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最近のテレビのバラエティ番組には常軌を逸しているところがありましたが、視聴者がそれを支持しているから何をしても許される、視聴率さえ上がればいいという居直りがテレビ局にあるようです。関西テレビも氷山の一角でしょう。 問題は関西テレビが捏造や改竄を指摘された後の対応にあります。明らかに関西テレビ側に非があるのに居直りとしか思えない態度を取ったからです。テレビ局自らが総務相に関与される隙を造ったからです。官統制の道を開いたからです。 管総務相はNHKの国際放送にも露骨に介入しました。世論を背景にしてNHKへの関与を深めようとしています。彼は放送メディアの官統制を意図しています。今回の問題も政治が仕掛けた罠かもしれませんが、それに掛かった方が馬鹿です。 関西テレビの社長が責任を認めて辞任していれば話がここまでこじれなかったと思います。不二家などでも明らかなように経営責任を認めなければ企業の存在そのものが危うくなる時代です。関西テレビへのペナルティは時代の流れです。 しかし、問題は一関西テレビの問題ではなくなってきました。国民の知る権利を守るべきマスメディアが自ら政府の介入を招いたからです。あるいはテレビ業界と政界との間で裏取引があるのかも知れませんが、国民を無視した取引です。 憲法で保障されている報道の自由をマスコミ界が濫用したので政治がテレビ業界に介入する口実を与えたのが今回の関西テレビ事件であり、NHKの不祥事です。日本国憲法で与えられた自由を享受する能力がないのかも知れません。 管総務相のテレビ業界統制に掛ける政治姿勢は異常だと思えます。安倍政権の持つ戦前回帰の露骨なケースです。安倍首相は憲法改正を政策のトップに掲げていますが、国民の基本的人権が制限されていた帝国憲法への回帰は危険です。 戦後レジームからの脱却が統制国家を意味しているとすれば時代の歯車を逆に回すことになります。日本国憲法はGHQから与えられた憲法であるとしても、自由、民主主義、基本的人権が侵される憲法であれば賛成を得られないでしょう。 安倍政権を支えるのは戦後世代ですから戦前の日本に憧れを持っているのかも知れませんが、治安維持法、特高、憲兵が跋扈する世界を誰も望んではいないと思います。戦前の大政翼賛体制を夢見るのならば時代錯誤も甚だしいと思います。 日本人には自由権、基本的人権は馴染みにくい概念だと思います。市民革命により獲得した権利ではないからですが、キリスト教を背景にした概念だからです。イラクを民主化できないのもイスラム教と民主主義とは相容れないからです。 日本人には日本人に相応しい憲法が必要であるという主張は理解できますが、自民党案、民主党案も憲法9条を改正し、軍備を増強するのが目的のようにしか思えません。日本の戦後60年の平和を総括していない点で説得力がありません。 戦前派の老政治家には老害を感じますが、自由権、基本的人権に対する配慮を感じますが、戦後派の政治家には若さを感じますが、全体主義的な傾向を感じます。人類の歴史が育んできた自由への渇望、権利を理解していないと感じます。 今回の事件は日本人に自由権、基本的人権を享受する能力がないことを明らかにしました。テレビ局の安易な番組制作の実態を明らかにしました。テレビ業界の自立能力の無さだけではなく、政界の官統制への暗躍を浮かび上がらせました。
2007/03/29
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安倍首相が公務員改革、天下り規制に乗り出したことを評価します。首相のリーダシップを発揮する良い機会ですが、自民党守旧派、官僚の抵抗が一段と激しくなっています。首相がここで後退すれば、政権基盤が崩壊してしまいます。 小泉改革、構造改革の残されたターゲットは公務員です。日本の官僚制度は高度成長期には世界一の効率を誇りました。ある学者がジャパン アズ ナンバーワンで終身雇用、年功序列などの日本型システムを高く評価したぐらいです。 護送船団方式と揶揄されましたが、農耕民族固有の「ものつくり」のシステムは国際競争力世界一を誇りました。このシステムは右肩上がりが続くことを前提としたシステムです。パイが大きくなれば分け合う一切れも大きくなるからです。 団塊の世代は結果平等と機会平等が絶妙に絡み合う時代でした。貧しい家庭の子弟も公立高校から一流大学に進学できたからです。一流大学を卒業すればエリートコースが保障されましたが、エリート以外にも果実は配分されたからです。 中学卒業者は金の卵と言われました。集団就職で都会に働きに出た人も多くいましたが、地道に生活をすれば結婚し、家を一軒持ち、子供を進学させることができました。一億総中流時代でした。格差はない時代だったと思います。 日本は世界で一番成功した社会主義国であるというジョークさえ聞かされましたが、平和で、自由で、豊かな時代でした。地道に努力すれば報われる時代でした。現代の略奪民族的なグローバル化社会に比べて長閑な農耕民族的社会でした。 しかし、日本が繁栄を謳歌していたバブル時代に構造改革を進めるべきでしたが、官主導のシステムが制度疲労を起こしていました。経済の循環システム、金融システムを管理すべき大蔵省が機能不全、心筋梗塞を起こしていました。 バブルが崩壊しても財政出動一本槍でした。小渕元首相が世界一の借金王と自嘲していましたが、続く森元首相も借金を重ねただけでした。小泉前首相が赤字国債枠30兆円を公約にした時には正気の沙汰とは思われないという評価でした。 亀井静香氏を始めとした造反議員達は財政出動、真水40兆円を公約に掲げていましたが、小泉前首相は財政出動を否定し、再選されました。構造改革、官主導の経済再建を放棄した結果、民の自助努力による経済再生が可能になりました。 官主導の経済システムが破綻したのですから、官が責任を取るべきですが誰も責任を取りませんでした。むしろ焼け太りの観すらあります。官の非効率、無責任体制、特権意識は社会保険庁不祥事、官製談合でも明らかにされました。 天下り天国を国民は認めることができません。少なくともバブル崩壊の責任を取り、職を追われても当然な官僚の天下り禁止は職務怠慢のペナルティです。官僚システムの前例主義、問題先送りが日本を破綻の一歩手前まで導いたのです。 官僚の無責任体制が官僚システムに制度疲労を起こさせたのです。賞罰がなければ天下りができる減点主義が能力主義を機能させなかったのです。民間ならば実績がなければ評価されませんが、官僚の世界は足の引っ張り合いだそうです。 天下りが官僚システムに制度疲労を起こさせた原因ですから官主導の天下りを止めさせ、民主導で転職先を探すべきです。能力のある人間ならば民間から引く手あまたでしょうし、民間から声の掛からない人間は自ら就職活動をすべきです。
2007/03/28
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安倍首相は来年度予算を成立させましたが、政権基盤が弱体化しています。首相は「内閣支持率を上げるために政治をしていない」と強弁しましたが、世論の動向を無視した政策は日の目を見られません。郵政民営化法案も然りです。 小泉首相の政治家としてのアイデンティティは郵政民営化にありました。陣笠議員時代からの政策を小泉劇場で演出し、造反議員を除名にしも民営化にこぎ着けました。自民党をぶっ壊しても初志を貫徹し続けた姿勢を世論が支持しました。 首相の戦後レジームからの解放は世論の支持を受けなくては不可能です。憲法改正手続き法、教育三法も世論の後押しがありません。民社党の小沢トロイカ体制も世論の支持を失っています。国会が世論から見放されているのが現状です。 首相の記者会見も国民から背を向けられています。稀代のカリスマ小泉純一郎並みにできないとしても、国民に施策を地道に訴える場を自ら放棄しているのは首相として失格です。政策広告費に換算すれば数十億円単位の無駄使いです。 ルーズベルト大統領が毎週ラジオで炉端談義をして戦意を高揚させたのは有名な話ですが、首相には説明責任があります。国民を戦後体制から解放させるためには戦時体制、進駐軍体制化以上にマスコミを活用しなければ国民は動きません。 内閣創設時の内閣支持率の高さは戦後生まれの首相に期待することが大きかったからです。小泉首相が大鉈を振って自民党を変革した跡を受け継いで欲しかったのです。論功行賞内閣、造反議員の復党が首相から世論を離れさせたのです。 閣僚の不適切な発言、不明瞭な政治資金報告等では閣僚の更迭を求める世論に対し居直っています。