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東京都知事選挙の開票前に思う(その11)防災無線で、選挙管理委員会の「投票しましょう」とのアナウンスがながれてます。あと数時間で、新たな都知事が決まるわけですが。その前に、この選挙で自分の得た認識を整理しておくことも大事かと思っています。今朝は、農夫は早起きして、朝のうちにみかん園の様子をみてきました。午前5時21分に、平塚から見えた富士山です。さて、東京都民の当方は、7月10日の参議院選挙に続いて、14日告示の東京都知事選挙に係わってきました。都知事選挙の方は、まだ投票時間の最中ですから、誰が新しい都知事になるかはわかっていません。結果が出る前に、この選挙で得た認識を確認しておいた方が良いかと思います。この参議院選挙と都知事選挙は、共通した問題が問われたと思います。今、問われているのは、直接はカネの問題ですが、大きくは戦後の日本社会のあゆみ、もっと広くは近代日本の歩みに対する評価が問われているかと思います。戦争法が強行された後の選挙です。昨年12月に刊行された『「憲法改正」の真実』(樋口陽一・小林節著)が、私にとっては、今日の憲法の状況を学習する上での入口になりました。これまで、大日本帝国憲法は、どちらかと言うと人権無視の問題点のみ、黒一色のように見えていたんですが、日本の近代化にとっての歴史的なものとして見えてくるようになりました。不平等条約を正すために、先進国と対等となるように、国内の政治体制を整えようとしたんですね。それにしても、封建社会の長く続いた社会体制を、鎖国の眠りから一足飛びに変えなければならない矛盾があるわけです。これを、夏目漱石は「現代日本の開化」「私の個人主義」などにとらえています。しかし、結局は、右翼の軍事独裁で外への戦争と国内の抑圧に進んでいき、敗戦の破局をきたしたわけです。この大戦に敗れた時点が、今日の問題の原点ですね。世界の民主世論の圧力と、国内の民主的な主体的弱さはあっても、とにかく現在の日本国憲法をつくったんですね。しかし器はつくったけれど、それにふさわしい国民の魂をつくるのは、そこから始まったんですね。とくに、国会の主流となる議員は戦前と同じですから、憲法の平和と民主主義へ転換は、建前と本音の差をかかえつつ、少しずつ変わっていったんですね。戦後5年目に生まれた当方には、そんなこと知る由もなし。今にしてふりかえって、いろいろ事態が分かってくるんですね。ところが、今回、安倍政権が出てきてからは、新たな局面となりました。保守の良識ある人たちにとっても宝だったものを破壊してしまったんですね。偏狭な右翼の野蛮路線による憲法破壊の強行です。戦争法の強行です。それには付和雷同組がくっついている。これも問題です。これが、私たちの前の景色だったんですね。この参議院選挙と、その結果としての東京都知事選挙は、日本の近代史で初めてですね。偏狭な右翼路線を相手に、はじめて民主的勢力が共同して対決勢力として登場したことです。もちろん大衆運動レベルでは、戦後の歴史では、これまでに民主主義擁護同盟や安保共闘、革新自治体をめぐる共闘はあったと思いますが。しかし今回は国政段階での、政治問題での共同ですから、やはりこれは日本の政治で、歴史上、初めてなんですね。これはなし崩し的変化ではありませんよ。政治の担い手を交代しようというものです。政治の基本の転換です。このことは、これまでの野党が、どれだけの真価をもっているか。これが、新たに問われくるんですね。もちろんそうはいっても、これまでの長年の習慣を引きづってますから、反共主義も残る日本ですから、一度にすべてが、完全な形で政治主体がつくられるというわけにはいかないと思います。しっかりと、新たな市民の力も、政治思想も必要だと思います。なによりもごまかしの理論と勢力に惑わされないだけの、しっかりした力が必要です。しかしそれ以上に、何よりも市民の声は切実ですから、なるべく民主的な共同勢力が、スムーズに出来るに越したことはありません。そこに、今、人間一人ひとりの努力が問われているんですね。今回の東京都知事選挙も、この大きな流れの中の一コマだと思います。大きな節目ですが。当然、選挙のことですから、勝ち負け区別があります。あと数時間、結果はまだ分かりませんが。しかし、戦争法は生きてますから、この歴史的な岐路の現実は、いぜんとして変わりません。そうである以上、新たな歴史の民主的共同の流れは、それを大きくすることは、だれもとめれないんですね。以上が、この参議院選挙と都知事選挙から、見えてきた認識です。選挙の結果が良ければよいのですが。とにかく、全体は無駄ではなかったということは確かです。
2016年07月31日
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何となく自然に、思いに浮かんでくる「大逆事件」(その10)東京都知事選挙も、いよいよあと一日となりました。最終盤ですが、一つだけ、紹介しておかなければなりません。7月14日告示日に、ブログで夏目漱石の『私の個人主義』を紹介しました。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201607140000/当方の思いとしては、世間のムードに流されずに、自分自身でしっかり判断してほしい、とのことからでしたが。その最後の所で、これが「大逆事件」、権力の謀略に対する抗議でもあることを紹介しました。今から100年前のことですが、この事件で、罪を着せられて幸徳春水、内山愚童などは、即刻処刑されちゃったんですね。この事件は、当時の知識人にとって深刻で苦痛の思いを心に刻みつけました。おおやけには、「それはおかしい」と発言できるだけの自由がなかったんですね。そうした中で、漱石の講演だったんです。しかも学習院でおこなわれたんですよ。いま手元には、碓田のぼる著『石川啄木と大逆事件』(新日本新書 1990年刊)があります。石川啄木も、同じように、怒りを胸にしていたんですね。もう一つ、徳富健次郎著『謀叛論』(岩波文庫 1976年刊)があります。「ただに政府ばかりでない、議会をはじめ誰も彼もみな大逆の名に恐れをして一人として聖明のために幣事を除かんとする者もない。出家僧侶、宗教家などには、一人位は逆徒の命乞する者があってもよいではないか。しかるに管下の末寺から逆徒が出たといっては、大狼狽で破門したり僧籍を剥いだり、恐れ入り奉るとは上書しても、御慈悲と一句書いたものがないとは、何という情けないことか。幸徳らの死に関しては、我々五千万人ひとしくその責めを負わねばならぬ。しかしもっとも責むべきは当局者である。総じて幸徳らに対する政府にやり口は、最初から蛇のカエルをねらう様で、随分陰険冷酷をきわめたものである。」(明治44年2月1日 旧一高大教場での公開講演草稿)ここで逆徒とされてる僧侶とは、内山愚童のことです。あの「暗い谷間」とも言われる時代にあっても、民主的権利のまだ弱かった時代にあっても、これだけの気骨ある人権擁護の論陣をはった人がいたことはたいしたものですね、すごく勇気ある人たちですね。同時に、今日の憲法の自由な社会にあっても、闇のたくらみにおどらされるメディアがあることを、私たちはしっかり確認しておくべきでしょう。さぁ何でも言って来い、そんなことで歴史がとめられことは決してないぞ!このことを、はっきりと実証させてやりましょう。
2016年07月30日
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東京都知事選は、31日の投票日まであとわずかです(その9) 7月14日に告示された都知事選挙は、31日の投票日まで、あとわずかとなりました。 都民の一人として、この選挙を見聞してきて、いろいろ学ぶところがありました。 その都度、得たことをブログで発信してきましたが、今回はその中間的なまとめです。この間の発信を、たどってみました。 1、7月14日(告示日)「今、確かめたい『私の個人主義』(夏目漱石)」 日本が近代化してくる中で、抱えていた問題は何だったのか。 漱石は、1915年の講演「私の個人主義」で、権力と金力の横行に警告しています。 当時の下では、漱石は公然とは言えませんが、「大逆事件」の国家権力のウソをまき散らしての批判的な良識者への弾圧を告発しています。私などは内山愚童の追想とも重なりました。 2、7月16日「本当に都民の手に都政をとりもどすために」 都知事選挙の3人の候補者-鳥越候補、増田候補、小池候補の第一声演説を検討してみました。 「東京都知事になる方は誠実でなければなりません。鳥越さんがウソやはったりのない方であることは、お話を聞けばわかります。」直接聞いた知人が感想を語っていました。他方、他の2人の候補者ですが、さかんに行政経験を自慢してますが、本当のところ国民のために何をして来たか、虚構の宣伝にひっかかると「舛添、猪瀬の二の舞です」の危惧がわいてきます。 これには保守の良識者だって、戦後の平和や民主主義を守る点で共同できることを感じました。 3、7月18日「都知事選を考える上で、3候補の共同記者会見について」 あらためて、7月13日の3人の共同記者会見について、本人の直接発言を吟味してみました。 鳥越候補「前知事らの問題で、都民が汗水流し、つらい思いで納めている税金を、こんな軽々しく使うのかと、非常に不思議だった。戦後初めて衆参両院で改憲出来る状況になった。『男なら、何とかしろ』と自分に問いかけて、都政に旗を立てたいと思った」と。 小池候補は、自民党東京都連の無茶苦茶な運営ぶりを内部告白しましたが、彼女は会長代理をしてきたんですから、責任者の一人です。それを変えることはできません。増田候補は、「憲法と都政はちがう」、「原発は安全なものから動かす」、「安倍政権は道半ば」と。 4、7月20日「地方を変えるためにも、都知事選への支援を」 都知事選の結果は、1,127万有権者によりきまります。しかし、首都東京の政治は、ほどなく全国の地方各地の暮らしに波及していきます。 それで、東京都知事選挙の選挙公報を紹介しました。 「人権・平和・憲法を守る東京」「あなたに都政をとりもどす」、これを明確に掲げれるのは鳥越候補だけなんですね。 都民のほとんどの人は地方出身者です。この選挙は地方につながり、地方を変える選挙として位置づけるようにして、その支援を呼びかけました。 5、7月21日「都議会会議録にみるオリンピック問題」 八王子の都議会議員の方から、3月9日の都議会第一定例会予算特別委員会の議事録を提供していただ来ました。これを読んだんですが、東京都議会のことが、少しですが見えてきました。 ここでも舛添都知事の自分勝手な暴走にたいし、それを野党議員が厳しく追及していました。それは、その後の、舛添氏の辞任につながる流れとして、様子が伝わってきました。 問題は、野党議員の都知事の姿勢をただす質問にたいして、その議事録に出ているんですが、議場内での与党議員てすが、たいへんひどいヤジをぶつけて、舛添知事をかばっているんですね。 それは自民党と公明党にかつがれ、守られた舛添都知事の様子がつたわってくるんですね。 ところが今回の都知事選挙ですが、このことの反省がまったくないままに、またぞろ自民党と公明党は増田候補を担ぎ出してきました。その増田候補ですが、このことへの反省は、まったくのその場しのぎです。これではまたぞろ同じことが繰り返されるのではとの危惧が感じられて仕方ありません。 6、7月22日「都議会会議録からみた横田基地問題」(第二弾) 沖縄の翁長知事は、その著書で「なかなか沖縄県民のこころが本土の政府に伝わらない、『魂の飢餓感』がある」(『闘う民意』角川書店 2015年12月15日刊)と述べていますが。 この会議録を読むと、横田基地の周辺の状況も同じなんですね。国と都が一体になって、基地を押し付けているんです。都民の命と安全、騒音公害から暮らしを守れと、切実な住民要求がだされていますが、これに対して、政府・舛添と増田・小池ですが、この人たちは口上までそっくりに、拒否し続けているんですね。沖縄と同じなんです。 この状態を正せるのは、変えれるのは、鳥越候補しかいないんですね。 7、7月24日「沖縄への暴力は、国民自身が問われている」 ここにきて、ふたたび沖縄では基地建設で緊迫した事態がすすんでいます。 山口二郎教授が新聞のコラムに書きました。ルソーは「選挙の時だけ自由で、選挙がすめば奴隷」の指摘していますが、歴史は繰り返すで、今沖縄ではそれと同じことが地でいっていると指摘しています。 東京都民と沖縄県民がぶつかっているのは同じ相手です。安倍政権は配下の者に、それぞれやらせているんですね。これをやめよとの意志表示するのがこの都知事選挙でもあります。 主権者の声が生かされる政治をつくるために、東京と沖縄は連帯しなければならない。 8、7月24日「八王子での鳥越候補の個人演説会」 広い東京ですから、候補者を直接に、身近かに見聞き出来る機会というのは貴重でした。何より初めてでしたが、野党と市民団体の共同といのはすばらしいですね。これまでは論争の相手同士だった人たちが、それぞれの個性をもって鳥越候補を応援している姿を見ると、かつてのフランスやスペインを想像させるかのように、みな輝いてましたね。この間に伝えられてきたこと、感じてきた問題が、実際に確かめられた演説会でした。たまたま隣り合わせたご婦人ですが、一人で来られた方で、何とかならないかと気をもんでいて、素性も知らない私なども話しかけてこられました。「こんな名前の記載もなく、影絵しかのせれないものでは、見てくれた人は分かってくれるでしょうか。訳の分からないもので、これじゃぁまるで謎解きじゃないか、なんでこうなんでしょう」と静かに怒っていました。その方は、演説会の終わった時に、そのチラシを7センチくらい、いやもっとだったとおもいますが、束をとりよせて持ち帰っていかれました。 9、7月26日「都議会会議録にみるオスプレイ配備問題」(第三弾) 安倍政権と舛添知事、それと増田候補は、口裏を合わせるように基地強化です。 小池候補は「安保法は遅きにいっしたくらいだ」などと言ってます。 鳥越候補の姿勢は、この二人とは対照的です。戦争の悲惨な体験を生かす道が、今日、あらためて都政の場でも問われていることが感じられました。 以上です。これが当方がこの間に感じてきた都知事選挙の様相でした。最後に、この東京都知事選挙は、都民-1,127万有権者による選択という大きな選挙です。 最終盤には、週刊誌もつかってダメージを加えようと、なりふり構わずの攻撃も展開されてます。しかし、私などは、大局的に都民の良識と底力を信頼しています。 最終盤の予想記事があちこち出されていますが、一喜一憂してなどいられません。これだけ大きな、しかも激戦の選挙ですから、神様だって本当のところは分かりっこないんですよ。確かなことは、最後まで努力を尽くした側に、勝利の女神がほほ笑むということです。戦後の宿題を、いや近代日本の宿題を、果たしていく選挙です。しかも、沖縄や世界の良心が注目している選挙です。あとすこしです。出来うる努力をすべてやりつくして、都民の意志を投票結果に示しましょう。
