全11件 (11件中 1-11件目)
1
意外な掘り出し物。私の好きな「ソウルキッチン」「月の輝く夜に」「マグノリアの花たち」のようなゆったりした人間ドラマ。出てくる人達みんな優しい。夜見回って凍え死寸前のホームレスを病院へ連れていく人達。教会を借りて精神的に辛い人達を集めてワークショップを主宰している女性看護士。シングルで恋人がいない看護士に「ベッドの相手してあげてもいいよ」と気遣ってくれる元ホームレス。子連れのホームレス女性がロシア料理店に忍び込んでピアノの下で休んでいると、そっと食事を置いていく店のマネージャー。知り合いになった元ホームレス男性をロシア料理店で雇うことにしたマネージャー。しかし、この元ホームレス、心は優しいが壊滅的に仕事ができない。大丈夫か?そして優しさ第一位は、その女性がホテルのパーティーに忍び込んで通路脇のワゴンにあったパンをナプキンに包んでいるところを遠くから見ていたホテルマン、そっと近寄ってきてパンのことはふれずに「お送りしましょう。」と言ってエレベーターに促して乗り込むところ。マネージャーの友人でジョイマンのボケのほうに雰囲気が似ている弁護士とお付き合いするようになった看護士にこちらも嬉しくなった。演じている人達みんな知らない人ばかりだったので見た後、ネットで検索しました。
2021.10.22
コメント(0)
先日、父をショートステイへ送っていった時のこと。その時応対した施設の職員さんが私に親しげな笑顔を見せて「私のことわかります?」と。??の表情をするとマスクをあごにずらし「どこで一緒だったか思い出せないのだけど私あなたを知ってます。」と。 確かに知っている顔だ。私は自分の記憶をフル回転させ、あの時の!と思いつき「○○の会社で一緒でしたね」というと相手も思い出して二人で笑った。社員の多い会社で彼女とは課が別だったが同期だったので顔を知っている程度ではあったが、久しぶりの対面でもすぐに思い出せた。マイペースの父を伴い、慌ただしく施設の奥へ消えるのを見届け、車に戻ると当時の事が次々と甦ってきた。あの職員さん、細身でショートカットだったこと。確か習い事も一緒だったこと。おそらく何度か話したこともあった筈。飄々とした表情で面白いことを言っていた。次々思い出してきた。そして彼女の辿ってきた人生に思いを馳せる。彼女が声をかけてくれたことでこれだけ幸せな気分になれた。そんな彼女に感謝している。
2021.10.13
コメント(0)
二年に一度のがん検診。案内がきたので昨日行って来た。思わず前回の頃に思いを馳せる。ヘルパーの仕事に必死だった頃。 母がまだまだ元気だった頃。行きつけの産婦人科は先生が高齢になった為か、産科は閉鎖、婦人科外来のみ。一階が産科病棟なので玄関に入るとシーンとしていて侘しい。玄関口のドアの外の地面、前回来たときは気付かなかったが、恐らく地震でコンクリートが割れてそこに小石を敷き詰めてあった。これも侘しい。閉院もそう遠くないということで、とくに補修とかもしないのか。午後からの診察に午後いちで行ったのだが、受付の看護師さんが診察室の誰かに「お願いしますね!」と大きな声で二度、繰り返している。これ「診察お願いします」と先生に言ってるってこと?高齢だけどまさか認知症とかじゃないよね?仕事だとしゃっきりしてだいじょうぶなのか?いろいろ不安になり、隣で待っている若い女性に聞く訳にもいかず診察室へ。診察をうけることはいつだって不安と緊張感で一杯になる。これがもし重い病気だったりしたらと。先生が多分だいじょうぶだと。「うん、子宮も小さくなってるね。」というのが人生の終盤に向かっていると言われたようでショックではあった。
2021.10.10
コメント(0)
