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天橋立の雪景色が送られてきました。城崎にでも出かけて温泉に入りながら雪見酒でもやりたいですね。ところで、この頃の新聞を見ていると、人を部品のように見ている会社と財として見ている会社に二分されます。キャノン、NEC、ソニーなどのような前者と、日本電産やダイキンなどのように痛みを分け合いつつ雇用を守る会社。バブル崩壊後、トヨタの奥田さんは「社員をリストラするなら、まず経営者が腹を切れ」と言ったが、今の経営者からはそんな言葉も聞かない。景気が良くなったとき、両者がどうなるか楽しみです。人は手段ではなく、人の幸せが目的だと思っている私としては、個人的には後者に幸あれと願っています。人に冷たい会社の商品を避けたり、採用に良い人材が集まらないなどという結果を期待しているのですが?
2009.01.31
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あなたは ・自分には何ができるか ・自分にはどれだけの能力があるか ・自分はどんな性格かなどを正確に知っていますか?命とは、一人ひとりが天から与えられた素質や能力のことで、これを天命と言います。それを知り(知命)、それを生かして切って、この世で一つだけの綺麗は花を咲かせることが立命=自己実現です。でも、自分がどんな可能性の芽を宿しているかを知るのはなかなか難しいことです。今あなたが気づいていることなどほんの氷山の一角のようなもので、自分も周りの人も未だ気づいていない素晴らしい才能が隠されているはずです。若い人たちに共通するのは、自分自身に自信が無く、他人のことばかり気にすることです。「自分が好き」という子は、小5(63%)、中1(52%)、中2(38%)、中3(45%)と大きくなるにつれて減ってくる傾向があるが、これは、大きくなるほど「あの人は、あんなことができていいな」「あの人みたいになりたいな」等と他人と比べてばかりいて、「やっぱり自分はダメなんだ」と悩んだり落ち込んだりする人が多いからだと思います。
2009.01.31
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飲み会で知人が似顔絵を描いてくれました。何時もハガキと水彩セットを携えていて、2,3分で描いて挨拶代わりに渡しているようです。親しくなるコミュニケーション手段としては最高で、その能力が羨ましいですね。讃に「いつまでも夢を」と書いてくれたが、私の好きな言葉を言い当てていてビックリ。どうも記憶力の悪いこともあるが私は過去にはあまり興味が無く、同窓会やOB会での過去の話題が苦手です。歳を取ると過去の話題ばかりになりがちだが、私は明日に夢を持って「今日、どう楽しく過ごすか」ということにしか興味がありません。人生は「いつも、今日が最高」、今日楽しく過ごせば、明日には過去は楽しい思い出になり、明日という今日も楽しいものとなります。暗い話題の多いこの頃だからこそ、「きょう1日」を楽しく過ごしたいものです。
2009.01.30
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生きる上において我々には3つの選択肢があります。1.食って、寝て、起きて、生理的欲求を満たしてと犬猫のような生き方2.この世は何事もお金次第と、金儲けに命を掛ける生き方 3.この世は自己実現を図る場と考え、目的を持って夢見ながら生きる生き方人間というものは、ニートのように何もしないで生きていくのも短い間は楽しいかもしれないが、何十年も生きるとなるとなかなか辛いものです。自分の命を輝かせるには、まず自らの役割とそのために与えられている才能の芽を知る(知命)必要があります。そして、与えられているのはあくまでも可能性の芽にすぎないから、それを健全に育てる必要があります。それには、先人のセオリーを徹底的に学んで(守)、その上で自分らしさを工夫して(破離)磨き続ける(鍛錬)ことです。長所だけを見つめて、まず1万時間磨き続ければ、専門家の入り口に立てるはずです。そうやって努力していると、その場になくてはならない一隅を照らす人になり、生き甲斐や働き甲斐を感じることができます。その結果としてお金も稼げることになります。それが自己実現であり、幸せに生きるということではないでしょうか?
2009.01.30
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ソクラテスは、たった一つのこと=善(人間が本当に腹の底から求めているもの、それを得て初めて満足するもの)を知らずに、どうでもいい知識を沢山仕入れて持っている単なる物知りにすぎないくせに、真の知識を備えていると思い上がっている人を無知だと決めつけました。この頃では哲学書を読む学生も少なくなったが、大学生活とは単に学問を学ぶだけではなく、自分自身と向き合って「私は誰か」と問いかけ、ありのままの自分への気づきの旅に旅立つときなのかもしれません。それを知るのが自分探しだが、探すというよりも、「吾思う 故に吾有り」というように自分の意志で「なりたい自分」を創っていくことです。つまり、自分のマニフェストを創って、それに向かって努力していけばいいと思います。まず、「私の一生を賭けて、自分は何のために、何をして生きたいのか?」を明確にすることです。多くの人にとって、仕事がその表現の場だと思います。だから、私は仕事とは「自分の生き様の表現」だと思っています。自分の仕事に、自分なりに誰に言っても恥ずかしくない、胸を張れる意義を見つけたとき、生きるのに張りが出てくるし喜びが生まれます。
2009.01.29
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太陽が月に隠れ、まわりから光がリング状にもれる金環日食が、スマトラ島南部のバンダルランプンで26日午後、月が左下から次第に太陽を覆い、完全な光の輪(金環)となる様子が観測された。中国の旧正月だったこの日はインドネシアでも祝日にあたり、多くの人が天文ショーを楽しんだそうです。自然の贈り物は素晴らしいですね。でも、人間世界は相変わらず自利と自利との汚いせめぎ合い。オバマさんと日本の政治家の演説でコミュニケーション力の差が取りざたされているが、言葉の差もさりながら、その裏にある真摯さ、誠実さの差の方が羨ましいですね。でも、それを選んだのも我々国民。まあ、国民の精神性の差だとは思いたくはないのだが?