2016年07月28日
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都知事選と横田基地へオスプレイの配備(その8) 東京都議会の第1回定例会の会議録を見てきました。3月9日に予算特別委員会での日本共産党・清水ひで子都議が質問した会議録です。これまでオリンピック、横田基地をみてきましたが、今回3番目のテーマは横田基地へのオスプレイの配備についてです。 清水都議の質問です「昨年四月に改定された日米軍事協力のガイドラインによって、米軍と自衛隊による軍軍間の調整所が設けられたことにより日米統合司令部の軍事的中核としての役割を強めている。」「米軍機の飛行回数は年間12,000回に及び、パラシュート降下訓練や、低空飛行、夜間飛行が繰り返されている。」「米空軍特殊部隊とオスプレイ10機が来年から配備されようとしている」ことを指摘して、「墜落などの事故が多く欠陥機といわれるオスプレイの配備は、周辺住民の生活と安全を脅かします。・・未亡人製造機といわれていたようだが、知事の認識は?」と問うています。 これに対する舛添知事の答弁ですが。 「開発当初は未亡人製造機なんていわれたぐらい大変事故が多うございましたけど、その後相当よく改善されていると思っております。」などと答えていました。 都知事の答弁の基本にある問題については、あとで触れるとして、まず問題なのはこの時の都議会議場の様子です。 会議録の中に、質疑の途中にですが、こんな記載があります。 〔発言するもの多し〕 (ヤジ、国会でやれ!) これが想像できますか。会議録に記載されるほどですから、相当ひどかったことがうかがえます。これだけでは、いったい誰がこんなことを言っているのか分からなかったのですが。 しかし今回の東京都知事選挙のなかで分かりました。このヤジと同じ内容の発言が、都知事候補の発言の中に出てきました。 まず7月13日の都知事候補者の共同記者会見での発言です。(7月14日付『東京』) 増田寛也候補、自民党・公明党推薦の候補者ですが、「今問われているのは都知事選。憲法の問題をそこに持ち込むのはどうか。」 同じく増田氏の新聞のアンケートに対する答えです。〈防衛や外交を担うのは国政であり、地方自治は分けて考えるべきだとの立場から、安保法への賛否をあきらかにしなかった〉。 誰がヤジったのか、これで解けました。都議会の自民党・公明党議員と増田都知事候補は、基本的に共通の見解であり、態度なんですね。 これが、都知事選挙の争点を知る上で、この都議会会議録がおしえてくれたことでした。 関連して、小池ゆり子候補ですが、もっと過激ですよ。彼女は自民党都連の会長代理です。「東京新聞」(7月26日付)ですが、「戦争と平和」についての同紙に答えています。 小池ゆり子「海軍中尉だった父親から『戦争したらあかん』『戦争しないための方法を考えるのが政治』と強く言われてきました。」(お父さんのこの言葉は戦争の体験者として本当に痛切につたわってきますね。ところがその子どもは、それをどう受け止めているか) 小池ゆり子「平和平和と言っている神学論争の時代は過ぎた」。(安保法については)「アジアや国際社会への脅威が明らかな中で、日本の平和な社会を持続、発展させる必要がある。安保法の成立は遅きに失したぐらいだ。」別の所では「核武装の保持も選択枝だ」とまで言ってます。 (こうした言動を生きて見せつけられたら、親として何としたことか。うかばれませんね) もう一つ、増田候補と舛添前都知事との共通性です。 前回に舛添都知事の横地基地に対する基本答弁を見ました。 http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201607220000/ 注意してみてください。ここで舛添知事が述べた文句と、ほとんど同じ発言を増田寛也候補が述べているんですよ。どうやら参考にする答弁書があるらしいんです。文句があまりにも似ているんです。 だいたい、増田候補は「行政にはツボがある。大事なことはツボを把握し、きちんと押すことだ」(「東京新聞」7月25日付)と、いかにも自分が総務大臣や岩手県知事を務めてきたように行政手腕があるんだと胸を張ったんですよ。 その翌日、増田氏は、7月26日付同紙ですが、前に紹介した「戦争と平和」質問にこう答えています。 安保法への賛否の態度を明らかにしなかった、その後ですが。 増田候補「わが国を取り巻く安全保障環境が一掃厳しさを増す中、平和安全法制の施行を受け、日米同盟の強化などにより抑止力向上に努め、戦争を未然に防ぎつつ、訓練などを通じて自衛隊の対処能力を更に強化することはきわめて重要だ」と回答したと紹介されてます。 分かりますか。この答えは、安倍首相とその政府、そして舛添前都知事、この人たちの答えたことと増田候補は同じなんですね。ヒラメといってはヒラメに失礼ですが、「行政のツボ」とはなにか、「上にならへ」「お国の言う通り」、これがその答えなんです。 やっぱりです。東京都政を平和で清潔な都政に変えるには、都民の手に都政をとの戻すには、どうしたらよいか。答えは明確ですね、鳥越俊太郎候補しかいない、他にはいないんですね。 鳥越候補の訴えです「安倍政権による集団的自衛権の行使容認の閣議決定や、安保法の強行に、東京都民として真っ先に『ノー』を言わなければならない。」「九条をはじめ日本国憲法は宝です。」「非核都市宣言を行い、東京から『二度と戦争はしない』とのメッセージを出したい」(7月26日付新聞から)。 これが都議会の議事録を見てきての結論です。 さて、都知事選挙も残された期間はわずかとなりました。 誰が都知事につくかは、まだわかりません。メディアは、いろいろ流しますが、ほんとは神様でもまだ知らないんです。最後まで努力を尽くしたものが勝利を引き寄せれます。 こんな機会は、めったにありませんよ。今こそ、都民が都政を自分たちの手にとりもどす時です。そのためには、都民自身が立ち上がって、1,127万有権者にその声をとどけれるかどうか。それこそが、勝敗の分かれ目ですね。
2016年07月26日
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都知事選・鳥越俊太郎演説会(八王子)から(その7)7月24日夜、八王子市で鳥越俊太郎個人演説会が開かれました。その写真による紹介です。多彩な弁士の顔ぶれです。これは、最後の部分ですが、共同の顔ぶれが分かると思います。私の周りの席の方たちですが、『野党の共同は素晴らしい』『こんなのは初めてだ』との会話が、あちこちで交わされていました。市民団体からあいさつされたご婦人は、「勝手連をつくって活動を開始している。この都知事選で、野党の各党をくっつける役割をはたす」と挨拶していました。八王子市議会の無所属の代表は、「宇都宮さんの政策と意志を引き継げるのは、鳥越さんしかいない。」野党が統一できる素晴らしい候補者がみつかったものだ」と。社民党の福島みずほ参議院議員は、「『住んでよし』『働いてよし』『学んでよし』『環境によし』の鳥越さんです。相手の方は、女だからいいってもんじゃない、中身は完全なタカ派じゃないか。これじゃあ、都政は変わらない」と。日本共産党の笠井あきら衆議院議員は、「他の二人の候補者には、舛添問題をはじめ『政治とカネ』への反省がまったくない。その上に載ってる人は繰り返えすだろうし、核武装論の人にも、都政はまかせれない。鳥越さんは非核東京宣言をすると約束してるが、47都道府県中で41が宣言している。これまでがひどかった、流れを変えて、首都東京から世界に発信しよう。」と。民進党・菅直人元首相は、「美濃部都政は全国に福祉向上を広げた。その時、国は、国基準以上の引き上げは違法だとして妨害したが、美濃部さんは『そんなことはない』と、全国に波及した。鳥越さんでふたたび広げよう」と。民進党の山尾しおり衆議院議員は、「『保育園落ちた、日本死ね』の声を国会で取り上げた時、与党のヤジはひどかった。しかし、切実な国民・都民に声にたち、しっかり取り上げた。今回、自民・公明の候補者は、『自治体にプログラムをつくらせて』とか、もう一人は『規制を緩和して』などと、これじゃぁ切実な声にこたえることが出来ない。鳥越さんは、人の声をよく聞いてくれて、かならず要求を実現してくれる」と。鳥越俊太郎候補は、「現場の声を聞くのは、私のつちかった体質になっている。政策の基本は、「四つのよし」であり、これを要求を受けて具体化していく。この姿勢は、父さんの共同作業所を開設した仕事を引き継ぐものだと紹介しました。そして、首都東京から、憲法を守り、非核の宣言を全国に世界に発信していく。残された期間、勝利のために、私とともに、是非力をかしてほしい」と。会場は、見てのとおり老若男女、多彩な参加者であふれました。この都知事選で、二人の候補には負けられない。力を合わせて、なんとしても勝利しようと、熱気に満ちた演説会となりました。私は小型のカメラで写真を撮るのに必死だったんです。なにしろ、間近で候補者やこうした顔ぶれを写せる機会なんてありませんから、このため肝心の話の方は、それぞれ素晴らしかったのは分かってるんですが、メモにほとんどとれなかったんですね。したがって、話の紹介の方は、せいぜい付録程度のものとみてください。
2016年07月24日
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沖縄の事態は、国民自身が問われている(その6)住民には、「お前ら全体のために犠牲になれ!」と。機動隊員には、「命令だ、命をかけて住民を排除せよ」と。こんな無茶苦茶な政治に落ち込んでいる日本は・・・。今朝の新聞に、山口二郎のコラムが載ってました。「なるほど」なんで、紹介します。「自由という錯覚 山口二郎 フランスの思想家ルソーは、代議政治を批判して次のように書いた。『イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員がえらばれるやいなや、イギリス人は奴隷となり、無に帰してしまう。』 今、安倍政権はルソーが批判したイギリスの権力者と同じことをしている。参議院選挙が終わるや否や、沖縄県北部の高江で米軍ヘリパッド(ヘリコプター離着陸帯)の工事を開始した。反対する住民に警察は暴力を加えている。さらに、政府は翁長雄志知事を相手取って、辺野古埋め立て承認取り消しについて違法確認の訴訟を起こした。 沖縄県民の意思は度重なる選挙で明らかになっている。この参院選でも、現職の沖縄担当大臣を大差で落選させた。しかし、安倍首相にとって、沖縄県民は日本国の主権者には含まれておらず、県民が投じた票は子供銀行のおもちゃのお金のごとき紙切れなのだろう。 本土に住む我々にとって、これは他人ごとではない。国民の一部を主権者扱いしないという権力者の傲慢と差別を許せば、次は他の地域、他の集団の人々が同じように主権者から除外されることになる。国政選挙の結果をここまで無視されたら、沖縄以外に住む国民も、民主主義を蹂躙されたことに対して、ふざけるなと声をあげなければならない。」このコラムは真実ですね。これを読んでいて翁長知事の言葉を思い出しました。翁長氏は、その著書『戦う民意』(角川書店 2015年12月15日刊)で紹介しているんですが。2015年8月からの、政府との5回にわたる協議の様子ですが、翁長知事は『なかでも私が強く求めたのは、沖縄が歩んできた苦難の歴史に対する理解でした。私は菅官房長官に「沖縄県民には『魂の飢餓感』があるんです」と語りました。しかし、いくら歴史を語っても、菅官房長官からは『私は戦後生まれのものですから、歴史を持ち出されたら困りますよ」「私自身は県内移設が決まった日米合意が原点です』という答えが返ってきました。この溝の深さ、言えば言うほど異端扱いされるような寂しさをどう表現すればいいのか。』と報告しています。こうした事態を強いているのは誰か、日米政府です。日本政府はアメリカの奴婢ですね。その安倍首相ですが、いま富士山の山麓でゴルフをして休養してます。まるで『朕は国家なり』との心境が見えてきます。コラムのとおりで、ゴルフをしながら、部下に対してその執行を命じているんですよ。私は東京都民の一人ですが、この事態に際して、自分たちの意思表示する一番の機会は東京都知事選挙だと思っています。ここでも、自民と公明は、都民を踏みつけの無茶苦茶な都政をずっと続けてきました。保守の良識者すらも排除してすすめた結果、ついには3人目の辞職です。沖縄を知れば知るほどに、『魂の飢餓感』という点では、都民も沖縄県民も同じなんですね。安倍政治は、沖縄では基地を押し付け、都政では二人のお仲間を送って競わせておく、どっちが勝っても自由になる仲間のこと、都政までも牛耳ろうとしているわけです。ようするに、東京都民と沖縄連民は同じ問題に、同じ障害に直面しているわけです。その点では東京都民は幸せですね、7倍もの機動隊を相手にしているわけではありません。。都知事選挙という最高の意志を表示する形において競っているんですから。『魂の飢餓感』を晴らす時です。7月31日には鳥越候補を当選させて、きっぱりと安倍政治NOの審判を下しましょう。これが都民の沖縄県民に対する連帯の最高の形です。これは日本国憲法の平和と民主主義の当たり前の精神です。これは日本が初めて真の民主主義にすすんでゆく、70年前からの宿題ですが、その歴史的課題への第一歩になりますよ。
2016年07月24日
