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中国の胡錦濤国家主席は、先ごろアメリカを訪問してブッシュ大統領と会談し、一定の成果を得て両国は「利害を共有する」関係に入ったと、24日の東京新聞が次のように解説しています; 米中関係は胡錦濤国家主席の訪米を通じ貿易摩擦や台湾、資源開発など多くの矛盾をはらみながら、対立を極端にエスカレートさせない新たな枠組みが次第に出来上がってきたようです。(編集委員・清水美和) 新しい米中関係のキーワードは昨年九月、ゼーリック国務副長官が中国になるよう求めた「責任あるステークホルダー(利害共有者)」です。本来、企業の存続や発展に利害関係を持つ者を指す言葉ですが、同副長官は経済や安全保障など国際的なシステムに責任を分かち合う者の意味に転じて用いました。 これは中国に世界貿易機関(WTO)に加盟するだけでなく自由貿易の発展に責任を負ったり、六カ国協議を通じた北朝鮮の核問題解決を主導したりすることを求めることになります。三月発表の米国家安全保障報告にも盛られ、首脳会談でブッシュ大統領も口にしました。 米国で「中国脅威論」が強まる中でも中国をパートナーと見なす、この位置付けを中国側も「熱烈」に歓迎。胡主席はそれにとどまらず、「建設的協力者」になると応じました。 ブッシュ政権は2000年に中国を「建設的で戦略的なパートナー」と呼んだクリントン政権を批判して誕生。当初、中国を「戦略的ライバル」と位置付け台湾に対する武器輸出を強化するなど、中国に対するけん制を強めました。しかし、01年の「9・11」事件から「対テロ戦争」を最優先するようになり、中国にも「建設的な関係」を求めるようになりました。 その後、米国の対中政策は目新しいものはなく一種の「空白」状態が続きましたが、中国の急速な経済発展や軍備の拡張に米国内でも期待と懸念の両方が高まり、新たな対応が迫られていました。新政策には中国が国際秩序に対する応分の責任を果たさなければ、責めを負わせる意図も込められています。米中の新たな枠組みが安定するかどうかは、主に今後の中国の出方にかかっているでしょう。2006年4月24日 東京新聞朝刊 10ページ「米中関係に新たな枠組み」から引用米中関係が安定することは、わが国の安全保障上も大変重要なことで、今後も注意を払っていく必要があると思います。
2006年04月30日
第一回のWBCで日本が優勝したのは、大変喜ばしいことではありましたが、大会中のイチロー選手の発言に違和感を覚えたのは、私だけではなかったと思います。そう思っているところに、3日の東京新聞夕刊が作家・星野智幸氏の「差別はなかったか」という文章を掲載しました。私がうまく表現できないでいる所を実に的確に表現しているので、私はこの文章を日記に書きとめておくことにしました。 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で王ジャパンが優勝した日、日本じゅうが盛り上がっているのを尻目に、私は暗い気分でいた。WBCがアメリカ主導のいびつな運営だたっというだけでなく、イチロー選手の言動とその受けとめられ方にどうしても引っ掛かりを覚えてしまうからである。 イチロー選手の才能と偉業には、私も常々、畏敬の念を抱いてきた。あれだけの巨大な存在だからこそ、その発言は当人の意図を超えて、よいほうにも悪いほうにも影響を及ぼす。私が疑問を感じるのは、イチロー選手の発言をめぐる日本社会の反応である。 特に私が違和感を覚えたのは、二次リーグで韓国に連敗を喫した後の、「ぼくの野球人生の中で最も屈辱的な日です」というコメントである。「屈辱」という言葉は、ライバル意識や「悔しい」という自分の内面を示すだけでなく、相手から不当な辱めを受けたという敵意も含む。私はここに、相手を蔑むニュアンスを感じずにはいられない。仮にあなたが、同期入社の社員より早く係長なり課長なりに昇進したとしよう。その社員が「最大の屈辱だ」とコメントしたら、あなたは「見下された」と感じないだろうか。むろん私も、月面に着陸したアメリカ人宇宙飛行士よろしく、マウンドに太極旗を立てた韓国人選手たちの行為を「みっともない」と思ったが、「屈辱だ」とは思わなかった。 その後、韓国と三たび相まみえることになったとき、イチロー選手は「日本が三回も同じ相手に負けることは決して許されない」と述べた。ほとんどけんか腰とも言えるようなその口調が誰かに似ている、と思ったら、それは去年の夏、郵政民営化法案が否決され衆議院を解散したときの、小泉純イチロー首相の会見での話し方だった。 そう、二人は似ているのである。闘志と感情をむきだしに己を鼓舞し、仮想敵を作り、勝利ののちは自画自賛する。優勝後に至るまでイチロー選手の口から聞かれたのは、日本代表や日本野球のすばらしさを自ら讃える言葉ばかりだった。韓国という隣人の感情を想像しようとはしないデリカシーの欠如においても、両者はそっくりである。 だが、私が最も異様に感じたのは、そのデリカシーの欠如を、日本人の多くが共有しているらしいということである。「屈辱」という、どう解釈しても差別的なイチロー選手の発言は、不思議なことに、大手のメディアを始め、日本の中ではそれほど物議を醸さなかった。つまるところ、多くの日本人の中には同じような差別意識が潜んでいるがゆえに、誰も疑問に思わないのではないか、とさえ思ってしまう。 これは私の勝手な考えだが、こじれる一方である首相の靖国神社参拝問題などによって、日本人の間には韓国を疎ましく思う気持ちが強まっており、WBCでのイチロー選手の発言はその傾向にみごとに合致した、ということではないだろうか。極端に言うと、イチロー選手の発言は、靖国参拝という国内事情にガタガタ口を挟む韓国への恫喝として、日本の視聴者の賛同を得たかのように、私の目には映りもしたのである。 首相の靖国神社参拝について、多くの世論調査で賛否はほぼ拮抗しているようだ。だが、実際に自分が靖国神社へ参拝している人はとても少ない。首相参拝に賛成している人のうち、小泉首相が参拝して問題となる以前から「首相はなぜ参拝しないのだ」と思っていた人は、はたしてどのくらいいるのだろう。 私には、世論が架空の敵を作っているようにしか見えない。靖国神社自体のことは本当は重要ではなく、韓国や中国がうるさく言うからあえて参拝してやれ、という一種の嫌がらせのような空気すら感じるのである。そこには、他人を貶めることで自我を強固にしたいという、攻撃欲が含まれていないか。 せっかく好ゲームを展開して優勝したはずのWBCに、暗いものがつきまとって感じられるのは、日本の中に潜むこのような攻撃欲があからさまに姿を見せ始めた大会だったからである。これまでの他の国際スポーツ大会、特にオリンピックやサッカーのワールドカップでも、他者を差別することでモチベーションと熱狂を高めるような露骨なナショナリズムはあまり見られなかった。そのことを疑問に思う声が少なく、新聞でさえも差別を問う議論がなかったことに、私は失望している。2006年4月3日 東京新聞夕刊 12版「差別はなかったか-星野智幸」から引用普通なら試合に負けたら「悔しい」と思うのが自然です。それを「屈辱だ」と言うのは、心の中に「こんなヤツらに負けて」という、相手を見下し訳もなく蔑視する気持ちがあることを意味しているわけで、これはやはりスポーツマンシップにもとると言えるのではないでしょうか。そんな心情が、首相の靖国参拝を支持する人たちの気持ちに通じるという指摘は、なるほどと思いました。
2006年04月29日
企業が若者を雇用しやすくなるようにとフランス政府が考えた法律が、当のフランスの若者に受け入れられず、労働組合まで反対に回ったため、とうとうフランス政府は法律を撤回する羽目になってしまいました。そのことに関連して、13日の東京新聞「筆洗」は次のように書いています; 何かを変えようと声を張り上げるのが時の首相で、選挙期間中も街はいたって静か。メディア映えのする見かけの争点ばかりに関心が集まり、いつの間にか構造改革も進んで、気付いてみれば格差社会。 そんな日本の政治や社会の停滞ぶりをみれば「うらやましいのひと言。大衆運動がここまで盛り上がるなんて、今の日本では考えられない」(特報面)と東京管理職ユニオンの設楽清嗣書記長がため息をもらす気持ちはよくわかる。 フランス政府が大規模な学生や労働者の街頭抗議行動を受け入れ、新たな雇用促進策として導入を決めた初回雇用契約(CPE)の撤回を決めた。エリート出身のドビルパン首相が、労組や学生への根回し抜きに強行しようとした政治手法への不信が燎原(りょうげん)の火となって燃えさかった。 騒ぎを収拾して名を挙げたのが、昨年秋の移民暴動で暴言を吐き混乱を広げた右派のサルコジ内相で、次期大統領選をめぐる対立構図も絡むとあって、ことは単純ではない。 フランスでは手厚い労働者保護制度が、若者の新規雇用を妨げ、二十五歳未満の失業率が21・7%にもなる。「二年間の試用期間中は理由なく解雇できる」というCPEは「解雇されても、とにかく職に就きたい」という若年失業者救済のためのショック療法だった。先の移民暴動地区で今回反対は起きていない。 反対、賛成の双方に理由がある政治的争点に国民が異議を申し立て、耳を傾ける政府、デモやストを権利として尊重する政治風土は、かつてこの国にも多少はあったが、若者は知るや。2006年4月13日 東京新聞朝刊 12版 1ページ「筆洗」から引用CPEが悪法かどうか、立場や考え方で意見が異なることは、「筆洗」が指摘するように、先の移民暴動地区ではこの法律に対する反対運動が無かったことからも分かります。また、議会で議決された法案であっても、このように民意にそぐわないケースがあるわけで、大衆運動の大切さが理解できると思います。
2006年04月28日
