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今日は、先日無事放映の終了した「タイドライン・ブルー」を紹介しよう。この作品は、「青の6号」や「サブマリン707」などで知られる小沢さとる氏原作のアニメーション。物語のカテゴリーは近未来海洋冒険物となっており、いかにも小沢さとる氏が好きそうなシチュエーションだ。大惨事「ハンマー・オブ・エデン」によって、90%の陸地が海に飲み込まれ、60億の人口が失われた地球。水の惑星と地球がニアミスを起したことが原因で、地球の水位が上昇したらしい。その「ハンマー・オブ・エデン」から14年。人々は新らたな世界の秩序を模索し続けていた。港町ヤビツでは新国連の議会が開かれようとしていた。このヤビツに、船乗り相手のいかさま賭博で日銭を稼ぐ14歳の少年キールがいる。そんなキールだが、彼は密かにイスラという身重の少女に想いを寄せている。そのイスラと屋台で食事をしている時、突如町が攻撃された。混乱と炎が街を包む。新国連のやり方をよしとしないグールドによる攻撃だった。彼は新国連のような生ぬるいやり方では、いつまで経っても世界はひとつにまとまらないと考えていた。グールドは新国連に宣戦布告すると、戦略潜水艦「ユリシーズ」搭載のミサイルでヤビツを攻撃したのだ。一方、イスラは産気づき、キールは街からの脱出どころではなくなってしまう。とはいえ、医学の知識のないキールは、ただおろおろするばかりだった。そんなキールの前に、生き別れになっていた兄ティーンが現われる。彼はグールドの使者として、新国連に宣戦布告を告げに来た帰りだった。医学の知識を備えるティーンの活躍でイスラは無事に出産を終える。ティーンは弟のキールに襟章を渡すと、自分が脱出するための潜水艇とのランデブー・ポイントを指示するのだが…主人公キールのちゃらんぽらんぶりに呆れ返ったのが第一印象だ。決していい第一印象ではない。見ていてイライラするほどだ。が、ひとりの少年の成長を描いた物語として見たら、こういうのもアリだろう。もっとも目に見えるカタチで主人公の成長が確認できるのはラスト数話だが…(笑そういう問題はあるものの、潜水艦の戦闘を正面から描いた物語はさほど多くない。その描写にも嘘はあるものの、物語的には大変よくできている部類だ。変な巨大ロボは一切出てこない。たまには、こういった冒険譚も悪くない。テレビ放映は12話で終了したが、DVDの最終巻には未放映の13話が収録されるという。本当の意味での最終話なので、放映を見ていた人はレンタルビデオを利用しても見るべし。「タイドライン・ブルー」OP曲Blue Treasure 栗林みな実 ↓「タイドライン・ブルー」ED曲VOICE 鈴木達央 ↓
2005/09/30
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今日は、昼頃CSで「悪霊島」をやっていたので鑑賞。初見ではないはずだが、内容をすっかり忘れていたので楽しめた。ミステリーものなので、あらすじは語らないでおこう。原作は言わずとしれた横溝正史。監督を務めるは篠田正浩。「梟の城」の監督だ。原作の持つおどろおどろしい雰囲気を見事に再現している。特に人間の腕を咥えた野良犬を人々が追いかけるシーンは出色の出来だ。ビートルズのナンバーが作品を彩るのもまた異色。探偵・金田一耕助を演じるは鹿賀丈史。金田一耕助に扮した役者は数あれど、アフロヘアの金田一耕助はこの人だけ。これが不評だったのか、鹿賀丈史が金田一耕助を演じるのは、この「悪霊島」1作に留まっている。アフロヘアはともかく、演技はなかなか渋い。もう何本か鹿賀丈史演じる金田一を見てみたい気もする。余談だが「八つ墓村」で金田一耕助を演じた渥美清も、金田一を演じたのは1作に留まっている。もっとも、当時は金田一耕助といえば、銀幕では石坂浩二、テレビでは古谷一行というのが定番だったため、どうしてもそれらと比べられてしまう傾向にあった。そういう状況の中で、金田一耕助役を引き受けた鹿賀丈史の役者魂を高く評価してもよいのではないだろうか。クライマックスの展開は、たたみかけるような急展開を見せるものの、総じて楽しんで見れる作品にまとまっているように感じた。DVDの購入は こちらから ↓
2005/09/29
私と家庭用ゲーム機との最初の関わりは、おそらく友人宅にあった「テレビテニス」だ。もちろん、まだファミコンが世に出る遥か前である。時期的には、ブロック崩しがゲームセンターに登場する少し前だったように記憶している。当時としては、最先端だったのかもしれないが、それは決しい欲しいと思わせるほど心動かされるものではなかった。やがて世間をインベーダーゲームの流行が襲う。だが、これにもハマらない。付き合い程度には遊んだが、小遣いを注ぎ込んで遊ぶには至らなかった。その後、アーケードゲームは、ギャラクシアンや平安京エイリアン、パックマンなど多岐に渡って次々と新しいものが登場してくるが、それらもハマるには至らない。そうこうしているうちに世間にはファミコンが登場する。しかし、これも当初は興味がなかった。というのも、出始めた頃のファミコンソフトは、画面はチープだし、音もしょぼい。発売されるタイトルは、アクションゲームとスポーツゲームがメインだったこともあり、私の眼には魅力的に映らなかったのだ。しかも、ファミコン自体のデザインもかなり玩具めいていて、お世辞にも欲しいと思うような代物ではなかった。だから、友人が「ファミコンを買った」などと言って騒いでる隣で「ばっかじゃねぇの」と冷ややかな視線を送っていたりしたものだ。ましてや、まだまだ家庭用のコンピューターが高嶺の花という時代だったから、ゲームしかできないのに同じ「コンピューター」というタームを使っていること自体おこがましいと感じてもいたのである。そんなある日のことだ。私が師と仰ぐО氏の所へ遊びに行った時、何とファミコンがあったのだ。О氏の所には、当時まだあまり普及していない家庭用のコンピューターがあった。遊びに行くと、そのコンピューターでゲームを遊ばせてもらうことがあった。コンピューターでゲームをしていたО氏がファミコンでゲームをするようになってしまった!ファミコンを見下していた私は、何やらО氏が堕落したように感じられて、大きな衝撃を受けた。そんな私の心中を見透かしたのか、О氏は私にファミコンのゴルフゲームをやらせた。結果は言うまでもなく惨敗。むろん最下位だ。О氏の真意を理解できなかった当時の私は、二度とファミコンはするまいと固く誓うのであった…それから数年後、私は奇しくもゲームセンターで働くことになった。ゲームセンターと言っても、2/3はメダルゲームで、アーケードゲームは1/3、もちろん家庭用ゲーム機との接点などあるはずもない。だが、その考えは誤りだった。アーケードゲームと家庭用ゲーム機を結ぶサイクルが存在していることを忘れていたのだ。アーケードゲームで人気のあったタイトルは、家庭用のゲーム機へ移植される。家庭用ゲーム機で人気のあるタイトルは、アーケードゲーム用に続編が作られる。そして、それに人気があれば再び移植される…といったサイクルが存在していたのだ。このサイクルは、そのシリーズに人気がなくなるまで繰り返される。つまりは、家庭用ゲーム機での人気のあるタイトルを把握し、どんなソフトが次に来るかを感じ取るアンテナが求められたのだ。もちろん、一介の従業員であった頃には、そこまで求められることはなかった。それゆえに見落としていたポイントでもあったのだ。長く働くにつれて、上からどんなタイトルを入れるか意見を求められるようになった。このこととも無関係ではない。もはや「私はゲームを全然やりませんから」では通らなくなっていたのだ。少なくとも、この職場で働く限りは、そんなことを言える雰囲気ではなかった…かくして私は家庭用ゲーム機の購入に踏み切ることになった。