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中教審がゆとり教育の誤りを認めましたが、日本の教育レベルを落とした責任は重大です。基礎学力の低下が憂いられていますが、反復学習を軽視した教育の結果です。公教育のレベル低下が経済格差による教育格差を招きました。 ゆとり教育は生きる力を付けさすために導入されたようですが、基礎学力、読み、書き、算盤ができなければ生きる力の付けようがありません。授業時間を減らし、教科書の内容を1/3も減らせば学力が低下するのも当たり前です。 公教育に絶望した父兄は子弟を私立学校へ通わすために、学習塾に通わせますから、教育格差が拡大します。指導要領によれば台形の面積の公式を教えていけなかったそうですから、塾に通わなければ入試を通れないのが現実です。 父兄の経済格差が教育格差に繋がる社会は格差を再生産する格差社会です。公立学校は指導要領から逸脱した教育をしなければ受験戦争を勝ち抜けませんから、必須科目の未履修、受験に関係ない課目の履修時間不足は当然でしょう。 私立学校では土曜日も授業をし、7時限の授業をするのも珍しくないようですから、公立学校と私立学校との教育格差は授業時間だけでも厳然としています。私立中学校への進学志望者の急増は公教育に対す父兄の不信感の現れです。 学力テストの結果では学力の山が二つあったそうですが、教育格差が反映したものでしょう。経済格差が教育格差に繋がっているという分析結果も報告されましたが、ゆとり教育が教育の機会均等の原則を破壊した結果でしょう。 総合学習の時間が授業時間を奪い、読み書きのための時間が少なくなり、日本語を習熟していない子供を大量生産したのでしょう。インターネット社会だからこそ情報を発信し、受信するためにも日本語の習熟が必要不可欠なのです。 ゆとり学習は反復学習の必要性を無視しました。子供には反復学習、読み、書き、算盤の訓練が必要なのです。子供に無条件な反復学習をさせるのも将来のためには必要です。動機付けが優先した学習は高等教育に相応しいからです。 百ます計算、漢字の書き取り、15分間読書などが注目されていますが、短時間の反復学習が子供の脳の成長に寄与しているからです。ひらがな文、漢字仮名交じり文、漢文の素読も日本語のリズム、漢字を覚えさせるのに最適です。 子供の時ならば漢字もゲーム感覚で覚えます。読めさえすれば書くのはワープロソフトがやってくれますから、漢字ひらがな交じりの熟語を教科書から追放すべきです。文章の読解力はIQよりも子供の読書量に比例するからです。 指導要領が学習の上限を定めているのを理解できません。発展的学習を増やすべきです。能力のある子供には現在の教科書の内容は物足りないでしょう。昔の子供に理解できたことが今の子供に理解できないはずはないからです。 公教育の劣化は日本から基礎体力を奪いますから、公教育の再生が日本の課題です。安易な平等主義教育がゆとり教育の背景にはあります。子供には能力に応じた教育を受ける権利がありますから、エリート養成教育も必要です。
2007/10/31
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守屋防衛省元事務次官の接待漬けは常識を越えています。官僚が接待を受けられる時代は過ぎ去ったはずです。公務員倫理法で厳しく禁止されているのにも拘わらず、官僚のトップである事務次官の行動は厳しく断罪されるべきです。 守屋氏は接待ゴルフ200回以上、夏休みのツアーなどを平然と受けていたようです。防衛省は事務次官が毎週末をゴルフに費やせるぐらい暇な官庁のようです。省格上げの功労者自らが防衛省不要論を実証したようなものです。 自衛隊のイラク派遣、インド洋上給油活動の間も接待三昧の日々を送った心境が理解できません。防衛官僚は文官ですが自衛隊員ですから、服務規程も自衛隊並みのはずですが、トップが接待漬けならば、現場が乱れるのも当然です。 防衛官僚の綱紀が乱れれば、シビリアンコントロールが機能しません。憲法の原則である文民統制が機能しなくなる可能性を秘めた防衛省の大失態です。自衛隊の装備費を巡る商社と防衛官僚、政治家との癒着が明らかになりました。 自衛隊は防衛施設庁汚職により防衛施設庁を廃止しましたが、事務次官が接待まみれならば手の打ちようがありません。安部氏は防衛省の天皇と呼ばれていたそうですが、政界人脈を駆使した手法は国民に違和感を覚えさせました。 小池百合子防衛大臣から次官辞任を迫られた時に官邸に直訴しました。任命権者の大臣の意向を忖度するのが官僚の美学のはずですが、地位に恋々とした女々しい態度は官僚の面汚しでした。官僚の資質に欠けた人物のようです。 安部氏のような官僚の資質に欠けた人物が事務次官になり、慣例の任期の2倍以上、4年間も地位にしがみつけせた防衛省には構造的な欠陥があります。安部氏の権力を支え、横暴を許した政治の側、自民党の防衛族も共犯です。 次期輸送機CXのエンジン調達などをめぐる疑惑はロッキード事件を彷彿とさせますが、久間元防衛相を初めとして、政界を巻き込む疑獄事件に発展するかも知れません。構造的に軍事産業は政界、官界と癒着しやすいからです。 守屋氏は出世に伴いストレスが大きくなり、ゴルフで発散させたという情けない言い訳をしていますが、サラリーマンなら誰でもストレスを抱えながら仕事をしています。ストレス解消のためならば自費でゴルフをすればよいのです。 自衛隊の情報漏洩が日常化しています。日米の情報共有にも齟齬を来しているようです。綱紀粛正を唱えても、現場に浸透しないようですが、トップが綱紀を乱していれば当然です。自衛隊員の士気を削いだ責任をとらすべきです。 自衛隊は軍隊ですから、指揮系統に乱れが生じれば致命的な結果を招きかねません。戦前の陸軍では2.26事件より軍隊の中に下克上の風潮が蔓延していました。佐官クラスの将官を無視した行動がアジア戦争を引き起こしました。 防衛官僚が堕落すれば制服組は文民統制に服さなくなります。洋上給油量の隠蔽も制服組の造反かも知れません。安部氏に対する制服組の怒りは国民の怒りに倍するものがあるでしょう。防衛省、自衛隊は危機的状況にあるからです。
2007/10/30
