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※当初この記事に記載されていた「サッカーマンガ『オレンジ』から-周りの空気」については、エントリを分離して、NO251として新たに掲載しなおしました。カテゴリー分けの都合と、記事自体が不完全な事が理由です。ご了承ください。 今晩は。伊東です。皆様、いかがお過ごしでしょうか。 ここしばらく、書く記事が「雑記ボックス」形式になってしまい、どれか一つ大きな記事をご覧になりたいと思っている方には申し訳ない思いでいますが、そういうのを書くのは、普段の記事を書く以上にエネルギーを使います。そして、農作業が、一つの重大な局面(素直に種まきって書けよ)になっていますので、ここしばらくは、この形式で記事を書いていこうと思っています。1・今日の農作業 その農作業ですが、種まきというのも丁度いい時期がありまして、それをずれてまくと、完成時期が「一番売れる時期」に合わない状態になってしまうんです。なので、今日はKさんとアドバイサーのTさんの3人で1)畝の石だの草だのの除去・整地作業2)種まき…ただまけばいいという物ではなく、ミゾをつけて、そこに種をまき、土をかぶせ、少し押さえる。更にその上にマルチ(黒いビニール)を敷けばベストだが、そんな物はないので、燃えガラをまいて、その上から水をまく。1メートル×30メートルを以上の作業をして終わらすには、大体90~120分かかります。3)この後の管理…水撒きは10時頃。畝が乾いたらアウトなので、午前の水撒きしっかりと。 という事で作業をしていましたが、終盤にかかってきたときに、私の腰が…過去2回腰を悪くして入院してしまったこともあり、この後続けられなくなっても困るので、ラスト40分位横になっていました。お二方にはご迷惑おかけしました。 明日は、午前に赤旗配達、午後から畑に出る予定です。2・サッカー日本代表 ついに背番号70番台に!/都市対抗は二回戦に入りました 今度のアジア選手権の日本代表が発表されました。新顔の選手では、トリニータのGK西川選手、MFの梅崎選手、ガンバの二川選手、FC東京の伊野波選手が選出されました。 それにしても…背番号はついに72までいきましたか。こないだの67番(横浜Fマリノスの坂田選手だったかな)でもビックリしたというのに、とうとう70番ですか…大会途中で監督が変わり、選手構想も一からやり直し、さらに大会途中の背番号は変えられないという事もあったとはいえ、すごい背番号になってしまったものです。 今度の試合はサウジアラビアとイエメンですか。サウジは、アジアの中では紛れもない強豪ですし、イエメンは、試合をやる場所が厄介な所。予選突破のためにここで頑張って欲しい所です。 都市対抗野球は、昨日の試合で一回戦が終わり、今日からは二回戦に入っています。第一試合の浜松市・ヤマハ-大阪市・日本生命の試合は延長10回の攻防を制したヤマハが競り勝ちました。第二試合では東京都対決・JR東日本-NTT東日本の対決。JRが、先手は許したものの後半に逆転し、ベスト8に進みました。 明日はJR東日本東北が第三試合に登場します。ガンバレ、東北の野球人!3・未臨界核実験-アメリカ「やる」…しんぷん赤旗から 何のためにやるのか、理由を知らないし、知ろうとも思わないが、アメリカが行う「軍事行動」は、その賛否はともかく、影響力は大きいものがあります。 何かに対する「ブラフ」ですか?それとも、いつか使うために技術を鈍らせたくない、と。ま、どっちにせよ、納得行く理由ではありません。 解せないのは、この行為に対する抗議行動に対して、警備がいつもよりも厳しかったとか。不測の事態は避けなければならないのは警備の役目だが、それ以上のものを感じます。 核兵器を「手段の一つ」としてしか見ない勢力に対して「使ってしまったら、どんなことになってしまうのか」というのを世に示して、これ以上の「被爆者」を許さない事と「『反対意見』封じは許さない」事をこれまで以上に示さなあかんな、と思わされた記事でした。 今日の赤旗には、来年の参院選挙・比例代表区予定候補者の谷川智之さんが登場しています。35歳の青年医師が、予定候補者に決まってからどういう経験をしてきた書かれていますので、皆さんにもぜひ見ていただきたいと思います。 共産党の若き候補者谷川さんも、19歳サッカー代表の梅崎選手も頑張るね、と思った方はクリックお願いします。
2006年08月31日
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今晩は。伊東です。今晩もいかがお過ごしでしょうか。 今日は、農機具も借りて、いよいよ畝立てして、肥料まいて、さあ、種まくぞ、と思ったら ザー …以降の作業は雨天中止とされてしまいました。天気にばかりは勝てません。農作業一回戦、種まきは明日に延期になりました。 今日は、雑記ボックスという形で記事を書いていこうと思います。「何だよそれは」とお思いの方は、フリーページの取扱説明書を見て下さい。1・都市対抗野球…ついにTDKも勝つ!野田完封! 東北の社会人野球といえば、その人ありとも言われる存在のTDKの野田投手。これまでには、他チームへの補強出場も多く、自分のチームでは勝てない、色々悔しい思いはあったでしょう。 今日のにかほ市・TDK対東広島市・伯和ビクトリーズの試合、TDKのクリンアップのすごさを見ろ、と言う感じの重量打線を組んできました。三番に七十七銀行の高橋選手、四番はやはり佐々木弥選手。そして、五番には岩手代表・赤べこ軍団の高倉選手が入ったのでした。でも、先制の安打をたたいたのは内野手の阿部選手でした。何となく予選の時から「嫌な選手だ」と思っていた(人間が、ではなく対戦したくないという意味です。)選手の先制打。その後も高橋選手の適時打でしょうか。それが出て2-0。後は、野田投手の頑張りが、チームの勝利に導いたのでした。 おめでとう、TDK。そして、9月2日には、試合を録画させていただきます。 東北勢の次の試合はJR東北が1日第三試合にさいたま市・日本通運と、TDKは名古屋市・JR東海と対戦します。ガンバレ東北の社会人選手!2・日本選手権青森予選…そりゃないよ。県連盟。 東京ドームがにぎわっている一方で、各地方では日本選手権の予選も始まっています。すでに箕島球友会の出場は決まっていますが、大阪ドームを目指したたたかいは全国各地で行われています。その一つ、青森県では8月26、27日に、リーグ戦形式で予選が行われました。結果から言えば以下の通りです。※三菱製紙八戸クラブ…以下八戸、金木ブリザード…以下金木、オール青森…以下青森、全弘前倶楽部…以下弘前。八戸13-11弘前 八戸28-13青森 八戸(八戸の不戦勝)金木弘前11-7青森 金木5-1弘前 青森6-5金木順位 1)八戸 3勝-東北大会進出 2)金木1勝2敗 3)青森1勝2敗 4)弘前1勝2敗 さて、金木と八戸が試合できなかったという記事を見て「ははん、また選手登録のミスやりやがったな」と思ったら、これがとんでもない事が起きていたのである。 以下は、毎日新聞青森版を元にまとめた話だが、金木が八戸を6回で9-4とリードしていた時に、金木は指名打者をセンターに入れたのですが、その事を記録員が「指名打者は投手にしか入れない」と主張し、ルール違反、という事で八戸の反則勝ちにした。 だけども、どこどうひっくり返したって、そんな規定はない。指名打者に入れていた選手が不着で、しかもそのチームの投手が一球も投げていなかったために試合放棄になった事例は聞いたときはあるが。で、結局間違いが分かり、28日に再試合となったが、両チームとも選手を集めるのにゆるくなく、特に金木は2日目の試合最後まで選手に調整して回ったが、来ることができるのが7人。野球は7人ではできない、という事で八戸の不戦勝となったのでした。 最初は八戸-青森の試合の28-13って何だよそれはってのを書こうと思ったのですが…ルールの適用、特に試合の決定を左右することに対しては、どの立場にある人も気をつけていきたいですね。3・自制心…どう回復させたらいい。 2000年、ある女性を殺害したとして容疑をかけられた人が、裁判のときに「お前が駅まで迎えに行かなかったから…」などと暴言を吐いた。結果、この母親も自殺してしまった。事件に対することとは別に、この男の発言にあきれ返ってしまった。こんなのを弁護している弁護士は、さぞかし大変だと思う。 最近は、ひょんな事で、すぐ他人への危害を加える事件が増えてきた。話を聞くと「おいおいそれでかよ」と思う部分もある。稚内では母親を友人と共に手をかける。山口では学生が殺され、犯人は捕まっていないと聞く。 人を殺める事が悪い事だ。それは分かっているのだろう。中には色々理屈つけたくなる人もいるのは承知としても。それでも、簡単に「殺してやる」という心境に陥ってしまう。何故だろう。 人生の反抗期は2回あるといわれる。3、4歳の時と、12から15歳までの時と。何故反抗が起こるかといえば、自己を確立するためだ、という理由だそうだが、私は、それに加えて、反抗期に起きる行動で「自分の他に他人もいるんだよ」というのを示している事象かな、と思って、先の反抗期の話を聞いていた。 自己は自己で確立すべきだけど、どうしても他人と付き合っていると「ぶつかり合い」は起きてしまうものだ。そのときにどうしたらいいのって事を学ぶのも、その反抗期のときに学べばいいのかな?自制心をどうやって作っていくか…タイトルが『取り戻すか』なのに変な話だけど、今いろいろな立場の人に問われているのかな、なんて思っています。 ま、反抗期を過ぎても、周りの人とのかかわりで、是正することは出来る。キーボードの前だけで王子様気取っている人よ。いい加減気づこうな。世の中には『他人』もいるって事にな。 これらの事件でなくなられた方のご冥福をお祈りします。4・二大政党…簡単に考えるなよ! 御手洗経団連会長が「健全な二大政党」を言い出した。なるほど、どっちに転んでも、自分たちの「圧力」が効く勢力がいればいい、という事ですか。 別に、以下に記載する職業をバカにするわけではない(むしろ、絶対の自信があるメニューがあるというのは凄いことです)が、あなた方の言い分はこうか。 「私はカレー屋とラーメン屋が好きです。近くにギョーザ専門店がありますが、俺はあれ嫌いだからなくして欲しい…常連客がいる?そんなの知った事か!」 …自分も気をつけるようにはしていますが、自分たちにとって「嫌だ」と思う勢力でも、自分の行動を省みる場合にはもってこいの存在だ、というのもあるんですよ。それだけは覚えておきなさい、御手洗さん。「ギョーザ専門店」の一人として、あなた方の行動が、庶民を苦しめるのであれば、遠慮なく相対しますからね。※ちなみに、それぞれの料理と、モデルとなった政党に特別の意味はありません。5・あの火事から6年。 あの日。まだ北上を生活の主軸にしていた頃の私伊東。赤崎クラブの試合もあり、午前7時までに大東球場に集合しろ、という事で、午前3時に北上の家を出発した。 いつもなら、オールナイトニッポンの第3部がにぎやかに放送されているはずだったが、この日は様子が変だ。よく聞くと、東京・歌舞伎町のビルで火事があり、40数人が救急車で運び出され、うち20何人かが重態だ、というニュースだった。その様子を想像するだけで、怖さというものを覚える。 午前5時。20何人かの死亡が確認され、そして、7時10分前には危篤状態にあった残る人全員が死亡した、と伝えられた。何か知らないが、無性に腹が立ち、球場に着き車を降りる時に、車のドアを思い切り蹴り上げたことを思い出す。 今は、果たして「非常口に荷物」とか「異様に狭い階段」などという事態は解消されたのだろうか。漫画「め組の大吾」で、上司の人が一軒一軒回って、火事を出さないようにアドバイスして回っていたシーンを思い出す。先に、放射能は人間が完全に扱えている物ではないと書いたが、火だって、使い方を分かった気でいると、こういう事態になってしまう。 自分で気をつける所は気をつけていくと同時に、充足率の足りない消防士の増員というのも考えていきましょう。 今日も色々詰め込んで書いてみました。多分、明日もこんな感じで記事を書く予定です。 今日は予想外の雨で作業が途切れましたが、明日は晴れそうです。今日の分も…なんて考えるとけがするので、出来る事を着実にしていこうと考えています。 今日も長文にお付き合いいただきましてありがとうございます。また明日、お目にかかります。 これが「雑記ボックス」か。どれか一つ、気に入ったのがありましたらクリックお願いします。
2006年08月30日
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今晩は。伊東です。今日一日、皆様はいかがお過ごしだったでしょうか。 私はといえば…病んでいる所の足の指がはれてしまい、農作業はできずじまい。ま、明日からが本格的な作業になるわけで、災い転じて福となす、で(使い方間違ってないかな?)動ける範囲内で洗濯やら掃除やらしていました。同居しているのは、85歳の祖母ですし、自分でできることは自分でしなきゃ…。 てなわけで、やっとこさ今日のブログ製作にかかれたのでした。約一時間で、どこまで作ることができるのかわかりませんが、思った事をザザっと書いて見ます。1・政策ビラ…意見は見ました。その上で考えてほしい事の提案(のつもり)。 共産党のビラ配布に関する裁判は、前号でも書きましたが、そのキーワードを見てみると、様々な見方がありました。ま、言いがかりに近いようなものは、5秒で見流して、しっかり自分で考えたものが書いてあるものを見てきました。 私のように、逮捕されたことに異議申し立てをしこの判決が下されたことにホッとした人。逆に、治安情勢を考えて「何でこれが有罪にならないのや」と語る人。そして「いまどきビラなんて見る人いるのか」という人。様々見ました。 ま、当事者が言うのも難ですが、気仙地区中ほとんどの地域をビラをまいて歩いた私にとって、思った事を言わせていただければ、と思います。 政治というのは、何がどうしたって全国民(あるいは、自治体に住む住民)に影響を与えるものです。国政を担おうとしている政党が、それぞれの政策に対して、どういう態度を示すか。どう物事考えているか。それを発表する事が必要です。そういう事をできるだけ全有権者規模に知らせるためには、それなりの方法をとらなければならないのです。 私たち共産党は「しんぶん赤旗」というメディアは持っているものの、全有権者的に物事を伝える上では、それが十分にできるほどの部数が普及されていません。では、どうやったら、全有権者…というか、全国民に対して物事を伝えられるのか。パソコン・インターネットという手もありますが、以下の様な欠点があるのではないでしょうか。 1)政党側からの働きかけができない。 (自分のページで主張することはできるが、それを待つという状態です) 2)テレビのように、全国民にパソコンが普及しているとはいえない。 私にしたって、パソコンを借りるために渡り鳥をしている状況ですから…。以上の状況を考えると「全有権者に」共産党の訴えを見てもらうためには、ビラを作る必要があるんだな、という面もあります。 意見の中に「今は、ピザ屋などもマンションの管理人と話し合って入れている」ということを書いている人がいました。共産党でも、そうしている所もあります。 政治がどういう宣伝をするか、というのには、議論もあるかと思いますが、身近に、すぐに物事を伝えられるビラが、ある方向性の場合、捕まえてもいいんだなどという風にされても困ります。困るのは「ある方向性」の人ばかりではありません。その周りにじわじわと侵食するからです。 自分のところに入れられるのが嫌なら、そういう事を一言言って頂ければいいです。だけども、配布する側の思う事としては、せめて、一目でもいいから見ていただきたい。その後は、てんぷらの揚げたものを置く下敷きにしてもいいですので。 ただ、マスコミでは扱われない、一部には曲解して伝えている共産党の事、せっかく少しでも見る機会があるわけですから、そのチャンスは逃さないほうがいいかも?というわけで、ここの項閉じます。2・都市対抗野球…勝ってくれ、JR東北、TDK!その理由。 いきなり話が野球に飛びます。私の知識では、いきなり8人乗りのボートの記事を書け言われても何も書けませんので。(「エイト」の競技者の皆さん、すみません) 今日はJR東日本東北が強豪・大阪ガスに勝利しました。そして、明日はTDKが伯和ビクトリーズと対戦します。私は東北地域に住む人間なので、これら東北代表チームにがんばってほしいのは自分の中では当然の心境ですが、実は、もうひとつ理由がありまして…これ聞いたら、すごい下らない事に怒りを覚える方もいるでしょうがご勘弁ください。 「JR、TDKの試合の、録画準備が間に合わないんだ!」 …伊東のアホ、と呼んでやってください。 しかし、ビデオに撮る理由としては、都市対抗といえば、応援合戦。試合もそうですが、その応援合戦というのを聞いておきたいな、という理由でです。 高校野球でもなんでもそうですが、応援合戦というのは、それを捉える者の心を揺さぶります。私自身は、そういう応援を受けて試合に出た事は一試合(93年高校選手権)しかありませんが、応援する人の熱意、というのが伝わって…ね。 自分の関わるチーム以外では…今はなくなりましたが、JTがその熱意としては一番すごかったです。JR東北は、人数がすごい。そして、実際に相対した時がある七十七、TDKはテクニック面に優れているな、というのが私の勝手な感想ですか。04年に、その七十七銀行応援団と対峙した時もある私ですが、向こうは楽器なしでも、すごかった。(声量と熱意では一歩も譲りませんでしたが) あの応援合戦を聞くたびに、これまで多々あった、心震わせるたたかいを思い出す事が出来るのです。その音源をとりたいので、どこかGEORA(CS302CH)持っているところないかな…と只今捜索中です。ビデオ買ってもいいのですが、1万円も出せる余裕なぞありません。 今までしょうもない事も書きましたが、やはり去年、熱い試合をしたチームには、全国で成果を出して欲しいものです。そして、岩手からドームに行っている2人…関君、高倉君、頼む!君等が活躍してTDKを勝利に導いてください。3・予想外!何と拙ブログベスト15入り!(すぐ落ちたけど) ブログ村に参加する時「どうせ最下位ウロチョロと」と書いていたのですが、今日のランキングを見てびっくりしました。何と、15位に私のブログが入っていたのです。しかも、野球・政治両方で…。こんなに私の記事を読んで、評価を与えていただけた、という事で、嬉しく思います。 ただ、他のランキング参加者と比べるとNo241で語った事の他にも、粗を探せば沢山出てきます。知識量の不足、というのもその一つです。フリーページ「私のブログに向かい合う態度」でも触れましたが、私は、実際自分が見につけているものしか表現できないので、見方によっては「薄い」ブログに見えるでしょう。 だけども、ここで自分が浮ついた知識を書いた所で、誰も納得するわけないし、しらけるだけだ、と思っていますので、よりしっかりした一文を見たいという方には、ブックマークにある方の一文を読むことをお勧めしています。 私は、何かを考えるきっかけになる事が出来れば、という思いで、色々な事を書いています。 それだけのブログをこれだけ評価していただいた事に、改めて、頭が下がる思いです。 本当にありがとうございます。4・8月終わるぞ、宿題はどうした伊東! 夏休みの宿題、すっぽかしてはその分の点数をがっちり減らされていた身で言うのも難ですが、終わっていない皆さんは、ここから頑張ってください。意識をしっかり持った合宿が効果的だと思います。 私のブログの宿題ですか…。「大農野球部物語-パート3」に関しては、一度作った一文なので、どう書けばいいかは分かるのですが、それを1500文字に縮めるかで苦労しています。「周りの空気」-サッカーマンガ「オレンジ」からに関しても、頭の中では固まっていますが、やはりこれも正確なものがないと書けません。「教育基本法」に関しては、他党派…特に、自民党の動向に関しての情報が足りないので、最悪、教育基本法について、もう一回読み直して思ったことを書いていこうかと思っています。 明日は、いよいよ畝立て。本格的になってくるので、農作業もがんばっていきますよ。 もちろん、共産党活動=勉強も、野球…に関しては何とか足引っ張りにならない体調になってから手伝いをしていこうと思っています。 まだ残暑も厳しい折、皆さんも体調には気をつけてお過ごし下さい。 今日も長文読んでいただいてありがとうございました。また明日お目にかかります。 ばかだなぁ、でも生きることに熱い馬鹿男もいるのかな、と思った方はぜひクリックお願いします。
2006年08月29日
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今晩は。伊東です。今日は嬉しいニュースが一つ、飛び込んできました。 以下は、毎日新聞の夕刊記事から引用します。―――――――――(以下引用)――――――――――――東京・葛飾区の住居侵入:政治ビラ配布に無罪--東京地裁判決 ◇マンション共有部分「住居侵入問えぬ」 東京都葛飾区のマンションに共産党のビラを配布するために侵入したとして、住居侵入罪に問われた僧侶、荒川庸生(ようせい)被告(58)に対し、東京地裁は28日、無罪(求刑・罰金10万円)を言い渡した。大島隆明裁判長は「ビラ配布の目的だけであれば、共有部分への立ち入り行為を刑事上の処罰の対象とするとの社会通念は、いまだ確立していない」と指摘し、住居侵入罪の成立自体を否定した。 公判で弁護側は「ビラ配布は政治的表現の自由の一つとして憲法で保障されている。玄関はオートロックではなく、ドアポストにビラを配布しただけで住居侵入罪は成立しない」と、無罪か公訴棄却を主張。検察側は「立ち入り拒否の張り紙が掲示されており『侵入』に当たることは明白。政治的意見の表明であっても、他人の権利を侵害することは許されない」と指摘していた。 判決はまず、マンションへの立ち入りが許されるかどうかについて「他人の住居の平穏を不当に害することは許されず、憲法だけを根拠に直ちに正当化は困難。目的や態様に照らし、法秩序全体の見地から社会通念上容認されざる行為と言えるか否かによって判断するほかない」と指摘した。 そのうえで(1)政治的主張のビラ受領で、住民の平穏が侵害されるとの不安感を抱くことは少ない(2)配布の際の滞在時間は7、8分程度でプライバシー侵害の程度もわずか(3)ビラ投かんでの立件はほとんどない--などと判断。「立ち入り拒否の張り紙は商業ビラの投かん禁止とも読み取れ、マンション側が政治目的のビラ配布を禁じていたとしても、その意思表示が来訪者に伝わる表示となっていない」として、違法な立ち入り行為に当たらないと結論付けた。 荒川被告は04年12月23日午後2時20分ごろ、葛飾区の7階建てマンションに入り、共産党の「都議会報告」などのビラを3~7階27戸のドアポストに入れた、として起訴された。注意した住民が現行犯逮捕し、23日間にわたり拘置された。 佐藤敬一記者 毎日新聞 2006年8月28日 東京夕刊―――――――――(引用終了)―――――――――――― …という事です。誰もが歩く廊下、そこを歩いて、自宅のポストにビラを入れた。これが犯罪なら「言論の自由」を出す以前に不気味ですよ。正直。 ま、部外者が中に入って、何か事件が起きるのが恐いから、立ち入りを厳しくした、という事情もあるし、その背景も分かるのですが、逮捕は行き過ぎ。あってはいけない事です。 土佐高知の雑記帳で、この件が取り上げられていましたので、ブックマークから飛んでいただければ、と思います。しかし、世の中にはいろんなものの見方もあるんですね。 「この判決は不当だ。これじゃドロボウを認める判決になるじゃないか!」 という声もありました。まず第一に言っておきますと、俺たちはドロボウか!犯罪行為はそれはそれとして対応すればいいのであって、この言葉聞くと「他人はみなドロボウと思え」としか考えられなくなるんですよ。で、他人に声をかけ辛くなる。犯罪抑止で考えてみれば、逆効果ですよ。 「ビラの配布の自由」を認める事が、犯罪増加につながるのか、イマイチ分からないんですよ。 自分たちも、ビラの配布の際、相手に失礼にならないやり方というのは毎度言われているし、私自身もいつも気を使っている事。しかし、これら一連の事件が起きて以降、ビラの配布の足が鈍っているのも事実。そして、大きい所では扱われない意見が、別のやり方で伝わることもないまま、ある一定方向の意見が大手を振って歩く。これが果たしていい事かと思うと、どうしてもこれらの事件は勝たなければならないと思うんですね。 今回、こういう成果をあげた、この問題でたたかった荒川さんをはじめ関わった皆さんの頑張りに敬意を表します。これからも頑張りましょう。 なお、参考資料として「びーいとうのケログ」で書いてきた、『潰される異議申し立てシリーズ』の一連の記事を、貼り付けておきます。何ヶ所か事実誤認もあったので、その部分はこのブログでこの後探し、調べて成文で書いておきます。(「びーいとうのケログ」では訂正できません)2005年7月07日記載 #152 潰される異議申し立て12005年7月08日記載 #154 潰される異議申し立て22005年7月10日記載 #158 潰される異議申し立て32005年7月11日記載 #160 潰される異議申し立て42005年7月15日記載 #167 潰される異議申し立て52005年7月18日記載 #171 潰される異議申し立て62005年7月30日記載 #183 潰される異議申し立てlast2005年9月25日記載 #235 潰される異議申し立て-2005総選挙ver. 今日も私のブログを読んでいただいてありがとうございます。また明日お目にかかります。 この事件の人が逮捕されるなら、もっと他に目をむけることがあるだろ、無罪でよかったと思う方はクリックお願いします。
2006年08月28日