この時になって、家庭用ゲーム機に種類があることを知る。ファミコンに抵抗のあった私は、迷うことなくPCエンジンを選ぶ。言うまでもなく、初代のPCエンジンである。同時にCD-RОMや(本体とCD-RОMを繋ぐ)インターフェースも同時購入した。何よりもデザインを気に入ったことが最大の理由だ。変にごてごてしたデコレーションもなく、置き場所を悩むような特異な形状もしていない。本体とCD-RОMがインターフェースを兼ねたケースに収まり、見た目も格好いいというのは大きい。しかもソフトは、Huカードと呼ばれるカード状のものとCD-RОMの2種類。こういった部分も合理的に感じられた。この点もPCエンジンを選んだ理由だ。ソフトは何があるのか、まだよくわからないため、とりあえず当時アーケードゲームで好きだった「ヴォルフィード」とパッケージだけで選んだ「パズニック」の2本を購入。こうして家庭用ゲーム機の世界に足を踏み入れたのだった…それからは、落ちるように早かった。ソフトなどの知識を得るために、ゲーム関係の雑誌を購入する。そうすると、他のゲーム機の知識まで入ってくる。その中にやりたいゲームがある。やりたいゲームをプレイするためには、そのハードを入手する必要がある。ファミコンを購入するのは遠くなかった。それこそ何ヶ月もしないうちにソフトの増殖が始まる。ファミコンはスタートが遅かったことも手伝って、いわゆる名作と呼ばれるものは数えるぐらいしかやっていない。むしろ天邪鬼なところがあることから、誰も見向きもしないようなソフトからおもしろいものを発掘するような傾向があった。多くの人の手垢にまみれたソフトを敬遠していたといった方がいいかもしれない。この時になって初めて私にファミコンのゲームをやらせたО氏の真意に気付いたのだ。たまたまО氏にやらされたのがゴルフゲームであったために、その真意に気付けなかったのだ。あの時、О氏にやらされたのが、アドベンチャーゲームかシミュレーションゲームだったら、もっと早くその真意に気付いていたと思う。まぁ、人生とはそんなものだ。やがて、ゲームボーイを購入。スーパーファミコンも発売日にゲットし、3DOやプレイディアを経て、プレステ、サターンと購入し、プレステ2に至る今がある訳だが、それは別の機会に語ろう。そうそう、家庭用ゲーム機と出会えたことを私は良かったと思っている。少なからず心を豊かにしてくれていることは間違いのない事実だ。心を豊かにする手段は、絵画を鑑賞したり、本を読むことだけではない。ゲームというカタチで物語を楽しむことや、パズルゲームで脳を活性化することも十二分に心を豊かにする方法だ。ゲームした時間を無駄と考えている哀しい人たちは、もう一度自分自身の心に問うといい。それが本当に無駄であったのかどうかを。否。それは、決して無駄ではなかったはずだ。自ら求めて行なった行動を無駄と断じたら、それは自己否定でしかないということを深く心留め置くべきだろう。
2005/09/28
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昭和29年のゴジラ襲来から49年の1999年。2匹目のゴジラが日本に上陸する。折りしも日本に接近する台風の中。迎撃するは、対特殊生物自衛隊(通称・特生自衛隊)だ。主戦力をメーサー殺獣光線に置く特生自衛隊だったが、台風による雨のためにその威力を充分に発揮できない。そんな中“メーサー砲"オペレーターのひとり家城茜三尉は戦闘中、自らのミスで上官を死なせてしまう。結局、ゴジラには一矢を報いることなく、多大な被害を受けたまま、特生自衛隊は敗退した。後日、査問会が開かれ、家城茜は資料課への転属を言い渡される。一方、政府は湯原教授ら各分野における最高頭脳を結集、49年前に“オキシジェン・デストロイヤー"によって殲滅したゴジラの骨をベースとした生体ロボット兵器“機龍"の開発に着手する。それから4年後の2003年、遂に“機龍"が完成。家城茜は、機龍隊へ配属される。オペレーターとして抜擢されたのだ。ところがその披露式典の最中、再びゴジラが上陸。早速、機龍には出動命令が下る。戦闘は圧倒的な火力の前に機龍有利に展開する。いよいよゴジラへとどめという時になって、ゴジラの咆哮が思わぬ事態を引き起こす。機龍の一切のコントロールが受けつけなくなってしまったのだ。これは、ゴジラの咆哮がDNAコンピュータに使用されたゴジラのDNAに干渉した結果だっだ。その間にゴジラは逃走。機龍は暴走を始めてしまう。あたかもゴジラが乗り移ったように…何かとメカゴジラと主演の釈由美子に目が行ってしまいがちな本作だが、他へ目を向けると実に丁寧な仕事をしていることに気づく。例えば劇中で「対モスラ戦でロリシカ共和国から供与を受けた原子熱線砲をベースに開発を進め、対ガイラ戦でメーサー砲として結実した」と語られるメーサー砲開発にまつわるくだり。そう、この作品では少なくとも「モスラ」と「サンダ対ガイラ」はあったことになっているのだ。すべてのシリーズがあったことになっている昭和ゴジラに対して、「ゴジラ」以外の作品はなかったことにされることが多い平成ゴジラ、とりわけ「ゴジラ2000」以降の新世紀ゴジラでは稀有な例かもしれない。ある意味、ファンサービスの一種だろう。だが、単なるファンサービスに終わらせずに、特生自衛隊の主武装メーサー砲開発をも併せて説明させてしまっている辺りにセンスを感じる。物語後半、出動した機龍が空中投下され、満月をバックにして降下するシーンはシリーズ屈指の名場面だ。これは鳥肌が立つくらい格好いい。こんな部分もしっかり堪能して欲しい。
2005/09/27
今宵紹介するは、私の最も好きな映画のひとつでもある「ワイルド・ギース」だ。原題の「WILD GEESE」とは、雁の群れ(※)を意味する。なんびとにもとらわれない、自由で誇り高き漢たちを形容した言葉である。なんと素晴らしいタイトルであろう。アフリカ某国でクーデターが発生。革命派によって自由主義指導者の大統領は軟禁、外国資本は凍結された。その国に資産を有する、ある企業家は自らの利権を守るために、軟禁されている大統領の奪回を傭兵に依頼する。かくして、たった50人の傭兵部隊が一国を相手に戦争を仕掛けるのだ。途中までは作戦も順調に進む。が、脱出寸前に革命派と企業家の間で裏取引が成立してしまう。当然、用無しになった大統領と傭兵たちは見捨てられる。そして敵陣に取り残された彼らの脱出行が始まった…どこかで似たようなストーリーを見たことはあるまいか?そう「ランボー2/怒りの脱出」である。実はこの映画を見てえらく感動したシルベスター・スタローンが、この作品のプロットを模倣したのだ。確かに模倣したくなる作品だ。それぐらい素晴らしいのだ。後年タイトルを引き継いだ名ばかりの続編「ワイルド・ギース2」が映画化されるも遠く及ばなかったのは言うまでもない。だが、残念なことに国内ではDVDがまだ発売されていない。「ワイルド・ギース2」はDVD化されているというのに…ビデオ化はされているので、レンタルビデオなどを利用してぜひ見て欲しい。特にリチャード・ハリス演じるレイファー・ヤンダース大尉が出色の生き様を見せてくれる。彼の最期に涙しない奴は人間以下だ。そう言いたくなるぐらいに漢泣き必至の映画である。漢なら絶対観ておくべきであろう。(※)雁の単数形は「WILD GOOSE」
2005/09/26
