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本日は、平成ゴジラVSシリーズの最後を飾った「ゴジラVSデストロイア」を紹介しよう。ゴジラとリトルゴジラが生息するバース島に異変が起き、ゴジラもリトルゴジラも行方不明となってしまう。それから一カ月後、ゴジラは香港に出現した。夜の香港の街を破壊すると、いずこへともなく姿を消すゴジラ。だが、ゴジラの姿は以前のものと変わり果てていた。赤く発光していたのである。ゴジラの異変に、Gサミットは緊急会議を召集する。その会議には、かつて初代ゴジラを退治した山根博士の養子の子に当たる山根健吉という大学院生をメンバーに加えていた。一方、国際物理学賞受賞者の伊集院博士は、ミクロオキシゲンの研究に余念がなかった。それをテレビの自分の番組で取り上げた健吉の実姉・山根ゆかりは、彼女の叔母の恵美子からそれが芹沢博士が発明したオキシジェン・デストロイヤーではないかとの相談を受ける。調査の結果、ミクロオキシゲンはオキシジェン・デストロイヤーの一歩手前のものだと判明する。しかし、伊集院は人間的倫理でそれを作ることはしないと言う。香港で姿を消したゴジラは、台湾沖に出現した。しかも、ますますその体温を上昇させていた。健吉の調べで、ゴジラはメルトダウンを起こしかけているのではないかという予測が立てられる。もしこのままメルトダウンが起きてしまったら、大惨事は免れない。このメルトダウンを食い止めるには、現状ではオキシジェン・デストロイヤーを使うしか方法がなかった。ゆかりや恵美子の心配をよそに、伊集院博士へオキシジェン・デストロイヤーの開発を依頼するのだが…この平成ゴジラVSシリーズは、同一世界観で続いていると思われる。これは、シリーズを通して登場する人物がいるので、ほぼ間違いないと思われる。小高恵美演じる三枝未希がそうだ。結構重要なキャラクターなので鑑賞の際は、注意して観よう。デストロイアのきぐるみが自重で変形しているなどの問題点はあるものの、言われなければ気付かないだろう。この辺りもチェックしながら観るといいかもしれない。過去の作品とのリンクを見逃さないように楽しんで欲しい。また、冒頭の香港の街に現れる赤熱したゴジラは、シリーズ屈指の名場面なのでそのシーンの美しさを堪能しよう。DVDのお求めは こちらから ↓ゴジラvsデストロイア
2005/10/31

あなたは「コレピク」を御存知だろうか?「コレピク」とは、「コレクション・ピクニック」の略だ。実は、昨日から「コレピク」を始めた。どんなものなのか、説明しようと何度となく書こうとしたのだが、どうにもうまく説明できない。大別すると、コミュニケーション・ツールの一種ということになるのだろう。起動すると小さなウィンドウが開く。このウィンドウの中で“シーサー袴田”という怪しい犬親父が、時々徘徊し、その途中で出会った犬から名刺をもらったり、宝箱を発見する。ただそれだけのものだ。特別難しい操作は必要ない。必要とされる操作は、自分の名刺に表記する項目を編集したり、ゲットしたアイテムをウィンドウ中に表示される自分の部屋に配置したりする時ぐらいだ。これらの操作は強制ではない。放っておいても問題はないのである。もちろん、アイテムは自作することもできる。その自作したアイテムは、売ることも可能だ。コレピクを使っている人同士でメールの送受信も可能となっている。…というと、メッセンジャーの類いを想像するかもしれない。しかし、メッセンジャーのように誰がオンラインで誰がオフラインかわからないし、まだチャット機能は実装されていない。むしろ手に入れたアイテムで自分の部屋を飾り立てる、そちらが主目的のようにも思える。そんなお気楽なコミュニケーション・ツールだ。何より常駐でありながら、長時間起動しても重くなりにくいというのがいい。しかも無料である。興味のある方は、コレピクの公式サイトを見て欲しい。コレピクの公式サイトは こちらから♪ ↓既にコレピクをやっている人は こちらから♪ ↓直接お宅訪問♪
2005/10/30
■ゲートキーパーズ (PS/角川書店)同名のアニメが賛否両論を集めながら、DVD発売中。まぁ、賛否両論を集めるのは注目されている証拠だから結構なことだと思います。さて、問題はゲームの方なんですが、物語的にはよく出来てると思います。「ナデシコ」のキャラデザでお馴染みの後藤圭二氏を起用するあたりツボをついてくるチョイスとも言えましょう。しかし、肝心のゲームバランスが???です。じゃ、このゲームは「クソゲーか?」と言われると、これが違うんですね。別に敵が強すぎたり弱すぎたりとかする訳でないし、操作性が悪いとか言うことはまったくありません。ただゲーム全体のバランス感覚が微妙に狂っていて、違和感を感じると言うレベルなのです。別の言い方をすると「音楽・キャラクター・ストーリー構成・世界観・ゲームのシステムなどの構成要素がそれぞれ完成度が高いため、逆にそれぞれの個性が主張し合ってお互いの魅力を相殺している状態」とでも言いましょうか(ぉぃ人によっては「キャラゲーだから」って割り切れるレベルの話なのかもしれません。でもね、キャラゲーだからこそ下手な他のゲームよりもしっかり作ってあって欲しい物なのです。特にこういった点はね。
2005/10/29

