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風邪ひいちゃいました。今月の頭にインフルエンザをしたので、インフルエンザには耐性ができたからもう安心と油断したのがよくなかったようです。インフルエンザほどひどくはないですが、決して具合がいいとは言えません。そんな訳で、当分は更新を休むかもしれません。(o_ _)o昨日の記事にも書きましたが、現在は自分のサイトだけで手一杯です。したがって、現状では他人様のサイトへ文章を書き込むほどの余力は全くありません。あしからず。追記:私は、自分では何もせず、他人に頼ってばっかりいるような人に差し伸べる手を持っていません。全力を尽くして一生懸命頑張ったのにあと一歩届かない、そんな人にこそ手を差し伸べるべきだと思っています。したがって少し調べればわかることを人に質問するような人は、唾棄すべき輩だと考えます。当然、そんな人たちに手を差し伸べる気は毛頭ありません。その手の書き込みは、問答無用で削除することにしました。
2006/01/31
今日は、昨日の分の記事を午前中にアップ。やることがあったので、本来予定していた本日分の記事をまとめる時間がなくなってしまった。今から作業をしても日付が変わりそうなのと、他にやらねばならないことが山積しているので、後日時間のある時にこの記事と差し替えるカタチで更新したいと思う。本日の教訓(汗「まずその日の分を先にアップして、余力があったらやること」
2006/01/30
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昭和のゴジラを語る上で避けて通れない作品がある。それが、この「怪獣大戦争」だ。20世紀末、太陽系の10番目の惑星が発見される。便宜上、X星と名付けられた、その惑星に早速探検隊が送られることになった。探検隊と呼ぶには小規模な編成で、X星に向かうグレンと富士のふたり。彼らは、X星で見た目は人類にそっくりなX星人に遭遇する。X星人は地球よりはるかに進んだ科学力を持っていたが、怪物ゼロに悩まされていた。怪物ゼロのため、X星人は地上に住めなくなり、地中に身を隠しているのだ。その怪物ゼロとは、かつて金星の文明を滅ぼし、近年地球にも飛来した怪獣キングギドラだった。X星の統制官は言う。「地球から、怪物ゼロワンと怪物ゼロツーを借り受けたい」と。怪物ゼロワンはゴジラを指し、怪物ゼロツーとはラドンのことだった。そして、その代償に癌の特効薬のレシピを提供するという。早速、この提案を地球へ持ち帰るグレンと富士。地球では、持て余し気味の怪獣を体よく片付けられるとあって、これを快諾。X星人の申し出を受け入れてしまうのだが…ゴジラがシェーッをすることで何かと物笑いの種となる本作だが、物語はグレンとX星人女性の悲恋を主軸にした完成度の高いドラマが魅せる。ゴジラ映画は本作から子供向けになったと称する人もいるが、物語の主軸を大人の悲恋に据えるなど、まだまだ子供向けとは言い難い要素が多く、充分大人の鑑賞にも耐え得る作品だ。前作「三大怪獣 地球最大の決戦」がどちらかといえばオカルティックな要素を持っていたのに対して、本作はSF寄りに描かれており、かなり座りのよい仕上がりとなっている。ツッコミどころは満載だが、映画としての楽しさを追求した娯楽作と言えよう。
2006/01/29
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今日は、CSで「ラッシュアワー」と「ラッシュアワー2」を連続放映していた。気付いたのが遅かったので「ラッシュアワー」は見れず。「ラッシュアワー2」のみ鑑賞した。香港警察のリー警部とロサンゼルス市警のカーター刑事は、休暇で香港を訪れていた。 いざ遊びに繰り出そうとした矢先、リーに電話が入る。アメリカ大使館で爆発事件が発生したというのだ。事件の主犯格を香港マフィアのボス、リッキー・タンと睨んだ香港警察は、リーに極秘捜査を依頼する。リーは「豪華パーティーをしている、とっておきの店へ連れて行く」とカーターに偽り、タンがよく現われる店へ向かう。実はその店は香港裏社会の悪党がたむろする最も危険な酒場だった。そうとは知らないカーターのせいで一触即発寸前の事態となるが、リーの機転でどうにか切り抜ける。その直後、客の中にタンの片腕の殺し屋の姿を見つけるリー。追跡を開始するが、あと一歩のところで逃げられてしまう。翌日リーは、前夜のお詫びとばかりにカーターをマッサージに連れて行く。だがその店は、何とタンのいきつけのマッサージ店だった。タンを見つけたリーは応援を呼んで来るとカーターに告げると、部屋を飛び出した。一方、カーターは無謀にもタンに絡む。慌てて戻ってきたリーが取り成すが、後の祭りだった。怒って立ち去ったタンの部下たちと挌闘を演じる羽目に。かろうじて、その部下たちを倒したものの、タンの報せで新たに駆けつけた部下たちの前には多勢に無勢だった。一糸まとわぬ姿に剥かれて、街の真ん中に放り出されるふたり。どうにか署に戻ってきたふたりを待っていたのは、事件の捜査に当たるアメリカのシークレットサービスだった。