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人間の頭の重さは平均で5.4キロあります。頭部が両肩の上でバランスのとれた状態にあるとき、それだけの負荷が首にかかっているわけです。スマートフォンを使うために首を前に60度曲げた状態では、首にかかる負荷は27.2キロにまで増えます。オーガストはほうきを使って分かりやすく説明してくれました。「まず、広げた手の上にほうきを垂直にのせて、バランスをとってみます。難しくありません。次にほうきの柄の方を持って、60度傾けた状態に保ってみます」傾けた状態でバランスを保とうとすると、かなり大変です。これを実際にやって見せると、見た人は納得するそうです。「首もこれと同じです。スマートフォンやタブレットなどを見るのに首を曲げていれば、首のまわりの筋肉に同じことが起きます。8時間もその状態でいれば、当然痛くなりますよね」ハーバード・ビジネス、スクール准教授のエイミー・カディ氏は、現代人はうつむいてスマートフォンを駆使して生産性を上げようとしているはずです。その弊害について留意すべきだと指摘している。短時間でも首を60度、あるいはそれ以上も前傾させてスマートフォンを操作していると、積極的な行動が抑制されて消極的な行動となる。さらに変化や問題への対応能力が著しく低下してくることを実験により確かめている。事務仕事をしている人、書類や本や新聞を読む時も首を傾けているので同様の問題が発生する。(パワーポーズが最高の自分を創る エイミー・カディ 早川書房 268~272ページ参照)猫背が習慣化している人は、首の痛み、肩の痛み、腰の痛みが出ている場合があります。背中が丸まっていると気持ちも落ち込みやすくなります。時々胸を張って背中の筋肉(僧帽筋)を伸ばすようにしたいものです。私は姿勢を正して毎日深呼吸を何回もしています。気持ちが落ち着きます。そして肩甲骨を引き寄せて僧帽筋を鍛えています。おかげで首や肩の痛みはなくなりました。私はノートパソコンを前かがみで見るのをやめました。タテ30cm、横50センチの大型モニターに接続して正しい姿勢で見るようにしています。それから本を読むときは、譜面台を活用して首が前傾しないように心がけています。これ以外にも100均では本を立てて読むための手軽なグッズが様々販売されていますので探してみて下さい。
2024.11.20
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玉野井幹雄氏のお話です。神経症を治すために大切なことは、「症状のあるままやるべきことをやる」ことであり、「必要であれば、気分がいかにそれを拒否しても実行する」というのが、私どもの基本的な態度でなければなりません。(いかにして悩みを解決するか 玉野井幹雄 自費出版 69ページ)気分本位というのは、しんどい、疲れる、面倒だ、やる気が出ないなどを理由にして、目の前に手を付けなければならない問題や課題があってもスルーしてしまうことです。家では料理、掃除、洗濯、整理整頓に手を付けない。勉強や仕事に手を付けないで逃げてしまう。隣近所や町内会、親戚の法事などの行事などに参加しない。その結果、家の中が埃だらけで足の踏み場もなくなる。勉強では落ちこぼれてしまう。営業の仕事はサボり気味になる。お荷物社員と言われるようになる。退職勧奨されるようになる。自立できなくなり、親に依存するようになる。家に居るときは、疲れたといっては横になって居眠りをする。起きたらテレビを長時間見る。スナック菓子などを摘まみながら、長時間ゲームなどをする。神経質者の場合は、暇を持て余すようになり、自己嫌悪、自己否定感が強まる。どのようにして気分本位を吹き飛ばしていけばよいのでしょうか。玉野井幹雄氏曰く。私たちは、発生してしまった感情は意のままに変えることはできませんが、新しい刺激を作り出すことによって、新しい感情を作り出すことができるということを忘れてはいけません。新しい行動を起こすことによって、新しい刺激を作り出し、新しい感情を作ることができます。これを繰り返し実行して、新しい感情の癖を作ることにより、神経症を克服することができます。ですから、「今起きている感情はそのままにして、新しい行動を起こせ」というのであります。私たちは行動によって自分を変えることができます。(同書 30ページ)森田では規則正しい生活習慣を作り上げることが大切だと言われています。規則正しい生活習慣を作り上げた人は、この次に何をしようかなどとは考えません。考えなくても、毎日の習慣に従って勝手に身体が動いてくれるようになります。気分本位の感情が湧き上がっても、ルーティンワークを崩すと居心地が悪くなります。規則正しい生活習慣は、気分本位に陥らないためのカギとなるのです。広島城周辺
2024.11.16
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62歳で登山を始め、日本300名山を始め、2000以上の山を制覇した田中三郎さんという人がいる。身長は153cm、体重は51kgの小柄な体格の方です。田中さん曰く。登山は絶対安全ということはありません。山は危ないと心得るべきだ。私は臆病者なので、いつも細心の準備をしています。100%どころか、130%の安全対策を行っている。登山は一瞬で命を落とすこともあるのだから、臆病な神経質者に向いている。たとえばキリマンジャロね。それほど難しい山ではないけど、標高は5895m、高山病が心配なんです。案の定、日本から一緒に行った大学山岳部の学生たちは、高山病でやられました。でも私は平気、高さに慣れようと、富士山の山中で2泊したんです。これが、30%の安全対策。人によっては300%の安全対策をというけれど、それなら山をやめたほうがいい。荷物が重くなるばかりで、ぎっくり腰にもなりかねないしねえ。私の体力だと、25kgの荷物を背負うのが限度。だから安全対策といっても、食料や装備を必要以上に多くするのではなく、山に行く前に、30%分の安全を確保するのです。週に1回は5kmを速足で歩く。あとは地図と気象、救護法の基礎知識を学ぶ。ロッククライミングの練習。プロのガイドについて基礎から始めれば誰でもできます。最初は3mくらいの岩から始めました。スキーだって、冬山に行きたくて70歳から始めました。それでもバッジテストで2級が取れた。何かを始めるのに、遅いということはないと思いますね。山に入ってからも、注意することは山ほどあります。たとえば、けがは午後3時以降に多いのですが、これは疲労が原因です。だから疲れる前に休憩を入れ、3時以降は無理をしないこと、私は出発前に必ずビタミン剤を飲みますが、これも疲労による筋肉の硬直を防いでくれます。それから登山は単独行動は絶対に避けること。全国各地に、さまざまな山登りの同好会がありますから、そういう団体に所属することです。そこで経験を積むことです。たとえば、冬山の零下20度というと、水筒の水は凍結するし、カメラのフィルムも凍って切れちゃう。だから、カメラや水筒は抱いて寝る。こんなことも私は知らなかったのです。グループに入って、リーダーの指導を仰がなかったら、登山を続けることはできなかったでしょう。体力以上に、経験とそれがもたらす技術が、登山者の命を支えてくれている。はじめての山に登るときは地図やガイドブックを見るだけではなく、経験者にルートを教えてもらい、どのルートが最も安全かトコトン研究します。それでも不安な時はプロのガイドを案内に頼むのです。実力のあるガイドで5万円くらい。平均3万円くらいです。命の値段と考えたら高いとは思いません。奥さん(77歳)は、最初は「山ほど嫌いなものはない」と言っていた。それがためしに連れて行ったら。たちまち虜になった。もう300名山のうち64山に登っている。(上手な老い方 草緑の巻 小学館 166~171ページ参照)
2024.10.25
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7月号の「生活の発見誌」に次のような記事(43ページ)があります。森田先生の頃は入院療法で、皆で共同生活をして、食事当番、掃除当番、風呂炊き、肥汲み、小動物の世話、植物の世話等々、役割分担をして仕事が割り当てられていたそうです。新しい人から古い人まで適宜に森田先生が決められていたそうです。やはり新しい人はその仕事になかなかなり切れず、自分の症状を治すための仕事しかできなくて、気が利かないことばかりしていたそうです。ベテランになるほどものそのものになり切ることができた。症状から離れて、他人に役立つ仕事ができるようになったそうです。退院後もよく気が付くようになり、尻軽く行動できるようになりました。体重も増えて周囲の人がびっくりしたというエピソードはあまたあります。森田先生は神経症を克服するためには、規則正しい生活と日常茶飯事に丁寧に取り組むことだと考えられていたのだと思われます。神経症に陥るような人は、生活が不規則になっています。不快な感情や気分に振り回された生活をしています。日常茶飯事は手を抜いて親や配偶者や周囲の人に依存している。自分としては意味のある仕事やクリエイティブな活動に専念したいと思っていたのです。入院生にとっては、今までの価値観の大転換を迫るものでした。自分もここまで落ち込んだかと涙を流す人もいたようです。雑巾がけをしている入院生の姿を見て、憤慨した家族が退院させたというケースもあったようです。当時の知識層は、都会で一旗揚げて故郷に錦を飾りたいと考えていたので、森田先生の入院療法には抵抗感が強かったのです。森田先生のところへ入院すると、社会から隔離して臥褥から入ります。これは生の欲望を持った神経質者かどうか、また40日間の入院に耐えられるか見極めておられたのだろうと思います。その後は共同生活の中で、生活に必要な作業に丁寧に取り組ませました。神経症を治すための薬物療法は行われていません。神経症を治すために特別に時間をとって講義をされることもありませんでした。必要な作業も自分自身で気づいてやるべき課題や目標を見つけ出すように指導されていました。現代は、故郷に錦を飾りたいというような欲望を持っている人はいません。ただ神経症を治したい、不安を軽減したい、楽な生き方を見つけたい、人間関係を改善したい、子育てに応用したい人が多いと思います。現在森田理論学習をしている人は、森田理論を理論として学び、内容を理解することで満足する傾向が強いように思われます。理論を学んだあとで、自分の生活の中に取り入れてみることが大事です。森田理論の学習会では、実践・行動と森田理論学習は車の両輪として取り扱うことが大事だと学びました。例えば、規則正しい生活をすることが肝心だということを学びました。そのなかで、一つ一つの日常茶飯事に丁寧に取り組みましょうと学習しました。ものそのものになりきることができると、次々に気づきや発見が見つかり、行動に弾みがついてきます。これは森田理論の活用という面では、基本中の基本だと思います。この基本が確立されている人は、たとえ神経症で苦しんでいても、神経症に振り回されて精神面や生活面で泥沼の状況に陥ることは回避できます。この2つに愚直に取り組んでいる人の話はとても刺激的で参考になります。波及効果が生まれて、まわりの人みんなが幸せな気持ちになります。そういう話が自己紹介や体験交流の場でどんどん出てくることを期待しています。
2024.10.12
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坂東眞理子さんのお話です。「おかげさま」という言葉があります。いかがお過ごしですかと聞かれれば、「おかげさまで元気にやっております」と答える。それは、誰か特定の人のおかげという意味ではありません。自分を取り巻く自然、自分とともに生活している人たち、そして見も知らないたくさんの人たち、すべての人や大自然のおかげで元気に生きることができる。つまり、人間は生かされているという心が日本人には根付いているのです。(50代から人生を楽しむ人、後悔する人 PHP)「おかげさま」という言葉は確かに魔法の言葉だと思います。これを活用しない手はないと思います。この言葉を口にするとき不平不満は出てきません。愚痴も出てきません。寝る前に仏壇の前で「今日も一日大過なく過ごすことができました。これもひとえにご先祖様のおかげです。ありがとうございます」と感謝する習慣があると心穏やかになります。感謝の気持ちを持つためには、森田先生は恵まれない人や下の人を見なさいと言われています。また、1週間の内観療法を受けた人は、感謝の気持ちが泉の如く湧きあがってくるそうです。感謝の反対の言葉はすばり「当たり前」だそうです。家族がいて当たり前、自分の世話をしてくれるのが当たり前、褒めてもらうのが当たり前、欲しいものがすぐ手に入るのが当たり前、友達がいるのが当たり前、仕事があるのが当たり前、給料や年金をもらうのが当たり前、お金に不自由しないのが当たり前、飽食三昧が当たり前、車があるのが当たり前、クーラーがあるのが当たり前、心身ともに健康であるのが当たり前、ストレスがないのが当たり前などなど。何でも当たり前だと思っていると「おかげさま」という気持ちは希薄になります。ときどきは「当たり前」が失われたときのことを想定してみることが大切になります。そこで提案があります。「おかげさま」という言葉を口癖にするというのは如何でしょうか。「おかげさま」という言葉は現実や事実を否定しません。「ありがたい」と感謝の気持ちを持つことができます。いつも笑顔で過ごすことができます。これは「かくあるべし」から、事実本位に近づく方法の一つです。「おかげさま」と思えないときでも、とにかく形から入るように心がけましょう。
2024.09.26
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山田太一氏のお話です。人間は、決して平等ではありません。この世に生まれ落ちたときから、運命や宿命といったものを抱えています。どういう親の元に生まれるか、どんな才能を持っているか、容姿はいいのか悪いのか、あるいはどんな病気を持っているか、まさに一人ひとりが異なった宿命の中に存在しています。まずはそれらをひっくるめた自分自身を、意識し受けとめることが大切ではないかと思っています。どう頑張ってもできないこと、自分の抱えているマイナスの部分、それらをしっかりと認めることです。「人間がんばれば何でもできるんだ」そう叫ぶのはいつでも成功者です。もちろん彼らは相当な努力をしたでしょう。でもそれは、彼らの幸運や才能のなかでのことであり、決して普遍的なものではないのです。多くの人にとっては、「がんばれば何でもできる」なんていうのはウソ。失敗した人は努力が足りなかった、ということになってしまうような人生論は、私は単純すぎるように思います。そんな幻想が、我々の小さな幸福感を奪っていると言えるかもしれません。(50代から人生を楽しむ人、後悔する人 PHP 72ページ)100人の人間がいれば、100人100様です。人と比べて足りないところや欠点や弱みを、せめて他人並に引き上げようと考える人が後を絶ちません。山田太一さんはそれは生き方が間違っていませんかと言われています。そんなことに取り組むことは、時間とエネルギーとお金の無駄遣いになります。100人100様という意味は、人間には「でこぼこ」があるということだと思います。決して平等ではない、差別があるということです。別の言葉で言えば、人それぞれ独自の個性を持っているということです。森田理論に劣等感的差別観というのがあります。これは自分の弱点や欠点と他人の強みや長所を比較して、自己嫌悪、自己否定に陥っている状態のことです。本来最大の味方となるべき自分が敵味方に分かれて戦っている状態です。それよりも優越感的差別観の立場で分析してみるのは如何でしょうか。自分の強みや長所と他人の弱みや短所を比較して自己肯定感を高めることです。私の場合でいえば、弱点や欠点として、良好な人間関係作りが苦手。マネージメント能力がない。気分本位である。仕事に対する責任感が欠如しています。その反面、強みや長所として、好奇心が異常に強い。探究心が強い。分析力がある。論理的である。読書力が旺盛です。それらを組み合わせた仕事を見つけることができたら、どんなに幸せな人生を送ることができただろうと思います。例えば、刑事、鑑識官、裁判官、不動産鑑定士、麻酔科の医師、宮大工、DNA鑑定士、血液分析、分析化学、農業試験場の技師、養魚場の技術者、シェフ、ライターなどである。基本的にはチームでこなす仕事や人と関わる営業や教師などの仕事よりも、個人の能力や技術を高める仕事が向いていたように思う。職業は12000種ほどあるそうだが、高校入学以降は詳しい人に協力を仰ぎながら、自分が一生涯携わる仕事選びに専念しておくべきだったと考えている。
2024.09.25