日中戦争開始から太平洋戦争の敗北に至るまでの十五年戦争を「自存自衛の戦争」であったとうそぶく靖国神社『遊就館』の実態が、17日の東京新聞夕刊に報道されました。記事は次のように述べています; 東京・九段の靖国神社境内にある展示館の「遊就館」。「日本による侵略戦争を正当化している」と指摘され、内外の批判にさらされる施設だ。遊就館には、何がどのようの展示されているのか。21日からの靖国神社春の例大祭を前に、訪ねた。(篠ケ瀬祐司) 大鳥居から参道を約5分歩いたところに、遊就館はある。 建物に入ると、玄関ホールに展示されている零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を、若いカップルらが囲み、カメラ付き携帯電話を構えていた。 まず映像ホールで、ドキュメント映画「私たちは忘れない、感謝と祈りと誇りを」を見る。 映画は、当時の映像や関係者の証言を織り交ぜ、日本が明治維新以降、欧米諸国に植民地にされないよう努力してきたことを繰り返し説明している。 太平洋戦争開戦の経緯を説明するナレーションは「権益を捨てて、日清戦争以前の日本に戻るという道もあったのではないかという人もいる。しかし、それは戦争をしなくても、戦争に負けたと同じことで、選択の余地はなかった」と訴え、「極東の小国・日本が、大国を相手に立ち上がった自存自衛の戦争だった」と結論づけている。 映画を見終わった年配の女性は「なぜか分からないが、涙が出る」とハンカチを目頭に当てた。 展示室では、日本がかかわった戦争を古代から時代順に、パネルや軍隊関係の品々で当時の様子を説明している。 「支那事変」(日中戦争)の部屋では、「盧溝橋の小さな事件が中国正規軍による日本軍への不法攻撃、そして日本軍の反撃で北支那全域を戦場とする北支事変となった。背景には日中和平を拒否する中国側の意思があった」と説明している。 「大東亜戦争」(太平洋戦争)の部屋では、開戦までの経緯について「(米国の)ルーズベルト大統領に残された道は、資源に乏しい日本を禁輸で追い詰めて開戦を強要することであった」と説明。一方、日本の立場は「米国との関係改善の方策として、近衛(文麿)内閣は(日独伊)三国同盟を決定し、米国を威圧して戦争を回避する政策を決定した」と紹介している。 続く「靖国の神々」は、戦没者の遺影や遺書が展示されている。若い女性がたたずんでいたのは、特攻隊として出撃した古川正崇少佐の遺書の前。「戦争ヲ憎ムガ故ニ 戦争ニ参加セントスル我ラ若キ者ノ純真ノ気持ヲ知ル人ノ 多キヲ祈ル」とある。 約5千枚の遺影の中に、A級戦犯として東京裁判で死刑判決を受けた東条英機元首相も「陸軍大将 東条英機命(みこと)」として掲示されている。隣は、若い陸軍軍曹の遺影だ。 見学の感想を記すノートがある。 「『大東亜』に負けてしまって日本は『悪』にされた。当時の日本はすばらしかった」(13歳)「アジアの人々への差別など多々あったはずだが、それはすべて割愛というのは虫がよすぎる」(48歳) まさに賛否両論の感想が書き込まれている。2006年4月17日 東京新聞夕刊 12版 2ページ「靖国神社『遊就館』を歩く」から引用靖国神社が、自らの社会的責任をかなぐり捨てて、己の独自の歴史観を貫くというのは、思想・信条の自由という観点からは良いのかも知れませんが、しかし、例えば「盧溝橋事件」は日本軍の仕業であったことは、今日では学問的に明らかにされていることです。このような靖国神社の主張は、わが国政府の公式見解とも明らかに異なるわけですから、こういう神社に首相が参拝するということは、政教分離以前の問題で誤りであるといえます。
2006年04月27日
辛淑玉氏の近著「せっちゃんのごちそう」(NHK出版)に関連して、評論家の佐高信氏が「週刊金曜日」4月21日号に次のように書いています; 消しゴムカバーの糊づけ、袋貼り、ガラスビン集め、箱詰め作業、ヤクルト配達、新聞配達、チラシ配り、パン屋、ケーキ屋、焼き肉屋、喫茶店の店員、アサリ売り、荷物下ろし、ホステス、皿洗い、ヘアモデル、下着や水着のモデル、映画のエキストラ、DJ、パチンコ屋、鉄くずの仕分け、ビルの清掃、キャンペーンガール、手配師、深夜警備、店頭での客引き・・・。 これが辛淑玉が「貧しさから逃れるために」やった仕事である。「金もなく、学歴もなく、後ろ盾もなく、ネットワークもなく、信用もなく、日本国籍もなく、男でもない」彼女は『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)で「お金をもらえるなら、どんな仕事でもやってきた」と告白している。 なぜ、「せっちゃん」なのか? それは創氏改名を強いられてつけた日本名が「新山節子」だったからである。 「お金さえあれば、雨の漏らない家に住めるし、食べるものの心配をしないで済む」と考えた彼女は、ただ、ひたすらに働いた。 彼女がその成長過程で出会った「ラムネ」や「コロッケパン」や「サクマのドロップ」について書いた『せっちゃんのごちそう』は、切ないとしか言いようがないほどに切ない。 たとえば、六歳の時の「ミノベさんのリンゴおろし」。お金のない彼女の家で病気になるのはとても怖かったが、ちょっと寝ていればいいくらいの病気の時は、母親がお砂糖入りのリンゴおろしをつくってくれるので、「病気ってとってもステキ」だと思った。母親を独占することもできたからである。そんなある日、母親が「ミノベさんがおまえの命を助けてくれたんだよ」と言い始めた。病気になるたびにそう言う。いつもは泣き顔の母親が、まるで好きな人のことを語るように嬉しそうに言うのだった。 戦後、在日朝鮮人はすべての公的サービスからはずされたが、国民健康保険の適用が自治体の権限になった時、当時の東京都知事、美濃部亮吉は在日の家でも保険の適用が受けられるようにした。「安心して病院に行けるというのは、毎日緊張しながら生活しなくてもいいということだ」と辛は書く。バラまき福祉とか美濃部を批判する人もいるが、思想においても石原慎太郎と対峙していることはまちがいない。2006年4月21日「週刊金曜日」 7ページ コラム「風速計-ミノベさん」たとえ「バラまき福祉」と言われても、それによって救済される人がいるのであれば、価値ある政策であったと言えます。それに引き換え石原都政は、長年、朝鮮学校に貸与していた敷地を理由もなく返還しろなどと言っている。血も涙もないとは石原慎太郎のような政治家にこそ相応しい形容詞だと思います。
2006年04月26日
靖国神社に対する小泉政権の対応について、疑問を表明する投書が22日の朝日新聞に掲載されています。投書は次のように述べています; 小沢民主党代表は「戦争を指導した人たちは靖国(神社)に本来祀られるべきではない」と述べた。我が意を得たりの思いだ。 国のため戦いに赴き、殉じた御霊を祀る靖国神社には、戦争を計画、指導し、敗戦に導いたA級戦犯は似合わない。いわば呉越同舟の合祀に一般英霊の遺族から異議があまり出ない。これ、第1の不思議である。 神社側は、一度合祀されると魂は一体になり、分祀できないという。つまり、この神社への参拝は、A級戦犯に対しても参拝することになる。なのに、参拝者はA級戦犯に何を誓ったかを語らない。これ、第2の不思議である。 政権を狙う小沢代表は「A級戦犯は戦場で亡くなった戦死者ではないから、間違いを正せということだ」という。現政権は「靖国神社は一宗教法人で、国は干渉できない」という。政権や人によって分祀ができたり、できなかったり。これ、第3の不思議である。2006年4月22日 朝日新聞朝刊 12版 12ページ「声-靖国をめぐる三つの不思議」から引用第1の不思議は、多分、遺族の人たちは、異議を唱えたりしてお上に楯突いたりしたら遺族年金を止められるんじゃないか、という心配をしているのだと思います。第2の不思議は、なかなか良いポイントを突いている思います。戦争を指導した者の霊に対して「今後は二度と戦争はしません」などと「誓う」とは、まことに以てヘンな話で、小泉純一郎の発言が如何に国民をバカにしているかという証左だと思います。第3の不思議は、結局、それだけいい加減な話だということでしょう。
2006年04月25日
自民・公明両与党が教育基本法を改変しようとしていることについて、それは不要であるとする投書が22日の朝日新聞に掲載されました。投書は次のように述べています; 自民・公明両党が合意し、教育基本法の改正が具体的に動き出した。それにしても、今、どうして教育基本法が改正されなければならないのだろうか。 私は1937(昭和12)年に茨城県内の小学校に入学し、敗戦まで教育勅語に基づいた教育を受けた。だから、旧制中学3年の夏、敗戦によって国の教育が180度転換した時には、しばらくの間、精神的な混乱に思い悩んだ。 しかし、敗戦による打撃が痛烈だっただけに、新しい憲法や教育基本法が制定されてからは、学校での生活もすごく新鮮で、魅力的なものに変わっていった。 長年の高校教員生活を振り返ると、現在、学校の内外で子供をめぐる事件事故や問題が昔に比べて頻発していると思う。が、これらを戦後教育そのものに原因があるとするのは、短絡的にすぎないか。 それどころか、教育基本法には、これから世界に雄飛し、国際人として活躍する子供たちが、学び、成長していくための基本的な理念が明示されている。日本独自の文化や伝統を学ぶにしても、それを阻害するものはない。法律を改正する理由は全くないと思う。2006年4月22日 朝日新聞朝刊 12版 12ページ「声-教育基本法の改正は不要だ」から引用私もこの投書の意見に賛成です。だいたい、自民党や公明党が今の教育基本法のどこにどのような問題があって、改正しようとしているのか、説明を聞いてみたいものです。この投書が指摘するとおり、学校の内外で起こる子どもの事件や事故が戦後教育に起因すると考えるのはあまりにも短絡しすぎであり、法律で「愛国心」を強制すれば事態が好転するなどとは、あまりにも荒唐無稽な話です。
2006年04月24日
