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タイトルは、映画『ビルマの竪琴』のラストの字幕のパクりです。まったく、ウチのチームの試合と練習の日ときたひにゃ、1回たりとも雨天中止になったことがない。前夜が雪にみまわれた翌日でさえ、晴れてしまうのであります。それどころか、真夏の暑い日ざしがギンギンギラギラ照りつける、「ちょっとやりすぎよ」みたいな感じの好天に恵まれてしまったのでございます。ひさびさに握るボール君は、果たしてグラブに収まってくれませんでした。グラブ君も、我が手のひらとぜんぜん馴染んでくれませんでした。あまりにほったらかしにしていたので、すねてしまったのかもしれません。ついでに我が脚は、走りこみをしてないためぜんぜん打球に反応してくれず。気分転換に素振りをやったので、バット君だけが少しだけいうことを聞いてくれました。ひさびさにちゃんと運動したので、カラダが目を覚ました感じですね。これから待ちに待った秋が訪れるので、今日の苦いというか、痛いというか、そういうひとつひとつのプレーを、とりあえず噛み締めて、今の欠点の改善をしたいと思います。とりあえず、野球に関してはそんなとこ。ううーぐやじー・・・、って感じだね。今日は。
August 31, 2003
卒業試験の日まで1ヶ月を切った。実技試験(なにをやるのかはいまだ不明)までは2週間余り。コンスタントに準備にいそしむべきなんだけど、今日はちょっとテンション下がるようなことがあり、あとは、世界陸上の織田裕二にだまされたせいで眠いー。明日は同期生同士の最後の勉強会なので、少しマジで電車の中で自律訓練法の練習をした(ってそれが一番頭に入るのである)。つーか、何回やっても頭に入らないのが情けない(泣)。「さあ、今度は、右腕に注意を向けていきますよ。腕の形や大きさではなく、今感じている感覚に注意を向けていきますよ。いろーんな感覚があります。どんな感覚でもいいのですよ。しびれるような感じ、血管が脈打つような感じ、指先がチリチリするような感じ、手のひらがふくらむような感じ、温かい感じ、だるーい感じ、重ーい感じ。どんな感覚でもいいのですよ。今感じている感覚を、あるがまま、なるがままに感じていきましょう。その感覚を、腕全体、指先から肩にかけてボヤーッと広げていきますよ。さあ、それでは、こんなところを想像してみますよ。右の肩に、大きな肉の塊がぶらさがっているところを想像していきますよ。すると、だんだんと右腕が、気持ちよく、重ーくなっていきますよ。私が『重ーいー』と唱えると、右腕がどんどん、気持ちよく重ーくなっていきますよ。『重ーいー 重ーいー 重ーいー 重ーいー 重ーいー、・・・いー ・・・いー ・・・いー』ほーら、気持ちよく、重ーくなってきた。気持ちがとても落ち着いているのを、感じていきますよ」以上、第一公式(四肢重感練習)見ないで書いたので、言葉はさすがに覚えたみたい(?)だけど、口からスラスラと出てこない。ちゃんとしゃべれるかどうか物凄く心配でしゅ。
August 29, 2003
8月末になって、バタバタと慌ててしまう気持ち。いやー仕事のほうが、まさしく今一番バタバタの時期なのでございますね。それで、9月に入ってクライアントに成果物を出して、あーだこーだとイチャモンをいただいて、手直しして提出する。でもって、今年は卒業試験もあるので、ダブルバタバタである。子どもの頃、夏休みの宿題が残っちゃって慌ててるのとよく似てる。やっぱりあの時代というのも、また野球を熱心にやってたっけ。ノスタルジーに浸っているバヤイでは全くないのだけど、いつの日も、いくつになっても、行動パターンは同じだなあ。なんか、「サザエさんシンドローム」じゃないけど、この季節になると精神状態が不安定になる習慣がついたりしてね(笑)。
August 28, 2003
円谷幸吉選手。1964年東京オリンピック1万m6着、そしてマラソン銅メダル。当時、日本代表は彼のほかに世界記録を出したこともある寺沢徹、スピードと粘りに定評のある君原健二に比較的注目が集まっており、円谷は3番手ぐらいの評価だったという。果たして、東京オリンピックのマラソンは、大方の予想を覆して円谷が日本人トップでゴールに飛び込んだ。優勝したのはあの、エチオピアの伝説の英雄、前回のローマオリンピックで裸足で金メダルを獲ったアベベ。ゴールの東京・国立霞ヶ丘競技場のトラックに帰ってくるまで、円谷はこのアベベに次ぐ2位。最後、イギリスのヒートリーに交わされるまで、銀メダルのチャンスさえあった。この「大穴男」は、オリンピックのあと、日本中の期待を一身に担った。いや、もしかしたらそれほどでもなかったのかもしれない。だけど、本人が受けるプレッシャーはただごとではなかったはずである。彼が頚動脈を自ら切ってこの世を去ったのは、4年後の1968年1月。メキシコオリンピック目前の時期である。今でいうところの、アテネ五輪予選会として、福岡、東京、別府、びわ湖あたりでレースをやってたり、調整をしたりしている時期である。その真っ只中に、彼は自刃した。プレッシャーに潰されてしまったのだ。果てしなく、体力の限界まで走って、ただただ走って走って走って、勝って終わるのならまだいい。メダル取れるのならまだいい。そうでなかった場合、それまでのプロセスでどんなに苦しんでこようと、そのあとの身体の疲労がどんなに大きかろうと、この「プレッシャーの原因」である国民は、「なーんだ、円谷ダメだったんだ」「ニッポンダメだな」で片付けてしまう。それで日本陸連や、マスコミ各社は容赦ない酷評を本人にぶつけることになるだろう。敗北の惨めさの代償として、そのスポーツを行うプロセスの中での「楽しみ」があればよい。だけど、オリンピックのマラソンに、それがあろう筈もない。もし、当時の環境の中で、楽しんでオリンピックのマラソンを走破できるランナーがいたなら、彼は「楽しむことの超天才」といえるだろう。そこまで見えていないとしても、円谷の脳裏には、マラソンの残酷なまでの体力消耗、レース後1週間経たないと正常に機能しない内臓の疲労、限界に等しく痛むひざや足首、などなど、たくさんの苦しみが刻まれていたはずだ。死と秤にかけたくなるほどの生き地獄。これが、1960年代当時の日本のスポーツ界にはあった。あれから40年近い歳月が流れた。世界陸上っていう大会が、アスリートに「楽しい走り」をもたらすことができているだろうか。超一流の世界に、そんなものを求めることは不可能なのだろうか。僕にはわからない。だけどそんな楽しい思いでトラックを、フィールドを、ロードを駆け抜けることが可能ならば、本当に素晴らしい大会として讃えたい。
August 27, 2003
やはり危惧していたとおり、世界陸上の記録は軒並み伸び悩んでいるみたいだ。この暑さを考えると、仕方ないって、いいかげん気がついて欲しいものである。ハンマー投げで優勝した人は凄かったよな。あと1万m男子のエチオピアの選手。あとは記録的にはパッとしない。でも仕方ないじゃん。新陳代謝が下がってるんだって(笑)。このあとマラソンの人は大変そうだなあ。日本が負けただの勝っただのと一喜一憂する以前に、頑張って完走できた人たちをリスペクトして欲しい。これはさあ、ガマン大会以外のなんでもないんだからさ。で、ただ黙々と走るわけで、「ファンラン」みたいな大会とも違う。ホノルルマラソンのお祭り気分とは違う。国の威光を競う、みたいな空気が漂う「世界陸上」。野球とかサッカーともちと違うのよ。ゲーム性がないわけだから。これからのウォッチャーの皆さん、どうぞよろしくお願いします。勇気を持って出場してきたことをリスペクトしてあげてください。それだけでこの「世界陸上」は100倍楽しめると思います(ってホントかよ)。
August 26, 2003
最近、眠くなるまでベンキョーしよう、といった、いささか中途半端なスタンスの、なんちゃって受験生風ベンキョーをやってるのですが、もとよりホントの受験生だった頃から、「あんまり静かすぎると集中できない」というしょーもない受験生だったため、適度な雑音が必要で、当時は深夜放送のラジオなんぞを聴いていた。どうやら同じ感じの皆さんが多いらしいのでホッとしたけれど、いまだにその性癖が直らないというのも問題である。そんな、困った人間にとってとても助かるのが、海外のスポーツ中継で、向こうはまさに日中であるから、リアルタイムの中継番組が組まれてるヤツなどは、まさに「深夜ベンキョーの友」である。で、今ちょうど「世界陸上」をやってて、あまり興味のない種目が大部分であるから、さほどベンキョーの手を休めて没頭することもなく取り組むのにちょうどいい。今日はちょっとキツイかも。室伏浩二のハンマー投げ決勝だからなー。話はコロコロといろんな方向に展開するのだけれど、最近民放で独占中継する「スポーツの世界選手権」の特集番組。司会がいつも人気タレントだというのが気に食わないですね。世界水泳の優香ちゃんとか古舘伊知郎とか、オリンピックの長島一茂とか。まあそれなりに番組としては流れがよくなったり視聴率が上がったりするからいいのだろうけど、ときに番組をぶち壊すこともあるんだよなあ。そんな「好きじゃない傾向」のひとつ、この「世界陸上」の司会者・織田裕二。なんかそれなりによく勉強していて、物怖じしないし、素人司会者としてはまあまあなのだけど、ややしゃべり過ぎである。「もうちょい黙っててくれー、あーそこは黙ってて、静かに見たいんだから、うわー」みたいな。一流選手を「マリオン」とか「モーリス」とか友達みたくヘラヘラ呼ぶのもヤだし、番組テーマ曲を自分で唄っててそれがめっぽうヘタクソなのもヤだ。。。云々。こんなことをいつまでも云ってると、「おまえは男ナンシー関か」とツッコまれそうなのだが、気に食わないものは気に食わないのだから仕方ない。だが、しかし、である。夕べ、一言だけ、彼がいいことを云った。山城新伍だったら「ユウジ今エーことゆうた」と褒めるに違いない。なんて云ったかというと。。。男子1万m決勝で、日本選手が18位かなんかで惨敗したあと、インタビューで、「日本の皆さん、すみませんでした」と謝った。これを見た織田くんが、「たのむから謝るなよ!! あんた日本一速いから代表になって出てきたんだからさあ、堂々としてていーんだよ!!」といったのだ。そのとおりだと思ったネ。謝る必要なんてこれっぽっちもないのだ。日本人の美徳というか、歴史というか、なんか「失敗したら責任とって腹を切る」みたいなトコがある。柔道みたいなお家芸の競技だと、特にその傾向が強い。けど、今は武家社会じゃないし、これは殿様のための武道の腕比べじゃなくて、スポーツ競技会なのだ。そのあとで謝って欲しくないのだ。悔しがるのはわかる。けど選手たちはちっとも悪くないのだ。誇りを持って闘ったあとなのだ。自分のことをもっとリスペクトして欲しい。謝るということは、相手のことも受け入れていない、ということなのだよ!!と、織田裕二くんはなかなかよくわかっているな、と思った。このあとの選手達にもぜひ「謝らないで欲しい」ものである。おしまい。
