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この日は、久々に仁和寺の「OMURO88」を登拝。重文の仁王門。ここから入るのは入るのですが、金堂の前を西に進みます。↑こちらが八十八ヶ所の第1番札所となります。山中からの京都市内。朝早かったので、朝日が丁度昇ってきたところです。以前よりお堂が傾いてきているように思えます。お堂でありながら、石垣が立派。信仰の思いを感じます。何とか改修工事ができないものかと思います。成就山山頂(236m)。及び、48番札所。 53番札所。こちらは全88札所のうち唯一の懸造り。88番札所。無事に結願しました。この時の目的はもう1つあります。 ←この御朱印!最高に可愛い。仁和寺と言えば宇多天皇。宇多天皇と言えば、黒猫♪可愛いしか言えない(笑)。この日は午後から所属している保護猫団体の集まりがあったので、ざっくりとOMURO88の登拝となりました。もちろん、集まりではこの御朱印を大自慢してきました(笑)。にほんブログ村
2026年04月30日
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この作品『コウノドリ 新型コロナウイルス編』で、本当にこのシリーズはラストのようです。こちらは、コロナウイルスが蔓延していた頃、とりわけワクチンが出る前の話を中心に描かれています。ワクチンが出るまでは本当に恐怖でしかなかったと私自身記憶しています。自分自身がいつ罹患してもおかしくない状態でしたが、それ以上にニュースでこれに関してこれまで想像もできなかった感染者の様子が報道され、更に驚愕したていました。私ですらそうだったのですから、妊婦さんはもっと恐怖しかなかっただろうと思いますし、医療従事者の方も手探りの中での出産のサポートは並大抵のことではなかったんだろうなーと想像していましたが、ここにその状況の例として描かれていたことは、更にその想像の上をいくものでした。そのような中でこの時期、東京オリンピックが行われてましたが、それについても、作品中にぽろっと一人の医師が「別の世界で起きてるコトのように感じますね」とつぶやいている場面が描かれていました。オリンピック開催に関して賛否両論ありましたが、きっと渦中の人はこのように感じていたんだろうなと思いました。今でも正直あのオリンピックは絵空事のようで、私自身も別の世界で起きているように思えました。だったから開催しなかった方が良かったのかと思うと、未だにそれもよく分からないというのが正直なところです。ただ、たんたんとテレビで放映されるオリンピックを眺めていたと記憶しています。今尚コロナが沈静化してはいませんが、あの頃よりはかなりマシになりました。それでも、コロナは大きく社会を変えたことには間違いなく、日常すら変わっています。コロナとは言え、自然災害の1つであることは間違いなく、地震や集中豪雨なども含めてどのようにして、これらの災害と共存していくか、これまで以上に考えていかなければならないことなんだろうと、つくづく思いました。にほんブログ村
2026年04月29日
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もうついでだから中途半端なことをしないで、酷道やら秘境やらの本を手あたり次第読んでみようと思い連れて帰った1つが『知られざる日本の秘境』。これ、約10年前のムック本ですが、とても読みやすく構成されています。私の聖地の1つ「三佛寺 投入堂」が取り上げられているだけで、高評価(笑)。ただ、「日本一参拝が難しい断崖絶壁のお堂」というコピーには異議あり!と思ってしまいますが。それでも、こちらへは機会があるならば、是非登拝して頂きたいお堂ではあります。青森に住み、秋田県へもあれやこれやと温泉地を当時は巡っていたのですが、本書を手にするまで存在を知らなかったのが、「川原毛地獄」。川原毛から流れてくる温泉が滝になっているらしいのですが、ここに至る道が有毒ガス発生地帯のようで、禁止にはなっていませんが、注意喚起の看板がいたるところにあるようです。駐車場からここの温泉には徒歩10分なので、秘境という言葉が適しているのかは分かりませんが、サバイバル度が高いという意味において秘境なのかもしれません。それと同じく龍泉洞も掲載されていますが、ここはまさに観光地。ただ、日本の三大鍾乳洞という意味では一度は見学しても無駄ではない場所です。私自身もこちらにも行ったことはありますが、とにかく深い青さに息を飲みました。さて、いやーーー、マジに秘境だわというのも勿論取り上げられていて、何せそこにたどり着くために藪漕ぎしながら、鉈で草木を切って道を造るなんて……。そのような秘境の場所にはわくわくしながら、読みました。例えば、深沢峡、旧東青山駅などなど。いつか行けるかなーーーー。にほんブログ村
2026年04月28日
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お散歩の割り込み記事です。とってもよくて、かつまだ会期中なので、お知らせがてら報告させて頂きます。奈良博に吉野の特別展が行われることを知ったのは、一昨年の秋。吉野ではもうリーフレットが出回っておりまして、まさか翌々年のことなんて思わずに、年が明けて4月、奈良博に行こうと予定を組んでましたよー。そして、その前日に改めてオープン時間などを調べるために奈良博のサイトを開くと……掲載されていない……。もう一度日付をみると、「来年じゃん!!!!」という驚愕の事実に仰け反りかえりそうになりました。そこから待つこと1年。ようやく、鑑賞できる!!!!で、当日はオープン30分前に着くように電車に乗りました。 館内は撮影不可なので、今回はあまり画像がないのが、残念。この展示の見どころは標高1700mの山上ヶ岳山頂にある大峯山寺からの仏像だと思うのですが、そこから仏像を平地に下ろすために日通さんの文化財部隊が卸していく映像の方が、私的には何よりもの見どころ!鳥肌ものでかつ、震えすらありました。文化財を愛でてなんぼの博物館展示で、映像の方が推しというのは、珍しいことだとは思うのですが、その過程を知ってこそ、更にこれらの仏像を目の前で見れることが奇跡ではないかと感じます。女人禁制のお山から男性でも何らかの理由でお山へ登れない人、そして女性(私もこっち側)が山から仏像が下りてきてくれたお陰で拝めるってもう二度とないかもです。展示は様々なところに、この特別展にかける意気込みを感じるものでした。正倉院展なんて、単なる虫干しってぶっちゃけ思える程。歴史的時系列で、展示されていましたが、そこに関わわる歴史的人物に関する貴重な文化財の展示もあり、古代からずっと吉野・大峯はそこで繰り広げられる人間ドラマをしっかりと焼き付けてくれている場所であることを再認識しました。