彼らは事件から手を引くように圧力をかけてきたのだ。渋々了承するリーだったが、手を引くつもりは全然なかった。そんな時、署内で爆破騒ぎが起きる。爆破された部屋は、さっきまでカーターのいた部屋だった。相棒のカーターが爆殺されたと思ったリーは怒りに燃えて、タンの主催する船上パーティーに潜入するのだった…ジャッキー・チェンとクリス・タッカーの名コンビぶりがいかんなく発揮されたシリーズ第2作。香港マフィアのボス、リッキー・タンを演じるは、ジョン・ローンだ。「ラストエンペラー」のイメージよりも「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」のイメージが反映された役柄だ。劇中でジャッキー・チェンと対峙する場面で思ったのだが、意外と小柄である。もっとすらっと背の高いイメージがあったのだが…またタンの片腕の殺し屋を演じるは、チャン・ツィイーだ。美しくも凄みのある役どころなので、彼女の挌闘アクションも含めてよく堪能しよう。もちろん、ジャッキー・チェンのアクションが年齢を感じさせないのは言うまでもない。DVDをお求めの方は こちらからどうぞ♪ ↓
2006/01/28
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最近、欠かさず観ているテレビドラマがある。テレビ東京系列で放映している「牙狼<GARO>」というドラマだ。魔戒騎士と呼ばれる戦士がいる。彼らは、古の昔から人知れず魔獣(ホラー)を狩る存在である。ホラーは、人の生命を糧とする存在で、人々の欲望と結びついた時、それは更なる力を得ていく。画家の卵・御月カオルは、ひょんなことから黄金の魔戒騎士とホラーの戦いに巻き込まれ、ホラーの返り血を浴びてしまう。ホラーの返り血を浴びた人間は、別のホラーを引き寄せてしまうため、抹殺する決まりだった。だが、その魔戒騎士は「ホラーを呼び寄せる餌として使う」と言って、彼女を斬らなかった。その魔戒騎士こそ、牙狼(ガロ)の称号を持つ黄金騎士だった…深夜にもかかわらず、特撮番組である。しかもどちらかと言えばホラー寄りだ。物語全体の原作として「ゼイラム」で知られる雨宮慶太監督が参加していることもあって、かなりマニアックな作りとなっている。魔戒騎士が身につけている魔装具というアイテムがなかなかいいのだ。デザインもさることながら、劇中では喋ったりする。また黄金騎士のライバルとして白銀騎士も登場。時に戦い、時に共闘する展開は、往年の特撮ドラマを彷彿とさせる展開だ。こんな部分も嬉しい。深夜に放映するのが惜しいぐらいに贅沢に作り込まれたドラマだ。未見の人は、速攻で観よう。1話からDVDで観たいという人は、こちらからどうぞ ↓アクションフィギュアと魔装具のレプリカのセットが欲しいのなら、こちらからどうぞ ↓
2006/01/27

今日は、私が未だに手放せない1本紹介しよう。そのソフトは、1999年7月に発売されたPSソフト「アクアノートの休日2」だ。内容は、潜水艦でただひたすら海中を漂うというもの。特別なクリア条件や時間制限のようなものはない。もちろんゲームオーバーもない。強いて言うなら、海中を散策する途中で出会った生物を記録帳に記録していくとか、出会った生物と探信音を使ってコミュニケートする程度だろう。とにかく自由なのだ。自由過ぎるゆえに何をすればいいのかわからないと言う人々からそっぽを向かれてしまった不遇なソフトでもある。だが、このソフトは2作目である。同じプラットフォームで「アクアノートの休日」が発売されていることを忘れてはいけない。理解者は限られたものの、それなりの売上を残した作品なのだ。その証拠に、この「アクアノートの休日2」も翌年8月にはベスト(廉価)版が発売されている。このことからもわかるように当時は注目を集めたソフトだったのである。残念なことに現在このソフトの系譜なるソフトは存在していない。まぁ、なかなか他のエリアに移せる題材ではないため、仕方ないのかもしれない。結果、拡大再生産とならざるを得ない訳で、後続ソフトが出にくいのはそのためだろう。私がこのソフトに魅力を感じるのは(自由度はもちろんのことだが)画面からある種の癒しを感じるからだ。一見大きな変化のない海中のように感じられるが、生物相から水の色に至るまで様々な変化が用意されており、新たな生物との出会いは決して退屈するようなものではない。そこには新鮮な発見が潜んでいるのだ。しかも中には川を遡っていける場所や海底洞窟から繋がった水脈など冒険できる範囲は海中だけに留まらない。そんな点もたまらなく楽しいポイントといえるだろう。何年かに一度はプレイしたくなる、不思議な魅力に溢れたソフトなのだ。楽天で探したが、残念ながら見つけることはできなかった。プレイしたいと思った人は、中古ソフト店巡りをするなり、オークションを探すなりして、頑張って入手して欲しい。そうまでしても入手するだけの価値はあるソフトだと思う。特に癒しを求める人にはうってつけだ。
2006/01/26