August 25, 2003
えーと、「24時間テレビ」はたぶんまた年々低視聴率を更新して、募金額は増減はどうなのかわからないけど、番組制作側が「ああ、いろいろウラ番組が盛り上がっているから」とかなんとか、見当違いの理由を模索しつつ、方針は変えないのだろうな、と勝手に想像してます。なぜ変えないか、というと、変えなくても大丈夫だからだろうなあ、などとこれまた想像いたします。変えなくても局が潰れることはありませんし、社会的に「善行」と誰もが疑わない内容の番組構成だから、いいんだろうな。苦労して工夫しなくても食べていけるのって、楽でいいですね。うらやましいです。てな嫌味ったらしいことをいつまで書いてても、「コイツはちょっと自分が調子悪いからひねくれてるだけなんだよな、ほっとこうっと」と、引かれてしまうのもシャクなので、この嫌味ったらしい書き方をする背景をちょっとだけ書きます。いろんな、ハンディキャップを背負う人とか、タレントさんがこの番組の中で物凄く無茶なほどに頑張っている姿を見て、皆が感動して募金しようっていう気持ちになればいいなあ、というロジックだと思うんですけど、そんなのやろうと思ったらもっといっぱい、毎月1回とかやったほうがいいのではないの?現に日本以外の国ではもっと頻繁にチャリティ番組はやってるんでしょ? 韓国とかでは毎週こういうのやってるって聞いたけど、アメリカなんかもたぶんなんかそういう番組あるんじゃないかなんて思います。こういうチャリティ番組を「年1」しかやらないくせに、なんかヘンな4択クイズを連続して当てた人に何千万もあげちゃう番組とか、ジャンケンに何回か勝っただけで1千万あげちゃう番組は毎週やってたりとかさ。どっちも司会はM.M.さん。で、これらの番組の恩恵うけて賞金獲得するのが芸能人だったりすることが多いし。でさ。この「24時間テレビ」で集めた金で買った救援物資を、救援先の国に送っても、現地の悪徳商人が買い押さえて貧乏人に高値で売りさばくから実は戦後のヤミ市みたいなもんだったりとかして、なんか思惑どおりに行ってなかったりとかさ。だいたい、毎年ODAとかで巨額の予算がつぎ込まれてるわけだけど、そのつかい道の中の「ムダ金」をほんのちょびっとだけでも抑制すれば、24時間テレビ以上のお金を国際協力のNGO活動支援費に充てられるんじゃないのかとか。ムリヤリ発展途上国で建設工事はじめて、そこにゼネコンが入り込んでODA経費をいただいてしまってるとかさ。何年か前に、私の会社で、インターネットを使ってNGOを支援するための募金をするサイトを立ち上げよう、とかいう企画を考えたことがあるんだけど、今さらウチでやらんでもいいだろ、って流れになってきて、社長は自分の目論見が外れたから半狂乱になって、某消費者金融と組もう、とかいうアホなことをはじめようとするものだから、私はそれを断念してもらうための説得に3日を要しました。結局立ち上げる以上は会社にもなんらかの見返り欲しいワケでさ、つまり「こういうこと」でカネ儲けしようという発想が狂ってるわけさ。なんかそういう「ウソの構図」がだんだん見えてきてる上に、日本企業ではボーナスカットの会社が増えたりして、所得そのものが厳しくて、他人のために何か支援してあげようなんて気持ちが薄れているのも事実でさ、そういうトコを見ないで、「最近の若者は冷たい」「今の日本人は心がすさんでいる」だのなんだのいわれても、「そうだよ、当たり前だろがよ、なにが悪いのかよ」といいたくもなるワケさ。シラケたくもなるワケさ。すでにおさめ続けている税金でさ、ODA予算でっかく取ってるんだしさ、それでいいじゃん。その上なにかを施そうって思える「気持ちの余裕」は、あるといいし今の世の中そういう人が大勢いると素晴らしいよね。そういう人たちは本当に素晴らしいし、リスペクトしたいと思うよ。これはマジで素直に。だけど、そういう気持ちの余裕を持たない人が日本に増えていることを責める権利は、誰にもないんだよねえ。。。
August 24, 2003
今日は午後から用があったのだけれど、ダルくて外へ出られず(あーあこんなんばっか)、家で高校野球の決勝を見てた。実はそれ見たい気持ちが強いがために予定中止しちゃった、つーのもあるんだけど(笑)。結果は4-2で常総学院が初優勝。東北高校、またしてもあと一歩で深紅の大優勝旗を東北地方に持って帰ることはできず。けど大健闘であるヨ。これだけ混戦で各地に強豪がひしめく大会を勝ち残ったのだから。それはそうと、あと打者一人のところで、優勝した常総学院のキャプテンの子が泣いていたネ。この光景は、昭和62年の日本シリーズで、西武ライオンズが巨人に勝って日本一になったときの清原の泪にかぶって見えた。あのときは、清原は巨人入りたくてしかたなくて、だのに西武に指名されて、泣く泣く西武入ったけどそこで中心打者になって、敵になっちゃった「あこがれ」の巨人を、破る瞬間だったのだよね。積年の思いを晴らせる直前の気持ちだったのだよね。その気持ちが一寸早まっちゃったのね。高校野球については、あんまり今語りたくない気分ではあるのだけれど、この「泪」については語りたいこといっぱいあるのね。同じ気持ちを味わったことがあるから。いや、全く同じではないかもしれない。だけど限りなく似た気持ちだと思う。何年前だったか、初マラソン挑戦して完走目前のとき。40キロ地点を通過したとき、ドバッと泪があふれてきた。なんでだかね。とりわけ辛い練習を重ねたわけでもないのだが、順に、段階を追って、一歩一歩積み重ねて、ようやく「走れるぞ」って思えるまでの体力を確認するまで、ずいぶん時間がかかった。走り始めたきっかけというのが、胃潰瘍だったから、その頃には信じられないことではあった。ある人の本を読んで、何気なく仕事終わってから夜走る習慣ついて、だんだん距離伸ばして・・・。って、話していると、物凄くいっぱい話したいことあるので枚挙に暇がないのでこれぐらいにしときます。よく「人智を超えた瞬間」ってびっくりして泪ぐらい出るでしょ。甲子園で優勝、なんでのも、常総のキャプテンの子にとっては「人智を超えた行為」だったのかもな、なんてちょっと思ったりした。だがこいつ、試合が終わってインタビューのときも表彰のときもずっと泣いてたので、ちょっと泣きすぎである。「思い出し泣き」つーのもあるかもしらん。よくあることではあるからな。まあー、オチどーつけていーのかわからんから、とにかく、常総学院おめでとう、で、木内さん(というより彼を支えた奥さんと子どもさん達)お疲れさま、つーことで。このじーさん、今では「名将」よばわりされとるけど、常総に来るまでは、野球以外なーんもしない、たまーに日雇いの仕事やるだけで、あとはゴロゴロして、奥さんがいなかったら飢え死にするか生活保護受けててもおかしくないみたいな人だったらしい。まあ、トータルでいい人生だったみたいでよかったネ。意地悪くいえば、高校野球を現場サイドで食い物にしてきた人だね。それがいいか悪いかは人それぞれ評価分かれてもいいと思うよ。
August 23, 2003
今週のスクーリングで、思わぬ人に再会しました。僕が今の学校に通い始めた頃というのが、仕事の環境がめちゃくちゃで、会社の同僚が「やってられません」といって仕事をボイコットし、担当の仕事を事実上一手に被った状態。けれど、自分は「数年後のオレを見てろよ」って感じで、ツメを研ぐような意識で勉強をはじめたのですが。ただ、流れ的に会社にネガティヴなイメージを同様に抱いていたことは事実でした。だけど、仕事が終わってからの学校というのもなかなか残業で折り合いがつかず、徹夜に近い日々の連続で、その合間をかいくぐってようやく初回のフリカエのオリエンテーションに出る時間を作ることができたのでした。そこで、自分の身体に突然異変が。学校にたどりついた直後、突然右手と右足が動かなくなってしまった。傘を持っていたのでそれを杖代わりに椅子に座ろうとしたのだけれど、バランスが取れない。ペンを握ろうとしても力が入らない。思わず椅子から転げ落ちました。そのとき隣にいた背の高い若い男性が、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれまして、事務員の方、他の生徒さんと協力して助け起こしてくれたのです。で、後ろのほうの席にいた女性(同じく生徒さん)が「大丈夫ですか?血圧はふだんは正常ですか?」とか、脈をとったりしてくれたりして。「ああ、先生も生徒さんもやさしい人ばかりの学校なんだな」というのが、そのとき学校に対して抱いた第一印象でした。病気は、西城秀樹さんとかミスチルの桜井さんと同じもの。「なんでこんな若さで・・・」と、医師も自分も愕然としましたが、ストレスの威力たるや恐るべし。結局翌日から入院することになって、仕事も勉強もしばしほうりだして1ヶ月間は病床で過ごすことになってしまったのでした。けれど、そんなことがあって親切にしてもらったことが、その後勉強を続けるモチベーションにつながったことは、いうまでもありません。その後、勉強を続けながら、自分もカウンセリングを受けたりしているうちに、会社に対する見方、考え方も変わってきました。大事なのは、自分がどう今の環境に対峙できるか、ということなんだ、ということを意識するようになって、今の環境を否定する意識を緩めてみたら、まだ完全にポジティヴに転換こそできていないものの、随分楽になった。その、はじめに声をかけてくれた人は、オリエンテーション当日は、私と同じくフリカエ受講の人で、普段は曜日と時間帯が全く別だったのですけど、たまたま今私が受講しているクラスに再びフリカエでやってきたのでした。そのとき、入学当時の記憶がフラッシュバックのようによみがえりました。「あ、僕のこと覚えてます?」「?」「ほら、はじめのオリエンテーションのときに隣で倒れて助けてもらった・・・」そこでようやく彼も思い出したらしく、「ああ、その後は大丈夫なんですか?」なんて話になったんだけど。そのあと、クラスでのワークも同じグループで体験し、そのあと軽く食事をしながら話もできました。割合、親切というのは、施す側にとっては些細な記憶にすぎないのかもしれません。だけど、受け手にとっては、決して忘れることのないものだなと実感しています。最近、仕事と勉強に追い込まれて心の余裕を失いかけている。そこで彼が現れたのは、何か、天からのサインなのでしょうか?「あまり自分を精神的に追い込むな、それで生活のリズムも乱すな、去年それで倒れたことを思い出せ」と。