石油の値上がりが激しい。これが日本経済に深刻な影響を与え始めている。…などと書くと「難しい話をするのでは」と敬遠してしまう人もいるかもしれない。しかし、私は経済の専門家ではないので難しい話はしたくてもできないから安心して欲しい。車に乗っている人はガソリン代の値上げなどで、より身近に感じていることだろう。だが、石油の値上がりの影響は、それだけではない。身の回りを見まわすと、私たちの周りには石油化学製品ばかりだ。ペットボトルは言うに及ばず、レジ袋やお惣菜の容器に至るまで全部そうだ。CDやDVD、ビデオテープなどもそうだし、家電製品の大半も石油化学製品を使っている。化粧品の容器がガラスだからと言って安心してはいけない。その容器の蓋は、プラスティック…石油化学製品ではないだろうか?一見、石油化学製品とは無関係に見える商品も実は石油なしでは成り立たない。例えば紙パックの牛乳。石油化学製品なんて使っていないと思われるだろう。ところがパックのパッケージの印刷に使われるインク、これは石油化学製品なのだ。紙パックに限らず、印刷してあるものは、少なからず石油化学製品を使っているのである。これらがすべて石油の値上がりの影響を受けるのだ。石油化学製品の原料の原価は、既に4割近い値上げをしているという。今までは、かろうじて企業側の努力で吸収してきたが、限界に達しつつあるそうだ。これが何を意味するか、おわかりだろうか?小売り価格に上乗せされると言うことを意味するのだ。もちろん消費者離れを警戒して、あからさまに値上げしないメーカーもある。最近、いつも買っている製品の中身が少なくなったと感じないだろうか?これは原価の上がった分を価格に反映しないために、内容量を減らすことで価格を据置しているケースだ。こういった目に見えにくいところで既に石油値上がりの影響は出てきている。これは安価に再プレスが可能なはずだったCDが初回生産のみで再プレスされないことと無関係ではない。再生産が不透明なものは買い逃がさないようにしないと、ネットオークションなどで高い価格で手に入れる羽目になる可能性も生じてくる訳だ。かつてのオイルショックのようなことはないだろう。だが、安価で手に入った品物がとんでもない値段で売り買いするようにならないとは誰も保証できないのだ。やはり備蓄のきく消耗品は、目に見えるカタチで値上げされる前に購入しておくといいのかもしれない…
2005/09/25
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本日は、まだ金星が夢のある存在だった時代の映画をお送りしよう。金星の軌道上に浮かぶ3隻の宇宙船シリウス、ヴェガ、カペラ。ソビエト連邦の宇宙探査ロケットだ。…と、突然、巨大隕石がカペラを直撃する。もちろん、カペラは大破して爆発四散。救助船が来るまでには4ヵ月もかかるため、本来は3機で行なう予定だった金星探査をやむなく2機で強行することになる。シリウスとヴェガからそれぞれ着陸船が分離、金星への着陸を試みる。母船が無人になると帰れなくなるため、ヴェガに情報処理担当の女性隊員マーシャを残すのだが…1961年に製作されたソ連(ロシア)映画である。作る側は大真面目に製作しているものの、今の目で見るとツッコミどころ満載の作品と化してしまっている。本来は、前人未到の金星探検を描いた特撮スペクタクルなのだが…お約束のロボットはもちろん、食肉植物や恐竜も登場、サービス満点な冒険譚だ。初見は幼少の頃に放映されたテレビでだった。かなりカットされていたものの、特撮がしっかりしていたこともあって楽しめた記憶がある。何よりも印象的なのはロボットのジョンだ。アメリカ製のロボットで性能は優秀なのだが、敬語でないと命令を受けつけないという欠点を持つ。この欠点がドラマに緊迫感を生んだりする場面もある。なかなか格好のいいロボットだが、防水仕様ではないらしい。こういった部分に注目しながら楽しむのもお勧めだ。少年の心で楽しむのよし、ツッコミながら腹を抱えて笑うのもよし。
2005/09/24
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例によってタイトルにだまされて劇場まで足を運ばなかった映画。当然、後日ビデオで見た後に激しく後悔したのは言うまでもない。あぁ、劇場で見ればよかった…まず予告を見る限り、荒唐無稽な秘密兵器が登場しており、逆に興ざめを加速。子供向けのB級映画を大作っぽく宣伝してる、そう認識してしまったのだ。まったくもって面目ない。そういった先入観は全て捨てて見て欲しい。私が劇場で見なかったのを激しく後悔したのがおわかりいただけると思う。物語は極めて単純明快だ。元スパイの夫婦が世界制覇を企む一味にさらわれ、その子供たちが助けに行くという、ただそれだけの物語なのだ。あらすじに関しては、その程度しか語りようがない。いや、だからこそ楽しめるのだ。単純明快でわかりやすいからこそ、物語を追うだけでなく、画面の隅々まで楽しむ余裕が生まれるのである。何より楽しいのが小道具の類いだ。先刻、荒唐無稽と言ったが、物語を通して見る限り、決して荒唐無稽には見えなかった。物語の世界観がわかって来るにつれて不思議と荒唐無稽に感じなくなるのだ。むしろ思わずにやりとさせられること請け合い。もちろん、その使い方もよく考えられている。また家族の絆もしっかりと描かれており、ホロリとさせられる場面も十二分に用意されてる。見終わって、ほんとによかったと思える作品である。心が汚れてしまったと自認する人は、是非この作品を見て心を洗濯してもらいたい。
2005/09/23
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例によってCSでやっていたのを視聴。下ネタ系のお下劣コメディかと思い込んでいた自分が恥ずかしくなるぐらい感動的なコメディだった。何の取り得もない小太りな小学生パトリック・スマッシュ。しかし、彼には大きな悩みがあった。それは、オナラが異常なほどたくさん出てしまうこと。そのせいで、彼の父は家を出てしまい、母や姉もパトリックを毛嫌いしていた。学校でも当然のようにイジメの対象となり、生徒ばかりか教員からも目の仇にされる始末。そんなパトリックにもたった一人だけ味方がいた。同じクラスの自称天才発明家アラン・アレンだ。彼は、生まれつき鼻が利かないのでオナラの臭いも問題なかったのだ。アランは、親友パトリックのためにガスが外に漏れない特殊なズボン“サンダーパンツ”を発明する。これは、臭いを周囲に漏らさずにランチボックス型のタンクにガスをためるというもの。大成功と思われたが、いじめっ子デントンがランチボックスと間違えて開けてしまう。逆上したデントンに“サンダーパンツ”は壊され、人生最良の日は一転して人生最悪の日と化す。一方、アランは人力飛行コンテストの発明に行き詰まっていた。だが、パトリックと話していて解決策が浮かぶ。それは、パトリックのオナラを推進力に変換する“サンダーパンツ2号”だった。彼らは見事、人力飛行コンテストに優勝するのだが…タイトルの“パンツ”は言うまでもなく、ズボンとしてのパンツだ。ただ日本では長い間、パンツが下着を指す言葉だったために今ひとついい印象を与える言葉ではない。そのため、少し かなりタイトルで損をしている作品といえるだろう。コメディながら、ふたりの少年の友情がしっかりと描かれている点は高く評価したい。余談だが、劇中に登場するアメリカの航空宇宙局は、実はNASAではない。劇中のどこにもNASAの名称は登場しない。USSCとなっているのだ。これは、アメリカ大豆協会の略称と同じだ。日本人にはわかりにくいが、この辺もわざと狙ってやっているようだ。
2005/09/22

今日は「仮面ライダーSPIRITS」を紹介しよう。今最も熱いコミックスのひとつだ。物語の発端は、ニューヨークから始まる。かつて日本でライダーと共に活躍したFBI捜査官・滝和也は、のんびりと毎日を過ごしていた。せっかく組織犯罪撲滅のためにインターポールに出向させたというのに、その報告書には「仮面ライダー」なる存在の関与がしたためられていた。彼の報告書を認めれば、組織のメンツが丸つぶれとなってしまう。そんなつまらない理由で、閑職に追いやられたのだ。だが、そんな境遇にめげることなく、それなりに楽しんでいるのは彼の人柄かもしれない。そんなある日、失踪する人が急増し始める。滝の知り合いの少年も失踪してしまう。事件を追う滝は、事件の裏に暗躍する改造人間へ辿りつく。善戦虚しくピンチに陥る滝。その彼を救った人物こそ、仮面ライダー1号だった…こんな感じで歴代ライダーのその後の活躍を描きながら物語は進む。やがて、その背後には共通の敵の存在が明らかになる。わくわくする展開ではないか。少なくとも仮面ライダー世代の魂には訴えてくるはずだ。当初ミッシングリングを埋めるカタチで描き出された物語は、ゼクロスの物語に結実して、尚もスケールを拡大しつつある。巻数は8巻を数え、第3部へと突入した。だが、終着点はまだ見えない。村枝賢一氏が思い入れたっぷりに描き出すライダー・ワールド、そこにはきっと私たちの見たかった物語がある。本日発売の第8巻 ↓
