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「香取神社の狛犬さま」『堀跡』の次は『八幡神社』さ、行く予定だったんだけんど。 どうにもこうにも。神社さ見つかんない。 どっかに曲がる道が、あるはずなんだけんどな~。『関宿城博物館』から、ま~っつぐ南さ来る道を たどってったら、着く筈だったんだどもな~。 だみだ。今日は調子さ悪りい。 いつもなら、こっとだど~、って 呼んでるような勘さ働くはずなのに。 縁さ、なかったんだべか? 地図の印んとこは、すでに過ぎた。 そして、道は行き止まり。 んにゃ。建物の横さ入り込むように、左へ行けそうだど。 道さ曲がると、東さ向かって進む状態。 ちょっと離れて、大通りが見える。 お、道の交差したとこに、石碑さ見えるど。 あれは『関宿関所跡』の碑だな。 っつうことは。『八幡神社』は、通りすぎちまったんだな~。 地図の印は、『関宿関所跡』よりも、北っ側にあったから、 どっかに脇道さあって、神社さあんだと思ってたんだけど。 そっか。ない・・んか。 狛犬さまさいんべかな? って楽しみにしてたんだけんど、なぁ・・・ じゃ~ない。『関宿関所跡』だけでも、みていくべ。 しかしな。気分は一気に下り坂。 足は重いし。 なんだか、また。腹さぎゅ~っと、苦しくなってきちゃったよ。 とにかく『関宿関所跡』まで、行くべ、ってな。 のろのろ歩いていたら、気になるもんが視界の隅さ引っかかった。 石の門? ちゃう、石の鳥居だ! もしや、ここが『八幡神社』け? でも、民家と民家の間で、狭い場所。 神社さあるようにゃ、見えないんだけんど。 おそるおそる、覗き込んでみたら・・・ きゃ~。『狛犬さま』さ、おられる~ 神社があろうが、なかろうが。 名前なんか、ど~でもいい。 これは、絶対、ご挨拶せねば! 一気に気分は、最高潮! 理由は、これ。『岩に登った狛犬さま』 こったら豪華な『狛犬さま』さ、初めてみたど。 それも、『子持ち狛犬さま』 ずうずうしくも、ずず~いっと、近づいて。 お顔さ拝見。 台座の岩に相応しい。迫力あるお顔。『子狛犬さま』も、元気いっぱい。やんちゃ坊主って感じだべ。 今にも、台座から、ぽ~んっと飛び下りて、 道路さ飛び出して、いっちまいそうだべな。 ん? 胸んとこのしましま線は、なんだべな? 反対側の『狛犬さま』にも、あんのかな。『左側の狛犬さま』 こちらも立派な岩の台座に鎮座して、 ぐっと引き結んだ口元が、力強い。 玉に手を置いて、参道の先をじっと見つめる。 胸元にゃ、やっぱし、しましま線だある。 どうやら、このしましまは、毛並を現しているみたい。 だって、前身にあんだもん。 こったら模様は、初めてみたべ。 ちょっと、怖いな。 では、お背中は?『左側の狛犬さま』のお背中。 あら? なんか、かわいい。 ちょっとぷっくらしてて、愛らしい。 お腹さ脂肪が着きだしたお父さん、って感じw。 お尻もw。 なんか、親しみさ感じちゃうな~。『右側の狛犬さま』のお背中。 こっちはすぐ側に民家さあって、な。 背伸びしても、藪さ割り込んでも、これが限界。 やっぱし、後ろからみっと、ちょっと太目の『狛犬さま』だな~。 恰幅がいい、っていうのけ? 筋肉の感じが、本物の動物みたい。 誰がこしゃったんだべな。 奉納年月日も作者名も、見つかんなかったんで、わかんないんだけど。 長い年月さかけて、掘り込んだんだべな。 おまけ。『子狛犬さま』のおしりw それに、巻き毛と耳と、体のしましま線。 鋭い爪さ生えた足で、がっちりと岩さ抑え込んで、 参道の先さ睨んでる。 なんか、おっかなくなっちきちゃったな。 あんまし、じ~っと眺め過ぎたんで、怒っちまったかな?『狛犬さま』も、人懐こいのとか、人見知りとか、性格があんだべか? ここの『狛犬さま』は、ちと気難しいみたいだから、 怒られね~うちに、退散すんべ~。 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.29
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「堀跡」『本丸跡』さ行ったら、次は『堀跡』と『八幡神社』さ行きたいな。 事前にホームページで下調べしたから、 大まかな位置は、わかってんだけど。 心配だったんで、『本丸跡』んとこの案内板で確認した。 このまんま、道に沿って南下すればいいみたい。 ん~、目印になりそうな建物は・・・ないんだな。 そこで、見落とさないように、ゆっくりと歩き出す。 どのぐらい歩いたかな。ちっと距離さ忘れちまったんだけど。 ま~っつぐ、歩いていくと、民家の間にあやしい立て看板さ発見したべ! おお!お目当ての『堀跡』発見け~! 写真付きの案内版は、見やすくてきれいだべ。 でもな。 道から奥まった、木の横さ立ってたから、 注意して見て行かないと、見落としてたかもな。 でも、ここ。 左っ側は民家。右っ側は駐車場。『堀跡』なんて、見当たらないど? 埋め立てられちまったんかな? けんどなぁ。案内板にゃちゃんと、発掘調査の結果が書いてある。 ここさあんのは、間違いなく『関宿城の堀』だって、な。 で、どこにあんの? 家の間にゃ、木さ植わってて、紫色の花さ咲いてる。 春だべな~。 うちじゃ~、大根の花って呼んでんだけどw。 実際は、大根と無関係。 これ、なんて花だっけ~? あれ? もしかして? 花さ咲いてるとこって、くぼんでないけ。 溝みたい。 ええ~! これが『堀跡』! 裏庭さある、側溝の溝と、変わんないじゃね~け! 案内板さ見て。 堀跡さ見て。 もっかい、案内板さ、見て。 どうやら間違いないみたいだど。 そういえば。 『関宿城』さ紹介してる人の、ホームページで見た『堀跡』の写真。 こんな感じだったな。 花さ、咲いてなかったけんどなw。 そうか~、これか~。 なんつうか・・・なんつうか・・・ ええ~と。 想像力さ、鍛えられちまう景色だな。 案内板にゃ、江戸時代の『関宿城』周辺地図さ、載っててな。『大手門』と『堀』について、解説してあった。 や~! これいいな。 想像力さ発揮する、手助けになんど。 さて、江戸時代の『関宿城』は、どんなだったんかな。 