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荒神は豊のきつい視線を冷たく見据えたまま、ほっそりとした身体へと指を滑らせていった。 焦らすこともなく、しごくあっさりと、何のためらいもなく指先で──掌でその手触りを確かめる。それは撫でるというよりも、何かを検分するようなそっけなさにも似て、豊を不快にさせた。 ──と。 まるで、そんな豊の心情を見透かすかのように荒神が笑った。 口の端だけ、ひっそりと。 甘さなど微塵もない。 それは、思わず身震いのくるような美々とした冷笑だった。 ゆるゆると耳たぶを掠めるように首筋をなぞる指先が肩に滑り落ちると、全身が鳥肌立った。 胸元を確かめられ、一瞬、何とも形容しがたい震えが走る。 ●あけましておめでとう!● ドクン。 ・・・・・ドクン。 ・・・・・・・・ドクン。 ・・・・・・・・・・・ドクン。 鼓動が跳ねる。 荒神は感触を確かめるように、きつく、緩く、丹念に触れる。 指先でなぞり、掌で握り込む。 弾き、捻り、押しつぶす。 目の前に緋が走り、足が攣れるように震え出すのを止められない。 本当に、これまで誰とも肌を合わせたことがない。 自分ですることすら、おざなりだった。箍が外れてしまうのが怖くて。 人肌が恋しいほど、大人ではなかった。 温もりに飢えるほど、孤独でもなかった。 ほかに興味の赴くことは、森羅万象の中にいくらでもあった。 そんな無垢な身体に与えられる刺激は、彼が思っていた以上に強烈だった。 ──口の割りに、身体はずいぶんと正直だな。 冷ややかに揶揄られて、だが豊の自尊心に火がついた。 ──あんたの言葉は、単なる優越感から出たものじゃないんだな。 睨めつけるような上目遣いで、豊は吐き捨てた。 双の黒瞳は潤んで、眦はうっすらと紅く染まっている。 ──それは、神であるだけで実体のない自分の、生身の人間に対する嫌悪? 次の瞬間。 豊は背後に飛ばされて地面を滑り、さらには壁にぶつかって失神しかかるまで全身を打ちつけられた。 岩肌に横倒しにぶつかった拍子に、豊は口の中をしたたかに噛み切ってしまい、飲み込んだ自分の血に咳き込んで肩を喘がせることになった。 豊が被った痛手が予想以上だったのか、荒神は手加減を忘れていたことを思い出したように眉を歪めた。だが、 ──言いたいことを言って、気が済んだか。 しわがれた低い声で威嚇するように言う。 肩で息をつぎながらも、豊はなんとかして身体を起こそうとした。 岩床に散ったその髪を、荒神の足が踏みつけた。 ──は・・・・やく、ひと思いに殺せばいい・・・・・。 言って、新たな血の味が口腔にひろがった。 それを荒神が見逃すはずはなかった。 逃がさぬように豊の上体にのしかかると、確かに愉しみながら衣を引き裂き、彼の身体を床にはりつかせ、唇を奪ってそこに滲む血を味わった。頭を振って逃れたが、唇を塞がれて舌をからめとられ、吸われているうちに、豊の息が詰まってくる。そのまま呼吸を許されないでいると、頭の奥に眩暈の渦が生まれて、次第に思考が痺れてくる。 ──我がどれだけ慈悲深い神か、おまえに教えてやろう。望みとおり、おまえの血を吸い尽くしてやる。 豊がその言葉の意味を反芻する間もなく、荒神は絹糸のような黒髪を指先でかきあげ、今度は白い首筋に口づけてきた。 喉首に触れていた唇からのびた牙が肌を裂き、喰いこんでくる激痛。 呼吸が止まるほどの衝撃だった。 そして、血を奪われる。 一瞬、身体中の血が引いて、それから流れが速くなる。 飢える魔物は、豊の首筋から血を啜り上げると、一度舌で味わい、嚥み下した。 豊は身体の奥底から生気を啜り上げられていく異様な感覚にのたうった。 血を吸われ、生気を奪われていくのと逆に、荒神の記憶も、滔々と血管の中を流れて、豊の裡に入り込んできた。 この魔物は、どれほどの年月を生きてきたのか。 そこに、どれほどの人の涙が流されたのか──。 その瞬間だった。 次なる惨劇の幕開けを待っていたかのように、大気が、大地が、そして樹木が、一度に牙を剥いた。 地を這う蔓が、ゆらりと頭をもたげた。 逃れ逃れて滝壷に今しも落ちかけている豊めがけて、まるで獲物を追い詰める触手のような不気味な動きで迫ってくる。 あ。 だが、あっと思う間もなく、四方から鋭くしなった蔓が豊の足を、胸を、首を絡め取った。 まるで巨大な蜘蛛の巣にかかった哀れな生贄のように、そうやって滝壷のはるか上空で彼の動きをすべて封じてから、蔓は奇妙な触手をいっぱいに伸ばし、豊の肌をまさぐり這った。 ──・・・・・・っ!? ぬめる粘液が、強烈な異臭を漂わせる。 思わず胃がひっくり返りそうな嘔吐感を、豊は必死にこらえた。 ゆるゆると、触手が左肘の傷口をなぞり、そのたびに焼けつくような痛みが走る。 凝固しかけていたその傷の存在を見い出して、荒神は腹の底から唸った。 この小童っぱの、身勝手な振舞いに激怒して。 小細工を施すことを知る、その智慧の忌々しさ。 ひとしきり唸って、荒神は目をすがめて豊の傷口を顎でしゃくった。 そして、触手はいきなり、ずぶりと傷口に潜り込んだ。 こらえきれない絶叫が岩肌にこだまする。 それを機に、豊の身体を絡め取っていた触手という触手が、いっせいにその肉を突き破った。筋を裂き、内臓を抉り、それは生きたまま豊の神経を断ち切ってようやく止まった。 風の唸りは止んでいた。 大地の歪みも、今はない。 不二角の喉を割った異質は、今は影をひそめている。 何もかもが、不気味に鎮まり返っていた。 ゴボリ・・・・・・と、豊の口から鮮血があふれ出た。 不思議に恐怖はなかった。 ただ、昂ぶり上がった神経がぽとりと落ちてしまったような喪失感に、全身の力が一気に抜けていく。 ゆっくりと、視界が沈んでいく。 竜骨を持って生まれ、それを隠し通してきた。 母はそれを知りつつ、自分を守ってくれた。 父は竜骨を持つ子を望んではいたが、生まれてくる子供たちは分け隔てなく慈しんだ。 幼い頃、沢に足をすべらせた豊の手を、すぐに引いて助けてくれた。 腕の不自由な父は、体勢をくずして自分も水の中に落ち込み、豊を抱いて大笑いした。 母も笑い、みんなが笑った。 父の手は強く、優しかった。優しく豊の頭を撫で、大丈夫だと髪を梳いてくれた。 多くの兄弟たちのなかで、何も心配することなく育った。 呆れることもあったが、愛されていることがわかっていたので、いつも胸は温かかった。 父と母の子供で──よかった。 守宿の嗣子として生まれて・・・・・けれども、ふつうの子供として慈しんでくれたことが嬉しかった。 暗闇の中で、豊は悟った。 そういう、運命なのだ。 彼らの知らない場所で、守宿多として死んでいく──。 一番守宿も二番守宿も、三番守宿の少年も、そうやって命を捧げた。 そういう運命も、あるということなのだ。 ここで、ひとりで。 身体が震える。恐怖のせいか、血を失ったせいか、もうわからない。 思考がままならなくなってくる。 どうして人の子はこういう目に陥ったのか。 人と神との契約の、なにがいけなかったのか。 なぜこの神は、誰も愛そうとはしないのか。 愛されなくては、愛を知ることができないからだ。 否、そうではない──神とは、誰も愛さず、愛を受ける者を言うのか。 けれども人の子を支配する神は、捧げられる愛に決して満足しない。 混乱する頭の中で、豊は強く思った。 死にたくない。諦めたくない。 こんなところで、砂つぶほどの愛のかけらもないままに、ひとりで死ぬのは嫌だ。 神の支配する聖域のなかで、いったいどれほどの涙が流されてきたというのだろう。 けれども、自分はこの身のためには決して泣かない。我が身を憐れむ涙など、流さない。 父と母、兄弟たちがおかえりなさいとくり返す、あのおおらかで不可思議な家に還らなければ。 自分もそこで、ただいまを言い続けなければ。 手立てはあるさ・・・・・必ず、見つける。 出立の前、橘の木の前で誓った思いを反芻する。 蒼ざめた唇で御詞を刻みながら、豊はひそかに身の深淵に潜ませた叡智をめぐらせる。 そうして、直系の血をたっぷりと吸った大地に足先を触れた。 誓約の血はここにある──と言わんばかりの不遜さで。 これ以上、失うものは何もない。 (来い) 誰ともなく──豊は誘う。 不二一族はいにしえより神のすべてを受け容れてきた──だから、神はおれたちから何も奪うな。 今日の朝(あした)、大地に流した守宿多の血を受けた者よ。 おれの血と引き換えに、真の力を示せ。 この血を吸って、忌むべき檻のすべてを叩き壊せ。 だが。 ──こしゃくな奴よ。 まだ抵抗するのかと、荒神の眼が笑った。 その方が愉しめると、魔物は嘲笑するのだ。 ──おまえは言ったな。自分の骸と永遠に遊べと・・・・お望みどおり、遊んでやるさ。目も見えず、耳も聞こえず、だが決して自我を失うことのできぬ世界でな。 末期に聞こえたのは、地を揺るがすような哄笑だった。 そのまま、ゆっくりと、視界が沈んでいく。 その先を拝殿の床に昏倒したままの父宮の姿がかすめ、豊は喘ぐ吐息をなだめすかすかのように、渾身の力を込めて顎を持ち上げた。 切ない想いが、喉いっぱいに込み上げてくる。 ──父上、母さま・・・・兄さ・・・・ごめ・・・・んなさ・・・・・、 最期に思い浮かべるの・・・・・誰の顔にしようかな──。--------------------------------------------------------------------- あけましておめでとうございます! なんだかぜんぜんめでたくない内容でごめんなして。 でも、こうして皆さまにお年始のご挨拶ができるのを、とても楽しみにしておりました。 『鳥取物語』を始めた折は、年内どころか11月くらいに完結すると思っておりましたから。 皆さまに応援いただき、当初の予定が大幅に延びてこの日を迎えられたことを感謝致します。 前の番外編のときに書いたか・・・・・今回の「不二一族物語」の主題は、兄弟たち全員が通る、一種の成人儀礼だと勘違いしていたのです。それが、書き始めてみたら全然違った・・・・! 守宿の交代の話じゃねーかッ! なんしてそがな重要なことはじめに言わんのじゃ! ということで、かなりだまされてました私は。 そういうわけで、ひーはー言いながら書いてます。でも、山の神さまに感情移入できて、ちょっと楽しい・・・・。はい、私はどちらかといえばSのようです(←お正月からカミングアウト)。 ちなみに、本日のご挨拶は午前中に差し替えさせていただきます。 明日は●骸●です。 人は最期になにを想うか・・・・・。 タイムスリップして、いまわのきわにもぼくのそばにいて。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。豊の頑張りに一票を。 ありがとうございます。励みになります!
2005年12月31日
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──来るな! 鋭利な制止の声が、張り詰めていた空間を一気に切り裂いて走る。 だが、神の歩みは止まらない。 ──どうした。何をそんなに怯える。 冷然とした問いは、皮肉交じりの声音を含んでいた。 後ずさりしたい衝動が、身体を突き上げる。 それでも、豊は必死に荒神と対峙していた。 このまま、呑まれるわけにはいかない。 ここで隙を見せたなら──確実に喰われる。 呪印を結ぶこともできない自分は今、圧倒的に非力だ。 こんなときに恨みがましいのは、静の怜悧な横顔だ。 あいつ・・・なにもこんなにギチギチに縛らんでも──この期に及んで自分のシュミだけ優先させて、かわいい弟が本当に危ない目に遭ったときの抜け道を用意することさえ考えてはくれんのか(怒)。 ──どうする、守宿多よ。 ほんの間近で、冷たく冴えた視線が落ちてくる。 ──選ぶのは、おまえだ。 その気になれば豊の首を締め上げることなど造作もないのに、荒神はそれをしない。 そんな豊の内心を読み取ったかのように、荒神はうっすらと唇の端を吊り上げた。 そして、父宮の言を、そっくりそのまま吐き出した。 ──贄は自発的に捧げられなければ、意味がないからな。 低く、脅しをかけてくる。 だが、こんなとき、相手の視線を鬱陶しそうにはね返す豊の切れ長の眼差しは、その昔、名将日野西武人をして「味方でもムカついてくるぐらい」と言わしめた、涼しのたたずまいを見せつける。 ──父が絶命などと戯言を・・・・・不二角を舐めるな。二十八年の間、だてに守宿をやってきたわけじゃないんだぜ、【うろ様】よ。 ──ふふふ、小気味のよい返事だ。 荒神は満足気に嗤う。 乾ききった唇をひと舐めして、豊はついと顎を上げる。下目遣いに変化した視線に、力を込めた。 ──そっちこそ、いいのかよ? あんたが、兄たちに手をかけるならば(←静は別)、こちとら絶対に手の中には落ちないぞ。ここで息を詰めてでも死んでやる。あんたはここで、おれの骸と永遠に遊んでろ。 なんだかどんどんガラが悪くなってきているような気もするが・・・・恫喝には恫喝で返すしかない。 たとえそれが、なけなしの理性をかき集めただけの無力なものであっても。 すると、思いがけず、荒神の笑みが深くなった。 ──おまえには我の悦び、わかるまい。大神を相手に啖呵を切れる活きのいい人間に巡りあうまでに、二千年の時を待たなければならなかった。初めて耳にするとなると、いっそ快感が走る。 玲瓏な面持ちは、それだけで凄絶なほどの酷薄さを増す。 ──歴代の守宿は、我と対峙しただけでわななき恐れ、涙を流して命乞いをするだけだったからな。おまえが素直に膝を折るまでには、どんな惨劇を見せてくれるのだ。 荒神の言葉が、豊には一瞬・・・・・理解ができなかった。 ──二千年だ、新しき守宿多よ。おまえに出逢うまで、それだけの時間と根気がかかった。しかも、生まれて十五年もの間、おまえを自由にしてやった。もう充分であろう? そろそろ、我の我慢も限界だ。おまえ、心の臓を抜かれただけで、用済みになるなどとは思うなよ。 十五年間の自由? 心の臓を抜かれる? 予想だにしなかった衝撃に、豊は身も心も硬直する。 ──な・・・・に、言ってんだ・・・・・。 ──思い違いをするな、と言っているのだ。おまえは他の守宿のように、我の身体を保つための見栄えの良いただの部品ではない。心の臓を喰らった後、おまえが死のうが死ぬまいが、そんなこともどうでもいい。我の生気を分けてやることで、おまえは我の《半神》となる。これから後、おまえは我と共振して生きるのだ。 豊は呆然と立ち竦む。血の気の失せた唇はわななき、何か言おうと思っても舌が痺れたようにもつれて言葉にならなかった。 ──不二一族がこの地に飛来したその昔、我は地鎮のために初めの魂鎮の儀を行なった者より、土地の安泰を与えるかわりに守宿を据えて人柱を得ることを誓わせた。守宿に我を宿らせ、我に五感を与えさせて神体の存在を確たるものとしてきたのだ。よって、おまえは、生まれ落ちた日から今日まで、我の半神であった。むろん、これから先も、ずっと・・・・・・な。 穏やかな口調でとどめを刺して、荒神は冷然と笑った。 そして当然の権利だと言わんばかりのしぐさで細腰に手を回して引き寄せる。 豊は瞬時に身をよじってその手をふりはらい、ぎこちなく後ずさった。 荒神は、そんな豊の顎を掴んで強引に引き上げると、 ──来い、四番守宿よ。 しっかりと目線を固定した。 ──おまえの、神を神とも思わない、そういう刺激がたまらない。脳髄の芯まできりきり痺れるようだ。おまえが我を見るその不遜な目つきが愛らしくて、おまえの活きのいい心臓を抉り出して頬ずりしてやりたくなる。 不敵に──かつ甘やかに。 荒神の唇は言葉をつむぐ。ただひとりを絡め捕らえるだけのために。 まるで死神に魅入られた生贄のように、豊は瞬きもしない。 ゆったりと、荒神の手が伸びる。 それは、腰でも腕でも肩でもなく、豊の首筋を捕らえ、やんわりと撫で上げた。 ──・・・・・・っ! ひくり、と思わず首をすくめて豊は逃げをうつ。 だが、 ──動くな。 荒神は、もはやそれを許さなかった。 ──じっとしていろ。 男性とも女性ともつかぬ──深みのある声が、頭の上から落ちてくる。 仰向けに横たえられて、その上に乗り上がられてしまえばもう身動きがとれない。 ──おまえの減らず口もここまでだ。喘がせてしまえば、すぐにおとなしくなる。 言いながら、口の中の妙に長い舌をちらちらと動かす。 それが目の前に迫ってきて、思う間もなく、豊の片方の瞳の中を舐め上げた。 ──おまえには教えてやろう。圧倒的に抑制されて育てられる呪師たちは、日常の様々な欲望を内向させてしまうのだ。ゆえに、その欲望を解き放った時は、誰もが度を越えてゆく・・・・・・。 だが、その嬲り言葉は豊の耳には届いていなかった。 その刹那、神人が豊をもはや意のままのものとして侮っていなければ、あることに気づいたはずだ。 苔の上で身をのしかかられ、絶え入るかよのような少年の眼が、これほどの窮地に追い込まれても怯えもせずに静かに据わり、夜の砂丘で細い舌を吐く蜥蜴のように、あたりのありさまを冷え冷えと見つめているのを。 いるな、まだあれ。 その方向には──豊であれば、ここに入ったときから見えているものがある。 洞窟のあちこちから自分の様子をうかがっている、空中に浮かんだ目玉・・・・・・そう、目玉。 ひとつひとつの直径が一尺くらいあるという、血走った不気味なものが、ぎょろぎょろと侵入者をにらみつけていた。豊自身、今あらためて意識するまでは、もっとうっすらとしか見えていなかったが。 それはべつに援けの手を伸ばしてくるということもなく洞窟の天井あたりに数体漂っていて、距離を置いて冷ややかに見守っているかのようだ。 瞬間、荒神の視線が、脇に動いた。 一瞬見開かれた荒神の瞳が、たしかに焦点を合わせた──煩わしげに。 豊は口のなかでつぶやく。 ──こいつら、【うろサマ】の眷属じゃないのか・・・・・? その幽かな囁きを聞き取って、空中に漂っていた目玉の群れが、にんまりと細まって──たしかに笑った。--------------------------------------------------------------------- 神様って、すごいこと言うんだな・・・・・。 いつか機会があれば‘神さま語録’を参考にしてみようと思う今日この頃(←何の?)。皆さま、とうとう大晦日ですね! 今年はどんな一年でしたか? 私はおかげさまで下半期は鳥取に明け鳥取に暮れる、素晴らしい年でした。 この場をお借りして、皆さまに心からの御礼を申し上げます。 今年、年男だった人たちが、この物語の登場人物にようけおんさります。 すなわち、私のふたつ年上の学年の方々です。 年男は厄年といわれますが、お疲れ様でございました。 【とし】歳・年 不二一族の家は大晦日の一日、暮れに大掃除をして家を清め、拝殿に新しいお札を納め、門松を立てて、注連縄を張ってお正月を迎えます。 大晦日の夜には年越そばを食べ、一晩中明かして、元旦に若水を汲み、御供(おそなえ:重ね餅)を供えて、歳神さまを祀ります。それから家族そろって長寿を祈るお屠蘇を飲み、お雑煮で祝います(←ちなみに、鳥取のお雑煮とは、ぜんざいのことです)。 お正月に迎える神様は、歳神といいます。常盤木(ときわぎ)の松の生命力に象徴される神です。 歳神とはどんな神様なのでしょう。 「とし」の語源は、穀物、とくに稲、またその実りを意味しました。このことは、古代日本人が漢字を移入した際に、「稔」に「とし」「みのる」という訓をあてたことからもうなずけます。 大宝律令の中に見える国家祭祀の「とし乞いのまつり」といえば、春に豊作を祈るまつりのことで、八世紀の初頭、ときの政府は全国の主要な神社にこれを守らせました。 すなわち、歳神とは、稲の神、稲の実りをもたらす神ということになります。稲はふつう一年に一度実るところから、はじめは稲の実りを意味した「とし」が、一年の単位を示す言葉へと転じていったのだと理解できます。 余談ですが、「お年玉」も、歳神さまの霊力である稲魂(だま)を意味し、その力にふれることによって幸福を得ることができるという信仰に由来するのです。 さて、歳神の御供えである鏡餅には、餅をふたつ重ね、裏白(うらじろ)や橙(だいだい)で飾ります。年を重ねる意から、必ず餅を重ねます。裏白とはシダのことですが、冬枯れの中ではひときわ緑濃く、「齢垂る」(しだる)にかけて長寿を祈願するものです。 橙は食用には適さない柑橘類ですが、秋に黄金色の実をつけ、それが非常に落ちにくく、前年の果実とともに実ることから「代々」と名づけられ、子孫長久の象徴となりました。 餅の下には、ゆずり葉という常緑の葉を敷きますが、この葉は春に新しい芽が出て、葉がすっかり成長すると、その成長を見届けるように前年の葉が落ちるのです。順序よく家が継承されるようにとの祈りを、ここに見ることができます。家族や一族の健康と永続を祈る、必死な姿があります。 決められた行為を決められたとおりに行なう──吉事を求めて禁忌を守ることが、祝う原点なのです。 ところで、鳥取にお住まいの方、もしくは同じ習いのある地方にお住まいの方にご質問があります。 これらの正統なる儀式の数々をこなしていく中で、不二一族の人々は、大晦日の夕食から年越そばとともにおせち料理を食べる習慣があるのですが、これは地方習俗ですか? それとも、おせち料理が並んでいるとガマンできず、全員が単にフライングしているだけ? その後は皆さまご想像のとおりの無礼講──今年も人数合わせのためにミッチー呼んで、徹夜でマージャンとかだな、きっと。 私はね、今日はこれから栗きんとんと煮物とちらし寿司を作りますよ! 明日は●瞬殺●です。 元旦からごめんなして・・・日本人は縁起の悪いものを見ると、逆に縁起がつくと考えるので。 だからOK? おそらく、お正月からサイトに遊びにいらして下さる方は少ないであろうことを見込んで、すごい内容をサクッと進めておきますので・・・・。 ゆったんいつものヤッたげて──!(←ここんとこ、武勇伝ふうに)。 タイムスリップして──この一年の明け初めにも、どうかぼくのそばにいて。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 豊の頑張りに一票を! ありがとうございます。励みになります! 皆さま、どうか佳いお年をお迎えください。 そして、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2005年12月31日
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──この場を去れ・・・・・。 豊は先代の守宿多の骸から目を離さないまま、荒神に向かってつぶやいた。 ──おまえなど・・・・・神とも思わぬ。 ──いいのか? このまま去っても。 だが、荒神は声音ひとつ変えず、 ──なるほど。鼻っ柱が強いというのも一興だ。そんなおまえが素直に膝を折るには、どんな代償がいる? 湧き水に濡れた岩棚を背に、悠然とくつろぎながら。 ──【荒神】と崇め奉られる我は、おまえの父宮の息の根を止めることなど造作もないぞ。滝壷で待つそなたの兄たちの肉を裂き、骨を断ち、守宿に生まれることなく無駄な生を生きる直系の血を、今すぐにぶちまけてもよい・・・・おまえが《神》との、正しき誓約の証を拒むというのなら。 事もなげに血も凍るせりふを吐き出す。そして哄笑した。 ──守宿多よ。我が身に宿る、爛れた血を思い知るがいい。その血が呼び出したものは、度外れた《魔》だということを。 豊は後ろ手に拳を握りしめ、双眸に憤怒を過ぎた殺気すら込め、それを睨みつけずにはいられなかった。否・・・・・無言で睨みつけることしかできなかった。 ──おお怖。そんな喰らいつくような目で睨まれると、思わず鳥肌が立つようだ。 片頬で、うっそりと《神》が笑う。 思わせぶりな口調の裏で蠢く純粋な悪意が、豊の神経を逆撫でにする。 指先が白じむほどきつく握りしめた拳に、小刻みな震えがくる。 それが抑えきれない憤怒なのか。逃げ場を失った焦りなのか。それとも──歴代の守宿に刷り込まれた怖れなのか。豊にはもう、その判断すらつきかねた。 格が違いすぎる。 だが、豊は啖呵を切った。 ──わたしの一番嫌いなものは何か、おまえに教えてやる。 なけなしの勇気と理性をかき集めて。 ──《神》と《人》との交換条件が、おれには一番腹が立つ。人は大地の命なのだ。勘違いしている者もいるが、神とは本来、人に仕えるために在るもの。まつろわぬ神ならば、まつろわせるまで。 ことさらに淡々と言い切る。 罵声を飛ばしても、悲鳴を上げても、この【荒神】が片眉も動かさないことは、わかりきっていたからだ。 だが、どうやっても平常心でいることは難しい。 手が、足が、唇が。 小刻みに震えてくるのを隠せない。 ──おまえの父宮は誰だ。 豊の言葉をまるで無視するかのような、神経を容赦なくかきむしる声音の冷たさであった。口調はいたって穏やかなのに、含みをもった声調は妙に白々しい。 ──不二角の息子よ・・・・・父を、どうして欲しい? ──なんの話だ! 豊は声が上擦るのを自覚する。冴え冴えとした荒神の視線に、心臓を直に鷲掴みにされたような気がした。 ──あれは今、我を生身から出したことによって、その命を絶え入ろうとしているぞ。父をどうするか。それはおまえの出方次第だ。 荒神は冷然と言い放った。 身体中の血が逆流するような息苦しさに、豊はもはや声も出ない。できることといえば、内心の怯えをひたすら隠したまま、激情を視線に込めて荒神を睨みつけることだけ・・・・・。 血流の加減で翡翠色に変化した豊の目を、威圧感たっぷりに荒神が見返す。 憐憫など微塵も感じない、底冷えのする目つきだった。 静謐で。 獰猛で。 狡猾。 これが神権を持つ者の双眸──。 ──と。 不意に、荒神が立ち上がった。 つられて、豊の視線がびくりと跳ねる。 ゆったりとした足取りで、荒神が歩み寄ってくる。 一歩。 二歩・・・・・。 その分、大気の密度が増していくような息苦しさに、豊は思わず腰を引いた。 ──来るな! 鋭利な制止の声が、張り詰めていた空間を一気に切り裂いて走る。 だが、三歩目はなかった。--------------------------------------------------------------------- けんか売ってどーすんだッ! 豊さん。弱いものほど、生きる道を見つけるといいますよ? ほら、恐竜だって絶滅したじゃない。 地を受け継いだのは、小動物でした。 さて、本日は本文が少なめですので、【神】の語源について申し述べさせていただこうと思います。 【かみ】──上にあって隠れる者── 「かみ」の語源をめぐる諸説は、近年に至りめまぐるしく進展しました。 江戸時代の新井白石や賀茂真淵などの著名な学者は、「神は上(カミ)に坐(ま)すゆえにカミという」と主張してきました。 ところが、近年に至り、奈良時代の仮名遣いの研究が進み、当時の「ミ」の発音は二種類あり、神(カミ)・上(カミ)の表記は異なり、あきらかに発音が違うことが証明され、江戸時代よりの語源説には疑問が呈されています。 ところが今日ではさらに研究は進み、奈良時代に神と上とは異なった万葉仮名で書き分けられ、発音が違っていたとしても同一語源を否定するわけにはいかないという説が提出されています。 さて、「神代」として、クマシロともカミシロとも読んだことが、日本最古の辞書である『倭名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)にみえます。クマは「隈」や「熊」などの字が当てられ、熊野の地名が示すように奥まった隠れたところを意味します。 このクマはクムという動詞から派生し、姿を示さず隠れるというのが原義です。クムからクマの語が派生し、一方でカムという語も成立しました。ウとアの母音の交代した結果だと言われており、このような語例は他にいくつも見られます。 このクマと同義のカムから、神と上の二つの語が成立しました。 これは日本の神の実態ともぴたりと合致します。 神は「高く深い山や森、遠い川上、海上に隠れて目に見ることのできない存在」であり、古来、日本人はカミ(上)なる場所に(カミ)神の存在を感じるとともに、そこに永遠の命の根源・霊界を考えました。それは川・山・海・天の自然の中に一貫し、しかも川から山、海から天、山から天、といわば地続きにネ(根)やソコ(底)において連続して在ると信じられていたのです。 ゆえに、日本の神の存在は、奥深い場所に隠れていますというのが根本形態でありました。 さて、神社では原則として、御神体を公開することはありません。神は目に見えないものだという前提があり、祭りの日に神輿に乗ったかたちをとってのみ、町や村の人々の間に姿をあらわすとされています。 仏教寺院が御開帳という形で秘仏を公開することがありますが、神職にあっては、御神体の公開については現在でも強いタブーがあるのです。これは、日本各地に坐す御神体の多くが、ふつうのひとがたをしているのではなく、想像を絶する様相をしているからでもあると考えられます。 ちなみに、私の知る文科省の研究者の方々も、神社の国宝選定などにともなう御神体の調査を嫌います。御神体は、たたるからです──このような話には、ほんとうに枚挙にいとまがありません。 なお、中国の漢字である「神」は、元来「雷電」の意から天神を意味するようになった表意文字です。すなわち、やまとことばの「かみ」とは原点を異にしています。 明日は●挑発●です。 あの。大晦日だというのに全然キリのいいところで終わっていないのですが、よろしいですか? おそらくは年末にふさわしく、K1グランプリに近い大喧嘩を繰り広げることになるのではないかと・・・はい、私は大晦日は紅白派ではありませぬ(←カミングアウト)。 タイムスリップして──この一年の終わりの時にも、ぼくのそばにいて。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。豊の頑張りに一票を。 ありがとうございます。励みになります!
2005年12月30日
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──・・・・・うっ・・・・・く・・・・・、 生身の人間の定石通り、震えて吐瀉しかけた胃。それをなんとか喉元で抑えた。 神人の向こう・・・・・ちょうど豊の目線上になる。そこには、豊と同じ人間でありながら、明らかに異なってしまった故人の頭が据えられていた。 豊は凍りついた視線でその蒼い顔をのぞきこみ、命の徴はないかと探した。だが、それはまったく反応しなかった。 ──臓腑の持ち主には断りを入れてやろう、守宿多よ。我が単体を保つには、五感四肢を一代ずつ、そして七代に一度、心の臓を欲するのだ・・・・逃げるなど、許さぬ。 鋼の意志を込めた声音が、昏い狂気に満ちた翡翠の双眸が、豊の全身を絡め取る。 それが次なる惨劇の幕開けでもあるかのように、大気が、大地が、そして樹木が、一度に牙を剥いた。 地を這う蔓が、ゆらりと頭をもたげた。まるで、獲物を追い詰める触手のような不気味さで。 手に足に、しなう蔓を絡ませたまま、ずるずると竜骨を持つ者が引き摺られていく。 絶叫と嗚咽。 爆ぜ割れた腹からはみ出した内臓を引き摺りながら、喉に食い込むそれを必死にかきむしる形相の凄まじさだけを取り残して、一番守宿が消えていく。敵意を剥き出しにした、大地の底へ。 狂ったように母の名を呼びながら、二番守宿の少年はひたすら走っていた。がくがくと崩れ歪む足を必死に動かしながら。 悲鳴じみた絶叫がその口を突いた瞬間、頭上の梢が大気を裂いてしなった。 上から、下へ。それは、少年の頭をいともたやすく叩き割って、大地に突き刺さった。 豊は彼ら先代の守宿多の頭部の面差しに、父親の面影を見た。沢で溺れそうになった幼い豊を救い上げた力強い眦を見た。母の優しい顔、頬に涙を凍りつかせた顔が、目の前を一瞬、流れ去った。 そのとき、豊は樹木の唸りを聞いたような気がした。 思わず見開いた視界の端をかすめて、滝壷に落ちていく密と名乗った少年の──いや、着水の刹那、密の首だけが飛んだ。まるで、吹き抜ける風の鋭い牙で、その首を掻き切られたかのように・・・・・。 そのまま苔むす森床に転げ落ちた密は、茫然と双眸を見開いたまま、鮮血を噴き上げて倒れ伏す我が身の無惨さには目もくれず、あらぬ方向を凝視し続けている。 血の涙が滴り乾いて青ざめた頬を伝っている。 形のよい薄い唇はこじ開けられ、神人に屈服させられたであろう残滓で、口元には醜悪な染みがにじんでいる。 だが、見る者を畏怖させるような美貌に翳りはなく、血だまりに己の垂髪を浮かせ、守宿多の少年の首は静かに瞠目していた。 沈黙が、凍りついていた。 あまりの現実離れした光景に、鼓動も、思考も、目も足も、硬直したまま金縛りになっていた。 何が起きたのかわからない──このことが何を意味しているのかも。 いや、知らないほうがしあわせなのだと、さざめく本能が告げている。 しかし、豊は目の前にしている。人知の枠を超えた、それを。 目に焼きついたものは消えない。消せはしないのだと叫ぶ声が身の内にある。 飲み込んだ悲鳴の、血を吐く重さ。 冷たく痺れていく身体の、どうしようもない暗さ。 ばらばらにされた密の心臓はまだ動いており、それが匣(はこ)にしまわれた歴代の守宿多たちの心臓の音と合わさってひとつの鼓動を奏で、まるで大地の鳴動のように響いていた。 豊は視線を下にやり、それが自分の心臓の鼓動に合わせて上下するのを眺めた。自分の息が顔の前で凍りつくのが見えた。 もうすぐ彼自身も、凍りつくのだろう。 もう性別すらもわからない。 着衣は破れ、部分部分の肉は腐り落ち、内臓は溶解していく。 流れ出した漿液が緋毛氈に大きな染みを作っている。髪の毛は抜け落ちて、ぬめる織物の上でとぐろを巻くだろう。 ──・・・・・・。 ものを言う気力さえも次第に奪われてしまう。 動物としての本能が、こんなのは嫌だと訴えてくる。 平然を取り繕う余裕など微塵もない。横たわる彼らと自分の間に引かれている死と生の境界線は、絶対のはずだ。なのに今、それが限りなく曖昧に思えるのは、自分が臆病だからなのか。 ──恐いか? 荒神は揶揄する調子でもなく豊に訊ねてきた。全身を総毛立たせ、動脈を締めつけられるしびれに眩暈がする。豊は無言でいる。 ──人の脳は死体を見ることを嫌うからな。自分は有限だと悟ることを拒んでいるのだ。 荒魂の神がふっと口元を緩めた。 ──聞こえるか? 守宿多たちがおまえを呼んでいる。 荒神の目は、遠く深淵を見つめていた。 ──おまえを、呼んでいるのだ。 だが、耳を澄ませても呼ぶ声など聞こえない。鼓膜を裂き、皮膚にまとわりついてくるのは・・・・・しかし、それはただの風の音であるはずだ。 ──この期に及んで風の音だと言い張るか。 この時荒神は、この世のものではない超常的な力で、豊が思い込もうとした逃げを感じ取ったようだった。すぐさま顔の筋肉が歪み、嘲笑がつくりだされていくのが、闇に慣れ始めた豊の眼に映った。美貌の裡に隠されている凶悪な心が、嗤う顔に滲み出て見えた。 思わず眼をそむけようとした豊を、荒神は許さなかった。 ──眼を開けて我を見よ。 荒神は喉の奥で笑いながら、指を差し向けてきた。 ──そういえば、昔・・・・・ひとりいたな、守宿多に同じようなのが。もっとも、そいつは身体をひと撫でしただけで、ずいぶん聞き分けがよくなったがな。おまえは──どうだ? 知らず、豊の喉がコクリと鳴る。それが『誰』であるかなど、あえて問いただすまでもなかった。 だが、目を凝らした彼が荒神の肩ごしに前方を見たとき、自分が目にした光景の痛ましさに茫然とすることになった。 そこには、自らの血をもって描いた書きつけが、岩肌にたった今記されたかのように、赤々とぬめるように光っていたのだった。 月ひとつ 影ふたつ 恋しくもなし 憂き神の 今も恨みの 滝洞に 身こそは沈め 名をば沈めぬ 名もなき隠れ里の少年の、我が身に起きたあまりの非道に対する惑乱と絶望──。 それを目にした途端、豊は自分の血が逆流するのを感じた。 かわいそうに──なんてひどいことを・・・・・。 ──この場を去れ・・・・・。 豊は先代の守宿多の骸から目を離さないまま、荒神に向かってつぶやいた。 ──おまえなど・・・・・神とも思わぬ。--------------------------------------------------------------------- 群発地震なのかなぁ。 お願い、山の神さま。 番外編だけは完結させて。 明日は●対峙●です。 RPGのキャッチフレーズ的に言うならば、 このダンジョンを制するのは、神か、人か。 といったところでしょうか。 タイムスリップして、完璧にダンジョン化した滝洞に迷い込んできなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。豊の頑張りに一票を! ありがとうございます。励みになります!