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吉沢久子さんのお話です。世の中は便利なもので溢れています。魚を捌かなくても、野菜についた土を落とさなくても、ご飯を食べることができます。調理は電子レンジがすべてをやってくれます。スーパーに行けば、出来合いの惣菜が彩り鮮やかに並んでいます。夕食にはご飯を炊くだけで、あとは買ってきた惣菜を並べれば済みます。もちろんそれを否定するつもりはありません。私も歳をとってから揚げ物は作らないようにしているので、揚げ物が食べたくなればお惣菜を買ってきます。でも、それがすべてになってはいけないと思うのです。生活するということは、自分の頭で考えるということです。食事をつくるのも、掃除をするのも、庭で花や野菜を育てるのも、すべて自分で考えるからこそ喜びが生まれてくる。便利だからと言って、与えられたものばかりに頼っていたら、生活する力が奪われるばかりです。そして便利になり過ぎることは、かえって自由が失われることにもつながっていきます。(50代から人生を楽しむ人、後悔する人 PHP 78ページ)食事については、すべてを宅配弁当や外食にたよりきりというのは考えものです。また毎日スーパーの惣菜やレトルト食品で済ませるというのも考えものです。便利さと引き換えに脳や身体機能がどんどん衰えてきます。食事作りを人に頼らないで自分でこなすようにすれば、脳の活性化につながります。疑問や興味、工夫や関心が次々と生まれてきます。それが生きる力と楽しみを与えてくれます。どんなに面倒でも、ご飯とメインのおかずとみそ汁を作るようにするのは如何でしょうか。ご飯も白米、玄米、釜めし、ちらしずし、稲荷、寿司、カレー、チキンライス、オムライス、チャーハン、天津飯、かつ丼、牛丼、親子丼などがあります。その他お好み焼き、ラーメン、ソーメン、スパゲッティ、ソバ、ちゃんぽんなどもあります。メインのおかずはYOU TUBEなどで材料や作り方は、動画付きで解説してくれています。日記をつけている人は、今日の夕食の内容を書いている人もいらっしゃると思います。好きな日本食、洋食、中華などを一か月の献立として、バランスを考えて組み合わせる作業も楽しいものです。基本ができれば後は好きなものを付け加えるだけで、楽しい献立ができます。男性は公民館活動で「男の料理教室」がありますので、参加すると刺激になります。
2024.09.21
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精神科医の樺沢紫苑氏のお話です。「成長できない人」は、「本をたくさん読んでいるのに、あまり身につかない」「講演やセミナーをたくさん受講しているのに、自己成長を自覚できない」などの特徴があります。インプットは多いが、アウトプットが少ない。つまりインプットとアウトプットのバランスが悪いのです。成長するためには、まずインプットすることが大事です。情報を得る。本を読む。人の話を聞く。講義やセミナーなどを受講する。インプットをしたら次に、必ずアウトプットをしなければなりません。アウトプットとは、話す。書く。教える。行動する。つまり、実践することです。アウトプットしたらまたインプットする。インプットしたらまたアウトプットする。このようにインプットとアウトプットの繰り返しをしていく。そうすると、螺旋階段を上るように、自己成長の階段を上ることができるのです。十分なアウトプットをすれば、それが記憶に残るだけではなく、自己成長も加速するのです。(覚えない記憶術 樺沢紫苑 サンマーク出版)この話は森田理論学習をしている人にとっては大変参考になる話です。森田の情報を得る。生活の発見誌をや森田関係の本を読んでいる。森田理論に精通している人の話に耳を傾けている。心の健康セミナーで講師の話を聞いている。これらはインプットにあたるものです。これだけでは症状の克服には結びつかない。生きづらさを解消することはできない。ではどうすればよいのか。学習した後に必ずアウトプットするように心がける。たとえば、生活の発見誌や森田関係の本を読んだ時は整理してまとめを行う。決して読みっぱなしにはしないということです。1回目はマーカーや鉛筆でチェックしながらざっと読む。2回目は重要な部分を精読する。その部分をノートなどに書きだして整理する。インデックスをつけて項目別に書き出していけば、自分なりの役に立つノートが出来上がります。その際自分の場合はどうなのだろうと突き合わせながらまとめてみる。講話や体験発表を聴いた後も、レジメを読み返して重要な部分を書き出して整理してみる。自分の感想や意見をまとめてみる。興味深いところは、自分に応用・活用できることはないかと思いながらまとめてみる。インプットだけの人はいつまで経っても森田理論を身に着けることが難しくなります。そして森田に見切りをつけて森田から離れてしまう人が出てきます。それは大変もったいない話です。理論は未熟でも、未熟なりにアウトプットを心がけている人は、目に見えて成長されています。森田理論は車の両輪にたとえられます。理論と行動の車輪が同じ大きさの場合に前進することが可能となります。バランスを意識して森田理論学習に取り組みたいものです。
2024.09.15
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トヨタ自動車は「カイゼン」運動を経営理念の一つとしています。「カイゼン」とは、現場の作業員自身が、改善点や改良点を見つけ出して、より良い方法を提案していくというものです。「カイゼン」運動としては次のようなものがあります。1、整理、整頓、清掃、清潔、躾の5S活動があります。2、従業員が「カイゼン」提案を行う制度です。よい提案であれば積極的に採用されます。3、従業員が自主的に参加する品質管理活動(QCサークル)があります。QCサークルでは、問題点を分析して、解決策を検討していきます。トヨタ自動車の「カイゼン」運動は、生産性の向上、品質の向上、コストの削減、従業員の仕事に対する意欲の向上などをもたらしました。私たちもトヨタ自動車の改善運動の考え方を生活の中に取り入れることを提案いたします。具体的には今現在取り組んでいる仕事や日常茶飯事の中で、気になっていること、課題や問題点、改良点や改善点などを見つけていくようにするのです。トヨタ自動車の改善運動の中でも、整理、整頓、清掃、清潔、躾は日常生活の中で毎日取り組む課題となります。凡事徹底を心がけている人は、いくらでも問題や課題を思いつきます。取り組むときは、小さいこともできるだけ見逃さないようにする。気づいたら忘れないようにすぐにメモしておく。すぐに手掛けられるものはすぐに片づける。すぐにできないものはストックとして残す。この活動に取り組むと、次々に課題や目標が生まれてきます。森田でいう生の欲望の発揮につながります。課題や目標に向かっているときは、生きることはむなしいなどということは考えなくなると思います。生きがいなどというものは、案外身近なところにあるのではないでしょうか。
2024.09.06
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中谷彰宏氏のお話です。人生は1コマ1コマ撮影するアニメーションのようなものである。アニメーション映画は、止まっている写真をつなぎあわせることで、動いているように見えます。1枚撮って、少し動かして、また一枚撮る。そういう作業を24回繰り返して、ようやく1秒です。1分の映像をつくるために、1440回繰り返さなければなりません。他人から見て、とんとん拍子に成功している人も、1コマ1コマ、止まっているものを、コツコツつなぎ合わせているだけなのですね。(人を許すことで人は許される 中谷彰宏 53ページ)感動的なアニメ作品をみて涙することがあります。細かいこと、面倒なこと、根気のいる仕事を丁寧に積み重ねによって、人を感動させる作品が生まれているようです。これを面倒だといって、24回のところを12回に減らすと、ぎこちない不自然な作品になってしまいます。そんな作品を長時間見続けるとストレスがたまります。この話は私たちでいえば、雑事や雑仕事を、わずらわしい、めんどうだ、やる気が起きないといっていい加減に取り扱っていては、面白いことは何もなくなるということだと思います。暇をもてあまし、退屈で面白いことが何もない。生きることはつらいことばかりだという人は、雑事や雑仕事を軽視している人かもしれません。三重野悌次郎氏は、人生は雑事の積み重ねですと言われていました。自分の目の前の雑事の他に人生はありません。雑事の代表は家事です。炊事、洗濯、掃除、整理整頓など家事は雑事の集大成です。時々、「こんなつまらないことばかりしている自分が情けない。社会から取り残されているようで肩身が狭い。社会に出てバリバリ働きたい」という人がいます。社会に出て働くことに反対ではありません。だが、家事を「こんなつまらないこと」という考え方には反対です。そういう人は、社会に出ても、雑仕事をつまらない仕事と思うでしょう。雑事に真剣に取り組めば、必ず興味が湧いてきます。森田先生のいうお使い根性で働けばすべてがつまらないのです。ともあれ、雑事に喜びを見出す人は幸せな人です。(森田理論という人間学 三重野悌次郎 白揚社)先日さし穂したアジサイの鉢上げをしました。どんな花を咲かせてくれるのか、今から楽しみです。
2024.08.15
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「逆U字理論」とは、過緊張や弛緩状態の弊害と最適状態を作り上げる理論です。最適状態はスポーツの世界ではゾーンに入るといいます。ゾーンに入ると練習以上の成果を出すことが可能となります。ゾーンから外れると途端にパフォーマンスが下がって、歯ぎしりすることになります。この理論をもとにして、最適状態を作り上げる方法を考えてみました。まず弛緩状態を最適状態のあげる方法です。脳の仕組みでいえば、ドーパミン主導の報酬系神経回路が休眠状態にあります。やる気の脳のいわれる側坐核、腹側被蓋野、A10神経群が活動停止しています。これらを活性化させる必要があります。森田でいえば生の欲望を活性化させることが欠かせません。私は規則正しい生活が欠かせないと考えています。ルーティンワークを確立して、身体がすっと動くように修正すれば、弛緩状態から抜け出すことは可能となるでしょう。つぎに過緊張を最適状態に下げていく方法です。これは脳の仕組みでいえば、いくら成果を出さなければと自分で自分を叱咤激励してもノルアドレナリン主導の防衛系神経回路が活性化しているので、笛吹けど踊らず状態に陥っています。これは口で言うは易く行うは難しという面があります。これを和らげる方法を私の例で説明します。私は老人ホームでアルトサックスの演奏をするときに過緊張になります。・練習段階では100%以上に仕上げる。・忘備録を見て準備万端持ち物点検をする。・3時間前にデパスを1錠飲む。・本番前に次の言葉を唱和する。・弱気は最大の敵だ。・練習は決してウソをつかない。・困ったときは神様が助け舟を出してくれるはずだ。・胸を張って深呼吸をする。4秒で吸って3秒止めて7秒で吐ききる。・口角を上げて笑顔を作る。・2023年6月21日に投稿した「目を意識的に動かす」を実践する。・山富浩司氏推薦の「恐怖・不安解消のマインドフルネスタッピング」を行う。・ソロで吹き始める前に、「イチニイノサン」と前振りをつけて吹き始める。これが私のルーティンです。ある程度過緊張を押さえこむことができているなと思っています。
2024.08.09
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森田理論学習の要点のなかに「行動の原則」があります。その中に「今できることはひとつしかない」というのがあります。神経質性格の人は目の前のことも気になりますが、いろんなことが気になって混乱することがあります。例えば、外出するときに仕事のことや人間関係のことが気になって、鍵の確認がうわの空になってしまう。他のことを気にしながら戸締りをすると、後で不安になります。引き返して再度確認することも発生します。私は学生の頃、神奈川県の丹沢山系で沢登りというスポーツをしていたことがあります。川沿いの15mから20mの崖を登るスポーツです。このときインストラクターから落下しないための指導を受けました。その中でも手先、足先の3点確保を心がけることが印象に残りました。それと注意や意識は次の確保点を探すことに集中するようにということでした。少しでも下の方に視線を移すと、恐怖で頭が真っ白になり身体が固まってしまうのです。競技続行が不可能になり、ロープで地上に降ろしてもらうことになります。車の運転中は、よそ見や心配事を抱えてうわの空になることは大変危険です。特に交差点で右折するときは、細心の注意を払う必要があります。対向車の有無、交差点内の人の動きを無視すると悲惨な事故につながります。電車道では電車の有無も確認する必要があります。私たちは将来のことに取り越し苦労し、過去の不祥事をいつまでも後悔するという特徴があります。それは神経質性格者の特徴ですから仕方ない面があります。そんなときは「今できることはひとつしかない」をキャッチフレーズにして、目の前のことにしっかりと集中したいものです。そうしないと、本来集中しなければならないことがおろそかになります。「二兎を追うものは一兎も得ず」ということわざのように、何の成果もあげられないということになってしまいます。
2024.08.08
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加藤隆行氏のお話です。自己肯定感が低くなってしまっているのは、自己「否定」グセがあるからです。だから、そのクセを上書きしてあげます。「否定」するのをできるだけやめて、「肯定」するクセに変えていくのです。あらゆる自分の行動、思考、感情に「肯定=OK」を出す練習です。実施するときのポイントは次の4つです。1、いい悪いで判断せず、とにかく全肯定する。2、「OK」を出すハードルを地べたまで下げる。赤ちゃんを褒めるようなレベルまで下げる。3、ムリをせず、気が向いたときや、気分のいいときに楽しんでやる。4、自己否定やネガティブな感情こそ、「それに気づいてOK」出す。(会社に行きたくないと泣いていた僕が無敵になった理由 加藤隆行 小学館 71ページ)否定語を頻繁に口にしている人は多いように思います。そしてそのことに関しては無自覚です。そういう傾向のある人は周囲の人を憂うつにさせます。それを自覚するには配偶者や親しい友人、集談会の仲間に教えてもらう。あるいは自分の会話を録音して後で聞いてみるとよく分かります。私は採点付きカラオケで歌唱している自分の姿をビデオにとってあとで見ました。「ひどい」「だめだ」「下手だ」「救いようがない」という言葉を頻繁に使っていたことがよく分かりました。西田文郎氏は、脳は最後にインプットしたことを記憶するという特徴があると言われています。森田では「外相ととのえば内相自ずから熟す」と言います。否定語を口にしたことを意識したら「今のは取り消します」「今のはなし」と肯定語に置き換えてしまうことはできます。よい習慣は3ヶ月継続すると自分のものにする事ができます。何も考えなくても身体が自然に反応するようになります。否定語の一例・・・ダメだ、イヤだ、ムリだ、つらい、しんどい、面倒だ、憂うつだ、恥ずかしい、運がない、後悔だらけだ、もっと頑張れ、ミスをした、失敗した、親の教育が悪かった肯定語の一例・・・おもしろい、愉快だ、ワクワクする、いいぞ、大丈夫、ツイている、うれしい、楽しい、できるかも、面白そう、いいことが起きそうだ、ドキドキする、ワクワクする、挑戦してみたい、前途洋洋だ関連記事のご紹介・・・2022年10月1日「イエス・バット法」の活用パソコンの前が狭くて困っていました。スライド式の台を二つ置くことでこの悩みは解消しました。キーボードを使わないときは下の台のなかに収納できます。下の台と上の台の間に本を置くとページを押さえる手間がなくなりました。上の台は物置として活用しています。ZOOM会議の時は上の台は片づけています。視界良好となります。こんな発見で感動できる私は幸せ者です。
2024.08.01