どうやら、この辺りに『大手門』さあったみたいだな。 それも、江戸時代前期と後期で、門の周辺が変わってる。 これは『枡形虎口』っつう、やつだべか。 門の前に、さらに曲がり道さくっつけて、防御さ固めた様子が よくわかんど。『関宿城博物館』にゃ、この地図。展示してなかったよな~。 古い地図とか、縄張り図が見たかったんだ。 これだけで、もう。 歩いて来た甲斐さ、あったな。 にまにまw。うれしい~w。 んで、地図と、にらめっこ。 そうか、ここさ残ってる『堀跡』は、『関宿城』の一番外側。『大手門』さ面した『外堀の跡』なんだな。 側溝の溝なんつって、悪りかったな。 うん。じっくりと腰さ据えて眺めてみたら、『外堀』にしか見えないべ。 よく残ってたな~。 この『堀跡』。どこまで、続いてんだべか。 たどっていったら、『関宿城』の大きさが、実感できるべか。 でも、ここ。人んちみたいだしな~。 入っていくのは、ちと、気が引ける。 っつうか、さっきから、背後の道を、人さ通る足音さしてな。 気になんだけど・・・ はっ! じゃあ、さっき。 にまにましてたのも、わかっちまったのけ! ひゃ~! 『本丸跡』の猫っこに引き続き、 また、変なおばさん度さアップさせる失態、みせちまった~。 変な人が、うろうろしてるよ、って噂になってたら、 ど、どうしよ~。 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.27
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「関宿城・本丸跡」 やっとこ到着!『関宿城・本丸跡』だど! ちっこい空き地、みたいだな。『関宿城の跡地』さ示す、石碑だべ。 あ、猫めが日向ぼっこしてるど。 石の上は、ほこほこしてて、気持ちいいんだべな。 それと、案内板。『本丸跡』と、周辺のみどころさ書いてある。 親切だな~。 ただな。目印になるような建物さかいてないから、 どこがどこの曲がり道なんか、いまひとつ、ぴんとこないんだけんど。『本丸跡』はこんな感じ。 やっぱし。空き地みたい。 う~ん。正直、がっかりだな。 もちっと城っぽいとこさ、残ってっかな? って、期待してたんだけどな~。 しいていえば。ここ。 広場の外っ側。北の土手っこが、『堀跡?』かな~? 『関宿城』は、川に沿って築かれた城でな。 ほとんどの部分が明治時代ごろから始まった、 河川工事で無くなっちまったんだ。 そこで、地図さ書いて、どんな城だったかご紹介しようっかな~。 と、挑戦してみたんだけんど。 むむ~。難しい~。 よくホームページで、自分で描いた縄張り図さ公開してる人さいっけど、 ど~やって描くんだべ? 念入りな調査が、必要なんだべか。 わかってっことは、『本丸』の周りに、『堀』さあって、 さらに、東南方向に、『大きめの堀』さあったってこと。 そして、『大きめの堀』の外に『三の丸』。『三の丸』のちっと北に『発端曲輪』さ、ある。『二の丸』は、『本丸』の南っ側にあったらしいけんど、 場所さはっきりしないみたいだな。『本丸』の北から西は、『江戸川』。 なんで、曲輪は『本丸』の南から東に広がってんだよ。 ええと、現地の案内板によると。『本丸』『二の丸』『三の丸』さ合わせた広さは、 約6000坪あったんだと! ええ~と、それって、どんぐらい?『東京ドーム』よりも、でかいんけ? 調べてみたら、『東京ドーム』は 約14,152坪 あんだって。 ありゃ。『関宿城』は『東京ドーム』の半分ぐらいしかないんけ。 でも、これは、『関宿城』全部じゃね~からな。 江戸時代のころは、曲輪の外に城下町さ広がってな。 武家町や町人町でにぎわってたっつうし。『関宿城』も、『江戸川』の向こう側まで進出してな。『山王村(現・茨城県五霞町)』に、『山王郭』っつう曲輪も 築かれてたんだど。 きっと全部あわせたら、『東京ドーム』より、でっかくなんなw。『関宿城』がここまで、でっかくなったのは、 2つの川と、周辺の水運さ発展したおかげなんだと。 この辺調べたら、面白そうだべな。 そのうちブログさ、書けるといいな。 さて、最後に。『本丸跡』から、『御三階櫓』さ探してみた。 北の方向に、『御三階櫓』さはっきりみえたっぺ。 へ~。遠くからでも、よく見えるんだな。 んじゃ~、『御三階櫓』からも、『本丸跡』さみえんだべな。 ほんもんの『御三階櫓』さ残ってたっくれ、こんな感じにみえたんだべか? でも、位置は北じゃなくって、もっと西っかわになんだよねw。 ・・・と、一人、『本丸跡』の空き地で空想しながら、にやにやしてたらな。 石碑んとこで、ねっころがってた猫っこが、 あきれたように、欠伸さしてたどw。 ありゃりゃ。こっぱずかしい~な~w。《参考》 【送料無料】関東の名城を歩く(南関東編(埼玉・千葉・東京・神) [ 峰岸純夫 ]価格:2,415円(税込、送料込)【送料無料】図説房総の城郭 [ 千葉城郭研究会 ]価格:2,940円(税込、送料込) 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.25
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「菜の花畑と御三階櫓」『砂山稲荷神社』を後に、『関宿城博物館』さ戻って来た。 わあ~!菜の花だらけ! まだ緑も多いけんど、全面黄色くなってるど! 桜は終わっちまって、見れなかったけんど、 ここって、菜の花も綺麗なんだな~。 あそこの土手っこの上が、駐車場だど。 んで、写真の右手方向に、『関宿城博物館』さあんだ。 上からみたときは、遠くの景色ば~り気がいっててな。 気がつかなかったっぺ。 満開さなったら、土手っこさ、まっ黄色になんかな。 ひゃっ! ぞくっとするほど、素敵だな~。 さて、あとみっとこは、どこだべな。 やっぱし『本丸跡』だべな。『江戸川』の河川工事で、ほとんど残ってない『関宿城』の 唯一っつってもいい、遺構だど。 わざわざ遠くから、足さ運んで 見学にくるほどのもんじゃ、ね~みたいだけんど。 せっかく来たんだかんな。見ていかなくっちゃ。 地図によると、『関宿城博物館』から西の方向へ。『江戸川』さ沿って、 サイクリングロードさ、進んでいけばいいらしい。 