2005年12月29日
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そこは、不思議に蒼く沈んだ闇だった。 天もなく。 地もない。 見渡す限り果てもないような、蒼ざめた沈黙の世界だった。 そこに星の瞬きがないぶん、夜の闇よりもはるかに救いがたい孤独に満ちているようにも思えた。 ──なんだ、ここは・・・・・・。 しばし放心して、豊はそこに立ち尽くしていた。 誰の姿もない。 山の神は、本当にここに居ますのだろうか。 次の瞬間。 視界の隅で、不意になにかが動いたような気がして、豊は我に返った。 しかし、慌ててそこに視線をやっても、蒼ざめた深淵には揺らぐ影すらなかった。 ──気の、せい・・・・か。 ひとりごちて、豊は息をついた。 それでも、鼓動が一気に跳ね上がるのを自覚せずにはいられない。 額にも・・・・・後ろにまわされた掌にも、冷たい汗がじっとりと滲んでいる。 豊はすがるものでも見つけようとするかのように、背後の扉をふり返った。 が・・・・・・しかし。 いくら目を凝らしても、出口らしいものはどこにも見当たらなかった。 入ってきたはずの扉さえ、いつの間にか消え失せている事実に、身体の芯まで凍りつくような気がして、豊はその場に呆然と立ち竦んだ。 ──なんで・・・・・。 嘘だ。 容赦なくこめかみを打ちつけるものが自分の脈動だと知って、豊の唇はますます色を失って蒼ざめる。 と──そのとき。 どこからともなく、低いくぐもった笑い声が響いた。 ──・・・・・・っ。 いきなり心臓を鷲掴みにされたような衝撃に、身体が硬直する。 さらり。 さらり・・・・・・。 さらさらさら・・・・・・。 弾け上がった豊の鼓動を突き刺すように、衣擦れの音はゆっくりと近づいてくる。 だが、それは絹が擦れる音ではなく、獅子のたてがみを思わせる滝なす見事な銀髪が地に擦れる音だと知れたとき──。 そうやって、めいっぱい見開かれた豊の瞳の中で、《それ》は、不意に、冷たく嫣然と笑った。 ──・・・・・・・っ! 声にならない驚愕に息を呑む。 瞬間、それが合図であったかのように、洞内に柔らかな灯が満ちた。 ──出口は、ないぞ。 忍び笑いを噛み殺すように、《それ》がいった。 忘れようにも忘れられない、しっとりと深みのある、あの独特な怜悧な声音で。 だが、豊の眼光のきつさに、今度はあからさまにクツクツと喉を震わせた。 ──そんな、今にも噛みつきそうな目で睨むな。今朝方のごとく、思うさま啼かせてみたくなる。 豊は、カッ・・・・・と双眸を見開いた。だが、煮え滾る憤怒を無理やり飲み込んだ。ここで挑発しても、弄ばれるだけだとわかっていたからだ。 目の前の闇の中に、翠色の双眸が浮いていた。 魔物のまなざしだった。 自分はこの眼眸を知っている・・・・・記憶が行き当たったことにはっとして、豊はいっきに正気を取り戻した。そして、猜疑を交えた声音で、はじめの一声を投げた。 ──あんたと冗談なんてやり合う気はない。出口は・・・・・どこだ。 すると、闇の奥で、妖しい篝火のように光っていた双眸が、すうっ・・・・と細められた。 ──ここで我に出逢ったからには、いくら足掻いてみせても状況は何も変わらない・・・・・そうだろう? 不二一品宮よ。 その口から思わせぶりに呼ばれ、豊はゆっくりと後ずさった。 目の前には──《それ》の背後には、いつの間にか十畳ほどの洞窟が現出していた。 あまたに下がる見事な鍾乳石が、窖(あなぐら)の永い歴史を物語っている。 向こう薄闇のどこからか、カナカナカナと哀しげな蜩の音が聞こえてきた──夜がはじまるのだ。 在りえない幻惑が──松明(たいまつ)の向こうから豊を見据えていた。 顔を向けた豊は、その中央でまるで瞑想しているかのように、静かに身を横たえる神人を、双眸にとらえていた。彼は人形(ひとがた)が命を吹き込まれたかと見間違うほどに、高貴で美しいその姿を見るなり、勢いを失い、眼をみひらいたまま立ち竦んでいた。 だがすぐに豊は、神人が身に帯びた冷たい、皙(しろ)い月のように超然とした麗しさに対する驚きを、嫌悪に変えた。 いや。 嫌悪だけではない。 それは。 (・・・・・今朝・・・・方の・・・・・?) 呆然と、豊は金縛りになる。《それ》が自分の見知った者だった──という事実に。 (──な・・・・・ん、で?) 大きく見開かれた瞳は、信じ難い現実を拒絶するように凍りついていた。 夢の続き? ──幻覚? だが、息苦しいほどにはやる鼓動が、目の前の現実から逃避することを許さない。 そんな豊の視線の先で、神人がゆったりと口を開いた。 ──数刻ぶりだな・・・・・。否、つい先程も逢ったな。夢見の裡で。 この一日のうちに二度も聞いたことのある、声音の確かさが現実感を不動のものにし、立ち竦んだままの彼の耳を刺激する。一度目は、朝方の禊のうちに。二度目は先程の夢見のうちに。 豊は思わず身震いした。 ──ふふ、待ちかねたぞ。不二一品宮(ふじのいっぽんのみや)・・・・・いや、現世では守宿多(すくのおおい)と呼ぶか。 ──おまえが・・・・・荒神だっていうのか! 本能的に身構えて、吐き捨てる。 なにがどうなっているのか、考える余裕もない。 だが、何か言わずにはいられなかった。 そうやってはっきり言葉に出すことで、豊は自分の意思を明確にしたかった。それができると、信じたかった。 しかし、 ──おやおや、これはこれはご挨拶だな。 玲瓏な美貌は、笑まうだけで凄絶なほどの酷薄さを増す。ぶしつけな言葉を投げつけたことを瞬時に後悔したくなるほどに。 開かれた双眸はこの世のものではない翠色、口吻は紅に染まり、青銀にも見える髪との色彩の対比をなしている。 そのすべてが、それが人に属さぬものであることを余すところなく物語っている。 誰がこの姿を見てきたというのだろうか。 伝説は語り継がれるだろうか。 そうして古(いにしえ)の奥津城(おくつき)より現われ出で、生贄を求めて生きながらえてきた神人を見つめながら、同時に豊は自分の破滅も現実のこととして覚悟しつつあった。 ──疑うならば、我が荒神である証を見よ。 目に映る光景を、自衛本能が拒絶する。 これは、悪夢だ──と。 じっとりと、額に汗がにじむ。 その冷たさが、豊を現実に引き戻す。まやかしでも何でもない、これが真実なのだと。 ──守宿多よ、許さぬぞ・・・・・おまえには、見届ける義務がある。 その口調の冷徹さに、豊は絶句する。 荒神の背後に、開けた小洞が見えた。 その向こうには潅木らしきものさえ存在する。 月の光が森の床にこぼれおちて、冷ややかな輪を広げていた。 だが、その場所は恐るべき冒涜をうけていた。 洞窟の中央には小さな匣(はこ)があり、なかにはばらばらにされた人間の、四肢も首もない胴体が、あふれそうになるほど詰め込まれて腐臭を放っていた。そしてその後ろに見えた光景は──。 豊は反射的に息を詰めた。 ──・・・・・っ・・・・・! 遅れて覚醒してきた嗅覚が腐臭に反応する。 息を詰めても喉の隙間から滑り込んで来る濁った空気が、咽喉を刺激した。違う、刺激なんてぬるい表現では収まらない。ありとあらゆる臓腑を粉にして、肺に詰め込んだ気分だった。--------------------------------------------------------------------- 昨日、年賀状を書くヒマもないと書きましたが・・・・一念発起! あれからいろいろと煮詰まり、ならばと思って年賀状に手を出してみたら、これが止まらない。一気に150枚仕上げてしまいました。今日の午前中までに本局に投函すれば、元旦の配達に間に合うでしょうか(祈)。 明日は●犠牲●です。 豊が守宿多の末路を見定めます。 タイムスリップして、三番守宿までの犠牲に心を寄せてあげて下さい。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。豊の頑張りにどうか一票を!
2005年12月28日
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始めに、闇があった。 暗い・・・・・昏(くら)い、手足を丸めて泣きたくなるほどの深い闇。 ここがどこかのか──わからなかった。 なぜ、ここにるのかも──わからない。 不安は理性と焦燥の狭間で膨らんでいくばかり。 少年は声を限りに叫ぶ。 それでも、闇は揺らぎもしなかった。 次いで、詞(ことば)があった。 守宿や守宿。守宿多(すくのおおい)は守宿の中の守宿。 多君(おおいぎみ)は神々に丹精され、咲かせて散らされる花。 だが、確かな樹木があるかぎり、花は永遠に咲く。 確かな樹木。それは不二に流れる純血だ。 ─── 静まり返った洞の中。荒い吐息が揺れる。 それが、どのくらい続いたのか。 密は喉元で息が詰まるような錯覚に、唇を、喉を──痙攣させた。 思わず身体を丸め込んで呻きたくなるような、強烈な痺れだった。 こんな、頭の芯が灼けるような感覚を、密は──知らない。 荒神によって一方的に与えられるだけの刺激は、剥き出しの神経を容赦なく掻き毟られるような痛みがあった。しかも、神経の糸はピンと張り詰めるだけで、決して切れない。もはや男の性(さが)を逆手にとっての拷問に等しかった。 荒神は、まるで・・・・・。 密が喉を・・・・・顔を引き攣らせて全身を喘がせる様を愉しんでいるかのようだった。 足が、背骨が、ひくひくと痙攣を起こすほどに。 おもうさま頬を殴られるなら、歯を食いしばって耐えてみせる。 力まかせに引き裂かれるなら、辞世のひとつも吐けるだろう。 だが、身体の芯がじりじり焦げるような生殺しは、神経が先に挫けてしまう。 その高みから容赦なく突き落とされたとき、密は涙を抑えることができなくなっていた。 密は白い涙を流したまま、ほとんど放心した状態で、虚ろに仰向いていた──。 守宿や守宿 すくやすく 守宿の苧環(をだまき) 繰り返し 昔を今に為す不二もがな 思ひ返せば 古(いにしへ)も 月ひとつ 影ふたつ 恋しくもなし 憂き神の 今も恨みの 滝洞(たきうろ)に 身こそは沈め 名をば沈めぬ 事後の朝、嬲るだけ嬲って、それで気が済んだのか。 意のままになる玩具には興味が失せたのか・・・・・。 荒神の姿は実にあっさりと、朝日の曙光に溶け去った。 それを見届けると、密は最期に残った自らの誇りと尊厳をかき集め、半身から滴った自らの血潮で滝洞の岩肌に歌を書きつけた。 守宿に生まれたというだけで、何故に人はただ羞ずかしく、つらく、怖ろしいだけの契約をくり返すのか──それは己の幸薄い運命への、切ない糾弾の歌であった。 不二の名と、里の栄えを後世に残すために、私は身を滅ぼします──。 人と神との交換条件の犠牲にされた己が身を厭うて、錯乱した密はそれからためらいもなく断崖の淵にまろび進んでいった。 そこで一瞬ふりかえり、夜通し泣き濡れて潤みきった瞳が、夢見のうちの豊の眼差しに、しっかりと合わさった。 ──あの、助けます。 まったく反射的にかけた言葉。その後に続くべき心構えも用意もなく。 だが、それになにか応えようとした唇は、わなないた末、二度とふたたび開かれることはなかった。 刹那。 彼はためらいもなく、その身を滝壷へとひるがえしていった。 ─── 不思議に現実感のある夢だった。 手を伸ばせば、彼らに触れ、その息遣いが聞こえるほどに──。 だが、豊の手は背後にきっちりと回されて、差し伸べられることはなかった。 そのもどかしさに、拘束されていることを忘れて大きく身じろぎをする。 ふたたび目を開けたとき、豊の身体は冷えきっていた。 あたりはもう暗い。 風が割れ目のなかに音をたてて吹き込んでくる。 目を開けた彼は手を括られていることを忘れてまっすぐ立ち上がろうとして、固い岩の天井に思い切り頭をぶつけ、また膝をついて沈みこんだ。 ──いっ痛ぇ・・・・・。 猛烈な痛みにまばたきをしながら見ると、割れ目の入り口の向こうに銀色の光があった。月の明かりだ。 大慌てで豊は、身をかがめたままの恰好で、天井の高さを測りながら進んでいった。そのうちに邪魔なものなしに立てるようになると、もはや長居は無用とばかりに入り口に向かって一散に歩を進め、速度もゆるめずに歩いていくと、空き地のなかに眩しい月の光を浴びて立ち尽くした。 近くで夜通し晩をしているはずの兄たちの気配がない。 豊は高く鋭く口笛を吹いた。 なにも起こらない。 彼は空き地の奥へと歩いていき、また口笛を吹いて呼んでみた。 楡の木立ちのなかで、なにかが動く音がした。 はっとふり返ると、真っ白い大きな梟の体が舞い降りて豊の頭をかすめ、それから急上昇して、最後に一番高い楡の枝のなかに姿を消すのが目に入った。 この梟の出現はなんとも不気味で、豊は一心に峡谷のなかを引き返すことにした。 ふたたび入り口近くの洋々たる空き地に出ると、長い間海に潜っていた者がやっと水面に浮かび上がったときのような、ほっとした気持ちを味わった。 ──誰だっけ・・・・・・密、さんだっけか・・・・・・。 豊は元気よく歩き、いま目覚め、生きていることにぞくぞくするほどの喜びを覚えながら、自分自身をあの奇妙な、不安をかきたてる夢のほうから遠ざけた。 あの夢がどこから来たのか、どんな意味があるのかは考えたくなかった。 いずれはこの身に引き寄せて物思いする必要があるのかもしれないことはわかっていたが、あまりに生々しく、あまりに深刻な映像をいま、自分のなかに甦らせることはできない。彼はほかのことに頭を向けて、その幻影をふりはらい、自分の素足が地面を蹴る柔らかな音に耳を凝らした。 けれども。 足を滑らせないことにのみ神経を尖らせていた豊は、足元の霧の色が少しずつ濃くなっていくことも、背後で音もなく岩肌が閉じてゆき、そこから横の岩壁が開いて別の通路とすり替わっていくことなど、まるで気づきもしなかった。 そうやって、どのくらい歩いたのか。 ──しかし・・・・・・会わないな・・・・・。 本当にいるのか──【うろ様】とやらは。 眠るには眠った──だが、夢見のなかの荒神は、目覚めてしまえば姿かたちは薄ぼんやりとしか覚えていなくて、実体があったのかどうかも定かではない。しかも、今の豊のように、長い間ひとりきりにされた後に山の神に出会った者がいたことは・・・・・聞いていない。ならば、 ──このぶんだと一晩中ヒマかも・・・・・・ん? 何気なく見上げた宙の一角。 目の前、すなわち空中で何かがぼんやり光っていた。 ぎくしゃくとあたりを見回すまでもなく、視線の先には黒ずんだ鋼(はがね)のように重々しい引き戸がひとつ設えられていた。 ──祠・・・・・? 豊は瞬きもせず、凝視する。 気がつけば、そこ以外に行き先があるはずでもないのに、なぜか足が進まない。 重厚な扉が、その特異な存在感でもって豊の行く手を阻んでいるのではない。 まるで、何かが・・・・・。そう、誰かが、 ──行くな! と、豊の腕を抑えているかのようだった。 こういう感覚には、覚えがある。 いや、馴染みがあるというべきか。 豊にしかわからない、一種の『予感』めいたもの。 一瞬の閃き──というのではなく、明確な指針というわけでもない。 いつも感じるというものではなく、不意に、突然来る──何か。 豊はこの手のカンに逆らったことはただの一度もなかった。 けれども今、豊ははじめて、そんな自分の臆病さを振り切るように、まっすぐ扉を見つめた。 ここまで来て、今更、何をためらっているのか──と。 だが、その扉は、 ──けど、これって・・・・・ほんとに開くのかよ? そう勘ぐってしまいたくなるほどの、いかにも古めかしい造りであった。 頭上高く、双頭の狐が豊を睨み下げている。 目に大型の翡翠を埋め込んだかのような、雪のように皙い白狐だ。 ──まさか、狐の目から、いきなりレーザー光線・・・・・なんてことはないよな? 先ほどから嫌になるほど感じるあの禍(まが)の籠もった感覚は、もしかしてこの視線だったりするのだろうか。 豊は大きく息をつくと、思い切って扉の前に立った。 その瞬間──扉が音もなく左右に開かれた。 束の間、わずかに頭をよぎった不安も、引くに退けない決意の方が勝った。 豊はその中にゆっくりと足を踏み入れていった。--------------------------------------------------------------------- 今年も残すところあと四日。 年賀状など書いているヒマのない小夜子です(笑)。 明日は●出現●です。 豊がいよいよ荒神の出現を受けます。 古風だとばかり思っていた豊ですが、実は意外に現代っ子なのですね。 五百年も前の少年を書いていると、特に隔世の感が・・・。 タイムスリップして、彼のなけなしの勇気を支えてあげて下さい。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月27日
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豊はただ茫然と見ていた。 歓喜の声を上げて歪む、緑の壁を。ぶれて軋む、大地の鳴動を。 岩肌を突風が吹き抜けるたび、大気が擦れて熱を持つ。そのちりちりと疼くような不快感。 山岳を覆う神秘の幕が次々となだれ落ち、異質が剥き出しになっていくのを感じる。 ──で、どこなんだここは? つきあたりに見えた曲がり角の奥に、一層大きな空洞が口を開けている。 入った当初は気がつかなかった場所だが、足を一歩踏み入れた豊はその規模に改めて驚く。 まるで船だ。豪華客船のホールを思わせる、閉塞感のある高い天井。 これも自然の悪戯なのか、ぽっかりとひとつ、またひとつという具合に、部屋が続いている。 洞窟内は湿気が充満していた。 滝の裏の洞窟であるだけにどこからでも水が入り込むのか、あたりはじっとりと水気を帯びていて、座り込もうものなら袴が水浸しになってしまう。 しようがないからどこも濡れずに腰を落ち着けられそうなところを探しているうちに、山の神を祀る祠への道も見事に迷った。ついでにどちらが入り口だったのやら、もうさっぱりわからない。 ──ええっちゃ。夜通し歩いて、暇つぶしにするさ。 天井から無数に滴る水滴が何重にも響く。それが人の金切り声に聞こえないでもない。洞窟内をぼんやりと青白く照らしているのはヒカリゴケのたぐいだろうか。動いている緑色の光は蟲だろう。 時折、どこからともなく風が吹く。時にぬるく、時に冷たい。植物の匂いかと思えば、魚の腸の匂いもする。 両側の壁は十三間からそれ以上の高さに切り立って、涼しい影が上から落ち、崖のぼりをしてきた豊にとって、はじめは生き返る心地だった。 だが岩の散らばる谷底の床を注意深く進んでいくうち、この場所がどこかしら不吉なものに思えてきた。床がだんだんせまくなり、両側の壁が迫ってくる。自分の足の筋肉が落ち着かなさげに収縮するのが感じられ、完璧な夜の静寂のなかで、豊は自分の心臓の鼓動をしだいに強く意識しはじめていた。 ──こないなところで、初めてお目にかかる御仁と契りを交わすことができるっちゃなんが、守宿のお歴々はやはり常人とは別者じゃ。 ひとりごちながら、豊はいつしか、自分がなにか古代からのものに入りこんだという確信にうたれていた。それもたぶん、邪悪なものに。 彼がやはりもと来た道を引き返そうかと思い始めたとき、ふいに谷の底が大きく広がった。遠く前方、谷の両壁にはさまれた場所には潅木の木立ちが見え、梢が月光を浴びてきらめいていた。 豊は楡の木立ちのある、滝裏にできた広々とした自然の空き地のなかへと歩みを進めていった。 夏の盛りとはいえ、そこは目の覚めるような緑したたる場所で、岩清水は見当たらなかったが、どこかに水があるに違いないと思った。 彼は喉の渇きを覚えると、切り立った岩壁の下まで行った。 その峡谷の行き止まりの場所で、彼は立ち止まった。 果たして、彼の足元には、木の葉と藻の膜におおわれた、小さな泉が湧いていた。 豊がそこに苦労して膝をつき、泉の縁に唇をひたそうとしたとき、ふとなにかが目に入った。 岩壁の下のほうに、ひと筋の割れ目があった。それは崖の奥のほうまで続いており、入り口は人ひとりがかがまなくても歩いて入っていけるほどの高さがあった。 豊は息を吹いて水面の膜を押し分け、急いで喉をうるおした。 それからゆっくりと時間をかけて重心をさだめながら立ち上がると、ためらいもなく、暗い割れ目のなかへ入っていった。 なかはすばらしく涼しかった。 足元の土は柔らかく、見たところまったく空のようだ。 だが、床の上に目をこらすにつれ、この場所に人間が居ついていたことがわかった。何千回となく火が熾されたあとの炭が、むしりとられた鳥の羽のように無数に散らばっている。 天井が低くなりはじめ、肘で触れてみると、濃い火の煤が着物の袖についた。 次第にぼんやりとしてきた頭のままで彼は腰をおろそうとしたが、あっという間に重心を失って尻を地面でしたたかに打ち、あっ痛ぅ・・・・と小さく声をあげた。 歩いてきたほうに顔を向けると、入り口は何間も向こうにあって、未来への窓のように見えた。窓のなかには、楡の葉が鏡のようにきらきらと光っていた。 やがて涼しさが彼を包み込んでいくと、豊は突然、恐ろしいほどの疲労感に全身が満たされるのを感じた。苔むした小さな石を枕代わりにすると、彼はなめらかな砂まじりの土の上に倒れこみ、横向きになって目だけで天井を見上げた。 固い岩の天井は煤で黒ずんでいたが、その下になにか模様があるのがわかった。岩の上に深い溝が刻まれていて、じっと眺めているうちに、豊はそれが人間の手によるものだと気づいた。 眠気が押し寄せつつあったが、彼はすっかりその模様に惹きつけられていた。夜空を眺める者が骨折って、星と星を結びながら牡牛座の輪郭を得ようとするように、彼はその形からなにかの意味を読み取ろうとした。 まもなく、頭上の模様の正体がふいに頭にひらめいた。 カモシカだった。 稚拙な絵だが、おもな特徴はみな備わっている。ちょこんと突っ立った尻尾までがちゃんと描かれていた。 鹿の隣には、ひとりの人間がいた。たぶん槍だろうが、一本の長い棒のようなものを手に持っている。その先端は鹿に向けられていた。 眠気はもう押しとどめようがなかった。 泉の水がなにかに汚染されていたのかと思いながら、おもりでも乗っているかのような彼のまぶたが、ゆっくりと下がりはじめた。 目を閉じたあとも、鹿と狩人の姿がまだ見えていた。 狩人のほうには馴染みがあった。だれかと同じ顔をしているわけではないが、そこにはを思わせるような何か、数百年にわたって綿々と伝えられてきたなにかがあった。 それから、狩人は豊自身になった。 やがて彼は、眠りに落ちた。 ─── 五百年に一度生まれる宿命の子。 一番守宿(いちばんすく:守宿多の初代)の名は、不二等(などか)。 二番守宿の名は、不二清(さやか)。 三番守宿の少年の名は──不二密(ひそか)といった。 時は溯って戦国の頃、滝洞(たきうろ)はすでに長い間手入れを怠ったと思われる叢林に取り囲まれて陰気な森と化しており、五百年前の御魂鎮のこの日にも、闇の訪れをいっそう早めている感じがあった。 密はその深淵の祠(ほこら)に、第二十一代守宿、そして宇宙(うつ)の星巡りが北方に移ったこの年、この方角を統べる三番守宿として自らの身を捧げに詣でたのだ。 滝洞の祠──そこには忌むべきものを封じている空間であり、あるいは聖域でもある。 白無垢の千早(ちはや)を身につけた密は、見事な鍾乳石のつらなる洞(うろ)によって仕切られた、幾つもの続き部屋を通り抜け、ひんやりとした闇に覆われた、もっとも奥まった窖(あなぐら)に、点滅する蛍火によっていざなわれていった。 ──不二の若君か。 最後に、老松の様相をした鍾乳石の陰から何者かの声が掛かり、不思議に左右にそれが割り開かれた。 乳白色でしつらえてある洞(うろ)には、蛍石(ほたるいし)で灯りが補われていた。 洞のなかはあまりに薄暗く、文字があっても読めないほどだが、石を割って咲き出でた野花が桔梗であることだけは判った。桔梗の青い花弁が、ぼうっと、幽霊のように浮かびあがっている。 さらに儀式めいた薄闇のなかに、異様な人物が対座し、密を待っていた。 銀の髪。翠の瞳。そして、真っ赤な唇。 とぐろを作る豊かな髪に守られるようにした裸形──その異質が、密の肌を総毛立たせる。 ──よく参ったな、さあ、ここへ。 男とも女ともつかぬ声が、少年を招き入れる。 頭を垂れたまま、密は暗闇のなかに入ると、中央にある苔むした緋毛氈(ひもうせん)の上に正座し、荒神に向けて真っすぐに視線を合わせた。 ──どうやら、不二の若君の決心は、本当のものらしい。 荒神が独特の声音で囁くと、かすかに密は動揺を走らせた。 見逃すことなく、荒神はその鋭い眼穴から少年の心が放った怯えを味わった。 密は恐れを振り切るように、緋色の苔の上に指先を揃え、頭を下げた。 ──不二一品宮(ふじのいっぽんのみや:守宿多の古名)、密です。よろしくお願いいたします・・・・・・。 ──佳い子だ。一品宮となれば、特別に可愛がってやらねばなるまい。それで、幾つになる? 温和な調子に変わった声が頭上から聞こえると、密は畏まったまま答えた。 ──十五になります。 ──先代よりも五つも下か。それにしてはずいぶんしっかりとして、大人びている。 荒神は満足げに言った。 ──ところで不二一品宮よ、ここに来ることで先代や先々代はどう言っていた? ──お心に添うように勤めよと、言われて参りました。 透き通った声に、思い詰めた響きが籠もっている。 ──それで、若宮は、自分から進んで参ったのか? 端正な顔を上げた密は、挑むように目の前の荒神を凝視した。 ──人柱がなければ、不二は建ちませんゆえ・・・・・。 突然、頤(おとがい)が解かれたかのように、哄笑が起こった。 ──なかなか、勝ち気な若宮と見たぞ。それが何時まで保てるか・・・・愉しみ甲斐がありそうだ。 荒神がおもしろがって囃し立てるのを、密の方は逃げ出したい心に懸命に打ち克とうとする悲壮さを漂わせて、必死に唇を噛み縛っていた。 担わされた重責に、強くあらねばならないと懸命の様子がいっそ痛ましく醸し出されている。 ──人柱とは、よくぞ言ったな。ならば我も、それなりの趣向で若の意を汲もうではないか。 冷酷な声が放たれ、まるで用意されていたかのように、どこからともなく麻縄が差し入れられてくるのが見えた。 密はとぐろを巻いた縄を見てはっとしたが、すぐに視線を外し、目を伏せた。 ──では、不二の若宮の決心のほど、見せてもらおうか? 近づいてきた荒神に腕をとられた密は、両手を後ろ手に括られると、胸元まで二重に縄を掛けられ、瞬く間に上体を縛り上げられてしまった。 ──こうして、雁字搦めに縛られると、ますます人柱のようではないか。 背後にまわった荒神は、自分の手際に満足しながら眺めて言う。 ──いまにも沼に沈められるか、土中に埋められるか。 嗤いながら、身頃の前で結ばれた巫女結びの帯を解きにかかる。 途端、自分を見ている荒神の顔が、涙に潤んだ瞳にぼやけて映る。 密は祖父から父から、どのような求めにも決して逆らってはならないとくどいまでに言い含められていた。ひとつ「嫌」と口走り、「否」と拒めば、それだけ里が窮することになるのだと──。 ──嫌なのか、不二の宮よ。 涙を見咎めた荒神が、密の耳元で囁いた。 ──不二の若君の決心なぞ、この程度のものか? 密は唇をぎゅっと噛み、眉根を強く寄せた。 ──嫌だというのか? 不二の宮。 荒神はふたたび囁く。唇を噛み締め、密は否定に頭を振った。 神霊と契りを交わすというのが、これほどおぞましく、切ないものだという覚悟が足りなかったことに、今更のように後悔が襲ってくる。 ──いいえ、ど、どうか・・・・・、密を・・・・・・、 言葉が途切れて涙があふれ、密は肩をふるわせて泣き始めた。 ──よしよし、いい子だ。そのように悲壮にならずともよい。つらい時期など、あっという間に過ぎる。 怒涛を打つ頚動脈のほど近くから、耳鳴りのように荒神の声が聞こえてきた。--------------------------------------------------------------------- 明日は●破瓜●です。 不二密さん、どうして夢の中に出てきたの。 タイムスリップして、眠る豊を叩き起こして。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月26日
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守宿の戴冠の折りに、不二一族の女が出て行く舞台はない。 小角さまの妻である菜摘子(なつますこ)は、夫が水垢離を取る間を惜しんで、不二屋敷の蔵でひとり、膨大にある古文書のひとつをひもといていた。 守宿多(すくのおおい)という存在は、一族のなかでも能力的によく知られていない、幻のような大役だった。 先代の守宿多の記録は、実は他の守宿に比して圧倒的に少ないのだ。 今を遡ること五百余年前、やはり十五歳の少年が二十一代守宿として立ち、それが数えて三代目の多君(おおいぎみ)であったとだけ・・・・・。 他の守宿においては、その生没年はもちろんのこと、系図から嗣子からすべての記録が古文書として留められている。家系図に印された名前は、永劫、消えない。死んでも、名前だけが残る──人はそれを《血統》と呼ぶ。 これをひもとくと、守宿多の後の系図は、そのひとつ先代の守宿の嗣子が継いでいたのである。つまり、文献の上では二十一代守宿、つまり守宿多の三代目に当たる方はおそらく短命で、二十代守宿が守宿多のほかにもう一人、二十二代目の守宿をなしたということになる。 だが、守宿多についての没年の記録がないとなると、まさか──七代に一度、多君として捧げられた若者は、二度と里に戻ることがなかったというのか。 しかも、二十八代をもって一還となす守宿の巡りの二順目──すなわち二十九代以降についての預言となる詞(ことば)は、あまた収蔵される古文書のどこにも記されていないのであった。 これはまた、守宿は二十八代の多君(おおいぎみ)をもって、その役割を終えることを意味しているのか──その身に封印されるべき荒神とともに。 菜摘子の震える指先が、守宿の継承を印す古文書の最終章を辿っていく。 だが、そこには、謎めいた詩文が残されているばかりであった。 ああ 相生の里よ などかひとり 星のみ匂いて 深く眠る 知らずや今宵 昏(くら)き宇宙(そら)に 常世(とこよ)の 光の照りわたるを 人みな眠りて 知らぬまにぞ み子なる大守宿 在れたもう 朝(あした)の星よ 詠(うた)いまつれ たゆたう飛鳥(ひちょう) 平和の君よ 静かに夜露の くだるごとく めぐみの賜物 世に臨みぬ 罪ふかき仇(あだ)に かかるめぐみ 里より来(く)べしと 誰かは知る ─── 不二屋敷の祭祀の一切を取り仕切る当主の妻として、夫のあくがれ出でた魂がその頬に触れる‘触霊’の瞬間、すぐにその身になにかがあったのだと予感することができた。 菜摘子が拝殿に急ぎ戻って、その内部の異常に気づいたとき、夫の意識はすでに朦朧としていた。 ──あなた。 驚愕の声を呑んで、菜摘子が駆け寄る。 抱き起こした夫の身体はどこもかしこも固く強張っていた。 深々と腕に食い込む、その指が震えている。 そうして、妻は絶句する。夫の尋常ではない、苦闘の凄まじさを。 こんなことは、いまだかつて一度もなかった。 守宿になりたての頃、その血肉に喰らいついた【荒神】をなだめすかせるための呼吸が合わず、地獄の苦しみを味わったことはあっても、失神しかけるほどではなかったと聞いている。 しかも、今の夫は四半世紀も前の初心者ではない。心魂を込めた修練は、それなりの並外れた精神力を培ってきたはずなのだ。 それがなぜ──。 折りしも、今宵は自分たちの末息子を人柱として【うろ様】に捧げる日に当たっている。 だが、連綿と連なってきた不二一族の命運が尽きかけているかのような、あまりにも不吉な予感に、菜摘子は妻として母として、全身から血の気が失せていくのを感じた。 夫の苦悶はひどくなるばかりである。 なのに、菜摘子には噴き出す汗を拭ってやることしかできない。 どんな名医の力をもってしても、この発作はどうにもならないのだった。 夫が苦悶のうちにしぼり出すように言葉を漏らす。 蒼ざめた唇を歪めて、【荒神】に喰い殺されそうだ──。 夫を抱き支えて頬を寄せる妻の鼓動の速さだけを含有して、時間だけが無情に過ぎていく。 どのくらい時が経ったか、荒い息の下から、小角さまがうめくようにつぶやいた。 豊は渡さぬ・・・・・この身を賭して、と。ただ一言。 ─── それを言霊(ことだま)にした刹那、不二角は、背骨がみしりと軋む音を聞いたような気がした。 出て、来る──【荒神】が。 その恐怖に、思わず叫ぶ。 ──う、あああッ! 双眸をカッと見開いたままの絶叫に、駆けつけてきた一族の誰もが怯んだとき、小角さまの喉が鋭く裂けた。まるで、身の内から掻き切られたように、突然。 しぶく血の凄まじさに、誰もが凍りつく。 大気も、時の流れすらも・・・・・・。 そして、避けたその喉を喰い破るように、ゆらりとひとつの影が浮かび上がった。 ある者はそこに──血塗られた神人を見た。 またある者は、世にもおどろな獣の姿を見た。 ─── 《それ》は哄笑した。 もはや《それ》を呪縛する血も、肉も──ない。 その解放感に、ひたすら狂喜する。 ひとしきり笑ったのちに、《それ》は新たな依代(よりしろ)を求めて己の封土である山中深く潜った。凄まじい轟音とともに。 だが、呼べど叫べど、応(いら)えはなかった。 《それ》は封印されていた時が永きに及んでいるために、もはや単体では長く実体を保ってはいられない。その力もまた、半減する。 早うひとつになりたい──。 凄まじい欲求が身の内から噴き上げてくるのを覚え、《それ》はもの欲しげにあたりを見回した。 そして、ふと、気づく。 その場に染み入るような血臭に。 長きにわたり、《それ》を封殺してきた──忌まわしき血の匂い。 《それ》は忌々しげに舌打ちした。 ひとしきり唸って、《それ》は己の枷となっていた人間の脇腹を蹴り上げた。 その反動で、どさり・・・・・と、小角さまの身体が反転する。 《それ》は、そこに倒れ伏した人間の顔を、まじまじと見やった。 はたと考えて、思い出す。 これは、自分を封じていた守宿だ──と。 ならば、次代の守宿も、この者の面影を生き写しにしているはず。 すぐに探し出せようぞ。 そして影は、ゆらりと消えた。 まるで、何事もなかったかのように、痕も残さず──。--------------------------------------------------------------------- メリー・クリスマス! メリー・クリスマス! メリー・クリスマス! 素敵なプレゼントはもらった? 明日は●迷宮●です。 滝洞の中に入った豊。 タイムスリップして、どうか心は彼とともに。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月25日
