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なんとなくやる気がなく、やっても続かないのです。 難しい本を読もうとすると、すぐ投げ出してしまいます。人と話をするといいのですが、その後、また元に戻るのです。夕べはカレーを作ったのですが、鍋が違っていて、ちょっと焦がしてしまいました。でも、今朝、ホームページを開けたら、イザッチさんから書き込みをいただいていて、うれしくなりました。つづく
2005年09月30日
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人に会うとき、相手から名刺をだされたとき、名刺がないと気まずい思いをすることがあります。私はもう会社の名刺はないのです。しかし、私は、自分で作った名刺を持っています。去年は、U社顧問、コンサルタント、問題解決研究所と山菜研究所という肩書きを書いていました。ある会社へ行ったときなど、十人以上の人から名刺をもらい、この名刺を配りました。結構話の種にもなって都合がよかったです。ところで、数日前、誰かがドアベルを押したので行ってみると、子供達が小さいときにお世話になった自転車屋さんでした。長い間会っていなかったので、話が弾みました。別れるとき、名刺をくれというので、上記のを渡して、U社は首になったけど他のは今年も続けてやっていると言うと、親子の問題はどうかと真剣になって聞くのです。知人が息子さんのことで困っているらしいのです。そういう相談を受けたこともあるのですが、これは危険だと思ったので、いろいろな相談を受けてはいるが、私の専門は技術とか分析だからと説明したのでした。電話でも来たらどうしようかと、ちょっと心配しています。つづく
2005年09月29日
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「学ぶのが好きで、信じて楽しむ」ということですが。「信じて」というところがよく分からないのです。でも、もしかしたら、こういうことかな、思いつくところがあったのです。そして、宣長翁のやり方に、私の研究の考え方が似ているところがあるように思えるのです。ポイントは「まんずやってみれ!」と「チェック機能」(私の問題解決の考え方)だと思います。上記、「信じる」というのは、いろいろな解釈の中で、自分の解釈が正しいと感じる(チェック機能;そういう確信を持つ)ことかなと思いました。「古事記」は漢字の羅列なのです。それぞれの字が意味を持つものか、発音だけのものかの区別もできないし、意味も、発音も前もって分かっていないのです。宣長翁はとにかく読み始めたのです(まんずやってみれ)。何回も何回も読み、また、当時の他の文書も読むに読んだのです。このような、大変な作業を続けるうちに、書いた人が何を言おうとしているか判断ができるようになってきた(信じられると言った方が正確かもしれません)のです。このようなことを35年も続けて完成したのが「古事記伝」なのです。結局は、毎日のたゆまない努力だったのです。毎日コツコツと昔の日本語の勉強を続けたのです。解釈の結果が本当に正しいかどうかは分かりませんが、書いた日本語の起源を明らかにするために多大な貢献をしたことは確かです。つづく
2005年09月29日
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今日は母から頼まれ、母がある銀行の人と会うのに同席しました。そのために、朝早く家を出たのですが、頭がぼおっとしていました。定期入れ(定期は入っていない)は忘れるし、駅で切符を買うのは忘れるし、改札口でお金を入れようとするし、電車では寝てしまい、相当ぼけた状態で母のところに着きました。用件は、5年ほど前から、この銀行に、儲かると言って勧められ、始めた投資信託のことでした。2年ぐらい経ったら、大変な損失になっていたのです。そのとき、困った母に相談され、銀行へ行って文句を言っても後の祭りでした。状況を全部説明してもらって考えても、もうどうしようもないのです。幸い、母が生活に困ってはいなかったので、このままの状態でただ待つことにしました。今回は、この件で銀行の人が来てくれ、母に状況を説明してくれることになっていたのでした。話を聞くと、最近の株価の上昇で、一部プラスに転じたので、これを「整理したら」とのことです。具体的には、得している部分だけを解約し、定期預金に入れると言うのです。ここまで私はぼおっとして聞いていたのですが、急に、私が問題解決研究所をやっていることを思い出しました。そして、いろいろ質問し、これまでの銀行の対応についての不満(母の)を言い、現状をもっとよく考え、全体を考えて判断してくれと言ったのでした。というのは、一部プラスになったと言っても、残りはマイナスで、全体としてまだマイナスなのです。そして、今プラスになっているのがさらにプラスになる可能性がかなりあるようなのです。残りのマイナスの分の一部にも、まだ上がる可能性があるのです。また、5年も前に始め、ずっとマイナスであったものがちょっとプラスになったから「整理する」のかとも言いました。また、いつこの投資信託を始めたかも(5年前ということ)、この人は言えなかったのです(母も知りませんでしたが)。銀行に電話で聞きだしてもらい、5年の儲けとしては大変不満足だと言い、もうちょっと様子を見たらどうかと提案したのです。そうしたら、この人は、今度は今年中ぐらいはまだ株価が上がりそうだと言うのです。結局、今年一杯待ってから、改めて考えようということにしました。株価が下がったら、損をするかもしれませんが、私としては、そのような判断を下しました。それで、銀行の人が帰ったら、母が銀行へ行って、通帳に記帳してきてくれというのです(もう違う話です)。私は自分のもなかなかしないのに、いやいや、銀行へ行き、記帳をし、通帳を母に渡してから帰ってきました。母はとても几帳面で、始終記帳してはチェックしていなければならないのです。分からない、分からないとは言いながら、まだ自分のお金を自分で管理しているのです(大したものです)。銀行の人がいるときだけはかなり元気がよかった私ですが、その後また気分が悪くなり、家に帰って、うちの温泉に入って、ちょっと寝てしまいました(今朝は5時前から起きて、8時前には母のところにいました)。わが問題解決研究所も、このような問題も考えるようになってきました。自分で勉強しながら行っている、私の資産運用は、今のところ損はしない程度のところになっています。しかし、本格的に他の人の相談に乗るというのはまだ無理のようです。