August 22, 2003
今日の日記、せっかく書いたのに、トップページビューが「二重記載」みたくなってたので、ログインしたらやっぱり二重になってたため、ひとつ消したら両方消えちゃった。なんだこりゃよー・・・。ドップラー効果(笑)?? んなわけないので、たぶんPCの具合が悪いのに違いないと思われます。で、最近は日記をメールに乗っけてないので文章は完全に消えてしまいました。今さら書き直す気力はありません。試験勉強しよっと。確かねー。日清食品の社長が瀬戸内海の無人島でやる2泊3日のアホバカサバイバル研修(食料持込可)について書いたと思います。詳しくはけふの朝日新聞と、同社のHPでも見てください。それでは。
August 21, 2003
高校野球もいよいよ大詰めに入ってきて、それが終われば世界陸上。また今世界体操選手権、ちょっと前には世界水泳と、まさしく「夏のスポーツ」真っ盛りって感じですね。で、割合自分なりには「本格的に」スポーツ取り組んだこともあったし、今も草野球やってたりして、昔はさほど気にしてなかったのだけれど、いろいろ実践ハウツー本なんかも読んでやるようになった最近、ふと疑問に思ってること。なんで真夏のこの暑い最中に、こんなでかい大会を軒並みやるのだろう? って。根拠はいろいろあるでしょうね。夏休みは、割と世界共通でこの時期にある。学校とか年度の切り替わりはともかくとして。とりわけ欧米は6~8月頃まででっかい「ロングバケーション」があるし、日本よりかはサラリーマンも仕事休める日は多いことでしょう。この時期に、まとめてでっかいスポーツ大会ドゴーン!!とやっちまえば盛り上がること間違いなし、とか、昔の人も考えたのかなあ?歴史とか過去のいきさつはともかくとして、ではプレイヤーというかアスリート自身にとってはどうなのか、というと、これ、かなりのマイナス材料だと思います。以前、マラソンを結構本格的にやってた頃、自分なりにいろんな本を読んでた中で、それぞれ「夏は新陳代謝が下がるシーズンだからタイムやコンディションが下がる、ゆえにオフにしてランニング量は落として、そのぶん筋力トレーニングなどにあてがうべし」とありましたし、トレーニングの専門家の方にネットで尋ねたときも同様の回答をいただきました。それでも世界陸上はこれから、なんか日本と違ってクソ暑いらしいパリでやるという。来年は、アテネでオリンピック。こちらはパリどころではない、気温40度を超えるらしい。そんな中で、ベストコンディションでのパフォーマンスを期待できる確率は、本来のもっと涼しいシーズンに比べて極めて低いと考えたほうがいいのではないでしょうか。東京オリンピックって、10月10日が開会式だったはず。この開催時期の設定は英断だったと思います。まさしく「スポーツの秋」。また、前回のシドニーは南半球だから、季節が「暖かい地域の春先」の感じだったと思う。暑くて、動くのも厳しい環境でやらされるアスリートたちが、いい記録が出なかったからといって、誰が責めましょうか。責める人は、自分が走ってみればいいのです。高校野球についても、再び批判的なコメントを蒸し返して悪いんだけど、日本的感覚で見やすいのでネタにさせてもらうけど、やっぱり夏休みだから部活動としては好都合ですわな。インターハイもこの季節にやるわけだし。でもね、ここでピークを迎えて勝ちぬいて優勝してるチームってあるのか、今さら疑問になってきてます。今までそんなに気にしてなかったんだけど、自分が草野球やるようになったからなおさらそう思うんですね。優勝候補の高校が、次々と負けてるし。力投型の本格派エースは連投で最後はバテる。そう考えると松坂って凄いです(なんか前にも似たようなこと何回も書いてるか)。ただ彼とて、3年の夏のあの時期がベストコンディションだったとは考えにくい。調整が他よりうまかっただけだと思います。本来は、ピークは秋とか春であるはず。3年の秋が一番いいのかな。受験とか考えないのであれば。とりとめなくなってきたけど、そういうわけで、夏のオリンピックなり世界選手権なり高校野球ってのは、実は真の実力比べじゃなくて、ガマン大会なんじゃないの!?っていいたいわけ。なんでもかんでも、条件の異なるところに生まれ育って練習積んできたアスリートたちをひとつの場所に集めて、競わせて、一等賞だったヤツはエラい!! と賞賛するのって、まあ「それがスポーツのあるべき姿だ」って人が多いんだったら、べつにそれでいいんじゃないの。イノキさんエライネ。多くの人が踏んだ草むらは道になるネ。それそのとおり。でも近頃のわたしゃあちと面白くないネ。
August 20, 2003
卒業試験が9月16日。んでもって、会社の請負調査の報告の日が同日。これはある程度予期していたことではあるので、周到なる用意をしてない自分が悪いのはわかっているのだけど、これだけ重なってしまうと、敬老の日で爺いと婆あをことほいでいるバヤイではない。じゃなくて、ベアーズのイベントの日には参加不可能。ほぼ全くといってよいほど不可能(T T)!!こういう日に限って、Festaと練習試合やって勝ったりするんだよな。。。そういう魂胆だろうよ。>運命の神様まあ楽しんできてくれたまえ、ベアーズの諸君。わっちは、心理カウンセラーとしての一歩を踏み出すための大切な一日なので、15日は不参加とさせていただきます。まあ、「心頭滅却すれば火もまた涼し」というではないか(全くカンケイない、とにかく悔しい 泣)。
August 19, 2003
『試験準備』卒業試験が9月末に控えているので、総復習的に今まで習ってきたノートをリライトなどはじめているのだけれど、これをコンスタントに日常集中してできるか、というのが重要な課題です。入学の時点で、仕事がドバドバ折り重なって職場の空気も剣呑として、なかなか初回のオリエンテーションに参加できなくって、ようやく滑り込むように参加したオリエンテーションの席で、ぶっ倒れて以降1ヶ月入院し、その間すべてを棒に振ったことなども考えると、またその二の舞を踏まないか、と物凄く心配です。自ら好き好んで飛び込もうとしている世界だけに、まずその第一段階として、学校の卒業はなんとか果たしたい、そしてさらにその次の階段を一歩上がりたい。そのためには多少今までダレ気味になってた生活を引き締めないといけません。ちょうど世の中の「夏休み」なるものも終わった今から、しばし意識をストイックに切り替えて生活していこうと思います。そもそも流されやすい性質で、妥協とかモラトリアムといったものがつきものの生活なんで、それを「フツーのマジモード」にシフトする、というだけなんですけどね(笑)。これがなかなかできんのよ。でも皆、頑張っているんだもんね。スポーツの世界でも、ビジネスの世界でも、頑張って、自分の道を切り開こうとしているんだもんね。遊んでるわけじゃないんだもんね。そういう姿を見て、自分の励みにもしたいと思います。もっと昔からそういう考え方をしとけば、キョービこんなレベルのことでグダグダしてることもなかったけど、今こういう状態なのは仕方ないので、それはそれとして受け入れましょ。で、今自分にできる最大限(つーか必要最小限?)のことを着実にやるだけです。なに云ってるのかわからないでしょうけど、勝手に決意表明しちゃったりしてます。『自衛隊自殺が過去最悪ペース』自衛隊の自殺者が、今年の4月から7月までの4ヶ月間で31人だそーです(朝日新聞記事より)。これは過去最悪ペースで、その前の最悪の記録(昨年度:78人)をあっさり更新する模様。原因も特定できないらしいのだけれど、考えられる要因というのは、「いっぱいいっぱいある」んじゃないの?自殺事故防止対策本部では、切り口を「景気」「リストラ問題」においているようだけど、これだけ自衛隊に対する社会の風当たりが強くてさ、また有事3法が成立して、戦争になったら兵隊になっちゃうこうになってさ、せっかく辛い辛い訓練を経て、ようやく人生安泰かと思ったら、大変なことになっちゃってるわけさ。ほっとくと、もっともっと増えるぞ。。。原因究明というのは、なんかお上の神経だとものすごく時間がかかりそうだし、あまり楽観視できない模様。『銀シャリの危機再び』自衛隊=兵隊さん=戦争中も白米を食えた身分というこれまた強引極まりない話のつなぎ方。うかつなことに、「のどもと過ぎれば暑さ忘れる」で、平成米不足のときの記憶が今となっては非常に薄いのでありますが、昨日の日記にしたためたよーなことが的中してしまうと、ここのところ不況の中がんばっている「ごはん産業」が再びピンチの予感。吉野家が一度倒産したのと、米不足が直結していたかどうかは、当時のベストセラー「なんとなくクリスタル米」を読んでなかった小生としては記憶的に甚だ心もとないのだが、米の流通がままならないとすると、今好調の牛丼、その他どんぶり、回転寿司、そーじゃなくて普通のお寿司、など、「ごはんがなくちゃあはじまらない業界」は大変なことになるのだ。さらに、この「お米」を使った、各地の酒造会社とか造り酒屋さんとか、いろんなところに波及があったりして、「コシヒカリ」をやたらと吹聴するブランド商品などもピンチ。何よりも一番ピンチなのは、お米の産地の農家と農協。「はえぬき」「あきたこまち」など新しくて安い人気品種を売り出し中なのに、不作とあっては、笑って年を越せないことうけあいなのね。どーかおてんとう様、もっと照らして頂戴!!