首相の情の政治、和の政治、美しい日本は身内ならば何をしても庇い続けるのを日本の伝統美としているようですが、美しくありません。 教育改正を主張する首相が身内に甘い二重基準を美しいと考えているのならば国民の道徳観、倫理観と乖離しています。首相が縁故主義は惻隠の情とは異なります。首相自身が太子党(党幹部の子弟)ですから情実が絡むのかもしれません。 中国の湖主席の後継者レースは太子党が主導権を握っているようですが、政治の腐敗背景には極端な縁故主義があります。日本の国会議員、閣僚も官僚出身者から2世議員が絶対的多数に変わりましたから、政治が腐敗する恐れがあります。 日本の官僚制度は高度成長期には世界一の効率を誇っていました。貧しい家庭の子弟でも東大に入り、国家公務員試験に合格し、高級官僚になれました。カネ、コネがなくても東大、公務員試験に合格できました。機会平等の世界でした。 一方、平凡でも真面目に努力をすれば結婚をし、一戸建ての家を持ち、退職金、年金で老後の生活が保障されていました。結果平等主義が貫徹されていました。ジャパン アズ ナンバーワン、日本は世界一だと評価されたぐらいでした。 しかし、このシステムは経済が無限に成長することを前提としたシステムでしたからいつかは破綻したのです。グローバル化した世界に適応できないシステムですから構造改革が必要なのです。再び、先祖返りをすれば必ず破綻します。 国民は先祖返りをすれば日本が破綻することを肌で感じているのです。首相が構造改革路線を放棄し、先祖返りをしていると見なされるから支持率が落ちるのです。首相に必要なのは将来へのビジョンです。先祖返りをしない保障なのです。
2007/03/27
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能登半島地震には常識の裏を掻かれました。福岡県西方沖地震も地震の起きない地域と考えられていた地方でしたし、神戸も地震が起きることは想定されていませんでした。地震の予想は不可能に近いことを改めて明らかにしました。 国は東海沖地震を予測可能だと想定し、地震予測のために力を注ぎましたが、地震予測が可能かのような誤解を与えました。ハザードマップが一人歩きし、危険の少ない地方が油断する結果をもたらしましたが、頂門の一針でした。 地震の起きる確率は統計学的表現であり、確率が低くても対策を怠ると激震に見舞われることもあるのです。幸い地震の激しさに比べれば被害が少なかったとようですが、新潟県中越地震のように冬に向かう季節ならば大変でした。 北陸電力志賀原電は停止中でしたが、臨界事故の隠蔽を反省するのならば耐震データーを速やかに公表すべきです。志賀原電の立地に際し用いたデーターでは地震の確率を低く見積もっているのではないかと思われるからですからです。 国土地理院のハザードマップでは能登半島沖の震源地は最低ランクでした。ハザードマップは危険を喚起するためにありますので安心を保障するためにあるのではありませんが利用者から危険を無意識に排除する働きをしていたようです。 関東地震、東海地震、南海地震が起きる確率は最高ランクですから地震対策を講じる必要がありますが、現状は無対策といっても良いくらいです。これらの地震が起きれば日本の活動は停止します。人的、経済的被害は計り知れません。 「地震は忘れたことにやってくる」と言われますが、地震対策は国を挙げてしなければならない事業です。箱物行政からは脱却すべきですが、国民の生命、財産に関わる事業は地方自治体レベルでは対応できず、国が対応すべきです。 最近、世界的に地震が多発しています。地殻活動が活発化してきたのかも知れませんが、現代科学でも解明ができないようです。地震国であり経済大国でもある日本は地球の地殻構造、地殻運動を解明するために総力を挙げるべきです。 マントル層まで掘削できる技術を開発したようですが、地球温暖化を解明するためにも地道な学術研究が必要です。日本の国際貢献には自衛隊派遣のようなハードな使命よりも科学技術への貢献のようソフトな使命の方が向いています。 インドネシア沖地震ではには地震計すら備えていない国が多いのには驚かされました。狭い海を隔てた国々の間で情報の交換すらなされていませんでいた。地震情報がネット化されて有効に活用されていたら被害は激減していたでしょう。 地震はプレートが押し合う地域、大陸周辺部に多いのですが、天変地異だと諦めて受け入れる人々が大多数でした。津波に対しても無防備だったように危機感がありません。日本のようにハザードマップが完備している国は少ないのです。 しかし、ハザードマップが完備していても自然が相手ですから予測不能の事態が起きて当たり前です。行政は科学を活用しながらも科学にも限界があることを弁え、予測不能の事態に対処できるだけの力量を備えることが必要です。 能登半島沖地震は国民の目を地震の不可知性に向けましたが、政府、地方自治体もこれを機会にして地震対策に力を注いで欲しいものです。能登半島で地震が起きるのならば、東南海、関東地方で明日にも地震が起きるかも知れないからです。
2007/03/26
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現代医学の進歩により人の生と死とを定義し直す必要を生じてきました。代理出産、体外受精、離婚後の出生届の300日間制限などは議論を巻き起こしています。尊厳死を願う人も多くいます。ヒューマニズムでは解決しきれない問題です。 現代社会は生命の尊厳を最優先にしますが、生物学的な生と死と社会的な生と死とが乖離してきたからです。生物学的な生命の誕生は卵子が受精した時から始まりますが、受精卵を胎児にまで成長させる過程が複雑になってきました。 体外受精は卵子を摘出し、精子を受精させるのですが、受精卵の選別が可能になりました。受精卵は母親以外の子宮に戻しても胎児にまで育てることが可能です。これらを組み合わせれば遺伝母が代理母の子宮を借りることもできます。 代理母には具体的な支障が出ています。子供の親権を巡る争いが起きる場合もあります。代理母が子供を手放さない場合、遺伝母が子供を受け取らない場合が既に起きています。アメリカでは法廷で親権が争われるケースもあるようです。 代理母に与えるリスク、報酬が不透明になりやすいことにも問題があります。単なるボランティアであっても1年近く胎児を子宮内で育てるのですからそれに見合う謝礼が必要でしょう。いずれにしても綺麗事ではすまされないでしょう。 既に精子、卵子バンクができているようですし、代理母紹介がビジネスになりかねません。日本では血液の売買は禁じられていますし、親族以外からの生体臓器の提供も禁じられています。代理母も子宮の提供であり問題を感じます。 一方、医療器具を使用することにより肉体の死を遅らせたり、肉体だけを生かせるようにしたりしました。スパゲッティ症候群とも揶揄されていますが、肉体を生かすだけならば無制限に生かせられますが、尊厳死を求める人も多いのです。 医療技術の発達は人間の生物学的側面を忘れさせています。生と死は生物にとって重要な意味があるからです。生物の基本である生殖に人間が介入すれば予期しない結果がもたらされます。生物としての調整機能が失われかねないからです。 理論的には一人の遺伝母から代理母を使えば無制限に近い子供を得ることができます。ナチスドイツにこの技術があれば優生学的に選ばれた子供、遺伝母、父は優秀なドイツ人、代理母は健康なユダヤ人の組み合わせが考えられたでしょう。 遺伝子を選択する手段としても生殖技術は発展しています。体外受精させた卵子の遺伝子診断技術は先ず劣性の遺伝子を排除する方向に進み、その後優性遺伝子を保存する方向に発展するでしょうが、人為的な遺伝子選択は危険です。 人間社会を構成するのは生物である人間ですから、遺伝子の多様性を犠牲にして人為的な選択を可能にする技術は人類を滅亡に導きかねません。科学は科学の論理のみで一方的に発展し、人間の倫理の発展の遅れが最近目立っています。 子供が可哀想というヒューマニズム的な論理は一人の子供に対しては正しいのかもしれませんが、人類という尺度では間違っているような気がします。もし代理母が認められても実子にする必然性はなく特別養子にすれば良いだけです。 自らの遺伝子に固執するのも生物学的な本能ですが、人間という集団の中で個人を考えるべきです。人の生と死に科学が無制限に介入する姿は滅亡した恐竜の姿を連想させます。個人のレベルと集団のレベルとを分けて考えるべきです。
2007/03/25