2005年09月28日
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インターネットで松島の名所のことが書いてある、300年ぐらい前の本「松島諸勝記」を探したのですが、見つかりませんでした。しかし、探している間に、昔の書体で書かれた「枕草子」(寛永中期の本)を見つけてしまいました(全文)。私の古文書の勉強に大いに役に立つものです。夢中になって、私のパソコンに入れてしまいました。そして、松島のことはすっかり忘れていたのでした。つづく
2005年09月27日
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この本は、松島の瑞巌寺の宝物館で「こうれん煎餅」のことを聞いたら、教えてもらった文献の一つです。こちら(埼玉)の図書館になくて、県立図書館から取り寄せてもらったものです。こうれん煎餅を700年前に焼いて売り始めたという紅蓮(光蓮、香蓮)尼の記事も興味深かったが、その他にも面白い図や文が沢山ありました。今日は、絵を見たり、文を読んだりしています。香蓮尼の記事は、「諸勝記」という本に「あや子」という人が書いたものらしいです。これからインターネットで調べてみようと思います。つづく
2005年09月27日
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論文「私の問題解決の考え方」に書く内容についても、実際に書く作業についても、集中できません。すぐ疲れるのです。私は元々書くことはあまり好きでないのです。しかし、研究をしたら、やったことを発表しなければならなく、そのためには、分かりやすく書かねばと思い、努力はしてきました。そして、ここ3年ぐらいは、分かりやすい論文(上記)を書くために、毎日何かを書くように心がけてきました。しかし、今は、論文そのものを書く作業の方はそのままにし、主として、本を読んだり、頭の中で考えたり、話したりしています。書く方は、この日記だけです。これもなんとなく焦点が定まらず、自分でも何を言いたいのかがはっきりしなくなることがあります。考えてみたら、論文の内容もはっきり決まったわけでもないので、そちらの方について自分で考えるということもしなければなりません。体が痛いなど言って、でれでれしている場合ではありません。つづく
2005年09月27日
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ちょっと用事があって外を歩いたら、朝とは違い、相当暑かったです。かなり汗をかいて帰ってきました。歩きながら、「私に和歌が読めるだろうか?」ということを考えました。宣長翁によれば、何かに感動できれば、それが自然に歌(和歌)になって出てくるものだそうです。私には、こういうことは全く苦手なのです。自分の心を詩や和歌に表現しようなど、思ったこともありません。でも、研究の方は別です。自分のやっていることに面白さを感じたり、好きになったりして(一種の感動だと思います)、夢中にやり遂げようとするようなことはごく自然にやってきたのです。論文もかなり書きましたが、文を書くことの楽しさとか、面白さはあまり感じなかったです。でも、最近、ホームページに日記を書くようになり、読者の皆さんから意見をいただくとうれしくなります。しかし、まだ、修行が足りませんね。書くのが楽しいというところまではなかなか行きそうもありません。つづくここのところ天気が悪く、太陽電池の成績もあまりよくありません。20日から1週間、1、5、1、7、0、2、11 kWhしか発電しませんでした。
2005年09月26日
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朝早く、女房と一緒に、近くの公園へ散歩に行きました。この間までの蒸し暑さが信じられないくらいの涼しさでした。歩き始めはちょっと寒いと思いました。園内の桜の香りがとても気持ちよく、15分ばかり早足で歩いて帰ってきました。それにしても、今年の夏は参りました。7月下旬の骨折から8月一杯毎晩夜中に目が覚めてしまいました。最近になりやっとよく寝られるようになってきました。つづく
2005年09月26日
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ここのところ数ヶ月間、乱読、斜め読み、息切れするほどのおしゃべり、メール、インターネット使い放題、IP電話、テレビ、ラジオ(ごちゃごちゃな分類になってきました)などで、玉石混交の情報が私の頭に入ってきては消えていっています。「もののあはれ」、「源氏物語」、「確率・統計」、「仏教」、「儒学」、「国学」、「宇野千代」、「桐野夏生」、「直木賞受賞作家」、「小林秀雄」、「斉藤孝」、「さだまさし」、「細木数子」、「肋骨骨折で会ったお医者さん達」、「秋田」、「U社」、「県立大」、「沢山の頑張り屋さん達」、「ありがたい親切」、「感謝」、「感動」、「哲学」、「教育」、「星の王子さま」、「アリスの不思議な国」、「岡潔」、「物忘れ」、「本居宣長」、「大勢の友達の言葉」、「和歌」、「俳句」、「論理」、「直感」、「分からないこと」,「孫達の行動」、「おこうれん」・・・皆、つながっています。一つの絵にできるはずです。ジッグソーパズルのように。「問題解決の考え方」に。つづく