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ミスや失敗をすると今までの努力は水の泡となります。他人からの評価を落とします。金銭な損失を被ることもあります。そのため多くの人はミスや失敗を恐れて嫌がるようになります。しかしミスや失敗を回避する事ばかり考えていると進歩や成長はありません。挑戦することが怖くなり、回避的、消極的な生き方しかできなくなります。そういう方は発想の転換をはかることが必要になります。今まではミスや失敗を回避することばかりを考えていたと思います。これからは敢えて積極的にミスや失敗の体験をするように心がける。今までの取り組みとは真逆なことをするのです。その際、ミスや失敗の予定回数を設定して、その目標値をクリアするように心がける。今までミスや失敗を避けていた方はびっくりされると思います。これは逆転の発想です。森田先生も不眠の人に逆転の発想を応用して、今夜は一睡もしないでその詳細を明日報告させるようにしました。患者は意外にもその夜はぐっすり寝てしまったというエピソードがあります。集談会では大人になる前に、3000回の失敗を経験することが肝心だと教えてもらいました。ミスや失敗を避けてきた人は、精神的には子どものままで、身体だけ大人になったのかもしれません。営業職で大成するためには、まず仕事のやり方の基礎を覚える。次に実際に仕事をこなす中で、ミスや失敗を繰り返さないためのコツをつかむ。仕事にもよりますが、成功のためのコツをつかむためには、3年から10年くらいはかかるのではないでしょうか。ミスや失敗を避けているばかりでは、いつまで経ってもコツをつかむことはできません。ミスや失敗を積極的に受け入れている人との差は開くばかりになります。気が付いたときは後の祭りとなります。結婚適齢期になると、多くの人は結婚相手を探します。その時失恋を繰り返した人が、最終的には自分にあった人を選択できる確率が高くなると思います。それは失敗や挫折の経験からいろんなことを学んでいくからです。最低でも5人くらいの人から、断られることを視野に入れて、多くの人と交際してみることをお勧めいたします。そのとき「ダメでもともと、上手くいけば儲けもの」という気持ちを持っておくことです。そうすれば断られたときに大きく落ち込むことは少なくなります。そうして多くの人と付き合っていると、結婚相手を見る目が育ちます。結婚は基本的には一生ものです。それをその時の成り行きで決めてしまうと後で後悔することが多くなります。結婚後あんな人とは思わなかったというのでは、生まれてきた子供がかわいそうです。その際参考にしてもらいたいことがあります。結婚すると相手と喧嘩をすることがあります。そのときにどのように解消していくのかを相手ときちんとすり合わせをしておくことです。合意ができない場合は結婚は控えた方がよいと思います。それから今は共稼ぎでないと生活が苦しい場合が多いと思います。家計費の分担、家事の分担、子育ての分担、親戚や隣近所の付き合い方などを相手と合意しておかないと後で問題が起きます。私の知り合いは、熱烈な恋愛結婚で一緒になった人も多いです。しかし、あばたもえくぼに見える状態で結婚したため、結婚後衝突することが多く、離婚や家庭内別居に追い込まれている人が多いです。実に残念なことです。
2024.07.27
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1991年4月号の生活の発見誌に次のような記事がある。誰でもやればいいなと思うことは日常いくらでもある。思うだけでは能力ではない。それは思わないのと結果は同じだ。小さなことでもおろそかにしないですぐにかたづける。この能力が非常に大事なのです。森田理論に「見つめ、感じる」というのがあります。不安や心配でいっぱいの時でも、自分の周囲の状況に視線を向けていると、様々なことに気づきます。感じただけ、思っただけでは、時間の経過とともにすっかり忘れてしまいます。忘れてしまっては、大雑把な人と同じということになってしまいます。細かいことによく気が付くという神経質性格を活かし、自分の最大の強みとするためには、小さなことを大事にすることです。そのために心掛けることは、小さな思いつき、問題点、課題、アイデア、感じなどをメモする習慣を作ることです。100均で自分のお気に入りのボールぺンとメモ用紙を探す。昼間はボールペンとメモ用紙を必ず携帯する。上記の宝の山を細大漏らさずメモするようにする。最初のうちは意識して努力する必要があります。出来てもできなくてもとにかくストックをため込むように心がける。3ヶ月間継続視すると、感じる、思っただけでメモしないという状態は居心地が悪いと思うようになります。こうなればしめたものです。すぐにできることはできるだけ早く手をつけて線を引いて消す。今すぐにできないことは、整理して休日の懸案事項として残す。簡単なことですが、最初は心を鬼にして取り組まないと習慣化することは難しいと思います。逆にいえば、この能力を身に着けた人は前途洋々です。スマホのカレンダー機能や卓上カレンダーは、活用されている人が多いと思います。これとは別と考えたほうがよいと思います。これらは通常必要な予定しか書きません。スケジュール管理として利用している場合が多いと思います。小さな思いつき、問題点、課題、アイデア、感じなどはメモ用紙に走り書きする程度でオッケーです。これを仕事に応用して優秀な営業成績を上げている人を知っています。簡単な方法ですが、多くの人が見逃しています。神経質性格を大いに活用したい人はぜひ取り組んでみて下さい。2013年1月12日に「紙切れ法の紹介」と題した関連記事があります。森田理論の学習を始めた頃、これに取り組み、日常生活や仕事が一変したことを思い出しました。
2024.07.25
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1968年(昭和48年)にメキシコでオリンピックが行われた。体操の男子の個人総合優勝はソ連のミハエル・ボローニンと日本の加藤沢男の間で熾烈な戦いが繰り広げられた。最後の1種目を残した時点で、ボローニンが加藤沢男を0.35上回っていた。ボローニンの最後の種目はあん馬だった。極度の緊張のため2度ぼど取っ手に足をかけてしまった。それでも9.50の高得点であった。加藤沢男が9.9をだせば逆転優勝となるが、ミスがほとんど許されない緊迫した状況であった。大観衆が見守る中で加藤沢男は9.9を出して個人総合優勝を果たした。4年後のミュンヘン五輪では、最終種目を残して加藤沢男は3位であった。加藤沢男は最後の鉄棒で、ダイナミックな演技を披露し、フィニッシュは、「後方抱え込み2回宙返り」をピタリと決めて、2大会連続の個人総合優勝を決めている。超人ワザである。加藤沢男は「20世紀を代表する25選手」のなかに日本人としては唯一選ばれている。2001年には、国際体操殿堂入りし、シドニー五輪の際には、選手村の一角に加藤沢男の栄誉を称えた「サワオ・カトウ通り」が作られた。絵にかいたような逆転優勝だが、加藤沢男には勝負を決める土壇場での緊張感はなかったのだろうか。これに対して、「僕はプレッシャーに弱くて得点を意識すると満足な演技ができないタイプだった。緊張のあまり、これから演技を行おうとするあん馬が、ぎゅと小さく縮まって飛びつけないような錯覚に襲われたことさえあります」つまりここ一番の勝負に向かうとき、人一倍大きなプレッシャーを感じていたのである。それを乗り越えて練習以上のパフォーマンスをあげることができたのはなぜか。加藤沢男氏曰く。それを克服してくれるのは練習だけですね。さらに言えば「失敗の練習」を積み重ねているということです。これは聞いたことがない言葉です。「私は、練習とは、失敗を自分の(感覚の)範囲に入れてしまうことだと思っているんですよ。練習する時、ふつう「いいことばっかり」考えてやりますよね。要するに、成功することばかりを考えて練習しているわけです。でも、人間なのだから、失敗は必ずあるのです。私は、逆に、失敗をする練習を繰り返しました」「失敗とは選手にとって一番大切なものです。ただし、失敗をしっ放しにしておくのではなくて、その感覚を自分のものにする。あらゆる角度で失敗をして、その感覚を自分のものにしておくことが大切です。それが選手にとっての財産だと私は思っています」奥の深い言葉です。普通の選手は成功するために練習をします。ところがいかんせん、数多くのミスや失敗が待ち構えています。加藤氏は成功することよりも、ミスや失敗を積み重ねることから学ぶことが多いと言われています。数多くのミスや失敗の体験が貴重なのです。障害物が何もないことは大変喜ばしいことのように思えます。これは認識の誤りです。数多くの失敗の経験を持っていることが、ここ一番の勝負の時に大きな支えとなって効いてくる。ミスや失敗をできるだけ多く経験して、その原因を分析して反面教師として活かしている人は、プレッシャーに押しつぶされそうになったときに底力が出てくる。我々はミスや失敗を避けて、成功する事だけを求めてしまう傾向があるが、それはそもそも出発点が間違っているのである。(あの一瞬 門田隆将 新潮社 参照)
2024.07.24
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生きている限り不慮の事故や災害に巻き込まれてしまうことがあります。その時、忘備録を用意していると安心できます。慌てることがなくなります。最悪の事態に至っても、家族が事後処理をスムーズに行うことができます。神経質性格の方は細かいことを気になりますが、こういうところで活かしたいものです。どんなことを記録として整理しておけばよいのかを考えてみました。財産の記録預貯金、投資信託、株券等・・・預入金融機関、証券会社、口座番号、預入額、通帳、カードの暗証番号不動産・・・家、田舎の田畑、山などの場所、名義人、評価額、墓の管理その他の資産・・・年金関係、貴重品、自動車、バイクなど保険関係・・・生命保険、傷害保険、医療保険、火災保険、地震保険税金・・・所得税、住民税、固定資産税、自動車税、医療保険、介護保険借入金、ローン・・・借入先、残高、毎月の返済額、返済日、会費の支払先リストクレジットカード・・・カード会社、カード番号、毎月の引き落とし日ペットや観葉植物の詳細・・・かかりつけの動物病院、運動やエサについて所属団体の記録会社名、連絡先、電話番号所属団体名、連絡先、電話番号、会費、支払日、会員証の保管場所緊急時の連絡先配偶者、子どもの名前と連絡先親兄弟、主な親戚の住所、名前、電話番号その他主要な連絡先かかりつけ医の病院の電話番号万が一のとき役立つこと自分の持病と対処方法。介護が必要になったときの希望。認知症になったときの希望。成年後見制度についての考え。遺言書の作成しておく。終末期医療、尊厳死についての自分の考え方。死後の取り扱い・・・連絡してほしい人や所属団体のリスト作り、葬儀の希望、菩提寺の連絡先、慶弔関係の申し送り。家族にぜひとも伝えておきたいこと、引き継いでもらいたいもの。墓の管理についての希望。自分の経歴・・・生年月日、小中学校、高校、大学、勤めた会社など。挑戦したこと。楽しかったこと。苦労したこと。お世話になった人のこと。迷惑をかけたと思うこと。これ以外も整理しておくべきことがあるかもしれません。本屋に行くと整理すべきことをまとめたエンディングノートが販売されています。まだの人は財産の記録から取り組むのは如何でしょうか。私の知り合いの方は、故人がいろんなところに分散投資していて、相続財産の全体像がつかめないで苦労されていました。また会費未納の連絡が次々に送られてきて閉口されていました。自分だけが知っていれば十分だという考えはあとで家族が苦労します。周到に整理しておくと、いざとなったときに自分だけではなく、周りの人も含めて大変役に立つものと考えます。
2024.07.22
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田舎の住職さんが、107歳で亡くなられた篠田桃紅さんという女性芸術家の言葉を紹介してくださいました。雑談や衝動買いなど、無駄なことを無駄だと思わないほうがいいと思っています。無駄にこそ、次に何かが兆しています。無駄はとても大事です。無駄が多くなければ、だめです。お金にしても、要るものだけを買っているのでは、お金は生きてきません。安いから買っておこうというのとも違います。無駄遣いというのは、なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、ふと、あとで思ってしまうことです。私は3万円だと思って買ったバックが30万円だったことがありました。ゼロを一つ見落としていたのです。レジで値段を告げられて驚きましたが、いい買い物をしたと思っています。何十年来とそのバックを使っています。時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は、1+1は2の人生です。無駄のある人生は、1+1の人生を10にも20にもすることができます。人は、寄り道をしたり、道草をくったり、どん底を味わったり、失敗や嫌な目に遭うという人生の無駄を経験するからこそ、人としての味や深みが出るのです。この話はとても参考になりました。振り返ってみると、私は効率重視の人生を歩んできました。無駄や無理、ミスや失敗は避ける事ばかり考えていました。イヤな思いをすることが予想されるといつも逃げていました。お金やエネルギーを使うとき、コストパフォーマンスが悪いと判断したときは、手を出さないようにしていました。無駄なこと、しんどいこと、面倒なこと、やる気が起きないことには手を出さないようにしていました。逃げたときは一瞬うまく切り抜けたのでよかったと思いました。しかしそれは大人になって大きな問題を抱えることになりました。子供の頃の雑多な社会体験不足は、大人になって困難に出会った時に右往左往するばかりで、適切な対応ができなくなってしまったのです。また、ちょっとした小さい問題が、自分の人生を大きく左右するような大問題に発展してしまうのです。最後には手に負えなくなり、投げやりになってしまうのです。集談会で人間は3000回の失敗を重ねて、大人になっていくのだと聞いたことがあります。私の場合は1回の失敗も絶対に許せないと思っていたので、精神的には子供のままの状態で大人になってしまったのです。今思うと子供の頃に多くの失敗の体験を持った方がよかったのだと思います。無駄、ミス、失敗はそのときは注射針を刺されるような痛みがありますが、後で有効に効いてくるということだと思います。無駄や無理、ミスや失敗の経験は誰でも持っています。それを否定しないで自分がまともな大人に成長するための貴重な宝物だととらえるようにしたいものです。私は30代から集談会に参加して世話役を引き受けました。そこでの数々の失敗の経験が仕事や人間関係に多少は役に立ったかなと思っています。
2024.07.18
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気分に振り回されて、やらなければならないことを放り投げてしまうことがあります。イヤだ、面倒だ、わずらわしい、気が重い、しんどい、無駄だ、効率が悪い、リスクが大きい、見返りが少ない、どうせ失敗するに決まっているなどという気持ちになったときすぐに逃げ出してしまう。逃げ出したときはほっとするが、暇を持て余し、自己嫌悪するようになります。この傾向のある人のことを森田では気分本位の人であるといいます。気分が行動することをどんなに拒否していても、必要なときに必要なことを必要なだけすることが良識のある人間のすることです。気分本位の気持ちに流されないで、行動する方法を考えてみました。一つは規則正しい生活を確立するということです。これは3ヶ月くらいで習慣化します。毎日同じ時間に起床し、ルーティンワークに従って同じ時間に同じことをする生活習慣を作り上げることです。頭で考える前に自然に身体が動くようになります。私は6時20分に起きて、8時までにブログの整理や投稿原稿を作るようにしています。これを始めて12年目です。するとこの生活習慣を崩すことは居心地が悪いと思うようになりました。たまにはさぼってずっと寝ていたいと気分本位に流されることはなくなりました。これは取り組む気になれば誰でも実現可能なことです。でも単調な生活は味気ないし、かえってストレスになるという人がいます。自分は独創的で、もっと意味のあることを手掛けたいと考えているのです。それはルーティンワークに取り組むときに、森田でいう「ものそのものになる」ということを意識すると解消します。「ものそのものになる」と気づきや発見、興味や関心、問題点、課題、改善点、改良点が次々に見つかります。それをメモして行動つなげれば、生きがいが生まれます。小さな成功体験が自己肯定感を育ててくれます。次に営業などの仕事でサボり癖がついている人は、単独行動をやめることです。自分は人が見ていないところでは、「楽をしたい、さぼりたい」人間であると、白旗を上げることです。例えば、単独の営業活動をやめて、同行営業の仕組みを作り上げると気分本位の行動は避けることができます。あるいはGPSで行動を監視してもらえれば、抑止力が働き気分本位の行動がなくなります。その他、気分本位の行動を抑制するために役に立つ関連記事をご紹介しておきます。2023年5月22日 富士山の強力の話2018年12月30日 ランナーズハイの話2021年3月31日 大数の法則の話2016年12月18日 マトリックスを使った行動分析の話これらの方法を組み合わせて、気分に流されてしまう行動を抑制したいものです。