2005/09/21
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例によってCSで「ドラゴン危機一発」をやっていたので鑑賞。あまりにも有名な作品なのであらすじを説明するのは蛇足だろう。…と思ったが、この作品を知らない若い人のために少しだけ説明しよう。田舎の農村に住むチェンは、大雨による洪水のために農作物へ大きな被害を受けてしまう。彼は都会で働く従弟のシュウを頼って上京する決心を固め、町の製氷工場で働くことになった。チェンは武術に長けており、喧嘩においては並ぶ者がいないほどであることから、街での喧嘩を禁じられていた。ある日、ふとした手元の狂いで氷をレールから落として割ってしまう。たまたま氷の中から飛び出したものを目撃した工員のチンとウォンの二人は、行方不明になる。これを不審に思ったシュウは、製氷工場の社長マイの元を訪ねるが、その彼も行方不明になってしまう。工員たちはマイ一味を疑い始め、情報を要求してストライキに入った。双方の主張は平行線を辿り、ついには乱闘に発展してしまう。シュウの捜索願を警察へ出しに行こうと決心するチェン。事態を重く見た工場長は、チェンを現場監督に抜擢すると、彼を酒の席に招いた。飲みつけない酒に酔いつぶれたチェンが、翌朝、眼を覚ましたのは売春宿の女のベッドの中だった。結局、警察へ行かなかったチェンを仲間達は工場長に懐柔されたのだと判断する。そんな中、チェンは社長のマイの元を訪ねて、シュウの捜索を依頼するのだが…はっきり言ってストーリーはゆるい。そして必要以上に大勢の人が死ぬ。子供も容赦なく殺される。…と色々ダメ出ししたくなる部分も多い。主演のブルース・リーのアクションだけで見せいてると言われても仕方がない作品だ。だが、このアクションが素晴らしいのだ。実はこの作品、ブルース・リーの主演第1作だという。まだ若々しいブルース・リーの躍動感に溢れる肉体が織り成す珠玉のアクションを堪能して欲しい。DVDの購入はこちらから ↓
2005/09/20
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比較的最近、三才ブックスから「放送禁止映像大全」という単行本が発売された。この本は、諸般の事情で放送禁止となった映像を広く浅く紹介したものだ。これはこれで大変興味深く読んだのだが、今回紹介する「封印作品の謎」はそれとは違った切り口で狭く深く紹介したものとなっている。前者がカタログなら、後者は取り扱い説明書に例えることができよう。この「封印作品の謎」で取り上げる作品は、わずか5作品だ。・テレビドラマ「ウルトラセブン」12話・テレビドラマ「怪奇大作戦」24話・映画「ノストラダムスの大予言」・マンガ「ブラック・ジャック」41話&58話・ゲームソフト「O-157ゲーム」この本では、かつて封印されてしまった作品がどういった経緯で封印されるに至ったかを解き明かしていくことが主題となっている。当然、その検証は緻密を極め、様々な関係者から可能な限りの話を聞き出していく。これによって少しずつではあるが、そうなるに至った事情を浮き彫りにしていくのである。いわゆる聞き書きを集めながら、筆者の主張を織り込んでいく構成だ。しっかりとした筆者の主張がされているために、散漫にならずまとまっている。もちろん、当時のことを語りたがらない関係者や取材に対して間接的な圧力をかけてくる団体なんかもあったりする訳で、その辺の事情も洗いざらい暴露してしまっている点も見逃せない。キャラクターの版元であることを逆手に関係ライターへ圧力をかけてくる某プロダクションの姿には大いに幻滅するだろう。そこには創始者の理念のカケラもない。こういった裏事情も余すことなく書かれている。圧力に屈することなく、この本を上梓した作者と本にした出版社を高く評価すると共に応援したい。
2005/09/19
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「千年王国三銃士ヴァニーナイツ」というテレビドラマを覚えている人はいるだろうか?1999年4月から9月にかけて毎週金曜日の深夜2時からテレビ朝日系列で放映されていたドラマだ。主人公は、藤田和幸というさえない青年。ネットゲームにはまっている引きこもり予備軍だ。その和幸の元へある日ひとりのメイドが押しかけてくる。彼女は言う、彼こそが1000年前の「聖戦」で人類を救った英雄アレスト・ホルンの生まれ変わりだと。こんなとんでもない出だしに激しいバトルを想像できるだろうか?そう、戦闘場面以外コメディなのだ。ところが物語は中盤を越えた辺りから一変する。主人公の妹が戦闘に巻き込まれて殺されてしまうのをかわきりに、一気に戦闘は激化の一途を辿る。登場人物の表情からは明るさが消え、どんよりとした暗い雰囲気が漂い始めるのだ。そしてクライマックスのバトルでは、ひとりまたひとりと仲間が倒れていき…とまぁ、前半からは考えられないくらいシリアスな展開を見せる。ただ残念なことに20話で構成されているために、どうしても終盤の展開が駆け足だ。そのためにいささか難解な表現となっていることも否めない。だが、そんな欠点も補って余りある内容だ。機会があれば、ぜひ観て欲しい。DVDは既に生産は終了し、店頭在庫のみとなっている。余談だが、このドラマの3話・4話・7話・8話・16話・17話の合計6話を演出した監督は、私の学生時代の友人だったりする。何気に観ていて監督のところに名前を見つけた時には驚いたものだ。まさか知り合いが演出しているとは思いもよらなかった。世間は広いようで狭いものだと実感した。
2005/09/18
悲しいニュースが また一つ街に流れそして人は憎み合い 心探り合う憧れ両手に 抱えた君はやがて崩れた夢に立ちつくす自分を見るだろう(高見沢俊彦「ラジカルティーンエイジャー」より)私が大好きな曲の一節だ。そう、今日もまた哀しいニュースが流れた。たぶん明日もまた流れるのだろう。どうして人はこんなにも愚かなのだろう。学習することを知らないのだろうか?否。そんなはずはない。遅々たる歩みだが、前へ進んでいるはずだ。少なくとも今はそう信じていたい。願わくば、この想いが裏切られることがないように…
2005/09/18