August 18, 2003
なんだか区切りの日みたいなんだけど、とくにオモロイ話題はないというかあるというか。海外ネタ。イチローがまた満塁ホームランを打ったらしいね。あとサッカーでは稲本が決勝ゴールを決めたらしい。なかなか凄いね。なかなか思い切って「夏休み」としゃれこめない今日この頃。皆の話を聞いて「ほうほう」と感心するのが楽しみだったりするのですが、雨つづきなのでなかなかそれも。。。この際、「お楽しみ」は秋以降にとっておくことにしまして、おとなしく勉強にいそしんでいることにしましょう。なんか卒業できる気がせんのよね。イメージないというか。「またまたワケのわからない話のつなぎ方ですが」「稲本」といえば、「稲」ですな。今年は、なんか予想に反して猛暑がやってこない。で、その前に梅雨明けが遅かったつーのもあり、「暑い夏」を、農作物が十分に体験してないというのが今年なのである。私たち人間としては、とりわけ「暑さ対策」「紫外線対策」などに頭が向いていたので、これは意外な展開になりそうなのである。そうはいっても「残暑」というのがあるのだろうけど、もし「規定日照量」みたいなのがあるとしたら、今年はぜんぜん足りてないらしいのである。んで、この太陽の光というのは、葉緑素を持つ植物にとって「光合成」によって自らを育む貴重なライフラインなのであった。。。俗に、「米どころ」と云われる地域は、東北とか日本海側とかの、夏が短い地域が多い。梅雨明けもこんなに遅かったのに、このままちゃんとした夏を迎えず秋に移ってしまうと、稲作農家は、久々の不作のピンチに陥る危険性が高い。これは米に限ったことではなくて、四季の気候が従来の数値と異なることによる、国産の農作物全体への影響はでかいわけだけど。10年ほど前に、やはり米がとれなくて、それを当時の日本は輸入米で補おうとして、事実それを実行した。市場にはタイ米、中国米、オーストラリア米が出回った。少しだけ同時に出回る国産米よりはるかに安くて、結構美味しかったので、消費者としてはよかったのだが、日本のせいで輸入元の国が食糧不足に泣く、という本末転倒な現象が発生した。それなら米を無理して常に食わなくてもいいか、とか、高くても国産米をちまちま買って、ほかの「主食」と並行させればいいのかな、と思う。毎食ご飯を5合以上食べないと生きていけない人にとっては仕方ないので、ご飯3合とインスタントラーメンとか食パンにしてもらうしかないですな。フランス革命直前の、かのマリー・アントワネットの言葉「パンがないのなら、ケーキを食べればいいじゃないの?」というセンスを、飽食の時代に生きる我々はせせら笑うことはできないのだなあと思う。農家はともかくとして、一般消費者レベルには、米不足に対して危機感ないもんね。どーでもいいけど、「稲本」から、「稲」でここまでネタを引っ張る必要がどこにあるのだろうか。
August 17, 2003
「アップ」ボリュームがありすぎて、挫折しておりましたが、とりあえず左のコンテンツのところに鎮座させております。よろしければご感想なども掲示板へお寄せください。まあ、2002年W杯の、そのまた前の年に書いたもので、はなはだ正確性とかを欠いておる点、書き手の好みにやや偏りがある点、つじつまがあってない点などは差し引いて、「ネットを使えば全国バラバラに住んでる人たちのコラボレーションでこんなアホ話が作れるんだ、へぇー」と、わしら内輪で喜んでおったものです。みんな元気かなー。顔も見たことない人が約2名いるけど。そのうち会えるのだろうか?「アップルパイ」まあ、それはともかくとして、前の話とはじぇんじぇんカンケーない話。よく、アメリカのテレビ映画なんぞを見ていると、よく出てくるお菓子というかデザートで「アップルパイ」つーのがありますな。あれ、食べた記憶がないざます(T T)。つーか、「このまま一生食べなくてもいいや」とか思っちゃう。自分とは縁のない食べ物かもしれない。たぶん、出回っていることは確かなのでしょうね。「マクドナルド」のサイドメニューなんかで見かけたことぐらいはあるのであるが、どっちかつーと避けて通ってきてたりしてたのだ。あんなのはラーメン屋さんでいえば「アンニンドーフ」みたいなモンだ、ぐらいにとらえておったのでもある。日本という土地では、そもそもりんごを調理する習慣とかはあまり発達してなくて、「なまかじり」が王道だと思っていたので。「リンゴまるかじり」ってカッコいいですよね。ショーケンみたいで(ありゃトマトだったか)。日本のリンゴは、昔は「紅玉」「国光」、今は「ふじ」など、生で食うのに向いている品種が多いのかも。「焼きりんご」とかもよくわからん。「リンゴジャム」というのは、最近見かけるようになりましたね(って昔からあったんだろうけど)。「リンゴ酢」とか「リンゴジュース」「シードル」になると、もうあれらはリンゴの原型をとどめてないから、別物という感じなので抵抗ないけれど。。。そのわりに干し柿は好きだったりする。自分の嗜好がよくわからん。・・・とかいつまでも果てしなくいってるとキリがないのでこれぐらいにしとこう(アホみたいなので)。なんかさー、「大草原の小さな家」なんかを見てますと、主人公のインガルス一家の夕餉のシーンがよく出てきたりするんだけど、お母さんがアップルパイを焼いて、食後のデザートに出したりするのですねー。それで、ダンナのチャールズが、「キャロラインのアップルパイは天下一品だね」娘たちも、「わー、母さんのアップルパイ、毎日でも食べたいな」で、お母さんも「まあまあ、できることなら私もそうしてあげたいぐらいだわね・・・」とか、さりげなく我が家の経済事情をにおわせる言葉を口にしつつ、「今はウチも余裕がないのだからこれ以上ゼイタク云ってはダメよ」といった無言の暗示を発しつつ、今日一日、家族が無事に元気で生きてこれたシアワセをイエス・キリストに感謝しつつ、食事の後片付けをはじめたりするわけなのですね。そうして、貧しいけれど、つつましく仲良く生きる「古き良きアメリカ」の開拓時代の面影なんぞが、美しく描かれたりしてるわけなのですね。うーん。見ていて「いいなー」と思うけど、そもそも「アップルパイ」なんて、作るの自体が大変そうだ。19世紀のアメリカには電子レンジなんてないから、初心者なら石窯を薪で熱して、パイ生地を作って、リンゴを下ごしらえするだけで半日以上が必要だったりして、さらに火加減だの味付けだのに気をつけてたら、早朝からはじめて日が暮れることは間違いない。それで「不味」かったりしたら、一日汗水たらして働いてきたチャールズが、「なんだ、オレが身を削って働いてきた見返りがこの焦げたクソ不味いアップルパイか! こんなメシが食えるかー!!」などと、とたんに星一徹化してテーブルをひっくり返したりするかというと、そんなシーンは決して見せない。素晴らしい一家である(ウンウン)。つまるところ「おふくろの味がアップルパイ」なんていう人たちとは、完全に違う食文化圏に自分はおるのだなあ、などとアホなことを考えてみた次第。オチも何もなくおしまい。何じゃこの話は。でも「知恵の実」のお話でごじゃりますよ。
August 16, 2003
第二次世界大戦から数えて58回目の終戦記念日になるのか。思えばイラク戦争があのまま世界全体を巻き込んでいたら、終戦記念日どころではなかったかもしれない。今こうして無事であれることをとりあえずは喜びたい。ニューヨークは何やら謎の停電が起きているというが、その後どうなったのだろうか?何やら人為的なものでないことを祈りたいのだが。話は変わるけど、自分がこうしてインターネットをある程度本格的に活用するようになって3年めになるのかな。それまでは、情報閲覧がいいところだった。今では、限られた範囲ではあるけれど、国内の遠方に住む人、ひいては海外に住む人とも「この場で」交信できたりもする。凄いことですよね。「どってことない」って人も多いと思うけど。ちょっと前まで国際電話にも畏怖を抱いていた自分としてはびっくり仰天の楽天広場なのだ(なんのこっちゃ)。で。インターネットってのは、便利なことこの上ない情報通信ツールなのだけれど、使い方が適切でないがゆえのデメリットもあったりなんかしますよね。基本的に文字情報が中心なので、文字だけですべては伝わらないのが難点で、書き手と読み手の意識が食い違うととんでもない誤解を呼んで、ほったらかしておいたらそれが確執になってたりしてさあ大変! ってこともなきにしもあらず。ちょいと仲間内で以前に何回かそういうことがあった。本人達の名誉に関わるのであえて内容には触れないことにする。会って話したり、電話で話せば済む、なんてことのない食い違いだったりしたのだ。たぶん、カウンセリングの世界では、それはもっと色濃く影響するだろうから注意したいと思います。よく「メールカウンセリング」とかがあるのを聞く。それでちょっとした人間関係とか恋愛の相談の、ごく軽い段階の相談だったらメールでも対応できるかもしれない。だけど、生死を分けるようなこととか、夫婦家族の離縁につながりかねないこととか、辛い神経症とかは、メールで解決できないはず。もっとも、あまりに重くて外に出るのもダメだったり、クリニックに行くのもダメだったりする場合は、まずはメールでのやりとりから入る、ってのは必要だろうけど、それだけですべては解決できないでしょう。「おしえてドットコム」の掲示板なんかで、メンタルの相談を文字で交換しているのを見ていて、「あーあぶねーなー」と思う。あれって、悩み事を素人さんも含めて皆で励ましあったり鼓舞しあったりしているわけであるが、言葉が適切でないのを物凄くよく見かける。「こうしてください」「あーしなさい」「それはあなたの甘えです」「あなたはうつ病だと思います」etc...書いてる奴ら、自分の経験から親切で云ってるんだと思うけど、それで責任持てるのか。もっとも責任とらなくていいシステムなんだと思うけど、文字だけ読んでなぜ断定できるの?なんか、答えを書いてる人の満足度を高めてて、相談してる人が不満はあるけどなんか書いてくれた人への労をねぎらってお礼云ってるみたいな、本末転倒なやりとりをよく見かける。これでは相談者がカウンセラーみたいなもんじゃん。わかってないなら黙ってろっていいたい感じの話が多かったりするのですよ。かくいう自分も、少しずつだけど、そういう「ネット相談」を覗いたりたまに回答とかをしたりしている。実際のカウンセリングに役立つことは少ないかもしれないけれど、考え方の参考にはなるかな、と思ったりするから。この考え方って、上に書いたおせっかい回答者同様「自分のため」なのかもしれない(ヒトのこといえないぞ、コラ)。答えを読んで皆が満足を得られることを願ってはいるけど、自信のない話もあったりして、そういうときの結論が「実際にカウンセリングを受けてみることをオススメします」で終わるのが多かったりして(笑)。