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おはようございます。伊東です。ここの記事は二本立てでお送りします。1・今週の選挙-圧力とのたたかい 27日行われた選挙結果に関して、28日現在で分かっている事を記述していきます。 まず県知事選挙から。香川県知事選挙では、日本共産党も支援した多田羅譲治さんは9万8493票を得ましたが、現職の真鍋たけき氏(19万575票)に届きませんでした。県議補欠選挙では高松区に元職の樫昭二さんが立候補し、敗れましたが2万9417票を得ました。 大阪府四条畷市長選挙では、重田初江さんが党公認で立候補し、落選しましたが3414票を獲得しました。 続いて三重県名張市議選挙(定数20-立候補25)。1672票を得ている三原淳子さん、1481票を得ている橋本マサ子さんの2人は当選しましたが、1224票の小田俊朗さんが残念ながら落選してしまいました。 京都府綾部市議選挙(定数4減の18-立候補20)は渡辺洋子さんが1146票で9位、つき(手へんに島)頭久美子さんが1069票で10位、堀口達也さんが1060票で11位、吉崎久さんが985票で18位に入り、市長が共産党以外の立候補者16人に対して推薦するような状況の中、4人全員当選を果たしました。 高知県安芸市議選挙(定数2減の18-立候補者20)の小松知恵子さん(しばらく前の補欠選挙で定数1で勝った人です)が604票で5位、川島憲彦さん579票で9位、安芸久美子さん432票で16位、千光士伊勢男さん425表で17位当選で、全員当選を果たしました。土佐清水市(定数2減の16-立候補者19)の岡林喜男さんも574票を得て13位で当選しています。 今回の選挙で驚いたのが、京都府綾部市議選挙。記事の中にも書きましたが、市長が共産党以外の候補者全員に推薦を出したり、議会だよりの編集のときにも、文字制限があるのをいい事に、共産党が意図しない事を記事にしていたり…得票数も、何人かがの票が1100票近くに均されていた様子もありました。 来年の参院選を前に、党派間闘争の激しさもさる事ながら、「邪魔者」を本気になって落としに来た様子がうかがえます。結果、最下位の555票の方はともかく、次点の方が969票。一歩間違えば一人は落とされていた危険性はあったのですが、それを跳ね除けて4議席を維持し、議席占有率を18・18%から22・22%にした綾部市の皆さんの頑張りには励まされるものがありました。 さまざまな結果が出た今週の選挙ですが、たたかった皆さんに敬意を表すると同時に、これからもがんばっていきましょう…とエールを送ります。2・『安全装置』またも抜くのかい? 8月26日の岩手日報に一つのニュースが入っていました。 「公衆電話の全国一律サービスの基準緩和-市街地で500メートル四方に一台を1キロ四方に一台にする事を考えている」 のだそうです。何しろ、今は携帯電話の社会。逆に言えば、公衆電話を使う機会が減ってしまい、赤字になっている、とか。この記事にコメントを載せていた教授は 「今は携帯を持っているわけだし、何かがあれば、誰かから電話を借りればいい。非常時に心配だ、という声もあるが、そういう時は臨時の電話で対応すればいい」 のだそうで…って、まあ、効率だけ考えりゃそれもいいか知らないけど、非常時以外にも、個人的な非常時、というのもあるかもしれない。携帯が使えない状況もあるかもしれない。更に言えば、携帯を持っていない人や私みたいに「受信専用」にする人もいるでしょう。そういう人達には、自宅以外では電話するなって事か! …という書き方だと極論になってしまいますが、とにかく、これでいえるのは、また一つ何かあった時に必要な「安全装置」が、崩れてしまう危険性はあるなって事です。 先日、5週間分の(オイ伊東!)生活と健康を守る会の新聞をじっくり見ていました。やはり、熟読しないと、頭には入らないもので。その中で、生活保護に対する行政の動きが、更に更に厳しくなってきている、という趣旨の記事が載っていました。 「金食い虫」語りする奴もいますが、生活保護は、それこそ最終的なセーフティーネット。これがなければ、後は死んでくださいって事ですよ。最近は、そんな行政が実際に北九州やら秋田で行われていますが、何のかの理由をつけては「申請」すらさせない。そして放って置く。後はミイラになって見つかろうが、車の中で自殺しようが「私たちは適正な仕事をした」ですからね。 公務員労働者が、どれだけキツイプレッシャーとたたかって仕事をしているか何ぼかでも知っている私ですが、結果人が死んでいてから「適正」もないでしょ。まずは助けろ。そこから先どうするか考えるべ。 そして、最近生活保護自体に疑問を持つ人も出てきましたが、それに対してお返事を言うとすれば以下のようになりますか。Q・生活保護の連中は甘えすぎ。俺たちは働いていてもまともな給料が入らない。これじゃ働くことがバカらしくなってくる。A・まず、生活保護が、先にも触れましたが最後のセフティーネットであることは語っておきます。受給中にもケースワーカーがたずねて相談し、条件がそろえば保護を終了させる事も出来るわけです。 だけども、現状の日本では、生活保護を受けるような状態に陥った人の、復活が容易でありません。ある人は体調、ある人は仕事…仕事できない体なのに、無理して仕事して、あっさり死んでしまった人もいました。 逆に、働いている人の給料は不当なほどに安過ぎです。最低賃金が608円の地域では、一ヶ月で以下の給料しか貰うことができません。 (月25日・一日8時間出勤。=608円×8時間×25日=12万1600円。) さあ、これでどうやって暮らしましょうか。話戻して…この給料じゃ 結婚すら出来ませんね。 いい加減「派遣使ってさ、必要なときだけ使ってやってさ、後は首にしていいんだ。ああ、使い勝手いいよ。派遣、って奴はさ所詮--捨---品だからさ」なんてやっている連中に怒りの声上げて「俺たちの給料は、最低限の基準すらなっていない。こんなんでいいのか!」と動いたほうがいいでしょう。何も言わないとなると、彼らのますます増長するからです。 結論。生活保護受給者と労働者でケンカをしないで、一部の連中の儲けしか考えないような予算組む政治に対してモノを言う必要があります。一緒に行動しませんか…でダメですか。 いよいよ国会も迫ってきたので、私伊東もより勉強しなおして、納得いかない政治に相対していきますので、これからもよろしくお願いします。 もう一つ、書けるかどうか不安になってしまいましたが、必要な文をまず書いて、参考資料(私の前ブログで特集した『潰される異議申し立て』をリンクする予定でいます)は、明日つながるようにしておきます。 長文を読んでいただいてありがとうございます。いったん失礼します。 政治は誰を向いてやるんだか考えてみるべ、という方はクリックお願いします。
2006年08月28日
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今晩は。伊東です。 さて、今晩のカテゴリは「社会人野球」なはずですが、タイトル見ると野球はともかく、サッカーまで並んでいて「実質『雑記ボックス』だろが!」というツッコミをいただくだろうとは思いますが、その社会人野球のメインイベント・都市対抗野球を書くのに、別なカテゴリもないだろうと思いまして、あえてこういう形にしました。 では、都市対抗野球、3日目第二試合までの結果をお知らせいたします。 オープニングゲームとなった川崎市・東芝は、3-6でヤマハに敗れました。東芝は、平馬淳内野手とか、安田真範捕手といった「1975年度生まれ選手」が一線級で頑張っているので、よーしやったれ、と思ったのですが、ヤマハも静岡の意地もありまして、敗退となりました。 大会初日は一試合だけでした。2日目からは、一日3試合です。「ミスター・社会人」杉浦正則さんが今年から監督になった日本生命は、3-1で住友金属鹿島に勝ちました。「オール北信越」とも言うべき陣容でたたかいに臨んだ伏木海陸運送は、奮闘しましたが力及ばず1-5で東京都・NTT東日本に敗れました。JR東日本は、三菱重工広島に4-0で勝ち、東京勢2連勝となった大会2日目でした。 さて、大会3日目の27日は既に2試合が終わっています。富士重工業と日産自動車の自動車会社対決となった第一試合は、3-2で日産が勝利。富士重の敗退で、北関東代表は2チームとも敗退しました。北関東といえば、代表決定リーグが4回行なわれた事もありましたが、その事に関する検証が求められるのかな、という結果になりました。 第二試合はトヨタ自動車が6-1で三菱重工長崎に勝ちました。第三試合は結局西濃運輸が1-0でJR九州を破って勝利しました。注目を浴びているJRの小松聖投手の力投は報われませんでした。 さて、今日の試合も終わっていないのに、明日の試合のことを書くのも難ですが、書ける部分は書いていきます。 第一試合はJFE東日本-日本新薬。二次予選中に、チームをうまく立て直してドーム進出してきたJFEは、守備力があるイメージの濃い京滋奈代表の日本製薬をどう打ち砕くか。 第二試合はJR四国-新日本製鉄広畑。同じJR勢として、東日本に負けていられない四国。一方、広畑はここ数年、都市対抗の試合では悔しい思いばかりしてきた。ともに存在価値を示すには負けていられない。 第三試合は最強軍団・三菱ふそう川崎に、24年ぶり出場の明治安田生命がぶつかる。明治安田は、エースがしっかり抑え、バックが乱れない事が勝利の最低条件。一方三菱は、どのチームからもマークを受ける中、油断なくたたかいたい。 試合は東京ドームで行なわれます。色々な催しも行なっているので、ぜひ起こし下さい。なお、都市対抗野球を書いている代表的ブログはmomi051さん、Magic Work Shopのりんかんサン、Blog-BBのBaykinさんの3人です。私よりもっしっかりしたリポートが見ることができますので、ぜひ見ていただきたいブログです。あ、無論日本野球連盟や毎日新聞の方もどうぞ。 続いて高校野球。秋のたたかいは既に始まっていまして、岩手県気仙地区は、今日秋季リーグ戦が終わったのですが、ただいま結果が入手できていません。高田高校が代表権を手に入れ、大船渡、大船渡工、住田、広田水産が追う展開になっています。なお、大船渡農は人数不足のため出場を辞退。部員3人は、毎日試合の手伝いに入っています。頑張れよ、気仙の球児。 高校野球でもう一つ。今明石市で軟式全国大会が行なわれていますが、作新学院の種市学投手が無安打無得点を達成したそうです。今年は「種市」が、野球を面白くしています。岩手県の種市高校もそうでしたね。これからも頑張ってけらっせん。 更に中学野球では、二戸市の福岡中学が全国大会で優勝したという記事が入ってきました。岩手のチームが全国を制する事は本当にうれしいものです。おめでとうございます。 次はカテゴリ違いかもしれませんが、全日本サッカー選手権…世の中では天皇杯といわれる大会の岩手県大会決勝が行なわれ、岩手大学が富士大学を2-0で破り、全国大会進出を決めました。全国大会の一回戦は9月17日に、盛岡南公園球技場を会場に岩手大学が高知大学(高知県代表)と対戦します。試合開始は13時からです。 なお、気仙地区のチームの戦績は以下の通りです。 北里大学・水産学部 二回戦 0-4高田ク 大船渡三陸FC 一回戦8-0岩手銀行 二回戦3-0盛岡市役所 三回戦 1-1(PK4-5で敗退)高田ク 高田クラブ 二回戦4-0北里大学・水産学部 三回戦1-1(PK5-4で次戦進出) 四回戦 1-8グルージャ盛岡 さて、と。おかしい事に気づきましたが、グルージャ盛岡が富士大学に準決勝で敗退していました。どうにも、去年のチーム運営のゴタゴタが響いてしまっているのかな…。熱きサポーターの期待に応えるためにも、この後のリーグ戦のたたかいに期待しましょう。 最後は新しいリンク先の紹介です。momi051さんのブログで会話したのがきっかけで知り合った「Baseball Weekend」の直さんと新たにリンクしました。クラブ化以降も東京ドームを目指し、存在感を示している三菱重工横浜のファンです。その強い思いをぜひ読み取って下さい。 今日は、だいぶまとまらない一文を書いてしまいましたね…。これじゃ、やっぱり「雑記ボックス」にまとめたほうが良かったかもしれませんが、それぞれの立場で頑張るスポーツ選手に対して、これからもエールを送り続けていきたいです。 こんな一文になりましたが、お読みいただきましてありがとうございました。 また明日お目にかかります。 こういう場で頑張る選手もいるんだな、と思った方はクリックお願いします。
2006年08月27日
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こんばんは。伊東です。 突如2つ目のエントリーを起こしたのは、今日8月26日が兄の誕生日だからでした。 去年の今頃からおかしくなってしまった私に対して、厳しくも暖かい行動をし、生活を支えてもらっていました。 モノをつくる仕事に携わって13年になりますか。地道にいまの仕事を続けている兄のすごさが、最近分かってきました。足りない弟を持って、迷惑ばかりかけますが、これからもよろしくお願いします。 何とか自分がしっかりすることで恩返ししたいです。 (8月27日追記)昨日、福岡市で飲酒運転の車が一家5人が乗った車に激突。車は博多湾に転落し、4歳、3歳、1歳の子どもがなくなった。両親は、子どもたちを救おうと、4回海に潜ったという。 最近、周りに子どもを持つ人が増え、先日の東日本カップ戦でも4歳の子ども、2歳の子どもを連れてきていた選手がいた。(幸い怖がられずにはすんだが)。今回なくなったのは、そのぐらいの子供か、と思うと、気が重い。誰が死んでも辛いのに、3人全員だ。 今、この記事を「しんぶん赤旗」を見ながら書いているが、気にかかった部分は「飲酒運転死亡事故2年連続増加-厳罰化でも抑止効果なく」。更に、危険運転致死傷罪の適用が厳しいことで、遺族の間で不満が強くなっている事にも触れられていました。 自分が大丈夫だと思っても、体はいう事を効かない。それは紛れもない事実。酒を飲んで楽しみたいし、かといって、代理運転機関(タクシーや代行運転業)に頼むと、財布に響く。じゃあ少しなら大丈夫だろ、で無謀な行動に出てはこういう事故につながっている。 だったら、自分たちで工夫してほしい。私がいるグループはその点楽だ。何しろ絶対飲まない、医者から「死んでもいいなら飲んでいいよ」というお墨付きをもらっている私がいるからだ。代行頼む金もないなら「送り迎え当番」作るとかさ。とにかく、今回とった彼らの行動は最悪だ。 大上紘彬ちゃん、4歳。 大上倫彬ちゃん、3歳。 大上紗彬ちゃんはわずか1歳だった。 ごめんな。酒に関してあまりにも寛容な態度をとり続けてしまったしわ寄せを、あなた達にかぶせてしまった。本当に…。 この事件、いい加減他人事で済ますわけには行かなくなりました。自分たちでも、酒を販売する所でも考えていきましょう。これ以上の被害を出さないために。 3人のご冥福を祈るとともに、子どもさん3人を一気に、不条理になくしたご両親の方には…かける言葉がみつかりません。 最後に。長崎県の対馬市で、イベントで来日していた韓国人女性を暴行した男が逮捕された。 一言で片付けてやる。人間のクズが。私は、お前みたいな奴は見下してやる。 自分よりも弱い立場にしか自分の優位性を示せない人と対等に付き合う気はない。 その罪を償うまではな。 最後、私が忌み嫌う行動の記事も目にしましたので…言葉過激になったのはご勘弁ください。 さて、今日もハードスケジュールです。これから町に行ってきます。 夜に何か書ければ、と思っています。皆さんも、よき一日をお過ごしください。 不条理な死はごめんだ、酒の飲み方、帰り方を考えるべ、という方はクリックお願いします。
2006年08月26日
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今日は。伊東です。 今晩には、一つ記事を作れたら、と思って、「大農野球部物語」か「サッカーマンガ・オレンジ」か、どっちか資料が見つかった方を書いていこうと思っていましたが、どっちも見つからなかったため、漁業シンポジウムに関して記事を作っていきます。 今日は山田町に行き、日本共産党の高橋千鶴子、紙とも子両議員も参加し、パネラーの意見発表や、質疑応答が行われました。 三陸沿岸の漁業で今、一番気にかかる事案は、六ヶ所村の核燃料リサイクル工場から出てくる放射能に関しての事です。試運転が始まってからも、いろいろな事故が起きているのですが、原燃はさっぱと対応が鈍く、放射能漏れが「農業やっていれば土がつくものだ」というレベルでしか考えていません。大体、物事をやろうとする側と、いやいやチョット待て、検査が必要でないか、という二つの機関が一緒なのがどうにも解せません。それじゃ「事故隠し機能」じゃないですか。 7月15日の、鎌仲ひとみ監督が撮った、六ヶ所村を取材した映画は、この核燃リサイクル工場に対するそれぞれの人の想いを撮った映画でした。似た様な工場がイギリスにありますが、そこでも放射能の放出が問題となり、その近くの漁民が不安に感じていたシーンを思い出します。 放射能というのは、現在人間が、その取り扱いに完全に成功した、という技術ではありません。計画図の上では大丈夫だと思っても、ヒューマンエラーというのがあります。そして、いったん事故が起きれば、そこからの回復にはかなりの困難がともなうと同時に、その解決の道も解明したとはいえません。正直、原発や放射能に関する事で、不安に思う人は多いのではないでしょうか。 特に魚というのは、そういうものを凝縮して取り込みやすく、その影響がいつ出るか分りません。原子爆弾を受けた人でも、60年経ってからその病状が出てくる人もいるのだから。 「じゃあ、エネルギー政策はどうすんだよ、現在3割は原発でまかなってんだろ」 という声もあるでしょう。しかし、これに関しては、私は比較的楽観的に考えています。少しうろ覚えでなんですが、1991年の電気消費量なら、原発は要らないそうです。 どういう対策が必要か。パネラーが話したのを、私がメモに取ったのを元に書いておきます。 「原発が今すぐ全部失くせ、というのも非現実なのは分っています。 それなら、今すぐできるのは何か。トラブル続きの原発をストップする。新設・リサイクルはやめる事。『原発マネー』に予算を回すのなら、その分を太陽熱・風力・波力といったニューエネルギーの開発予算に回し、エネルギー政策を転換していく事が必要ではないか。 もちろん、省エネの取り組みも大事です。24時間営業の店が増えているけど、それを減らすだけでもだいぶ違うのではないでしょうか。」 これが一つの回答になるかと思います。物事というのは、それが良くても、悪くても始まってしまうと止まりません。ある自治体では、そういう物事にモノが言い難い自治体にされてしまいました。それがないと「生活ができない」からです。 そうなってしまう前に、冷静かつ真摯な議論が望まれます。「自分所さえよければいいんだ」ではなく。 話が、原子力行政に飛んでしまいましたが、漁業行政でも各地の漁業組合の方や、岩手県の漁業担当者がパネラーとして発言しました。漁業でも、基本法を見直している最中ですが、そこの中身に関して私は違和感を感じた部分があります。 政府側の案としては「やる気のある人・能力のある人」…それがなければ漁業はやらんでしょ、という以上に問題なのは、この言葉を使っての「やりたい人に対する切捨て」になりやしないか、という問題があるのです。ここの部分、岩手県の方は「そうではないよ」とは言いますが、そういうやり方を許してしまう書き方にもなっているわけです。実際、同じ第一次産業の農業ではそういう言葉での「振り分け・切捨て」が行われてしまっていたのでした。 このシンポで、3つほど印象に残ったことを記しておきます。以下の文は、私がメモって置いた事を基に書いたものであることをお断りしておきます。 まずは紙智子議員。「(漁業環境も、所得も)再生産ができる漁業への政策転換を」という言葉もですが、他に印象に残ったのは、石油備蓄に関しても、原油そのままにしておくのではなく、製品化したのを備蓄した方がいいという発言もされていました。帰りのバスの中でその部分議論しましたが、やはり備蓄したそのままじゃ蒸発してしまうのもあるんでしょうね。私は今まで考えもしないアイデアでした。 続いてパネラーの新沼さん。「魅力ない業種は淘汰されるとは言うが、漁業は(農業も-伊東注)一般の業種と区別して考える必要がある。世界のタンパク質の15%は海洋物。人の健康を維持するために必要な物です。」「(原燃リサイクルが稼動したら)襲ってくるのは風評被害ではなく、実害だ」-61歳とは思えない、熱のこもった発言でした。 最後に高橋千鶴子議員。「(大船渡測候所の無人化に対して)田老町の防潮堤を見てきました。三回の津波で、村一つ流される惨劇から立ち直り、その苦難から復興してきた人達…漁業の人達は(長年の経験から)津波に対して一番解る人であると共に、一番被害を受けやすい人達でもあります。1960年のチリ地震津波(大船渡で死者・行方不明53人)後、地域の要望で作られた大船渡測候所…(機械の発展も必要ですが-伊東注)人の力も必要です。」 阪神大震災時、一番被害の激しかった地域の測候所が無人化になっていて、機械が破損。地震発生一時間半後まで、何が起こったか、被害の把握ができなかった事態もありました。それに、天候の計測は、一度途切れたら、意味のないものになってしまいます。この2つの理由から、安直な無人化には異を唱えたいですね。 高橋、紙両議員が言っていたのは、こういうシンポジウムが、国会でたたかう上での大きな力になっている、という事です。両議員がこういう有権者の運動に励まされる、というのなら、私たち運動する有権者も、頑張る議員に励まされているわけなんです。国会議員だからと、一段高くふんぞり返る人もいますが「有権者・国民と共にたたかっていく」という議員と一緒に頑張れる事は至上の喜びでもあります。これからも、自分たちも頑張るし、紙智子さん、高橋千鶴子さんには、体調に気をつけて、頑張ってください…と、岩手の田舎からエールを送ります。 …と、今日は、漁業シンポジウムの報告会にしてしまいました。いつもと違って話難すぎるよ~というご意見もあるとは思いますが、ここから何かを気付いていただければな、と思います。こういう勉強の場を与えていただいてありがとうございました。(他に、重茂漁協の粟津さん、岩手県の佐久間さんがパネラーでしたが、どう書くかまとまらなかったので、もう少しお待ちください。) 明日は、朝から機関紙関係の仕事、終わり次第畑に行くという生活になりそうです。何か動き出せば、予定表は(その能力に似合わず)満載の私伊東でした。 ブログランキングに参加して一週間。政治ランキング・野球ランキングともにベスト30以内に入りました。ご支持していただき、ありがとうございます。 今日は、他の事は書けそうにありませんね。また明日、宿題先回しで後で苦労する(今ドキッとした人、同じ状況の人と片付けような。)とは思いますが、記事を製作していきます。今日も長文にお付き合いいただいてありがとうございました。また明日お目にかかります。 エネルギー行政は、こんなやり方もあるんだ思った方は→をクリックお願いします
2006年08月26日
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こんにちは。伊東です。皆様お住まいの地域はどんな天気でしょうか。大船渡はピーカンに晴れています。 さて、今日は色々な日程が詰まっています。朝は日刊紙の配達、その後に日曜版の配達、そして11時から事務所当番で、午後から畑に出ます。正直、一日34時間あればいいのになんて思いますが、あったらあったでそう思うのでしょうね。 で、とにかくどたばたと歩き回り、気がついたら、昨日のバスケのビデオを録画するのを忘れてしまいました。(その事に関しては後述)10物事やろうと思うと、2か3はずっこけてしまう自分で…ま、そのズッコケが、重要な部分ではなかったからよかったようなものですが。 で、表題につけた「サプライズ」。それは何かといいますと…ある方とお会いしたんですね。 高橋千鶴子衆院議員。 東北の総力をあげて送り出した共産党の国会議員です。今日は大船渡に来ていたんですが、まさか直に会うとは思いませんでした。日程が色々あるので、しっかりした話が出来ないまま次の目的地に向かって走っていきました。広く、交通の便がいいとは言えない東北地域を駆け回る高橋議員の頑張りは本当にすごいと思います。何とか力を強くして、発言力を増やしていきたいですね。高橋さんを見て、そう思いました。 もう一つ。世界バスケ選手権ですが、日本代表はスペイン代表に大敗し、1勝4敗で予選リーグ敗退が決まりました。色々な評価はあるとは思いますが、私はまずパナマに1勝し、ニュージーランド戦で1勝には近づけただけでも収穫かな、と思っています。オリンピックやワールドカップサッカー、ボクシングみたいには「持ち上げて落とす」報道がなかったことにも安堵しています。 国内では一定の盛り上がりがあっても、国際大会では…てな所の男子バスケですが、これを機に注目度が少しでも上がってもらえればな、と思っています関係者が一生懸命なのは分かりますが、やはり国内のリーグが2つに別れてしまっているのは不幸な面もありますね。 今回の5試合では、こういう結果になったものの、見せ場を作った選手は多かったです。後はこれを一年後のオリンピックアジア予選で結実させる事が出来れば、と思っています。自分の知らなかった選手も…というか、川村、柏木選手以外は全然知りませんでした。これらの選手の成長を願っています。 三つ目。ドラゴンボール・天津飯の事ではないですよ…でも、ついでに取り上げてみますか。 この天津飯というのも、面白いキャラクターだ。強さとしては、サイヤ人グループ(孫悟空、孫悟飯、孫悟天、べジータ、トランクス)や、ピッコロ以外では、クリリンに次ぐ強さ…戦闘センスとしてはクリリンよりも上回るのではないか、と見ていた。だが、彼はサイヤ人襲撃の際にナッパに気功砲を浴びせ力尽き、その後も主戦級としてたたかう事はなくなっていた。そして、セルとのたたかいの後に「もう会う事はない」と悟飯たちに言い残し、姿を消した。 だが、魔人ブウとの対決の時に、突如現れては、ブウの放った気砲を、気功砲で消し去ったのだ。そういや、セルとのたたかいでも16、18号を助けるために足止めとなるべく気功砲を撃ちまくった。 ナッパ戦の時、餃子(チャオズ)の自爆攻撃に激怒して、という事があり、怒り心頭に発してナッパに立ち向かい、そして敗れてしまった天津飯。もし、戦う順番が変わって、彼が残っていたら、と考えると、ドラゴンボールのストーリーにも影響が出たんだろうな、などと考えてしまった。 どうしてもサイヤ人グループやピッコロ、クリリンばかりが目立つキャラクターだが(ヤムチャは別な意味で目立っている)、この天津飯の存在も、忘れてはいけないキャラクターだ。 三つ目のおまけ。さて、天津飯と言えばチャオズだが、私はこのチャオズの必殺技を真似して大ヒンシュクを買ったときがある。以下にその様子を記しましょう。 コンビニの勤務も終わり、夜勤・朝勤メンバーがバックルームにぞろぞろと帰ってくる。一しきりドラゴンボールの話をした後で…伊東「じゃ、今日の最後の力を振り絞って、キャラクターの中の必殺技、俺一つ覚えたんで、やってみるよ。」店員A、B、店長「じゃやってみろ。」「どーぞどーぞ。」「俺は止めないからな。」伊東「じゃあやりますよ…(どどん波のフォームで)時間よ、止まれ!」 シーン。 …とまったのは、私伊東の動きだけでした。というか、行間もったいないよ。店長「みんな、ほっといて帰ってもいいぞ。」店員A、B「バカはほっといて帰りましょ」「店長、給料カットお願いします(無論ジョーク)」「んじゃ、お疲れ様でしたー。」 伊東、固まったまま動けなかった。 皆さん、ギャグは時と場所選んでかましましょう。でないとバカ呼ばわりされることになります。場の空気を読むのが下手くそな伊東でした。 毎日旗大会はトーナメント表を熟考の上、明日か明後日に触れてみる事とします。そして、社会人野球のメインイベント・都市対抗野球大会が開幕しました。どんなドラマが生まれるのか。高校野球とは別な野球に注目してください。 私の記事では、毎日は触れませんので、リンク先の「社会人野球」のカテゴリーの部分や、毎日新聞のサイトを見ていただければ、と思います。 宿題もまだいろいろと積み残していますが映画の「タッチ」を見ながら、家事もこなしたいので今日はここまでにします。また明日、お目にかかります。