2009.01.28
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歌舞伎役者の坂東玉三郎は「人生って、死ぬまでの時間をどう過ごすかってこと。じっと死ぬまで待っているの、ちょっと耐えられない。でも、夢中になれるものがあれば、その間に命が燃え尽きる。問題は何で燃え尽きるか。自分に適したものは何か。それがその人の使命。その与えられた目的に夢中になっていれば、死ぬことも忘れることができる。死ぬまで一瞬、一瞬を最大限に燃焼して生きることである」と言ってみえたが、私たちにとって最も大切なことは、自分の命を何に燃焼させるかをハッキリとさせることだと思います。つまり、一生夢中になって取り組んでも悔いのないものを見つけることです。19才で初めてカートに乗って23才で英国F3に総合優勝し、24才でF1レーサーになった佐藤琢磨さんは「自分の好きなことを一生懸命にやってきただけ。パフォーマンスを発揮できる環境に自分を置くことが大切だ」という。自分は何者で、どうなれば自分は幸せを感じるのか、それを見つけ出すのは簡単なことではありません。自分の顔が直接見えないように、何でもないことのようで、自分を知り尽くすことほど難しいことはありません。人生は旅とも言うが、人生とは自己発見のための長い、長い旅路かもしれません。
2009.01.28
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生まれたくて生まれてきた人もなければ、親が「こんな子を」と望んでも得られるものではありません。そして、何時までも生きたいと思っても生きられないのが人間です。このように、命の始まりも終わりも誰もが制御できないとなれば、では、その命は誰が決めたのでしょうか?貴方は、気の遠くなるような祖先の命のバトンを受け継いで今を生きています。親が2人、その親がまた2人ずつで4人、その親がまた2人ずつで8人、そうやって30世代遡るだけでも10億7374万1824人になり、その合計は21億4748万3646人にもなります。1世代を20年として30世代600年遡るだけでも(足利氏の時代)これだけの先祖の命を受け継いでいることになり、その一人でも欠けていたらあなたはいま存在していません。とすれば、人には何らかの知らない創造主の意図が働き、一つの使命=天命を授かって生まれさせられたと思えないでもありもせん。人はそれぞれ、「左手に夢」を「右手に希望」を握りしめ、無限の可能性の芽を宿して生まれてきているともいいます。では、あなたはどんな可能性を宿して生まれてきたのでしょうか?
2009.01.27
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今朝は嵯峨野も淡雪が舞っています。薄日に舞う雪も良いものですね。さて、昨日は久しぶりに学生時代の同輩やら後輩たちにあったが、定年を迎えた人も増えてきて、定年後の生き方も色々で、社会との接触を断って新聞も止めたという者、地域の自治会長を引き受けて何かと世話役を楽しんでいる者、海外の山に登って人生を楽しんでいる者・・・さまざまです。残された短い時間を好きなように生きる、すくなくとも悔いのないように生きることは、人生の後半を生きる者にとっては最大の課題です。私は死ぬまでは力一杯生きたく、ダラダラと惰性のままに生き長らえることだけは願い下げたいと思っています。でも、いつかは頭や肉体の衰えるときは必ずやってくる。だから生きたいだけ生きたら、あっさりとこの世に幕を引きたいと思っているが、妻には不遜だと言われます。それには、自分がやりたいと仕事を持っていなければならないが、歳をとってから自分の満足のいくような仕事はそうあるはずもなく、自分で創り出さなければなりません。その前提として、まず幕引きの時を決めなければなりません。両親共に80才過ぎまで生きたが、私は何時も言うように70歳ぐらい、最大でも後期高齢者と呼ばれる前には逝きたいと思っているが、あと2~7年です。2年間など、ダラダラと生きていればあっという間に過ぎてしまいます。だからというわけではないが、いままでの講演などの原稿を整理して、「チョット真面目な大人の絵本」を出したいと思い、この半年で4冊分の原稿を書きました。(ブログで掲載しているのもその一部です。感想を頂ければ幸いです)だが、絵を依頼している娘の方が仕事が忙しくてなかなかはかどりません。うまくいけば、今年の後半くらいからシリーズ化できるかなと思っています。力一杯生きようと思うと、途中でへこたれないように心身ともに細心の注意も必要だが、逆に数年しか持たせる必要がないと思えば、エネルギーを最大限に燃焼させもできます。腹八分目、お酒を1日8合位にして、アルコールで今しばらく元気よく走りたいと思います。
2009.01.26
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「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」秀吉の辞世の句ではないが人生は儚いものです。人間の一生においてただ一つ確実なことは、生まれた瞬間から死に向かって歩き始め、刻々と死に近づいていると言うことです。命とは時間で、時間の使い方が命の使い方であり、その集積が人生です。時間の花が刻々と散っていくように、命の花も刻々と散っていきます。自分に後どれだけの時間=命が残されているのかも分かりません。しかも、テレビゲームのようにリセットもできない一回だけの短い人生なのに、私たちは深く考えることもなく何となく毎日を生きています。誰もが、自分の命は大切で愛おしいと思うはずです。では、あなたは「今」という時間を大切に生きていますか?1日24時間という時間は誰にも平等で、有意義に使おうと浪費しようと同じように過ぎゆき、その時間をどう使ったかがあなたの人生そのものです。何時死ぬかも分からない人生だから、何時死んでも「楽しかった」「生まれてきて良かった」と言える人生でありたいものです。
2009.01.26