戦後の日本に生まれ18歳まで日本で暮らしたシカゴ大学教授、ノーマ・フィールド氏に関連して、14日の東京新聞コラム「筆洗」は次のように書いています; 『天皇の逝く国で』『祖母のくに』の著者でシカゴ大学教授のノーマ・フィールドさんが、祖母を看取(みと)った日々をつづった近刊『へんな子じゃないもん』(いずれも、みすず書房)を読んで、この国の良民が示してきた気概と確かな情理への懐かしさがこみ上げた。 脳出血で倒れ、二度目の発作を起こした明治生まれの祖母を見舞うため、フィールドさんは一九九五年六月、成田空港に降り立つ。病床で祖母や母と過ごした幼いころの記憶をたどり、この国の戦後の変化と行く末に不安を募らせる。 占領軍の軍人だった父と離別した母。東京で写真館を営む祖母は、孫娘を自分の布団に入れて育ててくれた。意識が混濁している祖母にフィールドさんはふと訊(き)いてみる。 「おばあちゃま、へんな子をお医者さんのところへ連れて行くのは、いやじゃなかった?」。長い沈黙のあと祖母は目を閉じたまま「へんな子じゃないもん。自慢の子だもん」と答えた。この「甘美この上ない別れの言葉」が本のタイトルになった。 フィールドさんは十八歳まで暮らしたこの国が今「個人なき個人主義と物言う人間を攻撃する、連帯とは無縁の集団意識の時代に陥り、戦後民主主義の夢を最終的に手放す瀬戸際にさしかかった」と危惧(きぐ)する。 自民、公明党が教育基本法に「国と郷土を愛する態度」を明記することに合意した。藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書)が与党議員に好評という。自らの年金疑惑を「人生いろいろ、会社もいろいろ」とはぐらかした宰相の党から品格など教わりたくない。2006年4月14日 東京新聞朝刊 12版 1ページ「筆洗」から引用私たちの社会が、物言う人間を攻撃し連帯とは無縁の集団意識の時代に陥っている、というノーマ・フィールド氏の指摘は大変重大だと思います。
2006年04月23日
日本と韓国の間に、今度は海洋調査をするのしないのという新たな問題が持ち上がってきました。いったい、何が問題なのか、21日の東京新聞は次のように解説しています; 竹島周辺の海洋調査をめぐって日韓間に火花が散っている。調査の目的は海底地形への命名のためだ。韓国の狙いも、日本の排他的経済水域(EEZ)内にある海底地形に韓国名をつけることにある。そもそも海底地形の名称はどのように決められているのか。 国際的な海底地形図は、国際水路機関(IHO)と国連教育科学文化機関(ユネスコ)の政府間海洋学委員会(IOC)が共同で作製している。各国が適当な名称を持ち寄って議論する「海底地形名称小委員会」はほぼ毎年開かれており、今年も6月にドイツで開催される。 「もっぱら国内で使われるだけの地図の作製なら、各国が勝手に名前を付けることもできる。問題は、国際的な海底地図を作るために名称を確定すること。複数国で境界係争になっているEEZ内の名称確定では争いになることもある」と海上保安庁海洋情報部の担当者は話す。 その合意を形成するのが小委員会であり、韓国は今年の会合で、すでに登録名がある日本側EZ内の地形について韓国名にしたり、未決定の地形に韓国名を付けようという動きがあったことから、日本が対抗の必要上、海洋調査に乗り出す構えを見せている。 問題海域では、日本が1970年代に盆地に「対馬海盆」や海山に「大和堆」「隠岐海嶺」などの名称を提案し、正式登録されている。名称は周囲の地名などに沿ったものだ。日本はその後30年間、調査を行っていなかった。一方、韓国は逆転を狙って4年前から海洋調査を重ねてきた。 韓国紙・朝鮮日報のホームページによると「対馬海盆」として登録されている場所を「鬱陵(ウルルン)海盆」としたのをはじめ、計18ヶ所に韓国式の名前を付けた。名称には異斯夫(イサブ)や安龍福(アンヨンボク)、沈興沢(シムフンテク)など韓国の領土を守った歴史上の人物名が使われているという。 ちなみに、公海の海底地形については、どの国でも自由に名称を提案することができる。カムチャッツカ半島の東方からハワイに至る海底山脈は「天皇海山」と呼ばれる海山列をなしており、北から南に向かってそれぞれに山に、明治、天智、神武、推古、仁徳、神功(皇后)、応神、光孝、雄略、欽明、桓武各天皇の名前が付されている。命名者は意外なことに米国人だ。 なぜ海底地形に名称を付けるのか。「極めて技術的な理由による」と海保の担当者は言う。 例えば専門家同士が海底地形について議論をするとき、「隠岐諸島から北側に延びるあの広い海盆」などと言っていたらまどろっこしい。「隠岐海盆」という名前があれば一言で済む。学術的なニーズから地形の命名が必要なだけで、名称登録を審議する同小委員会の検討基準も学術的で中立だという。 だが、名称登録を目指す韓国には同海域地形の名称は、別の意味を持つ。 コリア・レポートの辺真一編集長は「韓国は竹島周辺の実効支配を強め、いずれ日本海の名称も『東海』に変えたいと考えている。海底地形の名称を韓国名に変えたいのもその一環として出てきた」と指摘する。 ただ、来月統一地方選挙を控えた盧武鉉政権にとり、反日ムードをあおる地名問題は「もろ刃の剣にもなる」と辺氏。「韓国は竹島の領土問題は既に存在しないという立場であり、なるべく触れられたくない。しかし日本が竹島問題に絡めて騒げば国際社会の注目を浴びることになり、逆風になる可能性もある」 いったん登録された海底地名の変更などあり得るのか。海保の担当者は「制度上、変更は排除されていない。しかしよほどの理由が必要で、これまで変更例はないのでは」と話す。2006年4月21日 東京新聞朝刊 12版 24ページ「竹島海洋地形調査の目的とは」から引用日本海の名称を変更したいというのは、どのような理由からなのか、よく話し合う必要があると思います。まさか、韓国風の名称にしてそれを根拠に領有権を主張するなどという姑息なことを考えているとは思えません。確かに、日本と朝鮮半島の間に存在する海を「日本海」と呼ぶのは、ある意味、公平さを欠くといえるかもしれませんが、日本としては国土の西側にある海を「東海」とされたのでは、ちょっと具合が良くないし、それこそ両国(あるいは中国やロシアもいれて?)がよく話し合う必要があると思います。また、既に登録済みの海底地形まで、今度の韓国の提案で変更できるのであれば、何年かたってほとぼりが冷めたころに、今度は逆にこちら側から日本風の名称を提案してひっくり返すこともできるのではないでしょうか。いずれにしても、あまり生産的ではない話です。
2006年04月22日
少し前までは、9月で任期が終わる小泉自民党総裁の後継は小泉路線を引き継ぐ人物にという記事ばかりでしたが、最近はそうではないニュースが報道されるようになりました。20日の東京新聞は次のようなニュースを報道しています; 自民党丹羽・古賀派(丹羽雄哉、古賀誠共同代表)は19日夜、都内のホテルで政治資金パーティーを開いた。 古賀氏はあいさつで「わが国はあらゆる分野で転換点にいる。ポピュリズム、劇場型政治と、政治の貧困が心配されている」と指摘。丹羽氏も「秋の総裁選に向け、格差社会への対応と東アジア外交への取り組みに関心がある」と、小泉政権の政治スタイルや改革、外交姿勢に疑問を投げかけた。2006年4月20日 東京新聞朝刊 12版 2ページ「丹羽、古賀両氏 小泉路線に疑問」から引用一時は小泉路線を継承しない者は次期総裁になれないかのような報道でしたが、上のような動きが出てきたのは大変よろしいと思います。自分勝手なわがまま路線は小泉氏でお仕舞いにして、東アジアのリーダーとして中国と共同で地域の発展に貢献できる立派な国へと梶を取り直すべきだと思います。
2006年04月21日
新たに小沢氏を代表に選出した民主党が今後どうなるのか、社民党の福島党首は今日の東京新聞「小沢民主党でどうなる」の欄で次のように語っています; 核燃料サイクル基地の是非が問われた1991年の青森県知事選で、反対派の応援に行くため、私が乗った飛行機にちょうど、小沢さんも乗っていました。到着すると、まず黒服の軍団が降りていったので、あれは何ですかって聞いたら、小沢さんですって言われた。 飛行機を降りた後、私たちは該当などで市民に呼び掛けたけれど、小沢さんは一切公的なところに顔を出さず、ホテルに業界団体を呼び、がんがん締め付けたんです。手法が違った。これが、小沢さんの第一印象ですね。 小沢さんは「自分が変わる」と言うけれど、本当に変わったかどうか、注意深く見なくてはいけない。 ただ、前原(誠司前代表)さんは自民党と対決しなかった。今までの民主党は、対案といいながら、政策がほとんど自民党と一緒で、対決軸を示すことができないことに野党第一党として欠点があった。 その意味で小沢さんは、内心どう思っているか、世界観がどうであるかに関係なく、自民党と対決姿勢を取らざるを得ない。だとしたら、一緒にこの点で対決していきましょうと、党首会談をやりたい。会談では、第一に今国会の会期延長を認めない、第二に、教育基本法改悪・国民投票法案・共謀罪新設の阻止を呼び掛けたい。 いまは野党共闘を強めることが必要。その後どういう展開になるかは、民主党が何を目指すのか、それに社民党が納得できるのかによります。 でも、社民党がどこかの政党と合流したり、合併したりすることは絶対にありません。(談)2006年4月20日 東京新聞朝刊 12版 2ページ「小沢民主党でどうなる」から引用今日までの民主党の「対案路線」はまがい物だったのではないかという疑いを私は持っています。昔の日本社会党は、自民党から「何でも反対の党」だと攻撃されました。しかし、それは真実ではありませんでした。日本社会党は確かに表面だけを見ればいつも反対ばかりしておりましたが、実際のところ、それは反対する理由があっての反対だったのであり、決して「何でも反対」だったのではありません。そこのところを、現在の民主党は見落としている。つまりそれは、結局自民党の戦略にはまってしまっているということですから、私は民主党が「対案路線」などと言っているうちは自民党には絶対勝てないと思います。
2006年04月20日