2024.07.17
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私はネガティブ思考をしやすい、不快な感情や嫌な気分に振り回されやすいという特徴があります。そこで、「私の信条」を作り毎日朝起きると声を出して唱和することにしました。意識づけをしてなんとかこの状況を変えたいと思っています。★問題発言はすぐに取り消して肯定語に置き換える。「ダメだ」「悪い」「最低だ」→これからよくなる。「限界だ」「無理だ」「能力がない」→ダメもとで挑戦してみよう。「耐えられない」「我慢できない」「もう打つ手がない」「救いようがない」「難しすぎる」「厳しすぎる」→まだ余裕がある「運がない」「ついてない」「あきらめるしかない」→耐えれば運気や波が上がってくる。★次のような肯定語を口癖にする。「おもしろい」「愉快だ」「楽しい」「わくわくする」「いいぞ」「大丈夫だ」「うれしい」「この調子だ」「最高だ」「これでいいのだ」「たいしたもんだ」「何とかなるよ」「きっとできるよ」★過去の過ちを後悔することは1文の得にもならない。過去の過ちを反省してこれからに活かせば100文の得になる。★日記に毎日次のようなことを1つは書くこと。いいことさがし 感謝さがし ありがとうさがし 感動さがし★感情と行動は別物として取り扱う。気分と行動も別々に取り扱う。その場にふさわしい行動を心がける。腹が立ったらまず席を外す。相手が気を悪くするような発言は慎む。★人間関係は馬の合う人20:馬の合わない人20:どちらでもない人60の法則を活用する。 肝心なことは、どちらでもない人60%を敢えて敵に回さないようにする。そのために、やらなければいけないこと、やってはいけないことがある。笑顔で挨拶を欠かさないなど・・・。着実に実行に移す。★どんな人にも一つくらいは取り柄がある。また欠点が大きい人は、とてつもない長所を持っている。欠点や弱みには目をつむる。私たちは神経質性格のプラス面で勝負をかける。
2024.07.06
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樺沢紫苑氏は緊張と弛緩の逆U字理論について説明されています。これによると、過度に緊張すると頭が真っ白になりやることなすことが出鱈目になる。逆に弛緩状態に陥ると意欲が減退して行動力が鈍ってくる。過緊張もリラックスし過ぎというのもどちらも問題がある。その中間あたりに適性緊張というゾーンがある。適性緊張になると、一心不乱、注意集中力アップ、軽い緊張と興奮、ワクワクした感じ、緊張を楽しむことができるようになる。講演、演奏会、スポーツなどで大きな成果を上げることができるようになる。スポーツの世界ではゾーンに入るという言い方をされます。過緊張を適性緊張に戻していく方法が3つほどある。①交感神経優位の状態を副交感神経によって抑制していく。そのためには、深呼吸、ゆっくり話す、筋肉をほぐす、笑顔、睡眠、飲食物・趣向品を上手に使う、自律神経の乱れを整える等の方法を紹介されている。意識して笑顔をつくると10秒で過緊張を緩和すると言われている。②セロトニン神経系を活性化していく。朝日を浴びる、リズム運動、朝食をとる、トリプトファンを摂取する、3ヶ月続ける、ガムを噛む、姿勢を正す等の方法を説明されている。③ノルアドレナリン神経系を抑制していく。徹底して予行演習を行う、正しくフィードバックする、イメージトレーニングをする、正しい情報を集める、ポジティブワードをつぶやく、ルーティンワークを作り上げる等を説明されている。(いい緊張は能力を2倍にする 樺沢紫苑 文響社)このブログでも最新の脳科学というカテゴリーで関連記事を取り上げています。②については2022年2月13日で具体的な取り組み方を説明しています。セロトニン神経の果たしている役割については、2022年4月11日の記事をご参照ください。③については、2021年12月13日に「やる気と脳の仕組み」の記事で、ノルアドレナリン主導の防衛系神経回路のからくりについてご紹介しています。私たちはこちらのほうに片寄っていますので、報酬系神経回路を活性化してバランスを整えていくことが肝心です。関心のある方はご参照ください。
2024.07.04
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誰でも就職した当時は早く仕事を覚えて一人前になりたいと思っています。しかしある程度仕事に慣れてくると仕事に対する意欲が減退してくる。上司からもっと真剣に仕事に取り組みなさいと叱咤激励されても馬耳東風になってしまう。一時的に意欲的になっても、継続することは難しい。仕事は必要悪と考えてイヤイヤしぶしぶ仕方なしに取り組むことが多い。会社勤めをしている人は1日の大半は仕事をしているわけですが、苦痛でたまらないというのは問題だと思います。やる気がない仕事ぶりは、心身ともにストレスを招いて自分自身を苦しめていきます。楽しく仕事に取り組むためにはどうすればよいのでしょうか。この問題に対して森田先生は、「ものそのものになってみよ、天地万物すべて我がもの」といわれています。仕事をしているときに、問題やトラブルが発生して、つい時間の経つのを忘れて、一心不乱に取り組んでいたという経験は誰にもあると思います。仕事を楽しくする方法はここにヒントが隠されているように思います。森田では取り組んでいる仕事をよく観察しなさいと言います。仕事を観察していると、気づき、疑問、発見、課題、問題点、改良点、改善点が見えてきます。新たな興味や関心が生まれてくることもあります。これを宝物として取り扱うことが大事になります。忘れないとようにメモしておくことが大事です。これを基にして仕事に取り組むようにするのです。他人から指示されなくても、自然に体が動いてきます。そして意欲、やる気、情熱、モチュベーションが高まります。弾みがついて新たな気づき、疑問、発見、課題、問題点が見えてきます。新たな目標に向かう足がかりができてきます。この好循環を作り上げることが肝心だと思います。この好循環の流れに乗ると、仕事をすることが楽しくなります。仕事をするにあたっては、最初気が進まなくても一向にかまわない。他人から、指示、命令、脅迫されての行動でも全く問題はないのです。これは森田でいうと「お使い根性」の仕事です。むしろそれが普通である。でもそれがいつまでも続くと耐えがたい苦痛になる。そして、マンネリに陥り、苦痛を感じる力が鈍化してくると惰性で仕事をすることになってしまいます。それに歯止めをかけるためには、森田先生の言う「ものそのものなりきってみる」態度が欠かせないのです。
2024.07.03
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集談会で自己中心性を打破するために「人の為に尽くす」を実践すればよいと聞いたことがあります。ここでいう自己中心という言葉は、一般的には自分勝手な人のことを指します。森田では、注意や意識が外向きにならずにどんどん内向化してくるということだと言われています。その2つの自己中心性を打破するために、「人の為に尽くす」という手法を利用しているように思われます。「森田理論学習の実際」には次のように説明されています。人のためにつくす(自己中心性の打破)「人のためにつくす」というと、非常に大げさに考えて、「何か人のために役に立つことをしないといけない」と考えがちですが、このように大きく構えると、それがまたとらわれともなります。従って大げさに考えず、人の立場、気持ちを考えながら行動する、つまり人に迷惑をかけないように行動する、というように考えればよいと思います。・・・このようなことを心がけて行動すれば、自分にばかり向いていた注意が次第に外へ向かうようになります。また主観的なものの考え方、見かたから、客観的な見かた考えかたができるようになります。ここでは人に迷惑をかけないように行動を制御することが「人のためにつくす」ことであると説明されています。集談会で改めて議論してみました。様々な意見が出ました。・「人」と「為」をくっつけると「偽」(にせもの)という字になる。・「人の為に尽くす」という言葉は、裏になにか魂胆があるような雰囲気がある。・「小さな親切、大きなお世話」という言葉に近い。相手の求めているものでないものを押し付けるようなことになりやすい。・王貞治氏は「チーム為に仕事をしているのではない。自分のために仕事をしているのだ」と言われている。・「人の為に尽くす」は自己犠牲の上に成り立っているのではないか。・「自分のために尽くす」が先で、その結果として「人の為になっている」という順序が逆になるとまずいのではないか。・「人の為に尽くす」を「自分の為に尽くす」ことの延長線上で考えられないか。・森田先生は「人のために尽くせ」とは言われていないと思う。他人からどんなに少々悪く思われ、間抜けと見下げられても、人を気軽く便利に、幸せにするように心がけた方がよいと言われている。つまり人の役に立つ人間になれと言われていると思う。・「人の為に尽くす」という言葉は本音からでた言葉ではないので、真剣になれないし長続きがしない。以上の点を踏まえて、料理を提供する仕事で「人の為に尽くす」ということはどういうことかを考えてみました。・値段以下のまずい料理を提供しているとリピート客はまず来ないでしょう。・値段に見合った料理だけでは、また来店してくれるかどうか心もとない。仕事は生活費を獲得するために避けて通れないものという考え方に固執していると、仕事は大変つらいものになります。それどころか客足が遠のいてきます。・おいしい、安い、早い、店内の掃除が行き届いている、接客態度がよかった、交通の便がよい場合は、また来店してくれる可能性があります。・こんなおいしい料理を食べたのは初めてだという場合は、ぜひまた来店したいと思うでしょう。そのお店のことは友達に知らせたくなります。口コミで評判になります。家族も連れて行きたくなります。店は繁盛店になります。お客様を感動させてみたいという目標を持って仕事をすれば、仕事はとても楽しいものやりがいのあるものに変わっていきます。これは「人の為に尽くす」という行動ではなく、自分の目標や目的を貪欲に追い求めています。その気持ちが相手に伝わり、相手を感動させ、相手から感謝されている。人の為に尽くすという言葉をこのように考えてはいかがでしょうか。
2024.07.02
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ドジャースの大谷翔平選手の打席での新たなルーティンに注目が集まっている。2024年6月15日のカンザスシティー・ロイヤルズ戦の第2打席から始めたという。三塁線の延長線上にバットを置き、先端部分に左足をセットするというものだ。この新ルーティンの狙いについて、大谷選手は「一番大事なのは、同じ姿勢で同じ位置に立つことだ。そのラインの太さは球場によって違うため、少しでもずれないようにしたい」と話していた。本番前のルーティンは、フィギアスケートの羽生結弦さんも大切にされていた。コーチと何やら話をする。屈伸運動をする。スタート地点に向かって滑りだす。手を広げる。手で十の字を組む。肩をひねる。手を合わせる。そしてスタート地点に立って構える。これを毎回同じ動作を、同じリズムで行っているというのだ。合成写真を作るとほぼぴたりと重なるのである。ルーティンといえばその代表格はイチロー選手だ。イチロー選手はバッターボックスまでの歩数、屈伸、バットで足を叩く、構え方等17ものルーティンがあるという。それらが流れるように同じリズムで行われている。イチロー選手は試合のある日は毎回奥さんの作ったカレーを食べるという。そこから流れるような行動パターンが続いていく。球場入りの時間、入ってからの試合が始まるまでのストレッチ、練習なども、同じ時間にルーティンどおりに行われているという。これをプレパフォーマンスと言うそうである。なぜ彼らはプレパフォーマンスをことさら重視しているのだろうか。私は無意識の行動を意識しているのだろうと思う。人間は不安を感じると前頭前野で検討や詮索を始める。びっくり辞典によると、人間は1日1.2万から6万回も前頭前野で考え事をしているという。いざこれから本番というときに、前頭前野で考え事をしていると、練習で100%完全に仕上げたとしても、失敗したらどうしようと考え始めるので、よいパフォーマンスは出せない。普通は行動によって新しい感情が発生する。でも次の行動に移らなければ、その時発生した感情が頭の中に居座ることになる。しばらくの間その時の感情と交流することになるのである。これが「とらわれ」の原因となる。「とらわれ」は新しい行動によってほとんど流れ去ってしまう。しかし新しい行動が用意されないと、流れなくなってしまう。同じ感情が居座り強化されてしまうのである。それが精神交互作用によって泥沼化したものが神経症である。我々がこの話から学ぶことは何か。毎日の生活をルーティン化することである。つまり規則正しい生活をおこなうことである。毎日同じ時間に同じ行動をしていくことである。無意識に体が動いていく生活をすることである。別の日の行動を重ね合わせてみると、同じ時刻の行動はぴたりと一致するという生活を送ることである。すると一つのことにとらわれることがなくなる。とらわれても比較的早く流れていく。神経症に陥ることがなくなる。行動の変化を意識すると、新たな気づきや発見が増えていく。課題や目標が明確になり、生きる楽しみが生まれてきます。
2024.06.24
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否定的な言葉を口にしていると、行動に抑制力がかかります。積極的、生産的、建設的、創造的な行動に向かいません。それは脳内をノルアドレナリン主導の防衛系神経回路が駆け巡っているからです。ドパミン主導の報酬系神経回路が作動するように、否定的な言葉から肯定的な言葉に切り替えていく必要があります。否定的な言葉ダメだ、イヤだ、無理だ、クソッたれ、つまらない、仕方ない、面白くない、大変だ、ダルイ、疲れた、しんどい、やりたくない、運がない、ツキに見放された、恥だ、恥ずかしい、できそうもない後悔でいっぱい、悪夢にうなされる、自分のことがイヤでたまらない肯定的な言葉いいぞ、いいね、すごいぞ、面白そう、ラッキーだ、最高だ、楽しそう、いい感じ、よかった、チャンスだ、大丈夫、何とかなりそう、チャレンジしたい、リベンジできる、ツイているぞ、やる気満々、絶好調自分は存在しているだけで十分価値がある 後悔は一文の得にもならない。次に同じ失敗を繰り返さないようにすることが肝心です。さらにミスや失敗を開示して、注意喚起を行えば100文の得になる。雨降って地が固まる、失敗は成功の元、能力が高まる、人間として成長できる。自分がいつも口にしている否定語は何かを整理してみましょう。それを打ち消して効果がありそうな肯定語を2つ3つ選んでおきましょう。否定語が口癖になっているのはどうしようもありません。口走ってしまったら2022年10月1日に紹介した「イエス・バット」法を活用しましょう。これは否定語を一旦そのまま「イエス」といって肯定します。次にそれを「バット」で打ち消すのです。イヤだなあ、しんどくてやる気がしない。でも、そんなことをすると、暇で退屈になるよ。イヤイヤながら手を付けると弾みついてくることもあるよ。成功すれば自信にもなる。たとえ失敗しても貴重な経験ができるよ。切り替えるときに動作を決めておくようにする。例えば、「手をたたいて、今のはなし!」「親指を立てて、よし!」あるいは、背筋を伸ばす。口角を上げて笑顔を作る。できれば鏡で確認する。「大丈夫、命まではとられない!」「挑戦してみよう!」
2024.06.20