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同刻──。 出立の儀を終えた後、来るべき《御魂鎮》の神事を前に、夕の水垢離(みずごり)を取っていた小角さまは、不意に胸を抉られるような身体の痛みを覚えて、思わずその場に突っ伏した。 身体中の血管が、うねり昂ぶっていた。 神経すらも焼けるような灼熱感に、小角さまは声にならない悲鳴を上げた。 はじめ、彼は耐えようとしていた。 奥歯が擦り切れんばかりにきつく歯を食いしばり、汗をたらしながらひたすら耐えていた。 身の内から突き上げる、熱く鋭い痛み。 血を吐くような息の荒さに、喉も焼き切れるかのようであった。 それでも──蒼ざめた唇で必死の御詞(みことば:神聖語)を刻む。 唯一、それだけが正気を保つ方法なのだと、小角さまは知りすぎるほどに知っていた。 この二十八年、不二一族の守宿(すく)として小角さまがしてきたのは、朝な夕な決まった時間に禊をし、本堂にこもって御詞を唱えることであった。 一日たりとも、欠かしたことはない。 それは、当主としての当然の義務であるというよりはむしろ、己の血肉を枷として封じ込めた【荒神さま】を呪縛し続けるための修練に近い。 子供の頃から、半ば強制的に覚えさせられた御詞修学の真意が、ここにあった。 誰にも漏れぬ真実のところ、代々の守宿は、そうやって我が身に【荒神さま】を封じてきたのだ。 それが、直系嗣子の宿命──などという言葉では割り切れない、切実な重さでもって。 豊とは違い、出生のはじめから守宿として育てられた小角さま自身、二十八年前には自らに義務付けられた御魂鎮(みたましずめ)の日が近づくにつれ、精神の安定を欠いて不眠・拒食などに悩まされ、ずいぶんと周囲を心配させた。 いよいよその日が七日後に迫ったとき、小角さまの父宮、壁(なまめ)さまは、毎日早朝から息子を拝殿におとない、精神を集中させることを鍛錬させた。 肉体を極限までに酷使して、何も考えられなくなるまで御詞を唱えさせ──五臓六腑に、神聖語を浸透し尽くしたのだ。 小角さまは、連日連夜を通して祈祷に没頭し、次第に自分が無になっていくのを感じるようになっていった。 不二の嗣子でもない、父の息子でもない、誰の似姿でもない、自分でもない、無になっていくのだ。 無意識の領域に小角さまが入りこんだことで、神人との一体化が起こる。 ──祈るのに、心などは、どうでもよいのだ・・・・・・。 徹夜も五日目にして、ようやく小角さまは、自らの身体を通じて理解した。 呪師が祈祷に感情を移入させてしまうと、それは芝居になり、祈ることにはならなくなる。特に、呪方(まじないかた)の長たる守宿は、その身に容れた神の側の霊力に、大きくたよる存在でもあるのだ。 七日目の晩、それまでの六日を一睡もせずにいた小角さまは、朦朧として出立の儀に臨み、そのまま抱えられるようにして滝洞に運び込まれたという。 小角さま自身、喉から手が出るほどに守宿の座を欲したわけではない。 だが、ご神択と呼ぶにはあまりにはっきりとした容姿をもって生を受け、前代守宿と交代するための《御魂鎮》の秘儀では、もうろうとした意識のなかですら必死に抗おうとした行為の末に、荒神に片方の腕を持っていかれてしまった以上、彼に自由の道はなかった。 滝の裏にうがたれた洞(うろ)の奥深く──それは淡い緑の霧の檻。 張り詰めた沈黙のなかで交わされる、誓約の契り。 その内懐では、人の世の常識も良心も、すでに微塵も消えている。 我が身に宿る、忌々しいほどの爛れた血・・・・・・。 その血が御魂鎮(みたましずめ)の宵に呼び出したものは、度外れた人外の《魔》であった。 【荒神】と崇め奉られた《それ》の、情け容赦もない、ただただ、禍々しいだけの──蛮行。 肉を割き、骨を断ち、直系の清童の血をぶちまけて、《それ》は哄笑する。 これが異形の《神》との、正しき誓約の証だった。 ずっと、待っていた。この日を・・・・・・。 《それ》はそう言って嘲笑した。 そこでは愛情の不在も肉体の拒絶も無視されることに、小角さまは恐怖したのだ。 ひとつに繋がったところから、なにか得体の知れないものがあふれ、流れ、喰らいついてくる。 秘儀については、守宿から守宿へも口伝されぬ極秘の中の極秘であるが、流布される方便によって、おおよその見当はついていた。 だが、子胤を抜かれるとの予想をまったく覆されることになるのには、あまりに心構えが足りなかった。そして、それを後悔する時間は、どこにも残されてはいなかったのだ。 荒神に種を捧げるなど、真逆の戯言──真実は、己の血肉の総てをもって、《それ》を受け容れさせられるのだ。 実は、小角さまは自力で山を降りることができた、数少ない守宿であった。足や目など、立ち歩くに必要な部位を持っていかれなかったからだ。 だが、拝殿に帰り着いたと同時に、張り詰めていたものが切れたかのように、彼は気を失っていた。 意識のないまま身体を調べられた彼は、左腕の機能を失くしていることを見い出され、その日のうちに守宿の戴冠は成った。 それから小角さまはまたしばらく精神を病み、床に伏したままの生活が続いた。 彼をふたたび正気に戻したのは、妻となる菜摘子(なつますこ)との出会いであった。 自分のなかに巣食う禍々しい記憶を、なぜか彼女だけが癒してくれた。菜摘子と抱き合っていれば、記憶は不思議にそれ以上凶暴化しなかった。この隠れ里に生まれ育ち、幼馴染みだった彼女も、小角さまが内面にひそませる苦しみをよく理解した。 そうやって、小角さまは妻を得て、自分の心身の束縛を代償に、自由闊達な家庭を築くことに生き甲斐を見い出してきた。 秘儀については、掟によって次代の守宿であるべき豊にも語っていない。 否、たとえ掟がなかったとしても──小角さまには語れる言葉がなかった。 口伝を許されない秘儀ではあるが、父宮の壁(なまめ)さまが、出立に望む小角さまに、すれ違い際にかけた言葉だけは、しかし、今でも耳について離れないのであった。 ──わからぬか? すぼし。不二の守宿は、人にはできぬのだ。 【荒神】と呼ばれるそれが、《神》であるのか《魔》であるのか、それは誰にもわからない。 ただ二十八年前、秘儀の後に命を取り留めた後に山を降りてなお、ときおり、禍々しいほどの狂気にかられることがあった。 動物でも、人間でもいい。その肉を手でちぎり裂き、骨を断ち切ってしぶく血を啜りたい──そんな暗い狂気に。 おそらく、祖先の守宿たちは我が血と肉を供物として、その身に【荒ぶる神】を封じたのが、この御魂鎮の儀の由来であろう。 この禍(まが)は、永劫、外に出してはならない──。 そう、この身に受け容れ、受け容れた身を次代に引き継ぎ、二度とふたたび出してはならないのだ。 守宿は万世一系ではあるが、終身冠位ではない。その身分は二十八年を限りとする。 それは、生身の人間では、それ以上もたないということである。 小角さまは十六歳のとき、第二十七代守宿、不二角となった。 守宿としての二十八年間は、【荒神さま】との、目には見えない、いわば己の精神力との戦いであった。 そして、今年。 次期守宿の神託の刻を間近に控えて、このときになって末息子を【荒神】の人身御供に宛てたことに対する思いがけない後悔の念が、父宮の胸の奥深くをかきむしろうとしていた。 ──許せ・・・・・・豊。 そのとき初めて、小角さまは自分が泣いているのだと知った。 同時に、今や彼は、己の血肉に喰らいついた【荒神】が、歓喜の声を上げて荒れ狂っているのを感じていた。もはや、御詞による結界でも抑えきれないほどの──狂気。 いつもの、あの発作ではない。 【荒神】を生身の枷で封じるゆえの歪みなのか、身体中の血が一度に沸騰してしまうほどの凶暴な衝動が、時に小角さまを突き上げるのだ。 だが、今のこの苦しみはそれとは違う。 それだけで、父宮は確信する。山の内懐で、今、何かが起こっているのだと。 だが──我が息子の、すべてに慣れぬ初心な肉体を、やすやすとくれてやるわけにはいかない。 このままでは・・・・・・魔が強すぎる。 引きつり歪む唇を噛みしめ、小角さまは「気」をためようとする。少しでも禍(まが)を取り去ろうとして。 だが、こめかみを打ち据える鼓動の荒さがそれを阻む。 肩が、胸が、足が、大きく波打っていた。 吐息はまるで、火を噴くように熱い。 ──ゆた・・・・・か・・・・・。 半ば無意識に、彼はその名前にすがっていた。 しかし、たぎり上がった血潮はその身体を焼き焦がすだけで、いっこうに収まる気配はない。 もだえ苦しみながら身をもって知る真実に、だが次の瞬間、小角さまは眦も裂けよとばかりに目を瞠ることになった。 我が身の次代は、守宿多(すくのおおい)──。 それはかつて、五百年も前に在位し、以降は誰もその存在を知らぬまま時代は流れた。 これは、守宿多の霊力も、その身に【荒神】が何を起こすのかも、すべてが誰にも知られていないということに他ならない・・・・・・・。 荒神との契約を更新する証に、自分は片腕を持っていかれた。 父の壁(なまめ)は、足の機能を持っていかれた。 祖母の室(はつゐ)は、目を──。 歴代の守宿がそうであるならば、守宿多は身体の裡でも最も重要な部位・・・・・・。 心の臓を持っていかれるというのか。 豊は渡さぬ。 小角さまはぎりぎりと血をしぶくほどに奥歯を噛み締めた。 ──あの子は渡さぬ。 彼は渾身の力で御詞を声明しはじめた。 もしも豊を欲するならば、その時はわたしの屍を踏み越えてゆけ。 わたしはこの命を賭して、かの者を守る──。 不意に小角さまの脳裏を、明朝あるべき豊の姿が通り過ぎた。 神懸かって、美しい、凄みまして、雅やかな守宿装束。 今、その清き少年は、いかに酷く扱われているか。 猛った大神を鎮める饗(うたげ)は、はじまったばかりだった。--------------------------------------------------------------------- クリスマス・イブですね! 本日は午後5時から準備、7時と11時にステージ(←なんのだ)。 その間にパーティですので、皆さまいらして下さいね☆ どうか素敵な一日を! 明日は●狂気●です。 小角さまの元に、妻の菜摘子さまが駆け寄ります。 一族の目の前で、小角さまの身に起きたこととは──。 タイムスリップして、小角さまに力を! ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月24日
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急に視界が開けた。 滝に出たのだ。 ──おーい! 視線の先で、ちょっと前に斥候に出ていた円が手をふっている。 その脇には、暗い峡谷のとば口がこぼれだしているのが見えた。 地底に続いているかと思えるほど暗い、月の光さえも射しこまない洞窟。 円が点けた松明の灯が、洞窟を赤黒く照らしている。それが妙に生々しい。ちょうど、動物の肉が腐ったみたいな色調。懐かしい思い出にしばしひたって、ほっこりしていたはずの豊の胸の裡を、嫌な予感がよぎる。 ──ゆた、頑張るんだぞぉ! 円がはやくも涙声で叫んでいる。 泣くくらいなら行かせるな、薄情者。 ──まあ、互いが人間とはいえ、わしも・・・・まどでさえやれたわけだし。いかな‘御魂鎮の儀式’とか仰々しい名前を戴いていても、所詮はヤることは同じ。大丈夫だって。力抜いて! 円の背中を撫でながら、和が笑う(←絶対他人事だろ)。 それにしても、この人たちとここで別れたならば、本当に後はひとりなのだ。 ──わかってるだな、ゆた! 刻限は夜明けまで、だぞ! おまえはミョ~に肝が据わってるところがあるから、祠に着いたら、ええからその場で寝てしまえ。したら、何があったかわからんままだが。わしらみんな、この場で一晩中起きて応援してるからな! 身体を滝洞の口に下ろされると、兄弟たちを見上げるかたちになる。 鼻をすすりながら円が言い募る。豊の頬に涙をふりこぼしながら。 ──滝裏は暗いわ広いわ入り組んでるわで、けっこう迷うらしいで。てきとーに進んだら、前の方に祠が見えてくるはずだから、そこでおとなしく座り込んで夜明けを待て。恐ろしかったらお神酒を飲め。御神体のそばに、二十八年ものの上物が必ず供えてあるはずだが。封は口で開ればええだ。酔ったいきおいって言葉もあるってこと、思い出せや! まど。あんたが言うと実感こもってるな・・・・・。 だが、和もその言葉にうなずいて言った。 ──ゆた、夜通しここでわしらが灯明照らしておくから。洞窟内は薄暗いで。 いや、安心してくれのどさん。 暗いほうがよく眠れるが。時間つぶしには、酔うて寝るが一番だっちゃ。 ──ゆた。 ああ、しずさんか、相変わらずテンション低いな。なんだいや。 だが、静は手を降ろしてくると、豊の頬を両側から包み込んだ。 その思いがけない体温に、豊の肩からふっと力が抜ける。 ──言っておくことがある。いいか、ぼくの言うことを聞くか。 ──はーいー。 なんしていつもこの兄さは居丈高なんだ、と不服ではあったが、いちおう素直にうなずいておいた。 だが、静のまっすぐな視線を受け止めたとき、豊はその目の輝きに驚かされた。 まるで満天の星々のように、知性にきらめく瞳。 ──ゆたか。男というものは、たとえ何があろうとも、戦わなければならない時が必ずある。それがおまえにとっては今だ。そして、そのためにおまえには、このぼくが充分に準備をさせてきた。 ──しずさん・・・・、 ──おまえは今日より不二一品宮(ふじのいっぽんのみや)。頭を上げて堂々としていろ。今宵、その身に何があっても、何をされても、めそめそした態度をとるな。どんな仕打ちであれ、堂々と受けろ。これが不二一族のやり方だ。わかったか。 うん、と小さくうなずく。 ──よし、行け。そして必ずここに戻れ。 静の手のひらから頬をひき、豊はきびすを返すと、轟く滝壺に足を踏み入れていった。 一度だけふり返り、そのまま進む。 だが、洞窟に入ったとたん、一晩を徹してその場に残ってくれるであろう兄弟たちの気配が、ふっつりと消えた。 ─── ふり返り際、豊は額に落ちかかった髪をさっとはねあげ、そして──笑った。 それは舞台の幕切れのような鮮やかさだった。 二十八年もの長きにわたり、飢え続けた神人に己の身体を与える間際だというのに、まるで親しい友人のもとを訪ねるような、これから親友の家にいって数1を教えてやろうと言わんばかりの、屈託のない笑顔だった。 居合わす者たちの主観的な目からは、それは少年キリスト像のような、美術的彫刻に見えた。 洞窟の漆黒から視線を上げないまま、和が傍らに突っ立っている静に囁く。 ──とはいえ、父上は隻腕で山を降りたのだし、壁さま(なまめ:祖父)は足が立たんかった。はつゐさま(室:曾祖母)は片方の目が不自由だったし・・・・いかな神経の無さそうなゆたでも、これを思うとかわいそうな気がするな・・・・・。 言葉を返さない静の肩に、和が片手を乗せてきた。 ──心配であろ? ──何が。 ──素直でないのぅ。 ──誰が。 和は嘆息し、それ以上は何も言わないまま、やはりほかの兄弟たちと同じく、飽かず滝のあたりを見つめつづけていた。─── そのとき、頭上高く、梢が鳴った。 静寂を切り裂くように。 ビクリ・・・・・鼓動を跳ね上げ、そこにいる者のすべての目が天を仰ぐ。 ──なん、だ。風か・・・・・驚いたっちゃ。 心なしか蒼ざめた和が、低くひとりごちる。 しかし、流れる風は止まる様子がなかった。 梢を鳴らし、葉ずれのざわめきを誘い、渦を巻きながら、不意に森床を突き上げた。 まるで──歓喜に打ち震えるかのように。 突然湧き起こった突風に髪を巻き上げられて、円も不安げに眉をひそめる。 森のざわめきは──やまない。 それどころか、森床を抜く風に呼応するかのように次第に激しさを増してゆく。 兄弟たちは蒼ざめたまま、その場に立ち竦んでいた。 いつもは優しげな樹木の気配が、なぜか今は凶暴に歪んで見える。 だが、どこからか‘Let it be’の口笛が聞こえたかと思うと、 ──いやはや・・・・・美童も、またいいねぇ。 のんびりと言う声に傍らを見ると、はぐれていたはずの遼がそこに立っていた。 ──はるさん・・・・・。 円がたまらず年長の者の肩にすがった──瞬間。 地鳴りがした。 幻聴でも錯覚でも──ない。 足の下から、何かが這い上がってくる。 ──なんか・・・・・・来る。 地面を凝視したまま、円が漏らす。 ──だから、ご対面・・・・・でしょや。 こともなげにつぶやかれたその言葉に弾かれたように、円はまじまじと長兄を見やった。 刹那──誰のものともわからない咆哮が、森床にこだました。--------------------------------------------------------------------- 明日から本文がかなり緊迫してまいりますので、本日を限りに少々くだけた内容のお話を書かせてくださいませ。 今宵はまた、クリスマス・パーティー第二弾です。 本日はちょっと大人の・・・・・いや、七人グループで鍋ですが(笑)。 不二屋敷のクリスマス・パーティについて、詳しく聞きたいな☆ という嬉しいメールを頂戴しました。 プリン作ってるくらいだから、やっぱりケーキを作るんですか、と・・・・。鋭い! なので、この場をお借りしてお話させていただきます。 不二屋敷では、毎年のクリスマス・イブ(明日ですね!)に、豊が兄弟という丁稚を従えて、50cmのロールケーキを作っています。(50cmって、手で長さを確かめてみてください。スゴイですよ!)。 当日の夜はまず、大宴会の後にビンゴゲーム。 この景品も、何日も前から市内中をまわって当日に備えます。 だいたい、お相撲ちゃんの着ぐるみやら、お風呂場でミッチーを脅かすためのジョーズの背ビレのリモコンやら、結婚式場の予約券やら、しょーもないものほど喜ばれます。 それからは大争奪戦で豊の‘くだものたっぷりロールケーキ’が一瞬後には消失します。 豊に言わせると、毎年のことなんだから、これもビンゴで順番決めろよ・・・・だそうです。 ちなみに、ビンゴ大会の景品の目玉である【式場の予約券目録】は一年有効で、これが当たった人は相手がいようといなかろうと、ゼッタイに結婚しなくてはなりません。それはもう、ご神託のように。いやはや、これはいやがうえにも盛り上がるだろうな~。 そうやって、みんな結婚していくのですが(←いいのか?)、離婚率ゼロなのはやはり不二の魔力か?! ええと。 手作りお菓子つながりで──実は、番外編の日記でしか書けないことだから書かせていただきますが、私は鳥取時代、男の子たちにバレンタインのチョコを配ったことがあるのです。これが私の初めてのバレンタインの思い出です(本文にはゼッタイに載せようと思わない話だなぁ:笑)。 湯所(ゆどころ)ショッピングセンターという(←今もありますか?)、鳥取市内の大型スーパーにみくまりとふたりで行って(みくまりは都会っ子の私にそそのかされて)材料を買い込み、相生のおのこみんなに手作りチョコを渡しました(いや、みくまりはいちずな子なので、ひとりだけに渡していました。誰にって・・・・その話はまたいつか:笑)。 でもね、私もみんなにじゃんじゃん渡していったにも関わらず、ひとりだけ手渡しできなくて、学校の机の中に名前も書かずに入れたことを、今では懐かしく思い出します。 ところが、その一ヶ月後の3月14日。 相生の男の子たちは皆紳士で(←あるいは綾一郎の号令か)、それぞれがホワイトデーのお返しをくれたのです。 みんなキャンディをくれたのに、不二豊だけが手作りクッキーでした。 ──これ、いる~。 と、背の高い彼が、目の前にリボンをかけた透明な小箱をぶらさげてきたのを、「いる」と言わせたいんか、いじわるな兄さだなぁ、とくやしく感じたのを覚えています。 ところが、そのクッキーのおいしいこと! マリーとかココナツクッキーとか、オーソドックスなビスケットしか売っていなかった当時、バターとミルクたっぷりのクッキーは舌がとけそうなほどおいしかったのです。 大将から、あれは豊が自分で作ったんだと聞いたときには、本当に腰が抜けました。 今思えば、六年生の豊くん、きっと兄貴たちから徹底的にからかわれながらも、ちゃんとクッキー作ってくれたんだなぁ。透明な箱に死守されるまでに、いったい丸型のクッキーの何枚が消えていったんだろう・・・・。横浜に帰っても、「不二家」とロゴのあるお菓子を見ては、「ああ、あの兄さは今でもお菓子作りしてるかな」と、しばらく思い出のよすがにしていました(笑)。 けど豊、名前の書かれていないチョコで、よく差出人が私だってわかったなぁ(←そりゃわかるよね。ちょっと言ってみたかっただけです:笑)。 それからやっぱり山の神のタタリにあって、私はインフルエンザで生死の境をさまよいました(笑)。 そうそう。 クリスマスのお話に戻りますが、 ミッチーにもクリスマス・プレゼントあげたいです、と言ってくださった優しい方に感謝。 カッパの目にも涙。 明日は●角●です。すぼし、と読みます。 不二角──小角(おづぬ)さまのご本名です。 28年前、この方が同じく次代守宿として、御魂鎮の儀に臨みました。 以来、小角さまを苛んできた記憶とは──。 タイムスリップして、半世紀前の不二屋敷の拝殿に集まりなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月23日
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蒼くまぶしい月影に照らされて、視界を埋め尽くす原生林の緑が鮮やかだった。 降り注ぐ月の光を抱きとめるかのように、大きく枝を張るブナの原生林。 しっとりと緑にけむる大気の濃さは、錯綜する樹木の枝から発散される沈香に姿を変えながら、豊の身体にまつわりつく。まるで口づけするかのように。 きらめく一葉。 滴る月光の雫。 苔むす根床。 そして、静かに時間が止まる。あたかも、ひめやかな「気」の目覚めを促すかのように。 そうして厳かな静謐は、犯すことのできない聖域の結界となるのだろう。 人知の思惑を超えた、《神》と《魔》との密約のもとに。 ─── もとより、この兄弟たちのことである。 絶対沈黙を守っての道行きなどはありえない。 ──なぁ・・・・・しずさん、なんで滝の裏の洞穴(ほらあな)っちゃなんかな。 山の斜面を進みながら、円は松明を手に何度も背後をふり返って言った。 今ここにいるなかで最もほがらかな彼は、今も森の沈黙をぶち破って饒舌だ。 なぜか静と和と円を露払いにして四人して辿る、奇妙な道程である(←遼は途中ではぐれた)。 ──肝試しも兼ねてるんでしょ。 ──なんして肝試しだいや。 ──うろ様の勝手でしょ。 ──なんじゃい。そんな言い方しよると、うろ様に好かれんで! ──二十歳を過ぎた男が可愛い物言いが出来るかい。 ──まど! そこ、花があるって! 円と静の言い合う声をさえぎって、豊は思わず注意をくれた。円は菜の花とか見ても、からし漬けにすると旨そうとか思うに違いない性質を持った兄だ。 彼はそれこそ何も考えないで野花を踏みつけて歩いているが、足元に生える夏草は湿気と月の滴を含んで、煌々と光っている。 自由にならない腕のせいで、足元がおぼつかない豊の両肩を、傍らから和と円が支えてくれている。 ──昔は輿(こし)に乗ったらしいで。それでやっぱり今日みたいに四人の男が運んだって。 先程、円がわけ知り顔で言うのを聞いて、乗りてー、と切実に思った豊である。滝への道行きは素足で二時間以上もかかる。木の根や岩などに足を取られて、やっかいなことこの上ない。 それに・・・・・豊は森に入ると変化(へんげ)をするのだ。 木々の葉を溶かしたような深緑色の瞳が、妖精みたいに妖しく暗闇に光る。ぽつりぽつりと口を開く者もあるが、末弟の様子を気遣って、ともすれば、奇妙な沈黙が落ちる。 ──払いたまえ・・・・・清めたまえ・・・・父と子と神霊との御名によりて・・・・・、 だが、ただひとり、長身のなりに合わない気弱な呪いをぶつぶつと何事かをつぶやいているのは、 ──変わんないねー、のどさん。 豊はショック死体みたく顔をこわばらせている和に声をかけてやる。 ほとんど霊力がないくせに異様なほどオバケ恐怖症の、お隣さんの田中一族に生まれるはずが、不二一族に場所を間違えて生まれてきてしまった三番目の兄。 恋人と特殊なホテルに入ったはいいが、額縁なんかあると裏をすかさずチェック、お札でも貼ってあろうものなら、その後のセオリーは成立しないほどの気弱なヒト。 円がニヤッと豊に耳打ちをする。 ──そっとしといてやれよ。まーた例の理由で失恋したってこと知らないの、おまえだけだっちゃ。 ──ええっ。そーなんだ? 豊の頬がみるみる生気を取り戻し、耳の中で大当たりファンファーレを聴いている顔になる。 ──じゃ、相手ってやっぱ、瓦町のメガネスーパーん中にふたりでいるの、まどとわしで偶然見ちゃった時の女(ひと)? ──あーそれそれ! 円が笑い声をあげる。 ──のどさんとしては、夏休みに高原リゾート三日間の夢を見たわけ。 ──黙らっしゃい。 自作の奇妙な呪詞(まじないことば)の間に、和がボソッとうめく。 大学院受験と並行してまで、旅行資金獲得のためバイトに励んでいた和だったが、破局と同時に彼の夏休みは宙に浮いてしまった。 他の兄弟たちに比べて遜色のないほどの端正な顔に生まれついたのに、なぜか恋愛運ボロボロの青年なのだった。失恋は今年の上半期で、すでに三回にのぼると言えば、彼に同情していただけるだろうか。 和は疑り深い眼で円をにらんだ。 ──おまえこそ、あのコになんか手ェ出してなかったろうな!? 最後までタイプは円くん、円くん言ってたんだぞ。 ──ええ? わし、なんもしてないっちゃよ!? 円は目をぱちくりさせる。和は真剣に力説した。 ──けどな、あーゆーホテルに入った場合、わしにとってチェックは最重要事項っちゃよ・・・・。フトンとかから‘兄さん、寒かろう?’(小泉八雲『鳥取のふとん』)とか子供の声がしてみぃな。けど、こないだはフロントに問い合わせても、ホテルん中に‘アジ塩’しかなくて、背に腹は替えられんってそれ借りて部屋中に撒いてたら、女のコがどんどん引いてって・・・・・。 ──この間はゴマ塩でアウチだったよねー。 豊がしみじみと言う。 ──どっちかっていうと、わしはどのくらい外に声が漏れるかとか、チェックする方かもなー。 円が無邪気に対応してくるのに、和も重々しくうなずいた。 ──たしかにそれも必要なり。今日の晩だってな、滝洞(たきうろ)って声が響きそうやんか。わし、豊の切なそーな声が聞こえてきたらと思うと、もう今からどーしたらええのかわからんっちゃ。 円は首を傾げる。 ──たまにわかんねぇ・・・・・のどさんの射程。 そのとき。 ──円。 ニ,三歩を先行く静が、低くつぶやいた。 ──山の中では他の女の話を慎め。失礼にあたるぞ。 ──あ! はーい。 円は肩をすくめて静を見上げた。 山道の途中でふり返り、斜め45度で弟たちを睨み下げてくる姿が──サマになるのだ、これが。 それから、またしばらく沈黙があったのだが、 ──なぁ、しずさんてほんにで二十三歳? 無数に咲く小花を器用に踏み越えながら、豊はなんとなく前方を行く人に訊いてみた。 兄たちの気遣うような視線に、耐えられなかったとも言い換えられる──べつにいいよ気にしなくても。考え込むことなんて、何もないさ? ──ああ? ──ふつう二十三歳ってもっと溌剌としてないだか? しずさん若々しさが足りないっちゃよ。 ──ゆたがコドモ過ぎるだけでしょ。 ──・・・・・・。 ──女も煙草も知らなければ、酒も知らない子がぼくになにを言う? ──酒はやりようが。呪師なら小さい時分から鍛えられて、誰でも水のように呑めるっちゃ。 静はくっくと笑って、 ──でもさっき、女は知らないって言った。 いちいち覚えとるなやそんなこと。 市内にある西高と、大家族の待つプライバシーのひとつもない屋敷との往復の毎日で、いったい何が起きるというのか──先にも言ったように、ここは80年代の鳥取であって、21世紀に山姥が闊歩する渋谷ではないのだ。 ──んだが、わしは絶対に子供は作るえ。父上にもそう宣言してお許しが出たが。 それを聞いた静の瞳に、微妙な光がともる。 ──へえ、誰の子。 ──わしの子じゃ! ぷりぷりしながら豊は言い添えた。 ──しずさんも成人式済んでるんだから、好きにすれば。 ──してるさ。 この言いっぷり! 豊は憤慨したように歩みを速める。 信頼すべきムカツク感覚──ふたりの舌戦が始まるときには、いつも感じる馴染みのもの。 静はゆずらない。豊は反抗する。静の叱声が飛ぶ。豊もがんばる。 あっぱれ、才に恵まれた弟よ──静の心の中に、哄笑が湧きあがる。 そうだ。豊、がんばれ。ぼくに負けるな。 だが、おまえは負けなければならない。 他の誰に負けることも許さぬが、おまえはぼくにだけは負けなければならない。 人は負けてゆくときに、一番ものを考える。負けて大きく成長するのだ。 だからぼくはおまえに負けるわけにはいかない。 キャンキャンギャーギャー。家の中をひっくりかえしたような兄弟げんかは、ふたりのエネルギー反応によって屋敷の一部を壊すまで、とどまるところを知らずに発展していく。 だが、それさえ今は懐かしい・・・・・。 静がめずらしくその言葉を口に出そうとしたとき──急に視界が開けた。 滝に出たのだ。--------------------------------------------------------------------- ごめんなして。 今日も今日とて字数オーバーでした☆ この人たち、本当によくしゃべるのです。 どんどん字数が足りなくなっていくのを見ることは、毎朝精神的圧迫ともいえる苦行です(笑)。 昨日予告した兄さたちとのお別れは、明日にまわすことに致します。 『鳥取のふとん』は、鳥取に着いてすぐに読んだ本の中に書かれてあったものです。 読後に切なさを感じた、初めての本だったかもしれません。 明日は●別離●です。 さよならゆたさん。 でも、弟を送り出した兄たちの身に・・・・。 タイムスリップして、滝裏のとば口に、いまひとたび集まりなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ ありがとうございます! 励みになります。
2005年12月22日
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拝殿に坐す豊の耳に、とうとう父宮の拝殿の外から呼びかける声が聞こえた。 ──ゆたか。 あまり仰々しい出立にならなければいいがと念じながら、豊は身をかがめて屋敷の入り口をぬけ、外界に足を踏み出した。 父がいた。きらびやかな正絹の衣装で盛装した彼の姿は、闇がこごる中、灯明に照らし出されて神々しいほどであった。 その何歩か後ろに、母がいた。その後ろには一族の全員が長い長い列をつくり、おごそかにこちらを眺めていた。 彼は正式のあいさつを、現世守宿の最後の姿である父宮とかわし、小角さまは今宵、新たな守宿が立つにあたって求められる事柄についての話をはじめた。 今宵一夜は、神聖語である御詞(みことば)を使うこと。 その折には、決して制止や拒否の御詞を使わぬこと。 たとえどのように惨くされても、尊い方をお受けしていることを忘れてはならないこと。 お仕えの仕方によっては、不二一族の行く末が決まってしまうこと──。 【荒神さま】に捧げられ、一夜にして生涯を隻腕で暮らすよう‘作り変えられた’小角さまの言葉は、深閑とする玉庭に、あまりに重く響いた。 その間、誰もが次の守宿に据えられる若者の、華奢な立ち姿から目を離すことができなかった。 彼は身じろぎもせず、頭を軽くうつむけて立っていた。 ふだんは濃色(こきいろ)の袴に白い千早の巫子装束が、今日は御魂鎮の供物としての身上をわきまえて、白一色の装束に変わっている。明日の朝より、この袴が朱の色に変わるのだ。 そして、着物に隠されてはいたが、上腕と足首には釧(くしろ)と足結(あゆひ)の鈴が付けられ、首のまわりには狐の歯を集めてつくった胸飾が下げられているのだった。 ただひとつ、正装と違ったところは、その両の腕(かいな)が後ろ手にまわっていることであった。 神に捧げられる供物にふさわしく、生贄には注連縄がかけられるのだ。 手首と、一晩を徹しての‘秘儀’に肩が抜けないように上腕と。 注連縄を掛ける役割を自ら志願したのは、焼き魚を食べるときにもメスを使う、倒錯趣味もここに極まれりといった静の所存だ。 外科手術で傷口に糸をかけるように丁寧に作業をする静に、首をまわしてきた豊が投げて寄越した軽口にも、彼は平然とこう返してきたのだ。 ──ずいぶんと楽しそうっちゃな、しずさん。 ──失礼。ついサド心をくすぐる子で。 小角さまの話は終わりがないように思われたが、やっと最後に父宮は訊ねた。 ──贄は自発的に捧げられなければ意味を為さぬ。おまえは自らすすんで御魂鎮の儀式に向かうか。 ──はい。 消去法で選択・指名したくせに! と、心の中で付け加えるのを忘れない。 豊が鮮やかな目さばきで視線を流すと、その瞬間、両の耳朶にひっかけられている月石が、おりからの月光にきらりと閃いて一族の目を射通した。 ──よろしい。 彼はつぶやき、手を伸ばしてきて、今ひとたび豊の巫女結びを手直した。 垂れの左右をきっちり同じ長さにはせず、手解くによい左の垂れだけ心持ち長く結ぶのは、御魂鎮に捧げられる者特有の着付だった。これの意味するところに思いを至らせることのできる者はみな、これからこの若者の身に起こることを慮って、深い物思いにとらわれた。 小角さまは豊の帯を整えると、他の息子たちのほうに向き直り、前に出るようにうながした。現世守宿の命を受け、公の場に出るときの常で、顔に完璧な外面を貼り付けた四人は、謙虚に頭を下げたまま足を踏み出した。 父宮は兄たちが露払い(先導者)の支度もかいがいしく揃い立っているのを見て、豊の薄い肩に手をかけた。その仕種が一瞬、‘行くな’と引き止めるかのような逡巡を見せたのはまぼろしか。 だが、次の瞬間、小角さまは思い切るかのように末息子の背中を兄たちの方に押しやり、彼を神に捧げるため、今この場で出立するように言い渡した。 外はすっかり暗くなっていたが、いつもは立ち込めている霧も晴れ、周囲に人家のあかりがいくつも見える。どれもいまどき見事な萱葺き屋根で、敷地内に身を寄せ合うようにして立ち並んでいる。 変わったつくりの神社棟。そのまわりはすれすれまで迫った山の断崖に囲まれていて、隠れ里として息をひそめているような集落の真ん中の庭で、 ──ゆたさん! 出立の頃合いを見計らったかのように、家々の戸口から、わらわらとほかの者が飛び出してきた。 十五人くらい、どれも農家のお爺さん、お婆さんにしかふつうならば見えないだろうが、呪師たちの眼からは見えてしまう。 それぞれが揺らめく青い鬼火を引きつれ、それに照らされた影がぬうっと玉砂利の上に伸びると、タヌキみたいな尻尾のある者、首が長い者、巨大な坊主頭の者──昔懐かしいおばけ屋敷みたいな、かわいく不気味なシルエットになっているのを。 ぱぁちぱぁち!! お年寄りたちはいっせいに豊に向かって柏手を打った。 豊は困ったようにほほ笑んで会釈をし、兄たちを見上げて先を急ぐように眼で促す。 五人が鳥居を通って森へと分け入ると、出立の儀式は成立した。 一族は静かに解散し、三々五々、それぞれの屋敷へともどっていった。 その日の夜半ずっと、不二一族の家長たちが何人かずつかたまって、ひきもきらず本家の玄関口までやってきては、祝いの品を置くとすぐにまた立ち去っていった。 そうして夜も更ける頃には、賜(た)ぶものやら守宿装束に適う絢爛豪華な反物やら、たくさんの供物が屋敷の外に山と積み上げられていた。 だが、当分のあいだ、この美しい一族全体の意志は、本家の者たちの知るところではなかった。 秘儀の成る日、彼らは親族の顔もその礼品も見なかった。 守宿に立つ者以外の嗣子たちは、滝洞の入り口で夜を徹して秘儀の首尾ようを守る。父宮も拝殿にて、次世の守宿の戻るまで、徹夜の祈祷に入る。 拝殿の垂れ幕は、閉められたままであることだろう。 ─── だが、実は屋敷を出る直前、兄弟たちが自分の支度に席を立っている間を惜しまず、豊は誰に知られることなく、自分の身体に小細工を施していたのであった。 明朝、一族に伝わる慣わしによって、かように自分が次代の守宿として仕立て上げられることは、火を見るよりも明らかなことであった。 もはや逃れるすべはない──それはいかな豊でも頭ではわかっていた。 だが、【うろ様】と本当に鉢合わせたときに──いったいどのツラ下げて今宵一夜限りの女(ひと)に出会えばいいのか、いまだに皆目見当がつかないが──豊はその時の言い訳のための姑息な手段として、すでに御魂鎮(みたましずめ)の祭礼の手順を踏む、その簡易版ともいえる仕儀を、秘密裏に執り行なっていたのであった。 彼は父宮が【うろ様】に徴(しるし)を受けたとされる場所と同じ部位、すなわち自ら左の肘を傷つけて、そこから流れ落ちた血潮をこの地に──そう、この屋敷の鎮守の老木である楓の根元などはちょうどいいだろう・・・・そこに滴らせておいた。 小角さまは徴を受けたことで、左の肘が奇妙に曲がってしまうほどの傷を得ていたのだが、それの縮小版であればあるほど自分にとっては都合がいい。男の万国共通のご多聞にもれず、豊も痛いのは苦手だった。安易な思いつきではあったが、自分では悪くない考えのように思えた。 しかも、神霊というものは、意外とこういった安直な方法であざむく事ができるもの・・・・豊はこれまでの厄除け人生における成功率を鑑みて、タカをくくっていた。 もし、【うろ様】の本物にまみえた際には、今日の昼時分には、すでに儀式は成ったのだと──自作自演の身体の傷を示して、そう言い逃れるつもりであった。 豊は眉も動かさず、楓の木を見据えたまま、いきなり懐刀を閃かせた。 左肘の内側になんのためらいもなく刃を突き立てると、一瞬も待たずにその腕からは禍々しいほど紅い血が滴って、ぽたぽたと楓の幹を染めていく。 痛みに思わず声をあげそうになるのとぐっと噛み殺して、豊は先程の名のある懐刀と同じく、拝殿からくすねてきた神酒の口を手荒く噛み切った。二十八年物の神酒の封印は、新しい守宿の出立の後に切るならわしだが、今はそんなことをかまっていられなかった。 彼は封印を切った酒を、口に含んだ。 ──神を封じ込んで完全にダンジョン化している滝裏の洞窟、直系の清童の血と清めの酒・・・・秘儀のアイテムはバッチリ、なはず。 そして、傷口に滔々と酒を流し始めた。 豊の血と、この日のために醸され、清められた酒がひとつに混ざり、溶けてゆく。 遠き昔、《神》と《人》とが密約を交わしたという大地にゆっくりと染み入るように、やがてそれは幹から根へ、根から大地へと零れていった。 豊の腕から滴り落ちる鮮血が、禍々しいほどに真紅く、視界を染めていく。 大地が豊の血を吸っていく。 見えない舌で、きれいに舐めとっていくかのように、それは地に滴ったまま存在を消した。 そのとき、深閑とした鎮めの森に、一陣の風が吹きぬけた。 あたり一帯にひろがる血匂の、思いがけない──かぐわしさ。 そのとたん、滝裏にある小さな祠の御神体が、カタカタと不気味に振動しはじめた。 それはやがて、何事もなかったかのように静かに鎮まり、そして、いきなり爆(は)ぜた。--------------------------------------------------------------------- 呼び醒ましてどーすんだッ! 今、朝6時の更新の後、もう一度更新しています。 実はさっき、包丁で左手の親指を切ってしまったのです(泣)。 私、紙で指を切ることは多いのですが、刃物は特に気をつけるので、こんなこと、本当に何年ぶりかです。しかも、(りんごをむいている時だったのですが)包丁がすべったのではなく、なにかのはずみで垂直に当たってきたのです。 山の神さまと私って、前からとっても相性が悪いので、一ヶ月も前からある願掛けをしてこの番外編に臨んでいるのですが、やっぱり・・・・? 先行き不安なこの思い。 どなたか、よ~く効くお守りがありましたら、教えていただけますか?(←切実) 明日は●道程●です。 いよいよ四人の兄さたちともお別れです。 タイムスリップして、五人の兄弟たちが辿る別れの道の、露を払いにきなしゃんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月21日