August 15, 2003
「はじめにおわび」昨日の日記から、話をつなげて小説仕立てにしようという試みを構想していたのですが、かなりムリがあるように感じます。また、これからの人生について、今の自分が迷っている状況。内容も「ぐじぐじぐじぐじ」だし。こんな自分が、読んで「これは理想的だ」と自他ともに納得できるものなど書けるわけがない。ということで、万が一、この続きに値するようなものが自分の現実生活の中に起こったとしたら、その続きをしたためてみたいと思います。すみませんなんか後味悪すぎの話ばっかで。「昨日から今日にかけて思うこと・その1」お盆ということで、週刊誌が合併号と称して頁を増やして内容を充実させたものを販売しているようですが、とりわけ、男性向け週刊誌の中吊り広告で、「ヘアヌード」とか、「エロサイト」の紹介など、エッチ路線の情報掲載が目につきます。また一般の青少年向けコミックの表紙を、グラマラスな「グラビアアイドル」の、かなり大胆な水着写真で飾るものが多いようです。これ自体は、自分としては大歓迎!ってわけでもないにせよ、たまに購買意欲をそそられるきっかけとなる場合もあったりするわけで、それはそれでいいのですが、これに「害をこうむっている人」がいるのをご存知ですか?某メンタル系サイトで、こういうものを目にしてパニック障害を起こして苦しんでいる、という女性の書き込みを発見しました。ちょっときちんとした原因はわかりにくいのですが、そういうものに対する内面的な拒絶反応や怒りが身体に現れてしまっているのかもしれません。これに対して、どういうレスが適切かわからなかったのですが、とりあえず「そういう被写体の人は別に大したモデルさんとかスターじゃないし、スカウトにだまされたんだよ」みたいな、ヘンなお茶を濁すようなフォローをするぐらいにとどめておきました(モデルさんたちごめんなさいね)。エロエロネタでしか勝負できない、ジャーナリズムネタで勝負できない、という今の週刊誌のあり方に対する記事が、おりしも今朝の朝日新聞にも載ってたので笑ってしまったのですが、皆様どう思われますか?ある意味出版業界全体が冷え込んできているので、それを挽回するための「苦肉の策」かもしれませんけど、それが「ヌード」とか「巨乳ギリギリビキニ」でいいのかな? 一方ではそれで自律神経に影響が及んでる人もいるのに、っていうのがあったわけなんだけど。。。「思うこと・その2」最近知ったのですが、うつ病に罹患していると医師の診断を受けた人は「精神障害者公費負担制度(32条)」というのに適用するので、申請すれば医療費の実費負担が削減できる、とのこと。私は適用申請してません。政府管掌社会保険の適用対象として、医療費の3割を支払っています。生活の負担がだいぶ違うのは確かなんですね。95%を自治体が負担してくれるわけなので。会社などで正社員としてフルタイム働く体力がない環境の人にとっては大きいですよね。だけど、それが「精神障害者」であるという証明にもなってしまうことについて、今の私はそれを受け入れられていません。この制度を知ったのは今年に入ってからの、ついこの前のことだったので、「へえなるほど」と思ったのだけど、今、かなり普通に近い状態で生活できているのも事実なので、どう考えたらいいのかなー、って。結局は自分で決めることであって、今の状態が仮に悪化して、失業してしまい、全く何事も手につかないようなことになったら考えたいと思うけれど、今はとりあえずやめておこうと思います。ただ、どうなのでしょう。この制度。個人のアイデンティティとして「精神障害者」の中にカテゴライズされることを、同じうつ病の人はなりふり構わず受け入れることができるのかな。これってある意味差別ではないのだろうか。それとも自分の考えすぎなのだろうか。ちなみに関連のホームページを教えてもらいました。http://member.nifty.ne.jp/runo/32jou.htm
August 14, 2003
僕が「うつ病」になってから、もうすぐ2年です。うつ状態になると、日ごろの仕事のスピードが物凄くゆっくりになります。それに、朝はいつも一番に出社していた人間が、会社に出てくる時間が日々まちまちで、定時にいる日などほとんどゼロに近い。そんな感じの日々が続いています。なんか、仕事で重大な任務を任されるヒトは、順番に「うつ状態」になるか、「なんだ、こんな会社で仕事なんてできるか!!」「こんな病んだ会社、やめてやる!!」などと逆切れして、やめていくか、のいずれかとなります。僕が昔住んでいた東北地方のある地方では「いやだ」という言葉を「やんだ」といいますから、さしずめ、「こんなやんだ会社はやんだ!!」ってなとこですかね。はは・・・(しらけた笑い)。元気な人たちからみたら「ダメ人間」ですよね、自分。昨年、いっぺんに社員が半分以上もいなくなってしまったんです。あるいは、そのときが会社にとっての転機だったといえるかもしれませんね。それまでの方針を改めて、現実と向き合いながら会社を存続するための。けど、そんなこと、会社はツユほども考えていない様子。「うつ病」だって云ってるのに、わかってくれない会社のボスは、「どうじゃ、そろそろサボリ飽きた頃じゃろ、またお前を責任者にしてお前中心でクライアントのIさんと『ホニャララプロジェクト』をやるよう、話つけてきてやったけえ、頑張れよ、ガハハ」と、またまたとち狂った指令を出してきたのでございます。こんなこと、自分でいうのもヘンですけど、「うつ状態」になる人って、結構責任感があって、やさしい人が多いんですよね。それで、ほかの人に重荷を背負わせるのが気の毒だからって、一人で全部背負ってしまって、それで気持ちがへこんでしまう人が多いのです。一緒にやるはずのメンバーの1人は、「もうカンベンして欲しい」といって辞めてしまいました。もう一人は、外国籍で、来日2年目。日本のビジネス用語もまだ十分話せない段階の人。僕も数年前は、バリバリのワーカーホリック人間でした。これもまた、ある意味病気なんですよね。それが、バリバリ路線で失敗して落ち込んで、死にたくなるほどの気持ちになって、そこから時間かけて、長い坂道を一歩ずつようやくここまで戻ってきた。だけど、そこから転げ落とされるのは明白でした。ストレス性(?)脳梗塞による右半身麻痺。回復のメドは不明で、当面は絶対安静。カテーテルで手術するかもと云われたときはビビりましたが、そこまではしなくてよいらしい。うつ病からそうなる人って、意外にいるらしい。有名人でも何人か若くしてそうなってる人を知っています。医者は「塩分取りすぎと乱れた食生活による生活習慣病」だと断定的にいいました。精神科の医師との連絡・確認とかしないで一方的にそういうこというなよ。んで、オレは「うつ」なんでい、そういう劣等感を煽るような、傷口に塩をなすりこむようなことを並べやがって。。。ボスが提唱した、というより勝手にいいだしっぺとなった「プロジェクトホニャララ」は、僕抜きで、ボスがテキトーにやることになりました。結末は、よく知りません。成果物を見たような気もするけど、大したもんではなかった。それはともかくとして、今の会社を振り返り見るに、ボスをはじめ、組織はもはやイカレポンチ状態で、売り上げなるものがあがらないから、給与が出なくて社員がやめていく。で、やめたあとにボスがクライアントの提示する無茶苦茶な条件で「なんでもやります」とかなんとか調子のいいことを云って、受け取ってくる仕事を、物凄いタイトな精神状態で、少人数でこなす。小野田さんじゃないんだからさ。いーかげんにしようよ。いつしか僕が社長に次いで2番目の古参社員になってしまいました。だけど僕は冒頭に書いたようなありさまです。今はすでにだいぶ前からプランニング中の方向転換を具体的に考えてます。そんなことに耳を貸そうとしないボスは、毎晩会社に買い込んだ缶ビールをあおってくだ巻いてます。給与は遅れ遅れになってます。残業もできないので、さっさと帰ることにしてます。再生への道筋を考えてもみてるけど、どうも乗ってこない気配だし、自分のプランはさらに違う方角を向いているし。決別の日は近い、と考えるべきかな、やっぱり。
August 13, 2003
時は西暦20XY年。かの有名な駿河台博士は、自らの「大発明」に自画自賛していた。彼は早速、友人のヒゲおやじ氏を研究室へ呼び寄せた。------------------------------------------------「駿河台博士、これが新発明の『カウンセリングロボット』ですか?」「そうじゃよヒゲおやじくん、見てくれたまえ、人間そっくりじゃろう」「ふーん、見た目もやさしそうで美しい女性そのものですな、おまけにスタイルも抜群、いうことなしですなあ、グヒヒ」「馬鹿もの、どこを見ていっとるんじゃ! ・・・オホン、このロボットは、何か悩み事を打ち明けると、どんな悩みでもやさしく受け入れて、元気づけてくれるんじゃ」「へえー、それじゃワシの悩みでも聞いてくれるわけですかい?」「もちろんじゃ・・・。って、君でも悩みなんて持っておるのか?」「馬鹿にしないでください。こう見えても、私毎日毎日鬼のような女房からいじめられて、必死でガマンを重ねておったのですぞー。それなのに、働くだけ働かせておいて、ヤツときたら、突然私の口座から勝手に預金をおろして実家に・・・ひーん(泣)」「そうかそうか。でもかえってそのほうがサバサバしてよかろうて」「ですが、ウチのヤツときたら、あっちのほうがモーレツで、わたしゃ昼も夜も絞るだけ絞られて・・・。ヒーン(号泣)」「そ、そこまでいわんでもいい!! だいいち、わしに悩みを云ってどうする。それでは、さっそくじゃが、ヒゲおやじくん、君を実験台にして、このロボットをテストするとしようか」「えっ、このワタクシにですか? てことは、この南極一号を一晩連れて帰っていいってことですかい、うひょひょ」「なんて下世話な男なんじゃ!勝手に名前などつけおって!!まじめにやりたまえ。