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落語家の立川談四楼氏のお話です。古典落語は200も300もあるそうですが、昭和の名人に先代桂文楽がいました。普通の落語家は古典落語を次々に覚えて芸の幅を広げます。桂文楽は100くらいの噺を覚えた後は、その数を増やさなかった。その代わり自分の覚えた噺を磨くことに心血を注いでいた。ネタはすべて18番だった。うなるほどうまかった。しかも20分の噺を演じると、20分きっかりで下りてきました。精密機械と噂されていました。談四楼氏の師匠は立川談志師匠ですが、その談志がこう言ったことがあります。「恐ろしいのはコツコツやるやつだ。一つのことを30年やったやつにはかなわねえ」先代桂文楽師匠のような人を見ていて、つい本音を吐露したのでしょう。(落語家のもの覚え 立川談四楼 ちくま文庫)この話は神経質性格者にとってとても役に立つ話です。我々は細かいことによく気が付きます。生の欲望も強い。失敗の原因をするどく分析する能力も持っている。また強い執着性を持っています。それらの性格をプラスに活かすようにするとよいと学びました。仕事でも趣味でも何でもいいのですが、これはおもしろいというものを一つだけ見つける。私の場合でいえば、日記を書くこと、集談会に参加すること、そしてこのブログの投稿です。毎日投稿してもう12年目に入っています。目標はこの先18年間継続することです。毎朝6時20分には起床してブログを作ることが習慣になりました。規則正しい生活習慣が確立して、朝頭のさえた時間帯を有効活用できるようになりました。読書量が増え、文章作成能力も高まりました。さらに森田理論をより深く深耕することができるようになりました。自分のために始めたことが、人の役に立つ活動に変わってきました。森田理論を仕事や生活面に活用・応用することもできるようになりました。皆さんもそれぞれ課題や目標を持って生活されていることと思います。まだの方は今からでも遅くはありません。思い立ったが吉日。これはというものを探してみませんか。水谷啓二先生は、「我々神経質者は風雲に乗じて成功を収めるタイプではない。平凡を20年、30年と積み重ねると極めて稀な非凡な人となれる」と言われています。高良武久先生は10年一つのことに取り組むと誰でもその道の専門家になれる。それが自信になって神経症の克服に向かうと言われています。よい習慣は3ヶ月で身につくと言われています。規則正しい生活習慣から取り組むことをお勧めしたいと思います。
2024.06.18
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森田先生曰く。富士山で強力のような仕事をしている人は、仕事を始めたときは1週間くらい足が痛くて便所でかがむこともできないくらいの痛みが出てくる。そこであきらめてしまっては仕事にならない。その痛みに耐えて仕事を続けていると、痛みがなくなりシーズンを通して仕事ができるようになる。この話は耐えがたい痛みがあっても、そのまま我慢して仕事をしていると、痛みがいつの間にか消えていく。足が痛くてつらいので回復に専念するという態度になると仕事にはならない。目の前にやらなければいけないことがあっても、自分の都合を優先するというのは気分本位の態度である。しんどい、辛い、やる気にならないということは仕事や生活の中でいくらでもあります。しかしこれらの感情や気分に振り回されてしまうと、生活が後退し、怠惰な生活となる。安易に人に依存するようになる。観念的になり、内向きで思考が空回りするようになる。人間関係も希薄になり、次第に孤立してくる。坂道を転がる雪だるまのように、観念と生活の悪循環がどんどんと拡大していく。どんなに気分が行動することを拒否しても、必要なときに、必要に応じて、必要なだけの行動をこなしていくことが肝心です。気分本位を吹き飛ばすためのとっておきの方法があります。たとえば月曜日の朝は誰でも会社に行くというのは気が重いものです。喜んで会社に行くという人もいるでしょうが数としては少数派でしょう。ではどうすればよいのか。まずA4用紙を用意しましょう。その左右の真ん中に線を引きます。上下のまん中にも線を引きます。4等分するのです。次に左側の上に「行動した場合」のメリットを書きます。その下にデメリットを書きます。次に右側の上に「行動しなかった場合」のメリットを書きます。その下にデメリットを書きます。これを分析するのです。(例)月曜日の朝、どうも気が重いので仮病を使って仕事を休むことにしたい。1、 その気持ちを行動に移した場合のメリット 重苦しい気持ちが無くなる。一瞬気が楽になる。2、 休んだ場合のデメリット仕事が2倍にたまって明日がしんどくなることが予想される。当面の自分の仕事を他の者が手分けをしてやることになる。他人に迷惑がかかる。次の日不平や不満が出ることが予想される。パジャマのまま寝ていたら退屈になってくる。みんなが仕事をしているのになんと自分は情けない人間なのだろうと自己嫌悪に陥るかもしれない。家族の生活をどうして支えていくというのか。3、 気は重かったが休まないで出社した場合のメリット気は重かったがとりあえず身支度をして会社に向かった。会社に着いて仕事を始めたがなんか体が重い。昼過ぎまではボツボツならし運転程度の仕事ぶりだった。昼ご飯を食べた後少し眠くなった。それを過ぎると少しずつ仕事モードに切り替わっていった。帰る頃には普段の仕事のリズムがなんとか取り戻せた。休んでしまうと火曜日がそんな状態になり1日分無駄になる。4、 休まなかった場合のデメリット気が重いという気持ちを持ちながらしかたなく準備を始める。イヤイヤ足を引きずるようにして会社に向かうという選択。こちらの選択が好ましいと感じた。休まずに出社したことの大きなデメリットは思い浮かばない。この4つを書き終えたらよく比べてみる。1は瞬間的には気が楽になる。でもあとで気が重くなり後悔するようになる。2の選択は悪いことばかりになってしまう。3は最初注射針を差し込まれたような痛さはあるが、総合的に判断してみるとこれでよい。4は一時の気分に振り回されて安易な方向に向かわないほうがよいと改めて感じる。
2024.06.16
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柏木哲夫医師はホスピスで多くの患者さんを看取られました。今までの人生の中で、数多くの小さなミスや失敗を経験した方は穏やかな死を迎えることができると言われている。興味深い話です。それはなぜなのか。柏木哲夫医師曰く。いわゆる庶民と言われるような人々は、辛いことを何回も乗り越えてきている。言い換えると、庶民は「小さな死」の体験者なのである。小さな死というのは、例えば、手に入れようと思った何かが手に入らなかったりしたということです。失恋、失業、倒産、病気、仕事上の問題、家族の問題、会社の人間関係なども「小さな死」と考えれば、人間は「小さな死」をたくさん経験しながら、「本当の死」を迎えるのである。ずっとこの「小さな死」を体験してきた人、つまり「小さな死」で訓練を積んできた人は、自分にとって一番不都合な「大きな死」である「本当の死」をそれなりに受けいれられる。「小さな死」を体験したことがない人は、「大きな死」も受け入れにくい。ずっとエリートコースを生きてきた上場企業の企画部長さんを看取ったことがあるが、大変だった。行きたい学校へ行き、地位と名誉と財産を築きながらも、初めてうまくいかなかったのが、自分の命が57歳くらいの若さで亡くなるということだったのです。普通の人も死を受けいれることは大変ですが、挫折の経験がほとんどない人は、それ以上に大変なことになるのです。(人生の実力 柏木哲夫 幻冬舎)私は対人恐怖症で苦しみました。劣等感で苦しみました。仕事でも躓きました。管理職としての職責を果たせませんでした。子育てに失敗しました。良好な人間関係とは無縁の生活を送ってきました。それは嫌なこと、辛そうなこと、面倒なこと、失敗が予想されることから逃げ回ってきたからです。社会体験不足のまま大人になってしまった。気分本位の生活は逃げ回ると一時的には楽なります。ところがその後暇を持て余すようになりました。そのむなしさを埋めるために刹那的な快楽を追い求めてしまう。気持ちが内向きになり、自己嫌悪、自己否定で苦しむようになりました。そのときは、高良武久先生のいわれる適応不安で苦しむことになるとは夢にも思いませんでした。砂を噛むような味気ない人生に甘んじるようなことになってしまいました。集談会で、人間は3000回の失敗の体験を積み重ねて、まともな大人に成長するという話を聞きました。ミスや失敗を目の敵にする人が多いのですが、それは憎むべき相手ではなく、自分という人間の器を大きくしてくれるものだと気づきました。ミスや失敗を忌み嫌っているといずれ後悔するようになります。歳をとって悪夢で苦しむようになります。逆にミスや失敗を今後の反省材料として活用できるようになれば、こんなに役に立つものはありません。同じようなミスや失敗をしなくなるからです。また成功するためのコツやノウハウを身に着けることができます。ミスや失敗の経験が少ない人は、今後の生活で取り戻すしかないと思います。ミスや失敗が予想されることにもあえて挑戦してみる。そしてミスや失敗の数をどんどん増やしていく。1ヶ月に10個経験できれば、1年で120個、10年で1200個、25年で3000個の目標が達成できます。日記に書いて集計していくというのは如何でしょうか。ミスや失敗を大いに喜ぶ人間になることを目指したいものです。
2024.06.12
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2024年2月17日、国産H3ロケットの打ち上げに成功した。これは第一回目の打ち上げ失敗から実に348日ぶりの快挙であった。第1回目は第2エンジンに点火しなかったため失敗に終わっている。この間、なぜ第2エンジンに点火しなかったのか、その原因をゼロベースで洗い直した。そして7つの原因に絞り込んで何回も実験を繰り返した。その中に点火装置に過電流が流れると、点火装置がオンにならないと指摘した人がいた。指摘した人は研究チームの外部の人で、電気回路の専門家であったという。この指摘は、過去H2A、H2Bの打ち上げのときに、全く問題視されることはなかったので、うっかり見過ごされるところでした。もしかしたらという気づきをもとに1000回ほど実験を繰り返したという。その結果、これは原因の一つとして排除できないという結論に達し、改善に取り組むことになった。失敗を真摯に反省して、改良・改善に取り組んだ結果、第2回目は第2エンジンに無事点火した。またそれ以外のすべてのミッションも成功した。JAXAのH3プロジェクト電気班責任者の小林泰明氏は次のように語っている。失敗するとめちゃくちゃ勉強になる。そういう勉強の機会を与えるために、失敗があるのかと思う。失敗することによって、蓄積される経験は、ただただ成功しているよりも、はるかにかけがえのないものをもたらす。ここで肝心なことは、失敗を失敗で終わらせないことです。JAXAのH3プロジェクトマネージャーの岡田匡史氏は次のように語っている。神様でない以上100%はありえない。確率の問題なのか、としか言いようがない。大きなどん底から、未来に向かって一歩一歩進んでいくことが大事です。迷っても仕方ないことには迷わない。自分は迷いなくシンプルにこの道を歩いてきた。目標が明確になれば、途中で厳しい状況に出会っても乗り越えることができる。これでロケット打ち上げ分野で世界と勝負できる基礎作りができたという。この話は神経質者にとってとても参考になる話だと思いますが如何でしょうか。
2024.06.11
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人間は誰でも「めんどうだ」「おっくうだ」「やる気が起きない」「しんどい」「だるい」「眠い」「不安でいっぱいだ」「体がうごかない」「無駄なことはパスしたい」「楽をしたい」などという気分本位に振り回されてしまうことがあります。その気持ちを押しのけて、我慢して行動すればよい結果が生まれることはよく分かっているのですがなかなか行動にふみきれない。そして後で後悔するようになる。ではどうすればよいのか。よい方法がありますのでご紹介いたします。森田先生は次の日が楽しみな遠足というときは、自然に時間になれば目が覚める。ただちに準備に取り掛かることができると言われる。作家の人などは、前の日に文章を途中まで書いて止めておく。例えば、「私は」と書いて、止めておくと次の日は早速筆が運ぶという。これらは、目標や目的を意識しているために、すっと行動に入っていけるということだと思います。私は土日、祝日が休みですが、金曜日までにはやるべきことややってみたいことを紙に書きだしています。休日は充実感とともにあっという間に終わってしまいます。これは「呼び水」を入れるという方法です。井戸水を組み上げるときは、最初に呼び水を入れてポンプを漕ぎます。すると、呼び水がきっかけとなって、水を汲み出すことができます。つぎに2022年2月号の生活の発見誌に「皮切り」という記事がありました。外科の手術でも皮膚を切るときだけが痛く、その後は何ともないものです。熱いお湯に入るときもちょっとはじめがつらいだけであります。神経質のいろいろな症状に悩んでいる人にとっても、この「皮切り」が大事で、ちょっとはじめに思い切ってやってみれば、なんでもなくできることが分かるのであります。さらに良いのは、ルーティンワークの習慣を作ることです。規則正しい生活を確立すると「この次は何をしようか」と考えるまもなくすっと体が動いてくれるようになります。同じ時間に同じことをするという生活はリズムのある生活となります。適度に前頭前野を休ませることで脳がヒートアップすることを防止できます。
2024.06.09
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元体操日本代表に選出された白井健三選手のお話です。白井選手は床が得意です。床には150の技があるそうですが、その中で「後方伸身2回宙返り3回ひねり」という技はH難度で一番難しい技とされています。「シライ3」と呼ばれて彼しかできないと言われていました。しかし金メダルを獲得して当たり前という状況の中で、2014年の世界選手権の「ゆか」は2位に終わりました。白井選手は、その敗因について「同じことをやっていたから負けたのだ」と分析しました。というのも、この大会で彼が披露した技は、すべて前年の世界選手権で優勝したときと同じものでした。その結果知らず知らずのうちに気が緩み、「同じ内容でも勝てるだろう」と思ってしまったのです。演技の内容自体に目標を見失い、守りに入っていたのです。これを教訓にして、2015年の世界選手権では、当時の最高であるG難度の大技「リ・ジョンソン」に挑戦して成功させました。そのほかの大技も次々と成功させて再び世界王者に返り咲きました。(弱さをさらけだす勇気 松岡修造 講談社)この話は目標や課題を持ってチャレンジすることがいかに大事になるかを教えてくれています。目標や課題を持っていることは、人間の精神の健康を維持するために欠かすことができないものです。これは脳の仕組みを理解すると容易に察しがつきます。優勝できなかったときは、自分でも気がつかないうちに、緊張感が薄れ、弛緩状態(根拠のない安心感や安堵感)が入り込んできたのです。その時脳内では、やる気の脳と言われる腹側被蓋野、側坐核、A10神経群、前頭前野の活動が抑制されていたのです。報酬系神経回路の活動が抑えられてしまうので士気が高まらない。前頭前野は、「まさか、失敗するようなことはないだろうな」と予期不安が強まります。こんな状態では勝てる試合にも負けてしまう。焦れば焦るほど、成果を上げることができなくなってしまいます。さらに悪いことは重なるものです。ノルアドレナリン主導の防衛系神経回路が脳内を駆け回るようになるのです。これで勝とうというのは虫がよすぎます。目標や課題の存在は我々が考えている以上に大きな影響を与えていることが分かります。森田では目標や課題から目を離さないために、先ずは凡事徹底に取り組むことをお勧めしています。大きな目標を持つ前に小さな一歩を踏み出すことが大事になります。
2024.06.02
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ミシュランガイドで3つ星を獲得しているシェフが、料理は一つ一つの作業を取りだしてみると、単純作業の繰り返しなのです。その単純作業の中にどれだけ多くの疑問や改善点を見つけることができるか。そして工夫や改善を繰り返して、さらなる高みを目指すのが一流シェフなのだそうです。これは私たちでいうと、「凡事徹底」のことだと思います。言われたからイヤイヤやっていますというのは、初期段階はしかたがない。でもこの段階で終わってしまっては、気づきや発見は生まれてきません。目の前の仕事に一心不乱に取り組むと、感情が流れて、次第に仕事は面白くなります。一流料理人になるためには、いかに下ごしらえに時間をかけているかにかかっています。芋の皮一つむくにも、魚の鱗一枚落とすにも、心をこめて何年もやらないと一流にはなれません。料理人の世界では昔から、芋の皮むき3年、ネギの細切り丸4年などといわれて、来る日も来る日も一つのことをとことんやり抜いた。一日の仕事が終わって親方たちが帰ると、若い修業中の料理人たちは厨房を貸してもらい、料理の練習をしながらさらに下ごしらえの経験を積んでいく。そんなことを繰り返しているうちに、彼らは素材の扱い方を知り、食べるということの素晴らしさを学んでいき、堕落を振り払うのである。こう考えると、料理人の下ごしらえというのは、料理そのものの下ごしらえであると同時に、自分の人生の下ごしらえでもあると言えます。下ごしらえの基本は、とにかく無駄を出さないことだ。大根の先やネギの青葉、魚の粗なんて、今の年季の少ない料理人は捨ててしまうことが多い。昔の料理人は無駄を出すことをしなかった。だから真剣にならざるを得なかったのです。これは森田理論で言うと「物の性を尽くす」ということです。神経質な人は、クリエイティブな仕事、人から賞賛を浴びるような仕事こそが価値のある仕事だと思っています。誰でもできるような簡単な仕事にはそっぽを向いてしまうのです。仕事というのは、分解してしまえば単純な仕事ばかりである。そんな仕事が寄り集まって複雑で難しい仕事になっているのだということだと思います。細かい仕事に真剣に取り組むことで仕事の土台ができてくる。そして人間としての土台がでてくる。そういう人が作り出す料理は他人を感動させる。それは料理を通じて人生の極意を感じるからかもしれない。(食の堕落と日本人 小泉武夫 東洋経済新報社 90ページより引用)