2005年09月26日
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ここのところ、天気のせいもあってか、調子があまりよくありませんでした。しかし、背中や肩の痛みはずい分減りました。ところが、面白いことに、骨を折ったと思われる部分がやっと痛くなってきたのです。息切れはまだあります。人間の体というのはよく分からないものですね。痛い場所がどんどん変わっていくのです。もし、肋骨を折っていなかったら、私は腰痛で気分が悪かったでしょう。今、腰はあんまり痛くならないのです。「病は気から」と言います。精神的なことで簡単に感じることが変わってしまうのかもしれません。そう言えば、最近、左手の中指がずっと痛いのです。これも前はなかったことです。研究でも、実験の作業がいやでいやで、何をやるのも面倒くさいと思うことがあります。しかし、ちょっと面白いと思うようになると、同じ作業を苦労と感じなくなるのです。気の持ち方というのは本当に大事なことですね。でも、台風が近づいてくると気分が悪くなるのはいつもです(私の場合)。今日、私は昼寝もし(午前も午後も)、台風もどこかへ行ってしまって、気分がよくなりつつあります。今夜はよく寝られそうです。
2005年09月25日
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実は、ここのところ3日ぐらい、ずっと気分がよくなかったのです。でも、お墓参りも済ませ、昼寝もして、元気を取り戻してきたようです。今日は次女が、家族と一緒に、7月に生まれた孫を見せに来てくれました。もう6キロもある女の子で、いろいろなことがかなりよく分かるようです。子供の成長というのは本当に速いものですね。朝、昼と一緒に食べて、午後、上の子の3才の誕生日を祝ってから、さっき(15時頃)帰りました。この子が生まれた3年前と言えば、ちょうど私が秋田にいるときで、携帯の圏内や圏外の混じっているところで、知らせを待っていたことを思い出しました。時の経つのは早いものです。今年は、私の論文もいくらか進んできたようです。本居宣長翁のことを勉強しながら、私の、問題解決の論文の話の筋が少しずつ分かってきているような気がしてきました。書いているうちに、まだ発散するところがあるかもしれませんが、大筋が分かりかけてきた(ある程度文に表せる)のではないかと思います。つづく
2005年09月25日
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小林秀雄:「本居宣長」「源氏物語」と「もののあはれ(あわれ)」について60ページ以上も費やして説明していますが、私にはよく分かりませんでした。特に、「源氏物語」について言っていることが通じてきませんでした。夕べはよく寝られないで、理解も進まず、相当イライラしてしまいました。感じたことを素直に表すのがいい(女童の気持ちになれ)と言っているようです。不倫みたいなことでもいいのでしょうか(源氏物語)。でも、研究について、「子供の心」になってやるのがいいと私が思っていることと相通ずるところがあるかも知れません。ただし、私は、あるがままに、いろいろなことを受け入れろとは言っていますが、鵜呑みはだめと言っています。宣長翁も、昔の文に接したとき、書いた人が言おうとしていることを素直に受け入れようとするのですが、実際には、いろいろな文献を調べ、比較して、一番妥当な解釈をしようとしています(正解かどうか分からないことが多いと思いますが)。その文だけを見て、自分に都合のよい解釈をしようとはしていません。
2005年09月24日
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今日は台風が近づいています。おかげ様で、昨日は一日中気分が悪く、夜もよく寝られませんでした。ということで、宣長翁についての難しい本を読むことになってしまいました(小林秀雄著の)。体はそこいら中痛いし、本は理解できないし、とても気分の悪い一晩でした。でも、朝起きると、腰が痛くなく、雨もまだ降っていませんでした。そこで、一瞬のうちに、お墓参りへ行こうと決めました。昼前に家に戻ってきて、帰りに久しぶりに買ってきた、横浜のシュウマイで昼食を取りました。これがかなり美味しかったのです。その後、我が家の温泉(入浴剤入り)にゆっくり入ったら、昨日と比べると、気分が全くよくなりました。これから、ちょっと昼寝をしてから、宣長翁についてもう一度考えてみようと思います。つづく上記のシュウマイは昔からあるのですが、子供の頃のものの方が美味しく感じました。現在のものには、肉が沢山入っていて、ホタテまで入っているのです。昔は、たまねぎやでんぷんが多く、肉は少なかったのですが、本当に美味しかったです。今のは硬い感じがします。美味しいものと言えば、食後に食べた本荘のモロコシはとても美味しかったです。ホームページの「好きなお菓子」に入れましょう。もう十何代目になるとか、江戸時代から作っているそうです。秋田で売っているものより硬めです。焼きモロコシというのが得に美味しいです。黒砂糖のものも美味しいです。
2005年09月24日
