としてつくった一夜城、その跡です。 建物は小田原攻めが終わったら、すぐに壊されたそうですが、 石垣をはじめ城の概観は今でもそのまま残っています。 一夜城全体の案内板です。 本格的な城づくりだったことがわかります。 本丸への登り道です。もちろん整備された道もありますが。 崩されたあとの状況は、おそらくこんなだったんでしょう。 大きな石がゴロゴロしてますが、登り道です。ここを登ると二の丸跡に出ました。 かなりの敷地で、大きな城だったことが想像されます。 その隣、一段上になった高台が本丸の跡でした。 草むらには「マムシに注意」と注意書きがはられていました。 本丸からは、3キロ先だそうですが、確かに小田原城が見えました。 手前の木の上ですが、分かるでしょうか。最近まで、茂った樹に隠れて見えなくなっていたそうですが、 それが肝心なので、最近整備した時に、樹木を切って見えるようにしたとのことです。 小田原城を 22万の軍勢が囲んだそうです。これには、いくら評定したとしても降伏せざるを得ませんでした。 小田原城自体は、降伏して無血開城です。その周辺では、八王子城もその一つですが、激しい合戦だったようです。そこのへんは小田原城の中が現在資料館になっていて、そこに詳しい解説がありましたが、ここにはパネルが一つあるだけでした。 夏草や兵どもの夢のあと 秀吉の天下統一には必ず登場する小田原攻めですが、 一夜城の跡は、ほとんどそのまま残されてます。 遠い歴史の現場ですが、独特の現実感を感じさせてくれます。
2014年10月03日
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みかん園とミツバチ、9月のまとめみかん園は、9月下旬になって、早生みかんの色づきが始まりだしました。当方の早生ミカンの収穫はまだ先で、10月下旬からですが。今年は裏年でほとんど実をつけて無いんですが、こうして1本だけが、元気に果実をつけてます。9月のみかん園は、収穫の前の草刈り作業です。これまで、鎌一本で草取りをして組ましたが、体が持たなくなりました。今回からは、草刈り機を使うことに切り替えました。9月17日、20日、23日と草刈り作業でした。草刈り作業は、以前は、終日体力が続くまでがんばっていたんですが。今回からは、草刈り機のバッテリーは30分くらいです。大方はそれで済ませます。それプラス、最後の仕上げで、根回りを鎌で済ませるようにしました。半日ずつで、3日あれば全体は十分片付きます。とにかく、草刈り機のおかげで、体の負担がはるかに楽になりました。もう一つは、移住してきて5か月が過ぎたミツバチたちです。4月26日に移住してきて、半年近くがたちました。今回は、今のところ大事なく、まずまずの推移をしてますが、前回の最初の時は、去年の10月9日に逃げられてしまいました。その時期にさしかかってきました。網をかぶせてあるのは、スズメバチの襲撃を阻止するためです。すでにキイロスズメバチを11匹駆除していますが、9月27日には、2匹が網をくぐって、巣門から中に入ろうとしていました。ネットが張ってあるからといって、スズメバチを完璧に防げるわけでもないんですね。それともう一つはスムシです。スムシはミツバチの巣が大好物なんですね。ある程度の発生は避けがいようです。このところ見ていると、ミツバチ自身がスムシをつまみ出しています。写真にも、巣箱の中から運び出されたスムシが、門の外に捨てられています。ところが、スズメバチの襲撃など、何かの事情でミツバチが弱ったりすると、瞬く間にスムシが異常発生する場合があります。そうなるとミツバチの手には負えなくなり、巣がボロボロにされてしまいます。去年の10月9日はそうした状況でした。ミツバチが巣箱を放棄して、逃げ出すきっかけになりました。ミツバチたちにとって、この時期の試練です。スズメバチとスムシへの対応が、問題なんですが。なんとかがんばって、この時期を、巣箱での生活を守り抜いてほしいものです。
2014年10月02日
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スズメバチ対策で、カクテルを設置してきました10月1日、天気は曇り。今日は、スズメバチ防止用のバナナ・ブドウカクテルを設置してきました。これが、3種のカクテルをつるしたところです。今日は涼しい秋風が吹き、今にも雨が降り出しそうな天気で、ミツバチの巣箱は、巣門の様子は、比較的に静かだったのですが。しかし、必ずしも、この静けさは平穏というわけではありません。涼しいからといって、静かだからといっても、スズメバチの動きはありました。当方が、巣箱の底を掃除しようとしていたら、「ここは、おれの縄張りだ」とキイロスズメバチがさっそく飛んできました。その一匹は、直ちに駆除をしたのですが、巣箱を巡る事態は、目には見えませんが、緊迫した事態にあるということです。それと今回は、巣箱の底を掃除したのですが。この写真は、前々回のものですが。今回は、巣箱の底にはゴミはありましたが、スムシはいませんでした。それでは安心かというと、そうはいきません。巣箱の底の黄色い屑を掃きだしたのですが、その中を注意して見ると、いました、いました。だいたいミツバチが巣づくりしいてると、こうしたゴミが発生してくるようで、ゴミ自体は、ミツバチの健全な活動をしている証明とのことなんですが。問題は、そのゴミの中です。そこを注意して見ると、コロコロに太ったスムシとともに、細い若年性の太さ1ミリ、長さ1センチ弱のスムシの幼虫がまじっていました。スムシが巣穴の中にいて、ゴミでも活動しているということです。やはり、これから11月末までの時期、スムシにしてもスズメバチしても必死なんですね。前回の失敗は、この事態を見逃していたということ、のう天気な事態にありました。やはり秋風が吹き出すころは、ミツバチをめぐる生存競争は、一段と激しくなっているとのことです。今後の一か月間が、来年を迎えれるかどうかの、決定的な岐路だということです。今回のペットボトルは、スズメバチ対策として新手の対処のひとつですが。この日々、サポートとしても、その実効性が問われる日々になっています。
2014年10月01日
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