今日から4日間、また実家へ行って父の介護。大分その生活にも慣れてきた。しかし行く前日から気が重い。 できれば行きたくない。家にいて自分や家族のことだけしていたい。そして自宅へ帰る日は前日からワクワクする。何度も繰り返しているのに今もこの気持ちは変わらない。ショートステイへ行く朝、父の体温が高かったらという恐怖。当然 ショートステイは中止になる。いつも体温計測 は緊張する。実家で介護といっても見守りと食事、掃除、洗濯等の家事全般でそれほど重労働ではない。合間に好きな手芸や読書もできる。仕事をしていた頃の緊張感や人間関係の悩みはない。 それでは何が嫌なのか?父の入れ歯のカタカタ音が嫌→なるべく別の部屋にいるよう努めているがこれから寒くなると燃料費の無駄遣いになり、父も別室にいる私を気にする。食事メニュー→自宅と同じにはできない。なるべく気を遣わずにと思うがやはり気を遣う。寝室→父の寝室とトイレの中間にあり、夜何度も起きる父が私の布団の脇を杖をついて歩っていくのでそのたびに目が覚める。プライバシーがない。要するに父と四六時中一緒にいるのは苦痛であるということ。それと父と他の兄弟からは労りの言葉が皆無だということ。私が介護しているのは当然なのか?と思ってしまう。思えば姑を介護していた頃は、姑本人からも義姉からも感謝の言葉を何度も貰えた。それだけで気持的に楽になれた。姑が元気な頃は姑本人も義姉にも嫁の立場としていろいろ思うことはあったが介護するようになってからは思いも徐々に変わっていった。義姉も積極的に姑の介護の協力をしてくれた。今、私はほとんと一人で父を見ている状態。他の兄弟は仕事をしているという理由があるけど。こんなモヤモヤをかかえたまま、しかし、その不満を改良するようこれからも工夫をしていくつもりでいる。
2021.10.07
コメント(0)
怒りが沸いた。推測ではあるけど。ラジオで漁師出身の演歌歌手の話題で母親が半農半漁で朝早く海に出て海女の仕事をし、家へ帰ると畑に出て農業もしていたと。男性アナでサラッと紹介していたけど、母親だもの家事や子供達の世話も当然あったでしょう。おそらくその土地では当たり前だったのでしょうけど、これじゃ一家の母親は休む暇なんてあったのでしょうか?過労死してもおかしくない。父親だったら大変な漁師の仕事が終わり、家に帰れば身の回りはみんな家族がしてくれて、食事も上げ膳据え膳でゆっくりできたはず。でも母親はやるべき仕事がたくさんあることは容易に想像がつく。これは農家や商売をしていた家でも同じことが言えるけど。裕福な家だったら家事をまかせる人を雇えるけどほとんどの家はそんなことできなかったはず。そして女性がそうするのが当然という昔からの風潮。せめて男は海へ、女は家で家族を守るで、女も海や山(畑)へ出るのであれば家事育児は折半で現在の風潮になっていればどんなによかったか。あの演歌歌手のお母さんが気の毒に思えて仕方がなかった。
2021.10.06
コメント(0)
お風呂上がりの夫に頼まれて肩もみした。仕事のことを聞いているうち「でもいいところに就職出来たね。良かったね。」と私。夫は以前の勤め先が以前から経営難で今回のコロナでリストラ対象者に選ばれてしまい、再就職出来たところは自治体の契約職員だった。半年ごとの更新手続きがあるがほとんどデスクワークで体力を消耗する心配もなく、職場の雰囲気も良好とのこと。ハローワークのPC講習会に真面目に通い、資格も取ったとはいえ、よくぞ60代のわが夫を採用してくれたものだ。「運がよかったね。タイミングも」と私が言うと「きっと神様のご褒美だ。今まで真面目にやってきてから」と珍しく自分を褒めている。確かに今まで何でも真面目に取り組んできた。決していい加減なことはしてこなかったのは私が見ている。お勤めは始業30分前には到着し、見た目もこざっぱりして決して人に失礼なことは言わない。人当たりも良い。地域の役職もきっちりこなし子供達のPTAの役員もそつなくこなした。勿論子育てもよくしてくれた。あまり真面目過ぎて人任せにできずなんでも一人で抱えてしまうこと、面白みが無いのが欠点といえばそのくらいか。仕事では出世はできなかったが日々の生活が穏やかに過ごせたのは、すごいことだ。(愚直なくらい)真面目だったから今の職場に巡り会えたのは本当にご褒美だね。私も大いに同意した。
2021.10.05
コメント(0)