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せめていやだと返事するべきだったかもしれない。 父にしてみても、豊にはっきり‘諾’と言わせるつもりはないようだった。 小角さまは、息子の応(いら)えを聞かないままに、つと立ち上がって部屋を出て行ってしまったのだ。 あとには、茶道具を手にしたまま、父の消えた方向を呆然と見やっている豊が残された。 まったく予期していなかったわけではない。だが、頭は混乱していた。 二十八年目の夏が巡ることも知っていた。 兄たちが次々に次世の守宿の条件を捨てていくのも知っていた。 しかし、その時が迫ってもお声掛かりがない以上、もしかしたら・・・・とのん気なことを思っていた。 まさか、当日の朝に指名されるとは──。 父の去った部屋にひとり、豊はじっと坐ったまま、ひとしきり様々な物思いに沈み込んでいた。 だが、小一時間もすると、それまでの混乱を極めた思考をきっぱりと脇にどかし、彼は次に起きる事態について、自分なりの策を考えあぐね始めた。 虚空を見つめたまま、唇をきつく噛む。 儀式に及ばないための手立てはあるさ・・・・・必ず。 今回の守宿の件の手立てと一緒に、きっと見つける。 思考の密度に呼応するかのように、じっと虚空を見つめたまま高速で脳を回転させる豊のまわりを、不思議な真空が包み込んでいった──。 ─── 小角さまは豊の部屋から戻るその足でほかの息子たちの部屋に立ち寄り、それぞれの敷居のなかで五分ほど話をした。 豊がいくらも待たないうちに、三番目の兄である和(のどか)が部屋の外に現われた。彼が襖の隙間からのぞいているのが見えた。 ──ここでなにしてるえ。 和が訊いた。 ──父上に待っているように言われただ。 豊の返事に、和が訳知り顔でほほ笑んだ。 ──当分待たねばならんだろうな。 彼はくつくつ笑った。 ──今しがた父上は馬に乗って、鎮守の森のほうへ出て行ったが。しばらく帰らんようだぞ。 豊はなんと答えたものか、どうするべきかもわからなかった。 そして、ふと、和の顔に薄笑いが浮かんでいるのに気づいた。 ──入ってもいいだか。 和がいわくありげに訊いた。 ──ああ、どうぞ・・・・・・坐れば。 彼は豊の前に陣取った。小学生のようにすましこんでいた。 ──わしは父上を待っているのだが。 豊はそっけなく言った。 ──のどさんはなんの用事だっちゃ。 和が軽く身を乗り出した。まだ薄笑いを浮かべている。 ──おまえが神子(みこ)に選ばれたという話があるだ。 豊の顔色が、みるみる変わりはじめた。ほんの数秒のうちに、陶器のごとく滑らかな頬から血の気が引いていく。 だが、和は声をあげて笑った。 ──誰が言った。 ──父上が。 和が言った。 ──わしはそう聞いている。 ──わしは・・・・・・、 ──おまえの気持ちは聞いておらん。 和がさえぎった。 ──守宿(すく)の言動には無謬性(むびゅうせい)が宿る。つまり、ひと度守宿の言うたことは、くつがえらんということだが。 兄は前よりも真剣な顔で言い、豊は自分の身の上・・・・・彼自身が生け贄になることへの道のりが一歩先に進んだことをさとった。 ──わしはどうすればいい。 弟にげんなりとした様子で尋ねられて、兄はほとんどからっぽの殺風景な部屋を見やった。 ──おまえはまったく物持ちでないな、ええ? 和は言った。 ──これで儀式に及べるのかどうか、わしにはわからん。今宵、秘儀の成ったあと、明日よりおまえは守宿としていろいろと着飾らねばならんのだが、見たところ、ここにはなにもないようだ。 豊もあたりを見回した。 古びた重厚な本棚に囲まれているだけの部屋。 彼自身が狭くなることを厭って、机さえも置いていない。 ──ああ、なにもないだな。 彼は認めた。 短い沈黙があった。 和は苦心しながらこの場面を演じつくした。彼の口元が、どっちつかずにぴくりと動いた。 頭を落とし、ひたいを指でこすった。そして、やおら顔を上げてくると、弟の目をまっすぐに見た。 ──みなに助けてくれるよう、わしが頼んでみるっちゃ。 この日は、兄たちには愉快な一日だった。 彼らは豊のことで冗談を言い合い、新しい知らせを吹聴するために、親戚中の屋敷を歩きまわった。 祭礼はすべてにおいては、しわぶきひとつ許されない静寂さを厳守するものであるが、儀礼の前においてはだれもがその報せにわき返り、善意と期待のこもった歓喜の声をあげた。 ─── あ──。とここまで思い返してきて豊は思った。 そういえば、彼は儀式について話は聞いていても、詳しい仕方までは知らないのだった(←ふー。ここまで不勉強だと、かえって書いていて爽快な奴だ)。 豊は自分自身にため息をつき、拝殿に集う皆の衆をふり返った。 ──なぁ、まど、儀式ってどうやるだ? とりあえず、数ヶ月前にめでたく「喪失した!」と豪語する身近な経験者に聞いてみる。 すると円は目を丸くして、 ──なに!? ちょっと待てや、おまえ知らんのか?! 思わず立ち上がってしまってしまっている。 円のすらりと高い身体ごしに、別の用向きを思い出したかのように、すでに立って行こうとしていた、更に長身の静の姿があった。 不二一族は男子も女子も身長は平均値を軽く超えている。 特に成長期を終えた四人の兄たちは皆、六尺(180cm)を越える長身を誇っており、彼らがひとところに集まるときは、四天王到来と称えられた(ちなみに豊はこの時点で172cm、まだまだ伸びるぞ)。 ──しずさん・・・・・・、 ついふらふらと寄っていってしまう。この人も円と同じく、いわゆる‘経験済み’なのだろうから。 ──どんなだった? ──なにが(←いじわる)。 ──儀式だが、儀式。 ──ゆた・・・・詳しく知らないの? ──知るわけないやろ。 ──・・・・・・。 十五で女を知らないなど、いわばふつうのことであろう。ここはホンマものの日本昔話なヤマンバはいるが、渋谷のど真ん中ではないのだ。 ──どんなだった? ──ぼくに聞くな。ただ・・・・・・、 静にしてはめずらしく歯切れが悪い。何か考え込むようにして、顎に手をあてた。 ──恋愛がそうであるように、‘儀式’というのもまた個性によって異なる。父上とゆたに対するあの人のやり方が同一とは限らないしな。 ──そうか・・・・・・。 聞くのではなかった。一層不安になってきてしまっただろう。 だが、‘つくづくこの場にいないでくれ’と豊が本心から思えるのは、すでに出立の露払い(先導者)の白装束の上に豪華な花嫁さんの打ち掛け、ひとつに結わえたおたまじゃくし髪を、拝殿を吹き抜ける折からの風にそよがせている勘違い野郎であった。 風呂上りには日本庭園の池のほとりで、 ──ひと~つ、ひとよの生き血をすすり、ふた~つ、ふらちな悪行三昧、み~っつ、ミッチーゆんゆんが好き・・・・・♪ などと鼻歌を歌いながら錦鯉をキャッチ&リリースしていた遼が、今はその恰好で拝殿の奥に片膝をつき、こんがり焼いた子持ちししゃもをかじりながら、「半生わさび」と書き上げた自作の書道作品を吟味している。 ──気を落すな、迷える子羊っぽい諸君。基準値にも幅がある。父と同じサイズになれなかろうと、自分を引け目に感じる必要はないのだ、少年よ。 ──てめー、寝言は寝て言え! いつの間に会話に入ってきていた遼をふり返り、豊は思いっきり怒鳴りつける。 ──わしは‘そのこと’の常識についての質問をしているだけだっちゃ。そこにいるなら黙ってろ! ──ふふふのふ。常識かぁ~。素敵そうだなぁ。 豊は遼の今回の手土産──マルセイユの蚤の市で買った高級ハリセンをふりまわしたい欲求と猛烈に戦いながら、ふるえる拳を握りしめていた。 ──年長の者としてひとつ言っておきたいのはだね、相手は‘のぞき’じゃなくて‘実力行使派’ってことだ。風呂でハンパな露出ばっかしてると、今度の守宿は‘水戸黄門’の由美かおるかッ・・・・て、クレームが来るぞ。 ──いちおう年上だから質問してやるが・・・・それは誰が誰について語ってんだ? 5W1Hで答えやがれ。 ──だから。ゆんちについて、明日の朝、不二一族に【うろさん】からクレームが入るだよ。 肩で息をしていた豊は、それを聞いて盛大にため息をついた。 ──なら、あんたは明日の朝を楽しみに待っていやがれ。 ──ふむ。するとやはり、父上から正式に初恋の小○ちゃんとの結婚のお許しが☆ ──・・・・・・・なわけないだろッ!! ドカッ!! 必殺の気合いを込めた守宿皇子の一撃で背中から蹴り倒され、 ──・・・・・・ここにムヒが・・・・・・アルファー。 ガクッ。けいれんして息絶える遼の手。 ─── 逢魔ヶ刻・・・・・・というにはいくぶんか早い時間だが、不二屋敷裏手の沢の淵は、深い暗闇に閉ざされていた。 拝殿での喧騒を聞きつけて、さっそくに覗き見するため、人間離れした早足で、急ぎひょいひょいと崖を駆け上がっていくカッパ水霊。 だが、同時に彼は、ふり払ってもふり払っても浮かび上がる自問と戦っていた。 ──やっぱ不二屋敷って会う人、会う人、みんな濃ゆいよな~。 ──なんだかんだ言って、ゆたさんも・・・・・必ず気にかけてくるヤツがいて、いつもゆっくりひとりで悩めないっていうのも、なんかかわいそうな気が・・・・・。 一億総フツーということだけが取り柄の日本国のなかで、なぜにこのような昭和の田舎の一軒家にだけ、個性と呼べる幅を楽々超えるキャラたちが生まれ続けてしまったのか・・・・・・。 ‘明治は遠くなりにけり’的感慨が、そのカリンと痩せたうすっぺらい胸を締めつけるのだ。 ─── ──まど。出立の儀にあたって、部屋を清めているだろうな! そこらへんに書籍の‘あんなもの’とか小物の‘こんなもの’とか、落ちてないだろうな。最終チェックしに行くぞ。 呆れ果てたかのような静の無気力な号令により、それぞれが出立の儀に際しての正装の支度をするために、ひとまずその場を引き上げることとなり(遼はしずさんに髪の毛を引きずられたまま連れていかれ、洗濯機のなかに封印された)、豊は拝殿に残って彼らを見送った。 ──はーっ、はーっ、はーっ・・・・・これであの連中もしばらくはおとなしいだろ。 むやみに息を切らし、額の汗をぬぐう。 だが、屋敷を出る直前、兄弟たちが自分の支度にかかりきるこのときこそが、豊が今朝方、父の指名の後から虎視眈々と狙っていた、長くひとりになれる時間であったのだ。--------------------------------------------------------------------- 明日は●出立●です。 いよいよ豊が出立の儀に臨みます。 ここまで来るのに、十節もかけおって・・・・・出立したら、それなりの働きはしてもらうぞ。 タイムスリップして、月明かりの不二屋敷の玉庭に集まりなんせ。 追:ごめんなして。昨日の予告の●血の奉献●は明日の内容にまわします。 400字詰め原稿用紙にして12枚という制限──今日もまた、字数がオーバーなのです(涙)。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月20日
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豊が父に直接に守宿の指名を受けたのには、実はこのようないきさつがあったのだ。 早朝、引き戸の向こうから押し殺したように呼ぶ声がするので、朝風呂の一件のことで、すでにしっかりと目覚めていた豊は、すぐに廊下とを仕切る襖を開いた。 そこに立っていたのは父宮であったが、彼の顔がひどく曇っているのを見て、豊は少なからず胸騒ぎを覚えた。 ふたりは朝のあいさつをかわし、部屋の中央に対峙して腰をおろした。 豊は一番茶を点てようと茶葉をつめはじめたが、続けざまに‘へくしん、へくしん’とくしゃみをして中身をこぼしそうになり、小角さまに苦笑いされた。それでふたりのあいだの空気が少し緩んだのを、互いが感じることになった。 ──おまえはこうして父が急に訪ねてきても、心騒がせることはないようだ。 ──・・・・・・・? ──その生理現象は、身体と心の緊張のないときに出るものだというぞ。 ──はぁ・・・・・・へっくし。 ──寒いのか? ──いえ今は。朝に、長いこと水を浴びていたので。 小角さまは、いつになく驚いた様子で息子の姿をじっと見つめた。 ──感心だな。おまえが朝から禊をするなど。 ──禊・・・・・・だったのかな。 息子がひとりごとのように答えるのを聞いて、父宮は少し考え込むように窓の外の橘の幹に目をやった。そしてぽつんと言った。 ──おまえはよく御詞(みことば:神語)を話すな。 豊は棗に茶をつめる手をとめた。 ──ありがとうございます。 彼は言った。 ──御詞を話すのは楽しいので。 ──では単刀直入に訊くが、おまえは御詞を話すのと同じほどに楽しく想う女性はいるのか。 豊は手に取ろうとしていた古伊万里の茶碗をあやうく取り落しそうになった。彼は何度か唇を開きかけてはつぐみしていたが、やっと意味のある言葉をしぼりだした。 ──どういうことですか。 だが、顔がさっと朱に染まったのは父宮の方だった。 ──おまえと誰ぞとのあいだに、なにがあるのかと訊いている。 豊はその口調が気に入らなかった。彼の答えは挑みかかるような調子を帯びた。 ──つまり、父上はわたしが女性と関係を持ったことがあるのかと訊ねておいでなのですか。 ──そのとおりだ。 ──ではお答えします・・・・・ありえん。父さまはわたしをいったいいくつだと思ってます。 ──じきに十六だろう。二十八年前、わたしが神子(みこ)として山の神に捧げられた年齢と同じだ。 豊がはっと息を詰める、かすかな音がした。 ふたりの間に長い沈黙が落ちた。 東の部屋に、風が入ってきた。 七月に入ってから、空に雲のかかる日は少ない。今朝もまだ明け初めたばかりだというのに、部屋でゆっくりと過ごすには陽射しが強すぎるほどである。 ややあってから、小角さまが重い口を開いた。 ──豊、これは大切な話だからあえて尋ねるのだ。女性と関係を持ったことはないが、おまえの身体はどこにも支障はないと考えてもよいのだな。 ──はぁ・・・・人並みに成長していると信じておりますが。 不機嫌そうに答える末息子を、父宮は軽く睨んだ。 こうしてふたりで向かい合っていると、互いの姿かたち、声色さえもそっくり写し取ったようで、はたから見ればタイムスリップして同一人物の未来と過去を目の当たりにしているかのように錯覚するほどに、似通っている父子である。 ──もう一度訊くが、心に決めた女性はいないのだな。 父宮の問いに、豊はわずかに首を傾けた。 ──今、心に決めた女(ひと)がいるかと訊かれれば、いないと答えるよりありません。けれども、わたしはいつか結婚はするつもりです。 ──結婚をするつもりなのか。 たたみかけるようにそう訊かれて、豊はうなずいた。 ──そうです。 そして、さっきと反対側に首を傾げ、ちゃっかりと言った。 ──わたしがそうと決めた折には、ぜひ、お許しいただきたく。 小角さまは考え込んだ。 不二一族の嗣子として生まれながら、自分勝手な恋に大切な清童を捨てた他の息子たちのままごと遊びになら反対もしようが、結婚というかたちを見据えている人生ならば、男性として感心ではある。 しかも、その未来の伴侶のために身を清く保っているのだとすれば、この者を誰も──神でさえ否定する理由はどこにも見つからないだろう。 ──相手が人間ならば、おまえの決めたとおりで佳い。 ──フツー結婚相手は人間なのですが。 だが、小角さまは息子の軽口をきれいに無視して居ずまいを正した。 ──豊。 彼は鋭くその本名を呼んで、息子の注意をひきつけた。 ──このまま部屋のなかで待っていろ。 父宮の口調は、厳しかった。 ──誰ぞに操を立てているおまえには気の毒だが・・・・・・。 そして、豊への視線を定めると、 ──今宵、【荒神さま】の供物となることを、わたしは守宿としておまえに命じるよりほかはない。 そう言い切り、視線を凍らせている本人が何か言う前に、不自由な左腕を苦心して揃えた。 そして、両手をつき──言った。 ──おまえに、頼みます。不二のことを・・・・・・。 --------------------------------------------------------------------- 皆さま、今週末はクリスマスですね。 楽しいご計画を、それぞれお持ちのことでしょう。 私も今週からクリスマス・ウィークです。 手始めに今日、クリスマスパーティを自宅にて開催します。 今朝もこれから準備です。今日はケーキを手作りしようと思うのですよ。 不二屋敷でも、みんなが子供の頃は毎年思いっきりハジケてパーティしてそうですね(笑)。 ビンゴ大会とか、大盛り上がりでやってそう! 明日は●血の奉献●です。 クリスマスだけに──カトリック的(笑)。 豊がまた、ひとりで小細工をしているようですよ。往生際の悪いやつめ。 タイムスリップして、不二屋敷の楓の木の下に集まりなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月19日
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豊が禊をするために風呂を使うその直前──。 田舎道の夜に忽然と出現したパチンコ屋のごとく、相変わらず人生が明るく爆発しているかのような不二屋敷の喧騒に楽しく聞き耳を立てながら、実は、遼がまだ、の~んびりと長風呂に浸かっていたのだった。 湯船に出たり入ったり。 その何度目かの折り、だが突如として湯水に影がさす。 ──ややっ、はるはる。 ──おお。 遼は湯水を気管に吸い込みそうになる。 湯船の底から現われたのは、遼より少し年上くらいの若者だ。どこから浸入したのかは問わないが、顔が・・・・・どう見ても吊り橋の下にいた水中のゴン中山なのであった。 ──カッパじゃねぇか、ひさしぶり。 その顔を認めた遼は、カリンと植物のように痩せた妖しい青年の肩を、懐かしそうにばしばしと叩く。 ──カッパじゃない、水霊だ。 水底から上がる泡のような不明瞭な声で、すかさず訂正が入る。 そいつは水霊(みづち)・・・・・相生村にも度々現われる顔なじみだ。 三十歳前後に見えるが、ほんとはいくつなんだか。不二屋敷の淵に棲んでいて、ご承知のとおり、豊を沢に引きずり込んだカッパとは同一人物。 ──けど、マジひさしぶりだな! どーせわしのことを出立前の禊に入ったゆただと思って出歯亀しに来たんだろーが、それには早すぎたっちゃよ。しかも、朝の行水には遅すぎたってか! 今朝方、ゆたが風呂場でワイセツ目的の神だかに襲われたってとき、てめーいなかっただろ。 げしっ。 遼の手刀が水霊(?)の脳天に炸裂する(←大丈夫か、皿は)。 水霊は、むっと上向きの鼻の穴をふくらませた。 ──農繁期だ。朝から田植えだったんだよ。おれ、田の神だし、他の若いやつらの魂だってあちこちの祭礼に召喚されて水霊塚から留守してたのに、いくら皇子(おうじ)さまの行水シーンが見れるからって朝っぱらから風呂場まで覗きにくるわけいくかい。 仲がいい。 ──ち~っ! 弱気だなミッチー(水霊のことか?)。てめーいっぺんくらいゆたに堂々と告白したことあんのかよ? 遼が冷やかすと、水霊は顔を深緑色にした。 ──あるよ! けど、あの人、ぼんやりさんだし・・・・・、 ──せっかくコクっても、守宿の皇子さまの方がイミわかんねーってか! 浴室に響く遼の大爆笑。他の家族が聞いたら、いったい何をしていることかといぶかしむくらいの。 ──いちいちムカつくやつだな! おれなんか無害もいいとこ。不二屋敷の淵に長年棲み込んで、ほとんど身内だからな。第一、おれたちの誰かがマジであの人の霊力を得ようと手ぇ出してみろ。仲間内の足の引っ張り合いで、そりゃもう泥沼になるってわかりきってるし、へたすりゃ命取りだし、誰にもできるこっちゃねーんだ! ──ちやほやされてんだなぁ、あの王子さまは! 遼の言葉に、腕組みしてしみじみとミッチーは言った。 ──豊ベイベは、不可侵のご神体でいいのさ。 ──寒っ! そーゆーの逆にすげぇいやらしくねぇ? 肩をこする遼に、水霊はますますキレる。 ──県外に行っちまった人は黙っていてほしいだ! ──だいたいおまえ聞いたぞ。コクったっての、ゆたのこと淵に沈めようとしただけじゃねーの! カッパ塚に連れ込まれそうになるたぁ、あいつも難儀なことじゃ。一生キュウリでも食べてろってか。 ──カッパじゃない、水霊だ! それに、あの人は酸っぱいもんが好きだけぇ、わしはもずくきゅうりを作って差し上げようと思っただけだ!(←うそ) ──なんじゃそりゃ! ほとんど‘黄桜’の世界だな。 遼は破顔し、ひらひらと手をふった。 そして、ずぶずぶと水面に顔をうめていく。 ──けどなー。ちやほやされてるだけだと、己の力が測れなくなるってこと。守宿多(すくのおおい)の名は、水戸のご老公さまの印籠とは根本的に違う。ふりかざすだけで誰も彼もがまつろうものだと、あいつ自身が勘違いしてないといいが・・・・・。 遼は水の中で思案げにひとりごち、やがて浮き上がってくると水霊のうすっぺらい肩をいきなり引き寄せて言った。 ──いずれにせよ、だ。今宵の御魂鎮の儀式なんざ、神と人との‘花いちもんめ’に過ぎん。にしても、勝負ならば不二一族が負けることはわしが許さん。不二屋敷の長男が、可愛い弟をタダで神さんなんざにくれてやるわけにいくかっての! そして、今度はその妙に尖ったアオミドロ色の耳に、詳細な様子で何事かを吹き込みはじめた。 ──ええかお主。今度ばかりはゼッタイにぬかるなよ・・・・・。 ─── 拝殿から母が出てゆくかすかな物音を聞きながら、ふたたびひとりにされた豊は、今朝方に父の指名にあった時のことを、思い返すともなく思い返していた。 だが、静寂に守られた深い物思いは、すぐにけたたましい爆音にぶった切られることになった。 ──うーっす、ゆんゆん! 用意でけたか? 円がいきなり襖を開いた。 奥殿を向いて正座をする本人の姿はあるのに、返事がない。 ──ゆったん☆ 左の耳を甘噛みされて、うわ、と首をすくめた。 ──ゆた、なにしとるぅえ? ──いや、ちょっとぼんやりしとった。 ──おまえの‘ぼんやり’はいつも堂にいっとるの! 額を小突いてくる兄を、豊が睨み上げた。 ──まど、いつも言うとるやろが! ノックぐらいしろや、幼稚園で習ったやろ。 ──声はかけたで。ぼんやりしよるおまえが悪いんじゃ。それに襖にどうやってノックせぇっちゅうだ。踏み抜けってか。 言いながら、円は常なるにこにこ顔を貼り付けたまま、豊の正面にいざってきた。 ──おおーっ! 似合うてる似合うてる! やっぱ白装束には黒髪だが! わしなんぞ生来から茶髪だからなぁ、清童だった時分には、それはそれは似合わんかったじぇ! ──だろうよ。おまえの場合、白装束させたら古き良き日の愚連隊だが。 憎まれ口を叩きながら、前髪をいじる。見事な黒髪。光にも透けない。 ──で、なんしてあんたたちがここにおるだ! これを憤らなくてどうする。 周りを囲むように、兄弟姉妹が座り込んでいる。これじゃまるで見世物ではないか。 ──ゆたさん、ごめんな・・・・うちら、野次馬みたいで・・・・。 ──わかっとるなら去れ。 ──しずさんにあそこまで言われて・・・・・・気になるっちゃよ。 ──そんなに気になるならあんたが行け。 ──きれいよ、ゆったん☆ ──二度とその名で呼ぶな。 ──うろ様にも頑張って欲しいだなぁ。 ──そっちを励ますな! 組、和、織、円によるそれぞれの手向けの言葉にそう言い返して、着物の襟を正す。 よし、完了。 確かに極秘にしているとはいえ、自分が守宿であることは厳然たる事実でもある・・・・・・いつまでも守業から逃げているわけにもいかないだろう。 いいかげん、肚を決めるか──。 だが、期せずして、そこまでの決心に完全に水を差すかたちで、静の声が飛んだ。 ──ゆた、首筋のそれ、なに。 静の酷薄そうな切れ長の双眸が、目ざとく弟のうなじに注がれている。第二関節が異様に長い、外科医向きの指がすんなりと伸ばされ、そのうなじを指し示している。 その視線があまりに鋭いので、豊は刃物の切っ先を向けられたかのように、思わず知らず両手を顎の下にあてて首をすくめた。 そういえば、さきほどの禊の折りにも、父の小角さまがなにやらそのあたりをじっと見つめていたような・・・・。それで、なんて言ったんだっけか。髪を伸ばせと──。 あれは、髪を伸ばして何事かを隠せと言っていたのか・・・・・? 豊が恐怖しながら自分の首筋を抱く両手を、すかさず取って指の一本一本をゆっくりとはがしていきながら、円が軽快に言う。 ──まさか、キスマークとかいうんでないやろな? こいつにそがな恵まれたモン・・・・ええっ?! 円の大げさな声に、静は我が意を得たりというふうに、薄い唇を歪ませて笑った。 ──すでに【うろ様】に喰われちゃった、とか。それは、その時に与えられた鬱血の痕なのかな? 指摘された豊は、あわてて首をぶんぶん左右にふった。自分で自分の首筋が見られないだけに、原因不明の焦りだけがつのる。 ──ち、違うっちゃ。昨日の晩は暑くてよう眠れんで・・・・それで朝になってから水浴びしようと風呂に行ったとき、ちょっと貧血起こして・・・・きっとその時どこかにぶつけたんじゃ。 その言い訳に、円が面白そうに顔をのぞきこんでくる。 ──晩に暑くて眠られんで、朝風呂入って貧血だ? おまえ、欲求不満じゃないんか? ──欲求不満? わしが? ああ、そうか・・・・・・そうなのかも。 静の双眸がすうっと細められ、今回ばかりはやけに素直に認める弟の様子を、睫毛の奥からじっと伺っている。 ──かぁいそーになー。十五いうたら、まだまだその手の欲求なんぞはこれからだが。それを希求するは、もう暴力的と言ってもいいくらいなエネルギーっちゃぞ。 円がしたり顔でうなずきながら、弟の頭をなでなでする。 ──おまえはただの耳年魔だからなー。本を読むだけじゃ、生身の身体は満足せんでー。『サンダカン八番娼館』やら『チャタレイ夫人の恋人』やら・・・・。そういや、最近枕の下にあったのは『遊仙窟』やったな(←なぜ知っている)。あれ、どう? 使える? 豊の耳朶に小さく開けられた穴に、月石で出来た勾玉の耳飾りを丁寧に引っ掛けてやりながら、円が屈託なく訊ねる。 耳を片方ずつ差し出しながら、豊も小首を傾げた。 ──使えんわ。目ぇ凝らして読んでも、その部分はたったの三行っちゃが。なんしてやろ? 唐王朝では発禁本だったちゅうに。今度原典講読に挑戦してみようと思っとるが・・・・。 ──いったい何に使えるだの使えんだの言っているんだバカ者! 言葉を慎んで会話しろ。 年頃の兄弟同士の忌憚のない応酬に、すかさず静の叱正が入る。 ──だいたいゆた、おまえはこれから神子(みこ)として捧げられるだぞ。よくそんな余裕かましてられるな。今頃は禊の後、ひとりで自分の越し方行く末を瞑目しているのが道理っちゃが! どこで瞑目ができるというのだ、この状況で。 ──今朝方、父さまには何と言われてきただ。わしに言うてみぃ、今ここで! 我を忘れ、静も思いっきりなまっている。 だが、兄に頭ごなしに叱られて、豊は先ほどの物思いに引き戻される。 彼が父の指名を直接に受けたいきさつとは、実はこういうことなのであった──。--------------------------------------------------------------------- あの。すんごいくだらないお話をしてもいいですか? 連日お風呂のことを書いていて(笑)、思い出したんです。 ご承知のとおり、豊は国立大に行った某お兄さんにめちゃめちゃしごかれて勉強していたために、中学とかの英語は楽勝だったのです。 で、英語の試験に、「接頭語enは中にという意味がある。cf.enter,entrance,etc. inも同様で中にという意味である。cf.include,information,etc. では、ふたつのものを合わせるという意味を持つconを使って単語を作りなさい」 という問題が出たときに、もはや豊は点数なぞどうでもいい位置にいたわけで、その回答欄に堂々と「conyoku」(混浴)と書いたそうです・・・・以上。 明日は●指名●です。 お父さんも大変だなぁ・・・・・。 私も妹も父と娘という立場だったので、父と息子という関係にはとても興味があります。 タイムスリップして、不二屋敷の東端の部屋に集まりなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月18日