あなたは公共放送の受信料を払っているだろうか?私は一応払っている。払うことで意見を言える立場にあると考えるからである。今日は公共放送について少しだけ考えてみたい。NHKは自らを「公共放送」と言うが、本当にそうだろうか?実際、公共放送として矛盾する点がかなりあると思う。以前ラグビー中継でスポンサーの朝日新聞の名前が出るので…という問題があった。それなら大相撲の中継はどうなのだ。スポンサーの永谷園の名前が堂々と映し出されるではないか。スポンサーの名が出ることで公平性が保てないなどというなら、スポーツ中継はすべて録画にして、企業名にはすべてモザイクをかけるのが筋だろう。この点に限っても、おそらくは万人を納得させる説明ができないに違いない。まずは、こういった部分からクリアしていく必要があるように思う。また本来、公共放送は視聴率とは無縁であるべきだ。視聴率に左右されては、公正な立場は保てない。だが、実際はどうだろう。視聴率に一喜一憂してはいまいか?これでは公共放送を名乗るのもおこがましい。いくら公共放送の美名を並べ立てても実情がそれでは、視聴者も納得しない。改善と信用回復を訴えるが、それ以前の問題ではないだろうか?更に、公共放送なのにわざわざ受信料を徴収するのもおかしい。公共なら税金で賄うべきだろう。受信料の支払いが義務というなら、税金として所得税の中から何%というカタチで振り分けるべきだろう。別途に個別徴収しようとするから支払いを拒否する人が出るのだ。そして、それは不公平感を生み出し、不払いの循環が拡大する。税金として等しく国民から徴収すれば、不公平感も今よりは減るに違いない。こんな簡単な理屈がなぜわからないのか。そんなにも経営陣はバカばっかりなのだろうか?…とか言うと、法律がどうのこうの言い出す輩が必ずいる。だが、そんな法律は変えてしまえばいいのだ。平等かつ取りっぱぐれのないようにするには、税金として徴収した中から振り分けるのが確実なのだ。国民の血税から受信料が出ているとなれば、国民の関心も違ってくる。番組作りで常に無駄使いはないか、国民の目に晒されることにもなり、それは無駄な経費を抑えることにも繋がってくるだろう。法的手段云々以前にこういう基本的なことを何故思いつかない。これでは「些細なことに囚われて大局を見ていない」と国民に思われても仕方がない。生まれ変わるというなら、これぐらい大胆かつ思い切った改革が必要なのだ。現状のままでは、いかに法的手段を取っても払わない人は決して払わないだろう。
2006/01/25

あなたは「笑福犬」なるものを御存知だろうか?石鹸の犬に目や耳のシールを貼って数日放置すると、化学反応で結晶が付き、ふわふわの綿毛に包まれた犬になってしまうというものだ。目や耳のシールは数種類用意されていて、好きなデザインの組み合わせで貼ることができるようになっている。つまりこれでいろんな犬種が再現できるという寸法。これが妙に可愛いのだ。思わず撫でてしまいそうになる。もちろん、手を触れたら綿毛は取れてしまうのだけれど…一度綿毛が取れてしまうと、もう生えないので注意。そうなったら、素直に石鹸として使おう。ひとつで一度しか楽しめないとはいえ、価格も安いので心配ない。いろんな犬種を再現したくて、つい2個3個と買いたくなってしまうアイテムだ。戌年の今年ならではのアイテムでもある。ぜひ、あなたの家にもひとついかがだろうか?
2006/01/24

D3パブリッシャーのSIMPLE2000アルティメットシリーズ Vol.16の「戦国VS現代」(PS2)をひさびさにプレイした。やはり何度やっても面白い。このメーカーのこのシリーズ、今でこそそこそこの評価を得ているが、実は当たりはずれが激しい。だが、幸いにも「戦国VS現代」は当たりの部類だ。ゲームの内容は、戦国時代風の仮想空間を舞台に個性豊かなキャラクター(6人)の中からひとりを操作キャラクターとして選んで、その世界を突き進んでいくというもの。途中で色々な武器が入手可能となっているため、手に入れた武器によって戦法を変える必要がある。が、これが面白いのだ。どの武器も長所だけではなく、必ず短所がある。その短所(弱点)をいかにカバーしながら戦うか。そういう部分をプレイヤーが思考する訳だ。これによりプレイが単調にならない。そして、何より操作性がよいこともポイントが高い。アクション性の高いゲームでは、ワンテンポ遅れてキャラが動くなんてありえないことが時々ある中、このゲームはコントローラーの操作にかなりビビッドに反応してくれるのである。それでいて複雑な操作は必要ない。ここまでシンプルな操作性で、ゲーム性が全然損なわれていない。しかも連続技の入力が可能なため、多段コンボを狙うこともできる。この内容でこの完成度、お買い得と言わずに何と言う。強いていうなら敵の数が気持ち多いような気もするが、アクションゲームの苦手な私でさえ、途中でゲームオーバーにならなかった…ふたり同時プレイも可能なので接客用のソフトとしても最適だろう。ぜひ機会があったら、一度プレイしてみて欲しい。
2006/01/23