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大学のワンゲル50周年記念懇談会に出席するついでに故郷の四日市による。同窓生のお寺に寄ったが、惚けたお袋さんを在宅看護していて心身ともに大変なようで、フラストレーションで限界に近い状態のようだ。赤ちゃんと一緒だということだが、赤ちゃんは1年もすれば卒業するが、年寄りは何年続くとも分からない。昼間は檀家周りもあるうえに、夜も看護でぐっすりと眠ることもできずに大変とか。お寺ということもあり、病院に入れることもできないのだろうが、老老看護も大変だ。私などは、65才までに逝くのが理想だったが、いまでは5年更新をしています。後期高齢者になるまでにはコロッと逝きたいものと思っているが、なかなか思うようにはならず元気そのもの。憎まれっ子、世にはばかるではないが、今日も「そう言いつつ先輩は一番長生きしそうだ」と言われ困っています。まあ、OB諸君も人生を楽しんで下さい。
2009.01.25
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エンデ著「はてしない物語」の主人公バスチアンは、勉強の得意でない、背の低い、太った男の子です。本屋から失敬してきた本を読みふけっているうちにファンタジーの世界へ引き込まれ、一つのお守りを与えられて自分の年来の願いが次々とかなえられます。臆病だった少年は勇者に変身し、智恵者、富者、権力者となることができたが、一つの願いが叶うごとに人間界の記憶が一つずつ奪われていき、最後の記憶が失われるとき彼は二度と人間界には戻れなくなります。最後の願い事こそ、彼の意志でなければならないことを彼は悟ります。本当に望んでいたことは「偉大な者、強い者、賢い者になる」ことではなく、「ありのままの自分で愛されたい」ことで、自分の欠点をも全部ひっくるめて、いやむしろ、それら欠点ゆえに愛されたいという願いでした。「富士を知らない人にとって、富士は存在しないのと同じである」と昔の禅僧が言ったが、「富士」を「自分」と置き換えても同じだと思いませんか?長所も短所も、善心も悪心も併せ持つのが人間です。自分の心の奥底をじっくりと見つめて自分の命に気づき、長所も短所も、善心も悪心もふくめた自分を丸ごと好きになることです。そうすると、自分の命が愛おしくなってきます。
2009.01.25
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我が家は天龍寺にも近いので、寒修行の雲水がよく経を唱えながら托鉢をしているのを見かけます。あるお坊さんが、寒修行のことを次のように書いて見えました。私達人間は「死」に直面すると自我や欲望が壊れて、悲しみや優しさが溢れてきます。ところが、何かを獲得しようと闘っている時は、獲得が生き甲斐となり自己実現が中心になってきます。その時は悲しみや優しさに素直に共感出来ません。欲望とはそういうものです。 私達も寒行をしながら「きつい……まだ終わらないのか……近道を歩こう……恥ずかしい。」など考えたりもします。しかし、本来の宗教観である『支え』『救い』を信じ鍛錬によって自己を痛めつけ、道端の小さな命などにも感動し、心の成長を見出そうとしているのです。その結界に於いて宗教への大きな畏敬が生じるのではないでしょうか。そしてこの寒行は自己ではなく、苦しみを分かち合う純粋な心の表現として60年以上続けております。そんな道中頂いた浄財は、すべて社会に還元し続けています。 厳しい経済環境の中で、派遣社員切りなどが話題になる昨今、ブラジル人が「日本に来て10数年、家族3人、帰国するにも60万円の費用が掛かり、帰るに帰れない」と言っているのを聞いて哀しくなってきました。彼らを使っていた大手企業は、人を採用するのではなく部品を発注するのと同じだったと言っています。人を人と見ない社会、そんな社会が幸せであるはずがありません。今一度、生き方を見直してみる良い機会かもしれません。そんな意味で、明日からの本論を読んでいただければ幸いです。
2009.01.24
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「どこの家でもご飯を食べる。しかし、なぜ食べるのかを知ろうとしない。私がこんなことを言うと、みな馬鹿にして笑うだろう」と良寛は言いました。君は何故ご飯を食べるの? 生きるため? では生きて何をするの?と問いかけられているようです。自分と全く同じ経歴や性格、能力、顔かたちを持つ人は、この世に二人と存在せず、「私」は他人とは取り替えのきかない固有な存在なのです。でも、外面的なことは分かっても、その人の内面的なもの(誰にも変わることのできない自分とは何者なのか、自分は何のために生きるのか、自分の存在意義とは何なのか、自分が秘めている能力とは何なのか・・・)は他人からは直接見えないばかりか、本人にもなかなか分からないものです。ソクラテスは「無知無明とは自分とはなにかを知らないことだ」と言い、宮沢賢治は「何のために生まれてきたか、人はそれを考えるために生まれてくるのだと思う」と言ったように、おそらく自分自身が一番分からないのが人間なのではないでしょうか?この本が、自分というものを一度じっくりと見つめる機会になれば幸いです。
2009.01.24
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幕末の儒者斎藤一斎は、「少にして学べば即ち壮にして成すあり。壮にして学べば即ち老いて衰えず。老いて学べば即ち死して朽ちず」と言った。埼玉銀行の神尾昌一元頭取はこの言葉を受けて、「20代というのは、まだこの人はいい、この人はもうひとつだというような差別があまりつかない時代である。その20歳代にうんと勉強する人、単に本を読むだけでなく、毎日の銀行員の生活や経験の中で学び考えていく人、そういう人とそうでない人は、やっぱり30代になってその差が表れてくる。この人はできる、これはダメだという見分けがつくのは30歳代なんです。それで一旦ついた評価は、現実にはなかなか変わらない。だから、20歳代にどういう勉強、幅広い意味の勉強をするかが一生を左右する」と言います。ノーベル賞受賞者をみても、大体25,6歳から30歳そこそこで着想し、それから段々と研究を進めていって30代中頃に業績を上げています。20代から30代をうかうかと過ごしてしまった人には、その後もたいしたことは起きません。全身全霊を打ち込むような修行は、体力も気力もある若いときでないとできないので、20歳前後にはしっかりと勉強しておくことです。