大河ドラマでも映像化されていました、藤原道長の山上ヶ岳登拝。彼が初めてお経を地面に埋めた人であることを今回初めて知りました。そこから、経塚が高貴な方々から、庶民にまで流行ったようです。道長は権力者というイメージがありますが、一種のインフルエンサーだった(笑)?道長の真似さえしてれば、間違いではないって←ほんとか?藤原家一族って、鎌足の時代からあまり好みではなかったんだけど、ちょっとばかり見方が変わったかも。でも、経筒に書かれた銘文やお経に書かれた銘文は「たいがいやなー」という突っ込み入れたくなるほど、道長の上から目線な文章(笑)。それでも、自力で山上ヶを登拝したのですから、そこは尊敬の念。最終フロアにはロスから里帰りしている蔵王権現像。これ、なぜわざわざ里帰りさせてでも展示をしたかったか……。役行者が山上ヶ岳で感得した蔵王権現で、それを役行者が桜の木に彫ったとされたことから吉野が桜の名所となった訳ですが、なぜか蔵王権現に桜をモチーフとしたものが後世されていないんですよー。この蔵王権現が唯一と言ってもいいのかと。3つ目の目の上に桜の花びらが彫られているのがわかりますでしょうか。この桜がポイントです。海外に渡った蔵王権現像がこうして里帰りできるまで、丁寧に扱ってくださっていたんだと思うと、めちゃ嬉しいとしかいいようがありません。ショップではこちらの2点を購入。左が図録。右が昨年奈良県の出版社が刊行した関連本。共に350ページを超える重量級(笑)。帰りに仏像館だけ寄って、仁王像になってからまっすぐ帰宅しました。9月半ばまでしか仁王像の拝観はできないそうですので、ご注意を! 山上ヶ岳からの移送も大変だけど、この2躯を移動させるの一大プロジェクト。吉野・大峯がなにもかも気合を入れてくれる人がいないと移送できない、とってもダイナミックな場所です。にほんブログ村
2026年04月27日
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「スサノオ」という言葉に反応して連れて帰った『スサノオくん 』。 神様や「不思議なもの」が視える小学生のスサノオくん。京都を舞台にその視えないものと関わっていく物語でした。もう、最初から不思議なものが視える前提で、神様が困っていることを助ける話で、やきもきすることもなくストレートに楽しむことができました。1話完結なので、その物語にはそれぞれの神様が出てきて、私としては大満足なのですが、その1話ごとに、出てきた神様のこぼれ話というのが、今度は四コマ漫画で描かれていて、これが私には秀逸。というか、ここで更に神様について学ばせてもらいました。とりわけ、2巻目に収録されている「七福神」のこぼれ話はへぇーーーの連続でして。そもそも「七福神」の形が確立されたのは江戸時代とか。平安時代は、大黒天、蛭子、毘沙門天のトリオのみが信仰されていて、室町時代の後半で、「竹林の七賢」なる水墨画より「7」が縁起のいいものとして、神様を七柱集めるようになり、そして、江戸時代に確立ということらしいです。笑えたのは、大黒天。もともと、ヒンドゥ―きょうのシヴァの化身であったというのは知っていたのですが、日本にそれが入って来た時に、「大黒」と「大国(大国主)」が一体化して、大黒天へ。もともとはスリムでいかつい「大黒」が大国主命と一体化したことで、フォルムがふくよかになったみたいで、そっちに移行したかーーーって笑ったのでした。シヴァの方に移行してたら、スリムで野性味あふれた大黒天になっていただろうに……なんて思ってしまった訳です(笑)。3巻まであるみたいなのですが、図書館には今回連れて帰った2巻までしかないので、3巻目はリクエストしてみよっと。にほんブログ村
2026年04月26日
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2026年の登拝始めが醍醐寺でしたが、再び醍醐寺へ。と言うのも、冬の特別公開で40年ぶりに下醍醐三宝院内にある茶室「枕流亭」が公開となったんですよー。それは是非とも見学したいということで、醍醐寺となった訳です。まずは上醍醐への参拝。2日は寺務所まででしたので、この時は奥の院まできちんと今年初めの御挨拶に。いつもの定点観測の寺務所。そのお隣の画像は清瀧宮拝殿。 如意輪堂と奥の院。 今回この奥の院参拝は、朝日を丁度浴びる時間帯。その朝日が岩窟まで届き、いつもよりも明るく神々しく感じました。何よりも岩窟を構成する柱状節理が赤褐色で好物を含んでいることが確認されて、めちゃくちゃ萌えてしまいました。行場と本宮の峰。 ここまで一気に参拝してピストンで上醍醐伽藍まで戻って、そのまま下山。そして、三宝院。何度もここへは足を向けつつ、ガイドさんの解説も拝受させてもらってましたが、今回もガイドさんの解説を聞かせてもらったところ、何故か初めてとなる話がひょっこりと(笑)。それが、こちらの藤戸石。もともと岡山県児島の海中にあったもので、源平合戦の時、源氏の勝利を導いた石と言われているようです。それを知った足利義光が京都金閣寺に移送。そこから足利義政(銀閣寺) → 織田信長所有 →豊臣秀吉(聚楽第)の手に渡り、三宝院造営時に秀吉がここに移したのだそうです。そのため、この石を「天下の名石」と言われているのだそうです。素人から見ればただの小ぶりな巨石なのですが、その時代時代を渡り歩いていたとは!このようなことは教えてもらわなければ知らずに人生を終えるところでした。それから、その秀吉が使っていた金の茶碗。以前公開があった時も拝見しましたが、こんな金ぴかの茶碗で飲むってどうよ?とお茶を学んでいる知人に尋ねたところ、昔は今のように電灯があるわけではなく、暗い茶室に場合によってはろうそくの明かりの中で行うお茶はこの位の金ぴかでも金色がふんわり浮き上がる程度なので、現代人がイメージしているようなものではないと教えてくれました。なるほどーーー。やはり餅は餅屋に聞いてみるべきだと思いました。思い込みは怖い!こちらが40年ぶり公開の枕流亭です。秀吉が聚楽第から移築したと言われている茶室です。近年の調査では江戸時代以降に建たれた可能性もあるとか。なぜこのような色合いにしたのかということをガイドさんに尋ねたのですが、ガイドさん自身は知らないとのこと。うーーーむ、やはりガイドさんはマニアの方にして頂きたいと思う瞬間でありました……。と言うことで、上記に書いたこと以上のことは何もわからないままに退散。ただ、この茶室の場所から見える純浄観はなかなかに良きでした。 懸造りで重文に指定されていることは知っていたのですが、こちら側にいらっしゃったガイドさんによると、この純浄観はもともと秀吉が醍醐の花見のために、槍山に建てられたもの。それを三宝院に移築。三宝院に移築された場所には本来何もなく、奥宸殿から先の藤戸石がまっすぐに見ることが出来ていたそうです。しかし、純浄観を移築することで純浄観を移築することで純浄観が宸殿と藤戸石を遮ることがあっては不都合なため、懸造りにして、床の高さをあげて宸殿から名石が見れるようにした…というのが純浄観が懸造りであることの通説となっているようです。が、別の説もあり、槍山の山頂は決して広くないため、もともと槍山にあった時は崖っぷちに建てたので、この時点で純浄観は懸造りではなかったのかというもの。そのため、三宝院に移築した時も藤戸石を目隠しすることなく移築できたのかもという説。私は何度も上醍醐に登拝していて槍山の横を通り過ぎてますが、後者の説を私は推しますねー。槍山狭すぎ(笑)。当時の古地図の発見があれば、確定されるんですけどねー。こちらのことを教えて下さったガイドさんは超マニアのようで、次々と話が盛り上がりました(笑)。以上がこの日のお散歩でしたー。にほんブログ村