去り行く夏に青春を重ねて、今日はこのソフトを送ろう…このソフトを知ったのは、ある新聞記事からだった。当時は、およそゲームソフトを取り上げそうもない紙面の片隅にこのソフトを勧める記事があったのだ。しかもその記事の内容は、かなり面白いと誉めていた。完全に眼中になかったソフトだった。予備知識もほとんどない。あるのは記事に書かれていた僅かな情報だけだ。この記事を目にしてからは、気になって仕方ない。結局、一週間もしないうちに購入してしまった。結果は言うまでもなく、正解だ。買ってよかったと思った。寝食を惜しんで没頭した。その甲斐あって、あっという間にクリアしてしまった。物語は、1枚のハガキから始まる。プレイヤーである主人公の元へ中学時代の知人からハガキが届くのだ。だが、そのハガキの文字はどう見ても自分自身の書いた文字だった。しかし、そのハガキを書いた記憶はない。それどころか8年前の記憶がそっくりないことに気付く。そこで手紙にある通り、当時住んでいた白ヶ浜に向かうことにする。もちろん、その記憶探しをするためだ。白ヶ浜に着くと、当時の仲間が勢揃いしていた。白中探検部(STB)の部員達だ。ここで驚愕の事実が判明する。なんとその部員全員の8年前の記憶がないのだ。しかも全員がこの故郷の地を離れていた。なぜみんな8年前の記憶がないのか?なぜ揃って8年前の夏に町を出なければならなかったのか?深まる謎。かくして白中探検部の面々は、失われた記憶を求めて活動再開することになるのだが…ゲームのジャンルは、アドベンチャーゲームだ。といっても誰かが殺されたりするような推理ものではない。物語自体が謎解きだが、物語を楽しむタイプのアドベンチャーなので、特別難しいと言うことはない。要所要所で選択肢が出る。この選択によって若干展開が変わったりする。もちろん、わざと変な選択肢を選ぶとゲームオーバーになる。この辺は、ごくありふれたアドベンチャーゲームだ。変に奇をてらってない分、安心して楽しめる作りとなっている。イベントの大半は、ムービーが挿入されることで、話の展開に集中できるように配慮されている。「大切な場面でコントローラーの操作を要求されて肝心の物語がよくわからない」ということがないため、ストレスを感じることもない。こういう部分は、もっと高く評価されてもよいと思う。このまま存在を忘れ去られるには惜しいソフトだ。
2005/09/17
本日は何の気なしにCSを観ていたら放映された「アーマゲドン」を紹介しよう。断っておくが「アルマゲドン」ではない「アーマゲドン」だ。西暦2019年、地球は“ガリレオの子”と呼ばれる小惑星との衝突の危機に直面していた。軍は安直に核ミサイルで破壊する作戦を立てているが、それでは大量の隕石が地球に降り注いで大惨事になることは避けられない。次善策として、ある女性科学者が「小惑星にトンネルを3本掘り、惑星の中心部で爆弾を爆発させ、反動で軌道を変える」という案を提出する。軍は「核ミサイルを発射するまでの間に小惑星の軌道変更を成し遂げること」を条件にその作戦を許可し、鉱物資源採掘会社の協力のもと、鉱夫を派遣することになった。タイムリミットは6ヶ月。かくして作業チームは“ガリレオの子”へ派遣されるのだが…一見すると「アルマゲドン」の二番煎じに思える設定だ。だが、それも巻頭の出だしのみ。ドリルで小惑星内部へ掘り進めるうちにドリルの歯が立たない壁にぶち当たってしまう。その岩盤を爆破するとぽっかりと空間が顔を出した。どうやら金属製の室のようだ。そこには、異星人の骨と装甲板を持つ生物の化石があった。だが、その生物の化石は生きていて…とまぁ、こんな具合にエイリアンのようなサバイバルが展開されるのだ。そう、この映画のメインは、この怪物との闘いだ。しかも小惑星の爆破というタイムリミット付きのサバイバルである。「24 -TWENTY FOUR-」のジョージ・メイソン役で知られるザンダー・バークレイが、鉱夫たちの監督役で出ている。やはり少し悪党の役だ。この辺も見逃さないように。間違っても「アルマゲドン」の記事からトラックバックしないように。これだけ言っても「アルマゲドン」の記事からトラックバックするような恥ずかしいサイトは、笑いものになるので御注意を。
2005/09/16

本日は、第2次大戦を舞台にドイツ軍潜水艦の乗組員たちの行動を描く戦争人間ドラマの傑作「U・ボート」を紹介しよう。舞台は1941年。ナチス占領下のフランスはラ・ロシェルの港。そこの酒場で、出港前の夜を楽しむU・ボート乗組員の姿があった。乗組員の平均年齢は20代前半がほとんど、艦長でさえ30歳という若さだ。賑わうドイツ兵たちの中では、ひときわ目立つ若さだった。翌早朝U・ボートは予定通り出港した。従軍記者を含めて乗組員は総勢43人。艦長は、記者への取材協力も兼ねて潜航テストを命じる。経験の浅そうな若い乗員ばかりだが、難なく限界深度までの潜航を成功させる。従軍記者は興奮覚めやらぬまま、乗組員たちの話に耳を傾けるのだった。そんな日々が数日続いたある日、遂に攻撃命令が下る。物資を運ぶ敵の輸送船団への攻撃だ。艦内には一転して緊迫した空気が流れる。はたして彼らは無事任務を遂行できるのか?そして生きて再び母港の地を踏めるのだろうか?こんな感じの話運びで淡々と描かれるU・ボートの日常。閉所恐怖症の人には耐えられないであろう、重苦しい閉塞感を感じ取れる映画だ。いい意味で漢泣きできる映画でもある。逆に言うとカップルで観る映画ではない。「戦場のピアニスト」を内容も知らずにタイトルだけで選んで観に行ってしまったカップルの気まずさに通じるものがある。余談だが、この作品の劇場公開当時の地方併映は「死霊伝説」だった。このすごい組み合わせの上映に臆することなく(というよりも深く考えずに)カップルで観に行った。大変気まずかったのは言うまでもない…
2005/09/15
年に1、2度ほどユニセフから募金のDMが送られてくる。その活動内容や啓蒙運動は大変素晴らしいと思う。だが、このDMはいただけない。善意で募金しようと思っている人のところへいきなり送られてきたとする。このDMを見て、人は「渡りに船」とばかりに募金するだろうか?多くの人は、募金される側から集金に来られたみたいで、あまりいい印象は受けないと思う。募金とは善意からしてもらうものだ。「ここへ入金してください」みたいな手紙を受け取って「はい、そうですか」と募金するものではない。もちろん、啓蒙運動は必要だろう。だが、その方法は他にもあるはずだ。DMのような不確かで印象を悪くする手段を選ばずとも効果的に啓蒙できる手段はいくらでもある。DMにかかる費用を考えたら、別の手段の方が安上がりと言うこともありうる。なぜ、それに気付かないのだ。ユニセフの職員は、そこまで無能なのか?否。そんなはずはあるまい。いや、そんなことはないと信じたい。おそらくは一握りの頭の悪い人間の判断だろう。安易にDMをばら撒けば、募金するとでも考えたのではあるまいか。現実はそんなに甘くはない。むしろ、それによって本来なら募金したかもしれない人たちに不快感を与えてしまっているのだ。DMにかかっている費用が何から捻出されているのか、よく考えて欲しい。善意を得るために善意を踏みにじったら本末転倒であるということを。少なくとも、こんな不快なDMを送ってくるようなところには募金しない。
2005/09/14
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今日は、ゴジラ映画9作目にして今なお高い人気を誇る「怪獣総進撃」を紹介しよう。物語は20世紀末。人類は小笠原諸島の孤島のひとつに怪獣ランドを設立、世界中の脅威だった怪獣たち集め、各怪獣に合わせた生態システムを設けて平和裏に監視・研究していた。しかし、ある日突然、その怪獣ランドが謎の霧に包まれてしまう。直後、世界の主要都市に怪獣たちが現れて暴れ始めた。この非常事態に対処すべく原因究明の命令を受けたのは、国連が装備する最新鋭宇宙艇ムーンライトSY-3であった。早速調査に当たると、怪獣ランドの職員たちによって怪獣がリモートコントロールされている事実に気付く。更に、その背後には地球侵略を企むキラアク星人の存在が明らかになるのだが…そう「ゴジラ FINAL WARS」の元ネタとなった作品だ。この作品に登場するムーンライトSY-3を轟天に置き換えれば、納得できよう。このムーンライトSY-3が格好いいのだ。秀逸なデザインもさることながら、物語の中での活躍のさせ方が上手いのである。この手の映画にありがちな、美味しいところだけ怪獣に持って行かれてしまうということがないのだ。要所要所でムーンライトSY-3が活躍することで見事にドラマパートと特撮パートが結びついている。この作品に登場する怪獣は、ゴジラ、ミニラ、ラドン、モスラ(幼虫)、アンギラス、バラン、バラゴン、ゴロザウルス、マンダ、クモンガ、キングギドラの11体。これらの怪獣を同一画面に登場させるため、怪獣の設定身長は一切無視されている。ゴジラの半分ぐらいしかないはずのバラゴンの背の高さが、ゴジラと大差ないのだ。この辺りがマニアに不評を買うポイントらしい。だが、はなからそんな設定など知らない人間には気にもならないだろう。映画として楽しめれば、何ら問題はない。そんな些細なことは、どうでもよいのだ。余談だが、この作品は後に15分ほど短縮されて「ゴジラ電撃大作戦」と改題。東宝チャンピオン祭りでリバイバル上映されている。
