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6月 みかん農夫のまとめ この6月は、5日に関東も梅雨入りしたが、梅の収穫と草刈りに追われている。 6月22日に参議院選挙が公示された(7月10日投票)。 上さんの田舎・群馬へ行ってきた。(6月18日-20日) みかん園は、草刈り作業 1、5月の花の季節から小果の季節へ 2、梅とラッキョウの収穫があった 4月-5月は甘夏の収穫だったけど。 6月1日・11日 梅の収穫 今年の収穫は少なく、全部で14キロだった。去年は50キロ。 さっそく梅酒、梅干につけ込んだ。 6月11日にラッキョウを収穫した。 3、草刈り 梅雨入りしてから夏草が繁茂して、雨の切れ間に草取り・草刈り作業 6月1日 早川園で草刈り、茶毒蛾に刺される 6月4日 真鶴園の草刈りで、草刈り機がオーバーヒートする 早川園でふたたび茶毒蛾に刺される 6月11日 早川園の草刈りで、三度、茶毒蛾に刺される 6月26日 真鶴園で、根回りの草取り 4、蜜蜂 分蜂があったようだけど、とりこめなかった。 6月4日に採蜜をする(150cc) 6月11日、初めて女王蜂を確認できた。 6月22日給餌と共に底板を交換する、 巣箱の底板にはスムシが大量に繁殖していた。 新生活のはじまり この6月は、職場を退職してからの新たな生活の構築だった。 5月5日-10日に入院したのは、身体が新生活に適応出来てないあらわれ。 すこし時間がとれるようになったので、 これまで本棚でほこりかぶっていた本を引っ張り出す。 この6月は、 1、憲法論 「憲法改正の真実」(樋口陽一・小林節著 集英社新書) 「日本国憲法を読み直す」(樋口陽一・井上ひさし著 講談社) 2、古典 ルソー「社会契約論」、 「1843年マルクス-ルーゲの交換書簡」 3、社会論 「ヴァイマール憲法とヒットラー」(池田浩士著 岩波現代全書) 「戦う民意」(翁長雄志著 角川書店) 4、文学 「樅の木は残った」(山本周五郎) 「同時代としての戦後」(大江健三郎) 以上
2016年06月30日
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護憲派は、今どんな人達を相手にしているか この参議院選挙ですが、参議院(定数242議席)の非改選の121議席ですが、その内、改憲派は84議席(自民65、公明11、維新5、こころ3)を持っています。全体の三分の二は162議席ですから、この参議院選挙において4党で〔162-84の〕78議席以上とれば、安倍首相の憲法改正が動き出すわけです。憲法の改悪を許さないという私たちからすると、かなり厳しいところにある。もしも前回水準が踏襲されるとすれば、そうなると憲法改悪が現実に動き出すというわけです。 今回の主題ですが、憲法を守ろうとする私たちは、今いったいどのような人たちを相手にしているのか、相手の姿を直視する問題です。 当方は、この間に『「憲法改正」の真実』(樋口陽一・小林節対談 集英社新書)を紹介しました。これは、自民党の「日本国憲法改正草案」の具体的な中身を検討したものですが。 この中に、今回のテーマに答えた、注目すべき紹介がありました。今回は、その紹介です。 語っているのは小林節慶応大学名誉教授です。小林氏は、2015年6月4日の衆議院憲法審査会に招致された3名の憲法学者の一人です。私などは、それで初めて名前を知ったのですが。長らく自民党の中で講師をされてきた方だったんですね。 その小林氏によると「自民党とのつき合いは30年余りになる。…私は1980年ごろから自民党の勉強会に呼ばれるようになりました。」(P20) 世間からは自民党のブレーンと目されて、実際に自民党の中の様子を、直接によく知っておられる方なんですね。その方の体験からした話しなわけです。 「最近の国会の風景をご覧になってお気づきのように、我が国与党の国会議員の多くは、『そもそも憲法とはなにか』という基本的な認識が欠如しています。 安保法制についていえば、歴代の政権が積み重ね、継承してきた憲法の解釈を、たかが一内閣の閣議決定ごときで、勝手に変更しても構わない、あるいは憲法違反の立法を行っても差支えないという、我々から見たら異常としか言いようのない感覚の持ち主だということが判明しました。」「あの思いつめた人たちが、どこへ憲法をもっていってしまうか、本当に不気味です。だから体をはって抵抗しているわけです。」安倍内閣の憲法改悪に、今、敢然して立ちふさがっているわけです。 その小林氏自身の体験からの紹介です。 「自民党の勉強会に出席した主眼は、『憲法は国民を縛るものではない。国家権力を管理するための最高法規である』という憲法の基本を徹底して自民党の議員たちに叩き込むことにありました。彼らを善導するつもりで長く付き合ってきたのです。 しかし、残念ながら憲法とはなにかについてり理解を持ってくれる議員はごく一握りで、いまにいたるわけです。」 「驚くべきことは、国政を担う彼らが、近代憲法とはなにかについて、まったくと言っていいほど理解を示さない。理解できないということです。」「例えば、『法の支配』というものや『憲法は権力を縛るものである』という立憲主義について、何度説明しても理解してくれないのが自民党の議員たちです。…それだけでなく、『国民を縛らなくていいのか』としつこいくらいに質問が飛んでくる。その考え方は間違っていますよ、と奮闘していたのが、自民党とのつき合いの実態でした。」 これは、長く自民党の中に参加していた人の話です。勝手な外部からの憶測といったものではありません。これがなんだかんだ言っても、自民党の姿なんですね。 いったい、どうしてこうした事態がおきてきたのか。 「(以前は)現在の状況よりも、はるかにましだったのです。トンデモな憲法理解をする政治家が、数の上では優勢でも、きちんとした憲法観をもった重鎮がいるうちは、抑えが効いていた。だから自民党全体の考えとして出てくる公式の憲法観は、私の考えに近いところにありました。 ところが、2009年の衆議院選挙で(良識派の重鎮が)落選してしまった。今思えば、あの選挙が分水嶺でした。自民党の憲法観が大きくゆがんでいったのは、大敗したこの選挙の後でしたから。 このとき大量の自民党議員が落選したけれど、生き残ったのは、政策知性が伴わなくとも選挙に勝てる、世襲議員のような連中ばかりでした。・・自民党議員の平均レベルが大幅に劣化しました。」資料 自民 民主政権 選挙 投票率 絶対得票率 議席占有率 絶対得票率 議席占有率麻生 2009衆 69.3 18.1 24.8 28.7 64.2菅 2010参 57.9 13.5 42.1 17.7 36.4野田 2012衆 59.3 16 61.3 9.3 11.9安倍 2013参 52.6 17.7 53.7 6.8 14安倍 2014衆 52.7 17 61.1 9.4 15.4 〈 『世界』7号「憤りはどう具現化されるか」(中野晃一)より〉 さらに、 「下野していた時代の自民党が、2012年4月に公表した第二次草案(「日本国憲法改正草案」)は、私もアドバイスが欲しいということで、一度だけ憲法改正推進本部の会合に呼ばれましたが、ひどいと思いました。」「今回の自民党の改正草案は、我々のような憲法学者に言わせれば、憲法とも呼べない代物です。」「あのお粗末な憲法改正草案は、自民党議員たちのお粗末な憲法観をストレートに表しているものです。」これで、だいたい事態の客観性が見えてくると思います。 もしも、だれか他の人がこんな事柄を書いたとしたら、また他党の議員がこんな批評をしたとしたら、大変ですよ。それこそ大変な大騒ぎになってると思います。しかし、今もって誰も文句が言えない。小林氏は、改憲(改正)派の重鎮であり、ずっと自民党のブレインをしてきた人ですから、その現実は重いものがあります。とかくキーキー、ギャーギャーとヒステリックに叫んでいる連中も、これには音なしです。現実のことですから、公然としては文句が言えない訳です。 ということで、どんな相手と論争しているか、相手の素顔を知っておくことも大切なことです。 今回の紹介は、この本のごくごく一部分、さわりでしかないのですが。まだこの本をお読みでない方は、是非『「憲法改正」の真実』(集英社新書 760円)をお読みください。 面白いですよ。なにか、本の宣伝になってしまいましたが。
2016年06月28日