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日本は高度成長下では税収が毎年増加しましたから、社会保障費を賄えたのですが、低成長下では税収の増加を前提とした社会保障制度は破綻しました。政府の無駄遣い体質は変わりませんが財政支出を抑えるのにも限界があります。 基礎年金の税方式を真剣に検討しなければ、年金会計が破綻します。基礎年金国庫負担割合2分の1引き上げに必要な2・5兆円の財源は見あたりません。新たな安定的財源、消費税を1%引き上げなければ、年金制度は破綻します。 日本の消費税に比べれば高福祉社会であるヨーロッパの消費税は15~20%ですから、 世界2位の経済大国である日本には消費税を上げる余力があるはずですが、消費税が10%程度の中福祉社会が日本には相応しいと思います。 民主党は消費税を上げなくても基礎年金税負担方式が可能だと主張しますが、願望と政策とは違います。財源が明らかでない政策は空中楼閣にも等しいものです。具体的な予算の裏付けのない政策は机上の空論にさえなりません。 国民年金の納付率は2/3を切りますから、現役世代の保険料で給付を賄う賦課方式は既に破綻していますが、税方式に移れば既に納付済みの掛け金の処理が問題になります。未納者に比べ、納付済みの人が著しく不利になるからです。 しかし、現役世代の1/3の人が無年金になりかねない現状は、団塊の世代が年金受給者になれば社会不安を起こしかねません。無年金者が生活保護を受給している場合が多いようですが、生活保護制度が維持できなくなりかねません。 国民年金未納付者は将来は生活保護受給を考えているようですから、税方式にした方が社会の公正が保たれます。低所得者の負担を軽減する措置を導入し、累進課税を強化し、高所得者には高負担を求めれば、社会的公正が保たれます。 医療費、介護費の急増は消費税を導入しなければ賄いきれません。少子高齢化社会は現役世代だけでは支え切れません。高齢者にも負担を求めなくてはなりません。受益者負担の原則を守りつつ、福祉が行き届く社会が求められます。 アングロサクソン的市場原理主義、自由主義は日本には馴染みません。国民皆保険が日本の誇るべき制度ですから、国民が等しく負担を分かち合うべきです。病気になっても病院にも行かれないような国にはなりたくないからです。 負担と受益が公正な社会になるためには、消費税10%程度の負担が最低限必要です。次の世代に赤字国債を繰り越すのは著しく不公正です。団塊の世代に負担能力のある間に、財政再建、赤字国債償却の目処を立てるべきです。 国民も消費税率が上がるのは覚悟していますが、財政規律が失われることを懸念しています。官僚に対する信頼が地に落ちた現状では税金を官僚の自由裁量に委ねる訳にはいきません。消費税の福祉目的税化も一つの方法でしょう。 参議院の与党が民主党に変わりましたから、官僚の無駄遣いを徹底的に追求すべきです。政局に浮かれる前に国政調査権を行使し、官僚政治の膿を出し切ることが先決でしょう。参院の与野党逆転の意義を国民に知らせるべきです。
2007/10/29
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中電浜岡原発の運転差し止めが認められませんでしたが、電力会社が住民の原発アレルギーを軽視すれば、原発の運転に支障を来しかねません。東海地震は必ず来ますから、地震対策を万全にするのが企業としての責務だからです。 日本人の核アレルギーが原子力の平和利用を妨げている面はありますが、企業の情報隠蔽体質が不安を増幅している面もあります。7月の新潟県中越沖地震による柏崎原発事故でも、東電の危機管理のミスが風評を拡大させました。 冷静に判断すれば、想定を遙かに超える揺れに対しても炉心緊急停止装置が正常に機能したのですから、原発の安全性をアピールできる機会になったはずです。不必要な事故隠し、情報隠蔽が原発に対する不信感を増大させたのです。 原発には事故はつきものですから、電力会社は原発神話から離れなくてはなりません。原発神話を守るための事故隠しが、電力会社に対する根本的な不信感を生み出しているのです。原発を神話の世界から科学の世界へ戻すべきです。 原発は炉心が停止していれば、単なる工作物に過ぎません。原発から放射能は必ず漏出しますから、量が問題なのです。原発の建設当初から放射能が漏れないかのような虚偽の説明をしてきた付けを企業が払わされているからです。 最近は環境汚染が心配されない量の放射能漏出は公表されるようになりましたが、想定外の数字は公表されないと思われています。企業が事故隠しをしていると確信されていますから、原発関連事業の立地の目処が立たないのです。 高知県でも地元住民が放射性廃棄物の最終処理場の立地を拒否しましたが、原発アレルギーが公正な討論の場を奪い、住民の反対運動に結びつきました。地元住民の判断は神話の世界から出ず、科学の世界とは無縁な判断でした。 日本人の常識的な判断基準からすれば、東洋町民の判断は妥当だと思いますが、原子力抜きのエネルギー政策は不可能です。原油が1バレル100ドルを超す日も現実化してきましたから、社会を脱原油化するのが喫緊の課題です。 原発の安全性以前の問題として、企業、特に電力会社のコンプライアンス欠如があります。経営トップでさえ事故隠しの責任を取らなかった企業を信頼できないのが当然です。電力会社は無責任体質、官僚体質から脱却すべきです。 エネルギー資源のない日本は原発大国フランスを見習うべきです。原発が電力の過半数を供給すれば、炭酸ガスの排出量を激減させられます。地球温暖化により地球環境が激変するまでには、残された時間はあまりないからです。 化石燃料から電力を造り出すのは限界に来ています。自然エネルギーから大量のエネルギーを取り出せない間は、原子力に頼るしかありません。原発は地球温暖化対策の切り札ですから、子孫のためにも原発を冷静に評価すべきです。 ゴア元副大統領がノーベル平和賞を受賞しましたが、世界はアメリカの地球温暖化対策に注目しています。大統領候補の公約に期待しています。日本ではコップの中の嵐が吹き荒れていますが、今こそ国家百年の計が必要な時です。
2007/10/27
