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気がついたら、今日で11月も終わりじゃん。大好きな秋だったのに、冬になっちゃうなあ。あ~、片付け一杯だわ~。銘々皿に、和菓子用の楊枝、漆のお盆、お茶のお茶碗とお急須。借りたお座布団、畳から掘りごたつへ。でも、今日はさぼっちゃおうかなあ・・・・。いやいや、やっぱ、しなきゃなあ。パパは、本日も、ゴルフ。そんなに面白いかなあ。子供達もお出かけで、また一人だ。こういう時、いつもミルキーと遊んでたのになあ。寂しいなあ。そうだ、ミルキーのところに行こう。玄関の横の白いクリサンセマムを二輪摘んで好きだったお魚せんべいを持って降りた。ミルキーのお墓は、かなり行きにくい斜面の下。ジュンが、つながれている日当たりの良い駐車場の階段の上から、じゃれつくジュンと一緒に階段を下りた。一番下のハッサクがたわわになった場所を通り過ぎ、足場の悪いお墓に行き着いた。しゃがんで、花を土にさし、お魚せんべいを供え、手を合わせた。本当にさみしいなあ。ミルちゃん、会いたい。わあっと泣きたかったが、それをすると、気持ちが引き返せないような気がして出来なかった。上に上がり、家の中に入り、さあ、頑張りましょう。食器洗い機で洗えないものと洗えるものを分けて、機械にかけ、漆の銘々皿や、楊枝を洗い、何枚も乾いたタオルの布きんできれいに拭いて、入っていた箱に仕舞った。午後からは、食器洗い機で洗いあがったお茶碗も、元の箱にしまって、パントリーに仕舞った。座布団は、オネエが遊びに行く前に、母のところに返しに行ってくれた。畳を取り外し、仕舞ってあった炬燵を出して、セットした。どけてあった、小さな和ダンスを置いて、これもどけてあったTVを戻した。ふ~、終了。明後日、パントリーの棚がしなってきたので、業者の人が直しに来る。折角、しまった物を、全部出さなくちゃならないが、今日はもう、パス。表に出て、少しお花に栄養をやったりした。やっぱ、こういうことをしている時が、一番、気持ちが豊かになります。うん。早く、挿し木したランタナを植えたいなあ。お楽しみは後にしましょう。明日から12月だってのに、暖かいなあ。今年も暖冬なのかな。
2008年11月30日
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やっとこの日の朝を迎えた。抗不安剤を飲もうか考える暇もなかった。多分、みなさん、早めにいらっしゃるだろう。昨夜、夜に、知り合いの方が、立派なお花の籠を持ってきて下さり、お仏壇の前が華やかになった。親戚の多くは近県からだから、1時間と少しで着くのだが、いつものお寺じゃないし、10時からの法要と伝えてあるので、9時半頃には、いらっしゃると思った。その前、お寺さんは9時半に、お仏壇の精入れにいらっしゃるから、用意はしてあった。9時半過ぎ、先生のワーゲンが見えたので、表に出た。「今日はよろしくお願いします」とパパがご挨拶して、家に上がっていただいた。さあ、行動開始です。すぐにキッチンに行き、玉露を入れた。先生がご院さん用のお座布団に座り、パパとお話している間に、ご院さん用の台の付いたお茶碗にお茶を入れ、専用の台に乗せた。これ優れもので、表面にシリコンが塗ってあり、お茶碗や、お菓子がずれないようになっている。和菓子も、横に乗せ、オネエがお出しした。今日は、先生じゃなく、ご院さんだね。キッチンに戻ると同時に、玄関のチャイムが鳴った。おーやっぱ、予想通りだわ。出ると、親戚のみなさんだった。義弟はこの家の場所を知っているが、他の親戚はご存じないので、多分、一緒にいらしたのだろう。義弟の車を、駐車場に入れてもらい、後の車は、前に止めてもらった。中に入ったら、もう、お経が始まっていた。義弟一家にすぐに和室に入ってもらい、慌てる親戚達に、「これは、三回忌のお経ではありませんので、少し、お待ちください」と伝え、リビングの座布団で、待っていただいた。私はその間に、お茶、お茶・・・。次々、和菓子を銘々皿に乗せ、お茶を入れ、手伝いに来たオネエにお出しするよう持っていってもらった。もう、キッチンは、一人戦場です。そうこうしているうちに、三回忌の法要が始まっちゃった。どうにか、飲み終わった方のお茶碗を回収して、そうっと音を立てないように洗った。次の用意をして、リビングに行き、一番後ろのソファに座った。結局、20分くらいしか、お経を聞けなかったが、流石に良く通るお声。元々先生は、PTA委員会の時にも代表して、いつも資料の説明をしてらっしゃるくらいで、よくお声が通るし、良いお声なのだ。お経を唱えると、余計、良いお声だなあ・・と感心する。これも、お坊さんの才能の一つだよね。最後のお経は、みんなで声を揃えて唱えるお経で、何回も、お寺であげたから、私も一緒に声を出して知っている個所だけ唱えた。これで、三回忌法要のお経が終わった。法話が始まったので、またキッチンに戻り、お茶の用意。は~、本当に、家での法事って、主婦はお茶入れオバさんに徹しちゃうんだなあ。いつも従兄弟の奥さんが、亡くなった伯母の法事の時にいないもの、これで解った。これが当たり前なのかもなあ・・。お茶をお出ししてたら、義妹が来て「お姉さん、何かお手伝いしましょうか」って言ってくれたが、もう、大丈夫、終わりです。パントリーに用意してあった引き出物を一つ持って、お帰りになるご院さんにお渡しするよう、パパに託した。あとは、リビングにいらっしゃるお客様に「今日はありがとうございました」とご挨拶して、すぐに、表に出た。ご院さんを家族総出で、お見送りした。さあ、11時半です。お料理屋さんの予約した時間にちょうど良いですな。パパが皆さんを、ご案内するので・・と、表に出た。私も、そそくさと台所を片付け、バックを持って、最後に、鍵を掛けて、パパの車に乗った。本日の会場は、今までで一番の近所。いつもお昼は、駐車場がいっぱいで、大きなしゃぶしゃぶ屋さんなのだが、個室も沢山あり、和服のお運びさんが、忙しく動いている活気のあるお店だ。案の定、入口の広い待合室に、たくさんのランチ待ちのお客さんがいた。係の方に案内され、お座敷に通された。最近、こういうお店は、皆、掘りごたつ式だから、楽ちんです。皆さんが揃い、パパがご挨拶して、お食事が始まった。なかなか美味しかった。父の49日法要の後のお食事もここだったが、メニューが違った。折角のしゃぶしゃぶ屋さんだったが、49日だったからなのだろう、しゃぶしゃぶが無かった。今回は、最初に予約した時に付けていただくようお願いしてあったので、美味しいお肉を頂けた。お酒は出さなかったが、久し振りにお目にかかる親戚だったので、積もる話もあって、楽しい食事だった。亡くなったおばあちゃんも、ここのランチが好きだった。最後にパパがご挨拶。所が、パパが、おかしくなった。「いつも、お袋の話をする時、認知症の話になり、もう良い・・って思われてらっしゃる方もいらっしゃるやと思いますが、これは、私のためなんです。お袋が認知症だったのだから仕方ない…と思わないと、私の心が折れてしまうんで・・」とここまで言ったら、パパの声が震え、次の言葉が出なくなった。パパが泣いてる・・・。「頑張れ、パパ」。あの、壮絶な毎日、思い出すだけで、本当に心が震える私にとっては恐怖の毎日だったが、パパにも、本当に辛い毎日だったに違いない。大好きなお母さんが、人として壊れて行くのを、どうしようもない気持ちで見つめていたのは、パパも同じだった。私は鬱が酷くなり、子供たちの大切な思春期も、おばあちゃんの介護でちゃんと接してあげられなかった。その間に父も亡くした。今から考えても、ほんとに辛い毎日だったのだ。私だけでなく、パパも子供達も。だから、ニュースで介護に関する事件を見ると、とても切ない。オネエも泣いていた。でも彼女は皆さんの前で、「お父さんのが、伝染しちゃいました」とおどけて見せた。ポケットから白いハンカチを出して、目をぬぐうと、意を決したように、パパは、また、ご挨拶を続けたが、もう、何を言ったのか、私も思いを馳せていて、忘れた。お店を出て、そのまま親戚は帰って行ったが、義弟一家だけ、我が家に戻ってくれた。新築になって、初めて来てもらったので、子供たちが、色々案内していた。私は、疲れちゃって、着替えて部屋から出たら、義弟たちも、着替えていた。「ありゃ?」と笑うと、「洗面所で着替えさせてもらいました」と義妹。「やっぱ、これが一番だよね」と私も笑った。暫く、話をしたり、子供たちは、WIIをして遊んでいた。義弟の長男は、京都の東映太秦映画村で、高校生の頃から、何回もエキストラや端役で出ていて、結構、有名な俳優さんとも、共演して知っている。今は、映画の専門学校に通っていて、映画馬鹿のチビと映画の話で盛り上がっていた。下の姪は高校生。Wiiに夢中で、まだ可愛い。大人たちは、ダイニングでいろいろな話。用意してあった洋菓子も、喜んで食べてくれた。ゆっくりハーブティも入れ、くつろぎました。気を使わなくて良いお客さんは、良いです。夕方、そろそろ帰るねと、帰って行った。やれやれ、済みました。「御苦労だったね」とパパの労いの言葉が嬉しかった。今日まで頑張ったもんなあ。後片付けは、もう、明日にしようっと。夕飯に、お蕎麦を食べに行った。は~、終わりました。皆さま、御苦労さまでした。
2008年11月29日
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午前中に、和室にご院さん(とこの地方では呼びます)に座っていただく買ってきた専用の大きなお座布団や、お客様のお座布団を並べてみた。和室は四畳半で、真ん中に掘りごたつがあるのだが、掘りごたつをしまって、正方形の畳をセットした。ご院さんのほか、6人座れそう。あとは、ソファを動かして、絨毯の上にお座布団を並べてみたら、OKOK,ばっちり、皆さんに座って頂けそうです。お歳の召した方や、足の痛いかたは、それこそソファに座っていただけば良いし、私は、お茶をお出ししたりするから、キッチンに近い場所にいれば良いし。午後から、駅前のデパートに買い物に出た。まず、引き出物のお菓子を用意し、その間に、お出しする和菓子を調達。最近、お茶の美味しさを知ったので、美味しい玉露を入れていただき、入れ方も教えて頂き、そのお茶屋さんで、購入。一旦、すべての買い物を駐車場に戻り、車に入れた。あとは、お盆やら、お菓子を入れる銘々皿や、お菓子用の楊枝?ナイフ?、茶卓。5階の家庭用品売り場に行き、ゲット。洋風のお盆やら、お皿はあったが、銘々皿は、お祝い用の「松」が描かれた物しかなかったので、漆の何も模様のないものを選んだ。お盆は、とても気に入った物を見つけたが、螺鈿の小さな模様が付いていた。「これ、螺鈿がありますので、お祝い用なんですが・・」と言われたが、このくらいは、茶卓で隠れちゃうから、この際、用意しておきたかった。凄い荷物になっちゃった。もう、帰宅して、お料理したくない。ついでに、デパ地下に行き、夕食もゲット。さあ、明日の用意はできました。夕食後、買ってきた銘々皿を洗ったり、パントリーに仕舞ってあった、一度も使ったことのない、お茶のセットを出した。これ、何かで頂いたものばかりだが、結構、素敵な良い物だった。先日、探したら、二セット出てきて、もともとお客様用に使っていた昔、京都の「たち吉」で買ったセットと合わせ、数は買わずに済んだ。パパと、ソファを動かし、コーヒーテーブルをマッサージ機の横に仕舞い、座布団を置いた。さあ、準備OKです。和菓子は、表の車の中に置いておいた。全館空調にして、いろいろ困ったことが出てきた。これもその一つ。みかんを箱ごと買って置いておいたら、すぐにかびた。前の家では、常温で大丈夫だった豆乳が、腐った。そうなのだ。家の中全部が暖かいから、お花もすぐに開いちゃうし、寒い場所がなくなり、表の車や、鍵の掛かる物置に入れるしかなくなったのだ。明日は、9時半から、ご院さんが来て下さる。場所は、先生だから、このあたりにも生徒がいて、うちの学校は、毎年家庭訪問があったから、場所もご存じで安心。早く寝て、早起きしなくちゃね。では、明日、滞りなく、事が済みますように。おやすみなさい。
2008年11月28日
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8月末にこの家ができ、引っ越しをしてきて、早3か月。やっと、段ボールが寝室とタンス部屋の片づけ以外、すべて終了した。こんなに大変とは、解っていたが、姑の三回忌がなかったら、多分、出来なかったと思うと、おばあちゃんに感謝だね。人形を出すのにも、丸一日かかった。新しく、母の新築祝いで買ってもらったアンティークのチャイニーズキャビネットも、いっぱいになるくらい、沢山の人形たちが、段ボールから出てきた。前の家で、キャビネットが一つしかなくて、入りきらず、ソファに置きっぱなしだった子も、ちゃんと納まった。何だか、やっと飾ってもらって、皆が大きな伸びをしてるみたいだった。やっぱり、こうでなくちゃね。他のアンティークのスプーンのセットや、プチポアンの旅行セット、ガラストレイ、アンティークリモージュの小物なども、全部、飾った。やれやれです。朝から、今日はお掃除。掃除機をかけて、クィックルでふき掃除して、普段そんなに動かないから、夕方から、足がつっちゃた。最近、本当に、良く足がつる。一度、病院に行こうかなあってくらいの勢いでつる。今日は、夕食を作っている時、右手の人差し指がつって、包丁が持てず、困った。帰宅したパパが、「お~、綺麗になったじゃないか。家じゃ出来ないと思ってたけど、これで出来るじゃないかいIちゃん」と嫌みたっぷりに言って、頭をポンポンと叩く。失礼ったらありゃしない。ったく、癪にさわるよね、こういう時。だから、言ってやりましたよ、しっかり。「はい、どなたかさんは休日はいつもゴルフでいらっしゃらなかったもので、一人で、お約束通り、ちゃーーんと、守りましたから」くしょう、明日からは、もっと頑張ってやるぞ。明日はいよいよ、お買い物です。えーと、買わなくちゃいけない物は・・と。メモメモ。は~、早く、明後日、終わらないかしらん。
2008年11月27日
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気ばかり焦る。でも、今日は、美容院で髪を染めてもらいに行った。私は凄く髪が伸びる早さが早い。…ということは、白髪も早く目立つ。こんなに元気なのに、何故ゆえに白髪?と、いつも自分に突っ込む。美容院で、発見。予約の時間に行ったら、まだ、前の方がしていて、普段、待ったことがないので、久し振りに、並んだ雑誌に目を通していたら、「nonnon」に、嵐クンの連載発見。わぉ、こんな連載してたんだー。いつも、嵐クンのサイトで、ニノの日記は、楽しみで毎日読むのだが、他は、たとえば、雑誌の掲載お知らせとか、あまり見ない。最近は、相葉ちゃんのお芝居を知り、そのうちに、ファンクラブから、お知らせが会報と一緒に届いたので、申し込んだくらいだ。そうか~、本当に、超メジャーになっちゃったんだなあ。奇麗に染めていただいてる間も、過去の号数を、奥から美容師さんが出して来てくださったので、全部読んだ。あ~、面白かった!午後からは、また、片付け。もうね~、凄い勢いでやってます。母の家から、お座布団を借りに行った。我が家には、7枚しかなかった。それも、「笑点」の座布団にカバーをしてあるものが3枚と、同じ「いせ辰」のカバーをしてある普段使いのが2枚。あとは、「笑点」のカバーのしてないものが2枚。これは使えないよね(笑)だから実質、5枚しかない。母のところから、8枚借りてきたから、使えるものは全部で13枚。全員で15人だから、そのうち1人は私だし、あとは、姪っこたちには、ソファに掛けてもらおうかな。あと2日です。ファイト!