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幼少の頃にテレビ放映で観て、妙に記憶に残ってしまう映画がある。今日紹介する映画もそんな中の1本だ。1945年連合軍のドイツ進攻。戦火のドイツからUボートで密かに持ち出され、同盟国・日本にもたらされたものがあった。それは広島の軍病院へ運び込まれるが、奇しくもその広島へ原爆が投下されるのだった。そして終戦を迎える…広島衛戍病院で細胞組織の再生を共同で研究している3人の科学者(ジェームス・ボーエン、川地堅一郎、戸山李子)は、原爆の爆心地の広島で保護された少年を預かった。少年は放射能に強く、どうやら白人であるようだ。彼は怪異な容貌だが、優しく繊細な心を持っていた。だが、少年の成長速度は早く、あっというまに常人離れした大きさになってしまう。その頃、広島衛戍病院を訪れた海軍大尉河井は「終戦直前にドイツの潜水艦からフランケンシュタイン(の怪物)の心臓をひきとって、広島の軍病院へ届けた」と語った。フランケンシュタイン(の怪物)の心臓とは、蛋白質の補給さえあれば、活発な細胞活動により身体がなくなっても復元するという代物だった。もしこの少年がフランケンシュタイン(の怪物)であれば、手足を切っても、新しい手足が生えてくるはずだった。科学的好奇心と功名心から実験したいと言う川地に、例えそうであっても実験動物として扱うのに反対する戸山。そんな折、テレビ取材に怒った少年は、倉庫を破って逃げ出してしまう。その後には、鎖でちぎられた手首が床の上をうごめいていた。やはり少年はフランケンシュタイン(の怪物)だったのだ…この物語冒頭の展開だけでも何だかわくわくさせるような印象はないだろうか?日本を舞台としたホラー映画さながらの展開なのだ。これが一転して怪獣映画になってしまうのが信じられないほどである。登場する怪獣は「地底怪獣バラゴン」だ。そう、バラゴンの初出演映画でもあるのだ。バラゴンは、意外と可愛らしい外観に反して肉食でかなり狂暴だったりする。そういった意味でも見逃せない1本かもしれない(ぇまた、たたみかけるまでもなく終わってしまうラストシーンの展開も他の日本映画にはあまり例がない。まさにあっけないラストシーンなのだ。何回かテレビ放映された際、一度海外版だった時があった。それもまたすごいラストシーンだ。機会があったら、ぜひ見比べて欲しい。なお、タイトルを含めて「フランケンシュタイン」と呼称されているのは、言うまでもなくフランケンシュタインの怪物のことである。
2006/01/22
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正月に放映された「里見八犬伝」を観た。室町時代中期、房総の南端は安房国。各国の武将たちがそれぞれの領地を巡って争いを続けていた。安房国では山下定包が妻・玉梓と共に贅沢三昧な生活をしていたが、これにより領民は苦しい生活を強いられていた。山下定包の家臣だった里見義実はそんな状況に起ち上がり、定包を打ち倒す。捕らえられた定包の妻・玉梓は助命を嘆願するが、打ち首の刑に処せられた。だが、死の間際に次のような言葉を残す。「私を斬るなら末代までたたってやる」玉梓の言葉通り、その日から安房国は呪いに苦しめられる日々が続く。天は曇り、作物は枯れ、飢饉が襲ったのだ。更には近隣の国の侵略に安房国の命運は風前の灯と化す。義実は里見家に伝わる宝珠の数珠を娘・伏姫に託し、その許婚・金碗大輔と共に安房国からの脱出を促す。しかし、執拗な追っ手から姫を逃すため、大輔は囮となる。かろうじて逃げ延びて泉に辿りついた伏姫であったが、大輔とははぐれてしまう。はぐれた大輔の身を案じている伏姫。そんな伏姫の前に玉梓の怨霊が姿を現わした。怨霊は「そなたは呪いの犬の子をはらんでいる」と不吉なことを告げる。そこへ駆けつけた大輔は、怨霊めがけて矢を射掛けるが、誤って伏姫を射ってしまう。瀕死の伏姫は、呪いを打ち払うかのように自害。と、伏姫の持っていた宝珠がまばゆいばかりの輝きを発する。たまらず姿を消す怨霊。その光は、近隣国の軍勢も打ち払った。そして、輝く宝珠からは八つの玉「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」が飛び出し、関東一帯に散っていった。大輔は出家し、ゝ大法師と名乗り、八つの玉を探す旅に出るのだった…滝沢馬琴原作の「南総里見八犬伝」を原作としたドラマだ。原作には「八房」という名の犬が出てくるのだが、物語をわかりやすくするために割愛しているのか、動物を使ったシーンが困難なためなのか、出てこない。このため、何故に犬の子なのか、そして何故に八犬伝なのかが、不明瞭になってしまっている。全体的に頑張っているだけに惜しい部分だ。とはいえ、なるべく原作に近い展開を心がけているようで、要所要所で原作の印象的な場面を押さえている。同名タイトルの映画もあるが、そちらは鎌田敏夫原作の「新・里見八犬伝」の映画化なので間違えないように。
2006/01/21