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非営利団体「気候保護同盟」の中心的メンバーであるゴア元副大統領、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がノーベル平和賞を共同受賞しました。ノーベル賞委員会の地球温暖化に対する危機感が異例の受賞に繋がりました。 地球温暖化は否定のできない事実として国際社会が合意していますが、政治の対応の遅れは悲劇的です。ゴア氏は講演会を重ねることにより、先ずアメリカ市民を啓発し、アメリカの民主主義を正常に機能させようとしました。 世界一の炭酸ガス排出国のアメリカ、世界経済の中心地アメリカから変わらなければ世界は変わりません。地球温暖化対策が大統領選の争点になれば、アメリカは変わるかも知れません。世界がアメリカの動向に関心を寄せています。 洞爺湖サミットでは地球温暖化が重要な議題になるでしょうが、ノーベル賞の受賞が情勢を変えるかも知れません。政府間パネル(IPCC)は地球温暖化に対する対策が施すされなければ、時機を逸する可能性があると警告しています。 政府間パネルは政府関係者だけではなく、各国を代表する科学者たちが参加している国連機構です。既存の研究を調査・評価し、政策立案者に対し政策の提言ではなく、助言を行うのが目的ですから、政治の取り組み方次第です。 IPCCは環境の保全と経済の発展が両立する社会では、21世紀末には気温が1.1~2.9℃、海面が18~38cmの上昇しますが、化石燃料を重視する社会が続けば、気温は2.4~6.4℃、海面が26~59cm上昇すると予測しています。 気温の2℃上昇は科学が予測できる範囲を超えています。地球のエネルギー代謝が根本的に破壊されかねません。異常気象が続き、砂漠化が進むでしょう。食料だけではなく、飲み水さえなくなりますから、難民が何億人もでます。 アフリカ、アジアでは難民の急増に加えて、感染症が蔓延するでしょう。食糧自給率の低い日本では食料が高騰するでしょう。お金さえ出せば何でも手に入る社会は崩壊するかも知れません。国際社会はカオス、混沌に陥ります。 炭酸ガスの排出量を半減させれば、安定成長が可能だと予測されていますから、先進国には排出量を率先して削減する義務があります。炭酸ガスは国境を越え、地球全体に拡散しますから、一国でも削減しなければ無意味なのです。 炭酸ガスを急激に減らすためにはエネルギー源を化石燃料から原子力、自然エネルギーに転換するのを急ぐべきです。次に、省エネ、リサイクル技術を先進国から発展途上国に移転し、地球に優しい社会を造り上げるのが肝要です。 焼き畑農業、伐採により、森林が激減していますから、排出権取引により、森林に付加価値を付けることが必要です。グローバリゼイションにより貧しい国から資源が富める国へ一方的に流れ、産業廃棄物だけが残されています。 産業廃棄物は国境を越えませんが、炭酸ガスには国境は関係ありませんから、先進国も運命共同体なのです。宇宙船地球号の乗員は地球号が難破すれば全員が海に投げ出されますから、一国の経済優先主義が人類を滅ぼしてしまいます。
2007/10/24
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救急患者の終末期医療について、日本救急医学会が初のガイドラインを造りましたが、尊厳死を求める声を反映したものです。患者を生物学的に1分1秒でも生し続ける医療に対する批判が医療側、患者側から出てきたからです。 (1)不可逆的な全脳機能不全(脳死)(2)生命が人工的装置に依存している(3)治療を継続しても数日以内の死亡が予測される場合には、人工呼吸器の取り外しを容認するなどの実際の医療行為に即した内容となっています。 終末期医療の現場では敢えて尊厳死をさせた医師が殺人罪で起訴される場合、民事訴訟で訴えられる場合が続出しています。トラブルを恐れる医師は人工呼吸器を付けさせ、植物状態でにしても生き長らえさせることに専念します。 日本には尊厳死協会があるように、生前に一定の書式に則った自筆の遺書を残さなければ、強制的に生かされます。植物状態にされてまで生き長らえたいと思っている人は余りいないしょうが、医療の現場ではそうはいきません。 延命治療には家族に死を受け入れるための時間を与える働きがあります。家族が揃うまでは人工呼吸器を付け、最期のお別れをしてから人工呼吸器を取り外すのは大概の病院でなされていますが、法的にはグレーゾーンでしょう。 日本人には脳死が受け入れられにくいように、尊厳死も受け入れにくいようです。キリスト教のように霊と肉体を区別して考える習慣がないからです。脳死状態でも肉体さえ生きていれば、肉体に心が宿っていると思うからでしょう。 医療現場では家族は1分1秒でも生き長らえることを望みますから、医療側の冷静な判断が必要です。不必要な医療は患者の尊厳を踏みにじり、家族の負担を増大させだけではなく、社会が負担するコストも増大させるからです。 緊急医療は救急車で運ばれた場合が主ですが、通常の医療にも通用するガイドラインだと思います。良心的な医師ほど延命治療に消極的になると思われますが、司法が延命治療の現場に介入している現状では明確な指針が必要です。 人には人間としての尊厳を保ちながら死ぬ権利があると思います。オランダでは安楽死さえ合法化されています。安楽死には賛否両論があり、国民的な合意は無理でしょうが、尊厳死には国民の多数の合意が得られると思います。 法的な整備が遅れており、尊厳死のハードルはかなり高いようです。現場では暗黙の了解で行われているようですが、表沙汰になれば、尊厳死を法的に認めさせる難しいのが現状ですですから、医師はトラブルを避けたがるでしょう。 医療訴訟専門の弁護士によれば法律相談の半分はクレーマー、病的に苦情を申し立てる人であり、訴訟に馴染まないそうですが、彼らには尊厳死は良い標的でしょう。医師は社会的地位を失いかねないリスクを負わされているのです。 安楽死の必要性を認めながらも、何もしないのが最も安全な道ですし、病院にも高額な医療報酬が入りますから、医療制度を改めるべきです。患者、家族に不必要な負担をかけず、社会も不必要なコストを負担しない制度が必要です。
2007/10/22
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内閣府が2011年度に国と地方の基礎的財政収支を黒字化するには増税不可避との試算を経済財政諮問会議に示しましたが、遅すぎたように感じられます。赤字国債残高を思えば、消費税を大幅に上げるしか道は残されていません。 岡田元民主党代表は消費税3%アップを公約にし、総選挙に臨みました。結果は小泉元首相に完敗しましたが、消費税を上げる公約は政権担当能力を天下に知らしめました。小沢民主党の財源を示さないバラマキとは対照的でした。 安倍元首相は消費税を封印し、参議院選に臨みましたが、大敗しました。地方の反乱といわれていますが、社会保障に対する不安感が政権与党に逆風を起こしました。消費税を福祉目的税にするのならば、世論は支持をしたでしょう。 誰が考えても、経済成長が3%を超える前提は無理としか思えません。財政規律を保つためには安易な増税は認められきませんから、限られた税収による財政再建には限界があります。受益と負担のバランスを取る必要があります。 