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この五年間で、五回目の引越しを来月の頭に予定している。 単純に割ってみると、なんと一年に一度は動いていた計算になるけれど、今の場所には三年と一ヶ月留まっていた。 冬の晴れた朝には富士山を拝み、神々しい気分にしてもらったり、振り返ってみるとかなりの恩恵を受けていた。 だから、いざここを離れるのかと思うと、一抹の寂しさを感じてしまうのだが、時代の流れというか必要に迫られてのこと故、それも仕方がないだろう。 二十八年間親元で暮らし、そこを離れてすでに同じ歳月が今過ぎようとしていた。 わたしはものすごく尻が重い人間であるから、動くという行為が好きではない。 仕事も一箇所に居座って、出来る限り動かない主義であるけれど、近来は引越しを余儀なくされて、体が少々悲鳴を上げている。 でも新しい場所へ移るのだから、本当は期待で胸を膨らませたいところである。 だから少しでも何かメリットを見つけては、それをささやかな喜びと感じたい。 その一つには、空間が今までよりほんの少し広いので、それは単純にとても嬉しいことであった。 ずっと昔、戸建てに住んでいた頃のこと。 子供達はマンションに住みたいのだと言った。 今更、マンション?とは思ったけれど、そんなものかと聞き流した。 それでも冷やかしもあって、何軒かマンションのモデルルームも見て歩いたことがあった。 へぇ、マンションも中々良いじゃない、というのがその時の正直な感想であった。 色々なことがあって、戸建てを離れアパート住まいを経由した後、今賃貸マンションへの引越しが決まった。 待てよ、これって願いが叶ったということじゃない? 子供達がマンションに住みたいという思いが、繋がったのでは? そんな風に物事を考えると、こわばっていた身体が少しずつ柔らかくなった。 条件が変わり、環境の激変があったものの、それなりに思いは叶っていくものなのだ。 こうしてわたしは、自分自身で縛っていた呪縛から、すり抜けられた気がした。 要は発想の転換なのだと思うけれど……。
2006年11月19日
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昔、家族で住んでいた街に下車した。 すっかり賑やかで都会的に変身していたけれど、紛れもなくわたし達が家族として暮らした街だった。 道行く人の群れの中に混じっていると、時折見知った顔を見つけることができた。 でもすでに、名前も浮かんでこないほど、遠い記憶となっていた。 まだたったの四年しか経っていないのに……。 それにしては、わたしを取り巻く環境のなんと激変したことだろうか。 信号を渡り坂道を登った。 もっと時間を遡れば、今の喧騒すらなかった頃のことが頭をよぎった。 建物も殆どなく、坂の上から吹き降ろす風に体当たりするように足を運んだ。 冬の夕暮れ時には、寂しさと寒さで涙がこぼれたっけ。 この坂を上りきれば、暖かい我が家が待っているはずだった。 でもそれは、わたしにとっては団欒と呼べるものではなかった。 姑の顔が浮かぶ度に、わたしの足はそこで立ち止まってしまうのだった。 今夜もまた、彼女の罵詈雑言が飛び交うのかと思うと……。 わたし達の結婚に反対をした姑との同居は、想像をはるかに越えたものだった。 心配する両親を説得し、わたしはこの家に、彼の元に嫁いだのだから、逃げ道はなかった。 でも、この辛さを越えなければ、わたしには幸せなどやって来ないのだ、と自分に言い聞かせた。 人の何倍も、ささやかで平凡な幸せを願ったわたし。 どこで驕り、どこで罪を犯してしまったのだろうか。 一つ一つあげつらい、指を折ってみた。 思い当たる節が両手の指では足らなくて、一つ又一つと浮かんでは消えた。 この街を去った時、すべての幸福は掌からすべり落ちた。 先日、娘に投げつけられた言葉が改めて胸を刺した。 「過去ばかり振り返ったって何も始まらないよ。そうやっていつまで昔のことばかり言ってるの。だから母さんとは口も利きたくないのよ」 わたしは言いたいことをぐっと飲み込んだ。 自分の存在が、生きているというその場所が、急に疎ましくて消えてしまいたくなった。 この情況を嚥下できなくて、どれほど胸をかきむしったことだろうか。 行き場を失って、風呂場でシャワーをひねった。 シャワーを浴びながら、こうして涙にむせた日々を思い出した。 この街で、わたしは家族に悟られないように、何度嗚咽したことか。 そうして立ち向かったから、今があるというのに。 それらすべてを娘に否定された気がした。 辛さは、年々重さを増してきた。 時計の針を、誰かがほんの少しだけ巻き戻してくれたなら、わたしは何食わぬ顔をして、きっと今でもこの街の喧騒の中を歩いていたに違いないのに。 坂道を登りきると、かかりつけだった歯科がある。 今日はそこへ診察に来たのだ。 歯科医は、わたしの住所が変わって名前が変わったけれど、以前と少しも変わらなかった。 「何か疲れるようなことがあったのかな?少し通ってください」 「はい」 肩に入っていた力が一気にすーっと抜けた。
2006年11月06日
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