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半年ぶりの呼吸器科の診察日。初回の診察でレントゲン写真を見ながら異常は無いと言われて、その後から付け足しのように医師から「もしかして肺が線維化しているようにも見える」と言われた。いかにもその可能性は低いような言い方だったのでこちらも深刻な事態ではないなと思っていた。半年ごとの検査を暫く続けましょうと言われ、今回が4回目となった。息苦しさや咳という肺の線維化による症状は皆無。診察の前にした呼吸器の検査も毎回問題無しだった。受付時に渡される検査技師や医師に提出する書類を何気なく見たら「PPFEの疑い」という手書きの文字が目についた。さっそくスマホで検索すると間質性肺炎の一種で肺の上部が線維化する病気とある。間質性肺炎を調べると線維化するのは肺の下部と説明があったのにこれは上部なのだ。PPFEは最近増えてきた間質性肺炎の一種だと。医師の診察はレントゲンも以前と変わりなく呼吸器の検査も異常なし。日頃の様子を聞かれて何も症状は出ていないと答えた。レントゲンは上部に確かに微かな白いものが写っている。正直今回で通院は終わりになるかと思ったが、半年後にまた来てくださいと。自宅に帰って、スマホでPPFEを検索。特にそれに罹患した人のブログは参考になる。数人の人達は毎回のレントゲン検査で白い影の大きさは変わっていないという。私と違うのは症状が出ているということ。これからどうなるのかな。まだ決定したわけではないのでまだ他人事のような感覚。次回の検査の時に医師に質問してみよう。症状がなくてもレントゲンの画像の白い影が変わらずあるということはやはりPPFEの可能性が高いということなのかと。
2025.10.31
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ビョルン・アンドレセンが亡くなった。私が中学生の頃、セブンティーンの雑誌にグラビアがよく載っていたのを思い出す。あの当時は海外の金髪碧眼の美少年がアイドルでブームだったと記憶している。小さな恋のメロディのマーク・レスターがその中でもトップだったはず。その彼よりもちょっとお兄さんで愁いのあるビョルン・アンドレセンも日本で人気で、確かチョコレートのCMで見た時、ドキドキした思い出が。映画「ベニスに死す」で有名になっての日本での人気だが、当時中学生の私にはその映画を見る機会も無く、機会があったとしても難しそうで見なかったかと思う。彼はこの映画で主人公の作家の片思いの美青年役。ずっと後になってTVで放映されたのを観たが、やはり退屈で彼が登場するシーンだけ見ていた。殆どセリフは無くただ美しい姿を披露していただけの印象。当時何度か映画館で見た「小さな恋のメロディ」の2本立てで彼が端役で出ていた「純愛日記」も彼の登場シーンに全く気が付かなかった。ネットが普及した時、懐かしくて彼の現在の姿を検索した。彼が当時の美少年のイメージをぶちこわすおじさんになっていたらどうしよう。恐る恐る見た40代の彼は細身でちょっと神経質そうな不良中年そのもので音楽関係の仕事で離婚をして娘が一人いるという情報だった。良かった。当時のイメージのまま素敵なオジサマになっていた。数年前に海外制作の彼の近況のドキュメンタリーを見た。映画「ミッドサマー」撮影の後の彼。インタビューでは「ベニスに死す」に出演した後はずっと辛い人生だったと。監督からはただの映画の素材でしかない扱われ方、映画のイメージで近付いてくる人達にも辛い対応をされたと。当時来日した時のことも語っていたが、スケジュールがきつくて嫌な思い出しかないと。 そのドキュメンタリー撮影当時、一緒に住んでいた女友達も出演していたが、意外にも地味なタイプで彼との生活にウンザリしていると語っていた。その番組を見終わって苦い思いしかなかった。 美青年と持て囃された当時も現在も彼にとっては幸せではないとわかったから。そして今回の亡くなったというニュース。どうぞ天国で安らかに。
2025.10.29
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先週の金曜日庭の除草中、目が枝に当たって眼科へ行って1週間が経った。翌日には視界のぼやけや違和感も消えていたが、1週間後に再診ということで今日眼科に行った。 受け付けで隣の年配の男性が事務員さんに「ご家族と一緒にと言ったはずですがお一人ですか?」と聞かれていた。 機械での目の検査で隣で検査していた私より年上の女性が「白内障の手術したら視力が良くなってよく見えるようになった」と話していた。私も白内障が悪化して手術したら良くなるのかな。そうだといいな。自分の視力検査。車の運転ができるギリギリの視力(メガネをかけて)なので真剣に顔を傾けたりして読み取ろうとして、よくわからないのは当てずっぽうで言ってみたり。眼科に行く日は遠くの山を見て何とか視力が良くなるよう努力している。