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日本人の多くはブッシュ大統領の突然の北朝鮮融和策に違和感を覚えました。アメリカの金融制裁が金正日の与えたダメージが想像以上だと確信していたからです。金融制裁により北の体制が崩壊する可能性を感じられたからです。 アメリカ主導の6カ国協議は日本人には理解しがたい国際政治のパワーバランスの変化が引き起こしたのでしょう。ブッシュ大統領は民主党主導の議会とイラク戦争を巡り対立しています。イラク撤退法案には拒否権を発動するようです。 アメリカにとっては北朝鮮は安全保障上の直接的脅威ではありません。テポドン2号の試射が失敗しましたので、アメリカ本土が核攻撃を受ける心配はないからです。アメリカのデッドラインは核開発ではなく核拡散であるからです。 日本の拉致問題もブッシュ大統領の倫理観に頼るところが大きく、リップサービス的な側面もありますが、建国の理念、生命、自由、幸福追求権を侵す以上、無視できる問題でもありません。アメリカを信じるしかないのかも知れません。 日本政府が6カ国協議から浮いた立場に追い込まれましたが、拉致問題が解決されない限り対北支援に協力しない立場を鮮明にしたのは国際社会にも驚きであったでしょう。日本が国際支援を拒否することは考えられなかったからです。 北朝鮮の拉致は国際的に認知されてきました。日本だけではなく韓国を始めとして中国、アジア、ヨーロッパまで広がりを見せているからです。北の拉致は国家の主権を侵した国家犯罪であるとともに人道上許されない犯罪だからです。 国家主権、基本的人権が確立された西欧諸国ならば戦争が起こりかねない国家犯罪だったの日本政府は拉致の事実を把握していたのに拘わらず拉致そのものを否定してきました。拉致家族会の運動が世論を動かし政府を動かしたのです。 安倍首相が擁立されたのも拉致問題解決に示した毅然とした姿勢が世論から好感を持たれたからですが、6か故国協議で示した毅然とした外交姿勢は世代の交代を印象づけました。普遍的な真理を過去に囚われずに主張すればよいのです。 外交は妥協でしょうが、普遍的な真理において妥協すれば信頼を失います。過去の日本外交ではお金で解決するのならばそれに越したことはないという姿勢でした。悪魔に魂を売り渡した商人は結局人々から見捨て去られて破綻します。 外交の場面でも愚直な姿勢が必要なのでしょう。韓国、中国は好きになれませんが、対日批判がぶれることはありません。対日批判が彼らのアイデンティティだからです。日本も対北朝鮮には反拉致を外交のアイデンティティにすべきです。 今回北朝鮮がごねだしたのは日本に好機到来なのかも知れません。北朝鮮がいかに信頼できない国家であるかを国際社会に自ら公言したようなものです。北朝鮮ならば拉致ぐらいは平気でやりかねないという印象を世界に与えたでしょう。 ブッシュ大統領が方針転換を図ってくれれば日本には幸いなのですが、ハト派のライス国務長官とタカ派のチェイニー副大統領との間の確執の行方が日本外交を大きく左右します。北の体制崩壊まで金融制裁を継続して欲しいものです。 極度の貧困は考える気力、能力さえ失わせるそうです。さらに民主主義、基本的人権を知らない北の人々にはその様な権利をイメージすることすらできないでしょう。イラクの二の舞を演ずる訳にもいきませんが、何かをなすべきでしょう。
2007/03/24
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厚労省はタミフルの服用に際する注意を喚起しました。従来の副作用がないとの立場を変更し、副作用があることを前提にした調査を行うようです。厚労省は薬害エイズ訴訟、C型肝炎訴訟でも行政の不作為を厳しく追及されています。 厚労省は国民の健康を守る立場にありながら、製薬会社にお墨付きを与える役を演じてきました。血液製剤からエイズ、肝炎に感染することを知りながら放置していたとしか思えません。国民の健康よりも製薬会社の利益を優先したのです。 タミフルの場合も副作用が問題にされても、厚労省はタミフルの副作用を全面的に否定しましたが、医療事故情報を隠蔽していました。さらに副作用がないとの調査結果を出した調査委員の中には製薬会社との利害関係者がいました。 マスコミからの激しい追求を躱しきれず、終に事務次官自らが調査のやり直しを指示しました。行政の視線の先には国民がおらず、製薬会社だけがいるようです。タミフルによる医療事故が報告されたときの対応が根本的に誤っていました。 医療事故は疑わしきは罰するぐらいの姿勢で取り組まなければ被害者が出てから対応を変えても遅いのです。アメリカならば集団訴訟が起きているでしょうが、日本では被害者が訴訟を起こすためには越さなくてはならない壁が高すぎます。 一方、薬には副作用があって当たり前です。服薬のメリット、デメリットを勘案するのが医者の役割ですが、日本では余りにも安易にタミフルを使いするようです。世界のタミフルの過半数以上を日本の患者が消費しているのも異常です。 タミフルは新型インフルエンザの特効薬ですが、世界における備蓄は遅れています。特に発生が予想される東南アジア、中国では備蓄が十分とはいえません。一度発生したら、感染の拡大を阻止するためにはタミフルの大量投与が必要です。 さらに発生地で感染拡大を阻止できなければ忽ち全世界に感染が拡大します。タミフルの備蓄、医療設備、栄養状態などにより死亡率に格差が生じます。新型インフルエンザの流行が富める国と貧しい国との格差をさらに助長します。 またタミフルの濫用はタミフルに耐性を持つウィルスの出現を促します。現在はまだワクチンの開発に成功していませんから、タミフルが唯一の治療薬です。タミフルに耐性を持つウィルスが発生し、流行したら手の打ちようがありません。 タミフルの濫用を再考すべき時です。確かにタミフルのインフルエンザに対する効き方は従来の薬の常識を越えていますが、インフルエンザに敢えてタミフルを投与する必要があるのか疑問です。2、3日安静にしていれば治るからです。 特別な事情のある人にだけ、健康に問題がある人、ご老人などに限り投与すれば良いと思われます。日本以外の先進国でのタミフルの消費量を考慮すれば、患者の置かれた状況を医師が慎重に考慮して投与されていると思われるからです。 タミフル投与を助長している日本の医療体系を再考するには良い機会でした。医療費削減を掲げながら、医療費の無駄遣いを助長しているのが保険診療報酬体系です。それを裏から支えているのが厚労省です。天下り先が大切だからです。 医師も患者も意識を変えなくてはなりません。抗生物質やタミフルは劇的に効くがゆえに濫用しがちですが、耐性菌、耐性ウィルスの出現を考慮しなければなりません。なるべく不必要な投与を避け、本当に必要な時に備えるべきです。
2007/03/23
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地球温暖化が人類の生存に対して喫緊の脅威です。炭酸ガス濃度の上昇を抑えないと温暖化は特異点を超してしまいます。正のフィードバックが始まれば数世代の内に気温は危険水域を越えるでしょう。人類は岐路に立たされています。 炭酸ガス濃度の上昇を抑えるにはエネルギー源を化石燃料から原子力に変えなければなりません。省エネ技術も焼け石に水です。BRICSの経済成長を考慮すれば、彼らの経済力で原子力発電所を建設させなければ間に合いません。 BRICSは経済成長至上主義ですから、原電建設に否やはないはずです。ブラジルを除き核保有国ですから核拡散の心配をする必要もありません。彼らの化石燃料の消費は加速度的に伸びていますから、化石燃料の節約にもなります。 先進国では風力発電、ソーラーシステム等の太陽からのエネルギーに依存することもできますが、BRICS、発展途上国には経済的、技術的に無理です。バイオエネルギーは廃棄物処理以外は食糧をエネルギーに転換するだけで無駄です。 原電は技術的には完成されたも言えますが、運転管理には疑問符が付きます。日本の原電の建設、運転管理技術は世界の最先端だと思いますが、事故隠蔽体質が信頼を揺るがせています。北陸電力の臨界事故の隠蔽などは言語道断です。 今回の一連の事故隠しは電力会社のモラルがいかに低いかを国民の前に明らかしてしいました。北陸電力の臨界事故の前にも複数の原電で制御棒の脱落があったのが報告されていませんでした。事故情報の共有体勢ができていませんでした。 