2024.06.01
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人間の生活は常に緊張状態と弛緩状態をくり返しています。つまり波があるということです。リズムがあるとも言います。これは1日、1週間、1ヶ月、1年間の中でも繰り返されています。日常生活のなかに緊張と弛緩の好循環を作り上げることはとても大事なことです。本を読んでいるとき、難しい本や興味のない本の場合は、緊張感がなくなり、その隙間を埋めるようにして、睡魔が忍び込んでくる。そんなときつい昼寝をしてしまうことがあります。昼寝は悪い面ばかりではありません。昼間の30分程度の睡眠は脳のパフォーマンスを30%ほど向上させる効果があるそうです。車を運転している時もパーキングエリアで20分の仮眠をとれば眠気はとれます。しかし1時間以上も昼寝をすると逆にアルツハイマー病の発病率を2.6倍に高めるそうです。その他にも様々な弊害があります。(脳内物質仕事術 樺沢紫苑 マガジンハウス 254ページ)睡魔が襲ってくるときは、精神が弛緩状態にあるときです。そのまま1時間以上寝てしまうと、心身ともに活動を休止してしまいます。かえって体の調子が悪くなり、元の状態に戻すのが大変です。こういうときは「超低空飛行」を心がけていると、そのうち弛緩から緊張状態に切り替わってきます。休みの日に趣味や日頃メモした懸案事項などに取り組んでいると、弛緩状態に陥ることはなくなります。だらだらと休日を過ごしてしまいますと最後には後悔するようになります。凡事徹底を軽視している人や気分本位な傾向がある人は、日常生活全体が弛緩状態に陥り、暇を持て余すようになることがあります。こういう人は意識して緊張状態を作り出すように心がけた方がよいと思います。そのためには、規則正しい生活習慣を作りあげることをお勧めします。毎日同じ時間に同じことを繰り返すというルーティンワークが確立すれば、すっと身体が動いてくれるようになります。たちまち緊張と弛緩の好循環が生まれてきます。次に緊張と弛緩は急激に切り替えると問題が出てきます。森田先生は風邪をひくのは心の緊張と弛緩の急激な変化から起きると言われています。感冒にかかるのは、常に心の緊張と弛緩との急激の変化の際に起こるもので、元気なら元気のように、弱ければ弱いように、常に周囲に自然に適応していくというふうならば、決して風邪をひかぬのであります。(生活の発見誌 6月号 35ページ)緊張と弛緩の切り替えは常に徐々に行うのがコツのようです。精神が弛緩状態に陥ったとはどうすればよいのか。森田理論の「休息は仕事の中止ではなく、仕事の転換にあり」を応用することです。昼間横になって1時間以上寝てしまうのはもったいないです。そんなときは心機一転、身体を動かすような別のことに取り組むようにするのです。30分おきに頭を使ったり手足を使ったり切り替えていると、弛緩状態の波を小さくすることができます。緊張状態にあるときは、弾みがついて過度にのめり込んでしまうことは注意したいものです。神経質者の場合は、やりだすまでは時間がかかり、やり始めると歯止めが効かなくなるという傾向があります。欲望の暴走はある一定の限度を超えると制御力を失います。日頃から不安を活用して欲望の暴走を抑えるように心がけたいものです。車でいえばアクセルを踏み込むだけではなく、ブレーキも適宜踏み込んで安全運転を心がける必要があります。ブレーキの壊れた車は大変危険です。
2024.05.31
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元中日ドラゴンズの山本昌氏のお話です。何もやっても長続きがしないという方には必見です。取り立てた才能もない自分が、なぜ50歳まで現役選手としてマウンドに立つことができたのか。その最大の原因は「継続力」にあると思っている。だが、何事も継続するというのは苦しい。「よし、今日からダイエット。毎朝5キロ走るぞ!」と、決心は誰でもできるが、それを継続するのは至難の業です。そして、「オレは、意志が弱いな」と落ち込むことになる。これは意志が弱いのでも何でもない。継続するには目標が高すぎたのだ。つまり「目標値」を先に設定して、それを継続しようとすることに無理がある。「目標値」を成果から逆算するので、どうしても目一杯のものになる。そんなことが長続きするわけがなく、挫折して当然なのである。僕は逆発想する。「目標値」を成果から逆算するのではなく、継続できるかどうか、から考えて決めるのだ。たとえば毎朝走るなら、「何キロだったら毎日続けられるか」を考える。だから思い切って距離を短くする。5キロを目標にしたいと思ったら、1キロにする。これだったら、雨が降ろうがヤリが降ろうが継続できるからだ。たった1キロでも、1ヶ月、2ヶ月、半年、1年と続けていくうちに「俺はやりとげている」という自信が腹の底から湧き上がってくるものだ。5キロの距離をノルマにして挫折すれば、「自己嫌悪」、わずか1キロでも継続すれば「自信」になる。どっちがいいか、言うまでもないだろう。10種類のトレーニングがあったが、僕はそれを3種類だけにした。ノートに10種類のトレーニング内容を書いて、その日に行った3種類のトレーニングに○をつけていった。3種類だけなら、10分もあればできる。本当は10種類全部やるのがいいことは分かっている。しかし、それをやれば苦痛になって続かないということもまた、僕にはわかっていたのだ。校時代から始めた2キロのダンベルトレーニングは30年以上も続いている。(継続する心 山本昌 青志社参照)小さな目標を設定して、継続すると習慣になります。習慣になると無意識的に体がすっと動くようになります。またそれが成功体験になり、自信になると言われている。自信の数が増えてくると、自己肯定感がでてくる。弾みがついて、さらに別の目標にも手を出すようになる。大きな目標への足掛かりにもなる。私の場合を振り返ってみた。生活の発見会に入会して37年である。地元集談会にはほとんど参加している。参加することが待ち遠しい。世話活動もしていて休むということを考えたことがない。仕事に携わって50年を超えた。今でもマンションの管理人の仕事を継続している。仕事を持っていると規則正しい生活の柱ができる。また決められた範囲内で自分の裁量で仕事ができる。仕事の中で身体を鍛えることができる。階段の上り下りを取り入れて毎日6000歩以上は歩く。わずかながら収入にもなり、冷暖房完備の管理人室を自由に使えるのでうれしい限りだ。このブログは11年5か月になる。その間毎日投稿してきた。習慣化しているので、無理なく継続している。毎日日記をつけて18年になる。よかったこと、感謝の気持ちを書いている。特になければ今日の出来事などを書いている。過去の日記は家族のイベント、毎年の予定がよく分かる。一人一芸のドジョウ掬い、しば天踊り、傘踊り、腹話術の口上、皿回し、アルトサックス、カラオケの練習は習慣化している。時々獅子舞と浪曲奇術の練習もしている。朝晩の草花への水やりと手入れ、メダカの世話は欠かさない。田舎での自家用野菜つくりは、シーズンになると1時間30分かけて毎週のように通いで続けている。毎年味噌作り、梅酒、ラッキョウ漬け、マフィン作りは続けている。山本昌氏の先に目標を決めるのではなく、継続できるところから取り組むという考え方に大賛成です。
2024.05.30
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依存症には、アルコール依存症、ギャンブル依存症、ネットゲーム依存症、通販依存症、ニコチン依存症、恋愛依存症など様々ある。私はある時期、パチンコ依存症になりかけたことがある。お金を湯水のように使うことはいけないということは、妻に指摘されなくてもよく分かっていた。しかし足が勝手にパチンコ屋に向いてしまう。自分の身体なのに制御不能になっている。脳が得体の知れないものに乗っ取られてしまったような感じだ。毎日1000円のこづかいしか持たないようにして必死に耐えました。3か月くらい経過して、パチンコ以外にもいろいろ楽しみがあると思えるようになってやっと足が洗えた。以来パチンコ屋には1回も足を踏み入れていない。依存症にはネズミを使った興味深い実験がある。同数のオス・メス合計32匹のネズミをランダムに16匹ずつ環境の異なる2つのグループに分ける。一方は一匹ずつ金網のオリの中にいれる。他方は広々とした場所(ラットパーク)に雄雌いっしょに入れて生活させる。そして両方のネズミに普通の水とモルヒネ入りの水を用意して、その後の様子を57日間観察した。9~13日後、ゲージのネズミたちはどんどん薬物の深みにはまる。一方広々とした場所のネズミたちは、自由にモルヒネが飲めるにも関わらず、ほとんど触れられずに自由な生活を楽しんでいた。19~23日後、ゲージのネズミはますます薬物を口にし、反面ラットパークのネズミは薬物を避け続けた。心地よい環境にあるラットパークのネズミたちは薬物に対する欲求がほとんど見られなかったという。この実験の結果、依存症の発症には、生活環境が大きく影響しているという結論に達した。自由を奪われて生活しているとストレスがたまります。それを解消しないと心身に重大なダメージを与えます。そこで手っ取り早く依存対象に手をつけるようになるのです。ドーパミンというカンフル剤を利用して、ストレスを緩和させようとしているのです。依存症は、誰でも最初は好奇心に突き動かされ、軽い気持ちで手を出します。そのときの快感が脳にしっかりと刻まれる。二度三度と手を出すうちに、しだいに脳がハイジャックされる。気が付いたときは、使用量がどんどん増えている。また中断すると禁断症状に苦しめられる。離脱症状と言われるものです。そのアリ地獄の底に落ちると、自分の意志の力だけでは依存症から抜け出すことは不可能となります。依存症に陥らないようにするにはどうすればよいのか。その予防法として考えられるのは、日常生活の中で過度のストレスをため込まないようにすることです。孤独、退屈、苦痛、不自由、人間関係などのストレスを極力抱え込まないことです。問題を抱えている人は信頼できる人や集談会の先輩会員に相談することです。それでも難しい場合は医療のお世話になるしかありません。依存症に陥る人は生活が不規則になる傾向があります。規則正しい生活習慣を作り上げると抑止力が働きます。無意識のうちにすっと身体が動いていくような習慣を作り上げることが有効です。日常生活の多くを他人任せにしている人は精神的に不安定になります。特に食生活が大切になります。自分で料理を作らない。宅配を頼む。ファーストフードが多くなる。外食中心になる。これらは依存症の予備軍となります。日常生活の中で、小さな目標に挑戦して達成感や感動を味わうという楽しみがない。外から与えられる娯楽的、刺激的、享楽的な楽しみばかりを追い求めている。こうなると、身体は依存対象に引き付けられてしまいます。そうしないと精神的にイライラして苦しくなってくるからです。凡事徹底の生活習慣を身に着けて小さな楽しみや感動をより多く見つけることができるようになると依存症に陥ることを防止できます。
2024.05.29
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私たちは人から指示されてイヤイヤ仕方なくやることは、身が入っていないので出鱈目になりがちだと考えやすい。これに対して奥村幸治さんは疑問を投げかけておられます。私は現在、「宝塚ボーイズ」という中学硬式野球チームの監督をしています。そこで子どもたちに野球を教えていますが、最初によい習慣を身につけさせるには、監督やコーチ、親などから「やらされる」という外部環境も必要だと考えている。たとえばチームに入ったばかりの中学1年生に「自分の目標を持って練習をやりなさい」と教えてもできません。そこで、「キャッチボールのときはこういうことを考えながらやろう」とか「道具を大事にしよう」と具体的な話をしながら習慣づけをしていきます。すると初めは監督やコーチに「やらされる」だったことが、どこかで主体的に自ら「やっている」ことに変わっていきます。イチロー選手も小さい頃はお父さんに毎日バッティングセンターに連れて行かれていました。お父さんとキャッチボールをするのは純粋に楽しめていたかもしれませんが、毎日バッティングセンターに行くのは大変です。今日は行きたくない。つらい時期もあると思うのです。けれど、それを続けているうちに、「自分のなかに目標を作る」という意識づけができるようになったのではないかと私は思います。「やらされる」を「やっている」に変えると、目的意識ができて練習に張りが出てきます。(一流の習慣術 奥村幸治 ソフトバンク新書 40ページより引用)勉強や仕事でも最初から面白くてたまらないという人はいません。むしろ、取り掛かる前は億劫で、やらないで済むことなら、やらない方を選択したいと思いがちです。それが正直な気持ちです。でも、それに流されると、次の展開は望めません。気分本位で逃避的態度を選択することは、人間の本来性に背くことになります。ですからイヤイヤ仕方なしでも行動を起こすことがとても大切になります。そうはいっても、「楽をしたい。エネルギーを消費しないで休みたい。人が見ていなければさぼりたい」という気持ちの誘惑にまけて、堕落の道に真っ逆さまというのが実態です。そういう人を見つけると、首に縄を巻いてでも、オアシスまで連れて行くという人がいるということは、将来的に見るととてもありがたいことです。奥村さんは、とりかかる前は、本人がどんな気持ちだろうが関係がない。とにかく無理やりにでも、行動のきっかけを作っていく。その先はどうなるか分からない。イチロー選手のように、興味や関心を高めて、目標を持って主体的に行動してくれるようになることは理想ですが、そうならないこともある。その方が多いかも知れない。そういう場合は、別の面で刺激を与えるようにする。ここで大切なことは、最初の「やらされている」という気持ちが、イヤイヤ手をつける事で、好奇心が刺激され、疑問や関心や興味が生まれてくる呼び水になることがあるということです。そうなれば、つぎの課題や目標が生まれてきます。このようにしていつの間にか主体的な行動に変化してくるのです。課題や目標、夢や希望に向かって、努力精進するというレールに乗るかどうかは、最初は他人から強制されたことでも構わないということになります。子供を持っている親は、無理やりにでも多くの経験をさせて、きっかけづくりをする必要があります。集談会では、自分の日常生活や趣味などを開示して、他の参加者に刺激を与えることが大切です。集談会に参加する人は好奇心旺盛な人が多い。相手が刺激を受けて自分でも取り組んでみようと思ってくれれば紹介したかいがあったというものです。
2024.05.28
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森田理論学習の要点の「行動の原則」に「感情と行動は別物」というのがあります。対人感情には、憎しみ、反感、怒り、腹だたしい、嫌悪感、不愉快、憤り、むかつく、うんざりする等があります。こういう感情が湧き上がったとき、すぐに相手に反撃を仕掛ける人がいます。このような対応は一時的にカンフル剤的な効果はありますが、最終的には自分のほうが孤立してしまいます。そのことは誰でもよく分かっているのですが、同じような失敗を繰り返してしまう場合があります。その原因は、子供の頃に苦しみに耐える、欲しいものを我慢するという訓練や経験が不足していることが考えられます。そのつけが大人になって深刻な問題を引き起こしているのです。しかし子供の頃の経験不足を大人になって取り戻すことはできません。どのように対応すればよいのでしょうか。森田の感情の法則①で、「感情はそのまま放任し、またはその自然発動のままに従えば、その経過は山形の曲線をなし、ひと昇りひと降りして、ついに消失するものである」とあります。この法則の活用方法を考えたほうがよいと思われます。腹立ちや怒りの感情は、そのままにしておくと自動的に反撃のスイッチが入ってしまいます。時間をかけてゆっくりと対応することは困難です。そこになんとか風穴をあけることを考える必要があります。2019年10月27日の投稿記事が参考になります。「突発的な怒りの感情は6秒でピークに達し、それをやり過ごせば次第に鎮静化すると言われています。その6秒さえやり過ごせば、怒りに任せて他人を傷つけたり、人間関係を悪化させる行動を控えることができやすくなります」腹が立ったとき、怒りでぶるぶる震えたとき、指折り数えて6秒待つという戦略をとるのは如何でしょうか。突発的な怒りの感情は一山登るのにたった6秒しかかからないということです。一山登れば後は下降していく運命にあります。6秒待つだけなら意識すれば何とかなるような気がします。それを座右の銘として持ち歩き、絶えず意識づけを行う。次に、相手から距離を置くことを考える。例えば「腹が痛くなったのでちょっとトイレに行かせてください」などと言って相手から離れる。そのようなことができるようになれば、「感情と行動は別物」として取り扱うことができるようになります。何度失敗を繰り返しても構いませんので、この能力を身に着けるように努力しませんか。そうなれば敢えて多くの人を敵に回すことはなくなるはずです。