最近、着陸点を定めないままに文章を書き綴るのにハマっている。仕事柄、どうしても着陸点というか、落としどころを定めて文章を書く傾向にあるため、なかなか行き当たりばったりな文章は書けない。いや、プロとしては時間が読めないのは致命的だ。書き上げる残りの文章量から、所要時間を読めないようでは仕事としてやっていけない。だからこそ、逆にそういう計算を抜きにした文章が書きたくなるのだ。もちろん落としどころを定めないままに書き綴る訳だから、所要時間も読めない。たった数行の文章に何時間もかかったりすることもあれば、かなりの長文なのにすらっと書いてしまったりすることもある。でも、いいではないか。細かいことには囚われず、思い描くままに自由に筆を走らせるのだ。最大の欠点は、落としどころが定まっていないため、まとまらない点だ。まとまらないと言うことは発表できないのである。まぁ、発表したくて書いているものとは違うので、私的には一向に構わないのだが。とかく時間に追われがちな毎日、こんな風に自由に時間を浪費する贅沢もよいのではないだろうか。
2006/01/20
何を書こうかも決めずにペンを取った。ただ思いつくまま、筆の向くままに…書きたいことは山のようにあって、でも書き出す時間のない日々。書き記さなければ、言いたいことの1/100も伝わらないというのに。書き残さなければ、何も残らないというのに。何も書けず、何も語らず。否、それではいけないのだ。いつか生命の灯火が消え去る時に想いを残すことがないように。今、想いを書き連ねなければいけないのだ。たとえその言葉が独り善がりの戯言であっても。
2006/01/20
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清朝の時代。明の残党による反政府活動を取り締まるため、時の政府は武術者を派遣する。彼らによって粛清されて行く明の残党。そんな中でも特に凄腕のふたり組がいた。だが、そのふたり組を返り討ちにした男がいる。誰あろう、その男は“片腕ドラゴン”と呼ばれる男だった。返り討ちに遭ったふたり組の師である、盲目の老師は弟子の敵討ちのために起つ決心をする。そんなこととは露知らず、片腕ドラゴンは新たな道場を開き、弟子たちに稽古をつけていた。そんなある日、隣町の鷹爪流拳法の道場が武術大会を開く。様々な拳法の達人が集うその大会への参加を促す弟子たちに「武術とは他人と競うことが目的のものではない」と説く片腕ドラゴン。ならば「勉強になるから大会を見に行こう」と弟子たちは説得、半ば折れる形で了承した。大会では、様々な武術の達人が秘術の限りを尽くして戦う凄まじいものとなった。勝者すら無傷でいられないような激闘の数々。そんな中、参加者の中に片腕の男がいた。蛇拳を使う武芸者だ。と、その場へ盲目の老師が出現。刃のついた鎖付き帽子を投げ、男の首を刈ってしまう。そう、空飛ぶギロチンである。この老師の出現で大会会場は大混乱となり、その目的を阻む者は次々に殺されていった。からくも所用で中座していた片腕ドラゴンを除いて…何ともすごい邦題だが、実はこれ、原題の直訳だ。原題は「One-Armed Boxer vs The Flying Guillotine」というそのままのタイトルなのである。まぁ、それだけおおらかな時代だったのだろう。主演はジミー・ウォング。監督と脚本も務めている。彼の「片腕ドラゴン」という作品の続編である。前作で倒した敵の師匠に当たる人物が、本作では敵討ちに立ち上がって来るのだ。そういった意味では前作である「片腕ドラゴン」と併せて鑑賞することを勧めたい。見所は、武術大会に登場する様々な武術者同士の激闘だ。かなり奇想天外な技を繰り出す者もいるため、うっかり画面を見逃せない。いわゆるトンデモ映画に数えられることの多い本作だが、どうしてなかなか楽しんで観ることができる作品だ。先入観に囚われることなく楽しんで欲しい。
2006/01/19

PS2ソフト「こんねこ ~keep a memory green~」をクリアした。元々はPCゲームで、PS2に移植される際にシナリオとCGが追加されている。これによって、PC版では5人だった攻略可能ヒロインが7人となっている。ただし、追加されたふたりのヒロイン(桐原実樹、立原一音)は元々サブヒロインに位置付けられていたため、他の5人(川原訪花、南野七海、桜井真奈、悠木菜子、川原瑞葉)に比べてシナリオは短めであったりする。当然このふたりは他のキャラよりCGの数も少なめとなっている。ゲームシステムは選択肢を選んでいくだけのアドベンチャーだ。クイックセーブやクイックロードが完備されているため、プレイ中のストレスも少なく、二度三度の繰り返しプレイの際も比較的快適にプレイ可能だ。フラグ立てもわかりやすい部類といえるだろう。むしろ追加されたふたりのヒロインのシナリオへの分岐がわかりにくいかもしれない。桐原実樹シナリオへの分岐は悠木菜子シナリオから、立原一音シナリオへは桜井真奈シナリオから、それぞれ分岐する。いったんそれぞれのキャラクターのシナリオに入ってからでないと分岐しないため、分岐となる部分がわかりにくいようだ。内容は基本的に学園を舞台としたドタバタ恋愛アドベンチャーであり、ところどころシリアスな展開はあるものの、概ねほんわかした気分でお気軽にプレイできること請け合いだ。個人的には、川原瑞葉シナリオが一番感情移入しやすかった。まぁ、この辺は好みだろう。