2008年11月26日
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色々なことが重なった日々だったので、正直、精神的にとても疲れた。でも、週末には、我が家で姑の三回忌をしなくちゃならないので、ゆっくりもしていられなかった。冷蔵庫に常備してあったユンケルを飲み、風邪気味だったので、今倒れるわけにはいかないと、風邪薬も飲んだ。それでも、なんだか、動きたくなく、新聞を取りに、表に出たら、雨が降っていた。ミルキー、冷たいだろうなあ。きっとバスタオルにも雨水がしみ込み、あの奇麗なフカフカの毛並も、濡れちゃってるかなあ・・。でも、それで良いんだ・・と、自分に強く言い聞かせて、家の中に入った。やっぱり、涙が出ちゃう。完全にペットロスだよ。さあ、気持ちを入れ替えて、嵐クンのために取ってるスポーツ新聞でも見ましょ。・・・・と開いたら、ありゃりゃ、昨日読めなかった昨日の新聞に、グループサウンズのコンサートが、大きく載ってた。客席から、撮った写真だった。これフィナーレの時のだ。今年は、こういうことが多いなあ。実は、嵐クンの国立の時も、私の横で、プロのカメラマンが、盛んにシャッターを切っていた。どう見ても、その時の写真だなあ・・というアングルの写真を、雑誌や、新聞で見た。「ここ、ここに、私いたんだよ」と家族に自慢しても、総スカン。嵐クンに関しては、我が家は冷たいですな~。でも、グループサウンズの記事は、反応ありだった。実は、あの日の翌日、夕方のニュースでも、コンサートの模様が報道された。本当に、一日限りのコンサートだったんだと、後で知った。良いコンサートに行ったんだ、私(笑)さあ、少し頑張って、最後の片付けです。厄介な、書類の整理に、ほとんど時間を取られた。この引っ越しで、一杯、不用品が出てきた。履けなくなった、まだ奇麗なヒールの高いブランドの靴。オネエにあげようと思ったら、一つ以外、全部要らないって。なにかのお返しで頂いた、ブランド物のバックや、私が買った、ブランド物のバック。もう、あまり、ブランド物には興味がない。使いやすい、カルティエのハンドバックだけは、残して、シャネルや、グッチ、ヴィトン、エルメスのリボンなどは、オークションに出しちゃうことにした。何故自分がこんなに凝ったのか、今は不明。これが「ブランド物」の魔力かなあ。今は、人が持っていないデザインのものが、一番欲しい。お洋服の数も、尋常じゃない。何故なら、私は、一切、買った洋服を捨てないから。モード学園時代に買った、BIGIのお洋服も、残ってるから、本当に、もの持ちが良いよな~。悪く言えば、整理が出来ないんだよね。お洋服の整理は、三回忌以後です。明日は、髪を染めに行くから、今日中に、めどをつけなくちゃいけません。明後日は、お掃除です。そして前日は、お出しするお菓子とか、引き出物とか、用意しなきゃなんないし。う~ん、頑張ろうっと。
2008年11月25日
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一晩、ミルキーは、お気に入りのソファにの上で寝た。皆、夜寝るとき、その頭や、体を撫でて部屋に入って行った。もう、生きてないって、嘘みたいだった。ただ、硬くなった足や、冷たくなったからだが、「死」を感じさせた。伯母のお通夜に行き帰りの車中、パパと、帰りは母とどうするか話した。私は、トムの時のように業者に頼んでお葬式をして、お寺に収めるのが、なんだかすごく厭だった。母は、「毎年、お寺から供養のはがきが来てたよ」と言ったが、何だか、胡散臭そうな業者が厭だった。出来たら、いつもいつもそばに置いておきたかった。昔、高校の先生が可愛がってらした犬が死に、剥製にしたのを見せてもらったことがあるが、あれも、どうもなあ。やっぱり、庭の片隅に、そうっと葬ってやりたい。パパが「お前はどうしたい」と聞くので、正直に言った。それまでは、自宅の庭に埋めたりしたら、良いことがない・・・とか、墓石にしていた石が割れた・・とかあまり良い話は聞かないので、業者に頼むのが良いと思っていたが、どうしても手放したくないという思いに駆られた。母は「昔は、庭に埋めたもんよ」と言っていた。そういえば、東京の伯母のところで飼っていたワンコが死んだ時も、従兄弟が赤い実の成る青木の根本に穴を掘って、埋めてやったなあ。パパが意を決したように言った。「それじゃ、そうしよう」。今朝、伯母のお葬式に行く前。お日様に溢れる東側の斜面の下の方に、パパと二人で降りた。パパがスコップで、ミルキーを入れる穴を掘っている間、傍にしゃがみ込み、新しいフカフカのバスタオルに包んだミルキーを、膝に乗せ、抱きしめていた。顔だけ、出して、頬ずりしてみたら、もう、とてもミルキーは冷たかった。涙が出て、仕方なかった。パパが、そのまま土の上に置くのを憚り、そばの木の大きな葉っぱを沢山ちぎって、敷いてくれた。黙って両手を差し出すパパに、ミルキーの亡骸を渡した。「ミルキーばいばい」とパパに渡したら、そっと穴の中に置いた。やっぱりそのまま土をかけるのが厭だったのだろう、パパは、一杯の葉っぱをその上からかけ、そっと土を戻した。そして、横にあった、大きな石を上に置いた。二人で手を合わせ、斜面から登った。これで、ミルキーがいつも一緒だと思うと、少し、心がなごんだ。庭に埋めて、正解だったと思った。伯母の葬儀は、とても立派なものだった。伯父が中学の校長をしていたので、教育関係者の参列者が、多かった。病院の伯母の顔は、浮腫んでしまって本当にかわいそうな姿だったが、お棺の中の伯母の顔は、昔のままの美しいお顔だった。伯母は、ほんとうに美しい人だった。○○小町と若いころから評判で、母だけ、祖父に似て劣等感を持っていたらしい。人柄も、いつも控えめで「はんなり」した人だった。まだ元気な頃、お正月に訪れた時、かまぼこを包丁一本で、扇のように切っちゃう技とか所謂「飾り切り」が上手で、子供だった私が「すごい!」と言うと、「なーんもないよ」って、奇麗な笑顔をして穏やかに笑っていた姿が、今も、鮮やかに思い出せる。いつもいつも、エプロンをして、くるくると動いていた元気な伯母がそこに、物言わぬ姿になっていた。母方の親戚には、こういう時にしかあまり会わない。4人の従兄弟はすべて、男の子というのもある。亡くなった伯母の息子の一人は、東大のボート部で、活躍した巨漢だったが、今はスリムになり、政府の建築関係の会社にいて、東京近郊にいるから、なかなか会わないが、小さなころは、反対に私が東京にいたから、余計に会えなかった。でも、遊びに来た時は、一緒に近くの海に海水浴に行ったものだ。もう一人の従兄弟とは、伯母の入院中に、よく会った。もう、下の息子が医大生になっている、優しい良いお父さんだ。私をはさみ、ひとつ年上と、ひとつ年下の従兄弟たち。何だか、名前の下に「ちゃん」をつけて呼んでくれるのが、くすぐったいようで、嬉しかった。下の叔母の息子たちは、小さな頃にあったきりだったので、本当に初対面みたいだった。お骨になった伯母は、本当に小さかった。御葬儀も全部終わり、初七日もすませ、会場を失礼した。何だかとても疲れた。帰宅し、ミルキーのいる場所を見たら、雨が少し落ちてきた。「ああ、ミルキーが濡れちゃうなあ」と思ったが、そうやって、土に帰っていくのだろう。今日は、なんて、悲しい夜なんだろう。
2008年11月24日
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実は昨日の早朝のこと。電話が鳴った。休日の6時過ぎ。こういう時間の電話に、良いことはない。ミルキーの容体に何かあったのかと、ドキドキしながら受話器を取った。母からだった。「あ、朝早くごめん。」「良いよ、パパゴルフだから、起きてたから」「あのね、今朝、4時過ぎ、伯母ちゃんが亡くなったって」「え?」東京の伯母なら、心配させまいと、母のところより私に電話がかかってくるはずだ。・…ということは、寝ぼけた頭に、「伯母」を判断する機能が働いた。あ、そうか、母の姉の伯母ちゃんだ。あの、ずっと危篤状態で、入院していた伯母だった。「御通夜や、お葬式のことはまだ分からないから、解ったら、電話するわ」「うん、解った」「お母さんは、先に行ってるから、あなたは来なくていいわよ」「うん」で、私は予定通り、コンサートを楽しませてもらった。伯母は、ずっとリウマチを患っていた。母は三姉妹で、母の姉も、妹も、リウマチが出た。三姉妹でリウマチにならなかったのは、母だけだ。祖母も、リウマチで寝たきりのまま、亡くなったから、遺伝だ。結婚する前は、お正月とお盆に、毎年、会いに行ったが、結婚して、オネエが小さな時、初めてのお墓参りの時に尋ねた。その時、不自由な体で、あれこれしてくれようとする伯母の姿に、ああ、もう、尋ねたらいけない…と思い、それから、お墓参りは毎年お盆にしていたが、伯母の家には、行っていなかったから、伯母に会ったのは、20年ぶりに病院にお見舞いに行った最近だった。その伯母が、20年ぶりに会ったら、見るも無残に顔はむくみ、両手両足も、ぽんぽんにむくんだ姿で、しゃべることもできず、本当にかわいそうだった。母は、しょっちゅう、お見舞いに行っていたが、私は、パパと母と一緒に3回ほど、お見舞いに行っただけだった。危ない…という話は聞いていた。お通夜は、今日の夜、お葬式は明日になった。今日もパパはゴルフ。早めに帰って、お通夜に行く予定だったそのお昼前。今度は、獣医さんからの電話。「すみません、さっき、一回、呼吸も心臓も止まったんですが、心臓マッサージをしましたら、いま、息を吹き返しましたので、すぐに来ていただけますか?」「はい、すぐに伺います」電話を切って、家にいたオネエとチビと三人で、すぐに車に飛び乗り、家から7~8分の獣医さんに向かった。中に入ると、「あ、こちらからどうぞ」と、いつもの診察室からじゃなく、入口近くのドアを開けてくださった。檻の中に横たわったミルキーは、目を開いているものの、動かない。「ミルキー」と呼びかけても、お見舞いに行った際は、動いたしっぽも動かない。先生がやってきた。「もう、厳しい状態です。さっき一回心停止したんですが、今、また、息を吹き返しましたので、電話させていただきました。」「そうですか・・・。抱っこしてもいいですか」「あ、抱いてやってください」点滴の管が付いたままのミルキーをそっと抱いた。軽かった。もう、いつもの重さの半分の重さだった。「ミルちゃん」と言ったら、涙が出てきた。フワフワの頭に、顎をくっつけたら、暖かかった。次にチビが抱っこした。チビも、もう泣いちゃっていた。「ミルちゃん、しっかりして・・」次にオネエが少し上向きに抱いたら、まるで断末魔のような鳴き声を2回上げた。目は黒眼のまま。開いた口からは、舌がだらりと出ている。もうダメなんだろうことは、その様子で解った。先生が「今、鳴きましたね」とすぐにいらした。やはり、鳴くということは、状態の悪い時には、鳴く元気が残っているということなんだろう。しかし、檻の中に戻されたミルキーは、全く動かなくなった。何回も、先生が心臓マッサージをして下さった。暫く、本当に暫くマッサージをしてくださっていたが、大きなため息をつかれ、聴診器で心音を聞いていらしたが、「残念だけど、11時半・・ですね」もう、ミルキーは鳴かないし、動かない。いつもめんどくさそうに、しっぽで返事していたのに、その長い、フワフワの尻尾も、ぴくりともしない。オネエもチビも、大きな声で泣かないよう耐えていた。先生が、段ボールを用意してくださったが、私は持ってきたピンクのタオルケットでくるんで連れて帰りたかったので、「ありがとうございます、これに包んで帰ります」と言うと、「じゃ、これ、敷いていってください」と、亡骸から出る汚物がこぼれないよう、オシッコシートをその上に敷いてくださった。動かなくなったミルキーを抱いて、裏口から、表に出た。まだ、ミルキーは暖かかった。車に乗ったら、オネエが、「私が抱っこしてく」とミルキーの亡骸を私から受け取った。家までの道すがら、3人とも、何も言えなかった。何か言ったら、わーーーっと泣き出しそうだったから。大切に大切に抱いて、家に入り、ミルキーのお気に入りだッたソファに寝かした。死んでるなんて、信じられなかった。いつものように、本当に可愛い顔のままいつものように、そこにいた。「やっとおうちに帰ってきたね」というのが精一杯だったが、昔、実家で飼っていた三毛猫のトムが死んだときのように、際限なく、泣くことはなかった。いつかきっと、こういう日が来ると、覚悟していたし、16年の月日、いつもいつも一緒だったのに、家を建てる間、何の罪もない彼女を、母に預けたことや、慣れ親しんだ家を勝手に建て直してしまい、また、この家に帰ってきた時からの彼女のストレスを考えると、本当に申し訳なくて、泣けなかった。かっと見開いた大きな黒い目を、そっとつむらせてやった。そうすると、本当に、亡骸には見えなかった。いつもと同じ、可愛い寝顔だったし、頬を寄せると、まだとても暖かかった。3人で、可愛い頭を撫でたり、呼びかけたりしたが、二度と、「ニャー」と優しい声で鳴くことはなかった。パパにメールした。死に目に会えなかったパパは、少し後悔していることがあった。具合が悪くなった頃、朝、ソファにいたパパの膝の上に上がろうとしたそう。白い毛がつくのが厭で、「だーめ」と言ってしまい、賢いミルキーは、そうっと上げた前足を下し、諦めたように、パパの横に丸くなって寝たそう。「あの時、抱っこしてやれば良かった・・・」と、パパはずっと、言っていた。あの時、すでに、具合が悪くて、不安になって、甘えたかったのだろうと、ずっと、パパは自分を責めていた。暫く、そばにいたが、一人二人と、自分の部屋に帰って行った。いつものように、そこには、ミルキーと私だけになった。「ミルちゃん、気が付いてやれなくてごめんよ」と言ったら、やっぱり泣いちゃた。でも、私が泣いたら、子供たちも泣きたくなっちゃうだろうと、一生懸命こらえた。ミルキーは、本当に賢い、可愛い子だった。そのままそこに寝かしてやった。暫くは、暖かったが、夕方になったら、もう硬直が始まって、柔らかかった肉球も冷たくなってきた。ずっと傍にいてやりたかったかったが、パパが帰ってきて、お通夜に行く時間になった。パパは「おーおー、とうとうこういう姿になっちゃったか、生きてるみたいだな」と言い、そっと頭を撫でていた。ミルキー、伯母さんのお通夜に行ってくるね。早めの夕食を取り、パパと喪服に着替え、出かけた。今日は、なんと言う日だったんだろう。母は、「伯母ちゃんが、ミルキーを連れていっちゃったんだね」と言った。そうかもしれない。本当に、なんて日なんだろう。