2024.05.24
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2月号の生活の発見誌の記事(66ページ)からの引用です。森田療法では、布団上げなど家事の手伝いをすることを推奨しています。私は愚直に発見会に入会した時からこれを続けており、最近は家にいることが多くなったので、部屋掃除、食器洗い、洗濯、片付けなど、気分や症状に関係なく行っています。こういう日常生活の雑事を継続してやることで、日常生活が整い、それが癖になり継続の力となっています。集談会で毎日同じ時間に同じことをするルーティンを作りあげて、実行している人は、神経症に振り回されることが少なくなると聞きました。私の体験でも規則正しい生活は神経症を克服するための大きな力になると思っています。特に朝起床する時間を一定にすることが肝心だと思います。私の場合は6時20分です。それからは次々と流れ作業が続きます。これが習慣化してくると何も考えなくても身体のほうが自然に動いてくれるようになります。結果として前頭前野を休ませることができるのです。前頭前野は必要に応じて適宜活用するようにした方がよい。帚木蓬生氏は、悩みや心配は5分以上頭の中でひねくり回してはいけないと言われています。脳が傷んでくるからです。5分たったら、身体を動かし、脳を休ますようにするのが肝心です。(生きる力 森田正馬の15の提言 朝日新聞出版 45ページ)
2024.05.21
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森田先生はやるかやらないか迷うときは、いったんイエスと引き受けなさいと言われています。本当にそうなのでしょうか。ある人が会社の採用試験を受けた。会社は経理に精通し決算書が作れる人を求めていた。その人は簿記の資格を持っており、やり方を教えてもらえれば、何とかなるだろうと思って、「できます」と答えた。そして運良く採用された。ところが決算時期を迎えて、目的が果たせなかった。結局は会計事務所に依頼することになった。その人は解雇されたという。この方は作成能力がないのに、採用されるために安請け合いをしたのである。入社後死に物狂いで、決算報告書の作成、税務申告書の作成方法を勉強すれば何とかなったのではないかと思う。入社できたことが最終目的地で、その後の努力を怠ったので経歴詐称を働いたと思われたのである。森田先生が今の慈恵医科大学の前身である慈恵医学校で、「精神病学」の講義をするようになったのは、東京帝国大学卒業後9か月目です。その当時、1時間の講義をするのにその準備に8時間も要したのです。この時に、「自分はまだ講義をする実力がないから、1年先に延ばしにしてもらいたい」といったところで、オポチュニティーは頭の後が禿げているから、決して後ろから、つかまるものではありません。(森田全集第5巻 535ページ 要約引用)森田先生はイエスと答えたあと、その期待に応えるために、必死に努力精進することが必要だと言われている。自信のない事、能力不足なことを引き受けるからには、責任を果たすための覚悟と努力が欠かせないということです。もしその覚悟がなかったとすると、軽はずみで、信頼のおけない人だと判断される。大きな行事に参加申し込みだけして、そのうち気が変わってドタキャンする人がいます。主催者は宿泊や食事の手配、交通費の手当てなどの準備をしています。ドタキャンは主催者に迷惑をかけ、無責任な行為になります。あるいは運よく仕事にありついても、与えられた仕事をこなさないでさぼりまくる人もいます。イヤな気分に振り回されて、なすべき事から逃げてしまう人です。こういう人は「迷った時はイエスと答える」を安易に実行すると、信頼をなくして相手にされなくなってしまいますので注意が必要です。
2024.05.15
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株価は毎日上がったり下がったりしています。株の変動については、上値抵抗線という話を聞きます。これは株価が上昇していくときに、上値抵抗線に到達すると、跳ね返されて下がり始めるというものです。それが何度も繰り返される。ところが、何かをきっかけにして、その上値抵抗線を突破してしまうことが起こる。すると、今までの上値抵抗線は、驚くことに下値支持線に変わってしまう。下値支持線というのは、そこまで下がっても、そこから逆に反発するという抵抗線です。同じ場所にある抵抗線でも意味が全く違います。あるプロ野球の選手が次のように話していました。一旦乗り越えた壁は、今度はそれが自分を守る盾になる。この言葉の意味することを考えてみました。何度チャレンジしても失敗続きで跳ね返される。自分の能力では突破することは無理だ。自分は何をやっても失敗ばかりだ。世の中は自分に対して冷たいことばかりする。そのうち投げやりになって、端からあきらめてしまう。ところが、何回失敗しても、何回跳ね返されても、挑戦することをあきらめない人もいます。逆に益々闘志を燃やして果敢に挑戦する。そしてついには、どうにもならないと思っていた壁を乗り越えてしまう。乗り越えた人は一段階ステップアップした器の大きな人間に変身しています。ノウハウや自信をつかみ、さらに大きな目標に挑戦する人間に変身しています。小さな成功体験を蓄積していくと今度はその乗り越えた地点が出発点に変わるのだと思う。今まで目標でしかなかったところが、乗り越えた途端に自分を強力にアシストしてくれる盾のようなものに変身するということです。これはエベレストの登山をイメージすると分かりやすい。エベレスト登山ではベースキャンプを徐々に頂上に移動していく。ベースキャンプで準備万端態勢を整えて、そこを基点にして果敢に頂上にアタックしていく。神様は自分に乗り越えられないような課題は与えないと聞いたことがあります。神経症で苦しみ、のたうち回っている人は、きっと乗り越えることができる課題を与えられているのだと思います。私たちは幸運にも失意のどん底で森田理論に出会いました。同じ悩みを抱えて苦しんでいる仲間と知り合いになれました。神経質の執着性を活かして、仲間と協力しながら、森田理論学習を継続し、生活に応用するようにすれば、神経症はきっと乗り越えることができるはずです。また人生90年時代を自信を持って生きていくための人生観を確立できます。潮岬灯台
2024.05.13
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登山家の野口健さんのお話です。ヒマラヤは感覚の世界だ。登山中にいちいち理屈で物事を考えていたら遭難してしまう。1ヵ月間もヒマラヤにいると、雪崩や落石、氷河などの崩壊の危険に絶えずさらされているためか、音に敏感になる。また湿度や温度など、微妙な変化まで全身の毛穴や肺胞で感じとれる。厳しい環境の中で生き延びるために五感が研ぎ澄まされていく。ヒマラヤにいる時の自分の表情を写真で見て、その眼光の鋭さに驚いたことがある。人はなぜ、あえて危険な冒険に魅せられるのか。時に五感をフルに働かせ、生き延びることだけに必死になりたいのかもしれない。人間も動物だって同じことだ。(自然と国家と人間と 野口健 日経プレミアシリーズ 16ページ)野口健氏は、精神が緊張状態から弛緩状態になると、五感の機能はしだいに衰えてくると言われています。その日食いつなぐことに必死に生きている開発途上国の人たちを見ていると、第一目つきが違う。眼光鋭く、うつろで憔悴した目つきをした人はいない。身の危険を感じることがない。食べることに困らない。安心・安全で不安やストレスのない世界に身を置いていると誰でも五感は鈍化してきます。感性や感受性が廃用性萎縮現象を起こしてしまうのである。有り余る時間を、刹那的で刺激的な快楽で穴埋めしようとしている現代人は、緊張感がなくなり、五感は正常に機能しなくなっているのだろう。精神を弛緩状態から緊張状態に切り替えることは可能であると言われています。それは置かれた境遇や環境を変えてみることです。また行動を変えることによっても可能となります。そうかといって、我々はヒマラヤで登山をするわけにはいかない。開発途上国で暮らすことなど考えられない。ではどうするのか。それは森田理論が教えてくれている。それは、今この瞬間に集中して、ものそのものになって生活することである。日常生活に丁寧に取り組むことだ。凡事徹底を心がけることです。まずは食べること。食材を自分で作る。買いだしをする。下ごしらえをする。料理をする。味わう。後片付けをする。加工食品に挑戦してみる。あとは洗濯、清掃、整理整頓などである。そんな生活の中から、興味や関心、工夫や発見が見つかり、ささやかな幸せを感じる。生活のルーティンワークを確立してていねいに取り組むようになれば、緊張感が生まれて、様々なことに気づき工夫ができるようになります。すると精悍な顔つきに変わり、眼光も鋭くなります。
2024.05.08
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日常生活にはコントロールできるものとコントロールできないものがあります。コントロールできないものは次のようなものがあります。・自然に沸き起こってきた様々な感情・神経質性格、容姿、能力、境遇など・他人を自分の意のままに操ること・現実に目の前で起きた事件、自然災害、経済の変動などコントロールできるものはどんなものがあるでしょうか。・コントロールできることとできないことをきちんと区別するということ・目の前の現実に対応して必要なときに必要な行動をとるということ・様々な感情や事実をそのまま受け入れるということ・良い悪い、正しい間違いなどの是非善悪の価値評価をしないということ・他人の話をよく聞くこと。対立点を話し合いで解決するようにすること・どうすることもできない出来事を素直に受け入れるということコントロールできないものはあるがままに受け入れて、コントロールが可能なものには積極的に取り組むことが大切です。ところが現実ではそれがあべこべになっている人がいます。つまりコントロール不可能なものに積極的に取り組み、逆にコントロールできるものにはなかなか手を付けようとしない人です。神経症で苦しんでいるときはまさにこれが当てはまります。どうしてこのようなことが起きてしまうのでしょうか。コントロールできないものは、上から下目線で、よいか悪いとか、正しいとか間違っているとか、正義か悪かなどの価値判断をしています。自分の立ち位置を雲の上のようなところに置いて、現実や現状を自分の物差しを使って厳しく裁いているのです。この場合は積極的に行動していないので努力は必要としません。観念優先で行動がおろそかになり、消極的な生き方になります。コントロールできるものは、積極的に行動することですから、エネルギーを消費します。努力することが必要不可欠です。ある意味苦しいです。しかし、この方向を目指すと、問題や課題に果敢に挑戦する積極的な生き方になります。本来の人間の生き方になります。ただし、敢えてリスクをとって挑戦しても、必ずしも成功するとは限りません。そのために行動することを躊躇して、気分に流されて、静観するほうを選んでしまう。玉野井幹雄氏は、「積極的な生き方をする人」は、善いものをさらに増やそうと努力しますが、「消極的な考え方をする人」は、善いものを積極的に増やそうとしないで、悪いものを減らすことによって、結果的に善い状態になろうとしていると言われています。(いかにして悩みを解決するか 玉野井幹雄 自費出版 252ページ)森田理論は神経症的な不安、恐怖、違和感、不快感はコントロール不可能なものだと言われています。それらは、あるがままに受け入れて、コントロールできるものに積極的に取り組みましょうと教えてくれています。気分がどんなに行動することを拒否しても、必要なときに、必要に応じて、必要な範囲の行動を心がけていくことが極めて大切になります。そのためには、規則正しい生活習慣を確立して、頭であれこれ考えなくても、すっと体が動いていく状態を作り上げることが肝心だと思います。大きな目標を目指す場合も、この基本を無視していると、ザルで水を掬うようなことになってしまいますので注意したいものです。
2024.05.05
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キリンビールの社員でNKK活動と銘打った営業を展開した人がいた。それは1時間で25軒、2時間で40軒、何も(N)考えないで(K)行動する(K)というすさまじい訪問活動でした。「考えたら身体が動かなくなる。まず何も考えずにひたすらお得意様を訪問しよう」というものです。1時間25軒回るためには無駄話はしない。各得意先の訪問時間は約10秒。例えば、新商品のサンプルを置いてくる。リーフレットを置いてくる。情報を伝える。そんなシンプルなことを次々にやっていくのです。「どうもキリンです。新商品のサンプルです。お願いします」この営業マンの担当エリアは静岡だったのですが、「いちばん元気なビールメーカーは?」というアンケートに「キリン」と回答した割合が格段に増えた。活動前には18パーセントだったものが、1年後には40パーセントにも達した。常識的に考えると、得意先を訪問するときは、事前にしっかりと訪問計画を立てる。1軒当たり、ある程度の時間をかけて訪問し、信頼関係作りから始める。おのずと訪問件数は少なくなるが、それは仕方ないと考える。(キリンビール高知支店の軌跡 田村潤 講談社新書 要旨引用)この営業スタイルは、訪問営業のローラー作戦と同じものです。10件訪問すれば1件の成約が獲得できるという「大数の法則」に従って淡々と営業活動をこなしていくのです。断られたら自尊心が傷つくと考えている人にとって、実行は極めてハードルが高いのです。気分本位でイヤなこと、辛いこと、面倒なこと、気がすすまないことからつい逃避してしまう人も難しい。成約になることに確信が持てたときに営業活動をすると考えている人もハードルが高い。そんな無駄な訪問をするのは効率が悪い。時間の無駄だというのは考えものです。そう考えている人は失敗の経験が積みあがっていきません。営業能力の向上は、失敗の経験をいかに数多く積み重ねるかにあります。失敗することで成功のためのノウハウを身に着けることができるのです。ローラー作戦は優秀営業マンになるための登竜門となっているのです。さらに考える前に身体を動かすという営業スタイルが習慣化してくると、仕事をさぼることは居心地が悪くなってきます。周りで見ている人が、「そんなことがよくできますね。よく身体がもちますね」と言われてもピンと来なくなる。自分を鼓舞して、無理やり行動しているという気負いがなくなってくるからです。習慣化するということは、仕事がルーティン化しているということです。これはよい習慣だけでなく、悪い習慣も同様なことが起きますので注意が必要です。何も考えずに、同じ時間に、同じ行動が繰り返されるようになっているのです。気負いはありません。あくまでも毎日やるべきことを何も考えないで、淡々とこなしているだけなのです。平凡を積み重ねていくと、非凡な成果を生み出すということを忘れないようにしたいものです。
2024.05.04