今日の午後、ソウル金浦空港のアシアナ航空のサービスで入手した今日の日本経済新聞朝刊のコラム「春秋」には、なかなか味のある文章が書かれていたので、書き留めておくことにしました。 戦前、小説に劇作に活躍した岡本綺堂が『半七捕物帳』を書き始めたのは、ちょうど90年前の1916年だった。翌年からの雑誌連載は時に中断しつつも延々20年に及んだ。江戸情緒色濃い70編ほどの物語は今も輝きを失わない。 初期の名作に「津の国屋」がある。娘と養女が亡くなった大店に怪異がつきまとい、町内は震え上がる。ところが、すべては身上を乗っ取ろうとする悪人どもの計略だった。店の親族や菩提寺の住職までがグルになり、幽霊役に矢場女を雇う入念さ。巧妙な悪のプロジェクトチームだ。 後を絶たない振り込め詐欺の手法をみると、役割分担こそ今もだましの定石だと分かる。最近は「ご主人が痴漢で捕まった」という手口が横行。刑事役、被害者役から示談を持ちかける弁護士役まで電話口に現れて家人を動揺させる。」警視庁管内では、今年1月、2月だけでこの手の犯行の被害が190件に上った。 耐震強度偽装事件の捜査がヤマ場を迎えた。構造計算を偽った建築士、手抜き工事を請け負った建設会社、その物件を売ったマンション業者、背後には大物コンサルタント。ここにもしっかり役割分担はあったようだ。が、ほかにも大事な役者がいた。不正を見逃し、法の不備にも無頓着だった「官」と「政」だ。2006年4月19日 日本経済新聞朝刊 14版 1ページ「春秋」から引用不正を見逃し、法の不備にも無頓着だった「官」と「政」に対しては、法的責任は追及できないかも知れませんが、安倍晋三官房長官秘書と業者の関係については、マスコミがもっと突っ込んだ調査報道をするべきだったと思います。
2006年04月19日
青森県出身のルポライター鎌田慧氏は、11日の東京新聞「本音のコラム」に自身の故郷について次のように書いています; わが故郷・青森県は、蝦夷征伐以来、ろくな目に遭ってこなかったようなのだが、それでも、中央政府にたいして、ますます従順になっているのだから、悲しいやら、情けないやら。こんどは、米国新戦略としての、「在日米軍の再編、強化」にまっ先に協力することになった。 青森県知事とつがる市長は、国の要請からわずか1カ月、三月末になって、ろくな議論も反対運動もないうちに、米軍の早期警戒レーダー「Xバンド」の配備を認めた。 この強力な電磁放射線を発するレーダーは、米国でも批判のつよい、米軍のミサイル防衛(MD)のためのもので、航空自衛隊のミサイル基地がある、西海岸の車力地区に、半年以内に配備される。米日軍一体化する「ミサイル防衛」は、憲法が禁じている「集団的自衛権」の行使にあたるはずだ。辺野古の米軍新基地建設にたいする、沖縄のひとたちのしぶとい抵抗をみてきただけに、この政府のすきを衝いたやりかたと県民の無抵抗ぶりが歯がゆい。 三沢米軍基地にちかい、六ヶ所村の核再処理工場も、三月末に試運転を開始した。東通村の原発も昨年末に運転開始。核燃料廃棄物の中間貯蔵所も計画され、ミサイルと核、ダブルの危険となった。 が、危険なのは、わが県のことばかりかどうか。2006年4月11日 東京新聞朝刊 11版 27ページ「本音のコラム-嗚呼!わが故郷」から引用政府が青森県やつるが市に対して、米軍の早期警戒レーダー「Xバンド」の配備を要請したとか、その「Xバンド」なるものが米国内でも批判されている危険性の高いものであること、そのような物を配備することは憲法が禁じている「集団的自衛権」の行使につながる問題があることなど、マスコミが一切報道しなかったところに問題があるのではないかと思います。To day, alos from Seoul.
2006年04月18日
当ブログの4月2日の項にぽへぽへさんが「ゆとり教育は日教組が主導した」と主張しておりますが、その「ゆとり教育」がどのようなものだったかをうかがい知ることのできる記事があったので、ここに書き留めておこうと思います。7日の東京新聞は、次のように書いています; ゆとり教育の旗振り役として“ミスター文部省”と呼ばれた寺脇研さん(53)が4月の人事で、文化庁の文化部長から「文部科学省大臣官房広報調整官」という新設ポストに異動した。新たな役職は課長級。部長職からの降格に「僕は『負け組』役人」と宣言する。“霞が関”の常識を破る格下げ人事を、エリート官僚はなぜ受け入れたのか。(中略) 新聞やテレビで積極的に教育改革を語る寺脇さんは、“霞が関”に閉じこもらない異色の官僚だった。職業教育課長のときには「脱偏差値」を掲げて、業者テストを廃止した。教育長として出向した広島では若者たちに「いじめがつらくて命を絶つぐらいなら、学校にこなくていい」と語りかけた。半面、省内での毀誉褒貶(きよほうへん)は常につきまとった。 1990年代に入ると学校についていけない子どもたちの自殺、不登校が社会問題になった。改革を迫られた文部省が掲げたのが「ゆとり教育」だ。官房審議官という中枢ポストに駆け上がっていた寺脇さんは、その旗振り役となる。 学校週5日制の実施に合わせて授業時間、学習内容を減らし、新設する「総合学習」の時間によって多様な授業を実現する。同時に学校絶対主義を改め、子どもたちを地域や家庭に返そうという試みは、2002年の新学習指導要領で完成をみるはずだった。 だが、実施を目前にして「子どもの学力が低下する」という懸念と批判が、一部の学者や財界を中心にわき上がる。スタートしたばかりの新指導要領は早々と見直しを余儀なくされ、学校現場は混乱に陥った。 当時、省のスポークスマンとして全国を駆け回っていた寺脇さんは、その批判を一身に受けて文化庁に転出する。政策転換した文科省に戻る席はなくなっていた。 「本当に辞めるのか。君のことを人に聞くと、非常にほめる人とあしざまに言う人がいて、中間がない。私の組織にはそういう人材が必要だと思っている。降格になるけど、残らないか」 三月。退職の準備を始めていた寺脇さんを大臣室に呼んだ小坂憲次文科相は、そう言ってとどまることを勧める。 戸惑いがなかったわけではない。プライドもあった。「でもうれしかったですよ。当り障りのない仕事をする人間だけじゃあダメだと言ってもらえたんですから。私にはまだ省内でやれることがあると思った。しがみついてでも仕事をしたいと思ったんです」2006年4月7日 東京新聞朝刊 12版 27ページ「負け組でいい 降格人事を受け入れた“ミスター文部省”の選択」から引用私は、文科省が「ゆとり教育」を推進するに当たって日教組が協力したことを否定するものでではありませんが、上の記事を読む限り、「ゆとり教育」は日教組が言い出して文科省がしぶしぶ受け入れたというものではないようです。従って、日教組が主導したということはできないのではないでしょうか。 また、上の記事から分かるのは、「ゆとり教育」が教育現場を混乱させたという事実は無く、一部の学者や財界人が懸念を持って批判したために頓挫しただけのことで、「ゆとり教育」が今日の教育問題の元凶であるとは言えないと思います。 さらに、私が「文部省が日教組の主張を何一つ取り入れなかったから、今日の教育問題がある」と書いたのは、教育委員の公選制を廃止して都道府県知事の任命制にしたこと、校長に教職員の勤務評定をする権限を持たせることなど、数々の教育制度改悪を実施するに当たって文部省(当時)が日教組の主張に一切耳を傾けなかったと、こういう意味です。私は、今日の教育問題の根幹は「ゆとり教育」などという目先の問題ではなく、もっと根の深い所の原因があると考えております。今日も、ソウルから書き込みしてます。
2006年04月17日
民主党の「メール騒動」に関連して、わが国ジャーナリズムのお粗末な状況を、中央大学教授の塚本三夫氏は「しんぶん赤旗」日曜版のコラム「メディアを読む」で次のように批判しています; 国会を事実上空白状態にさせた「メール騒動」は、民主党執行部の総退陣という形で決着した。しかし、この問題に関する報道は、そのほとんどがメールが本物か偽物かという域を出るものではなかったといえる。 確かに真偽の問題は重要な論点ではあったが、メディアはもっぱら永田議員と民主党の発表を待つだけで、独自に調査しようという動きがほとんど見られなかったのはどうしてなのか。また、民主党がなぜ偽情報に安易に飛びついたのかについて触れた報道もほとんどなかった。 ジャーナリズムはただ公表される情報を待って、それを流すだけでは本来の役割を果たしているとは言えない。問題を可能な限り自ら解明し追及すること、それによって明らかになったことを伝えることによって、読者、国民が事柄をより深く理解する手助けをすることも不可欠な責務であろう。 そして、今度は民主党の人事問題が、さも当面の最重要テーマであるかのような報道ぶりである。 普天間や岩国の基地問題、耐震偽装問題、あるいは「国民投票法案」の行方など、まさに自民党政治の根幹が問われる真の意味での政治問題が目白押しになっているにもかかわらず、「小泉後」の自民党総裁人事を含め相変わらずの政界報道、人事報道へと焦点が移される。 このようなありようは実に異様でもあり、こっけいでもあると言わざるを得ない。 こうした民主党人事問題に対する集中報道の背景に、これまた相も変わらずの「2大政党論」、「政権交代論」が根強くあるように、見えることも気になるところである。 自民党と基本的政策においてほとんど変わりがない民主党が、仮に政権を取ったとして、本当に日本の政治が変わるのか、そもそも醜態をさらけ出している民主党に政権担当能力があるのか。いまこそ政治の原点に立った報道が望まれる。2006年4月9日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ「メディアを読む-何だったメール騒動」から引用米軍基地問題や国民投票法案、共謀罪法案など、この国が民主主義から遠ざかることに成りかねない法案が次々と用意されていることを問題視し、報道するべきだと思います。
2006年04月16日