2005/09/13

80年代の映画を語る時、忘れてはならない作品がある。他のどんな作品も忘れても構わない。だが、この作品だけは忘れるな。それが「ブルース・ブラザース」だ。ひとりの男が刑務所を出所する。黒のスーツに黒い帽子とサングラス、少々小太りのその男の名はジェイク。左手の指一本一本に一文字ずつJAKEの文字を入れ墨している。そして、彼を迎えに来た同じような服装の男がエルウッド。孤児院でジェイクの弟のように共に暮らしてきた男だ。ジェイク同様、指に入れ墨しているのだが、ELWOODの文字が左手の指だけでは収まりきらず、右手の指にまでしている。ふたりは、ジェイクが出所したことを報告するため、自分達が育った孤児院を訪ねる。そこで、自分たちを育ててくれた大恩あるシスターから、ふたりは「孤児院が財政難から税金が払えずに差し押さえされそうな状況にあること」を知った。孤児院を後にしたふたりは、途中立ち寄った教会で神の啓示を受ける。「私は神を見た!」そうのたまうジェイクは、昔仲間と作っていたリズム&ブルースのバンドを再結成し、コンサートでまっとうな金を稼ごうと考える。かくして、ふたりは昔のバンド仲間の元を訪ね歩くのだが…全編ノリのよいリズム&ブルースに溢れた名作中の名作。鑑賞後の後味のよさは、天下一品だ。本物の有名ミュージシャンが多数出演していることでも知られるが、物語自体もしっかりしているため、安心して楽しめる。未見の人は騙されたと思って観て欲しい。殺伐とした心を癒してくれるはずだ。
2005/09/12

「パラディオン」というのは、PCエンジンのスーパーCDロム用のソフトだ。ゲーム内容は、予め用意された数種類のフレームを選択し、エンジン・装甲などの各種パーツと武装を装備し、最強の戦闘メカの製作を目指すというもの。もちろん無尽蔵に好きな組み合わせが許される訳でなく、フレームごとに搭載できるパーツの制限があったりする。このメカを組み立てた後、オートバトルの格闘戦で敵と戦うのだ。便宜上、オートバトルと表現したが、実は100パーセントオートバトルではない。簡単な戦闘プログラムを予め作成しておき、そのプログラムを必要に応じて切り換えながら戦闘を行なう。例えば「相手との距離を取って攻撃する」と「接近して近接戦闘を行なう」をセットしておき、状況に応じて切り換えるなんてことができるのだ。これは燃える。まったくのオートバトルでない分、的確な状況判断が求められる訳で、せっかく強いメカが出来ていても能力を活かし切れずに敗退なんてこともありうるのである。CPU相手のひとりプレイも可能だが、対戦プレイはもっと熱くなること請け合いだ。ハードの制約が大きい時代にこういった野心的な試みにチャレンジしたソフトハウスを評価したい。発売したメーカーがメーカーだけに知名度が低かったのが悔やまれる逸品である。そのためにリメイクされることもなく、知る人ぞ知る名作として一部の人に語り継がれているソフトとなっている。(間違った方向へコンセプトを持っていったソフトとしては、PSの「カルネージ・ハート」なんかがあるのだが…)純粋に同様のコンセプトを持ったソフトは未だに登場していない。
2005/09/11
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最近、妙にハマっているアニメがある。「ぱにぽにだっしゅ」というアニメだ。原作は、月刊Gファンタジーに連載中の「ぱにぽに」というマンガだ。実は、この原作の絵柄が大嫌いなのだ。デッサンが崩壊しているというか、どうにも生理的に受けつけない。したがってアニメ化の報を聞いた時にも見ようと思わなかった。それを見たのは、まさしく偶然からだった。私の住んでいる地域では、この番組のすぐあとにホラーのドラマをやっているのだ。それを見るためにテレビをつけたのだが、少し早すぎて「ぱにぽにだっしゅ」をやっていたのである。原作通りの絵柄だったら、おそらく他のチャンネルに変えるとかしていただろう。だが、アニメ化に際してデッサン崩れはある程度直され、生理的に許せるレベルになっていた。そんなことから、何気なく見ていたら、これが面白いのだ。ストーリーはあってないようなもので、大筋の物語に小ネタを満載して寄り道しながら話が進むといった感じだ。基本的には、MITを飛び級で卒業した天才少女レベッカ宮本(通称ベッキ-)と、彼女が赴任先の学園で担任しているクラスの生徒たちとの交流を描いた学園モノとなっている。もちろんネタとして脱線することは日常茶飯事で肝心の物語はほとんど進まない。ネタ自体は投げっぱなしでフォローはなく、その場限りと思っていると次の週まで続いていることもある。とにかく破天荒なのだ。そしてやたらと登場人物が多い。最初のうちは、顔は覚えても名前まで覚えきれないといった状態だった。だが、その登場人物がみな個性的で一癖も二癖もあるのだ。この辺が更に面白さを倍増しているのだろう。ぜひ騙されたと思って見て欲しい。癖になること請け合いだ。OPテーマ「黄色いバカンス」 ↓ EDテーマ「ガールッビ」 ↓
2005/09/09

「ゴジラ爆闘烈伝」というゲームを御存知だろうか?PCエンジンのスーパーCDロム用のソフトとして発売された格闘アクションゲームだ。ゴジラを操作して全6ステージを戦い抜くノーマルゲームと、ふたりで対戦を楽しむVSゲームの2通りの楽しみ方ができる。ノーマルゲームではステージ1~5がそれぞれ2エリアに分かれていて、好きなルートを選択することで対戦する怪獣(or 兵器)が変わってくる。このノーマルゲームで倒した怪獣はVSゲームで使用可能となる。用意されている怪獣は、実に16体。これはスーパーファミコンで発売された「ゴジラ怪獣大決戦」に用意された怪獣の数(11体+1艦)を遥かに凌駕する。この点からもいかに優れた作品だったか理解できるのではないだろうか?しかもここでいう怪獣の数とは怪獣の種類の数なのだ。同じ怪獣のバージョン違いは、カウントしていない。つまり、キングギドラは「宇宙超怪獣」と「超ドラゴン怪獣」の2種を1体と数えている。ゴジラもスーツ別に10種類用意されているが1体と数えている。この辺のこだわりは半端でない。他のハードで出されたゴジラのゲームの追随を許さない凄さは、こんなところにあるのだ。加えて、何よりコントローラーの操作感が軽快な点も特筆に値する。怪獣を扱ったゲームは重圧感を強調しようとして、やたらと操作感を重くする傾向にある。だが、それはとんでもない勘違いだ。操作感の悪さからは、決して重圧感を感じないのだ。むしろ操作感をよくして画面上の演出で重圧感を表現してある方が(プレイしていてストレスに感じることもなく)実感できるというものだ。そういう意味では、この「ゴジラ爆闘烈伝」は怪獣挌闘の最高峰にあると言っても過言ではない。もちろん今の目で見たら不満な点は多々ある。しかし、それはハードの能力的な制約や時代の流行と言える些細なものだ。簡潔で奥の深い操作性は、それらをすべて補って余りあるものとなっている。近年、PS2で「ゴジラ怪獣大乱闘~地球最終決戦~」なるソフトが発売された。グラフィックの強化など見るべきところもあるが、やはり操作感に関しては勘違いをしている。やたらと操作感が悪いのだ。ワンテンポ遅れて動作するような印象さえ受ける。「ゴジラ爆闘烈伝」を越える怪獣挌闘のゲームは出ないのだろうか?