2026年04月25日
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やっぱり「道」が好きなんですよねーーー。と言うことで、『酷道大百科 』を読了。「酷道」「険道」「死道」とい言葉は知っていましたが、更に「懲道」「損道」と言う言葉があることを知りました。しかもこの言葉、昭和35年の国会答弁に、日本の道路事情を書いた週刊誌から引用して答弁されているってことも初めて知りました。もう、その当時にこの言葉が発明されていた!!!日本語の自由度をここでも知ることになりました。さて、相変わらず私が歩いて踏破した暗峠が本書でも取り上げられていましたが、意外や意外、国道が商店街の中を通過している場所なども掲載されていて、しかも自分は酷道だと気が付かずに歩いていたり、私の推し活の場所とも重なる酷道で早く歩かなければならないと思っている、暗峠同様の日本最古の官道も紹介されていました。が、やはり酷道は歩くよりも、車で通ることでそのスリリングさが増すというもの。はい、本書で気が付きましたが、酷道を走っておりましたよ!いや、私は純粋に酷道は嫌いです。毎回泣きながら対向車が来ないことだけを祈りながら、車を走らせております。しかし、推し活に酷道を筆頭に険道、死道……以下省略…が必須な訳です。これプラス林道ですねーーー。本書の執筆者の方々は嬉々としてこの酷道について語っておりますが、そんな心境にはさすがになりません。でも、「道」としては好きなんですよねーーー。そう言えば、先日帰省した時、妹と話していたら、この酷道をはじめとする様々な道を紹介する「道との遭遇」のテレビ番組の話になりました。妹夫婦もこの番組のファンだそうで、あーーー、血は争えないなーーーとしみじみと爆笑したのでした!にほんブログ村
2026年04月24日
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すでに、3月にちらっと報告させて頂きましたが、年明けに国試を受け合格いたしました。その合格祈願にこの日は本家本元の北野天満宮に合格祈願に参詣してきました。こちらは楼門。雨が降ったりやんだりのお天気だったのに、この楼門撮影の時は、めちゃいいお天気に見える程、空が青くなりました。社殿の中での合格祈願の御祈祷まではせず、絵馬の奉納だけにしました。この絵馬を書いているところの斜め前に親子で書いているご家族が。お子さんは大学の合格祈願だったのですが、親御さんの方がなんと私と同じ国試を受ける方でした!(ちらっと見えてしまったんですよ)もう、心の中でお互いの健闘を祈りました。今となってはあの方も無事合格しただろうかと気にはなっていますが、北野天満宮の力は半端ではないので大丈夫だろうと思っています。その帰りには境内にある東向観音へもお参り。こちらは北野天満宮の神宮寺であり、かつ奥之院ともいわれています。行者堂です。この行者堂は講の方々が建てたそうで、ここから大峯参拝や護摩焚を行っていたそうです。しかし、皆ご高齢になり、これらはなくなったそうですが、それぞれが参拝されているとのことでした。住職さんのお話ですと、この行者堂はかつては醍醐寺の配下。その後は聖護院門跡の配下となっているそうで、この流れは私としてはめちゃ面白いと感じました。この後は接骨院に直行して新年早々に体のメンテナンスを行ってもらいましたー♪この頃は試験前で体も心もソワソワ状態でした。にほんブログ村
2026年04月23日
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細川貂々さんの著書『息子とワタシ、ときどきツレ 』を読みました。彼女の著書をそこそこ読んでいると思っていたのですが、まだまだ抜けたあったみたいです。奥付を見るとなんと本書が発行されたのは、9年前!そのこと自体に驚きでした。と言うことは、ここで出てくる息子さんは小学生なので、もしかしなくても、成人(20歳)になられているということですか、今は。何だか時間が経つのは早い!さて、本書。9年も前のものとは思えないほど、子どもの行動や親の心配って変わらないんだなと思いました。ツレさんの心配が一般的な母親の心配であることにもクスりと笑わせてもらいましたが、ともかく心配事は古今東西変わらないということでしょうか。ただ、それって大げさなものではないんですよねー。頭を打って、48時間以内の嘔吐はその影響の可能性があることから、その48時間はおろおろしていて、そしてぎりぎり48時間で嘔吐した息子さんを病院に連れていくとか(実際は風邪だった)。初めて子どもだけで電車に乗って移動する際は仮装して、後ろからこっそり追いかけてみるとか。一般でも「あるある」なんですけど、それをあえて作品として残してくれることで、それを読んだ人が安心できるというもの。それだけで、ありがたいと思います。私は子育て完全終了した身ではありますが、それでも、本書を読むことで、まだまだこの子育ての状況が身近に感じます。でも、それってとても大切だなーと今は思います。そうしておくことで、今リアタイで子育てに追いかけられている人たちに共感できるのかもと思えるからです。そんなことを改めて思い起こしてくれた作品でした。にほんブログ村
2026年04月22日