ん~。どの道かな? この辺にゃ、大きい建物さないから、『本丸跡』も、見えるはずなんだけど。 さあ~。どれだべな~。 さっぱし、わかんない。 初めての土地だかんな。緊張してんのかな。 土地勘さ、働かね~よ~。 栃木県なら、なんとな~く勘で、場所さわかんだけんどな~。 こりゃ、あんましはめさ、外せないど。 迷子さ、なりそうだっぺ。 ってことで。 面倒だったんだけど、いったん『関宿城博物館』前まで戻ったんだ。 そんで、『御三階櫓』さ目印に、西さ進んだ。 さっき、遠くから見た土手っこ。 近くで見ても、まっ黄色! 菜の花の匂い♪ なんつうんかな。 青臭い葉っぱの匂いと、ぼてっと重みさ感じる、花の匂い。 ミツバチさ、なったみたい♪ 浮かれ気分で、ふわふわと歩いていると、 前方に、巨大な土手っこ。『江戸川』の、防波堤だべな。 すると、前方の林みたいなとこが、『本丸跡』だべか? 防波堤の前までくっと、北から南にまっつぐ伸びた道さ、ぶっかった。 堤防さ沿って、南さ進む。 道の両脇にも、菜の花さみっちり咲いてる。 小鳥も、にぎやかでな。退屈しないど。 きょろきょろ、してたらな。『イカル』っつう鳥さ、みっけたど。 黄色いくちばしと、ごつい足。 九官鳥を、ぎゅっと縮めたような鳥、なんだけど。 はじめてみたべ! 急いでカメラさ向けたけど、携帯、古いやつだかんな~。 く~! 写真は、撮れなかったっぺ。 あと、やたらと『ツバメ』さ、とんで来たっけ。 ぶつかんじゃね~かな~。ってぐらい、近くまできてな。 ひやひや、されっぱなしだよw。 ここって、バードウオッチングも、楽しめそうだな。 前方に、公園らしき広場さ見えてきた! あれは、ホームページでみたど!『本丸跡』だ~! やっと、城跡散歩っぽくなってきたべw。 ところで、目印の『御三階櫓』は、どうなったべな。 こっからでも、みえっかな。 振り返ってみたら、 土手っこの向こうに、ちゃんと見えた。 ふと思ったんだけど。 あの土手っこって、土塁っぽくみえないけ? あれは、ほんもんの土塁じゃないんだけど、 昔は『御三階櫓』の周辺にも、土塁さあったんじゃないかな? って気がしたんだ。 だもんだから。 昔は、あんな感じに見えたんかな~、なんてな。 ちょこっと、想像しちまった訳なんだw。 ま、なにはともあれ。『菜の花と御三階櫓』の組み合わせは、一見の価値あり! ここの風景は、おすすめだっぺ! 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.22
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「砂山稲荷神社」『狛犬さま』たちとたわむれたあとは、 神社さ参拝しなくちゃな。『鬼門除け稲荷神社』だっぺ。 この神社はな。 千葉県じゃ、一番北にある神社になんだって。 鳥居さ立派だったし。お社も立派なんだべな~。 と、思ったら。あ、お社じゃないんだ。 建物さあるど。 これが拝殿、になるらしい。 むむ~。見た目は物置みたい。 だども、鈴もついてるし、由来さ書いた看板みたいなもんもあるし。 神社だべな。 でも、お狐さまの姿は、ない。 どこさいったんだ? 拝殿の中さいんのかな? 覗いてみたけんど、暗くてお姿は確認できなかったっぺ。 まさか、『狛犬さま』に圧倒されて、 逃げちまったんじゃ~ね~べなw。 きっと、見えないとこさ隠れて、 そ~っと、見張ってんだな。 ところで、ここは『砂山稲荷神社』っつうのが 正式な呼び名でな。『鬼門避け稲荷神社』っつうのは、通称なんだと。 昔『関宿城』さ存在してた時の、話なんだけど。 この場所は『関宿城本丸』の北東・鬼門になっててな。 それで、『鬼門除け神社』って呼ばれるようになったらしいど。 由緒書きは、まったく読めない状態なんで、 由来とか、誰がこさえたのか、さっぱし不明なんだけど。 寛文9年(1669)ごろに、建立されたみたいだべ。 江戸時代のころ。久世家が関宿城さ、いたころはな。 お稲荷さま信仰が、盛んでな。 ここのお稲荷さまの周辺も、稲荷祭りで盛り上がってたらしいど。 そうそう。 『砂山稲荷神社』や『関宿博物館』さあるとこは、 千葉県野田市関宿三軒家って住所なんだけど。『三軒家』っていうのはな。『砂山稲荷神社』周辺にある三軒の家で、神社の管理さしてたから ついた名前らしいど。 あ、んじゃ~、神社前であった人が、管理者の一人だったんかな。 今も、大事にされてんだな。 他にも神社内にゃ、塚や石碑さたってる。 こっちも歴史的に大事なものらしいんだけど。 あんまし知識さないもんで、私じゃさっぱしわかりません。 古いことは、わかんだけどなw。 さて。 お賽銭箱さみっかんなかったんで、 拝殿とこの隙間に、こそっと忍ばせて、拝礼。 相変わらず、がちがちでぎこちない挨拶さなっちまったけど、 ここの神さまも、怒ったりしないべな? ちっさいけんど、おもしろかった・・・いんや、充実した 神社参拝でした。 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.20
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「鬼門除け稲荷神社 2 鳥居の中の狛犬さま」『ベテラン狛犬さま』の後ろには、真っ赤な鳥居。 鳥居の上にゃ、瓦さ乗ってる。 こんなんも、あんだね。 そして、ふんわりしたピンクの花さ、咲いてるど。 八重桜だっぺ。 他の桜はすでに、花さ終っちまったっつ~のにな~。 満開だ~♪ いい時に来たな♪ 八重桜の写真さ撮りながら、鳥居さ潜ると、新たな『狛犬さま』のお出迎え。『右側の狛犬さま』 白いお肌に、ばっちりお化粧さきめて、こっちさ見てるど。 顔やら目やら。 各パーツが、大き目の、ち~っと漫画みたいな『狛犬さま』だな。『左側の狛犬さま』 こっちの足元にゃ、『子狛犬さま』もいる。 あれ、これって、逆なんじゃね~け? いつもは『右側の狛犬さま』んとこに、 子供っこさ、くっついてたような? お父さんっこの『子狛犬さま』なんかなw。 あ、こっちも、化粧してるべ。 ふむむ~? この顔、どっかでみたような~? そだ!