いーか、ワシがこれからこのロボットにカウンセリングに必要な基礎データをインプットするので、1週間後に研究室にやってきたまえ。それではよろしく頼むぞ」「ははっ、了解しました。それでは1週間後に、グヒヒヒ・・・」「まだ何かヤらしいことを考えとるのか!?」「いえいえとんでもございません・・・」そして1週間後。「博士、やってまいりました」「おー待っておったぞ。それでは隣の実験室で実験を行う。はじめに約束してもらうが、このロボットはカウンセラーなんじゃから、きちんと人間同様に会話すること。また、決して手を触れないこと。それから・・・」「えーっ、まだあるんですか博士」「・・・んー、いやいや、これぐらいにしておこう。これ以上ルールを決めても単純な君にはわからなくなってしまうじゃろうからな。それではたのむぞ」「はい。では早速」隣の部屋に入っていくヒゲおやじ。1時間経過。「いやはや、すばらしいロボットですな、ワタクシ、感激のあまり泣いてしまいましたよ」「ほー、で、どこがよかったんじゃ」「はい、実はこれこれこういうワケで・・・(ロボットに話した内容をかいつまんで話す)・・・。ワタクシの目下の悩みを聞いてくれて、その解決方法なんかも的確に気づかせてくれて、なんだか明日への勇気が湧いて参りました」「ほうほう」「それで、私の話のペースに合わせて話をしてくれますし、知らず知らずのうちに1時間が経過してしまいました」「そーか、それはよかったな・・・。悪いが、この実験は失敗じゃ。ロボットは壊すことにする」「えっ、なぜですか? こんないい『先生』を、なんて勿体無い」「いやはや、肝心なことを忘れておったのじゃ。さっき隣の部屋で話しておったのは、君の腹のウチをすべて包み隠さず話したのじゃろう?」「はあ、ロボットのリードがあまりに上手なのでリラックスしてすっかり本音で全部話してしまいました」「実は、その話の内容はそのままインプットされてしまうことになっとるんじゃ。後々の臨床例として残そうと思ったのじゃが」「へ? それが何か問題なので?」「実は、話の内容を登録するサーバーが、アメリカのY社で管理するレンタルサーバーだったんじゃ。ロボット開発の予算を削らにゃならなかったもので、つい・・・」「ゲッ、あの、値段は安いが情報流出で悪名高いY社ですか・・・(汗)。ってことは、このまま登録したままにしておいたら、私の話した話題が『週刊T衆』や『週刊J話』に流れてしまうってことですかい? 冗談じゃありませんぜ、あはは、どーしよー、あんなことやこんなことまでしゃべっちまった(泣)。博士、どーしましょー」「君、どんなことしゃべったんじゃ!? そ、そういうわけじゃから、君の話はすぐにサーバーから削除しておくから安心したまえ。ウーム、あのロボットは、ただでさえ話しやすい空気を作る能力を持っておるから、あのまま市場に出したら、君のような下世話な相談をするクライエントがどんどん犠牲になってしまうかもしれん」「ヒャー、よろしくお願いしますぜ博士・・・。ところでさっき、手を触れないで、って云ってたのは何故ですか」「セクハラ行為防止のために、ロボットの体表に高圧電流を流してあったのじゃ」「ギャー」「というのはウソで、ロボットに触れた人間の指紋を記憶する機能も備わっていたワケなのじゃ・・・」「ゲゲッ、指紋は、ン年前に『J基カード』発行のときにしっかりとられてますって。あーそれも流出した日にゃ。。。」「うーむ・・・。まったく余計なところにカネを使いすぎて、個人情報のセキュリティへの意識が希薄だったワシの大失敗じゃー(泣)」「まあまあ博士・・・(肩をたたいてなぐさめるひげおやじ)。ところで、あのロボット、もう完全に壊しておしまいになるので?」「ああそうじゃが、こんどは何だね?」「いやその・・・。データを消去して、回線を外したら、ワシに譲ってくれないものかと・・・。だって、あんな美形でスタイル抜群のロボット、勿体無いでやんしょ? わたしゃちょうどカミさんと別居中、渡りにフネ、つーことで、へへ」「ば、バッカモン!!」重要注 : カウンセリングのときは、クライエントから聞いた話はカウンセラーとの間で厳秘なのデス。かくして、駿河台博士が苦心して開発した世紀の大発明「カウンセリングロボット」は、翌日壊されてしまいましたとさ。その後、新たな開発はまだされていないんだとさ。おしまい。
August 12, 2003
※ 以下、日時・場所:不明(新宿区のどっか)。つーかこの話はフィクションです。でもって、ここで登場する「新商品のソフトドリンク」にまつわる市場の変化についても事実と異なると思います(たぶんね)。そのへんご理解の上、「ヘンなはなし」と思って読んでいただけたら幸いです。-------------------------- 異業種の仲間が集まり交流を重ねるという、定例の「火曜の夜のつどい」は、半年前の「名刺交換パーティー」からスタートし、まあおおかたの予想どおりではあったけれど、仕事のあとのベンキョー会の延長が、いつしか呑み会になって、さらには数件をハシゴしてしまうまでの集いになってしまっていた。無論、明日(つーか今日)も今日とて朝から仕事なのであるが、メンバーはおおかた30代半ばで独身のオレなんかより若い人々が多いから元気である。また、若い人たちはオレなんかよりはっきりしており、家庭持ってる者もいるから、帰る人はとっとと帰るし、残る人はとことん残っちゃう。ま、合コンってワケでもないからね。それが当たり前の姿ではあるのだ。オレは、ここ数年より肝臓を弱くしており、あまり遅くまでの酒の席にはつきあえない。つーか本来殆ど「呑んではいけない」とかなりキツめのドクター・ストップのかかったカラダなのであるが、酒はそもそも嫌いではなく、というかかなり好きなほうで(だからこんなカラダになってしまったのでもあるけれど)、酒の席で歓談するのも大好きである。このジレンマに、いつも勝つのはオノレの中の「意志の弱いオレ」であり、「あしたは仕事があるから帰るわー」と、きっぱり帰ってくることができないがゆえに、ちびちびと舐めるようにビールなど呑みつつ、ダラダラしているうちに、今こうして、終電すぎの街をブラブラしているのである。今宵、残ってるメンバーはオレを含めてあと2人。男1、女1。「どーしよっか?」「カラオケいきますー?」「いくいくー、ヤマダさんのミスチル聴きた~い~」などと、まだまだ元気なようだ。オレは、とにかくどっかに入って、そのまま横になって朝まで眠りたい。んでもって、始発で帰ってシャワー浴びて、コーヒー自分で思いっきり濃く入れて飲みたい・・・。ふと、ノドの渇きに気づいた。自販機はーどーこーだー・・・。さっきムリヤリ呑まされたビールとウイスキーとジュースの混じったヘンテコなモノのせいで頭グルグルのオレは、あたりを見回して懸命に自販機を探した。あった!! 小走りに走って、目当てのコカ・コーラ社のドリンク類の自販機に近寄った。コカ・コーラを飲みたいと思って、やおら小銭を出して、ふと自販機を見上げると、なんかコカ・コーラのデザインがヘンだ。。。「なにやってんスかー」と「カラオケ推進派リーダー」のヤマダがオレの横にやってきた。「ん、あのな、コカ・コーラのボトルのデザインがなんかピンクっぽいのばっかなんだけど」「あー、バニラコークですよー知らないんスかーチャンさん」こいつの語尾の「○○スかー」という言い回しが、オレは気に入らないのだけど、んなこたどーでもいい。「バニラコーク? なんじゃそりゃ」「バニラ味のコカ・コーラっスよ。今アメリカじゃ・・・」「なんでコーラがバニラ味なんだよ!!」オレは突如として逆上した。「コーラはコーラとしてだなー、幾数十年の歳月を経て、日本人の味覚にも親しまれてきたんじゃねーか、それをなんで突然『バニラ味』なんかにするんだよ!! これもアメリカの差し金なのか? マッカーサーに申し訳ないと思わねーのか!?」「どーしたんスかー、わけわかんないっスー」「うるせえ!!」気がつくと、オレの右の拳はヤマダの鼻の横のあたりをしっかりと打ち抜いていた。ヤマダは尻もちをついた。酔っているせいか、拳に痛みはない。ヤマダもダメージはさほどないようで、反撃してこようとはせず、むしろいきなりのオレの暴挙にびっくりした感じでキョトンとした表情をしている。「どーしたのよー」と、なんだかしらないがこの集いにいつも最後までついてくるメグミちゃんがやってきた。赤いハイヒールの千鳥足でよろよろと。そんな靴ぬいじゃえよ、と思うが、お気に入りらしくいつもピカピカに手入れされている。「ん、ああ・・・」いちいち説明するのもめんどくさい。でもちと衝動的とはいえ、仲間内でお騒がせしてしまった手前、説明する必要はあるだろう。「わりー、ヤマダ、だいじょぶか?」「いやー、どんまいっス」こいつ、根はいいヤツなんだよな。「いやなー、自販機のコカ・コーラが全部『バニラ・コーク』になってるから、びっくりしてたのさあ」「えー、知らなかったのー!?」とメグミちゃん。「チャンちゃん、マーケティングやってるんでしょ、そんなこと、ジョーシキじゃないのぉ」マーケティングつーても、業種が違うんだっての。あと、「チャンちゃん」って呼ぶのやめろ。メグミちゃんは、食品業界の企画部門で働いているらしい。で、スーパーとかコンビニから自販機にいたるまで、いろんな地域の売れ筋商品を見て歩き、結果をマンスリーレポートにまとめて、社内の企画会議の資料に使っているらしい。「日本のコカ・コーラはね、今月からはもう殆ど『バニラ・コーク』になってるのよ。今までのコカ・コーラ味のは『ダイエット・コーク』だけ」「え゛ーっ!!」オレは頭が混乱してきた。つまり、コカ・コーラって、もう全部『バニラ・コーク』ってことか。なんだか、今までのジョーシキがすべて覆されたかのような衝撃。まるで日本中の「立ち食い蕎麦」が、すべて「立ち食い平壌冷麺」だの「立ち食いベトナムうどん」になってしまったよーな感じだ。そんなことが許されていいのか? 「コカ・コーラ命」つーか、酒が呑めなくなってきたかわりに、これからはコーラとウーロン茶でささやかに肝臓をいたわって生きていこう、と思っていたオレは、この謎の『バニラ・コーク』に魂を売らなければならないのか!?「んーと、でさ、その『バニラ・コーク』化は、全ての店頭で進められているのか? え、どーなんだ!?」「やだー、怒鳴らないでよー!!」「あーゴメン、その、コンビニとかスーパーとか、そーゆーとこでも全部?」