先日、友人に小さなことだが褒めて貰えた。自分では意識していなかったことだが、褒めて貰えると嬉しい。というのも最近褒めてもらえることがずっと無かったから。父の介護で無職というのもあるだろう。以前のヘルパーをしている時は、仕事上の注意はもちろん多々あったが褒めてもらえることもけっこうあった。注意は上司や同僚から、利用者さんからはこちらの配慮ミスでの苦情で直接ではなく上司からなのが恐かった。しかし命にかかわることなので真摯に受け取った。褒めてもらえるのは、上司からだといつも口うるさく厳しい人なのでとりわけ嬉しかった。利用者さんはみんな感謝の言葉を口にしてくださり「あなた優しいわね。」「あなたには頼みやすいの」「あなただけ家に来てもらうことはできない?」と言われた時、例えリップサービスだとしても嬉しかった。仕事のモチベーションがあがり、遣り甲斐を感じてていた。仕事をする上で同僚が褒められて本人が不在の時は、同僚に逐次伝えていた。褒められてうれしいし、仕事の頑張りにも繋がるから。そんな仕事をしていたころを思い出して懐かしくて思った。冒頭の友人には「褒められてうれしかった。時々思い出しては『ウフフ』ってなったんだよ。ありがとう。」と伝えた。
2021.10.05
コメント(0)
実家で昨夜、夕食の後片付けをしているとドンドンと花火の音が。南側の窓を開けると花火が見えた。こたつで横になっていた父に声かけると起きてきて籐椅子に据わって暫く眺めていた。そういえば以前もこんな同じことがあった。あの時は、もっと盛大で最後は東西に長いナイアガラが上がった。そして見ている人も多かった。あの時、傍らで見ていた中学生の娘に深刻な病気の疑いがあったときで、未来に不安で一杯の時だった。結局、疑いは晴れ娘は今も元気にしているが、あの頃の心情は今思い出してももう二度と経験したくないことだった。あの頃、当たり前に元気だった母はいない。父は今、どんな思いで花火を見ているのだろう。父と二人だけで夜空を見上げるのが切なくなって、早々と台所の片付けに戻った。
2021.10.03
コメント(0)
実家で昨夜、お風呂に入っていると脱衣所で人の気配が。湯船に入ったまま脇の三つ折ドアを開けると父がいた。入れ歯を洗浄剤入りの入れ物に入れている所だった。「コラッ!」と大声で言って入浴中は入ってこないよう言った筈だと叱った。「はいよー」と行って出て行ったが腹立たしい。これで二度目だ。前回は下着を着た後でセーフだった。いつも脱衣所では父が入ってこないか気にしながら、急いで脱ぎ着をする。「今度また同じことしたら、私家に帰るからね。あとはなんでも自分でしてね。」精一杯の嫌みを言った。ストレスを溜めないよう、言いたいことは言うようにしている。
2021.10.03
コメント(0)
実家で朝、残飯を外のコンポストへ捨てに行った。すぐそばの柿の木の下にシクラメンの鉢が数個置いてあるのに気付いた。冬に花を付けるシクラメンは夏は、日陰に置いておくといいと聞いて私が今年の春に置いたものだ。夏には無かった葉っぱがハートの形に何枚も繁っている。生前、母が種から育てたもので私が実家に来るたびにこんなに大きくなったと見せてくれたものだ。そろそろ家の中に入れる時期だ。夏の間に土の中で虫が卵を産んでないか心配だが、鉢を水洗いし、ゴミを取り除いて今日は一日陽に当てて室内へ入れるとしよう。母も天国でほっとしているかな。
2021.10.02
コメント(0)
金曜日は行きつけのスーパーのチラシが出る日。この日に買い物に行く。魚売場で外国製の香水の香り。ふと顔を向けると70才前後の女性。とくに着飾ってはいなかったがちゃんとした格好の人。デパートの化粧品売場の香り。懐かしくていつまでも嗅いでいたかった。そして東京に行きたくなった。ちょうど昨日、新宿の京王百貨店にユザワヤが開店のハガキが来ていた。このまま、順調にコロナが収束して東京に行くことができますように。長距離バスに早朝乗ってあのワクワク感。早く味わいたい。
2021.10.01
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1