歌舞伎役者だ! よし! このタイプの『狛犬さま』さ『歌舞伎型狛犬さま』って呼んじゃうべ!『歌舞伎型狛犬さま』の特徴は、 まず、時代さ新しい。 平成時代のものが、多いんだ。 ここの『狛犬さま』も、2000年寄贈もの。 平成もんだっぺ。 そして、造形が大きい。っつうか、丸いっつうか。 なんか、萌えキャラっぽくね? って、疑っちまいそうな、ころっとした雰囲気さある。 あ、これは、個人的な感想だかんな。 実際は萌えキャラじゃ、ねえどw。 んで、あとは。 目や口んとこに、赤い化粧さ施してある。 あ、あと足元の玉も、赤い模様さはいってる。 欠点は、あんまし個性さないとこだべな。 これは、工場発注ものが多く、 大量生産された『狛犬さま』が、増えてきたせいなんだと。 あれ? 同じもんが、ここにも? って感じで、あちこちの神社に似たような『狛犬さま』が、 出現すっことに、なっちまったんだな。 むむむ。 最初に、どっかでみたような? って気がしたんは、歌舞伎役者に似てただけじゃ、ねがったんだな。 きっと、どっかで、みたんだな。 んじゃ、『歌舞伎型』って呼んじゃ、だめだべか。 個性さないんだもんな。 ほかにいい呼び名さ、あっかな。考えてみよ。 さてさて。『狛犬さま』のお背中拝見。 まずは右側。 しっぽは体と別に彫られて、ぴんっと伸びたタイプだな。 頭としっぽの毛が、まきまきだど。 耳がかわいいなw。 あ、台座んとこに『砂山稲荷神社』ってかいてある。 んじゃ、この神社の正式名称は『砂山稲荷神社』なんだな。 でも、ホームページにも地図にも、『砂山稲荷神社』って名前さ、載ってなかったど? 地元の人も、知んなかったりしてw。 そして、左側。 八重桜と一緒w。 つるつるの、背中だな~。 まだまだ、若いな~。 狛犬好きさ、引きつけるにゃ~、ちっと威力さたりね~な~。 これからもがんばって『砂山稲荷神社』さ守って、 修行さ、がんばっとこれ! って、声さかけたくなっちまうような、 初々しい『狛犬さま』だったっぺ。 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.19
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「鬼門除け稲荷神社 1 神社前の狛犬さま」 幸いなことに。 腹痛はトイレさいったら、すっきり治った。 やっぱし、緊張したんだな。 だもんで、気分さよくなったもんだから、 博物館横のお土産コーナーさ、ぶらぶらと覗いてみた。 おいしそうなおせんべや、おまんじゅうさあったなw。 ここで、茨城県のお城の本さみっけたど♪ 3種類あってな。全部欲しかったんだけど。 読み切れないしな~。 ってことで、1冊だけ。購入したw。 もひとつ、おもしろそうな本を買って。 そしたら、腹痛なんて、どっかいっちまったよw。 えびねっこって、単純? ま、いいか♪ 楽しむために来たんだもんな。 さてさて。 気分も体力も、回復してきたことだしな。 次の目的地さ、行ってみよ。 そこは関宿城の鬼門避けっていわれてる、お稲荷さまだっぺ。 博物館の、すぐそばなんだけど。 博物館横の崖の上からじゃ~、みえね~な~。 お稲荷さまの前に、ちょうど茶店さあってな。 木と建物の、影になっちまってんだ。 ま、だいたいの場所は、わかってっからな。 迷うことね~な~。 博物館とこの、崖さ降りて、 車道沿いに、東のほうへ。 ほてほてと進みながら、茶店さ行き過ぎっと、 左の奥に、赤い鳥居さ見えた!『鬼門除け稲荷さま』だっぺ! 畑の真ん中で、他になんもないから、間違いようもないなw。 このお稲荷さまは、な。 別名『砂山稲荷神社』っつうらしい。 ん? こっちの方が、ほんとの名前なんけ? 神社さいけば、どっちが正しいか、わかったな? のそのそと近づいていったら、神社の前の小さな畑んとこに、 狛犬さまが居られた! え~と。『狛犬さま』さ、いるってことは。 ここの畑は、参道なんかな? でも、『狛犬さま』の横の畑にゃ、草むしりしてる人がいる。 私有地なんかな? お邪魔してもいいんだべか? よく見っと、神社の鳥居と『狛犬さま』の間にゃ、 舗装された細い道さある。 そして『狛犬さま』の前にも、舗装道路。 これは神社の鳥居側から、撮った写真なんだけんど。 こんな感じで、分断されちまってんだ。 でも、真ん中に道みたいなもんさ、あっから。 神社の参道ってみても、いいんだべな。 けんど。 私有地だったら、邪魔しちゃ、まじ~かな~。 でも、『狛犬さま』さ、み、みたい。 神社の鳥居の向こうにも、『狛犬さま』さ、おられるけんど。『古い狛犬さま』の魅力にゃ、勝てね~。 で、勇気さ総動員してな。 作業中のかたに、聞いてみた。 「しゃ、写真さとっても、いいですか・・・?」「あ、どうぞ~」 あ、あっけない。 っつうか、入っていいんだ~w。よかったっぺ~w。 この人は、近所の人みたいでな。 ちょこっと、おしゃべりしたんだけんど。 いい感じの人、だったど。 よし!許可は取った! これで安心して、『狛犬さま』さ撮りまくれっと! やったな!『右側の狛犬さま』 古いもんだべな。大きく開いた口が、目さ引くべ。 大きさは、小型犬ぐらいかな。 両手で抱えられるぐらい、ちっこい。 自転車のかごさ、スポッと収まっちまうんじゃないかな。 正面は、ダメージさ大きいみたいだけんど。 お背中は、模様がしっかり見えたっぺ。 しっぽは体にくっついて、区別さつかないタイプだな。 んで、噴水みたいに、左右に毛先さ分かれてる。『左側の狛犬さま』 うわ!おいたわしい! 顔面さ、なぐなっちまってる! どしたんだべな? よくみっと、真ん中にまっつぐ亀裂さ入ってっと。 お背中側にも、亀裂が・・・ こっちはちっと、痛みさ激しいな。 それに、首んとこ。気になる線があっけど、なんだんべ。 鈴でも、くっついてたんかな? それとも、つなげた跡とか? ちと、わかんないな。 んっと。 奉納年月日は、台座になかったんで、不明。 なんか、台座と『狛犬さま』は、別ものみたいだな。 もともとは、地面の上さあったもんを、 後の時代にこしゃった台座さ、乗っけたみたいにみえるど。 そんでも、遠くからでも、しっかりと。 力強い威厳さ感じる、『狛犬さま』だかんな。 こんぐらいの台座さあっても、おかしくね~べ。 激戦さ戦い抜いてきた、『ベテランの狛犬さま』って感じでな。 堂々とした背中さ、かっこいいべ~! は~。うっとり。 ほれぼれしちまったよ。 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.16