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まとわりついたつる草を、取除いてきました7月23日、関東の周辺域は梅雨明けしたんですが、関東だけはまだあけません。今日は、午前中でしたが、まとわりついたつる草を、除去しに行ってきました。早川園の草刈りは、時々にすすめてきましたが、そこのお茶の木には、ヤブカラシの蔓が巻き付いたり、イラクサがのびたりで、すっかりお茶の木に覆いかぶさっちゃっています。これは、本来はお茶の木の柵なんですよ。ところが、つる草に覆われちゃって、ご覧のとおりです。なんの植木の柵か、分からなくなっています。午前7時半に作業を開始したんですが、今日の作業は、この巻き付いたつる草を取り除くことです。この5月上旬に茶摘みをした後でしたが、6月にはいってから整枝剪定をしたんですが、茶毒蛾に刺されてしまいました。だから、今回の作業は、雨がっぱを着て、ゴム手袋をしての完全防備をしての作業でした。午前10時まで、汗びっしょりの作業となりました。大分わかるようになったでしょう、これがお茶の木の柵だったということが。蔓をそのままにしておくと、お茶の木にすっかり覆いかぶさってしまいます。時間がたつほどに、強く巻き付いてしまい、取り除く作業が大変になります。この作業は、炎天下でするのはしんどいですから、梅雨明けする前の、朝の涼しいうちに、片付けるのが理想的なんですが。午前9時を回ると、ここまで来くると、途中で着替えた作業着もずぶ濡れです。タオルが投げられて、もはや限界で、作業はここまででした。まだ、この柵の裏側が残っているんですが。これがその裏側です。ここに対する作業は、また次回です。このあたりです。去年の暮れでしたが、ここにオオスズメバチの巣があったんですよ。蔓が巻き付いてましたから、それが雨よけのひさしの役目を果たしていたんですね。今回は、絡みついた草は取り除くつもりですが、しかし、それはまた次回の作業とすることにしました。以上、午前7時半から2時間半、つる草の引きはがし作業でした。この日は、そもそもは早川のみかん園「だんだん園」でのブルーベリ―園が、お昼頃に、今年のオープニングの集まりだったんですが。当方は、すでにヘトヘトで、汗びっしょりだったんですね。このため、顔出しをしただけで、早々に引き揚げさせてもらいました。
2016年07月23日
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都知事選挙を考えるー会議録からみた基地問題(その5)2016年3月9日の予算特別委員会での清水ひで子都議の質疑、前回のつづきですが、 第2のテーマは横田基地の問題です。 私の日ごろの生活からは基地問題が意識に座ることはなかったんですが。 さきに読んだ翁長知事の『戦う民意』(角川書店 2015年12月15日刊行)を読んだとき、その中で、翁長知事は、なかなか沖縄県民のこころが本土・政府につたわらない、届かない『魂の飢餓感』があると語っていました。 そして、今回の参議院選挙の結果を受けて、今日のことですが、160人の全村民が反対しているのに、日本政府は1,000人の機動隊を送り込んで、力ずくで新基地づくりを押し付けています。 私自身、日米地位協定の受けとめ方に、沖縄県民の切実の思いとの間に、確かに落差があるのを感じていたんですが。日ごろ、身近に感じていなかったんですね。 今回、この会議録を読ましていただいて、少し問題が見えてきました。この三多摩地域が、東京が、日本の国が、今置かれている状況が、少しですが見えてきました。 この議事録から紹介します。清水都議「横田基地と沖縄の普天間基地は、住宅密集地にある点では変わらない。横田基地の周辺3キロには、学校が30以上、40の保育園、20近い老人施設、3つの病院など、90以上の公共施設がひしめいている。都民の命と安全、騒音被害から守るために横田基地の整理、縮小、返還を強力にすすめていくことが求められている。 知事は具体的にどういう取り組みをしているのか。米軍とどの様な交渉を行い、米軍はどう回答しているのか?」 これが最初の質問で、横田基地問題については3回の往復質問をしています。 舛添知事が答弁に立ったのは、この最初の質問に対してだけです。あとは東京都技監(副知事級の役人)が答えています。 これに対して、舛添知事は何と答えたのか。 「安全保障環境は非常に厳しさを増している。日米安全保障体制は我が国とこの地域の平和と安全に不可欠なものと考えている。横田基地など都内の米軍基地もその一翼を担うものと思う。米軍基地のあり方については、日米地位協定に基づいてその必要性は絶えず検討されることになってます。 東京都としては、基地の返還の可能性が検討され、整理、縮小、返還が促進されるよう、これは国に要請をしてございます。アメリカとの交渉については日米政府間で協議がされるべきものでありまして、私が米軍と協議すべきものではございません。」 政府の答弁していることと言葉まで同じであり、しかも゛国の問題だから゛として自らの責任を投げ捨てているんですね。 この質疑を通じて感じさせられました。 1、ちょっと注意して見れば、「日米地位協定」というのは、東京都民にとっても、きわめて密接で具体的なかかわりがあるんですね。 2、それと、翁長沖縄県知事と舛添東京都知事、同じ地方自治体の知事として、その日米地位協定に対する姿勢が、月とスッポンのように大きく違うことですね。 しかし、これは沖縄県民の意識と、私も含めた東京都民の意識の違いなんですね。 清水都議はつづく質疑で、横田基地の機能が、戦争法や新ガイドラインなどにより、一段と強化され恒久化されようとしている問題を指摘し追及しています。 3、これを聞いていると、沖縄での今現在のたたかいと、同じなんですね。 私などは、1969年に田舎から東京に出てきた時、ベトナム戦争が激しくなり、日本と沖縄が出撃基地としてつかわれていた。この日本社会の状況というものを、東京に来て初めて知ったんですね。 そのころですが、「あかつきの空に」「沖縄を返せ」という歌の輪に参加したものでした。http://bunbun.boo.jp/okera/aaoo/akatuki_sorani.htm あの当時は、日本と沖縄、そしてベトナムが、歌でも行動でも、そして都政でも連帯してたんですよ。 さて、都知事選挙ですが。 この間の戦争法の強行実施は、あらためて日本国憲法の意義を問い直させてくれました。 多くの国民は、戦後の民主主義をかけがえのない宝とうけとめていると思います。多くの犠牲の上につくられた憲法です。その意義を再認識しています。 しかし、他方では、同じ戦後生まれの人たち中には、その価値が分からない人もいる。政府の長にしてそうですが、今回の都知事選挙の候補者をみてもそうです。 どうして「戦争法が憲法三原則と矛盾しない」なんて言えるんでしょうか。「憲法は占領軍の押し付けであり、自主憲法に変えるべきだ」という意見をかくして都知事にのぞんでいる。 一方では、自民党と公明党は闇の組織をあげた選挙を展開していでしょう。他方では、女性と浮動票をあつめようと活動を展開しています。 これらをはね返えすには、都民自身の大きな団結と底力の発揮が必要だと思います。 この発信も、その一助になればということですが。 沖縄での基地づくりに素手で、多数の機動隊の暴力に立ち向かっているおじいやおばあ。 この都知事選挙は、都民自身が平和とくらしを守る選挙ですが、沖縄に連帯して国の内外に 意志を発信するものでもあります。力による押し付けをはね返すものでもあります。
2016年07月22日
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東京都知事選を考える-オリンピック問題(その4) 数日前に「都議会論戦記録」をいただきました。 日本共産党の清水ひで子都議が、3月9日第一回定例会予算特別委員会で質問した議事録です。読んでみると、なかなか手に汗をにぎるような面白い質疑なんですよ。 いま、東京都政がどの様な問題をかかえているか、これにより少し見えてきます。 質疑の全体は、1.オリンピック、2.横田基地・オスプレイ、3.多摩ニュータウン、4.教育と、4つのテーマからなっていますが。 今回は、最初の「1.オリンピック・パラリンピック」問題を紹介します。 まず、会議録から質疑の要点を紹介します。 1、この特別委員会・総括質疑の前に、大山都議が代表総括質疑で質問していたとのこと。 「都と国、組織委員会の新たな役割分担に伴い、都が新たな負担につながるのでは」と質問した。しかし、舛添知事は明確な答弁をしなかったようです。 それで、今回、清水都議が「あらためて東京都の新たな負担につながることはないか」と質問したということです。 2、舛添知事は「三者(国と組織委員会と都)で調整しているから、最初から経費が増えるのではないですかとの問題の設定は、私と枠組みが違うと思います。」 (『枠組みが違う』との言い方で、答えを避けたんですね。役所言葉ですね) 3、清水都議「では、今月に入って組織委員会・森会長と会談して費用負担のあり方について協議したのではありませんか。協議したのか、しないのか?そのことを答えて」と。 (あったのかあってないのか、どっちなんだと) 4、舛添知事「森組織委員会会長、馳大臣・遠藤大臣と緊密に会ってます。毎週、しょっちゅういろんなところで会って、いろんな話をしています」と。 (やっと認めた。しかし今度は『いろんな話をしている』との形で誤魔化そうとする) 5、清水都議「森会長と2日に会談していたことが分かりました。そこで費用負担のあり方が協議され、施設の形の曖昧な点についても意見交換されたものとみられると報道されています。森会長が『お互いが負担することを少し考えましょうやということを、今、東京都知事と私で話し合っている最中です』と述べています。 知事、費用負担についてどういう協議をしているのですか、新たな負担につながることはないのか、都民の前で説明すべきではないですか」 (きまりですね、会ったし、話もでている。もう逃げられませんね。ところがです) 6、舛添知事「いろんな議論をやっているということしか言いようがありません。」 (『居直っちゃった。これ以上は、いくら質問されても、もう答えたくありません』ということですね) 7、清水都議「森会長は『お互いが負担することを少し考えようと話している最中だ』ということを、このインタビューでいっているわけですね。 オリンピック費用に係わるすべての問題について、常にオープンにすべきこと、都民負担の増大を最大限抑えるべきことを重ねて申し上げておきます。」 (これについて都知事の答えは無かったんですが、それにしても、明確に今後のあり方について釘をさしていたんですね) これで、この問題での質疑は終わっています。2ページ分なんですが。(次の横田基地問題に移ります) さて問題は、この質疑が示している問題点です。 1、オリンピックの費用負担などの問題が、三者のトップ協議で(談合で)すすめられていたことですね。議会は都民の代表です、その都民の代表の質問に、知事は尻尾をつかまれない限り、報告すらまともにしようとはしていなかったんですね。これじゃあ、まったくの藪の中ということです。 2、問題は、こうした都知事の勝手な行政の仕方がどうして可能なのか。その謎は会議録の所々でとぶヤジと罵声に見て取れました。この箇所ではないんですが、問題点を正そうとすると都知事側をかばって、質問者に対してヤジをとばす連中がいるんです。 わかりますか、舛添知事と都議会与党の自民党・公明党の都議(その全員ではないでしょうが)とがお互いを守りかばい合っていたんです。これは癒着ですね。与党の都議連中と舛添知事は一体になって都政を牛耳っていた、質問者には罵声をぶつけていたんです。 3、このことは、自民党東京都連の会長代理でもある小池百合子候補が、7月13日の共同記者会見で述べてましたね。私も、7月18日のブログ(その2)で紹介しておきましたが。 小池百合子候補「前知事は人気投票で決まって、最終的には都連の上の方で決められた。多くの議員はおかしいと思っていた。(自民党。公明党が推薦した責任の)指摘は甘んじて受けなければならないが、選考過程についても問題が山積している。」自分が自分たちとぶつかったんですね。 これは部外者が憶測で言ってるんじゃないんです。週刊誌のゴシップ記事でもないんです。今回の都知事選の候補者による7月13日共同記者会見という公の場で、それまでその団体の中心にいた人、自民党東京都連の会長代理の要職をしてきた人の発言ですよ。 これが東京都政の都知事と与党議員との実態なんですね。 しかし、これでわかるんじゃないですか。どうして東京都政が都民の切実な諸要求から離れてしまっているのか。実際に都政を牛耳っているのは誰なのかが。 今すすめられていると都知事選挙ですが、あと10日間ですが、 そこで問われていることは、もちろん誰が首都東京の顔にふさわしいかですが。それは、この汚れた都政を正す力をもつ人は誰かということでもあります。 都政を刷新するということは、都知事を変えるのはその第一歩に過ぎないということです。この東京都政の全体を変えていかなければならない。今、どの候補者も「情報公開が必要だ」と言っています。野党だけでなく、与党候補者自身が自分たちの運営してきた都政は闇の中だということを認めています。問題は、その闇をだれが都知事になったら正せるのかです。 もし泥棒に警察手帳を渡したとして、それでお仲間をしっかり取り締まれるとおもいますか、取り締まれません。自民党・公明党にかつがれる候補者というのは、そういう関係なんですね。もしも本当にやる気があったなら、能力があったら、これまで与党として都政を運営してきていたのだから、とっくにやってくればよかったじゃないですか。それを今になって、選挙の時だけ問題視するポーズなんぞして、有権者にさももっともらしくとりいろうなんて、完全なごまかしですね。まったくのみえみえです。選挙の嵐がすぎれば、まったくのどこ吹く風ですよ。これまで何度も経験済みでしょう。これでだまされるのは、まったくのお人好しです。 都民の皆さん、この残された期間、何としても、みんなで力を合わせて勝利しなければならないことは言うまでもないのですが。しかしそれだけでは都政を変えれません。どんなスーパーマンが都知事になったとしても、それだけでは都政をかえるには不十分です。 やはり、これから都民が共同の力をさにら強めて都政へ参加すること、これなくして都政は実際には変わらないんじゃないでしょうか。まぁ、これはこれまでの、不勉強で、怠惰な自分自身に言い聞かせていることなんですが。 この議事録はそのことを示しているとおもいます。この冊子は、部数が限られていると思いますが。要望すれば、もしかして、残り部数があれば、手に入るかもしれませんよ。
2016年07月21日