今日は、PS2ソフト「ウルトラマン ファイティング エボリューションリバース」を買いに出かけた。しかし、買い物を終えて帰宅した私の手には「メモリーズオフ#5 とぎれたフィルム」があった…まぁ、よくあることだ(ぇメモリーズオフは、恋愛における切なさを描いた恋愛アドベンチャーゲームのシリーズである。一般的に恋愛アドベンチャーが重視する「萌え」要素は(皆無とは言わないまでも)希薄であり、どちらかといえばドラマ性を追求しているゲームだ。シリーズすべてが基本的に同じ世界観というか、時間軸上で展開しており、一部のサブキャラが複数の作品に登場したりする。このため、シリーズが発売されるたびに世界観が広がり、物語に深みと味わいを与えている。当初はPSをメインプラットホームにして1作目・2作目と展開していたが、3作目以降はプラットホームをPS2に移して展開している。またPSで発売された1作目・2作目は、1本のソフトに収録するカタチでPS2に移植されている。更にそれとは別に1作目・2作目の番外編(サイドストーリー)が3作もリリースされており、人気の高さを裏付けている。私はPS版の第1作目からの付き合いだが、こんなに続くシリーズになるとは正直思っていなかった。実際第1作目は、かなりやり込んだ記憶がある。当然、全キャラクリアし、CGも全部回収した。登場するひとりひとりのキャラクターが決してステレオタイプではなく、実在感のある範囲で個性的なので、血肉の通った相手と感じられるほどだ。1作目に登場するキャラの画像を一時期、携帯電話の待ち受け画面に設定していたといえば、御理解いただけるだろうか?それぐらい感情移入しやすかったのだ。今回の主人公は、大学生に設定されている。映画作りという夢を持っていたが、親友でありライバルでもあった男の死により目標を見失っている。今までのように恋人と死別してたり、恋人に逃げられたり、別れ話を切り出されたりといったものとは、少し違う。この辺りが展開にどういった影響をもたらすのか、楽しみなところだ。実は私もかつて映画作りという夢を持っていた時期があった。実際、映画屋をしていたこともあったし…そういう意味でも大変気になる設定であり、感情移入しやすいと思われる。日常生活で既に切ない思いをしている人はともかく、そうでない人は是非手に取って欲しい。そして、プレイしながら「こんな青春を送りたかった」と感傷に耽ろう。そこには、いつしか涙するあなたがいるはずだ。◆やっぱり第1作・第2作から プレイしたいなら♪ ↓◆第3作をプレイするなら こちらからどうぞ♪ ↓◆第4作はこちらから お求めになれます♪ ↓◆最新作をプレイしたい方は こちらからお求めください♪ ↓
2005/10/28

ようやく終わった。すべての主人公でのルートを完全制覇した。隠しユニットもそれぞれのルートで網羅し、図鑑も埋まった。今回ばかりは疲れた。物語終盤のマップがほとんど前後半に分かれた2マップ構成なのだ。単純計算でも2倍以上の時間がかかることは必至だ。それを都合4回ずつやっているのである。疲れない方がどうかしている。もちろん、疲れる最大の原因は、かかる時間だけではない。何より共通ルートの構成だ。分岐が多いくせにすぐ合流して共通ルートになってしまう。これでは、何のために分岐したのかわからない。しかも分岐する度に小隊を編成し直さなければならない。それは同時に合流する度に小隊を編成し直さなければならないことを意味する。オートで編成することも可能だが、それでは思い通りの戦略を展開できない。しかもオートではコストダウンなどのオプションパーツを用いた編成を考慮してもらえないのだ。これでは効率よくゲームを進めることは困難だ。結果、その都度、自分で小隊編成を行うことになってしまう。この辺に今後の課題が残されているように思う。繰り返しプレイする人のことも十二分に考慮したシステムを実現して欲しいものだ。余談だが、ラスボスのCVは水木一郎だ。なかなか聴き応えがあるので、ぜひ最終話までたどり着いて欲しい。やたらと長いエピローグも健在だ。小売り店で購入するのに少し抵抗がある …という人はこちらから ↓
2005/10/27
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昨日の「七人の侍」に続いて、今夜は「荒野の七人」を紹介しよう。言わずと知れた「七人の侍」の西部劇バージョンだ。物語の舞台は、メキシコのとある寒村。この村では毎年収穫期になると野盗の集団が略奪しに来る。おとなしく収穫物を差し出せば、死人は出ないで済むが、少しでも出し渋ろうものなら容赦なく殺された。それに追い討ちをかけるように今年は不作だった。子供たちは飢え、村を去っていく農民が絶えない。もう我慢は限界だった。彼らは銃を買いに代表を街へ送り出した。その代表が街に到着すると、街でも騒ぎが起きていた。ネイティブ・インディアンの遺体を白人の墓地に埋葬するしないの騒ぎである。ひとりのガンマンが「俺が運んでやろう」と買って出た。やりとりを見ていたもうひとりのガンマンが助手を志願する。埋葬を阻止しようと墓地で銃を構える数人の男たち。だが、勝負は一瞬で決まった。この有様を見ていた村の代表は、そのガンマンに事情を話し、力になってもらうことにした。同意した、そのガンマンはクリス。全身黒尽くめの衣装で固めた眼光の鋭い男だ。早速クリスは仲間を集め始めるのだが…意外と知られていないが、この「荒野の七人」は、本作を含めて4作に渡るシリーズが存在する。「荒野の七人」(1960)「続・荒野の七人」(1966)「新・荒野の七人 馬上の決闘」(1968)「荒野の七人 真昼の決闘」(1972)ユル・ブリナーがクリスを演じたのは「荒野の七人」と「続・荒野の七人」だけで、「新・荒野の七人 馬上の決闘」ではジョージ・ケネディが、「荒野の七人 真昼の決闘」ではリー・ヴァン・クリーフがそれぞれクリスを演じている。作品の完成度は、言うまでもなく第一作が最も優れているが、これは物語の骨子である「七人の侍」の物語の完成度が高かったことを計らずとも証明する結果となっている。現在、シリーズ4作が観れるのは「荒野の七人 コンプリート・コレクション」のDVDボックスのみとなっている。単品リリースは「荒野の七人」と「続・荒野の七人」のみとなっている。「荒野の七人 コンプリート・コレクション」の お求めはこちらから ↓