2006/01/18
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お正月のテレビ放映時に録画したものの、まだ観ていなかったので鑑賞。郊外の病院。病院の規模は小規模ながら、入院患者を収容できる病室を兼ね備えた病院である。だが、その病院は深刻な経営危機に陥っていた。建物の老朽化に対する改修工事は作業の途中で中断したままとなり、病院長は既に行方知れずとなって連絡が取れない。もちろん、給与の振り込みも滞っている。更に医薬品や備品が底をつきつつある。そんな状況だから、耐えきれなくなった看護師が次々に辞めていく。そして、それは残った者たちへの負担となっていった。人手不足で目が行き届かないのだ。やむなく外来の診療を中止したが、焼け石に水だった。もはや医者や看護婦の心身も限界に達していた。そんな中、入院患者のひとりの容態が急変する。重度の火傷を負っている患者だ。急いで対応に当たる医師たちだったが、ふとした不注意から患者を死なせてしまう。明らかな医療ミスだった。動揺し、事故の隠蔽を図る医師たち。混乱する医師たちを尻目に、急患が運び込まれてくる。手一杯な状況に受け入れを拒否したはずの急患だった。救急隊が放置して行ってしまったのだ。だが、その患者こそ、病院を更なる恐怖へと誘う要因だった…クライマックスで物語が二転三転するため、複数の解釈が可能な物語となっている。このため、どの解釈で観たかによって物語の評価も変わるようだ。後味はかなり悪い。体調のよくない時には観るのを避けた方がいいかもしれない。少なくとも病院に入院している時には観たくない映画だ。
2006/01/17

残る3人(花梨・優季・委員長)のシナリオ終了。もちろんCGもコンプリート。花梨シナリオは、例によって消化プレイなのでどうでもいい。いや、キャラクターが生理的に受けつけないタイプなのだ。優季シナリオは、先が読めなくてなかなか楽しめた。宇宙人がアリだから、妖精か何かと思っていたら、こんなオチがあるとは…ハッピーエンドも嬉しかったので高評価。好きなシナリオのトップ3に変動あり。委員長(愛佳)シナリオは、文句なく王道。というか、このラストはやはり最終プレイに持って来て正解だった。当然「To Heart 2」プレイ中、最も感動したシナリオだった。総評としては、満足した。最終的に好きなシナリオのトップ3は以下の通り。1.小牧愛佳2.向坂環3.草壁優季次点として、姫百合珊瑚・瑠璃姉妹のシナリオをあげておく。(この記事は、Blue Crescent 極東支部に書いたものを再録したものです)
2006/01/16

るーこシナリオと珊瑚・瑠璃シナリオ終了。るーこシナリオは、意表をつかれた。やる前は外国人だとばかり思っていたら、まさか宇宙人とは…前作でアンドロイドだの超能力者だのあったので当然予測すべきだったのだが、他のキャラが(性格や設定は別として)みんな常人だったので、こんな変化球で来るとは思いもしなかった。物語的にはよかったが、宇宙人は守備範囲外なので評価は保留。珊瑚・瑠璃シナリオは、ダークホースだった。コメディタッチでストーリーが進行していたので、このままほんわかしたまま終わるかと思っていたら、まさかの急展開。やられたー不覚にも涙腺を刺激されてしまった。「To Heart」のネームバリューは、伊達ではなかったということか。(この記事は、Blue Crescent 極東支部に書いたものを再録したものです)
2006/01/15

タマ姉シナリオと由真シナリオ終了。このタマ姉シナリオは、昨日のこのみシナリオと対になっているので選択。ありがちな展開ではあるが、垣間見えるタマ姉の本音に気付かない主人公をもどかしく思った。まぁ、この手のゲームにはよくあることなので、こればかりは仕方ないかもしれない。とはいえ、大変満足できるシナリオだった。選択したキャラがよかったということもあるのだが…実は、由真シナリオをやるつもりはなかった。本当なら委員長シナリオをやる予定だったのだ。だが、おそらく委員長シナリオを終えたら、もうそれで満足してしまい、それ以上プレイしなくなりそうなので、あえて委員長シナリオは最後にしようと決意。代わりに委員長シナリオとは対になる由真シナリオを選択した次第。やられたーまさか、あの一族が出てくるとは…(謎(この記事は、Blue Crescent 極東支部に書いたものを再録したものです)
2006/01/14

このみシナリオ終了。魅力的なキャラが多いため、今ひとつメインキャラのはずのこのみが魅力的に感じられない。で、感情移入できないままに消化プレイ。最近「はにはに」をやって間もないためか、どうしても比べてしまう。ゲームをやっていてストレスを感じるのだ。前にも別のゲームで書いたが、繰り返しプレイを求めるゲームは(他社の同種のゲームをよく検討して)遊ぶ人にゲーム中ストレスを感じさせない工夫をするべきであろう。繰り返しプレイを求めるゲームでありながら、その辺の配慮が足りない。特に消化プレイは苦痛以外の何物でもない。ビッグネームに甘えて手抜きしたように思えてならない。(この記事は、Blue Crescent 極東支部に書いたものを再録したものです)