2008年11月23日
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トイレに立ったら、みんな頬を紅潮させていた。そりゃ、60歳前後の人が、我を忘れて、歌ったり、叫んだり、踊ったりなど、普段はしないもんね。やっぱり、みなさん、私より年配だった。勿論、同じくらいかなあ…という方も多い。開演間近に飛び込んだので、入口のところで、プログラムをもらわなかった。表に出たついでに頂いてきた。これ「栄光のグループサウンズ大集合」って言うコンサートなんだ(笑)曲名も書いてあったけど、演奏しなかった曲もあった。タイガースの「君だけに愛を」をワンズが歌う予定だったみたい。聞きたかったなあ。ワンズやヴィレッジシンガースは、バンドで出てきたが、やはりタイガースは、加橋かつみだけだ。まあ、私は彼のファンだったから、良いけどね。そりゃー、そうだろうなあ。メインボーカルのジュリーこと沢田研二は、現役の一流歌手だし、サリーこと、岸部おさみは、今は、岸部一徳という、一流の俳優さんだし、加橋かつみが抜けた後に入った、サリーの弟、岸部四郎も、現役のタレントさんだし、タローって呼ばれてた森本太郎は、今や、作曲も手がけるプロデューサーだし、ドラム叩いてたピーこと、瞳みのるはタイガース解散後、慶応大学の文学部に入ったのち、現在は中国語の参考書や、著書の多くを出す文学博士であり北京留学後も、翔君の出た慶応義塾高校の教師を続け、押しも押されもしない、日本の中国語学者の第一人者の「人見豊」さんだ。こういう集まりには、出てこないのは、当たり前よね。以前にも書いたが、かつみちゃんが、タイガースを脱退した後パリに飛び、帰国後、ミュージカル「ヘアー」に出演し、その際、高校生だったユーミンと知り合い、かつみちゃんのソロアルバム発売の際は、ユーミンが、かつみちゃんに曲を提供しているんだよね。それが、初めて世に出た「荒井由美」の名前。さあ、後半が始まります。席に戻ったら、パパが、「耳に残ってる曲も多いよ」。良かった。全然知らなかったら、つまんないもんね。横で女房が興奮して、一緒に大きな声で歌ってるのに、かわいそうだもん。良かった。さあさあさあ、出てきました、かつみちゃん。私が今日ここに来たのは、この人に会うためです、はい。おーーー、髪がもう、真白だわ。オネエが3歳の頃、近くのショッピングセンターに、やはり今回のGS達と来た時以来だから、20年ぶりかな。さっき、アナウンサー達が「40年ぶりだ」って言ってたけど、私には、20年ぶりなんだよね。最初は「廃墟の鳩」。この曲、かつみちゃんがタイガースにいた、最後のアルバムの中の曲。もう、本当に涙もの。たかーーい声が、いまだにちゃんと出てる。「けがーれない世~をこの地上に~再び作る~ために~人は目覚めた~」良い曲だわ。次はデビュー曲の「僕のマリー」。私は、この次に出た曲「シーサイドバウンド」で、タイガースにおちた。でも何故か、歌ってくれないよ・・・。そして、大ヒットした「モナリザの微笑」。もうね、私は思いっきり、歌ってます。そして、次は、一般公募で歌詞をつけた「花の首飾り」。勿論、私も応募したけど落選した。この曲は今、フジTVの昼ドラの主題歌にリメイクされてます。そして最後は、ジュリーの曲「色つきの女でいてくれよ」。MCは「わあ、上の方まで一杯ですね~、落っこちないで下さいね」だけ。本当に昔から、口数少ないんだよね。かつみちゃんは、美術に長けてて、毎週雑誌にイラストを描いていた。それを大きな画集にして出した「YVE'S(イヴ)」。勿論、今となっては大切な私の宝物です。あの頃のこと、一杯思い出した。お母さんが教師で「ママちゃん」て呼んでた事とか、私、昔からミーハーだったんだなあ(爆)そして、大御所、ブルーコメッツの登場。うわーーー、オリジナルメンバーだよ!三原綱木さんがMCを。「平均年齢68歳のブルーコメッツです」には、会場から大きな拍手。「空のかなたに」を歌ってから突然三原さんが言い出した。「俺さー、けんちゃん見てると本当に不安になるんだよ」には会場大爆笑。言われた高橋健二さん「大丈夫、大丈夫」とギターのピックを持つ手を振りながら「大丈夫だよ」。「でも、さっきから、指がつる」には、またまた大爆笑。「だってさ、けんちゃんと小田さん、古希なんです」えーーっそうなんだ!確かに、高橋健二さんは、髪も禿げあがって真白だし、お鬚も真っ白。どう見たって普通のお爺さんだ。小田啓義さんは、まだ若いが独身だそうで、年上の女性が好みで募集中だそう。三原さんいわく「小田さんより年上って、どんなだ」(笑)一曲歌い終わるたび、三原さんが「けんちゃん、大丈夫?」と聞くのが、可笑しい。「ブルーシャトウ」は勿論のこと、「北国の二人」「さようならのあとで」「青い瞳」などを歌った。私がブルーコメッツでいちばん好きな歌は「すみれ色の涙」。後に、岩崎宏美がリメイクしたが、オリジナルは、ブルーコメッツだ。優しくて、奇麗な曲だから、大好き。MCで亡くなった井上忠夫さんのことを少し。「僕は、本当に大ちゃんを尊敬してます」と三原さん。そのあと「今から、ちょっと激しい曲やりますけど、けんちゃん倒れたらすぐに救急車呼ぶから」なまじ冗談じゃなく言ってるのが、本当に可笑しい。見てると本当に「大丈夫かなあ」って気にさせられる。「ルシール」かな?フュージョンのかなり激しい演奏が始まった。ベースのけんちゃん爺ちゃん、超カッコいい。こういうお爺さん持ってるお孫さん、幸せだなあ。ドラムのジャッキーさんも、凄い。10分以上の演奏だった。会場からは、ひっきりなしの手拍子と、「ヒューヒュー」と口笛も。そしてフィナーレ。わお、「シーサイドバウンド」です!これが聞きたかった。もう会場中総立ちでの手拍子。そしてお決まりの掛け声「踊りに行こうよ、青い海の元へ(ゴ―バウンド!)」思わず私はこの歌のステップをしちゃってた。左に飛んで右に飛んで、後に二歩前に二歩。ステージの上も、みんなで同じ振り。そして腕をあげて「ゴーバンド」めっちゃ楽しい~。60歳前後の人達が、一緒にステップ踏んでます。もう時代が完全に戻ってる。「シーサイバン、ゴーバン」最高潮を迎え、コンサートは終了した。楽しかった~。時代を共有した人たちと一緒に、その時代に戻って、楽しい時間を過ごした。表に出ると、TVの取材カメラがいて、インタビューを受ける観客も沢山いた。私はすぐにパパと売店に走って、ワイルドワンズの直筆サイン入りのTシャツをゲット。嬉しい!パパと歩いてショッピングセンターに戻り、成城石井で買い物をし、二階のレストランで夕食を摂った。パパも、懐かしいって。二人で楽しめ、良かったです。こんな楽しい夜、久し振りだった。VIVA GS!感謝。
2008年11月22日
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ゴルフに行ったパパを待って、名古屋に出かけた。会場は、オネエの大学の記念館である市民会館。卒業式も、大学院の入学式も行かなかったから、行くのは、オネエの入学式以来だ。駐車場が狭いので、大好きショッピングセンターの駐車場に止めた。どうせ終わったら、買い物をするし、食事もするから良いよね。歩いて5分もかからない。会場についたら、開演2分前。あわててトイレに駆け込み用を足し、指定席に向かった。チケットを買ったのが、2週間前だったから、期待しなかったが、まあまあの席だった。驚いたのは、男性客が、半分くらい入っていたこと。あんりゃ?あの頃、男の子のファンていたかなあ。大体、熟年のご夫婦が多かった。私とパパなんか、うんと若い方だった。ロカビリー世代ばっかり。出てきたメンバーたちの話題も、歳を重ねた人にしかわからない共有した時代の話が多かったし、ワンズの植田クンは、ギャグを飛ばし、まるで「きみまろ」の話術みたいに可笑しく、会場は爆笑に次ぐ爆笑だった。それぞれのグループや、一人で出てきたメンバーが、3曲~5曲歌った。最初は、ワイルド・ワンズ。このグループは、結構、TVでも露出度が多いから、たいして、珍しくないが、何曲か唄った歌が、懐かしかった。「青空のある限り」、「愛するアニタ」これ、大好きだった。ドラムの植田クンが、ドラム叩きながら、少し上を向きながら唄う。加瀬さんが、毛糸の帽子をかぶってた。きっと、脱げない状態なんだろう(爆)他のバンドの曲もメドレーで歌った。「あなたのいる空」や、ワンズは、もともと、加山雄三のバンドだったので、「お嫁においで」も、もちろん、かの「思い出の渚」も歌った。MCの植田クンが、「実はTシャツを作りました」。見ると、メンバーの直筆サイン入り。「これがね、ジャニーズだったら6千円8千円しますが、僕らは、そーんな身の程知らずじゃ~ないです(爆)このサイン入りのTシャツ、今回に限り、2千円、たったの2千円で販売してますので、よろしくお願いします」もう、これには、会場も大爆笑。しっかし、ジャニーズのサイン入りのTシャツなんか、6万円出しても、なかなか買えないんだよ(*^^)v植田君。次が、ヴィレッジ・シンガーズ。そう、あの「亜麻色の髪の乙女」の元歌のグループ。もうね~、懐かしすぎて、涙がでそうだった。私はこのグループの「バラ色の雲」がだ―――いすきだった。「バラ色の雲と~、思い出を抱いて~」一緒に大きな声で歌っちゃった。「好きだから」「太陽は燃えている」のほかに海外の歌も。清水君、ものすごく歌が上手かったのにはびっくりした。パパも、「うまいなあ」そして最後には、もちのろん、「亜麻色の髪の乙女」。そして次に出てきたのはジャガーズの岡本信君。昔は本当にカッコ良かったのになあ(笑)「君に会いたい」「キサナドゥーの伝説」を熱唱。バックバンドは、若い子のバンドだったが、この「キサナデゥーの伝説」を歌うとき、いつも岡本クンは手に鞭を持ってたなあ。これも、両方とも歌えちゃった。他に「マドマゼルブルース」や、「ダンシングロンリーナイト」も。次に出てきたのが、ゴールデン・カップスの、マモル・マヌー。当時このグループは、なんか特別だった。外人が多くて、あのゴダイゴのミッキー吉野も、このグループのメンバーだった。先日、メインボーカルだったデイヴ平尾が亡くなったばかりだ。やはり亡くなった元カーナビ―ツのアイ高野とか、今も活躍する柳ジョージがいた。今日は、マモルマヌーだけ。やっぱり、デイヴのことを悲しんでた。そりゃ、まだひと月も経ってないもんね。「長い髪の少女」が、凄くかっこよかった。出てきたマモルマヌーが、「マモルマヌーです」会場、シーン。「詐欺じゃないですヨ~、僕ですよ」と言ったのには、会場から大爆笑。「銀色のグラス」「愛する君に」ももちろん唄った。そして、グループサウンズブームのかなり後半にでてきたオックス。当時このグループのボーカリスト、野口ヒデトが指さすと、その方にいた女の子が失神しちゃうのが、話題だった。後に、演歌歌手になって、「真木ヒデト」って名前になっちゃったけど、今日は、オックスとして出演。開口一番、「今日は僕が一番若いです」(笑)唄い始め、昔のように、客席を指さす。だが、反応が薄い。大ヒットした「スワンの涙」を歌い終わって「昔は、名古屋は本当にすごくて、指さした先の女の子が失神しましたが」自分の人差し指をまじまじと見て「今はこれ、ただの指になっちゃいました」には、会場大爆笑。「ガールフレンド」「ダンシングセブンティーン」「オックスクライ」を歌って、最後にローリングストーンズのメドレーも。そうなんだよね、この世代は、リアルビートルズ世代だから、ビートルズ派かローリングストーンズ派かだったなあ。私はビートルズ派だったけど、「ルビーチューズデイ」や「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」「アズ・ティアズ・ゴー・バイ」などは、当時大好きだったタイガースのアルバムに入っていたので、歌えます。そこで、東海TVで、いつもニュースを読んでいるアナウンサーの高井一さんと、東海ラジオの大御所、蟹江篤子さんが、出てきてMC。そして休憩になった。ここまでたっぷり2時間。自分で驚いちゃったのは、ほとんど、歌えちゃったこと。当時、私は中学1年生だった。このころに覚えた歌は、歌詞もちゃんと覚えてるもんなんだなあ。我が家は、クラシックしか聞こえない家だった。母は声楽をしていたし、私もピアノと声楽を習っていた。歌番組なんてのも、見なかった。隣の伯母の家で、歌謡曲を聞いたが、ピンとこなかったし、その伯母も、越路吹雪や、菅原洋一が好きだったから、歌謡曲は、あまり聞かなかった。そんな中での突然のグループサウンズの出現だった。物凄いショックだった。こんな音楽があるんだ!と思った。当時、出てきたのが、ブルーコメッツ、タイガース、テンプターズだった。そして、タイガースにはまった。チョコレートの包み紙を集めて送って当選し、国技館のコンサートに始めて行った時、もう、本当にうれしくて、嬉しくてたまらなかった。14歳の私だった。叔父が大宮高校の教員をしていて、テンプターズの松崎クンが教え子で、叔父に頼み込み、ショウケン、萩原健一さんのサインをもらったり、もう、夢中だった。会場に来ている人は、どう見ても、私より年配。60歳前後の人ばかりだ。そんな人たちが、大きな声で叫んだり、足や手でリズムを取ったりしてる。本当に、楽しそうに歌ってる。こんな空間てないよね。とても、素晴らしいと思った。長くなり、字数が足りなくなりそうなので、ここで後半は別に書きます。