2006年08月25日
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こんばんは。再び伊東です。 まずは、先ほどの長文を読んでいただいてありがとうございました。ちなみにまだの方は、この後にズラッと書いていますので、見てやってください。 さて本題。にほんブログ村に参加し、予想外の順位に正直私、びっくりしています。ま、多分はじめて載ったから「かわいそうにな、押しといてやるか」でクリックされ、来週にはズドンと順位が下がっているとは思いますが、とにかく私のような者が書くブログを読んでいただいて本当にありがとうございます。 ただ、こういう順位になった事と、周りの優れたブロガーの皆さんを見ると不安にもなるんですよ。「土佐高知の雑記帳」の土佐高知さん、「らんきーブログ」のぶいっちゃん、「日本がアブナイ」のmew-run7さん、そして、お玉おばさん。 他にも沢山の方がいますが、この4人のすごい所は、たとえ自分の意見と会わない人でも、しっかり正対して話ができる、ということです。実は、私はブログを初めて2回ほど、カチンと来てしまいまして切れてしまい、二度ほどトラブルを起こした事もあるのです。 そのうちの一つは、6月頃に書いた「No162 やりきれない思い」での「りゅうちゃんミストラル」さんとのやり取り。彼のブログで「光市の殺人事件に関する記事をトラバしました。よかったらアドバイスお願いします」てな事書いていたのに、その回答を見た後で切れてしまい「こんな事いわれるのならもう二度と来ない」と書かれてしまったのでした。更に、私はもう一つ「りゅうちゃんミストラル」さんに対してコメントを書いたのですが…掲載は止めました。これを載せたら、私はブログを閉鎖しなきゃならない位の事を書いてしまっていたのです。幸い、知り合いの人に声をかけられた事によって、我に戻ったので最悪の事態だけは避けましたが…。 そのりゅうちゃんミストラルさんは、いま体調が良くなく、ブログの更新が止まっています。ああいう事をした身で言うのも難ですが、体調が快癒することを願っています。 もう一つに関しては…これは掲載を勘弁してください。人生最悪の時期の事をフラッシュバックしたくないので。(かろうじて書ける部分はこちらから見てください。) そんな人間なだけに、これから来るであろう「反対意見を持つ方」に対して、うまく対処できるか、このときのような失敗を犯しやしないか、という不安を持っているのです。 どんな意見にも、しっかりした対応はしたいし、意見が合わなくても、つながっているブロガーの方もいます。でも、挑発的な書き方をされた時にまともでいられる自信が…実社会ではともかく、電子世界ではまだ持てていないのです。 自分で言うのも難ですが、強い信念を持つが故に、融通が利かない部分も出てきてしまう。本当に強く持っている信念なら、それを持ちつつも柔軟にも対応できるはずですが、そこの部分まだ人間で来ていない自分もいます。 そんな私ですが、こんな私でよかったら、これからもこのブログを、条件許す限り読んでいただけたらな、と思います。 本当は、毎日旗大会岩手大会組み合わせとか、世界バスケのこと、新しくリンクしたブログの紹介もしたかったのですが、時間切れとなりました。 今日の2作品を読んでいただいてありがとうございました。残暑も厳しい折、皆さんもお気をつけてお過ごしください。また明日お目にかかります。
2006年08月24日
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今晩は。伊東です。何日か前からお伝えしていましたように、このテーマを取り扱います。1・何で追い込まれる人が増えたのか 最近のニュースでは、殺人事件が報じられない日は一日たりともなく、また、いろいろな場所ではいろんな理由にかこつけて「勇ましい発言」をする人が多くなっています。 私は思うのです。こういう議論が現実になれば、まず死ぬのは「そういう世界になれば生き残る事が出来ない人」。次に死ぬのが私みたいな奴なんでしょうかね。拷問かけて家の前にポイ捨て、て感じで。その次に「仕方がないから時の流れに乗った人」と共に、今勇ましいことを言っている人が死ぬんですよ。 ここ数年で、すっかり人情という言葉が失せてしまい、「自己責任」という名前の空虚なドライさが日本を覆いはじめようとしています。そうやって、いつも自分が追い込まれるから、そのはけ口として、より弱い立場の人に対して牙を向く人が増えている。そして、ストレスを溜め込んだ人は…。 次々と安全装置(=社会保障)を切り捨てておいて、逃げ場をなくし、視野狭窄にさせて、とにかく自分から少しでも劣っていそうな人を見つけては、それを叩く事で自分を制御しようとする。さらに心の拠り所を大きいものへと持ってしまう。今の政権が支持率5割をキープしている「からくり」はこんな所ではないだろうか。政策を支持していない私から見たら、の話。 どういう立場であれ、命や他人に対する態度が「軽く」なっている現状から、少しでも目を覚ましてもらいたいと思い、この記事を作ってみます。2・「勇ましい議論-その状況を身の上において考えてみて欲しい」 しばらく前から、中国・韓国・北朝鮮(『特定アジア』という言葉もありますが…)に対して、あれが悪いのこれが悪いのとすさまじい勢いで語られ、「嫌韓流」とかいう本も注目を浴びている。さっき言った「はけ口」を先に触れた国に求め、更にひどいと「~は韓国人か」という事で嘲笑を浴びせる人もいる。正直オイオイだ。 こんな調子で議論が一人歩きしてしまい、しまいには「中国(あるいは韓国)が日本乗っ取りを企んでいる」という意見が出るようになって来た。そして「~との戦争になる。日本人なら立ち向かえ」見たいな事まで書かれるのを見ると、それらの人の「熱」と反比例して、私の頭脳は覚めてしまう。先の3つの国との間に、問題点はあるにせよ、戦争にまで至るようなことはないんじゃないの、というのが私の考え。尖閣にしろ、竹島にしろ、千島・北方領土にせよ、昔からあった問題。それぞれの立場で言えば頭に来る事もあるだろうが、まずは納得いくまで侃々諤々やろうじゃないの、でいいでしょう。 話がそれてしまいました…問題は、簡単に「戦争だ」といってくれる人達。ま、7月に北朝鮮があんな事しでかしましたし、北東アジア4カ国ではそれぞれで「不寛容なナショナリズム」が醸成されている、という面もあり、不安に思う人もいます。 だけども、その解消に武力を使う?今までの歴史からいって、そういう解決の仕方で100パーセント満足に納まった、というのを聞いた時はありません。そして、そこには必ず「犠牲者」が出てくるのです。火曜日の日本テレビのドラマを見た方はいますか。要はあのドラマで示されたことなんですよ。 今の戦争、非戦闘要員が死ぬ割合が増えている、というのを聞いた時はありますか。 そういう「不条理な死」が日常的になれば、感覚は麻痺してしまう。 相手を殺さなければ、自分が生きられないという強迫観念が襲い掛かる。 根本的で難だけど、人間は一度死んだら帰ってこない。 死んだ人間もそうだけど、そうやって壊されたものは、二度と帰ってこないんですよ。 戦争というものを、祭りか何かと勘違いしないでほしい。 人の死というのに鈍感にならないでほしい。 一人の死だって、回りに与えるダメージというのは計り知れないものがあるでしょう。それがあちらこちら中になる。そういう事に「戦争だ、こっちからぶっ潰せ」という人達は気付いていますか。 国と国の間には、いろいろな問題があり、戦争は一方から始まるという事も十分承知しています。だけども、それだったら「信頼」…少なくとも、気に食わないからと武力に頼ることはしない、という最低限のでいい。そういう信頼というものを「抑止力」に使ってもいいではないですか。いったん戦争が始まってしまえば、沢山の人間が死ぬ。その死の分だけ、人は悲しみ、苦しむ。そしてそれは憎しみに変わって、「殺した奴への復讐」へと結びつく。 今そんな「くだらない」争いしている場合?人類はもっと他にやらなきゃならない事もあるでしょう。全地球的で言えば、貧困やら、自然破壊やら、たたかう相手は沢山いる。それぞれの「欲望」があるから、解決するのに多大なエネルギーが要るだろうけど。 そして、こういう意見を「理想論」と嗤う連中には、8月15日に書いた記事をここでもう一度再掲載しておきたい。 いままで物事発展させるのに、理想論でなかったものはなかったのでしょうか。 2人の同意だけで結婚できること。 一人一人(正確には一家族一家族)自分の家を持ち、住む事。 何日かに一回休む事。 一日24時間は働かない事。 病気にかかったら、金の心配をあまりしないで治せる事。 男女、あるいは所得の有る無しに関わらずに政治に関与できる事。あるいは同じ権利を有すること。 最低限の生活を保障する事。 他人、あるいは権力者によって、強制的に殺されない事。 さあどうですか。今でこそ当たり前とも言える事ですが、昔はみな理想論だったんですよ。だけども、それを形にして、どうしたらそれが実現できるかを模索して、運動して、こういう願いが、権利と成って、実行されるに至ったのです。それでも「そんなのは理想論」で片付けられますか。理想論がなければ、政治なんかいらないんですよ。 勇ましい事を言う人にもう一度考えて欲しい。色々見聞きしている情報を元に、今の状況が危ないと、そういう考えに至った人もいるでしょう。真剣に物事考えたら、こういう考えに至った人もいるでしょう。でも、どんな考えであれ、今「~に鉄槌を」と語る事が、間接的に「人に死ね」と言っておいて自分は高みの見物している輩を高笑いさせている部分があるんです。だからでしょう。憲法にせよ、教育基本法にしても考慮もせず「変えちまえ」といえるのは。 これ以上、私たちの暮らしを守る「安全弁」を壊す事を許したくない。色々な悪法を許してきてしまったけど、まだ現行憲法があるから、たたかえる根拠もある。だけども、それも外されて「国の言いなりになれ」という形の憲法に作り変えられたら…?どこかの北の国を笑う事はできなくなるんです。 今、ノリだけでモノを書いている人、勢いだけでモノを書いている人には、何ぼかでいい、気付いてもらいたいのです。先に触れたドラマでもそうでしたね。「お前ら、自決しろ」と怒鳴っている人が、直後に銃撃を食らって死んだ事に…。そして、その陰で笑う連中がウヨウヨと。 「そんなのは嫌だな…~には頭に来るけど、避けられるものなら戦争は避けたいんだけど」 …と言うのなら、まずはそこから動いてみましょう。一歩も動かないのと、まず一歩動き始めたのとではまるっきり違うのだから。(編集後記)…似た様な文章を8月15日に書いてしまっていたので、重なった部分もあったし、タイトルどおりの文章にならなかったかもしれません。昔から「テーマの決まった読書感想文」は苦手な私ですが、それが諸に出てしまいました。期待されていた皆さんには申し訳ない思いでいっぱいです。 色々な不安があって、何かしてその危機から乗り越えたいというのは分らないでもないのですが、それを「他人を傷つける」事には求めないで欲しい、というのが不肖伊東からのお願いです。これ以上傷ついてうつむく人間を見たくないからね。 今日はもう一つ書いて、終わりにします。冴えない長文にお付き合いいただいてありがとうございました。
2006年08月24日
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今晩は。伊東です。 さっき「また明日」とか言っておいて記事を書くのもなんですが、どうしても触れておきたかったこともありまして。 ニュースを聞けば、政治のニュースで出てくるのは「自民党総裁選」が圧倒的多数。それに民主の動向があって、国民新党・新党日本がキャラクターの濃い人が出てきて、社民も福島党首が時々テレビに出ますね。で、日本共産党は?テレビの各党を呼ぶ番組では流石に「外せない」から誰かが出てくるのですが、どうにも露出度が…。 しかし、自民党の総裁選のニュースを聞いても、こういう感想しかもてないんです。 「でも結局は、アメリカの帝国主義的な政治を擁護し、それに従う道を進んでいるし、国内では財界に頭があがらず、市井の人々に負担をおっかぶせる政治やるのには変わりありません」ね。 視野狭窄になって、身近な人同士で争ってないで、日本共産党の政策も、考え起こす選択肢に入れてください。国会議員の数は少ない(トホホ)けれども、2万4千の党支部がある日本共産党は、一番市民に近い政党だと自負しています。 残念ながら、今の私の状態では、個々の政策に関してうまくモノを語れない(仕事で精一杯で、勉強が追いつきません)状態ですが、自分なりに噛み砕いて、9月末からの国会の役に立てるような記事を書いていきます。 日本共産党の議員・議員立候補予定者のブログは結構多くあります。よく「画一的」とも言われることが多いのですが、一人一人見ていくと、色々な立場から今の政治に向き合っている姿が見えるはずです。よかったら励ましのコメントを入れてください。 てな訳で、CMみたいになりましたが政治…と言うよりは、日本共産党の記事をお伝えしました。集中豪雨と、河川の増水には気をつけてください。失礼します。
2006年08月23日
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【ボクシング記事で、賞金額に誤りがありました。その部分訂正しておきます。関係者の皆様、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ございませんでした。】 お晩でございます。伊東です。皆さん、今日一日どう過ごされていましたでしょうか。 私は午前は農作業、午後は病院に行っていました。まだ体調万全、とは言えないままこの仕事に入っていまして…特に精神面の調整と、左足のケガがゆるくない所です。普通の人ならつま先立ちできる所、私はできないという状態なので、作業がはかどらない事この上なし。左足のケガが一年経っていて、足の力のバランスも崩れているので、そこの部分気をつけて作業しなきゃいけないです。 今日のタイトルは、上記の通り「陽のあたらない所でも~」としました。取り上げる題材はボクシングと社会人野球。 まずボクシング。先日、亀田兄弟の次男の試合があり、1ラウンドでKO勝ちしたというニュースを聞きました。何のかのと議論を巻き起こしている亀田兄弟+父親。でも、彼らはバックアップもしっかりしているし、注目も浴びています。いわば、陽のあたる選手です。 今週の月曜日の報知新聞。ボクシングを扱う記事の中で「4回戦(※試合は4ラウンドまで)の選手を対象にしたトーナメント」が行われる、という記事を目にした。賞金は、というとなんと200万円。私はボクシングについては門外漢だが、人を殴って、殴られて、というスポーツの割には、ずいぶん安い賞金だな、と思って、記事を見ていました。 ボクシングの知識は、漫画「はじめの一歩」を74巻まで読んだだけの、体重100+アルファのやつが言う資格はないが、ボクシングは細かく体重別に階級が決められて、試合のときには、その体重にあわせて減量しなければならない。減量の辛さは並大抵のものではなく、ストレスもかなりのものだ。それでいて、体重が少しでも多ければ試合はできない(ですね?)。で、試合になればさっきも言ったが、殴り殴られだから、あたり所が悪ければ死にもつながる。それでいて、大会の勝者が得る賞金が100万(+アルファでKO賞もあるが)というのは…もう少しでいい、色つけられないだろうか。 ほんだども、そういう条件にもめげずに、ボクシングに打ち込む選手は沢山いる。性格は、十人十色だろうが、とにかく自分を節制し、その中で技量を磨き、試合に勝とうと思う。日があたらず、試合結果がわずか3行でしか書かれない選手が圧倒的多数だ。 だからだよ。ボクシング回の中で一番注目を浴びている亀田一家には、それなりの責任というのも背負ってくる。ああいうスタイルがいいんだ、という声もあるが、グローブを壁にかけた後(=引退)の事も考えて物事にあたって欲しい。特に親父さん、あなたが昔成し得なかったことを息子3人に託し、トレーナーとして頑張っていることそのものはいいと思うけど、人間形成に関しても、もう一工夫(見た目ほど性格悪くないよ、という声も聞いていますが、それも踏まえて)お願いします。まして6歳の末の子もいるんだから。 続いては社会人野球、茨城ゴールデンゴールズ。例の不祥事事件を受け、チームの改革に乗り出したそうですが、その案の一つが「選手数を20人に」する、という事と聞いて、昨日から「何だよ、それは」という思いが消えない。 私は、例の事件が起きた後、事件を起こした山本圭一氏、その飲み会に同行したという藤本博士捕手、(名前不詳)投手に関しては、それなりの厳しい処分をしなきゃならない、チームは「欽ちゃん球団」といわれる状態から脱却して「茨城ゴールデンゴールズ」という一つのチームとして、地元から愛されるチームになって欲しい、という事で後は経緯を見守ろうというスタンスでモノを見ていた。だけども、この球団に居場所を求めてきた選手に対して、この仕打ちはないんじゃないのか、と昨日の記事に書いた。 これは、よほどうまくやらないと、やめた選手の中で「社会人野球」の世界そのものに、不満や恨みを抱く選手が出てくるのではないか、という不安を抱いている。そういうふうな形で、野球を嫌いにならないで欲しい、というのが私からの願いだ。 今や、各地で「クラブチームバブル」という状況が起きていて、全国各地でチームが作られている。だけども、チームというのは作るのは簡単だが、それを継続・発展させていくのは大変だ。ましてや人間集団。色々ありますよ。ゆるくない事は。 岩手のクラブチームで、最近解散したチームを見てみると、勢いよく作ったはいいものの、やはりすぐすぐには勝つことができず、そのうち金銭面に苦しむか、やる気がなくなる等の問題も出てきてチームが続けられなくなるという問題が起きている、という状況が見受けられる訳です。(ただし、ここの部分は確実な情報を基に書いた話ではない事を記しておきます) 前に、日本野球連盟には、クラブチーム運営の手引きや、クラブチーム運営相談室みたいなのを作ったほうがいいのではないか、という記事を書きましたが、これは本腰を入れてやって欲しい(近くJABAに手紙でも出そうかと思っています)。せっかく野球をやる場所ができたというのに、時間がたてば「もうやめた」では、そこに集結した選手とその周辺にダメージを与え、野球の世界そのものに嫌気をさすことにもなりかねません。 チーム数の増加を受け、今年から三地区に分けての「クラブカップ大会」が行われました。この開催はグッドです。とにかく国技とも言われる野球が、最近までは大人の硬式チームがひとつもない県があったという状況から一歩は抜け出ています。 「どこか大きい、目立つ所」に頼るのではなく、全チームが活きる様な、活力ある組織にしてもらいたいな、と思うのは私だけでしょうか。今年のクラブ選手権大会では、苦しい時期にクラブ野球界を支え続けた大和高田や全足利、そういう時期に旗揚げをした箕島が結果を出しました。岩手でも、企業チームが次々倒れる中、岩手球界を共に支えた水沢駒形が、新興強力チームの赤べこを破る結果も出しています。現場では切磋琢磨が続く社会人野球、ぜひ連盟の皆様にも、今まで以上に「活きる組織」作りをお願いして、社会人野球部分の記事を終わります。 どうしても、目立つ部分でしか記事を組み立てない大手マスコミ。このブログでは、せめてそのフォローが、億分の一でもできたらな、と考えています。 そういえば、政治記事がここ数日お留守になっていました…明日は「人の命に鈍感な人は やがて自分の首を絞める(仮題)」を書こうと考えています。只今記事の組み立ての最中です。 今日も長文にお付き合いいただいてありがとうございました。また明日お目にかかります。
2006年08月23日
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今晩は。伊東です。 先週土曜日から参加していた「にほんブログ村」ランキングですが、予想外の事態になりました。野球 ランキング | 掲示板66位/839サイト中 08/22 23:00現在政治 ランキング | 掲示板51位/375サイト中 08/22 23:00現在総合 ランキング | 掲示板3339位/48178サイト中 08/22 23:00現在8/22のアクセス数は273。 いやはや、身に余るご評価をいただきましてありがとうございます。 明日以降積み残している宿題としては 1)「戦争仕方がない論」に言いたい-人の死や苦しみに鈍感な人は やがて自分の首を絞める 2)日本スポーツ界-陽のあたらない所でも頑張る人はたくさんいる 3)「大農野球部物語-パート3」 4)「周りの空気」-サッカーマンガ「オレンジ」から なお、以前の記事でも触れましたが、教育基本法に関しては別な切り口が見つかるまでもう少し推敲が必要です。この部分期待されている方がいましたら、申し訳ございません。 特に1)に関しては強い思いを抱いての記載となります。自分で考える事もせず、周りの空気とやらに流されて「勇ましい事」を語る人には耳の痛い事も語りますが、いい加減気づかないと、自分もゴミのように扱われる、という事だけは知ってほしいので色々と書いてみます。 別なブログランキングを見ると、50位までの内、かなりの数が「勇ましい事を語る人」で埋め尽くされているものもあります。どこかの「知恵袋」もそうですが、その中に書いてあるのが意見の全てだ、と思われると大迷惑なのです。IT社会とは言いますが、まだその恩恵にあずかれない人も多いし、それを利用して発言する人も、全国民から見れば多くはないのですから。 特にある意見に同調しない人への「各個撃破」が行われているのも重大です。私の知っている人でも、それでブログ休止に追い込まれた人もいますし、ブログ閲覧をパスワード制にしている人もいます。 No117でも触れましたが、負の言葉というのは、連鎖しやすいものです。自分の中でも増幅しやすいものです。一度その「虜」にはまってしまい、見るだけでも辛いブログもあちこち散見されます。ほとんど自己流で文を作っている私ですが、自分なりにこの現象を見つめ、せめてこの文を見た方に何でもいいから気づいてもらえるような一文を書いていければ、と思いながら日々向き合っていきます。 それでは今日の一文はここまで。失礼します。
2006年08月22日