「どーしたのチャンちゃん、落ち着きなさいよ」「そースよ、コカ・コーラぐらいいいじゃないっスか。まだペプシもあるし・・・」「うるせー、おめーはだまってろ!! オレは、ペプシが大嫌いなんだ!!」事実、そーなのである。ペプシは昔から、コカ・コーラを目の仇にして、バッシングCMなどを流し続けているのが気に食わない。ペプシマンなどくそ食らえ!なのである。理由はそれだけだ。どーだ文句があるか。「と、とにかく、ここでどんなに騒いでも、コカ・コーラでは『バニラ・コーク』オンリーになってしまったのよ。男なんだからいーかげんあきらめなさいよ」「んー・・・。で、これってどんな味なんだよ」「だから云ったじゃないスか。バニラ味のコーラ」と云われても、なんかピンとこない。「ほら、サテンでコーラ・フロートってあるっしょ? あれでアイスが溶けてコーラと混じったトコみたいな感じじゃないスか?」じゃないスか? じゃない。こいつも飲んだことねーんじゃないか?「そうそう。あたしもよく知らないけど、そんな感じだと思う」「って、メグミちゃんさー、マーケティングで自分で調べたみたいなこと云って、飲んだことないんじゃねーかよ」「だってアタシ、ダイエットしてんだもん、タンサン飲まない主義だもーん」「じゃあ、あんなカシスソーダみたいな甘ったるい酒なら呑むのかよ?」「お酒は別腹だもーん」なるほど。この女の底知れぬスタミナの秘訣は、ことごとくオノレの都合のよいように物事を受け止める脳みそってワケだな。まあある意味見上げたもんだ。「んで、コカ・コーラの次は何が消えるんだ? スプライトか? ファンタか? あーオレの青春時代の飲み物が次々と消えていくのか? 悲しいよ、つくづく悲しいよ・・・」オレは、そこらのコンビニの前に車座を作ってる高校生たちのように、その場にヘタりこんでグジグジ云いはじめた。「あー、そーいえばスプライトってのもあったわねー」「オレ、ファンタグレープが好きだったっス」なんだか勢いで、二人も一緒に座り込んで車座を作る。なんか、自販機の前で座り込んでこんな話をしている我々の横を、急ぎ足で歩きすぎる靴音が空しく響く。。。「まあ、とにかく一度『バニラ・コーク』試してみたらどースか? 美味ければバンバンジー、不味ければ失敗バンジー、っつーことで」ヤマダのコメントは、「万々歳」にひっかけたらしいが、ちーともおもろくない。突っ込もーかと思ったが、事実コイツの云うとおりなのだ。なんでこんなことで、夜道の自販機の前で話し込まなければならないのだ。オノレの不毛なふるまいに、ようやく冷静さを取り戻した。やおら立ち上がって、オレはコインを自販機に入れ、『バニラ・コーク』のボタンを押した。ゴトリ、と音がして、今までの親しみのある真っ赤な色でなく、ピンクがかったボトルが出てきた。こいつを飲んでも、暑苦しい夏の夜の時間はいっこうに過ぎる気配はないし、どこかで安らかな眠りにつける保証もないのだけれど。ゆううつな、フツーのコカ・コーラのないこれからの生活を思うと、このまま時間など過ぎなくていいと思うのだけれど。だけど、それでもあと数時間で夜は明けるし、日常は始まってしまうのだ。この場で聞いた話が、すべて夢かなんかであって、バニラ・コークの泡とともに消えてくれればよいのに。それとも、これは過去からしがみついてきた先入観からの脱却と、新しい世界との遭遇を示唆するものなのだろうか?まあ、なんでもいいか。。。プシッ・・・。
August 11, 2003
土曜日、ようやくレクチャーを聴いた。>プロセス志向心理学(POP)今まで本は読んでたけどピンとこないところがあって、ゆららさんのHPを見ては「んー。なるほど・・・(???)」みたいな感じではあったけど、少ーしばかり、実態に当てはめて見ることができた「よーな気もする」(い、イカン・・・)。もう一度本読み直そっと。あと、ミンデルさんって人が「お医者さんだからこそなしえたこと」も少なからずあったりしたはずなので、そーでない人が介入する「身体的疾病を持ってる人」に対するアプローチがどこまで可能か、なーんていうのも興味があるのだ。そーでない人にも大いに応用できるだろう。それは今後の自分の勉強あるのみ。何云ってるのかわからないだしょうから、この件はここまでにして。PL学園は強かったね。東京の雪谷高校も「めいっぱい頑張ってた」けど、そもそも取り組み方のレベルの差が大きいな、と感じた。何しろ高校野球の世界全体が、その練習方法を手本にしてきた高校だから。雪谷の選手たちは、この試合を通じて勉強になったことも多いだろう。ハイレベルのチームの力を身体で感じたわけだからな。次に試合をしたときには、もう少し今回の点差(13-1)は縮まっているかもしれない。だけど、甲子園の対決、そして高校野球での対決は、今回を限りに終わってしまう、というのが、この夏の日差しのごとく、少し残酷ではある。
August 10, 2003
お盆休みの帰省を今宵、と考える家族が多いだろうというのに、おいそれとそうもいかなくなってしまっているようで。台風10号とやらはなんだかやたらとでかいとの話。さっきニュースで見るまでちーとも気づかなかった。それで、今日は長崎原爆の日だろー。でもって、週末は行楽客で賑わうだろうし。我が学校へ週末勉強するために、東北地方からやってくる人もいるし。あちこちの足並みが乱れることが予想される。週末、甲子園まで地元チームを応援に行こうとしている人たちにとっても、ちともどかしいお休みになりそうだね。気の毒だね。。。しようがない、風の吹くまま気の向くまま。明日は明日の風が吹くってなもんだ。あるがまま、なるがままを受け入れましょう、ってかー。
August 9, 2003
『19分25秒』(引間徹著・新潮文庫)という小説をご存知でしょうか?これは、義足をつけて、一人、夜の公園で世界記録ペースで黙々と「競歩」を続ける青年と、彼に魅了されて競歩にのめりこんでいく大学生、さらに彼の存在を聞きつけて騒ぎ立てる社会との、意志の齟齬と互いの葛藤を描いた小説です。19分25秒、というのは、彼が5kmを歩くラップタイムのこと。タイムトライアルをしたときの数字。1日(一晩)20km、30kmとひたすら歩く。マラソンでなく競歩というところが、この小説のミソであり、つまり彼を五輪強化選手に抜擢して練習させ、世界新記録で金メダルを獲らせることによって、競歩をメジャーに引き上げたいという、陸連の思惑がこれに絡んでくるわけで。だけど、この青年は、陸連側の意向に対して首を縦に振ろうとしない。義足をつけてもらうまでは、車椅子生活をしていた。そこで受けた屈辱をいまだにうらんでいる。上から見下ろされる屈辱。車椅子に乗っているだけで「異端児」扱いされ、普通に接してくれない。義足をつけてからもその衆目は、同じに見える。「ロボットみたい」と、彼の「カーボンの足」を見て無邪気な子どもが云う。そういうものひとつひとつに、耐えられない。話の結末は、ここでは伏せておきます。ただ、この主人公の青年の心が、物語の大半において閉ざされたままであるということだけは述べておきましょうか。義足に限らず、身体にハンデを持つ者が、そのこと自体だけでなく、そうなるいきさつが、とてつもない屈辱であったり、トラウマであったり、今そのことに触れることが、とんでもない差別のレッテルである場合もあるのだということを、どうか念頭に置いて、そういう人と接するとき思い出して欲しい。今年の高校野球で、「義足の強打者」が登場したというので、いくつかの新聞やTVのスポーツニュースで取り上げられていました。この高校は今日試合の予定だったと思います。たぶん、ここで彼の義足のことは間違いなく話題にあがるこでしょう。以下、独り言です。云っても何も変わらないだろうからね。そんな話題をわざわざ出すなよ。普通に野球やってるんだから、皆と同じに扱えばいいんだよ。本人が嫌がっているだろうって、察しないのかよ。それを加えた話がどんなに美談だったり、感動に拍車をかけるんだとしても、本人を苦しめることになるんだって、いいかげん気がつけよ。
August 8, 2003
仕事早退しちゃったので、「金八先生スペシャル」の再放送を見てたら、またまた云ってるのね。「死のうなんて思うな!! 死に方を考えるな!! 生きろ!!」って、いじめを受けた自分の教え子を一喝。それはいいんですけど、命令していいのかなー、恩師だから?そーなのだ。あの男の教え子は、ブラウン管の向こうにもいたりする。それで、オノレの価値観をかなり押しつけてる。それだけの信頼感があるならいいのかなー。でも金八は、ブラウン管の向こうの教え子(=視聴者)のことは助けてはくれない。当たり前だけど。よく、ネットで「死にたいよー」とか相談する書き込みに対して「そんなことで死にたいなんて考えるのは『ダメ』」と書く人をよく見かける。「死にたいよー」ってことは、「生きる気力がなくなっていくよー、助けてー」というサイン。それを「死にたいなんていうな、このバカチンが!!」と頭ごなしに云われて、強い人とか、軽度の人なら生きようと思うだろうけど、使い道を間違うとそいつを否定してしまうのだ。ダイジョウブかー? アンタに「パカチン」よばわりされた、金八信者の「うつ」の人を死に追い詰めてないかー? >鉄也さん・・・けど、自分もこないだまで「そういう言い方でいい」と思ってたのだ!! 言葉ってコワい。幸い自分に「死にたい」と打ち明けてきた人はいないから。でも、確実にそういう人も現れるのだろうから。だけどー わたしほどー あなたのーことをー♪ふかくー あいしたー やつはーいなーいー♪(『贈る言葉』海援隊)って、すべての人に云ってるのか? それとも特定の人に?後者だったとしたら、その枠を外れた人は救われないじゃんよ。うーん、今、自分の弱み、内面的問題を金八批判にすりかえようとしている自分がここにいる。それに気づいていながら、批判している。建設的発想ではない。。。
August 7, 2003