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「関宿博物館」『模擬御三階櫓』ん中は、博物館さなってんだ。 展示物は、『利根川』や『江戸川』に関係するものが、多いみたいだな。 正面の門は、立派な門構え。 だけんど、ちょっとちっこいかな~。 門のうえにゃ、鳥の羽根を二枚ならべた紋がある。 これは、江戸時代。関宿藩さ治めてた、『久世家の家紋』らしいど。 江戸時代の関宿藩主は、いくつかの家が入れ替わってるんだけど。 後半の時代は、『久世家』が治めるようになったんだ。『久世家』かあ。 また新しい名前さ、出てきたな。 だども、覚えやすい苗字で、いかったべ。 博物館の中にゃ、『久世家』の資料もあんだべか。 楽しみだな。 門さ潜って、細い道さ歩いていくと、入口。 んで。 博物館の入口さ入ると、や? 河童さいる! この辺にゃ、河童の伝説でもあんのけ? おまけに、人さいっぱいいるど。 どうやら、団体のお客様と、かちあっちまったみたいだべ。 うう~む。 博物館は、一人静かに、じっくり眺める派。 なんで、ちと団体客は・・・困ったな~。 人さ側にいっと、緊張しちまうんだよな~。 たとえば。 ここは、ロビーみたいな広場なんだけど。 真ん中に『関宿城』さ、再現した模型さあった。 普段なら、顔さおっつけて、じっくり眺める。 んで。 あっちの道だのこっちの川だの、 空想んなかでいったりきたり。 じっくりと、『関宿城』さ散策すんだけど。 ああ~。人の目が~。気になっちまう。 こったらとき、大人って不利だっぺ。 子供なら、人の目なんて気にせずに、かぶりつき! 出来るのにな~。 他の展示物の前でも、同じ。 やっぱし、周りさきになって、 ちっと、しこばっちまったりな。 うう~ん。展示物のないようが、頭さ入らない~。 あ、でも『久世家』に関係する、小物さあったな。 『久世家の家紋』も、展示物の説明で知ったっぺ。 それにしても『関宿城博物館』って、人さ多いな~。 小さな博物館なのに、どの部屋さいっても、 2~3人の見物客さいんもんな。 人気さ高いのかな。 それとも、桜の季節だから、かな。 今年は桜の時期さ、早かったんでな。 もう、咲き終わっちまってたけんど。 ほんとなら、4月のはじめころが、見ごろになるらしいど。 花さ見に来た人かも、しんないな。 さて。桜以外だと。『関宿城博物館』の最上部。『模擬御三階櫓』の上からみる景色が、最高らしいべ。 ってことで。 展示物さながめながら、ゆっくり上までいってみた。『模擬御三階櫓』は、4階建なんだけど。 エレベーターさあっから、階段さ苦手でも楽にいけるど。 で、景色なんだけど。 360度。パノラマ写真みたいだ~。『スカイツリー』や『筑波山』も見えるんだって。 生憎、曇ってたんで、どれかわかんなかったけど。 最高の見どころは、『利根川』と『江戸川』の分岐点。 これが見たかったんだ~。 なのに。 肝心の窓の前にゃ、団体さまが腰を据えてご鑑賞中。 なんかね。 昔話さ始めちまって、動く気配さ、ない。 しばらく、遠くから眺めてたんだけど、 いっこうに、動かない。 さてどうしよう。 横から、入り込んで、みようかな? それとも、じとっと、睨み付けてやっぺかな。 と、不届きなこと、考えたせいだべか。 なんか、お腹さ痛くなってきちゃったど。 お手洗いは、一階か博物館の外にしかない。 で、でも。まだ、川さじっくりみてないべ・・・ あやや。お腹も緊急事態だ~。 く~、しゃ~ない。 お腹さ優先~。撤退だ~。 きっと、車の運転で緊張したのと、 外の寒さで、冷えたんだべな。 っつうことで。 最上階の景色さ、じっくり鑑賞できなかったんだけど。 広々として、怖くなっちまうぐらい遠くまで見えっから、 近くさいったら、ぜひ立ち寄っとこれね。 晴れた日が、おすすめだっぺ! 《栃木弁・注》 しこばる・しこーばる = 気取る。格好つける。 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.14
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「模擬御三階櫓」『関宿城』は 応永元年(1394)ごろ、『梁田満助』が築城した、って説と 長禄元年(1457)ごろ、『梁田成助』が築城したって説があんだって。 どっぢにしても、中世の戦国時代に築かれたお城にゃ、間違いないみたいだべ。 土塁や堀さ工夫した城だった、らしいんだけんど。 今はこったら感じで、なんもない。 これは『関宿城博物館』の崖から、下の畑さみたとこ。 実際に『関宿城』さあった場所は、もちっと右・西の方向なんだけど。『江戸川』の河川堤防工事でな。 遺構は殆ど壊されて、残ってないんだと。 城に詳しい人なら、堀跡らしい田圃とか、 土塁の跡らしい土手とか、あるのがわかるらしいんだけど。 ちょっと眺めたとこじゃ~、さっぱし? 『本丸跡』も、わかりません。 どこにあんのかな~。 けんど、がっかりすっことないど。 ここにゃ、これがある。『関宿城博物館』だべ。 この建物は、実際に『関宿城』さあった、『天守閣』を再現したもんなんだって。 あ、『御三階櫓』っつうのが、正確な呼び名みたいだな。 遠くからみっと、ほんもんみたいだな~。 そういや~。『天守閣』って、実物さ見んの初めてだ~! 観光用のばっちもんしか、知んないや。 でっけ~な~。 時代劇に出てくるやつよりは、ちっこいけどw。 雰囲気は、ばっちし!だっぺ。 ほんもんの『関宿城の御三階櫓』はな。 寛文12年(1671)ごろにゃ、あったらしいど。 だどもな。台風で、ぼっこれちまったんだ。 そんで、当時の『関宿藩主・久世広之』が、『江戸城の富士見櫓』さ参考に、再建したんだと。 今のやつは『模擬御三階櫓』っつってな。『久世広之が、富士見櫓さ参考に再建した』って記録さ参考に、新しくこしゃったもんなんだと。 