今回は前回よりも視力は良かった。 平日の日中の眼科医院は年配の人が多い。二人連れの人もいる。高齢のおばあちゃんを連れている人もお年寄りの外見の人だ。名前を呼ばれて中の待合室で先生から名前を呼ばれるのに待っていた時、隣にいた初老の男性、いきなりスマホから大音量のエレキギターのロックのメロデイの呼び出し音が。そのギャップに驚いたが、私と恐らく同年代だから青春時代にはロックミュージックは当たり前に流れていたのだから不思議ではない。先生に名前を呼ばれ、「キズは綺麗に治っているので今使っている目薬は無くなるまで使って終わりです」と言われた。帰りの会計で一万円と端数の小銭を出したら、小銭のお釣りだけで千円札のお釣りがもらえなかったので、それを伝えたら恐縮して千円札のお釣りを渡してくれた。年配の事務員さんだった。
2025.10.24
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すでに亡くなっている人が登場した。隣町にできたショッピングセンターに母と一緒に行った。なぜかその時、高校迄一緒だった同級生のI君も一緒に高校生の姿のまま買い物をしている。目当ての出来立てパンがなかなか買えない。 そのうち店は閉店してしまい、気が付くと一緒にいたはずのI君も母も姿が見えなくなってオロオロしている私。I君は10年くらい前のクラス会で病気で亡くなったと聞かされた。母も亡くなって5年になる。最近見る夢は昔の同僚や両親とかもう会えない人が出てくる。以前はそうではなかったのでやはり年を取ったということなのかな。
2025.10.24
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「あんぱん」で言っていたやなせたかしの言葉。あー確かになと思う。家族を喜ばせたくてあれこれ頑張ったこと。実際喜ばせたのは数え切れるほどの数で、実際はがっかりさせる方が多かった私の人生。でも努力はしたのでそれを心がけていた自分を褒めてあげなければ。一番になったよ。合格したよ。何でもなかったよ。良くなったよ。
2025.10.24
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日曜日に両親の都合で預かっていた4歳の孫娘。おやつを食べ終わり、録画していたアニメを見ながらソファに横になりいつの間にか眠っていた。ブランケットを掛けてソファから落ちても大丈夫なようにソファとテーブルの間に大きなクッションとオットマンを置いた。幼稚園に行くようになってお昼寝しなくなったのに、今回寝たのは午前中外遊びで疲れたのと我家でリラックスしているというのもある。子供の寝顔を見るのは何て幸せなことか。孫娘の父親、我が息子が2〜3 歳の頃、車で出かけて助手席で頭をシートに預けて私と目が合うとニコッと笑った。その後眠そうに目を開け締めしているうちに眠ってしまった。100%私を信頼しているということ。その様子がなんだか嬉しくて愛しくてこれからもこの子の為に人生頑張らなければと思った。信頼される自分をそれまで実感できなかったけど、子育て経験でできた。孫娘もそのうち我が家に来る回数も減っていき、成長した我が子のようにだんだん疎遠になるのだろうな。それが成長しているしるし。良い思い出が沢山できた。老人の自分は想像できないけど。
2025.10.22
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いつも行っている近くのスーパー。時々レシートの裏面に氏名と住所、電話番号を記入して応募箱の中に入れると抽選でプレゼントが貰えるキャンペーンをしている。今回もそのキャンペーンがとレシートをもらった。しかし、ここにもITの波が押し寄せてきていた。今までのような必要事項を備え付けのボールペンで記入して、応募箱へポンではない。なんとその貰ったレシートに記載されているQRコードで指定のサイトに行き、レシートの写真を貼り付けてねというもの。指定の通り写真を撮り、実際貼り付けようとすると「写真の容量が大きいので小さくしてから」とエラーが出た。写真を小さくがわからない。このスマホに元々入っているソフトなのか、一応探してみたがわからない。ダウンロードするのか?そんな面倒なことしたくないし、色々入っていて邪魔くさいのでこれ以上は入れたくない。というわけでもしかしてプレゼント当たるかもという小さな期待は諦めた。そんな苦労してまでやることではない。しかし、私と同年代、もしくは上の世代のスーパーで会う人達を想像して一体どれだけの人がこの操作をできるだろう。おそらく応募数は以前より激減するだろう。ということは応募すれば当たる確率は高くなるとも考えられるが。仕事でPCを使ってはいたが、リタイヤした今、やはり何でもITというのは気が重い。これからもっと生活にITが入ってくるのは確実だ。取り残されて途方にくれる老人の自分になるのだろうか。
2025.10.20