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今晩は。伊東です。 日本選手権岩手予選は大会3日目を21日に行い、東北大会進出2チームが決まりました。 決勝・第一代表決定戦の水沢駒形-赤べこ軍団は1-0で水沢駒形が勝ち、赤べこの岩手県内無敗記録を止めました!駒形・新田、赤べこ・川畑両投手の投げ合いが続いた6回、菅原栄選手の安打→小林選手の犠打→深井選手の二塁打で駒形が先制。新田投手は、左右の変化球と動じない精神力で赤べこ打線を4安打に抑え、完封勝ち。一方、赤べこは木立監督が「隙があった」というとおり、4安打は放ったものの、好機を生かす事が出来ませんでした。 それにしても…この赤べこを破るとしたら赤崎の山本投手か、駒形の新田投手か、フェズントの豊田投手と見ていました。豊田投手は直接見たことはないけど、身心そろった好投手ということでこの3人の名前を(もう一人赤崎の多田投手も挙げたかったけど、今年は多田『内野手』になっていますので…)挙げていましたが、一番槍は新田投手でした。 第二代表決定トーナメントは、一回戦でフェズント岩手が8-0でJR盛岡を破りました。JRは本格派の千葉投手、右サイドの大川投手を繰り出しましたが、フェズントが終始優勢に試合を進めた様子です。JRは中堅チームまでなら力押しも出来るチームになりましたが、今年は都市対抗の駒形戦といい、この試合といい、重要な試合で結果を出す事が出来ませんでした。まだ東北会長旗大会もあるので、定期戦の様なたたかいを望みます。 そして、フェズントは第二代表決定戦に進みましたが、赤べこ野球軍団に1-8で敗れ、結成初年度での東北大会進出はなりませんでした。エース豊田投手は2連投しましたが、3回につかまり5失点。坂本、伊藤両投手も打たれ、打線も7回に一点返しましたが、関投手(一度TDKから帰ってきています)の前に抑えられました。それでも、二回戦で敗退した都市対抗や県知事旗大会を思えば、成長の足跡は見せています。 一方、赤べこは、東北大会に進出はしましたが、県内の無敗記録はストップしました。5月のクラブ大会のときに黒陵、不来方、江刺、駒形、そして赤崎と県内の有力チームをなぎ倒して制覇、都市対抗の時も、東北大会準決勝までは、恐れるものなぞ何もないとばかりの快進撃を見せましたが…一度、思うような結果がでない時にどう修正するか、というのが当面の課題かなという風に私は思いましたが、いかがでしょうか。 この結果、東北大会への第一代表に水沢駒形、第二代表に赤べこ軍団という結果になりました。今度こそ、岩手から全国大会進出を果たして欲しいものです。(日本選手権は93年の岩手県経済連が最後) さて、もう一つ、このニュースを取り上げて終わりにします。(宿題のもう一つは資料をそろえる必要がでてきたので、記載を延期します。) 茨城ゴールデンゴールズの萩本欽一監督が、選手の数を約半分に減らす、という方針を打ち出した一件についてです。正直言うと、私は納得できないものがあります。今その話を聞いたばかりなので、何が、といわれればまだ形になる意見を述べることが出来ないのですが、一度このチームに、という思いではせ参じた選手に対してそれが取る態度か、という思いが私の心の中にあるのです。 確かに、一チーム42人というのは多い部分もあります。大会ベンチ入りは25人、予備登録(この中からベンチ入り25人を選んでいい事になっています)は35人。全員が全員力になれるか、といえばそうでない部分もありますが…。少なくとも、選に漏れた選手が納得いくようなやり方を望みます。よそのチームの事をああだこうだは言いたくはないのですが、社会人野球に恨みを持つ選手がいてほしくない思いでこの記事を制作しました。 今日も長文にお付き合いいただいてありがとうございました。また明日お目にかかります。
2006年08月22日
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早稲田実業のエースの投じた意地の一球が 駒大苫小牧のエースのスイングを突き破り そのボールがキャッチャーミットに収まった時 この年代の 熱い夏は終わりを告げた。 その時 自分の心の中にも 一陣の風が吹いた。 「今年も夏が終ったな」と。 延長15回再試合となった早稲田実業-駒大苫小牧。結果は4-3。苫小牧の猛追は素晴らしかったのですが、それを上回る早稲田の野球を見せつけて、夏の大会初優勝を成し遂げたのでした。 勝利のため-だけども、一つ一つのプレーを、心に残るものにしていきたいという選手の思いが、数々の熱戦を生みました。それがどの試合なのかは、皆さんがそれぞれに思う試合があると思います。私も、正直どれかに絞れそうにありません。 前にも言いましたが、試合に勝つなんて事は、ルールブックの一番最初に書いてある事。そんなもの強調しなくたって、目標に向かって、一生懸命頑張るもの。ましてや高校野球は、多感な時期の3年間を野球にかけてきた、その成果を出す所。手を抜こうなんて思う選手はいないでしょう。 素晴らしいライバルが、自分をも高める。決勝戦で投げあった2人もそうですが、この取り合わせはたくさんあったはず。何よりも、そうやって、素晴らしいライバルを、乗り越えようという心根でぶつかったからこそ、好勝負が出来たのではないかな、と思うわけです。 8月20日付の日刊スポーツにスポニチ。早稲田実業と鹿児島工業の試合終了後、早稲田の選手に対して「激励」をした今吉晃一選手に笑顔で返す斎藤投手はじめ早稲田ナイン。あれなんですよ。たたかいが終わった後、ああいう形で心根通わす事ができるなんて、最高じゃありませんか。普段、写真で心が動くという事のない自分ではありますが、あのシーンには、なんともいえないものがありましたね。 ただ、その激闘の影、美談の影で選手たちの体には、大きいダメージがあった事でしょう。特に投手の2人。十分なケアを望むとともに、大会後の高校選抜チーム入りは避けてもらいたかった、というのが正直な所です。 また、立場が上な選手や指導者が、その地位に安住してしまい、立場の弱い選手に暴力を振るう、という事件も何件か見受けられました。野球でもトップレベルの選手を目指すのなら、人間的にもトップレベルの人間を目指してもらいたい。グラウンドから離れたら「ケッ、こんな奴」といわれるような存在というのも寂しいでしょ?こういう負の面にも、目を向けてもらいたいです。それを克服するために。 何にしろ、3年生はここから新しい人生のスタート。ここからの人生も、自分で道を切り開くだけだぜ。だけども、困った時は仲間に相談するのも手だ。どこかの--が変な事を言っているけど、人間、どこかで何かと関わっていなきゃ生きていけないものさ。頑張ろうぜ。人生という大勝負にさ。 最後に。早稲田実業の斎藤投手の帽子のひさしの裏には「青春」と書いてあるそうだ。 その青春時代なるがゆえの苦しみ…このチームも、ここまで来る過程の中ではチーム分裂の危機もあったという。だが、彼らはそれを乗り越えた。だからこそ、この通りの結果を出せた。 そういう経験というのは、全国どこのチームにもあったでしょう。 失敗もあるけども、それを乗り越えるパワーもある。そうやって人間は成長するもの。 それは、甲子園優勝高校も、14年連続初戦敗退の高校も変わりはない。 こういう「人間成長物語」…今年の大会はひとまず終りました。この物語は、来年も、再来年も続きます。私にできる事は、この「人間成長物語」を、良からぬ目的で使おうとする連中から守る事。彼らに持たせるのは希望と白球であって、無謀と手榴弾ではありません。 また来年、グラウンドで見せてください。みんなが抱いた、強い思いを乗せたプレーを。 ありがとよ。高校生スポーツ選手。出来れば、社会人野球で会おう。※今年の高校野球に関して記載した記事2つです。参考に見ていただけたらと思います。No231 日本選手権岩手大会/鹿児島工の切り札No190 5年越しの2点…大農野球部は今年も怯まなかった。
2006年08月21日
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おはようございます。伊東です。 この時間ではフリーページ「伊東勉取扱説明書」…じゃなかった「このブログの『取扱説明書』」を書く予定でいますが、その前に、日本選手権岩手予選の結果が入手できましたので、そちらの速報と雑感、今日の試合の勝手な予想を書くことにします。 まずは、20日の試合結果をお知らせします。二回戦 水沢駒形9-0矢巾硬式 フェズント岩手10-2オール江刺 岩手21赤べこ野球軍団11-0一戸桜陵 JR盛岡2-0黒陵クラブ 水沢駒形は矢巾に地力の差を見せ付け、中盤の猛攻で一気にコールドに持って行きました。フェズントはオール江刺に大勝。この結果は意外ですが、やはりひと夏鍛えられた結果は出た、ということでしょうか。江刺は、中堅投手陣に元気がありません。赤べこは一戸に快勝。一戸エース鈴木投手などが2回までに8失点では…。関投手は完封も、よもやの選手に一撃を食いました。打った国分選手をほめましょう。JRは黒陵に辛勝という結果になりました。岡本の完投勝利は収穫でしたが、黒陵のレベルアップと、JRの伸び悩みの結果がこれでしょうか。 準決勝 水沢駒形6-5フェズント岩手 岩手21赤べこ野球軍団12-0JR盛岡 第一試合、フェズントは、5回に一挙5点を奪取し、逆転しますが、駒形は5、6、7回と着実に加点し逆転。赤べこはJRを一蹴。公式戦では初対戦となったこのカードでしたが、簡単に退けられてしまいました。 今日21日は第一試合で決勝・第一代表決定戦の水沢駒形-岩手21赤べこ野球軍団。クラブ岩手大会、東北大会、都市対抗岩手大会と点差はともかく、中身は詰めつつあるだけに駒形としてはまず勝利、赤べことしては、復活の烽火となる大勝で次のステップに進みたい。第二試合は、は医者復活・第二代表決定一回戦のJR盛岡-フェズント岩手。勢いに乗っているのはフェズントだが、夏の定期戦ではJRが勝っている。先達のチームの意地か、新鋭チームの勢いが勝るか。その後で第三試合に第二代表決定戦が、第一試合の敗者と第二試合の勝者によって行われます。第一試合敗者にとっては、敗戦のイメージを払拭すること、第二試合の勝者には、連戦に対応するメンタリティーが求められています。 なお、この記事と、No231に書いた一日目の記事は、毎日新聞を参考にしました。 今日はこの後「大農野球部物語パート3」を書く予定。その前に農作業行って来ます。それでは、いったんここまで。失礼します。
2006年08月21日
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こんばんは。再びマタタビ伊東です。 先ほどは長文の記事でしたが、読んでいただいてありがとうございました。 それではお知らせを少しばかり。 社会人野球は、今週末から『都市対抗野球』大会が行われます。場所はもちろん東京ドーム。地域を代表する選手が一堂に会して、たたかいが演じられます。 岩手からは、チームとしては今年も出場チームはありませんでしたが、補強選手として高倉啓司外野手と関連太郎投手が、にかほ市のTDKに補強されて出場します。 また、9月になると、毎日旗大会・東北会長杯岩手予選(秋季大会の性格を持つ)も行われます。来年度に向けて「実りの秋」になるか。このたたかいにも注目です。 続いて日本共産党。トップページでもお知らせしましたが、高橋千鶴子、紙智子両国会議員も参加しての漁業シンポジウムが、岩手県山田町で行われます。漁業や、原発の廃棄水など、海の問題に興味ある方は、ぜひいらしてください。 そして、お盆の間休んでいた選挙も各地でたたかわれる事になります。県知事、自治体首長、自治体議員…どのたたかいも、生活を守るたたかいの上では負けられないたたかいです。一番怖いのは『無関心』。皆さん、自分で考え、投票所に足を運んでください。 私たち日本共産党は、選択の上で必要な事をいろんな形で示していきますので、それも参考にしてください。 続いて仕事。いよいよ整地もほぼ終わり、これからが大変になります。学ぶこともたくさんあって…。人の信頼に足るものを作っていければ、と考えてますので、時々のレポートを見てください。 大体こんなところでしょうか。おっと、このブログですが、フリーページに「このブログの取扱説明書(仮称)」を作ります。どんなものが出来上がるか、今推敲中です。 新しくこのブログを見る方も、常連の皆さんも…これからも、拙ブログをよろしくお願いします。
2006年08月20日
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こんばんは。伊東です。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。 高校野球、延長15回たたかっても決着つかずついに再試合。田中-斎藤両投手ともにすごかったのですが、忘れちゃいけないのが、苫小牧の先発投手の菊池投手。彼がなんだかんだ言いながら、3回投げたのが、この熱戦を盛り立てた一つの要因となりました。存在感は示したといっていいでしょう。2年後はJR北海道かな?どこに行くにしても、面白い存在になりそうです。(おい、伊東!本人の希望ってのもあるだろうが!…しかも、第一版で名前を間違っているんじゃねえ!) さて、妄想語りはここまでにして、今日の本題にいきます。こないだは、高校生の青春物語を書いた「Good Morming Teacher」から、思う事を書きましたが、今日は同じ重野なおきさんの作品で、家族ものを書いた「うちの大家族」から思う事を書いていきます。(以下、物語の核心に触れる部分も書きますので、気になる方は、先に単行本3巻・第50話をお読みの上参照してください) この物語の舞台になる内野家には、3男5女の8人兄弟がいます。上から長女・愛子、長男・音也、次男・大吾、次女・キリカ、三女・智沙、四女・みゆ美、三男・とおる、五女・リン。父親はいますが、母親は何年か前に逝去。これに飼い犬のフランダースが加わって、ワイのワイのとにぎやかな日常生活を書いた作品が「うちの大家族」です。 そんなある日、末っ子のリンが、父親の友人と名乗る男に連れ去られます。その「誘拐犯」は、自宅の工場の経営が苦しく、不渡りまで出してしまったことを苦に、金銭を得るために誘拐をしようとしていたわけです。ところが、誘拐の電話をしてもさっぱり話は通じず、リンの大胆かつ無邪気な行動に「誘拐犯」は気が休まらない状態になっていきます。 そうして、リンと2人で乗り込んだ周回バス。リンが「誘拐犯」に話しかけます。「誘拐犯」は、身の上の話を、リンに話しました。難しい話、5歳の子供にわかるわけがありません。でも、この話をわかった範囲で理解して、リンはこう返すのです。(以下・作品より引用) 「あ、でも『こうじょうは』しってるよ!愛子ねーちゃんが言ってたもん」(以下回想)リン「こうじょうってどんなところ?」愛子「そうねー すごいところよ テレビも 机も 冷蔵庫も 洗濯機も みーんな工場で生まれたんだから」リン「す ずけー こうじょう すげー」(回想終了) 「そのこうじょうのシャチョーさんなんだよね! おじさん やっぱりすーぱーまんだよ!」 (引用終了)橋本と名乗るこの社長は、このリンの言葉にハッとさせられ、さらにもう一人いたバスの運転手にも励まされ、誘拐をやめ、リンを自宅に戻したのでした。自分の工場で作った非売品の物を渡して。 これか軽いノリでは読めませんでしたね。色々なモノがこの中に入っているんですよ。 一つは、前に株の話で言いましたが、日本経済は誰が動かしているか。株価ばかりがクローズアップされていますが、それは、重要な一段面ではあっても、それが絶対、というわけではありません。そして、株券の価値を作り出しているのは、こういう一人ひとりの労働者だ、というのをもう一度話しておきます。それを蔑ろにして「会社は株主のものだ」けでいいのかな、と私は思いますが、いかがでしょうか。 二つは、こういう犯罪を犯そうとしている時に、誰かがちょこっと一声かけるだけで止める事もできる、という事です。この物語の中では、リン本人とバスの運転手なわけですが、普段の生活の中でも色々あると思いますよ。私は、日本共産党員、あるいは赤崎野球クラブの一員だ(今年未登録のクセに)というプライドに加え、今まで出会ってきた人間の、それなりに私にかけてくれる期待を裏切れないという思いが、馬鹿をやろうと微かにでも思ったときの抑止力になっています。 三つは、では、そういう現状を作り出しているのは誰なんだ、というと、資本主義の暴走、というところに行き着くんですね。そりゃ、会社だから利益を上げようと思うことは当たり前。だけども、その利益の上げ方にもルールってものがあるんですよ。まず、労働者の生活を壊したり(不安定雇用、長時間勤務、労働者給与の削減)消費者に不利益な事をしたり(不良品を隠しての販売)帳簿をごまかしたり(堀江容疑者とか多数)してまで設けたいか貴方達はってのが多く散見するんですよ。今好景気好景気といいますが、大方はそうやって、労働者・消費者から「収奪」した部分が大きいのであって、喜べるものではないですね。雲の上の話で。 この物語では橋本の会社は、不良品を出して契約を切られ、それが元で一気に経営苦に陥ります。誘拐しようと思う行動も含めて、自己責任といえば自己責任ですが、何か別の道がなかったものかと思うとね…。 今の『好景気』とやらが、実力をつけてのものというよりは、そういう「収奪」の部分で成り立っているものであるとしたら、この「好景気」とやらがしぼむのも速いと思います。それとも、またも労働者から絞りとりますか?しばらく前にオリックスの社長が好き勝手語っていましたが、あまり「骨粗鬆病」的な景気回復というのはやめていただきたいものです。 話が堅い方向に向いてしまいましたが、こういう風に考えさせられる物語も随所にありまして…。読み応えばっちりのこの作品、ぜひ皆さんも手にとって見ていただければと思います。 重野さんも高校球児。作風とあわせて、今重野さんの作品にはまっています。 これで宿題は一つ終わりました。次に手がけられそうなのが「大農野球部物語パート3」。「教育基本法」は、前に書いたのとは別な切り口を模索中ですので、もう少しお待ちいただければ、と思います。 今日も長文にお付き合いありがとうございました。また明日お目にかかります。PS 猫だぬきサン、コメントへの返事すみませんが待ってください(平謝)。
2006年08月20日
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おはようございます。伊東です。 昨日書いた記事ですが、結局つくる事は出来ませんでした。これで宿題は3つ。何とか『雑記ボックス』の形式でもいいから書きたいな、と思う今日この頃です。 今日のトップページを見た皆さん、何かが変わっていたと思いませんか。そう、ブログランキングに参加しなおしました。今回は「にほんブログ村」です。前の楽天ランキングですが、いつの間にかイーアールオー的サイト(素直に「成人サイト」と書けばいいだけのことだろう)に乗っ取られてしまったらしく、脱退しました。ま、こんなブログなんかじゃ、最下位近くをうろうろするのが関の山とは思いますが、もしよかったらポチリとクリックしてやってください。1・日本選手権大会岩手県予選開幕! 今日から久慈地方で社会人野球・日本選手権大会岩手予選が行われます。赤崎野球クラブは参加しませんが、岩手21赤べこ野球軍団や、水沢駒形、JR盛岡、フェズント岩手、オール江刺と強豪チームが参加します。場所は野田ライジングスタジアム、久慈市営球場で行われます。岩手県北観光のついでにでもいいですので熱戦を見届けてください。ちなみに私は忙しくていけません。ガソリン代もかかるし…。簡単に今日の試合の見所掲載しておきます。 野田球場第一試合、オール不来方-矢巾硬式クラブは、チームとしての完成度は、クラブ大会4強に次ぐ存在の不来方(江刺もそうだが)が上。矢巾は、エース大道が、凱旋登板して意地を見せるか。第二試合、フェズント岩手-釜石野球団はチーム再編成中の釜石苦戦か。フェズントは夏に鍛えた底力を見せたい。久慈球場第一試合は赤べこ野球軍団-久慈クラブ。久慈クラブは、かつての重量打線が復活しつつあるが、赤べこのコンディションが整えば苦戦は免れない。赤べこは関の復調がカギ。第二試合、盛友クラブ-黒陵クラブは基本的にはデイフェンシブなたたかいになるだろうが、歯車が狂えばどうなるか。五分五分の試合になると思われる。 以上、伊東の勝手に予想コーナーでした。2・鹿児島工の「11番」…よくやったよ。 今年の高校野球、駒大苫小牧の田中投手、早稲田実業の斉藤投手と、印象に残る選手はたくさんいるし、智弁和歌山-帝京の試合みたいに9回だけで13点も取り合う試合もあった。決勝も、どっちが勝っても、印象に残るものになるに違いない。 だが、私にとっては、この選手の名前こそ忘れられない。今吉晃一。鹿児島工業高校の背番号11。マスコミにも扱われ、すっかり有名人になったこの選手。ごつい体だが、ケガをしてしまいどうするか、と悩んでいた時に、見つけた道は「代打の切り札」。普段はベンチから、コーチャーから大きい声でムードメイクをし、いざ打席に立てば、思い切り吼え、気魄を前面に出して相手投手に立ち向かう。ちなみにポジションはキャッチャーという。 これだけなら、私は「この選手こそ」とまでは書かなかっただろう。だけども、私は今吉晃一選手の(すいません、もう一人今吉姓いるので)次の言葉に、心に響くものを持ってしまった。 「ベンチに入れなかった何十人の選手がいる。自分は、ケガをしても役割を与えられ、ベンチに入ることができた。彼らの分まで頑張らなきゃならない。」 だからなんだよな、あのプレースタイルは。多くの部員の中から選ばれた…選ばれなかった選手の中には、おそらく同級生もいたに違いない。彼らの前で、自分がベンチに入った意味を見せなければならない。そうだったんだろう、晃一君。 実は、私も高校時代は「背番号11」。何故か、自分の代のチームになってからは、ずっとこの背番号ですごしたのでした。そして、プレースタイルも、チームでの役割も、彼とほぼ同じでした。どうしても他人事として見られなかったのは、こういう理由があったからです。 ただ、違うのは、彼は甲子園出場選手で、しっかりした技量を持った選手。こういう選手がいて、監督も「泣き虫監督」といわれる中で、選手個々が自分の力を発揮してつかみ取った甲子園ベスト4。何年か後で「各県別ベストナイン」を選ぶなら、鹿児島と沖縄はプラスして代打の欄を入れていただきたい。鹿児島には、誰を入れるかは言うまでもないだろう。(沖縄は、2000年代表・那覇高校の比嘉選手。極端なクラウチングスタイルの選手といえば分るでしょうか) 色々面白いといわれた今年の高校野球。その中で一番印象に残ったのが「県立高校の代打の切り札」というのもいいのではないでしょうか。 高校球児全選手にいえることだけど、今吉晃一君、痛めていた所は一生負荷のかかる所だから、早く良くして、その上で、野球選手としても、一人間としても飛翔していってほしいです。 さまざまなドラマを生み出した高校野球も、この夏は残りあと一試合。駒大苫小牧が三連覇なるか。早稲田実業が優勝旗を得ることができるか。明日、全てが決まります。みんな、無事に帰ってきてや。 …しまった、宿題忘れてしまった。それに、ずいぶん馴れ馴れしい書き方もしてしまった…今吉晃一選手ならびに関係者の皆さん、申し訳ございませんでした。 あと、宿題は後回しにしていいですか(恐る恐る)。 てな所で、今日の記事はここまで。また明日、お目にかかります。
2006年08月19日
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おはようございます。伊東です。 今日はちょっと忙しくて、記事制作が出来るかどうかわかりません。 書く事が出来たら重野なおきさんのマンガ「うちの大家族」から感じた事を記事を制作していこうと思います。そして、宿題として「教育基本法」「大農野球部物語パート3」を推敲していきます。 そして、新たに2人の方のブログとリンクを貼らせて頂く事になりました。一人は「花のニッパチ 心のままに」のニッパチさんです。身に余る評価をしていただき、更に関係する方へ紹介していただいたという事で…下手な文章書けませんね。 もう一人は「再出発日記」のKUMA0504さん。色々な文化作品の感想を中心に、多岐に渡る記事を書いています。しばらく前にトラバしていただいたのが縁でした。 色々と足りない文章書いている私伊東ですが、これからもよろしくお願いします。 台風の被害も大きくなっています。皆さんもお気をつけてお過ごしください。
2006年08月18日