小沢民主党の基礎年金の税方式案は傾聴に値しますが、財源が示されていないアイデアは選挙目当ての単なるアドバルーンとしか思えません。消費税アップとリンクさせれば、税方式は与党、財界からも理解が得られるでしょう。 問題は民主党が与党との政策協議を拒否しているところにあります。世論も社会保障のために使うのならば消費税を上げることに理解を示しているのですが、解散総選挙しか目に入らない野党には国民の生活が目に入らないようです。 団塊の世代が年金生活に入れば、年金会計の支出が急激に増加し、収入も激減しますから、団塊の世代が元気な内に消費税を上げなければ、世代間の負担の差が急激に拡大します。年金生活者にも応分の負担を求めるべきです。 無年金者、無保険者が急増していますから、税金による負担がなされなければ、国民皆保険制度が崩壊します。非課税所帯も負担する消費税を上げ、累進課税を強化すれば、社会保障制度が維持され、所得の再配分も強化されます。 構造改革も日本には必要ですが、アングロサクソン的市場原理主義は日本に馴染まない制度です。自己責任が強調されすぎれば、弱者が切り捨てられますから、消費税に支えられたヨーロッパ的な福祉制度を取り入れるべきです。 団塊の世代には退職金もあり、年金も十分に支給されますから、現状維持が最も良いのですが、子供、孫の世代に負担を先送りはできません。過去の政権の無責任なバラマキの付けを、消費税をアップしても払うべき時が来ています。 しかし消費税を上げれば財政規律が緩み、政治家、官僚などが利権を求めて蠢めき始めるでしょう。国民を納得させるためには税金を無駄遣いしない保障が必要ですから、福祉目的税化し、予算をさらに切り詰めさせるのも一法です。 経済成長頼みの政権運営は神風を期待するようなものですから、非合理的です。団塊の世代に負担能力のある内に負担をさせ、現役世代の負担を軽減させるべきです。このままでは現役世代が社会保障を受けられかねないからです。
2007/10/19
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インド洋での洋上給油を継続するために、新テロ対策特別措置法案が国会に提出されました。民主党が洋上給油に反対を表明しているから取られた措置です。小沢代表は憲法違反だと主張するのですが、新聞からは批判されています。 小沢代表は日米同盟の必要性、国連軍構想、国際貢献を主張してきました。アフガニスタンには国際治安支援部隊を派遣させる意志を表明していますが、治安が悪化していますから、治安部隊は紛争に巻き込まれる可能性が大です。 小沢代表は自衛隊派遣も考えているようでしたが、党内には異論があり、民間の警備会社に警備させる案も浮上しているようです。アメリカ企業のイラク方式を採用するつもりかも知れませんが、人的被害が起きる可能性は大です。 小沢代表はブッシュの戦争だと非難し、国連安保理決議を認めませんが、アフガニスタンへの米軍派兵は国際社会から認知されていました。イラク派兵から国際社会の合意が得られなくなったのですから、安保理決議は有効です。 国連の決定に従うのならば、自衛隊派遣も許容されるという主張は法的な整合性が認められません。憲法は海外での武力行使を認めていませんから、国連に自衛隊の海外派遣を正当化する権威はありません。小沢案こそ憲法違反です。 国連憲章は国家間の戦争しか想定していませんから、テロには無力です。安保理の常任理事国にも拒否権がありますから、国連のテロに対する行動も制約されます。ミャンマーに対する非難決議すら決議できないのが国連なのです。 小沢代表が主張する明確な国連決議は理論的には可能ですが、事実上不可能です。安保理でのアフガニスタン関連決議案は決議された時点での国際社会の総意だと思えますから、日本の洋上給油は国際貢献の一環として当然です。 洋上給油は後方支援ですから、戦闘に巻き込まれる可能性は皆無ですが、治安部隊に自衛隊ではなく民間人を派遣しても、テロリストの無差別テロに遭う可能性は大です。憲法が許容する国際貢献の範囲は後方支援までだと思います。 前原前民主党代表によれば、洋上給油継続を支持する議員は50名程度はいるそうですから、洋上給油反対は解散総選挙を目指す国会戦術です。二大政党制では、外交、防衛などの対外的な問題を政局に持ち込むのはルール違反です。 対テロ共同作戦は国際協調が必要です。対テロ包囲網の1カ所に穴が開けばテロリストは侵入してくるからです。日本も例外ではありません。アフガニスタンの海上封鎖に穴が開けば武器だけではなく麻薬なども出入りするからです。 シーレーンも日本の生命線ですから、哨戒活動が必要です。海上給油にかかるコストは国際社会から感謝される割には軽微ですから、給油を継続させる方が国益に適います。給油を打ち切れば国際社会から孤立してしまうからです。 平和憲法、国連憲章が制定された時代には戦争は国家間の問題でしたから、対テロ戦争は想定外です。テロは戦争ではなくむしろ犯罪なのかも知れませんが、法的な位置づけがなされていませんから、国際社会が混乱しているのです。
2007/10/18
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中国共産党の第17回党大会が開幕しましたが、中国を皇帝が支配する郡県制国家と見なし、党大会も皇帝の権力を披露する場ぐらいに理解すればよいのかも知れません。世襲制ではありませんが、中国伝来の慣習が生きています。 毛沢東はマルクス・レーニン主義を権力奪取の手段として利用しました。社会主義を中央集権体制確立のためのイデオロギーとして利用した点ではスターリンと同様です。毛沢東が天命に従い皇帝に就任するのが自然な流れでした。 対外的には共産主義を標榜していましたが、対内的には形を変えた皇帝でした。対日戦争で疲弊していた中国を再建するには皇帝が必要とされたのです。共産党は皇帝を頂点にした中央集権を維持するための官僚システムなのです。 少なくとも読み書きができない農民には革命は雲の上の出来事でした。役人の顔が共産党の幹部に変わっただけでしたが、毛沢東のカリスマがスターリンの圧力に抵抗し、中国の独立を維持させました。中国を自力更生させたのです。 中国には3000年の歴史がありますから、200年の歴史しかない民主主義を取り入れる気はないのでしょう。中国は他民族、多言語国家ですから、地方は冊封国家のようなものです。中央の統制が効かないのはむしろ当たり前です。 胡総書記が「科学的発展を推進し、社会の和諧(調和)を促す」方針を協調しても、地方の乱開発、公害垂れ流しは止まないでしょう。地方には地方の利権構造ができあがっているからです。中国流拝金主義のなさる業なのでしょう。 