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今日は涼しいうちに夏草取りです今日は夏草の草取りにいってきました。午前5時21分、平塚から見えた富士山です。梅雨の時期は富士山が見れるのは少ないのですが、今朝は鮮明でした。濃紺の富士山です。雪は三日月形と、残りわずかになってます。退職してから時間が自由になったこともあり、勤務の合間を探してではなく、天候の具合に合わせて、出かけれること、作業が出来るようになりましたから、無理が減るようになりました。まぁ、今回、この時期に富士山を、こうして見れるのも、そうしたおかげです。さて、午前6時過ぎに、真鶴のみかん園に着きました。今回の主題は草取りです。朝の涼しいうちに済ませてしまおうというわけです。これがみかん園で、草取り前の様子です。これでも以前に、草取りしてあるんですよ。それでも梅雨のこの時期は、ちょっと間を開けると、そして、ひと雨降ればご覧のとおりです。なにも目くじらを立てずに、放っといたとしても、別に大事は無いのですが。しかし雑草の根がしっかりはってしまうと、同じ草取りでも、何倍も力のいる、難行苦行になってしまいますから。みかん園を引き継いだ当初は、雑草の引き抜き作業になりました。やはり草取りにも時期があるんですね、若草のうちに草取りしておくと楽なんです。今回の草取りですが、畑の全面ではなく、みかんの木の根回りの部分だけなんです。ねじりがまを使って、はいつくばっての草取り作業です。以前の草取りが功を奏していて、天日返しで済む部分もあります。新たに生え出した雑草は若草ですから、草取りが楽なんですね。それと、すぐ近くにムクドリがやってきて、つかず離れずに、餌をついばんでいます。それでも、陽が昇って強くなると、もっと汗びっしょりのヘトヘトになりますから、すべては朝の涼しいうちが勝負なんです。あくまで、この時間に限定してのひと作業です。最初のうちは、草取り作業も、軽快な調子で、スイスイとすすむんですが、5本を過ぎれば、もう汗もびっしょりになっていて、おもわず、「あ~ぁ」とあたりを見回します。なんでこんなことをやってるのか、やらなければならないのか、・・・。などとの気持ち無くはないのですが。これもせっかくの自然の宝です。これを草ぼうぼうにして、放置したままにしておくわけにはいきませんから。これでも、秋風が吹くころには、みかんがたわわになってくれて、それを喜んでくれる人たちがいるわけですから、今はぶつくさ言わずに、もう一頑張り、ということです。それでも10本を過ぎると、体力もきかなくなってきます。あとはどこでタオルを入れるかが問題になってきますが。まぁ、以前のようにがむしゃらに突き進むわけにはいきません。体調と相談することになるんですが。「あとチョットだから」との声もありますが、「これも身体あってのことだから」と、あまり無理はしないようにとの声も聞こえてきます。今回の草取りは、全体の三分の二を終えるところまできました。次の写真は、残りの、次回に残した木々です。もう一回の草取りが必要だということです。あまり間を置くと、今回草取りした部分に、また生え出しちゃうんですが。もうあと一回です。しかし、この根回りの草取りが終えれば、その次には、さらにその周辺の部分の草刈りがまっています。その方は、草刈り機をつかって、すませるつもりですが。これが、この時期のみかん農家の基本的作業です。零細だから、手作業が多くなるきらいはありますが。広いみかん園では、最初から草刈り機で片付けている仕事ですが。自然は正直なんですよ、日本の今の選挙の様に、舌先三寸で言いくるめようとしたり、自衛隊を海外の戦争にだすしかけをつくって、それでも「平和主義を守る」なんて、いくら言いつくろっても無理です。そんなウソは、自然はけっしてつかないんですね。人間は応援団をつくって、邪道を合理化しようとするんですね。いくら出席者の多数が一緒になって合唱しても、非道は非道です。科学は、非道に負けるわけにはいかないんですね。確かに自然は、汗を流して努力しなければならないんですが、しかしそれは、その苦労には、それなりの成果がしっかり返ってくるんです。その関係が公正なんですね、それが精神衛生上、いいんです。人間関係にあるずるさがないんです。せこさがないんです。邪道や非道をしようとしても、そうしたことは通じないんです。数日前に、あらためてルソーの『社会契約論』を読んだんです。以前に自然状態の時点にあった関係が、むかしか、幼少のころにあった関係が、今の社会状態ではゆがめられているけれど、様々な問題をつくりだしているけれど、ある種の努力の中で、ふたたび、新たな人間の社会関係のなかに、あるベき姿として再構築しうる。人間の努力によって、そうあらねばならないものとして、新たな基本が復活しうる。ルソーは『社会契約論』で、そうした精神・思想を提起しているんですね。フランス革命に影響しただろうことが伝わってきました。肝心なのは、それは現代人への励ましでもあるんですね。ということで、7月10日にむけて、今を生きるそれぞれの人に、もうひと頑張りが必要であることを、遠く彼方の世界から励ましてくれています。
2016年06月26日
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安倍首相は「国民の信」をどう問うのか (その1)「アベノミックス」「アベノミックス」と、この参議院選挙でも、安倍首相は、大半をさいて喋りまくっているんですが。ご存じのとおり、昨日、イギリスの首相が辞任しましたね。自らの主張が国民投票で少数だったことで、責任を取ったものですが。同じ首相といっても、じつに対照的ですね。毎日あくせくしてると、人間忘れっぽくなりますが、今月初めの、6月1日の安倍首相の記者会見を引っ張り出してみました。それまでは、「再び消費税のアップを延期することはないと断言する。景気条項を付すことなく確実に実施する」(2014年11月)でしたから、国民と野党の『アップするな』の声に対し、この間、安倍政権は繰り返し、ずっとずっと反対してアップを主張し続けてきたわけです。ところが、国会が閉会した後にですよ、くるっと手のひらを返しての記者会見でした。消費税増税を延期すると。「これまでの約束とは異なる新しい判断だ」「参議選で国民の信を問う」と。しかしそれはもともと、自らが対立してきた国民・野党、相手側の主張じゃありませんか。「これまでの約束とは異なる新しい判断だ」などの屁理屈で、180度の態度転換した。ふつう基本的に対立する政策が、国民の支持を得られず少数となれば責任を取りますよね。イギリスの首相が示しましたが、それが政治家の当たり前の態度ですよね。ところが、今の日本ではちがうんですね。相撲だとすると、土俵いっぱいまで追いつめられてしまった。すると、くるっと向き直って、今度は一緒になって押し手に回るという、当然、土俵そのものを伸縮自在にのばしすようにして。それでもって「国民の信を問う」という。いったいどうやって、国民の信を問うというのでしょう。安倍首相には、この態度転換に反省などありません。まったくどこ吹く風です。「国民の信を問う」-国民の願っていた方向だから、反対者はいまいと。それで選挙に勝ちさえすれば、自らの政治が正しいとの証明だと。おいおい、こりゃぁインチキ手法じゃないですか。これじゃぁ、まともな、真剣な政策論戦などなりたちませんね。カメレオンというか、ヌエというか、反省なしの軌道修正です。これじゃあ、議論の公正さも、相互のルールも、ましてや政治信念などは、まったく関係なくなりますね。政治とは、いかに国民をごまかして、支持をかすめとるか。国民の支持を得さえすれば、何でもやってもよしということです。しかもそれが一人じゃない、脇に応援団をもついていて、何を言っても、何をしても「そうだ、そうだ」と、一緒になって手をたたく輩がいる。しかも陰に、陽に、役割があるようで、いずれにしても「そうだ」と手をたたいている。いったい安倍政権とそのお仲間たちによって、この日本はどこへ連れて行かれるのか。あ~あ、国民もずいぶんとバカにされたものですね。このにこにこした毒づき、議論ではなく勝手な言葉の投げ捨て、ふつう政権側はやってきたことについて、国民の信を問うんですよね。しかし今はそうじゃなくて相手をけなすことにハッスルしている。これじゃあ論戦なんてものじゃないですね。そこのところから、襟を正させにければ、しめしがつきませんね。しかし思います。これもまた、今の時期の選挙の特徴なんですね。政党と政治の劣化してしまった中で、それをよみがえらせるには、これらのゴタゴタは避けて通れないんですね。早くまともなものにしないと、労力や時間がもったいないんですが。一個人としても感じます、ここで本気になって怒らないとだめですね。そうでないと、戦中、戦後の苦労と成果が、すべてどぶに投げ捨てられてしまいますね。7月10日までの日々は、いろいろと日本の民主主義がテストされているんですね。次は、安全保障法・戦争法と憲法について、考えてみます。
2016年06月25日
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今に生きる指摘、ルソーの『社会契約論』やっぱりルソーという人は、率直で的をえた社会への洞察をしてますね。日本国憲法が、今、大きな試練にあります。それで、その基礎を確かめるために、ルソーの『社会契約論』を読みました。第24回参議院選挙が、昨日公示されました。1762年に書かれたルソー『社会契約論』ですが、250年以上も前に書かれたものですが、第3編第15章「代議士または代表者について」に、こんな一節がありました。「イギリス人民は自由だと自分では考えているが、それはとんでもない誤解である。彼らが自由なのは、議員を選挙する期間中だけのことで、選挙が終わってしまえば、たちまち奴隷の身になり、なきに等しい存在となるのである。イギリス人民が自由を許されたこの短い期間に、彼らが自由をどう使っているかをみれば、自由を失うのも当然である」(岩波文庫 P133)これはかなり有名な言葉ですが、それはここのところにあったんですね。またルソーは、『人民の主権はけっして譲渡されない、人民が自ら承認したものでない法律は、すべて無効であり、断じて法律ではない』と、引用文の前で述べています。当然、ものごとは歴史的な条件のもとで語られているわけですが、これが、フランス革命前の絶対王政の社会の中で語っているんですから、勇気ある発言です。私は、戦後生まれですから、日本国憲法は、当たり前の原則だし、それは自然なことと感じていたんですが、間違っていることが分かりました。