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儀式は儀式だ。 ゆえに、はじめに禊をするように定められている。 ──探したぞ。湯の支度が整ったそうだ。身体を洗うのは、わたしが手伝う。 あれから廊下で行き合った父に有無を言わさぬ調子でそう申し渡された豊は、一瞬だが困惑した表情を浮かべた。 不二屋敷では兄弟が多いために、ずいぶんと長い間にわたって男子は男子、女子は女子で共同で風呂を使用していたのだが、さすがに豊が高校生にもなると、個人で湯を使う者が大半になっていた。だが、これだと両親を含めて全員が入りきるのにひとり30分を見ても六時間かかるので、和や円、豊など、個人主義に無頓着な者は、それなりの連れを見つけて一緒に入っているのだった。 だが、綾一郎などが遊びにきている間に、 ──ゆた、一緒に風呂使お! などという声が兄弟たちからかかると、さすがの幼馴染みもぎょっとして、豊の顔を気遣わしげに見やっているようではあった。 次いで、豊は父の小角さまと一緒に風呂に入った記憶がないことを思い出した。 物心ついた折から、豊の行水は十歳も年の離れた兄たちが世話をしてくれた。それだけに、はじめて父に入浴を手伝ってもらうというのは、大変に厭わしかったのだ。 ──自分で、出来ます。 思い切ってそう言ったが、 ──そういう仕きたりなのだ。それに、おまえはいいかげんだからな。 と、にべもなく父は否み、半ば強引に豊の着ている浴衣に手を掛けた。 服を脱ぐのすら、任せなければならないのか──と、戸惑いながらも、豊は父の不自由な手で裸にされ、今朝方使った浴室にふたたび連れて行かれることになった。 そこは、ふだんと同じ様相であるようだった。広く、檜の浴槽に、床も小石が趣のあるように敷き詰められている。 裸にされた身体をかばうでもなくぼんやりと突っ立っている豊を、父は浴室の腰掛けに座らせ、手早く洗いはじめた。 首筋から腕、両手の先、身体をさがって若者の容形を清め、足の爪先まで丁寧に洗っていく。されるがままになりながら、豊は窓の向こうにある薄闇にじっと目をやっていた。 ──これより、髪を伸ばしなさい。 髪を洗う時、豊のほっそりしたうなじにじっと目をやっているようであった父は、その後に小さく命じた。万葉の昔より、黒髪は神の依代である──。 ──学校の規則に触れると思います。 すぐさま、豊は絶対に短くしていたいという希望を、別の言葉で口にした。 ──学校など・・・・・わたしが届けを出す。 小角さまは息子の物言いを取り下げると、自らの腰まで下がる見事な垂髪を確認するかのように、目を流して見やった。 幅を一寸ほどに切った白い絹布を襟元で束ねた髪に巻きつけ、上から和紙の紐で結んである。守宿宮と、不二の女子たちに義務づけられる髪の形であった。 入浴を済ませた豊は、純白の単を着せられ、父の手によって帯をいつもの身体の横ではなく、身頃の前に結ばれた。 更衣の間には、父宮が守宿に立ったおりに甕に沈められた古糊で張り合わせた神子(みこ)装束が用意されていた。呪師たちは祭礼の折の正装には、針を通した着物を忌むのだ。 豊は父に従って入側から離れ、自分の身体の前に結ばれた巫女結びを見つめて歩きながら、この身に起こるはじめての夜にあらためて具体的な思いを至らせ、小さく身体を強張らせた。 ‘奥’には、さらに不二の深淵があった。 そこは忌むものを封じている空間であり、あるいは、聖域でもある。 白無垢の装束に着替えさせられた豊は、ひんやりとした闇に覆われた、敷地の裡でもっとも奥まった拝殿に、父によって導かれた。 まるで時代が逆行したかのように、拝殿の中には蝋燭の光が補われてある。 父は自分が子供の頃から変わらない位置にある壁の時計で時刻を確かめ、それから豊に待つよう命じると、拝殿からどこへともなく出て行った。 ──ゆたか。 すでにほの暗くなっている廊下の向こうから、今度は女性の声がして、それが母であることが豊の居心地の悪さをさらに募らせた。 四十を過ぎてなお少女のように初々しい面持ちの母は、おろし立ての白妙の単衣に着替え、父と同じ容に髪を結い下げている。捧げ持った漆の盆に載せられているのも、何の変哲のないように見えて、実は屋敷が幾世代にもわたって秘蔵している櫛なのだ。 年長の者の誰もが、儀式を迎える少年に気を遣っている。 あまつさえ拝殿の床に寝転がっていた豊は、あわてて起き上がると、次に飛んでくるであろう叱声の準備をして母を上目づかいに見つめ返した。 だが、母はこう言っただけだった。 ──櫛を持ってきたのよ。 受け取ろうと手をのばしてきた豊に、梳いてあげる、と床に扇子を置いて結界を造ると、母はその後ろに正座した。 若い黒髪はしっとりと水気を含み、艶やかに光沢を帯びている。 最初はそっと櫛の歯の細目が豊の髪に通され、思いのほかすべらかに通り抜けることが判って、母の手つきが軽やかになる。 豊は黙ってされるままになった。 ──綺麗な髪・・・・・。 梳いている母の方が、やがて恍惚としたように呟いた。 ──いい匂いがする。 ──そんなこと、 母の言葉を豊が遮った。 父の好きなように扱われ、母の好きなように言われた気がして、なんとなく思春期の名残である憤りが衝きあげてきた。 なにか後に続く言があろうものなら、言い返してやると心に決めていたが、それきり母は黙りこみ、満足するまで髪を梳くことをやめなかった。 やがて櫛を盆の上に捧げおくと、母は豊の前にまわってきた。 やはり、つと扇子を置いて結界を作ると、後ろからではなく、前あわせの方から胸飾をつけていく。 抗わずに、豊は顔をそむけて、されるままになっていた。 身頃の前に下げられる、巫女結びの帯が気恥ずかしかった。 ──こうなることは、お前が生まれた時から、母にはわかっていました。 だが、つぎに母がそう言ったのを聞きとがめて、豊は彼女の手がかかっている胸元を退き、冷たい眼で見据えた。 心を無視されて扱われるのには慣らされていたが、さすがに弄ばれた思いが強すぎた。 ──なんですって・・・・・。 呻くように口走った息子を、だが、慈しむように母は見た。 ──だって、お乳をせがむお前の口の中に、それはそれは小さくてかわいい骨が、ちゃんと見えていたのだもの・・・・・。 言いながら、母は豊の両膝にあらためて華奢な手を置いてきた。 ──でもね、母はそのことを言い出せなかった・・・・・お前の父さまに、言えなかったのよどうしても。お前には自由に生きて欲しかった。母は父宮の、父宮でなければならなかった痛みをよくよくわかっていたから。 豊は切れ長の眦を上げて、母をまっすぐに凝視めた。 その視線を受けて、どこかはにかんだように、母は微笑した。 ──そして、お前もこのことを自分から言い出さなかった。今日までは、あの骨のことは、お前がそうと知らずとも、この母とふたりだけの秘密だったのよ。 この言葉に、豊は双眸を閉じた。 次に眦を開いたときには、豊はすべてを受け容れ、静かにおさめた眼差しに変わっていた。 彼は自分の膝に置かれたままであった母の手に触れた。 すると、母の顔が近づいてきて、唇が触れ合わんばかりに寄せられた。 ──皆が取り憑かれているの。 その桜色の唇が、密やかに囁いた。 ──けれども、流れに身を委ねてはなりません。お前は靱(つよ)く、強(したた)かでありなさい。この地上でたったひとつの魂でも、自分のものと自由に呼べる者こそがまことの幸なのです。太陽が悦ばしく天の壮麗な道を行くように、お前は自分の道を走りなさい。それを遮るすべてのものと戦い抜くのです。悪しき魔力が結んだ絆という名の呪(のろ)いを、お前はきびしく隔てなさい。今宵、自分がなにをすべきか、この母の言うことがわかりますか。 両手で豊の膝頭を押さえたまま、母の目は清く澄んで透徹であった。 かすかな戸惑いがあって──それから、豊はゆっくりと頷いたのだった。--------------------------------------------------------------------- 昨日に引き続き、少し備考を付け加えさせて下さい。 【くし】──櫛・串── 神前に拝礼するとき、正式の作法では玉串(たまぐし)を奉奠(ほうてん)し、二拝二拍手一拝します。 全国の神社で一律にこのような作法が成立したのは、比較的新しいことですが、玉串(榊)を神前に差し立てることは、伊勢の神宮などでは古くから伝えられた拝礼作法でした。 玉串とは、神聖な串との意で、榊(さかき)の枝に木綿(ゆう)や紙垂(しで)をつけて神に捧げるものですが、この細長い木や竹の棒でものを刺し貫くものを串といい、細い歯を多く列ねて髪に刺し、また髪を梳(くしけ)ずるものを櫛といいます。(木綿・紙垂についてはこちらに解説があります)。 串・櫛はいずれも同じ語源から分化した語ですが、串には神事的な榜示(ぼうじ)の意味があり、これを地に刺し立てることは、そこに神を迎えいつくことを意味しました。櫛も同じく呪飾としての意味を持つものです。 榜示とは杭などを立てて領地・領田の境界を示した標示のことです。西日本の一部では祭礼の前に「榜示たて」といって、地域の境に榊を立てる風習があります。全国的には「柴刺し」といって、榊や竹を立てる場合が多いのです。「シメ」と同じく占有するという意味を持つものです。 櫛は髪にさしたり、髪を梳いたりする道具ですが、これは古来より占有のしるしなので、櫛を女の髪にさすことはその女を妻とすること、櫛を投げ捨てることは離縁を意味したのです。投げ櫛はまさに別れの行為なので、呪師の間では厳に慎まれ、櫛を落としたときでさえもそれなりの縁結びをし直さなければならないのです。 祭礼において男性が髪に櫛を入れることは、その者が祭礼主であること、母の手から離れ、以降は神の占有となることを示す行為とされます。本文の内容が、おそらくこれに当たるものと思われます。 斎櫛立て 神酒座ゑ奉る神主部の 髪華の玉蔭見れば羨しも 『万葉集』巻十三、三二二九 いぐしたて みわすえまつるかむぬしの うずのたまかげみればともしも 神聖な櫛で梳られ、神酒を供えて神を祭る祭礼主の髪飾りである日蔭葛(ひかげのかずら)を見れば、なんと立派なことだろう、との意です。 櫛で梳ることは、髪に刺した植物の生命力を自分のものとした呪術が源流にありますが、神聖な奉仕であることを示す髪飾りで、その身の清冽な美しさを称えた歌ということになります。 櫛はこうして元来は神事に用いられ、占有などを示すものとして、また神を迎える神座(かみくら)としても使用されました。拝礼の折に神前に玉串を供える風習の源流は、このように扱われてきた‘くし’の歴史のなかに見い出せるのです。 ふー。 今日は分量が多くてごめんなして。今日も字数がギリギリでした(笑)。 さて、神による神子(みこ)の占有を示すしるしは、あともうひとつ残されています。 注連縄のことです。かわいそうに。 そうそう。広大な檜風呂なんて魅力的ですよね。 お風呂には、綾一郎も結局はみんなと一緒に入ってたそうですよ。 それで、ごはんも一緒に呼ばれてそう(笑)。 明日は●痕跡●です。 痕跡といえば、痕跡でしょうよ(笑)。 和やかな(?)兄弟たちの会話もあと少しだけ。 出立の準備が整った豊のその首筋には・・・・・・・。 タイムスリップして、おしゃべりの中から飛び出した、とんでもない話題に混じりにきなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月17日
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静はゆったりと肘掛け椅子に上体をもたせかけながら、血も凍るような伝承を兄弟たちに語り始めた。 ──誓約を交わすときはお神酒じゃなくて、血の酒を酌み交わすというよ。それはとりもなおさず【うろ様】の血族だということを、きちんと証明するいうことにほかならない。しかも、それを必要とされるのは二十八年に一度。それも、たったのひとり・・・・・・。ならば、それをひとりの勝手で拒んだとき、【うろ様】はどうするかな。 そう言葉を切り、静は兄弟ひとりひとりの顔を見据え、それから、ことさらゆっくりとそれを口にした。 ──直系といったって、守宿(すく)以外、男は結局役立たずなわけだ。濃すぎる血を持て余した男たちを・・・・・【うろ様】は間引くだろうな。見せしめとして、守宿が立たないかぎりは、それ以外の男たちをひとりずつ。 しばしの沈黙があった。 豊といえば、静のやつ、医者というよりどこかの教祖さまでもやれそうだな──とは思ったが、枷でも嵌められたかのように、その口から憎まれ言葉が出なくなる。 どうやら、こいつとの相性の悪さはとことんらしい。 豊はこの兄に、物心ついた折りから徹底的に勉学を仕込まれた。 児童書を取り上げられて高邁な文学を読まされ、一年生で掛け算を暗記するよう命じられた。 長じれば英語や漢文の原典購読は当たり前。学ぶことは嫌いではなかったが、居丈高な兄に頭ごなしに叱りつけられて頭に血が昇り、鼻血を出したことも一度や二度ではない。 そんな時でも、この兄は眉ひとつ動かさずに、拭け、とだけ一言おいて学習を続けさせた。幼い豊も指の間から血を滴らせながら、ただの意地だけで帳面に向かった。目の前の白い紙の上に、瞬く間にぽたぽたと血が落ちて、いくつもの真紅の染みを作っていった。その異様な光景は、茶菓子を持って入った母が心配するほどだったという。 おかげで豊は、その学校教育の半分は寝て過ごしてもなんら支障のない学力が備わったのだ。実際、彼はありがたくそれを実行してはばからなかった。静が家を出ている今となっては、その意地の張り合いも懐かしい思い出だと思っていたのだが・・・・・。 ──【うろ様】に捧げるのは、混じりけのない、濃くて精練な血であればあるほど最高の貢ぎ物になるそうだ。守宿が代替わりする年は、山も殺気だってくる。だから《御魂鎮》の神事が必要なんだ。そのために、直系の清童の血肉でもって、【うろ様】を鎮めてもらわねばならん。そうでなければ、不二一族の男たちすべての命運に関わる。 静の真摯な訴えとも聞き取れる言葉が途切れる。 だが、豊は屈託ないふうを装って、それ笑い飛ばした。 ──おもしろいっちゃ。なら、なんしてなかごさま(彼らの曾祖母で先々代の守宿)は守宿だった? あの人は男ではない・・・・・・女だが。 ──だから・・・・・・男を間引いて、女が血を残すこともするんだってば。男の守宿が立つ時は、女性である【うろ様】に種を捧げる。女の守宿が立つ時は、【うろ様】を直接に守宿に‘降ろす’。女の守宿が立つと、【うろ様】の嫉妬に遭って次世の守宿以外、彼女が関わってきた男は全員淘汰──つまり間引かれるというよ。百年近く前のなかごさまのときがそうだった。 ひくり、と思わず息を呑んだのは、そこに居合わせた全員であった。 静は片眉を吊り上げて末弟を見つめ、豊は双眸を凝視させたまま次の言葉をつかのま、呑んだ。 だが、彼が次に訊ねてきた問いに、静は思わずそれまでの調子を崩して椅子の背にのけぞりそうになった。 ──あの、つかぬ事を訊くが・・・・【うろ様】って・・・・女っちゃな? ──当たり前だ、ばか! おまえ、何年この家で暮らしている。 ──うろ様は、女・・・・・・。 豊は次兄の驚愕に満ちた怒声には気を向けず、ゆっくりとくり返した。 ふだんはとらえどころのないようにも感じられる、柔和に過ぎるその顔に、内側からふっ・・・・・と賢い思慮深さがにじみ、まだ遠くない記憶をじっと辿るように、そしてそこによみがえってくる映像をいぶかしむように、視線が虚空をあてどなく彷徨った。 末弟のあまりの不甲斐なさに無意識に額に手をやってうつむいているようだった静が、実は落ちてきた前髪を透かして、その表情の変化をじっと見守っている。 豊、なにか訳ありか・・・・・・。 だが、その場ではそれ以上の話は続かなかった。 あまり知られていないことだが・・・・・呪師は我を忘れるほどに気が急いているときなど、自らそうとは知らず使い魔を遣っていることがある。たとえば、車のキーなどは不二屋敷のなかをよく飛んでいるということだ。 それだけの力を持つ若者たちが、気の昂ぶるままに舌戦を繰り広げるとき、そのエネルギーが様々な‘モノ’を呼び寄せてしまうことになる。 今もはや、屋敷のあちこちで家鳴りがし、あまつさえはるか高みの梁から、一同の頭上に大量の埃が落ちかかってくる。 これはもう、階下での出来事を鎮静化する頃合いであろうことは間違いない。 こういうときは・・・・、 ──つまり、ゆたには今までの家事全般トンヅラのツケを身体で払ってもらうってことっちゃな! 空気を読めないことで一族にその名を轟かす円が、にこにこしながら、その場を〆にかかる。 こんな時ばかりは、そこにいる誰もが円のことを拝みたくなるのだ。 大切な一日、兄弟げんかで屋敷を軒並みぶっ壊しているわけにはいかないし。 ──よーし! 一族の命運に関わるっちゅうことなら、なんとしてでもゆたに行ってもらわにゃならん。用意にも力が入るでぇ! 円は大きくのびをしながら、会議は収まったとばかりに土間を出ていってしまう。 ──夕立が来そうだから、お支度は早めに仕上げななぁ。 双子の姉たちも真顔に返り、あわてたように連れ立って行ってしまった。 両手で顔を覆ったまま、ずるずると壁にもたれかかる豊を、静が無表情な顔で見下ろしてくる。--------------------------------------------------------------------- 静さん、ごめんなして。 今日はちょっとだけ備考を付け加えさせてくださいな。 【飛鳥と鳥取】──安守宿について── 古代の渡来人たちは、難波津へ着くと、大和川を遡行しながら、なおも前方に二上山の姿を見守り続けて曳航しました。 やがて大和川は生駒山脈の尽きる西南麓の柏原で大きく迂回して、生駒・葛城両山脈の切れ目の峡谷をなす亀が瀬へと遡っていきますが、支流の石川はそのまま柏原から葛城・金剛山脈の西麓へと遡っていきます。 遠い古代に、多くの渡来人たちが遼かに来たものだと安堵と深い物思いで遠望したであろう二上山は、じつはこの石川に羽曳野の古市の手前で合流している河内の飛鳥川渓谷の上流にあります。 この飛鳥川のほとりの河内の飛鳥は、私たちに馴染みの深い大和の飛鳥がと呼ばれているのに対して、同じようにと呼称されています。 この一対の呼び名は、早くも『古事記』の履中天皇の即位前の条に見られます。この近つ飛鳥からは、悲劇の皇子である大津皇子が眠るニ上山の北を越えて大和の遠つ飛鳥へ出ることができます。 ちなみに、「飛鳥」という地名は、と『万葉集』にも歌われているように、明日香の枕詞の「飛ぶ鳥」に由来していることはよく知られていることですが、アスカの語源については諸説があって定説を見ません。 河内のについてですが、同地域が奈良時代に河内国安守宿郡(かわちのくにあすかべのこおり)と記載されていることから推して、また人名にも河内国安守宿郡の住人として、百済安守宿公などと記されていることからも、アスカは当時の百済語の安守宿に由来しているという説に、私も加担しています。余談ではありますが、これらの地に点在する、‘駒’の名はがその語源であると明記してさしつかえありません。 アスカとは、渡来人にとっての、安住の地の意であるのです。もっとも渡来人の多かった大和・河内・山城の各地に、飛鳥の地名が多いといいます。むべなるかなです。 なお、明日香が飛鳥と表記されるようになるのは、おそらく天武朝の末年の元号である朱鳥(あかみとり)を契機にしているとされています。 ところで、もともと大和の明日香のいわば発祥の地は、倭漢(やまとあや)の始祖とされている阿知使主(あちのおみ)を祀った於美阿志(おみあし)神社とされています。漢・魏・晋にわたった漢人たちの慰留文化の栄えた朝鮮半島の楽浪・帯方の地から、あるいは江南から、戦禍を逃れて漢人の亡命者が一族郎党を率いて大挙──彼らにとっては春秋・戦国・秦漢以来の憧憬の地である<蓬莱島>ないしは<扶桑国>(いずれも日本のこと)をめざして来日し、この高度な知識と技術とによって、倭朝の文明開化に一役も二役もかって出たのです。 大和安守宿の民は、やがて歴史からその名を隠すにあたり、どうして同じく‘鳥’の字を戴く土地に移り住まなかったことがあるでしょうか。 鳥取の地に今も継承される‘守宿’(すく)の守る隠れ里は、遠つ国より渡りし鳥(渡来人)が羽根を休めた安住の地。 外来の民が地神に居住を希(こひねがう)とき、一族を率いる守宿の若者こそが、神と人とを結ぶ、真幸(まさき)の手立てであったとすれば──。 飛鳥は安守宿。 安守宿はすなわち、守宿のまします安き土地。 豊さん、聞こえますか。 きみよ。 きみは聞かずや古のまれびとの里に吹きわたる、遥かなる日に飛び来たる鳥の翼の風切る声を。 明日は●両親●です。 実は豊は母と、ある秘密を共有しているようなのです。 その彼が、とうとう出立の準備にかかります。 けれども、その禊から髪梳きから、自分の手で支度してはいけない決まり事があるようなのです。 タイムスリップして、不二屋敷の浴室に集まりなんせ(←本人は嫌がるだろうなぁ)。 ◆番外編登場人物のご紹介はこちらへジャンプ。 ◆備考として、番外編の「呪の子」を読み返していただければさいわいです。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月16日
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一、ふざけるな。やってられるか。 一、御魂鎮のために据えられた守宿の役割? そんなもの自分には関係ない。 一、神霊ふぜいに大切な身体をいじられて、 将来を勝手に決められてたまるか。 一、以降、履歴書の職業欄に‘山の神の愛人’ とでも書けというのか。 不二の不文律に対する豊の常日頃からの思いを挙げ連ねれば、こういったところである。 遼がおたまじゃくしの尻尾のようにひとつに結えた髪を揺らして風呂を浴びに行ってしまっても、囲炉裏端ではいまだ兄弟会議が紛糾していた。 ──ええが。こうなるとゆんゆんっちゃなんは、これでも守宿(すく)、それでも守宿、信じられんが守宿だっちゃ。つまり、女神の心身ともに満ち足りて差し上げて、それで世界も安定。世のため人のため、何より自分のため。考えてもみろよ、世間では高校一年生ですでに定職に就けるんだぜよ、人生明るいっちゃ。 ──まどの言うとおりだが。この浮き沈みの多い世の中、こんな安泰なお役に就けることは喜ばしいことなんだぞ。お祖父さまも父上も謹んで我が身をうろ様に捧げたと聞くではないか。おまえだけだじぇ、渋ってんの。 呪師の本家に生まれついたくせに、ふだんから神霊関係にはなにかと気弱な和(のどか)までが議論に参加してきたので、豊は不服そうにつんと顎を上げた。 ──わしはな、守宿っちゃなんが、休みも収入もない職業に就きたくはないのだが。 これで収入があったら、ハッキリ売春だが。 ──なら、ゆんゆんは将来にどんなビジョンを持っとるんじゃ。 ──だから・・・・普通に会社入って、お嫁さんもらって、甘~い新婚生活送るとか? ──愛人しながらでもできるって、そんなん。 ──できんわ! 思いっきり叫んで、豊は円の顔をひた、と見つめた。 ──千や二千以上の年上の・・・・しかも愛人だが、愛人! 兄(あに)さは、よう平気っちゃな。 ──しっつれいやなぁ、女神さんを化け物みたいに。 化け物だろ。 ──滝壷を風呂代わりにして一緒につかったりー、寝たりー、ふたりきりで遊んだりしてれば、おまえも【うろ様】に必要とされてるって、きっと幸せ感がわかってくるでよ。 ──風呂にまで入るのか。 ──わしが知るか。けど恋人っちゃなんが皆そうするもんだで。言うてるだけで照れるなぁ。 ──まどはしたいようにすればええ。わしはとめんが。 たしかに、ものごころつかない時分には、 ──守宿ってええなぁ。お嫁さんもいて、きれいな姫さまともいつでも契りを交わせて・・・・わしも大きゅうなったら、絶対父さまみたいになる。 なんて、兄弟ではしゃいでいたこともあった。 ──だいたい、十五ってまだ成人でないんと違うか? 冠婚葬祭の冠やろ。日本では古来から男子の十八が初冠(ういこうぶり)にあたるんでないだか。そんな若輩者に、年長の女性との‘契り’を強要するのは、青少年保護条例に照らしてみてもいかがなものかと・・・・。 ──冠婚葬祭の冠? そがなことよう知っとるな。けどな、頭ええ奴は愛人には向かんで? もっと莫迦にならんと莫迦に。 埒が明かん、と顔をそむけると、そちら側には長姉の気遣わしげに覗きこむ瞳があった。 ──ほら、ゆったん。ぐずってるから日が翳ってきたでよ。このまま夕方になってくると暗いし、雨でも来たら足元が悪なるで。 ──ゆいさんの言うとおりだっちゃ。父上もおまえの存在を忘れないでいてくれたことだし、ここは一発、不二一族を助けると思って、どうだ。やってみるだっちゃ! もとより、年に一回、親族が集まる七月の祭礼は、子供たちにとっては気の重いお勤めでもあった。なぜなら、祭礼が始まる前は、必ず一族の子供たちが拝殿に集められ、現世守宿の小角さまによる口伝が始まるからである。一族の家訓から、荒神さま──いわゆる【うろ様】と交わす御詞(みことば)まで、それは正座させられた足の痺れとの格闘でもあった。 まして、毎年わずかずつ伝授される御詞は、口伝独特の韻を踏むため一度でも聞き逃すと丸暗記できなくなる。そうやってくり返しくり返し覚えて、一字一句違えることなく暗唱できてはじめて、本家の嗣子として認められるのである。豊のように、本人の意思として嗣子と認められたくない者であっても、不参加は許されない。これが彼らにとって面倒なこと極まりない。 守宿さえ決まれば、選別にあぶれた者はこのお勤めのすべてから解放されるのだ。それはとりもなおさず、守宿に当たった者へのお勤めの押し付けに他ならない。 やれやれ、身内にひとりくらいは味方がないんかい。 豊はあらためて円をふり返った。 ──まど、だいたいおまえはどういう了見で守宿の条件をなくしてきたのや! まどさえ条件そろえておれば、年功序列で次世の守宿はおまえだったっちゃが! ──すまん・・・・。おまえを裏切るつもりはなかってんけど、酔ったいきおいで、つい。 弟にぴたっと額を指さされて、円はえへへっ、と恥ずかしそうに頭をかいた。 ──酔ったいきおい・・・・この鬼畜め。けど、酔ったいきおいで一緒に風呂にまで入るかっての! ゼッタイ確信犯だろおまえ! ──わはははは! 照れるなぁ。 ──・・・・・。 本格的にむくれようとした時だった。 ──まだこんなところで駄々ってるのか・・・・・・相変わらず、仕様のない子だね。 いきなり響いた冷淡な声。 抑揚のないその声に振り向くと、いつの間にか彼はそこにいた。 いつ引き戸を開いて入ってきたのだろう。音もなくその場に現われた青年。静かな、だがどことなく攻撃的な波動をその長身から醸し出している。 ──静・・・・・・? しずさん! 円がふり返って声を上げた。 ──悪いがゆた、そこの椅子を替わってくれないか。 しつらえてある大型の椅子に力なく身体を預けているようだった弟に、開口一番、絶対零度の声音で言い放つ。 ──ベルギー・アールヌーボーの逸品、ヴァン・ド・ヴェルドはぼくにこそ似合うものだからね。 ──なにそれ、プロレス技? 言い返す豊に、縁なし眼鏡の向こうから氷点下の視線を向ける。 ──やれやれ十六にもなるというのに、これかい・・・・・・。 豊を椅子から追い出すと、白いワイシャツの腕をゆったりと肘掛にもたせかけ、ダークグレーのスラックスに包まれた長い脚を組んで、彼はあからさまな冷笑を浮かべた。 この青年が次兄の静(しずか)である。 無言で睨みあげてきた豊の視線をきれいに無視して、静はほかの兄弟に向き直った。 ──お久しぶり、みなさん。 双子の姉たちもほほ笑んだ。 ──いや、本当に久ぶりやね、しずさん。兄(あに)さんたち県外組だとこういう機会がないとなかなか会えんで。しずさんは医学部だったか──いやいや立派になりはって。 ──ああ。ところで、 時候の挨拶はここまで、とばかりに短く答えると、静が豊をちらと一瞥する。 ──聞き分けがないと、父上も大変だね。 聞こえよがしに言う。 ──まるで子供だ。末息子だからって、あの人も少し甘やかしすぎるんじゃないの? ──・・・・・・っ!! いかな豊にも相性というものはある。この兄とは、幼い頃から幾度となく性質の合わなさを感じてきた。 今、久方ぶりにそのことを実感している次第である。 ──二十八年に一度、一族総出で行なわれる《御魂鎮》の神事の三日前、直系の清童が【うろ様】のまします滝の祠に詣でる。それが昔からの決まりごと・・・・・・ゆた、父上の受け売りではないが、何の意味がないように思えても、欠かさず続けることが大切なこともあるんだぞ。御魂鎮の儀式を執り行うのは、【うろ様】と不二一族が交わした誓約を世襲するための大切な儀式だってこと、まさか──忘れたわけではないだろうね。 最後の‘ね’に、絶妙な皮肉の調子を含ませて、静は独特の威圧感のもとに長いセリフを切り上げた。 御魂鎮(みたましずめ)の儀式? 医学を志す、現実主義者であるべきの静が何を言い出すかと思えば──。 豊にとって、それは祝言のマネごとに他ならない。茶番だ、はっきり。 弟が言い返そうとしているのを感じ取って、静は唇の端だけで薄く笑った。 そうして豊の次の言葉を封じておいて、彼は血も凍るような伝承を語り始める。 よどみなく、淡々と・・・・・。--------------------------------------------------------------------- 写真はイメージです。化身ではありません(笑)。実際はどちらかといえば白蛇のような・・・・。 静さま、ごめんなして。お久しぶりでございます。 明日は●コブラVSマングース●・・・・じゃなかった●間引き●です。 この方が語ると、ミョ~に説得力があるのです。 血も凍るような伝承も怖ろしいけど、静さんの存在自体コワイ気が・・・・・(笑)。 タイムスリップして、ベルギー・アールヌーボーの逸品、ヴァン・ド・ヴェルドの椅子の前(笑)に集まりなんせ。 ◆番外編登場人物のご紹介はこちらへジャンプ。 ◆備考として、番外編の「呪の子」を読み返していただければさいわいです。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月15日
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──お疲れ、はるさん。 ぎしり。 低い声。重く、床の軋む音。 すっと奥の間が開いた。長身をかがめて、また別の若者が現われる。 ──あれのどさん(和:のどか)、また今朝は一段とオヤジ臭くなっただな! ダンディー! ほめているのかそうでないのかよくわからない円の言葉に、和がにやりと笑う。 ──ふふふ、まど。聞いて驚け、わしは今日から髭を剃らないことにしたのだが。男には髭があったほうが渋くて‘ないす’だと思うてな・・・・。 あんた、まだ二十歳前じゃなかった? 土間に奇妙な沈黙が流れている間に、また奥の間からいくつかの人影が走り出てくると、豊のかたわらにひざまずいてきた。そのうちのふたりは腰まで落ちる黒髪に、昼餉の支度途中だったのだろうか、真っ白い割烹着。 上の双子の姉妹、結(ゆい)と織(おり)だ。 ──ゆったん☆ 両側からふたりにそっと手をとられた。 豊はそっと上下の前歯を噛み合わせる。目元を伏せて。 お願い姉さま方。十六にもなるっちゅうに、もうその名で呼ばないで──。 またひとつ、豊にダメージ。 ──うちら、ゆったんは器量もようて、ボケッとしてて、とってもとってもかわゆいと思うでっ。自信持ってな・・・・! そんなトコに自信持っていいのか・・・・・男として? ほかのふたりの妹たち、まだ小学六年と四年の編(あみ)と組(くみ)もすがりついてきて、 ──兄(あに)さま。辛いだろうけど、怖いだろうけど、頑張って! ──うろ様は(荒神の別称:滝の洞穴に御神体があることから)・・・・・・うろ様はっ! ゆたさんをカラダごと愛してくださるのやけ、うちらも応援しとるけ、頑張ってな! と涙目で叫んだ。 おまえたち、自分の言ってることわかってんのか? ──滝裏の洞(うろ)はな、暗いからな、危ないからな、腕には注連縄がかけられるから手も使えなくなるわけだし、ちゃんと足元に気ィつけるだぞ? どさくさに紛れて、円も年長面して言い添えるのを、さすがに豊はうんざりしたようにさえぎる。 ──暗いし危ないなら端(はな)からやらせるなや。そないに勉強しよるなら、まどがわしのふりしてひとりで行け。 ──がんば! ゆんゆん! ──・・・・・。 先の大祭禮から二十八年になる。 これが豊が頭を抱えている理由だ。 そう、不二一族では、二十八年に一度、宇宙(うつ)のすべての星、惑星の運行が一巡する年に、御魂鎮(みたましずめ)の儀礼として、直系の清童が【荒神さま】に捧げられる。 これがおそろしいのだ。 二十八年を待たずとも、毎年七月のこの時期、県内外から「不二」の血族が集結する。本家の直系はもとより、かろうじて血の末席に名を連ねている者まで、総出で【荒神さま】を祀るためである。 これはもう、何があってもの最優先行事であった。どれほど仕事が忙しかろうが、誰も欠かしたことはない。 ふだん滅多に顔を見せない本家当主の尊顔を拝する──それは一族の義務的な挨拶ではなく、侵すべからざる絶対条件に近いものがあった。 しかも、今年は二十七代当主の不二角(すぼし:小角さまの本名)が一族の当主を務める最期の年である。つまり、守宿が代替わりする年でもあり、何をさておいても一門は集まってくるだろう。 この何年かで、本家の嗣子である豊の兄たちは年下の豊を裏切るかのように全員が清童を脱していた。【荒神さま】は女神なので、捧げられる神子は清童であることが求められる。よもや禁を冒した場合、その相手となった女性はもちろんのこと、一族全員の命に関わることになる。 となると、あとに残る荒神に奉献する神子(みこ)の資格を有する者は十五歳の豊ひとり。しかも、神子として捧げられることは、すなわち次代の守宿として選別されたことと同義となる。 彼には理解しがたい伝承に縛られている者たちは、新しい守宿の戴冠を期待しないわけにはいかないのだった。 広大な土地を所有し、地元の神事を司る不二一族には、奇妙な不文律がある。 一、本家当主の座はすべからく竜骨を得た男子が継ぐべし。 一、当主は守宿の名をもってこれを認め、世襲とすべし。 一、守宿は山神の領を出るべからず。 一、守宿は七代をもって多君を得、その者直に神を見るべし。 一、竜骨を得ない場合は、山神の御魂鎮の供物と為した神子がその名を戴くべし。 一、現世守宿の在位は、御魂鎮の期間を限りとする。 豊が己が身に秘める竜骨の存在を明かしていない今、守宿の資格のある者は事実上は生まれていないことになっている。それゆえに、不二一族にとっては、豊を神子として奉じるに際しての【荒神さま】のご選択が、次期守宿を得る最後のチャンスなのであった。 さらには昨今、次代の守宿──すなわち竜骨を持つ子供を得ないというので、山も殺気だっているといわれて久しかった。 それゆえ、今年はなんとしてでも《御霊鎮》の神事が必要とさだめられていた。捧げられる神子は、混じり気のない、濃い血であればあるほど、最高の貢物となる。貢物には本家の嗣子が求められることは必定であった。 《御魂鎮》の儀とは、ごく表面的に言うならば、【荒神さま】と三々九度の真似事をすることである。 すなわち、若者が御神体のある滝洞の祠にひとりで詣でる。そして、翌朝までに実際に女神が現われ、供物として捧げられた者が身体になんらかの徴(しるし)を受けることによって、最終的にその者が守宿であることの神託を判断する。 ここに言う当主である守宿とは、ぐっとうなるほどの立派な屋敷に棲み、仕事といえば日に三度、堂にこもって御詞(みことば)を唱えるだけの生活である。そのほかは上げ膳据え膳で一族にかしずかれているのが、不二の当主という存在である。 傍からみれば、これほど気楽で結構ななりわいはないと思われて当然のような気もするが、半ば神格化された守宿の細かな内情はほとんど外に漏れることはない。 【荒神さま】のご選択によって、守宿に選ばれない限りは。 現世守宿の小角さま自身、喉から手が出るほどに守宿の身を欲したわけではない。だが、竜骨を額に得て生まれてしまった以上、ほかの道はなかった。 次期守宿に選ばれるということは、すなわち己が《神》の血を引いていることを認められた証である。 しかし、守宿になったとして、それは【たいこうがなる】と呼ばれる久松山に縛られているだけの存在であった。目には見えない、誰にも、歴代の守宿をつとめた人間自身にも説明のつかない、摩訶不思議な力でもって。 すなわち、守宿の身体は、ほかの土地を受け付けなくなるのだ。 【たいこうがなる】を中心に、ある一定区域から出ようとすると、とたんに身体の不調に襲われる。 それを我慢しようものなら、意識を失って昏倒することもままある。この症状のせいで、小角さまはかつて修学旅行にも行けなかったし、家族で旅行すらしたことがなかった。 結局、小角さまはたいこうがなるに一番近い学校に小学校から大学まで通い、生まれてより一度も県外に出ることなく今に至っている。 もっとも、現実を見極めたがる性質の豊にしてみれば、それはある種のヒステリーだと判じていた。 幼少の頃より、土地に根付かせようとするがために繰り返し繰り返し守宿であることを耳に囁かれ続けたとしたら、誰もがそういった反応を見せるであろうことは容易に想像ができた。 げんに、衆人に周知でないことを別として、いわゆる‘守宿’である条件をすべて備えて生まれてきた豊自身、守宿として育てられなかったがゆえに‘土地に縛られる’という理不尽な精神症状は出ていない。これまでに二度の修学旅行で県外に出られているのがその証拠だ。 だがもし──長じてから自分がそのような症状が出たとしたならば、さっさと大学病院に行って、カウンセリングでも受けて、自分の身に長きにわたって蓄積された暗示を解いてもらうより他はないことだと、豊自身はあまり深刻には考えていないのだった。 いずれにせよ、小角さまの次世は守宿多君(すくのおおいぎみ)であることは伝承で決まっていることであるから、本人がその喉奥に隠す竜骨のあるなしにかかわらず、不二の嗣子たちのなかで唯一清童として資格を有し、《御魂鎮》の神子として捧げられた豊が明日の朝より半ばなし崩し的にその称号をいただくことは、もはや逃れられない現実であった。 この二十八年を待った秘儀の解説をもっと突っ込んでするならば、一夜を徹して若者が女神と契りを交わすというものである。 女神との一夜──その内情は、だが絶対に語られることはない。現世守宿が次代の者に口伝することも許されない。 まさに伝承めいた話だが、事後の朝にはひとつだけ、衆目を納得させる確たる証拠が残されるはずであった。 女神と契りを交わす前には、御神酒ではなく、血の酒を酌み交わすという。 守宿に選ばれた者の身体には、血を抜いた痕が残るのだ。やはり【山の神】の血族であるということを証する必要があるのか・・・・ならば嗣子ひとりが祠に詣でるというのにも、それなりの意味があることが考えられる。人身御供という意味の。 そして、小角さまは二十八年前、やはり女神と邂逅し、左肘があり得ない方向に曲がるほどに酷い傷を受けて山を降りたという。 上げ膳据え膳の生活を約束される守宿──だが、それはすなわち、その在位の日より常人としての生活が営めなくなるという事実に外ならぬ。 聖痕と呼ばれて崇められるその傷は殊のほか治りが悪く、豊たちの父宮は、それきり左腕の機能を失った──。--------------------------------------------------------------------- ごめんなして。厳密に言うと、今日は九人兄弟見参ではないのです・・・・。 明日に‘あともうひとり’──このタイトル、三年生編の前半でつけたような・・・・懐かしいなぁ。 明日は●静●です。 一番インパクトのある人は、いつも最後に登場するものですよね(笑)。この方は特に・・・・。 矢吹VS力石とも並び称される、豊の天敵が皆さまにご挨拶申し上げます。 タイムスリップして、コブラVSマングースの戦いを観戦しにきなんせ。(どっちが強いんだっけ?) ◆番外編登場人物のご紹介はこちらへジャンプ。 ◆備考として、番外編の「呪の子」を読み返していただければさいわいです。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月14日