中国では800人にGDPの16%が流れているそうですが、極端な格差社会は社会不安を引き起こしかねません。中央と地方、海岸部と内陸部、農民戸籍の民工と都市戸籍の都市住民との格差は日本人の想像を超えるもののようです。 世界の工場として発展してきましたが、産業廃棄物は国内に堆積しています。見方を変えれば、先進国は製品だけを輸入し、産業廃棄物を中国に押しつけていますから、先進国の快適な生活は、中国の犠牲の上に成り立っているのです。 炭酸ガス排出量、産業廃棄物の急増は中国の構造的な問題ですが、先進国にも責任があります。胡総書記の危機感を世界が共有しなければならないでしょう。江体制下における高度成長路線はかつての日本が歩んできた道だからです。 中国のバブルが弾ければ世界が同時不況に陥るでしょうし、政治情勢が不安定化すればアジアは危機に陥ります。日本には公害対策のノウハウがあります。省エネ、省資源の技術はトップレベルですから、協力できる面が多いようです。 日本の対日感情は中国の排日運動から急激に悪化しましたが、中国外交のミスだと思えます。中国は日本を利用する方向に舵を切ったようですから、日本も土下座外交から脱皮し、日中友好をウィンウィン関係に持って行くべきです。 中国を西洋の価値観で見てしまうと誤りを起こすかも知れません。中国には皇帝が相応しく、民主主義は相応しくないようです。中央集権国家、郡県制ですから、民主化の加速と言論、報道の自由は漸進的にしか進まないでしょう。
2007/10/16
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高野連の「高校野球特待生問題有識者会議」は特待生を各学年5名まで認める答申を出しましたが、単なる数字あわせのように感じます。歴史のある私立高校では戦前から貧しい子弟のために特待生制度が設けられていました。 特待生制度は社会の底辺に置かれた優秀な子弟に教育の機会を与える機能を果たしてきました。かつては学業成績のみが評価の対象でしたが、体育、芸術なども評価の対象になってきましたから、野球が評価されるのも当然です。 運動能力が評価され、特待生になっている生徒は少なくありませんから、高校野球のみがアマチュアリズムを掲げてきたのは時代錯誤、アナクロニズムの感がしました。高野連の高校野球を神聖化、特別視する姿勢は時代遅れです。 一芸に秀でた人間が評価されるのは時代の趨勢です。大学入試でも特別扱いされるくらいだからです。自分の能力を高めるために進学先を選ぶのも個人の教育権を受ける権利に属します。特に団体競技ならば環境を選んで当然です。 高校野球を「汗と涙と感動」などと美化する人、特別視する人は多いのですが、「たかが高校野球、されど高校野球」なのかも知れません。甲子園は次のステップへの登竜門なのでしょうが、外野が騒ぎすぎるのかも知れません。 天才教育を受けなければ、一流のプロには成れませんから、甲子園の常連校を目指すのはむしろ当然です。甲子園でアピールできれば商品価値も上がるからです。プロを目指すのならば、自らを売り込めるだけの才能も必要です。 プロの道はハイリスク、ハイリターンの道ですから、自己決定、自己責任が問われます。例え中学生、高校生であってもプロはプロ、アマチュアリズムは通用しません。プロ志望者には普通の高校の教育的配慮は通用しないでしょう。 高校野球以外のスポーツには野球憲章のような前時代からの遺物はありません。アマチュアリズムはスポーツが貴族の独占物であった時代の遺物です。金銭の授受を一切認めない条項は庶民には不利ですが、貴族には有利だからです。 オリンピックも商業化しましたが、時代の趨勢です。かつては旧共産圏のステート・アマチュアが活躍しましたが、最近はスポンサー・アマチュアの独壇場です。金メダルへの道は良いスポンサーを見つけることから始まります。 プロ野球選手になるために良いスポンサーを見つけるのはむしろスポーツ選手としては当然です。野球憲章の方が高校野球の実態とそぐわないから違反校が続出したのです。高野連の考える教育的配慮は時代遅れの観念論の世界です。 特待生に授業料の免除しか認めないのならば、再び闇の世界が広がるでしょう。四国リーグは生活費も出ないプロですが、プロになる日を夢見ながら頑張っています。プロを目指す若者から才能を伸ばす機会を奪ってはなりません。 高野連は野球憲章の亡霊から離れるべきです。教育的配慮から現実を無視したルールがまかり通り、現場ではルールが無視されている現状こそ高校生に建て前と本音の使い分けを教えているのです。高校野球を堕落させているのです。
2007/10/13
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富山県の元タクシー運転手が女性暴行事件で服役、出所後に真犯人が分かり、再審で無罪とされましたが、裁判所は被告の警察官に対する証人申請を却下したままで判決を下しました。冤罪の解明を求める被告の声は無視されました。 憲法38条には「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」と定められていますが、日本の自白偏重の司法制度が何人もの冤罪を生んできたのは歴史が示すとおりです。 犯人でもないタクシー運転手が自白させられたのは38条の「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」が司法制度の中では考慮されていない証拠です。 警察の捜査が「犯人ありき」から始まり、犯人に仕立てるために自白を強制したのは明らかです。証拠の吟味を怠った検察官、 有罪判決を下した裁判所は共同責任です。自白偏重の捜査が冤罪を生み出す構図は未だになくなりません。 最近、警察官の自白強要が明らかになり、無罪判決が下りたケースが続きましたから、裁判所が有罪判決を下してしまった冤罪事件がある可能性を示唆しています。裁判所が説明責任を放棄したのは司法に自浄能力がない証拠です。 裁判員制度が始まりますが、素人の裁判員に自白の信憑性を判断させるのは過酷です。同じ事件でも裁判員の構成により判決が懲役14年から無期にまで広がるのならば、裁判はくじ次第になりますから、法の下の平等が保たれません。 裁判員制度がなぜ必要なのかが国民には理解できません。仕事を休んでも裁判に協力するだけの意義がある仕事だとは思えません。現役世代が1週間も仕事を休むは入院したときぐらいですから、リタイアした人しか参加できません。 裁判に社会の常識を反映させるのが目的のようですが、現役世代抜きの裁判員が社会の常識を反映しているとは思えません。