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地方を変える為、東京都知事選挙への支援を(その3) いま、東京都知事選挙(7月31日投票日)が行われています。 この都知事選挙の結果は、良きにつけ悪しきにつけ、必ず地方に波及します。 天下分け目ともいえる大事な選挙です。 もちろん主人公は約1,127万人の有権者の選択によるわけですが、地方の方々にも、是非この選挙を自らのものとしてとらえ、可能なご支援をお願いしたく、発信させていただきます。 今回は都知事選の「選挙公報」を中心にして、候補者を紹介させていただきます。 候補者は鳥越俊太郎氏、増田寛也氏、小池百合子氏、この有力3候補からの選択です。 私などがご支援をお願いするのは、 首都東京の都知事選挙が、日本全国の、地方の暮らしに影響していくからです。 問題の第一は、憲法を守り、平和と民主主義、暮らしを守るの都政を明確にさせることです。 この点を主張しているのは、3人の中では、鳥越俊太郎候補だけです。 「人権・平和・憲法を守る東京」「あなたに都政を取り戻す」です。 (選挙公報は小さくて確認しにくいと思いますが) このことは7月13日の共同記者会見でも発言されています。 鳥越候補『前都知事らの問題で、都民が汗水流し、つらい思いで納めている税金を、こんなに軽々しく使うのかと、非常に不思議に思った。又戦後初めて衆参両院で改憲出来る状況になった。「男なら、何とかしろ」と自分に問いかけ、都政に(都民が主人公の)旗を立てたいと思った。』と。 鳥越氏は、野党の各党と広範な市民団体によってかつがれています。 二人目の増田寛也候補ですが、自民党と公明党の推薦です。 「選挙公報」では、元岩手県知事や総務大臣の「行政経験」を押し出しにして、「東京経済力」強化と「景気」の向上を主張しています。 7月13日の共同記者会見では、原発エネルギーについて、 増田氏は、『自然エネルギーに切り替えて供給を確保するというわけにはいかない。安全性が確認された原発を動かす政策は認めていくべきだ。』こう述べました。民放の討論会では、増田氏が東京電力の社外取締役を告示直前までやっていたこと、このことが質問されて、増田氏は『国民の監視する立場でやって来た』と答えました。しかし監査役をやっていたんですよ。東電が方針通りやるよう監理・監督をしていたんですよ。6000万円とかの報酬をもらって。 岩手県知事時代についても、無駄な公共事業にドンドン税金を注ぎ込んで借金を2倍の1兆4千万円にもした。他方、「財政再建」として乳幼児医療費助成などの県独自の助成策に負担金を導入した。県立病院は診療所にした。これらの指摘に対して増田氏は『未来への投資だ』と答えたとのことです。 もう一つ、やはり共同記者会見ですが、増田氏は『アベノミックスは道半ば。今問われているのは都知事選。憲法の問題をそこへ持ち込むのはどうか。』だそうです。こういう人だからこそ、自民党・公明党にかつがれているわけです。 3人目は、小池百合子候補です。 「選挙公報」では、元環境大臣・防衛大臣・沖縄北方担当大臣など国政での経験と、女性も生き生き生活できる、こうしたことをアピールしています。 しかし、なかなか選挙公報を見ただけでは、その人となりはわかりません。 やはり7月13日の共同記者会見からですが。 都政への信頼回復が質問されたんですが。 小池氏は、『前知事は人気投票で決まって、最終的に自民党都連の上の方で決められた。多くの議員のおかしいと思った。(責任問題の)指摘は甘んじて受けなければならないが、選考過程についても問題が山積している。』 小池氏は舛添氏と増田氏・都連の問題だとしてかわそうとしてますが、本人自身は、ずっと自民党東京都連の会長代行を務めてきているんですよ。すべては他の人の問題でしょうか。 別なところで小池氏の発言です。『親殺し、子殺し、少年による幼児殺し、・・家族に対する愛情なき人に国家への愛を求めるのは土台無理な話。これも自虐的な戦後教育の結果です。』 『自前の憲法を有し、また教育基本法の改正に一日も早く取り組むことをお誓いしたい』と。女性を宣伝するにしては、なかなかの似つかわしくないこわもての方なんですね。 今回、19日にフジテレビでの候補者による討論会がありましたが、そこで、 街頭演説での小池氏の『病み上がりの人を連れてきてどうする』発言が問題になりました。 小池氏は、『言ってない』が、『記憶にない』にかわり、さらに『こんなやり取りは山ほどある。これが選挙だ』と述べました。このやり取りの様子は、すぐ確認できます。 もういいでしょう。これがこの間明らかになった今回の都知事選挙の様子です。 これまでの東京都知事選挙というのは、人気投票のようなイメージ選挙と、その背後での暗闇の組織戦での支持固めにより、選挙の結果がつくられてきました。どの様な都政をつくるかは、議論しようとしても、避けてさけて逃げまくっていたんですね。今度こそ、そうした事態を許してはならないと思います。 過去、二回の東京都知事選挙の結果です。 2012年12月16日 2014年2月9日 当 猪瀬直樹(公明・維新) 433万票 当 舛添要一 211万票 宇都宮(共産・社民) 96万票 宇都宮(共産・社民) 98万票 松沢 62万票 細川 95万票 笹川 17万票 田母神 61万票 問題は、全国に影響する選挙ですから、全国の力が必要だということです。東京人というのは、私もそうですが、ほとんどは地方の出身者です。 みなさんの知り合いにも、1人、2人はおられると思います。 選挙の結果は、みなさんの暮らしに、かならず跳ね返ってきますから、 是非、そのお知り合いの人たちに、『大事な選挙だし、棄権しないように』と、 電話なりで、声をかけてやってほしいんですね。 最後に、これは日本の戦後民主主義の良識が試されています。 この結果は、きっと世界の人たちも注目しているはずです。 東京から希望あるメッセージを世界に発信出来るように、 ご協力をお願いします。
2016年07月20日
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東京都知事選挙を考える、材料を一つ紹介します(その2) この広い東京を範囲にしての選挙ですから、しかも17日間ですから、実際に候補者の話を聞けるのも極限られるでしょう。「都民が都政を取り戻すために」の2回目です。今回は、材料を一つ紹介します。 〈基礎ですが、東京都の有権者は、約1,127万人とのことです〉 過去2回の都知事選挙の結果をみると、 2012年12月16日 2014年2月9日 当 猪瀬直樹(公明・維新) 433万票 当 舛添要一 211万票 宇都宮(共産・社民) 96万票 宇都宮(共産・社民) 98万票 松沢 62万票 細川 95万票 笹川 17万票 田母神 61万票 社会にはりめぐらされた組織の力というものがありますから、選挙のプロによる組織固めの力が展開されてます。これはあなどれませんよ。 そうした闇の選挙を覆すには、確かな、しっかりした候補者の見分ける材料が必要です。 今回は、そのための材料紹介のつもりです。 私がお勧めするのは、7月13日、告示前日に開かれた日本記者クラブでの共同会見です。 翌日(14日)付「東京新聞」には、各候補者の発言の詳細が掲載されています。 私などは、これが貴重な材料を提供してくれていると思いました。 それで、その中の幾つかを紹介します。 1、都政の信頼を回復させるために (なにしろ二代続けて政治とカネの問題で、知事が任期途中で辞職したわけですから) 小池百合子候補による発言です。 「前知事は人気投票で決まって、最終的に(自民党東京)都連の上の方で決められた。多くの議員もおかしいと思った。(責任の)指摘は甘んじて受けなければいけないが、(本人の問題とともに)選考過程についても問題が山積している。」 小池候補「自民党東京都連がブラックボックスの中で決めていることに多くの都議も不満を抱いている。協調がベストだが、途中から言いなりに、言うことを聞かない知事にはしっぺ返しということが、混乱につながっている。」 これが週刊誌か何かの記事であれば、無視するんですが、候補者としての共同記者会見の公の場での発言ですよ。しかも、当人は都連会長の代理を務めてきたんですよ。その当事者による直接の発言ですから、これは重要な問題を指摘しているとは思いませんか。もちろん、彼女がひとり逆立ちしても解決出来っこないんですが。その中にいた人でもありますから。 2、安倍政権の評価についても質問されました。 こんどは増田寛也候補の発言です。 「アベノミックスは道半ば。…今問われているのは都知事選。憲法の問題をそこへ持ち込むのはどうか。政治家として今の憲法の精神を十分生かす。もし変えるなら、十分議論する必要がある。」 参議院選挙ではその中でこのフレーズはよく聞きましたね。「憲法の精神を生かす」うまい言い方です。憲法三原則をいかす安全保障法=戦争法と同じですね。 さらに、原発についてですが。 増田候補「原発依存度低減は国としてやる必要がある。…安全性が確認された原発を動かす政策は認めてゆくべきだ。」 増田氏は自民党から「都政の混乱に終止符を打ち、すぐに課題の解決をしないと」の腕をかわれて起用されたわけですが、増田氏は安倍首相のスカウトで総務大臣となり、都知事選の直前まで東京電力の社外取締役(監査役)をしていた人なんですよ。原発政策の実行を監督してきたんですよ。選挙の直前にやめましたが。 この発言の片りんに、それが出ていることが分かるでしょうか。(7月18日付『赤旗』にも、増田氏の経歴が紹介されていました)。 真のある政治家なら、そうした大事なことは隠すことなく、率直に信念と政策として、堂々と語るべきですね、選挙なんですから。 3、そうした意味で、抱負に関してです。 鳥越俊太郎候補の話です。 「前知事らの問題で、都民が汗水流し、つらい思いで納めている税金を、こんなに軽々しくつかうのかと、非常に不思議だった。戦後初めて衆参両院で改憲出来る状況になった。『男なら、何とかしろ』と自分に問いかけ、都政に(憲法と都民の)旗を立てたいとおもった。」 さもありなん、なんたって、候補者として四党による擁立が決まったのは告示の直前でしたから。 この会見での宇都宮健児氏の発言です。この後で候補者を辞退されましたが。 「鳥越氏には政策で明確なものがなかった。鳥越氏をささえる野党四党の政策協定があるのかも不透明だ。都知事選は政策論争中心になるべきだ。」 これは基本的に共通な立場に立っての批判的アドバイスですね。 競合による混乱を避けて候補者を辞退されたんですね。 以上、7月13日の共同記者会見での、その極ごく一部分です。 参考になりましたか、何がこの都知事選で問われているか、真実の一端が見えてくると思うんですが。 できれば、7月14日付「東京新聞」を、その会見の詳細の全体をお読みください。 新聞は近くの図書館などにはあると思いますから、是非、確かめてみてください。 活字というのは、独特の力がありますから。きっと論戦の核心が見えてくると思いますよ。 だいたいこれまでは「政策抜きの組織戦」、イメージだけの知事選ではなかったですか。それじゃぁ、結果として長いものにはまかれろというのが関の山です。そんな選挙では、必ず後で後悔しまから。力を合わせてガンガンと理性をゆさぶりましょう。 以上、第2回でした。
2016年07月18日
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この時期の、早朝のひと仕事です7月17日(日)、早朝のひと仕事、草刈り作業に行ってきました。この草刈りは、この時期の定番作業です。午前4時44分に八王子を出発。すでに日の出はすぎて、周囲は明るいですが、梅雨の天気で湿気の強い曇り空です。富士山が見えないどころか、箱根山すらも雲の中でした。午前6時20分に、早川の石垣山につきました。直ちに、草刈り作業の開始です。これは草刈りしたのちの様子です。いちタンク分の作業でした。この辺は、7月12日に、すでに一度は草刈りしてあったんですが、ひと雨ごとに、雑草が繁茂してきますから、同じ場所ですが、重ねて草刈り作業を実施してきました。午前6時20分から午前7時13分まで、早朝の一時間の草刈り作業でした。太陽の日差しがきつくなりだす前に、草刈りは片付けておかなければなりませんから。ひと仕事を終えた後の景色です。梅雨の時期は、朝もやがかかってます。正面の小田原城が見えるんですが、わかるでしょうか。時刻は午前7時13分、これで早川の石垣山での草刈りは終了です。すでに汗びっしょりで、クタクタなんですが、直ちに真鶴のみかん園に移動しました。今日は連休の中日ですから、真鶴道路が混雑渋滞するんですね。東京人は伊豆方面が行楽地なんですね。こうした時は、連休や週末は、いつもながら車が大変混むんです。当方が早起きして出かけるのは、この混雑を避けるためです。今回も、それが正解でした。こちらは行楽ではなく、日常仕事のことですから。さて真鶴園には、午前7時35分着です。すでに汗びっしょりですから、着替えてはいても汗びっしょりです。こちらは限定作業です、今回は蜜蜂への給餌作業でした。ただちに用意してきた新しい砂糖水を、給餌器に入っていたものと交換しました。それは、ほどなく済ますことが出来ました。すでにヘトヘトでしたから、本日の作業はここまでとしました。ところが、あと片づけをしていたところ、近くのみかんの木の根元に、何やら落ちているものがありました。カミキリムシの死骸でした。7月2日でしたが、みかんの木にサッチューコート(防虫剤)を、その基幹部分に塗布しておいたんですね。それが正解だったんです。その効果により、カミキリムシがノックダウンしたんですね。一瞬、やれやれと思ったんですが。しかし、その周囲を見たところ、単純に良しとするところではありませんでした。すぐ近くみかんの木の根もとですが、木くずが残されていたんですね。この木くずは、カミキリムシの幼虫の仕業です。木の根の中で坑道を掘っているために、その時の食べかすです。ということは、カミキリムシの幼虫が根の中で活動しているということです。カミキリムシの親は死んでも、幼虫は活動しているということです。ということは、依然として、この木は、危険な事態が進行中とうことです。まぁ、しかしとにかくですよ、先般の防虫剤を塗布しておいた苦労は、けっして無駄ではなかったということです。汗水たらして、基幹に塗布しておいたのは、正解だったということです。無駄ではなかったということです。今日はくたびれたので、木くずの元の捜査はしません。次回の仕事として、持ち越しです。今回は、ここまでです。「われ来て、われ勝ち、われ帰る」カミキリムシへの効果を確認出来たことまでです。午前8時には、どこにもよらず帰途につきました。
2016年07月17日