2009.01.23
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若いうちは、「何のために勉強するのか分からない」とか「大学の勉強など社会で何の役にも立たない」と言って、なかなか勉強に身が入らないものです。乙武洋匡さんは「学ぶことは、僕にとっては手段かな。何かをしたい、自分はこうありたいという目的意識がしっかりしていると、勉強は本当に楽しいし、身につくものです。高校生の時は、あまり大学へ行こうとは思っていなかったそうだが、友達から『18才でやりたいことが決まっている人は少ない。それを見つけに行くのもいいんじゃない』と言われたこともあって大学に行った。多くの人と出会い、面白そうな場所に足を運び、色々な価値観とふれあうことが目的だったから、大学に通うだけでなく、地元の街作りにも携わり、大人の振る舞い方や現実の社会の動き方を学ぶ経験もした。卒業後は、スポーツライターになったが、子供による事件が相次いだのを切っ掛けに、教育問題に関心を持つようになった。『どうして、こんなことが起きてしまうのだろう』と、教員免許を取るために別の大学に進んだ」と言う。大学を中退して飲食店を経営している人も、「もう一度大学に行き経営学や心理学を勉強したい」と言っていたが、目的のある人は学びに真剣です。
2009.01.22
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ブログを見て、講演comへの登録を依頼するメールを戴きました。http://kouen.com/この頃は正規の料金を戴く講演はあまり行いませんが、少しでも皆さんのお役にたてればと登録しました。また、この原稿には、この間ある会で出会った絵本を描きたいという若い娘さんに、絵を描き直してもらって出版しようかなとも思っています。話してみると家も近くで、人生は出会い、出会いって面白いですね。その志すものや仕事が何であれ、自分一人だけの力で大成することは不可能です。大成するには、個人の能力や努力はもちろん大切だが、それだけでは不十分で運が大きく左右します。運というのはギャンブル的な単なる僥倖を言うのではなく、人との縁、つまり「どういう人」と「どんな時」に巡り会ったかで決まる要素が高いと思います。その巡り会いを人は『出会い』と言うが、出会いとはそもそもどういうことでしょうか?私たちの毎日は数え切れないほど多くの人との接触によって織りなされ、数多くの運が巡りくる可能性があるのに、何故それだけでは決定的な出会いとはならないのでしょうか?出会いとは心のバイブレーションであり、その心情を抜きにしては、例えいかに多くの優れた人物との巡り会いがあったとしても、それは所詮『縁なき衆生』に終わると伝記作家の小島直記さんは言われました。そんな難しいことではなく、「この人と何か一緒にできたら面白いだろうな、楽しいだろうな」という気持を持って、相手を楽しませてやろうという気持を持ち続けることではないでしょうか?
2009.01.21
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脚本家の橋部敦子さんは、2年半のOL生活の後、ジャズダンスのプロを目指して会社を辞めた。ところが、初めて自分のやりたいことを見つけて夢中になっていたとき、膝の故障で諦めなければならなくなってしまった。ダンスを諦めた後、やりたいことも見つからずに、取り敢えずアルバイトをやりながら歌や芝居をかじったり脚本を書いたりしたが、日増しに表現することの面白さにはまり、プロになりたいと思い努力の末についに実現した。何かを始めたとしても、橋部さんのように何らかの支障が発生して諦めなければならないかも知れません。途中で嫌になることもあるだろうが、それは自分に向いていなかったということで、また別の物に挑戦すればいいだけです。とにかく、まず何らかの行動を起こすことです。それは、何が機会となるかはわかりません。有名な画家のマチスは、若いときは法律を学んで法律事務所に通っていたが、21歳のときに盲腸を患って手術後に家で静養していた。そのとき、絵の好きな母親に「暇つぶしに絵でも描いてみたら」と勧められた。彼は、それが切っ掛けで絵を描きはじめ、自分自身の絵の才能に気がついたのです。
2009.01.21
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専門能力を身につけるには、腰を落ち着けて最低1万時間は精進する必要があります。1万時間というと、最低でも5年間は必要です。だから、30歳ぐらいまでに色々なことを経験して、「自分はこれで勝負するのだ」というもの、つまりこれが自分の天職だというものを見つけて磨き上げる必要があります。高専の土木工学を卒業し、青山の花屋に就職して好きな登山を続けていた本庄修さんは、79年にキリマンジェロに登る予定でロスに渡り、1,2年したら帰国するつもりで大手の花屋で働き始めた。たまたまオーナーと出席した世界最大のフローリスト大会の月例会議で、フラワーデザインコンテスト歴代優勝者3名によるデモンストレーションに出会った。その色使いの大胆さ、ダイナミックな構成、独創的な表現に圧倒され、見ているうちに体中の血が沸き立ってきて熱くなり、自分もあんなデザイナーになりたいと思った。努力の甲斐あって84年にシルビアカップに優勝したのを手始めに、次々と各種のコンテストでも優勝して全米に知られる著名人になった。何かに出会って、本庄さんのように体中が熱くなる瞬間があります。その時に躊躇せずに挑戦すれば、彼のように運命を変えるチャンスに出会う可能性も生まれます。
2009.01.20