わた飴を食べながら遊んでいた子どもが転んだために、割り箸が喉の奥に突き刺さって死亡するという事故で、救急病院の医師が業務上過失致死の疑いで訴えられていた裁判は、被告人の診療行為と児童の死因に直接の因果関係は認められないとして、無罪が言い渡されました。この判決について、裁判が行われた裁判所とは別の裁判所の現職判事が、2日の朝日新聞に「『蛇足判決』で害された人権」と題する次のような投書を寄せました; 男児ののどに割りばし片が刺さっているのを見逃して死亡させたとして、担当の医師が業務上過失致死罪に問われた事件で、東京地裁は3月末、無罪の判決をした。 この判決理由の中で裁判長は、被告人の過失を認めたものの、被告人の行為と男児の死亡との因果関係は否定した。さらに判決末尾の「付言」の中で、「被告人は過失に対する批判に謙虚に耳を傾けるべきであろう」などと述べたという。 しかし、過失について判断したことと、これを前提にした付言は誤りである。なぜなら、因果関係を否定した以上、それだけで無罪という結論が直ちに導かれる。その上、過失の有無について判断することは、この判決の理由としてはどうでもよいこと、いわば「蛇足」である。 被告人は、この蛇足によって医師としての信用と名誉を毀損されたにもかかわらず、主文で無罪とされたことにより、控訴して「過失なし」を主張する機会を奪われた。 被告人と男児の両親との間では、民事訴訟が継続中だというから、過失の認定がこちらに事実上影響を及ぼす懸念も否定できない。 このように、被告人の人権をいわれなく踏みにじる「蛇足判決」は、決して許されるべきではない。2006年4月2日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-『蛇足判決』で害された人権」から引用これに対して、8日の「朝日」投書欄には、今は引退した年配の元判事の方の反論が掲載されました。「反論」はこう述べています; 「割りばし事件」の無罪判決の「付言」で述べたことを「蛇足」だとする2日の判事の投稿に反論したい。 たしかに因果関係を否定して無罪を認定する限り、付言は蛇足かもしれない。しかし、この付言を真摯に受け止め、今後医師や病院が細心の注意を尽くせば、数多くの尊い命が救われよう。この多大な国民的利益に比べて、蛇足のマイナスがどれほどのものと言うのか。 永田町の常識は国民の非常識と言われるが、「司法よ、お前もか」となると、国民の自由と人権は、一体誰が守ってくれるのか。 この事件で無罪を言い渡した東京地裁の川口裁判長は、2日後に、村岡元官房長官の政治資金規正法違反で無罪判決を出し、被告人にねぎらいの言葉をかけている。これも異例であり、検察はこの「変わり者」に頭が痛かろう。 私はかつて簡裁判事だった時、判決の後、被告に対し心を込めて訓戒した。検察官時代の経験から、大半の累犯者が裁判官の訓戒を覚えていないことを知っていたので、更なる犯罪を防止したかったからだ。 今、裁判官はもっと国民感情に気を配り、広い視野に立って、国民的利益を守るべきではないのか。2006年4月8日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-割りばし判決 付言は蛇足か」から引用私も、上記二つの投書については、後に引用した経験豊富な元判事の意見に賛成です。先に引用した現職判事の意見は、理屈の世界に籠もっていて現実社会の実態をご存知ないのではないか、経験不足ではないのかと思います。親の七光りで政治家になった者が、実際に社会を知らないために「永田町の常識は国民の非常識」と言われるのであって、司法界がそうならないように願います。今日はソウルからの書き込みです。
2006年04月15日
民主党が新しい代表を選挙で選ぶ日の東京新聞に、次のような投書が掲載されました; 民主党執行部が総退陣しますが、これですっきりして再出発できるのではないでしょうか。若いというこおてゃ魅力もありますが、思慮に欠けることも明確になりました。結果は無残ですが雨降って地固まるのたとえもあり、今後の民主党には期待できます。 再生の鍵は憲法改正に対する姿勢です。憲法改正方針を凍結し、護憲に転換することを希望したいです。憲法改悪が世界の民衆の志向と相反する愚かさに気がつけば、民主党は大きく飛躍できるでしょう。 今が一番よい時期ではないでしょうか。なぜなら、米国内はイラク戦争の閉塞感で混乱しているからです。護憲方針の最大の利益は周辺諸国とのあつれきが減じる効果です。北東アジアの繁栄は見えており、多くの国にとって平和志向に基づく国造りへの歴史的な時期となるのでは・・・。 日本の人口減少は相当期間続きますから、高い経済成長を志向すべきではありません。日本が地道に安定する方針を示せば、米国は変化する国家だと思います。 米国の多少の混乱は、それがわずかでも日本に影響します。公明党がイラク派剣という政策に賛成を余儀なくされたのも結局は米国に振り回されたからです。 憲法改悪は日本に何の利益もないことです。イラク派遣で巨額を費やしても効果は少なく限界が見えたのは明らかです。民主党は寄り合い所帯といわれますが、護憲方針は自民党との政策の違いが明確になり、国民にアピールできます。 小泉政権が何をもたらしたでしょう。格差拡大で景気浮揚なら誰でもできることです。再生民主党に大いに期待したいものです。2006年4月7日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「ミラー-改憲志向改め自民と対立軸 再出発民主党に期待したい」私もこの投書に賛成です。自民党と似たような政策を掲げているのでは、その実現は自民党のほうが手っ取り早いので、票はどうしても自民党へ行くでしょう。自民党にはできないことを民主党はやるべきです。改憲方針は向こう30年間凍結とし、全野党を束ねて護憲で闘ってほしいと思います。
2006年04月14日
米国産の食用牛肉には安全性の点で問題があるとして、長い間わが国は輸入を禁止しておりましたが、半年ほど前に輸入を再開したところ、再開の条件である危険部位の除去が施されない食肉が混入したため、またまた輸入停止となってしまいました。一応、建前としては政府は諮問機関を設置して専門家の判断を仰いで、輸入再開の条件を決めたことになっておりますが、実際には、アメリカには極端に弱腰の政府が、自らの意向を専門家に無理に押し付けたために、今回、もともと御用学者と揶揄されるような学者もがまんならず辞任したのではないかと言われています。その辺の事情を、6日の東京新聞は次のように報道しています; 「米国で特定危険部位の除去が適正に行われるという前提付きで審議は不十分だった。答申には、こうした前提条件で『(日本と)米国などのリスクの科学的同等性を評価することは困難』という文言を盛り込んだが、評価の厳密さが確保されず、やり切れなさを覚えた」 この調査会の専門委員を辞任した金子清俊・東京医科大教授は、辞任に至った理由をこう説明する。 また、同委員だった山内一也・東大名誉教授は「再任の要請がなかっただけで、私は自発的に辞めた訳ではない」と前置きした上でこう憤慨する。「調査会に全頭検査の緩和策について諮問があったのは、日米事務レベル協議で緩和条件が決まる前日。輸入再開に向けた条件整備で、政治的誘導があったのは明らかだ」 今回の辞任劇について、食品安全委員会の担当者は「専門委員はこれまで任期がなかったため、3月の委員会で、4月1日付で専門委員の改選をすることになっていた。任期も今年4月から2年間と定め、年齢の要件も70歳以下とするなどのルールも決め、以前から辞意を表明していた委員などを除く全員に再任の意思を確認して手続きを進めてきた」と説明。その上で「辞められた委員全員が審議に不満があって辞任したとは受け止めていない。残った委員は推進派ということでもない。『結論ありき』でお願いしているわけでもない」と強調する。 食品安全委員会は、牛海綿状脳症(BSE)の発生などを契機に、消費者の「食」に対する信頼回復を狙って2003年7月に設立された内閣府の独立機関で、職員が健康に及ぼす悪影響を科学的に調べる「リスク調査」が主な役割。だが、同調査会の審議には最初から「結論ありき」と政治的誘導を指摘する声も少なくない。 安倍晋三官房長官は5日の定例記者会見で政治誘導について「全くありません」と答えたが、青山学院大学の福岡伸一教授(分子生物学)は「辞任した委員の個別事情は分からないが、委員会の審議のプロセスは極めて政治的だった」と指摘する。 その理由について、福岡教授は「03年暮れに米国でBSEに感染した牛が確認された時、委員会は翌年春、どこからも諮問を受けていないのに、国内対策の検証を実施した。これが、生後20ヶ月以下の牛に限定している輸入条件を導き出す結果となったが、これも官僚の政治誘導があった疑いはぬぐいきれない」と疑問を提示。委員会の在り方についても「独立機関といっても、他の政府関係の諮問機関と同じ。本来、答申を受けなくても、政府の方針は決定できるが、官僚は専門家のお墨付きが欲しいだけ。委員のメンバーに消費者団体の代表も入れるべきだが、消費者の声は一貫して置き去りにされている」と指摘する。 政府関係の諮問委員を歴任したある大学教授は自らの経験を踏まえて、辞任した専門委員の胸中をこうおもんぱかる。 「最近の審議会は審議内容の原則公開など、昔に比べよくなったが、発言内容によっては委員の責任の所在もはっきりするようになってきた。学問的良識があるゆえに、今後の審議もどうせ結論が決まっているのであれば、言うべきことを言って辞めたほうがいいと判断した委員もいたのではないか」2006年4月6日 東京新聞朝刊 11版S 24ページ「半数退任 プリオン調査会とは」から引用生後20ヶ月以下の牛にはBSE感染が無いという科学的なデーターはあるのかもしれませんが、米国の牛肉輸入再開の条件として「生後20ヶ月以下かどうかを目で見て確認する」という話を聞いたときは、専門委員にしてはあまりにも非科学的な条件だなぁと思ったものでしたが、内実はこういうことだったわけで、こういう問題を国会で追及するべきだったのに、メール問題で時間を費やしてしまったのは残念なことでした。
2006年04月13日