裁判員に選ばれたら交通事故に会ったようなものかもしれませんが、苦役を課せられたとしか思えません。 中国やロシアならいざ知らず、日本人の裁判に対する信頼が低下しているとは思えません。参審制、陪審制は市民革命により民主主義を獲得してきた国の制度ですから、与えられた民主主義を受容した国の制度には適応しません。 参審制、陪審制は構造的に冤罪を生みやすく、不当な無罪判決が出やすいのです。アメリカの死刑囚にDNA鑑定を受けさせたら、数百人の冤罪が晴れたそうです。逆にシンプソン事件のように理解不能な無罪判決も出るようです。 ヨーロッパの参審制は王権から市民が司法権を奪還した結果ですし、アメリカの陪審制は開拓地には司法権が行き届かなかったからでしょう。日本は奉行所から裁判所に変わりましたが、裁判制度は戦前から戦後へ移行しただけです。 西欧では子供の時から下からの民主主義を教育しますが、日本には上からの民主主義があるだけです。西欧には参審制、陪審制は民主主義を体現したものですが、日本には不向きですから、アメリカも陪審制を持ち込みませんでした。
2007/10/12
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小沢民主党代表はテロとの戦いでアフガニスタン本土に展開している国際治安支援部隊(ISAF)に日本も参加すべきだと公言していますが、ISAFは戦闘行動に参加していますし、戦死者も出ていますから、明らかな憲法違反行為です。 小沢氏の主張は国連が認めた平和維持活動は憲法に抵触せず、武力行使も容認されるというものですが、国連が国連憲章に定められた理念通りの活動を行えないが国際常識です。安保理は常任理事国の意向に左右されるからです。 旧ソ連は拒否権を乱発しましたから、平和維持活動すら政治色の強いものになりました。ソマリアの治安維持軍はエチオピア軍とイスラム法廷会議との全面戦争を停止させることができず、エチオピア軍がソマリアを制圧しました。 エチオピアの軍事侵攻に対し、アフリカ連合やアラブ連盟が外国軍の即時撤退を主張しましたが、安保理の議長国カタールの提案も欧米の反対で成立しませんでした。今後欧米と利益の反する中、露の拒否権発動が多発するでしょう。 朝鮮戦争でさえも法的には多国籍軍でしたから、国連には軍事行動を正当化する能力はありません。小沢理論は机上の空論にしか過ぎません。自衛隊をアフガニスタンのISAFに参加させれば、戦闘行為に巻き込まれるからです。 安倍前首相は集団的自衛権行使に前向きでしたが、福田総理は否定的ですから、小沢理論は自民党内の保守派とリベラル派との間に楔を打ち込むのが目的のように思えます。政策よりも政局を優先する寝業師らしい仕掛けです。 平和憲法を支持する国民は一国平和主義を支持しているといえます。海外での武力行使に拒否感があるからですが、国際貢献を否定してはいません。国際貢献の許容範囲は後方支援が限界であり、ISAFは許容範囲を超えています。 洋上給油は国際貢献と憲法の制約との狭間に位置していますが、国際情勢を考えるならば給油停止は日本を孤立化させます。安保理決議は不完全のようですが、加盟国が独自に判断する余地を残して置くのが国連決議なのでしょう。 小沢氏の洋上給油はアメリカの戦争に荷担するだけであるという論理は狭量と思えます。シーレーンは日本の生命線ですから、日本の安全保障上もインド洋に自衛艦を配備するのは日本のプレズンスを示す良い機会だと思います。 アメリカには給油された燃料の使途を明らかにすることは核兵器の存在を明らかにすることぐらいのクレイジーな要求でしょうが、日本の政権交代が意味することを明らかにし、日米同盟再考の試金石になっているかも知れません。 民主党の給油を打ち切る姿勢は国会を混乱させ、解散総選挙に持ち込むための戦術にしか過ぎないのですから、国会での討論も白けます。党利党略のための反対は旧社会党と同じですから、民主党の政権担当能力が疑われます。 自衛隊による国際貢献が違憲と信じているのならば、国際貢献を否定すればよいのであり、ISAFなら参加するのは二重基準、ダブルスタンダードです。国際社会から軽蔑されるのはアメリカ流のダブルスタンダードだからです。
2007/10/11
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ブッシュ大統領が米朝融和政策に舵を切ったのは予想外でしたが、アメリカのミーイズムは今に始まったことではありませんから、動揺しないことが肝心でしょう。日米同盟の実質が垣間見られましたから、朗報なのかも知れません。 アメリカには日米同盟も数ある選択肢の一つにしか過ぎませんが、日本には国家の命運を制する命綱ですから、首相の外交能力が試されています。南北会談によれば、北朝鮮は膨大な経済支援を盧武鉉大統領から引き出しました。 アメリカ主導の金王朝の体制崩壊構想は破綻したようです。金正日が核開発に固執した成果が現れました。核開発阻止が不可能になりましたから、核拡散阻止に外交戦略が変わったからでしょうが、拉致が枠外に置かれたようです。 アメリカの核戦略の変更は核の傘の不安定さを表しましたが、日本に核開発を選択させるとも思えません。アメリカの対中戦略の中で日本が占める位置により核の傘の信頼度も左右するでしょうから、国家戦略の立て直しが必要です。 アメリカの仮想敵国は中国ですから、日米同盟はアメリカにも利益をもたらしますが、損得勘定のシビアな国ですから油断はできません。日本の頭越し外交は世論のアメリカ離れを助長し、損をすることを認識させるべきでしょう。 テロ支援国の解除は洋上給油の行方次第かも知れません。洋上給油を打ち切れば、アメリカは拉致問題を無視するでしょう。拉致問題はアメリカの安全保障とは無関係だからですし、アメリカはギブアンドテイクの国だからです。 小沢代表は自衛隊をアフガニスタンの国際治安支援部隊に参加させることを公言していますが、武力行使を伴う自衛隊派兵は明らかな憲法違反です。国連が武力行使を正当化させるという論理は国連の現状から遊離しています。 国連が軍事行動を正当化させるだけの機能を持たないのは国際社会の常識です。拒否権を発動されれば何も決められないのが国連だからです。ミャンマーへの非難決議すら中、露に拒否権を発動されたからできなかったくらいです。 アフガニスタンの多国籍軍に不完全かもしれませんが、安保理決議もありますし、国際社会も協調していますから、日本の参加も国際貢献といえるでしょう。洋上給油は純然たる後方支援ですから、平和憲法にも違反していません。 日本が洋上給油を打ち切れば、アメリカの対日世論は硬化しますし、国際社会から異端児と見なされるでしょう。湾岸戦争では100億ドルの経済貢献をしたにも拘わらず、国際社会から軽蔑されたのの二の舞を演じるのは愚かです。 拉致は日本の国内問題でもありますが、人道上の問題であります。国際社会は人道問題に敏感になっていますから、地道に訴え続ければ理解され、支援が広がる問題だと思いますが、国際社会のパワーゲームのカードでもあります。 アメリカに拉致の解決のために協力を依頼するのならば、日本もアメリカの対テロ作戦に協力しなければなりません。日米同盟もギブアンドテイクの世界ですから、洋上給油を継続することが拉致問題を前進させることになります。