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今日も、中学生がネットいじめを苦にして自殺した記事があったが、なんともやりきれない哀しい時代ですね。大阪市教育委員会の市立学校調査では、悪口を書かれた中学生が11%、高校生は14%もありました。別の調査では、中学生の3人に1人、特に女子では37.6%もあったそうです。悪口を書いた人も、中学高校とも7%いたとあるが、実際はもっと多くの人が書いているのでしょうね。書く人は、何の自覚もなく面白半分が多いのだろうが、人をいたぶって喜ぶのは最低の人格と言わざるをえません。この頃では、大人社会でもそんな人が多いが、人の心が寒々としていて末世なのでしょうか?どうせ喜ぶのなら、人を喜ばせて共に喜びたいものですね。ところで、携帯への書き込みなど見なければいいのです。いっそ、携帯など止めてみませんか?学生にとって、携帯を持たなければならない必然性など一つもないのです。私なども、仕事の第一線を退いてから携帯を止めましたが何の不便も感じません。人を観察してみると、携帯を持つようになってから待てなくなったり、気配りの細やかさがなくなった人が多くなったような気がします。(「ニワトリが先か、卵が先か」ですが)この間も、10時に会う約束をしていた東京の人を9時40分位に宿舎に迎えに行ったら、相手も私の隠れ家の方に向かったようで行き違いになりました。早速、急いで折り返し9時50分過ぎに戻ったのですが、「9時40分にお伺いしましたがお留守のようで」というメモが入っていて(直ぐにバスに乗って街に出たようです)会えずじまいでした。お互いが携帯を持っていればこんなことも起きないのでしょうがね。でも、昔なら宿舎に電話して確かめるとか、10時過ぎまで待つというのは常識なのだが、そんな当たり前の気遣いもできない時代になったのでしょうか?もっとゆったりと、人を思いながら生きたいものですね。
2009.01.19
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フリーターの多くは、「若い間は仕事よりも趣味を優先させたい」、「やりたい仕事が見つかるまでの腰掛け」などと言うが、そうやって本当にやりたい仕事に就けた人はほとんどいない。仕事は、ある意味で回転寿司みたいなものです。目の前を流れるネタは食べたいものばかりとは限らないが、時々『オッ!』という皿が回ってきます。それにありつくためには、取り敢えずは席についていて、目当ての皿が回ってきたときに素早く手を伸ばさないといけない。仕事も同じで、やりたいことばかりではないが、尻を落ち着けて何かに本気で取り組んでみない限り、責任ある仕事は任せてもらえず、本当の仕事の醍醐味など味わえるはずがなく、何が本当に面白いかも分からないものです。どんな仕事に就くにしても、適齢期というものがあります。スポーツや芸術の世界なら、20歳前後には頭角を現すことが必要です。サラリーマンにしても、20代後半から30代前半頃に社内で「こいつはできるな」と思われるような業績を上げないと、一番働き盛りで評価が定着する30代後半に良い仕事が回ってこず、業績を上げることもできません。35歳を過ぎたら、これという専門能力を持っていない限り転職も難しいといえます。
2009.01.19
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たった一回しかない人生で、いい歳になってから「自分の会社選びは間違っていた」と言うことが、どんなに悲劇かを君たちは想像できるだろうか? 下手すれば自分の人生の全否定であり、幸せな人生の終末を迎えることはできません。とにかく、自分に合わない仕事ほど疲れることはありません。大阪府公衆衛生研究所の調査では「不安、不眠、憂鬱などを訴えるサラリーマンが70%(厚労省全国調査62%)」、大阪の社員1万人以上の大企業での調査では「精神安定剤を服用している社員が11%」もいました。自分なりの生きる目的が明確で、自分の人生に意味を感じている人なら、他人から見たら何という仕事ではなくとも、また大した収入ではなくとも精神的には安定し幸せなはずです。幸せとか働き甲斐というものは、自らの意思でつかみ取りに行くもので、絶対に向こうからはやってきません。仕事選びの基準は、高い給料や整った福利厚生、有名企業で自尊心が満たされるということでもなく、ようはその仕事に使命感が持てるか否かが大切です。産業再生機構COOに就任した冨山和彦さんは、「断ったら一生後悔する」と年収が半分以下になるにも関わらず売れっ子コンサルタントから転身しました。
2009.01.17
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慶応大学卒業者に「もう一度学生に戻ったとして現在の会社を選びますか」と聞いたところ、7割の人が「違う会社を選ぶ」と答え、理由の半分以上が「仕事内容に不満」でした。有力企業課長調査でも、半数以上が転職希望でした。ある53歳の人が、「経済面ではどうと言うことはなく、むしろ世間の水準からすれば上の部に属しているだろう。それでいて、何時も悩んでいる自分を軽蔑しているもう一人の自分がいる。男としては、ただ人並みの経済的生活さえ享受できれば満足であるというわけにはいかない。大切なのは仕事の中味です」と打ち明けます。でも、40代を迎えてからでは最早手遅れで、40代以上の転職は難しく、できたとしても現在以上の給料を取れる人は2,3%しかいなと人材会社の社長は言います。自分の価値観よりも安定と高収入を願って職選びをした人、他人の目を意識して自尊心を満たすためや親との摩擦を避けて名の通った企業を選択した人は、それでは自分自身の人生を生きたことにならず、必ず後で大きな代償を支払わなければならなくなります。
2009.01.16
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ジェイムス著『自己実現への道』に鶏と一緒に育てられた鷲の話があるが、「自分には何が向いているか」を見つけるのはそう簡単なことではありません。一羽の若い鷲を捕らえて鶏と一緒に育てていた男の家の前を通りかかった博物学者が「なぜ鷲を鶏と一緒に納屋に閉じこめているのか」と聞くと、男は「鶏と同じ餌を与え、同じように訓練してきたので飛ぶことができない」と言う。博物学者は「鷲はまだ鷲の心を持っているから飛べるはずだ」と納屋の屋根の上に置いて、「お前は鷲なんだ、さあ翼を一杯に伸ばして飛んでごらん」と言うが、自分を鶏だと思っている鷲は何度やっても仲間の所に戻ってしまいます。三日目に高い山の上に連れて行き、「お前は鷲だ。お前は地上のものであると共に天のものだ。さあ飛んでごらん」と励ますが納屋のある庭を眺めて飛ばないので、鷲を太陽の方へ差し出すとついにゆっくりと翼を広げ舞い上がります。人間も、本来は鷲のような才能を持っているのに、鶏として育てられているうちに自分を鶏と思いこんでいることが多いものです。だから、自分の本当の才能が何かを知り、それを開花させるために、学校でいろんな事を学ぶのです。また、胸が熱くなるような出会いから才能が開花することも多いものです。