2008年11月22日
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本当なら、今日は今月の革工芸の日だった。でも、掛かりの方に連絡し、今年一杯の活動は、お休みさせていただくことにした。来週は、おばあちゃんの三回忌があるし、とても、コンコンと革を打っている、工芸をしている余裕がない。先日美容院で、いつもご一緒する方と偶然、お目にかかった。今日が、そのレッスンの日だと知ったので、昨日まで考えたが、今月もお休みすると、12月だけってわけに行かないなあ・・と思い、思い切って、今年一杯は、お休みすることにし、電話でお伝えした。無理をしても続かないし、楽しくないもんね。最近、もう、耳を蔽いたくなるようなニュースばかり。もう、本当に、どうなっちゃってるんだろう。若者は、一流大学の学生が大麻で捕まり、普通の主婦にまで大麻が万延しているそう。捕まった外人の売人が「日本は、本当に大丈夫なのか」と落語のような心配をするほどになってしまった。犯罪も、凶暴化している。先日の厚生省の元職員の刺殺事件も、物騒ったらありゃしない。思想的なものなのか解らないが、そこまで人を憎むことが、どうしてできるのかなあ。経済も、どんどん株価が下落し、不況の一途をたどっている。大学3年生のチビは、まともに、その影響を受ける。日本は、本当に、大丈夫なのか・・・。夕方、子供たちと獣医さんに行った。「今日は、少し動いたりしたんで、流動食を食べさせましたが、戻しちゃいました」そうなんだ。本当に、一進一退だなあ。横になったまま目だけ開けているミルキーの頭を撫でた。元気出してミルキー。辛いだろうなあ。気持ち悪いだろうなあ。うちじゃない場所で、知らない動物ばかりの中で、どんなに不安だろう。早く、うちに連れて帰ってやりたいが、今のままじゃ、どうしようもない。先生に「よろしくお願いします」と言って、帰宅した。実は、明日、私とパパは、コンサートに行く。40年ぶりのグループサウンズのコンサートだ。2週間前に、コンサートがあることを知って、ダメ元で、問い合わせたら、まだS席があるという。すぐに、予約して、チケットを手に入れた。パパは、グループサウンズには、引っかからない歳。私は、たぶん、一番下の世代だ。だれが来るのか、だいたいしかわからないが、めっちゃくちゃ楽しみ。嵐クンのコンサートやお芝居が、最近無いから、コンサート飢餓状態だった。嵐クンと言えば、来年2月~3月にかけ、相葉ちゃんが、お芝居をする。先週、抽選の払込みに行ったが、当たるかなあ。かなり、ファンの数も増えたし、激戦だろうなあ。当たったら、久し振りのお芝居、楽しみです。
2008年11月21日
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最近、また、少し通販にはまっている。ここのところのヒットは、みかん。普通のみかんは、実ったら、早めにもいで、暫く、むろに入れて、熟したものを販売している。そうしないと、熟して、下に落ちちゃうからだ。所が、最近みつけたのは、突然変異のみかん。何が、突然変異かってーと。ミカン農家の人が、ある日、黄色く熟したみかんが、落ちずに、そのまま木で腐っていく一本の木を見つけたそう。で、その木を研究し、熟しても下に落ちず、そのまま実ったまま熟す木を増やしたそう。で、注文があってから、熟したみかんをもいで送ってくれる・・・というものだった。だから、めちゃくちゃ美味しい。香り、風味が違うし、味もおいしい。一度頼んだら、あっという間に、無くなっちゃった。ありゃ?もうない・・と思って聞いたら、「あたし、一日に5つ食べてる」ってオネエ。おいおい、これ、普通のみかんよか高いんだよ~。まあ、高いって言っても、普通の段ボールの半分で一箱1980円だから、そう高くはないか。で、三回忌にお客様に食べていただこうと、また、注文したら、今日、届いちゃった。こりゃ、また、食べられちゃう・・と、10個ほどガラスの深めのお皿に入れて、寒い表の物置に確保した。この前は、注文があってから、もいで送るので、少し時間がかかりますって、頼んでから、1週間くらいかかったのに、今回は、注文した翌日に、もいで送ってくださったそうで、早かった。その上、前回のより、大きい。それから、懐かしいものを見つけたので、注文した。クジラのベーコン。これ、私の世代には、たぶん、超懐かしい物だろう。給食に出てきた食材だ。硬くて、噛んでると、どんどん美味しくなってきたものだ。歯が弱ってきたので、以前、ちゃんとしたものを見つけたのだが、手が出せなかった。先日、切り落としの物を見つけ、注文したら、柔らかく、小さな切れ端が届いて、これがまた、美味しかった。チャーハンに刻んで入れたり、スープのだしにしたり、そのまま食べたりしている。小分けになったものが8袋だから、使いやすい。それから、暫く頼んでなかったら無くなっちゃった韓国の豆乳。これ、本当においしい。日本の豆乳みたいに、まずくない。トロンとして、少し糖分が入っているので、味もおいしい。朝はこれに限ります。朝と言えば、最近の我が家のマイブームは、マフィン。そう、あのCMのマフィン。休日の遅く起きた朝は、ブランチにCMのようにマフィンを半分に割いて、少し焼き、バターを塗って、メープルシロップをつけたり、ブルーベリージャムを乗せたり、私は、甘いものがダメなので、いつもスクランブルエッグを乗せて食べている。CMみたいに、本当に回りはカリッとして、中はふかふかでおいしいです。通販、食べ物は、結構なんでも買えるし、美味しいものがいながらにして食べられるから、良いですね。休診の獣医さんからは、何の連絡もない。今日は、どんな様子だろうなあ。知らせのないのは、良い知らせって言うから、お任せしましょう。
2008年11月20日
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残っている段ボールは、あと5つ。台所関係が一つと、書類関係が二つ、玄関にしまう場所が決まっていない物ばかり入った物が二つ。やっとここまできた。8月末に引っ越しをして、凄い勢いで、100個近くあった段ボールを、片付けたのは最初のひと月だけ。10月に入ったら、ひとつひとつ、何か自分にご褒美を用意しないと、出来ない状態になっていた。あれを片付けたら、DVDに印刷をする。これを片付けたら、クリスマスのデコレーションをする、それを片付けたら、買ってきたお花を植える・・・。好きなことをご褒美にして頑張ってきたが、11月からは、一日二つ片付けたら、もう、日々の生活、家事に追われて、なかなか進まなくなった。それでも、やっと、あと5つになった。勿論、洋服などは、また別。全く片付いてない。とりあえず、タンス部屋に押し込んであるし、本も、縛ったまま、書庫に押し込んである。両方とも、三回忌が終わってから、ゆっくり楽しんで片付けようと思っている。昨夜、獣医さんに家族でミルキーの見舞いに行った。状態は、あまりよくない。全く、動こうとしないそう。点滴も、栄養の物と、強肝剤と、していただいているそう。先生の口調は危ういことを、やんわりと伝えようとする。「厳しいですね」。そっと抱いたら、少し反応があった。そして今日、夜、パパは忙しくて間に合わないので、買い物に出ていた私と、オネエとチビと別々に獣医さんに向かった。「今日はね、寝返りをうったり反応も良いですけど、どうかな・」薄皮を剥ぐように、少しでも良い方に向かってると良いんだけど・・・。明日、獣医さんはお休みだけど、ご自宅なので、何かあったら、すぐに電話してくださいと伝え、獣医さんを後にした。ミルキー頑張って。一緒におうちに帰ろうね。神様、ミルキーをもう少し、生かせてください。大切な子なんです。お願いします。チビが、ミルキーの可愛い写真を出してきた。こんな可愛い事、したんだね。乾燥機の中に入っちゃったミルキーと、ジュリアンが子犬の時、ミルキーを抱っこしてる様子。勿論、ミルキーは、厭がってジュリアンに噛みつこうとしてます
2008年11月19日
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先日、クリスマスの飾り付けをした。沢山の飾りの中から、ふわふわの毛糸で出来たクリスマスツリーが出てきた。思わず、そっと抱きしめ、泣いた。このクリスマスツリーは、亡くなった従姉妹のお姉ちゃんに作ってもらったものだった。従姉妹は、編み物が本当に得意で、上手だった。お姉ちゃんが編み物をしている姿は、すぐに思い出せる。自分の着るものはもちろんのこと、子供の物や、たぶん、孫の物まで、編んでいたのだろう。ある暮の事。嵐君のお芝居で、東京に帰った日。いつものように、伯母の家に行った。伯母の家は、下の従姉妹の家に渡り廊下でつながっていた。上の従姉妹の家も、その母屋の裏にあった。昔は、大きなお屋敷で、茶の間から、広い芝生の生えた庭を見ながら、長い廊下を歩いて行くと、お客様用のお玄関に行き着いた。勿論、裏には家族用のお玄関もあり、本当に広い家だった。後年、リフォームをして、そのお客様用のお玄関の方だけ残して、下の従姉妹の住まいを建て伯母は、その昔のままの建屋に住んでいて、伯母の家と下の従姉妹の家のダイニングが渡り廊下でつながっていた。その日も、伯母とそのダイニングで、おしゃべりをしていた。下の従姉妹の家のダイニングには、広い飾り台があって、従姉妹のコレクションやらが置かれていた。ふと見ると、そこに、ちょこんと可愛いクリスマスツリーが置かれていた。ふわふわの毛糸で、うまく、モミの木の感じが出ていて、所々には、小さなオーナメントもぶら下がり、てっぺんには、黄色いお星様まであった。「きゃー、可愛い!」と言った私に、裏の家からやってきた、亡くなった上の従姉妹が、「あーやっぱりそう言うと思った」と優しい笑顔。「これ、お姉ちゃんが編んだの?」と聞くと、「そうよ~、可愛いでしょう」とユーモアたっぷりに言った。「欲しいよ~」とねだると、「これはだめだけど、そのうち編んだげるわね」と約束してくれた。そして次の年の秋、やはりまた、嵐君のコンサートの際、伯母の家に行った時、お姉ちゃんが、小さな箱を「はい」と渡してくれた。「ん?」と思って、開けたら「!!!!」あのふわふわのクリスマスツリーが入っていた。「わあ、ありがとう!」という私に、お姉ちゃんは、「約束だもんね、そうやって、『わあ』って嬉しそうにしてくれる人がいると、私もうれしいわ」と優しい笑顔で言った。勿論、大切に持ち帰り、次の年から、ほかの飾りと一緒に、お玄関にチョコンと飾った。そんな事を、ふわふわのクリスマスツリーを見ていたら、走馬灯のように、思い出した。そして、たまらなくなり、泣いた。お姉ちゃんは、もう、この世にいないんだなあ・・・と、改めて、思い知った。悲しかった。寂しかった。お姉ちゃん、今年も飾らせていただきますね。ふわふわのクリスマスツリー。私の大切な大切な宝物になりましたよ。従姉妹のお姉ちゃんが編んでくれた、クリスマスツリー。何とも、可愛いです
2008年11月18日