世の中は人々の考え方が進歩してきており、何千年も続いてきた男性優位の社会を改めて、男女平等を実現するために、わが国政府は男女共同参画社会の実現に向けてさまざまな取り組みを始めています。ところが、6日の東京新聞には次のような投書が掲載されました。筆者は37歳の男性ですが、次のように述べています; 今、学校では「ジェンダーフリー」という男女の性差を否定したり、役割の違いを認めない教育がまかり通っています。 男性と女性では、明確に違うのですから、区別するのは当然です。また人類が、社会的、文化的に培ってきた男女の役割分担は、決して否定されるべきものではなく、人がよりよく生活していくために必要な尊重されるべき知恵なのです。 ジェンダーフリーなどという、ゆがんだ思想が教育現場に入り込むことを許したことは政府の失政です。 ただちに教育の正常化を図るため、教育現場からジェンダーフリー思想を一掃すべきです。男女の違いを明確化するとともに、児童生徒に対し、お互いの違いを認め合い、尊重し合うように教えるべきです。 また、家庭や社会における、男女の役割は平等であることを認識した上で、男女の違いを重視し、結婚したら妻子を養う責任があるということを、また女子には、男性を支え、結婚したら家庭を守る責任があるということを、しっかりと教えるべきです。2006年4月6日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-男女の性差を尊重し合おう」から引用この文章は、最初の出だしから事実誤認があると思います。「男女の性差を否定」したり「男女の役割の違い」を認めないことが「ジェンダーフリー」であると投書は主張しておりますが、それは根拠の無い主張であり恐らく「ジェンダーフリー」を誤解したか曲解しているかのどちらかであろうと思われます。また、生徒に対して「男女の性差を否定したり、役割の違いを認めない」教育を行っている学校は、わが国には存在しないはずで、あるなら紹介してほしいものです。 また、「ジェンダーフリーなどという、ゆがんだ思想」という表現も、筆者の誤解または曲解に基づいていると思われるので、もし「ゆがんでいる」と主張するのであれば、その根拠を説明する必要があると思います。 結局、この投書の主が言いたいのは「結婚したら妻子を養う責任があるということを、また女子には、男性を支え、結婚したら家庭を守る責任があるということを、しっかりと教えるべきです」ということのようで、特別おかしいとは思いませんが、考え方としては普遍性に欠けていると思います。こんな古い考えを持っている男性に近寄る女性は、年々減っているのではないでしょうか。世の中は多様性に富んでおり、一様ではないのですから、もう少し柔軟な考え方が求められます。
2006年04月12日
中国はこのほど、南太平洋の諸国に経済援助をすることになったと、6日の東京新聞が報道しています; 新華社電によると、中国の温家宝首相は5日、フィジーで開幕した「太平洋島しょ国経済発展協力フォーラム」で演説し、中国と国交がある島国に対する債務を軽減し、今後3年間で30億元(約440億円)に上る優遇貸し付けを実施すると発表した。南太平洋には台湾と外交関係を結ぶ島国が5か国あり、中国は経済支援をてこに切り崩しを狙っている。 中国が主催した同フォーラムには、オーストラリアとニュージーランドのほか、国交のある島国の閣僚や官僚らが出席。中国は200人に上る企業の代表団も派遣しており、資源開発や農林漁業、観光などの分野で協力関係を強化する。 中国政府は優遇貸し付けを実施するほか、今後3年間に島国の政府職員や技術者ら計2000人の育成に協力。また、パプアニューギニアやサモア、ミクロネシアの観光業振興のため、中国の民間人の渡航を解禁すると発表した。 温首相は演説で、「太平洋島しょ国との有効協力関係の促進は、外交上の便宜的な措置ではなく、戦略的な決定だ」と主張。 しかし、キリバスやナウル、ツバルなど台湾と外交関係がある5カ国は経済支援の対象とはされず、中国が“アメ”をちらつかせて台湾の「外交空間」を狭めようとしているのは明らかだ。2006年4月6日 東京新聞朝刊 12版 6ページ「中国、大洋州に440億円」から引用中国が経済力を貯えて、大国としてのし上がっていく様子が見えるような気がします。
2006年04月11日
今となっては全く意味のない被差別部落の問題について、ルポライターの鎌田慧氏が4日の東京新聞「本音のコラム」に次のように書いています; 「蓮華寺では下宿を兼ねた」ではじまる、島崎藤村の『破戒』が出版されて、今年で百年。奈良市での記念集会に呼ばれていった。奈良県は、「人の世に熱あれ、人間に光あれ!」と宣言した、水平社運動発祥の地である。 被差別部落の出身であることを隠せ、といわれつづけていた瀬川丑松が、父親の戒めを破り、教室で土下座して生徒に告白し、テキサス州に脱出しようとする。その無残な結末が批判されてきた。しかし、それは、「全国水平社」運動がはじまる、17年も前のことなのだ。 丑松を追い詰めていく、世間の酷薄さ、恐ろしさ、追い詰められていく丑松の恐怖、懊悩がよく書き分けられ、『破戒』を読む緊張感は次第に強まっていく。この百年を堪えてきた小説の重さは評価できる、とわたしは話した。 問題なのは、百年たっても、いまだに部落出身者、と分かると、採用を取りやめたり、結婚に反対する「非部落民」のほうである。差別意識は差別する人間のこころの問題である。積極的に出自を明らかにし、「おれはブラクだ、あはっは」と嗤うひとたちがふえている。2006年4月4日 東京新聞朝刊 11版 25ページ「本音のコラム-丑松の嗤い」から引用部落差別はわが国に大昔から伝わる悪しき伝統ですが、経済の発展に伴って人々の考え方が進歩し、法律上は既に廃止になっています。今後、さらに人々の考えが向上し、やがては消えて無くなっていくものだろうと思います。
2006年04月10日
日本に駐留する米軍基地の75%は沖縄県に集中しているという「米軍基地問題」について3月29日の東京新聞コラム「私説論説室から」は次のように解説しています; 「沖縄に基地がないものとして日本の安全保障を考えたことがありますか」「日本全体の問題だという認識が欠けてはいませんか」。沖縄県の牧野浩隆副知事の言葉が胸にずしんと響いた。 先月末、那覇市での米軍再編問題をテーマにした研究会に参加した時のことだ。「国の防衛問題に質問が集中する県議会がありますか。国に議論を引き取ってほしい」。県議会のため、夜になって駆けつけた副知事は県外から訪れた私たちに厳しく問いかけた。 基地を抱えた沖縄の痛みがなぜ「本土」に伝わらないのか。沖縄だけの問題と思ってはいないか。歯がゆさ、不信、不安、怒り・・・。県民の気持ちを伝えたかったのだろう。 確かに今回の再編でも、最大の焦点は沖縄の普天間飛行場の移設問題だ。ただ、計画は岩国基地への空母艦載機の移転、キャンプ座間への司令部移設、米戦闘機訓練の分散移転など全国に及ぶ。 結果として各地で基地問題を他人事でなく、自分たちの問題として考えるムードが生まれつつある。 ところが、国会はどうか。もう一ヶ月以上も、送金指示メール問題に振り回され、米軍再編の論議はおざなりだ。まさか本当に、沖縄県議会に任せておけばいいと思っているわけではないだろうが。 政府は「日米安保は新しい時代に入った」と米軍再編を進めている。ならば、なおさら国会で一から徹底的に議論しないといけない。本当にこれだけの米軍基地が日本に必要なのか。沖縄に基地を集中させず、公平に分担できないのかと。 経済振興策よりも、「沖縄」の気持ちにこたえることになるはずだ。2006年3月29日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「私説論説室から-『沖縄』の問いかけ」から引用わが国に米軍基地が必要なのかどうか、是非国会で議論してほしいものです。
2006年04月09日
今月から大使として北京の日本大使館に勤務する宮本雄二氏は、3月24日の東京新聞のインタビュー記事で次のように語っています; 4月10日に着任する宮本雄二・駐中国大使が23日、本紙のインタビューに応じた。宮本大使は、小泉首相の靖国神社参拝について「中国側が分かる理屈で説明し、納得してもらうように努力する」と述べた。(聞き手・後藤孝好) -1972年の日中国交正常化以来、両国の関係は最悪と言われる。 「経済関係は着実に伸び、人の往来も増えている。懸念材料は日中双方の国民感情が悪化していること。2001年1月まで北京で勤務したが、日中の相互理解は不十分と感じた。国民相互の理解を深めて、日中関係の基盤を強化する努力を続けなければならない」 -中国は、小泉首相の靖国参拝を理由に、首脳会談に応じない。 「靖国問題は、日本の宗教観、文化、伝統に関係する問題。中国側が分かる理屈で説明し、納得してもらうように努力する。中国側も、なぜ靖国参拝に反発するのか、日本側が納得できるよう、丁寧に説明する必要がある。相互理解の増進が必要だ」 -東シナ海のガス田開発でも、日中は対立している。 「交渉の過程では、いろいろな案のぶつけ合いがある。ただ、東シナ海を『平和の海』にしたいという共通認識はある。最後には、いいところで決着すると思うし、しないといけない」 -外務省内の中国専門家、いわゆる「チャイナスクール」に対しては、「中国に弱腰だ」と批判もある。 「中国に弱いとか、譲歩するという指摘は、自分のやってきたこととは違う。中国を担当したからといって、特別な扱いはしていない」 -着任の意気込みは。 「関係改善は容易ではないことは、よく分かっている。ただ、中国を担当するように訓練されてきた者として、逃げる選択肢はない。ベストを尽くす」2006年3月24日 東京新聞朝刊 12版 2ページ「宮本雄二・新中国大使インタビュー」「国民相互の理解を深めて、日中関係の基盤を強化する努力を続けなければならない」などと言ってますが、いくら国民が努力しても変人首相がヘンな行動をすることによって、あっと言う間に水泡に帰すのでは何にもなりません。首相としての自覚を持って行動してもらいたいものです。また、「靖国問題は、日本の宗教観、文化、伝統に関係する問題」などと言ってますが、これは話を誇張し過ぎだと思います。靖国神社の歴史は浅く、もとはと言えば陸軍省・海軍省が共同管理・運営していたもので軍事施設の一つという見方もできます。そんなものをわが国の伝統などと言われても困ります。首相の参拝が無くなれば靖国神社が立ち行かなくなるというわけでもありませんので、宮本新大使が、中国の理解が得られるように努力するというなら、それが実現するまで参拝は自粛するという考え方もあると思います。