同じ戦後生まれでも、安倍首相のような人もいるんですから。平和憲法を守るなんて言ってながら、勝手に憲法解釈を変えて、戦争法を実施しようとしている。問題を指摘されても、ペラペラとごまかして、政治を牛耳っているわけですから。「当たり前」ではない人もいるし、戦前へのあこがれから口裏を合わせるだけの人もいる。それが政界の中心にもいるんですね。そうした状況を見るにつけて、素朴な曖昧さの自己改革が求められてます。それ自身の精神を今もっている価値を、そのかけがえのない譲れない尊厳を、しっかりとつかまなければならない。そうした課題が現在あるということです。ルソーの言いたいことは、当時のイギリスの金権腐敗選挙ブリを示唆して、これを皮肉くることだったんでしょう。他方、より根本的には、崇高な人民の意志が示される選挙があること、主権者・人民のゆずらぬ意志が表示されること。このことを強調しているんですね。さて今は、少なくとも7月10日までは、この中で日本国民の見識ぶりが問われている。この点で、ルソーの言葉をその通りに受け取ったとして、今がまさに「自由な」期間ということですね。全体としてルソーの指摘しようとしていることがらは、現代にも生かすべき近代民主主義の精神、そのあるべき姿を提起しているものと読みました。遠くはるか彼方から、今を生きる人たちに、「がんばれ!」と激励のエールをおくってくれているんですね。
2016年06月23日
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梅雨の切れ間のみかん園です6月22日(水)は、第24回参議院選挙の公示日ですが、早朝にひと走り、真鶴のみかん園を往復してきました。九州方面は記録的な大雨ですが、関東は梅雨の切れ間です。今回の課題ですが、まず第一は、ミツバチの巣箱ですが、その底板の交換です。この黄色いのはミツバチが巣をつくり替える時に出た屑です。毛布のような布状のものの上に、巣屑が一面敷きつめられていました。問題は、その巣屑の下なんですね。その布状のカバーに守られて、その下でスムシが繁殖しだしているんですね。よくもまぁ短期間にこれほどたくさん増えたものか、と驚くほどに繁殖してました。スムシは、この黄色の巣屑が大の好物なんですね。それで、底板を交換したわけです。新しいきれいな底板と交換することで、底板の大掃除しました。なんとか、これで大方のスムシを一掃することができました。あと少しでも、間をあけたりしていたら、おそらく巣箱は、スムシに占領されていたでしょう。過去二回、スムシの繁殖で、惨憺たる目にあっているんですね。この大掃除を済ませた後の巣門の様子です。自分の家をいじられたわけですから、蜜蜂はもっと警戒態勢をとるんですが、前より底板がきれいになったためでしょうか、なんとなくですが、巣門に立つミツバチが、落ち着いた感じがしているような、それは錯覚でしょうか。さて、みかん園の全体的な様子ですが。この間の梅雨の天気によって、みかん園は様相をすっかり一変させています。一応、草刈りと草取りしておいたはずの地面なんですが、あたり一面、完全に雑草に覆われてしまってました。しかもかなり伸びだしています。この草むらは雨滴で濡れてますから、少しでも歩くと、靴の中までビッショリになっちゃいます。本当なら、今の時は、草刈りと草取りを実施すべき時なんですが、今日のところは、この様子を見て課題を確認するだけにしておきました。草取り作業は、切迫してくれば、この程度の条件だったらやっちゃうんですよ。雑草の根が張っちゃうと、草取り作業はかなりの力仕事になっちゃいますから。その前に、根が張りだす前に、片付けておきたいわけです。しかし、せめて草が乾いている時でないと、グチャグチャの泥んこ仕事になっちゃって、全身ビッショリの泥だらけになってしまいますから、そのあとが大変になりますから。まぁ、今日のところは、あまり無理せずに、7月10日までは、なるべく無理せずに、今回は後日へ先送りすることにしました。さて、みかんの果実の方ですが、枝先の小果が目につくようになってきてました。大きさは2センチくらいでしょうか。小木の実については、すぐに様子を確認できます。問題は、成木の方の、実のつき具合なんですが。しかし、今日は少しでもさわると、ドサッと雨滴が落ちてきて、もうすでに衣服もだいぶ濡れちゃっています。真鶴園は密集園ですから、枝をかき分けて移動しなければなりません。移動するだけでも、こんな時は大変なんですね。従って、この結果度のチェックも、後日の天気のよい日に、先送りすることにしました。今日の午後からは、南関東は再び雨模様とのことです。すでに、時々、小雨がパラついてきます。しばらくは、今週から来週にかけては、こうした梅雨空の天気が続いていくわけです。次回は、そうそう贅沢も言ってられないんですが。たとえ小雨がちな天気だったとしても、せめて根回りの草取りにだけでも、実施しなければならないと思ってます。みかん栽培とは、とどのつまり、自然との関係では、この草取りが一番大変なんですね。
2016年06月22日
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6月16日の翁長知事のインタビューに思う6月19日の沖縄県民集会を追跡しています。 当方は、この日は、用事で群馬へ出かけていたんですが、その出先で集会の報道を注目していたんですが、さっぱり音なしで聞けませんでした。本日、6月20日に、それから帰ってきて、集会の内容を知ろうとしているところです。 ただ、その前日の新聞に、翁長知事のインタビューが掲載されていました。予定されている県民集会に向けての思いとなりを語っていました。(6月18日付「東京新聞」) 今回は、このインタビューを注目して読ませてもらいました。これはそれを読んでの感想です。 ここでいろいろな問題が提起されていますが。私なりに、それを紹介させていただきます。 一つは、本土の人たちが、沖縄の苦しみを肌で感じてくれてない問題。なかでも日米地位協定がいかに不平等なものかについての理解がないこと。日本全体の安全保障のためにということで、現在の負担を沖縄に負わせ続けてきた。0.6パーセントの面積の沖縄に、在日米軍専用施設の74.46パーセントが集中している現状があること。これまでも1995年の少女暴行殺人事件により県民集会が開かれて、基地の縮小、地位協定の見直しなどが要求されてきました。しかし、口では綺麗なことが言われても、結局改善はすすんでこなかったんですね。 二つに、これは翁長氏の直接体験によるものですが。日本政府、安倍政権と話し合っても、異常な事態を改善することに、まったく気概を感じないこと。日本がまるごとアメリカの施政権下にあるかのような無気力ことに、寂しさ、悲しさを感じさせられること。今回のオバマ・安倍会談でも、地位協定の見直しを提起せず、辺野古基地建設が唯一の解決策だと。安倍首相にとっては、抗議するポーズをとらなければ政局を乗り切れないといった、アリバイづくりの抗議のように感じたというんですね。10万人単位の県民集会が、事件の度に、数年に一度開催されているのに、政府はまってく耳を貸す状況がないこと。こうした下で、県民の怒りは限界を越していること。 三つ、「イデオロギーよりもアイデンティティー」の問題。 沖縄での運動は、新たな状況と課題を示している。今回の県民集会も、自民・公明が参加せず、沖縄県全体が参加する状況にはなっていない。政党、ないし保守・革新のイデオロギーの対立から見ると、力と力の対抗という冷戦構造の名残りもあるし、全国的な政党間の対立が先に立ってしまい、このため沖縄の抱えている問題という視点がなくなってしまう。沖縄県民にとっては、沖縄から基地がなくなること、平和を孫子に残すことが問題で、このアイデンティティー(共通要求)が中心になっている。この共通要求が、政党ないし保革のイデォロギーによる対立が前面に出ることによって、脇に追いやられるようなことがあってはならない。しかし現実には、利権やイデオロギーが持ち込まれて、対立しがちになっている。本土の人たち(諸政党)の理解や顔色をうかがって、心配りをするよりも、県民が心を一つにすることによって事態を打開することが大切ではないか。 四、この先は、翁長氏自身の言葉を完全に引用するものです。 「私たちが主体的に自分たちの自己決定権を持っていることが、日本を変えるのではないか。沖縄の問題を解決すれば、日本が民主主義国家として変わる。地方自治を尊重する国として変わっていく。」 「自分の国でそれが出来ないようでいて、アジアのリーダーだとか、世界のリーダーだとか言っても、お笑いの世界にしか見えない。」「それでも今の政権を握っているのは自民党なので、沖縄側から厳しくチェックせざるをえない」 「民主主義をどう共有できるかという難しさを感じるが、沖縄問題の解決こそが、日本という国を本当の意味での民主主義国家、自分の意思を持つ国に変えていくことだろうと思っている。」 これまで当方は、翁長氏の著書『戦う民意』(角川書店 2015年12月15日刊)を、二回にわたって紹介してきました。しかし、その後の事態はさらに進んでいます。この進展によって、提起されている問題が、さらに鋭く、鮮明になってきているように感じています。 ここで提起されている問題は、日本の民主主義国家としての現在のあり方です。一人ひとりが、よく問題を把握し・検討するようにして、自分がどう関係しているか、どのようにかかわっていくか、それが問われていると思っています。