ハインリッヒの法則によれば重大な災害1件が発生する背景には、軽度の災害が29件、そして災害にまでは至らなかった事故が300件存在します。もし制御棒の脱落事故情報が共有されていれば臨界事故が起きなかった可能性が大です。 スペースシャトルの「コロンビア事故」ように大事故が起きてから対策を立てても遅いのです。原電の臨界事故は炉心溶融にも繋がり、大量の放射能が拡散しかねないからです。電力会社のリスク管理は前世紀の遺物とさえ思えます。 社会は高度情報化社会になっています。情報を隠蔽できると思う方がどうかしています。北陸電力は臨界事故を完全に隠蔽できたと思っていたのでしょうが、内部告発があったようです。記録は廃棄できても人間の記憶は消せません。 原電の環境アセスメントをしていた時から電力会社の情報隠蔽体質は気になっていたのですが、臨界事故を隠蔽するほど悪質だとは思っていませんでした。原電が止まると一日億単位の損失が出るから隠蔽したのなら余りにもお粗末です。 電力会社は独占事業ですから市場から退場させることができませんが、経営陣は総辞職すべきです。経済産業省は一罰百戒にすべきです。東京電力の原電を総て停止させたように北陸電力の原電を総て停止させるぐらいの処分が必要です。 原電の事故の隠蔽が何十倍、何百倍の損失になり、経営の基盤を揺るがせかねないことを骨身に染みさせるべきです。一電力会社の過失が日本の電力政策だけではなく世界の原電建設に大きな影響を及ぼすことを自覚させるべきです。 原電は地球温暖化のために処方できる頓服です。核融合技術が完成するまでの時間を稼ぐためには必要な技術です。世界規模での事故情報の共有、データーベース化が必要です。原電技術の輸出のためにも電力会社の自粛が必要です。
2007/03/21
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精神病は脳の病気です。現代医学ではまだ解明されていませんが、脳内伝達物質、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの代謝異常だと考えられています。脳が正常に機能しなくなるので結果として心も病んでしまうのです。 脳の機能が侵される原因は様々ですが、ストレスに弱い体質の人が過剰なストレスを受けて発病する場合が多いようです。脳の機能を正常に戻すためには薬を服用する必要があります。脳内の化学物質の代謝を調整する必要があるからです。 過剰なストレスで心、ソフトが破壊され、次に脳、ハードが破壊され、さらに心、ソフトが破壊されたのですから、先ず薬の薬理作用で脳の機能を回復させることが必要なのです。脳の機能が回復すれば心のリハビリを始めればよいのです。 大切なのは脳、ハードが回復しない限り心、ソフトは回復しないのです。パソコン、ハードが壊れていればソフトを修復することは不可能だからです。しかし、病的な状態にある人は病気の自覚がなく、薬の服用を拒否する人が多いのです。 副作用を気にして薬を服用しない人もいますが、副作用のない薬はありません。現代医学は副作用が少なくて劇的に効く新薬を次々に開発しています。現代医学の進歩と共に精神病は特殊な病気から普通の病気へと変わりつつあります。 しかし、社会からは「何をするのか分からない人」と見られていますが、一時代前の精神医学の水準が医療の名に値しなかった時代に芽生えた偏見です。現在では仕事をしながら精神科に通院し、治療を受けている人も少なくありません。 精神科では早期発見、早期治療が特に大切なようです。心身に異常を感じても精神科を受診する人が少なく、受診しても外来通院を自分の判断で止める人が多いのです。例え薬が処方されても、継続して服用し続ける人が少ないのです。 発病しても早期に適切な治療を受けた人は回復が早く、社会的に破綻する場合も少ないのです。多くの人は社会的に破綻を来してから精神科の診察を受けに来るのです。若ければ若いほど回復も早く、社会的な地位も失わずに済むのです。 精神科の患者が薬を飲み続けるのは簡単なようで簡単ではありません。本人が病気を認められない場合が多いのですが、家族が病気を受け入れられない場合も多いのです。本人と家族が連帯できなければ、適切な治療を受けられないのです。 精神病は家族が一丸となって取り組まなければならない点で家族の病気です。病院での治療が効果を上げてきたら、脳のリハビリが必要です。脳の生理学的な機能が回復しても心が回復し、社会復帰できるまでにはリハビリが必要です。 リハビリは単調な繰り返しを気長に行う必要がありますが、回復してくれば加速度的に回復します。大切なのは目標の設定です。客観的に自分の能力を評価する必要があります。病気で失ったものを冷静に勘定に入れなければなりません。 病気が具体的に癒やされなくても、それなりの人生設計を立てられれば癒やされたのです。精神障害者は身体障害者と同じレベルの障害、脳に障害を負っていますが、心を回復させることができます。精神病は心の病気ではないからです。
2007/03/21
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夕張市の財政破綻は15年振り再建団体移行だそうですが、再建団体に移行しそうな地方自治体は少なくないと考えられます。高知県では東洋町が核廃棄物最終処理場に立候補しましたが、町長が財政破綻を回避しようとしたのでしょう。 夕張市は赤字を18年間で解消しなくてはなりませんが、住民の流出が止まらないようです。歳出削減だけでは赤字を解消することは困難です。町おこしのために民間企業も参入するらしいですが、前途には暗雲が立ちこめています。 最終的な処理には半世紀もかかるような粉飾決算に誰も気付かなかったようですが、職員、議会にも共同責任があります。職員数を1/3に減らし、給料の3割カットだけですますのではなく、議員と共に債務の一部を負担させるべきです。 地方自治体の財政規律が緩んでいます。箱物行政から手を抜けない自治体もあり、知事を筆頭にして職員の汚職は跡を絶ちません。随意契約が多く、官製談合の噂は絶えません。夕張市は頂門の一針にされたようで可哀想な気もします。 財政破綻を許したのは複雑な会計処理のようです。見かけ上は黒字であった筈なのにいきなり財政破綻を宣言されたら住民には驚天動地であったでしょう。金融機関にも貸し手責任がありますから、企業の破産同様に債務を免除すべきです。 金融機関の自治体への貸し出しは税金を担保にした貸し出しで、年金を担保にして貸し出すた悪質なヤミ金融と本質的には変わりがありません。自治体が多重債務に追い込まれ、金融機関がリスクなしの融資で潤っているのです。 自治体の再建法を創設し、金融機関にも貸し手責任を取らせるべきです。金融機関の自治体への融資に債務免除のリスクを負わせるべきです。リスクに応じた融資ならば財政破綻する前に資金ショートを起こしますから住民も気付きます。 金融機関が自治体に対しても企業並みのリスク管理をし、キャッシュフローを明らかさせれば、隠し借金もできなくなります。自治体の前時代的な会計システムでも通用するのはチェックシステムが機能していないからでしょう。 情報公開も十分になされていない自治体が多く、住民からのチェックを意図的に妨げているケースが目立ちます。県警捜査費、議会の政策調査費などの違法、不適切な支出がマスコミを賑わせていますが、情報が公開されていません。 財政破綻の一番の被害者は住民なのに情報が公開されていない現状は不公正です。自治体の首長の権限は大統領に近いそうですが、議会が十分なチェック機能を果たさないのが現状ですから、住民にもチェック機能を持たせるべきです。 自治体を変える最大のチャンスは選挙ですから、住民は選挙に積極的に参加すべきです。財政破綻の危険を抱えている自治体は少なくありませんが、有権者の選択肢が限られており、民意を政治に反映させるシステムが機能していません。 地方自治の流れに棹を差すようですが、自治体再建法を創設しなければ総論賛成、各論反対で収拾が付かなくなるのは目に見えています。総務省に自治体に対しイエローカード、レッドカードを出す客観的な基準を設けるべきでしょう。 自己決定、自己責任は時代の流れですから、自治体、議会、住民にも自己責任を取らすべきですが、自己決定の機会が保障されることが前提です。そのためには情報公開、住民投票などの民意を政治に反映さす制度を確立すべきです。
2007/03/20