2006年04月08日
政府が反対世論を押し切って自衛隊をイラクに派遣したことを疑問視する投書が、3月28日の東京新聞に掲載されました; イラクに派遣されているわが国の陸上自衛隊がいつ撤退するのか、いまだに見通しがたっていないようだ。一日も早い無事帰還を念じたい。 ところで、今回の派遣は正しい選択だったのだろうか。派遣に際して、憲法(特に第九条)上の論点から是非を問うことが大半を占めていたが、実際には米国との関係重視を優先させた決定だったと思う。 私は最初に「復興支援」という言葉を聞いたとき、これはいわゆる“マッチポンプに似ている”と感じた。日米コンビによるマッチポンプだ。米国が火を付け(破壊)、日本が消す(復興)役割だ。日本に得るものがあったのだろうか。 国連を振り切って攻撃を始めた米国のために、資金を提供したり、自前で支援活動することがなぜ国際貢献なのか、私はどうも理解できない。 日本政府は“第二、第三”のイラクを覚悟しなければならない。それでよいのだろうか。派遣をめぐって対米従属の声が上がった。確かにそうに違いないが、もっとふさわしい言葉は「呪縛」だろう。 敗戦による米軍上陸から61年。いまだに国内各地に米軍の基地が存続している事実と「呪縛」は無関係ではないと私は考える。 米国が世界戦略の見地から方向転換しない限り、日米安保条約第6条(基地の供与)は生き続けることだろう。将来、米軍撤収の可能性があるとすれば、自衛隊の軍備増強だが、これは絶対避けたいものだ。 私たちは、他国を侵略し、自国も壊滅に導いた「過去」を教訓としなければならない。地球上からやむことのない戦争、その悲惨な「現実」に目をつぶる「普通の国」に日本をしてはならないのだ。最近、政治家の言動に危うさを感じるのは私だけだろうか。2006年3月28日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-自衛隊派遣ただしかったのか 理解できぬイラク復興支援」から引用投書の主が指摘しているように、米国のために資金を提供したり自衛隊を派遣しているわけですから、これは「国際貢献」というよりは「アメリカへの貢献」だと思います。無条件降伏から61年たってもまだ米軍が撤収しないから、政府としては米国の言いなりにならざるを得ないとすれば、これは由々しき事態のはずですが、そのへんも公に議論すべきだと思います。
2006年04月07日
安倍・中川両議員が圧力をかけたためにNHKが放送直前に内容を改変したとされる問題に絡み、市民団体が全国会議員にアンケート調査を開始したと、3月30日の東京新聞が報道しています; NHK受信料支払い停止運動の会(共同代表・醍醐聡東大教授ら)やNHKのOB有志などが、全国会議員に対し、NHKの2006年度予算の審議に当たり、NHKから事前に説明を受けたかなどを問うアンケートを始めた。 従軍慰安婦を扱った01年の番組の放送前日に、「予算説明」としてNHK幹部と安倍晋三官房副長官(当時)が面会し、直後に番組が改変されたのを受けた調査。 同会は、番組内容に政治家が干渉するのは違憲の疑いがあり、再発防止のため実態を検証したいと説明。個別の番組についてやりとりしたか、事前説明の是非、予算の国会承認制への見解などを質問している。2006年3月30日 東京新聞朝刊 17ページ「NHK番組改変絡み 国会議員対象にアンケート開始」から引用NHKの予算について、説明が必要なら堂々と国会でやればいいのであって、事前に特定の政治家とコソコソやるのは国会の空洞化につながる恐れもあり、また、特定政治家の特殊なイデオロギーによって番組が歪められるようなことがあってはなりません。そのような意味で、国会議員諸君にはアンケートに誠実に回答するように希望します。
2006年04月06日
私は特に興味があるわけではないのですが、先月皇太子一家がデズニーランドへ遊びに行ったそうで、週刊誌各誌が報道したらしく、3月27日の東京新聞コラム「週刊誌を読む」に、次のような一文が載りました; (前略) と、そんなことを思いつつ、多くの週刊誌が取り上げている3月13日の皇太子一家の東京デズニーリゾート見学の様子を眺めた。6日に訪れた上野動物園は貸し切りにしたそうだが、ディズニーリゾートはそうはいかず一般客と一緒。制服私服あわせて千人の警備員が動員されたという。 「女性セブン」4月6日号によると「ディズニー滞在は予定を1時間オーバー。予想外の変更で千葉県警に緊張が走った」とか。『週刊朝日』3月31日号によると、一行が移動するたびに「行く先々で私服警官やディズニー側のスタッフの誘導があり、一般客は足止めされた」という。 さらに上野動物園でゾウにバナナをあげたことが知られるや「本誌編集部には『動物園でのエサやりは禁止されているのに、特別に許可するのは納得がいかない』『開園日に訪れ、国民と近い距離で交わろうとしないのはなぜか』といった趣旨の投書も寄せられている」とのこと。結局、何をやっても騒ぎになってしまうのだ。 『アエラ』3月27日号は「哀しき天皇制」という特集を掲載している。東宮御所の職員は80人ほどにのぼり、奥の女性職員も階級が分かれている。「皇族が飲み物をこぼした時に、テーブルをふく女性と、床をふく女性は異なる。同じ女性が布巾と雑巾の両方は扱えないからだ」「チェックの対象は、ゴミ箱の中身にまで及ぶこともあるらしい。こうしたことから、雅子さまは常に監視され、電話も盗聴されているのではないかという強迫観念にとらわれていたこともあるようだ」 これではストレスもたまるはずだ。動物園などに出かけるのは、雅子妃の健康回復という狙いもあるそうだが、一般市民のようにくつろぐわけにはいきそうもない。それは天皇制が、現代日本のエアポケットのような存在であることの象徴的な事柄なのだろう。(月刊『創』編集長・篠田博之)2006年3月27日 東京新聞朝刊 11版 27ページ「週刊誌を読む-ディズニー滞在 大騒ぎ」から引用わが国も文明国家なら、同じ人間でありながら基本的人権も認められない「天皇制」は、そろそろお仕舞いにすることを考えた方がいいと思います。
2006年04月05日
金のかからない選挙を実現するためには「小選挙区制」が必要などと言って選挙制度を変えたのに、いつの間にか企業の政治献金が復活してますが、悪のりした自民党はこんど、外資系の企業からも政治献金を受け取れるように法律を改悪しようと企んでいると、3月26日の「しんぶん赤旗」日曜版が報道しています; 「毒をくらわば皿まで」というつもりでしょうか。企業献金漬けの自民党が今度は、長年“禁じ手”だった外資系企業からの献金解禁に乗り出しました。今国会に、議員立法で政治資金規正法「改正」案を提出し、外資献金を可能にする、というのです。その意味するものは・・・。 「今の時代潮流と、ああいう法律は理論的に矛盾する」 日本経団連次期会長の御手洗富士夫・キャノン社長は、1月23日の記者会見でそう語りました。 政治資金規正法は、株式の50%以上を外国人や外資が保有する株式会社の献金を禁じています。この規制に穴を開け、外資系企業も献金できるようにすべきだ、というのです。 自民党がすぐに動きました。3月17日の総務会で、外資系企業も献金の献金を認める法案を今国会に議員立法として提出することを決めました。同「改正」案は(1)日本に本社がある(2)日本の証券取引所に上場している--の2条件を満たせば外資系企業でも献金できるようにするものです。 次期会長企業が 経団連加盟企業は約1300社。うち約100社が今の外資規制にかかる企業です。御手洗氏が社長のキャノンも外資献金規制の対象企業。日産自動車、オリックスも規制にかかります。このままでは経団連会長企業が献金できない事態になります。 経団連関係者は語ります。 「日本の企業はいま積極的に外国からの投資を呼びかけています。外国からの資金が増えていきます。企業買収も予想される。このままでは10年後には経団連の会長副会長企業はみんな献金できなくなるかもしれません」 献金増やす財界 経団連は2003年12月末に、企業献金あっせんを再開しました。財界が望む政策を掲げる「2大政党制」をめざし、財界に有利かどうかで政党を評価して献金を拡大しました。「政党買収」です。 04年は新たに100社以上が献金を開始。献金額は約4億円増え、合計で23億円弱にのぼりました。しかし、経団連現会長の奥田碩・トヨタ自動車会長は記者会見で献金を「もっと増やしたい」(05年10月11日)とさらなる献金拡大を狙っています。 経団連関係者と自民党の間では以前から、外資献金解禁が議論されていました。経団連関係者も「自民党の政治家と、折にふれて外資献金規制緩和の話を交わしていた」と認めます。今回の動きは両者の合作なのです。 本来は重い罰則 問題は深刻です。 そもそも外資献金はなざ禁止されていたのでしょうか。 外国人や外資献金が制限されたのは、75年の政治資金規正法改正によってです。外資から献金を受け取ったものは、3年以下の禁固または50万円以下の罰金が科されるほど、厳しい規定です。 外資献金禁止を提案した第5次選挙制度審議会ではこんな主張が出されました。 「外国人の意向に従うということは独立国として考えられない・・・外国法人の寄付は取るべきでない」(田上譲治一橋大教授=当時) 外資献金を制限する理由を総務相政治資金課もこう説明します。 「外国人や外国の政府・組織などの勢力が、政治献金を通じて日本の政治や選挙に影響を与えることを未然に防止するためです」 もともと企業献金は、企業の利益を実現するための「わいろ」という性格を持っています。 日本の企業、財界が献金を通じて政治買収をするのも問題ですが、外資が金の力で日本の政治に影響力を強めたら一体どうなるのか--。米国政府の圧力にくわえ、政治献金も有力な武器になってきます。憲法に定められた国民主権や国の主権がゆるぎかねない大問題なのです。 会社法が変わり、07年5月からは外国企業は自社株を対価にして、日本の子会社を通じて日本企業を買収できるようになります。そうなれば、外資支配下企業の献金攻勢も可能になります。 自民党と経団連の思惑が禁断の扉を開こうとしています。2006年3月26日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ「外資の献金『解除』狙う自民党と経団連」から引用わが国の政治が外国の勢力によって左右されるかもしれない問題に対して、愛国心に富むはずの右翼の人たちが何故傍観していられるのか、不思議です。