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本当に「都民の手に都政を取り戻すために」その1 東京都知事選挙が、7月14日告示されました。 (7月31日投票日) 実際上、鳥越俊太郎氏、増田寛也氏、小池百合子氏の、有力3人による争いです。 当方も、これから、都民の一人として、この都知事選挙への参加として、感じたことを順次紹介してゆきたいとおもいます。 さて、告示日の第一声の演説ですが、7月15日付の新聞各紙に紹介されました。 私の知人が、これについて、感想・意見を述べていました。参考までに、勝手ながら、それを紹介させていただきます。 というのは、なかなか的をえた見方だと思うんですよ。 「東京都知事になる方は誠実でなければなりません。鳥越さんがウソやはったりがない方であることは、お話しを聞けばわかります。他の2人の方は、政治や行政でキャリアを積んできた方のようです。しかし、自分をどうしたらアピールできるかという魂胆ばかりが、表に出ています。桝添、猪瀬の二の舞です。」 鋭い!と思います。 私なども思うんですよ、「キャリア」というのは、ある人たちの場合は、完全に選挙用のパフォーマンスのテクニックであって、有権者をその場しのぎでごまかして、いかにももっともらしく演技する技ですね。ようするに、ごまかしです。そういう人は当選すれば、言っていたことと真逆のことをしても平気なんですね。実際に、ついさっき経験したばかりじゃないですか。知人はこのことを言っているんですね。 もちろん、政治家の全員が全部そうではないでしょう。本来、政治家の使命とは、ここには弱い国民の要求を誠実にとらえて、その打開のために尽力するはずじゃないですか。それは建前だけではありません。実際にその為に努力されている人が多数のはずです。ところが、今回もそうでしたが、あまりにもひどい政治家が明らかになった。やっていたこともひどいけれど、往生際もよくない。明らかにされなければしらばっくれる。明らかになっても、なおかつ、しらばっくれる。こういうやからは、どうしたらよいのでしょうか。 だけど、それは過去のことではありません。そうした経過を経ての今回の都知事選ですが、今回の立候補したそれぞれをみてみると、一見すると、さすがによろしくないとして「責任追及」を口にはするんですが、お気づきでしょうか。よくよく注意して聞いていると、受けとめや対処のニュアンスが違うんですよ。またしても、その場しのぎの、選挙の時だけの反省ポーズの人がいるんです。 また、都民の側もお人好しですね、私はそう思うんです。 すぐ直前ですよ2回もだまされる、いや3回もだまされてきたんですが、見ているとまたぞろだまされるかもしれないんですね。仏の顔も三度です。今度こそ、金権行政を正せる人を選択しようじゃないですか。その巧みなウソを見破ろうじゃないですか。この間の失敗をくりかえさないようにしようじゃないですか。 「こんどこそ、絶対に!」このことを肝に銘じようじゃないですか。 だいたい、その忌まわしい結果ですが、それも体験させられたじゃないですか。その被害ですが、すぐに直接にすべての都民に、その負担がかぶさってきます。 彼の人たちを支持した人たちには、「ざまぁみろ」「いった通りじゃないか」と、ほんとうは言いたいところですが、そんなことは言ってられないんですね。 そのつけは、その人たちだけではなく、都民みんなの肩にかかってくるんてすから。この選択が、ふたたび今、問われているんですね。またぞろ、この二の舞、いや三の舞でしょうか。やはり、問題は、どうしたら、その繰り返しを避けることができるか、まさに今の選択にかかっているんですね。 どうしたら、都民がこのことを見抜けるか、このごまかしを打ち破ぶれるか。 ここが、都民全体にとっての、この都知事選挙のまさに中心問題ですね。これは、悟りの問題でも、宿命とか決まり切ったことでも、けしてありません。「わかっているから」と悟るような問題では、ありません。そこにある社会関係の解きほごしの問題です。その人と、それをとりまく関係、実際の行為の問題です。この関係を解きほごして、都民の認識が共有すべき問題です。そして、癒着・しがらみを断ち切らせるべき問題です。それを果たさないと、都民の暮らしには、政治の光は届きません。後回しにされ、切り捨てられ、むしり取られるだけです。散々、体験した来たではありませんか。 ところで、別の問題ですが。先日、地方に住む知人から、選挙が決まるとともに、励ましの便り(コメント)がありました。「今度の都知事選はわかりやすい、保守対革新の対決が鮮明だね」と。 しかし、「あれっ」と感じましたが、この見方には誤解がありますよね。それで急ぎコメントしたんです。 「この選挙は、単純に革新対保守ではありませんね。沖縄がそうなように。 保守の人たちだって、その多くは平和を発信する首都を求めてますから、戦後民主主義を守らなければと思ってますから。 正確な対決点への理解が、民主的平和的の大きなしっかりした共同を、実際的につくりだす上で、都民が勝利していく上で、大事な観点になっていると思います。」 私なども、長年の昔気質で、同じような感覚なんですが。しかし、長年の習慣になっている意識について、再点検が必要なんです。今度こそ、口先のやからを見破るためには、いったい、どのような一致点で、新たな都政をつくるか。ここが分かれ目であり、じつに大事な問題だと感じたんですね。 それに思うんですよ、候補者と都民との一致点をつくるはずの「公約」についてですが。だいたい公約というのは、これまで見てきたところでは、おおくの場合ですが、もちろん全部が、全部というわけではありませんよ。しかし、多くの候補者は、実際もって「ウソも方便」だったじゃないですか。だいたい舛添氏などは、親の介護を看板にして「福祉増進する」などと言ってたんですよ。また、今問題になっている自民党の憲法草案ですが、彼はその事務局長として、それの取りまとめ役をしてきていたんですよ。その案のひどさや全般をみて、風見鶏で、彼はいち早く自民党を逃げだしたんですよ。しかし、そのコネを使って都知事に出たんですよ。そして応援を受けて当選したんですよ。「あぁーぁ」ですね。みごとに、都民の多数は、それにだまされたんですよ。汚い奴ほど自身をごまかすんです。そのごまかし方がうまいんです。だます方もだます方ですが、それをかついだ方も、同じむじなムジナなんです。マッチポンプで、糾弾からもみ消しに転じてるでしょう。もぅ、そろそろ、いいかげんに事柄を見抜いてもよい時でしょう。この舌先三寸のきれいごとを、見破る力を磨き上げてもよい時です。それとも、また新手のごまかしに、またぞろひっかかりたいんでしょうか。隣近所の話を信ずるのではなく、自分自身の目と耳で判断すべき時、ここにあるごまかしを、自身で見抜く力が必要です。そのためには、もっともらしい公約・口先の空約束ではなく、実際の人物像をみきわめること、そして同時にそれをかついでいる団体、社会的勢力を、見ぬかなければなりません。 以上、この都知事選挙の課題を提起するだけの第一回でしたが。 まぁ、私としても、おなじいち都民ですから、そうである以上、この選挙とのかかわりは避けれませんから。せっかくの機会です、こうした問題を探って、すっきりした明日を解こうと思っています。これを読んでくれるだろう、多くの人には、蛇足なことは分かってますよ。しかし、今は、蛇足であったとしても、やはりそれが必要な時です。 ほんとうに、枕詞ではなく、「都民の手に都政を取り戻せるよう」に、これから投票日まで、私なりにも、あと十数日間、よく目をこすり耳を立てて、よくよく見聞を広げて、しっかりと確かな人を選択したいと思ってます。
2016年07月16日
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今、確かめたい「私の個人主義」(夏目漱石)講演「私の個人主義」は、夏目漱石(1867-1916年)が、1914年(大正3年)11月25日で学習院で行った講演です。 岩波文庫の『漱石文明論集』(1986年刊行)に掲載されていますが、文庫のP98-138の40ページ分と短いものですが、今から100年前の漱石晩年の講演です。 どうして、いま、漱石の「私の個人主義」を読んだのか。 数日前に参議院選挙がありましたが、そこで憲法問題が争点になりました。あらためて日本国憲法について何冊か読んでいたんですが、その一冊に樋口陽一著『いま、「憲法改正」をどう考えるか』(岩波書店 2013年5月刊)がありました。この中で、この講演が紹介されていたんですね。 「1〈憲政〉としての戦前と〈憲法〉としての戦後 2 戦後 〈個人〉の解放が憲法の理念となる 「個人」の欠落は、日本の知識人にとって、何よりの難問であり続けた。学習院での夏目漱石の講演「私の個人主義」(1915年刊)は、・・・」 ここで樋口氏は、13行ですが、この講演の要点と意義を紹介されていました。 私などは「個人」と「人」の違いなど、これまで気に留めたことがなかったので、論点になっている問題がよくわからなかった。すなわち現行憲法が第十三条で「個人として尊重される」としているのを、自民党の「憲法改正草案」が「人として尊重される」に置き換えている点ですが、ここでいったい何が問題なのか、最初はさっぱり分からなかったんですね。 夏目漱石が100年前に行った講演に、問題を理解するヒントがあるとの指摘でしたから、本棚でほこりをかぶっていた文庫本がありましたから、あらためて引っ張り出した読み返してみたんです。 とにかく原本を確かめてみる必要がありました。そもそも夏目漱石は文豪ですから、短い講演といっても、何人もの、人それぞれによっての注解があるわけです。ただ他人の尻馬にのるんじゃなくて、講演そのものに対する自分自身の受け止めが大事だったんですね。 確かに以前に一度は読んだはずなんですが、内容についてはすっかり忘れていました。それは読み方に問題があったからでしたが。氷の上を滑ったような読み方で、ただ読んだことだけで、それで「よし」と済ませてきたきらいがあったんですね。 あらためて読んでみて驚かされました。漱石はこの講演の前半で、この私の読み方にも係わる問題を説いていたんですね。こんなことを言ってます。 「比喩でいうと、私は多年の間懊悩(おうのう)した結果、ようやく自分のつるはしを、がっちりと鉱脈を掘り当てたような気がしたのです」(P115) これだけでは、分からないと思いますが。要するに、自分で自分自身が納得できる道(読んだ受けとめ)をみつけなければならないということですね。これが前半の大きな論点なんです。 これを漱石は、象徴的なインパクトのある表現で述べています。これは学生を対象にしたものですから、本体は分かりやすく、順々に説いているんですが、その紹介は力に余ります。この話の内容全体をつかむには、やはりこの講演自体に当たっていただいて、自身でつかむしかないんですね。それしか仕方がないんです。 さらに、問題は後半です。後半で述べている「個人主義のすすめ」の問題です。個人主義、個性の問題です。 ここでは、個人と社会の関係を述べています。これが一番大事な論点なんですね。 そのごく一端を紹介します。 「いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もないことにんるのです。この三つを自由にうけ楽しむにためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要がおこってくるというのです。もし人格のないものがむやみに個性を発展させようとすると、人を妨害する。権力を用いようとすると、濫用に流れる。金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。ずいぶん危険な現象をていするに至るのです。」(P126) これだけでは分からないと思いますが。今を指摘しているような批評なんですよ。ここには、漱石がイギリスに2年間留学したことで、見聞したこと、体験したこと、学んで得たことが、鏡となって、当時の日本社会に対する批評が展開されているんですね。これをなんと、学習院の学生に説いているんですから、漱石という人は相当な根性です。 ここには、「個人主義」に対する考察があります。人格の支配ということですが、今でいう立憲主義の問題につうじている提起なんですね。社会契約論の問題もあります。 「自己の文芸に対する立脚地をかためる、新しく建設する。そのために文芸とは全く縁のない書物を読み始めました。一口でいうと、自己本位という四字をようやく考えて、その自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的の思索にふけりだしたのです。」(P114)こうした努力を続けてきたわけで、その晩年の見地だったんですね。漱石像が、いままでとは、変わって見えてきます。 樋口氏の紹介では、戦前の日本社会にあって、漱石が苦闘したこと。そこには現行憲法の「個性」の尊重の理念を探って先駆的に苦労しながら課題を見すえていたことを指摘しています。私などもそうした指摘を参考にして講演を読んでみると、「なるほど」と理解に少し近づけたんですが。 ここには、間違いなく、当時の、1910年の大逆事件に対して、漱石なりの国家批判も込められているとおもいます。 そのえん罪については、今日にいたるまでも、国家や司法は晴らそうとしないんですから。私は、最近、内山愚童という人を知ったのですが。以前に紹介したのですが。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201303250000/総門は名誉を回復して、顕彰し追悼していますが。 ようするに、問題は基本的には、今日まで続いているということなんですね。戦後、確かに憲法という民主主義の器は出来たけれど、物的機構はつくられたけれど、それは大事な成果なんですが。それに生きた精神を入れることは、それは引き続き、今に残されている課題なんですね。今現在に、それが問われ続けていることなんですね。 とくに、最近の政治や戦争法などの動き、参議院選挙の結果などをみるにつけても、ますます、今、それが問題なんだということを感じさせられています。もちろん、今日から始まった東京都知事選挙でも、本当に、都民のための都政は、都民が誰と結ぶことによって、開かれるか、東京都民の見識が、ここで試されているんですね。
2016年07月14日