2016年06月20日
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今年にはいってからの読書をまとめてみました当方は、今年3月末で、職場を定年で完全退職しました。その後の生活条件を生かして、みかん農夫をしながらも、積もっていた本のほこりをはらっています。なにしろ、これまでは氷の上を滑べるような読書でしたから。今年に入ってから読んだ本ですが、それらについてまとめてみました。1.憲法 樋口・小林『「憲法改正」の真実』(3/27、4/25、4/28) 小林節『タカ派改憲論者はなぜ自説を変えたか』(4/25) 樋口陽一『自由と国家』(3/23)、 樋口『個人と国家』(5/14) 小林『「憲法」改正と改悪』(5/28) 長谷川正安『世界の憲法を見る』(4/5) 2.古典、近代民主主義 ルソー『人間不平等起原論』(5/23、5/27) 池田講演『ホッブズの『リヴァイアサン』にまなぶ』(5/4) プレハーノフ『史的一元論』(1/10、1/22、2/5、2/10、2/13、2/23、2/27) 3.政治・社会 〔日本〕対談「国民の新たな歩みを政治の革新に」 『この力が日本を動かす』(3/1) 鈴木安蔵「新憲法の確立」(5/10) 美濃部亮吉『苦悶するデモクラシー』(5/17) 末川博「社会変革と法」(6/8) 翁長雄志『戦う民意』(6/9、6/16) 〔世界〕不破哲三『スターリン秘史第5巻』(1/6)、同6巻(3/23) 池田浩士『ヴァイマル憲法とヒットラー』 4.文学 山本周五郎『樅の木は残った』(6/2) 大江健三郎『同時代としての戦後』(6/6)目下、この4テーマとその他、この柱で探っています。まだ、長年の生活習慣が働いてますから、読みたい願望と、実際に読める現実とには、ギャップが大きくて困ってるんですが。せっかく得た時間ですから、これまで、滑ってきたものについても、あらためて確かめていくつもりです。
2016年06月18日
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やはり大事な『戦う民意』(翁長雄志著)です その2 沖縄県知事の翁長雄志著『戦う民意』(角川書店 2015年12月15日刊)を読んでます。この本から感じた一番の点ですが。沖縄は、保守と革新が、水と油のような厳しい対立の歴史があったそうです。近年、その二元的な対立の歴史をのりこえて、「もうこれ以上の新基地の建設は許さない」、こうした共通要求で全県民的な団結をつくりだしているそうです。一連の選挙の結果に、そうしたことがつたわってきます。 もちろん、相手は巨大です。日本とアメリカの国家同盟が相手ですから。今回の沖縄県議会選挙の一つをみても、国家からの人とお金による猛烈な働きかけがあるわけですから、単純なことではありません。 そうした中で、全県民的な団結をつくり、維持して、粘り強く前進しているんですね。 私などにはわかりませんが、これはすごい、たいへんな苦労と努力だと思いますね。 前回、「日米地位協定」についての宿題がありました。 この本には、25か所に「日米地位協定」の言葉が出てきます。 第三章「品格ある安保体制を」のところで、P126ですが、 沖縄では、「本土の人々が日ごろ感じない日米地位協定の不平等性と理不尽さがよく分かってきます」と。 この指摘のとおりで、私などは日米地位協定の中身を、日ごろ感じていなかったんですね。 それで、新聞や本で、いろいろあたっているところでなんですが。 「日米地位協定」とは何なのか。どんな内容のとりきめなのか。この問題です。 正式名称は「日米安保条約第六条にもとづく基地ならびに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」とのことで、1960年1月19日にワシントンで署名されているとのこと。 今回の沖縄で殺人事件があったあと、ある新聞の記事が目につきました。 「95年9月の米兵による少女暴行事件では、米軍側が容疑者の米兵の身柄引き渡しを拒否。翌月の抗議の県民総決起大会には8万5千人が集まり、日米地位協定の見直しを要求した」と。 この本にも同じ問題が書かれていました。「沖縄が変わるきっかけとなったのは、1995年の3米兵による少女暴行事件です。県民はあらためて半世紀にわたり駐留し続ける米軍基地の意味を考えました。95年10月21日、宜野湾市で開催された県民総決起大会で保守と革新は初めて抗議行動を共にし、85000人が集まりました。」(P168) ここにある問題ですが、この95年の事件で、どうして米軍は、容疑者の米兵の身柄引き渡しを拒否できたのか、拒否ができるのか。じつは、ここに日米地位協定があったんです。 本日の『赤旗』(6月16日付)に「米軍犯罪に関係する日米地位協定の主な事項」との解説が載っていました。 「第3条(基地管理権) 米側に排他的な基地管理権をみとめ、基地内への立ち入り捜査など、日本側の警察権行使を制約できる。(1項) 第17条(刑事裁判権) 米側が容疑者を拘束した場合、起訴まで日本側への引き渡し拒否が可能(5項C)、「公務中」と認定すれば第一次裁判権は米側にある(3項A)」協定の文章はわかりにくいのですが、それを具体的に解説してくれたものです。 要するに、現在の日米地位協定では、街中で犯罪があっても、犯人が米軍基地に逃げ込んだら、日本の警察は手が出なくなり、犯罪を立証することもできない、まして裁くことなんて出来ないということですね。おおくは泣き寝入りさせられているんですね。 そうした米兵の犯罪が沖縄では、繰り返し、繰り返しおきているんですね。いや沖縄だけでなく、基地のあるところは同じで、表に出ないだけで発生しているんですね。沖縄では、あまりにも度々繰り返されるので、県民ぐるみで立ち上がっている、この日米地位協定を改定せよ、と。人権なんて無いんですね、そんな事件が頻発しているわけです。 ですから、これはひとり沖縄だけの問題ではないわけです。たまたま沖縄が、「日本の0.6パーセントの面積に基地の74パーセントが集中している」「基地の中に沖縄がある」事態により、凝縮されて出ているだけのこと。問題の原因は、これまでの、今現在の日本の結んでいる日米の国家間の取り決め-日米地位協定による占領特権にあるわけですね。これじゃあ、沖縄県民が日米地位協定の見直しを要求し続けているのは当然じゃないですか。基地があるから問題が起きる、というのも当然であり、痛切じゃないですか。それは沖縄の問題というより、日本そのもののあり方の問題であり、国の政治がそれにたいしてどう対処しているか、ということですね。 ここには、二つ問題があります。 安保条約に基づく日米地位協定は、日本国がアメリカと結んだ協定です。それが対等平等の協定ではないんですね。 第一に、戦後のアメリカ軍の占領を引き継いだもので、不平等で、屈辱的な取り決めが現在も続いていることです。前回も紹介しましたが、あの明治政府ですら幕末に結ばれた不平等条約を国を挙げて改正させました。それにたいして、今の日本国の政治の状態ですが、腑抜けの状況です。あらためて、この異常な日米地位協定を正す立場を明確にする必要があります。これは国を挙げて正さなければならない問題です。これが、今回の事件から、再び繰り返させないために必要なことです。その認識が、わたしもふくめて、どうであったかという問題です。 もう一つ、その対応状況が今回明確になりました。今回の殺人事件をうけて、サミットの前の5月25日に、オバマ・安倍会談がセットされました。この会談を前に、翁長氏は直接に安倍首相に要請しました。1、日米地位協定の改定を提起するように、2、沖縄の声を直接オバマ大統領に伝えさせてほしい、と。5月23日でしたが、安倍首相との会談をおえた翁長氏の会見です。「事件・事故の度に綱紀粛正・再発防止をと、米軍に繰り返し強く申し入れてきた。それにもかかわらず凶悪な事件が発生したことに、知事として激しい憤りと、やるせなさを感じる」「国と国の関係だといわれても、私たちは怒りをどこに向ければよいのか。県民の思いはもう爆発状態だ」と。どんな話し合いだったのか。すぐに実証されました。その後の日米首脳会談の結果ですが、案の定、安倍氏は大統領に肝心な日米地位協定の問題を提起できなかった、しなかったんですね。それだけじゃない、「辺野古が唯一の道だ」と。 さらにその直後にも、米兵の酔っぱらい運転事故がおきた。6月6日外務省との会談で翁長氏は「綱紀粛正や再発防止を何十年間にわたり何百回も聞かされた。むなしい」「(外務省・防衛省)に当事者能力があるとは思えない」と述べたとのこと。こんどは「むなしい」ですよ。このズレは何としたことでしょう。安倍政権には国民の苦しみを受けて立つ姿勢がないんです。それゆえの「むなしさ」です。しかし、現実は、痛切に打開を求めてます。 今回の参議院選挙ですが、この屈辱の政治をかえて、必ず事態を打開する力を前進させなければなりません。
2016年06月16日