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息子が小学1年生の我が子とペアで出場すると聞き、見に行った。お嫁さんと孫娘と一緒に。通行止めにした道路に先の種目の出場者達が並んで次々と走っていく。親子ペアは1.4kmで一番短く最後に出発した。ゴールは別のところなのでお嫁さんや孫娘とおしゃべりしながら移動したらもう到着していた。家族みんなで写真を撮り、屋台をのぞきながら孫娘の希望でフライドポテトを買い、ポテトを食べ始めた孫娘と植え込みの脇の段差に腰掛けて周りのみんなを眺めていた。若いお母さんが我が子と走るなんて素敵。私はマラソンは辛いだけのイメージでとてもやる気は起きない。スポーツをしていた息子は走ることは身近だったので我が子と走れたのはいい思い出になるはず。孫息子の幼稚園の時の仲良しの子も参加していておしゃべりしていた。私が幼稚園に迎えにいくといつも迎えに来ていた彼のお母さんが連れていた抱っこ紐の中の赤ちゃんは歩けるようになっていた。屋台でも行列のあるところと無い所の差。揚げていたポテトは私も買ったことのあるベルギー産の大袋。孫娘と手をつないで会場内の喧騒の中、歩けたのはしあわせなことだった。
2025.10.19
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帰りの車の中で夫に今日はコンビニの夕食にしようと伝えた。こんなことは二人暮らしだからできること。その気楽さがしみじみ嬉しい。お風呂にはいる前に2回目の点眼。2種類あるので間を5分程空けると言われ、テーブルに残りの目薬を置いて忘れないようにした。就寝頃は目薬の効果で怪我直後のような不快さもだいぶ薄らぎ、熟睡できた。翌日起床直後に1回目の点眼。もう痛みも違和感も視界のぼんやりも無かった。回復力の強さに感動した。これからは気をつけることにしよう。1週間後に診察があるのでカレンダーにメモをした。
2025.10.18
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ツツジの植え込みの下の草むしりをしていて立ち上がった時、枝に目が当たった。 当たった右目から涙が流れ、視界がぼやけ、ゴロゴロする。作業を中止して居間のソファで横になった。目を閉じるとゴロゴロと異物感があって目を閉じられない。暫く様子見したが変わらないので眼科へ。注意深く視界を確認しながらの運転。眼科で状況を話すと眼圧検査になると思うので検査後は車運転不可になるので一旦帰ってタクシーかどなたかに送ってもらってきた下さいと。幸い息子が子供の行事でお休みしていたので送ってもらった。眼科で眼圧検査の前に視力検査と目の写真を撮ることに。担当の看護師が目に少し傷がありますねと言われた。その後診察になり、自分の目の写真が大写しになっているが怖くて見られない。機械での目の検査をし、怪我をした状況を話し、その後医師の写真の説明。眼底出血はしていないと言われ、ホッとした。2種類の目薬をもらい、1日4回点眼すること。仕事帰りの夫に迎えに来てもらうのでトイレで1回目の点眼をした。待合室のテレビで村山元首相が亡くなったと。長い眉毛で穏やかな表情の優しいお爺さんという印象の人。その後はゴルフで久しぶりに石川遼君を見る。すっかり大人になってキャップの襟足から栗色の髪の毛が覗いていてずっと厳しい表情でいた。高校生の頃のいつもニコニコのイメージだったので月日の経つのは早いものと実感。待合室で最後の一人になってしまい、職員達が片付け作業が始まったので薄暗くなった外へ。仕事帰りの夫に迎えに来てもらうよう電話していた。車のライトが光る度、夫の車かと期待するがなかなか来ない。ずっと遠い昔、これと同じ経験をしたなとこの心細い気持ちを思い出して切なくなった。職員が玄関の前で立っている私を見て「お帰り大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。その後夫の車が見え、ほっとした。
2025.10.18
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コロナ以降で外出はマスク必須になり、口紅を使わなくなった。数本あった口紅は一度全部棄てた。現在はちふれのとニベアの色付きのリップクリーム兼用のもの。以前出かける時、マスクをせず口紅を付けて鏡をみたら不自然で恥ずかしかった。いつも見る自分の顔ではなかったから。いかにも珍しく久々の外出という見た目。亡くなった母の外出時の顔と同じだ。色付きリップクリームの方が自然で気恥ずかしくなくて利用回数が多い。本当はデパコスの口紅を揃えたいけど、つける頻度が少ないのが残念。いつか当たり前にリップをつけられるようコロナの影響のない未来になりますように。
2025.10.16