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日本では春闘方式が崩れ、同一業種でも企業間の賃金に差が出るのが常識化しましたが、正社員と非正社員との賃金格差も常識化してきました。年功序列、終身雇用から同一職種、同一賃金へと変わらなければ社会構造が不安定化します。 企業間の業績の差を考慮しなかった春闘方式は時代遅れですが、業績の差は一時金に反映すべきです。グローバル化を意識しすぎて日本固有の賃金体系を否定するのも行き過ぎです。農耕民族的な賃金体系、年功序列も残すべきでしょう。 家族手当を増額したり、子育て支援を積極的に取り入れたりする企業も出てきました。団塊の世代の退職に伴う人材不足が心配されていますが、女性の労働力を積極的に活用すべきです。日本の未来は女性の社会参加に掛かっています。 労働分配率が低下していますが、企業も富の配分には責任があります。日本はアメリカのような富める者と貧しい者との所得の格差が5桁以上も違う極端な格差が社会ではありませんが、低所得層の収入が生活保護以下になっています。 ワーキングプアーという言葉がマスコミを賑わせていますが、仕事をしている者が仕事をしていない者よりも過酷な生活を強要される社会は間違っています。若者が自立した生活を維持できる程度まで最低賃金をアップすべきです。 景気が回復してきたら出生率もアップしたように、若者が結婚ができる程度の賃金を企業も負担すべきです。結婚生活を夢見るカップルが増え、新しい家庭が増えれば消費も拡大します。結婚率、出生率のアップは社会を活性化します。 景気が回復し、企業の業績も拡大してきたので次は労働者に果実を配分する番ですが、正社員だけではなく低賃金で働いた非正社員にも配分すべきです。組合すらない労働者、中小企業の労働者、派遣社員、パートにも目を注ぐべきです。 バブル崩壊の時に労働の調整弁になって企業の再生を助けた人たちの貢献度も企業は考慮すべきです。企業の好成績にも拘わらずデフレ脱却を前にして足踏みを続けているのは消費の弱さですから、労働配分率を上げるべきでしょう。 日本経済が再生したのですから、社会構造も再生させるべきです。グローバル化が進み社会が二分化されてくるのは仕方がありませんが、アングロサクソン系略奪民族的な賃金体系は農耕民族である日本には向きません。アパレル企業のようにパート社員の正社員化により人材の質を高めるのが日本的な経営です。 一億総中流時代は過去のものですが、中流階級の二分化が日本の政治を不安定化させています。結果平等主義は過去の遺物かも知れませんが、機会平等主義ににも問題があります。広い意味での教育の機会平等が保障されていないからです。 ある程度の格差は競争を加速しますが、限度を超えた格差は競争を放棄する者を増やすだけです。日本人にはアメリカの高い塀で隔離された富裕階級とハーレムに住む低所得層ほどの格差は許容できません。ヒルズ族程度が限界です。 バブル崩壊時代にはアメリカ流市場原理主義を理想化していましたが、日本流修正市場原理主義を確立する必要があります。農耕民族である日本人には地道に物作りに励むのが向いています。バブル時代の金融業がむしろ異常でした。 日本の潜在的な生産力を支えているのが中小企業です。企業の労働力の安全弁は派遣社員です。これからの日本の労働力は女性に負う面が多くなります。これらの労働弱者に対する労働配分率を高めるのがこれからの日本の課題です。
2007/03/19
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ホリエモン裁判は国策捜査、国策裁判という印象を強く受けました。ホリエモンが犯した罪は確かに断罪されるべきかも知れませんが、大企業、日興證券などのプロが行った組織的な粉飾決算と比べて格段に悪質とは思えないからです。 ライブドアの犯した一連の犯罪は犯行当時はグレーであり、ニッチを狙った視点には独創的なものがありました。アメリカでは既に粉飾決算によるITバブル崩壊があったのですから、ルールを明確にしなかった行政が責任を負うべきです。 金融庁自身がグレーであり、犯罪行為に当たらないことを公式に認めていたのですから、後出しで違法性を立件し、法廷で裁くのは公正だとは思えません。司法と行政の判断が違うにしろ、過去の判例に従い執行猶予が妥当だと思えます。 日本が市場原理主義に変わったのはグローバル化の結果でありやむを得ませんが、市場のルールの確立が遅れています。市場では優勝劣敗なのでしょうが、何でもありはモラルハザードを引き起こします。レフェリー役が必要とされます。 日興證券の場合は市場のプロが犯した犯罪です。本来がレフェリー役を務める筈の証券会社が粉飾決算をしたのが咎められず、会計の素人であるホリエモンだけが重罪にされるのは恣意的な判定、アンフェアーな判定だと思われます。 日興は粉飾決算の責任を市場から問われ、身売り寸前ですが、経営陣は今のところは刑事事件として立件されていません。民事の責任だけを取れば無罪放免されるようです。アメリカの禁固数十年、罰金数千億と比べて余りにも軽すぎます。 市場原理主義はハイリスク、ハイリターンです。市場の信頼を裏切る行為には重罪を科すべきです。日本の大企業の経営陣が汚職をしても立件されることはほとんどなく、立件されても執行猶予です。これではモラルハザートが起きます。 ホリエモン、村上ファンドはこの様な日本の企業体質に風穴を開けようとしました。あの時点での日本の企業風土は旧態依然としていました。バブル崩壊のA級戦犯である金融界でさえ旧経営陣の責任を問わず居残りを許したぐらいです。 ホリエモンは旧態依然とした保守勢力の差し出した人身御供のように思われます。目障りな成り上がり者を犯罪者に仕立てることにより世論の流れを変えました。ホリエモンの利用価値がなくなり、市場を安定化させたかったのでしょう。 法の前での平等が侵されています。大企業の経営者は粉飾決算をしても罪に問われない、罪に問われても執行猶予であるのに対して2年半の実刑は公正を欠いています。刑法の後出しの適用は違法です。司法の権威を自ら失う判決です。 ホリエモンの経営者としての資質は従来の常識では計れないでしょう。アメリカの猿まねのような気もしますが、ライブドアを不祥事でも倒産させないだけの資産を持つ超優良企業にし、ジャパンドリームを実現したのは事実です。 大衆投資家はホリエモン事件で市場原理主義の抱えるリスクに目覚めました。資産形成を地道にやる大切さも報されました。投資信託が満期には1/3に減っていたのには驚かされましたが、リスク管理のための授業料と割り切りました。 市場原理主義にはルールの確立が必要です。法治主義が確立されなければ、第2、第3のホリエモンが出現するでしょう。ルールの適用が恣意的になれば市場の公正性が歪められます。大企業有利の市場を起業家に開放すべきです。
2007/03/18
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アメリカが北朝鮮との対話に前向きになっていますが、日本の頭越しにクリントン政権のような北朝鮮との協調路線を歩み出すとは思えません。日米同盟を悪化させ、浮沈空母を手放すほどアメリカが愚かだとは思えないからです。 アメリカの金融制裁が北朝鮮の死命を制するだけの威力を持つことが実証されました。アメリカは北朝鮮の核カードに対し、金融制裁カードを切ることができるのです。アメリカと北朝鮮との第一ラウンドは痛み分けのように思えます。 ブッシュ大統領が対話路線に乗り出したのは議会を民主党が制したからでしょうが、イラク情勢が混沌としてきたのも大きいでしょう。北朝鮮から手を引いてもイラクの内戦状態を治めるのがアメリカの果たすべき第一の使命だからです。 アメリカには北朝鮮の核武装は対岸の火事に過ぎない面があります。テボドン2号の発射実験が失敗したので当面は安全保障上の脅威とはならないからです。むしろアメリカのデッドラインは北朝鮮の核武装ではなく核拡散にあるからです。 アメリカは拉致問題に関してはブッシュ大統領を始めとして好意的です。アメリカが拉致問題を放棄するのはアメリカのアイデンティティ、建国の理念を放棄するのに等しい行為だからです。拉致カードを切る機会を探っているのでしょう。 北朝鮮には拉致カードは対日利権に繋がるので簡単には放棄しないでしょう。金正日の拉致カードの見積もりは1兆円単位でしょう。日朝平和条約を結び、韓国のように日本から多額の借款、賠償金を引き出すことを狙っているのでしょう。 金正日の強請、たかりに国際社会が応じてきた歴史がありますから北朝鮮が核を放棄することはあり得ないと思います。北朝鮮が国家として存続できる保障は核兵器しかないからです。北朝鮮の体制が瓦解するのを期待するしかありません。 