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今年も、梅とラッキョウを漬け込んでおきました今日も梅雨空です。朝から小雨がふってます。この時期には、毎年、梅とラッキョウの漬けこみをしています。ことしも、漬け込みを完了しました。今回は、その紹介です。まずは、梅ですが。収穫した梅は、とりたての青梅は梅酒に、少し追熟させるようにして、梅干をつくるようにしています。今年は、梅干を4キロ、梅酒を8キロつけました。梅は、6月1日と11日に収穫しました。梅にも、なり年と裏年があるようです。去年は梅が50キロも取れたんですが、今年は14キロの収穫でした。まぁ、このくらい採れれば、自家消費としては十分なんです。梅の木は、剪定をしないと、グングンと大きく生育していきます。こうした脚立を使って採るのは、素人の証拠ですね。この巨木は、去年はたくさんとれたんですが、今年は葉ばかりが茂っていて、脚立で登って探してみたんですが、実がほとんどついてませんでした。今年はお休みです。さて、もう一つのめあてはラッキョウです。当方の定番の、簡単漬けをつくりました。ラッキョウを洗って、薄皮をむいて、氷砂糖と酢につけるだけ。名前のとおり「簡単づけ」です。以前に、お料理番組で紹介されていたんですね。それでつくり方を知りました。材料は、1.氷砂糖-適当、2.米酢-適当、3.鷹の爪-少々、これだけ。つけ汁ですが、これはこれでいけますから、いっぱいつくっておくようにしています。漬けてから2週間くらいで出来上がりますが、それから1年間くらいをたのしめるわけです。今年のラッキョウは、6月11日に収穫しました。これが、収穫前の畑です。かなり雑草に覆われちゃってますが。ラッキョウの葉が分かるでしょうか。これでも何度も草取りをしているんですが、この時期は、ひと雨降ると、すぐにラッキョウは雑草に覆われちゃいます。雨は雑草も伸びるけど、目指す作物にとっても恵みの雨ですから。だいたい農業というのは、とどのつまりは、草取りなんですね。これは、去年の8月に種ラッキョウを植え付けしたものです。一カ月くらいで発芽して、それからひと冬を越してきました。ここへきて、茎(葉)が枯れこみだしてきたんですが、それが、ラッキョウ収穫時のサインです。それで、6月11日でしたが、ついに収穫しました。たくさん採れたでしょう。25個くらいの種ラッキョウが、10か月後には、こんなに増えてくれて収穫です。農業というのは、自然の恵みというのは、たいしたものですね。おそらく、葉(茎)の養分が、球根部分に吸収されて、球根が大きくなる。このよう分の移行がされると、ラッキョウの成育が完了するんだと思います。まだ、青い葉が残ってますから、あと少し置い方が球根が大きくなったかもしれませんが。しかしこれでも、ラッキョの大きさは立派で、十分に許容範囲です。今回収穫したうちから、大き目の球根を、20個ほど選びました。次回の種ラッキョウ用で、この夏の植え付け用として、確保しておきました。全部食べちゃあだめなんですね。ラッキョウも梅も、たいしたものです。どちらも、たいして手間は加えてないのですが、この梅雨の時期に、たとえ雨の降る中だったとしても、確実に季節感にとんだ、自然の恵みを得させてくれます。遠路はるばる出かける農夫にとっては、単に草取りするだけじゃ、わびしいじゃないですか。そうした時に、この確実な楽しみを与えてくれるんですから、まったく自然の恵みというのは、ありがたいものです。
2016年06月15日
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「独裁の道を許さず-ドイツの教訓に学ぶ」講演の報告 6月13日夜、東京・八王子市で、五十嵐仁氏を講師にむかえて学習会がありました。 正確なテーマは、「独裁への道を許さず、立憲主義を取り戻すために-ドイツの歴史の教訓に学ぶ-」で、五十嵐氏は政治学者・法政大学名誉教授。主催は八王子学術・文化日本共産党後援会でした。 これは現在の大事なテーマですから、私も参加させてもらいました。 私の手元には『ファシズムの誕生 増補新版』(小此木真三郎著 青木文庫 1971年刊)があります。もう40年以上前になりますが、学生時代でしたが、「日本型ファシズム」ということが警鐘されて、その時にいちどは読んだはずなんですが。あらためて、引っ張りだしてみました。これから読み返してみるつもりです。 講師の五十嵐仁氏は、法政大学大原社会問題研究所におられました。話の随所に、そうした体験がふれられていました。 講演の課題は、第一次世界大戦の敗戦国・ドイツで、当時最も民主的とされたワイマール共和国憲法の体制から、どうしてヒットラー・ファシズムが国民的に支持されて政権につけたのか、この問題です。これは、講演とそれを聞きながら感じた報告です。 1、第一次世界大戦後の敗戦国ドイツの状況 1919年に憲法制定会議がひらかれ、社会民主党の主導の、初代大統領エーベルトのもとでワイマール憲法ができた。ところが、1933年1月にはヒットラー内閣が誕生してしまう。この歴史過程が問題です。 ヒットラーは、政敵となっていた政党(共産党や社会民主党など)や国民を、たんに暴力で弾圧したというだけではないんですね。その活動が国政選挙で国民の支持を得ることで、政権についたんですね。いったいどうして、ナチスは政権を獲得したのか、そこがドイツの歴史教訓として問題なわけです。 2、ワイマール憲法の問題-最も民主的な憲法から生まれた独裁、民主主義の圧殺 生存権-「経済生活の秩序は、すべての者に人間たるに値する生活を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない」(ワイマール憲法第151条)、これが資本主義国で最初につくられた生存権でした。 (五十嵐氏の余談)これが、日本国憲法第25条「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」のルーツになったもの。ちなみに、国会の憲法小委員会で、GHQの原案にこの規定をくわえたのは森戸辰男だった。45年11月から高野岩三郎、鈴木安蔵などとともに憲法研究会をつくって、憲法草案を用意していたんですね。 この高野岩三郎氏が、戦後、大原社会問題研究所所長を引き継いだんですね) 民主的体制の破壊を憲法でみると、大統領緊急令の問題でした。 第48条大統領緊急令「公共の安全および秩序を回復させるために」「大統領は一時的に第114条(人身の自由)、第115条(居住の不可侵)、第117条(信書・郵便・電信電話の秘密)、第118条(意見表明の自由)、第123条(集会の自由)、第124条(結社の自由)、および第153条(所有権の保障)にさだめられている基本権の全部または一部を、第117条(信書・郵便・電信電話の秘密)、第118条(意見表明の自由)、第123条(集会の自由)、第124条(結社の自由)、および第153条(所有権の保障)にさだめられている基本権の全部または一部を停止することができる」 この条項が使われたんですね。1933年にナチスが政権をとると、ただちに3月24日に授権法(全権委任法)を国会で成立させた。これにより、政府は議会の議決なしに法律を制定でき、予算を執行出来るようにした。当時81議席あった共産党は活動停止、社会民主党も大半が逮捕・活動停止にされたとのこと。 3、ドイツの歴史から日本が学ぶべき教訓は 今、自民党のだしている「自民党改憲案」には「第九章 緊急事態」をいれてます。 緊急事態法制を提案しています。ドイツの歴史を見れば、問題がはっきりしてきます。 そもそも安倍政権は、憲法9条を変えようとしましたが、国民の反対でひっこめました。 ついで、憲法改正の要件を三分の二から過半数に緩和しようとしました。 さらに、閣議決定によって解釈改憲の手口で戦争法を強行しました。 いま、自民・公明+改憲派は、衆議院では三分の二の議席をもっています。 小選挙区制度を使っての虚構ではありますが、それでも議席を持ってます。 この参議院選挙で、ごまかしで三分の二議席をめざしています。 もしもそれをゆるしたらどうなるか。これもドイツが経験したところです。 いま日本社会は、新たな事態を目の前にしています。 「立憲主義を守れ」との点で、市民の自主的な運動が広がっています。学者研究者が、声を上げています。一人区での共闘は、そうした力の結果でもあります。 これまでの様に政党主導による、その枠内での応援運動ではありません。あちこちを向こうとしてバラバラになりがちな政党のエゴイズムがあります。それをけん制して、「野党は立憲主義をまもる一点で団結せよ」と、尻たたきをしている自主的運動です。 7月10日の参議院選挙で、こうした力が伸びること、それが未来への希望ですね。 (これは五十嵐仁氏の講演を聞いて、あくまで私なりに感じた点をくわえた報告です)
2016年06月14日
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「立憲主義を取り戻すために」講演会に行ってきます今晩は、五十嵐仁氏を講師に迎えて、講演会があります。「独裁への道を許さず 立憲主義を取り戻すために -ドイツの歴史の教訓にまなぶ-」との主題ですが。これは、なかなか大事なテーマですね。時のテーマでもあります。なんとかという首相が、私は「立法府の長だ」と国会で公言しました。しばらくしてから、「言い間違えた」なんて訂正しましたが、それはウソです。確認した質問に、しっかりと確信をもって表明していましたから。国会も、国民もばかにされたものです。おごり高ぶりが、この本音を吐いたものですから。まぁ、これも大事な機会です。よく歴史に学ぶようにして、こうした政治家の逆立ちを正して圧倒できるように、国民的な理性の力をつくりだしたいものです。
2016年06月13日