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岡野雅行氏のお話です。仕事を長い時間、根詰めていると、物事のとらえ方に拡がりがなくなったり、融通が利かなくなったりするものだ。そうなると発想のパターンが同じになったりして、ひらめきというものが湧き出てこなくなる。忙しいとき、疲れたときでも、おれは、休憩はあまりしない。そういうときは、休むよりも、人と打ち合わせを入れたりするのだ。そうすることで精神的な勢いというか気持ちの張りが維持できるから、仕事の能率は下がらない。もし、仕事から、まったく離れて頭と精神のリズムを完全に止めてしまったら、再び、元のハイスピードのリズムを取り戻すのには時間がかかるものだからね。(試練は乗り越えろ 岡野雅行 KKロングセラーズ 52ページより引用)これは森田理論でいうと、「休息は仕事の中止ではなく仕事の転換にあり」のことです。私もこれを生活の中に積極的に取り入れています。昼間眠くなったときでも、頭を休めて、掃除や草花の手入れなどをしていると、気分転換になります。そして眠気もどこかに飛んでいき、様々なことが片付きます。逆に1時間以上も昼寝をすると、夜の寝つきが悪くなりますし、あとで後悔しますね。岡野氏は仕事を完全に止めてしまうのは、再びハイスビートのリズムを取り戻すのに多くエネルギーを必要とすると言われています。集談会では、症状でつらいときには、「超低空飛行」を心がけるとよいと聞いたことがあります。症状がつらいからといって、全く行動しなくなると、次に行動を起こすにはかなりのエネルギーが必要になります。ですから、仕方なく、ボツボツと日常茶飯事に手を出すことが大切なのです。行動には波がありますから、どん底はいつまでも続きません。どん底の次には波が次第に持ちあがってくるのが世の常です。ただし、完全に行動を中止してしまうと、どん底の下に次の底が口を開けて待っているということになります。つらいときでも必要最低限ことだけは手を出していくことが大事だと思います。
2024.05.02
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藤井英雄先生のお話です。ネガティブな言葉を1回言えば、自己肯定感が1%弱くなり、ポジティブな言葉を1回言えば、自己肯定感が1%強くなると仮定します。90回のネガティブな言葉を口にすることで、100の自己肯定感は40(0.99×90乗=0.4)に減少します。365回後には、(0.99×365乗=0.03)100から3になります。90回のポジティブ言葉を口にすると、自己肯定感は100から245(1.01×90乗=2.45)に増加します。365回後には、(1.01×365乗=37.5)100から3750へと膨れ上がります。(「平常心」と「不動心」の鍛え方 藤井英雄 同文館出版参照)普段の生活の中でネガティブな言葉を使っている場合が多いように思います。私は自分のカラオケをビデオ撮影したことがありました。最後に歌唱力の採点が発表されるのですが、そのときいつも否定的な言葉を発していた。「ああ、ダメだ」「悪すぎる」「最低だ」というような言葉です。このような否定的な言葉を聞かされた友達はイヤになったのではないかと思いました。私が反対の立場だったら、否定語を連発するような人と付き合うとこちらまで滅入ってしまう。否定語を使うことが多い人は、それが習慣となっていて、物事の良し悪しを判断するときに、ほぼ毎回ネガティブ、悲観的、否定的な言葉をしゃべっている場合が多いように思います。始末が悪いことに、そのことに自分では全く気付いていない。無自覚なのです。これを無知の知といいます。これは大きな問題です。ネガティブな言葉はすぐに取り消して、ポジティブな言葉に置き換えないと自己肯定感が持てなくなり、自己否定感が猛威を振るうようになります。否定語は、「ダメだ」「悪い」「最低だ」以外にもいろいろあります。「限界だ」「無理だ」「能力がない」「耐えられない」「我慢できない」「もう打つ手がない」「救いようがない」「難しすぎる」「厳しすぎる」「運がない」「ついてない」「あきらめるしかない」などがあります。肯定語もあげておきましょう。「すばらしい」「うれしい」「楽しい」「順調だ」「この調子だ」「がんばっている」「信頼しているよ」「申し分ない」「最高だ」「これでいいのだ」「助かった」「ありがたい」「感謝、感激、感動した」「やればできる」「この次はきっと大丈夫だ」「成功するまであきらめないぞ」「またチャンスはやってくる」「たいしたもんだ」「問題や課題が分かっただけで成功だ」「失敗は成功の糧になる」「ここは是非とも改善してみよう」「あきらめるには早すぎるぞ」「家族のためにも頑張るぞ」「英気を養って出直そう」「いいところもあった」「神様は乗り越えられない課題は与えない」「ここを乗り越えれば自信になるぞ」「自分ならきっとできるはず」「運命を切り開いて、ツキを呼び込むぞ」
2024.04.25
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先日テレビを見ていると日本人で仕事に対してやりがいのある人は5%しかいないということでした。後の95%の人は生活費を稼ぐためにイヤイヤ仕事をしている。高額な宝くじが当たればすぐに仕事はやめたい気持ちなのでしょう。欧米では仕事が苦痛だという人は50%くらいだという。その原因は次のようなものでした。ノルマがきつい。成果主義についていけない。物が売れない。仕事を教えてもらえない。上司が恐い。仕事が多すぎる。休んだときに代わりの人がいない。仕事が単調である。サービス残業が多い。有給休暇が自由に取れない。職場の人間関係作りが煩わしい。通勤時間が長い。給料が安い。いつリストラされるのか不安。社会保険に入れない。とくかくやる気が出てこない。無理やりやらされているような気持が強い。しんどい、きつい、面倒くさいが口癖になっている。どんな気持ちで仕事に取り組めばよいのか、さらに日常生活の心構えについて整理してみました。下線部分は私が特に力を入れている部分です。・仕事をするにあたっては生活費を稼ぐという目的をしっかりさせる。人間関係が良いに越したことはないが、人間関係作りを一番の目的にしない。・仕事をしているときは、問題、課題、改善点、改良点を見つけようという気持ちで取り組む。見つけたらメモして忘れないようにする。目的や目標が明確になれば仕事が面白くなる。・雑仕事を丁寧にする。仕事に追い掛け回されることが減ってくる。仕事にゆとりが出てくる。・職場の人間関係は不即不離を応用する。広くて浅い人間関係を目指す。挨拶、雑談は人間関係の潤滑油と心得て行動する。・仕事のルーティンワークを確立して、考えなくても体が動くようにする。・統率力のない人は、出世は望まない。マネージメントの仕事は極力断る。・仕事以外の人たちとの人間関係作りにも力を入れる。運動や趣味や資格試験などにも挑戦する。・子どもがいる人は子育ての勉強会に参加する。家庭での自分の役割をきちんと果たす。食事は自分で作る。・集談会の人間関係は大事にする。月1回の集談会には参加する。その他リモートの勉強会などにも参加してみる。・規則正しい生活習慣を作る。起床時間と就寝時間を決めて頑なに守っていく。・集談会や自治会での世話活動を引き受ける。花やペットの世話を行う。
2024.04.24
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子供が無理なダダッ子をいって泣く時に、どうすれば、これをやめさせることができるかと、判断ができず、見込みが立たないで、迷いながら見つめていると、いつの間にか子供が泣きやむ。こちらで解決の出来ぬうちに、子どもの方で自然に解決がつき、泣く時に対する最も正しき手段も、自らわかってくるのである。教育のない親、さては教育のありすぎる母など、でたらめにほめたり、叱ったりする。子どもは決して思う通りにならない。あまり自分の考えどおりにしようとするから、少しも子供の心理を観察することができないのである。(森田全集第5巻 323ページより引用)この間、 5つになる女の子熱海に連れて行ったが、感冒で熱が38度あまりも出たことがある。機嫌が悪くて、いろいろ駄々っ子をいう。寝ていなくてはならないといっても、 「抱っこ」と言って泣く。抱っこしてやれば、今度は、「外へ行く、外へ行く」という。熱があって気持ちが悪いから、風に当たればよかろうと、子供ながらに考えるのでしょう。考えてみると、大人もこんな風で、いくらも違わないようだ。少し分けのわかった母親は、子供の駄々っ子は、いい加減にあしらって静かに寝かせておくが、気の軽い親は別に深い思慮も何もなく、子供のねだるままに、なんでもその思い通りにしてやって、決して病のためにはよくない。(森田全集第5巻 459ページより引用)不安や不快な気持ちになったときの対応について説明されています。子どもの態度に同調し、慰めて励ますことは百害あって一利なしといわれている。神経症も不快な感情をすぐに取り除いてすっきりしたい気持ちになります。そのような態度は、火に油を注ぐようなものだと言われています。イライラして不快感でいたたまれないでしょうが、その気持ちを何とか持ちこたえるようにすることが肝心です。イライラする不快な感情に耐えて、どうしたらよいだろうかと工夫し気を揉んで、しばらく様子を見るようにする。そうすれば時間が経過とともに、相手のほうが勝手に折り合いをつけて収まってくることが多いということです。自分の考えを相手に押し付けることは「かくあるべし」を押し付けることになります。これでは時間の経過とともに、本来自然に収まるはずのものが益々こじれてしまいます。不快感を持ちこたえて様子見ができることは、一つの能力を持っているということになります。耐えて事態を静観するという能力を森田に取り組むことで自分のものにしましょう。京都 東寺
2024.04.15
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元サッカー日本代表監督の岡田武史氏の話です。コンサドーレ札幌の監督をされていた時は、当初単身赴任でホテル暮らしをされていたそうです。ホテルの部屋では試合のビデオを見ながら、ああでもない、こうでもないとサッカーのことばかり考えたいたそうです。それが監督の仕事ですから、食事をしている時も、風呂に入っている時も、バカみたいに考え続けます。でも、考え続けていると煮詰まってくるのだそうです。考えているわりには新しいアイデアや打開策は湧いてこない。そんなことを電話で家内にグチったら、「お父さん、マンションへ引っ越しなさい」と言われたそうです。引越せば、自分で掃除をしたり、洗濯をしたり、ご飯を作ったりしなくちゃいけない。それが気分転換になるというんです。引越したら家内の言うとおりでした。つまり、精神の安定に重要なのは生活なんですよ。メンタルコントロールには普通の生活が何より大事なんです。自分にとってサッカーは生きるか死ぬかの、厳しい気の抜けない世界だが、他の人間とってみたら、勝とうが負けようがどっちでもいいことだ。その事実の自覚は大切なことで、心をなごませてくれるシェルターにもなるし、自分の世界にのめり込みすぎないよう距離をとってくれる作用もあります。これに答えて将棋の羽生善治さんも、勝負とは無関係の日常生活が片方にきちんと担保されているということが、とても大切なんですね。将棋に勝っても負けても、家に帰ってくれば、普通の当たり前の生活、普通の時間が流れているということが、気分転換にもなり、心の停滞が防げることになります。(勝負哲学 岡田武史&羽生善治 サンマーク出版 132ページより一部引用)毎日決まった時間に起きて、毎日同じ時間に同じことをする。規則正しい生活を送るということが精神の安定に寄与している。毎日のルーティンを確立して、身体が自然に動いていくようにする。これを実行すると前頭前野を休ませることができます。帚木蓬生氏は5分以上考え続けると脳が傷むと言われています。何も考えなくても自然に体が動いていくのを基本にして、ときどき前頭前野を使って決断しながら生活をする。これが理にかなった生き方になります。
2024.04.08
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集談会でイヤイヤ仕方なしの行動の是非の話がでました。イヤイヤ仕方なしの行動は間違いだらけになりませんかと問題提起されました。本音が拒否しているのに無理やり行動してもしんどいばかりだといわれるのです。目標に向かって努力するのが人間の本来性と言われますが、その反面しんどいこと、面倒なこと、努力を要求されるようなことはパスしたい気持ちも持っています。その相反する二つの考え方が絶えず綱引きをしているようなものです。努力することがしんどいときはつい楽なほうに流されてしまいます。森田ではこの問題をどのように考えているのでしょうか。イヤイヤ仕方なしの行動を回避する人は、行動する前に頭で意欲を高めようとしているのではないでしょうか。事前に安心や確信や自信を作り出そうとしているようにみえます。頭で成功するためのシュミレーションを行い、80%くらいの成功確率があると判断できれば、そこで初めて行動に着手しようとする。成功確率がおぼつかないときは積極的に動くことを控える傾向があるように思います。失敗する確率が高いことに手を出すことは労多くして無意味だ。行動する前から成果が上がるかどうかの詮索ばかりしている。軽はずみな見切り発車は絶対にしたくない。やって見なければ結果がわからないのですが、失敗することを恐れてしまう。対人恐怖の人は他人からバカにされ、批判・否定することは受け入れられない。思い切って行動に移ったとしても、途中で躓いてしまうと、すぐに努力することをあきらめて撤退してしまう。こういう気持ちを持っている人は、引っ込み思案で体験不足に陥ります。子供の頃にけんかや失敗の経験を数多く積み重ねていると大人になってそれが生きてきます。反対に子供の頃にイヤなことや面倒なことから逃げ回っていると、大人になったときにどう対応してよいのか迷ってしまいます。結局目の前の障害を乗り越えることができなくなります。普通の人は嫌な気持ちになっても、必要なときに必要なことから安易に逃げてはいけないものだと考えています。また目的の達成は最初から頭で考えたようにうまくいくわけはないと考えています。目の前には数多くの試練が待ち構えているのが普通の状態だ。目的を達成するためにはその問題や障害物を乗り越えていくことが不可欠だ。目的を見失わないようにして、二歩前進一歩後退の気持ちで取り組むことだ。すぐにあきらめては果実は手にできない。むしろそれらを乗り越えて目的を達成していくことが人生の醍醐味だ。失敗を数多く経験すると、成功へのヒントが蓄積されてくる。人間的にも試練を乗り越えることで一回り大きな器の人間になれると思っている。普通の人は現状を踏まえて目的を下から上目線で見ているのです。「かくあるべし」を振りかざして、上から下目線で見ているわけではありません。自己嫌悪、自己否定で苦悩することはありません。普通の人は現実や現状に根を張って「事実本位」の生き方をしているということになります。これが森田理論が目指している方向です。イヤイヤ仕方なしの気分本位の行動は回避した方が賢明だと思います。
2024.03.25
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アリストテレスは次のように言っています。人は習慣によってつくられる。優れた結果は、一時的な行動ではなく習慣から生まれる。人間の行動の95%はあなた自身の習慣によって決まっているといっても過言ではありません。心理学でも、人の行動の95%は無意識によるものであるといわれており、無意識のほとんどは習慣によってできているのです。このときに脳は、一定期間毎日繰り返された行動が習慣になると、無意識のうちにその習慣を繰り返すように変化してくるのです。ですから、よい習慣でも、悪い習慣でも一旦プログラムされてしまうと、意識していないのに勝手に体がすっと反応してしまうという現象が起きるのです。行動が習慣化していないときは、次に何をすべきかを前頭前野で試行錯誤することになります。こんなことを繰り返していると脳は疲れ果ててしまいます。無意識のうちに作られた健全な生活習慣は、悩む前にすっと身体が動くようになりますので、不安にとらわれる回数が少なくなってきます。問題は習慣にはよい習慣と悪い習慣があるということです。健全な生活習慣を作り上げて、淡々と日常生活をこなしていくことは森田が目指している方向です。(「続ける」習慣 古川武士 日本実業出版社 参照)健全な習慣はまず早寝早起きがあります。特に朝起きる時間を一定にすることです。そして夜寝る時間も一定にする。昼間は仕事や家事、育児や介護が中心になります。これらが生活の柱になります。その間隙をつなぐための生活習慣を確立することが大切です。食事の準備と後片付け、掃除、洗濯、整理整頓、運動、ペットや観葉植物の世話、身支度などです。毎日同じ時間に同じことをしているというルーティンを作ることを目指します。3か月もすれば、身体が自然に動いてくるようになるでしょう。考えることと行動は同時にできませんから、不安に振り回されることはかなり少なくなってくるでしょう。規則正しい生活習慣作りは神経症を乗り越えるために是非身につけたいことです。
2024.03.17
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