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ようやく今年のお散歩記事が描けるーーーー。この日が登拝始め。やはり、最初は上醍醐からかなーと思って、トレーニングも兼ねて登拝してきました。女人堂からスタート。なんとまだまだ2合目あたりの秀吉の花見をしていた場所に近いところで、鹿さんの家族に! 更に5合目近くでも。 1組の家族になら上醍醐にお参りするようになって以降しばし出会っていたのですが、思った以上にこの周辺のお山には鹿さんが住んでいるのかも。そして、いつもの定点観測となっている上醍醐の寺務所。ちなみに、寺務所の手前にある駒札まで、やはり30分切ることができませんでした―(笑)。そして、下山。なんと、なんと、なんと!またまた鹿さんに! ここまで多くの鹿さんに出会ったことはなく、お正月からありがたいことでした。簡単な内容ではありましたが、2026年登拝始めとしてはなかなか濃い登拝となりました。にほんブログ村
2026年04月21日
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写真集はよく眺める方ですが、「桜」限定の写真集って手にしたことないかもということで、『日本の桜 』を眺めました。「桜」と言えば、私の場合、聖地・吉野山(笑)。もちろん、真っ先に探しましたよーー。そうしたら掲載されていない(涙)。で、巻末の作者の言葉に、「紙幅の関係で本賞に掲載できなかった」という桜の中に入っていましたー。確かに吉野山は有名すぎるかも。それよりは、ひっそりと、しかし神々しくそこに鎮座している桜を紹介したくなるだろうとも思いました。吉野山のことはさておき、ここに掲載された桜をみていて、感じたのは神奈備型のお山には桜が良く似合うということ。しかも、富士山を筆頭に、まだ山頂には雪の冠を被っている状態でのお山を背景に、その手前の桜。薄ピンクと白のコントラストが何となく儚い美しさを醸し出していて、まさに「桜」だなーと思いました。そして月夜と桜もまた儚い美しさを醸し出していました。闇夜になるはずなのに、桜の花がそこから浮き上がって見えているのは幻想的でもありました。恐らく、先人たちはこれらの桜を見て、様々な想いをめぐらせ、それを歌に詠んだんだろうなーとようやく気付いたような気がします。当時はこれが当たり前の日常だったのかもしれませんが、何とも言えない贅沢な時間を過ごしていた、いや現代人が過ごせなくなってしまったんだなーと思うと、そこは改めて継承したいところだなとも思いました。桜は日本を象徴する花であることは間違いないなーとそう思うのでした。にほんブログ村
2026年04月20日
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2025年登拝納めは、下北山村にある明神池。我が家から車で約4時間(笑)。もう、このような距離でも普通に日帰りしてしまう私。慣れって怖いわー(笑)。車窓からの三輪山。とてもいい神奈備型♪そして、明神池。神秘的な美しさでした。この池はいくつかの伝説がありますが、その全てに役行者が関係していて、ざっくり言いますと、どの伝説を拾っても、この池を開いたのは役行者ということです。また、明神池には7不思議が伝わっているようです。1 入る谷無し 出る川無しなのに決して涸れず、水位がひとりでに上昇することがある。2 神社の前の道も聖域である。3 池に石を投げると雷雨になる。4 鯉や亀を殺(あや)めると死ぬ。5 御神木を伐ると祟りがある。6 吉兆の「浮木様(うきさま)」が現れる。7 池の水神(すいじん)「白龍(はくりゅう)」が立ち登る。その横に鎮座する池神社。 池の淵にも祠があります。ぐるっと池の周りを歩くことにしました。外周には、池の淵を歩くコースと山の中を歩くコースがあり、とりあえず山の方から。山の中からは池は見えませんでしたー(笑)。下山後は池の淵を歩きます。対面に池神社が見えました。たまたまですが、朝日が湖面に写り、とても神秘的な画像となりました。心ゆくまで堪能した後は、車を元来た道へと引き返しながら北上。川上村に入り、そこから吉野川を渡って、山の奥地へ。そこに鎮座されているのが、大年神社・三之公神社。南北朝時代の尊義王が祀られています。が、何よりもこの割拝殿が懸造りでしたー。 そして、この神社の近くにある温泉で一風呂浴びてきました。入之波温泉・山鳩湯です。こちらは大高山脈に囲まれた温泉地で、炭酸泉です。私が2025年に入った温泉の中では間違いなく№1!!!!扉をかけた途端、海も香りが半端なく、茶色にに混濁したお湯がゆっくりと体を温めてくれました。そこに併設された食堂で、猪釜めしを頂いたのでしたー。釜の蓋を開けた途端に、野性味あふれた香りがしてきて、思わず苦笑いでした。でも、お味の方はとても美味しゅうございました!ということで、2025年の登拝を締めくくることができました。振り返れば、前の年2024年の登拝納めは、西吉野町から東吉野村への吉野横断。今年は奥吉野へ南下しており、やはり締めは吉野町かなと思ってしまいました。これで2025年のお散歩記録はおしまい。次回からはようやく今年のお散歩記録をつけるーー!!!!!!にほんブログ村
2026年04月19日
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たくさんヨシタケシンスケさんの作品はあって読み切れません。今回目に留まったのが『なんだろう なんだろう 』。日常の一コマから「なんだろう」と思ったキーワードを深掘りしてみるという内容。例えば、「友だち」。そのまんな引用します。自分と同じところがある。だから友だちになる。時分とちがうところがある。だからいっしょにいてたのしい。かぞくや先生には言えないけど、友だちなら言えることって、あるよね。~略~いいこともわるいことも友だちとならできてしまう。友だちってすごい。友だちってふしぎ。時分には友だちはあいつしかいないけど、あいつにはほかにもいっぱい友だちがいる。~略~「友だち」って、なんだろう(p14、15)とまぁ、こっから入っていき、「正義」はなんだろうとか、「ゆるす」ってなんだろう、とか「立場」ってなんだろうなどなど、哲学的な問答を想起させます。ただ、そのように難しく考えなくても、そのキーワードの中にはそのように考えることもできるのかというたくさんのアプローチが示されていて、それは一方通行なワードではないからこそ、正解が見つからず、人はいつまでも考え続けるんだろうな―と言うことに気づかされる作品でした。にほんブログ村
2026年04月18日