2007/10/10
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民主党は鳩山幹事長が代表質問をしましたが、参議院を制したからには小沢代表自らが行うべきでした。民主党は自民党との政策協議を拒否しましたが、国会をいたずらに混乱させ、解散総選挙に追い込む小沢戦術は露骨過ぎます。 小沢代表の政策よりも政局重視の国会戦略は日本のためになるとは思えません。欧米の金融機関はサブプライムローンによる巨額な損失を計上しました。信用不安が起きるかもしれませんから、陣取り合戦をしている暇はありません。 政界の混迷は国民の気持ちをささくれ立たせましたから、国民は国会が混乱するのを望んでいないと思います。むしろ国会における与野党の政策協議の行くへを見守っています。ねじれ国会は二大政党制への試金石となるからです。 小沢代表のごり押しは自社対決時代、55年体制を思い出させます。何でも反対の社会党の強引に国会を混乱させ、解散総選挙に持ち込んだ手法を想起させます。国民には癒しの時が必要ですから、国会の混乱は避けるべきです。 二大政党制は55年体制とは発想を変えなくてはなりません。与野党の政策協議を通じ、一致できる政策、妥協できる政策、妥協できない政策に仕分けることが必要です。与野党が協力し、政策を練り上げ、立法化していくべきです。 民主党が何でも反対の民主党に戻れば、政権担当能力に疑問符が付くでしょう。国民は破壊の政治に疲れたから、福田首相の調整能力が買われ、支持率も上がったのでしょう。国会を破壊の場から創造の場へ戻して欲しいからです。 代表質問に見られる野党の高揚感は国民感情から遊離しているように感じられます。野党が参議院を制したから、政治が確かに変わったことを証明して欲しいのです。与野党の英知を結集し、新しい政策を生み出して欲しいのです。 構造改革は日本の戦後のレジームに対する革命でしたから、多くの血が流れました。破壊は進みましたが、犠牲者も多く出ました。日本は再生し、再建の時に移りましたから、自民党の長期単独政権に対する批判も出てきたのです。 日本の政治は衆議院の2/3が与党、参議院の1/2強が野党という未知の世界に突入しました。混沌への道に進むのか、創造への道に進むのかが問われています。小沢氏主導の非自民政権の二の舞を演じるのだけは願い下げです。 非自民政権では政略が政策よりも優先しましたから、日本を混沌への道へ導いてしまったのです。政治の無力さがバブル崩壊を加速しました。政権交代のノウハウが無かったから、政権奪取の目的を達した途端に立ち往生したのです。 民主党からは具体的な政権構想を感じることができません。参議院を制している立場を利用すれば、政権を担えるだけのノウハウを得ることができますから、政権担当能力を示すだけの実績を積み上げるのが政権交代への近道です。 国民の多数は二大政党制を望んでいますから、野党が政権担当能力を付ければ政権交代も可能だと思いますが、政権交代への準備ができていません。民主党が万年野党から脱却し、政権担当能力を実績で示めすことを希望します。
2007/10/04
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教科書の表現が「日本軍の配った手榴弾で集団自害と殺し合いがおこった」ならば歴史の歪曲とはいえないような気がします。日本兵が自決を迫ったのは事実でしょうが、命令されたから自決したか否かは灰色のような気がします。 それよりも沖縄での11万人集会、産経抄によれば4万人集会は現在では異例の数ですが、戦争が落とした影の大きさを感じさせられました。沖縄人の本土に対する不信感は本土の人間には違和感を覚えさせたのではないでしょうか。 沖縄の住民は被害者であり、日本軍が加害者であるという図式は分かりやすいのですが、アメリカ軍が本土に上陸した場合も同じようなケースが起きたのではないでしょうか。日米の作戦上生じたのが沖縄の悲劇のように思われます。 サイパン島の婦女子がバンザイ!クリフから投身自殺したように、民間人も戦陣訓、「生きて虜囚の辱を受けず」に縛られていました。兵隊も民間人を扇動したかも知れませんが、日本人ならば集団自決の道を選ぶのも当然でしょう。 もしアメリカ軍の本土上陸作戦が敢行されていたならば、沖縄だけではなく日本の各地で集団自決が起きていたでしょう。兵隊に沖縄の人たちに対する差別感があったのかも知れませんが、責任は大本営にあり、兵隊にはありません。 戦場では人間は狂気に囚われます。脳が正常に機能しないからですが、責任能力がないと見なすべきでしょう。極限状況における行動は免罪すべきです。むしろ、極限状況に追い込んだ天皇制、軍国主義の責任を問うべきでしょう。 国と国との総力戦は何でもありです。硫黄島の玉砕などを考えれば、大本営は人間を将棋の駒としか考えていませんでした。アメリカ軍の焦土作戦、原爆は人道上の罪になりますが、勝てば官軍でしたから問題にされませんでした。 報道からは日本兵への憎悪を強く感じさせられましたが、戦争そのものに対する憎悪が感じられませんでした。沖縄の問題は沖縄固有の問題ではなく、人類全体の問題であるはずですが、沖縄の特殊性ばかりが強調されていました。 戦争の被害者は日本人全員ですから、沖縄も日本ならば戦争の被害者です。沖縄の被差別感情と戦争被害感情とが渾然一体となり突如爆発するのが理解できないのですが、差別者である本土の人間には理解できない感情なのでしょう。 沖縄の盛り上がりを見ていると中国、韓国、アジアの反日感情、反日デモも理解できるようにも思えます。沖縄、本土、日本人同士でさえも意思の疎通ができないのならば、外国人、虐殺された側との和解はなおさら難しいでしょう。 本土の人間の沖縄に対する理解が欠けているせいでしょうが、日本人同士と思っていても激しく反発されると対応ができなくなります。沖縄固有の問題だと矮小化されると頭を下げますが、共感できない部分がどこかに残ります。 自決を強要した側とされた側に分ける二元論は人間の本質を見誤っています。人間の極限状況における判断、行動は平和ぼけしている私たちには想像できないものでしょうから、強要されなくても自決された方も少なくないのでしょう。