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今晩は。伊東です。 昨日も軽く触れましたが「加藤紘一氏自宅放火事件」「漁船拿捕・銃殺事件」。どっちも命を軽く扱ってますね。一定の意見に染まらなきゃ、何をされても仕方がない、と。そういう人達こそ、本当の「自己中」ですね。 色々な人間がいてこその「世の中」。自分以外の者を「除いて」しまえば、自分自身は過ごし易くなるだろうさ。だけども、そうやって他人を「除いてしまえ」でやって行った末路はどうなるか分りますか。いずれは自分もそうなるんですよ。 私は、意見の違いは承知で付き合っている(とこっちが思っているだけかもしれないが)ブロガーも何人かいます。だけども、ここ数日のブログで何回も何回も何回も言いましたよね。他人蹴落として、自分がいい思いするってのがそんなに面白いかい。今のブログランキングで上位にいるかどうか知らないけど、少し頭冷やして考えて見ましょうよ。簡単に「やっちまえ」と書くあなた。自分では軽い気持ちで書いたかもしれない。だけども、それを真にとって「実行」に移す輩もいる。斎藤貴男さんがここの所うまく語っているけど「言論人が激しい言葉をどんどん発している。行動右翼は、その言葉の数々に『自分も行動しなければ』とプレッシャーを感じている」(以上・要旨)。 だからといって、はいそうですかって訳には行くまい。大体そんなのを実現された日には、北のつく国真っ青の状態にされてしまう。「何、日本の民主主義はそこまで脆くないよ」と、善意で言う方もいますが、加藤さんの事件もありますし、共産党はいろいろな所で暴力やら暴言の被害にあったりしていますし、弾圧もされている。最近では、教育研究集会に会場を貸したがらない所も増えてきた。右翼の暗躍もさることながら、施設管理主の側が、そういう「自分で考えることをやめない団体」を嫌っているんじゃないのか、と思う節さえ見える。でなければ、3年ぐらい連続でこんな事件は起きませんよ。 小泉総理は、反対意見の側に立つ人間を、分りやすく単純化して「庶民の敵」にさせることに成功してきた。その時々の言論を聞くと、開き直りとも思われる言葉を平然と吐いてきた。その開き直りが「頼もしい人」という印象をも与え、中身はともかく、人の目を引きつけるのに役立ってきた。こうなってしまうと、いくら議論しても無駄である。この5年間、いざというときには必ず「あなたは共産党ですから」で交わされてきた。質問時間の短さもあり、簡単にそれで逃げることを許してしまった。 その開き直りの方法が、今やいろんな所に広がっていると思うのは、私だけだろうか。とにかくレッテル張ってしまえ。後は耳貸すな。これじゃ、議論何ざ成り立たない。それ所が、今や反対意見論者には身の危険さえ感じる事態にもなってきた。小泉サンよ、安倍サンよ。この事件に関して何故何も言わない。 今、日本中が何か知らないが焦っている様に見える。会社の合併もそうだ。何をそんなに焦って合併する。そして、それは護憲派の運動の一部にも見られる。状況が危ないのは分っている。遮二無二「護憲派を集めて選挙をたたかおう」という声もあるけど、今集まりつつある「憲法を守ろうと思う各層の人達」の集結を邪魔してしまう部分もある。もう少し冷静に対処してほしい。少なくとも喧嘩腰の態度とられた日には、協同以前の問題になってしまう。そして、焦ることで「護憲派の敵」に隙を見せてしまい、そこを突かれる事態にもなってしまう危険性もあることに、気がついて欲しい。 考える事、勉強する事をいつになっても止めないでいただきたい。話が大幅にずれるが、サッカー日本代表のオシム監督。私は、彼が監督になってよかったと思う理由は「スポーツに哲学を持ち込んでくれる」事だ。自分の考えを強く持つ事は、柔軟な考えを阻んでしまうという欠点もあるが、使い方、考え方によっては、しっかりした信念を持ちながらでも、柔軟に物事に対応できる部分もあるし、私は、そういう人間になりたいと思っている。 またも色々脱線して話をしてしまった。だけどももう一度言いたい。 「焦らないで。学ぶ事、考える事を止めないで」と。(編集後記)加藤さんの事件から、ずいぶん色々飛んではねて歩いてしまいました。ま、バカの書く意見ではありますが、ここに書いてある事から、一行でも何かをつかんでいただければ何よりです。それにしても、昨日のサッカー。0-2ですか。簡単には勝たせてもらえませんね。難しく考えないことが一番ですよ。単純に行って、それでダメなら、策を立てる。それでいいと思いますがいかがでしょうか。なんにしろ、背番号51(羽生選手)とか55(鈴木選手)とか、サッカーの試合ではめったにないものを見せていただきました。そういえば、イエメンの選手でもいましたね。40番台。なんか、その選手見ていると「急ごしらえで作りましたよ」という部分が見つけたのが少し笑えてしまいました。(97年ワールドカップ予選のマカオの15番のように、布あてて、マジックで書くのよりはよかったのですが) よく得点力不足とか言われますが、言いたくなる気持ち、分らないわけではないけれどフォワードの選手は、自信を持ってゴールへ突っ込んで欲しい。(ゴールに突っ込むディフェンダーもいるけれど。トゥーリオ選手みたいにね)別に人間性失わなくても、変人にならなくてもゴールは目指せます。私が三浦知良、中山雅史両選手を、ファン以上に尊敬しているのは、彼らがゴールの執念と、自分なりのしっかりした哲学を持っている事。この2つを持ち合わせている選手だからです。巻誠一郎選手には、中山選手みたいになれる素地はあるのだから、これからも頑張って欲しいと思える選手です。 最後に。野球のシーズン、ほぼ終わりましたので、風景の色を今のままにするか、緑色中心にするか(その場合は、自然の写真がくっついた緑色のテンプレートにしようと思っています)只今考え中です。17日9時から試験的にその画面にして見ますので、そこの部分からでもご感想いただければ、と思います。 今日も、色々好き勝手書きました。いかがでしたでしょうか。 長文読んでいただいてありがとうございました。また明日お目にかかります。
2006年08月17日
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No221、No222(東日本カップの赤崎クラブの試合部分)は完全版が完成しました。ご覧ください。 ぜーはーぜーはー、こんにちは、伊東です。やっとこ完成しました。「8月15日に思う事」と「クラブ野球大会」に関する記事製作。5500文字×3はさすがに疲れました。明日からは本格的に農業に入りますし…。てなわけで、この後は、ここ数日の間にあった出来事いくつか書いていきます。1) 気に入らなきゃすぐ暴力かい。自民党・加藤紘一氏自宅火災。 誰がどんな理由つけたって、やったことを認める人何ざいませんよ。加藤氏の自宅には、90代のお母さんがいたそうだ。事務所には事務局員もいたとか。万が一死んだら、責任取れますか。取れるわけないですよね。 ネットで好き勝手書いている連中に考えて欲しいのは、自分たちが軽く思っていても、その言葉を真にとって、こういう凶行に走る人ってのがいる事です。意見が違うからって簡単に殺されていいとは思いませんがねぇ。 こうしている間に、千葉からは家族5人死亡の火事。北海道では拿捕された日本の船に発砲され、一人が死亡。「人間間引き」論を唱える奴は大喜びするのだろうが、圧倒的多数の人間は、こういう事象に胸を痛めます。2)ようやく一段落。 お盆ということもあり、実家の墓参りに行ってきました。母は、2年前の病気のせいで、視力は限りなく0、歩くのにもゆるくない状態です。お墓までの道がいい状態ともいえない所ですが、一番きつい所の階段がいつの間にか新調されていたので、そこだけは助かりました。祖母も85歳。だんだん私が覚えなきゃならない事も増えそうです。3)いつもの面子で飲み会。 8月13日。熱中症気味でばてていた自分は遅刻しましたが、いつもの友人6人で飲み会に行ってきました。これだけなら、いつもと同じですが、二次会はなんと公園で!周りに人家はなく、街灯の下にあるベンチで6人、1時間半ばかり語り合い、そして女性2人を帰した後で、三次会は男ばかり4人で岸壁で1時間半ばかり話していました。続く友情いつまでも、ですね。4・小説校正終了間近…どこに送ろうかな? 先月に完成させた小説ですが、細かい所を見たら間違いが多いの何の…で、校正していました。何しろ、ページ数を740枚書いた小説で50ページ部分で間違えたのが痛く、もう修正修正の連続です。後200ページにまで迫りましたよ。とりあえず、どこに挑戦するか、という目星はつけていますので、そのときはまたここにて書きます。 とりあえず、ここ数日にあった事はこんな所でしょうか。また明日から頑張っていきます。 今日は4部作になりました。また明日、お目にかかります。
2006年08月16日
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再び伊東です。前記事ではクラブカップ大会を書いてみました。ここでは、そのもう一つ上の大会、全日本選手権大会について触れていきます。 一回戦に関しては、既にエントリを起こしていますが、ここでは二回戦以降をざっとまとめて書いていきます。1)2回戦のたたかい試合結果 大和高田3-0HBC金沢 茨城ゴールデンゴールズ15-1広島鯉城クラブ(7回コールド) 全足利9-5函館太洋 富山BBC5-2西多摩倶 NOMO・BBC5-3秋田王冠(延長12回) 和歌山箕島球友会5-3札幌ホーネッツ 岩手21赤べこ野球軍団9-1新潟コンマーシャル ここでのサプライズはNOMO対秋田王冠。秋田王冠は三浦勉投手の力投であわや番狂わせか、という力投を見せましたが、9回にホームラン2本浴び同点、それでも投げ続けましたが、延長12回、とうとう力尽きました。それでも相手は、都市対抗にも出るチーム。秋田大会でユーランド、東北大会では赤崎と強豪を倒して勝ち進んできた底力は伊達ではありませんでした。秋田王冠の健闘を称えます。 不祥事に揺れたゴールデンゴールズは、広島鯉城に圧勝。鯉城がこんなに大差をつけられたことが意外ですが、ゴールデンゴールズはあの不祥事が、チームに、野球に何が必要かというのを考えさせたのでしょう。 前年準優勝の大和高田、古豪全足利、前年ベスト4の富山は順当勝ち。箕島は03年優勝チームのホーネッツに競り勝ち、赤べこはコンマーシャルに圧勝しました。初出場チームに強いコンマーシャルではありましたが、さすがに赤べこに対しては及びませんでした。2)ベスト8のたたかい試合結果 大和高田7-6茨城GG 全足利3-2富山BBC 新日鐵大分6-5NOMO 箕島5-4赤べこ ここに残るチームになると、はいそうですか、と簡単に勝たせてもらえないチームが並びます。試合はいずれも1点を争う好ゲーム。マスコミの注目度の高いゴールデンゴールズ、NOMO、赤べことこの3チームがいずれも敗退。先も触れましたがMONOは都市対抗本大会出場チーム、赤べこは都市対抗東北大会決勝進出チームと、十分な力量を持ったチームではありますが、それらのチームでも勝ちきることができないのが今のクラブ野球なんでしょうか。 大和高田、全足利はここ数年の「クラブチームバブル」が起きる前から、クラブ野球界を支えた強豪チーム。正捕手を欠くゴールデンゴールズ、急成長の富山を振り切り、準決勝進出を決めました。一方のブロックは、新日鐵大分がMONOを、箕島が赤べこを破り、ベスト4に進出しました。この両チームは、それぞれ「新日鐵大分(+大分ハーキュリーズ)」「箕島高校」で培った「チームとしてのたたかう力」で、個人個人の技量に優れる両チームを破りました。この両チームも、チームとしての力がないわけではありませんが、後一歩及びませんでした。3)そして、最終日。試合結果 準決勝 大和高田10-9全足利(延長11回)箕島4-2大分決勝 箕島7-6大和高田 マスコミ受けするチームはいなくなりましたが、いずれも実力派が勝ち残ったベスト4。第一試合の大和高田対全足利は、この2チームがたたかえば必ずこうなるという「大熱戦」が展開されました。やはり、赤と青のユニフォームというのは、何か心をかき立てるモノがあるんでしょうか。岩手でも赤崎(チームカラー青)と水沢駒形(チームカラー赤)の例がありますし。 話が横にそれましたが、この試合は、地元の声援を受けた全足利を大和高田が打ち破り、決勝進出。足利にとっては悔しい敗戦になりました。準決勝のもう一試合は箕島が、新日鐵大分を破り、こちらは初の決勝へ。 そして、決勝。りんかんサンや、Baykinさんのブログによると、前半は大和高田ペースだったといいますが、後半に箕島が一気に逆襲。逆転し、初出場で王者になりました。 この2チームは、結成直後から練習試合を多くしてきたチームでありました。先に伸びたのは市内の企業からのバックアップも受けた大和高田。しかし、箕島も年々力をつけ、今や和歌山を代表するチーム(和歌山に一つしかないから、というだけではない)に成長しました。その結果が出て、この大会の優勝につながったわけです。 箕島の皆さん、優勝おめでとうございます。4)この大会を振り返って さて、クラブ野球の世界も、最近はレベルの上昇がすざましく、東北勢は01年大会には水沢駒形、久慈クラブの両チームが準決勝進出という結果を出したが、その後は04年に赤崎が、今年になって秋田王冠、赤べこが1回ずつ勝つにとどまっている現状になってしまった。逆に、これまで不遇をかこっていた近畿勢が、クラブチームでの場所を与えられたことに奮起し、大和高田や箕島といった強豪チームが、クラブ野球界を席巻している。 注目を浴びるチームも増えた。野茂英雄投手が自費を投じて作り上げた「NOMOベースボールクラブ」は、05年に東京ドーム(都市対抗)西武ドーム(クラブ選手権)ダブル進出を果たした。萩本欽一氏が作った「茨城ゴールデンゴールズ」は、いまや注目度日本一のチームといってもいいだろう。元プロ選手が多数集まった「岩手21赤べこ野球軍団」も、今シーズンに入っての快進撃に世間の注目が集まりだした。 だけども、ここで勘違いを起こしてはいけない。茨城ゴールデンゴールズの不祥事に関しては言うまでもないが、マスコミには扱われなくとも、仕事の合間に、野球をすることで己の存在価値を見直し、仲間とふれあい、目の前の試合を勝って行こうという、それだけの目的で白球を今なお握る選手はもっともっと多い。試合をするにあたっては、そういう「スポーツ選手」が相手する。相手がいなきゃ試合にはならない。そういう意味で、どういうチームが相手であれ、お互いに敬意を持って、試合に臨んで欲しい。そう、ノーサイドの精神で。 それがあれば、邪な事をしようなんて考えなくなるものですよ。 このクラブ野球選手権が終わると、私はすっかり秋モードに入っていきます。岩手でも社会人野球日本選手権予選が行われますが、赤崎野球クラブは参加しません。 気付いてみれば、トンボも飛ぶ季節になりました。秋といえば「実りの季節」。来年に向けて、実りあるたたかいができればな、と思う私伊東でした。 クラブ4大会についてのまとめは、ここで終わります。
2006年08月16日
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皆さん、こんにちは。伊東です。たまった宿題と借金は、返すのに一苦労です。トホホのホ。 さて、ボヤキはここまでにして、その宿題のうちの一つ、クラブカップ大会に関しての記事を書いていきます。全日本選手権みたいに一つずつエントリー起こせればよかったのですが、それをやったら、時間が足りません。なので、申し訳ございませんが、まとめて書く事にします。1)東日本大会…苫小牧、赤崎との激戦制し初優勝一回戦 赤崎野球ク4-0宇大OB オール苫小牧14-2新庄球友 オールいわき5-4伊勢崎硬建 高田ク7-3幸清会準決勝 苫小牧3-2赤崎(延長13回・タイブレーク) いわき7-3高田決勝 苫小牧9-4いわき 東日本大会については、拙稿でも(No221、No222)に触れていますので、赤崎・高田両チーム以外の試合での雑感を色々。 優勝候補と見られていた伊勢崎が、初戦でいわきに競り負け、優勝戦線が一気に混沌としてしまいました。新庄は、何故こんなに大差がつけられたのか不思議ですが、グランドスラムさんのブログで書いています。ブックマーク一覧からどうぞ。社会法人としてははじめて結成されたチームの幸清会ですが、高田の右横手・馬場投手の投球に合わなかったのか、一回戦で敗退していきました。宇大OBは、初戦で敗退しましたが、投手力の良さが、今年に入ってからの好調に結びついたと思います。 オールいわきも去年の全国大会進出チーム。捕手で4番の元JT・石岡選手が目立ちますが、自分の役割がしっかり確立されたチーム。見た試合ではセカンドの古村選手の動きのよさが目立っていました。投手は、色々なタイプの投手を継投させてくるタイプのチームですね。 苫小牧は自分のブログでも書きましたが、一度着火すると、止まらないのが特徴でしょうか。赤崎の好投手・山本投手も7回に5安打(内野安打3、ポテン1ではありますが)食らいました。決勝でもその力を如何なく発揮して快勝。初代王者となりました。 岩手勢は、赤崎は投打ともに粘り強さを見せましたが、タイブレークは初体験。その経験が差を分けてしまいました。高田は調子の波を安定化させればこのぐらいの試合はできるチームです。 他はどうか分りませんが、岩手県営に集まった観客は…地元の赤崎の試合で100人越えたかどうかって所ですね。ファールボールに対する防御も含めて、課題もできました。運営面でもより凝らした工夫をお願いします。2)中日本大会…静岡、地元の期待に応え初代王者一回戦 静岡倶7-4所沢GBC 愛知4-3佐久コスモスターズ 三重高虎2-0ファイティング・スピリット 東京好球倶8-7浜松ケイ・スポーツ準決勝 静岡6-3愛知 東京11-1三重決勝 静岡4-2東京 続いては、中日本大会。この中で実際目にしたチームは東京好球のみ。よく聞く名前では静岡、ケイスポーツ、愛知もあげられる。関東で最近力をつけつつある所沢や、佐久、三重といった新興チーム、あるいは移籍選手が活性化させたファイティングスピリットがどうたたかうか見物…と大会前に予想していました。 結果から言えば、これら新興チームは善戦は見せたものの、勝ちきれなかった、ということができる。東京-ケイスポーツはこの一回戦の中で一番の激戦になったが、東京がケイスポーツを振り切った。新興チームの中で唯一つ勝ち上がった三重は、東京に「先達のチーム」の意地を見せ付けられる事になりました。 愛知との一戦を勝ち抜いた静岡と、東京が決勝戦をたたかい、4-2で静岡が勝利。最近、所々の大会で存在感を見せている東京ではありましたが、全国でのたたかいに関しては静岡に一日の長があった、ということが言えたでしょうか。この両チーム、もう一つ上の大会で見てもおかしくないチームだと思います。3)西日本大会…松山、経験の差見せつけ初代王者一回戦 全大津10-4きららマウントG山口 松山フェニックス14-5梅田学園BBC 全播磨10-4鳥取キタロウズ 宮崎ゴールデンゴールズ11-8岩国五橋ク準決勝 松山4-1全大津 宮崎GG6-3全播磨決勝 松山10-1宮崎GG 今までチーム数も少なく、不遇の扱いを受けていた関西以西のクラブチームも、今ではすっかり数が増えました。10年以上前から名前がある、というのは大津、岩国、改名前のきららマウントG(元防府クラブ)。しかも、この大会に松山フェニックスが参加していたのには驚きました。 全国舞台の経験もある全大津、全播磨、山口に、梅田学園、キタロウズ、宮崎ゴールデンゴールズ、または古参のチームの岩国五橋が、元々は企業チームのフェニックスにどう挑むか…山口が予想外の大差で敗れたこと、全播磨が宮崎GGに敗れた事など、予想外の結果も目にしましたが、大会を制したのは松山フェニックスでした。4)この大会の意味 クラブチームの増加により、全国大会への道が「狭き門」になっている事から、公式の大会を増やそう、という事で始まったクラブカップ大会。全国大会をかけた試合であと一歩届かなかったチームが、それでも、地域の強豪と呼ばれるチームを相手にたたかえる貴重な場となりました。 開催時期は今回はお盆前に設定しました。これから毎年「クラブ選手権大会と同時期に開催」になるのか、「クラブカップは盆前開催」になるのかは分りませんが、色々な声を集めて、適切な時期に開催されればいいなと思います。 大会の開催規模としては、今のくらいが丁度いいと思います。大会の性格に関しても、「何か勝ったチームに対してのアドバンテージはないのか」という声もあるとは思いますが、何か妙案が思いつくまでは「選手権次点チームの腕試し大会」という性格でいいのではないでしょうか。予選を戦う上では「全国大会」を目標にたたかうのでしょうから。 以前、momi051さんのコメント欄に、私はこう書きました。 「雑誌のグランドスラム(社会人野球専門誌)に出てくるチーム以外でも、まだ強豪チームはあるはずだ。」と。 この大会の一番の目的は「目の前の強豪チームとたたかい、何かを得る(ついでに開催地の見聞を深められればいい)」それだけでいいでしょう。 この大会に参加したチームの中から、来年は何チームが「全日本選手権大会」に進出するのでしょうか。今から楽しみです。
2006年08月16日
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こんにちは、伊東です…と言っても、この記事書いているのは、実は16日だったりするんですね。それでも、8月15日という日は、一年の中で一番「戦争」に関して考えさせられる日でもあるのです。本当は、日々常々考えなきゃいけないのでしょうが…。1・私が戦争を嫌いな理由 戦争が嫌い、というより「理不尽な死」が嫌いな私。これが寿命で行き切った、もうしかたがないな、という死なら、受け入れることもできるのだろうが、そうでない死には、納得する事ができない。 私自身は、戦争を実体験したときがない。伝見でモノを知るだけだ。だけども、それをわが身として考えた場合、どれほどの辛い思いをするのか、想像がつく。自分の周りの人間が次々死んでいくのに耐えられるのか、と。 更に言えば、もっと恐いのがそういう「理不尽」に慣れてしまう事だ。ぶいっちゃん・らんきーブログのコメントに書いてきたある人の経験を、ここにも記す。 「サラ金の事務員の人の話だが、債権者が自殺したという話を聞いたとき、最初の頃は『ショック』を受けていた。しかし、その話を多く聞くにつれ、人の死なのに『あっそ、死んだの』という、軽い感覚でものを考えるようになっていた」 人間の脳というのは、自己を安定させるために、事象の変化に慣れるという行為を覚えるそうだ。それが悪い事とは言わないが「慣れ」という行為が、普段なら犯罪ととられる行為も「免罪」してしまうようになってしまうのであれば、恐い事だ。 戦争体験者は、少なくなっている。経験を語り継ぐのは今しかない。その上で、自分達は「戦争」という、人類の進歩を止める行為に対してどう立ち向かうかが問われる事になってくるのかな、と考えるようになって来た。 話がずれました。軌道修正…。自分の身の回りだけでも、そういう「理不尽な死」が起きれば、それが一人だけでも寂しく、悲しい思いがする。一人が死んでも、その何十倍の人が悲しむだろう。それが10人、100人、1000人となったら…。それだけ「寂しく、辛い思いをする」輪が広がってしまうだろう。そして、それは「その人達を殺した」側に怒りとして向けられる。そして、殺した連中を今度は自分たちが殺す側となったら…。今も起きている「復習の連鎖」につながってしまうわけです。 そういう戦争の世界になったら、弱者は切り捨ての対称にしかならないでしょう。古今東西、戦争している国(特に侵略側)が、障害者保護とを両立させた、という事例を私は聞いたことがない。(もしあったら教えて下さい)「戦争は物事の発展を促す」という意見を持つ人もいる。だが、その発展が多大なる犠牲の上で作られたものだったら、そんな発展なんぞいらない。まして「間引き」論は問題外の下の外だ。 長々と理屈らしきものを書いてきたが、手っ取り早く言えば「自分の周りの人が不条理に死ぬのが嫌だ」。戦争を命令する奴らは、決して自分から死にに行かない。他人を使って「お前、人を殺しに行け」とふんぞり返って言うだけの事だ。無論、侵略を受けたら、身を守るために追い返すことは否定はしないが。 戦争を失くすにはどうしたらいいか。馬鹿単純に言い切ってしまえば1)どこかが先制攻撃をしなきゃいい。2)争いの元となる問題点を解決すればいい。 憲法9条を持つ日本政府は、2)の件を最大限に使える国だと思うのですがね。 「何お前らあぶねぇことしようとしてるの。地元じゃ言いたいこともいえないから、日本に来て、頭冷やして話してみたらどうだ」 これが一番効くとは思いますがね。いかがでしょうか。「理想論だよそんなもの」という方には、この一文の3に色々書いています。2・靖国神社…追悼なら他にやれる事があるはずだ 15日。小泉純一郎首相がこの神社に参拝に行ってきました。「いつ行っても文句言われるなら…」でこの日にしたとか。行く事自体に異議あるんですがね。私は。 大体あそこは「戦争を美化する考えを広める中心的存在」であり、かつては戦争で死ぬ事を推し進めさせた所でもあるでしょう。本来なら、戦争に負けた時点でおしょしくて、表に出てくることなんかは出来ないはずですよ。 ただ、一人一人の人が、ここをより所にしている人もいますから、市井に住む人に関してはあまり強くは言えないのですが、その人の行動が国民に影響を与える、という立場の人に関しては、この神社の性格解って行っているのか、と効いてみたいです。 まず、戦争をして、何の事情か抜きにして、国民をたくさん死なせ、苦しめた人に関してはそれなりの対処せざるを得ないんじゃないですか。本来は、日本国民でそれができれば一番良かったのですが。ドイツでも、今はナチスはあってならないものとされていますが、そこに至るまでは、かなり激しい議論があったようです。何しろ、自分が参加した戦争を「意味のないもの」にされてたまるか、という立場の人もいますからね。 だけども「間違ったことをした、という事を認めて、その行為を二度としないし、させない」というのも、意味のある事だと思うのですが、いかがでしょうか。 戦争には、さまざまな思いを抱いてたくさんの人が銃を持ち、殺し、死んで行きました。一人一人の思いや、追悼の仕方までは何も言うことはできません。ただ、自分が辛いと思った事を二度も繰り返させていいのですか、ゆるくない思いを二度と繰り返させていいのですか、というのは生きている人全員に問われている事です。 それを考えたら、一定の性格しか持たない靖国神社ではなく、万人が行く事ができる「追悼施設」が必要ではないか、と思いますが、いかがでしょうか。3・勇ましい言葉…理想持たなきゃ政治なんぞやってられない 最近、ブログやら、掲示板やらで勇ましいことを言う人が増えている。 「中・韓・朝がごちゃごちゃうるさい。連中は日本を占領しようとしている」 「反日の意見を語る奴はみな在日--人だ。そいつらを日本から追い出せ」 「特定アジアの連中には強気でモノを言わなきゃだめだ。それが武力であっても」 「もし戦争になったら、俺は喜んで銃を持つ」 …持って欲しいのは「自由」であって「銃」ではない。で、1、2で触れたようなことを言っていると、大体次のような意見に出くわす。 「そんなものは理想論だ」 いままで物事発展させるのに、理想論でなかったものはなかったのでしょうか。 2人の同意だけで結婚できること。 一人一人(正確には一家族一家族)自分の家を持ち、住む事。 何日かに一回休む事。 一日24時間は働かない事。 病気にかかったら、金の心配をあまりしないで治せる事。 男女、あるいは所得の有る無しに関わらずに政治に関与できる事。あるいは同じ権利を有すること。 最低限の生活を保障する事。 他人、あるいは権力者によって、強制的に殺されない事。 さあどうですか。今でこそ当たり前とも言える事ですが、昔はみな理想論だったんですよ。だけども、それを形にして、どうしたらそれが実現できるかを模索して、運動して、こういう願いが、権利と成って、実行されるに至ったのです。それでも「そんなのは理想論」で片付けられますか。理想論がなければ、政治なんかいらないんですよ。前にも言いましたが。 私たち「護憲」陣営も、護憲なりの未来ビジョンをうまく、広く伝えられればな、とは思いますが、それでも「理想論」の一言で、ある方向の意見を一蹴し、力の強い人に従っていれば、自分は安泰だという考えでいる人を見ると「次は貴方だよ、切り捨てられるのは」という風に思ってしまいます。 捨ててはならないのは「自分で考える」事。自分は共産党員であり、赤旗を読んでいます。流して読まないで、しっかり自分のものにして読む。結構時間はかかります。そして、メディアミックスという事で、他の新聞、あるいはサイトを見て、そうして考えた上で、このブログに臨んでいる…つもりです。 今、ネット上の一部の言論に汚い現象が見受けられます。「ネットの上での話だ」「一部の人だよ」…それが分っていればいいけども、言葉というのは残酷で、何もそういう話を聞いていなければ、そういう言葉に引きずられてしまうんですね。それがある一定の方向に向かっているのが気になります。そして、私たちのような立場の人に対しては「居るだけムダ」と罵る。 そういうのに立ち向かい、どうやって「選択肢の一つ」…『仲間』になってもらえれば最高ですが、まずはそこから、という事で…にしてもらうか。今年の秋から、来年の夏にかけて、心身ともに休まらない日々が続きそうです。 3つの題材とも、その題材にあった文が書けたかどうか分りませんが、8月15日に思った事をヅラヅラと書いてみました。ご感想など、もしあったらお気軽にコメントにどうぞ。ただし、読んでて気分悪くなるのは消しますからね-。 今日はもう1作つくります。ここまできたらヤケだ!てな訳で、いったん失礼します。