2009.01.15
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次は、自分の幸せの形を実現させるための仕事を選ぶ必要があります。私たちの一番気力に満ちた大部分の時間を仕事に費やすのだから、働き甲斐を感じない仕事に就いては生き甲斐を感じることはできません。仕事を通して感動を味わうことができれば、人生は自ずとワクワクしたものとなります。そのためには、体裁や給料などは二の次にして、まず自分の能力や価値観にあった仕事を自ら徹底的に探し、自分の可能性の発揮に向かってとことん努力することが大切です。君には潜在能力があり、未来にはいろんな可能性が開けています。その可能性を現実化して花開かせる場が仕事であり、仕事とは自分の生き様の一つの表現手段ともいえます。つまり、仕事をするというのは、生涯をかけて自分の可能性を最大限に発露し、自分の生まれてきた意味、つまり自分の存在価値を確認することでもあると思います。大学関係者が「目的を持って入学してきた子は、入試成績が悪くても入学後伸びる」と言うように、自分にあったやり甲斐のある仕事を早く決めれば決めるほど、目標が明確になり、勉強にも身が入るので実現の確率も高くなります。
2009.01.14
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一つは、収入や資産、地位や名声、権力や権威の高さという他人の目にも見える外面的なものがあります。これらは相対的なものなので、他者と比べてなかなか満足することがありません。それに金や地位などがあればあったで、他人に盗られたり侵されたりしないかと不安になり落ち着かないものです。そんな心の落ち着かない状態では、本当に幸せだとは言えません。幸せ感は【充足÷欲求】で表すことができ、人間の欲求は「もっと、もっと」と膨らんでいくので、絶えず飢餓感に苛まれ満たされることがありません。だから、欲求を制しない限り人間は永遠に幸せ感に浸ることができません。もう一つは、精神や教養の豊かさ、人との関係の豊かさ、過ごす時間の豊かさのように他人の目には見えない内面的なものがあります。これらは競争する必要がありません。お金や地位などはなくても、心豊かに幸せ感いっぱいに過ごしている人は沢山います。ようは、幸せとは心の平安です。スローライフはいい例で、欲望を減じて「いま」に感謝し、目に見えない心の豊かさを追求することでも幸せ感を感じることはできます。まずは、自分は何で心を満ち足りさせるのかを自問してみて下さい。
2009.01.13
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勉強するのも働くのも、全ては幸せな生活を送るためだと言ったが、では、幸せとは何でしょうか?辞書には、『幸せ』とは「心が満ち足りていること」とあるが、人間の心ほど不思議なものはありません。全く同じ状態でも、自分自身の置かれた状況次第で、満ち足りた気分になったり、そうでなかったりします。例えば、ひもじい時ならお握り一つでも満ち足りた気分になるが、満腹の時ならどんなに好物のお菓子を出されてもあまり嬉しくも美味しいとも思わないはずです。同様に、お小遣いが底をついている時なら千円でも手に入れば嬉しいが、何万円も使えるお金がポケットの中にある時ならそれほど嬉しくも感じないのが人間です。 これは、財産やその他諸々のものに対しても同じです。つまり、幸せ不幸せ感は、その時々の心が感じるもので、自分の心の持ち方次第でいかようにも変化する儚いものだと言えます。人間の心は一人ひとり違い刻々と変化するので、人間の心を満ち足りた状態にするものとしての絶対的な基準はないが、大きく分ければ「目に見える外面的なもの」と「目には見えない内面的なもの」の二つがあります。
2009.01.12
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これが幸せだという一つの正解はなく、一人ひとりの描く幸せの形はみな違います。幸せの形が違えば、それを実現するための方法も違って当たり前です。1.自分の求める幸せの姿や夢を明確に描き、2.それを実現するためにどんな仕事に就くのか、3.そのために何を身につける必要があるのか、4.それをどうやって身につけるのかということを、早く決めれば決めるほど、準備のための時間もあり実現の可能性は高まります。次に、君が登りたい山(求める幸せや夢の大きさ)はどんな山だろうか?1.苦しいことは真っ平!飲んで食って、寝て起きて、楽して遊んでいたい。2.高い山は嫌だが、高原で美味しい空気を吸って皆でワイワイと楽しみたい。3.多少は努力して、日本100名山のような存在感のある山に登りたい。4.せめて日本一の富士山に登りたい。5.生まれてきたからには世界最高峰のエベレストを目指したいその目指すものによって身につけるべきものも違い、その難易度によって必要な努力の程度も期間も違ってきます。
2009.01.11
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今日は嵐山も雪景色です。昨日は娘と東山連邦を眺めながらホテル10Fのレストランでイタリアンのランチを食べ、恵比寿さんから八坂神社まで散歩したが、厳しい景気を反映してか真剣にお祈りをしている人が多いようでした。1937年(昭和12年)日中戦争勃発。1973年(昭和48年)第一次オイルショック。1985年(昭和60年)プラザ合意後の円高不況。1997年(平成9年)京都議定書採択・山一証券廃業。これらを見ると、丑年は良くない年と言うよりも、本当に時代の転換点だったと言うことがよくわかります。平成21年も厳しい年ですが、時代の転換点だったと評価されるかもしれませんね。まあ、渋い顔をしていてもしようがありません。恵比寿様のように笑い顔をしていれば福がやってくるかもしれませんよ。今年も、明るく、元気に生きていきましょう!