しかし、日本がイギリス、フランスのように核武装するのは現実的ではありませんが、核議論を封印してしまうのも無責任です。私たちには日本がなぜ核三原則を国策、国是としたのかを戦後世代に語り伝えて行く義務があります。 広島、長崎の悲劇は日本人にはトラウマとして残りました。核アレルギーは原子力の平和利用にはマイナスですが、核兵器を無条件で否定する国民感情を醸成してきた点においてプラスです。原水禁運動が国際平和に貢献してきたからです。 日本は被爆国として核兵器の存在を無条件で許さない姿勢を貫くべきです。北朝鮮の拉致は日本の国権を犯す罪であるだけではなく人道に反する罪として国際社会に訴えていくべきです。拉致を認めなかった時代に逆戻りしてはいけません。 日本は北朝鮮の核兵器、拉致について妥協してはなりません。政治的な判断が優先する問題ではないからです。人類に対する罪、普遍的な罪としてあらゆる機会に訴えるべきです。日本の姿勢が首尾一貫していれば理解を得られるからです。 日本外交には戦術があっても戦略がないと言われます。拉致問題では日本政府は北朝鮮に翻弄されてきました。政府は拉致を把握しながら、拉致を否定してきたからです。拉致家族の運動がなければ拉致は闇の中に隠されていたでしょう。 日本政府が北朝鮮の拉致を隠蔽していたのは国民の安全を守る義務を果たせない国家であったことの証明です。近代国家としての要件を備えていないことを意味しています。日本政府は国際社会から笑いものにされているのでしょう。
2007/03/15
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中央教育審議会の答申が纏まりましたが、拙速の感を禁じ得ません。安倍首相のアイデンティティは憲法改正と教育再生ですから内閣の命運を懸けたようですが、小泉改革で権限が地方に移管された文部科学省の復権運動のように思えます。 教育委員会の不祥事が目立ちましたが、国の権限強化は地方分権への流れに逆行します。未履修問題でも文部科学省も問題を把握しており、地方の教委に出向していたキャリア官僚も了承済みのことでした。地方の責任だけを問えません。 むしろ、都教委のような教育現場を混乱に陥れている強権発動の方が教育に与える影響は大きいでしょう。国の権限強化は教委の権限強化を招き、教育現場を萎縮させる可能性があります。教育に強権を発動する文教政策は戦前回帰です。 教育の抱える問題の根本は義務教育で履修させるべき教科が多すぎるところにあります。義務教育では読み、書き、算盤を徹底的に教え込むべきです。特に古典の素読を取り入れ、日本語のリズムと漢字を子供の時に覚え込ますべきです。 義務教育にゆとり教育や英語を履修させるような発想を文部科学省が持ち込む間は国に義務教育を任すことはできません。日本語すら満足にできない子供を生み出す教育の方向を日本語、算術重視の教育へと変えなければ日本は滅びます。 日本の戦後教育の平等主義が結果として教育格差を生んできました。公立校の平等教育を迂回し、私立校によるエリート教育を目指す親が増えてきたからです。親の所得格差が子供の教育格差に繋がり、結果として格差が固定するからです。 団塊の世代は受験地獄だと言われましたが、親の所得格差は子供の教育格差には繋がりませんでした。名門公立高校出身者の方が一流大学に合格できたからです。ちなみに東大合格者ランキング1位は圧倒的大差で都立日比谷高校でした。 私立校は公立校を補完する役割を担っていました。貧しい家庭の子弟が公立大学には大勢いました。授業料も月1000円でした。奨学金とアルバイトだけで大学を卒業できる時代でした。能力があり、努力する者には道が開けていました。 現代は富める家庭でなくては子供に十分な教育を施せない時代になりました。政府は結果平等主義ではなく機会平等主義を政策として掲げるのならば、教育格差を解消しなければなりません。格差を乗り越える道が必要不可欠だからです。 個人資質では乗り越えられない壁がある社会は停滞し、腐敗します。教育現場の乱れは格差社会を肌で感じている子供達の悲鳴のように感じられます。人は希望を持てさえすれば艱難に耐えられますが、希望が持てなければ耐えられません。 教育再生は義務教育再生に掛かっています。政策ではなく哲学が必要とされているのです。小手先の法律を弄くるよりも前に教育論の立て直しが必要なのです。日本人として最低限必要な知識、教養を得られる道を確立する必要があるのです。 日本では教育を受ける権利が阻害されています。公教育では平等主義が標榜され、能力別のクラスが普及しません。学区制が学校間格差を否定し、エリート教育を否定しています。貧しい家庭の子弟のためにもエリート教育が必要なのです。 機会平等主義は教育の機会が平等でなければ格差を固定してしまいます。日本の高度成長を支えたのは良質な教育でした。公教育が教育の主流を担っていたからです。貧しい家庭の子弟でもエリートになれる道が開かれたいたからです。
2007/03/13
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自民党の党規委員会が衛藤前衆院議員の復党を認めました。委員長を筆頭に批判が相次ぎ、委任状を加えても10対7にしかならない僅差でした。衛藤氏が安倍首相の歴史問題や社会保障問題などの相談役だと見られているからです。 安倍首相の身内優先に対して党の内外から批判が集中しています。造反議員の復党には世論が拒絶反応を示しましたが、それに挑戦するかのような首相の決断です。首相は信念を貫いて政治生命を絶たれるのなら本望と感じているようです。 首相の最も尊敬する政治家は祖父の岸元首相だそうですが、首相の世論無視の政治決断は岸元首相に倣っているようです。岸元首相は世論の反対を押し切り安保条約を改定しましたが、歴史家には評価されたと信じているからでしょう。 首相は支持率の急降下にむしろ居直ったようです。世論を無視し、歴史に評価される道を選んだようです。憲法改正手続き法、教育改革法を強行するつもりです。戦後体制からの脱却には憲法改正、教育再生が必要だと信じているからです。 国家が乱れるのは能力のない指導者が使命感に燃え上がる時です。東条英機が良い例です。陸軍だけではなく内務省さえも掌握し、日本を全体主義に導きました。大政翼賛会体制、警察国家を造り上げ、世論を完全に封じ込めました。 小泉前首相は構造改革を世論の支持を背景にして進めましたが、郵政改革を成し遂げたら、自ら権力の座を降りました。衆議院の2/3を獲得し、憲法改正発議以外なら何でもできる地位を、自ら放棄した希有の政治家になりました。 小泉改革を歴史がどう評価するのかは分かりませんが、彼は少なくとも自らの歴史的使命の限界を弁えていました。安倍首相からは歴史的使命に対する畏れを感じ取れません。彼からは唯我独尊、自己中心的な歴史観しか感じられません。 世論のブレーキが利かない政治は危険です。安倍首相は造反議員の復党、複数の閣僚の暴言、妄言、政治とカネの問題などに対して聞く耳を持たないようです。世論を無視する政治は政治不信を生み出し、民主主義の危機に繋がります。 安倍首相に対する国民の期待は内閣成立時の支持率の高さに表れていましたが、造反議員の復党を契機として支持率は急降下しました。造反議員の復党が国民の理解を得られなかったのは、先の総選挙で示された民意に反したからです。 最近の安倍首相は鷹派であった時代に戻りつつあるように思えます。付け焼き刃が通用しないことを悟ったのか、衣の下の鎧がちらつきだしました。造反議員の復党、特に衛藤氏の復党は内外に世論を無視する姿勢を明確に誇示しました。 しかし、野党は安倍首相の世論無視の姿勢を追求できていません。小沢トロイカ体制が世論の支持を受けていないからです。世論調査の結果が政治に反映しない現状は民主主義の危機です。都知事選がショック療法になればよいと思います。 古い自民党と古い民主党では大同小異です。政権交代は日本を混乱に陥れるだけで、得るものはありません。むしろ政界の世代交代が望まれます。安倍首相には失望させられましたが、戦後世代のニューリーダーを国民は求めているのです。 自民党、民主党にもニューリーダーになりうる人材が豊富だそうですが、両党共に老害に侵されているようです。参議院選では老害を克服できた政党が勝利するでしょう。日本の政治も55年体制、自社対決時代を克服して欲しいものです。
2007/03/11