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──あーっ! 遼(はるか)、はるさんだ! 間違いない! 円が叫ぶと、その場にいた三人はそれぞれに勝手口に向かった。 すばしこく走って先に着いていた組が、だが土間のところで棒立ちしたまま、こちらをふり返っていた。 ──うち、ヘンなモン見ただ! アレ、なに? ──落ち着けよ。なにが・・・・・・、 いただ? と聞く予定だったのだが、次の瞬間、円でさえ視界に映った光景に絶句した。 ──うぇいーっす。邪魔するじぇー。 そこには──上半身素っ裸で、下はトランクス一丁(ハイビスカス柄、色は黒地にピンク)の、顔だけはかろうじて‘おにーさん’が全身びしょぬれで清々しい笑顔を振りまきながら、使い古されたナイロンバッグを片手に不法侵入していた。それでもちゃんと靴下を履いている。すごい。(←なにが?) ──ひさぶだのぅ。まあまあ、苦しゅうない。おまえたちも入れ入れ。 誰の家だ、ここは。 おにーさんはにかっと笑いながら、脱いだばかりの靴下をぽいと放り投げ、そこらにあった雑巾でゴシゴシ素足を拭いている。 だが、何気なく円が次にかけた言葉に対する返事に、その場の全員がぶっとんだ。 ──はるさん、今までずっと、どこにおっただ。ストックホルムからの葉書は受け取ったけど・・・・・。 ──ストックホルムでなにしていたって・・・・・白フクロウ探しててん。それからすぐにアメリカに渡ったのは、ワシントン条約にサインするためさ。ワシントン条約が怖くて、使い魔を使いまわせるかっての。ストックホルムの前には、ナイロビにおったで。魔法の杖(ワンド)を捜してたんや。けどな、その間ぜ~んぶ、ひとりだったっちゃが。さみしー。 二十六歳の常識のリミットを軽く越えるあっけらかんとした返答をして、鷹揚にほほ笑むおにーさん。話に興奮して長兄に飛びつく末の妹の組。屋敷の中が輪をかけて騒がしくなった。 豊は心のなかだけで静かにツッコミを入れる──おぬし、ハリー・ポッターか? そんな様子に気づいたか、素裸の胸の前で腕組みして、遼は老熟した象のような目で豊を見た。 ──おっ、おまえが今回の祭礼の主役だったな! ほー。べっぴんさんになりよって・・・・ずっと会ってなかったが、成長したもんだ。 言って長兄らしくふんぞり返り、そして、すぐにしおれた。 ──あああ、なんかおれ、腹減ったっちゃ・・・・それにつけてもおやつはカールとかない? ──はいはい、今プリン出すよ。 引き締まった腹のあたりを押さえて口をとがらせる遼の腕から逃れ、組が立ち上がる。 ちなみに、そのプリンを作ったのは豊である。 昨日の夜、そうとう作りだめしておいたはずなのに、今朝起きてみればその大半が断りもなく消えていた。創造主に無断でどこに逃亡したッ、とプリンたちを軒並み集めて反省会を開きたい豊ではある。 台所へとおりていく組に、片手で「ありがたいっ」と意思表示して、遼はふたたび畳にひっくり返っていった。 ──にしてもあっつー。しず(次兄の静のこと)は? まだ帰ってないって? あいつがここにいてくれたら、猛暑による家屋蒸し風呂状態の不快指数が減るのになー。 ──あいつは除湿機か。 突っ込む豊に、 ──だははははっ! 相変わらずのボケっぷりだなゆた! 天はニ物を与えてやがる。 笑うだけ笑うと、遼は手のひらをひらひらさせて近う寄れ、と指示した。 豊は嫌だ、と速攻で拒否すると、逆に風呂場への道行きを顎で示してやった。 ──それより、まず風呂に入ったら? 風呂場には何かおるかもしれんが・・・・・はるさんなら平気な気がするだ。 ──んんん? なにか出ただか? ──今朝方な。わからん・・・・・ただの雑霊Aの幻(まやかし)かもしれんし。 雑霊Aだと? 守宿多(すくのおおい)である自分が調伏できなかったのに? そう考えもしたが、先ほど円に相談しようとして遮られたのを機に、豊はあの一件についてはあまり反芻しないように気持ちを切り替えていた。 だが、なにか言いかけて思案げに口をつぐんでしまった弟の様子に、遼が兄らしい注意深い視線を注いでいる。 ──ゆたっちゃなんの精気を喰らうとは、そいつも悪食(あくじき)じゃな。 だてに本家の長兄をやってない。一を聞いて百を知る、内面に不思議な聡さを隠し持つ遼がつぶやくように漏らした言葉を、その場の誰もが聞きとがめた。 ──精気? 悪食? 円が立て続けに聞き返してはみたが、遼が次に言う言葉の半分も、弟たちふたりには理解できなかった。 ──おまえは見返りは取るからな。ゆたの器を舐めたらいかん。いかな神かて、喰ったつもりがこやつにぜんぶ持ってかれてるぞ。 ──なんのこっちゃ、はるさん? 円が首を傾げるのを、今度は豊がこの話は終わりとばかりに遮った。せっかく気持ちを切り替えたのだ。思い出したくもないおぞましい一件を、こんな昼日中に衆人のなかで蒸し返されても困る。 ──はるさん、そもそもなんでパンツ一枚なわけ? ポリシー? 冗談はパンツだけにしてくれよなと言外に含ませた豊の言葉にも反応を見せず、 ──んなわけがあるか。ほら、そこに川があろ? 河童にからまれたんじゃ。 ──・・・・・・。 ほんと、何しに来たんだこのおっさん。 視線をそらせて広大な庭をふり返ると、おそらくは遼がやってきたと思われる足跡の道が出来上がってしまっているのを見て、豊は小さなため息を漏らした。 この人、ほんにで本家の直系かい・・・・・と。 山に入ったら、山を敬え──とは、代々、このあたり一帯を仕切ってきた不二一族の家訓でもある。その家訓を、げしげし、がつがつと足蹴にするかのような、遼の見事なショートカットであった。 一昨年、百八歳の大往生を遂げた曾祖母の不二室(はつゐ)さまも、これではさぞ草葉の陰からお嘆きだろうな、などと思う。 そもそも、不二一族とは、‘たいこうがなる’(久松山)の守り人として、《山の神》が人の子の種を得て、自ら孕んで生み出した半神半人の家系だと言われていた。 それゆえ、この一族の《山》へのこだわり方は、はたから見ると尋常ではないものがあった。 安易な人の出入りは、山の生態を狂わせるというのが、一族の持論である。 同じところを何度も歩けば、そこに道ができる。そうやって踏み固めた道は、もう二度と植物も生えないし、その道そのものが生態系をぶつ切りにしてしまう。そんな、ほんの些細なことの積み重ねが、ひいては山を崩していくのだと──。 それゆえに、一族に属す者は、山に入れば同じ道を通ることを許されない。もと来た道を戻るには、原生林のなか、自分の「気」を溶け込ませた往路の近くを嗅ぎ取って辿っていくしかない。 不二の人々が一族の命運を賭けて守る‘たいこうがなる’は、まだ踏み荒らされていない神聖さを保っていると言えた。 土地者ではない人間が聞けば、それこそ一笑に付してしまいそうな伝承の類なら、腐るほどある。ここにはいまだ、本来山が持つ神聖さと禍々しさが、人々の記憶の中に生きているのだ。 彼らは知っていた──《山の神》の力を具現する能力が、本家直系の守宿のみに受け継がれていくことを。そして、それが立つ限り、世の災いは避けて通るのだと。 霊山と崇めるための立派な社(やしろ)があるわけではない。 それでも、里の民にとれば霊験あらたかな【荒神さま】なのだった。 ──豊、おまえには気の毒だが・・・・清童の条件に適うは、情けないことに本家ではもはやひとりきり。今宵、その操ごと【荒神さま】の供物となることを、わたしは守宿としておまえに命じるよりほかはない。 本家当主であり、現世守宿の不二角(すぼし)の直々の言葉とあれば、誰も──豊ですら逆らえないほどに・・・・・・。--------------------------------------------------------------------- 昨日の早口言葉(?)の時間制限にはなにか基準があるのですか、という楽しいメールをちょうだいしました。 2.8秒は、本人の最短記録です。ストップウォッチでちゃんと測りました。 ヒマ人です。 明日は●九人兄弟見参!●です。 これまでに珍しい姓をお持ちの方、豊と同姓同名の知り合いのいる方がメールにて名乗りをいただきましたが(ありがとうございました!)、自分が九人兄弟だという方はよもやいらっしゃらないでしょう(笑)。素敵な兄弟話、お持ちの方はぜひ聞かせてくださいな。 そうそう。豊って、‘ゆたさん’の他に家族になんて呼ばれているのかな。本人はそれを大変恥ずかしく思っている様子。 タイムスリップして、豊の恥ずかしがる愛称を、暴きにきなんせ。 ◆番外編登場人物のご紹介はこちらへジャンプ。 ◆備考として、番外編の「呪の子」を読み返していただければさいわいです。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月13日
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不二一族に属す者は、外界の者への接し方にある種の不文律がある。 彼らの秘儀に満ちた生活を興味本位に暴こうとする邪な眼から守るために、各々が自然に身に付けた表向きの顔を持っているのだ。だが、ひと度一族の内懐に戻るや、彼らはいままでの禁欲的でかまえた態度とはうってかわった、まったく新しい一面を見せる。一族のなかにあって彼らは一様に陽気で物怖じを知らぬ人々であり、それはかの少年も同じであった。 ──ゆーたーぁ!! 一九八六年、七月四日。 山の神の《御魂鎮(みたましずめ)》の祭礼の三日前、ここ相生村は休日の一日。 不二屋敷に正午を告げる銅鑼が鳴り終わるやいなや、軒先から物凄い足音がし、いきなり何者かが豊に飛びついてきた。夏真っ只中、戸外にあってなお汗ばむような、照り返しの強い萱葺き屋根のふちで。 ──ゆ・た☆ がぶ、と浴衣を羽織った肩に思いっきりかみついてくる。 ──うわっ!! ただでさえ湿度と気温が妙に高い、不快な季節。 後ろから羽交い絞めにされた豊は、兄の相変わらずの奇行に、思わず声を上げた。 ──ここにおると思ったで! バ○と猫は高いところが好きっちゅうからな!! もがく豊の耳に、一番年の近い兄の熱心な祝詞が吹きつけられる。 ──ほんにでほんにで、おめでとうな! 兄の円(まどか)は心底嬉しそうな顔をしてみせる。 そう、彼は二十八年に一度の大祭礼に当たり、山中の御神体に奉じられる神子(みこ)として白羽の矢が立った弟を自分のことのように喜んでくれる良い兄──ではないのが惜しい。 豊の背中で、円がいっひっひと邪悪に笑う。 ──おめでと!! きっとこのために帰ってきてくれるぜよ、はるさん(長兄:遼)もしずさん(次兄:静)も! ──こっの・・・・・! 暑い! ──ああ、神の子! ──円。 ──清童返上! 豊は切れ長の目を流して背後を睨んだ。 だが円は余裕である。 ──おいおーい。せっかくのめでたい日に、そんなコワイ顔するなや。もっと喜べよ。ふふっ。そうかぁ、おまえもついに神子として【うろ様】に奉げられるんだなぁ・・・・ついに・・・・ふふふっ。 耳元で囁かれる円のこれは、祝いの言葉ではなく呪いの言葉なのだ。 ──ああ、今まで長かっただなぁ。な、これから男同士、おなごのことではお互い傷舐めあっていこうで! 円は意味深なセリフを吐きながら、豊を屋根の上から追い立てにかかった。 ──ふふふふふ。 ──まど・・・・おまえ怖いで。 ──ふふっ。 豊はふたつ年上の兄に引きずっていかれながら、上目遣いで訴えた。 ──なぁ、まど頼む。頼むから見逃してくれ。 わしら仲良しだが、な? よく見れば、本当にちょっと涙目。だが、相手は弟の目元などに注意が行く兄ではない。 ──わしは掛け値なしで‘そういうこと’にはビビッとるっちゃが! 聞いてごしなれな。実は今朝方、風呂場でワイセツ目的の神だかに・・・・・、 ──なに、おまえがワイセツ目的で? 風呂場で覗きでもしてたんかい、青少年! ──神に、と言っておろうがよ! しまいまで話を聞け! ──だめぇー。 嬉々として屋根裏に入っていく円とは対照的に、どこかで辛気臭くカラスが啼いた。 ──父さまー! 連れてきましたぁーっ。 この裏切り者。 円だけは年齢も近いし自分の味方だと思っていたのに・・・・・歯噛みするような心地で、豊はその呼び声を聞いていた。 ──おんさらんですかぁ、父さまーぁっ! 五百年も変わらずそこに建っている、古びた日本家屋。ここが自分たちが生まれ育った屋敷。 呼んでもいないのに集まったカラスどもが、屋根といわず門といわずに占領しながら、なにを昂奮したのか、ガァガァと鳴き騒ぎ始めた。 ─── ──あっ! サイエンス・ジャーナル来てるでないか! 弟を階下にひきずってきたのち、玄関のたたきに置かれたままの英字新聞を円が手にとっている。 昨夜豊が睨んだとおり、外科医を目指して京都の大学に籍をおく次兄も帰っているということだ。 うわ。 牛乳六本、ひとりで飲んでるし。 軒先にぽつんと置かれた牛乳の空き瓶。その数六本。不二屋敷の本家に住む男の兄弟たちの二倍の数。 豊には実家を出ている長男と次男を入れて兄が四人、さらには姉が二人、妹が二人いる。つまり、豊自身は怒涛の九人兄弟の五男である。 女の子の姉妹たちは仲良くパックの牛乳を分け合っているのだが、屋敷に残る三兄弟はその誰もがひとりぶんずつに分けておかないと、やがて血を見る抗争に発展する危険性があるため、このような規定になっているのだ。 コーラの瓶でさえ、兄弟によっては油性ペンで名前が書いてある。 名前を書いても飲まれることは承知だから、さらには自分がどこまで飲んだかを横棒で記してもある。豊などは兄弟の名前が書かれているコーラにあえて口をつけてから、減ったぶんだけ水を入れて涼しい顔をしているのだが。 次兄の静(しずか)は、京都に住んでいてたまにふらっと立ち寄るだけの影の薄い人物である。だが、そういった存在でも、遠慮して兄弟の牛乳の一本くらいは残しておくという心遣いは皆無という、実に次男らしい性質を持っている。 う。 水やりだけは忘れずにしよる。 漆喰造りの重厚な壁に、大きな影がふたつ。 庭に植えている橘と楓だ。水をやった証拠に、根元に黒いしみができていた。向かい合うように立っている橘と楓はかなり老木だが、どちらも春には花を咲かせる。 静は独立する前、家の用事を忘れても、この老木の水やりだけは忘れなかった。そんな静の気持ちが通じているのかいないのか、二本の大木はただ黙々と生き続けている。なんというか、大木特有の安定感があって、こんな古びているばかりの屋敷を味わい深いものにしているのは、きっとこの橘と楓のおかげであると豊は思っている。 だが、円は縁側に落ちる大木の影をずかずかと踏んでいき、遠慮なしに土間への扉をぴっしゃーんと開ける。 ──父さまー! ゆた連れて来たが! 早くせんと日が暮れちまうでっ。 情緒もあったものか、円が叫ぶ。 ──父さまー! 逃げるで、こいつ! 出立の儀をやるなら今! 今、ズドンと決めちゃおうで! その時である。 扉を開け放ったところで、円はその途端、末妹である組(くみ)の猛突進を食らうことになった。 ──あっぶねえ! チビは走るな! 声を張り上げた円に、しーっしーっとゼスチュアをすると、組はべったり床に座り込んでしまう。 ──まどさん、聞いた? ──なにが。 ──今しがた裏木戸のきしむ音、はっきり聞こえただよ。 ひそひそ声で言うその顔面が、蒼くなっている。 ──あそこは神さまの扉やから、誰も使わんはずなのに。 ──・・・・・・? 二十畳ほどもある広々とした土間は、今はしん、と静まりかえっている。 ──よっ、と。 と、豊が自分の肩を掴んでいた円の手を外して、姿勢を正した。 きれいに糊があてられた柳の葉の染め柄に、くしゃっとした手の跡が残ってしまったのを見て、そっとため息をつく。あきらめたように頭をふると、自分の胸までしか身長のない末妹を見下ろした。 ──変やな・・・・・・空耳じゃないだか? ──まさか、ゆたさん。ほかの姉(あね)さたちも、ガララララッて大きげな音、聞いとるっちゃよ。 組が言うのを聞いて、円は笑顔で豊をふり返った。 ──泥棒かもしれん。ひとつわしらで行って、脅かしてやろうで? ──やめぇや、変質者かもしれんで。 ──そりゃおまえだろ。 円と豊が声をひそめて言い合っていたその時、 ──ぶえっくし! という爆音が二回ほど聞こえた。 このオヤジくさいくしゃみは・・・・・!--------------------------------------------------------------------- 「ゆたかのゆかた」「ゆたかのゆかた」「ゆたかのゆかた」と2.8秒以内でつっかえずに一発で言えた方は、本人からお歳暮をお送りするそうです(笑)。私もこの物語を長く書いていますが、何度変換ミスをしたことか・・・・。ゆかたじゃねーっての! あ。お歳暮というのは、こちらだそうです。 それにしても豊くん、君は楽天でアフィリエイトでもしたらどうだ? 明日は●遼●です。‘はるか’と読みます。一番上のお兄さんです。 豊とはおそらく十ほどの年齢差があると思われます。 大人の男・・・・というか、大人の‘余裕’といものを、かなりのレベルで感じさせる方です(←いろんな意味でな)。 タイムスリップして、明日は不二屋敷の土間に集まりなんせ。 ◆番外編登場人物のご紹介はこちらへジャンプ。 ◆備考として、番外編の「呪の子」を読み返していただければさいわいです。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月12日
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時が──回る。 寝苦しい夜だった。 まだ七月に入ったばかりだというのに、闇は熱をもって喘いでいた。 熱帯夜と呼ぶには生易しい。渇き切った大気が闇の湿気を貪り喰らうような凶暴さで。 去年は降り続く長雨にたたられて、夏がなかった。 今年はその埋め合わせのつもりなのか──梅雨がない。 初夏のさわやかさが、いきなり真夏の暑さにすり替わってしまった。 朝から雲ひとつない蒼穹が恨めしい。 連日の真夏日に、どこもかしこも、誰も彼もがうだっている。 ──あっつ・・・・・。 今宵、何度目かの寝返りを打ちながら、豊は小さく呟いた。 足元の扇風機は熱を孕んだ風を送りつけてくるだけで、それ以上なんの役にも立たない。 こういうときは、つくづくエアコンが欲しいと思う。今の今、無い物ねだりをしてもしようがないのはわかっていたが・・・・・。 寝つかれぬ夜。身体が渇く。 ため息まじりに寝床を抜け出し、長い長い廊下の行き止まりにある土間に下りていき、麦茶の入った巨大な薬缶を見い出す。 立て続けに、コップで二杯。 それでも、まだ喉の渇きは止まらなかった。 そして知る。 寝苦しいのは、熱帯夜のせいばかりではないことを。 山がざわめいていた。 風の唸りではない。 もっとずっと深いところで──山が啼いている。 今年は、二十八年目の夏に当たる。 そのせいだろうか。七月に入ったばかりなのに、なぜか、血がふつふつと滾るような気がした。身体の芯まで、ちりちりと熱を持っているようだった。 このままでは、とても眠れそうにない。 豊はため息をもらした。 ──水風呂でも浴びるか・・・・・。 ひとりごちて、土間の電気を消す。 そして、足音をしのばせ風呂場に向かいながら、ふと気づく。 いつもは開け放たれている次兄の部屋の引き戸が、今夜はピタリと閉じられている。 京都の大学の医学部に通う静(しずか)が帰省しているのだ。この暑さに参ってしまったのだろう。エアコンのきく部屋にひとりで逃げ込んでしまっている。 ──しょうがないやっちゃな。 二番目の兄と、末の弟の身分の差は一家のなかでも歴然としている。アルバイトでもして購入資金でも作るかと本気で考え始める豊であった。 残り湯は、まだ熱をもっていた。そのせいだろう、扉を閉めると、広大だが密室になった風呂場はとたんに檜の香りに蒸した。 蛇口を思い切りよくひねり、ためらいもなく冷水を浴びる。 だが、熱くほてった身体を冷ますには、まだ何か足りない。 そう──タリナイ。 身体の芯が妙にくすぶっていた。 熱をもって疼くような、血がざわざわと凝集してくるような。 それでも全身に水を流そうとして、豊は立ち上がった。 冷水のなかで身動きしたとき、ある突然の感覚が彼を押し包んだ。大祭の準備のための禁忌に満ちた暮らしをこなしているうちに取り紛れ、あまりに久しく忘れていたために、はじめのうちはなにを感じているのかもわからない、あの衝動だった。 浴室のあいだを微風が通り過ぎ、天井のほうでやわらかく碧(みどり)の色にわだかまってくるのを、彼が気づくことはなかった。 背中をくすぐる冷水は、なめらかな羊水のようだった。例の感覚はどんどん高まっていき、豊はそれに屈した。 その瞬間、彼は考えるのをやめていた。その動きを導くものはなにもなく、映像も言葉も、記憶もなかった。 だが、性急に事に及ぼうとするその背後には、天井にわだかまっていた何かが実体を増し、うっすらと緑に透ける影が立っていた。 それは、浄水を厭わず、ひそやかに豊の足元に忍び寄る。ゆったり、滑るような足取りで。 人の形のようでもあり、だが明らかに人間のそれとは違う。 はじめに、ぐるん、と世界が一回転し、意思に反して豊の膝が折れた。まっすぐ立てと脳は命令しているはずなのに、身体がだんだん前のめりになる。急激に全身をめぐる麻痺の感覚・・・・・・。 ──貧血? 朝礼で倒れた少女を介抱したことはある。その時は自分には一生訪れない現象だと、タカを括っていた。自らの身に起きた場合の対処法など知らない。頭の芯に、氷を突き立てられたような恐怖感が一瞬にしてその身を凍えさせた。 だが、ともすれば薄れそうになる視界で、豊はそれを見た。 目を射たのは、淡い緑の霧だった。 思わず目を瞬いても、それは消えなかった。 そして、いきなり全身をつま先までの痺れが襲い、豊は思わず体勢を崩して床に倒れこんだ。 ほとんど無意識に身体をひねる。 だが、半身はピクリともしなかった。 そして、気づく。 その重さが何であるのかを。 ──っ! 豊は思わず絶句した。信じ難い、だが夢ではない現実を目の当たりにして・・・・・。 床一面にこぼれ落ちる、濡れそぼつ銀色の髪。翡翠の輝きに閃く瞳。肌は蝋燭を流したようにぬめっている。そして、真っ赤な唇。 その明らかな異形が、豊の全身を凍らせる。 ──だれ・・・・・・だ、おまえ・・・・・・。 言葉の震えは隠せない。 《それ》は豊を舐めるように見まわし、その惑乱の様を悦ぶように、うっそりと嗤った。 ──・・・・・・おまえごとき小童、名乗る価値もないわ。 哄笑の籠もった言葉に、豊が目をすがめる。 悪夢から目覚めようとするように、かぶりをゆっくりと振る豊の顎をとらえて引き寄せ、その下唇を長く伸びた鋭い爪で押し下げる。乳歯のように小さく整った歯並びが露わになるのを見て、《それ》はにたりと唇を吊り上げた。 ──もっとも、おまえたちは好き勝手に、我を神とも呼ぶがな。 刹那、顎を鷲掴みにされた豊の瞳が凍りついた。 そうやって豊を金縛りにしたまま、淡い緑の霧の檻が、あたりを真空へとゆっくり包み込んでゆく。 思考を手放す前に、何か制止の言葉を怒鳴ったような気もする。 ふたたび意識がもどってきたとき、彼は天を見上げ、周囲の壁が動くのと一緒に視界が回るのを眺めていた。仰向けに転がって、死体のような形で両腕をわきにつけてまっすぐ伸ばし、冷水のしとど流れ落ちる風呂場の床に、ゆらゆらと漂っていた。 それからまた、あらゆる思考をなげだして、豊は目を開けたまま半時間ほどそうして横たわっていた。--------------------------------------------------------------------- 今後この連載が途切れるようでしたら、かの者に呪殺されたと思ってください。 明日は●円●です。“まどか”と読みます。‘えんちゃん’でいいよ! とのことです(笑)。 豊の一番年の近いお兄ちゃんです。兄弟のなかでは一番の仲良しさんでもあります。 タイムスリップして、不二屋敷の軒下に集まりなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月11日
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この土地では、歳月は季節とともに行き過ぎても、時間は流れ落ちない。 二十八年に一度、同じところを何度も何度も、緩やかに巡るだけ──。 ─── 薄闇の中。 蟲の鳴く声さえ漏れない静寂の中、闇が哭いていた。 低く、細く──。 己を呪縛する結界に、喉を焼いて哭していた。 生贄として奉げられた純血の力は、すでに朽ちかけている。 もうじき、時が満ちるのだ。 二十八年に一度の、夏が巡る。 契約は滞りなく、くり返されるだろう。 己を封殺する御詞と、新しき血肉の贖いをもって。 神と人とは、まだすべてが断ち切られたわけではない。 我が身の半身が、あの里で眠っている限りは・・・・・。 声なき声が、沈黙を噛む。 闇の鼓動が、ひっそりと空気に溶けていく──。 言葉もなく。 何の禁忌もない。 ただ、次代へ《血》を継ぐためだけに。 より、濃く。 もっと深く。 選ばれた《血》の尊厳を保つため。 純血は《力》の源。 《力》は、正しき器の血肉にのみ宿る。 ゆえに、性差、序列は問わない。 人の世の常識も、いらない。 より強固な《力》を繋ぐための、血肉があればいい。 奉げることが己の運命だと、若者は教えられて育つはずだ。 忌むべきことは何もない。 この薄闇の中では──。 恐れるものなど、なにもない。 《血》を継いでいる限り。 そうして、契約の夜は堕ちていく。 繰り返し、繰り返し・・・・・・。 闇に奉げられる若者。 闇で待ち受ける神々。 それは互いに、禍々しき《力》と《血》の翳りを引きずりながら。 そして、いつかそれは道になる。 宿業という名の、重く鮮やかな血の筋に。 本日の日記--------------------------------------------------------- 【豊という言魂】─全国の豊さんへ─ 大きな神社へ行くと、参道の鳥居や神門をくぐった所の左右に、小さな祠があります。 両社は正面を向いていたり、向かい合っていたりと様々ですが、共通しているのは「対」の社であるということです。これら通常、「門神」「門守」と呼ばれ、悪神や鬼の侵入を防ぐ働きのある神社の門番とされる神将たちです。 この二神は、「忍日・来目」だとか「櫛石窓神・豊石窓神」と呼ばれています。 「忍日・来目」とは、高皇産霊神の末裔である、大伴連の遠祖、天忍日命と来目連の遠祖、天津久米命のことで、『日本書紀』の一書に記されている、瓊瓊杵尊(ニニギ)の天孫降臨の時、先導した武神です。 『古事記』の邇邇芸命(ニニギ)の天孫降臨の場面では、随伴した神々の中に、「…次に天の岩戸別の神、またの名を櫛岩窓(くしいはまど)の神といひ、またの名を豊岩窓(とよいはまど)の神といふ。この神は御門の神なり。」と「天岩戸別神・櫛石窓神・豊石窓神」が一柱の神として記述されています。 「櫛石窓神・豊石窓神」は、また、忌部氏伝来の御門祭の祝詞では「櫛磐間戸神・豊磐間戸神」と記され、延喜式神名帳宮中神の条の「御門巫祭神八座」の中にあって、外敵侵入を防塞する機能をもつ神将であるとされています。 さて、この、「櫛」と「豊」の一対の概念、なにか匂いませんか? 古代のあらゆる書物にこの一対の概念が記されているのだとしたら、ここに、いかなる真意が隠されているのでしょう。 推理の手始めとしては、「櫛」と「豊」という字は神名に良く使用される美称である事実です。 「豊」は、そのまま、「豊かな」「豊穣」「充ちた状態」を意味する美称。豊受大神・豊玉姫がその例です。 特に豊受大神は、豊宇賀能売(とようかのめ)とも呼ばれますが、豊穣の神(稲荷大神)である宇迦之御魂(うかのみたま)にさらに「豊」を冠したイメージであるとされています。 「櫛」は、「奇」とも書かれ、「豊」と同様の美称で、奇稲田姫は、美田・豊穣の姫の意味であり、。あるいは「奇跡」の意味合いも含まれることが予想されます。 この「奇」という文字と、祭神の機能・神徳を考えると、「奇霊(くしたま)」という概念に通じるらしいのです。 神道の教義で、神や人間の霊魂は「一霊四魂」、つまり、一つの霊と四つの魂から成るとされています。 一霊は「直霊(ナオビ)」で、四魂は「荒魂・和魂・奇魂・幸魂」である。 荒魂アラタマ:神霊の機能としての、荒々しい側面。台風や洪水といった自然災害に代表される、怒れる神の作用。 和魂ニギタマ:荒魂に対するもの。神霊の機能として、人間に対する平和的側面。雨や日光の恵みなど。神の加護。 奇魂クシタマ:和魂の一つ。神の奇跡。神霊の機能として、特に医薬の分野で用いられる。人命に対する神の恵み。 幸魂サチタマ:奇魂と同じく、和魂の一つ。豊穣・豊漁など。神霊の機能として、特に人のなりわいに関わる分野で用いられる。 「櫛」=「奇魂」とする説は、実は多くの資料に見られます。 ここで注目されるのは、「幸魂」の機能が、「豊」に充てられる点です。 地域の名称という観点からも考えてみましょう。 「豊の国」という地名があります。今でも「豊後」「豊前」として通用する地域、大分県の美称です。 「豊」をその「豊の国」と考えるとどうでしょう。 あいにく、「櫛の国」というものはありませんが、似た名の地名はすぐに見つかります。 「筑紫の国」──「筑紫」は、広義には九州全体を指すが、狭義では、今の福岡県にあたります。地図上では、このふたつの地域は隣同士ということになります。 つまり、「筑前・筑後」と「豊前・豊後」が、九州の中心から、本州への経路上、先駆け的な位置に配されているのです。 神話のように、九州の高千穂へ降臨した天孫の末裔達が、本州(奈良)へ東遷することがあるならば、その位置関係は重要です。 また、本州(出雲や大和)に敵対する王国が存在すると考えると、その位置は、守りの要であり、「門神」としての名を冠するに相応しい土地であろうとも思われます。 門神の「櫛」と「豊」は、地名から来ているのかもしれません。 あるいは、先に門神としての「櫛」と「豊」という言葉があり、それを地名としたとも考えられます。 さて、ここで「豊」を用いる神名をいくつか列記してみましょう。 豊受大神:神宮内宮(天照大神)に対し、外宮に鎮座している。食物、稲の神。 伊耶那岐・伊耶那美二神の神生みで、伊耶那美神が、火之迦具土神を産み、弥都波能売神を産んだ。この神から成った和久産巣日神の子で、竹野郡の奈具社の祭神。 豊吾田津姫:木花之佐久夜毘売の別名。石長姫の妹。 豊玉毘売:海神(豊玉彦)の娘。山幸彦(穂穂手見命)の后。鵜葺草葺不合命の母。玉依姫(鵜葺草葺不合命の后)の姉。 豊姫(淀姫・與杼比売命):神功皇后の妹。 台与:卑弥呼の後継者。 これらの神々には、「一対の神の一方」という共通のキーワードが存在しないでしょうか。 天照大神-─豊受大神 石長姫-─豊吾田津姫 玉依姫-──豊玉毘売 神功皇后-與杼比売命 卑弥呼-────台与 これらを鑑みるに、「豊」の名には全体に「次の者」というイメージがあるように感じられるのです。 「豊」を用いる神名には次のものも見られます。 豊雲野神:国土神として化成し、独神で身を隠してゐる神世七代の第二代。 神世七代の第一代は「国之常立神」です。通常この神は「天之常立神」と対に考えられていますが、順位においては「国之常立神」が、天地開闢の第一であり、「豊雲野神」が第二となっています。 そして、「豊石窓神」ですが、この神も「櫛石窓神・豊石窓神」と一対と考えられ、多くの場合、この順に語られることが多いのです。 実は、外宮に祀られる「豊受大神」の存在が、この謎解きの発端であるのです。天照大神と対に祀られている神なら、「地照大神」的な神徳を期待せざるを得ないのです。つまり、「豊受大神」は「天照大神」に拮抗する神徳を秘めた神なのではないでしょうか。天照が卑弥呼なら、台与にあたる神があっても良いのではないか──。 ということで、 「豊」という文字・言葉には、「ゆたか」という概念の他に、「次」という概念があるのではないかと思うのです。 さて、ここで古代の二大氏族についても考察してみましょう。 『物部氏』 ニギハヤヒを祖神とし、石上神宮を氏神とする物部氏は、古代、北九州の遠賀川河口近く(筑紫:チクシ)から河内・大和へと移住してきた氏族とされています。『和名類聚抄』などでは、北九州一帯の地名と、河内・大和の物部氏族称との一致が見られます。 『旧事紀』では、物部氏祖神ニギハヤヒは、「天照国照日子天火明奇甕玉饒速日尊」と表記されています。これを読むと、「クシミカタマニギハヤヒ」となるのです。このニギハヤヒを祀る式内社に、奈良県大和郡山市の矢田坐久志玉比古神社があります。ここでは、クシタマとなっていますが同じ神であるのです。 『蘇我氏』 古代、物部氏を凌駕した蘇我氏は、武内宿禰の子・蘇我石川麻呂を祖としますが、その出自には謎が多いのです。仏教擁護の蘇我氏(馬子)が用明天皇の面前で「詔に随いて助け奉るべし。たれか異なる計を生さむ」と言った時、皇弟の穴穂部皇子が豊国法師なる人物を引いて内裏に入ってきたという記録があります。 この豊国法師とは、豊の国の法師であり、豊の国では、正式に百済から仏教が入って来る以前から仏教が伝わっていたと思われます。つまり、豊の国は、当時、文化的先進地域であったわけです。 また、用明天皇の名前は「橘豊日(タチバナノトヨヒ)」といい、豊後地方に用明天皇に関わる「炭焼き長者」伝承も残っています。 さらに、蘇我氏が絶頂期にあった六世紀~八世紀の天皇家には、 豊御食炊屋天皇(トヨミケカシキ:推古) 豊聡耳(トヨサトミミ:聖徳太子) 天豊財重日足天皇(アメノトヨタカラカシヒ:皇極、斉明) 天万豊日天皇(アメノヨロズトヨヒ:孝徳) 天之真宗豊祖父天皇(ヤマトネコトヨオオジ:文武) 日本根子天津御代豊国成媛天皇(ヤマトネコアマツミシロトヨクニナリヒメ:元明) 天国押開豊桜天皇(アマクニオシハラキトヨサクラ:聖武) など 多数の天皇・皇后・皇子の名に豊の字が用いられています。 この「豊王朝」こそが、「蘇我王朝」であるのです。 蘇我氏と豊の国の関係は良く知られていませんが、仮に蘇我=豊(トヨ)だとすると、物部=クシと関連し、非常に興味深い事実が浮かび上がってくることがわかります。 つまり、古代の二大氏族である「蘇我」と「物部」は、これら強大な氏族を従えることにより、天皇の祖神の偉大さを称え、大君(天皇)の絶大な権力を示す、絶好の美称(つまりはプロパガンダ)であったと考えられるのです。 ご静聴ありがとうございました。 この文章を、記憶の片隅に留めておいていただければ嬉しいです。 明日は●豊●です。 そうそう、そもそも何のお話かご説明していなかったですね。 守宿は28年を限りで交代するのです。 この年、現世守宿の小角さまより、次世への交代があったのです。 タイムスリップして、不二屋敷の東の部屋をのぞきにきなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月10日