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6月11日(土)、梅仕事をすべて終えました関東の梅雨入りが、6月5日に発表されました。ほんらいなら、梅雨の雨空のもとでの作業を覚悟していたんですが。皮肉なものです。梅雨の雨はどこえやら、きっと気象庁も戸惑ってるでしょうが、今日の天気は、あたかも梅雨明けでもしたかのような、快晴の天気でした。これは、みかん園に向かう途中の、午前6時38分の小田原SAから見た富士山です。今日の富士山は雪が少なくなって、まるで梅雨明けの、初夏のような景色でした。まぁ、農夫は、この時期、雨であれば雨なりに、晴天であればまたそれなりに、その日の仕事を、両にらみで予定をくみたててますから、大丈夫ですが。さて、本日の真鶴園ですが、まず第一に予定している仕事は、ラッキョウの収穫でした。これがラッキョウです。茎が枯れだした時が収穫時です。これは、去年の8月8日に種球根を植え付けしておいたものです。それから、10カ月がたちました。この間、とくに手入れはしてなくて、せいぜい草取りをしていたくらいでしたが。それでも、やはりラッキョウは優れものです。毎年、栽培するようにしていますが、たいしたものです、いつも失敗しらずで、立派によく育ってくれています。おかげで、なまくら農夫ですが、毎回立派な収穫を得させてくれてます。なまくら農夫が、あたかも、「いっぱしの農夫」ででもあるかのように、確かな収穫を得させてくれて、自然の恵みを実感させてくれてます。さて、本日はもう一つ課題、梅の最後の収穫があります。今年は、梅の裏年のようで、実があまりなってません。やけに葉ばかりがめだって、肝心の実が、なかなかみつかりません。梅の巨木に脚立を立てて、巨木の高い枝によじ登るんですが、去年と違って、今年は葉ばかりで、実がなかなか見つかりません。どうやらこの脚立は、収穫のためではなく、剪定に登るための様なものです。去年は、梅の収穫は、全部で50キロくらいの収穫出来たんですが、今年は、今回で収穫は2回目ですが、これで終わりです。せいぜい全部で14キロの収穫でした。梅にも、表年と裏年があるということです。さて、今日の真鶴園ですが。もう一つ、画期的な副産物がありました。本日、初めてですが、蜜蜂の女王蜂と対面することが出来ました。これは、巣箱の中を見た後の、巣門の様子です。残念ながら女王蜂の映像を紹介できません。というのは、なんたって、使える手が、二つしかありませんから。二つの手で巣枠を持ち上げると、それで手いっぱいで、カメラでの撮影までは、手が足りないんですね。したがって、やむなく口頭報告になりますが。本日、ついに女王蜂と出会うことが出来ました。たくさんのミツバチが、巣箱の中の巣枠によりついて活動していますが、これまで、その様子を何度となく巣枠を観察してきたんですが。今回初めてです。その巣箱の中に、初めてでしたが、中心的存在の女王蜂を、やっと確認することが出来ました。今回もダメかとあきらめかけてたんですが、最後の巣枠を持ち上げたところ、いました、いました。ついに出会いました。たくさんのミツバチが、どの巣枠にもわんさといましたが、その中で、話には聞いてはいたんですが、特徴的な一匹が目につきました。他のミツバチよりも身体が一回り大きくて、胴体が黒っぽい蜂でした。多くの蜂にガードされているかと思ってたんですが、そうでもありませんでした。その独特の存在感のあるミツバチでした。それをついに、はじめて確認することができました。去年移住してきた当初の女王蜂は、分蜂により世代変わりして、その子供の女王蜂に変わっていると思いますが、とにかく、初めてです。移住してきてから一年目にして、私が、はっきりとした女王蜂の存在と出会えたのは。一回だけ、これがそうかな・・・と思った時はありましたが。今回は確信をもって言えます、女王蜂とやっと出会えた、と。さて、本日の真鶴園は、以上でした。予定のラッキョウと梅は終了しました。直ちに、午前9時半でしたが、現地を離れました。このあとは、ただちに早川園へ移動しました。これは、本日、早川園の作業を終えた時の様子です。この情景に、本日の結果がでています。早川園での作業は、午前10時から12時半まででした。眼目は、ブルーベリーとキウイの木を剪定することと、草刈り作業、これが、本日予定していた作業でした。ブルーベリーの木ですが。これは1本あるだけですが、手入れをしていないので、あまり実がついていません。以前に、根回りの草取りして、台芽は切ってあったんですが。今回は、実の先の小枝を切り縮めることと、間引き剪定でした。次のキウイの方ですが。これは、上に伸びた徒長枝を切ることと、横に伸びるた枝を切ったこと。さらに巻き付くように伸びる枝を切り縮めるようにしました。この二つの後で、定番作業ですが、草刈り作業をしました。お隣のみかん園の方も、ご夫婦で作業をされてました。草刈り作業と、みかんの剪定です。それと野焼きをされてました。当方の草刈り機ですが、これまでは始動することに手間取ってましたが、今回はちがっていて、草刈り機を止めることに苦慮しました。どうやって草刈り機のエンジンをとめるのか、その仕方が分からなくて、どうやってとめるのか、お隣の方にSOSしたんですが。なんとか事なきを得ました。ということで、早川園の作業を、12時30分に終えました。炎天下での作業でしたから、もぅ汗びっしょりのクタクタでした。梅雨の雨の降りだす前の、基本作業でしたが、予定していた作業を、すべて終えて、帰途につくことができました。
2016年06月11日
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今、翁長雄志著『戦う民意』を読んでます注目の人、沖縄県知事の翁長雄志氏が本を出していました。『戦う民意』(角川書店 2015年12月15日刊 1400円)です。たまたま、ある新聞の書評で、この本がとりあげられていたので知ったのですが。おそらく、この本が刊行されているのを、多くの人は知らないんじゃないでしょうか。また、今を生きる者には、どうしても知らなければならない本ではないでしょうか。この6月5日(日)に投票があったばかりですが。沖縄県(139万人)の県議会議員選挙(定数48議席)ですが、 米軍辺野古基地新設に反対する翁長与党が、前回23議席から27議席に伸びました。 (社民6議席、共産6議席、沖縄大衆党3議席、無所属12議席) 基地建設推進の野党と中立は、前回23議席から21議席に後退したとのこと。 (野党が自民14議席、無所属1議席)(中立が公明4議席、おおさか維新2議席)名護市長選、県知事選、衆議院選に続いて、重ねて民意がしめされました。しかし、この結果を受けての菅官房長官ですが、6日に記者会見で、「辺野古移設が唯一の解決策であるとの政府の考え方に変わりはない」あいかわらず。他方、同じ日、米兵による飲酒運転事故に対する政府の説明に、翁長知事は、「綱紀粛正や再発防止を、何十年間にわたり何百回も聞かされた。むなしい」と。ここでもどちらに良識があるかは、明らかです。この間の沖縄では、保守系も革新系も一致して、「これ以上の基地建設は認められない」と点で共同して闘っています。いったい、どうしてこうした県民の共同が出来てきたのか、この本で、翁長知事自身が、その苦闘の歩みを語っています。この間に沖縄県知事は、沖縄県民は、政府からどの様な対応を受けてきたのか。いま、県民が要求していることはどの様なことであり、それが如何に切実か。また、その前にはどの様な障害があり、どんな困難さの前に立たされているか。そこで、必死にどのように活路を探って来たか。それらを率直に語っています。これは、沖縄の問題とか、他人事の問題ではありません。沖縄が相手にしているのは、アメリカと日本が押し付けている国家政策ですから。日本の全国民の代表が強いていることであり、国民が強いているわけです。国民の意思が問われているのであり、日本の民主主義そのものが問われているわけです。なんとも大きな、かつ深刻な、しかも切迫した、私たち自身の問題なんですね。私たち自身が、探り解きほぐさなければならない問題なんですね。今回、この本を読んで感じます。今、「日米地位協定」ということが重要な問題になってます。それは、徳川幕府が結んだ不平等条約とも重なる面があるようです。明治政府は、国を挙げてこの『条約改正』に努力したとのこと。今、国は、それだけの見識と、勇気、誠実な力が求められているわけですが。私などは、率直なところ、この日米協定の実際がよく分かってません。言葉については、たびたび耳にしていますが、「不平等性」「理不尽さ」とされる実態が、わかってません。それが目下の宿題なんですね。沖縄県民は、具体的に、切迫して、ぶつかっている問題なんですね。当たり前、自明のことのようなんですが。この本には、「日米地位協定」の言葉が、25か所に出てきます。それをヒントにして、その中身を、実態をしっかり知ること、きっとその手がかりを、この本は与えてくれていると思います。
2016年06月09日