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タンスの引き出しを片付けていて数本の水銀体温計が出てきた。我が子が小さい頃使っていたもの。電子体温計があるのでもう使うことはない。纏めてゴミ収集時に出すことにした。ところが一本を床に落としてしまい割れてしまった。砕け散ったガラスの管の中から銀色の水銀が流れ出た。以前にも割ったことがある。中身の水銀が里芋の葉っぱにたまる朝露のように丸くコロコロと揺れている。水銀といえば有害物。正しい処分法をネットで検索した。換気を良くする。ビニール手袋をし、固い紙等ですくい取り二重のビニール袋に入れ密閉し、指定の収集日に出す。掃除機はNG。砕け散ったガラスはガムテープで取る。以上の要領で処分した。その後念の為に湿らせたボロ布で床を拭いていると砂粒程のキラキラ光る水銀を数粒発見。ガムテープで何とか取り全ての作業を終了。ハイハイする赤ちゃんが我が家に居なくてよかった。以前、同じように体温計を割った時、どう処分したんだっけ。ネットを調べる事は出来なかったし、使い捨てビニール手袋も常備していなかった。とにかく水銀のプルプル逃げ回るのを取るのに難儀したのは覚えている。 ちなみに水銀は時間がたてば蒸発して無くなるそう。掃除機NGは吸い取った水銀が排気口からまた拡散する恐れがあるからだそう。水銀と手袋、ボロ布の入った二重の袋の表面に赤のサインペンで書いた「水銀体温計」のメモを張り付けた。
2025.10.14
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肌寒くなって朝は暖房が欲しいと思う季節になった。しかしまだ暖房用品は使っていない。この値上がりラッシュで節約を気にするようになったから。洗い物も出来る限り、お湯は使わない事にしている。以前は夏でも洗い物に無意識にお湯を出していた。これほどの値上がりと商品の少量化でスーパーで予想よりも高い合計金額に溜息をつく。ナナコカードも買い物に行く度に一万円チャージしている。これから景気は上向くのだろうか。ニュースで今まで上向きになったとその度に何度も聞いたが、目に見える上向きを実感できない。 チョコレートやコーヒー、漁獲量も減っていると聞く。私達の年代はあとせいぜい30年ほど生きれば良いけど我が子や孫の未来を考えると心配になる。どうか明るい未来になりますようにと真剣に願ってる。
2025.10.12
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我が家の稲刈りが終わった。稲作りはほぼ夫のみの作業。 私は田植えと稲刈りの時に手伝う程度。機械を動かす夫、私は機械が届かない又は倒れて刈り取りが難しい所を手刈りで。我が家と親戚と知り合いの合計5家族の1年分で刈り取りは3日かかった。 姑が現役でいた頃はもう少し広い面積で親戚とお互いの田んぼを手伝いながらの作業だった。昼食は手伝いの人の為に私が用意して忙しい思い出だった。 今は時代が代わり、周りの同年代の人達は他に仕事がある為、専門の人に田植え、刈り取りを任せるのが殆ど。 我が家もそうすればいいのにと思うけど夫が仕事をしながらすることを苦にしていないので任せている。いずれ体力的にできなくなるのだから、できるうちやれば良い。私も田んぼの手伝いは嫌いじゃない。だんだん刈る稲が少なくなっていく爽快感。乾燥した稲の香ばしい香り。赤とんぼが止まっている。田んぼの脇の雑草も可愛い花を咲かせている。稲刈り機械のモーター音を聞きながら空の雲を見上げるのも好き。田んぼの周りの住宅は無人の家や入居者が減って「入居者募集」の看板がある。お昼は菓子パンとコンビニのおにぎり。保冷バッグに氷とペットの飲み物、タオルを濡らしたお絞りも入れて遠足のようでウキウキする。稲刈りが終われば家の中で過ごす時間が多くなる私の好きな季節。年々日々が過ぎるのが早くなっている。来年も稲を作れますように。
2025.10.07
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隣に住む息子が職場に売りに来たシクラメンの鉢植えを買って私に持ってきてくれた。母の残した数鉢のシクラメンを実家から持ってきて毎年、育てていたので、私がシクラメン好きと思ったのだろう。当たらずとも遠からずだが、これからの季節次々花をつけるシクラメンを見るのは癒やされる。 小さな蕾を見つけるとワクワクし、花が中央に来るように茎を折らないよう、注意深く葉を外側に行くように茎同士を組む。今回の息子からのプレゼントは何よりも嬉しい。旅行に行ってお土産をもらうのよりも嬉しい。私が好きなものだと想像し、その必要も無いのに、期待している訳でもなく、買わなくても日常は変わらないのにわざわざ買ってくれるのだから。きっと我が子を時々面倒を見てくれるのでそのお礼だと思う。大事に育てよう。
2025.10.02
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