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さて、この識者訪問という事態は、小夜にとっても心から喜べるものであった。 豊という独特の個性を持つ少年は、万事が万事、常人の‘斜め’一歩前をいくといった調子であったため、彼が綴った文章も文部省のいわゆる「作文コンクール」などでは入選しにくい文体であることは一目瞭然だった。 しかし、教育委の人がわざわざ訪れたとなると、それは豊の文章表現が何らかのかたちで認められたに決まっている。小夜はシリアス路線にはまろうと思えば、いくらでもはまれる表現を得意としていたが、ことそういった‘マジメ’な文体を求められる課題に関しては、豊は決して自分のスタイルを妥協させなかった。 先生が子供たちにコンクールのための課題に沿った作文をさせるたびに、豊は自分が指定の題名では書けない理由というおそろしくふざけた内容の文章を、原稿用紙に規定の枚数きっかりで書き上げて、涼しい顔をして提出したりしていた。 みんなあっぱれといった感じで、自分の意志をあくまでも貫くという豊の姿勢を見つめていた。しかし、そのなかにあって、小夜ひとりが胸の痛む思いをしていた。小夜だけは、同じ「綴」として、豊のたぐい稀な才能を誰よりも身につまされている者だった。 他人の文章をとやかく指摘することは容易だ。 だが、ならば自分で同等のものを書いてみろと言い返されたら、どれほどの人間がそれに応じることができるだろう。 豊は日常的に寡黙な少年である。 けれども、彼は自分の胸のうちにある気持ちを文章にするときのみ、実に誰よりも雄弁なのだ。だからこそ、小夜はそこに絶対の価値があるように思われた。 心の中を文章にすることは、秘密をその身に多く隠してきた孤高の少年に唯一、許された表現方法なのだということに。 見たままの風景をそのまま切り取って文字にしたかのような見事な描写、抜群の切れを見せる文章と他の追従を許さない冴えた視点。 年齢? そがなもの、関係ないない。 その天賦の才の前には、いかな自分が小手先に言葉を駆使した作品を並べ立たせてみても、鈍らな表現力に思えてしまうほどの完成度であるように、小夜には感じられた。 それを承知している上で、小夜は彼のあふれるその知性を全力でぶつけた文章を、一度でいいから見てみたかった。 しかし、何はともあれこの識者の分校訪問によって、道は拓けたものと言ってよいのだろうと、小夜をはじめ里の人々の心は浮き立った。 教室での穏やかならぬ一件については、豊の心の隅にしまわれたままだった。 だが、彼を少なからず怒らせた教育委の老人は、はじめこの少年の心の動きが読み取れずに、なにがまずかったのだろうといぶかしみながらも、なんとか会話を続けようとしていたのだ。 だが、彼がもう一度口を開こうとしたそのとき、ふいに少年は顔をそむけて歩み去っていた。 声をかけるいとまもなかった。 彼は行ってしまった。老人はがっかりし、呆然と突っ立ったまま、あんなおざなりな言葉をかけてしまった自分を呪い、なにがまずかったにしろ元に戻せないものかとはかない望みを抱いた。だが、この件では彼にできることはなにもなかった。 彼はじりじりと十分ほど、ひとりで教室のなかに立ち尽くしていた。 豊少年はふり返りもせずに、席についたまま傲然と顔をあげ、窓の外をいっしんに見つめていた。 一度だけ老人を気づかってか、ひとりのこれまた端正な容貌をした少年が声をかけてきたが、豊はそれに屈託のない笑顔で応じたものの、教室の隅の存在に対してはまったく反応を返さなかった。 それを見届けると、老人は立っていき、橋本先生に声をかけると、すぐにその足で分校の門に待たせてある公用車のほうに向かった。 老人の気分はひどく落ち込んでいた。 少年が自分から離れ去っていったときの光景を何度も頭のなかでくりかえし、なにかとりつく島のようなものはなかったか考えようとした。だが、さきほどの出来事にはどこか決定的な感じがあって、そのせいで彼はなにかすばらしいものが、つかもうとしたとたん手からすりぬけてしまったという恐ろしい感覚に悩まされた。 なぜあのとき彼のあとを追って、己の軽率な態度への許しを乞わなかったのかと、自分の無駄な自尊心を容赦なく責めたてた。 玉三郎が彼の作文を見い出したというのは本当であった。 小学生だとあなどることをせず、すぐに非礼を詫びていさえすれば、稀代の役者が手放しでほめた才能を持つ少年と、今頃はなにかおだやかな、もっと深い意味のある話題を楽しく続けていたかもしれない。 彼は玉三郎の言葉を、今度は掛け値なしできちんと少年に話したいと思った。だが、もう二度とそんな機会はないかもしれない。 あの分校の教室のなかに戻りたかった。なのに今、彼は地獄に落ちた魂のように、茫漠たる校庭の上をうろうろと歩き去っているのだった。 帰りの道々、老人は少年の突然の怒りを、分校のなかでその顔をとりまいていた光を思った。それは威厳という名の輝きであったことに、彼はやっと気がついた。このお偉方が、人生の大半を費やして今日、目の前にまざまざと見ることができたのは、まさに人の威光というものだった。 そして確信した。自分になにかできることが残されているならば、玉三郎のもとにもう一度赴いて、彼に会ってきた印象をつまびらかに語ることであろう──。 この老人はそれからの尽力を怠らなかった。 以後、豊の文章は歌舞伎役者たちのなかで回し読みにされるようになり、花柳界の内輪の同人にもたびたび掲載されるようになった。豊はそのために書き下ろすことは絶対にしなかったので、新作が尽きると、橋本先生は編集の人に分校の本棚に置いてある豊の既存の作品を送っていた。 とある高名な女形の役者の発掘をもって、豊の文章の読者はこれまでとは比較にならないくらいに激増したのだった。そして読んだ人々はみな一様に、豊の名前の前に印刷されている彼の出自に驚かされていた。これほどの文が書ける者は、しかしまだ小学生ではないか。 だが、花柳界というのは元来、こういった年少から花開く才を認める世界でもある。そこに豊の文章がもっていかれたことこそが、正当な評価を受けるという意味でも幸いした。 まさか思っていたことが、現実になる──。 たったひとりの少年が生み出す作品群が、文部省における小学生の作文能力を見直す機縁となったことなどはとるに取るに足らない。 これは相生村にとっての、ひとつの見果てぬ夢だった。 豊の点睛はその後もとどまることなく続けられ、これはこの章に一括して書ききれるものではない。 思い返してみれば、はじめは綾一郎の発案である相生の文化交流計画は、功を奏すどころか相生のみならず、すべての集落を巻き込む波となっていったのだった。 この章のおわり 本日の日記--------------------------------------------------------- 本日は明日から始めさせていただく番外編に向けての備考のような内容を、ちょっとだけ記させていただきます──。 というはじまりで、以前に触れた「全国の豊さんへ」─後編─を付記させていただこうと思ったのですが、全部入れるとやはり字数オーバーになってしまうので、この内容は明日に回すことにいたします。 ですが、これはもともとが明日の日記部分に付けようと考えていたものなので、もとのさやに収まったというべきでしょうか。 というのは、まことに勝手ながら番外編では本日の日記をつけることができないと思うのです。おそらくは一節ずつが本編よりも長くなるので、日記までの容量が(一回の更新で全角5000字がリミット)入らないのではないかと懸念されるのです。けれども、明日はプロローグなので、うまくすれば「豊さん」その1とその2を併せて掲載できるかもしれません。 こういった事情をどうかよろしくご了承のほど、お願い申し上げます。 明日から番外編●不二一族物語●のはじまりです。 正直、これを掲載することはとても悩みました。 つまり・・・・・『鳥取物語』の本編のトーンとはだいぶ違ったものになりそうだからです。 でも、番外編だからということで、書くとなったら思いっきりハジケることに致します! ひとクセもふたクセもある兄弟たち、ふたクセもみクセもある神たちに囲まれて、豊も普段のたたずまいとは人が違ったかのようにけっこうしゃべります。 私の持論としては、人というものは仲が深まれば深まるほど、あまり会話しないものだと思っているのです。とくに隠れ里のなかの子供たちの一員であれば、おそらくは幼い頃から死ぬほど見飽きた顔ぶれであるはず。綾一郎と豊なぞ、会話にならない会話で意志の疎通ができるのです。それゆえに、私の文章には会話文が極端に少ないのだと思います。 けれども、それは彼の外面(そとづら)にすぎず、九人の兄弟たちの喧騒のなかにあれば、ひとりだけかやのそとを決め込むことのできない状況が生まれることを、私は知ることになりました。豊が外の生活で寡黙であったのは、家庭内の自分とのバランスをとるためであったとも、今では確信しているくらいです。 あ、そうそう。時代と場所を明記しておかなければ。 時代:昭和62年(1987年)、豊が15歳の頃です。番外編の高校生編で、河童に遭難させられそうになった直後のお話だと思います。 場所:不二屋敷の本家。一番東側が豊の部屋。 備考:番外編の「呪の子」を読み返していただければさいわいです。番外編登場人物(年齢順) 不二角(すぼし):‘おづぬさま’と呼ばれる本家の当主。現世守宿。自分の性格とことごとく違う子供たちの扱いに悩む日々。不二菜摘子(なつますこ):一族の命運を一身に背負う夫を支える慎み深い妻。豊とある秘密を共有しているらしい。不二遼(はるか):長兄。ワタリガラスの研究家。自らも旅がらす。行き先は鳥に聞いてくれ。不二静(しずか):次兄。京都の大学の医学部に籍をおいている。ちょっとお姉さま入ってる人。不二結(ゆひ):双子の長女。豊は‘超女’と書くと思っている。不二織(おり):双子の次女。性格は一卵性なので長女に同じ。不二一族では女子には髪に由来する名をつける。不二和(のどか):三男。呪師の本家に生まれながら、神霊に関しては全般的に気弱な男。不二円(まどか):四男。‘るーみっくわーるど’でいえば、じゃりテン的な存在。豊とは一番の仲良し。不二豊(ゆたか):五男で末息子。人間界の居候。不二編(あみ):三女。屋敷に潜む芸術家だが、豊は特に害はないと思っている。不二組(くみ):四女で末娘。ルバン三世を敬愛する‘クラリスなりきり’少女。 身内のなかに、ひとりくらいはマトモな奴がおらんのかッ!(豊の心の声)。 皆さま、あそこでふり返って待っている豊の背中についてきて! さぁタイムスリップして、‘ジャパニーズどたばた奇譚’の世界に飛び込んできなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月09日
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色彩間苅豆を観て 醇風小学校相生分校六年 不二豊 (原文まま) 九月の歌舞伎公演は、吉右衛門と玉三郎の出演なので、案内を見た時から気合いを入れて楽しみにしていた。 しかも当日はいまだかつて足を踏み入れたことのない歌舞伎座の一階席最前列で見るという幸運にめぐまれて、あまりの嬉しさに、もうすでに筋書きが配られているのを忘れてもう一冊カタログを買ってしまった。 演目が始まった。 最初にシャンッと幕の開く音がして、玉三郎演じるかさねがスタタタタと風のように花道を走り過ぎていった。そして、彼女がかぶっていた紫の布をぱっと取った時、スポットライトの中で白粉がふわっと舞ったのだった。 また玉三郎がお風呂から帰ってきてお化粧をしている場面と、扇子を片手でパララララリと優雅に開くところがきれいで印象に残った。 衝撃の白い粉舞い上がりの瞬間で圧倒されて玉三郎ばかり見てしまい、はじめちょっとのあいだ、吉右衛門の存在に気づかなかった。 しかし、彼は彼で地道な動きをしていたのだった。 ときにこの話の吉右衛門の役は、ひどい悪党だ。吉右衛門は図太くて冷徹な悪党の役を、実に魅力的に演じていた。 物語の前半は実に平穏無事で、きれいなのだが少々眠気を誘われた。しかし、ガイコツが卒塔婆に乗って流れてくる──この設定もなかなか唐突でいい──頃から俄然面白く、昂奮の様相を呈してくる。 吉右衛門演じる与右衛門は、実はかさねの母親を奪おうとした上、その主人を殺したという徹底したワルで、かさねの顔が醜くただれるとしつこく鏡を見せようとするいじわるさんでもある。 そこでまたかさねのことを「殺してしまえ」と決めるや、鎌でバッサバッサと切りかかるのも明快でよろしい。 そして、男の裏切りを知ってからのかさねの変貌がすさまじく、迫力があった。 肩越しにふり返って与右衛門をにらむ目つきの激しさは、背後に怨念の炎が見えたようだったし、解けた帯をバシッバシッと床に叩きつけながら詰め寄るところは、悔し哀しの気持ちが炸裂していた。最初のかさねと後のかさねとでは、まるで人が違ってしまっていた。 かさねの強い怨霊によって引き戻された与右衛門、すなわち吉右衛門は、幕が引かれる時、荒い息をつきながら、ギラギラと気迫を放っていた。 このような舞台を人生の前半で見られたことは、ぼくの幸運でした。 関係者各位に心からの御礼を申し上げます。 本日の日記--------------------------------------------------------- 今日の本文はこの物語はじまって以来、一文も私の文章ではないものでした。 楽だったぁ(笑)! さて、昨日に続き、豊たちが観た演目のあらすじをもう一度掲載させていただきます。 【色彩間苅豆について】 歌舞伎演目「色彩間苅豆」は、通称は『累』(かさね)といい、清元(きよもと)の舞踊劇です。敵(かたき)同士とは知らずに恋人となった与右衛門(よえもん)と累(かさね)が登場する作品です。 累は恋人の与右衛門を追って川べりまでやってきます。 二人が心中することを決心すると川に鎌の刺さった髑髏が流れてきます。 与右衛門が髑髏を取り上げると累の顔が醜く急変します。髑髏は与右衛門に殺された累の義父のもので、義父の祟りが累に乗り移ったためでした。 醜く変わった累は、殺そうとする与右衛門と争いますがついに殺されてしまいます。前半では、累が清元のしっとりとした曲調に合わせて恋心を訴える「クドキ」が見せ場です。後半になると曲調ががらりと変わり、醜く変わってしまった累が与右衛門に襲いかかる場面が見どころです。 これが演目のあらすじですが、舞夜じょんぬさまに教えていただいたことによると、日舞にもかさねを演じることがあるそうです。 じょんぬさまのお師匠さまがおっしゃるには、「ものすごくお金がかかる舞台」だとか。 さて、じょんぬさまは一度、「薫樹累物語」を歌舞伎座でご覧になったことがあるそうです。こちらはいわゆる「累」の中でも切ない話だということです。夏に上演されることが多いようで、いわゆる怪談ものとしてですが、正直、かなりスプラッタな物語という印象を受けられたそうです。 以下、じょんぬさまからいただいたメッセージを掲載させていただきます。 ──コメントのところでちょこっと気になったので玉三郎さんと「色彩間苅豆」で検索してみたところ、玉三郎さんの年表が出てました。たぶん豊くんや綾一郎くんたちが見たのは、歌舞伎座かな。修学旅行で観たのかしらん?でも六年の子どもたちにとって歌舞伎は好き嫌い分かれるし、下手したら騒ぐか寝ちゃうかのどっちかじゃないかなあとか、ついつい心配してしまいました。 じょんぬさま、ご明察です。 たしかに綾一郎くんは豊のとなりで絶対に健やかな寝息をたてていたと思います!(笑)。 昨日今日と二日にわたって教えを乞わせていただきました。本当にありがとうございました。この場をお借りして、御礼申し上げます。 明日はこの章のおわり●玉三郎、豊を見い出す●です。 県の教育委のおじさま、豊の態度に怒っとんさらんかいな。 タイムスリップして、事の顛末を見届けにきなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月08日
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子供たちだけに許された夏、失われていく人生の物語のなかで、唯一輝きを放つであろう数章が、またたくまに過ぎていった。 今はあらゆる徴(しるし)が、村人に豊かな秋の訪れを約束していた。 そんなある日の放課に、豊かはクヌギの枝に長く座っていた。 頭をはっきりさせるためであった。 人間界の大きな移動の時間が彼は好きではない。冬から夏へ、夏から冬へ。学校では新学期が始まり、その恐るべき騒音は彼の邪魔をした。 ‘大いなる謎’に耳と目を向けようとする、彼の注意がそらされるのだ。 また相生村の信仰は単純で、彼らをとりまく動物や気候といった自然の環境に立脚したものであるが、その実践のほうはなかなか複雑だった。 それは儀礼や禁忌に満ちた暮らしであり、すべてこなしていくだけでも充分に忙しい。それに加えて、最近続いている季節の神迎(かみむかい)の祈祷や新学期がはじまった分校での子供たちの喧騒は、彼の手にあまるものとなりそうだった。 ところが、そうやって静寂を保とうとする意志にお構いなく、豊にはある重要な契機が訪れようとしていた。 分校には豊を待ち受けている者があった。 それは橋本先生ともうひとり、県の教育委の偉い人だった。彼は先日、文部省が主催した小学生のための歌舞伎公演の観覧にあたって、その後にそれぞれの小学校から提出された感想文を歌舞伎座に届けたところ、出演者のひとりであった、坂東玉三郎の目に留まったものがあるという。 それが鳥取の醇風小の分校の子供が書いたということを突き止めて、教育委の人がわざわざ相生村まで出向いてきたのだった。この初老の男性は、実は文化庁のOBでもあった。 そうとは知るよしもない豊が始業の鐘とともに窓からひらりと入ってきたのを見て、彼は眉をひそめるどころか、この奔放な少年に頼もしささえ覚えた。教育界で多くの経験を重ねてきた彼は、将来の日本を支える頭脳として、かように自由な意識を持つ若者が必要であることを見極めていた。 彼は教室の後ろでこの少年をつかまえると、軽い手合わせのつもりで少しぶしつけにも聞こえる言葉で、試みに声をかけてみた。 ──やあ、天才くん。 そして、自分がわざわざここまで赴いてきた経緯を、いぶかしげに眉をひそめて聞いている豊という少年の心に届くよう、とつとつと語り始めた。 彼は心根のよい人ではあるのだが、いささかその言には‘立て板に油’に過ぎるところがあるようだった。老人は、自分が軽いはずみな言葉をかけたことへの罪滅ぼしに、玉三郎が彼のことを「天才」と称したことを、この少年が喜ぶかと思って、さらに軽はずみに虚言した。 なんだこのおっさん、やぶからぼうに。 とでも言いたげに、口を引き結んでいた豊であったが、このでっぷりとしたお腹のお偉いさんが話し終えるや、すぐに彼のクセでじっと相手の目をのぞき込みながら、可愛げのない態度で言い返した。 ──ぼくが天才だって、ほんにで玉三郎さんが言いんさったのですか? ──あ、ああ、そうだが・・・・・・。 ──ほかの誰のこともおっしゃらずに? ──ああ。君だけをそうほめていたが・・・・・・。 柳のような眉をつりあげた少年に思わぬところを突っ込まれて、日本人の典型のように薄毛であるこの老人は、泡を食ったようにひるんで頭の脇の髪をなでつけた。 彼は知らなかったのだ。 ただの小学生だとあなどっていた少年は、自分が真実でないと感じたことには、どこまでも切り込んでいくという性質を持っていることを。 だが、豊は玉三郎の言が本当であったのかを突き止めたかったのではない。この老人が、本当は分校まで訪れて小学生を喜ばせてやったという自分の態度に酔っているだけであることを、彼は思い知らせてやりたかったのだ。 ──それはぼくには本当のことだとは思えんですが。 ──なぜ、君はその場にいなかったのにそう言えるのかな。 だが、教育委の老人もタヌキだった。豊はそれには少しもたじろがずに続けた。 ──ぼくが天才だと言うのなら、傍らにはもうひとりの天才がいてしかるべきです。天才が天才であるためには、等しく才長けた者の存在が不可欠だと思います。玉三郎さんほどの方なら、それがわかっているはずだから。 老人からは、言葉もない。 ──もし玉三郎さんがほかのひとりについて何も触れなかったのであれば、それは玉三郎さんの言葉ではないですが。 こう言い放つと、もはや用は済んだとばかりに豊は髪をはね上げるふりをしてつと顔をそむけ、断りもなく自分の席に戻っていってしまった。 あとには恥じ入ったように所在なさげに黙り込む、口の滑った気のいい老人が教室の隅に残された。 とはいえ、この教育界の長の突然の分校訪問の話は、帰宅した子供たちによってそれぞれの集落にすぐに知れわたった。そして、口には出さなくても村人たちはみな、次に起こり得る事柄について、想像をたくましくして期待の胸をふくらませていた。 本日の日記--------------------------------------------------------- 昨日の日記の続きは、この章の最後に載せたいと思いますのでご了承下さい。物語の進行の都合上、くるくると変更があって申し訳ございません。 さて、豊を含む六年生たちが観た歌舞伎公演は、「色彩間苅豆」(いろもようちょっとかりまめ)という演目でした。 玉三郎さんのお目に留まった豊の感想文を明日掲載するにあたって、この演目についての予備知識をここにまとめさせていただきたいと思います。 なお、この内容につきましては、舞夜じょんぬさまから大きなご助言をいただきました。 舞夜さま、ありがとうございました! 【色彩間苅豆についての予備知識】 これは、歌舞伎の演目でいう「累もの」のひとつです。 「累もの」と言われるとおり、「累」を主人公にするお話にはいろいろなバージョンがあるようです。 まず、歌舞伎の一系統にこの「累物(かさねもの)」という演目がありますので、ご紹介します。これは当時、巷間に流布されていた「累伝説」を舞台化したものです。 江戸時代の承応から寛文年間(1652~1672年)の頃、下総の国、羽生村(はにゅうむら、現在の茨城県水海道市)に一人の醜い容貌の女性がいました。 名を"累"と言います。母親が醜い子を川の中に突き落とした祟りで、醜い姿に生まれついた累は、百姓"与右衛門(よえもん)"と結婚しましたが、容貌が醜いだけでなく嫉妬深い女性だったらしいのです。耐え兼ねた与右衛門は累を鬼怒川で殺してしまいます。 後妻を迎えた与右衛門に累の怨霊が祟り、後妻は次々と死んでしまいますが、6人目の後妻"菊"に累の怨霊が乗り移ってあらぬ事ばかり口走るので、祐天上人(ゆうてんしょうにん)を招いてその法力で累の怨霊を鎮めてもらい、累もようやく解脱(げだつ)したという話が「累伝説」です。 祐天上人は、東京・目黒にある祐天寺の開祖とされる人物です(←ご近所です)。また祐天寺には、「累塚」が建っています。下総の国、法蔵寺(ほうぞうじ)には累のお墓があるそうです。 この「累伝説」がもとになって様々な歌舞伎狂言が生まれました。 そして数ある「累物」の中で最も有名で、且つ、上演頻度の多いのが清元の舞踊劇「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」、通称「累」なのです。 歌舞伎で主人公の女性が醜くてはいけないので歌舞伎の「累」では、"累"は美しい女性として描かれ、二枚目の"与右衛門"(歌舞伎ではこちらが悪人です、色悪という役どころです)と仲睦まじい色模様を見せます。 ところが、与右衛門が累の父親"助(すけ)"を鎌で殺し、累の母親"菊"と密通したという悪因縁が累に祟ります。累は顔面がお化けのように醜く腫れ上がり、その上、片足がなえてしまうのです。運命のいたずらか、親を殺した大悪人と契ったばっかりに醜女になり、その挙げ句、与右衛門に殺されてしまう──そして今度は与右衛門に祟るというのが歌舞伎の「累」の粗筋です。 前半部分がしっとりとした二人の色模様ですが、累の容貌が一変したところからオドロオドロしい怪談になるという変化の多い、それだけに見所の多い舞踊劇です。 なお、三遊亭円朝(1839-1900)の作である落語「真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)」も同系統の作品です。 今書いていて心に決めました・・・・・累さん、この章のおわる三日間のうちには行けないと思うけれど、近いうち、ぜひ祐天寺にお参りに行きますね。 明日は●色彩間苅豆を観て●です。 当時の豊の文章で、唯一全文の残るものを掲載いたします。 ただし、公演が終わってすぐにその場で書かされた感想文なので、量的にはそれほど多いものではありません。 タイムスリップして、玉三郎さんが目を留めた、鳥取県出身六年生男子の感想文をお読みになってくだしゃんせ(←歌舞伎のせりふみたい)。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月07日
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戸外での人工的な遊びとして、その夏はぺったいが流行した。 ぺったい、つまり手作りのメンコである。 ぺったいにはマルとカクがあり、マルには色々な大きさがあった。マルの大盤は直径25センチくらいで、なかにはブリキを重ねて縫い合わせたものもあり、大盤は不敗といわれていた。大盤が出ると、中盤、小盤や小さなカクはみんなやられる。 今までは集落内の5,6人でやっていたのだが、この夏からはぺったいも統合されてその倍数くらいの人数で遊べるようになった。 相手の集落とぺったいで遊ぶときには、遊びといえども対戦のかたちをとることになる。味方の集落内でぺったいを集めるだけ集めて、巨大な資本で戦ったほうが燃えるからだ。このぺったいの流行を見るようになったのも、人数が拡大してより熱中できる状況が生まれたためであった。 だが、なんといってもぺったいの中心地は、己生(おのき)の砂丘だった。己生でぺったいをやるときは、砂丘をわたる風が台風のように動き、そのひと吹きであたちのぺったいがころころとまくれるのだ。それがどんでん返しにつながることもままある。 そういうわけで、己生の子供たちは、この風土を活用してよりスリリングな勝負を楽しんでいた。 ──あかえ(尚敦)が勝ったら、元手に応じてまきあげたぺったいを分けてやるわ。 その日の昼下がり、己生とのぺったい合戦を前にして、綾一郎は子分たちにそう宣言した。大将の景気のいい言葉に子供たちはそれぞれが泥だらけのぺったいを持ち寄り、それらを寄せ集めてみると、全部で500枚ほどになった。さて、副将の尚敦は堅実な実業家タイプで、こういった賭け事にはもってこいの性格の子だった。そして当然のごとく彼はぺったいがとても強かった。綾一郎には勝算があった。 雨があがり、今度は蝉時雨の降るなか、己生と相生の熱戦は開始された。 己生のぺったい師は最初から大盤を出した。この大盤はうちわほどもある大きさで、二枚重ねのあいだにブリキが入っており、さらにはおりからの雨水を吸って重くなり、まるで超重量戦艦のようなとてつもないシロモノになっている。尚敦はみるみるうちに負けていったが、しかし大盤どころか中盤すら出さず、あくまで一番小さい豆だけで攻めるのだ。やがて豆が尽きると、四角いカクで向かっていった。 あたりは夕方になり暗くなってきたが、勝負は殺気すらおび、やめる気配など毛頭ない。ほかの己生の連中も相生を囲んで見物しているから、逃げ出せばコロサレルのでもはやあとには引けない。 やがてカクも全部やられると、尚敦はマルの中盤を出した。もう尚敦の敗色は濃かったが、己生の超重量級大盤にも疲労のあとが見えてきた。こればかり使ってすり減ってきた上に、はじめは有利だと思われていた地面の水分が逆に災いして、いたみがひどくなってきたのだ。 しかし、己生の財力、つまりぺったいの所要量は底知れぬものがあるといわれていた。勝負はとことんまでやるのが普通だったから、本当にこのまま尚敦のほうが弱いということになると大変なことになる。 己生が財力を背景に攻撃してくると、手持ちの分をやられるだけでなく、次の日には相生まで乗り込んでこられて、すっからかんにされてしまうのだ。相生の財産はおびやかされた。 こういう激烈な勝負だから、ついケンカ腰になってもめたりするのだが、尚敦は実業家ふうにすべてを計算してついに勝負をかけ始めた。 夕暮れがせまると子供たちのなかに自然に焦りの色が見え始める。相生村では日没の時刻は逢魔ヶ刻と呼ばれていた。夜は夜で天の川がけむり、川面には金星も映る満天の星空であるのに、百鬼夜行の迷信が村人の関心を夜空へ向かせなかった。万葉の世界からそうであったように、人々は星を忌み嫌った。万葉集にはそれゆえ星の記述がまったくない。 夕闇がせまつにつれ、子供たちの恐怖が倍化してくるのを尚敦は気がついていた。彼の作戦は、勝負を夕暮れにまで長引かせ、心理戦に持ち込むことであった。 あたりがまっくらになる頃、己生の大盤が悪い場所に行った。尚敦は口を引き結んだまま、まずは技術の品定めが出来た、といった風におもむろに挑戦してきた。砂丘の不安定な位置に落ちた己生の大盤は、尚敦の中盤にとうとうひっくり返されてしまった。 どちらもみんな胸がどきんとした。 超重量級大盤は相生の手に落ちたのだ。 そして圧巻なのは次からである。 己生にとっては今までとってきた分を、大盤によって全部取り返されてしまうことになる。尚敦はこれまで大盤を一枚も出してこなかったから、己生は小さいものは取っているが、大盤はもはや一枚も手元にないのだ。すなわち、戦艦がなくなったようなものだ。 尚敦はそうとう巻き返しだした。あたりはすっかり夜であるが、周囲の無言の圧力で、己生のほうももうやめようとはうかうか言えない。ぺったいのルールでは、いったん大盤を取られると、全部なくなるまで勝負はやめないということになっていた。最も手っ取り早いと思われていた大盤での勝負は、実は最も危険な賭けであったのだ。 己生のぺったいはすっかり尚敦に取られ、結局そうとうな儲けになった。 黒々とたたなずむ砂丘には、あっけにとられている己生の子供たちと、そしてぽかんとしているのでは彼ら以上の、大将佐々木俊介がとり残された。 相生の子供たちのずだ袋というずだ袋はぺったいとぺったいについていた泥でいっぱいになった。 家に帰って引き出しに入れると、うれしいかな・・・・・・いっぱいになった。 この章のおわり 本日の日記--------------------------------------------------------- 綾一郎ってね、成長して大阪の大学に行って、経済学を修めたのです。 なんか、ここにその片鱗が見えるような気がします。株の論理ってやつ? さて、本日は番外編に向けての備考のような内容を、ちょっとだけ長く記させていただきます。 というのは、まことに勝手ながら番外編では本日の日記をつけることができないと思うのです。おそらくは一節ずつが本編よりも長くなるので、日記までの容量が(一回の更新で全角5000字がリミット)入らないのではないかと懸念されるのです(←今日もあぶない)。 ちょうど今日は本文の方がかの人の話ではないので、内容的にもくどくならないとも思いますので、どうかよろしくおつきあいのほど、お願い申し上げます。 【豊という言魂】──全国の‘豊’さんへ── 大きな神社へ行くと、参道の鳥居や神門をくぐった所の左右に、小さな祠があります。 両社は正面を向いていたり、向かい合っていたりと様々ですが、共通しているのは「対」の社であるということです。これら通常、「門神」「門守」と呼ばれ、悪神や鬼の侵入を防ぐ働きのある神社の門番とされる神将たちです。 この二神は、「忍日・来目」だとか「櫛石窓神・豊石窓神」と呼ばれています。 「忍日・来目」とは、高皇産霊神の末裔である、大伴連の遠祖、天忍日命と来目連の遠祖、天津久米命のことで、『日本書紀』の一書に記されている、瓊瓊杵尊(ニニギ)の天孫降臨の時、先導した武神です。 『古事記』の邇邇芸命(ニニギ)の天孫降臨の場面では、随伴した神々の中に、「…次に天の岩戸別の神、またの名を櫛岩窓(くしいはまど)の神といひ、またの名を豊岩窓(とよいはまど)の神といふ。この神は御門の神なり。」と「天岩戸別神・櫛石窓神・豊石窓神」が一柱の神として記述されています。 「櫛石窓神・豊石窓神」は、また、忌部氏伝来の御門祭の祝詞では「櫛磐間戸神・豊磐間戸神」と記され、延喜式神名帳宮中神の条の「御門巫祭神八座」の中にあって、外敵侵入を防塞する機能をもつ神将であるとされています。 さて、この、「櫛」と「豊」の一対の概念、なにか匂いませんか? 古代のあらゆる書物にこの一対の概念が記されているのだとしたら、ここに、いかなる真意が隠されているのでしょう。 推理の手始めとしては、「櫛」と「豊」という字は神名に良く使用される美称である事実です。 「豊」は、そのまま、「豊かな」「豊穣」「充ちた状態」を意味する美称。豊受大神・豊玉姫がその例です。 特に豊受大神は、豊宇賀能売(とようかのめ)とも呼ばれますが、豊穣の神(稲荷大神)である宇迦之御魂(うかのみたま)にさらに「豊」を冠したイメージであるとされています。 「櫛」は、「奇」とも書かれ、「豊」と同様の美称で、奇稲田姫は、美田・豊穣の姫の意味であり、。あるいは「奇跡」の意味合いも含まれることが予想されます。 この、「奇」という文字と、祭神の機能・神徳を考えると、「奇霊(くしたま)」という概念に通じるらしいのです。 神道の教義で、神や人間の霊魂は「一霊四魂」、つまり、一つの霊と四つの魂から成るとされています。 一霊は「直霊(ナオビ)」で、四魂は「荒魂・和魂・奇魂・幸魂」である。 荒魂アラタマ:神霊の機能としての、荒々しい側面。台風や洪水といった自然災害に代表される、怒れる神の作用。 和魂ニギタマ:荒魂に対するもの。神霊の機能として、人間に対する平和的側面。雨や日光の恵みなど。神の加護。 奇魂クシタマ:和魂の一つ。神の奇跡。神霊の機能として、特に医薬の分野で用いられる。人命に対する神の恵み。 幸魂サチタマ:奇魂と同じく、和魂の一つ。豊穣・豊漁など。神霊の機能として、特に人のなりわいに関わる分野で用いられる。 「櫛」=「奇魂」とする説は、実は多くの資料に見られます。 ここで注目されるのは、「幸魂」の機能が、「豊」に充てられる点です。 地域の名称という観点からも考えてみましょう。 「豊の国」という地名があります。今でも「豊後」「豊前」として通用する地域、大分県の美称です。 「豊」を、その「豊の国」と考えるとどうでしょう。 あいにく、「櫛の国」というものはありませんが、似た名の地名はすぐに見つかります。 「筑紫の国」──「筑紫」は、広義には九州全体を指すが、狭義では、今の福岡県にあたります。地図上では、このふたつの地域は隣同士ということになります。 つまり、「筑前・筑後」と「豊前・豊後」が、九州の中心から、本州への経路上、先駆け的な位置に配されているのです。 神話のように、九州の高千穂へ降臨した天孫の末裔達が、本州(奈良)へ東遷することがあるならば、その位置関係は重要です。 また、本州(出雲や大和)に敵対する王国が存在すると考えると、その位置は、守りの要であり、「門神」としての名を冠するに相応しい土地であろうとも思われます。 門神の「櫛」と「豊」は、地名から来ているのかもしれません。 あるいは、先に門神としての「櫛」と「豊」という言葉があり、それを地名としたとも考えられます─。 以下、やっぱり入らなかった! この後の怒涛の展開は明日に回します。 ちなみに、ご訪問者のなかでご本名が「豊」さんって、いらっしゃいますか? いや、これも名乗り出にくいですよね・・・・・。 明日は第九章「画竜点睛す」のはじまり、●玉三郎、豊を見い出す●です。 陽の目を見たってことかなぁ・・・・・。 タイムスリップして、分校の前に集まりなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月06日