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ここのところ、少し様子がおかしかったミルキー。ずっとソファに寝たきり、餌をたべようとしないし、遊びにも来ない。抱き上げると、体重も軽くなっちゃった。おかしいなあ・・・。元気が全然ないなあ・・・。ずっと心配だったが、今日は決定的におかしかった。水を飲もうと、やっとソファから降りたミルキーは、よたよたと歩き出した。あれ?やっぱりおかしい。と思ったが、今日は午前中に用事があり、獣医さんに連れて行ってやれない。仕方なく、出かけた。マンションの棚子さんが退去し、ずっとお世話になっている不動産屋さんとの立会。先日の約束だったのが、私の体調が悪く、今日に延期していただいたままだったから、余計に、外せなかった。車でマンションに出かけ、久し振りに中に入り、業者の方と、修繕する個所を確認して、書類をかわし、別れた。マンションの前には、大きなイオンタウンがあるので、お昼ご飯を調達し、帰宅。お昼に帰ってきたパパに、報告し、一緒に食事を終えた。ミルキーの様子がおかしいから、今日にでも、獣医さんに連れて行こうと相談し、パパは会社に出かけて行った。午後から、また、荷物の片づけをし始めたら、ミルキーが、また、ソファから降りて、お風呂場にお水を飲みに、歩きだした。餌箱に、ちゃんとお水は入れてあるが、昔から、お風呂場のお水が好きで、いくら叱っても、飲みに行くので、最近は、ミルキーのため、洗面器にお水を入れておくことが多かった。後ろから見ていたら、お風呂場まで歩いて行く間に、二回、ふらっとなって、一度は、足を取られていた。「あっ」と思い、あわててお風呂場に入って行ったミルキーの後を追った。お風呂場の洗面器を前にして、ミルキーは、水を飲む力もなく、そこにうずくまって座ってしまっていた。おいおい、そんなに具合が悪かったのか。と驚いた。すぐに抱きあげリビングに戻り、小さな器にお水を入れ、膝の上にタオルを敷き、ソファに座ってミルキーの口を開け、スプーンで水を流し込んでやった。最初は嫌がっていたが、ミルキーは私が流し込んだ水を飲んだ。こりゃ、まずい。もう、本当にまずい。すぐにパパに電話し、子供たちにもメールした。夜7時過ぎまで開いている行きつけの獣医さんに、家族みんなで、ミルキーを連れて行った。いつも車に載せると、警戒して鳴くのに、タオルケットに包まれたミルキーは私に抱かれて時々、首を動かすだけで、一声も発しない。絶対、おかしい。順番を待って、獣医さんに呼ばれ、中に入った。診察台に寝かされたミルキーを見て、獣医さんは、「あ、もう、意識が飛んじゃってますね」と仰った。いつもの奇麗なブルーの目じゃなく、まんまるい黒眼。つまり、瞳孔も開いている状態。「猫は、腎臓を痛めて死ぬのが多いんですけど、この子は、どうも肝臓みたいですね」「どうして・・ですか?」「目に黄疸が出てます」「16歳なんですけど、寿命ですか?」「いやいや、猫はまだまだ生きますよ」そうなんだ。寿命じゃないんだ。病気なんだ・・・。どうしてもっと早く気が付いてやれなかったんだろう。季節の変わり目は、いつも食欲がなくなるから・・・・と高をくくっていた自分に、どうしようもなく腹が立った。家族が出かけ、昼間はいつも、私とミルキーの二人きりだった。寂しい時「ミルキー」と呼びかけると、どこにいても、ゆっくり歩いてやってきて、私の顔を見上げ「ニャ~」と鳴いた。それなのに、私もここのところの忙しさにかまけ、相手をしてやれなかったし、ソファに寝たままおとなしいこの子の状態に、気がつかなかった・・・。「血液検査しましょうね」とミルキーの前足が、バリカンで毛を剃られた。細い注射器の針が入っても、ミルキーの反応は薄かった。暫く、待合室で待たされ、呼ばれた。「もう、肝臓が、ボロボロですね」「大丈夫でしょうか」とたたみかけるように聞いた。「う~ん、かなり、厳しいです。」そうなんだ。「どうします?入院させるか、通いで点滴加療するかなんですが・・」つまり、獣医さんは、料金のことを仰っているのだ。入院は、動物は保険が利かないから、1日1万円。通いは一回5千円だそう。でも、そこは、どしても助かってほしかったから、家族で短い間相談し、入院させていただくことにした。ミルキーの前足は、細い針が入れられ、包帯とテープでぐるぐる巻きにされ、奥の部屋に連れて行かれた。パパが「どうでしょうね~」ともう一度尋ねると、「う~ん、今の状態からは、なんとも言えません」と厳しい答えが返ってきた。「どうか、よろしくお願いします」と頭を下げた。ミルキー、何とか、元気になって、おうちに帰ろうね。寿命じゃないと聞いた以上、まだ残っている余生を、全うさせてやりたかった。重い気持ちで獣医さんを出た。表は、北風が吹いていた。
2008年11月17日
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昨日今日と、嵐君は、上海公演。良いなあ、行きたかったなあ。中国は、2回行ったし、来年もきっと行くだろうけれど、日本人が行くような観光地には、行ったことがない。飲茶も、所謂、普通の中華料理も食べたことがない。しゃぶしゃぶが多かった。しゃぶしゃぶって、中国から、入ってきた物だって、中国に行って知った。その食べ方も、教えてもらった。でも、ふっつうーに、中華料理、食べたいなあ。肉まんの中身の具のない物が、中国の人の主食。だから、それは食べたし、北京ダックも食べたけど、チンジャオロースーとか、肉団子とか、餃子は、食べたことがない。多分、そういうのは家庭料理で、海外からのお客さんをもてなす料理じゃないんだろうなあ。嵐君達は、今頃、何を食べてるのかなあ~・・。ここ数日、猫のミルキーの食欲がない。季節の変わり目は、いつも、あまり食べないが、ちょっといつもと違うかなあ。少し心配。もう、16歳だからなあ。なんでもないと良いなあ。今日も、パパはゴルフです。のんびり、日曜日・・ってわけにはいきません。月末には、おばあちゃんの三回忌だから。頑張ります。
2008年11月16日
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今日は朝から雨。チビの買い物で、久し振りに、名古屋に出かけた。チビは、今、色々言われている最悪の大学3年生。この不況の中、次々、内定取り消し者の出ている現4年生。そして、厳しい就職戦線を迎える、話題にもなっている3年生だ。可哀そうに、いきなり、株価が下落し、円高になり、不況真っただ中の、来年就職する3年生。「だから、あれほど、手に職をつけなさいって言ったのに・・・」と、ぼやいてみても、後の祭りとはこのことだ。親の言うことは、本当に、聞いておくものだよね~全く、ついてないよね。もっときちんと、スキルアップしておかなくちゃ、これからの世の中、泳いで行けないよ。でも、まあ、まずはリクルートスーツがない…とのたまえば、夫婦そろって、買い物について行く甘い親だ。まだまだ、この甘さが、彼女の行く手を阻んでいるのかもしれないなあ・・と思いつつ、1時間余り待たされ、大学の入学式に買って貰ったスーツしかないから・・と言うので、代えのスーツを用意してやった。おまけに、コートまで買わされた。全くなあ・・・。コートまで、黒を買うというのを、「コートの色で、人間判断するような会社に行くこたーない」と言うパパの一言で、コートは、社会人になっても着られる少しおしゃれなそれでも、かなり、きちんと感のある物にした。うちの会社には、チビと同じ年の社員がいる。その子に比べると、本当に頼りない・・・とパパが嘆く。そういう風にしちゃったのは、親である私たちだから、私は何も言えない。これは、相当に親ばかだと思うが、家事の好きな、素直な子だから、早くお嫁に行って、幸せになってもらいたい・・とも思うが、今は、それも少しさみしいかなあ。チビの買い物が終わり、久し振りに、駅前のデパートに行った。これは、私の用事。物凄いショックなことが起きた。私が大好きだった「POTAGE」というお店が、デパートのビルのリニューアルで、無くなっちゃっていた。ここに来るために、わざわざ栄から、名古屋駅前に来たのに・・・・。大好きなお店だった。置いてある物すべてが、私の好みの物ばかりだった。アクセサリーは、他のお店では、なかなか置いてない私が大好きな「シードパール」の物もあったし、文具は、フランス製の輸入品のお花の模様の奇麗な物ばかりだったし、食器も、本当に、素敵なお花の模様の物がたくさんあったし、大好きなゴブランのバックも、とても素敵だったし、ちょっとした、小物も、本当に素敵な物ばかりだった。宝くじが当たったら、商品全部買い取りたいくらい好きだった。そのお店が無くなっちゃって、有名フランス料理人のお店になっちゃっていた。「えーーーっ、うっそーー」しか言えなかった。折角来たのに、残念で仕方がなかったが、それじゃ・・と、エスカレーターで下に降り、本屋さんに行き、解散。パパも、チビも、私も好きな本を探した。チビは「幸せをつかむゾウ」を、私はなぜか、猛烈に編み物が、それも、モチーフ編みがしたくなり、編み物の本と、探していた「キッシュ」のレシピ本を、パパも、密教の本を買った。パパって、面白い本をよく読む。「山口組の掟」とか、こういう宗教の秘密っぽいのとか、経済の本とか、絶対、私は手を出さない本が好きだ。チビは、ベストセラーが好きだな。私は、バラの本とか、手芸の本とか、お料理の本が多い。最近、京都のおばんざいの本を随分そろえた。あ~、楽しかった。夕食にイタメシを食べ、帰宅。疲れたけど、久し振りに、面白かった。
2008年11月15日
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先月に引いた風邪がずーーーっと治らない。症状は咳と、くしゃみ、鼻水、熱は無いし、日常生活には困らないので、もう、病院に行って、お薬をもらうのも、面倒になり、病院に行かなくなった。それでも、少し寒い日は家で髪を洗うのが怖くて、美容院に行く。昨日、違う病院の予約の日だったが、行くのを忘れて、今日、行くことにしたので、その前に、美容院に行き、シャンプーしてもらった。美容師さんには、本当に色々な人がいる。私の行くのは、若い美容師さんはいない。全部で10人以上いらっしゃる、大きな美容院だから、予約が要らず、行って空いていれば、すぐにしてもらえるから、気軽に行ける。いつも私を担当してくれるのは、中学生の息子さんがいる、離婚なさった40歳過ぎの女性。よく色々な話をする。いつぞや、血液型の話になり、今日、行ったら、「こんなの書いて貰ったよ」と、A,B,AB,O型の相乗関係の書いた図を見せてくださった。それが面白くて、話が盛り上がった。美容院て、女性の貯まり場みたいで面白い。滅多に買わない女性雑誌も、読めちゃうし。美容院を出て、そのまま病院に行った。先日、申請することにした障害者年金に関して、少し先生からお話があったり。まあ、頂けたら嬉しいが、頂けなくたって、構わない・・と言ったら、納得なさってらした。帰宅後、何年ぶりかで、肉じゃがを作った。本当に、久し振りだったな。何故だろう・・・・。解んない。最近、面白いものを買った。マジックなんとかって、ジューサーにもなる、ブレンダー。それを使いたくて、やまいもを買ってきた。調子に乗って、どんどんガーガーやったら、山いもが、スープみたいになっちゃった。手ですったように、少し、山いもの粒子が残らず、全く、クリーミーになっちゃって、あまり、美味しくなかった。これは、ブレンダー向きの食材じゃないなあ。大失敗。パパの誕生日に去年、コーヒー好きのパパのため、エスプレッソの機械をプレゼントした。エスプレット用のコーヒー豆は、普通に売っている豆より、細かく挽かなくちゃならない。その時のこと。このブレンダーで、挽いていたら、熱くなってきて、びっくりした。粉が爆発する話は聞いたことがあるが、こういうことなのだと知った。ブレンダーのボトルが、どんどん熱を持ってきて、熱くなり、挽くのをやめて、ビンに移した。ビンに移してからも、まだ、ビンが熱くなるくらいだった。怖くなって、冷蔵庫に入れて、ほっとした。これから美味しいご飯、いっぱい作ろうっと。
2008年11月14日
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今月の末、姑の三回忌をする。正直、仏事に関することは、何も知らない。お仏壇も、パパの実家の物を持ってきただけ。昔、仏壇らしい、金きらの仏壇だったそうだが、亡くなった姑が、今の家具調の仏壇にしたそう。家を建て替えた時、新しい物を購入しようと思っていた。あまりにも、仏壇らしくなく、折角仏間を作ったのに、そぐわないと思ったし、代々、大切にされてきた仏壇なら、私も長男の嫁として、引き継ぐつもりだったが、金きらのが厭で、いわば、姑の我ままで買った仏壇を、どうして私が引き継がなくちゃならないのか…という思いが、とても強かった。姑に対する、認知症になってからの辛い思い出が、この仏壇をみるたび、思い出し、このお仏壇にたいする嫌悪感がとても強かったのも、正直な気持ちだった。パパも、「守っていくのは、お前だし、お前の良いようにする」と言ってくれ、新しい物を購入するつもりだった。しかし、姑が亡くなり、私の気持ちの整理もついて来て、お仏壇に対する嫌悪感も薄くなってきた。そしてもう一つ考えたのは、我が家は娘が二人。どちらも、養子さんをもらうつもりはない。そんな時代じゃないし、娘たちには、本当に好きな人と結ばれて欲しいと思っているし、お嫁に出るのは、必至だろう。・・・・となると、お仏壇を守るのは、私の代で終わりだ。他家に嫁いだ娘たちの負担になるのは嫌だ。事実、私の実家のお仏壇は、500年前の物で、代々引き継がれてきたが、案の定、今は、母が守っているだけで、母が亡くなったら、その歴史も終わるだろう。何せ、修理してもらおうと仏壇屋さんに相談したら、もう、修理できる職人さんがいないとの事で、そのままになっている。押入れ一個分もある、大きな、大きな仏壇を、この先、誰が守ろうか。そう考えると、ここで、百万円以上もする仏壇を買うのは、間抜けな話だと思った。で、今月末の三回忌には、姑が買ったお仏壇ですることになった。さあて、それからが大変だった。何せ、姑もぜんぜん詳しくない人だったので、中に入る物を、いい加減にしてあった。パパと仏壇屋さんに行き、相談した。実家の仏壇を見てくれた仏壇屋さんだったので、ぶっちゃけた話をして、相談に乗ってもらい、我が家に見に来ていただいた。買う・・と言ってあったので、申し訳ないなあと思っていたが、一目、我が家にあるお仏壇を見て、仰った。「買わなくて大丈夫ですよ、これ、とても良い物です。これで十分三回忌をここでできますよ」そうなんだ。何だか安心した。仏壇にこだわっていること自体、とても愚かで、愚の骨頂だなあ・・・と、自分でも、十重わかっていた。形じゃなくて、気持ちの問題だということも解っていた。亡くなった人を、毎日、大切に思うのに、形は関係ない。でも、見栄じゃなく、やはり、姑が買ったことが、私の中で、「お義母さんが好き勝手で、代々のお仏壇を代えたのに、どうして私が従わなくちゃならないの?どうして、私も同じ事をしちゃいけないの?」という、気持ちでいっぱいだった。それほど、私の中での姑に対する嫌悪感が強かったのだ。だが、姑が亡くなって2年経ち、酷かった鬱もだんだん良くなり、今日に至った。私の中で、このお仏壇を受け入れられるようになったのも、事実なのだ。足らなかった物を揃え、奇麗な緞子の布地も代え、すっかり見違えたお仏壇を前に、「さあ、これで、三回忌ができますね」と仰った仏壇屋さん。ありがとうございます。多分、私の代で、終わってしまうだろうお仏壇だけど、死ぬまで、大切に守っていこうと思う。さあ、三回忌、までに、あと3週間足らず。頑張って、片付け、続行です。