2005/10/26
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CATVで「七人の侍」をやっていた。ひさしく観てなかったので、機会を逃がさず鑑賞。麦の刈り取りが終わる頃、野武士の集団がやってくる農村があった。収穫物はもちろん、女たちにも好き放題だ。といって、逆らえば殺される。そして、今年も麦の刈り取りが終わる頃が近付いていた。村の長老は、村を守るために侍を雇う決心をする。智略と勇猛さを兼ね備えた勘兵衛の協力で、五郎兵衛、久蔵、平八、七郎次、勝四郎が選ばれた。また野武士に家族を皆殺しにされた菊千代も仲間に加わる。彼は、百姓の孤児で野性そのままの男だが、腕は立つ。不安がる村人だったが、百姓出の菊千代が加わったことで少しずつではあったが信頼関係が生まれてくる。村の防衛体勢は徐々に整えられ、戦闘訓練も行なわれた。刈り取りが終わる頃には、すっかり準備も整っていた。「今年は来ないのではないか」という楽観論が出始める中、ついに野武士の襲撃が始まる。偵察に現われた3人の野武士を久蔵と菊千代が倒した。倒した野武士から野武士の集団の規模を把握する一同。圧倒的な数の差である。そこで野武士の砦に夜襲をかけることになるのだが…流石に1954年の作品だけあって、出演している役者の大半は鬼籍に入られた方が多い。今でこそ名立たる面々だが、当時は中堅だったのだろう。ただモノクロの映画は、目が疲れる。殊に204分という長丁場だ。鑑賞する際は、万全の体調でのぞもう。少なくとも目の疲れている時はやめておいた方がいい。DVDのお求めは こちらから ↓
2005/10/25

あなたは、ムーミンが一体何か御存知だろうか?「えっ、カバじゃないの?」なんてとぼけたことをいまだに言ってる人は、とりあえず出直してきて欲しい。ファンタジーを少し知ってる人なら、ご存知だろう。そう、トロールである。このトロール、古くは「人食い鬼」などと訳され、多分にオーガーの小型種的な見られ方をしていた。そんなことから、ファンタジーがまだ一般的でなかった時代、子供たちから「ムーミンって何なの?」という質問をぶつけられて、苦慮した親は多かったという。私の親もそのひとりだ。そんな我が親が出した回答は、とんでもないものだった。ムーミンの正体は「デスモスチルス」だと言い放ったのだ。「デスモスチルス」といえば、1200万年ぐらい前に死に絶えてしまった謎の多い絶滅哺乳類である。もちろん、当時の私にはそんな知識はない。動物図鑑を調べても当然載っていない。学校の図書館の百科事典にかろうじて名前を発見することができた程度だ。といっても図版はない。今でこそとんでもない回答と笑えるが、当時は妙に説得力があったのだ。しかし、見ようによっては素敵な答えだと思う。確かに決して正解ではないかもしれない。だが、ムーミンの正体が「人食い鬼」では子供の夢が壊れてしまう。「デスモスチルス」なら夢は壊れることはない。むしろ、それが何なのか調べようとすることで、子供の探求心が伸ばされるだろう。私の親がそういった意図でこう答えたのかは不明だ。だが実際、こういった経験が少なからず今の私に根付いていることを感じることがある。そういう意味では、調べることの楽しさを教えてくれたきっかけだったかもしれない。だからこそ、この答えは夢を壊すことなく、新たな夢を紡ぐ答えだと思う。こんな答えのできる親がもっと増えれば、ずっと素敵な世の中になるような気がする。
2005/10/24
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昨晩深夜「超酔拳」を放映していた。地上波では初だ。とはいえ、全然観るつもりはなかった。少しだけ気になっていたので、チャンネルを合わせたら、結局最後まで観てしまった。舞台は1930年代初頭の中国。重要依頼品の運搬を請け負うチェンエン通運のワン・ビルは、盗賊たちも避けて通る猿拳の達人だった。彼は、ひょんなことから事件を追う特命刑事のホン・イフーと知り合う。ホンは、犯人追跡のためにビルから馬を借りるのだった。その後、ビルは義弟パオが悪党ユウと組んで阿片の密輸をしている事実を知る。そのためにビルはパオの罠にはまり、瀕死の重傷を負わされてしまう。とどめを刺さんと追うユウ一味と果敢に闘うも、重傷を負った身体では多勢に無勢だった。そしてついには待ち伏せていたパオによって川の中へ落とされてしまう。それから1年あまりが過ぎた。ふたりの青年タクとカイは、猿拳の手引書を出版しようと考えていた。彼らは、猿拳の達人ワン・ビルを捜し続けている。ある日、彼らは街で猿拳の技を使う美少女シウホンと出会う。密かに彼女の跡を追って辿り着いた一軒家には、奇跡的に一命を取り留めたビルの姿があった。今なお修業に励むビルに弟子入りを懇願するのだが… サスペンスフルな冒頭からワン・ビルが消息不明となるまでがなかなかいい雰囲気だ。だが、ふたりの青年が登場する辺りからコメディの様相を見せる。それも束の間、パオとユウ一味にワン・ビルが生きていることを知られた辺りから再びシリアスな展開となる。冒頭に登場するホン・イフーは、物語中盤で再登場するもワン・ビルをかばって殺されてしまう。この辺りの展開は(お約束ながら)よく考えられており、特訓⇒リターンマッチといった王道パターンへと繋がっていく訳だ。ワン・ビル演じるラウ・カーリョンが東野英治郎を彷彿とさせる。こういう部分もしっかりチェックしよう。DVDのお求めは こちらから ↓