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みかん園の草刈り7月12日、早起きして草刈りに行ってきました。早川の石垣山にあるみかん園です。早朝7時から一時間半、みかん畑の山にエンジン音が響きわたりました。当方の草刈りのイメージは、鎌一本の難行苦行だったんですが、今年に入って、エンジン式の草刈り機の使用を教わりました。気持ちいいものですよ、バサバサと刈れていきますから。ただし、陽が昇ると日射病の危険がありますから、早朝です。朝の涼しいうちですが、それでも少し動くと、もう汗びっしょりです。今回、雑草の一つ、イラクサを知りました。そこかしこに生えているんですが、これまではただの雑草でした。おまけにイラクサの茎や葉には、とげがあります。草取りしていると痛くなるし、かゆくなる場合もありました。地下茎がしっかりしているから、厄介な雑草だったんですが。ところが、今回はじめて知ったんですが。このイラクサは、「ジンマ」とう生薬になるそうで、ジンマシンの語源とのことです。乾燥させれば、薬としても使えるとのことです。おもしろいですね、邪魔で厄介者だったただの雑草が、漢方の知識をもってすれば、効能のある立派な薬になるというんですから。さっそく、試してみることにしました。これが、今回の草刈りの副産物です。午前八時、そろそろ日差しも強くなってきますから、本日の草刈りは終了です。まだ、朝もやの残る小田原方面の景色です。正面に小田原城が見えるのが分かるでしょうか。さて、この後、真鶴のみかん園に行きました。今日の課題は、蜜蜂の巣箱の点検でした。巣箱の底板を交換したんですが、まさに正解でした。スムシが、またしても繁殖していました。成虫は、1センチ位の蛾なんですが、その幼虫がこの時期に繁殖するんですね。これまで、このスムシのために巣枠を食い荒らされ、2回失敗しています。底板を交換することで、大掃除をするようにしています。蜜蜂だけでは、対処しきれなくなってしまうんですね。今回、3回目ですが、群れの女王蜂とあいさつすることが出来ました。一匹の女王蜂が、何千というミツバチを統率しています。子育てや花粉集め、蜂蜜づくり、そして巣箱の警護と、みんなで役割分担をして。順調に群れの暮らしが営まれているのを見ると、癒されるんですね。みかん栽培も植物栽培において癒しの効果があるんでますが、このミツバチという昆虫は活動的で、働きものですから、もっと生き生きと癒しの効用をあたえてくれるんですよ。人間世界のように、もっともらしいウソはつきませんし、だまされて、バカを見るようなこともないんですね。人間も、ミカンや蜜蜂たちのように、苦労すれば、必ずそこに成果がかえってくる・・・。そう、あやかりたいものですね。いや、きっと、そうなりますよ。
2016年07月12日
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夏目漱石の講演「現代日本の開化」を読みました 「現代日本の開化」は、夏目漱石が1911年(明治44年)8月に和歌山でおこなった講演です。岩波文庫の『漱石文明論集』の最初に出てきますが、今回これを読みました。 今回の第24回参議院選挙ですが、7月11日の朝に、その結果が確定しました。この結果を見て、この講演を紹介したくなりました。素晴らしいんですよ、この講演は。あらためて、夏目漱石という人の大きさを認識させられたような気がしています。 もちろん近代文学の古典的存在です。明治44年という時点でのことですが、この講演でこんなことを語っています。 「我々のやっていることは、内発的ではなく、外発的である。一言でいえば、現代日本の開化は、皮相上滑りの開花であることに帰着する。」 もちろん、この部分だけ取りだしただけでは、いったい何を言っているのかさっぱりわからないと思いますが。 この作品集を手にするきっかけとなったのは、ある憲法論の中で夏目漱石の講演が紹介されていたことによるものでした。そこで、今の憲法の基本になっている「個人」ということについて。明治の人が「個人」ということを理解する上で、当時の社会や道徳、家族の中で、葛藤することを余儀なくされた。漱石の講演の中にもそれが出ているとの紹介でした。もっともそれは「私の個人主義」について言われたことでしたが。当方は、それはまだ読めてないんですが。(樋口陽一『いま、「憲法改正」をどう考えるか』(岩波書店2013年5月刊)) この「現代日本の開化」を読んで、感じさせられたことですが。 一、この講演は、夏目漱石の生の話を聞いているような、そんな感じが伝わってくる。生きた呼吸づかいが感じられるような、そうした語り口調を記録した文章なんですよ。その一節からです。 「西洋の新しい説などを生かじりにしてホラを吹くのは論外として、本当に自分が研さんして新しい説にすすんで、少しも流行を追うこともなく、ことさらに新しさを求める虚栄心もなく、まったく自然の順序段階を内発的に経て、しかも西洋人が百年もかかってようやく到達した分野の先端に、われわれが維新後四、五十年の教育の力で達したと仮定する。 体力能力ともに旺盛な西洋人が百年の歳月を費やしたものを、どんなに先駆の困難を勘定に入れなかったとしても、わずかその半ばに足りない歳月ではっきり確かに通過し終わるとしたら、私たちはこの驚くべき知識の収穫を誇ることが出来ると同時に、失敗して立ち上がれない神経衰弱にかかって、息もたえだえとして道ばたで悩み苦しんでいるのは必然の結果としてまさにおこるべき現象でしょう。」「それをピンピンしている方がおかしいし、噓つきではないか」と。(P35-36) これは、漱石の問題意識を示した個所と思います。すこし勝手ながら、表現をちょっとですが、変えているんですが。やはり、むかしの作品ですから。 二、漱石が当時の日本社会について語ったんですね。明治44年という時点に立ってのことですが、当時の日本国民が抱えていた問題を、自分自身の体験を通して、確かに分かりやすく配慮して、語りかけた。それを文章に表現しているんですね。 「そういう外発的の開化が心理的にどんな影響を吾人に与えうるかというと、ちょっと変なものになります」(P28) 人びとがどのような社会的存在(時代状況)におかれているか。それが精神生活にどの様な意識を生じさせているか。この点をとらえて、講演しているんですね。それにより人々は、無意識な日常の中でもやもやしていた事柄を、はっきりした意識的なものとして感じ出しているんですね。そうした様子が、その場の人々の様子が伝わってくるようです。 ここには、二つの要素があることを感じています。 一つは、開化の進展は人々の悩みを減らすものではないこと。確かに物質的な前進はあるんですよ、それは間違いなし。しかしそれでも、むしろそれゆえ人々は苦労を大きくしている。その様子を漱石はとらえています。これは想像ですが、きっと漱石はルソーの『人間不平等起原論』を念頭にしていると思いますよ。考え方が重なっているんです。 もう一つですが、漱石は唯物史観の考え方を知識として持ってたと思いますよ。ここで社会的存在の状況が、人々の意識にどんな形を強いるようになっているか、その悩める様子を様々に描いています。存在が意識に反映することを語っているわけです。漠然としたものではありません。 三、私なりに、この講演を読んでの感想です。 いま私たちが直面していることですが、憲法を守るか捨てるかの問題ですが。これは、まったくの目新しくぶつかった問題ではありません。これまでも歴史的に脈々とぶつかってきた事柄なんですね。歴史の中に、その問題が含まれているということです。 戦後の日本国憲法にしても、鈴木安蔵著「新憲法の成立」(『昭和の戦後史』汐文社1976年刊行)などを読むと、現在の憲法問題がつくりだされる過程で、すでに現行憲法を制定する時にも、形こそ違っても、鋭い対立があったんですね。ただし、当時は、「戦前の状態に帰えりたい」なんてトンチンカンなことは、まったくの問題外でしたが。時は70年がすぎて来て、今やそれが、現在の内閣総理大臣の思想なんですから。きっぱりと片付けるべき、歴史的な宿題なんですね。 さらに、「個人」というこの問題があります。 日本国憲法第十三条「すべての国民は、個人として尊重される。・・・」ですが、今回自民党の「日本国憲法改正草案」では「人」にかえられてます。ここにある問題です。私などにも、ここで「個人」と「人」とでは、どう違うのか。はっきりしてないんですね。選挙の中では、憲法問題をまったく避けたり、誤魔化かそうとして本質的でないことをペラペラしゃべくりまわる政治家の面々は問題外ですが。大事なことは、今ある憲法に、それにふさわしい精神・魂を、私たち自身がつくりだしていくことだと思います。この点で、 夏目漱石が抱えた葛藤に、この『個人』の問題が絡んでいそうなんですね。この解明です。それと、漱石があの時代に感じていたジレンマの問題ですが、この講演の結論として「内発的に変化していくのがよかろうと言うしか外に仕方がない」(P38)と言っていますが、これは時代を前にすすめていくための彼のアドバイスですね。これも今の私たちの努力にもしっかりとつながっている問題だと思います。この講演は短いものですから、まだお読みでない方は、是非手元にして読んでみてください。
2016年07月11日
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この参議院選挙のもやもやが解消しましたこの参議院選挙、選挙期間に入ってから、もやもやしていることがありました。 それは、一つは、きちっとした政党間の討論がないこと。いつも行われていたはずなんですが。もう一つは、安倍首相が、自身の中心問題であるはずの「憲法改正」について、この肝心の選挙の中にはいってから音沙汰なしなこと。この二つが、もやもやしてきてたんですが。 これは、若い有権者にとっても、この参議院選の重要性を示す重要点だったはずのものでしたが。 当然、それは大事な事柄ですから、私としてもこの問題を注目し、追跡してきました。それがどのように、選挙になってから推移してきているか。 しかしやはり、個人の記憶には限度があります。手もちの資料ですが、それをいつまでもためておくわけにはいきません。記憶には、どうしても限界があるんですね。 それでも、この問題の、その後の報道を注目していたんですが。 案の定というか、「やっぱり」でした。 この問題について、ニュース番組に出てこないんです。そればかりか、現に行われているこの参議院選挙の報道そのものが、薄いというか、報道があまりないんですね。週刊誌てきな報道ならありますよ、しかしまともに問題に切り込む報道は少ないんです。あきれるくらいのメディアの状態でした。 それで、この終盤まで、そうしたもやもやを引っ張ってきていたんですが。 ところが、ここにきて一つの転換がありました。 それは、このインターネット、フェイスブックによる紹介でした。 7月5日、共産党・不破哲三氏が甲府駅北口での街頭演説で語ったことです。 この甲府駅までなど、私などには、逆立ちしたとしても、どうあっても行けない日時・場所での街頭演説会ですが、その中身がこうしてインターネット・フェイスブックに紹介してもらえたんですから、ありがたいことです。 それが幾分かでしたが、このストレスを癒してくれました。 当方もシェアさせてもらいましたが、これが不破哲三演説での問題の箇所です。 「・・・、ついこの間まで安倍さんは、私は自分の任期中に憲法改定やりたい。そういう意欲を持っているということを国会ではっきりと答弁しています。忘れもしない。今年の3月2日、参院の予算委員会で、私の在任中に成し遂げたいと思っているとはっきり言ったんですよ。ところが選挙になったら、どうでしょう。・・・」 この発言です。私などの記憶にも、この安倍首相の発言があったんです。 〈憲法を改憲する。その意欲を公然と表にして、次の選挙でその信を問う〉と言ってたんですよ。 この世知辛く、あわただしい日々ですから、いつ・どこで、言っていたか、なかなか記憶に残ってなくて、もやもやしていたんですが。 それが、この演説の指摘でよびおこされました。 それで、本日、最寄りの図書館で確かめてみたんですよ。この図書館にあった新聞の縮刷版をめくってみました。 すると、確かに安倍首相の発言が、私の記憶とともに、問題が指摘されたの発言がありました。今年の3月2日の参議院の予算委員会での発言でした。 「(憲法の改正について)、私の在任中になしとげたい」 このように、はっきりと公式の場で明言していたんですね。そして、ことがことですから、3月2日の参議院予算委員会での発言でした。 この発言は、その日の夕刊と、翌日の朝刊の新聞に、大きくしっかりと紹介されていたんですね。 これには、おまけがありました。 やはり、同じく安倍首相の発言ですが、もう少し前のこと、1月4日の首相官邸での年頭の記者会見です。ここでは、どんなことを言っていたか。 「〈憲法改正について〉参院選でしっかり訴えていく。国民的な議論を深めていきたい。」 これが、この言葉通りに行われていれば、ストレスは少しは少ないはずなんですが。 なんともまぁ、今の行動とこの公言との差は何としたことでしょう。飽きれたものです。 もっともこれが、いつものことなんですね、安倍首相という人は。選挙が近づくと、国民世論に思もねて、当たり障りない言葉にかわってしまうんです。トラが猫になっちゃうんです。いやヌエになっちゃうんです。これじゃぁ、政治家の言葉が信用を無くすはずです。 それとマスコミですが、さすがに問題を心得たものです。 安倍首相の発言が、選挙が近づいてくると、その言い回しが変わることを、それを具体的に時系列的に紹介していました。 ごまかしは、言葉の変化に示されています。ああいえばこういうで、言葉のやり取りでは明確にしきれないんですが、そこは、新聞の活字の力です。記者の目にも、完全にみすかされていて、変化が追跡されてるんですね。しっぽが、握られているんです。だから、取り消し請求ができないんです。ふつうなら、政治家の言葉からすれば、ここまで指摘されたら交代ものですよ。それが、しゃあしゃあとして、居座っているんですから。 選挙になってから、安倍君のやり方は、さらに上をいってます。 実際の選挙が始まるとなると、世論を意識して表現をかえるどころではない、本音を隠しちゃうんです。「憲法改正なん、今は出来ない」なんちゃって。 消費税増税の態度転換と同じ手口です。世論を意識して、当たり障りない方向に態度転換する。おまけに、そもそも「憲法は争点ではない」とまでいいだす。 それでいて選挙がうまくいけば、「公約に書いてあったじゃないか」と突っ走るんですね。 まぁ、これを読む人たちには、このすべては、当たり前の体験済みのことなんですが。 結論です。安倍氏というのは、政治家としても、人間としても、とんでもない不正直な人物です。それにくっついて、こびをうっている連中も、とんでもない連中です。それらの応援がなければ、安倍氏の勝手なことは出来ない訳ですから、まったくもって罪深い。この選挙の結果次第ですが、こうした連中の政権とは、一刻も早くおさらばしたいものですね。ついこの間まで安倍さんは、私は自分の任期中に憲法改定やりたい。そういう意欲を持っているということを国会ではっきりと答弁しています。忘れもしない。今年の3月2日、参院の予算委員会で、私の在任中に成し遂げたいと思っているとはっきり言ったんですよ。ところが選挙になったら、どうでしょう。ついこの間まで安倍さんは、私は自分の任期中に憲法改定やりたい。そういう意欲を持っているということを国会ではっきりと答弁しています。忘れもしない。今年の3月2日、参院の予算委員会で、私の在任中に成し遂げたいと思っているとはっきり言ったんですよ。ところが選挙になったら、どうでしょう。ついこの間まで安倍さんは、私は自分の任期中に憲法改定やりたい。そういう意欲を持っているということを国会ではっきりと答弁しています。忘れもしない。今年の3月2日、参院の予算委員会で、私の在任中に成し遂げたいと思っているとはっきり言ったんですよ。ところが選挙になったら、どうでしょう。ついこの間まで安倍さんは、私は自分の任期中に憲法改定やりたい。そういう意欲を持っているということを国会ではっきりと答弁しています。忘れもしない。今年の3月2日、参院の予算委員会で、私の在任中に成し遂げたいと思っているとはっきり言ったんですよ。ところが選挙になったら、どうでしょう。ついこの間まで安倍さんは、私は自分の任期中に憲法改定やりたい。そういう意欲を持っているということを国会ではっきりと答弁しています。忘れもしない。今年の3月2日、参院の予算委員会で、私の在任中に成し遂げたいと思っているとはっきり言ったんですよ。ところが選挙になったら、どうでしょう。