2006/01/13
ものの見事にインフルエンザに罹ってしまいました(殴ここ数日間は40度近い発熱で、PCを立ち上げることもないまま寝込んでました。ようやく熱が下がってきたので、こうして報告した次第。(とはいえ、まだ微熱はあります)医師からは、あと数日の養生を指示されていたりします。まったくもって面目次第もありません。まぁ、インフルエンザは空気感染するものなので、こればっかりは仕方ないですね。あらゆる予防措置を施しても100パーセント予防することは不可能だといいますから…(何
2006/01/13
昨日は、地上波で「女王蜂」をやっていたので鑑賞。「女王蜂」といってもテレビドラマの方だ。金田一耕助は、旧知の作家・横溝正史を温泉旅行に連れ出した。ふたりが訪れたのは、修善寺にある松籟荘というホテル。大きな時計台があるこのホテルは、好事家で有名だった衣笠智仁殿下の別邸を改装したものだという。金田一と横溝は、洋館と本館を繋ぐホールの一角に、中国から渡来した楽器・月琴が飾られていることに気付く。これは、松籟荘の現在のオーナー・大道寺家が、伊豆下田の南方に位置する島・月琴島の出身であることにちなんだものらしい。その頃、世田谷に暮らす大道寺家の当主・欣造は、月琴島にある大道寺家の本家で生活を送っている義理の娘・智子を東京に呼び寄せようとしていた。するとそこに「智子を東京に呼び寄せるのは止めろ」という内容の怪しい警告状が届く。「あの娘には、慕い寄る男どもをかたっぱしから死に至らしめる運命にある。彼女は女王蜂である」警告状にはそう記されていた…あくる日、欣造は、松籟荘を訪れる。月琴島からやってくる智子を迎えるためだった。そこにやってきた智子の姿を見た金田一たちは、その美しさに目を奪われていた。智子は、家庭教師の秀子と一緒だった。その日、松籟荘で智子の誕生パーティーを開いた欣造は、そこで智子に遊佐三郎と駒井泰次郎を紹介する。ふたりは、智子の3人の婿候補のうちのふたりなのだという。もうひとりの候補、九十九龍馬は、急に来ることが出来なくなったらしい。するとそこに、多門連太郎という美貌の男が突然現れ、強引に智子に近づいた。連太郎は、智子を口説こうとするが、彼女に拒否されるとその場から立ち去ってしまう。事件が起きたのはその夜のことだった。現在は動いていない時計台の鐘が突然鳴り響いた。金田一や横溝、ホテル従業員の今井が時計台に駆けつけると、そこには、壊れた月琴を手に呆然と立ち尽くす智子の姿があり、その足元には男の死体が横たわっていた。死んでいたのは三郎だった。捜査を開始した静岡県警の橘署長と清水刑事は、三郎のポケットから、彼を時計台に呼び出す手紙を発見する。差出人は連太郎になっていた。しかし金田一は、連太郎がすでにホテルを後にしていること、そして、金田一たちが時計台に駆けつけた際にすれ違った九鬼と名乗る黒眼鏡の老人も姿を消していることに注目する。あくる朝、金田一は、橘から意外な情報を得る。ホテルから姿を消した九鬼という老人が、衣笠智仁殿下の別荘に向かったことがタクシー運転手の証言で明らかになったというのだ。金田一は、この事件に隠された謎を探るために、欣造から事情を聞く。すると欣造は、19年前に起きた出来事を話し始めた。当時、帝国大学の学生だった欣造は、友人の日下部とともに月琴島を訪れていた。その島に、源頼朝の末裔である大道寺家があると知り、夏休みを利用してそこを訪ねたのだ。そこで日下部は、大道寺家のひとり娘・琴絵に出会い、恋に落ちた。ところがそれから数ヵ月後、日下部は、琴絵が自分の子どもを身ごもったことを知り、ひとりで島に渡るが、不慮の事故で亡くなってしまう。欣造は、生まれてくる子どもを私生児にしないためにという名目で、日下部に代わって大道寺家に婿養子に入ったものの、琴絵の希望もあって、彼女とは別居生活を続けていた。が、その琴絵も、日下部の子・智子を生むと、彼女が5つの時に他界していた。そのとき琴絵は、智子が18歳になったら東京にいる欣造の下で暮らし、同じ頼朝の末裔である遊佐、駒井、九十九の三家の何れかの子息と結婚させること、という遺言を残したのだという。欣造の話を聞いた金田一は、もし智子の結婚を望まない人間がいるとしたら、駒井、九十九にも危害が及ぶ連続殺人の可能性がある、と指摘するが…(公式サイトより)かなり自由に原作を脚色しているが、時代設定は原作に近いようだ。稲垣吾郎演じる金田一耕助もさることながら、小日向文世演じる横溝正史がいい味を出している。もちろん原作の「女王蜂」には、原作者自身が登場する場面などない。このドラマオリジナルの要素だ。(ただし他の作品には、原作者自身がこのドラマの設定のように登場するものもあるらしい)事件解決のエピソードを金田一本人から取材し、それを元に次々と本を書くという設定で、登場するのである。惜しむらくは、物語中盤からあまり登場しなくなってしまい、ストーリーに絡まなくなってしまった点だ。このために、せっかく原作者を登場させた意図が不明確になってしまっている。面白い試みだけに残念に思えてならない。余談だが、小日向文世の風貌は横溝正史にまったく似ていない。これだけは、ドラマならではの御愛嬌だろう。特筆すべきは、やはりヒロイン智子を演じた栗山千明の存在感だろう。美しさもさることながら、主役の稲垣吾郎も霞むほどの存在感を出している。役者としての格の違いを感じさせるほどだ。この点だけでも観る価値のある作品だった。DVD化はまだされていない。未見の人は再放送の折を逃がさぬように…