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昨日は一日中気分が悪く、今日は多分お墓参りは止めだなど言っていました。ところが、朝5時に起きると、気分はそんなに悪くないのです。そこで、急遽、お墓参りに横浜まで行くことにしました。途中はずっと雨でしたが、お墓に着くとほぼ止んでしまいました。お参り後、今日は真っ直ぐ家に帰ってきました。11時半ぐらいには家に着いていました。帰りの電車と乗り換えた駅がちょっと息苦しかっただけで、なんとか無事帰ってきました。つづく
2005年09月24日
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7月の下旬に肋骨を折って、もう全快したと思ったのに、まだのようです。ときどき息苦しくなります。暑いとき、空気が汚いとき、しゃべりすぎのときなど。体が天気予報みたいです。雨の前など気分が悪いのです。今までも腰痛もちで、天気が悪くなるのが分かったのですが、もっと敏感になったようです。細かい作業がまだ続けてできません。あまり頭を使うのもだめです。この間再インストールしたパソコンも完全に復活していません。本当は明日お墓参りに横浜へ行くつもりでしたが、今の状態では止めようと思っています。体があちこち痛いです。台風のせい?つづく
2005年09月23日
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この人は昔の本を読むのが本当に好きだったのです。そして、これまでの他の人の解釈をそのまま受け入れるのではなく、昔の文をその意味通り(欺かずに、あるがままに、なるべく簡単に)理解しようとしたのです。分からないときは、正直に分からないということを認めてさらに研究(勉強)を重ねたのです。これは、とても難しい、大変な作業だったのですが、それは、この人にとっては、とても楽しいことだったのです。この人がいろいろなことを経験するときに、「好信楽」(好んで信じ楽しむ)と言ったのも、この態度と共通なところがあるのでしょうか。以上のことは、私が十分理解したことではありません。これまで、宣長翁について読んだことから想像したことです(まだ勉強中)。私も、研究するときは、あまり難しく考えないで、素直になろうと心がけています。研究の面白いところを見つけて、楽しみたいと思っています。調べる前に考えすぎないようにしたいと思います。それが「まんずやってみれ!」です。やりながら(経験、苦労しながら)、いろいろ考えると、面白くなって、もっと頑張れるようになるのです。経験を積むと、やっていることの良悪がわかってくるようになり、悪い場合の原因も調べられるようになってくるのです。私は、宣長翁と比べ、相当疑い深いのです。昔の日本人が日本の言葉で話したことを漢字混じりの、漢字を使った仮名で書いてあるからと言って、乏しい証拠(他の部分の用例や他のその頃の資料)を使って、古事記の内容をあのように「解釈」することは大変なことです。多分分からないというところが多いと思います。宣長翁だって、実際にはそう言っているのかもしれません(私は「古事記伝」を読んでいないのです。)。後代の人がこれを読んで、こうであると勝手に思い込んでしまっただけかもしれません。この本の最初に出てくる「天地・・・」の二文字の読み方とそれらの意味の解釈だけでも、非常に難しいことのようです。つづく
2005年09月23日
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忘れてしまったわけではありません。もう1回よく考えてみましょう。言いたいことを全部言っているか?なるべく素直に、簡単に言っているか?次の章へつながるように書いてあるか?大事なことが抜けていないか?自分で理解していることのみを書いているか?分からないことは正直にそう認めているか?つづく
2005年09月22日
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群馬産のそば粉(新そばではないが)を水にかなりうすくといて、弱火で水からゆっくりと加熱をしながらかき混ぜたら、美味しいそばがきができ上がりました。今日は、生ねぎとワサビ少々と、今日は三崎(神奈川県)の「まぐろ角煮細片」という佃煮を乗せました。これがとても美味しく、女房と二人でたっぷり食べてしまいました。この佃煮は角煮のくずみたいなものに生姜をたっぷり加えて煮たものでとても美味しくできていました。最近、手打ちそばをあまりやっていないので(ついこの間沢山食べましたが)、また思い出しました。でも、そばの味を楽しむのはそばがきかもしれませんね。んめえ!
2005年09月22日
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郵政民営化の反対して当選した12人のうち11人は小泉さんを「支持」してしまったそうです。あきれたものです。それぞれ、いろいろな場合どのようになるか、どの選択が自分にとって一番得になるかと、各種確率を考えての行動でしょうが、国会議員というのはこんなものなのでしょうか。そう言えば、何年か前、アメリカ人で、確か、環境関係で、日本の大きな賞をもらった人に、原子力を使うことの是非をたずねたら、政治家に任せたのがいけなかったというような答えをもらったような気がします。
2005年09月22日
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「出会い系サイト」(これもよく分かりませんが)にトラックバックしていただいてしまったようなのですが、どうしたらいいのでしょうか。なんとなく危険を感じて削除しましたが、削除してもどうにもならないのでしょうか?