2016年07月08日
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早朝に、カミキリムシ対策をしてきました7月7日(木)、関東は梅雨明けを思わせるような快晴です。遅れていたカミキリムシ対策ですが、早起きして、早川園に出かけてきました。午前6時3分、小田原サービスエリアから見えた富士山です。青の富士山です。この日々、日中の炎天下の作業は危険です。午前9時までにはすべての仕事を完了させるべく、早朝の時間帯が勝負です。早川の石垣山のみかん園ですが、前回、みかんの木の根回りの草取りまではしてあったのですが、本日は、サッチューコートという防虫剤を、基幹部分に塗布する作業です。白い部分が薬剤を塗ったあとです。カミキリムシは、この部分に卵を産み付けようとして、この時期活動しています。9本くらい塗布しましたが、もう汗びっしょりです。すでに陽ざしが強くなり始めてきました。早出してきたのは、正解でした。今回の塗布作業ですが、午前6時55分には終了することができました。作業を終えて、農道を下る時でしたが、その景色です。午前7時ころですから、まだ朝もやがたなびいています。霞の中ほどに、小田原城がうかんでいます。まもなく陽ざしが強まってくれば、この霞は消えていくはずです。早川園での仕事はこれで終了です。この後、真鶴園へ移動しました。今回は、様子を見るだけなんですが。こちらは、前回すでに防虫剤を塗布してあるんですが。その後の様子の確認です。みかんの木々をみて、園内をざっとひと回わりしました。根回りの方は、とくに異常はなかったんですが。「いました、いました」小木の枝先でカミキリムシを見つけました。比較的に小型のカミキリムシの成虫です。まだ出てきたばかりで、これから大きくなるはずのものです。カメラを近づけて撮影しようとしていたところ、危険を察知して、自分で枝から飛び降りました。ドロンと姿を隠してしまいました。カミキリムシがよく使う手なので、枝から下の方を、途中の枝を、そして地面を探したんですが、見つかりません。何度も落ちたあたりを、くまなく探したんですが、見つかりませんでした。しかし、こちらも簡単にはひきさがりません。数分の時間を置いて、もう一度探してみたんです。いました、いました。基幹の周りは草取りしてありましたから、隠れる所がなく、見つけやすいんです。一生懸命に、外側の草むらの方へ逃げ去ろうとしていましたが、『御用だ!』この時期、日差しが強くなると、カミキリムシの活動は活発になります。自園の木の中から羽化してくる場合もありますが、どちらかと言うと、今回もそうですが、周りから飛んでくる場合が多々あります。みかんの木の病害虫は、他のものなら木を枯らされるようなことはないのですが、このカミキリムシに関しては要注意です。みかんの木の基幹に坑道をほって住み着いて、内部を食い荒らす、みかんの木は養分を上部の枝に送れなくなって、完全に枯らされてしまいます。一度加害されると、収穫量を回復するには、植え替えして、ある程度回復するには、10数年間はかかってしまいます。その時には、こちらの方が、もはやこの世にいないかもしれないんですよ。それでもみかんの栽培者は、代わりの苗木を植えるには植えていると思いますが、なんとも、もやもやとした「帰らざる河」でして、力が抜けます。代わりのきかなくなる、死活的な問題なんですね。さて、今回の早朝作業は、午前7時51分にはすべて終えました。この防虫剤を塗布しただけでも、ひと仕事をはたしたわけですが、くわえて、「ドンピシャリ」、この一匹をみつけたことは、努力賞ですね。やはり、これは遠路はるばる出かけてきた甲斐があったというものです。ということで、これからの7-8月は、みかん農夫は、カミキリムシの動きに注意しているわけです。
2016年07月07日
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少し前、群馬に行ってきました群馬の月夜野が上さんの田舎なんですが、7月18日-20日に出かけてきました。群馬と言えば温泉です。これは三国街道沿いにある小さな温泉村の湯宿温泉です。小さな旅館が8軒くらいあるだけなんですが。時期には湯治客もあるようですが、温泉の効能は確かです。当方、茶毒蛾にやられて、腕に湿疹ができていたんですが、お湯につかっていたら、かゆみも、はれもひきました。これが、毎回利用させてもらっている金田屋旅館です。親戚の方が経営されていて、お湯を大事にされてるし、食事も土地の食材でよく工夫されてます。ところで、群馬県は梅がたくさん採れるんですね。近くを散歩したら、道のわきに、立派な梅がたくさんなっていました。実はだれもとらないようで、ならしたままです。「もったいない」これが、その梅の木です。木は、歩道のすぐわきにあって、手をのばせば、簡単に採れるくらいの場所なんですよ。実家によった時に、この梅の様子を紹介したんですが、『うちにだってあるけど、ならせっぱなしで、使っていない』とのこと。もともと群馬は、たくさん梅がとれるようです。梅といえば、紀州の和歌山の梅が有名ですが、群馬は、それよりも歴史があって、生産量もかなりあるそうです。ところがその梅が身近にありすぎているようで、利用することに、それほどとんちゃくしてないんですね。真鶴でとれる梅よりも、はるかに立派な梅です。これが真鶴なら、大喜びの、大忙しなんですが。いやはや、それが道ばたや庭先に、てつかずにならせっぱなしですから、「うーん」、なんとも、もったいない。宝が、ほったらかしにされてました。もう一つ、うどんの賞味をしました。群馬はうどん文化があります。昼食の時に、近くにあるうどん屋さんによりました。民家を改造した、うどんの専門店でした。このお店は、ほうとう風の幅広のおうどんをつかっていて、近くで採れた野菜をたっぷりいれた、アッツ熱ッの煮込みうどんでした。群馬はいいですね。一段落して落ち着いたら、今度はのんびりと、また行きたいところですね。
2016年07月06日
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マルクス「独仏年誌の手紙」を読みました(その2) 前回のつづきです。マルクスのルーゲ宛の手紙(1843年9月)、その後半です。 この手紙は『ヘーゲル法哲学批判序論』(真下信一訳 国民文庫)に掲載されています。 今回の対象範囲は、手紙の残りの部分で、文庫ではP271-272の2ページ分です。 「短いんだから、グダグダいわずに全文を紹介してくれた方が、簡潔で全体がわかりやすい」との声が聞こえてきそうですが。 何が問題か、かさねてこの手紙の前提ですが。 1840年にプロイセン国王・ヴィルヘルム4世が即位して、啓蒙君主制から絶対主義的君主制にかわり、反動政治が支配しだす。立憲主義の幻想は壊され、批判的な言論は弾圧された。マルクスの「ライン新聞」も禁止され、フランスへの亡命です。彼らはこの地で新たな雑誌(「独仏年誌」)の発行を計画した。この手紙は、その編集方針について、共同していたルーゲと意見交換したものです。 あえて今、そんな手紙を問題にするのは、時代も国情も条件が違いますが、それでも今の日本と似ている面があり、参考になると感じているからなんですが。 最初に、手紙の終わりの節を紹介します。この手紙の結論ですね。 「私たちの雑誌のねらいを一言にすれば、時代自身がその闘争と願望についてはっきり理解すること、批判的哲学です。これは人々のための仕事であるとともに、自分たち自身の仕事でもある。この仕事は一致結束した力によってなされるほかはない。肝腎なことは懺悔であって、それ以上のなにものでもない。己が罪を許されるには、人類はその罪を、ただ罪としてありのままに告白しさえすればよいのです。」 これが、マルクスにとって手紙全体をとおしてのまとめであり、結びです。 手紙全体の主題は、反動政治とどのように戦うか、雑誌の編集方針の問題です。 この結びを念頭にして、全体を検討してみました。 第一に、この「批判的哲学の方法」を強調しています。しかも繰り返し指摘しています。 1、「この場合、新しい教条主義的な原理を振りかざして、ここに真理あり、ここにひざまずけといった調子ではだめで、人々には世の中のもろもろの原理から新しい原理を展開する。人びとがただ何故戦っているか、その理由をしめすだけであって、人々は否が応でもそれを自分のものにしなければならない」 2、「意識の改革は、人々をして彼ら自身の意識に気づかせること、夢から覚めさせること、彼ら自身の行動を彼らに明らかにすることの内にある。」 3、「スローガンは、教養によるのではなくて、神秘的不明確な意識(宗教的な現れであっても、政治的な形で現れようとも)を分析による意識の改革で。人びとが久しくある事柄についての夢をもっていること、しかしそれを現実にもつためにはそれらについてのただしっかりした意識を持たなければならないことだけだ、ということが明らかになる。」 前回、結果を恐れない、仮借なき批判の必要が指摘されてましたが、同じですね。 ここには、置かれた事態、諸関係から、はっきりした意識を導き出してくると。ここには新たにつかんだ唯物論の認識の仕方があるのではないでしょうか、この点を注意する必要があります。 この手紙については、レーニンも『人民の友とは何か』(国民文庫 P78)で引用しています。 第二は、反動政治と戦う活動での共同の問題です。 4、「この仕事は、一致結束した力によってなされるほかはない」 5、「批判を、政治の批判に、政治における党派的加担に、すなわち現実的諸闘争に結び付ける」 この雑誌(「独仏年誌」)には、ハイネが書いたり、フォイエルバッハに頼んだり、それこそ可能な各分野の多彩な人たちがあつまっていた。共同の事業なんですね。 第三は、最後ですが、「肝腎なことは懺悔である」「人類は、ただ罪をありのままに告白しさえすればよいのだ」-多分にキリスト教の宗教的な言い方ですが、この問題です。 6、「私たちの全目的は、フォイエルバッハの宗教批判がそうであるように、宗教的及び政治的諸問題を、自覚的な人間的形式へ持ち込むこと以外にはあり得ない。」 7、「問題は、過去と未来との間の一本のダッシュにあるのではなくて、過去の思想の成就にあることが明らかになるであろう。結局、人類はどんな新しい仕事を始めるものでもなくて、意識をもってその古い仕事をやり遂げるのだということが明らかになる。」 要するに、私たち自身も人民の一人として、無自覚な混沌とした中でもがいてきた一人なんだということ。例えば、戦後生まれの私などは、日本国憲法を自然に当たり前なように受け取り、とくに問題とすることもなくこれまで過ごしてきた。しかし、それがつくられるのには大変な歴史の体験が、犠牲があって、生まれてきたものなんですね。この自然の無意識だった状態をありのままに認めて、それを真に自覚された意識、歴史価値の評価を引き出す努力が大切だ、そのことをここで言いたかったんじゃないでしょうか。 結論です。もとのマルクスの手紙は短いものでしてたが、それが何倍にもふくらんでしまいました。 強権によって国外追放されたマルクスですが、たいへんな反動政治だったんですが、ちっともくじけてはいませんね。いったい何がそうした精神をつくっていたのか。 この手紙や、『独仏年誌』などの前後の諸作品が、その秘訣を語ってくれています。 肝心なのは、日本の今の闘いです。こうした知恵の成果も生かして、時代錯誤の反動政治の暗雲を、この批判的精神をもって、打ち破ぶろうということが、あの世の世界から提起されているんですね。
2016年07月05日