2009.01.10
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ぶれない生き方をするには、「人は皆、持って生まれた特性を100%生かし切って幸せに生きるために生まれてきた。そして、その実現を目指して歩き続けるプロセスに感じる希望こそが幸せだ」と思うので、「自分の存在価値が認められる、やり甲斐のあること」を明確にすることが第一条件だと思います。水を汲んで遠くにあるドラム缶に入れ、一杯になったら今度は別のドラム缶に移すという無意味なことを毎日させられたとしたら、「自分は一体、何のために生きているのだろう」と虚しくなってきて生きる気力も萎えてしまいます。貴重な人生の大部分を費やす仕事に働き甲斐が感じられなければ、毎日を明るく楽しく命輝いて生きていくことはできません。生き甲斐と働き甲斐は裏表で、毎日の仕事に「働き甲斐」が感じられ、それが「自分の存在意義」につながっていると実感できるとき、心から「生き甲斐」が感じられると思います。働き甲斐は、その道での一流のプロとなり、その場になくてはならない存在になることから生まれます。そのために自分の適性を見極め、それが一番生きる場を見つけ、その場で愉快に生きるための知恵を学ぶために勉強するのです。勉強に身が入らないという人は、それが分かっていないからだと思います。(勉強は一生で学生だけのモノではありません)
2009.01.10
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何事にも、不動の目的と、それを実現するための段階的な目標があります。ヨットは風や潮流の影響を受けてジグザグに進みます。それなのに目的地に確実に着けるのは、遠い空に北斗七星(今はランドサット)という不動の目標があるからです。人生も同じで、遠くに不動の目標(=生きる目的)があれば、目先的には色々なことがあったり、人が何を言おうが迷わされないはずです。だから、迷うと言うことは、不動の目標が明確でないからといえます。誰にも、進路を選択しなければならない時期が必ずやってきます。ある意味では、人は皆、毎日、何らかの選択に迷いながら生きています。大学の3回生や4回生になっても「やりたいことが分からない」という学生も多いが(この頃では30代でも多いが)、それは自分の求める幸せの形や自らの特性が明確でないことから起きます。それらの見極めさえついていたら、自ずとやるべきことは明確になり、後は制約条件などを勘案して最も効果的な方法を選択すれば良いだけです。将来は遠い先にあると思いがちだが、君の今ある状態が、「過去に何をしたか、何をしなかったか」の結果でしかないように、未来の君も「今、何を念い」、その実現のために「いま、何をするか、何をしないか」で決まります。
2009.01.09
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苦労を楽しむには目的を持つことだと言ったが、どんな目的を持つかです。目的意識が希薄では、行動の中身に質の高さや確実性を求めることも不可能です。仕事においても、目的の有無で仕事の質や生産性にも大きな差が出ます。だから、目的を意識して行動するか否かで貴方の一生は大きく違ってきます。「自分には当面の目標(A大学への入学、B会社への入社、管理職になるなど)がある、それで十分ではないか」と考える人が多いと思います。オリンピックを見ていても分かるように、日本人は目先の目標に一喜一憂しがちで、達成されないとこの世の終わりとでも言うように落ち込んで悲観したりしがちだが、そんなものは長い人生から見たら何ともないことです。昔、レイクプラシットで5個の金メダルをとったハイデンが来日したとき、「僕は金メダルが欲しくて練習してきたのではない。オリンピックを目標にして青春の一時期を思い切り燃焼させたかっただけ。自分が目標に向かって苦しい練習をしてきたことが実って結果を得たという喜びこそが僕の青春の証であって、メダルはそれに付随してきたものに過ぎない」と言ったが、目的・目標がハッキリしていれば迷いも起きないし、苦労も楽しみとなります。
2009.01.08
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10代の時には10代の、20代の時には20代の、30代の時には30代の花を咲かせ、幾つになっても『あの時はよかった』じゃなくって、『今が一番楽しい、今の自分が一番好き』と弾むような気持で生きていきたいものです。世阿弥著『花伝書』に、無意識に現れる一時的な美しさのことを「時分の花」とあります。多くの人は、そんな花はすぐに色あせることに気づかずに、慢心してダメになってしまう。この「時分の花」こそ初心と名づくべきもので、一層の稽古に励まないといけない。そうやって、その道を徹底的に追及して極めた達人が「真の花」である。30代中頃までは徹底的にその道を追求して極め、世間に認められることが大切である。この時代に極めないと、40代以降は下がる一方だと世阿弥は言っています。若さゆえに咲いた自然の花のもつ華やかな美しさと、見物人の一時的なもの珍しさを求める心で受けているのも知らずに、その道を極めた名手のように思って傲慢に振る舞っていると、時代のあだ花としてすぐに散っていきます。なんの道でも同じです。20代に道を見つけ、30台に磨き、40代に立つことです。そして、慢心することなく、死ぬまで磨き続けることが大切です。
2009.01.07