2005年09月22日
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世の中は分からないことだらけです。問題にぶつかったとき、二つの解決策を考えたとしましょう。私達は、このようなとき、自分で考えて、どちらの解決策と採るべきかを判断し、行動しなければならないのです。それぞれの解決策が成功する確率というのは、サイコロのある目が出る確率とはちょっと違っているのです。サイコロの場合、何回も何回も振って、ある目が出る確率が1/6だなど言いますが、ここで考えている問題解決で、は多くの場合、1回しかやらない場合の確率で、よく分からないのです。私達はどっちの方がうまく行きそうかということを考えて、良いと思うほうの解決策を実行するのです。しかし、そのとき、片方の確率が75%なんて言えません。この確率は、サイコロでできたような回数による定義づけはできません。だから、成功する確率と言っても、具体的にどういうもの(値)であるかよく分からないのです。確率論は数学の一部なのですが、このようなとき、客観的でない要素が入らざるを得なくなります。英語で言うと、確率をdegree of beliefという定義があります。つづく
2005年09月21日
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これは、新しいドラエモンの歌の歌詞の一部だそうです。私は4月の初めまで、「ハグ」という言葉が日本で使われているのを知りませんでした。そのとき、久しぶりに会った秋田美人にハグしてもらったのです。ちょっと後、その人が「ハグした」と言うのを聞いて、こんな言葉が使われているのかと思ったのでした。今回も本当は「ハグ」してもらいたかったのですが、会う前にすごい汗をかいていたので、その場面になったらどうしようと、ちょっと恐れるとともに期待していたのです。実際には、確か、「お久しぶり」という言葉と私の大好きな笑顔しかもらえませんでした。この人の他にはハグしてくれたのはあーちゃん(3才)しかいません。「ハグ」の言葉で、秋田を思い出してしまいました。帰ってきてまだ2週間しか経っていないのに。
2005年09月21日
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古事記の研究で有名な本居宣長翁のことを勉強しています。この人の研究の態度には学ぶべきところが沢山あると思うからです。小林秀雄:「本居宣長」を読み始めました。この本は、宣長翁の遺言状とお墓の話から始まっています。私には少し難しい文ですが、著者は、宣長翁の言ったり、やったり、書いたことから、この人の姿を表そうとしているようです。この人がどうあるべきかなどということを考えていないようです。あるがままに受け入れようとしているように感じられました。最後まで読めるかどうか分かりませんが、毎晩あるいは夜中に、少しずつ読んでいます。つづく
2005年09月21日
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この車椅子の方だって、結局は、学校でも、仕事でも、やる気と元気をもって、毎日コツコツと努力をされた(多分普通の人より大変な)からでしょう。本居宣長翁が「古事記伝」をはじめとする多くの研究を、お医者さんをやりながら、やり遂げられたのも、何かを解明したいという強い心と、毎日少しずつでも前へ進もうという努力のおかげであったと思います。つづく
2005年09月20日
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ちょっと本を読んだら、4時になっていました。そこで、ラジオをつけてみました。NHKの「こころの時代」でいい話を聞けることがあるのです。子供(高校?)のときにアメリカで脊髄障害になり、車椅子生活になった人(山崎さん?)の話でした。診断直後、お医者さんは体の状態を正直に全部教えてくれ、車椅子生活でできるいろいろなことを示した本を沢山持ってきてくれたそうです。そして、ある牧師さんが「毎日感謝して生きなさい」と言ってくれたそうです。いい人に会えたこと、いい日だったことと、もう一つはよく聞こえませんでしたが、多分、自分の体に。次に、リハビリを始めるときに言われた言葉は、「こうなる前に、あなたがやろうと思っていたことは全く変える必要はありません。やる方法が変わるかもしれません。道具が必要になるかもしれません。でも、目標は変えなくてもいいのです。」だったそうです。この人は、アメリカで高校も、大学も優秀な成績で卒業して(生活も大いに楽しんで)、今は、日本で、障害者のための機器や道具などを輸入する会社をやっているとのことです。忙しく働くだけでなく、水泳とか、テニスのような趣味も大いに楽しんでいるとのことです。私は、「大したもんだ。」と驚くばかりでした。この人は、このようにうまく行ったのは、障害者になって、どこも障害のない人たちより、目標を絞り込めた、あるいは、一つのことに集中できたからではないかというようなことを言っていました。これは、私に、「やる気」について、考えさせてくれた話でした。今考えています。考えた結果私は、この人は元々やる気のある、明るい、能力のある人だったと思います。しかし、車椅子生活になっても、本来の気の持ち方を失わなかったばかりか、もしかしたら、これらのいい性格がもっと強くなったのかもしれません。これは、周りの人たちのおかげかもしれませんし、自分が難しい状態におかれたときに、しばしば出てくる人間の馬鹿力かもしれません。私は、人間が大変な苦労をするときに、人間の本当の力が出てくると思っています。人によっては、苦しくなると諦めてしまう人もいますが、こういうときが力の出しどころ、いい仕事ができるチャンスだと思います。(偉そうなことを言いながら、私は苦労不足ですが。)これは、今は亡くなった、私の、小学校のときの先生も言っておられたことです。似たようなことは、私の尊敬する国語の先生、大村はま先生も言っておられます。子供に与える課題というのは、その子の実力よりちょっと上のものを与えた方がいいとおっしゃっていたと思います。火事場の馬鹿力とも言うではありませんか。困難から逃げないで、立ち向かうと、結構うまく行ってしまうことがあるのです。
2005年09月20日
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やっと、よく寝られるようになりました。というのは、寝たのが8時だったからです。夜中にどこか体が痛いというのを感じないで寝られました。息苦しさのことでもう1回今週お医者さんへ行くことになっていますが、後は時間の問題のような気がします。息切れがするなんて言いながら、大勢の人と大声でしゃべっているのですから。お医者さんの奥さんから言われました。「そのくらいしゃべれれば大丈夫よ。」今、暖かい牛乳を飲んで栄養を補給したので、確率・統計の本を見ながら、もう一眠りしようと思います。つづく