2006年08月15日
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こんにちは。伊東です。 昨日、一昨日は、野球(しかも延長13回タイブレーク)あり、新聞の仕事あり、そして、年2回の友人との飲み会ありで、あちこち動き回りました。その挙句が軽い熱中症です。 というわけで、クラブ選手権などで記事を書きたかったのですが、今日は記事を書かず、静養します。本日の記事に期待したみなさん(全国に3人はいたかな)申し訳ございません。 明日は8月15日。いわゆる「終戦記念日」です。15,16日にかけて、戦争に関しての私の雑感と、全日本大会、東日本大会、中日本大会、西日本大会とクラブ野球4大会の二本立てでお送りする予定でいます。 東日本大会は、オール苫小牧が優勝しました。いい試合をした相手チームが優勝できたことに、自分の関わるチームが負けた事はさし引きますが、それ以外の部分では嬉しいものがあります。苫小牧の皆さん、来年は、もう一つ上の大会で会いましょう。 今日はここで失礼します。またお目にかかります。PS 前の記事について、岡山県の東つよしさん(岡山4区で日本共産党から立候補し、今もがんばっている方です。ブックマークから東さんのブログに行けます)よりコメントをいただきました。ありがとうございます。このパソコンではコメント書けないので、正式なお返事は少々お待ちいただければ、と思います。コメントありがとうございました。
2006年08月14日
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こんにちは。伊東です。今日もこれから積み残した仕事、山ほどこなしに行ってきます。 東日本カップ大会準決勝。赤崎野球クラブは、北海道代表のオール苫小牧と対戦しました。赤崎は初回、1点を失うものの、5回に平野選手の四球後、山田選手が送り、佐藤琢哉選手の適時打と相手エラーで2点を奪い、逆転しました。 赤崎の山本投手は、6回まで苫小牧打線を1安打に抑えていましたが、7回に一気に5安打(中には、記録エラーでいいだろう、というのもありましたが)を集中され、同点に追いつかれてしまいました。 その後は赤崎・山本、7回からリリーフした苫小牧・別府両投手が譲らぬ投手戦を展開。延長12回には、センターオーバーの大飛球を打たれましたが、赤崎守備陣はあきらめず、佐藤琢-多田-平野-村上とつないでホームでタッチアウト!サヨナラを防ぎました。 そして、延長13回。この会からタイブレークが適用になり、一死満塁から試合開始。赤崎は泉、佐藤琢両選手が打って出ましたが0点に終わり、逆に苫小牧はかつてのミスター社会人・沢田監督が登場。山本投手の投球をレフトへ打ち上げ、ランナーが返ってサヨナラ勝ち。勝利を後一歩で逃しました。赤崎ク 000 020 000 000 0 2苫小牧 100 000 100 000 1 3三塁打=菊谷(苫)【赤崎】9山田 3金野豊 8佐藤琢 2村上 5新沼 6多田 D佐藤俊 7亘理 4平野 P山本淳 (途中出場)鈴木博(佐藤俊・9回代打→D)泉(金野豊・13回代打→3)【苫小牧】8河井亮 6秋葉 D鈴木 3坂井 5神保 2笹嶋 4菊谷 9谷口 7大西 P佐々木 (途中出場)谷口(9→11回より7)/内野(佐々木・6回からP)別府(内野・8回からP)佐藤(大西・10回代打)沢田(佐藤・11回から9) 準決勝のもう一試合、高田クラブ対オールいわきは、4回まで奮投してきた戸羽洋投手が、5回以降捕まり、0-7に。しかし、高田はあきらめず、この日はキャッチャーとして出場した戸羽直之選手の安打から打線がつながり、実吉(みよし)選手の安打後、村上、吉田昌両選手の適時打で3点を返し、馬場投手がその後無失点に抑えましたが、その後いわきの細かい継投策に反撃の機会を断たれてしまいました。高田ク 000 000 300 3いわき 100 024 00X 7【高田】8伊藤 4実吉 9村上 D吉田昌 5熊谷 3和泉 7中村 2戸羽直 6清水 P戸羽洋 (選手交代)熊谷(5→7)戸羽(2→5)/金野潤(和泉・3)黄川田真(中村・2)馬場(戸羽洋・6回途中からP)【いわき】5山田好 4古村 7稲川 2石岡 9横山 8木田 3芦野 D高橋 6上遠野 P遠藤 (途中交代)本田(遠藤・5回からP)内山(本田・8回からP)渡辺(高橋・代打→D)山田智(稲川・9回から7) 決勝戦は苫小牧といわきとの間で行われ、苫小牧がいわきの反撃をかわして、9-4で勝ち、初代東日本カップ大会王者になりました。なお、その試合のスタメンは以下の通りです。【いわき】5山田好 4古村 D稲川 2石岡 9横山 8木田 3芦野 7渡辺 6上遠野 P内山→本田→遠藤【苫小牧】8河井亮 6秋葉 D鈴木 3坂井 5神保 2笹嶋 4菊谷 9谷口 7佐藤 P佐々木→内野→別府 表彰選手など詳細は、後ほどの特集記事で触れる事とします。(お詫びと訂正)初版では3回の赤崎の先制適時打を放った選手を山田選手と書いてしまいましたが、正確には佐藤琢哉選手でした。申し訳ございませんでした。
2006年08月13日
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今晩は。伊東です。今日は色々立て込んでいまして、さまざまな記事は明日書くことにします。 とりあえず書いておくことは一つ。今日盛岡で行われた「第一回東日本クラブカップ大会」は、岩手県営、雫石両球場で一回戦4試合が行われ、赤崎野球クラブは4-0で宇都宮大学OBクラブに勝ち、明日の準決勝への進出を決めました。 試合は、3回に佐藤琢、村上(2点)、多田各選手の適時打で4点奪った赤崎は、その後4、9回にピンチにあうものの、山本投手と赤崎守備陣の奮闘で得点を許さず完封勝利。上り調子だった宇都宮は、5回からリリーフした山崎泰投手が追加点を許さず、7回には一死二、三塁の好機も作りましたが、生かすことができず初戦敗退と相成りました。8月12日 岩手県営 東日本クラブカップ一回戦赤崎ク 004 000 000 4宇都宮 000 000 000 0二塁打=新沼(赤) 三塁打=村上(赤)【赤崎】9亘理 3金野豊 8佐藤琢 2村上 5新沼 6多田 7佐々木宏 D鈴木浩 4平野 P山本 (途中交代)鈴木博(鈴木浩・代打からD)泉(金野豊・途中から3)【宇都宮】7渋谷 4角田 8二丹 2鈴木 6山崎文 D石塚 3中野 9野呂 5小松 P高橋 (途中交代)角田(9回4→9)/山崎泰(高橋→5回からP)倉沢(野呂・8回代打)一宮(倉沢・9回から4)大関(角田・9回代打)横川(鈴木・9回代打) 本当は、この後の試合も見ていきたかった所ですが、用事が片付かず試合終了後に大船渡へUターン。今晩、果たして何時間寝ることができるのでしょうか…。段取りが下手だ、といわれればそれまでですが。 では明日の記事は、クラブカップとクラブ選手権(NOMOも、ゴールデンゴールズも、駒形も、赤べこも負けてしまいました)の記事を製作、アップします。皆様、蒸し暑い一日とは思いますが、良い一日をお過ごしください。 ここで失礼します。
2006年08月12日
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前日は、二日分の記事を制作しました。ブログを作っている人にも色々動きがありまして。もう一人、「あっきーのあきらめない」君も、ブログの更新が停止していました。今更アドバイスってのも難ですが、彼の考え方はよかったけど、もう少し、どの立場の人にも睨まれにくいものの言い方が出来なかったかな、と思って見ていました。今では連絡する手段もありません。残念です。 さて、私のプロフィールを見た方は、女性タレントの中で誰がファンかというのをご存知だとは思いますが、遠藤さんは今年の夏は舞台と稽古で過ぎ去りそうなほど忙しいようですし、三倉マナカナ姉妹は20歳の少女らしく、読んでてホッとする日記を書いています。 遠藤さんは97年あたりのデビュー当時からなんとなく注目していました。まず「食いっぱぐれはない芸能人になれる」と。ファンの言う事か、とお叱りを受けそうですが。色々とテレビに出ているのを見るたびに「おお頑張ってるな」と思いながら見入り、最近の「捜査9課」では、もと麻薬中毒者、今歌手の役を好演していました。これからも頑張ってけらっせん。 三倉姉妹は…トーク・バラエティ番組によく見かけます。ま、本来はキチンと一人一人見ていかな失礼になるかな、と思いながらも、二人が作り出すほんわかムードには何もいえませんね。この2人にも頑張ってけらっせん、と語っておきます。 そして、最近は注目株の役者2人を紹介しておきます。 一人は市川実日子さん。芸の幅が広く深い感じを受けました。テレビでも何ぼか出ていますよね。味がある役者さんです。 もう一人は秋山奈々さん。仮面ライダー響鬼で出ていた女の子の一人、といえば分かりやすいでしょうか。年はまだ高校生年代のはずですが、将来どんな道に歩むのか。 キャラクターでは凛としたしっかり者の女子高生を演じていますが、そのシーンを見て、自分の書いている小説の、ある中心的キャラクターに誰かを抜擢するならこの子だ!と勝手に思ったりしたものでした。全国の秋山奈々さんファンの皆さん、もの投げないでください。 なんにしろ、ここに挙げた5人のみなさんには、特に芸能界の悪癖に変に染まらないで頑張ってほしいものです。男子でも一人挙げたかった人もいましたが、名前読めません!てな訳で、後回しにします。 たまたま秋山奈々さんのブログ見つけたので、こんな事を書いてみました。上を向いて、歩いていきましょう、てなわけで今回の記事はここまでにします。また次回お目にかかります。
2006年08月11日
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今晩は。三度伊東です。 そういえば今日は、全日本クラブ野球選手権が始まっていました。寝る時間もほしいので、結果と、簡単なコメントを書いていきます。Hard Ball Club金沢(石川)11-3 TFUク(宮城) TFUも弱くはないはずだが、どうにも投手陣が打たれすぎてしまった。一方、金沢は、意識を高くもって鍛錬積んだのがいい結果に結びついている様子です。いわき菊田ク(福島)4-5 函館太洋倶(推薦・北海道)(延長十回) 菊田は、3回に生田目選手の本塁打などで4点奪ったものの、その後加点できず、逆に延長に持ち込まれ、サヨナラで敗退。函館、バックアップの強化に見事応える!西多摩倶(東京)7-3 水沢駒形倶(岩手) 西多摩のエース金森が完投。激戦南関東を勝ち抜いた意地を見せた。一方、駒形は04年以降3連敗。4回の4点さえなければ…。ウェルネス彩(埼玉)2-7 秋田王冠ク(秋田) 王冠、序盤からの猛攻でウェルネスからペースを奪った。三浦勉選手が踏ん張って、2年ぶりの東北勢勝利。全鹿嶋倶(茨城)4-6 新潟コンマーシャル倶(新潟) やはりコンマーシャルは、初出場チームにとって大きな壁だった。5回表までは鹿嶋優位も中盤の猛打で逆転。04年の鹿島レインボーズに負けた借りは返した。明野レジェンズ(三重)3-12 新日鉄大分同好会(大分) 2年前に旋風を起こした明野。8回に3点差にまでつめたが、そのあと一挙6点奪われてジ・エンド。新日鉄底力みせて勝利。 後もう一つ、岩手県でもJR盛岡、フェズント岩手、富士大、盛岡大の4チームによる一回戦総当りリーグ戦の対抗戦が行われました。結果だけ触れておきますと、優勝は富士大。以下JR、フェズント、盛岡大でした。 全日本クラブ選手権大会は、11日、2会場で二回戦8試合が行われます。がんばれ、社会人野球選手!
2006年08月10日
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今晩は。伊東です。 9日付の日記では「長崎原爆の日」について触れていなかったので、10日付の日記になりましたがここで触れようと思います。 8月6日の「ヒロシマの日」に、下手くそな詩を書かせていただきました。あれが、原爆に対する私の態度の一つといっていいです。 あの日から61年が経ち、被害者も次々になくなっていきます。ここまで苦しんだ人に、せめて「原爆症」の認定をして、万全な体制で被害者の体をみてもらうって事をやってもいいと思うんですが、何がどうしたのか、政府は意固地になって「中心点から2キロ以内という基準は正しいんだ」と。まさかとは思いますが、全員が亡くなった後で「実は…」なんてやりだすんじゃないでしょうね。そんな事だけは絶対に許さない。そういう断固たる姿勢で彼らに相対していきます。 そして、前号では戸倉さんの民主党からの立候補に触れましたが、それは、戸倉さんの決断ですから、私ごときがどうこう言える事ではありません。ただし、これに関して触れられていたブログの中には、またまた以下の様な形での意見が書いてあったのが目に付きました。 「左派・護憲派の中には、「自民も民主も怪しからん」「我々だけが唯一正しい前衛党である」という気持ちをもたれる方も数多くおられ、その心情は察しますが、今は、非常時です。」 まだこの記事を書かれた方は丁寧ですが、私たちの党が立候補するのは「党活動の点検のため」とか「自民党を利するため」「税金の無駄使い」等など、立候補そのものがジャマだ、というスタンスで書かれてる方も多く散見されます。 私は以前「平和共同候補」(憲法9条を守るために共産・社民・新社会・民主の護憲派議員をまとめて一つの団体で立候補すべきではないか、という趣旨の運動)の運動に対して、「今の時点ではこういう運動が必要ではないか。選挙の話になると、運動が失速してしまう」という趣旨の話をさせていただきました。 それを抜きにしても、少定数選挙が主流になった現在、日本共産党に対する態度は冷たいといって良い。政策で「こうじゃないのか」と言われるのなら、まだ話は分かるが、立候補そのものがダメだ、では正直「勘弁してくれ」の一言。どの政党もそうなんでしょうが、自分たちが調査・研究して、作り上げた政策を実行したいから、選挙に臨むわけでしょ。「党活動の点検」なんていう消極的な理由で立候補するなら、党員にプラスアルファの票数しか得られませんよ。 「自民党を利するため」…野党票だけをまとめてみれば、自民・公明を上回る票を得ることが多々ある事から、共産および社民に対して言われる事の多い言葉ですが、では、彼らは共産あるいは社民という選択肢がなくなった場合、全部が全部民主に行くものでしょうか。多少は行くでしょうが、全部とは言えません。逆に「選択肢がなくなった」と投票を放棄する人も現れるでしょう。アメリカの選挙が7割台にまで行かない理由というのが、投票に関われるまでの難しさもあるのでしょうが、一番は「生きる選択肢がない」というのに尽きるのではないでしょうか。 私が前ケログで、民主党(特に松下政経塾出身)に対して「お坊ちゃん」と書く事もあった。自民党の二世議員同様、実際の生活の現場というものをロクに知らないで、机上の理論だけでモノを語る。更に、自分たちが目立たなくて、共産なり、社民が目立つような事があると、子供っぽい反撃をかます事が多々ある(欠席戦術に同調しなかったからと、質問時間を削り取るとか)。 選挙戦術にしても、自分たちが弱く、社民党の力が強い地域もまだある事から「社民党との吸収合併」を狙ったり、政策も合わなければ、ギブ&テイクもない、ただ野党だというだけで「共産党は選挙降りろ」とかやられると、正直気分は悪い。いくら少数政党となってしまったからといっても、一定程度の支持と、組織を持って、政策の実現に向けて活動している所だ。何の考えもなしに「野党勝たせるためにお前ら止めろ」では、頭にくるのも当然。 色々と共同行動していくうちに、必要性があって「市民活動との共同候補」や「その政策に賛同する共同候補」という形で、首長選挙に臨み、共産党も必要に応じた態度をとってきた。状況によっては、候補者も出さなかったときもあった。だけども、今議員選挙で、それができるような状況というのがあるかといえば、その状況が見当たらないのではないか。 ただ自民党政権を引きずりおろすだけではなく、どういう意味で自民党政権を引きずりおろすか。そして、引きずりおろした結果が「財界やアメリカの影響力がまだ残っていて、国民が苦しめられることには変わらない」政権だったとしたら、これ以上バカらしいこともない。そういうのに協力したら、共産党は存在価値なくして居場所をなくしてしまいます。 現状では、二大政党候補にはまだ差をつけられている現状はありますが、たたかう旗を降ろさないのはそれが為です。「共産党の立候補が政権奪取のジャマ」だというのなら、それは「自分たちの力不足を棚に上げて何を言う」でしか返せません。自分たちは「民主党の馬の足」になるつもりはありません。「市井の人の踏み台」にはなる気でいますが。 2万4千の支部がそれぞれにつかんだ実情を反映させて作った政策・提案を広めて「資本主義の暴走を止めさせる(まずはここからね)日本社会」をつくるために活動している日本共産党にも、先入観抜きにものを見ていただく事を願って、この一文を終わらせていただきます。PS 立候補政策で批判するなら、定数が2しかないのに、何が起きたか分かりませんが3人も立てた自民党のようなやり方こそ、批判に値する行動ではないでしょうか。今日はかなりきついモノの書き方になりましたし、自民党政治の暴走を心配したみなさんが「野党は一つに」という気持ちも分からないわけではありません。しかし、そういう選挙での共闘に関して蓄積も何もないまま(04年参院選沖縄はそれがあった)「野党だから」でやってしまうと、選挙結果が出たとしても、その後無残な状態になってしまう危険性もある(細川政権が、自民党政権と大差ない政策しか打ち出せなかった)ことだけは指摘しておきます。緊急事態であるからこそ、しっかりした行動が求められると、私は思いますがいかがでしょうか。
2006年08月10日
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こんにちは。伊東です。今日は病院に行き、農作業は事実上、お休みにせざるを得ませんでした。多少の打ち合わせを経て、明日以降の行動をどうするかは決めてきました。 さて、今日のタイトルは「人の行き来」。まずは電子空間上での話。私がつないでいるブログで2人の方に動向があった。一人は「カッシーニの昼食」が、冬眠…という事でブログを休止しました。一年間で21万ものアクセス。共産党を支持する人の中では一番つながれていたブログでした。そして、書いている事や、ビラのデザインなども人の心をよりつかむものだっただけに、休止は残念ですが、ひょっこりどこかに現れるとの事ですので、ぜひ拙ブログにも来て下さい。おそらく、やることが多く、満足にブログに対応できない、というのが理由だと思われます。また状況が許せば、ブログを書いてください。ありがとうございました。 そして、もう一つ。「とくらブログ」の戸倉多香子さんが、次期参院選の山口選挙区で民主党から出馬とのお話があるとか。これが中立の立場の人なら「おめでとうございます」「市民感覚の政治家としてぜひ当選してください」というコメントもできるのでしょうが、私の立場は、ここで書くまでもない日本共産党員。今の所は全国全選挙区で擁立、という方針でいるし、今私が山口に居たら、共産党候補者のため(言い換えれば、それを通じて世の役に立つため)に全力で動く事でしょう。なので、私からは「応援する」という言葉は言いません。 ただ、政敵といえば、相手をゴミだゴキブリだ、てな感覚でものを語る状況が多い中、論戦の中で、政治の質を高める、という意味での「好敵手」ができた、という事には嬉しさもあります。魑魅魍魎の政治の世界。人間性を引きずりおろそう、という連中もいない訳ではありません。これまでのブログに書いていたそのままの戸倉さんでいて下さい。その上で、丁々発矢の論戦をかわして行きましょう。 次は実社会。アテネオリンピックで、砲丸投げに出場した森千夏選手が、わずか26歳で亡くなりました。今年の春のラジオ番組で、森選手が難病におかされている、という話を聞きまして…心配はしていましたが、まさか、こんなに早く夭折する事になってしまうとは。次の北京も狙いたかったんでしょうに…色々な夢もあったでしょうに。 ご冥福をお祈りいたします。 26歳のスポーツ選手の夭折といえば、1985年正月の南海ホークス・久保寺雄二内野手の悲劇を思い出します。その久保寺選手の母校・静岡商高が甲子園に32年ぶりに出場。先日、8対2で滋賀・八幡商高に勝ちました。前回出たときは、6番・久保寺遊撃手が一年とは思えない活躍も見せ、ベンチには大石大二郎現サーパス神戸監督が背番号14をつけて座っていました。 前年、私は久保寺選手のお墓参りに行って来ましたが、お墓の横に、静岡県秋季大会の結果が記された新聞が挟まっていました。今年の後輩は、やってくれるぞ、という意味での「報告」だったんでしょうか。その期待に応えた現静商ナインの皆さん、皆さんの青春が良きものである様に、遠い田舎から願っています。 今日は以上4題でお送りしました。ここで失礼します。
2006年08月09日
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こんにちは。伊東です。台風が着て、大変な所もあるかと思いますが、関係地域の皆さんにはぜひお気をつけて、行動してもらえたら、と思います。先の大雨のダメージもまだ抜け切れていない状況。少しでも異変感じたらすぐ行動してください。 さて、前号では余りにも酷すぎるコメントを曝しました。さすがにmew-run7さんのブログコメント内でも「おいおい」というコメントが結構ありました。私の紹介記事の部分でもmewさん本人をはじめ、刀さん、おっはーさんの3人にコメントしていただきました。 前にも似たようなことがありましたが、周辺の事象を語らずに、独創的な考えで記事を書いてしまうために、色々誤解を与えてしまう部分があります。今回私が使った「お利口さん」というのは「世の中を斜めから見て、わかった気になっている(mew-run7さんコメントより)」とか「世間的には通用しない事をしていても、どこか偉い人に『おーすごいすごい』と頭を撫でて貰って満足している人」という意味で使いました。 頭で思った事と、その事を書いた文章がつながらないのが私の悩みの一つ。何か他に、良い表現方法があれば、教えて下さい。 あの文章に関して、今の時点で書くことがあるとすれば、以下のようなものでしょうか。 「人間がいる限り、争いごとや問題点はおきるもの。だけども、その解決方法を、そろそろ武力以外に頼ってもいいのではないか。 今まで主に地球を支配してきた生物は、自分の敵を排除することによって、自分が生きる環境を作り上げてきた。足りないものを切り捨てることによって、世の中を作ってきた。 だけども、人間は、人間単体での力はそれほどではないが、知恵と工夫、言論を持つことによって、独自の文化を作り上げることができた。助け合いという観点をより強く持つ様になった。 今は人間同士で争っている事態じゃない。人間同士の利害なぞ、地球という『生きるステージ』の危機に比べれば小さいものだ。今立ち向かう相手は何だ。超大国が嫌いなものか?自分が嫌いだと思っている国や民俗か? 地球や人間に起きている危機そのものでしょう。」 それだから、人間同士で戦争しているヒマ何ざないでしょう。何が起きても「仕方ない」では、自分の生きるステージを狭めることになってしまいますよ。 てなわけで、とりあえず8日分の日記としての記事を終わります。mew-run7さん、刀さん、おっはーさんと、コメントを寄せていただいた皆さんへのお返事ですが、このパソコンでは記事製作はできても、コメント製作ができない仕組みになっています。もう少しお待ちいただければ、と思います。ごめんなさい。
2006年08月08日