ぢつわ出先で具合が悪くなって帰ってきてしまいました。m(_ _)mまったくこんなにサボってばっかで夏休みもへったくれもないもんだ。コンスタントに休み休み仕事することにしましゅ。。。原爆を広島に投下したのは、エノラ・ゲイ号という、ボーイングB-29型爆撃機。まったく、人殺しのひこーきのメーカーが未だに旅客機なんぞも造ってるんだよ、んでもってわしらも乗ってるんだよ、って、胸に刻んで、こんな日ぐらいは思い出したりしてみてもいいのでは。ワタシなんかは少年ジャンプとか映画の「はだしのゲン」で原爆の話は知ったわけであるけど、今の会社の社長は被爆当時広島に住んでて、被爆体験を持つ人だったりするので、今日という日はすごく辛い思い出であるにちがいない。物心ついてない頃だったらしいけど、ラッキーなことに生き延びたので、今アホ会社を経営して夜な夜なバンパイアに変身したりする。何か、幼時トラウマがこれとカンケイあるのかどうかは知らない。話を聞いてやってもいいが、ちと今日はテンションメチャ低の日なのであんまりそんなことは考えたくない。そんなことはおいといて。広島のあと、長崎にも投下したのはなんでだ!?ちょっとそのへん詳しくないので誰か知ってたら教えて欲しい。それで、第3候補地が新潟だったらしい、という冷や汗もんの話題もあったりして(コワイヨー ブルブル)。んで、京都と奈良は歴史的重要文化財がある土地だから投下しなかった、とかなんとか。そんなリクツがあるか! 人殺しのクセに美学を語るんじゃないよ。だが、こんなめに遭うまで降伏しないとは、たぶん日本軍も相当アホだったにちがいない。そのアホの指令を忠実に守りぬいたよっこいしょーいちさんとか、おのださんなんかカワイソーだよ。20年近く経ったのに、玉音放送聴けなくて戦争はまだ終わってないと思ってたんだから。
August 6, 2003
つーこって、前回のつづきをば。。。なんだっけな、「歴史上悪者とされてるけど俺っちの中では好きな人物」みたいなのだっけ?○高師直 足利幕府の陰の立役者なのに、なんかカゲ薄いぞ、みたいな人なのね。 北条氏を滅ぼし、「建武の親政」と称して後醍醐天皇を擁立しようとする流れに対して、決然と足利幕府を支持し、後醍醐天皇を退けた。これが後の室町幕府の礎となるのだが、足利幕府で後嗣に足利尊氏の息子義詮(よしあきら)を擁立しようとしていて、その当事者が師直であった。 が、自分が将軍になりたかった尊氏の弟・直義がこれをよしとせず、「南朝」の手も借りて師直を攻め殺す。 別に師直はなーんにもわりーこたしてないのだ。 それで、板ばさみにあって殺されてしまうのだから死んでも死に切れない、つーのはこーゆうのをいうんだろうね。○足利義満 かくいう足利幕府の三代目将軍。足利幕府を京都に移し「室町幕府」として定着づける。 アニメ「一休さん」に出てくる将軍様はこの人。 だけに好きではある。>この理不尽の数々。 最後は天皇になろうとしたらしい。ステイタスなのかね?○明智光秀 歴史上の彼については対して好きでも嫌いでもない。 ただ、仮説として、彼が生き延びてやがて、徳川幕府を陰で支える「天海」なる僧正となっているという説もある。そうであるならばリスペクトせずにはいられない。 また、「もし信長が天下統一してたらエラいことになってたじゃん」みたいなこともちと考えると、光秀の役割つーのはまんざら捨てたもんでもないのよ。○原田甲斐 山本周五郎著「樅の木は残った」でおなじみ。江戸初期の仙台藩を実質「救った」とされる。 それまで仙台は、幕府の直轄地として狙われ続け、ちょっとしたスキャンダルさえも危うい土地だった。 それを冷静沈着に、かつ英断をもって、最後は「謀反者」と呼ばれながらもわが身を張って藩を守り抜いた姿には感動を覚える。「樅の木~」必読。○田沼意次 じつはひじょーに評判悪い。賄賂使いまくりの老中だ。 だけど評価すべきは、手賀沼だの印旛沼といった、歴代未着手の湖沼を、民間資本を活用して干拓を実現したことである。これは今日の「PFI」の先達として学ぶべきことではないのか。・・・てなところである。まだまだリスペクトすべき歴史上の「悪人」はいるのだろうね。これは間違いない。なんつったって今の政治家の善悪について、私たちはいまだによくわからないのだ。。。
August 5, 2003
・・・つーわけで、週末は自分で勝手にシリーズ化してた話をこれまた勝手にお休みしてたので、勝手に再開します。レスの中で、日本史についてなら話についていける、というコメントをいただいたりしたんだけど、私も日本史は大好きです。ところが、学校で習った日本の歴史、っつーのは、どういうわけか中学まで。高校は、日本史は選択コースに入ってて、自分は世界史も興味あったのでそっちえらんだら日本史選べなくなってしまった。どっちも習っとけばよかったなー。大学でも、チョボチョボとかじった程度に終わってしまったし。なので僕の中の日本史は、子どもの頃から読んできた歴史の本と時代劇と大河ドラマと映画からの首っ引き、ってな感じになってしまう。まあその後ひろい読みはしたりするけど、ヒマつぶしの趣味程度のものである。んで、これは日本史に限らず世界も含めあらゆる「史書」というものを見て思うに、ときの権力者の都合のいいように編纂されていたりするという、やむを得ない当時の事情があって、つまり都合の悪い情報はクローズされてたり、目の行き届かないところもいっぱいあるのだ。そういうのを、いろんな大学の研究者たちが、スポット的に掘り返してネタを掘り起こし、新たな説を書くんだけど、それぞれがバラバラなのでこれを「とおし」で全部まんべんなく見るには、前に述べた、権力者お墨付きの「史書」を見るのが手っ取り早い。最近、これに異論を唱え、歴史をさかのぼって古代からずーっと独自に今までの既成概念を覆す理論を展開してきている人たちがいる。日本では井沢元彦氏、中国では陳舜臣氏。井沢氏は「逆説の日本史」、陳氏は「中国の歴史」。「逆説の~」は、某週刊誌で今も連載中。そろそろ江戸時代に突入してる。拾い読みはしてるけど、こんど全部読んでみたいな。「中国の~」は、おおかた従来の史書を覆したりしてはいないけど、わかりやすく、現代の理屈にあわせた正しい解釈をしてくれている。その他、海音寺潮五郎氏の「悪人列伝」も好きだなあ。結局のところ、作家の想像力あふれる文のほうが、地道に事実を検証しようとする学者たちの説より魅力的だったりするのだ。それが歴史学者の悲しいところだ。サッカーでいえば、学者はMF、作家はFW。仲良く手をとりあってやってって欲しいじょ~。まあ、それはともかく、突拍子もなく私の極私的ネタとして、「日本の歴史上好きな人物・悪人にされてた人編」。○曽我馬子 聖徳太子の時代の権力者。他の豪族との権力争いや、天皇暗殺などの残虐性と、聖徳太子のベイビーフェイスの影にあってヒール的立場の蘇我氏のボス。だけど、彼の牽引力がなければ大和朝廷はまとまらなかったかもしれない。 息子の入鹿が「大化の改新」で殺され曽我氏は滅亡。○道鏡 弓削道鏡ともいうらしい。奈良時代、僧侶の分際で天皇になろうとした野心家。坊主が制する天下国家とか、執る政治ってどんなんだろう、という興味をそそられる存在。○平将門 ドラマ「風と雲と虹と」ですっかりファンになったあと、歴史の本を読むと思いっきり悪者にされてるのでびっくりした。藤原純友もそう。天皇から見たら確かに悪者だろうね。ドラマの中では二人は親友なんだけど、「将門記」でも、二人は会って話をしている。そこで「東日本はオレ、西日本はお前が天下をとれ」と将門が云ったらしい。○源義仲 「木曾義仲」として有名。悪者ではない、ある意味平家滅亡に多大な貢献をしている筈なんだけど、源頼朝や朝廷との折り合いが悪く、知らず知らず天皇からうとまれ、頼朝によって攻め殺されてしまう。 結構朴訥とした、野生味あふれる武士なのだが、不器用な己を捨てきれないがゆえにわが身を滅ぼす様は義経にも似ている、つーか個人的にはこすっからく天皇にゴマすってうまく立ち回る頼朝のほうがよほど悪人に見える。○藤原泰衡 奥州・藤原氏の最後の当主。 義経をかくまってることを頼朝に通告したり、藤原氏を滅亡させたということで評判悪いのだけど、実は「無血開城」で一族を北方へ逃し、平泉を明け渡した、という説が出ているようだ。本当はやさしい、いい人だったのかもしれない。・・・古代日本ではこんなところか。明日はこの続きを。
August 4, 2003
今日は、日本の交流分析、家族療法に功績を遺された故・国谷誠朗先生の1周忌。ということで、先生を偲ぶ会と、記念講演会が行われた。日本女子大の杉渓先生、川村女子大の末松先生、東大の亀口先生の講演を拝聴させていただいた。3人とも日本の交流分析と家族療法で、国谷先生の遺志を継ぐ第一人者だそうなので、物凄いゴージャスメンバーの勢ぞろいである。お3方ともお話が巧みでわかりやすく、結構実際の自分たちにとっても大切な話が聞けたと思う。講演会のあと、今回の講演会に協力したということで、参加されたウチの学校の先生方を囲んで「お茶」した。んで、卒業間近つーことで、これからの自分たちに関する話題が中心になったのだけれど、いやー、実際に今度は今まで教わったことを還元していく側になるので、先生に囲まれての緊張感に加えてそういう心理もあって、プレッシャーでかかったな。。。卒業後のほうが大変だろう、ということはなんとなく感じていたけれど、いざ間近に迫ってみるとヒシヒシと感じるなー。>プレッシャーまあ、医師でいえばインターン期間ということになるのか。でも、実際にどこか「研修機関」があるでもなし、またあるとするとまさしくカウンセリング現場に入ることになるので、「イコール転職」つーことになる。その前に勉強期間があるということはありがたいことだけど、今度は、学びたいテーマや、実際にクライエントに接する意識を持たないと意味がないので、これは大変であるなあ。どのみち、今いる会社には今後の自分についてそろそろ話す時期だし、転機であることは確かですねー。卒業できたとしても、それを喜んでいる暇はないようだ。まずは今日という時間が有意義であったことは確か。いろいろ今後の実際について先輩でもある講師諸氏から話を聞けたわけだから。
August 3, 2003
今日は板橋花火大会。客足の凄さは年1回なのでいたし方ないけれど、移動に時間のかかることかかること。電車が止まること止まること。臨時電車なんか出せばいいのだ。書き入れ時なんだから>東京都こっちはびょーいん行って、帰途につくので精一杯で、そのあと花火を見に行く気力もなかったじょー(泣)。
August 2, 2003
只今ベンキョー中。明日はベンキョー会なのね。ちーとも頭に入らない。日記はちとお休みでござる。m(_ _)m
August 1, 2003
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