2005/10/23
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本日は「マスク・オブ・ゾロ」を紹介しよう。 舞台は、スペインからの独立を宣言したメキシコ。カリフォルニア知事のドン・ラファエル・モンテロは、本国へ帰還する前に民衆の心の拠り所であるゾロを倒そうと待ち構えていた。各所に狙撃兵を配置していたのだ。そんなことも知らずに現われるゾロ。ゾロに狙いをつける狙撃兵。このゾロのピンチを救ったのは、ふたりの少年だった。ゾロは、少年へ感謝の印としてメダルを渡すと去っていった。しかし、ラファエルは密かにゾロの正体に目星をつけていた。彼は、町の有力者ドン・ディエゴ・デ・ラ・ベガの邸宅へ兵士たちを引き連れて乗り込み、家族もろとも捕らえようとする。ディエゴこそがゾロだというのだ。しらを切るディエゴだったが、先の戦闘で負った傷を暴かれて、正体が露見してしまう。と同時に剣を取り、ラファエルに立ち向かうが、まだ赤子のひとり娘を人質に取られていた。「剣を捨てれば、ひとり娘を返してやろう」というラファエルの言葉に、言われるまま従うディエゴ。が、ラファエルは約束を反故にしてディエゴを刺そうとする。ディエゴの妻は、ラファエルの剣から夫をかばって絶命する。ディエゴの妻の行動に気を削がれたラファエルは、ディエゴを投獄するように部下へ命じた。そして、ひとり娘を取り上げられたディエゴは、ひとり牢へと運ばれて行くのだった…それから20年後、ラファエルがカリフォルニアに戻って来ることを知ったディエゴは脱獄し、ラファエルを討つべく密かに待ち受ける。だが、ラファエルの傍らにいたのは、20年前のあの日奪われた自分の娘だった。ディエゴの娘エレナは、ラファエルの娘として育てられていたのだ。やむなく、その場はラファエルの打倒を断念するディエゴ。そんなディエゴは、ラファエル配下のラブ大尉に兄を殺され、自暴自棄に陥っていたお尋ね者のアレハンドロに出会う。アレハンドロが、かつてゾロを手助けした少年の成長した姿だと知ったディエゴは、彼をゾロの後継者として育てようとするのだが…正直、私はこの作品をあまり高く評価していなかった。それは主演のアントニオ・バンデラスが、どう見てもゾロに相応しいとは思えなかったからだ。劇中でも語られるが、彼にはゾロの持つ気品や知性が感じられない。だが注意してみれば、それは杞憂にすぎないことがわかる。この作品中で本来のゾロはアンソニー・ホプキンズ演じるディエゴなのだ。その初代ゾロより手ほどきを受けて、ゾロの名とマスクを受け継ぐのが、アントニオ・バンデラス演じるアレハンドロなのである。2代目が初代より劣るのは、今に始まったことではない。そして、作中で2代目が初代を凌駕するまでに育つのだ。「快傑ゾロ」の原作小説とは全く違うが、これはこれでおもしろい。いや、むしろこの古典的な剣劇を映画として現代に蘇らすには、こうするしかなかったのかもしれない。名作「アラン・ドロンのゾロ」でさえ、大きく原作を改変しているのだから。そういった意味では、有意義な1本と言えよう。来年1月には、同じアントニオ・バンデラス主演での続編「レジェンド・オブ・ゾロ」の公開が予定されている。その時になって慌てないように今のうちに観ておこう。 DVDのお求めは こちらから ↓
2005/10/22
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例によってCATVで放映していたので観た。今更言うまでもなく、初見ではない。ずいぶん前にテレビで放映されたのを観た記憶がある。ただ細部に関しては、かなり忘れかけているので、これ幸いと鑑賞した次第だ。この作品は、60年代から70年代にかけて流行ったオムニバス映画の1本だ。エドガー・アラン・ポー原作の短編小説からホラー色の濃い3作をチョイスしたもの。構成は、以下のようになっている。第1話「怪異ミイラの恐怖」愛する妻を亡くし、抜け殻のようになって一人暮らしをする父親の元へ、26年振りに一人娘が戻って来た。だが、朽ちかけた屋敷の寝室には、死んだ妻のミイラ化した死体が保管されていた。そして、その夜から恐怖が始まる…第2話「黒猫の怨霊」アルコール中毒で仕事もしない夫に愛想を尽かした妻が、ワインの利き酒会で夫を介抱した裕福な男性と不倫に走る。それを知った夫は、二人を殺して地下室の壁へ埋めてしまうのだが…第3話「人妻を眠らす妖術」死期の迫った資産家は、催眠療法で病いの苦痛を和らげている。その催眠療法は、ある交換条件のもと無償で行なわれていた。それは、人の死の瞬間に催眠術をかけることで精神の延命を実験するものだった…監督と製作を担当したロジャー・コーマンはB級映画で有名だが、この作品に限ってはその限りでない。これは、脚本を担当したリチャード・マシスンの手腕によるところも大きい。が、何よりロジャー・コーマン自身がエドガー・アラン・ポー心酔していることが最大の要因といえよう。そういう意味でも、かなり高い完成度の作品となっている。DVDのお求めは こちらから ↓