2005年09月20日
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今朝は割と気持ちがいいので、図書館へ調査のため出発した(歩いて)のですが、非常に蒸し暑く、空気が臭かったので、また、息苦しくなってしまいました。途中、木陰のベンチでひとっきり休み、図書館にたどり着き、なんとかやるべきことを終わらせて、昼食を食べてから帰ってきました。今日は、「ギョウザの満州」で餃子ライスを取ったら、意外と美味しかったです。ご飯もアキタコマチだそうです。スープとお新香もついて290円でした。気取ったお店の大きな餃子よりずっと良かったです。帰ってから、風呂に入り、昼寝をしてしまいました。教育の勉強をしながら。気温は32℃ぐらいまで行きましたが、太陽電池の発電量は10kWhまでしか行きませんでした。つづく
2005年09月19日
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自分で考えて、判断、行動するために役に立つようです。何かを始めようというときいうときなど、いろいろな可能性を考えるようになります。確率を定義するには可能性が分からなくてはいけません(サイコロを振るときは普通1から6の目が出る可能性があるというようなこと)。但し、考えたことをどんどん応用していくのです。考えてばかりいると、哲学とか、宗教の世界に入ってしまい、結局、何もやらないで終わってしまう確率が高いです。いつも言っているように、「まんずやってみれ!」です。そのときに、五(もっと多い?)感を働かして(いろいろな可能性を実感したり、その存在に気づいたり)、いろいろな可能性や、それぞれの問題点などを、経験と自分の思考、勘や判断で、把握することが一番大事だと思います。
2005年09月19日
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前にも書いたと思います。考えたと思います。でも、とても大事なことなので、皆さんも考えてください。ある問題を解決するために、二つの方法が考えられるとします。私達は、どっちの方法が成功の「確率」が高いか、どっちの方が労力を使わないでできるか(こちらも確率にできます)とか、自分で考えている、いろいろな項目で二つの案を比較し、どちらかを選んで、行動しているのです。確率・統計の場合のように、確率を数にして表さないかもしれませんが、私達の意識、無意識の中で、二つの案のどちらで行くのが有利かを、頭の中で、ある程度自動的に比較しているのです。こういう手順とか、作業や出る結論を数や式で表わそうとするのが「確率・統計」であると言えるでしょう。つづく
2005年09月19日
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「分からないということを知ることが分かることである。」「分からないということが分かったら、分からないと言うべきである。」などと(正確でないかもしれませんが)、昔から賢人が言っています。人間には、分からないことが沢山あるのです。だから、どの学問でも、「統計・確率」を学ぶことがとても大事だと思っています。でも、「確率」とは何かということを本気になって考えると、なかなかうまく説明できません。学校でも、ちゃんと教えてくれません。つづく
2005年09月18日
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ここのところ、我が家の太陽電池の発電量についてかきませんでした。9月8日から今日18日まで、 13、3、8,6,13,12,11,7,7,12,12 kWhでした。1日平均9.5kWhでした。これでは、一ヶ月の最高記録は無理です。結局、4,5月頃が最高ということになりそうです。つづく
2005年09月18日
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今朝起きたときは気分が良かったのですが、新宿の雑踏を通り抜けたり、バスに乗ったりすると、まだ息苦しかったです。電車の中は比較的大丈夫でした。先週も、窓を閉め切った自動車に乗ると、息苦しかったです。でも、先ほど、何とか、家に帰ってきました。水分を取り、少し食べて、落ち着いたところです。母はいくらかいいようで、毎日、整骨院へ行ってマッサージしてもらっていて、血圧も安定していました。昼に、かなり大きいお弁当(寿司会席)を持って行ったら、相当食べられました。この調子で少しずつ動けるようになってもらいたいです。つづく
2005年09月18日
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今週は調子がよくありませんでした。近所のS医院へ昨日行って、息切れがするとか、平衡感覚がなくなってきたとか、いろいろ言ったら、先生の奥さんがいて、ちょうど、市の健康診断が始まったので、明日また来て健康診断を受けたら、と言ってくれました。今日、また行って調べてもらい、特に悪いところは今のところなさそうだと言われ、図書館へ行き、小林秀雄の「本居宣長」という本を借りてきました。帰りに、カレー屋さんでしゃべりながら食べてきたら、少し息苦しさが減っていました。(息苦しいと言いながら、S医院では、先生、看護婦さんや奥さんに、階段から落ちて危なかったとか、今週どんなに辛かったかをいろいろしゃべってきたのでした。)家に帰ってきたら、秋田の二人の友達のことを思い出しました。二人とも、顔にちょっと怪我をしたそうなのです(最近、他の私の友達にも、このようなことが起きているのです)。早速、電話をして(二人ともお店をやっているので仕事中に)、大きな声で長話をし、二人の邪魔をし、互いにもう少し気をつけようと言い合ったのでした。不思議なことに、電話をし終わったら、息苦しいのが治ったみたいではないですか!!??ところで、今日、うちは猫と私だけです。猫の飼い主の女房は、私が苦しんでいたのに、娘のところへ行ってしまったのです。孫の幼稚園に敬老の日に行かなくてはならないのだそうです。ということで、私は猫の面倒まで見なければならないのです。私は猫はあまり好きではないのに、17年間も我慢してきたのです。そして、猫がきらいなことを口で言ったり、態度で表したり(尻尾を引っ張ったり、足でどかしたり、手荒に扱ったり)するのですが、この猫(トラ)は私が好きみたいなのです。それどころか、私を我が家で一番偉いと思ってくれているようです。とにかく、ゆっくりと風呂に入り、早めに、ピザトースト、サラダ、秋田のリンゴと紅茶の夕食を自分で作り、食べたら、結構美味しいではないですか。食後に、秋田の純米吟醸を少し飲んで寝たら、6時間もぐっすり寝てしまいました。これは7月下旬からの新記録です。そのとき肋骨を折ってから、夜、寝るのが大変だったのです。明日(18日)は、東京の母のところへ、上等なお弁当でも持って、様子を見に行ってこようと思います。