2005/09/08
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掲示板に「香港国際警察」をレビューして欲しいとリクエストがあった。だが、香港国際警察といっても「ポリス・ストーリー~香港国際警察~」と「香港国際警察 NEW POLICE STORY」がある。「ポリス・ストーリー~香港国際警察~」はポリス・ストーリーシリーズの第1作、片や「香港国際警察 NEW POLICE STORY」は第5作目に当たる。最近発売されたとのことから、おそらくは後者の「香港国際警察 NEW POLICE STORY」だと判断してレビューしよう。アジア銀行を襲った集団は、犯行後大胆にも自ら警察へ通報し、駆けつけたパトカーや警察官たちを撃ちまくった。あたかも撃ち合いを楽しむように。ゲーム感覚で犯行を重ねる重武装の犯罪集団の跋扈に、香港警察のチャン警部が立ち上がった。チャン警部は、犯罪集団のアジトを特定する。「3時間で事件を解決してみせる」と豪語して、部下の特捜班を引き連れてアジトへと向かう。だが、用意周到かつ残忍な罠にはまってしまい、部下を次々と惨殺されてしまう。チャン警部はかろうじてその場を生き延びたが、彼の心の中で、自身を支えていた何かが崩れ去った。殺された部下の中には、チャンの婚約者ホーイーの弟もいのだ。信頼する友、部下を失い、生きる希望すべてを失ったチャン警部は、自責の念に駆られて仕事を休職する。それから一年。チャンは酒に溺れた毎日を送っていた。酒を飲むことで、ほんの一瞬(ひととき)、仲間を失った悲しみから逃れることができたのだ。そんなある日、チャンの元へひとりの若い巡査が訪ねてくる。「新たな相棒に任命された」という若い巡査の名はシウホン。彼は、警官として精気を失ったチャンに何とか立ち直ってもらおうと懸命に説得を続けた。そんなシウホンの協力もあって、少しずつ立ち直っていくチャン。その一方で、香港警察に犯罪集団の新たな挑戦状が叩きつけられる。チャンは、香港の存亡をかけて再び犯罪集団との壮絶な戦いに立ち向かう決心をするのだが…ジャッキー・チェンのライフワークとも言えるポリス・ストーリーシリーズの最新作だ。前作までのようにギャグを散りばめた…どちらかといえばコメディタッチな…作りではなく、かなりシリアスな展開で物語を進めている。この点に批判が集中しているようだが、それは的外れな指摘だろう。この作品は、ギャグを見せる映画ではないのだ。ギャグが見たいのなら最初からコメディを見ればいい。これは刑事もののアクション映画なのだ。もちろん、ジャッキー・チェン自身のアクションは、物語後半でたっぷり披露してくれるので御心配なく。エンタメ系のススメ 様でうちより詳しくレビューされてます。併せて御覧ください。
2005/09/07
あなたは「D(ディー)」という作品を知ってるだろうか?実写でパワードスーツ(劇中ではコンバットスーツと呼称)が活躍する特撮作品だ。昨日「スターシップ・トゥルーパーズ」の記事を書いていて、ふと思い出した。何かのイベントでプロモーションを流しているのを見て(レイトショーだったが)劇場まで足を運んで観た。実際はビデオリリースを目的に作られた作品だと思われる。物語は3つのエピソードに分かれている。東京近郊の住宅街を帰宅途中の中年サラリーマンは、公園で隕石を発見する。好奇心に駆られてそばでよく見ると、その中には緑色に発光するスライム状の物質が入っていた。中年サラリーマンは、このスライム状のアメーバに寄生されてしまう。不調を訴えながら帰宅した彼の精神は、既に貪欲な食欲に支配されていた。妻と娘を殺害して食べてしまうと、彼は新たなる餌を求めて新宿に向かう。新宿につく頃には体長6メートルの緑色の怪物に変身していた…なかなかおもしろい展開だ。この後、コンバットスーツが登場する。これは旧ソ連で極秘裏に研究開発されていたものだったが、ソ連崩壊のどさくさに紛れて、日本へ持ち去られたものだ。だが平和な日本では使う機会もない。持ち込んだ当人は使いたくてうずうずしている。そこへ怪獣出現のニュース。誰に頼まれるでもなく、コンバットスーツで出撃してしまうのだ。で、怪獣とコンバットスーツの息詰まる死闘が展開する訳だが、ソ連製だけあって途中モニターが故障したりする。結果、野次馬を射殺しちゃったりするのだ。こういう点では決して気持ちよく観れる作品ではない。だが、迫真の戦闘シーンには手に汗握るはずだ。かなりピカレスクな作品のため、登場人物には感情移入しない方がいい。純粋にコンバットスーツの描写を楽しむためにあるような作品だ。どのエピソードも後味が悪いが、個人的にはエピソード2が観ていて一番嫌悪感を感じた。「こんなものたいしたことないぜ」という猛者だけにお勧めしたい。チキンは去れ…(謎
2005/09/06
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ロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」を実写映画化ということで大いに期待されたものの、肝心のパワードスーツが登場せず、世界中のSFファンをがっかりさせた作品。…とはいうものの、なかなかどうして楽しめる作品に仕上がっている。舞台は遥かな未来。地球は宇宙への殖民を行なっていた。ある殖民先の惑星のひとつで昆虫型のエイリアンとの戦闘が勃発。その戦闘は拡大し、大規模な戦争となってしまっていた。そんな中、主人公は高校の卒業を迎える。その頃の地球は軍事政権による統一国家となっていた。軍人以外には市民権が与えられないという社会システムの中、主人公の実家は裕福なために軍人となって市民権を得なくても充分やっていける家柄だった。だが、そんな環境に窮屈さを感じていた主人公は、深く考えずに歩兵隊を志願してしまう。厳しい訓練の中、心身ともに成長を遂げる主人公。訓練中の事故で仲間の死に直面したことから一度は除隊しようするが、エイリアンの遊星爆弾による攻撃で実家のあった都市が一瞬のうちに壊滅し帰る場所を失ってしまう。遠い世界での戦争が身近なものに変容した瞬間だ。彼は再び戦うことを選ぶのだが…戦闘シーンは、生身の兵士対エイリアンの戦いとなる。当然、派手にスプラッタするのは言うまでもない。その手の場面が苦手な人は見ない方がいい。また結構簡単に登場人物が死ぬため、下手な感情移入は禁物だ。感受性の豊かな人は、注意しよう。
2005/09/05