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マルクス「独仏年誌の手紙」を読んでます(その1) マルクスが、1843年9月にルーゲあてに書いた手紙です。今から170年以上も前のものなんですが。これが、じつに面白いんですよ。 国民文庫の『ヘーゲル法哲学批判序論』(真下信一訳)の中に掲載されています。 何故、こんな昔の手紙を、今ごろ問題にするのか。 これを読んでると、今日でも身近かに感じさせられる共通点があるんです。今の選挙を見る視点としても、生かせる観点を持っていると思うんですね。 1843年といえば、江戸時代のことですが。当時、プロイセンでは、ヴィルヘルム4世が即位するともに、立憲主義の建前が投げ捨てられて政治反動の方向が強化されました。このために、マルクスも編集にかかわっていた新聞(「ライン新聞」)も、1843年3月には終刊にせざるをえなくなるんですね。当人自身もフランスに亡命せざるを得なくなるんです。 今の日本とは、条件は違いますが、政治反動に対抗する点では似ているんですね。(日本は、同じく政治反動に直面してますが。70年前に勝ち取った日本国憲法を反動から守り、真の魂を入れようという課題です。) 一、マルクスたちは、亡命先のフランスの地で、新たな雑誌(「独仏年誌」)の刊行を計画しており、この手紙は、その編集方針を、行動を共にするルーゲあてに紹介したものなんですが。 1、「私たちが独断的に世界を先取りしようとするのではなく、かえって、古い世界の批判から、新しい世界を見出そうとすること。これが新しい動きの長所なんだ。」 2、「未来の構成とか、万世に通用する絶対知の獲得が問題ではない。やらなければならないのは、現存の一切に対する無遠慮な批判である。結果を恐れず、現存の諸勢力との衝突を怖がらないということです。」 この基本姿勢が、原理的な大事な方法として注目されるわけです。「古い世界に対する遠慮のない批判」-こうした活動はドイツでは許されなかった。それで、あらためてフランスに移って、この地で刊行を計画する雑誌の基本姿勢を明確にしたんですね。 私なども、今は参議院選挙の最中ですが、この批判的精神はまなべます。政党の政策や主張を見る上で、大事な姿勢だと思っています。原文でそれを確かめてみてほしのですが。 二、当時マルクスは、ヘーゲル『法の哲学』、すなわちドイツの国法論を批判検討していましたが、この成果がこの手紙でも紹介されています。 3、「理性はいつも存在してきた。ただいつでも理性的な形式をとっていたとは限らないだけ。それ故、批判者は、観想的及び実践的意識の各形式を取り上げて、現存する現実性の固有の諸形式から、真の現実性をその当為として、その究極目標として展開することが出来るのです。」と。 4、「現実生活では、政治的国家こそが、社会主義的諸要求がまだ実現されてない場合でも、それの現代的形式のうちに理性の諸要求をふくんでいる。」「国家はじっとしておらず、どこでも理性が実現されているものとみなす。また国家はどこでも、その実在的諸前提とそれの理念的規定との矛盾に陥るものです。」 5、「政治的国家の、現実的諸前提とその理念的規定との矛盾・衝突から、いたるところで社会的真理が展開されうる。それで、政治的国家は、共同物の相においてあらゆる社会的闘争、必要、真理を表現している。」 ここでマルクスが言っていることですが、表現の仕方は多分に哲学調のややこしさがありますが、その中身については、大よそは読み取れると思います。ここでは国家論が、実在的な関係と思想的関係とが述べられています。フォイエルバッハの唯物論とはちがう社会論が述べられています。 〈理性は、その各時代はその時代の理性を持っていた。それはいつでも鮮明に意識化された形で示されているわけではないけれど、存在していたと。 また、批判者は、具体的な意識を取り上げて、「現存する現実性」の固有の諸形式から、「真の現実性」をそのあるべき姿として、究極目標として展開できる・・・。〉 分かった様な、分からないような、私などには全部が納得できているわけではないんですね。いったい具体的にどういうことを言っているのか。やはり、これらは、もう少し時間を置いて考えてみるしか、いまは仕方ないのですが。 しかし、ここでマルクスが述べていることは、並行して行われている作業、すなわちヘーゲル『法の哲学』の国法論に対する批判が、その検討により新たな国家論として考察されつつあることは間違いないところです。 また、検討するときの基本的方法は分かるんですが、それにより得られた個々の見解については、分からない事柄が多々あるということなんですね。 今は、今の時点での理解ということでしか、仕方ないんですが。マルクスが、フォイエルバッハの人間論的唯物論を更にすすめている。ヘーゲルの『法哲学』を検討しながら、新たな社会観を、唯物論的歴史観を確立しようとしている努力がみてとれます。政治論としても、その方法としても、注目です。 次回、もう一度、この続きを、手紙の結論部分を中心に、紹介させていただきます。
2016年07月04日
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参院選の選挙公報を見ておもう参議院選挙の選挙公報が届きました。その比例代表選挙の選挙公報を見てみたんですが。自民党の公報を見ているうちに、感じるところがありました。ふつう、常識的には、政権をになってきた党ですから、この間やって来たこと、これからやろうとしていること、この信を問うとの性格を持ちますよね。ところが、これが自民党の選挙公報です。キャッチコピーのような勝手な文句が、抽象的な文句が、8行並べられただけなんです。これで、これでこれまでやってきたこと、これからやろうとしていることを、説明したつもりでしょうか。これを見て、「なるほど」と感じました。自民党が討論会を避けていると、あちこちから漏れ伝わってきますが、これで、それがうなづけました。ようするに、真剣に、まともに、説明する気がないということです。それでいて、「この道を。力強く、前へ。」と、それだけは字を大きくして、打ち出しをしているんですね。これじゃあ、国民に対して「白紙委任してください」と言っているわけです。当然、安倍首相だって、各幹部だって、OKしているはずです。「おれは知らなかった」など言えるものではありません。まぁ、ここに実際が、心根が、正直に出ているということです。基本的に、真剣になって政策を訴えようとする気がないということです。しかも、この間、大事な問題が続いています。まず、国民的な大問題になっている安保法制・戦争法ですが。自民党公報では「平和安全法制の成立により、日米同盟の絆は一層深まっています」これだけ。たったこれだけですよ。この間、国民的運動が起きています。『憲法の平和主義の原則のあり方を、いち内閣の判断でかえてよいのか。自衛隊を海外のいくさ場に送りだせるとの安保法は、戦後の日本が守って来た平和主義を捨てちゃうことじゃないのか。それは憲法違反じゃないのか』政権には、これに答える責任があるんです。ところが「日米同盟の絆は一層深まってます」、これだけ。しかも自民党は「日本国憲法改憲草案」をだしているんですが。なんやかんやいっては、なかなか公には、中身を語らない。それもそのはずなんです。例えば、現行憲法の第9条2項「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これをみとめない」ですが、自民党改正草案では、これを全面的に削除しているんですね。そして、あらたに「国防軍」を明記しようとしている。これじゃぁ、語れないはずですよね。おまけにですよ。先日の日曜日に、憲法改正についても各党討論会がありましたが、そこで自民党は、「自民党のだしている憲法草案も、憲法の三原則をまったくかえてません」(戦争法も)平和主義を変えるものではない、と繰り返し、繰り返し述べていたんですね。言葉はそのままに、中身を変えていく。自公がよくやる手口ですが、ここがまさに問題の所なんです。この点もふくめて、率直に、正確に説明する責任があるんじゃないですか。もしも、この選挙で国民の信を問うというならば。安倍・自公政権は、選挙では語りたがらないんですね。それでいて、選挙がすむと、信任を得たからと、強行しだす。もはや、「その手はくわなの、焼きハマグリ」です。また、しきりにしゃべりたがっている経済問題があります。この公報でも自民党は、8行の内の5行をかけて、〈経済をよくした〉といっているんですれど。真偽を確かめたいことばかりですが、これもまた、抽象的で、都合のよいキャッチコピーがならべられてます。そもそもですよ、国会を閉じた直後の6月1日の記者会見ですが、「これまでの約束とは異なる新しい判断だ」として、この一言だけで、それまで突っ張って来た消費税増税策を180度転換してしまったんですよ。イギリスの首相が、国民投票の最終盤で、反対側に態度を変えるようなものですよ。この一言で、合理化できるというんですから、口とは重宝なものです。しかし、まぁ少なくとも、ここでは説明しようとしていたではないですか。説明になっていたかどうかは、それはまた問題ですが。世論の方向に態度転換したんですから、反発を避けたんですね。結果オーライというわけにはいかないんです。この点について公報で説明していますか、まったくなしです。「信を問う」といったんだから、抽象的な5行、こんな都合のよい抽象的なことばかり、景気のいい話だけでは、それだけでは、直面している現実について、説明になっていないじゃないですか。それをここでは、ただ「まだ道半ばではありますが」この一言だけ。このフレーズだけで、現状の問題や課題を説明したことにしようとしている。6月1日記者会見の時と同じですね。言っちゃなんですが、この政権の姿勢と中身についてはとても白紙委任はできません。しかし、各党をみていると、「そうだ、そうだ」と、相槌を打つ連中がいる。必ずですよ、助け舟をだすお仲間が、それがあちこちにいて、「野党の協力は矛盾している」と、向きを逆にして、けなしにかかる。今の政治の事態は、バラ色じゃないんです、危ないんです。いくら事態を合理化しようとしても、それを強弁したとしても、それを何回ともなく聞かされたとしても、あちこちから聞かされたとしても、肝心な説明が、説明にはなっていなことには、かわりないんです。そうした道への白紙委任は、これ以上は絶対にNOなんです。道ずれは、ごめんなんです。ことがことですから、引き続き説明責任をもとめます。その説明責任を避けたがっていることは、この公報によってもうかがえますが。それでも、今は選挙をやってるんですから、やって来たこと、やろうしていることについて、やっぱり、しっかり説明してもらわなければなりません。これまでも選挙って、ずっとこんなふうだったんですかね。
2016年07月02日
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草刈り終了、この次はカミキリムシです真鶴のみかん園ですが、7月1日、ついに全体の草取りを終えました。この間、夏草の草取りを続けてきたんですが、6月に入って、草刈り機がオーバーヒートしてしまいました。充電式の草刈り機では、少々無理があったようです。それで、今回、新たな設備投資をしました。エンジン式の草刈り機ですが、ひも式の草刈り機を新たに導入しました。これがそれです。これまでの電動式の草刈り機ですが、稼働時間は15分位ですが、狭いみかん園のこと、順調に動いてくれさえすれば、それでも十分だったんですが、音も静かだし。しかし、導入2年目にしてダウンしてしまいました。6月に入り、いよいよ草刈りシーズンの最中、というところに来たところ、6月1日でしたが、ふつうに使っていたところ、出力が低下してきたんですね。注意して見ると、焦げ臭くて煙が出ている。要するに、オーバーヒートしてしまっていたんですね。今は草刈りシーズン最中ですし、今が肝心な時でしたから、修理して直す手もあるんですが、その時間がもったいない。ここは思い切って、新しいものに買い替えることにしました。それで今日は、その新型機の、新たな労働手段のテストでもあったわけです。前回の草刈りで、5本のみかんの木が残っていました。今回は、その続きで、この草取りから作業開始です。まず、樹冠の下を草取りを終わらせるようにして、その後で、いよいよ、肝心の草刈り機をテストするところとなりました。これは草取りが終了した段階です。この後で、草刈り機をテストしたんですが。さすがです、エンジン音は少々うるさいのですが、無事に、みかん園の全域を、短時間で草刈りを済ますことができました。やはり、いまどきの草刈り作業には、草刈り機は必需品ですね。当方は、一昨年までは、この作業を、鎌一本を使って、3日間くらいかけて、汗びっしょりの、ヘトヘトになって、草刈り作業をしてきていたんですから。やはりこれは「文明開化」です。短期間の画期的な作業変化です。当方はこれまで農業は未経験なことでしたから、草刈りといえば、50年前の昔のおばあちゃんたちの記憶からでしたから、鎌です。ノスタルジックな記憶を、機械化以前の記憶を頼りにして、作業していたわけです。それしか知らないし、思いつかなかったんですね。みかねた知人が、一昨年に、具体的な体験をふくめて草刈り機について、アドバイスしてくれたんですね。それで、はじめて、農業の戦後の、機械化の変化の一端を知りました。去年から今年にかけて、当方の遅まきながらの産業革命がおきたんですね。我流というのはダメですね。労力の浪費でした。やはり、社会的水準というものが、歴史的変化というものが、この草刈り一つにしてもあるんですね。にわか農夫は、まさにドン・キホーテだったんですね。ところで、今回草取りしていて、新たな出会いがありました。みかんの木の根元に虫がいるのが分かりますか。根回りの草取りの、最後の木を実施しようとしたところ、いた、いた、カミキリムシです。今年、初めての出会いです。もう、7月に入りましたから、現れるのは当然なんですが。この間、ついつい草刈りが念頭にあったため、例年より手当をするのが、カミキリムシへの手当てが、少し遅れていました。もっとも、この間の、みかんの木の根回りをしっかり除草してきたのは、このカミキリムシを見つけやすくするためでもあったんですが。この効果もあって、ドンピシャリ、発見できました。カミキリムシは、この7月-8月に飛んできます。これからが、活動のシーズンなんです。みかんの木の基幹に卵を産み付けようとしてるんですね。かえった幼虫は、木の中に穴を掘って、木の中を食い荒らしますから、木は養分を上に送れなくなってしまい、ついには枯らされちゃうんですね。みかん栽培にとって、カミキリムシというのは、許されざる大敵なんです。従って、少し遅れましたが、次の作業は、カミキリムシが基幹に卵を産み付けないように、基幹に対し、防虫剤を塗布することです。当初、カミキリムシが、みかんの木に加害するなんて知らなかったもので、まともな対処をまったくしてなかったんです。おかげで、四分の一くらいの本数を枯らされてしまいました。被害を受けてから、学んでいるようでは、後の祭りだったんですが。当方のみかん栽培は、基本的に無農薬で栽培しています。しかし例外が二つだけあって、害虫駆除をしています。1つは、12月のみかんの収穫後に、マシン油乳剤を散布して越冬害虫を駆除することと、2つは、この6月下旬から7月初めに、カミキリムシ対策をすることです。この二つだけは、みかん栽培をしていく上では、避けられない、欠かせない防除として、実施するようにしています。なんとか、草刈りも終えることができたんですが、カミキリムシの新たな登場が示唆しています。明日は、日差しが強くならないうちに、防除の措置をとるために、もう一頑張りです。
2016年07月01日
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