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いつのまにか、相生は夏の盛りになっていた。 がき大将は夏休みが一番の活動期である。夏休みは遊ぶ時間が豊富だからだ。逆にいえば遊ぶ時間があるからこそ、がき大将が成り立つのである。 彼らは子供たちが成員の小国家において階級や法律のトップであり、いわば大統領みたいなものなのだ。それはすなわち、子供の世界のことは子供の世界で解決する、ということだ。だから相生の子供たちはみな、田中綾一郎というのは日本の総理大臣のつぎくらいに偉いように見ていた。 また、がき大将同士の関係は国家と国家との関係とよく似ていた。平和な昨今は国交をもち、一緒に遊んだりもする。 夏休み前の分校において、子供たちにまとまりができ始めていたことも相俟って、今や大将同士も他の集落のことを、互いに友邦と考えるようにまでなっていた。 そして、これらの交流が深まるにつれて、それぞれの遊び場を自由に開放するという新しい秩序も自然に出来上がった。 季節の遊び場のない亡国の民は人心も荒廃するらしく、夏には海や砂丘を求めて小競り合いを絶やさなかった神生(かにゅう)でさえ、そのなかでの平和を忠実に守った。 相生の子供たちにとって、‘総理大臣のつぎ’の同朋である己生(おのき)の砂漠の王者佐々木俊介などは、さながら騎馬民族の若頭であった。 皆生(かいけ)の海岸線をつかさどる池田和彦は七つの海をせましと航たる倭寇の勇者、神生(かにゅう)の森雅弘は草原を縦横無尽に駆ける匈奴の族長である。 そんな見上げるばかりの四天王が集い、その庇護のもとで各集落が今度はひとまとまりになって思う存分に遊ぶのだ。すべての子供たちにとって、それは胸躍る日々の到来であった。 ─── さてその日、四天王らはそれぞれの小国民を率いて、皆生の浜で海水浴を楽しんでいた。 そこへどういうわけか沖から畳が流れてきた。大将たちは争って遠泳し、全員泳ぎつくとその上に乗っかって、砂合戦やら小さなもりで魚をつついたり、貝やウニを割って食べたりしているラッコの群れのような子供たちを見回りはじめた。潮流のせいでまるで舟のようにすいすいと進む。磯からそれを見ていためっかちが、乗ってみたいと騒ぎ出した。 大将たちは我が意を得たりというようにお互い意味深ににやりとし、めっかちに近づいていってひょいと畳に乗せてやった。彼らがあまりにやすやすと願いを叶えてくれたことを、めっかちは少なからずいぶかしむべきであった。だが大将たちは心得たかのようにかまわず沖へこぎだし、畳をひっくり返す遊びをはじめた。 大将たちには面白いだろうが、弱冠8才で、その上、‘かなづち’のめっかちにはかなわない。沈むと死なすわけにはいかないから助けてくれるが、また海に投げ込まれる。これを何回もくり返すのだ。投げ込まれるほうはたまったものではない。塩水は飲む、目は痛む。 5,6回目のときだった。 ざっぶーんと畳をひっくり返し、海にはじき出されるや、めっかちはなすすべなく底まで沈んでいってしまった。苦しまぎれに必死で手足を動かすと、海の底に足が触れた。あわてて蹴りかえすと、あとは上にあがる一方だった。するとなんだか空に浮いたような気持ちになった。 ──あっ、泳いどるが! ──めっかちが泳いだっちゃ! 大将たちが畳の上で大笑いしている。 そのとき初めて、めっかちは泳げたのだった。 その次からはもう完全に一人で泳げるようになっていたのだから、がき大将の教育の力もたいしたものだ。後日談としては、のちにめっかちが相生のがき大将になったとき、自分の体験にならい、泳げない子をいきなり海に投げ込んだら、やはり30分くらいで泳げるようになったそうだ。 つまり、泳ぎなんていうものは、必死にもがけば海の神さまが浮くようにしてくれるものらしい。 本日の日記--------------------------------------------------------- 鳥取は昨日初雪が降ったというに、夏の盛りの話を書いてごめんよ。 【剣片喰揚羽蝶】 さて、昨日のコメント欄で連想させていただいたとおり、不二一族の神紋は「剣片喰揚羽蝶」です。「けんかたばみあげはちょう」と読みます。 この紋所を分析してみると、まず「蝶」は奈良時代から、好んで文様に用いられたことがわかっています。 正倉院御物の遊猟絵文様には、すでにこれが描かれ、平安・鎌倉時代には、盛んに衣服・調度に使われています。源平合戦のころ、平重盛や畠山重忠が、鎧などの文様に用いていたために、誤って平家の紋と信じられていますが、平氏の代表的家紋となったのは、『大要抄』によると平頼盛の一門(六波羅党)が、車の文様などに好んで用いたため、後世、平氏の末裔を称する者が、これにならって家紋にしたからといいます。 江戸時代には、大名・池田家の家紋として名高いものとなります。 大名・旗本で蝶紋を用いたのは約三百家にのぼり、うち平氏から出たものが三十余家を数えました。 蝶紋はその姿によって大別され、飛び蝶、揚羽蝶(一つ揚羽蝶、対い揚羽蝶、三連蝶)、輪蝶(一つ輪蝶、二つ輪蝶、三つ輪蝶)および蝶星などがあります。また、本家・分家の別は、足の数、翅の模様、輪郭、その姿勢などに変化を加えて区別されています。 桓武平氏の代表的な家紋で、その流れをくむ伊勢氏、関氏も、戦国時代にこれを家紋とするようになりました。また、織田氏も平氏の出で蝶紋を用い、岡山・鳥取の池田氏は、信長から贈られた幟に三連蝶紋があったところから、これを家紋に用いました。 さて、ここから鑑みるに、不二一族の神紋である「剣片喰揚羽蝶」(けんかたばみあげはちょう)の「蝶」の文様は鳥取という土地柄の一門、剣の部分は、神官の一党であるだけに、神器の剣を表わしていると考えられます。 あまりに日常的なお話しで申し訳ないのですが、実は私の父は不二屋敷で陶芸を習っていました(笑)。いや、不二屋敷が陶芸教室を開いていたわけではなく、趣味で陶芸をなさっている方がいて、立派な窯もあったので、かねてから興味のあった父は頼み込んで弟子入りさせていただいたのです。 そこで「砂丘焼き」と称して(これ、Yahooの検索にも引っかからんだろうな)、世界でたったふたりだけの陶芸に丹精を込めていました。 初めて出来上がった作品を、父は試みにその年の県展に出品してみました。ところが、それが入賞して、一時期、県博のその一角に飾られることになったのです。 そして、この時に入賞した壷の文様が、不二一族の「剣片喰揚羽蝶」の神紋を描いたものでした。父の初戦入賞に、家族の者は皆、父の実力ではなく、「不二の魔法だ」と言い合いました──とさ。 明日は●実直の人●です。 あの人の話でないことは確かだよね(笑)。 タイムスリップして、砂丘でめんこ遊びしにきなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月05日
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──ヤマトタケルの再臨かと思ったが。 次の日、身体のあちこちに絆創膏を貼った神生(かにゅう)の大将森雅弘が、無理やりに全人格を再評価させられた、といわんばかりの顔をして豊の肩を叩いて行き過ぎていった。 そして、そのまま教室の後ろの本棚に向かい、豊の物語の原稿を取り上げると、自分の席に戻っておもむろに読み始めた。 いつからか、豊と小夜の書きためた物語は分校の本棚に重ねられ、子供たちはそれをお互いにまわし読みするようになっていた。 豊は名作のパロディや小噺、小夜は相生の民話を集めた「あったること」や創作童話などを小出しにだしていた。 小夜はひそかに豊の作品を手にとって、それを丁寧に読み込んでは相変わらず口惜しがっていた。 不二豊 『うなぎ』 うなぎが蒲焼にされて焼かれていた。 うなぎがうなぎ屋の親父に文句を言うに、 「大将。わざわざうちわであおぐんだったらさ、下の火ィ消してくれない?」 不二豊 『小さい‘っ’』 小さい「っ」を主人公にした話。 「っ」は自分が五十音の中で一番小さくて、書き方も簡単で、発音さえもしてもらえないのが悲しくてならない。 ある日、彼は小さい「ょ」に学校の帰りに追いかけられる。息子が泣いているのに気づいた父親の「つ」が、文字はひとつひとつが重要なのではなく、みんな言葉の一部なのだよと教え、その証拠に「っ」は「にっぽん」や「べっぴん」の一部だし、「ょ」だって「べんじょ」や「しょんじり(臆病者)」のなかに入っているのだよ、と言ってなぐさめる。 不二豊 『鏡』 皆の要請により、「鏡」をテーマにして小夜と競作したもの。 ある男の子がカメラのレンズのなかに入っていき、フィルムのなかに閉じ込められてしまう。 ある日、フィルムは現像され、現像室に吊るされて乾かされる。男の子は助けを求めるが、彼の叫び声は誰にも聞こえない。やがてネガが焼き付けられ、彼は写真から外に抜け出る。しかし、その日以来、色のついた世界の中で彼だけが白黒になってしまう。 今なら小夜は豊に、これは社会の無理解に苦しみつつ生きる芸術家のアレゴリーなのかと質問してみたい気がする。しかし、あの豊ならばしばらく難しい顔をして考えたのち、 ──いや、これはアレルギーではないと思うっちゃ、と答えるに決まっている。 山口小夜 『鏡』 単なる不二豊への対抗作。 ある男の子が鏡を抜けて向こう側に行く。 鏡の世界は元の世界と変わらないが、あらゆることがさかさまになっている。したがって男の子は後ろ向きに歩き、おひさまがのぼるとふとんにいき、嬉しいときに泣いて悲しいときに笑い、本を後ろから読み、悪いことをすると罰としてキャラメルをもらうという、笑い話だが不吉な後味の残る作品。 ──ゆた、早ようくだらん話書けや! ──ねね、先の岩が消えてもうた話、書いてんか。 豊の作品の人気は絶大だった。 彼の新作が出るたびに、子供たちはすわりこんで原稿をかかえこみ、目を大きく見開き、眉に汗の玉を宿し、百面相をして読んでいた。ときには、小夜は彼らの頭のなかで響いている主人公の声や背景の音が聞き取れるような気さえした。 これほどまでに皆に自分の作品が支持され、さらにはもっと書いてくれとやかましく催促されるには、豊にとっては驚きでもあった。 豊と小夜のような書き物をする者のことを、子供たちは誰からともなく「綴(つづり)」と呼び始めた。相生村では神物語を語る「語(かたり)」の役割は昔から据えられていたが、それを文章にするなりわいはさだめられていなかった。 小夜の相生村日記というものは、今にして思えば当時の様子を克明に記録してる文章として貴重なものであった。 豊の一風変わった作品はいざ知らず、小夜はやはり他民族の子であったので、純粋な興味という動機にかられて、この素敵で奇妙な文化を持つ相生の物語の記述に力を入れた。 彼女は相生集落の特許であった相生文字をほかの集落の子供たちにも教え、自分は思うぞんぶんに相生の言葉で物語を作った。 子供たちは相生文字にもすっかり慣れ、日本語の記述よりも愛着を感じるまでになっているようであった。 小夜は面白くも不思議な事件のことを耳にすると時には実名でノンフィクションを書き、それはまた実名の現実感をもっておおいに読まれるという流れのようなものができてきた。すなわち、ジャンル別に分けると、豊は創作、小夜は記録物語の書き手として役割が分担されるようになった。 ‘綴のゆた’と‘綴のねね’の作り出す物語は、開校以来の長きにわたって集落単位の派閥に分かれていた子供たちを、ひとつに統合する力となっていった。 そう、これは力だった。 子供たちは集落単位だけで遊ぶには人数も少ないので、これまでは二人一組でする「ふたりオニ」や、立ち木を中心にして5メートルくらいを使う範囲のせまい「ヤドーフ」というオニごっこなどで遊んでいた。 しかしこれらの動きを契機に、次第に集落を連合した遊びに自然に発展していった。すなわち、ドロジュンに似た「けったん」や、陣取りゲームの「ろくむし」、本物の馬でかけっこする「ななうま」などである。 やがて集落同士の見えない壁が取り払われ、分校の放課や学校がひけた後の時間には、子供たち全員でこれらの新しい遊びを満喫するという、以前までは想像だにしなかった連帯意識が生まれ育ってきた。 子供たちが、ひとつの輪になってまわりはじめた。 本日の日記--------------------------------------------------------- 突然ですが、おとといのコメント欄から連想させていただいたお話です。 皆さまはそれぞれに家紋を戴いていらっしゃると思います。 家紋の起こりは平安時代の末頃から、公卿が自家の牛車に目印として図様をつけたことから始まったとするのが定説です。この家紋と同じように、神社にも紋所があり、これを神紋と呼ぶことをご存知でしょうか。 本日はこの「神紋」について考察してみたいと思います。 【神紋について】 日本には数多の神社があり、古来より朝野の信仰を集めています。 それぞれの神社には神紋があり、神に奉仕してきた神職家があります。その職を世襲した家を社家といい、国造あるいは古代豪族としてそれぞれの土地を支配し、その祖神をあるいは国家神を斎いてきました。 神社の起源は、主として祭神に関する伝承や神職または有力な氏子に基づいて生まれたとされています。ゆえに、神紋もそれに因んだものが多いことはいうまでもありません。 神紋としては「靹絵(ともえ)・輪鋒(りんぽう)・万字(まんじ)」の三つが代表的なものであり、中でも三巴の紋を神紋とする神社が圧倒的に多いのです。 巴はトモエというように、武士の弓手に着して弦から肘を守る防具=鞆(とも)からくるとされます。鞆の形が巴に似ているからです。さらに我が国の古代の宝器である勾玉が巴形であることから、神霊のシンボルとして神社などが巴紋を用いるようになりました。 三つ巴を神紋とする神社としては、 石清水八幡宮・ 大神神社・ 二荒山神社・ 鹿島神宮・ 香取神宮・ 宇佐神宮などがあります。 輪鋒(りんぽう)というのは、輪宝とも書き、転輪聖王(てんりんじょうおう)の感得する七宝の一つです。剣をあつめ、柄を内に鋒を外へ向けて丸く並べたもので、聖王はこれを武器として敵を調伏し、四隣はみなこの威力に従いました。のちに転じて仏具となり寺院に用いられる文様となりました。 これが邪気を払う武器として神社にも用いられるようになり、静岡県の神部神社の神紋が知られています。 万字は「卍」のことで、これも寺院のシンボルであり、栃木県那須の温泉神社などに用いられます。 伊勢神宮には古来神紋がありませんでした。それが明治になって皇室の紋章である十六菊を神紋としました。尾張の 熱田神宮の神紋は桐竹で、古来神衣に用いた図柄から来たとされます。 上下賀茂神社は、葵の葉を飾って葵祭を行った由緒から葵を神紋としました。三河の賀茂郡から発祥した松平氏は葵を家紋とし、後裔にあたる徳川家康は三つ葉葵を家紋としたのは、賀茂神社との因縁によるものです。そして、久能山・日光その他の東照宮は、いずれも三つ葉葵が神紋です。 尾張の織田氏は木瓜を家紋としていましたが、これは越前の織田剣神社の神職の後裔ともいい、同神社は木瓜紋です。また木瓜紋は祇園社に用いられ、京都の 八坂神社、尾張の 津島神社、筑前の櫛田神社などが用いています。 狐を神使とする稲荷神社は、 伏見稲荷をはじめとして稲を神紋としています。 藤原氏と縁故の深い神社は、いずれも藤丸を神紋としています。奈良の 春日神社・談山神社、京都の大原野神社・ 吉田神社、河内の 枚岡神社などがそれです。 菅原道真を祀る各地の天神社は、京都の北野神社をはじめ菅原氏の定紋である梅鉢を神紋としています。これは、道真が梅を愛したことに因んだものであることはいうまでもありません。 その他、有名な神社の神紋としては、信州の 諏訪神社の梶の葉、 出雲大社の亀甲、肥後の 阿蘇神社の鷹の羽などがあります。 『蒙古襲来絵巻』を見ると、阿蘇大宮司の旗に鷹の羽の神紋が描かれています。 変わったものとしては、紀州の 熊野神社の三本足の烏。これは、古代の中国で三本足の烏は太陽に住むという信仰からきたもので、烏は熊野神社の神使であることから神紋となったものです。 長くなってしまいました。 明日は不二一族の神紋「剣片喰揚羽蝶」(けんかたばみあげはちょう)について、このつづきをお話しさせていただきます。 皆さまの家紋はいかがでしょう。 家紋についても、すごく興味があります。 教えていただける方がいらっしゃいましたら、是非ともお知らせください! 明日は●大将たちの季節●です。 相生村の四天王たちが見参します。 タイムスリップして、みんなで遊ぼ! ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります! 今日は日曜日ですね。皆さま、よい休日を!
2005年12月04日
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綾一郎はいったん家に戻ってから戦闘準備を整えて、一路、神生(かにゅう)への道を急いでいた。 そこへ、向こうから駆けてくる豊にばったり出くわした。 豊は綾一郎の姿を認めると、まっすぐそちらに向かって走りこんできた。 見ればその眦(まなじり)は切れ上がり、眼(まなこ)は炯々として、固めた拳には筋が浮き上がっている。 ──すせりな、神生討ちはわしにやらせてくれんか。 普段は面倒がってひとの名を呼ばない豊に、出会い頭にいきなりそう呼びかけられ、綾一郎の心臓はなぜかどきんと一度大きく鳴った。 ──んだが、おまい・・・・、 ──戦う理由が出来たっちゃ。あいつら全員、今日が命日にしてくれるわ。 豊の気迫に、綾一郎は思わず言いたいことを口ごもった。 ──ゆた、場数は・・・・・・、 ──場数? そがなもの、カンだカン! 言うや、豊は身をひるがえして、もと来た道を駆け去った。 ──ゆた! 拳を作るときは親指を握りこめ! でないと折れてまうぞ! それから一発目は相手の鼻をねら・・・・、 速い──。 ひとり残された綾一郎は、所在なさそうに頭をかいた。 元斥候のすせりな(すばしこいの意)も舌を巻く電光石火の勢いで、豊は神生の方向に消えていた。 ─── さわの五男が、大将をはじめとする神生のおのこ全員をぶちのめしてくれたという報は、すぐに相生の不二屋敷にも伝わってきた。 豊の母さまは、宵の口に拝殿での神祀のつとめから戻ってきた父さまにすぐに事の次第を詳らかに話した。不二屋敷では、子供たちをほめるも罰するも、すべては父親の役目だった。 報告を受けた小角(おづぬ)さまは、さっそく廊下で目の脇に派手な擦り傷を作った五男をつかまえると詰問した。 ──なんしてそないなことをしたか、理由を言うだ。 豊はしばらくうつむいて黙っていたが、やおら顔を上げてくると、父を見据えてこう言った。 ──・・・・・・あまっちょだ。 父親はそれ以上何も言わなかった。 小角さまは傍らを向いて、にやりとしただけだった。 この章のおわり 本日の日記--------------------------------------------------------- 当たり前のお話ですが、中国や韓国にも十二支の概念はあります。 というか、日本の十二支というものが、すでに中国から来て根付いたものであるわけです。中国と韓国と日本は、本来は本当に仲のよい兄弟なのですね。 私が北京に留学していた時、王府井の留学生楼にて実に様々な国の学生たちと一緒に暮らしておりました。 アメリカやフランス、スペインなどの主要各国はもちろん、メキシコ、ギリシア、ルーマニア、ラトビア、ボスニア、インドネシア、南米全土、アフリカ全域・・・ニュースでしか知ることのできなかった小さな国の国籍を持つ人々──。お国柄の姓名の数々──。 もちろん、韓国人や日本人も珍重されます。 特に韓国や日本などを世界地図上で示してもらおうとすれば、欧州人ならばほとんどの人が当てることができません。「両国ともにオリンピックがあった」と私たちが言い張っても、ヨーロッパの人たちには信じてもらえませんでした。 けれども、彼ら十二支の概念を持たない国の友人たちに、生まれ歳に据えられた動物の話をすると、ものすごく喜んでくれるのです。 あるスペインの女の子など、自分が「ドラゴン」の年の生まれだと知って、専門分野を「龍」に変えてしまったくらいでした(笑)。 というわけで──十二支考も今回でおしまいです。 【十二支】─年賀状に役立たない知識(その5)─ 今回は来年の干支が入っていますね! 皆さま年賀状の用意はできましたか? 私は・・・・・まだです(焦)。 【酉】 酉の文字は「醸」(かもす)の意味であり、お酒を造るときに使う壷を象(かたど)っています。 酉の月(9月)には、万物が熟成しきって収穫のときを迎えます。そのどこか老成したイメージ、そして収穫という繊細な作業を、ひとつひとつ実をついばむトリの姿にたとえたのです。収穫されたものは、さまざまな食べ物などに姿を変えますが、その変身もまた、いきなり飛び去って姿を消してしまうトリに通じるのです。 【戌】 戌の文字は「滅」に通じ、万物が衰え、滅びる季節を表わします。 陰の「気」が勢いを増し、陽の気はわずかに残るのみとなっています。戌の月(10月)になると、動植物は次第に活動を停止し、冬眠を始めたり、種というかたちで地下にもぐったりします。生命は、これまでとは違う姿になって命を守り、次の季節、世代につないでいこうとするのです。大事に命の循環を守ろうとするイメージを、さまざまな場面で人間の生活を守るイヌという動物になぞらえたのです。 【亥】 亥の文字は「骸」(むくろ)に通じ、すべての動植物が死に絶え、枯れ木や骸になった姿を表わしています。 陰の気が極まり、陽の気は消えて、万物は土の中に閉ざされたような状態です。亥の月(11月)になれば、緑を繁らせていた木々も葉を落とし、景色は急に遠くまで見渡せるようになります。そんな視界の開けた平原をまっしぐらに走っていくイノシシが、この季節をたとえる十二支になりました。 十二支というものが、自然の移ろいといかに深く結びついて生まれてきたか、これはほんの一端です。私たちも自然の流れによって日々を暮らせたら、どんなにか身体が楽なのでしょうね。 明日は第八章「血湧き肉踊る夏」のはじまり●綴の役割●です。 豊の作品がまたお目見えします。今回も諸事情によりあらすじのみですが、充分楽しんでいただけると思います。 タイムスリップして、分校の本棚の前に何時間でも座り込んでいなんせ。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月03日
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その日の放課後、小夜は散歩がてらに神生(かにゅう)の方向にひとりでてくてく歩いていた。 森のBGMは春のうぐいすから、夏のカッコウに交代していた。 ──今年の夏もきっと暑いぞ・・・。 そんなことを楽しく思いながら歩いていると、小夜はいつしか自分のまわりを取り巻く空気に、殺気が混じっているのを感じてぴたりと歩みを止めた。 ──へへへ、相生はわしらの宣戦布告に、あまっちょなんぞで応じただ。 小夜は神生のおのこら全員に囲まれているのに気づいて、総毛立った。 ──何の話だか、うち知らんわ。 ただならぬ雰囲気に回れ右をしようとして、小夜は神生の大将が伸ばしてきた手に、いきなりスカートをめくられそうになった。 しかし、小夜はその刹那、今しもあげようとしていた悲鳴を呑みこんだ。 頭上に張り出していた木の枝から何かが降ってきて、次の瞬間、自分の目の前に大きく手を広げた何者かが、自分に背を向けて立ちはだかっていた。 ──ゆた! 同時に叫んだのは小夜と、そして神生のおのこたちだった。 ──戦うんはおまいか。 不意をつかれて神生のじゃりどもは及び腰にじりっと後ずさった。 ──わしは・・・を守る。 毅然として言ったはずの豊の言葉のうち、小夜はそこだけがよく聞きとれなかった。 ──行け。 豊に振り返って鋭くそう言われ、後ろでがたがた震えていた小夜は転がるようにして相生の方に走り去った。 ──卑怯やぞ。そがな木の上から! 小夜の姿が消えると、神生のひとりが叫んだ。 ──卑怯? そのせりふ、倍にしてくれてやるが。 豊はせせら笑い、敢然と言い放った。 身の内から湧き上がる激しい怒りに我を忘れ、何があったとしても自分は勝てる、という思いがこの微動だしない少年から神生のじゃりどもに次第に伝わってきた。 しばしのにらみ合いの後、やがて神生のおのこらは一歩さがり二歩さがり、わっと一団となってその場から逃げていった。 本日の日記--------------------------------------------------------- おおっ! 「ブログ」って流行語大賞を受賞したのねフォー! 一部「想定内」の言葉もあったけど、政治ネタが多いので、今年は比較的お笑い界がおとなしかったのかな。 今、「めざましテレビ」がテレビで流れています。 ええと。みのもんたさんの過労死寸前の顔を見たあとに、小倉さんのテンション高すぎのごあいさつを聞くと「さわやか」に感じてしまうのは私だけ? で、「芸能界におけるヅラ研究会」会員の私としては、姉歯さんの「頭髪も偽装疑惑」を感じつつ、あまりイミなく「血液型選手権」まで見てしまうわけです。 日本の朝はどうなってるんだ! そうそうそう。 十二支でしたよね! ご自分の干支はもう出ましたか? 私は・・・一番はじめに出番のあった干支です。神さまに一番近いのよ? 【十二支考】─年賀状に役立たない知識(その4)─ 【午】 午(うま)の月(6月)には、夏至があります。 昼が最も長くなる夏至は陽の気が一番強いとき。強い日差しの下で躍動する生命の象徴として、軽やかに疾走する動物、ウマが当てられました。しかし、夏至のあとは少しずつ昼の時間も短くなり、日差しの強さもわずかながら柔らかくなっていく季節。ウマは「忤」(さからう)という文字にも通じ、強い陽の気に逆らって、小さく陰の気が芽生えることを同時に伝えています。 【未】 未(ひつじ)の文字は、豊かな葉の茂った木の枝の姿を表わした象形文字です。 未の月(7月)は暑い日が多く、一見、夏真っ盛りのようなときですが、すでに陽の気の中に陰の気が大きく成長し始めています。繁った枝葉の影で、植物はもう小さい芽を結び始めている季節です。そんなイメージを、ふんわりと毛で覆われた中に固い身体のあるヒツジの姿になぞらえたのです。 【申】 申(さる)の文字は、「伸」(のびる)に通じます。 夏至はとうに過ぎ、夏がまだまだ続くように感じさせる申の月(8月)は、内部には陰の気が充満していますが、表面的には明るさを保っています。けれども陰の気は見えないところで確実に伸びてきているようなこの季節の状態を、「伸」という文字は示しています。地上の人間には手が届かない樹の上で、すでに熟した実を器用に手を伸ばして取っているサルの姿に、その季節になぞらえたのだともいわれています。 【酉】【戌】【亥】はまた明日に。 明日は●相生の守護神●です。 このままじゃ済まされんわして。 タイムスリップして、あの人をとめにきて! ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります!
2005年12月02日
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さて、このところの相生の躍進を快く思わない者もあることを、綾一郎は勘づいていた。 そしてそれを裏づけるように、神生(かにゅう)では試合と称して相生との力比べが発案されていた。その日のうちに使いが遣わされ、試合のことは分校の教室の中で相生の大将である綾一郎に伝えられた。 ──今日の学校がひけてから、一番強いやっちゃがひとりで神生にこい。 これにはさすがの綾一郎も、その意志的な眉根を寄せた。 よもやひとりを十数人で待ち受けるという魂胆ではないだろうが、一対一(サシ)と限定されると、戦略が効かない分、よほど要員が決めづらいというものだ。 だいたい、相手方がどれほどの強さを誇るのか、それさえもわからない。まったくのぶっつけ本番の戦いになってしまうことは必至だ。 そして、そんな危ない橋をそうそう部下に渡らせることはできない。 何かいい案はないものかと、綾一郎は教室の一番後ろの席に座っている豊に相談をもちかけた。 ──そないな沙汰に、大将御自らがわざわざ出向いたるは感心せん。 綾一郎に意見を求められると、この血気盛んな幼馴染みの性質を知り尽くしている豊は、そう言って包括的に釘をさしておいた。 ──そがなこと言うて、誰かは行かな。おまい、行けるだか。 豊の一言に八方をふさがれたような思いがした綾一郎は、負けずにかまをかけてきた。 ──なんしてわしの行くことがあろうかよ。 ところが豊に心底からといった風に驚かれて、綾一郎はあっけにとられてしまった。 ──なんしてって、おまいも相生のじゃりだがな! ──連中に恨みなぞないわ。 ──ふん、戦いを申し込んで来たのは向こうだが。大義名分があるっちゃ。 ──なら、そのうちおまいも戦うために目的を探すようになるが。それが戦争というものっちゃが。 ちっと舌打ちして、綾一郎は踵を返した。 実際のところ、綾一郎は本気で豊と手合わせをしたことはなかったので、その力量を測ることはできなかった。しかし、ここは絶対の勝ち駒に行ってもらわなければならない。そう考えると、どのみち豊にも行かせはしないだろう。 実用新案に窮して、綾一郎はこれを内密に済ませようと、当初の結論に立ち戻った。 やはり、自分が行こう。 本日の日記--------------------------------------------------------- 君はB型だろう! と断言したくなる人っていますよね(笑)。 ちなみに私はB型ではないのですが、B型の人にはご縁があります。 (血液型を論じるのって医学的にはナンセンスだとか言うけど、現実的に考えればそれはそうなんだけど、私個人としては血液型による性格分析は意外に信用おけるものだとも思っています)。 私の経験によると、B型は概してマイペースなんだけど、B型含有率が多ければ多いほど、その集団はものすごくまとまるんです。なんでだろう。 鳥取でも、その後の横浜でも、私はすごく統率のとれた集団に属していましたが、どちらもB型の多かったこと! それはもう、日本人の集団とは思えないくらいの率でした。 ちなみに、国によって多い血液型は違います。日本人は言わずと知れたA型ですが、アメリカはO型、中国はB型が一番多いとされています。 以下、小夜子の独断と偏見による血液型性格分類(読み飛ばし可)。 O型は一般的にはおおらかで明るいと言われているが、実は自分の意見を押せない付和雷同型の性格をしている。グループに少数O型がいるぶんにはその当たり障りのない方を選択したり、争いを避けようとする性質を重宝されるが、数が多くなってくると、意外に盛り上がりに欠ける集団になってしまう。 A型は‘典型的日本人’と言われているが、私から見ればA型ほど自己主張の強い人間はいない。とにかく、きちんと自分の意見を言える。自分の主張を語るという見地から言えば、O型などに比べれば、絶対にA型の方が饒舌である。(O型は決しておとなしいわけではないが、話す内容をよーく聞いてみれば、あまり自分の意見を押そうとはしていない)。ゆえに、ディベートなどの場面では、A型が多数だと相当に勝算が得られる。 AB型は個人型というか・・・集団でどうこうというより、惚れられる人にはものすごく惚れられる一面を持っている人。私のまわりには、AB型しか愛せないと豪語する友人もいる。つまりAB型の人というのは、恋人にしか見せない一面というのを必ず持っていて、それがなんともいえず魅力的なのだろう。AB型の人と恋人だったり、結婚していたりする人に話を聞くと、全員がこのAB型の相手を惚れ抜いているのです。私は祖父がこの型だったのですが、祖母は本当に生涯、夫に惚れていましたね。 皆さまの血液型も存じ上げたいです! 小夜子による独断と偏見の血液型性格判断、意見が違っていたらごめんなさい☆(←ほら、この型だからこの性格だもん:笑)。 長くなったので、【十二支考】はまた明日に。 明日は●小夜の危機●です。 本当に危機ですたい(←方言ちがい)。 森の中で小夜が神生の一連隊に・・・・・。 タイムスリップして、誰か助けに来てください(涙)。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります! あの。ちなみに今日、普通にログインできなかった方っていらっしゃいますか? 私、ブログランキングから入って、トップページにはすぐに入れたのですが、右上の【ログインする】の部分が【新規ログインする】になっていて、そこをクリックすると新規登録の画面が出てきてしまうのです。 も~真っ青! IDもパスワードも知らないし(←設定を友人にしてもらった)。 で、なぜかごちゃごちゃクリックしているうちにログインできたのです。 管理画面も別段おかしくなっている様子もないのですが、初めてのことだったのでなにか腑に落ちないような・・・・・。 朝から驚かせないで欲しいよね。 楽天会員の皆さまは、ご自分のサイトのログインには支障はなかったですか?
2005年12月01日
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