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イラク周辺国と国連安全保障理事会の5常任理事国による「イラク安定化国際会議」が始まりました。アメリカが「イラクでのテロを支援している」と非難しているイラン、シリアと初めて同席をし、対話路線に踏み込もうとしています。 イラクでは既にパンドラの箱が開けられてしまいました。イラクはサダム・フセイン前大統領による警察国家が部族社会の統制を保っていましたが、重石が取り除かれたので内戦状態に突入しました。アメリカの政策変更には良い時期です。 アルカイーダの国際貿易ビルへの自爆テロはアメリカ国民にPTSDを与えました。特にブッシュ大統領を対テロ全面戦争に踏み込ませました。唯一の超大国アメリカが世界の片隅で蠢いているテロリストに戦争布告をしてしまったのです。 ブッシュ政権は対テロ戦争のシミュレーションを根本的に誤りました。非対称の戦争が大国側にいかに不利であり、テロリスト側にいかに有利であるかをベトナム戦争で学習積みだと思いましたが、過去の教訓が生かされていませんでした。 民衆の波の中に隠れたテロリストを捜し出すのは砂浜で宝石を捜し出すようなものです。アルカイーダのアンテナはインターネットの世界に張り巡らされています。全世界に散らばっているアルカイーダの細胞を除去するのは不可能です。 さらに、イラク、アフガニスタンでは宗教戦争、民族戦争、部落抗争が始まっています。旧ユーゴもヨーロッパのNATO軍が介入しても内紛の火種は消えていません。多民族、多宗教国家では民主主義が成り立たないのかも知れません。 ヨーロッパ、アメリカが抱えている移民問題も移民が政治を動かせるだけの数を占めれば質的に変化せざるを得ません。同化政策、隔離政策も移民の数が20%を超えれば国家のアイデンティティが質的に変化せざるを得ないからです。 国家の範囲を国家としてのアイデンティティを保たれる範囲内に治めるのが解決策の一つです。多民族国家の分割統治を認めるのが歴史の流れではないでしょうか。中近東は欧米諸国の政治的意図により一方的に分割されたからです。 イラクも地図の上だけで人為的に分割された国ですから、人文地理学的な必然性がない国です。フセイン前大統領のような独裁者でなければ統治できない国ですから、シーア派、スンニ派、タジク人の三者で分割統治をすべきでしょう。 北部のタジク人は既に自治を確立しているようですが、シーア派とスンニ派 を隔離しなければ内戦に収拾を付かられません。石油の権益を巡る争いを調停できる国際機関を設立する必要があり、石油基金を創設する必要があるのです。 しかしフセイン大統領時代の石油基金が汚職の巣になっていたのも現実です。公平な配分を担保する手段が問われています。日本は石油の大量購入者ですし、中東での信頼感がありますから、公平な第三者として調停をする機会があります。 自爆テロが頻発するのは現実の生活に希望が持てないからでしょう。対テロ作戦は軍事作戦だけでは解決できません。むしろ経済政策で解決できる側面が強いのです。日米同盟を補完する働きには得意の経済力を駆使するのが懸命です。 テロの横行する社会の根底には貧困が横たわっています。明日の生活に夢が持てないからテロに走るのです。世界的な格差社会の広がりが社会を不安定にするのです。富める者と貧しい者との格差が常識の範囲内にある必要があるのです。
2007/03/10
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浅野史郎前宮城県知事が22日に告示される東京都知事選に出馬表明しました。石原都政に対する都民の批判に応えたものです。石原都政では強者の論理が貫徹されました。弱者を貶める発言もあり、都政の私物化が目に余りだしたからです。 政界では安倍首相が支持率の悪化に居直りました。自己の政治信念に殉教する覚悟を決めたようです。祖父の岸前首相が国会がデモ隊で包囲された中で日米安保条約改定を衆議院で強行採決し、自然成立されたのに倣うつもりのようです。 安倍自民党総裁として造反議員である衛藤氏の復党させたのもその表れでしょう。政治信念、政治信条が同じである同志であることを理由にした復党は安倍首相の依怙贔屓にも感じられます。国民だけではなく与党の理解さえ得られません。 安倍政権は政権末期症状を呈してきましたが、中川幹事長でさえブレーキを掛けられないようです。能力のない人間が懸命に努力する時が一番危険です。世論無視の首相の首に鈴を付けられるのは自民党の都知事選敗北しかありません。 自民党が古い自民党に先祖返りをしていますのに、相変わらず民主党もお付き合いをしています。小沢、菅、鳩山のトロイカ体制では安倍首相、自民党に対する批判票の受け皿にはなりませんが、浅野氏が受け皿になる可能性が大です。 小泉前首相は世論の支持を背景にして彼の政治信念である郵政民営化を実現しました。安倍首相は戦後体制からの脱却を政治信念にしていますが、それを実現させる過程が明らかにされていません。情の政治では国民を混乱させるだけです。 政局は先祖返りをし、古い自民党と古い民主党が55年体制、自社対決時代を繰り返しているようにしか見えません。与野党共に余りにも無策です。世論調査では内閣支持率が下がり、政治不信から与野党共に支持率を下げています。 小泉劇場で政治に目覚めた若者が再び白けきっています。参議院選挙では古い自民党と古い民主党しか選択肢がなく、新しい政治を望む国民の投票先がありません。二大政党制は国民に選択肢を提供するから成り立つ制度であるはずです。 東京都知事選では古い石原都知事対新しい浅野前宮城県知事という対立軸が浮かび上がりました。石原都政には社会的弱者への差別発言、都政の私物化、側近政治、恐怖政治のような教育現場という批判の目が国民からも向けられています。 一方、東京都の財政再建を果たし、伏魔殿と言われた都庁に新しい風を吹き込んだのも事実です。功罪、いずれを取るかは都民が判断することですが、政界に及ぼす影響は大きく、都民の審判次第では政界再編成の声も上がるでしょう。 安倍政権が成立した時の国民の期待が大きかっただけに、最近の安倍首相の居直りには失望させられました。安倍首相の政治スタイルは議会制民主主義ではなく大統領制に近いのですが、小泉首相のような世論の支持の裏付けがありません。 安倍首相が最も尊敬する政治家は祖父の岸元首相だそうですが、世論完全無視、政治信念最優先だけが遺伝しているようです。「美しい国」は思いつきで造り上げられるのではなく、政治的な裏付けがなくては絵に描いた餅でしかありません。 東京都知事選では石原都政よりも安倍政権が審判される立場になります。恐らく大量の批判票が浅野氏に回るでしょうが、安倍首相に自らを省みる政治的度量があるか、ないかが問われるでしょう。東京都民の審判が注目されます。
2007/03/09
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万波医師の病腎移植に対してい宇和島徳洲会病院の調査委員会は肯定的な調査結果を、移植学会などは否定的な見解を発表しましたが、第一線の現場で働く臨床医と学界の権威者との見解が相反したのは予想されていたとおりでした。 学会は病腎移植を不適切と決め付けました。厚労省も学会の見解に沿った規制をすると予想されますが、人工透析で苦しんでいる患者の声に応える姿勢が見られません。死体腎移植は希望者15000に対し150例、100人に1人だそうです。 日本では死体腎移植の可能性がないに等しいので外国で生体腎移植を受ける患者が増えてくるでしょう。フィリピンでは生体腎移植が国を挙げて制度化されそうです。日本では生体腎移植ビジネスが闇の世界で活況を呈しているそうです。 患者には腎臓移植が究極の治療です。人工透析患者30万人の多くは糖尿病の合併症から腎不全になった人たちですから、週3回の人工透析を受けに行くための肉体的な負担は想像を絶します。国の経済的な負担も少なくありません。 経済的なゆとりのある患者だけが国外で生体腎臓移植を受けられるとすれば、2重の意味でモラルハザードが起きます。富める者だけが生体腎移植を受けられるとすれば、日本の皆保険制度、平等主義が根本的に否定されるからです。 さらに富める国が貧しい国から生体腎臓を買い上げるのは倫理、人の道に反します。日本でもかつて売血制度がありました。売血がウィルスに汚染されていたことが問題になりましたが、医療倫理からも許されない行為とされました。 中国では売血によりエイズが拡がっています。汚染された医療器具による採血がその原因です。地方の権力者が住民から強制的に血を集めているからです。