2008年11月13日
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昨日のあの素晴らしい夕焼けは、やっぱり、今日の、抜けるような空の快晴につながった。夕焼けがきれいだと、翌日は、晴れって、本当だね。今日は、本当に、凄く暖かい、快晴です。朝から、4回もお洗濯しちゃいましたわ。もうね、この年になると、紫外線が怖い怖い。洗濯物を干す間にも、紫外線は容赦なく肌を突き刺すから、しっかり、UVカットの乳液塗って、ウッドデッキに出た。南に向いた部屋の窓には、布団圧縮袋に入れるために、我が家に存在するすべての肌掛け布団を干した。新しいものから、古いものまで6枚もあったよ~。まだ、使ったことのないタグの付いたものも、干した。これ、いつ使うのかなあ。全館空調にして、いろいろ、戸惑うことが出てきた。年中を通し、同じ室温にしておけるから、冬のセーターを家の中で着るチャンスが無くなった。冬には冬の普段着を楽しんでいたのになあ。トイレ以外は、只今、毎日全館25度。これでも、良く動いた日には、窓を開けないと、暑いので、寒くなる夕方まで、「送風」に切り替える。反対に、表が寒くてコートがいる日も、家に入ると、25度でも暑くて、Tシャツに代えるから、本当に普段着のセーターが要らなくなった。その代り、ちょっと、表に出る時も着替えなくちゃならない。これも面倒。全館空調、快適だけど、少々、面倒なところもあるなあ。慣れるまで、まだ掛かりそうです。いつものように、CDを掛けた。取ってきた「ノクターン」は、素晴らしかった。実は、ポイントが貯まっていたので、本当に「貰っちゃってきた、取ってきた」のだ(笑)オネエが休みで家にいて、「貸して」。今の車ってすごいんだよ。私の車や、パパの車は古いから、そんなシステムはないんだけど、オネエの車はマーチなんだけど、一回CDをかけると、中のHDDが録音して、100曲まではいるんだって。何とも羨ましいなあ。私なんて、100曲全部、嵐君の曲にしちゃいそうだわ。今日のチョイスは、5×5、ARASHIC、竹内まりあのアルバムの3枚目。今日のお仕事の仕上げは、げた箱。家族用の玄関にずっと置いてあった、段ボールの中の靴を整理した。もう、履けそうもない、ヒールの高い靴や、派手な色の物をどけた。靴だけは、贅沢させてもらっている。靴は、ファッションで、一番大切なものだと、ずっと思ってきたから、お金のない、若いころから、お洋服より靴にお金を掛けてきた。働いて、お給料をもらって、一番に使ったのは「靴」だった。良い靴は、お洋服も輝いてみせる。悔しいけれど、お金を沢山出して買った良い靴は、はき心地も、デザインも最高に良い。一番好きだったのは「ディミトリードンナ」の靴。太っちゃってからの最近のお気に入りは「モードエジャコモ」。ディオール、クリスチャンオジャール、ニナリッチ、レノマの靴が、一杯出てきた。でも、残念ながら、どれももう、ヒールが高くて、履けない。痩せっぽっちのころの靴のサイズは、オネエのサイズと一緒だから、オネエにあげようと思っている。手入れもきちんとしてきたし、型崩れしないよう、中に詰め物をして、きちんと箱にしまってきたから、皆まだ、とてもきれいだった。は~、もう、とても履けない。残念だなあ。お陰ですっきり。家族用玄関の片付け、終了。ご褒美に、クリスマスのデコレーションをした。玄関ドアに大きなリースと、門扉に小さなリース、キッチンの裏のドアにも。それに、リアルなサンタクロースの人形も飾った。去年まで、画鋲で飾っていた、白いポインセチアとエンゼルの飾り物や、白い木で作られた壁掛けのクリスマスツリーや、小さな金色のエンゼルのついたほうきなどを、画鋲の打てない、白い塗り壁に、どうしようかと思っていたが、全部、何とか、玄関のピクチャーレールに、うまくかけられた。一気に玄関が「クリスマス」状態。おまけに先日、二トリで買った、表用の大きな雪だるまの電気を、表にじゃなく、通りに面した場所にあるパントリーの窓に置いて、夜、電気をつけているのだが、駅から階段を上がってきて、通りを歩いてくると、かなり目立つらしく、電車通学のチビが、一番喜んだ。こういう楽しみがないと、専業主婦なんてやってらんないよ。家の中で、おいしい食事を毎日作ったり、お花を植えたり、季節季節の行事を楽しんだりね。今月は、月末に姑の三回忌もあるので、忙しくなりそう。頑張りましょう。
2008年11月12日
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ショック!毎週月曜日は、11時から翔君のニュースZEROと「嵐の宿題くん」を録画している。で、昨夜も、いつものように、ZEROの翔君を録画して、「宿題君」を録画していたら、始まって10分で「HDDの空きが無くなりましたので、録画を停止します」って出た。ギャーーー。面白かったのになあ・・・。最近、録画することが多くて、忙しく、DVDに落とす時間がなくて、「魔王」から、ニノの「琉星の絆」もDVDに落としていない。その上、映画も録画したままDVDに落としていなかった。あ~あ、参った。リビングのDVDも、「風のガーデン」をそろそろDVDにしておかないと、明日、録画できない。今日、パパとまた、バラの苗を買いに行った。え?この前買ったじゃない?って思われた方もいるだろう。実は、ちゃんと植えたのに、ジュリアンが、花壇の上に乗って、ロープがからまり、全部、根本から折ったり、枝を全部、引きちぎっちゃったのだ。だから、苗と一緒に、大きな柵も用意した。本当に、いたずらなんだから・・・。楽しみだったのになあ、黄色のバラ。赤に白い縁のあるバラ。この前バラを買ったその帰りに、CD屋さんに寄って、「風のガーデン」の主題歌、平原綾香さんの「ノクターン」を予約した。これ、本当に、凄く上手いんだよね、歌が。元々平原綾香さんは、歌が上手かったけれど、ここ数年で、数段にうまくなったと、この「風のガーデン」を見て、驚いた。最初は、海外の歌手が歌ってるのかと思った。でも、エンドロールに、「ノクターン」平原綾香と出ていて、ビックリ。あわてて、調べたら、動画配信のサイトにあった。元はショパンの曲だけど、全く違う歌みたいだった。胸の奥に、どんどん沁み込む歌だ。今日は、あまり良いお天気じゃなかったから、午後はパパと、用事を済ませた。会計事務所に行ったり、親会社に行ったり、日産に、車検で出してあったパパの車を取りに行って、代車を返したり、帰ったら、もう、夕方。夕食後は、TVもあまり面白いのがなかったので、「影日向に咲く」を見た。これ、原作を読んで、とても良かったので、映画を見たかったのだが、見逃した。感想は、本の方が良かった・・・です。何だかね、面白くなかった訳じゃないんだけど、消化不良って感じだった。まあ、あの本を、脚本にして映画化したんだけど、なんだろう、あの本の良さってのが、出てなかったような気がする。もっと描きこんで欲しかった。レンタルは、今日までだったから、また、延滞になっちゃうなあ。明日、返して、「ノクターン」貰ってこようっと。帰りに見た夕焼けです。あまりに奇麗だったから、家の中に駆け込んで、デジカメ取ってきて撮ったんだけど、駆け込んで取っている間にどんどん変わっちゃった。夕焼けは、秒刻みで変わっちゃうね。本当はね、もっときれいだったのよ。空いっぱいのこの色だったんだよ。明日は良いお天気だね、きっと(*^^)v
2008年11月11日
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はい、今日は嵐話ね。ここのところの私の日常はこうです。朝起きて、豆乳と紅茶とをゆっくり飲む。洗濯物を洗濯機に入れ、暫く、ワイドショーを見ながら、これもゆっくり、薬とサプリメントを飲む。10時になったら、TVを消して、CDに代えて、聞きながらさあて、始動開始。まず、仕上がった洗濯物を干して、終わったら、段ボールを開け、片付けに入る。勿論、お天気が良かったら、お布団も干す。午後1時まで仕事をしてると、パパから、帰るコール。で、仕事は一時中断。昼食後は、2時まで休憩して、そのあとは、パパと出かけて買い物をしたり。行かない日は、作業の続行。で、今日は、作業の続行でした。さてさて、今日も朝から先日買ってきた嵐クンのCDを掛けた。いつも、カラオケは、歌詞を見て歌ってる暇がないので、3曲終わると、とばして次のCDにしちゃっていたのだが、今日に限って、手が離せなくて、そのまま3曲のカラオケをそのまま聞いていたら、オートチャエンジャーだから次のCDにいくはずなのに、なかなか行かない。気にも留めず、洗濯物を干していたら、5人の声がしてきた。シークレットトークだーーーーっ。久し振りだよ~~。本当に久しぶりだよね。洗濯物を干していたウッドデッキから、部屋の中に駆け込んで、座って聞いた。焼き肉やさんで、食事をふっつうに摂りながらのトーク。大ちゃんは、もくもくと食べてて、あまりしゃべらない。いつものように、翔君が仕切って、相葉ちゃんが、ぼけて、ニノが突っ込んでる。潤君も、とてもリラックスしていて、ふっつうに食事してる。時々、お店の女性の声もする。良いよね~、私はこの嵐君達の普通の会話が大好き。なんかね~、聞いてると、ホンワカしちゃう。延々、30分以上あった。久し振りにシークレットトーク、面白かったよ。懐かしい嵐音の話もしてくれたし、大ちゃんのテンションの高い声も聞けたし。いつも本当に、ファンのこと、一番に考えてくれてありがとうね。嵐君。今日は気分が良いっすね。
2008年11月10日
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今日は、パパはお遊びゴルフ。そんなに面白いかなあ・・・・。そう、思えないんだけどなあ。日焼けするし・・・。いつも書くけど、食わず嫌いじゃないよ。ちゃんと半年、教室に通ったもの。で、女3人、家に残った。オネエが少し出かけて、チビと昼食にチャーハンを作って食べて、暫くしたら、オネエが帰ってきた。先日、TUTAYAで、竹内まりあのCDを買いに行った際、ついでに、二階のレンタルで、見たかったのに、見そびれた「アンフェア」と、ちゃんと見に行ったのに、何が何だかわからず、寝ちゃった「魍魎の匣」と、これも見に行こうと思って見そびれた「陰日向に咲く」を借りた。で、3人で「アンフェア」と「魍魎の匣」を見た。「アンフェア」は、思った通り、超面白かった。え?あの人も、死んじゃうの?え?あの人も、裏切り者だったの?の連続で、最後にまた、次の予感をさせる終わり方。でも、最後のこの顔を見せない犯人は、解っちゃいましたわ。あのネクタイは、あの人しかあり得ないって感じだったからね。「魍魎の匣」は、難解。こりゃ、私には、映画館で一回見ただけで理解しろって方が度台無理。だって、DVDを何回も、戻して見たから。それは、私だけじゃなくて、娘たちも、「あ、今のとこもう一回」って言ってたから、同じ。堤真一、椎名桔平、阿部寛、宮藤官九郎、黒木瞳、田中麗奈と、もう、超豪華な出演陣。脚本が面白くなかったら、役者さんに失礼なくらいのキャストだよね。原作は、京極夏彦だから、グロイ部分や、不思議な部分も沢山。理解に苦しむことも多いけど、究極の、愛情かな。だれしも心の奥底にあるよなあ、こういう心理。私が、アンティークの人形をこよなく愛する根底にも、こういう感情があるのかもしれない。でも、両手を切り取られた少女が、犯人にかみつくシーンは、かなりグロかった。時代は、私が生まれる3年前の1952年。昭和の撮影所とか、物凄く素敵なアンティーク好きにはたまらない建物が出てくる。和洋折衷の豪邸とか。良いよね~。でも途中で気が付いた。「ここ中国だ!」街の石作りの家家、間違いない。あの、中国の中心部から少し離れた民家の建ち並ぶ通りに、そっくりだもん。案の定、最後のエンドロールに、中国ロケのスタッフの名前がずらずらっと出てきた。そうか~、もう、日本じゃ、こういう風景を撮るのは、セット以外じゃ、無理なんだなあ・・・。最後に、堤さんの奥さんと、椎名さんの奥さん役に、篠原涼子と、清水美沙がほんの少しだが出てきた。ああ、勿体ない。こんな良い女優さん、こんなチョイ役で使うなんてなあ。お金は掛かってるなあって思った。尋常じゃない欲望に翻弄された学者と、その内縁の妻。ふしぎーな映画だった。幸い、見に行った時は、もうギブアップして、ウツラウツラしていて、あまり覚えていなかったので、大変面白く見られました(爆)見終わった後、パパが私の顔を見てニヤリってしたのが、やっと解った。ああ、そういうことね。宮藤官九郎が、なんだか哀れだったかなあ。最後に、箱の中の腕と足のない小さな少女が欲しい・・と思っちゃった私は、異常なのだろうかしらん。京極夏彦のほかの小説も読んでみたくなった。