2005/10/21

本日発売の「SHUFFLE! ON THE STAGE」を買った。言うまでもなく、PCゲーム「SHUFFLE!」の移植だ。ゲームシステムは、要所要所で出てくる選択肢を選んでいくタイプのアドベンチャーゲーム。世界観は少しばかり凝っていて、一見すると我々が日常を過ごす世界に見えるが、実は神界の人と魔界の人が普通にいる世界。そんな世界の学園を舞台に、不自然なぐらいにもてる主人公が最終的に誰を選ぶかを描いた恋愛物語となっている。…などと書くとお堅いイメージがあるが、基本的にコメディなので安心して欲しい。PC版との変更点は、家庭用ゲーム機にそぐわないシーンの変更とそれに伴うCGの差し替え。新規ヒロインの追加とそのヒロインのシナリオ追加。各ヒロインのイベントCGの追加やPS2版オリジナルのサブキャラクター追加など、並べ挙げるとキリがないほど丁寧に手が入れられている。単に家庭用ゲーム機にそぐわないシーンだけ乱暴にカットして移植するようなメーカーが多い中、なかなかよい仕事をしていると言えるかもしれない。万人向けのゲームではないが、たまにはこういったバカバカしいコメディもよいのではないだろうか。特典満載のDXパックは こちらからどうぞ ↓ソフトだけで構わないという人は こちらからどうぞ ↓
2005/10/20
模様替え3日目。昨日買えなかった整理ケースを購入してくる。もちろん、これは買ってきただけだ。このあと、中に詰めないと片付かない。当たり前のことだが、何かやたらと億劫に感じる。著しくモチベーションが下がっている証拠だ。このモチベーションの低下は、何も模様替えに限ったことではない。先日「未クリアゲーム消化月間」と銘打って気合を入れたが、どうした訳かこちらの方も全くモチベーションが上がらない。許されるなら、日がな一日ごろごろしていたい気分だ。例えて言うなら、リラックマというか、たれぱんだだろうか。おそらくは、軽い寝不足だと思う。実際、今こうしている間も幾度となく睡魔に襲われている。こんな時は迷わず仮眠を摂るべきなのだろう。だが、今寝たら明日まで昏々と寝そうな気がする。作業能率を考えたら、やはり寝るのが正解に違いない。不本意ながら、今夜はもう寝ることにする。著しく話が脱線して支離滅裂になっている気もするが、睡魔の波状攻撃の前には成す術がない…
2005/10/19
昨日に引き続き、模様替えを実施。いい感じに片付きつつある。なかなかによいペースだと調子に乗っていたら、買い置きしていた整理用のケースを使い切ってしまった。100円ショップで売っている用途ごとに種類のあるアレである。幸い雨もやんで、外も明るい。これ幸いと傘も持たずに出かけてしまった。途中、100円ショップの前を通るも「帰りに買えばいいや」と通りすぎてしまう。更に調子に乗って、少し遠くまで足を伸ばして、いろいろと買い物に夢中になっていたら、いつしか雨、雨、雨…やむなく降りがひどくなる前に帰ることにする。だが、時既に遅く、家路の半分も行かないうちに本降りになってしまう。少しぐらい濡れても構わないと思ったが、買い物したものまで濡れるのは遠慮したい。仕方なく途中で傘を買う羽目に…傘を買ったのだから、慌てて帰る必要はなくなったのだが、雨の中を長々と歩くのは好きではない。速攻で家へ戻る。戻ってから、気付いた。肝心の整理用のケースを買ってなかった…(殴よくあることかもしれない。だが、ない方がよいことだ。できることは、すぐその場でやろう。日延べしていたらいつまで経ってもできないに違いない。そして、それを後悔することになる。そう深く心に刻んだ一日だった。
2005/10/18
雨のため、出かける気も起きず、模様替えを始めた。関東を襲った昨日の地震で、積み上げられた資料の山が崩れたのが、模様替えをしようと思い立った原因だ。作業を始めてから、忙しさに追われて、最近全然模様替えしていなかったことに気付く。実は、私は割と頻繁に模様替えをする。常により使い勝手のよい環境を求めて暇さえあれば模様替えするといってもいいかもしれない。一番の目的は、模様替えすることで気分の一新を図ると同時に不要となったものの整理も行なうことである。実に理に叶った作業なのだが、模様替え後の使い勝手を考えて、より実用的にしようと思うから一筋縄ではいかない。しかも模様替えの途中で発見した古い雑誌をついパラパラと…これなんかは覚えがあるのではないだろうか?結局、今日の昼から始めた作業は、半日程度で終わらなかった。まぁ、一ヶ月近くかかったこともあるから、どうということはないのだが。もちろん、デメリットもある。模様替えのために一時的に置き場所を変えたりしたものが、そのまま行方不明となることがあるのだ。何ヶ月もしてから別のものを探していて、ひょっこり出てきたりするのだから困ったものである。逆にしまい込んだまま、どこにやったか忘れてしまったものが、模様替えで発掘されると、その喜びは大きい。少なくとも今のところ、デメリットよりメリットの方が大きいので、なんの問題もない。さて、今回の模様替えは、いったい何日程度で終わるだろうか?