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この日は京都駅近くで研修があったため、研修前にその周辺をお散歩しました。最初に行ってみたのが、西寺跡。 広い児童公園の真ん中にこんもりとした山というか丘があり、そこにそれを示す石柱がありました。東寺に比べてたら淋しいものがありますが、平安京の時代について妄想を広げるのでした。そのお隣に鎮座しているのが、鎌達稲荷神社。安倍晴明の子孫である、安倍家、土御門家が祭祀を行っている神社だそうです。続いて行ってみたのが、羅城門跡。実は今回のお散歩でいちばん行ってみたかった場所。羅城門といえば、芥川龍之介の『羅城門』。この作品のインパクトが強すぎて、そりゃ一度はその場所に行ってみたいと教科書で学んだ時から思っておりました。が、西寺跡よりもというよりは、比較できない程小さな児童公園の中にこの碑と説明板があり、それだけで公園がいっぱい状態。扱いが悪くない(笑)?さすがに作品の舞台である羅城門のダイナミックさを想像するには難しかったーーー。でも、この場所だったんだなということだけは、納得できました(笑)。最後に向かったのが、六孫王神社。 清和源氏の祖となる六孫王源経基をお祀りしています。この赤い灯篭がとても印象的な神社でした。この辺りで研修の時間が近づいてきたので、研修会場の戻りました。今回お散歩したところは、車を停めるところがないところだったので、丁度いい機会となりました。にほんブログ村
2026年04月17日
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木下明美氏Blog内「kimuraの読書ノート」を更新して頂きました。(4月15日の記事)今回は『地獄の楽しみ方 』を取り上げています。実は京極夏彦さんの作品ってまだ未読なんです!←威張ることではない。なのに、本書を手にしたのは、京極さんの作品を読みたかったからというものではなく、私の心にひっかかる一文がとある雑誌の記事に引用されていたから……なのですが、その一文が何だったか、読了した今も思い出せません(涙)。しかし、読了したことで、「言葉」って様々な人が論じていますが、また京極さんの語る「言葉」は新たな視点からのもので、色々と得るものが多かったです。にほんブログ村
2026年04月16日
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『ねえねえ、なに見てる? 』を読了。タイトルからあらかた内容を想像しており、そして最初のページを開いて、「やっぱり」と思ったのですが、いやーーーその後からまんまと作者の意図にひっかかりました。私が想像したのは、「色覚異常」についてのこと。しかし、これはあくまでも「枕」だっただけ。猛省しかありませんでした。これぞ、まさに「偏見」。主人公のトーマスの家族は彼を含めて12名。ダイニングテーブルに全員がついている時に、自分は色の見え方がちがう……って言われているけど、みんなはどう見えてるんだろうという疑問を投げかけます。しかし、次のページでは、おねえさんは生き物が好きだから、お肉やお魚を食べないとして、そのテーブルの上にはそれを食べる人たちに怒りをもっている場面が描かれています。つまり、家族のそれぞれが、自分の興味だったり、思考によりテーブルの上の状況の見え方が異なっているということを伝えている訳です。訳者のあとがきには、ご自身は全く芸能やスポーツに興味がないため、街で歩いていて、知人からそれら著名人が歩いていることを教えてもらっても、誰なのか分からないとありました。まさに、そういうことなんだろうと思います。更に、訳者はこのように綴っています。英語のcolor-blindという言葉です。もともとの意味は「色覚異常」なのですが、新しい意味がつけ加わりました。肌の色のちがいが見えない、つまり、気にならないという意味です。「色覚異常」からは全くイメージできない「気にならない」という意味。素敵な意味が加わったなーと思うと共に、言葉の柔軟性をこのような方力教えてもらった1冊となりました。にほんブログ村
2026年04月15日
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古代文字を研究している3人の研究者のエッセイ『古代文字を解読していたら、研究に取り憑かれた話 』を読了。もっと研究の部分に食い込んで書かれているかと思ったのですが、ご自身がなぜこのような研究者になったかという話がメインで、研究している時のエピソードはあまりなくて、ちょっと残念。その中で、大山祐亮氏の中で、どのようにして古代文字を解読していくかというところが軽く触れられていて、それはがっつりと目を皿のようにして読みました。それは、ざっくりと話せば、似たような言語の方式だったり、その意味を当てはめて徐々に解読していく…というものだったのですが、その「似たような言語」は1つではなく、いくつもの言語から照らし合わせたり、最初に当たりをつけて、そこからスライド式に別の言語へ移行しながら、その変遷から古代文字を読み解く方法などあり、とても気の遠くなるような話でした。しかも、まだそのように当たりをつけられたり、周辺言語で似たようなものがある場合はいいのですが、全くそうではない文字もあり、未だに手のつけようのない未解読のものもたくさんあるそうです。ただ、その未解読のものを解読出来たら、別の未解読の言語も芋づる式に解読できることもあるそうで、いやーーー、ますます気の遠くなる話だと思いました。それにしても、現代の人たちには解読できなくても、古代に人たちは間違いなくそれを相手に伝えることができるように発明し、使用していたのですから、そこには文法みたいなのもあるはずで、それがどのように形成されていたのか、それを監がるだけでロマンを感じてしまいます。ありがたいことに、日本語は漢字とのハイブリッドでかつ、文字が大陸から輸入された時には、すでに記録魔的な日本人の気質に助けられて、未解読文字になっておりません。それでも、なぜか歴史から学べない「今」があります。現在未解読の文字が解読された時、そこには現代人への強烈なメッセージが残されていると思うのです。それを心して欲しいなーと世界中のトップの方々には伝えたい!もちろん、解読されなくてはならないけど(笑)。にほんブログ村
2026年04月14日
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ついに『コウノドリ』を全巻読了しました!最後の話鴻鳥先生の原点を彷彿させるような物語になっていました。ここに立ち返ってくるんだなーと思うと共に、ここから先への道標が明確になっていくんだなーということが理解できました。全巻を読んで、産科だけを主軸にこのように30巻を超える物語が描けるんだということに驚愕しています。出産は確かに十人十色ですが、ある意味私のような素人がイメージすると、ある程度妊娠、出産ってカテゴライズできると思っていたのですが、それを大幅に覆す内容で、だからこそ、素人側から見ると出産って病気ではないとか、人生の中の1つの流れというイメージで語られるのだと分かった訳です。私自身、出産しておりますが、これを今さらのように読んで、出産って疾患の1つって考えてもよいと思ったし、特別待遇してもらってもいいんだと思うようになりました。それだけ、身も心も削って命がけでもう1つの命を生み出していくと言うことをこの作品は知らしめてくれたのではないでしょうか。現在、子育てにおける支援は徐々に手厚くなってきていますが、妊婦中の支援ももっと手厚くなっていいと思ってます。産休なんて、妊娠が分かった時点からあっていいと思いますし、出産費用は自費ではなく、全て医療保険で行っても罰は当たらない気がします。もっと赤ちゃんだけでなく、妊婦さんにも優しい世界になってほしいとつくづく感じました。にほんブログ村