2008年11月09日
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チビが風邪をひいた。で、今日は、午前中しか、ホームドクターがやっていないので、行くことになったが、その時のこと。チビは、この夏、車の免許を取った。しかし、オネエみたいに、車で家庭教師のバイトに行っていた訳じゃないので、そう、運転する機会がない。本人も、まだ運転が怖くて、このままだと、ペーパードライバーになっちゃう・・・と本人も言うくらい、免許を取ってから、運転していない。で、私は頭痛がひどかったので、パパが、私のクルーザーに乗せ、病院まで付き合った。本当は、オネエのマーチが、練習には良い大きさだったのだが、この日、オネエは、大学の勉強会に行っていて車がなかった。やはり、大変だったよう。帰宅し、駐車場に入れる時、パパの車と、ほとんど接触するくらい近くに止めたらしい。その間1センチ!!!だって。おいおい、傷、つけないでよ~。私はオネエの運転免許取りたてのころ、痛い思いをしている。私のサーブを乗って行ったオネエが、修復不可能なくらいサーブをガードレールにぶつけ、帰ってきた。怪我をしなかったのが、不思議なくらい。結局、今のクルーザーに変えなきゃならないはめになったから、チビが、クルーザーに乗っていくと聞き、内心、どきどきだった。性格上、オネエより、チビの方が慎重なので、オネエのように、大きくぶつけることはないと思ったが、心配した。帰宅後、パパが笑いながら話しをしてくれ、やれやれ、無事だったかと、風邪の症状より車を心配した。母としては、失格なのだが、正直な気持ちだった。それなのに、チビは、夜出かけて行った。所属していた映画研究会が、今年で廃部になるそうで、その解散会の飲み会。若いなあ。で、頭痛で夕食の支度が出来ないので、チビと入れ替わりに帰宅したオネエと3人で、お蕎麦を食べに行った。帰宅後は、ゆっくり、予約録画をした好きなドラマを見た。こういう日も、良いけど、頭痛、何とかならないかなあ・・・・。痛い・・・・っす。
2008年11月08日
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最近、パパの機嫌が悪い。仕事が色々大変なんだろう。その上、家のこととかあったからなあ。私も我慢はしているが、黙ってる方じゃないから、些細な事、本当に、人様が聞いたら、「バカみたい」って言われそうなことで、喧嘩になる。不協和音が鳴ってばかりだ。それでも、パパは優しい。今日は、午後、精神科に一緒に行ってくれ、障害者年金の申込のため、ケースワーカーと話しをした。でも、その説明が、今一理解できず、パパに帰りの車の中で聞くと、声を荒げて喧嘩になった。こういう時、心が傷ついて、悲しくて、寂しくて、腹が立って、マンガで書くと、頭の上の方のくちゃくちゃって感じ。まあ、年を重ねた夫婦って、みんなこんな感じなんだろうなあ。今、TVで、竹中直人と吉永小百合の、邪馬台国の映画のCMが放映されてるけど、吉永小百合さんが、夫である竹中直人に卵をぶつけるシーンがあって、胸がすーっとする。ああ、どこも一緒なんだなあって(笑)最近の私の日常は、以前はTVばかりの毎日だったが、仕事にならないので、さっさと消して、CDを掛ける。元々我が家には、私がOL時代に買った大きなスピーカーの本格的なコンポーネントステレオのセットと、気軽に付ける、CDやMC,カセットも付いた、CDが5枚連続で聞ける小さな卓上のステレオがあるが、仕事をしながらなので、ここ暫くは、いつも、5枚連続チェンジャーの方が活躍する。で、気が付いたのだが、CDの数が、こんなにあったのか・・・ということ。そりゃ、50年以上生きてきたんだからなあ。ジャズから、ロック、フュージョン、女性シンガーの物が多い。最近、よく聞くのは、竹内まりあと、ユーミン。両方とも、何枚組かのもの。(あ、勿論、嵐君もね(*^^)v)改めて聞くと、良い。その時代のことを思い出し、懐かしい。CD5枚だと、結構な時間、仕事が持続してできるのだが、いかんせん、足が持たない。せいぜい3時間。そのあとは、パパがお昼に帰ってきたり、足がつっちゃうので、「はい、そこまで」って感じ。一応、3時には、ハーブティを飲むことにしているが、大体、午前中から初めて、2時くらいまででギブアップ。持久力が無くなったなあ・・・と情けなくなるよね。夫婦のことも、体のことも、年を重ねると、色々、不協和音が鳴ります。でも、自然と修復できるのも、年を重ねたからだろうなあ。
2008年11月07日
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家が出来上がってから、今日は久し振りに、業者の方が家の中に入った。私は、あまり気にならない個所ばかりなのだが、パパが、気が付いた、たとえばタンス部屋の点検口の開きが、元々ちゃんとサイズを言ってあったタンスの天井にぶつかる・・・とか、玄関のたたきと、一歩表に出たところのたたきとの隙間が目立つとか、玄関ホールとキッチンとの境に、アンティークのステンドグラスのドアを付けたのだが、その開閉がスムーズじゃない・・・とか、細かな個所を一挙に直しに来た訳。で、一日仕事になり、パパは今日、お仕事ゴルフなので、一人で対応した。パパは、元々デザイナーだったものだから、「美しい仕上がり」に、物凄くこだわりがあって、私が全然気がつかない個所が、とても気になったりして、「そんなの良いじゃない?」と思える箇所まで、クレームをつけたりしていて、「完全にクレーマーに思われてるよ」って言うくらい、今まで、メーカーに言ってきた。でも、本当に偉いなあ・…って思うのは、ハウスメーカーは、厭な顔せず、すべてに対応してくれている。中には今まで言われたことのないクレームもあったらしく、「勉強になります」と仰って下さることもある。私が、直接困った・・と、申し出た事もあったが、それが、炊飯器。我が家の炊飯器は、古くて、引っ越しが終わったら、新しいものが欲しかった。元々、圧力のかかる炊飯器だったのに、チビがお炊事をしてくれた時、その圧力をかけるネジを無くして、全然美味しくないお米が炊きあがっていた。我が家は、お米を食べるのは、夕食のみなので、4人家族で、チビがお弁当を持って行くが、月に10キロも食べない。だから、お米だけは贅沢させてもらい、無農薬の良いお米を新潟の大潟村から送ってもらっている。とても美味しいお米なのに、勿体ないと、残念で、新しい炊飯器が欲しくて、やっと先日購入することになったのだが、量販店じゃなかったので、炊飯器が来るまで不便でしょうと、知り合いの電気屋さんが、デモンストレーション用の同じ炊飯器を貸してくださった。我が家の水道水は、この家を建てる時、この家に入るすべての水の大元に、「スーパー・・」何とかって言う、浄水器がつけられた。で、そのお水で、初めて炊いた日のこと。炊きあがったので、お米を交ぜようと、炊飯器の蓋をあけてビックリした。何と、白いはずのお米が、うっすらと、灰色なのだ。「なんだ?これ?」いやいや、私の錯覚かもしれない。この炊飯器、内窯が真っ黒で、その色が写りこんでるだけ。と納得し、ご飯をお茶碗によそった。・・・と、オネエがやってきて、「お母さん、何?このごはん、グレーしてるよ~」と。やっぱり。何故だ?何故なんだ?解らなかった。デモンストレーション用の炊飯器なので、すでに何度も焚いて、ちゃんと真白のご飯が炊けることは実証済み。じゃ何が違うのか。・・・・「水」しか考えられなかった。それからが大変だった。メーカーに問い合わせたり。メーカーによると、そういう実例が、上がってきていることは確かだとの事。どうも、この高温厚がまの炊飯器と、水の相性の問題じゃないかということになった。この「スーパーなんとか」って言う浄水器は、まだ新しくて、これを取り付けたメーカーには、こういうトラブルは、まだ上がってきていないないそう。で、ハウスメーカーも興味津々。「Kさん、メーカーからの話とか、教えてくださいね」つまり、我が家のように、この浄水器と、このような新型の炊飯器との組み合わせが、このハウスメーカーには、初めての経験だったらしく、我が家が実験台になったというわけだ。結局、このお米、無洗米で、私が、普通に炊いたためと解った。暫く、スーパーで水を買ってきて普通に炊いていたが、ある日、炊飯器にはちゃんと「無洗米」のメニューがあることに気が付き、そこに合わせて、恐る恐る家の水で炊いてみたら、美味しい真白いご飯が炊けて、一件落着だった。この家ができてから、こんなことの繰り返しだった。そして今日は、引っ越しが終わってから早3か月になろうとしているが、やっと慣れてきた時の、最後の不具合の修繕日。まだまだ、片付けられないのが恥ずかしかったが、私の学校の後輩でもある主任のI君が「いやいや、大丈夫、だいぶ片付いてますよ」と仰ってくださったのが、嬉しかった。さてさて、まだまだ残っている段ボール、片付け、頑張りましょう。
2008年11月06日
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昨日の話。私は、欝病になって、精神科にお世話になってから長い。ここ数年は、治療費も、「自立支援」という、特別の保険によって、かなり医療費も、軽減される。でも、このシステムは、毎年、市の福祉課に申請しなければならなくて、申請が下りるまで3か月かかる。今年も、夏8月に、申請に市役所の障害福祉課に申請に行った。勿論、医師の診断書も要る。その時、担当の方に、こう言われた。「Kさんは、もう、永いので、障害者年金の申請をなさったら如何ですか?」なんだ?それ?・・・。ADHD障害の私は大人しく、人の話が聞けない。特に、こういう、しち面倒な話はものすごく苦手。ところが、このとき、パパがいた。詳しい話じゃ、最初に障害者と診断された時から、私には、月々、なにがしかのおこずかいを頂けたそうなのだ。勿論、申請して、認められた時からだ。そんなの知らなかったし、聞いたこともなかった。ADHD障害者と診断され、もう、10年近くになるが、さかのぼって5年分頂けるんだそう。反対に言えば、5年以上前の分は、もう時効で、申請してもダメなんだそう。おまけにこうも言われた「障害者手帳も、申請なさったら良いんじゃないかな」障害者手帳は、知っていた。私が診断を受けた時点で、児童ADHDの障害者には、すでに手帳が下りていたから。だが、まだ認められて間がないアダルトADHD障害者にも、降りるらしいことは、ここ数年前に聞いた。でも、私は車を運転するし、公共交通機関は使わないし、映画はすでに、50歳を過ぎて、1000円で見られるし、手帳を頂いても、あまりメリットも無いなあ・・・と気にもしていなかった。でも、こうして、市役所の窓口で言われると、改めて、「ああ、自分は障害者なんだなあ・・」と、悲しくもなるし、忘れていた現実を突きつけられる。向こうの方は、ご親切でおっしゃって下さってるのは、重々承知。でも、気持ちは複雑。一応、話だけは伺った。申請するかどうか考えていたが、やはり、申請しようと、昨日、社会保険事務所に行った。色々な書類を頂いた。説明も受けた。何だか、本格的に障害者になっちゃった感じがした。障害者なんだから、それは間違いないんだから、なっちゃったのは、生まれつきで、判明したのも何年も前なんだから、仕方ないよね。今日は、頑張って、片付けをした。明日、不具合を直しに、ハウスメーカーから、職人さんが来るから、家の中、少し奇麗にした。100均で買った、トナカイのぺったんこも窓ガラスに張った。クリスマスのデコレーションは、もう少し、片付けができるまで、お預けです。楽しいことは、後回し。頑張ろうっと。あ、ちなみに、今日は嵐君の新しいCDの発売日。昨日すでに、手に入ってたけど、DVDはまだ見ていない。今度も曲は、ドラマ「流星の絆」のテーマソングと、auのCMソング。嵐君らしい曲です。
2008年11月05日