2005年09月17日
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私は何人かの聖子さんが好きです。しかし、今回、その一人にがっかりしてしまいました。野田聖子さんです。これまで、あんなに強く郵政民営化法案に反対と言ってきたのに、今、はっきりと反対と言えないのです。もごもご、まだこれから考えるというようなことを言っているのです。そもそも、なんで立候補したのでしょうか。こんなあやふやな考えであったとは思いませんでした。聖子さんに投票した、あんなに多くの人達の気持ちはどうなるのでしょうか。これでは、「嘘つき」と言いたくなります。そう言えば、社民党のなんとか清美さん(でしたっけ?)も当選しましたね。この人も恥知らずです。ここのところ、亀井静香氏をテレビで見ていません。静かになってしまったのでしょうか。10万以上の人達に投票してもらったのです。もっと強く反対と言うべきです。つづく
2005年09月17日
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体の調子が悪いなんて言いながら、美味しいものは分かるのです??!!まず、秋田のお土産の、本荘の純米吟醸酒をちょっといただきました。自然の味といい香りでした。次に、炊き立てのご飯に納豆。埼玉の大粒(自然食品)ご、経木で三角に包んだもの。私が子供の頃町でよく売っていたようなものでした。それに、辛子、タレ、辛目の大根おろしと、秋田からいただいたウコッケイの生卵を加えて混ぜました。これが美味しいのです。それから炒め物。埼玉のニガウリ、ピーマン、秋田のナスと、うちの手作りのチャーシューをよく炒めたものでした。少し甘い、味噌味。これもご飯によく合いました。それから、新しいタクアン(少しひり辛い)でした。これらを食べながら、今年もアキタコマチをお願いしようかなと思いました。3年前、本荘の大学の学生さんのお父さんが作られたお米を分けていただいて、それが本当に美味しかったのです。食後は長野の二十世紀梨でした。つづく
2005年09月17日
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今日は本当なら母の様子を見に行く日なのですが、大丈夫らしいので、急遽私の健康診断に行くことにしました。市でやっている健康診断をかかりつけのお医者さんでやってもらうことにしました。今週はちょっとおかしな気持ちなのです。子供の声で頭が痛くなったり、階段を踏み外すなど、今までかつてなかったことです。今朝も息苦しいのです。
2005年09月17日
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「謹慎に謹慎を重ねないと、内魔と外魔におかされる」というのが今日の私の運勢なのです(東京新聞)。思い当たることがあるのです。実は、夕べ、私、また、転んで、というか階段から落ちてしまった(2段ですが)のです。寝室へ行こうと2段上がってから、忘れ物に気づいて一段後戻りしようとしたら、スリッパを履いていたためか、1段だけ降りられず、下の床に落ちてしまい、肩を打ってしまいました。幸い、平らなところへ落ちたので、初めは痛かったのですが、まもなく収まり、今朝は大丈夫みたいです。でも、今週の初めに歯を抜いてから、ちょっとバランス感覚がおかしくなってしまったようで、つまずいたり、ぶつかったりしていたのです。また、月曜日から3日間孫のあーちゃんが母親と来ていて、元気一杯の声が私の頭の左半分に響いていたのです(普通なら子供が騒ぐぐらい平気なのに)。ですから、注意をしてはいたのですが、眠くなって、注意力が低下してしまったのです。ということで、今日は東京へ行くことを止めました。そして、なるべくおとなしくしていようと思います。
2005年09月16日
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郵政民営化に反対の投票をし、自民党の公認なしで当選したのに、今度投票で小泉氏を支持するとか、郵政民営化に賛成するとか、どちらにするか考えているというようなことを言っているらしいのです。あきれてものが言えません。
2005年09月15日
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参議院の鴻池、中曽根氏等が郵政民営化に賛成することにしたとのことです。彼等はどんな考えでこの間反対したのでしょうか?何を考えていたのでしょうか?今何を考えているのでしょうか?参議院での投票のときに選挙民たちの意向を十分把握し、自分たちでもよく考えて投票したのではなかったのでしょうか?国民のお金を沢山使わせ、大勢の人に大変な労力を使わせて、自分たちが不利と分かったら、けろっとして賛成を表明するとは、どんな神経を持っているのでしょうか?自分で考えて、判断、行動したのでしょうか?自分の信念というのはあるのでしょうか?民営化が国民にとって良くないと信じているなら、その考えを通してもらいたいです。私は頭にきています。私は反対するのがいけないとは言っていません。ちゃんとした理由を持って反対しているなら、意見を変えないでもらいたいです。こういう考え方をする党員は全部除名すべきです。
2005年09月14日
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実は、昨日から、孫のあーちゃんが来ていたのです。この子にオムライスを食べさせて、私はカレーをと思っていたのですが、この子が山に行きたいというのです。そこで、女房がおにぎりを作って、一時間もしないで行かれる、低い山の中へ行ったのです。そうしたら、大喜びで、昼食後、ちょっと歩いたら、どんぐりや杉の実などを自分で見つけて拾ったり、飛んだりはねたりして、本当に楽しみました。夜になっても、興奮して家の中を駆け回っていました。つづく
2005年09月13日
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隣の駅にバングラデシュの人がやっているカレー屋さんがあって、最近かなり行くのです。前にも紹介したと思いますが、この店は、私が何回も言ったことで、骨付きの鶏肉カレーを出してくれるようになったのです。つづく