2026年04月13日
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いやーーー、世の中にはかなりマニアの心をくすぐる本が出ていますねー。今回、私がおぉ!とつい口に出てしまったのが、『日本の仰天道路』です。もともと、知らない道を歩くのが好きな私は、もちろん車に乗っていてもそう。マニアックな道がどのようなものかは分かりませんが、車を走らせながら、普段とは違う光景の道だったら、何となく気分が上がります。で、最初に紹介されていた道路は、岡山県高梁市の片洞門。岩壁がトンネルになっているものなのですが、岩壁むき出しだったら危険なので、その岩肌をコンクリートで覆っています。これを見て、ふと思い出したのが、昨年石鎚山へ向かう途中に通ったトンネル。確かにこれも同じような形状だったはずと記憶を引き出しつつ、次のページをめくると、まさにそのトンネルが紹介されていました。ここには、このような紹介文が。石鎚山に登るロープウェイを利用する人は必ず通る道だが、果たして何%の人がこの片洞門に目を留めるだろうか。見通しの悪い、1.5車線が続くので、そんな余裕はないかもしれない。(p8)いやーーー、しっかり目に留まり、わくわくしながら通り抜けましたよ。あわよくば、写真も撮りたかったですが、さすがにそのような場所はまったくなく、断念したのですが、こうしてここで出会うことが出来るなんて、何たる幸運!それから、先日走ったばかりの千里浜ドライブウェイや少し前にわざわざ歩きに行った(笑)暗峠。これらもコアな道だったんですねー。簡単に行けないコアな道ももちろん存分に紹介されていて、これから遠征登拝の時にはこれらの道も組み込もうかとますます遠征登拝が楽しみになったのであります(笑)。にほんブログ村
2026年04月12日
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猫本と括るのが申し訳ないけど、やはり『うちのおじょうさん 』は猫本(笑)。もうねー、作者が自分の家の猫を、いや自分の家の猫でなくても、猫を描く時ってもう物質的な「猫」って言ってはいけないような気がするんですよねー。だから「猫本」って括るのが申し訳なくなってくる今日この頃。この作品も作者のお家の家族の1人として生活をしていた猫の「おじょうさん」のことを描いた作品となっています。何気ない日常がメインで、エンディングはお別れした時のことにも触れています。そこに、「ながい、ねんね」と綴られていて、あぁまさにそうなんだよなーと胸にずしんと感じました。「ながい、ねんね」だと思えば、という簡単なものではなく、そこにはいつかはまたきっとという希望もありながら、やはりいつ目覚めるか分からない、いや目覚めることができないことは分かっているという切なさが行きかう言葉なんですよねー。みんな我が家の子になったら、そこには「猫」という物体ではないと言うことを伝える猫本にまた一つ出会いました。にほんブログ村
2026年04月11日
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このタイトル『山の神様に会いに行く』って私のことですかー(笑)。作者は占い師の方。冒頭から「悩んだり心が疲れたり運気が低迷しているな~ってときは 山に上るのがいいですよ。山の神様の開運効果って本当にすごいんです(p05、06)」って書いてます。いいのか、そんなことを書いて……と私は思ってしまうんですけど(笑)。ただ、この後に続く「山登りと言うと苦しい思いをして頂上を目指すイメージがありますよね。でもロープウェイやゴンドラのある山もたくさんありますし必ず頂上を混ざ差ないといけないわけでもありません(p09)」という言葉には共感できます。ここから、最初の章では「山の神様のはなし」が描かれており、次の章で山登りの基本、ようやくその後で山に登るっていく話となります。最初には役行者のことにも触れてあり、これは個人的に超花丸(笑)。しかも、この章には「奥宮こそ神様がいる場所」として、このように書かれています。山の頂上や中腹にある奥宮は、その神社の発祥につながる場所であったり、本来の神様がいる場所であったりします。そのため、奥宮を登拝することでより高い後利益が得られるとされています。奥宮のある神社では、できれば奥宮まで足を延ばしてみてください。奥宮まで行けない場合は、遠く離れた場所の新Bつを拝むための遥拝所から遥拝するとよいでしょう(p21)そうそう。このようなコミックエッセイで、ここに触れている本は私が読んだ本の中では初めまして。この部分は本当に知っているか知らないかだけでも寺社を廻ることにおいて大切なことだと私は思います。余りにも「開運がすごい」が多めでちょっとげんなりもするのですが、結構要所要所でこそっと大切なことを記してくれていて、思ったよりはまぁ好感度が高い本となりました。にほんブログ村
2026年04月10日
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後編です。日野岳水晶谷を下って出てきたところは、醍醐山との境となる林道。日野岳と醍醐山って峰続きでないことをここで知りました。↑こちらが、水晶谷の出口というか起終点。ここからはひたすら林道を北上。地図によると、醍醐山に行くには川を渡ることになっていますが、それらしき橋などが一切見えてこずにちょっと不安に。それでも、地図上の地形と見比べながら慎重に歩いて行くと、まさにここだろうという地形を発見。それが左側の画像。 ただ、これ林道の対岸で、崖を降りて川を渡らねばならないんですよー。意を決して慎重に崖を下り、川を渡っていた時に何気に左手を見ると、壊れた橋が見えるではないですかー(右の画像の左側)。それを目にして、このルートが間違いないことを確信。橋のある方がより谷が深くて渡れそうにないので、その手前の崖を下りたのは正解。崖を下り、川を渡渉して、目の前の急登をざくざくと歩くと鎖場(笑)。道は間違ってなかったようです。そう言えば、この辺りは、醍醐寺の行場になっていると耳にしたことがあります。鎖場を上り、更にざくざく歩くと……気が付くと手袋を落としていました……。もちろん、引き返したところ、5分程で無事回収。