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今日まで、パパは4連休だったので、京都に行こうと思ったが、いやいや、今日は、うちのことをしましょうと、遠くのホームセンターに出かけた。お昼近くに出かけたので、まずは腹ごしらえ。私は、ロッテリアのチキンが一番おいしいと思っている。「ケンタッキーフライドチキン」より、ロッテリアの「柔らかチキン」の方が、数段美味しい。で、ファーストフードのコーナーに行った。普段パパは、こういう場所は行かない。誰かに会うのを極端に嫌がる。でも、今日は、どういう訳か「良いぞ」。で、今の期間限定のすごく美味しいハンバーガーを食べた。めっちゃ、美味しい。驚いた。何これ?レシートを見て、また、驚いた。このハンバーガー490円もする。カウンターに、広告が出ていて、おいしそうなので頼んだ。ストレートティと、チキンとハンバーガーで、そういえば900円ちょっとだったわ。高い!そりゃ、美味しいはずだわ。食事が終わったので、隣のホームセンターへ。ここのショッピングセンターは、もう、本当に大きいのだ。「二トリ」もあるしホームセンターもあるし、ジャスコもあるし、ショッピングセンターだから、個々のお店もある。おまけに、大きなパチンコ屋さんも、車の修理の専門センターもある。多分、この県でいちばん大きなショッピングセンターだと思う。何度か書いたが、ジャスコは、この市が発祥の地。ジャスコの一族であり、現イオングループの岡田さんの弟は、民主党の岡田克也氏で、その地元でもある。パパの会社にも、克也氏が、何度も来る。選挙のたび来るので、パパと二人一緒に撮った写真が何枚かある。そのお膝元であるから、多分ジャスコの、一番大きなショッピングセンターだろう。もう、いつも、ここに来ると、広すぎて疲れる。我が家のマンションは、この前。つまり、私たちが、この家に来る前住んでいた、チビが生まれたマンションの前にある。私たちが、こっちに来てから、このショッピングセンターが出来た。パパと、年をとって元気だったら、今の場所より便利だから、余生は、このマンションに帰ってこようと、思っている。話が長くなっちゃった。で、ショッピングセンターで、何をしたのかってーと、花の苗やら、柵やら、犬の餌やらバラ用の土を買いに来た。あったあった、つるバラの苗。3種類ゲット。買い物をして、車に戻ったら、オネエから電話。「おお、そうか、良かったな」パパがそう言って、電話を切った。「何?」「臨床心理士の試験、受かったってさ」先日、東京フォーラムまで受けに行った資格試験。「受からないかも・・・」なんて言ってたから、少し心配だった。「良かった~」とりあえず、一次試験は合格。次は面接。やれやれ、まずは、安心です。6年間頑張ってきた甲斐があったね!。おめでとう。帰宅後、お祝いに何が食べたいって聞いたら「お寿司」で、お寿司を食べに行きました。こういう時のお寿司は、めちゃおいしいですなあ。ズーーーっと欲しかったつるバラはゲットしたし、今日は花丸。
2008年11月04日
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今日は、嵐君がデビューして丸9年目の誕生日、つまり10周年を迎えた。私は残念ながら、最初からファンじゃなかったが、5年目の誕生日はお祝いできたから、ファン歴は、丸4年半になった。ファンになってほどなく、初めての24時間TVがあって、その秋に5年目のお祝いをした。そのあと、どんどん活躍するようになり、順番は前後するかもしれないが、初めてのメンバー3人で出るミュージカルがあり、私は、幸いにも2回も見られ、その1回は、千秋楽だった。おいおい泣いた大ちゃんが忘れられないし、翔君もごあいさつ中につまって、ファンが泣いてしまったのかと間違えたとき、あわてて「いや、違うから、違うって」って両手でファンの声援に否定のその仕草が、凄く面白くて、今の面白い翔君が、あの頃からだったんだなあって懐かしいし、翔君と、大ちゃんのソロコンも、両方当たって、行けた。大ちゃんの方は、もう、前から3列目くらいで、何回も、大ちゃんが「歌ってる?」って私の顔を覗き込んでくれたり、私の後にいた翔君のソロコンのタオルを持った子に、何回も「もういよ~」って腐っていたり。思い出がいっぱい。潤君の「エデンの東」もニノの「理由なき反抗」も、相葉ちゃんの「燕のいた駅」も翔君「ビューティフル・ゲーム」のお芝居も、そのあとの相葉ちゃんのお芝居「忘れられない人」も、面白かったし、蜷川作品「白夜の三銃士(ワルキューレ)」の潤君も素晴らしかった。大勢の、有名な俳優さんとの共演。勝村さんとのやりとり、アドリブは、流石だなあと感心した。このお芝居で潤君は大きく成長した。劇場の客席に、蒼井優ちゃんや、一青窈さん、森山直太郎さん、市川実和子さん、V6の長野クンがいた。トイレに立った時、ならんでいたすぐ後ろに一青窈さんがいて、あまりに小さな人で驚いた。実は、私がいた席から、招待席がもうほんとに近くにいて、幕合の時、トイレに立つため歩いていて、長野クンの足を踏みそうになって、「あ、ごめんなさい」って言ったら、「あ、いえ」って小さな低い声で言ってくれ、帽子をかぶっていたけど、長野クンて解っちゃった。ちなみに市川実和子さんの妹の市川実日子さんは、その自然な演技や、繊細さが大好きで、私の大好きな女優さんの一人。「すいか」のDVDは、宝物。このとき、蒼井優ちゃんのいた場所に、鈴木杏ちゃんと、浜田まりさんが客席まで降りてきて、仲良く話していた。お姫様に見たいに、可愛いシフォンの白いワンピースを着た蒼井優ちゃんが、ものすごく華奢で素敵だった。、大ちゃんのぷーシリーズは、最初のぷー以外は、3作品とも、全部見た。それも二回ずつ、全部、千秋楽を見れたし、一昨年の「転生薫風は、最前列、ど真ん中の席も経験した。ファンになってこの4年以上の間、沢山沢山コンサートにも行った。本当に、一緒に歩んできた感が強い。いつもいつも、私は嵐君達に励まされた。今日からは10年目に突入する。来年は、一緒に10周年をお祝いしたいね。10周年おめでとう、そして、ありがとう10年目は、何を見せてくれるかな?
2008年11月03日
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今頃、ソウルでは、嵐クンのコンサートが・・・・。良いなあ。当たった人。行きたかったなあ・・・。我慢、我慢。今日は、快晴の昨日に比べたら、まあまあのお天気。パパは、ルンルンゴルフ。我が社は、3連休じゃなくて、4連休。そのうち、2日ゴルフだって。そんなに面白いかなあ。パパが帰宅してから、また、少し出かけた。7時過ぎ、帰宅。欲しかったバラの苗を沢山買ってきた。奇麗に植えましょう。最近、我が家のブームは、Wii。特に、家族の似顔絵の制作の時は、めちゃ受けた。パパが異様に似てて、見るたび、爆笑。Wiiの中のパパが、走ったりすると、もう、パパが中に入っちゃってるみたい。娘たちに大受け。私はまだ、テニスしかしたことがないが、パパはゴルフも一人でしていた。Wiiフィットも早くしたいのだけれど、なにせ、まだ、片付かないからなあ。片付けたら、あれしようこれしようって思ってるけど、なかなか進まない。ハローウィンが終わっちゃったから、今度はクリスマスのデコレーションをしたいが、これは、片付けが終わったら、ご褒美に、しようと思ってる。今日大好きな「行ってQ」があった。今、100万円で、世界遺産を全部回る企画をオセロの松嶋さんがしてるのが、凄く面白い。私は、世界遺産がだーーーいすき。デカーイ世界遺産の本も買った。今日は、インドから、世界遺産の宝庫、エジプトまで。この番組の良いところは、松嶋さんの言葉で解説してくれること。とても分かりやすいし、松嶋さんの優しい気持ちとか、繊細ところが出て、良いんですよね~。今日のつぼは、やっぱりピラミッドかなあ。それから、インドの「タージ・マハル」。真白な大理石で、お金に糸目をつけずに作ったそう。これ、王妃のお墓なんだけど、王妃を亡くした王様が、それはそれは嘆き悲しんで、2年間も喪に服し、真白い「タージ・マハール」を作ることだけに専念して、大きな川の向いに自分の入る黒い「マハル」を建てようとしたんだそう。そして最後には、その川に「タージ・マハル」とつなぐ橋を架ける予定をしてたんだって。でも、あまりにお金を使いすぎ、息子に反対され、その計画は、実現されず、「タージマ・ハール」の見える塔に幽閉されて毎日妻の眠る「タージ・マハル」を見て暮したそう。なんて、素敵な話でしょう。まあ、国民にはたまんない話だけど(笑)驚いたのは、インドが、文化遺産をすごく大切にしていたこと。空気の汚染をふせぐため、文化遺産の近くは、電気バスしか許可してないし、カメラも、近くまでしか入れなかった。「タージ・マハル」が、化学物質で、相当近年傷んできたからだそう。日本も見習わなきゃいけないよなあ。世界遺産、私も行きたい。マチュピチュ。ここに一番に、行きたい。マチュピチュの澄んだ空の下、ケーナの憂いに富んだ音を聞いたら、きっと泣いちゃうなあ、私。は~、いつのことやら・・・。
2008年11月02日
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四日市市は、今年市制111年を迎える。そして今日は11月1日。で、町をあげて、お祭り。三連休の初日。そんな中、パパと、いろいろな用事で出かけた。まずは、パパが修理に出してあった洋服を取りに、テーラーに行こうとした。所がどっこい、まずいことに、メインの道路や、広い道路は、皆、歩行者天国になってて、どこの道も警備員が立っていて、行き止まり。人の数も物凄い。こんなにこの市にいたのか…(笑)と思うくらいそれでも何とか行き着いた。次がデパート。ここの駐車場、すでに、二つ向こうの信号から、並んでる・・・。でーも、そこは私。ちゃんと穴場の駐車場があるんです。思った通り、ものすごい列の横をすり抜け、行ってみると、「満車」の看板。でも、顔見知りのオジサンが、「あ、あそこなら、止めていいよ」と、一番奥の、ちょっと広い場所を指差した。もともとここ、トラックがいつも止まってて、オジサンの知り合いの方の場所だけど、今日は、トラックがない。ラッキー!デパートに入ったが、ここも今日はパパの用事。パパは、ここ数カ月で、ものすごい痩せた。あまりの痩せ方に、家族が心配し、人間ドックも受けさせたし、人間ドックで見てもらえない身体の他の部分も検査した。これで何か病気が見つかっても、諦めがつくなあ・・・ってくらい、先月から、ひと月掛かって、いろいろな病院で検査したが、どっこも悪い所はないと言われた。実は、パパはダイエットのようなことをしていたのだ。ダイエットをしようとしていたのじゃなく、たまたましていたことが、ダイエットになっていた訳。ただ、その痩せ方が、急激で、心配になっただけなのだけどね(笑)1年前から、パパは朝食を食べなくなった。これは、食べたいのに我慢して辞めたのじゃなくて、夕食が遅く、朝食を食べたくなくて食べなくなっただけ。だからたまに、食欲がある時とか、美味しそうなパンがある時は、食べたりしている。そのほかには、重りの付いた靴をはき、朝、家を出る時、足首には片方1キロずつの重りもつけていた。何故か・・。ゴルフに行き、良いスコアを出したくて(爆)この重りを付けるようになってから、ゴルフをしている間、空を飛んでるみたいに、体が軽いそう。馬鹿みたい・・・と呆れていたが、急激に痩せた。元々痩せていたが、ここ10年で太った。たばこをやめてまた少し太った。2年前に、スーツを全部、大きく直したのに、痩せて、また、直しに出さなくちゃならなくなった。運動は特別していないのに、ただ、毎日、普通に会社に行き、動いているだけで、足の重りが相当良いトレーニングになったのだ。で、パパがいつも買うブランドの売り場で直しに出した。さて、お昼です。でも、このデパートの中も、ものすごい人。こりゃ、時間、ずらした方が賢明です。で、先日、買ってもらったばかりなんだけど、いつも行くお店じゃないお店に行って、パパに買ってもらうんじゃなく、自分で、秋物の可愛いジャケットをゲット。何故にこの凄い人?と不思議に思っていたら、たくさんの人が、上から降りてきた。なんだなんだ?「北海道物産展」な~るほど。私は、この物産展があまり好きじゃない。だって、やたら値段が高い。それに、ネットで、「六花亭のマルセイバターサンド」も、「花畑牧場の生キャラメル」も、「ROYCEのポテトチップチョコレート」も「ずわい蟹の足」などの海鮮も、ぜーーんぶ、簡単に買えるから。事実、全部、注文したことがある。わざわざ、混んでる会場で並んで買わなくても、「売り切れ」の張り紙を見ることもなく、家に居ながら、ちゃーんと確実に、宅配が届けてくれるのだから、物産展に行く労力は要らない。パパも驚いていた。「物産展て、そんなに良いか~」。そういえば、亡くなった父は大好きだったなあ。2階の「アフタヌーンティ」で、お昼です。今日は季節のパスタ。「キノコとハムのクリームスパゲティ」と、パパは、大好きなここの「アップルパイ」を頼んだ。実は、ここ数日で、私は4回食べた「アップルパイ」。凄く美味しいのだ。お昼からは、電気屋さんに行き、湯沸かしポットを買った。元々あったのだが、あまり使わなかったので、数年前に母にあげちゃった。最近、私もお茶をよく飲むようになったし、パパが、昔はアイスコーヒーを沢山作っておいて冷蔵庫に入れていたのを飲んでいたのが、ホットばかりになったので、そのたび、ミルクパンでお湯を沸かすようになり、それが、最近、面倒になった。それから、プロショップに行ってそこでしか売っていないドレッシングとか、調味料をゲットして、最後は、近くのスーパーです。もうこの頃になったら、足がつってきた。可愛いブリティッシュローズが出ていたので買いたかったが、運ぶ元気がなかった。帰りついて、動けなくなっちゃった。二階に上がって、足をマッサージ機に乗せてブルブルとマッサージ。これ、なかなか気持ち良いのです。やっと着替えて降りたら、留守番をしていたチビが「ご飯は~」ったく、いい加減にせい!!母は、自分のためじゃない買い物で、くたくたなのじゃ!!は~、昔は、ああいうイベントがあると、率先して出かけたのになあ。市制111年のお祭り、楽しそうだった・・・。今日は、ものすごく疲れました。さあ、お風呂に入って、寝ましょう。
2008年11月01日
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