だから、江戸時代から残ってたもんじゃ~ないんだ。 実物さ復元したってわけじゃなくって、 今風に、中さ博物館にしてあっから、『模擬御三階櫓』っつうんだね。 なんだ。偽物なんか~。 でもな。そったらこといわれても。 外側は、素人にゃ区別さつかねえな。 とっても目立って、白い壁が綺麗だべw。 この辺、高いビルとかないかんな~。 遠くからでも、よく見えんだよ。 あ、あと。違うといえば。 ほんもんの『御三階櫓』さあった場所は、違うとこだったらしいど。 これも、川の堤防工事でなくなっちまったとか聞いたけど。 本丸の近くだったって。 堤防工事の前に、発掘調査さあってな。 土台らしい場所と、石垣に使われたらしい岩がみつかってんだ。 でも、岩の量からみて、あんまし高い土台じゃなかったみたいだど。 ふ~ん。 そんじゃ~、博物館とこの高台からみえるような、 広い敷地は見えなかったかもしんないな。 『御三階櫓』も、今みたいに遠くから見えなかったんかも・・・ だいぶ違っちゃってんだな。 こりゃ、見えるまんまの景色さ参考に、 戦国時代の状況さ空想するってわけにゃ、いかねえみたいだど。 むむむ。 こりゃ、新たな脳トレになりそうだっぺw。 さて。脳トレは、いったん追いといて。 こんどは『模擬御三階櫓』の内部さ、見学さしてもらうべな。 たのしみだな~。さ、さ、いくど。 脳トレの参考になりそうな戦国時代の地図さ、あるといいな~。《参考》 【送料無料】関東の名城を歩く(南関東編(埼玉・千葉・東京・神) [ 峰岸純夫 ]価格:2,415円(税込、送料込)【送料無料】図説房総の城郭 [ 千葉城郭研究会 ]価格:2,940円(税込、送料込) 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.12
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「関宿城」 最近、雨ば~り。 このまんまじゃ~、けつから根っこさ、生えっちまうど~。 ってことで。4月10日に、 雨っこさ降っても楽しめそうなお城さ、行ってきた。『関宿城博物館』だど。 場所は 千葉県野田市関宿三軒家143-4『利根川』と『江戸川』さ挟まれた、細長い地域に、あんだ。 千葉県っつってもな。海から遠いとこでな。 デズニ~なんてネズミの国は、う~んと、遠い。 『千葉県』の北西の端っこが、内陸の北に向かって ず~っと伸びてきた突端部分でな。 すんごく、狭いとこなんだど。 関東地方さ知らない人のいために、地図さ描いてみた。 ええと。 おおざっぱな地図で、道路や線路は省いてある。 だから、こんな感じかな~、ってイメージでみとこれね。 上の太い線が『利根川』で、『茨城県』と『千葉県』の、県境になってる川。 下の細い線が、『江戸川』で、『埼玉県』と『千葉県』の県境さなってて、もっと下ると『東京』と『千葉県』の、県境にもなってる川だっぺ。 んで、紫の点々さかいてあっとこは、『権現堂川』と『中川』が合流した川で、『埼玉県』と『茨城県』の、県境さなってる。 込み入ってんな。 生憎、『栃木県』は県境さ、接してね~んだけんど。『古河』の上んとこさあっから、、そったら遠くないんだよ。 道も4号線さ、ほぼ一直線に南下すれば、着く・・・はずだったんだけど。 ところがどっこい。 迷いましたw。 ま。目的地近くで迷うって行動は、えびねっこにゃ、お約束。 今回は西側の『茨城県』から、『利根川』を越えて『千葉県』さ入ったんだけど。 きょろきょろしてたら、『関宿城博物館入口』っつう案内板さ、 見落としちゃったんだ~。 これが、不味かった。 だどもすぎちまったもんは、しゃ~ない。 落ち着いいて迂回道を探す・・・さがす? あれ? ここどこ? 千葉にいたのに? 埼玉だ! う~ん。『江戸川』さ越えちまったみたいw。 もちろん、カーナビの案内は、あったんだけど。 曲がれ! って指示する道は、 細くてどこさ向かってるか、不安さなるもんばっかし。 そのうち、どっちさ向かって進んでんのか、わかんなくなっちまった。 ちょっとまて!『茨城県』どっち? 『千葉県』は? なんで『埼玉県』さ出てくんだ~! という状況。 パニック、っつうのは、こんな状態なんだべな~。 や~。ほんとに。『関宿城博物館』さ着いたときにゃ~、 背中さ痛いし、肩はこりこり。 気持ち悪くて、はきそうだったよ。 天守閣さ目の前にして、 もう、帰ろうか・・・なんて気分。 立ち直るまで、車ん中で、丸まってました。 なんでいつも、目的地さくっと迷うんかな~。 この習慣は、はやく治したい。 ・・・治るかな? ・・・治ると・・・いい・・なぁ・・・ 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.10
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「摩利支天塚古墳」『琵琶塚古墳』の横に、1本だけ開いた桜さあった。 きれいだな~♪ 他にもな。『琵琶塚古墳』の前にゃ、菜の花畑さあって、 隅っこでちびっと、花さ咲いてたよ。 満開さなっと一面黄色さなって、 や~!こっちも綺麗だべな~! この菜の花は、地元のボランティアのかたが植えてんだって。 秋はコスモス畑になるらしいど。 四季折々の花が、古墳さ囲んで、 にぎやかになんだべな~。 お散歩にゃ、ちょうどいい場所だな。 さて。散策ついでに、もちっと足さ延ばしてみんべ。『琵琶塚古墳』のすぐ横にな。『摩利支天塚古墳』つうのがあるんだど。 案内板によると、こんな感じ。 真ん中の車道さ挟んで、北っ側。 図の上のやつが『琵琶塚古墳』 南っ側。図の下が『摩利支天古墳』だど。 車道さず~っと北さいくと、『天平の丘公園』さいける。 あれ? 案内板によると、ここは小山市になんだって。『天平の丘公園』は、下野市だったっぺ。 1キロ歩いてくるあいだに、市の境界線さ越えちゃったどw。 っつうことで。『琵琶塚古墳』と『摩利支天塚古墳』のあっとこは、 栃木県小山市飯塚 って住所に変わるど。 でも、あんまし変わった感じは、しないな~。 さて。古墳の話さすんべ。『摩利支天古墳』は、5~6世紀の古墳でな。