2005年09月12日
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子安宣邦:「本居宣長」、岩波新書、(1992)。を勉強しています。しかし、どうも、よく分かりません。著者の専門は日本思想史で、大学院では、人文科学研究科で倫理学を専攻したのだそうです。結局、何が言いたいのか分からないまま、最後まで来てしまいました。日本のことをよく理解するには日本の言葉をよく理解しなければならないと宣長翁は言っていたはずです。昔は漢文を使った漢学の立場からの解釈を翁は批判して、古事記の研究を始めたのです。この著者はエクリチュールとかテクストとかナラティヴとかパースペクティブとか外国語を使った、私には良く分からない文で「古事記伝」の考え方の解釈をしているようでした。これを読んで、新しく分かったのは1.県居大人というのは賀茂真淵のことである。2.上田秋成との論争の内容が少し理解できた。でありました。今度は小林秀雄の本に目を通してみるつもりです。つづく
2005年09月11日
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夕べは、秋田からのアスパラガスをさっとゆでたのを塩とマヨネーズでいただきました。んめえの一言でした。生でもいい味でした。今朝は、新鮮なウコッケイの生卵ご飯でした。お昼は母のところで、サンドイッチと、やはり秋田からいただいたサンサリンゴでした。母は初めてでとても美味しいと喜びました。夕方、家へ帰って、秋田のシソジュースをぐっとコップに2杯飲んでしまいました。夕飯には、埼玉のとても新鮮なツルムラサキをさっとゆでたものを、酢味噌マヨネーズで食べました。これはちょっとない味でした。本荘でご馳走になった、鳥海山の麓のトウモロコシ、トマト、キューリやナス。本当に美味しい!川渡温泉のトマト、モロヘイヤ、モロッコインゲン、ジャガイモ。皆新鮮で美味しかったです。川渡温泉のズンダおはぎ、松島のズンダ団子、そば、アナゴの天ぷら、うどんなども美味しかったです。ここのところ、毎日美味しいものを食べていました。
2005年09月10日
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帰ってきてもう3日目なのに、まだぼうっとしています。骨折で体のいろいろな部分がおかしくなったようです。 今東京へ来ていますが、電車で寝てしまいました。普通そんなことはないのですが。また息苦しいです。さらに体のいろいろな部分が痛いです。
2005年09月10日
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最近はインターネットや電話で遠くの人たちと簡単に連絡を取ることはできますが、どの手段も実際に会って話をするのには敵いません。この間、るんるんさんと会い、ゆっくりと話をすることができて本当に良かったです。つづく
2005年09月09日
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夕方、大きな段ボール箱が届きました。秋田の友達から送っていただいた、私の好きなものが沢山入っていました!「サンサ」というのは、こちら(秋田)で採れる早稲のリンゴです。シソジュースは友達手作りのものです。これらの他に、新鮮なアスパラガス、ウコッケイの卵など、心のこもった品々が沢山入っていました。有頂天になった私は、すぐにサンサの丸かじり、シソジュースもいただいたのでした。明日の朝は生卵だ!
2005年09月09日
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かなり疲れたらしく、午前中は一時間ほど寝てしまいました。起きたら、これまで右の肩から背中が痛かったのに、今度は左側が痛くなっているではありませんか。ということで、午後は風呂で温めてから、もう一度寝てしまいました。骨を折るというのがかなり大変なことだとつくづく感じたのでした。肋骨を2本も折って、3週間ぐらいで普通に動いてもよろしいという、お医者さんの許可をもらうことができたので、まだ肩が痛いのに、私はすっかり油断してしまいました。それでも、かなり注意したつもりで、折ってから一ヶ月以上経ってから秋田へ行ったのです。それでこの始末です。
2005年09月08日
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昨日の午後、私は相当疲れていたので、今日は朝まっすぐ家に帰ることを決めるべきだったのです。そうすれば、夕べ、アナゴを一匹残して、持ち帰りにしていただき、そして、それを持って帰れば、女房も喜び、私も食べ過ぎにならないで済んだのです。さらに、私が川渡温泉で採った山菜の袋をかばんに縛り付けておけば(あまり重くないので)、それも忘れないで家に持って帰れたのです。やはり、疲れて、注意力が散漫になってしまったと反省しています。こういうことはちょっとしたことなのですが、大事なことです。研究でも、このようなことで研究が成功したり、失敗したりすることがあります。
2005年09月07日
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今日は、仙台で、11日までやっているという興福寺展を見てから、夕方新幹線に乗るつもりでした。しかし、夕べ、部屋に戻ると相当疲れを感じたので、午後までこのホテルで休んでから帰ろうかなと思いながら寝たのでした。しかし、今朝気がついたのですが、午後まで、私が決めた列車を待たなければいけないという理由はまったくなかったのです。たまたま、夕方で所要時間がもっとも短いという理由で選んだので、もっと早く帰ってはいけないという理由はなかったのです。ということで、ゆっくりと朝食と食べてから、帰路につきました。朝食は予想に反して、うどんでした。やる気満々のご主人は、あれから、そばだけでなく、うどんにまで挑戦していらしたのです。かけうどんは結構な味でした。これは、研究でもかなり参考になることです。何かを思い込んでしまうと、なかなか頭は切り替えられないことがあるのです。簡単な答えがあるのに、いろいろ 難しいことを考えてしまうことが私にもよくありました。問題解決中、事態が急変したとき、自分の頭の中でそれに対応できるでしょうか。普通、やろうと決めていたことがあると、それをどのように修正するかということになりますが、全く最初に戻して考えるということも意外に重要かもしれません。つづくつづく
2005年09月07日
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