生体腎臓が表のマーケットに載ればこの様な様々な弊害が出てくるでしょう。 日本人はアジアの国々から吸血鬼だと非難されかねません。お金さえ出せばリスクは貧しい国負担の生体腎移植は札束で頬を叩く式の買収であり、かつてのエコノミックアニマルを連想させます。自己努力なしには許されない行為です。 臓器移植の機会を増やすためには死体腎臓移植を増やさなければなりませんが、臓器提供者を増やすための努力がなされていません。病腎移植を否定するのではなく第3の道として活用できるように論議を積極的に積み重ねるべきです。 移植学会には死体腎移植が100人に1人しか施されない現状を放置してきた責任があります。人工透析患者30万人の1/20しか移植希望者がいないのは移植学会が機能を果たしていないからです。150名しか移植できないのは異常です。 移植学会の主張は正当でしょうが、移植の現場を無視した暴論です。例えば2つの内の一つ腎臓にガンが発見されたら摘出を望む患者は少なくないでしょうし、ガン細胞を除去した腎臓の移植を望む患者も少なくないでしょう。 前者はガンの転移のリスクを避けるためですし、後者はガンのリスクよりもQOL、生活の質の向上を望む患者です。リスク管理は自己決定、自己責任です。QOLが低下した患者がリスクを冒して病腎移植を望む場合もあり得ます。 移植学会、厚労省は病腎移植を健康者の論理で裁こうとしていますが、患者の論理で裁かれるべきです。医者や行政が患者の自己決定権を侵すのは許されません。病腎移植によるQOLの向上に伴うリスク管理の決定権は患者にあります。
2007/03/06
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家内が39度を超える高熱になり、ウィルスチェックでインフルエンザと診断されたので、タミフルが処方されました。わずか1日で熱が下がりました。元来が風邪に弱い体質だったのですが、食欲もすぐに回復し、事なきを得ました。 タミフルの効用は絶大だと感心しました。新型インフルエンザが発生した時の効果が期待されます。タミフル服用後に異常行動を起こす子供の例が報告されていますが、子供を服用後に管理ができない場合は避けるべきかも知れません。 医者はタミフルの効果と副作用を十分に考慮して投薬すべきですが、日本のタミフルの使用頻度が欧米の倍ぐらいなので、安易に処方されすぎている傾向を感じます。タミフルに耐性を持ったウィルスが既に出現しているからです。 国民にインフルエンザワクチンの接種を勧める政策が必要なのかも知れません。特に子供や老人のワクチン接種に公的負担を導入すべきです。ワクチン接種が一定の割合を超せばインフルエンザの流行を抑制することができるからです。 新型インフルエンザのワクチンの開発はウィルス株を手に入れてからが勝負ですが、先進国が独占する可能性があります。インドネシアがWHOにウィルス株を提供に難色を示したのは、発展途上国が取り残される不安に駆られたからです。 新型インフルエンザがアジアのどこかで発生すればたちまち全世界に拡がるでしょう。航空機関が発達している現在ではウィルスの各国への上陸阻止は事実上不可能でしょう。2次感染を止めるためにはタミフルの国際的な備蓄が必要です。 新型インフルエンザの発生が報告されればタミフルを空輸し、48時間以内に服用させ、感染を発生地で止めなければなりません。発生地から同心円状にタミフルを支給し、交通を遮断し、ウィルスの感染阻止網を構築することが必要です。 発生初期の流行阻止に失敗したら、上陸阻止に全力を挙げなければなりません。重要度に応じてタミフル支給することになりますが大混乱が予想されます。タミフルを求めてパニックが起きる可能性がありますが、対策が講じられていません。 スペイン風邪の再現となれば数十万人の死者が出る可能性があります。幼少児、老人ではなく青壮年に与えるダメージが大きいと予測されていますから、社会の機能がマヒする可能性が高いと思われます。タミフルの備蓄が欠かせません。 スペイン風邪は発生と共に全世界で流行しました。当時は交通機関は船でしたので海外への流行拡散までには時間的余裕がありましたが、現代ではリアルタイムで流行が拡散していくでしょう。アジア、アフリカでの流行が懸念されます。 発展途上国で流行すれば医療設備の遅れ、栄養状態の貧しさが致命的な結果をもたらすでしょう。貧困が生存率を著しく低めるでしょう。さらに富める国がタミフルを独占しているのが現状です。経済格差が生存率の格差を生み出します。 タミフルの増産には様々な制限要素があり、国際備蓄に必要な絶対的な量が確保されていません。発生源になると予測されているアジア中南部の貧困が備蓄を不可能にしています。さらに、ワクチンの開発の目処がまだ立っていません。 日本はタミフルの濫用を控え、備蓄に回すべきです。地方公共団体の備蓄が財政状況の悪化で遅れています。新型インフルエンザの発生は確実に予測されるのにも拘わらず、行政の危機管理能力の遅れは大量の病死者を発生させかねません。
2007/03/02
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核廃棄物の最終処分場に立候補した東洋町長の決断は四面楚歌の様相を呈していますが、町長の苦衷は察するに余りあります。東洋町は10億円の財源が必要だったのでしょう。財政破綻よりも最終処分場を選択したのかもしれません。 核廃棄物を受け入れるか、否かは極めて政治的な問題です。住民の核アレルギーが非科学的なものであったにしても、それを非科学的だと笑うことはできません。政治は本来論理的なものではなく、科学的なものでもないからです。 かつて原子力発電所の排水口から500mしか離れていない職場で勤務し、温排水で育てたハマチを食べていた者から見れば、原発、核廃棄物の抱えるリスクは通勤に使う自動車の抱えるリスクに比べれば桁違いに小さいものでした。 反原発運動をしている人たちには信じられないことかも知れませんが、排水口近辺で生活している住民は放射能汚染のリスクを特に感じてはいませんでした。原発で生計を立てている人たちは放射能汚染に対する危機意識が希薄でした。 東京電力が緊急炉心冷却装置、原子炉の緊急停止を隠蔽したのも危機意識の希薄さがなさせたのです。原電と共に生活していると放射能廃棄物とその他の廃棄物とを区別する感覚が鈍ってきます。原電を火力発電所と錯覚してしまうのです。 統計学上は原電、放射能廃棄物のリスクは極めて小さいのですが、人間の感情は統計上の数値以外の要因に左右されます。統計学的処理をすれば最終処分場の財政波及効果、経済波及効果はリスクに比べれば極めて大きく評価されます。 町長は効果を評価し、町民はリスクを評価しました。私は町長の判断が極めて論理的だと思いますが、町長は政治的な判断を下す立場です。経済論理ではなく住民感情を優先させる立場にありますから、独断専行には賛成しかねます。 国策としては最終処分場に立候補があったことは評価されるべきでしょう。地球温暖化の波が世界を覆っています。地球温暖化が特異点を越せば地球は破滅への正のフィードバックから逃れられません。二酸化炭素の削減が喫緊の課題です。 二酸化炭素の削減はエネルギー源を炭化水素から原子力(核分裂)にシフトするしかありません。核融合炉が完成するまでは核分裂に頼るしかないのです。原子力発電という熱冷ましを副作用があっても処方しなくてはならないのです。 ソーラーシステム、水力、風力、潮汐発電などではエネルギー需要の急拡大には応じられないからです。急成長をしているBRICS、ブラジル、ロシア、インド、中国のエネルギー源を原子力にシフトするだけでも地球環境は違ってきます。 核廃棄物を処理できない日本はゴミ焼却場を造らせないが、大量のゴミを出し続ける都市の住民と同じです。産業廃棄物を再生資源と称して未開発国に輸出している業者と五十歩百歩です。自ら出したゴミは自らの責任で処理すべきです。 四国電力は伊方原発からの電力に依存しています。論理的に言えば核廃棄物を拒絶する者は電力を利用できないはずですが、現実にはあり得ない選択です。反原発運動は核汚染のリスクを過大に評価し、地球温暖化を過小に評価しすぎています。 電力会社の隠蔽体質は底なし沼のようです。掘っても掘っても底が見えないからです。原電の事故は壊滅的な影響を与えますが、電力会社のリスク管理が甘すぎます。情報公開を徹底し、核汚染のリスクを限りなく0に近づけるべきです。
2007/03/01
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