数年前には考えられないほど進んだ通信インフラの整備。だが、いまだに解消されない問題もある。年末年始の年賀メールや災害時の安否確認ですぐにダウンすることだ。一番必要な時に処理し切れなくなって落ちるのは困ったものだ。これに対して使用を控えるように盛んにアナウンスしているが、これは矛盾した対応だ。慈善事業でやっている訳ではなかろう。業務として通信業を行なっている以上、それ相応の責任を持つのが当たり前。利用者からお金をいただいているのだから、そのような消極的対応で許される訳がない。ましてや初めてではないのだ。毎年毎回同じように起こるのである。ならば最大ピーク時を上回る回線を整備すれば防げる問題だ。子供にもわかる単純な理屈だ。それをせずにお客様に使用を控えろとは何事か。自分達の怠慢を棚にあげて利用者に不便を強いる。これでは、利用者に理解を得られようはずもない。このように指摘すると、必ず帰ってくるのが「整備する予算がない」とか「予想より利用者が増えた」だ。だが「整備する予算がない」というのは実際嘘だ。いたずらに販売代理店を増やし、乱立する販売代理店があるというのに更に必要もない営業所を作るといった無駄をやっていて、どの口が言うのか。「予想よりも利用者が増えた」にしてもそうだ。単に自分達の予測が甘かっただけではないか。そのツケを利用者に回すのは間違いだ。しかも利用者は実際それほど増えていない。ほぼ行き渡ってしまったため、頭打ちの状態となっている。予想より増えるほどいないのである。いったいどれだけ増えると予想したのか逆に聞きたいぐらいだ。こんなことをいつまでも続けていて本当に良いと思っているのだろうか?災害時の安否確認もそうだ。緊急を要するから電話で確認をしたいのだ。災害用伝言ダイヤルで悠長に連絡を取り合う余裕はないのだ。その辺がわかっていない。このようなことを早急にクリアして欲しいと切に願う。こういった点で一歩先んじた業者がいずれシェアを占めるようになるのは間違いないだろう。
2005/09/04
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「勇者王ガオガイガー」のスタッフによる難解なホラーアニメ。劇中で描かれる世界は「勇者王ガオガイガー」から繋がる世界となっており、モブシーン等ではガオガイガーで見たことのあるキャラが…物語は、ある高校生が奇病アルジャーノンを巡る事件に巻き込まれ、その謎を追ううちにベターマンと呼ばれる謎の存在と出会う。はたして彼らは何者なのか、そして奇病アルジャーノンの正体とは?これらを主軸に様々な謎が絡み、謎が謎を呼ぶ展開をしていく。この見せ方が難解なのだ。台詞には専門用語が飛び交い、時々混じる造語が謎を深める。その謎の答えは台詞にあったり映像にあったりと定められてはおらず、一瞬を聞き逃したり見逃しただけで謎はわからないままとなってしまう。しかも見る側に解釈を委ねるような謎を紛れこませているから、さらに難解となる。だが、この難解さがいいのだ。提示される謎を分析して考えるということを見る側に促す訳で、お子様向けの単純なアニメに毒された輩には理解すらできまい。そんなちょっとした優越感も味わえるのである。無論、ただ難解なだけではない。とにかくやたらと怖いのだ。アニメーションでここまで怖い描写を描き出せるとは、正直思っていなかった。特に生理的に怖い描写は逸品だ。全26話と、たっぷり2クール分あるが、ぜひ恐怖に震えながら謎を解いて欲しい。衝撃の展開に涼しくなること請け合いだ。初回限定3000セットのみ、ヒロインの「彩火乃紀」フィギュアが付属する。かなり出来がいいので、万難を排して入手しよう。
2005/09/03
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英国の若き法律家のレンフィールドは、トランシルバニアの貴族の居城へ招かれる。依頼人の貴族は、英国への移住手続きのためにレンフィールドを招いたのだった。しかし、その貴族は吸血鬼で…と説明するまでもなく有名な物語。原作ではジョナサン・ハーカーの役どころをレンフィールドに兼任させた大胆なアレンジが逆に物語をわかりやすくしている。余談だが、このレンフィールドの笑い方を忠実に再現したのが「ドラキュラ 都へ行く」だったりする。ドラキュラ伯爵を演じたのは、ハンガリー出身の舞台役者ベラ・ルゴシ。彼の独特の演技を堪能して欲しい。あまりにハマリ役過ぎて、他の役が来なくなったのは有名な話。彼のハンガリーなまりがそれに輪をかけたのは言うまでもない。このため、薬物中毒となって落ちぶれてしまう。そこをかのエド・ウッドによって見出されるのだが…その辺の事情を思いつつ観ると、また感慨深いものがあるかもしれない。この時代のユニバーサルの映画の例に漏れず、オープニングクレジットに流れる曲は「白鳥の湖」となっている。 魔人ドラキュラ レガシー BOX ↓
2005/09/02
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その昔、まだ私が幼い頃、最も恐怖を感じる怪物は狼男だった。その恐怖を培った作品が、今宵紹介する「狼男」だ。英国の名門貴族タルボット家にひとりの青年が帰ってくる。ジョン・タルボット卿の息子ローレンス・タルボットだ。彼は、アメリカから18年ぶりに帰ってきたのだっだ。ローレンスは、古美術品店で、狼の意匠が施された銀の柄の杖を購入して、店の娘グエンと親しくなる。ふたりは、グエンの友人のジェニーも誘って、ジプシー芸人のキャラバンを訪ねる。そこでジプシー占いをしてもらうと、ジェニーに不吉な星が現れているという。半信半疑の一行だったが、帰りの森でジェニーが狼に襲われる。彼女の悲鳴を聞きつけたローレンスが駈けつけるが、ジェニーは既に喉を引き裂かれて死んでいた。ローレンスは胸を噛まれて傷を負うものの、なんとか銀の絵の杖で狼を叩き殺す。だが、傷を負ったローレンスは、杖をその場に残したまま、立ち去ってしまう。翌日現場を発見した村人は残された杖からローレンスを疑うのだが…物語は怖さよりも悲哀が感じられる展開だ。だが、幼少の私には悲哀よりも怖さの方が際立った。見せ場はもちろん狼男への変身だ。今みたいにCGなどない時代だから、当然ストップモーションをディゾルヴさせる手法で撮影されている。狼男のデザインも完全な狼にはならない。だが、それが怖いのだ。完全な狼になったらたいして怖くはない。むしろ半人半獣だからこそ怖さを感じるのだ。そういう意味では、暗がりで絶対に会いたくない怪物だ。
2005/09/01
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