2007/10/03
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福田首相の所信表明演説は社長代理の総務部長が原稿を代読しているような感がありました。官僚が作成した原稿はそつが無いのが当たり前ですが、国民にアピールするところがありませんでした。これが福田カラーなのでしょう。 福田自民党は完全に古い自民党に先祖返りをした印象を受けました。官僚、族議員が跳梁跋扈する政治は国民から見放されるでしょう。古賀選挙対策本部長が総選挙を取り仕切れば、国民から反感を招き、自民党は惨敗するでしょう。 しかし、小沢民主党も古い民主党、55年体制へ先祖返りをしましたから、国民には選択肢がありません。小沢代表の関心は日本の未来よりも政権奪取に向けられているようですから、国会は与野党攻防が続き、政治は混迷に陥ります。 インド洋での洋上給油が与野党対決のシンボルになりましたが、国民の目は覚めてきているようです。世論調査では賛成が続伸し、過半数を占める用になりました。平和憲法の範囲内での国際貢献として認知されてきている証拠です。 小沢代表は国連軍構想を持論とし、国際貢献を推進するのが持論でしたが、なぜか洋上給油違憲論を主張しています。国連の明確な決議がない国際貢献は違憲だそうですが、安全保障理事会は拒否権が発動されれば動きがとれません。 ミャンマーの軍事政権への非難声明すら中国の拒否権発動によりできませんでしたから、国連に明確な決議を求めるのは机上の空論です。国連軍構想が実現したとしても、安保理に国連軍の指揮管理を一元化することは不可能です。 旧ソ連は拒否権を乱発しましたが、中国、ロシアも拒否権を意図的に行使します。東西冷戦は終焉をしましたが、米、英、仏、露、中国による多極支配に変わっただけですから、国連の明確な決議は無い物ねだりに過ぎませんです。 国連、多国籍軍、国際社会から洋上給油に感謝する声明が続いていますから、国連決議に変わるものと見なしても良いと思います。発端はブッシュの戦争かもしれませんが、対テロ戦争を支援するのは国際社会の一員としての義務です。 洋上給油は純然たる後方支援ですから、憲法の許容範囲内だと思います。軍事行動と言うよりも警察行動と思われます。イラクへの軍事行動を支援しているかも知れませんが、シーレーンを守るためには軍事行動支援も必要でしょう。 湾岸戦争では100億ドルを超す財政支援を行いましたが、「カネしか出さない日本」と国際社会から軽蔑されました。洋上給油は軍事的リスクの伴わない国際貢献ですから、少ないコストの割には世界にアピールができるチャンスです。 民主党が政権交代を真剣に考えているのならば、外交、安全保障に関する問題を政争の具とすべきではありません。議院内閣制の下での二大政党制は外交交、安全保障に一貫性が求められます。政権移動に伴う混乱を避けるためです。 民主党は舞い上がり、浮き足立っていますが、足下が見えていません。小沢代表は非自民党政権時代に首相の首を短期間にすげ替え、政党を立ち上げては潰しましたから、小沢劇場に酔っている党員、国民は痛い目に遭うでしょう。
2007/10/02
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新聞もインターネット時代に対応し、発想を変えなくてはならない時代になりました。産経NetViewが時代に先駆けた試みであったと思われます。本紙全面を1/10のディスカウント、315円/月で配信したのは画期的な試みでした。 団塊の世代の私には「真実を伝える朝日新聞」、「右翼の産経」という刷り込みがありましたが、産経新聞を月315円で配信されるのならば安いと思い、購読しました。産経を読み始めから、初めて保守主義という概念を知りました。 天皇制、自主憲法などに拘るのは無知蒙昧な輩だと思っていましたが、思想的な背景を知ることができました。クリスチャンですし、リベラルだと思っていますから、保守主義を偏見の目で見ていましたが、自らの無知を知らされました。 産経、朝日、読売、毎日、日経の社説を読み比べています。産経は論旨が一貫していますが、他の三紙、特に朝日はオピニオンリーダーとしての自負からか、大衆迎合的なところがあり、八方美人的になりがちな欠点が見られます。 朝日の安部パッシングは全国紙としての常識、規範を越えていました。戦後レジームからの開放、憲法改正、教育基本法改正、防衛省昇格などは朝日新聞の擁護する戦後レジームを否定するものでしたが、政策論争で応じるべきです。 平和憲法、教育基本法などの戦後レジームを支持する立場から見ても、政策論から外れた安部パッシングはマスメディアの倒閣運動に感じられました。閣僚の不祥事に対する過剰な報道が支持率に与えた影響は無視できないからです。 政治とカネの問題は自民党の構造的な問題ですが、重箱の隅を突っついたような報道は行き過ぎです。年金問題も安部内閣の責任ではなく、過去の政治家、官僚、職員、自治労の共同責任だからです。安部パッシングはやり過ぎです。 安部氏は政策ではなく、マスコミの共同戦線に倒されましたが、小泉氏のようなマスコミを味方に付けるだけのカリスマがなかったのは政治家としての資質の差でしょう。政策論争が起きなかっただけに無念の思いが残るでしょう。 民主主義と報道の自由とはワンセットですが、新聞のワイドショウ化は自縄自縛への道です。新聞がオピニオンリーダーであり続けるには、紙媒体であることが必要ですが、全紙面をネット上に廉価で配信する企業戦略も必要です。 ネット新聞には紙媒体とは違う機能がありますから、ネット新聞と紙媒体をいかにリンクするのかが課題ですが、紙媒体を維持し続けることが絶対に必要です。新聞の合従連衡は好ましくありません。報道の自由が侵されるからです。 新聞社は紙媒体を維持するための戦略を今から描いておかなければ、欧米の新聞社の二の舞を演じることになります。新聞社こそ独占市場に胡座をかき、構造改革が遅れているからです。戦後レジームの最後の砦かもしれません。 新聞社は構造改革を唱えながらも、構造改革を迫る公正取引委員会を押し返しました。世論を誘導した新聞社のダブルスタンダードです。新聞は報道の自由を錦の御旗にし、権利の濫用が目立ちます。自らを律する姿勢が必要です。
2007/10/01
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