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こんばんは。再び伊東です。「二本立てでお送りします」と書いておきながら、日付が変わって、当日付けでの二本立てではなくなってしまいましたが、いろいろ書きたい事も多いので、とりあえず製作していきます。大農野球部の連載に関しては後日に回します。 まずは、今週、日本共産党がかかわった選挙に関する記事からお送りします。 まずは、全国注目の長野県知事選挙ですが、田中康夫知事は53万4229票を得ましたが、約8万票の差をつけられ敗退しました。当選は村井仁氏(61万2725票)。 日本共産党は、田中知事の政策の前進面を認めつつ、最近は問題点が出てきたこともあり当初は自主投票、その後「かつての自民党利権型政治の復活を許さない」という観点で対応しました。結果がこうなってしまいましたが、政策前進面で培った力を失速させないで、これからの県政に対して対峙する事が求められるようです。共産党長野県議団と駒ヶ根市選出の林議員に頑張ってほしいです。 大阪府・東大阪選挙区の補欠選挙(定数2)では、日本共産党の朽原亮候補が2万1563票を得て、2位で当選を果たしました。しかし、この選挙は結果を度外視して頭に来ることがあります。お家事情がどうなのかは知りませんが、自民党は公認2人と、関係者1人を立候補させました。繰り返しますが、定数は2です。人なめてませんか。今年2月にも同じような事して、3人みんなコケた事ありましたよね。(北海道議補欠選挙・函館選挙区。その部分の旧ケログ記事はこちらからどうぞ)今回は一人当選させた様です。朽原さんの勝利、それにともなう大阪府議会での議案提案権獲得はうれしかったのですが、それ以上に東大阪の自民党のとった態度に対する腹ただしさが残った選挙でした。 そのほか、現時点で入手している選挙結果をここで書いていきます。 茨城県・常陸太田市(一市二町一村合併・定数42減の26-立候補28)は、宇野隆子さんは1556票・6位で当選しました。同じ茨城県の常陸大宮市(二町三村合併・定数50減の26-立候補28)金子卓さんが1190票、堀江鶴治さんは852票を獲得。当選確実の状況になっています。 富山県小矢部市(定数3減の17-立候補18)は砂田喜昭さんが1430票を獲得し、6位で当選を果たしました。宮城県・多賀城市の補欠選挙(定数1-立候補2)は柳原清さんが立候補。当選には及びませんでしたが8303票を獲得しました。 富山県朝日町(定数6減の10-立候補15)は、稲村功さんが786票・5位で、脇四計夫さんは662票・9位で当選。議案提案権を維持し、議席占有率2割を達成しました。 静岡県新居町(定数4減の12-立候補14)の荻野利明さんは、1080票を獲得して3位で当選。長野県中川村(定数6減の10-立候補12)の竹沢久美子さんは297票で6位、桃沢時江さんは394票で2位で当選。ここも議席占有率2割を達成しています。高知県越知町(定数2減の12-立候補14)の片岡清則さんは、421票を得て3位で当選。芸西町(定数2減の12-立候補13)の松坂充容さんは276票を獲得して2位で当選しました。以上の自治体はいずれも議案提案権を獲得しています。 合併や、議員定数の大幅削減で、選挙を勝ち抜き、発言力を維持するのも大変です。有権者は、色々な変化の中で、議員に対する視線が厳しくなっています。これまで、定数減の中を勝ち抜いた選挙の教訓は「議員活動が世の中に認められた」事。良くも悪くも共産党の議員は注目されています。期待に応えられる議員・党活動をしていかなければな、と「今週の選挙結果」を書きながら何時も思う事です。 続いて…「『お利口さん』の発言に嫌悪感を覚える理由」を書いていきます。 このブログの常連さん、あるいは、私を直接知っている方は自分がどういう人間か分かるとは思いますが、私は基本的に「バカ」です。それを自分なりに必死に勉強したり、学んだりして何とかカンとか世の中に出られるようになった、という人間でしかありません。 そんな人間だけど、一生懸命に生き抜こうという心根だけは、変える気になりません。野球や、日本共産党の活動を通じて世の役に立とうとしているのは、それがためです。 学がない身だけど、一生懸命生きる人たちへの「踏み台」としての立場から、私は発言し、生きてきました。その基となっているのは、一生懸命生きている皆さんの姿です。一人一人見れば、何かしらの欠点や弱点を持っています。欠点語らせれば「2時間番組」つくる位ある私が言うのも難ですが。だけども、そういう欠点があっても、部分的にもつながる部分があれば手をつなごう、というのが私のスタイルなのは、前にも語ったとおりです。 何回か「テレビを見るのが嫌だ」という記述をしたときがあるのを覚えていますか。そういう人間が一生懸命生きているのを嘲笑し、貶し、「所詮お前なんざこんなもんだよ」といわんばかりの態度を取る「コメンティーター」とやらが大嫌いだからです。ま、確かに、自分たちよりも勉強して、色々なものを見て、学び、語れる人ではあるんでしょう。だから、ああいう所に出てくるんでしょうが。 だけども、何のものでもそうだけど、問題はその「得たもの」をどう使うか、というのが問題ではないでしょうか。火だって、うまく使えば役に立つけど、使い方間違えれば自分らを殺してしまいます。学問や知識もそう言えるでしょう。 モノの考え方の「方程式」。私はこんな風にしています。 1+1=2。100人中、200人がそう答えます。だけども、1+1が何で2になるのでしょう。1を1たした数が2、という経過を経ているからです。 世の中の考え方もそうです。例を一つ挙げれば「貸した金は返せ」。これも100人中200人がそう答えます。だけども、世の中生きていると、アクシデントがあったりしてこの言葉がすぐに実行できない人もいます。そこの所をどうするか、金の返し方を変えるか、生活の仕方を変えるか…等など対策を経て「お金を返していきます」という結論に至るのではないでしょうか。 その過程を抜きに「お前等馬鹿だ、オレの言う事が絶対だ」てな感じでモノをいわれると頭に来るんですよ。私だって、自分の生きてきた道には自信ありますが、その伝え方には節度を持ってあたっている…つもりです。それも抜きに高圧的に語られるのが大嫌いなだけです。どんな立場の人であってもね。 大分遠回りした…東京から大阪に行くのに新潟県を回るくらいの回りくどさで話をしてしまいましたが、昨今の苦労も知らない、大きい声で語る人の弟子入りすれば、自分の人生は安泰という「お利口さん」の言う事が大嫌いです。そういう奴になるくらいなら、大バカ野郎と呼ばれた方が百倍マシです。 それだけ語って、この一文のまとめとします。また感じるものがあればまた書きますので。 この下手な一文から何かを感じていただければ幸いです。 長文読んでいただいてありがとうございました。またお目にかかります。 付足-このブログでは、具体的に何処何処がそうだ、というのは書かないで来たが、あまりにも、というコメントがあったのでここで書いておく。出所は「日本がアブナイ!」・mew-run7さんのブログに書かれていたコメントです。胸くそ悪いのですが全文掲載して『曝し』ます。「Commented by 大室寅之祐 at 2006-08-06 13:37戦争は批判されることが多いが、戦争には大きな効用もあることを忘れてはいけない。この時期にわかに平和主義者が増えるが、そういう人間に限ってGPSカーナビを駆使して帰郷するわけだ。戦争を人類が止めた歴史はない。戦争を止めてはいけない。人類が進歩しなくなってしまう。戦争反対論者は電気を使用しないでほしい。原子力なしでは現在の生活は維持できない。奇麗事ばかり言ってるやつは滅びるだけだ。イスラエルとレバノンは紛争が激化しているが、彼らの争いを止めてはいけない。むしろ互いの憎悪がより激しくなるように煽るべきだ。戦火が拡大し、死者が増える。あれだけ死んでも地球の人口は増えている。戦争によって人口調整をしてきたのは事実であり、限られた人間が豊かな暮らしを維持するためには、口減らしの口実が欠かせない。戦争はとめてはいけないのだ。」 これを目の前で語られたら、突発的にぶん殴るのを堪えるのに大変だ。発言は自由でいい。言論の自由を認めた上で私からもこう言っておきます。 「上に書いた『大室氏』のコメントが、私の言う『お利口さん』の代表例です。」 それが信念だ、というのなら、大室氏は今すぐ外に出て、何の手段を使うかは任せるが街に住む有権者・将来の有権者に対して以上の事を宣伝する必要がある。戦争による人減らし?奇麗事言っている奴は滅びるだけだ?くだらねぇ。 「理想語れなくなったら 発展は止まるんだよ! 現実に押しつぶされて何も語らなければ 政治なんざ必要ない! あなたは 戦争で犠牲になった人と その周りの人の前で 同じ事を語ってみろ!」 …ここでこの件に関しては筆を止めます。すみませんが、冷却時間ください。
2006年08月07日
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こんばんは。伊東です。今日は記事二本立てでお送りする予定です。 まずは、社会人野球の記事から。先頃クラブカップ大会に関しての記事を書きましたが、肝心要の一番大きい大会に触れるのを忘れていました。 今年のクラブ選手権大会は、栃木県足利市を主会場とし、群馬県太田市と両会場で、全国から21チームが集って行われます。出場チームもあわせて、組み合わせは、下の下線部分から参照できます。2006・全日本クラブ野球選手権大会組み合わせ では、4つのブロックから自分なりの雑感記事を書いていきます。 ブロックA-大和高田クラブ、TFUクラブ、HardballClub金沢、広島鯉城クラブ、茨城ゴールデンゴールズ ここのブロックは茨城と大和高田が一枚上手。それを金沢、広島が追って、TFUクラブは一勝して波に乗りたい、と書こうと思ったが、茨城の一連のトラブルが、かのチームのたたかいに大きな影響を与えることは否定できないでしょう。どうそのトラブルに向き合うかが、試合以前に問われることになります。大和高田は、ここ10年のクラブ球界を支えた意地を見せ、このブロックをクリアしたい。都市対抗の補強ナシはこのことに対する考慮であると思います。 金沢は、本格始動してから3年でこの舞台にたどり着きました。この雰囲気に慣れ、その上で一度でも多く勝ちたい所。広島は、NTT中国の選手たちとの融合がどこまでうまく行っているか。爆発力はあります。TFUは普段宮城の企業チームと対戦している経験がどこまで生きるか。 ブロックB-全足利クラブ、函館大洋クラブ、いわき菊田クラブ、西多摩倶楽部、水沢駒形倶楽部、富山ベースボールクラブ ここのブロックは全足利が本命。それを激しく駒形と富山が追い、西多摩がさらに続く。初出場のいわき菊田、推薦の函館はどこまでたたかえるか。 全足利の経験と誇り、そして地元開催による声援の後押しで優位にはたたかえるだろうが、だからといって簡単に勝たせてくれるほど甘くはないチームがそろった。富山は前年のベスト4。経験を積み、今年はそれ以上を目指す。駒形は新田頼みの投手陣からの脱却をはかり、それが成功しつつある。打線はクリンアップの一人が抜けたものの、力が落ちたわけではない。赤べこに先は越されているものの、元々全国区のチーム。侮れない。 西多摩は指導陣が変わり、新たな姿勢でたたかいに臨む。いわき菊田は初の全国舞台。どこまで自分の力を出せるか見もの。函館大洋は、最近こそホーネッツや苫小牧の後塵を介しているが、地域のバックアップは負けちゃいない。その期待に応えたい。 ブロックC-NOMOベースボールクラブ、秋田王冠クラブ、ウェルネス彩、新日鐵大分野球同好会、明野レジェンズ このブロックはNOMOが優位を見せる。レベルの高い南関東を勝ち抜いたウェルネス、九州王者の新日鐵大分、チームワークで2年前に旋風を起こした明野、ユーランド、赤崎を破り勢いに乗る秋田王冠が横一線で追う。 前年、優勝を果たしたNOMOクラブ。今年は各チームからきついマークも受けるが、それでも近畿の企業チームと互角にたたかえる底力は伊達ではない。新日鐵大分はこの大会は初出場。元々は企業チームだった蓄積もあるだけにどうこの大会をたたかうか。明野は、2年前の大会でしぶとくたたかいベスト4。自分のペースでたたかえれば勝ち抜けるかも。ウェルネスは埼玉で旋風を起こしている所沢グリーンベースボールクラブを破っての本大会進出。秋田王冠も有力2チームを破っての本大会進出だけに、その勢いをそのまま持ち込みたいところだ。 ブロックD-和歌山箕島球友会、札幌ホーネッツ、全鹿嶋野球倶楽部、新潟コンマーシャル、岩手21赤べこ野球軍団 箕島、ホーネッツと実力派チームが並ぶが、何といっても、東京ドーム行きまで後一歩まで迫った赤べこ軍団が実力だけで見たら優位に立つ。全鹿嶋は、悲願の初出場。全国経験豊富な新潟相手にどうたたかうか。 選手個々の力だけで言えば、優位に立つのは赤べこ。そして、都市対抗の県大会での「中だるみ」、代表決定戦での「プレッシャー」を経て、彼らがどこまでレベルアップさせてくるか。ただ、一番の悩みは選手層の薄さ。都市対抗以降、2人の選手が新たに名簿に掲載されたが、試合に出るのは投手3人、野手10人のみ。アクシデントが一番怖い。 チームとしての力なら、箕島、ホーネッツともに負けちゃいない。箕島は、新戦力の台頭もあり、近畿のクラブはNOMO、大和高田だけではないところを示せるだけの技量はある。ホーネッツは前年の悔しさ(予選敗退)を晴らし全国舞台に。投手陣の層が厚くなっていれば、03年の再来も目指せる。 コンマーシャルは頼れる二本柱が、相手打線をどこまで封じられるか。初出場チームに対して関門となる存在だ。全鹿嶋はようやく鹿嶋市の3チームの中で「全国舞台なし」の屈辱を晴らすことができた。その勢いを持ち込みたい。 とりあえず、以上のようには書いてみましたが、野球は何がおきるかわからないものです。なんにしろ各地区のたたかいを勝ち抜いたチーム同士。楽なたたかいはありません。 先にクラブチームカップ大会に触れた記事を書きましたが、この大会に進んでもいいチームが並んでいました。これらのチームに勝ち抜いた代表チームが出場するこの大会。皆さん、都合がつく限り野球場に足を運んでみてください。足利観光のついでにでもいいので。 とりあえず、第一弾はここまでにします。大農野球部の特集記事は後回し(ついでに日付も変えます)にして、昨日書かなかった「『お利口さん』の言う事が嫌いな理由」を書こうかな、と考えています。 それでは、一旦失礼します。
2006年08月06日
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今晩は。伊東です。 皆さんに報告が遅れましたが、私は昨日から農業見習いとして、仕事をしています。「仕事始めました」だけでは、何の事だか分からないとお思いの方も多かったでしょう。 昨日はミーティング、今日は休眠地となっていた畑を整地してきました。何しろ、一年近くロクに動いていなかった私にとって、一日動くだけでも重労働。太っている事と下半身の力が落ちている事の二重苦で、終わった時にはグロッキーになっていました。 今日は、雑草を払って、畑を耕しました。結構広い場所でしたが、トラクターの力はすごいですね。あっという間に15×40メートルの土地が耕起されていきました。アドバイスをいただいたYさん、Tさん、ありがとうございました。 さて、ここから雑記ボックスに入ります。1・サッカー日本代表発表…色々と 9日に行われるトリニダード・トバゴ戦に出場する日本代表が発表されました。しかし…人数は13人!大農野球部じゃないぞ、と思いながら、新聞記事を見ていました。選手名は以下の通り。GK川口 能活(磐田)山岸 範宏(浦和)DF三都主アレサンドロ、坪井 慶介、田中マルクス闘莉王(浦和)駒野 友一(広島)MF田中 隼磨(横浜M)今野 泰幸(FC東京)小林 大悟(大宮)長谷部 誠(浦和)FW我那覇和樹(川崎)佐藤 寿人(広島)田中 達也(浦和) …私は、サッカー好きではあっても、専門家ではないので、ある程度好きに語らせてください(いつの記事もそう書いているだろうが、という突っ込みはナシで)。 まずは川口選手。チーム構成にしても、人間集団構成にしても外せませんね。山岸選手は初の代表。10分でもいいから出てくれ。アレックス選手、坪井選手、駒野選手は自分の持ち味そのまま出してくれれば良し。トゥーリオ選手はその気迫のプレーを「カードが出されない範囲」で出して欲しい。 今野、長谷部選手はこれからを見据えた場合、彼らに出てきてもらわなければ…の存在です。小林選手は大宮から初の代表。色々経験してチームに持ち帰ってください。田中隼磨選手に関しては申し訳ない、分かりません!名鑑見直してきます! 田中達也選手はやっと復調。代表でのゴールに期待したい。佐藤選手は、ワールドカップの悔しさをここから晴らしていこう。そして、我那覇選手。6年前から注目していましたが、ようやくこの舞台に踊り出たことに嬉しさを感じます。 ま、このまま13人でもいいんではないでしょうか。ただ、今野選手が負傷しているそうなので、誰かが追加招集されそうです。意表突いてJ2、JFLから選んでもいいかもしれませんね。 再起の一戦です。月並みな言葉で申し訳ないけど、ガンバレ、と申しておきます。2・明日は「8・6」。 あれから61年経ったんですね。広島に原子爆弾が落とされてから。 直接の爆撃で生命を奪い 直後の火災・爆風で命を奪い 残った放射能で命を奪われる 人はそれに抗う手段を多くは持たず、莫大な犠牲者を出してしまった 残った人達も 次は自分かと 希望を語る事に積極的になれず 青春時代を 人生を 絶望と 悲しみで 覆いつくしてしまった それでも 希望と 二度と自分たちみたいな悲しみを味あわせたくないと 積極的に立ち上がる人が 出てきた 原子爆弾もそうだが それを生み出す 人を狂わせる“戦争”を 憎み なくしていこうとする人達が 増えていった 私はその活動の中で一人の人間を見た その女性は 原爆を受け 人並みな青春を過ごすことができなかった。 「失敗」することすらできなかった。 だけども 杓子定規的に 「2キロ以上の場所で被爆した人は 原爆症と認定しません」 という行政に 怒りをもち 立ち上がった そこには 志を同じくしてたたかう人がいた 自分が被害を受けてはいないが 被害を受けた人によりそって たたかう人もいた。 この世界 一人だけではない。 その人はなんと言っただろう。 「今が 私の青春時代です」と。 ああいう目にあわされても あきらめる事をしなかった 女性の頑張りが こういう形で一つ報われた事に 私の目から あふれ出るものを止められなかった。 もう残された時間は 多くない。 いい加減往生際の悪い行動は止めたらどうだ 日本政府よ。 先日の「原爆症認定」裁判に 即控訴の方針。 過去の戦争を 反省しないだけではない これから起こそうとする戦争に対して ジャマになるものは 排除するという姿勢。 いつまでもその姿勢をとっているがいい。 味方の人間を大事にしない 相手の人間も大事にしない 政治のやり方なんぞ いつかぶっ壊してやる 人の輪で あまり、詩は得意ではないのですが(作ったのは2作だけ)いつもの「記事形式」よりは、こっちの方がメッセージ伝えられるかな、と思いまして一作作ってみました。 この後もう一つ「『お利口さん』の言う事が嫌いな理由」というのも考えましたが、今日はここまでにします。ワガママですみませんが、今日は大船渡でお祭り。祭りといえば「コンビ二出勤な」というのを7年繰り返しました。久しぶりに、あの賑わいの中に混じってきます。 また明日、お目にかかります。 追記・8月6日は、私の人生に影響を与えてくれた人の一人、N・Tさんの誕生日です。ここ10年会っていませんが、元気でやってますか。頑張って生きて行きましょう。 サッカー日本代表はこの記事を書いた後に5人追加招集されたようです。 DF栗原勇蔵(横浜マ)、MF山瀬功治(横浜マ)、中村直志(名古屋)、鈴木啓太(浦和)、FW坂田大輔(横浜マ)と以上5選手。山瀬、鈴木、坂田選手は辛うじてどんな選手か思い出せるのですが、栗原、中村選手は…。やっぱり名簿読み直してきます。 祭りの中の人ごみを、一人歩いてきました。私の歳となると、家族連れが多くて…。いろんな意味で寂しい心境になりました。その後高校の後輩と会い、腰を据えて話が出来たのが収穫といえば収穫でした。 もう一つありましたが…ブログには書きません。うれしい事ではありますが。
2006年08月05日
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おはようございます。伊東です。いや-、今日もいい天気ですねぇ。雨天・曇天が続いた7月の日本列島。しばらくこの天気が続いてくれればいいのですが。ただし、高温ゆえの日射病やら熱中症やら、そういうのには気をつけていただければ、と思います。 前号で「酷い目にあった」と書きましたが、ちょうどこんな天気の日に、赤崎クの練習試合があったんですが、試合終了2時間後、猛烈に熱が出てきましてね…何とか仕事休みの日だったから、一日かけて水分とって、熱を吐き出して…翌日夜には出勤する事が出来たのでしたが、その間は「苦しかった」の一言でした。 おーい、少年少女たちよ。出かけるときには帽子かぶっていけよ。帽子嫌ならバンダナでもいい。頭を直に日に当てないようにして出かけてな。 昨日、亀田興起選手の記事を書いてみたが、何にしろ大変なのはこの後だ、という記事もあった。一人は毎日新聞の来住記者。もう一人は元日本チャンプの小林さんだ。ああいう形にはなったが、ベルトは亀田選手のものになった。だが、この後の対戦は対戦相手を選べないという。(ここの部分違っていたら後指摘ください)まだ発展途上中の亀田兄弟。もっと上を目指すためにここで負けていても良かったのではないか、とも思った。今までの対戦相手がやや格下(世界レベルで見たらの話)ばかり。世界レベルともいえる本格的な選手と相対したのは前試合と今試合だけではなかったか。亀田陣営は、次の世界戦に向けて、この試合でつかんだ物を生かしてほしい。この試合の後味の悪さを払拭するかのように。 そして、もう一つ。やたらTBSに突っかかっている人たちが多いが、疑問を感じる。新聞は、何回かの締め切りがあり、締め切りが早い版と遅い版がある。岩手に来る紙面は最終の締め切りでは来ないだろうから、何ぼか早い版で来るが、そんなにキツイ書き方はしていなかった。 だが、テレビで見た各紙の書き方は、まるでこの試合がインチキでもあったかのような書き方になっていた。一体、最終版の印刷までに何があったのだろうか。 TBSと言えば、最近ニュースで安倍官房長官の写真を、何の関係のない記事に入れてしまい、激しい非難をくったばかりである。一部過激な連中は「放送免許剥奪」まで言っていた様だ。まさかとは思うが、これを期に「叩けるものは何でも叩いてしまおう」としてるんじゃないだろうな、という疑問を抱くのは私だけだろうか。前々号にも書いたが、私が聞きたいのは、生産的な意見であって、八つ当たり記事はごめんだ。それをもう一回語っておきます。 もう一つ扱いたい記事は、経営者側が随分図に乗っている事象。 労働時間規制に関するシンポジウム(日本労働通信社主催)が2日に行われ、労働者側からは連合事務局長、経営者側は経団連の専務理事、それに慶大教授が議論を交し合ったが、経団連の言い分がふるっていた。 「時間外割増はコスト増を招き、非正規雇用を増やす」 「(労働時間規制を外し、残業代の出ない)自立的労働時間制度を導入すべきだ」 …勝手だね。脅しをかけて、長い時間働かせて、その分の給与は出さない。夢のようじゃないの。経営者側にとっては。しかもそうする事によって、労働者側が不利益かぶっても「自己責任」で片付ける事ができるからね。 最近、自分たちの思ったことが次々通っているからと、随分図に乗っているようですね。中小企業の経営者の苦しみとは別の話で、この図に乗った意見を通すわけには行きませんね。これとおされたら、労働者が労働者でなくなりますよ。なんと言うか?奴隷です。 共謀罪、教育基本法改悪、憲法改悪の条項、更に狂牛病から原発と放射能汚染…問題課題山積の状況ですが、現場を見て、たたかっていきたい。後になって「生きていくためには『悪法も法』で」…と、反対意見も言えなくなってからじゃ遅いから。 さて、今日から本格的に畑に出ます。これからカテゴリ「雑記・日記」の部分で自分の仕事も書いていく予定にしていますので、お楽しみにしてください(誰に言ってるんだよ)。 次回記事は、前号の完成版となります。またお目にかかります。
2006年08月05日