2005/10/17
■BRAVE SAGA 2 (PS/TAKARA)累計プレイ時間は72時間を超えてるけど、実際は50時間ぐらいかなぁ。電源入れたままマップの途中で寝てしまったりしてたから。特筆すべきは、ラスボスのHPが異様に高いこと。画面に表示されてるHPは9999なんですが、実際はその10倍ぐらいあるようです。クリティカルとかで1000近いダメージを与えたのにHPのゲージが減っていかない…最初はバグかと思いました。結局、ダメージが累積することでHPのゲージも減り始めて一安心。無事、感動のラストシーンを拝むことが出来ました。それはそうと、ライブラリのキャラクターリストに追加されるキャラクターの選択基準ってどうなっているんでしょう?大阪室長やレジーナ、華ちゃんのおばあちゃん、あやめちゃんが入っていないことに疑問を感じませんか。まぁ華ちゃんのおばあちゃんはともかくとしても、大阪室長とレジーナはあれだけシナリオに絡んで活躍しているのだから、入ってなければ駄目でしょ。TAKARAさん、2枚組みなんだから「容量の関係で入らなかった」なんて言い訳は通用しませんぞ。
2005/10/16
私の「FINAL FANTASY」(以下、FFと表記)シリーズとのファーストコンタクトは(説明が面倒なので周囲には「FF-III」と公言していますが)厳密に言うと「FF-II」になります。既に「FF-III」の発売がアナウンスされておりまして、その「FF-III」を買う前に「FF-I」と「FF II」の2作をやっておこうと思い立って一気に購入した記憶があります。最初に手をつけたのが「FF-II」でした。ところがバックアップ用の電池の不良が原因でセーブが出来ません。泣く泣く購入店へ持って行き交換してもらいました。そんな苦労もあって、ようやくプレイした「FF-II」は深く印象に残る作品となっています。「FF-II」以前のRPGにはないドラマチックな展開に感動して、エンディングをビデオに撮ったほど、といえばわかってもらえるでしょうか。一方の「FF-I」はオーソドックスなRPGだったので、特に印象深くは残っていません。強いて言えば戦闘がサイドビューで視覚的にも斬新だったことや同時期の「ドラクエ」よりも移動速度が速かったことが印象的でしょうか。そして件の「FF-III」、これはかなりやり込みました。レベルMAXは当たり前、それぞれのジョブも全部MAXまで育てました。またプログラムの簡単な解析までやってしまい、ゲーム中に登場するすべてのアイテムがどういう順番でプログラム上に並んでいるかもつきとめてしまいました。当時ライターとして出入りしていた某ゲーム雑誌でそれを公表しようとしたら、メーカーから圧力がかかって没を食らった苦い想い出があります(ぇーその後SFCで「FF-IV」「FF-V」「FF-VI」と3本やりましたが、「FF-III」の時のことがあるので、それほどにはやり込みませんでした。次にやり込んだのはプラットフォームがPSに移った「FF-VII」でした。スチーム・パンクっぽい世界観や見事に立っているキャラクター、すべてが私を魅了したのです。これは「FF-VIII」が出ても変わることはありませんでした。私の中で「FF-VII」は、いつまでも現在進行形で留めておきたい作品となりました。
2005/10/15
ディフォルメ・キャラってわかりますか。よくゲームとかでキャラクターを2頭身とか3頭身で表現するアレです。実は私、あれってあまり好きではありませんでした。もともと2頭身にデザインされたキャラクターはともかく、普通の頭身のものを何故わざわざ2頭身にするのか理解できなかったのです。かわいさを求めるなら最初からそれを目的としたキャラクターを使えばよい訳で、普通の頭身のキャラクター・イメージを壊さないで欲しかったのかもしれません。私の知人にも同様の理由で2頭身キャラのゲームを敬遠する人がいます。でもそんな人を見てて、ひとつの自己矛盾に気付いたのです。本来想像力で補いながら楽しむべきゲームなのに、画面に表記される記号にとらわれて敬遠していた自分自身に。何の事かわからない?もう少し説明するとRPGのほとんどは2頭身か3頭身にディフォルメされたキャラクターですよね。じゃ、私はRPGをやらないかといわれたら、やるんですよ。これは画面に見えてるディフォルメ・キャラを想像力で補って普通の頭身に見ているからなのです。見えてきたでしょ。画面上に見えているのがディフォルメ・キャラだからといって、そのゲームを敬遠する必要は何処にもないんです。当然、その私の知人もRPGは普通にやります。でもディフォルメ・キャラのゲームは敬遠している。ね、矛盾してるでしょ?そんな訳で最近はディフォルメ・キャラのゲームも敬遠することなく遊んでいます。
2005/10/14
最近、著作権に関して考えることがあったので少々。著作物とかでよく著作者がこれが正解ってものを主張することがあります。しかし続編などで公式に発表しない限りは著作者個人の主張であって、必ずしも絶対ではありません。わかりやすく言うと、著作物と言うのは発表した段階で著作者の手を離れ、その著作物の読者や購入者との共有物になると考えられます。つまりその著作物に書かれてない部分は、それぞれのイメージに委ねられるということです。そのイメージの部分に著作者の権利は発生しないし、たとえそれが今後発表予定のものであっても公式に発表するまでは(著作者の発言であっても)それが正解にはならないわけです。権利が発生していない所まで権利を主張するのは、素人が見てもおかしいですよね。でも、実際そのおかしな論理を振りかざす著作者がいるのも現実。何と嘆かわしいことでしょうか。同じ著作者のひとりとして恥ずかしい限りです。権利と言うのは義務を果たして初めて認められ、主張できるものだと思います。このように著作者としての義務を果たさずに権利を拡大解釈する、そのようなことがまかり通ってはいけないのです。著作権を都合よく拡大解釈し、必要以上に権利を主張している輩に権利云々を主張する資格はありません。
2005/10/13