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「これを守れるかどうかは、 やがて日本国民の将来を決する」 この言葉は、末川博氏の小論「社会変革と法」(1959年)から引いたものです。 当方は、目下、長年放置されていた本のほこりを払っているところです。 今回、随想全集3(尚学図書 昭和44年刊)をひらいたところ、この小論を見つけました。 末川博氏は、1892(明治25)年生まれで、すでに1977年に亡くなられているんですが。 専門は民法で、戦前・1933年の滝川事件で、政府の大学自治破壊、思想弾圧に抗議して京都帝国大学を退職された教授の一人です。戦後の改革を、憲法と民法の分野での新たな中身を説いておられました。 私などには、法律の専門的なことは分かりませんが、どう随想の中でわかりやすく解説しているか、気になっていたんですね。 この小論「社会変革と法」は、1959年に「立命館法学29・30号」に掲載されたものだそうです。今から57年前に書かれたものですが、今日の政治状況を、その時点で洞察しているんですよ。 「戦後日本の改革は、革命と呼ばれるような要素は全く含んでいないのであるけれども、内容的にみれば、あるいはブルジョア革命に比すべき、少なくとも明治維新よりも大きいといってよいような革新的な変化を生ぜしめているのである。軍事機構の解体、治安維持法や特高警察の廃止、政治犯の釈放、ついで婦人参政権の実現、労働組合の結成、教育の自由化、独占産業の民主化したがって財閥の解体、やがて農民解放としての農地改革、国家と神道の分離等々のできごとは、敗戦ということがなく、またポツダム宣言をテコとする力がなかったらば、日本の現状からいって、とうてい実現されることはなかったであろうと率直に認めざるを得ない。」(P50) 「国民に内在する要請から法がうまれたというよりも、法がまずできてそれが国民を誘導するというような形になっているところに、法の実践における難点が現れているのである。だが、この憲法の内容は平和と民主の筋金を立派に盛っていて、世界に誇ることのできるものであるから、この憲法をまもりぬくことができるかどうかは、やがて日本国民の将来を決するものといわなければならないのであって、その意味では、法が社会変革によってできるのではなくて、社会変革が法によって推進されなければならないということになるわけである。ここに、戦後日本の改革における特異性があるといえるのではあるまいか。」(P52-53) この箇所に注目しました。なかなか素晴らしい洞察だと思いませんか。さすがです、今日の事態に想いを馳せていたんですよ。この憲法に魂を入れるのは、今の私たちの仕事であり、逆巻く逆流から憲法を守って、発展させようと努力とするところなんですが。もちろん、この小論で末川氏は、専門の民法についても、述べてます。明治につくられた民法典の特徴について、それが戦後の民法でどう改正されたか。憲法の改正された民主的原則にそって、新たな民法がつくられた。そこでは、戦前までの旧来の家族制度が、どのような点で変わったのかを紹介しています。 もちろん、そうした問題を具体的に理解するというのは、私などには簡単なことではありません。現在を「自然的なもの」「ずっとそうであった」かのようにとらえてしまう私などの習性からして、戦前の家族制度の理解も、現在の家族制度の歴史性をとらえることも、簡単なことではないのです。 これは個人的なことですが、私には新しい民法について、一つ認識に刻まれた経験があります。 当方の父は2000年に死去したんですが。 公にはしにくいことですが、相続が発生したんですね。たいした遺産はなかったのですが。これは誰しも一度は通る問題です。当方は兄弟が二人ですが、ゴタゴタを解決する必要が発生しました。 それで「遺留分の減殺請求」をすることになりました。その遺留分というのは、新しい民法の権利なんですが、それは行使しないと1年間で消滅しちゃうんですね。これは後々に問題を残さないための法律の知恵なんですね。新しい民法によってできた権利の一つだったんですね。その時の私は、一知半解ながらもこの権利があることを知り、実際にもその権利を行使することにしたんですね。 今から思い返しても、不思議です。法の知識に疎かった私でしたが、その時に新しい民法で対応するなどということが、よくぞできたものだと思います。だいたい、民法が改正・施行されたのは、昭和23年1月ですから、私などが生まれるたった2年前のことです。もちろん、片田舎にあっては、そうした法律が新たに出来たなどの状況は、知る由もありません。戦前からの家族制度的な雰囲気がふつうの「常識」でしたから。生まれてからこの方、その時まで、一人自らのかかわりとして、新しい理念や権利などということは、まったく理解して無かった、理解しようがなかったわけですから。 最近になってからなんです。全体的な関係の中で、自分の置かれていた状況が分かってきたのは。ごく最近になってなんですね、自己のとりまく状況や関係が、それなりに客観的に見えてくるようになったのは。 当時は、よく分からないなかでの対応でした。今、ふり返ってみて、基本的に良識的な対応が出来ていたと思います。それができたのは、一つは知人のアドバイスがあったことと、もう一つは、末川氏の新しい民法を解説した小冊子などを、偶然でしたが、それを読んでいたのが大きかったとおもいます。 やっぱり、自分自身もまた時代の子だったんですね。今回、末川博氏の随想にある小論を読んで、あらためて二重写しに感じた点ですが。一つは、社会変革における法ということを、戦前・前後の社会変革を通して、その前に向けての意義を考察されていること。その転換の大事な意義を指摘していること。もう一つは、自分が体験したことですが、おぼろげながら今日の歴史性、そこでの自分の位置というものを、すこしですが新しい民法の権利というものを経験できたんですね。この二つは大事なプレゼントでしたし、自分もまた歴史を前へ進めなければならないということです。
2016年06月08日
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大江健三郎著『同時代としての戦後』を読んで 当方は、これまで文学作品というのはあまり読んできてはいないのですが。 大江健三郎著『同時代としての戦後』(講談社文庫 1976(昭和51)年刊)を読みました。これは、『群像』に1972(昭和47)年1月から翌年1月までに連載されたものをまとめたものだそうです。戦後の文学者の、野間宏、大岡昇平、埴谷雄高などなど、少なくとも13名の作家たちの作品を論評しています。 この本が手元にあったのは、おそらく大江氏が1994年にノーベル文学賞を受賞された時に、少しくらいはその作品を読んでおかなければ…、ということで入手したものと思われます。だいたい、一人の作家を知ろうとするのは難しいのですが、作家として知られるまでには、たくさんの著書を書いているでしょうから。ほとんど文学作品を読んでない私などは、「その人の作品を読んだ」なんて、とても言えたものではないのですが。おこがましいのですが。 実際、この作品の一つをとっても、大江氏がここで論評の対象としている作品群ですが、当方はそれらを読めてないとの問題があります。ですから、大江氏の評価がどのよう性格かを吟味する前提がないんですね。そこに読みすすむ上での苦しさがあったんですが。 ただし、一つだけ分かることがありました。それはそうした課題の必要性ということでした。 先般感じた点ですが。1950年生まれの当方は、「たった5年前にあった社会の大きな転換に実感をもててないんですね。あたかも戦後民主主義がずーっと自然な、自明の理としてきたきらいがあるんですね。その転換をよしとはしていても、それを実感もってうけとめきれて無いことが弱点になっている」との点を感じて、いろいろ社会の転換の記録を、今という時の歴史性を探るようにしているんですが。 大江氏がここで当たっているのは、戦後の文学者の作品に刻まれた戦争の傷跡、それは戦後の日本社会の転換の意義を受けとめる観点からの批評、検証なんですね。私としては、個々の作品を読めていませんから、その評価の中身は分からないのですが、それでも、そうした検討すべき課題が文学の分野にもあることは感じていたんですね。そうした時に、本棚にあったこの本でしたが、そのほこりを払うことになったんです。 しかし、あらためて昨今の状況をみるにつけて、この弱点は私だけの問題ではないと感じざるを得ないんですね。 現在の日本国憲法のもとで、政治家の多くが、憲法を守るといいながら戦争法を推し進めているんですから。憲法を守る義務があるにもかかわらず、その国会議員が憲法をけなしているんですから。また、現行憲法はよいものだし充実させる立場だなどといいながら、実際の行動では戦争法をすすめるのを手助けしているんですら。今の歴史に位置をわかろうとしない。ようするに、そこには現行憲法の基本的意義が、いくら弁護士の資格をもっている国会議員でも、基本的な受けとめが出来ていないということですね。強そうな権力者には巻かれろ、その方が得だとの行為が大手を振っているんですね。もっともそうな偽りの理屈をつけて。すくなくとも、それよりは自分のがましだと思ってるんです、相手は代議士ですが。そうした人たちが政権をとってるわけですから、はたしてどこへつれてかれるやら、わかったものではない。ろくなところじゃないことははっきりしてます。政治を自分たちの手にとりかえさなければなりません。 さて、この『同時代としての戦後』ですが、共感した点があります。大江健三郎氏はたくさんの著作を書いてますから、「読んだ」なんて言えたものではないのですが、少なくともこの本の中身についてですが。最後の方で、まとめのように指摘しているんですが、「あいまい」さの問題です。「あいまい」なうちに過去の苦難の道に、ふたたび巻き込もうとする流れが渦巻いていており、あくまで大江氏はそれと対峙していくとの問題が提起されています。 