2006年04月04日
民主党・永田議員の偽メール事件の顛末に関連して、ジャーナリストの大藤理子氏は「週刊金曜日」3月17日号で報道機関の姿勢を痛烈に批判しています; あらあら、やっちゃいましたね。永田寿康クン。軽率と言うか、目立ちたがり屋と言うか、まあはっきり言ってしまえばアホな男である。こんな人が国会議員であることの恥ずかしさに身もだえし、腹立たしさに鼻の穴を膨らませてしまう私であるが、しかしそれでも、永田クンをマトモに大罪人扱いしているマスコミって、何かヘンじゃないかと思う。 連日、ワイドショーをはじめとするメディアはメールが本物か偽物かの推理合戦を繰り広げた。雲隠れしていた永田氏の記者会見当日には、「間もなく会見が始まります」と臨時ニュースよろしく報じるテレビ局もあったが、それほどの大問題か? これをどれだけ掘り下げたところで、要は永田クンと民主党執行部がアホでしたという話でしかない。私に言わせれば、先の総選挙で「息子です!」とホリエモンを熱烈に応援し、結果的にとはいえ国民を「欺き」、政治を「票がとれれば何でもアリ」にしてしまった武部勤幹事長の「罪」の方がよほど重い。 権力の中枢にいる側がことさらに被害者ぶり、彼らの「罪」は不問に付される--なんだかちょっぴり似ているな、と思う。2004年の、イラクで人質になった日本人に対するバッシングと。昨年、『朝日新聞』が報じた「NHKの番組改変問題」をめぐる一連の騒動と。 問題の本質がどんどんすり替えられて、行き着く先は、容赦ない個人攻撃。わがままだとか強引だとか迷惑をかけたのに謝罪がないとかいう関係ない議論ばかりが盛り上がり、あれよあれよという間に、抗い難い「空気」が醸成される。それがすっぽりと私たちを包み込み、権力への懐疑的・批判的精神を萎えさせる。これにファシズムとかポピュリズムとかいう言葉をあてがうかどうかは別にして、こんな「空気」が頻繁に醸成されていることが、私は何とも気持ち悪い。 永田氏は確かに拙劣であり、国会議員の資質を欠く。しかし、拙劣さ加減なら安倍晋三氏だって負けてはいないだろう。NHK番組改変問題では北朝鮮の陰謀説まで持ち出して自己弁護に走り、取材記者を誹謗した安倍氏。でも彼をちゃんと批判したマスコミがありましたっけ? 今回、民主党の危機管理能力がゼロに等しいことがはっきりし、二大政党制信奉者に失望感が広がっているが、私はむしろ、自民党の危機管理能力が着実に磨かれていることの方に注目している。先の総選挙では、この危機管理を含む、自民党の綿密なメディア戦略が功を奏し、自民党に地滑り的勝利をもたらした。常に最悪の事態を想定し、実際にそれが起こった時には即座に、足並みを乱すことなく対応できる仕組みが、自民党の中には整っているように見受けられる。自民党は着々と新しいテクノロジーを取り入れ、「進化」しているのだ。 それに比べてマスコミは、あまりにも無防備、ノー天気ではないか。問題を「消費」するだけなら、インターネットの掲示板やブログの方がよっぽどおもしろい。先週号の本欄で、山口二郎氏が「『よい子野党』の限界」を指摘されていたが、それはマスコミにも当てはまるだろう。 いずれにせよ力のある対抗勢力が育たないということは、私たちの民主主義がその程度でしかない、ということだ。残念ながら。2006年3月17日 「週刊金曜日」 13ページ「大藤理子の政治時評」「問題の本質がどんどんすり替えられて、行き着く先は、容赦ない個人攻撃。」という大藤氏の指摘は的を射ています。そんなことを繰り返すマスコミは問題ですが、それを批判もしないで放置している我々にも責任があると思います。
2006年04月03日
国旗と国歌を制定した法律には、これを国民に強制する文言は無く政府も「強制はしない」と約束したにもかかわらず、一部の教育者に相応しくない人々によって今年も日本中のあちこちで混乱が生じました。「週刊金曜日」3月17日号には、広島県の学校で起きた出来事が次のように報告されています; 広島県立高校の今年度の卒業生、Aさんは卒業式当日、式に先立ち自作の「不起立宣言」ビラを校門前で配布した。途端に校門にいた教頭が、ほかの生徒が受け取って読んでいるビラを回収し始めた。 それでもビラを配布していると、今度は別の教師が「あなたの将来に響くから早く教室に入りなさい。今ここでしなくても、ほかにやることがたくさんあるでしょう」と追いかけ回す始末。 Aさんが「先生は自分が何をしているのかわかっているのですか。いま行動しなくていつするんですか」と抗議したが、「教室に入りなさい」としか言わず、教頭はAさんと一緒にビラを配布していた広島大学の学生の写真を撮り始め、その後、なんと学校は警察官を呼んだ。 はじめに白バイの警察官二人が「ここでビラをまかないで下さい」と言いながら来て、最終的に警察官は、校舎内外に20人にもなった。 Aさんが教室に戻ると、ほかの生徒らは「警察まで呼ばなくてもいいのにね」などと声をかけてくれたという。Aさんは式の「君が代」斉唱時、友だち二人で着席。式前日に「君が代」の練習が行われたが、二人の周辺の卒業生は誰も歌っていなかった。 また、ある中学校では「君が代」斉唱時に不起立の教師が出たため、説得できなかった自分が情けなくなったのか教頭が泣き出したという。この教師には連日、嫌がらせ電話が続いていた。 広島県教育委員会は、今年も悪名高い「日の丸・君が代」強制マニュアルを校長と市教育委員会に通達した。教職員や市民の申し入れに対しては一度として面会も回答もない。 1月13日の教育委員会会議で関靖直教育長は、目の前に提出された強制反対の「申し入れ書」を一枚も受け取らず、職員に守られながら脱兎のごとく会議の場から逃げ出し、階段を駆け下り車道を横切り、別棟の県庁本館の廊下や階段をひたすら走り、予定されていた記者会見室に逃げ込み、引きこもるという驚くべき行動に出た。 また2月13日、私たちの県教委への申し入れ行動時には、榎田好一教育次長は部屋から姿を見せることなく、「うるさい!」と大声で怒鳴る始末。 また県教委は校長に対しても「申し入れ書の受け取り拒否」を指示した。昨年までは形式的であれ校長は面会し「申し入れ書」を受け取ったが、今年は受け取りを拒否。「退去命令」の紙を提示して「一回目」「二回目」とカウントしたり、「帰らなければ警察を呼ぶ」と言う校長、そして教頭が一旦受け取った「申入書」を後日送り返してきた校長まで現れている。 教職員や市民はこの間、集会やデモで「日の丸・君が代」強制反対をアピールしたり、県教委・市教委・校長への申し入れ、卒業式でのビラ配布などを重ねてきた。県教委のこのような事態に驚きつつ、逆に「日の丸・君が代」の暴力的な姿を知り、教育基本法や憲法が変えられようとしている今だからこそ不起立・不服従を貫き、声を挙げ続けることの大切さを確信している。(伊豆ハルミ)2006年3月17日「週刊金曜日」11ページ「広島県からの報告-『不起立宣言』のビラに警察官が20人」から引用生徒が暴力を振るったわけでもないのに警察を呼ぶ学校、部下の先生が言うことをきかないからと言って泣き出す教頭、強制反対申し入れの市民たちから脱兎のごとく逃げ出す教育長と、生徒や市民の目の前でこういう行動をとる人物が教育にたずさわっているとは、情けない限りです。憲法や教育基本法が、教育の現場に生かされていないから、このような事態になったのではないでしょうか。
2006年04月02日
偽メール問題はとうとう民主党執行部総退陣という事態になりましたが、いつまでもゴタゴタしたことについて、3月23日の東京新聞「筆洗」は次のように論評しておりました; (前略) 花見とは逆に、後にずらさざるを得ないのは、米軍再編に伴う日米の最終報告だろう。今月中の合意を目指し、地元自治体の意向を無視して突っ走ってきた政府だったが、ここへきて先行きが不透明になっている。 神奈川県厚木基地から山口県岩国基地への空母艦載機部隊移転は、住民投票で9割が反対した。沖縄の普天間飛行場を名護市へ移転する案も、首相が「微修正」容認へと譲歩せざるを得ない形勢だが、地元とは合意できそうもない。 沖縄駐留の米海兵隊をグアムに移転する費用は100億ドルに上方修正され、うち75%が日本の負担というのが米側の意向だが、こんな巨額の費用負担を認められるのか。日米安保のあり方を含めて国会できちんと議論すべき問題ばかりなのに、ほとんど議論が聞こえてこない。 それもこれも民主党が永田衆院議員の偽メール問題の処理を誤り、いつまでも自民党に引きずられているからだ。さまざまな懸案を抱えていたはずの予算案も、政府・与党ペースでスピード通過させてしまった。 ポスト小泉の本命、安倍官房長官は、WBC優勝を「久々に国民が一つになった」と評価していたが、米軍再編はそうはいかないことを、野党の責任で明確にすべきだ。2006年3月23日 東京新聞朝刊 12版 「筆洗」から引用地元に相談もしないで、できもしない約束をアメリカと勝手にしてしまった政府の責任は重い。自国の軍隊の引越し費用をこちらへ請求してくるとは、三十数年前の沖縄返還のときに、ちょっと圧力をかけたら多額の金を手に入れることができたのにアジをしめて、二匹目のドジョウを得ようとしている。わが国政府もなめられたものだ。
2006年04月01日
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