そして、前に進むと(ってかもう急登しかない)、このように囲いに囲まれた石が!周囲に説明書きもないので、この石が何者かはこの時は不明でしたが、後に分かりましたので、その時に記します。ただ、囲いがされているので、只者ではないことだけはこの時理解しました。この後もひたすら急登。さすが行場です。その合間からの光景。そして、ついにです!ついに4度目の正直、「本宮の峰(476.1m・葛城の雀)」に到達!!!!ここにチャレンジしてから早2年余り。前の週ももちろんチャレンジ予定でしたが、時計の紛失で到達できませんでしたし、ようやく呼ばれた感ありました。ってか、あっさり到達してしまって、これまで道迷いがあったりしたのは、何だったのかと思ってしまいます。何らかの理由で神仏が「来るな」と言っていたってことなんでしょうねー。ここへ到達出来たら、もちろん私が何度も参拝している行場と奥の院へのお参りはしないといけません。ここからは大丈夫と思いながら、ふと何気に見つけた分岐を下って行ったところ、明らかにそこは行場に繋がらない道であることにかなり下ってから気が付き、再び、急登を上って、怪しい分岐まで戻りというハプニングにあってしまいました。←自業自得(30分のロスタイム)奥の院参拝。そして、東の覗き(行場)。その後は上醍醐の伽藍方向へ。開山堂まで戻ってきました。丁度、年末の大掃除をされていたところで、僧侶の方々がいらしたため、先の無名の囲いのされた石について、尋ねました。僧侶の方の話によると、清瀧大権現が降臨した石なのだそうだ。なので、上醍醐の伽藍にある清瀧宮はこの石の方向に向いて建てられている、という貴重な話を伺うこととなってしまいました。私の別荘と豪語している清瀧宮にまさかそんな背景があったとは!ということで、その清瀧宮(拝殿)。これからは、ここに参詣する度に、その先にある降臨石にも頭を下げなければ!まぁつまりは、この社殿は遥拝所ということになるんですねー。ここからは女人堂に向かって下山。あれやこれやと物を落としたり、コースアウトしたりで、ロスタイムは1時間を超えてしまいましたが、無事に下山できたことに感謝です。そして、先の醍醐山の鎖場、降臨石、東の覗き、奥の院周辺を「奥醍醐」ということを今回の登拝で知ることとなりました。奥が深いわーーー。にほんブログ村
2026年04月09日
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前の週に方𠀋石経由で日野岳、上醍醐と目指す予定だったのですが、時計を落として意気消沈。時計は無事に回収しましたが、気持ちも萎えたのでそのまま下山。と言うことで、この日はリベンジ。方𠀋石から供水峠直前までは、割愛。……ってとこなのですが、実はこの時は時計じゃなくて、熊鈴を落としたーーー。やはり探して回収(笑)。 何やってんだか、私。しかし、この日の探索は20分程度のロスで済んだので、引き返してまずは日野岳へ。 供水の祠(石仏群)。役行者像の二つ隣の石仏がお侍さん。なかなかに、ユニーク♪そして、供水峠。 四辻になっていて、私はこの峠で左折。日野岳山頂(393m)山頂にはケルンがありました。ここから北へ歩いて行きます。パノラマ岩。 なかなかに迫力のある柱状節理でした。そこからの光景がこちら。ここからは、山を下っていきます。そこが、なんと「ユウレイ峠」という物騒な名前の峠(笑)。ここからは、水晶谷というところを歩きます。 「水晶」というからには、石鎚山のように水晶が転がっているかと思ったのですが、見つからず。それでもかつてはここで採取出来たのかなーと想像しました。ということで、前編はここまで。この続きはまた明日。にほんブログ村
2026年04月08日
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かなりそそられたので『昔話の民俗学入門 』を連れて帰りました(笑)。「民俗学」と言うと難しく感じますが、昔話がもともとどのような意味があり、物語という形に変えて語られるようになったかというものをかなりかみ砕いて説明されています。例えば、笠子地蔵はなぜ6体なのか…というものや、浦島太郎の玉手箱の正体は何なのかというものなど、言われりゃ確かにその理由が気になるというもの。興味惹かれたのは、本書だけでなく、私が幼い頃から色々ととりざたされている「わらべ歌」の「かごめかごめ」。ここでも取り上げられておりました。これは、わらべ歌の中でもダントツに謎めいているということなんでしょうねー(笑)。本書では「かごめ」が意味するのは「かがめ」であり、鬼役の子に屈むように言っているものであるとしています。しかし、ここからがなかなかな解説。引用します。だが、それ以上の謎めいた言葉については、深読みはあまり意味がないだろう。子どもたちは、連想や思い付きでどんどん新しい言葉を連ねていく。そこに一貫する論理はないと見るべきだ。(p95)突き放した――――(笑)。私が生まれて以降だけでも、約半世紀、ずーーと様々な解釈が生まれてきた中で、こうして突き放した見解は初めて。いや、これも確かにそうで、子どもが創り出した造語を追いかけるのは大人の野暮かもしれません。でも、ここに行き着いたら、ロマンが消えるような気もする。正解のないことを追いかける楽しさが、伝承の中にはあるんですよねーーー。にほんブログ村
2026年04月07日
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『はぴはぴくるねこの新刊2冊が同時発売! もう、作者であるくるねこ大和さん家の愚連隊はもはや我が子と言っていいほど、親近感及び感情移入して毎度読ませてもらってます。我が子の成長記録のような……。この2作品で感じたことは、天上界に旅立ったかつての愚連隊が作者の枕元などにちょいちょいやってくる場面が多いねーと言う事。そりゃ、たくさんの愚連隊を看取って来た作者さんからしたら、もうこれは「あるある」ですよねー。我が家なんて、息子一人しか天上界に旅立ってないのに、時折息子がやって来たのではないかと思う程の出来事にあっちゃうのですから。すでに、作者のブログで知ってはいたことですが、16巻では胡ぼんくんの天上界への移動が描かれています。で、これでいよいよ愚連隊も少なくなってくるんだなーと思っておりましたら、胡ぼんくんの差し金か、もしくは、先に天上界の人となった愚連隊の誰かの差し金か、新入りがいらしておりましたー。この子は天上界の人たちの生まれ変わりかというようなしぐさをするようで、読んでいてほっこりとしました。そうだよねーーー、これもまたまた「あるある」ではあるのですが、これも科学的に証明されてないだけで、輪廻転生ではないですが、少なからずひょっこりこちらの世界に戻って来て、あれこれと手を貸してくれる……と言うことはあるはず!そのような意味合いからもしんみりというよりは、ただただよく頑張りました!と花丸をあげたい気持ちになります。新入りが入ったお陰でまだまだ愚連隊は健在だなーと思っちゃいました。にほんブログ村