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今日は、テレビで「光る眼」を放映した。言うまでもなく、1960年の「未知空間の恐怖 光る眼」のリメイクである。この1960年版は観たことがあるのだが、リメイク版は未見だったので鑑賞した。アメリカはカリフォルニア州の、のどかな海沿いの街ミドウィッチ。あるバザーの日の朝、その街の生物は突然意識を失って倒れた。人も、犬も、猫も…1歩でも街へ踏みこんだ生きものは、すべて意識を失った。それは細菌やウィルスの仕業でもなければ、有毒ガスの仕業でもなかった。やがて6時間ほど経過すると、生きているものは次々と目を覚ましていった。意識を失って倒れた時に運悪くグリルに倒れ込んでしまった男を除いて…この事件は、原因を解明できないまま、新たな異変が街を襲う。街の受胎可能な女性全員が妊娠していたのだ。しかも処女まで妊娠しているという。彼女たちの妊娠時期は、その事件があった日と考えられた。この不可思議な“集団妊娠"におびえる住民に対して、政府上層部から派遣された科学者のスーザン・バーナー博士は、生まれた子供を国の科学機関で定期検診させてもらうことを条件に法外な額の補助金を提示する。法外な額の補助金に住民は、条件を同意してしまうのだが…リメイク版の監督は、ジョン・カーペンター。流石に単なるリメイクに終わっていない。旧作では、はっきりと見せなかった、子供たちが大人を殺害するシーンをストレートに描写しているのだ。この点は、1976年のスペイン映画「ザ・チャイルド」を彷彿とさせることもあり、なんとも後味の悪い印象を受けるかもしれない。殊にジョン・カーペンターは、凝り性である。しつこいぐらいに「これでもか、これでもか」と駄目押ししてくるのだ。流石の私も「もう勘弁してやれよ」と言いたくなった。一応、主人公の医師チェフィーを「スーパーマン」で知られる故クリストファー・リーヴが演じている。また、街を守ろうとして子供たちに殺される神父ミラーを「スター・ウォーズ」や「最前線物語」で知られるマーク・ハミルが演じている。この辺りも雰囲気が違うので見落としがちだ。しっかりチェックしながら観よう。DVDをお求めの方は こちらから ↓光る眼
2005/10/12
本日は「がんばっていきまっしょい」を紹介しよう。…と言っても、鈴木杏主演のテレビドラマ版ではない。田中麗奈主演の映画版の方だ。舞台は、1976年の四国は松山。主人公の悦子は、成績が優秀で要領のいい姉に比較されては、凹む毎日。彼女は、高校への入学を前に打ち込めることが見つけられずにいた。そんなある時、逆光の中、夕方の海に煌く一艘のボートを見る。その美しい風景に感動して心打たれた彼女は、ボートに魅せられる。彼女は高校へ入学すると、さっそくボート部の門をたたく。だが、ボート部に女子部はなかった。「なかったら作ってしまえばいい」そう考えた彼女は、メンバーをかき集める。彼女自身を含めて、どうにか5人集めて部の体裁を整えるものの、全員が運動部未経験だった。基礎ができていないから、ボート小屋から海までボートを運ぶだけでもひと苦労。もちろん、漕ぐのも見るとやるとじゃ大違い。息が合わずに四苦八苦する始末。ある日、そんな彼女たちの前にコーチが現れる。元全日本選手権メンバーという立派な肩書きを持っているが、まったくやる気のなさそうなコーチだった。はたして彼女たちは、ボートに夢を見つけられるのだろうか…基本的な物語の筋はテレビドラマ版と大差ない。が、テンポのいい展開は、映画版ならでは。確かにひとりひとりの登場人物の人物像を掘り下げる点ではテレビドラマ版に軍配が上がるだろう。だが、物語の流れから考えたら、その必要性はかなり薄い。むしろ、この映画版を観た後では、テレビドラマ版は物語を無理に薄めているような印象を受ける。田中麗奈の初主演映画だけあって演技がまだ初々しいのも見所だ。(鈴木杏のファンの方には申し訳ないが)少なくとも、ぶくぶくに太った デビュー当時に比べていささかふくよかになった最近の鈴木杏主演のテレビドラマ版より完成度は数段上と言わざるを得ない。
2005/10/11

本日は「カサンドラ・クロス」を観た。例によってCSで放映していたのだ。もちろん、初見ではない。劇場での封切りは当然、テレビ放映も含めて何度も観ている。ジュネーブにある国際保健機構(IHO)に、3人のスウェーデン人ゲリラが侵入する。彼らはアメリカの秘密生物研究セクションを爆破しようとしてした。しかし、寸でのところで駆けつけたガードマンたちと銃撃戦になる。ひとりは射殺されるが、残るふたりは様々な細菌兵器を研究開発している部屋に逃げ込んでしまう。追ってきたガードマンに更にひとりが射たれ、その男が倒れた拍子に薬のビンを割ってしまう。割れたビンの破片と中の液体は飛び散り、もうひとりの男は軽い切り傷をするものの、なんとか逃走した…残されたゲリラを診察した女医は、割れたビンに米軍が秘密裡に研究開発していた伝染性の細菌が入っていたことをつきとめる。その細菌は空気感染し、発症率は約60%、ワクチンは存在しない…緊急事態の発生に、その細菌を研究開発していた米軍は、情報部のマッケンジー大佐を派遣する。彼は、細菌に感染して逃げたゲリラがストックホルム~ジュネーブ間の大陸縦断列車に乗り込んでいることを調べ上げた。その乗客リストの中に、著名な医師チェンバレンの名があるのを見つけると無線電話で彼を呼び出し、事件の概略を説明して協力を要請する。同時に、1000人の乗客を検疫収容させるため、ポイントを切り換えて、列車をポーランドのヤノフへ向かわせた。だが、そこへ向かう途中には30年近くも使用されていない“カサンドラ・クロス"と呼ばれる老朽化した鉄橋がかかっていた…劇中で登場する国際保健機構(IHO)とは、言うまでもなく世界保健機構(WHO)がモデルだ。もちろん、実際の世界保健機構(WHO)では、細菌兵器の開発などは一切行なわれていない。著しく現実とかけ離れた設定から世界保健機構(WHO)の名称は使用許可が下りなかったらしい。まぁ、下りる訳がないだろうが。30年近く前の映画だが、まったく古さを感じさせない点は流石だ。むしろハラハラドキドキさせるサスペンスフルな展開は、色褪せることなく観る者を物語に引き込むに違いない。DVDのお求めはこちらから ↓
2005/10/10
ご心配おかけしました。どうにか回復いたしました。まだ本調子ではありませんが、明日より再開いたします。
2005/10/09