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誰にも、「楽をしたい」「目先を楽しみたい」という煩悩があり、ともすれば目の前の小さな楽しみを追って楽な道を選びがちだが、それでは苦しみの後にある真の大きな喜びを得ることはできません。有森祐子さんはアトランタの選考会を兼ねた北海道マラソンで優勝したとき、「一番怖いのは、楽しいという意味を間違えること。楽しいというのは、苦しんで、苦しんで最後に出てくる言葉だと思います。下手をすると、楽をすること、苦しさから逃げることを楽しいと勘違いすることがある」と言いました。誰にも1日は24時間しかないから、遊びなどに興じればその一時は楽しくても、その分だけ勉強する時間がなくなります。その結果、将来もっと大きな幸せを得る機会を失って一生惨めな目に会うかも知れません。誰の詩か忘れたが、まさにこの通りで、何事をするにも苦ではなく生き甲斐とすべきです。 困難なことを 苦しみに落としてはならない苦しみは迷いを起こし 苦しみは二倍三倍に倍加する 苦しみの目標を知れ何のために苦しい思いをするのか その目標がわかったとき困難は生き甲斐となり 苦しみは励みとなる「辛」という字に1本横棒を加えると「幸」になります。目標を持って辛い修行をすることによって、長い目で見た幸せを引き寄せたいものです。
2009.01.06
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私たちには誰にも、お金が欲しい、恋人が欲しい、可愛い洋服が欲しいなどという煩悩があります。勉強やスポーツでも何でも「苦しいな」「辛いな」と思うとき、「つらいことは願い下げにしたい」という煩悩も心の中に起きます。そこで、何かと言い訳や逃げ道を見つけて、「やめた」と放り出してしまえば、目の前の苦しみや辛さからは一時的に解放されます。だが、あの時にもう少し「勉強しておけば希望の仕事に就けたのに」とか、「練習しておけば試合に勝てたのに」と必ず後で後悔することになりがちです。「大学は4年間の自由時間を買うため」などと親が聞いたら嘆くようなことを平気で答える学生もいるが、ある4回生は「私は今まで、勉強こそしなかったが充実した学生生活を送ってきたと自負し、親や高校の先生にも言ってきた。だが、いま卒業を控えて、私が自信を持ってやってきた音楽、バイト、友達付き合い、それらはすべて、大学生でなくてもよかったことばかりである。極端にいうなら、どうせ勉強する気がなかったら、退学してそれだけに打ち込んでいればいいという類のものでもある。私は、つまらない自己主張のために視野が狭くなり、頑なに突っ張っていただけである」と自嘲気味に語ります。そんな思いは、何も学生だけのことではなく誰にもあることです。言い訳をして逃げている限り、あなたの人生に道が拓けることはありません。
2009.01.05
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あなたは、今までに上記のようなことを思ったことはないでしょうか?東大本郷キャンパス保険センター精神科にも、「これから何をしたらいいか分からない」などと言ってくる学生が年間600人もいると言います。平成13年山梨大学工学部でも単位不足の学生の親権者に、「学力不足よりも人生のビジョンがないことが現れている。青春の真っただ中で、ブラブラしている学生を放っておけない。もう一度勉強する意味と自分の人生設計を確認して復学して欲しい」と学生の約5%に早期退学を勧告したほどです。食うには困らない社会になり、進学も就職もしない人が高卒で10.5%、大卒で21.7%もいます。社会に出るのが嫌で留年している大学生も多く、フリーターといわれる15歳から34歳の若者も200万人を超えます。以前は、やりたいことをやり通すための生活費稼ぎとしてフリーターをしている若者も多かったが、今ではやりたいことが見えない目的喪失症の若者が殆どです。最終の目的も不明確なままに、ただ「よい大学に入る」という目先の目標だけを与えられて受験戦争を勝ち抜いてきた結果がこれです。これでは、毎日をドキドキ、ワクワクしながら心ときめいて生きていくことは不可能です。
2009.01.04
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今日から1年間の予定で、「幸せ創り・自分創り」について書いていきたいと思います。コンサルタントとしてのキャリアを生かして、若い人たちと関わるようになって10年余が経ち、学生時代に関わった者も30代になろうとしています。その間に関わった学生たちの中には、税理士など専門職の道へと後押しした者や、何年も大学生活をした後サラリ-マンの道を選んだ者、一流企業に就職したものの1年も経たずに辞めてNPO活動を始めた者、何年もせずに転職した者など実にさまざまです。そうやって巣立っていった若者たちの要請で、また人間学の勉強会も始めたが、その縁で30代、40代の方々とも私塾的な勉強会をもっています。そんな彼らに共通するのは、ある意味では真面目で、お金よりも「自分らしさ」を追い求める姿勢です。それは、ある意味では自分なりの幸せを追い求めているように思えます。でも、もう一つ「なりたい自分」像を明確に描けず、従って力強い行動力に欠け、私には道に迷って彷徨っている子羊に見えてきます。そこで、学生たちに話している内容とパワーポイントを整理し直し、どなたにもお読みいただけるように書き換えました。ある意味では「自分探し」ともいえるが、私は自分なりの幸せ像を明確にして、自分の夢を実現していくための「自分創り」だと思っています。「自分創り」は、自分自身との出会いを通して自分を変える切っ掛けとし、毎日ワクワクしながらイキイキと生きていくための指針としてこそ意義があります。と言って、私自身が若いときから心掛けてきたかというと、私はある意味では行き当たりばったりの危なっかしい道を歩いてきました。この歳になって、「もっと若いときから、こんなことを考える機会があったらな」という自省から、若い人たちには私の二の舞を踏んで欲しくないという老婆心と言えないこともありません。人生は毎日が選択の連続で、「一寸先も分からない、当てのない旅」と言えなくもないが、その選択の時に指針となるものを明らかにしておけば、迷うことも少なくなると思います。あなたが、幸せになるための一つの切っ掛け的な手段になればこれ以上の喜びはありません。
2009.01.03
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