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こんにちは。伊東です。今日は大農野球部7部作シリーズの第2話。私が在籍していた当時の大農野球部を書いていきます。1991年 ただ一人の3年に勝利のプレゼント~大船渡農12-7大原商高 大船渡農3-10水沢高校 新チーム、メンバーは11人。90年秋の新人戦は10人でたたかいましたが、気仙地区リーグは0勝5敗。最終戦の大船渡戦では先発した背番号6の選手が力投し、あわや勝利か、という所まで追い詰めましたが、最後にエラーが出て、3-4で敗れました。 その年の冬、色々な事情で3人が野球部を離れてしまい(その中にはエースピッチャーも)唯一残った新三年生も色々苦しんだと聞きます。前年がああいう飛躍した年なので、同じように出来るか、という悩みもあったのかもしれません。 そして翌年。一年生が8人が入部してきました。一年の中からレギュラーに3、4人入り込み、ポジション争いも活発になりました。残念ながら、当時の2年生がさらに一人やめ、一人は名簿上の部員になる中、人数こそ14人、三年生は1人、二年生は5人と少人数の野球部でしたが中身濃く野球ができました思い出があります。 夏の選手権大会。初戦の相手は、前年にも対戦した大原商でした。試合は、序盤は大人しい展開でしたが、両校投手共に四死球を連発。中盤には激しい点の取り合い…というか、ゆずり合いをしてしまいました。 それでも、チャンスを比較的多く生かした大農が、大原を突き放し、12-7で勝ちました。途中マウンドを一年生投手に譲りはしましたが、結局アウトを全部とったエース(先に書いた背番号6の投手)が準完投勝利を挙げました。なお、この試合の大農17、大原12の両チーム29四死球は、歴代3位の記録だそうです。 この年の大会は雨天中止が多く、一度地元に帰りました。気になったのがキャプテンの事です。大会3週間前までは、打率が4割に届くか、という勢いで打ちまくっていましたが、最後の夏、というプレッシャーがかかったのでしょうか。何試合か安打を打つことができずにいました。先の大原との試合では1打数無安打4四球。ボールが見えていた証だし、投手ライナーの当たりにはいいものもあっただけに、最後の試合の復調を期待しました。 三回戦、水沢との試合。前日の試合は4回ノーゲーム。それまで数日降り続けた雨がウソのようにスカッと晴れました。その太陽の下での水沢との試合でしたが、やはり彼らはシード校。一枚上手でした。 試合は初回にいきなり4点を奪われ、5回終了までに9点差。6回表に相手投手の無制球もあり、押し出しで3点を返しますが、反撃もここまで。キャプテンは、7回ツーアウトから打席が回りましたが、サードゴロに終わり、一つの青春が終わりを告げました。一度は重圧から退部も考えたといいますが、辛抱してやってきた意味のある、この年のキャプテンの野球部生活でした。1992年 勝負強さNo1チーム…その苦悩~大船渡農10-3千厩東 大船渡農2-10一関一高 この年の一番大事なゲームを、別記事にしてしまいました。リンクも利用して、何とかうまくつないでみます。 新チームにかけて抜けたメンバーは一人。しかし、気仙地区各校には中々歯が立たずまたもや秋季リーグ戦5連敗。そして、翌年春。監督がそれまでの消防士と兼務していた方から、転任してきた実習助手の方に代わりました。 正直言えば、この監督がいるから大農に進学した私。心は大きく揺れました。さらに、チームに対しての刺激策として一年生2人(しかも一人はテニス部出身)をレギュラーにするなど、チームの進め方を変えた事によって、一時的な混乱が起こってしまいました。 それでも、一度目標がロックオンされれば強いのがこのチーム。程なく新しい監督のやり方に納得して進み始めた大農野球部。練習試合でも、経験と勝負強さがミックスし、表題にも書いたとおり「勝負強さはナンバーワン」といわれるチームを作り上げた次第です。 大会前にけが人が続出したり、練習への態度をめぐって小競り合いになるシーンはあったものの、全体に言えばいい雰囲気で、夏の大会に臨みました。 夏の大会一回戦。大農は千厩東と対戦。先手は取ったものの、千厩東にすぐ追いつかれ、重苦しい雰囲気のまま進んだ6回。大農打線は勝負強さを爆発させ、上位打線が連打。さらにこの年からエースナンバーをつけた2年投手が大会第一号本塁打を放ち、一気に差をつけました。 大農はこのあと、8回にも3点を奪い10-2。最終回はリリーフした前年のエース(センターにコンバート)が相手主将に打たれたものの、ビシッとしめて10-3。8回コールドで快勝し、全校応援の期待に答えました。 が、この後のインタビューでバカコーチャーが大暴言。第二シード校に「挑戦状」を叩きつけてしまいました。その辺の顛末はここからどうぞご覧ください。 二日後。試合は始まってしまいました。初回、先頭打者の三塁強襲ヒット。あれでメンバーが一気に固くなってしまいました。2年生エースは、この年防御率が6点を割った(一人目は90年のエース)の投手でしたが、それまでの投球がウソのように一関一高の打線につかまり、滅多打ちを食ってしまいました。(この試合の失点で防御率が4点台になってしまいました) 4回には背番号12の選手にあと50センチでホームランというファール。さらに続く背番号10の選手には思い切りぶん回されて、ライトスタンド遥か彼方へと消えていく大ファールを打たれてしまいました。これでエースはKO。この時スコアは0-10となっていました。 5回表。2番に入っていたターの三塁打のあと、キャプテンの犠飛が飛び出し、5回コールドは阻止。3年生投手が踏ん張りを見せる中で、6回にはマッコの二塁打→2年サードの進塁打→ターの内野ゴロで一点加えました。しかし、前半にとられた点数が余りにも大きく、7回には三年生キャッチャー、セカンドが相次いで倒れ、ゲームセット。7回コールド2-10で敗戦。「大農野球部最大の挑戦」は幕を閉じました。 ここで書いておかなければならないのが、もう一人の三年生。残念ながらレギュラーには届かなかったものの、監督は「夏の大会での起用」は考えていたようでした。しかし試合直前にまさかの盲腸で入院。後年、再会したときに「監督が一度は出すって言っていた」と話を振ったら、首を軽く振りながら「何、もういいぞ、その話は。もう済んだ話だ」とさばさばとしていましたが、三年次の夏の大会での出場は、次章でも触れるとおり、貴重なものがあります。結果はどうあれ、その舞台に立たせてやりたかったです。この年の3年生は、実力もさる事ながら底知れない勝負強さを持つ、二試合だけで終わらせたくなかったチームでした。1993年 悔いはないが悔しさ残るラストゲーム~大船渡農0-2岩谷堂高 こうして2年間過ごしてきた野球部も、自分=伊東達が在籍するのは、あと一年になりました。夏の大会終了後、執行部が決まり、主将はサード。副将は…これは度々自分のブログに出てきているので名前を挙げてもいいでしょう。マッコが就き、書記はマネージャーの一人。私ですか。副主将補佐…。 「補欠からはキャプテンにはできない」 という方針でこうなりました。ま、実際「キャプテン勉」じゃ大農野球部大混乱でしたね。 バカ語りはここまでにして、この年は久しぶりにリーグ戦以外にも秋に練習試合を組むことができました。釜石商に僅差のゲームをした事を自信にして臨んだ秋季リーグ戦。しかし、他のチームは、それ以上の「自信」をつけて大会に臨んできました。 結果、5試合計2-66で5連敗!しかも大会後に、一気に3人退部してしまいました。その中には正捕手も…やむを得ず、その後の練習試合では伊東を正捕手にして臨んだ練習試合ですが、結果1-12、3-7で連敗。次の年に勝つには捕手をどうするか、という課題ができました。 その問題は翌年の入学式にあっさり解決しました。一年生に攻守共に優れた捕手が入部。私は「スーパーサブ」に回りました。 この年は2年次からエースの投手が相変わらず安定し、ショートのター、センターのマッコは計算のできる走れる選手。セカンドのレギュラーこそケガで安定しなかったものの、2年ファーストとライト(前述のテニス部出身選手)の成長、レフトに入った一年生の安定した活躍で、誰かが入らなければ、大きい穴はないチームに仕上がりました。 唯一つの難点は、沈んだ雰囲気をぶち壊すような選手がいなかった事。三年生になる前に、さらに二人野球部を抜け、一年生3人を加えても、13人という小所帯は、練習するにも辛いものがありました。 さらにサードを守るキャプテンが、そのプレッシャーに押しつぶされ、実力の50%も出せない状態になり、夏の大会を前に、エースが主将に就任する事態になりました。(再び立候補したバカがいたが、同じ理由で2秒で却下)こうしたドタバタはありましたが、過去2年、1勝している事に自信を持ち、夏の大会に臨みました。 前の試合でライバルの大船渡が快勝していた後の試合。大農のエース、岩谷堂のエース共に譲らないピッチングを見せていました。試合が動いたのは4回。2回表に隠し球でチャンスを逃していた大農の気落ちを突くかのように岩谷堂は攻め、9番に入っていた一年生のセンター前ヒットで先制を許してしまいます。さらに次の回にもバッテリーエラーから1点を取られた大農は、ここで「秘密(にしておきたかった)の切り札」をセカンドに入れます。 「8番、セカンド伊東勉君。背番号11」 ま、確かに球場は沸かしました。ただのゴロを暴投するわ、どう見てもファーストフライを「オーライ」といった手前、30メートル走ってギリギリでランニングキャッチするわで、岩谷堂700人の応援団を笑わせ、大農400人の応援団を冷や冷やさせました。 それでも、エースは11安打を浴びながらも8回を投げきり、9回表の攻撃を迎えました。5番の一年捕手、6番のターが倒れツーアウト。ここで7番に復活していた二年セカンドが、この日三本目の安打を放ちました。次の打者は…私でした。 確かに野球は下手だ。だけども野球が好きなのもその通り。全校応援400人の応援の中で打席に立つ事は二度とないだろう。これ以上ない状況に、芯から燃えて打席に立ちました。 初球ボール。二球目ファール。三球目もファール。四球目ボールでランナー盗塁。五球目もボールでカウント2-3。そして、投じられた6球目…低めに外れたフォアボール! その瞬間、派手にガッツポーズを見せ、一塁へと駆けて行った。たかがフォアボール。だけどそれは、全校応援の期待に応えた一つの結果でした。 だが、この後をつなげる事ができず、ゲームセット。 このときのチームの歩んできた道には、何の後悔もしていません。ただし、自分の力での夏一勝を成し遂げられなかった悔しさだけは、今でもずっと、ずっと心のどこかに刺さっている棘の様に残っています。 新チームが結成し、他のメンバーは野球部から身を引きました。しかし、私は裏方の立場で、関わり続ける事になるのでした。 何か自分の野球部史にしてしまった感じもしましたがどうでしたでしょうか。次回は、悩みながらも道を切り開いた94~96年を取り上げる予定にしています。PS 今でも、あの時の「かっ飛ばせーっ い・と・う!岩高たっおっせーっ おおっ!」という応援の声。耳から離れません。あの時応援してくれた大農のみなさん。あの声援が、今でも私の人生の支えになっています。 そして、7番を打った二年生へ。普段クールな君が、必死になってつないでくれた事に(試合に勝つため、でしょうが)今でも心から感謝します。
2006年08月04日
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皆さん今晩は。伊東です。だんだん暑くなってきましたね。皆様いかがお過ごしでしょうか。熱中症も侮れません(3年前にえらい目にあいました)。皆様、お気をつけてお過ごしください。 今日は、雑記ボックス形式でお送りします。1・亀田興起選手の試合から~マスコミのスポーツの扱い方 試合結果は、今更私が言うまでもなく、亀田選手が12ラウンドまで戦いきり、2-1の判定で勝利。チャンピオンの座に着いたそうです。今日は、昼間まで調子が悪く、横になっていて、起きて来たのは昼頃。各マスコミの放送を見ると、すっかり「判定に疑問」といった論調が多くをしめていました。正直、私は「またか」という思いがした。 後にめったに見ないテレビを見て、ま、確かに亀田選手が勝利者と呼ぶにふさわしい試合が出来ていたのか、といえば疑問符をつけざるを得ない。ボクシングに関しては素人の自分が見ても。だが、新聞やマスコミの論調を見ると、どうにもならない吐き気をもよおして来た。 自分たちであれだけ盛り上げに盛り上げといて、自分たちの期待に添えなきゃ手のひら返しかよ、と。これなら、最初から「このやり方でいいのか」という意見を呈し続けてきた具志堅さんの方が300倍マシだ。自分の関わる媒体が売れればそれで良し、一貫性のない意見を見せられるものほどムカつくことはない。 日本のスポーツの記事の扱い方に一番何が物足りないかといえば、クローズアップする選手何人かばかりが持ち上げられ、そうでない選手に対しての扱いが悪い、ということだ。この現象を系統的に扱っていた媒体は新日本スポーツ連盟の機関誌「スポーツのひろば」があります。そちらに詳しく書かれているので参照していただければと思います。(ただし、ネットでは概要しか書いていません) だがこれでは記事にならないので、私が目の当たりにした現象をいくつか書いていきます。 まずは、女子スポーツ界。卓球では福原愛選手(もういい加減“ちゃん”付けやめましょう。マスコミの方は)、ゴルフでは宮里藍選手や横峯さくら選手が脚光を浴びている。ま、確かに彼女達はいろいろな意味で目立ち、選手としても申し分ない技量を持っている。私と福原選手が卓球をしたら、おそらく彼女が左でラケット持っても1点も取れないだろう。(当たり前だ!) バカ話封印。だが、それぞれの競技界で取り上げられるべき選手はもっと他にもいるのに、いざその競技が扱われれば、目立つのは先にあげられた選手達ばかり。正直おいおいと思うのは私だけ(だいたひかるサン風に)。 ゴルフでは、賞金王になっているのは不動裕理選手だが、彼女が一面に扱われたのを余り見たことはない。本人がハデな物事を好まないとはいっても、一年間で一番成績が安定して高かった人に対してこの扱いはないだろ、と思うこと多々。 卓球では、まだ名前を覚えるまでには至ってないが、福原選手と同じ年代で他にも有望選手が次々出てきているが、彼ら、彼女らの名前が一面に出ることもない。 スポンサーかスッポンか知らないが、スポーツの取材の時、取り上げられるべきはまず「スポーツ」そのものではないか。その中で、そのスポーツの向上、あるいは「その競技に興味を持ってもらう」ための記事をどう書くのかが、マスコミの人達に求められる事なはずだ。 ここではもう一つ「自分たちの思った結果が出なかった時のモノの書き方」も語りたかったが、製作時間の都合上ここで終わらせます。今年の冬季オリンピックやワールドカップサッカーの日本代表に対するモノの書き方には正直「八つ当たり」しか感じられません。「清算的」ではなく、生産的な意見を語ってくれよ、と。これだけは語っておきます。2・人をモノとしてしか扱わない人達。 前にどこかで「王子様」と語った輩が女性をひどい目にあわせた事件がありましたが、それよりも酷いヤツはいましたね。大阪の事件。別な所では子供を虐待して、一人を死なせ、一人は親権喪失。さらに他のきょうだい2人も虐待(もう一人は三ヶ月で死亡)という親もいました。何がそうさせてしまったのか気になりますが、どんな理由があるにせよ、彼らの行動を許す気にはなれません。 この2つ。共通点は何かといえば「人をモノのように扱った」でしょうか。一人一人には、それぞれ脳機能が備わっていて、別々な、独立した人間な訳です。それは、親子関係とか、きょうだい関係とは別の話です。幼少期には親などが、子供の成長に責任を持たなければならないのはそのとおりですが、だからといって、大ケガさす暴力が必要だとは思えませんがねぇ。まだ結婚して子供持ったわけじゃないからその点強くはいえませんが。 女性の監禁の話に関しては問題外の下の外。ちっぽけな「征服感」もった所で何か幸せですか。人のアイディンティーを奪って得る幸せなんざ、ただのワガママとしか言わないよ。 何なら容疑者自身が首に鎖引っ掛けて茨木市中引きずりまわされてみますか?おっと、こんなヤツと同レベルの人間になってはいけませんね。失礼しました。 ま、今の政権が底辺に住む人を「不良債権」視している状態ですからね。自分たち一人一人がまともに生きて行きたいんじゃ、という事をいろいろな面で示していきましょう。3・生きる事に積極的な「先輩」たち。 大農野球部の先輩で…正確には、前身の盛(さかり)高校野球部の先輩で、今年70歳になろうか、という年の人達がいる。二人とも、高校野球部時代は14人のベンチ入りを果たす事ができず、武勇伝も持つ人達だが、しっかり生きる、ということに関して色褪せる事のない、強い心を持っている人達でもある。 そのうちの一人の方と、農業の話の輪に加わることになった。一般的な農業のやり方とは少し違うが、いい物を作って、消費者の方に提供したい、という強い心がその人の話からあふれ出ていた。これまで9年の付き合いがあったが、一見淡々としている表情の陰では、その思いで長年農業に関わってきたという「自信と熱意」が、そのままその人の強さにつながっているんだな、というのが見えた気がします。 もう一人は、今年になっての私の病気療養もあって、しっかり会うのは今年初めてでしたが、バイタリティは衰えていなかった。小沢一郎氏や北山愛郎氏、菅原喜重郎氏や志賀節氏といった全国区の政治家と、論戦で渡り合った経験はまだ健在だと感じる一方、自分がこの歳で縮こまっている場合じゃない、と感じさせられました。 前に「目先の勝利ばかりを追い求めれば、目先の勝利は手に入れられるが、それ以上の勝利を得ることはない」という一文を書きました。この2人の先輩が示した道は、目先だけではなく、どう自分の人生に真剣に立ち向かわなければならないか、というのを考えさせてくれます。 前々号、今号と、どうも文章が散らかってしまいました。前々号に関しては、余りにも酷い部分は修正を入れておきました。 何にしろ、夏がやってきました。急激な気候の変化に体調が追いつかない部分もありますが、一生懸命生きていきます。今日はここまで。また次回お目にかかります。
2006年08月03日
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岩手県立大船渡農業高校。農芸科学科と食物科が一クラスずつの小さい高校(98年入学生までは農芸科学科は2クラスあったんですが)。そして、この高校の野球部は、90年以降ベンチ入り20人が埋まったのは2回しかない弱小野球部。 だけども、その野球部に高校生活の居場所を求めた選手がいた。ある選手は意欲的に野球部に加わり、ある選手は、限られた部活の中から野球部を選び、ある選手は先生に引っ張られ…理由は様々あるけども、高校生活の一部を野球にかけた人たちの物語です。1・どこかの馬鹿の中学野球-そして、進路を考える 大船渡中0-2大船渡一 黒潮B1-8リアスB この物語、実名で登場するのは、先生方を除けば私伊東勉、ただ一人。今は個人情報保護法という法律があるから、むやみやたらに個人名を出してモノを書くわけにいかない。ニックネームというのも考えたが、それとてわかる人には分かってしまう。なので、少し遠まわしの表現も多くなりますが、その部分ご了承いただければ、と思います。 前章として、その私が大農野球部に進んだ理由につながる、私伊東の中学時代の野球部生活に触れていきます。小学3年のとき、大船渡高校の野球部が甲子園に出場したことに刺激を受け、野球をはじめたのはいいのですが、運動神経が切れていた私は、野球部で相手にしてもらえず、その内に部活をサボるようにもなってしまいました。そうなったら、レギュラーどころの話じゃありません。 同級生には野球部は28人いましたが、6年生になったとき、一軍に残る20人と二軍に落ちる8人が区分けされました。私は二軍。しかも背番号は28(単一チーム参加の市内大会での背番号。二軍でも背番号は23だった)。選手としては最低の評価を受けたのでした。 このときはまだ、選手として出られなければ、それ以外のところで役に立つ、という考えには至らず、こと小学生時代の野球部生活は不完全燃焼という結果になってしまいました。 中学時代。入学式から何日もたたないうちに野球部に入っていました。他の部にいく選択肢もありましたが、父から「そんなんでいいのか。野球が好きなのに簡単にあきらめるんか」といわれ、それもそうだ、と野球部を選んだのでした。入部一番乗りだったので、いろいろな意味で目立ってしまいました。 声の大きさで目立った事もあり、当時のコーチから与えられたポジションはコーチャーでした。そして、驚いた事に、その年のスポーツ少年団大会では一年なのに、一軍チームのベンチ入りを果たしたのでした。そして、当時の担任の先生から「裏方の役目とは何か」というのを教えられた事で、自分の進む道は決まりました。もし、ここでこの道に気づかなければ、私の野球人生は、中学で終わりを告げていたでしょう。 2年次の中体連大会からは、常時ベンチ入り。グラウンド上でのポジションはキャッチャーになっていましたが、後に強豪高校にスカウトされた一学年下のキャッチャーがいては、私の出番なぞありません。しかし、チームのマネージャーとして、チームの裏方として充実した日々を過ごしていました。チームとしての結果が出ていなかったにせよ。 最終学年の三年次。指導陣ががらりと変わり、夏の中体連大会に向けてがんばりましたが…その試合は、相手投手に打者21人ぴしゃりと抑えられる「完全試合」。0-2で敗れました。 そして、二週間後のスポーツ少年団大会。大中が責任を持つ3つあるチームの内、私は3年控え主体チームの正捕手として、初めて「背番号2」をつけて捕手として出場しました。しかし、私は選手としての練習をほとんどしていません。相手チームに思うように走られて13許盗塁。試合は5回コールド1-8で敗れました。 奪った一点は4番にすわった三番手投手のヒット→5番打者の犠打→6番・伊東の進塁打→7番打者のレフト前ヒット。1点をとる役にはたちましたが、自分のふがいなさで5回コードにしてしまい、出場できなかった3年生が2人。打席を回せなかった3年生も2人出してしまいました。今でも申し訳ないという思いが消えません。 最後の納会。私は後輩との紅白試合で4番・捕手として送り出してもらいました。 納会終了時、父母会からの表彰に驚きました。選手としては役に立たなかったけど、こういう形で自分のやった事を認めてもらった事が、この後の野球人生…いや、生き方そのものに影響を与えたのでした。2・1988年 序盤の猛攻も…大船渡農6-8久慈高校 そうして終わった中学時代の野球。いよいよ次の進路を考える季節になりました。月一回行われていたテストなどを見れば、地域の学校ならどこでも行ける水準にはいました。しかし、進学校に進んで勉強に追われるのばかりはごめんだ、という考えで地域一番の進学校は選択肢から外しました。様々悩んだ末、ひとつの道が見えてきました。 それを決めたのは、私が3年の時の高校野球選手権大会の、大農の活躍ぶりでした。 岩手県は、1987年まで、夏の大会も各地区毎に予選大会を行い、その後に岩手県大会を経て甲子園出場チームを決めるという形式をとっていました。大船渡農業は、大船渡高校と分離した1965年以降、1969年、1970年と在籍した投手の奮投で、夏の大会2勝をあげましたが、その後は1983年に生活学園(現盛岡大附高)に勝ったものの、地区予選の厚い壁を打ち砕くことができず、低迷が続きました。 気仙地区は大船渡、大船渡工、高田、住田と、年によって違いはありますが、有望選手が先の4高校に集まってしまう部分がありまして、広田水産、大船渡農は、実習や、通学条件などで時間がとられることもあり思うように野球部を強くできないという事情があったのでした。 1988年。花巻市営球場の完成に伴い、岩手県も全県トーナメントに切り替えました。大農野球部は一回戦、久慈高校とたたかう事になりました。大方の予想は久慈高校優位。しかし、大農は初回に久慈高校から6連打で一挙5点を奪い取りました。 しかし、この大量点が初回だったこともあって、久慈高校は腹を吸えて反撃に出てきました。この年の大農のエースは右上手の本格派。しかし…久慈高校は中盤までに追いつき、そして7回、決勝のホームランがライトスタンドに突き刺さってしまいました。その後、大農は追加点を入れることができず2回以降は3安打。試合も6-8で敗退。初回の5点を有意に生かせず残念な結果に終わりました。3・1989年 延長15回 あと2アウトで再試合が…大船渡農4-5盛岡北高 翌年。右アンダースローの技巧派投手に、打率4割5本塁打(ここ19年の大農では個人最多本塁打です)の4番打者、一年秋から屋台骨を支えた正捕手は、過去19年で一、二を争う捕手でした。ついでに言えば、エース投手は生徒会長、4番打者は学校農業クラブ会長と、文武両道を実践していました。 そのメンバーが相対したのは盛岡北高校。投手はその年の岩手大会で名前を挙げられるくらいの好投手でした。大農はその投手を相手に互角のたたかいを繰り広げました。エース投手はランナーを出しますが、致命傷は与えません。大農は5回に満塁から2連続スクイズと翌年主将になる選手の適時打で追いつき、試合は延長戦になりました。 そして、夕闇も迫った延長15回。当時は延長は18回まですることができましたが、雫石球場はナイター施設がなく、協議の上、この回で打ち切り再試合という取り決めを交わしていました。 その延長15回裏。ワンアウトはとったものの、ランナーを二、三塁に進めていました。そして、盛岡北が取った作戦はスクイズ!しかし大農バッテリーはうまく外し、走ってきたランナーを挟撃しました… が、野手が投げたボールは、受け手の野手の頭上をはるかに越えてしまいました。挟まれたランナーは、地獄から天国へ。喜び勇んでホームイン。試合はこれ以上ないぐらいの無情な結末に終わってしまいました。4・1990年 気仙で最後まで残った「大農旋風」…大船渡農21-2岩手橘 大船渡農14-1大原商 大船渡農1-6浄法寺高 この年の三年生は、エース兼主将以外は中学時代野球部未経験。88年夏の大会後に大量に入部。以降その主将を中心に、10人のメンバーは、1人の2年生とともに新チーム結成後、結果が思うように出ないものの、積極的にたたかい、90年の春、10人の一年生の加入で一気に活気付きました。納得いく勝利もできるようになり、迎えた夏の大会。大農野球部は、周辺の予想をはるかに上回る快進撃を見せたのでした。 一回戦。花巻球場で岩手橘高校(現・江南義塾盛岡)と対戦した大農は、序盤に一イニング11点の大猛攻。その後も打線の勢いがとまらず4回に4点、5回に6点を奪い、投げては主将兼エースから一年生本格派投手へとつなぎ、相手主将に2点タイムリーを浴びたものの、5回コールド21-2で圧勝。5回コールド勝利は、今に至るまでこの年しかできなかったものという快挙を成し遂げました。 この勢いはとまらず、続く大原商高(現・大東と統合)との二回戦でも、相手ののべ5投手から14点を奪取。エースはこの日も相手打線をセンターゴロの間の一点に抑え、この日も5回コールド14-1で圧勝。いよいよ次の試合に勝てば「大農過去最高成績」となる夏3勝目というたたかいは、岩手県営球場を舞台に、浄法寺高校相手に行われることになりました。 だが、この年の浄法寺はメンバーも、指導者にも恵まれた「創部以来最強チーム」。先頭打者にかき回され、それをしっかり返される。大農打線も反撃を試みるが、ランナーは出すものの、浄法寺の堅いディフェンスの前に点を奪うことができない。気がついてみたら、スコアは0-5となってしまいました。 大農は8回、途中でマウンドを降りた主将の意地の一撃で1点を返したものの…併殺打だけでも3つ食らっては、勝ち目がなかった。一年生投手の力投もあったが、結局1-6で敗れ、大農の夏3勝の夢は幻に消えてしまいました。 しかし、この年は気仙勢のほかの高校も次々不覚を取り、この試合が行われた日、直前の試合で住田高校が敗れ、大農が「気仙勢最後の砦」となったのでした。この年の活躍…それが野球部未経験が多数というメンバー構成で、成し遂げた事にそのすごさを感じことができるでしょう。また、それをまとめた主将の年間防御率は、(90年以降)6点を割った三人の選手の内の一人。そのリーダーシップと共に称えられるべき主将でした。 私は、この浄法寺との試合をテレビで見て、ひとつの決意を固めました。 「俺は大農で野球をやる」 どうせ高校に進むなら、それが意味あるものにしたい…とは、後からとってつけた理屈であって、このときは大農野球部の活躍に感動し、先のような思いを抱くに至ったのだった。それだけインパクトのあるたたかいをしてくれた1990年度のメンバーに、敬意を表し、深く感謝します。 次回は、一勝をあげた後、シード校に挑んだ91、92年。そして、自分たちが中心になって臨んだ93年のたたかいを記していきます。
2006年08月01日
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