『琵琶塚古墳』よりまえに、築かれたんだ。 全長・約120メートル 高さ・約12メートル あんだって。 前方さ南に向いた、『前方後円墳』だど。 だども、ちょっと変わった形さしててな。 前方部分のさきっぽが、尖った形さしてんだって。『剣菱形(けんびしけい)前方部』っつってな。 めずらしいんだと。 道路から、みたとこ。『摩利支天塚古墳』の西側だっぺ。 こっちの古墳も杉さ植わってて、見ずらいけんど。 2つの山がはっきり見えるべ。『摩利支天古墳』も、2つの『周湟』さ持っててな。 全体の大きさは、推定197メートルになんだって。 栃木県内、2位の大きさだど。 あれ? 『琵琶塚古墳』とほぼ同じ大きさだな。 なのに、実物は、『琵琶塚古墳』のほうが でっかくて、立派に見えるど。 なんでだべ? 謎さ解こうと思ってな。『摩利支天塚古墳』さ近寄っていったら。 あや? 古墳の上に神社さある。 古墳の前方部分、なんだけど。 でっかいな・・・隅っこが、落ちかけてる・・・みたい? あれは神社かな? 狛犬さまさ、いんのかな?『摩利支天塚古墳』の東側にゃ、鳥居さあって、 古墳の上さ登る道も、あんだって。 地図によると、駐車場とトイレもあるらしいど。 そっか、次にくっときは、そっちさ利用すれば、楽だっぺ。 駐車場といえば。『琵琶塚古墳』とこにも、専用の駐車場さあんだよ。 古墳1つに、駐車場さ1つづ。 豪華だな~。小山市って、お金もち? 文化財さ、お金賭ける市なんかな。 だども、これで車でいっても、安心して古墳見学できるべな。 さて。今回は。 風さ強くなってきたし。さみ~し。 足さこわくなっちまったから、 古墳登りは、おあずけ。 これから1キロ、歩いて『天平の丘公園駐車場』まで 戻らなくっちゃなんないかんな。 あ、なんで古墳の大きさが違って見えんのかも、 わかんなかったな。 こっちも、次の機会まで、おあずけw だな。 駐車場の場所もわかったし。 古墳登りは次のたのしみに、とっとくべ。 こんどは、秋のコスモスさ咲くころが、狙い目かな~。 あったかくて、風のない日がいいな。《参考》【送料無料】栃木県の歴史散歩 [ 栃木県歴史散歩編集委員会 ]価格:1,260円(税込、送料込) 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村 ご感想さ、聞かせてくれっと、うれしいな。 コメントよろしくお願いします。
2013.04.07
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「琵琶塚古墳」『天平の丘公園』から南さ行くと、でっかい古墳さあんだって。 距離はだいたい1キロぐらい。 道はまっつぐ一直線に、車道さ沿って歩いてけばいんだ。 お散歩にゃ、ちょうどい~べ。 ってことで、行ってみたんだけんど。 ありゃ~、風さ強くなってきたど! そういや、夕方から大雨の予報さでてだべな。 だいじかな。降られるめ~に、着けるべか。 1キロ・・・思ってたより・・・遠いな~ 普段歩かないかんな。 は~、とおい、とおい。 おまけに風さ冷たくなって、耳さ痛いべ~。 くじけっちゃいそうだよ。 なんか、気さ紛らわすもん、ね~かな~。 だども、小鳥も寒いんか、ちゅん、とも鳴かね~し。 まわりは畑。 あ、作業さしてる人がいる。 他には・・・あ、これ、桜かな? 桜だべ。 車道の両脇に、桜さ植えて並木にしてあんだな。 3月23日は、まだまだ蕾の状態だったんだけど もう、満開さなったかな。 全部咲き誇ったら、綺麗だべな~。 けど、まだ、咲いてない。 ん~。気晴らしさなぐなっちまった。 しゃ~ないな~。 とにかく、歩こう。 歩かなきゃ、着かねえもんな。 えっちら、おっちら。よっこら、よっこら。 歩いていくと、ありゃ? 山だ! 違った。『琵琶塚古墳』だべw。 写真じゃわかんねっけど、 こんもりした2つの山が、はっきり残ってたど。『琵琶塚古墳』は、6世紀前半に気づかれた古墳でな。 全長・123メートル 高さ・約8.5メートル あんだって。 けんど、杉の木さ植えられてんで 全体の姿がわかんねな。 ほげほげと。 近づいてみたっくれ、お!穴だ。 古墳の周りさ、でっけ~穴さ掘ってあっと! なんだか、お城の土塁と堀さ、思い出しちまったな。 う~ん。そろそろ、お城散歩さしたいな~w。 ええっと。話さずれちゃったw。 この堀みたいなのが『周湟』っつうやつでな。 古墳の周辺さ囲んでる堀だっぺ。 覗いてみっと、これが深い。 たしか深さが、1メートルあるってきいたど。 こいつがぐるっと、『琵琶塚古墳』さ囲んでんだな。 そして、今は見えないけんど。 さらに外っかわに、もう一週『周湟』さあって、 2重さなってたんだって。 やっぱし、堀なんだ。 だども、お城の堀と、違う感じだな。 なんつうか、『周湟』のほうがなだらかで、 ゆっくりとだったら、滑りおりても平気かな~? と思える様子。 あ、だども、これは長い年月の間に、 ならされちまったもんかも、しんないな。 外の『周湟』までふくめっと、 全体の大きさは、198メートルさなる。 栃木県じゃ、最大級の『前方後円墳』なんだど。 杉さなかったら、もっとよくみえたんだけんどな~。 でっかい山にしか見えないな。 こっからは埴輪さ発掘されてんだけど。 詳しい調査さされてないんで、いまんとこ内部は秘密。なんだw。『琵琶塚古墳』の南側。 こっちが、前方部分らしいべ。 古墳の頂上部分にゃ、小さな祠さあってな。 上がって行けるように、道さあんだけど。 崖っぷちさ歩くみたいに、細く高い場所だかんな。 風の強い日にゃ、むかね~な~。 おまけに杉林の中は、暗くって・・・怖そう・・・ 今回は、やめとこ。 でも、『周湟』つうもんがどんなもんか。 実物さみれたから、文句なし。 戦国時代の城の堀と、違った感じだったけんど。 なかなか、興味さそそる、深さでした。 やっぱし、敵さ防ぐ役目さあんだべな。 防御の基本は、堀穴ってことなんかな。 や~、妄想が膨らむなw さて。馬鹿なことしてね~で。 次の古墳さ、行くべかな。《参考》【送料無料】栃木県の歴史散歩 [ 栃木県歴史散歩編集委員会 ]価格:1,260円(税込、送料込) 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.06