2026年04月06日
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ようやく昨年の12月まで来たーーー(笑)。上醍醐へのルートというのは、女人堂からのみでないことは、上醍醐に登拝するようになってから割合早い時期に知ってはいたのですが、なかなかそれ以外のルートというと横峰峠他はまだ歩いたことがなく、今回ようやく、別ルートからの登拝する機会にとなりました。まず目指すのは、方𠀋石。最初に参拝したのは、萱野神社。 655年頃の創建と言われています。社殿の造りが、上醍醐の清瀧宮本殿と同じ造りで何某かの関係があったのではないかと言われているそうです。ここから山の方向に向かって歩きます。道標もあります。登山道に入り10分もすると、方状石が見えてきます! 正式には「長明方𠀋石」。晩年鴨長明が庵を結んだと言われる巨石。確かに巨石上部には小さな庵が経つくらいの広さはあります(画像3枚目)。それにしても、西行といい、鴨長明といい、何でこんな山奥に庵を結ぶのか……。ここから供水峠に向かって歩きます。腰かけ岩。誰が腰かけたのかは不明。そして、供水峠手前の石仏群。それから、峠の名前の由来となった神様に備える水(供水)が湧いていたところ。現在は枯れていました。が、その横には役行者像。まさかここで、推しに出会えるとは。修験のお山であることが分かります。さて、ここで先に進むために、現在時刻を見ようと、リュックサックにぶら下げている時計に手にすると……、いや、その時計がない!!!!どうも、途中で落としたらしい……(涙)。と言うことで、予定を変更して元来た道を引き返すことに。つまり、時計の捜索をすることに!ひたすら、地面を見ながら、下山。そして、山を半分まで下ったところで発見! でも、時間的な問題と気持ちが萎えてしまっていたので、このまま下山して、帰宅の途についた、この日でありました。また、別の日にリベンジです!にほんブログ村
2026年04月05日
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「猫本」だーーーとタイトルだけ見て連れて帰った『ねことこねこね 』。さて、この作品、言葉遊びの本です。タイトルの「ねことこねこね」は漢字を当てはめると、「猫と子猫ね」となります。これが意味するのは「成苗と子猫」。が、この一文に読点を打つと「ねこと、こねこね」となり、これが意味するのは「猫が(お餅を)こねている」になります。読点の位置を変えたり、場合によっては同じ読みのものに漢字を当てはめると意味が全く変わってくるというものばかりを集めたもの。他の国の言語がどのような構成になり、このようなことが出来るのかすら、全く分かりませんが、ただただ日本語だけに焦点化しても、多様性がありすぎるわーーーという位日本語は豊かだなと感じます。そう言えば、明治政府は西洋と同じようにしようと、一時期漢字を廃止にする案が出たようですが、廃止にしなくて良かったよと思います。今では「漢字」「ひらがな」「カタカナ」「ローマ字(アルファベット)」だけでなく、絵文字まで駆使して言葉を操る民族となってしまっています。2020年の国税調査によると国内の15歳以上の識字率は99.9%らしく、これだけの文字を操る日本人って凄くない?ってやはり思っちゃいます。そう思うと、15歳に至るまでの定着する個人差ははかりしれないものもあり、それでも15歳までには何とかなると思えば、やはりただただ凄いなーと思うし、それを定着させていく学校教育も凄いなーと思うのでした。あっ、この作品、一文の羅列ではなく、このような一文が並んでいるだけなのに、きちんとした物語になっています。作者の構成の仕方も凄い!にほんブログ村
2026年04月04日
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この日、午前中はとある場所で缶詰だったため、がっつりとしたお散歩は出来ず。ふと地図をみると、とある場所からまっすぐ東にむかったら、伏見稲荷大社があることが分かりました。ならばと、真っすぐ東にむかって稲荷山ということになりました。これまで歩いたことのなかった竹林コース。そこからいつもの大岩大神へ。どれだけ大岩大神が好きなんだーという話になりますが、好きなんです。そこからの山頂、一ノ峰。ここから社殿方向に下りようと思っていたのですが、渋滞で全く下りれる隙がなく、いつものように剱石方向から清滝大神を抜けて東福寺方面への下山となりました。千本鳥居と紅葉もなかなか素敵です。因みに東福寺界隈も超人混みで、改めて紅葉の時期だなーと他人事のように思ったのでした(笑)。超簡単なお散歩報告でした。にほんブログ村
2026年04月03日
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木下明美氏Blog内「kimuraの読書ノート」を更新して頂きました。(4月1日の記事)今回は『京のたわけの神頼み 』を紹介します。もうねー、馬鹿馬鹿しいんだけど、勢いのある作品でした。そして、何よりも京都の学生って、京大生筆頭になんてこんなアホなことに夢中になれるんだろうとしみじみと思う作品です。いや、現実にはあり得ないんですが、現実でもやってそうとも思わせてくれるんですよねー。現代の京都らしい作品だなーとつくづく思い知らせてくれる作品です!にほんブログ村
2026年04月02日
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お散歩記録が続きます。この日は久しぶりに美音シャワーを浴びてきました。ゆったりとした気持ちで音楽を楽しむ予定だったのですが、予想外に鼓舞される形で終始演奏を聴くことになり、そのまま高揚感いっぱいで帰宅しました。何せ、全ての演奏が超絶技巧なんです。上記の画像の演目を見て頂ければわかるのですが、演目の全てが超絶技巧を要するものではないんです。これまでも、幾度となくピアノリサイタルに鑑賞してきましたが、指が20本に見えたのは、彼が初めてです。マンガの世界だけではなかったんですねー、指20本(笑)。アンコール局も5曲!ゆったりとした気持ちにはなりませんでしたが、さぁ明日も頑張ろうという後押しをしてもらった感じはしました!コンサートホール外のイルミネーションもきれいでした♪にほんブログ村
2026年04月01日
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