この点では、この作品は、これが書かれた時以上に今日的だとおもいます。 1970年に三島事件がありましたが。私などは、あの時、市ヶ谷の法政大学にいたんです。現場のすぐ近くのキャンパスで、田舎から出てきたばかりで、学ぶのに苦労していたんです。その時は、取材関係だったんでしょう、いつもと違って複数のヘリコプターが定点飛行で集まってたんですね。おかしいなとは思ったんですが。そのうちに、伝聞で事件がおきていることを知りました。しかし、当時の印象では、まったくトンチンカンなことですから、「何をばかなことをする」と、すぐに記憶から消えてしまいましたが。 この作品の最後は、この事件と三島作品が取り上げられてます。これが書かれてから、すでに43年もの歳月が過ぎましたが、あらためて今回読んでみて感じさせられるものがあります。 去年の憲法集会で大江氏はあいさつしてました。そうした活躍を見ると、たしかに「持続する志」というものがあるんですね。本とのつながりを得心させてくれます。そして、今、この時期こそが問題なんですね。この本は、基本を示唆してくれてます。人はそれぞれですが、各人は、その置かれている位置について目を見ひらかなければならないこと。今の中で自分に出来うることを探る必要があること。あいまいなうちに、ずるずるとまかれて、後戻りしていくのではなく、そうした流れと対峙して、しっかり前にすすむ力をもたなければならない。文学でもそうだし、それぞれのもつ領域は多岐ですが、どの道でもそうだと。そのことをこの本は指摘して、実際にも一歩をすすめていたということです。戦後の日本文学の世界というのは、私などは、いつも日々あくせくとしてきて、ほとんど足を踏み込まないできた分野ですが、ここに一つ宝ができました。目の前には、いろいろ多岐な分野がひろがっていて、文学はその中のひとつの大海なんですが、広大な、無限な世の広がりを前にしては、それをすすむの微々たるものでしかないのですが、それでも、ここ文学でも、一つのよりどころが出来ました。
2016年06月06日
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雨が降りだす前に、採蜜と草刈りです6月4日、関東にも梅雨の雨が近づいています。今日のところは、雨の心配はないのですが。朝、平塚から見えた富士山です。富士山も、だいぶ雪が解けました。この天気なら、今日のところは、雨の降りだす心配はないのですが。今日は、梅雨入りが近づき、雨が降りだす前のひと時の、仕事日です。梅の収穫に関しては、梅雨入りしても、まったく問題ないのですが、雨が降ろうと、合羽を着てでも収穫はできるんですが。草刈りと蜜蜂の採蜜の方は、そうはいきません。雨が降りだす前に、なんとか済ませておかなければなりません。今日も、まずは、真鶴のみかん園です。午前8時につきましたが、今日のここでの課題は、蜜蜂からの採蜜と草刈りでした。これが採蜜の結果です。採蜜の成果は、100ccくらいでしょうか、ほんのわずかです。巣枠を見て、その貯蜜の区域から、その一部分を失敬してかき取りました。あまり欲張って採り過ぎると、蜜蜂が混乱をきたします。また、この作業は、梅雨入りすると出来なくなりますから、ここが肝心です。この間、春の花で集めた蜜ですが、それをほどほどですがいただきました。採れる蜂蜜の量は少なかったんですが、問題は、量の多い少ないではなく、ここで実施することが大事だったんですね。採蜜と草刈りをすませて、直ちに移動です。午前11時30分には、早川園へ移動しました。こちらの課題は、お茶の木の整枝剪定と、草刈りです。まずは、お茶の木の整枝剪定です。お茶の木は、5月初めの茶摘みしたあと、すでに一度枝の刈り込みをしたのですが。この一カ月間に、お茶の木の植え込みの中には、ヤブカラシなどの雑草がのびてきています。そのまま放置しておくと、お茶の木全体に蔽いかぶさってしまいますから、再度、刈り込みばさみで整枝剪定をしながら、巻き付いた蔓を取り除きました。これはなかなかの大仕事なんですよ、蔓は巻き付いていますから。だけど、ここで頑張らないと、後からだと、もっともっと大変になります。さらにお茶の木が済んだら、その後には、みかん園全体の草刈りです。なんたって、この時期は、一雨ごとに雑草が繁茂してきますから。今回は、すでに汗びっしょりの、クタクタでしたから、全体を草刈りす体力はありません。それはたいへんな大仕事になりますから、そこまではとても出来ません。今回は、焦点を、みかんの木の周辺に絞っての草刈りに限定しました。この時期の雑草の繁茂は、本当にすごい力なんです。これから梅雨入りすると、あたり一面は、ふたたび雑草におおわれてしまいます。その前にここで一度がんばりしておきたいんですね。ここで草刈りをしておけば、次の草刈りは若草ですから、たいへん楽になります。今日も、やはり、どこからか、草刈りのエンジン音が聞こえてきました。みかん農家は、いずこも、この時期には、同じようなことをやっているわけです。それと、ブルーベリーに注目しました。今回草刈りしていて、ブルーベリーの木に実がついているのを見つけたんですね。まだ小さいんですが、すでにブルーベリーの果実の形になってきていました。ブルーベリーの木は、当園には一本だけしかないんですが、しかも、実はそれほどついていないのですが。それでも、これでブルーベリーの木というものの栽培サイクルがわかります。これで、だいたいの収穫の時がわかるわけです。ブルーベリーの果実の入手ですが、このみかん園のオーナーの「だんだん園」で、たくさんとれるんですね。そこには、かなりの木がありますから、ブルーベリー狩りをたのしめるようになってます。7月から8月にかけては、ブルーベリー狩りのシーズンになっているわけです。そこで摘ませてもらうんですね。さらに、それにくわえて、当方の知人が、軽井沢の発地で、ブルーベリー栽培してるんですね。なんと、ベリーの多様な種類を、専業で栽培しているんです。ここからも、ブルーベリージャムの材料を送ってもらうようにしています。ということで、今日も一日、主には草刈り作業でしたが、クタクタです。みかんの手入れというのは、とどのつまりこの草刈りなんですね。
2016年06月04日
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今年も梅の仕事のはじまりです6月1日、今年の梅の収穫をしてきました。まだ少し早いとは思いましたが。真鶴のみかん園のまわりには、梅の木が何本かあります。このところ、梅雨のころは、梅仕事が定番になってます。何しろ、真鶴は、梅の産地小田原のすぐ近くですから。あたりには、梅を大事にする歴史風土があります。梅づくりを手がけていると、この梅雨の時期が楽しみになるんですよ。たいがい梅雨はうっとうしくて敬遠されるんですが、それが待ち遠しくなり、楽しみになるんですから、面白いことです。これが、その梅の木です。やはり梅にも、木によって、表年と裏年があるようですが、この木は、毎年よく実をつけてくれてます。当方が、梅の作業を始めたのは、ついこの10年くらいです。みかん園を手入れするようになって、しばらくした時に「梅の実はとらないの?」と、近所の人がおしえてくれたんですね。それまでは、みかんの木の手入れをどうするかが問題で、梅の木までは、とても視野にはいってなかったんですね。だいたいそれまでは、「梅干なんて」とバカにしていたくらいでしたから。「あんな酸っぱいもののどこがいいんだ」「年寄りくさい」などと。それ以来、梅に対する見方がかわりました。はじめは、みようみまねの試行錯誤でしたが、すこしずつ回を重ねて見えてくるようになりました。このごろでは、しっかり四季の作業に組み入れるようになってます。これが、今回の収穫です。今回は、裏年で収穫量が少ない。手入れもお粗末で、傷物が多くなってしまったんですが。それでも、ある程度は採れます。青梅は、梅酒用につかうことにして、綺麗なものは、追熟させて梅干づくりにつかうつもりです。やはり梅干しづくりが問題ですが、当初、そのつくり方が分からなかったんですね。必要を感じ出した時には、まわりで梅づくりしていた人はいなくなっていた。バカにしていた内に、みなあの世にいっちゃってたんですね。それで、梅干しの作り方について、近くの図書館でさがしました。「別冊週刊女性」(藤巻あつこ著 主婦と生活社 2010年4月第13印)をみつけました。いろいろなものがありましたが、これは私などにもよくわかりました。すぐれものです。このおかげで、おそまきながら、私などにもわかってきました。梅干しは、小田原もそうですが、日本の歴史風土に根ざしてきたんですね。材料もさして必要なく、つくり方も四季の変化に絶妙にあっていて、しかも健康食であり、保存食なんですね。すごい「先人の知恵」なんですね、おそれいりました。これが、去年につくったものの残りです。おかげで、この数年、何とか自前で出来るようになりました。素人作でもたいへん美味しいんですよ、主観的な評価ですが。わたしなりにはオンリーワンの、最高級品です。むかし、おばあちゃんたちが集まってきて、お茶飲み話でペチャクチャやっていたんですが、その話題は、いろいろ世間話とか、よもやまごとがあったと思いますが、その一つには、それぞれの漬物の出来と、味の品評会でもあったんですよ。私などが梅仕事を楽しむようになったのも、同じような歳になってきたということです。
2016年06月02日
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