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孫息子がきな粉のついた棒状の駄菓子が美味しくて、また食べたいと言った。孫の為に買い置きしたお菓子で駄菓子コーナーにあった小さな袋のもの。試しに買ってみたのだが好評だったのでまたスーパーの駄菓子コーナーで購入した。コンビニやスーパーに行くと必ず覗く駄菓子コーナー。孫の為にあれこれ買い置きしている。チュッパチャプス(包装が取れにくいのが難点)アンパンマンの棒付きキャンディ、宝石の指輪のキャンディ、グミ、うまい棒等など。昔、姑や実家の母がヤクルトを孫の為に買っておいてくれたように。孫娘が私がこたつにいると背中に寄りかかってくる。おんぶしていた頃の記憶があるのかな二人とも今は「ばあちゃん、ばあちゃん」と声かけてくれるけど成長するに従って離れていくのだろうな。それが自然なことなのだから、今を大事に孫と接していこう。
2025.11.29
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力士が土俵から控室にゾロゾロと戻る時、青い目の力士がいる、それくらいの認識だった。スポーツ含め相撲は殆ど興味は無い。同じ県内出身の力士の勝ち負けの結果を確認するくらいだ。今日、夫と夕方ラーメン屋さんでラーメンを食べている時だった。食べ終わってさあ帰ろうという時になって優勝決定戦になった。さっき取り組みで勝ったばかりなのにその後、すぐ優勝決定戦は体力的に不利なんじゃないか?その青い目の力士に同情した。決戦相手はいかにも強そうな面構えのモンゴル出身の力士。夫はテレビが背中側だったので、さあ帰ろうと立とうとした時で私が「結果がわかるまで待って」と止めた。大歓声の中、優勝したのは安青錦。あの青い目の力士。気づくとカウンターで食べていた客達もみんなテレビに顔を向けていた。本当はその後もずっと見ていたかったけど夫が再度立ち上がったので名残惜しいけどお店を後にした。 優勝のインタビューも付き人が泣いていたというのも見られなかった。何だか感動した。理由は何だろう?戦禍のウクライナ出身だから?まだ若いから?あの勝った時の表情も良かった。後からネットで見ると日本に来たきっかけも戦禍でドイツに移住する時に相撲の試合で知り合った同じ相撲の日本人選手を頼ってきたこと。安青錦の後ろの名前はそのお世話になった友人の名前から貰ったこと。付き人が泣いていたのも信頼関係があったからなのだろう。年末になって良いニュースが見られ、心も温かくなって嬉しかった。
2025.11.23
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読み終えた新聞を畳んで端を揃え、テーブルに数回トントンと落とす音が好き。端が綺麗に揃って見た目もすっきり。 気が付くとこの音が好きになっていた。癒やされる音。夫が良くする動作。几帳面だった父や母もやっていた筈。好きな音と気付いたのは最近。その音を聞くとほっと落ち着く。
2025.11.20
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ブラウスの袖から身頃脇までを3重縫いで縫った。ミシン縫い目の種類の一つ。一般的な直線縫いはずっと前に進むだけだが3重縫いは1目縫ったら1目戻り、又前に縫う。一つの縫い目を前後して合計3回縫うので3重縫い。用途は丈夫でほつれる心配が無いので脇の下や股上とかの動く箇所の縫い方に適している。今回、布のズレに気づき縫い目をほどいて縫い直そうと思った。ニッパーで縫い糸を切る作業だが、直線縫いだと数カ所切り目を入れると割合簡単に縫い目がほどけるのに3重縫いは一目一目切り目を入れないとびくともしない。この丈夫さが3重縫いの最大のメリットなのだが今回は裏目に出た。これからはブラウス等の薄手の生地は直線縫いで脇下等の解れやすい箇所だけ重ねて縫うことにしよう。ズボンの股上部分は3重縫いだが縫う前に確認して注意深く縫うようにしよう。
2025.11.14
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夫の大腸検査の予約と体調確認の為、付き添いで行った。以前の大腸がんの手術は術後の検査で医師から患部はきれいに取れているという説明があり、今回は1年後の定期検査だった。医師から説明を聞き、検査日時を予約し、その後血液検査と施術前の腸を綺麗にする下剤を看護師から説明を受けて受け取った。2度目なので要領もわかりスムーズに病院を後にした。家を出たのが朝8時半で病院を出たのは11時。これが通常のお薬を薬局で受け取るようになるとプラス30分以上はかかる。正に半日かかりの通院だ。院内は沢山の通院の患者が行き来し、見た目は若くても健康そうでも意外に深刻な病気を抱えている人もいるはず。そして私もいずれその患者の中の一人になるのだろうなと思う。ぽっくり死ねるなんて宝くじに当たるくらいの稀なことだと思う。近所の人で朝起きて来ないから起こしに行ったら息絶えていたという人。お祝いのレストランで乾杯のお酒を飲みながら座っていたテーブルの隣の人にもたれかかるようして亡くなった親戚のおばさん。そんな人達と同じ最期になりたいと心からおもうが。私の母でさえ前日まで家事も畑仕事もしていたのに(多少体調は悪かったようだが)翌日の朝、呼吸困難で救急車で運ばれ、その後は酸素マスクをしたまま意思疎通ができないで10日後に亡くなった。母は入院中手足を拘束され、苦しかったと思うがそれでも入院する当日まで誰の手も借りず家族の為の家事をこなしていたのだから、せめて私もそうなりたい願っている。自分の最期なんて誰もわからない。なので自分の体のメンテナンスは自己責任でしている。
2025.11.12
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2か月おきの皮膚科通い。 かつて父の通院で通った公立病院。暖かい日差しが当たる玄関前のベンチで座っている高齢者を見ると父を思い出す。今回は痒みもほとんど取れた事を医師に伝える。医師がPC前回撮った私の腹部の写真を拡大する。我ながらその無様な腹部は見ていて恥ずかしい。痒みで掻きむしった肌は赤い斑点があちこち見える。その腹部全体に既視感がある。そうだ手作りパンの第一発酵で過発酵の状態だ。 発酵を終えるタイミングを見るのに小麦粉を付けた指でボウルの中の膨らんだパン生地に指を差し込む。最適はその差し込んだ指の跡がすぐ消える状態。私の腹部は指をさしこんでも穴が戻らずそのまま。それが発酵が進みすぎた状態。膨らんだ生地=私のお腹消えない指の跡=私のおへそそっくりじゃないの!と心の中で思いながらその写真を見ていた。しかし、以前に比べれば少食になったのにこのまんまるお腹はなぜ?もしかして腹部に腫瘍が?いやいや数ヶ月前の子宮がん検診で異常なしだった。そしてさわれば厚みがあってあきらかに脂肪とわかる。やはり痩せられないのは年のせいか。そんなことを思いながら診察を終えた。痒みは無くなってもお薬はつづけて様子を見ることになった。以前よりも薬の量は減り、副作用のあるホルモン剤のお薬は無くなった。痒い時に塗る塗り薬も念の為、通常の量を希望した。また2カ月後に。掻痒症は完全に治ることは無いと言われたのでお薬を飲みながら付き合っていくしかないのかな。命の危険が無いだけ有り難い。いつものように帰りに病院脇のJAの販売所で買い物をして帰った。
2025.11.04
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