2006/01/07
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「ヒューマン・キャッチャー」を再鑑賞した。以前レビューした「ジーパーズ・クリーパーズ」の続編というか、後日談である。そこそこハラハラするが、それほど怖くはない。とある片田舎の夕暮れ。広大なトウモロコシ畑で農作業を手伝っていた少年ビリーは、突然"かかしのような何か"に襲われて、姿を消してしまう。後に残るは、息子をさらわれた父親の悲痛な叫び。場面は変わって、試合を終えた高校のバスケット部員とチアリーダー部員たちを乗せたスクールバスが、人気のないハイウェイで謎のパンクに見舞われる。成す術もないまま、立ち往生する高校生たち。そんな中、突如仲間のひとりが断末魔の叫び声とともに姿を消した。そこは23年ごとに23日間に渡って人間を食べ続ける、おぞましき魔物"クリーパー"の飛来する土地だったのだ。訳もわからぬうちに、ひとり、またひとりと犠牲になってゆく高校生たち。はたして何人が生き残れるのだろうか…物語の冒頭に末の息子をさらわれた農夫が復讐の鬼と化して大活躍!(ぇこの展開がやたらと燃える。敵討ちとか復讐譚というのは、もっともわかりやすく感情移入しやすい題材なのかもしれない。個人的には、この作品の方が前作「ジーパーズ・クリーパーズ」より楽しめた。どーでもいいことかもしれないが、この作品のモンスターがなんとなくWWEのアンダーテイカーを彷彿とさせる気がするのは私だけだろうか?
2006/01/06
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昨日は、CSで「ディープ・ショック」を観た。ディープ・ショックといってもディープインパクト敗戦のことではない。映画のタイトルだ。ロシア国境付近の北極海を航行している、アメリカ海軍の誇る最新鋭の原子力潜水艦ジミー・カーター。彼らは、ポラリス海溝の調査に当たっていた。近年発見された、このポラリス海溝から謎の電波が発せられているためだ。艦が電波の発信源に近付こうとした時、急速に接近する物体が探知された。電磁波を発しながら接近するその物体に呼びかけるも応答はなく、振り切ろうにも振り切れない。やむなく魚雷を発射するものの、標的に達する前に爆発してしまう。やがて激しい衝撃波が艦を襲い、モニターしていた海軍基地のレーダーからブラックアウトしてしまう…その事件から72時間後、国連で行なわれた会議で、ひとりの女性学者が熱弁を振るっていた。その会議とは、地球の温暖化による北極の急激な融解に対する会議である。国連では、この問題の解決策として、人工地震を核兵器で起こすことを検討していた。先刻の女性学者は、どうやら核兵器の使用に反対しているようだ。だが、原子力潜水艦ジミー・カーターの件は、彼女には不利に働いた。なおも調査を続行すべきだとする彼女の意見に対し、調査委員会は計画の実施と彼女の解任を決めてしまったのだ。これにより国連がポラリス海溝調査のために北極海に建造した海底基地ヒュブリスは、核魚雷発射の準備に入った。反対派の兵士による抵抗もむなしく鎮圧され、カウントダウンは開始される。そして核魚雷の発射寸前となった時、ポラリス海溝の奥深くよりヒュブリスに向かう巨大な光の群れがあった……というあらすじを聞くとなかなか面白そうに思える。私もそうだった。「いわゆるモンスター・パニックものだろう」そう思ったのだ。確かにモンスター・パニックものだったが、私が想像していたモンスター・パニックものとは全く違っていた。高度な知性を持つ電気ウナギなど誰が想像し得たであろうか?とんでもない怪作だ。それでいて、特撮などは頑張っているから始末が悪い。真面目に観るべきなのか、大笑いしながら観るべきなのか、判断に迷う作品だ。
2006/01/05
新年 明けまして おめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。昨年は、後半に体調を大きく崩し、更新がグダグダとなってしまいました。基本的にブログは毎日更新が当たり前だと思っている私ですが、さすがに無理をしすぎたようです。今年は、あまりそういった点にはとらわれず、文字通りお気楽に更新していきたいと思っています。したがって、更新ペースは不定としておきます。…とはいえ、何も告知せずに何週間も休むようなことはしません。1週間以上更新できない場合は、ちゃんと告知しますので御心配なく。
2006/01/04
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