作者急病のため、数日間更新をお休みします。コメントや掲示板の書き込みには可能な限りレスしますが…更新を楽しみにしてくださる方には、御迷惑おかけします。…まぁ、何も書かずに更新を休むよりはよいですよね?(ぉぃ
2005/10/04

仕事に忙殺されて、実はまだクリアしていない。いい加減終わっていてもよい頃なのだが…やはり4キャラ同時進行は、無謀だったかもしれない。その反面、隠しユニットは効率よく入手している。その甲斐あって展開は、ずいぶんと楽になった。ここで注意点。一部のユニットを除いて、入手した隠しユニットには必ずパイロットを乗せておくこと。シナリオの展開上、部隊を分ける展開が何度かある。ゲットしまま、誰も乗せずにいたら、再合流した時に入手したはずの隠しユニットがなくなっていることがあるのだ。特にマクロス系のユニットは、その危険性が高い。ミリアカラーのVF1Jとデストロイド・モンスターは、要注意だ。メーカーに言わせると仕様だそうだが、明らかにこれはバグだろう。本来乗っているユニットは乗せずにいてもなくならないので、シナリオ分岐前は隠しユニットの方へ乗せておこう。同様に気をつけて欲しいのは撃墜数だ。隠しユニット入手のために撃墜数を揃えていても、部隊が分かれてから再合流すると撃墜数が違っていることがある。このチェックを怠ると、隠しユニットを入手し損なうので注意して欲しい。好意的に解釈すれば、部隊を分けた後に活躍した分が加味されたと考えることもできる。だが、それならば撃墜数で隠しユニットの入手を左右すべきではないだろう。こういう点は、システム上の不備だ。もちろん、メーカーは「これも仕様だ」と言い張るだろうが…そんな欠点もあるにはあるが、プレイ前にわかっていればある程度対応可能だ。そろそろ安くなってきたので、これから遊ぶ人はその辺にも注意して欲しい。
2005/10/03
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今日は、最近読んだ本を紹介しよう。その本のタイトルは「ガンダム・モデル進化論」だ。内容は、いわゆる研究書だが、特別難しい専門用語が飛び出す訳でもなく、楽しんで読むことができた。この本では、プラモデルを中心としたホビーシーンを読み解くことでガンダムのプラモデル(以下、ガンプラと表記)の特異性を明らかにしようという試みが行なわれている。その中では、日本のプラモデルの歴史やキャラクターキットの発展について書かれており、そういった土壌がいかにガンプラの誕生に寄与したのか…などにも触れられている。また、伝説となりつつある狂乱のガンプラ・ブームにも当然触れられており、あの状況に至る時代背景を分析している。あの時代を体験した者には、読んでいて「あぁ、そんなこともあったな」と思うことだろう。あの時代を知らない者には、この辺りを読み解くことで、あの時代を追体験できるかもしれない。そういう意味では、うまく時代の空気を綴じ込んでいることに成功している。私の場合、そっち方面の造詣が深いこともあって、半分以上は知っていることの再確認となってしまったが、なかなか興味深く読めたのも事実だ。かなり多岐に渡る周辺の事象を端折ることなく捉えている点も高く評価したい。お求めはこちらから ↓
2005/10/02
今日はCSで「ヴァンパイア 黒の十字架」を放映するという。国勢調査の調査票も無事提出したので早速観た。物語は「ヴァンパイア 最後の聖戦」の続編に当たる。前作を観ていなくても十二分に楽しめる内容だが、簡単に「ヴァンパイア 最後の聖戦」に触れておこう。バチカンの指示で、密かに吸血鬼退治を行う専門の組織がある。その中でも凄腕の吸血鬼ハンターとして知られていたアメリカ・チームを率いるジャック・クロウ。だが、ある時、ニューメキシコの片田舎で、最強最悪の吸血鬼マスターに遭遇する。彼らの狙いは、儀式をすることで太陽の下でも自由に動き回れるようになるという黒い十字架だった。チームは、瞬時に壊滅状態に追い込まれてしまうのだが…というのが「ヴァンパイア 最後の聖戦」のあらすじだ。「ヴァンパイア 黒の十字架」は、ジャックとは別のチームで勇名を響かせた吸血鬼ハンター・デレクの物語となっている。ジャックたちの活躍から何年も経った頃、別のチームで勇名を響かせていた吸血鬼ハンター・デレクは、一匹狼の吸血鬼ハンターとして活躍していた。そんな彼にバチカンから指示が出る。メキシコで発生中の惨殺事件は吸血鬼の仕業だというのだ。デレクは、腕利きの吸血鬼ハンターらとチームを組んで、現地入りすることになった。しかし、行く先々で吸血鬼ハンターたちは、ことごとく殺害されている。あの“黒い十字架”を巡る聖戦を生き残ったアダム神父も既に死んでいた。デレクは、飲食店を営む元・吸血鬼ハンターの店を訪ねる。幸いにも、その元・吸血鬼ハンターは無事だった。その店でデレクは、ひとりの美少女と知り合う。中座して赤外線スコープで店内をチェックすると、あろうことかその少女が吸血鬼の特徴を示していた。デレクが、ペーパータオルを丸めて、くず入れに放り込んで、銃を手に店内へ戻った時には、店内の様相は一変していた。店内は血まみれで、惨殺された客の死体が転がっていたのだ。彼がほんの一瞬、目を離した隙に吸血鬼が店を襲ったのだ。せっかく会えた元・吸血鬼ハンターも連れ去られていた…前作同様、スプラッター加減がすごい。かなり大量の血糊を使用したようだ。物語は“黒い十字架”を巡る伝承で前作と繋がって来るが、前作の生き残りのアダム神父が既に故人となっていて出てこないため、直接的繋がりは薄い。前作は肉弾戦が主体だったが、今回は銃火器を吸血鬼用にカスタマイズして使っている。この辺は、なかなか強引なカスタマイズなのでしっかりチェックしよう。前作に比べると低予算だというが、それほど気にはならなかった。なお、前作ではぼかされていたバチカンの組織名が、実は「ヴァン・ヘルシング会」という名称であることが判明する。DVDは「ジョン・カーペンター DVDコレクターズボックス」にのみ収録されている。ビデオは単品でリリースされているので、鑑賞にはレンタルビデオ等を利用するといいだろう。
2005/10/01
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