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「オトカ塚古墳」『岡見山』から南のほうへ。 林んなかさ続く散歩道さ歩いていぐと。 小さい川さ流れる、広場さ出る。 こんもりと盛り上がった地面。 これはほんもんの、古墳だど。『オトカ塚古墳』っつってな。 6世紀後半ごろのもんらしいべ。 墳丘部分。小山さなってっとこの大きさは 全長・約45メートル 高さ・約1.5メートル 写真じゃ~わかりづらいけど 綺麗にならされた表情と、ぽこっと窪んだ斜面は 勢いつけて走ってったら、あっつう間に、駆け抜けられそうだな。 古墳の形は、 前方が南さ向いた『帆立貝形 前方後円墳』。 あ、こないだの『甲塚古墳』と、おんなし形だべ。 案内版に、図さ書いてあったど。 う~ん。『甲塚古墳』とちがって『オトカ塚古墳』は、わかりにくいな。 ちょっと公園の土さ集めてきて、盛り上げたって感じだな。 ここからは、『玄室』さ発掘されててな。 河原石さ小口に積んでこしゃった、『横穴式石室』でな。 横から出入り出来るようになってんだよ。 埋葬さ済んだ後は、盗賊なんかに荒されね~ように、 土や石で閉じちまうんだけと。 横穴さ開ければ、後で埋め忘れたもんさ追加したり、 一緒に埋葬したい人さ出たときに、 追葬できるんだ。 他に『竪穴式石室』っつうのも、あんだけど。 こっちは、出入り口さない。 遺体さ入った石棺さ置いて、上から土さ盛っていく、って感じでな。 いったん埋めたら、掘り出せないんだ。『横穴式石室』のほうが、便利だな。 他に『周湟』っつう古墳の周囲さ掘られた溝も、発見されてんだ。『周湟』は『周堀』や『周溝』とも言われてっけど、同じもんでな。 お墓の敷地と外の敷地さ区別する為に、こしゃったものなんだと。 掘り出された土は、お墓の盛り土になる。 一石二鳥だっぺ。『オトカ塚古墳』の『周湟』は、 全長・約58メートル 現在は埋め戻されて地面の下で保存されてんで、見れない。 散歩道さなってるとこの下さ、あんだって。 埋葬品についちゃ、出てきたんかどうか、不明なんだけど。 埴輪はみっかてない。 古墳時代の、終わりんころだとな。 埴輪さ作って古墳さ並べるって習慣がない場合も、あんだって。『オトカ塚古墳』は、この習慣さなくなった時代の古墳なんだべな。 周囲から出てきた土器から、『オトカ塚古墳』さこしゃった時代を、推測したんだと。 古墳ってみんな、立派な埴輪さ並んでるって思ってたんだけど。 違うやつもあんだな。 なんか、理由さあんのかな? 古墳ってやつも、調べてみっと、いろいろなタイプさあんだな~。 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.04
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「国見山」『天平の丘公園』の地図さ見っと、 真ん中に道路さいっぽん通ってる。 そこさ境にして、北半分が『国分寺・尼寺』さある史跡公園になんだ。 今日は南半分の森林公園部分さ、書いて見るべ。 公園内にゃ、復元した昔の建物や、民家もある。 けんど、メインは森林だな。 道は土道が多いけど、のんびり森林浴さ楽しめる。 小鳥もいっぱい、いる場所なんだ。 南側の中央辺りに、ひときわ目立小山さある。 お!古墳だ! と、初めて見たときは感動しちまったんだけど。 これ、古墳じゃないんだ。『国見山』っつう山でな。 ん~。塚みたいなもんかな。 正面からみたとこ。 写真じゃわかりづらいけど。 横からみっと『前方後円墳』の形に整備されてる。 地図の、真ん中んとこに、書かれてんだけど。 そこにも『前方後円墳』の形に書かれてる。 丘の周りにゃ、『周湟』っていう古墳につきものの堀も、巡らしてある。 でも、古墳じゃないんだよ。 遺体さ埋葬するための『玄室』もないし。 古墳だって証明する、『土師器や須恵器』、『埴輪』や『装飾品』の類いは、出てないみたいだかんな。 なんで、古墳みたいな形に整備したんだべ? 公園化したときに、こしゃったんだよね。 紛らわしいど! てもな。全く歴史に関係ないってわけじゃ、ないんだ。 公園整備んときに、この辺りさ掘ったらな。『常滑焼の壺』に入った『渡来銭』が、見っかったんだと。 発見された『渡来銭』は『唐の開元通宝(621年ごろのもの)』から『明の宣徳通宝(1426年ごろのもの)』まで、59種類。 全部で、12,441枚、出てきたんだ。 埋蔵金け? なんか、すごい数だっぺ。『常滑焼きの壺』や『渡来銭』さ調べたら、 大体15世紀前半。 室町時代のころに埋められたもんたって、わかったんだと。 そんでな。『渡来銭』さ発見されたことで、 室町時代の下野国で、銭が使われていた事実が、 はっきりしたんだよ。 下野国は、都から遠いかんな。 銭の流通も、遅かったんだな。 取引は、まだまだ米が主流品。 銭は貴重品の時代。 だもんで。 ここさ埋められた『渡来銭』は、 贈答品や貴重品として備蓄されていたものじゃないか、 っていわれてんだと。 あるいは。『国分寺や尼寺』の修復費用として、 近所の人たちが集めた銭を埋めておいた、 って説もあるらしいど。 それって、へそくり? 違うかw。 でもな。 掘り出して使わなかった、ってことは、 盗賊が埋めた戦利品、だったりしてw。 それとも、埋めた場所さ忘れちまって、 掘り出せなかったとか? や~。当時の人が、なんで埋めたんか。 想像してみっと、結構いろいろ出てきそうだなw。 今んとこ、これだ!って有力な説は、ないみたいだど。 さてさて。真実は、いったい、どうだったんだべな。《参考》 ホームページ・下野市の文化財 http://www.shimotsuke-bunkazai.com/culturalassets.php?id=42 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。にほんブログ村
2013.04.02
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